バー『如月』の不思議な二人の常連客

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 ――ここは世界の果て。
 言わば選ばれた者にしか立ち入れないその場所で、二人の強者――”勇者”と”魔王”がぶつかり合った。
 その戦いはあまりにも凄まじく、今まで誰にも砕けなかった両者の鎧が崩れ去った。
 結果的に因縁の相手の素顔をこの時初めて拝んだ両者は、ほぼ同時に地面に倒れ込み、荒い息を吐き出した。
『はぁ……はぁ……はぁ……。どうやら……私の……負け……みたい……ね』
『ふ……ざけ……ない……でくれ……。まさか……アナタ……だったのかよ……。そうだと知ってれば……俺はアナタのことを……』
『バーカ……。だから言ったのよ……。手を抜かないで……全力全開の本気で……ぶつかり……なさいって』
『ダメだ……ダメだ。アナタみたいな優しい人……は死ぬべき……じゃ……ない』
『じゃあ……生かすとでも? そして……死ぬまでずっと罵詈雑言を言われ続ける……生き地獄を味わえって言いたいのね?』
『! そ、そんなこと……させない……。世界がアナタを……誤解してるだけ……じゃない……か。俺も協力する……。一緒に……身の潔白を……』
『だとしても無理よ……。だって、私が……死ななきゃ……この部屋の扉は開かない……もの……』
『それはどういう……ッ!?』
『わかるのよ……。地面が……私の血と魔力を吸い取っている。それを糧にして……あの門が開く仕組みみたい……。……道理で……過去の闘いにおいて……”勇者”と”魔王”の両者が生き残るケースがなかった訳だ。どうやら、どっちか片方から養分を摂取せねば……ここからの離脱も叶わない……という寸法だったのね……』
『お、おい! 勝手に死ぬ方向で……話を進めるんじゃ――』
『あぁ、そうそう……。アナタに渡す物があったんだった。……ハイ、コレ。”あの人”からのプレゼントよ』
『これは……』
『アナタ……コレを私と飲みたいんだってね? ……”あの人”に免じて……最期くらい……アナタの晩酌に……付き合って……あげる……』
『…………』
『ちょっと……何……黙りこくってるの? 早く……して頂戴。私の意識が……残ってる内に……さ』
『本当に駄目なのか?』
『そう……言ってるじゃない……。……残念ながら盃なんてない……から手で掬って飲んで頂戴。ほら……うだうだ俯いてないで……手を出しなさい』
『ありが……とう……』
『悪いけど……私はこの容器のまま行かせて……もらうわ。……じゃあ、かん……ぱい……』
『あぁ……乾杯。…………。ウゲ……苦……』
『…………。そう……? 私は美味しいけど? 相変わらず、お子ちゃま舌……ね……。あぁ、最期にいいお酒を……嗜めたなぁ……』
『いや……流石にこれは美味いとは……。もう一度飲んでみて――』
『…………』
『……おい……嘘だろ……? 死んだフリなんか……止してくれ……。また俺をおちょくってるだけ……だろ……? なぁ……?』
『…………』
『……こんな終わり方……あり……かよ。なんで……なんでアナタだけが……犠牲にならなきゃ……ならないんだよ。こんなんで変わる世界に……何の価値がある……ってんだ……! クソ! クソッ! クソ……ッ!』
 ――こうして、ある争いに終止符が打たれた。
 そして世界は、装いを新たに回り始める。
 皆は、この記念すべき戦争終結の日をこう呼んだ。
 『《新時代》の始まりの日』だと。



▽▽▽



 ――時は《新時代》が始まる日の前夜に遡る。
 ここは世界の中枢に位置する帝都の中心街――から一本裏道に逸れ、二、三度角を曲がり、到底路地とは言い難い家と家の間の隙間に体を横にしてねじ込み、全身を苔と埃と蜘蛛の巣まみれにした先にある小さな家屋。
 その建物は俗に言うバーと呼ばれる場所であった。名を『如月』。知る人ぞ知る隠れ家的場所であった。
 帝都の一角にありながらも、隠し通路の様な道を進まねばならず、その存在すら多くの者には知られていないバー『如月』の店内には二人の人影があった。
 一人はこのバー『如月』のオーナー兼唯一の店員である初老の男性。皆はこの人物を愛称を込めて『マスター』と呼んでいた。
 そしてもう一人は、このバー『如月』の数少ない常連客の一人である青年。その青年の名は『ユウユウ』というのだが……この名称はニックネームの様なものであった。
 実の所、このユウユウという青年、何やら他言できない事情があるらしく、名前や年齢は愚か職業すら明らかになっていない謎に満ちた男なのである。唯一判明している情報としては、”とてつもなく腕っぷしが立つ剣士”であるということ。それ以外の情報は不明であった。
 来店客がどんなに粗相をしようがどんなに騒ごうが、怒ったり憎悪の感情を抱かず、いつも優しい笑みで接客をし、この世界の人間の中で一番心が広いんじゃね?と評されるマスターですら、ユウユウの扱いに困ったくらい、彼は謎オブ謎に包まれていた。
 ……とは言うものの、蓋を開けてみればなんてことはなく、全ては杞憂に終わった。ユウユウはこれでもかというくらいに好青年であったのだ。
 老若男女……はたまた人種や身分に関係なく、ユウユウはバー『如月』に来店する客全員とフレンドリーに接した。そこには下心や思惑は一切ない。ユウユウの言葉や立ち振る舞いからは、誰とでも仲良くなりたいという純粋な気持ちがひしひしと伝わってきた。それに当てられた者は皆、ものの数秒でユウユウに対する偏見を取り払ってしまうのであった。
 それはマスターも例外ではない。長年に渡り人を見続け、一目見ればその人となりを即座に判断できるマスターは、ユウユウから何か”人を惹きつけるカリスマ性”を読み取った。それも今まで見たことの無いくらいに澄み、そして眩い程の。
 結果、マスターを含め、バー『如月』に来る客全員に認められたユウユウはこの店の常連客として迎えられた。
 そんな常連客ユウユウは、バー越しから気さくな調子でマスターに声を掛けた。
「なぁなぁ、マスター。なんか外が騒がしかったんだけどさ、祭りでも催されるのか?」
「おや、ユウユウさん、ご存知ないのですか?」
「はにゃ? 何を?」
 おちゃらけた様子で首を傾げるユウユウに対し、マスターは説明を施した。
「明日はとうとう、世界に《新時代》が訪れる日なのですよ」
「《新時代》だって? 余計わからなくなっちまったぞ?」
「ユウユウさん、それはあまりにも世間知らず過ぎです。……いいですか? 《新時代》というのはですね――」
 そうマスターが言い掛けた刹那であった。
 チャリン、という聞き心地の良い音が店内に響く。これは店の玄関に取り付けられた鈴が揺れて鳴った物であった。この音が鳴り響いたということはつまり――
「やぁ、こんばんは、マスター、御機嫌よう」
 来客が訪れたということであった。
 その来客にマスターとユウユウは顔を向ける。
「おや、マオマオさんではありませんか? いらっしゃませ」
「ウィッス、マオマオさん~。そういやご無沙汰だったよな? いつ振りだっけか?」
「あぁ、そうだね、ユウユウさん。……多分一ヶ月くらいかしら? ごめんさいね、滅多に来れなくて。少し仕事が立て込んでて、中々顔を出せずにいたのよ」
 そう言いながら、厚着のコートを脱ぎ、ユウユウの隣の席に座った紅髪の女性の名は『マオマオ』。実はこの呼び名も、ユウユウと同じく本名ではないのだ。
 この大人の雰囲気を醸し出すマオマオも、ユウユウと同様、氏名・年・経歴・素性……などなどその人物像は全て不明。唯一分かっているのは、”どこかしらの軍を率いる長”であるということ。それ以外の事項については全くの未知であった。
 当然のことながら、マオマオもユウユウと同じく警戒を以って見られた。しかし、マオマオに関して言えば、彼女はユウユウとは違い、周囲とはあまり接触を計らなかったのである。来店すれば必ず、店の一番端っこの席に陣取り、少量のつまみを肴に一杯のお酒を少しずつ飲み続け、数時間そこに居座る。常に何かしらを考えているその姿は奇妙というよりも妖艶で艶かしいという言葉がよく似合った。その為、彼女に話しかけるのは畏れ多いという意思が常連客に伝播し、誰もマオマオとは話そうとはしなかった。マスターですらマオマオから何か”どんな人間をもひれ伏せさせれる程のプレッシャー”を感じ取りはしたものの、話してみれば悪人ではないことは伺えたので、ちょくちょくではあるが言葉を交わせる仲になれた。
 そんなどこかミステリアスな雰囲気を醸し出すマオマオが唯一腹を割って話せる人物がマスター以外に存在した。それがユウユウである。
 ”何やら訳あり”という共通の要素がマッチしたのかは定かではないが、ユウユウとマオマオは妙に馬が合った。お互い、自身のことを過度に話せないとは言え、同じ境遇同士故に妙に話が盛り上がることが多かった。同様の価値観、同様の悩みを打ち明けていく内、ユウユウとマオマオは正に大親友と呼ぶに相応しい間柄となった。
 マオマオの言葉通り、両者の対面は約三十日振り。二人にとって、この再開の喜びはひとしおであったに違いない。
「――まぁ、何はともかく乾杯と行こうぜ、マオマオさん。……マスター、彼女にいつものお酒頼むよ」
「あら? ユウユウさん。まさか私に奢るつもりでいる? ダメよ、待たせた方が払う決まりでしょ?」
「いいって、いいって、景気良く行こうぜ。何せ世界に《新時代》とやらが到来するらしいからな」
「ん? 《新時代》? 何かとっても愉快な響きね」
 どうやらマオマオも《新時代》が何なのか全く理解していない模様。
 結局の所、《新時代》の正体を知り得ていないユウユウとマオマオの態度を見て、マスターは苦笑を漏らす。
「ユウユウさん、マオマオさん……アナタ達はどれだけ世界の流れから外れているんですか……。まるで世を捨てた流浪人みたいですよ」
「「いや、それは言い過ぎ!?」」
 あらぬ評価を下されてユウユウとマオマオはぴょえ~、と大きな悲鳴をあげる。何故ぴょえ~と悲鳴をあげたのかというと、ぴょえ~となったからである。もしも、ぴにゃ~となっていたらぴにゃ~と悲鳴をあげていたかもしれない。
 ……驚き方はともかく、ユウユウとマオマオはとてもつもなくショックを受けたのは確かだった。
 あらぬ誤解をマスターに抱かれた二人は必死に弁明を図る。
「俺は世界中を旅してるからな、ちょっと世界の情報を集めにくいってだけさ!」
「私も似たような状況よ。どうにもこうにも仕事が大変でね、自分の仕事以外に気を配れないの!」
「「だ・か・らッ! 決して、世の流れに興味がないということではない! 断じて!」」
 ガバッとカウンターに身を乗り出し、グイッとマスターに顔を接近させるユウユウとマオマオ。
 それに押され気味になったマスターは思わず冷や汗を流す。
「さ、左様ですか。そういうことならそういうことにしておきましょう……」
 その言葉を聞いたユウユウとマオマオはさぞ満足気に笑みを浮かべ、ご機嫌がよくなった。
 ――まるで子供の様だ……。
 マスターはこんなことを思いつつ、ユウユウとマオマオに微笑み返した。
 すると、ユウユウは待ち切れないという様子で足を揺らす。
「なぁなぁ、マスター。丁度いい機会だから教えてくれよ。何がどう《新時代》なのかをさ。……というか、それを言い掛けた時にマオマオさんが来て話が途切れちゃったじゃないか」
「そういえばそうでしたね。ならマオマオさんも知らないということですので、お話を致しましょう。ここで言う《新時代》と言うのはですね――」
 こうしてマスターはまるで子供に絵本を読ませる様にゆっくりと語り始めるのであった。



 ▽▽▽



 この世界には多種多様の種族――例えば、背中に羽を伸ばした鳥人族であったり、足が尾ビレの形になっている魚人族であったり、生まれながらに小さな身長で生きるドワーフ族であったりだ――がそれぞれ生の営みに励んでいる。その最中、特に世界の人口の大多数を占める種族が二種存在する。それが”人類種”と”魔人族”である。
 世界の創世記から繁栄しているとされる”人類族”と”魔人族”であるのだが、この種族間には大きくそして深い溝が存在した。詰まる所、”人類族”と”魔人族”はすこぶる仲が悪い。それも創世記から今に至るまで永遠と争いを続けているくらいに。正直な所、”人類族”と”魔人族”はもうそろそろ飽き飽きとしていた。何千……いや何万年と続く因縁にいい加減ケリをつけたかった両陣営は、今の世代における”勇者”と”魔王”との決闘の結末次第でどちらが真に世界を統治するにふさわしいかを決めることにした。
 ”魔王”の根城である<魔王城>に向け、獅子奮迅の勢いで攻め立てる”勇者”軍。それを様々な策や戦略を用い塞き止める”魔王”軍。二軍の争いは正に雌雄を決する死闘に違いなかった。
 そして今、”勇者”軍はとうとう<魔王城>に進軍を果たし、”魔王”が待つ魔王城最深部まで歩を進めた。長きに渡る両軍の衝突はもう一戦――”勇者”と”魔王”との一騎打ちを残すこととなった。
 この一戦で全ての因縁に終止符が打つ。それ即ち――



 ▽▽▽



「――《新時代》の幕開けということね」
 マオマオはこの一言によって、マスターから語られた話を締め括るのであった。
 その後、ユウユウはマスターの話の感想を述べる。
「いや~思ったよりスケール小さくて逆にビックリだわ」
「と言うと?」
 マスターの問いかけに対し、ユウユウは平手を横方向水平に構え、喉元をトントンと叩く。
「コノセカイハ~ワレワレギンガノタミガイタダイタ~。イマコソ《シンジダイ》ノハジマリダ~……とかかと思ったからな」
「「いや、それは有り得ないでしょう」」
「ギャフン!?」
 マオマオとマスターの息の合った返答に、ユウユウは身体を後ろに反らし、目を><にさせる。
 ちなみにこのやり取りには一切悪気がない。ユウユウがわざとギャグを言って、マオマオとマスターから総スカンを喰らうのは言わば様式美の様なものであった。
 いつも通りの反撃をお見舞いされたユウユウは、今度は真面目な表情で自身の意見を語る。
「それにしても”勇者”も健気だな。”魔王”討伐なんて面倒な仕事、ほったらかしにして遊びに行けばいいのに」
「ユウユウさん、それはあまりにも無責任な発言ですよ? 勇者様は我々”人類”の為に頑張っていらっしゃるのですから」
 こうマスターに咎められたユウユウは補足説明を施す。
「確かに”勇者”とやらは頑張ってるだろうよ。……けど、ちょいとばっかし気の毒だなと思う訳よ」
「気の毒? ”勇者”という重大な役目と責任に押し潰されることが?」
「いや、違うよマオマオさん。俺が言いたいのは、『なーに、やって楽しくないことを頑張ってんだ?』っつうことだよ」
「楽しくない? それ完全部外者であるユウユウさんが言えること?」
 眉をひそませ苦言を提唱するマオマオに対し、マスターは待ったをかける。
「ユウユウさん、アナタのことです。考えなしに”勇者”様を侮辱することはありませんよね?」
「そりゃ勿論。俺は生まれてこの方、真剣で男らしいことしか言っておらんしの」
「真剣で……?」
「男らしい……?」
「はい、そこーッ! あからさまに『はて?』って顔すなー!」
 ユウユウは、ウガーと頭から煙を出しながらマスターとマオマオに抗議する。……一応事前に断っておくが、実際に煙を出している訳ではない。俗に言う比喩表現だ。もしも本当に頭から煙を出していたら機関車人間の可能性がある。機関車人間って何それ怖い。
 頭から煙を出しても決して機関車人間ではないユウユウは改めて自身の意見を言い直した。
「俺的にはさ、その”勇者”様にはもっと自由気ままにやりたいことをやって生きて欲しいんだよ! 俺はただ、周りから言われたことに黙って従って、やりたくないことをやり続けるのは気の毒だなと思っただけさ」
 自分の言いたいことを満足に言えたからか、ユウユウの表情はとても晴れやかだった。
 そんなユウユウの言葉にマオマオは首を傾げた。
「じゃあユウユウさんは嫌いなの? 例え皆から信頼や信用されていたことであっても、やりたくないことだったらそれを無理にやるのをさ」
「あぁ、そうだな」 
「ふ~ん……」
 マオマオはユウユウの言葉に妙な感情を抱いている様だった。
 何だか釈然としない様子のマオマオにユウユウは眉をしかめる。
「ん? どうした、マオマオさん? なんか言いたげな様子だけど?」
「いや、別に~?」
 明らかに何か言いたげな雰囲気があるのにも関わらず、マオマオはそれを華麗にスルーした。
 しかし――
「……マオマオさんも色々と思う所があるのでは? 《新時代》について」
「へぇえ!?」
 いきなりのマスターの横槍にマオマオは素っ頓狂な声を上げる。
 マオマオは顔を赤らめつつ、マスターに言い寄った。
「ちょっ! ちょっとマスター! 私の考えはマスター以外には……ッ! ましてはユウユウさんに言うなんてとても……」
「いいではありませんか? マオマオさんとユウユウさんはもう長い付き合いなんです。そろそろ彼のことを信じてあげてもよろしいのでは?」
「むぅ……それはそうだけれども~……」
「それに、彼は知っておくべきですよ。アナタの本心をね」
「いやいや、私の話なんて聞いても面白くないし……」
 マオマオは何かを遠慮する様に手をパタパタと振る。
 そんな彼女の姿を見て、ユウユウは呆気に取られた。
 ――いつもクールビューティーで滅多に動揺しないマオマオさんが珍しく慌てふためいてらぁ。
 普段見ることのないマオマオの意外な一面を垣間見たユウユウは、物珍しそうにほぇ~と声を漏らす。
 とは言え、何やらマオマオとマスターだけが通じ合っている雰囲気があった為、ユウユウは口を尖らせつつ、二人との間に割って入った。
「なぁなぁ、俺を蚊帳の外にせんでくれよ~。ずるいぞ、二人だけで盛り上がってさ~」
「あぁ、すみません、ユウユウさん。……ですが、マオマオさんのことを誤解してあげないで下さい。マオマオさんもアナタと一緒で、そうやすやすと自身のことを語りにくい立場ですから」
「それについては共感できるけどよ~、マスターにだけ言うってことは、俺には聞かれたくないってことじゃないか? 何だか差別されてる様でヤだぞ……」
 こう言いながらユウユウはふてくされた様に頬を膨らませる。
 誰よりも話好きなユウユウにとって、秘密の会話というのはとても気になる物であった。それも、特に親密度の高いマスターとマオマオの話なら尚更。なのでユウユウの心の中では、『一体何の話をしているのか?』、『どうして俺には話してくれないんだ?』という興味と疎外感が入り混じっていたのである。 
 そんなユウユウの胸の内など、マオマオにとっては百も承知であった。その上でマオマオはユウユウに隠し事をしていた。だが、マオマオにとってユウユウは唯一無二の親友。そんな彼を蔑ろにすることはマオマオからしてみれば裏切り行為に近く、負い目に感じていたのも確かであった。
 とは言え、マオマオが軽々しく自身の思いを語りたくないのもまた事実。マオマオもマオマオで、友情を取るかプライドを取るかで板挟みになっていた。
 ……別の意味で悶々とするユウユウとマオマオを見兼ねて、マスターが助け舟を出す。
「ユウユウさん」
「? 何だいマスター?」
「マオマオさんの意思はですね、少しばかり周囲の感覚からは相当ズレているんですよ。下手をすればユウユウさんから嫌われてしまうのでは?、と思ってマオマオさんは口籠もってしまうのですよ」
「はぁ!? なんでそうなるんだよ! 話を聞く前から嫌うことなんて俺には出来んぞ? それよりも俺は、面白そうな話を隠してることの方がショックだぞ?」
「……だそうですが?」
「むむ~……」
 ユウユウの言い分も一理あると言わんばかりにマオマオは困り果ててしまう。
 ――一体何が正解なのか?
 正直な所、マオマオの頭は混乱寸前だった。マオマオは自身の想いを言おうが言わまいが、ユウユウから失望されることは避けられないと予想していた。マオマオは助けを求める様にマスターを見つめる。
「ど、どうしようかしら……」
 そんなマオマオに対し、マスターは優しい笑みを返す。
「大丈夫ですよ、マオマオさん。ユウユウさんなら。きっと素直に受け止めてくれますから」
「……うん。そうあって欲しいものね」
 マスターの一言にマオマオは肩を竦める。そして彼女は一つ息を吸い、意を決した様に言葉を紡いだ。
「わかったわ、そこまで聞きたいのであれば聞かせてあげる。私の本心をね。じゃあ喋るわよ。……私はね、《新時代》なんてどうでもいいって思ってる。だって、世界が《新時代》になろうが、何にも変わらないでしょ?」
「なんでそう言い切れる? マスターの話の流れなら”勇者”様が勝てば世界に平和が。”魔王”が勝てば世界に破滅が訪れるんだ。最終的には、”人類族”か”魔人族”どちらかが世界を統治するんだから、何も変化しないってことはないだろ?」
「”人類族”が世界を平和に? ”魔人族”が世界を破滅に? 本当にそうかしらね?」
「それはどういう……?」
「……ここから先が私の本当に言いたいことなんだけど、そういう風潮大っ嫌いなのよ。”勇者”率いる”人類族”が正義で、”魔王”率いる”魔人族”が悪だという固定概念がね。どうして世間は、”人類族”が世界に平和をもたらすということに全く疑いを持とうとしないの? ”人類族”の中にも”魔人族”と同等――いやそれ以上に悪どくて薄汚い輩はごまんと居る。そうは思わなくて?」
「否定……はできんな……。悪いこと考える奴も一定数確かに存在するしな」
「そうよね? けど、マスターやユウユウさんの様に良い”人類族”がいるのも確かよ。私が言いたいのは、諸手を挙げて”人類族”を信用したくないということ。その点で、”人類族”が勝てば万事解決だというユウユウさんや世間の考えには賛同できないわ」
 思ったよりも心に突き刺さる話だったからか、ユウユウは思わず生唾を飲むこむ。ユウユウはエラく心が込められたマオマオの言葉を黙って聞くことにした。
「あとね、”魔人族”が完全に悪だという認識も頂けない。これも”人類族”と同じで、第一印象だけで”魔人族”を判断しないで。”魔人族”も”人類族”と同様、悪い人もいれば、その反面良い人もいる。みんながみんな誰かを支配したり暴力を振るおうとは思っていない。この観点についてはどう?」
「……それはわからんな。俺が会ったことのある”魔人族”は殺気立ってて、まともに話をしたり観察する機会はなかったからな。まぁ、場所が戦場だったってのも関係してたかもしれんが」
「そう……。知らないなら知らないでいいわ。けど、そういう側面があるということは頭の片隅に入れておいて」
「わかった」
「お願いね。――つまり、何が言いたいかというとさ、多分、誰も血を流さず幸せになれるような完璧な《新時代》は来ないんじゃないかってこと。”人類族”か”魔人族”どちらかが勝ち残って世界が《新時代》を迎えようが、結局の所またつまらないいざこざに巻き込まれるのがオチなんじゃないかしら? だから、過度な期待は禁物よ、ユウユウさん?」
 そう言って、マオマオは話を閉じた。
 話を聞き終えたユウユウは――
「アハハ! 中々興味深い話が聞けたな、こりゃ!」
 と豪快に笑ってみせた。
 全くもって想像していなかったユウユウの反応にマオマオは困惑する。
「……私の言葉を聞いて、異端な意見だなって引かないの?」
「異端? 引く? ……何故? マオマオさんはただ自分の考えを言っただけだろ? それのどこにマオマオさんを否定する要素があるんだ?」
 『やっぱりマオマオさんと話すと、知らない世界を知れた気がしてインテリ気分を味わえるな~』と、うんうん頷くユウユウを横目に、マスターはマオマオに耳打ちをする。
「ねっ? 平気だったでしょう?」
「うん。それもこっちが拍子抜けするくらいに」
 無駄な不安を抱いたことを無駄だと笑い飛ばしたマオマオはニッコニコの笑顔。こんな可愛らしい姿はユウユウとマスターの前でしか見せない物。つまり超絶レアなのだ。
 残念ながらこの超絶レアな場面を超絶見逃し中の超絶おバカなユウユウが、いきなり何かに気づいた様に素っ頓狂な声を上げる。
「あっ! 今の今まで、すっかりてっきり存在を忘れてた!」
「どうなされました、ユウユウさん?」
「いや、マスター、今の今まで気付かなかったぞ! アレがない、アレ!」
「「アレ?」」
 なんか顔色を青ざめて焦るユウユウの姿を見て、マオマオとマスターはちょっと心配になった。
 ――深刻なものだったらどうしよう……。
 そんな不安がマスターとマオマオの頭をよぎる。
 ユウユウは、席を立ってその不足している物を高々と叫んだ。
「頼んだ酒がまだ来てないッ! マスター、このままじゃここ、ぼったくりバーになっちゃうぞ!?」
「「あっ、そういえば!」」
 ユウユウの発言に、マオマオとマスターは目を見開いた。
「すみません、お二人共。話に夢中ですっかり忘れていました」
「ううん、私も同じだったから気にしないで頂戴、マスター」
「では、少々お待ち下さい。すぐにお出ししますから」
 そう言って、空グラスとお酒が入ったボトルを手にするマスターに、ユウユウが待ったをかけた。
「あぁ、マスター。せっかくだから俺がボトルキープしてるお酒――と言えるか定かじゃないが、ともかく『例のブツ』を空けてくれて構わない」
「? よろしいのですか?」
「あぁ、いいよいいよ。マオマオさんが勇気を出して面白い話をしてくれたお礼だからさ」
「……かしこまりました。では今から裏の倉庫に向かいますね。ですが、幾分整理が行き届いていない場所から取り出すので、少々時間を頂きますがよろしいですか?」
「構わんよ」
「承知いたしました。では行って参ります」
 そしてマスターが『例のブツ』とやらが眠っているバックヤードに向かう為、店の玄関から外に出てこの場から一度去っていった。



 ▽▽▽



 マスターが姿を消すのを見届けたマオマオは、すかさずユウユウに問うた。
「『例のブツ』って一体何かしら?」
「それをバラしたらつまらないだろ? けど、相当珍しいもんだと思うぜ。けど、もしかするとお酒というより秘薬と言った方がしっくりくるかもしれん
「秘薬? それはどんな――」
「来てからのお楽しみさ!」
 何やらしたり顔でニヤけるユウユウの顔を見て、マオマオは期待に胸躍らせる。彼女にとってこういうドキドキはたまらなく好きなことであった。
「けどいいの? わざわざボトルキープしてたってことは、貴重な物なんじゃないの? それを今開けていいのかしら?」
「う~ん、なんていうか気分? なんかさ、今日開けないと一生開けれないかもって感じちゃってよ、いっそのこと思い切って開けることにしたわ、ガハハ! それにしてもマオマオさんは運がいい。俺の気まぐれにタイミング良く付き合えるんだからな!」
「今日開けないと一生開けれないかもって……。ちょっと大袈裟じゃない?」
「いや、悪いがこういう時の俺の勘は当たっちまうんだよ、良くも悪くもな……」
 ユウユウはしんみりとした表情で苦笑を漏らす。この表情からは明らかにいい雰囲気は醸し出されてはおらず――
「ユウユウさん……今のアナタの顔、とても酷いわよ? それも明日死ぬ人間がする様な……」
「ッ!?」
 いきなりの爆弾発言にユウユウは目を見開いた。
 しかし、それは言葉を発したマオマオも一緒で、思わずハッとした彼女は慌てて口元を手で覆った。
「ご、ごめんなさい! 私、とんでもないことを言っちゃったわ!」
「アハハ……いいっていいって。……多分、マオマオさんのその見解は間違っちゃいないと思うぜ?」
「えっ?」
 ユウユウの思わぬ肯定にマオマオはど肝を抜かれた。
 ユウユウは『死ぬかもしれない』という剣呑な話を笑いながら話題に持ち上げる。
「それにしても相変わらずマオマオさんの洞察眼はスゲーな。ちょっと重い空気を出していたとは言え、死を覚悟してる所まで的中されるとは。……いやはや困ったなぁ」
「わかるわよ、勿論。だってたくさん見てきたんだもん。そういう辛気臭い顔を向けながら私の元から去って行った仲間をね……」
「そっか。……確か、マオマオさんってどっかの軍隊のリーダーだったんだっけ? なら十分あり得るな、そういう悲しい場面に出くわすのは……」
「ねぇ、聞かせて? どうしてそんなことになってしまうの? ユウユウさんが腕の立つ剣士であることはわかるけど、そこまでの死地に向かうということ?」
「……あぁ、まぁそうだな。なんかよ、明日の戦場は命を賭してでも勝たなきゃならん争いらしい。だが、今になって闘う意義が意義がわからなくなっちまった。もしかすると、争わずに済む解決策もあるんじゃねぇかと思う様になったんだ」
「…………」
「えっ? どした、マオマオさん? どうしてそんなムスッとして?」
「……ハァ、下らな」
 マオマオは汚物を見る様な痛々しい視線をユウユウに送っていたのだ。そして、強烈な――
「イッタ!?」
 ピンデコをユウユウのデコにお見舞いした。ちなみに、ピンデコとはデコピンのことである。何故逆さま表現をしたのかというと、ちょっとしたシャレを効かせたかったからである。そのシャレ、要る?
「ちょちょちょ! ま、待って! ガチ! リアルガチで痛いから!」
 マオマオは怒りに任せピンデコを連打する。この時鳴り響いたペチンという衝撃音はとてもつもなく洗礼されたペチンであった。それも、その年一番のペチンに送られるベストオブペチン大賞を授与される程に。ちなみにベストオブペチン大賞はこの世に実在しない賞である。実在しないんかい。
 ……兎に角。ベストオブペチン大賞だがベストオブプチン大賞だがは知らないが、マオマオはやれやれと肩を竦める。
「アナタは何、平和ボケなこと抜かしてるのよ!?」
「へ、平和ボケ? 俺は至って普通のことしか言ってないつもりだぞ?」
「普通? まさか! ……闘わないなんていうつまらない展開にしないで頂戴よ! ……というか、争わないならアナタが死ぬことなんてないでしょうがッ!」
「いや、それは相手がそれで納得しない場合だ。もし闘うことになったら、俺は負けるかもしれないって話」
「……わざと負けるとでも?」
「そこまでは言ってないが、その戦場を生き残るのに相応しいのは、俺じゃなくてその相手だと思ってるだけだ」
「……尚更、ダサいわね、それ」
「あはは……辛辣なご意見なこった。でも、俺はそれで死んでもいいと思ってるんだ。一応言っとくが、自暴自棄になってるんじゃないんだぞ? ただ、やっと俺の意思や思考で行動できることに喜びを感じられるんだ」
 この様に死を語るユウユウから哀愁は感じられなかった。
 それ故、マオマオは黙って話を聞く。
「そもそも俺は、血生臭い争いごとは好きじゃないんだ。こんなこと、誰かに強制でもされなきゃ真っ平御免こうむりたいぜ」
 ユウユウは、憂鬱だな~と愚痴をこぼしつつ天井を仰ぎ、ウダウダ文句を独り言ちる。 
 恐らく、ユウユウにとって闘いというのは『周りから言われたことに黙って従って、やりたくないことをやり続ける』ことなのかもしれない。だからこそ、彼は言ったのだ。『例え皆から信頼や信用されていたことであっても、やりたくないことだったらそれを無理にやるのは嫌い』だと。
 この際、ユウユウのこの論理が正しいか正しくないかは置いとくとしよう。ここで重要なのは、マオマオがユウユウの態度を気に喰わないということ。マオマオはユウユウに対し、自身の本音を吐露する。
「ユウユウさん、私はね、アナタがとっても羨ましかったの」
「んっ? 俺のどこがさ?」
「周囲から多大な信頼を受けていることよ。アナタによってはウザくて鬱陶しいかもしれないけど、私にはそれがない。……私は、もっと仲間と肩を並べられる存在になりたかった」
「…………」
 うっすらと目元に涙を浮かべるマオマオに、ユウユウはかける言葉を見つけられなかった。
 頰をつたる水滴を拭いつつ、マオマオは話を続ける。
「私は確かに、軍を収めるリーダーよ。……でもそれは仮初め。私は言わば、大切な扱いをされるお姫様なの」
「姫様……?」
「そうお姫様。無粋な奴らには絶対に触れさせてはならない純白無垢な大切な人。部下は皆、馬鹿みたいに優しいのよ。全員が全員、私に怒鳴るわ。安全な最後尾に下がっていろってね。そして、私のことを一番大切に思ってるせいで、私の盾となることも厭わない。皆、私を守れて本望とだと言わんばかりに誇らしい顔で私の元から別っていく」
「俺だったら嫌になりそうだ、そんな現実……」
「そりゃそうでしょう。そんな扱い、私自身が許せなかった。私だって闘える。私だってやれるんだ。……そう何度も訴えかけても誰も聞き入れてはくれなかった。だから止む無くという感じで、最後方から指示を送るだけの毎日を送らざるを得なかった」
「そして軍師として名を馳せるようになったと?」
「軍師は軍師でも優秀じゃないわよ。結果は良いも悪いも半々ずつだったしね。調子よく勝てることもあれば、惨敗を喫することもあった。……けれど、勝とうが負けようが私は嫌な感情しか湧かなかった。だって私に残るのは、誰かの命を奪った罪悪感か、仲間を失った喪失感しかなかったんだから。この感覚はどうしたって消え去らないし、私の前から消えた命は戻って来やしない。それが例え、世界が《新時代》になろうがね……」
 この時、ユウユウはあることを思い出した。マオマオが《新時代》について見解を語った場面である。彼女は確かこう言った。『私はね、《新時代》なんてどうでもいいって思ってる。だって、世界が《新時代》になろうが、何にも変わらないでしょ?』と。この言葉にはどうやら二つの想いが込められていたらしい。
 一つ目は、先程マオマオがユウユウに説明した通り、『《新時代》が来ようが、世界はちっとも平和にならないからどうでもいい』という物。
 二つ目は、『《新時代》が来ようが、マオマオさんの罪や後悔は残り続けるからどうでもいい』という物。
 こういう想いがあるからこそ、彼女は――
「こんな話、気軽には出来ないのも無理はないな。……悪いな、話したくないこと話させちまってよ」
「いいわよ、全然。マスターの言う通り、《新時代》は節目として丁度良い機会だったのも確かよ。マスター的には話して楽になれっていう意図があったんじゃないかな? 全く……あの人も罪に置けないな~」
 そしてマオマオは陽気に笑う。その後、マオマオはユウユウにある言葉を送る。
「ユウユウさん、これだけは言わせて頂戴。アナタにとって闘いは憂鬱なことかもしれない。けど、アナタは私なんかよりよっぽど恵まれてる。周囲から多くの信頼を得て、仲間と共に闘い、”生”という物を存分に実感できる。アナタは私のように――知らず知らずの内に多くの命を失わなくて済む。……だから、ユウユウ!」
 マオマオはおもむろに立ち上がった。そして、ユウユウの肩を強く掴み、エールを送る。
「簡単に死ぬって言ったり、闘いから逃げたいなんて言わず、生きてまたここに来なさいッ! ユウユウが死んだらマスターやこのバーの常連客全員が悲しむ。だから、そんな人達の為に、死に物狂いでも生還するの! ……いいわね?」
「あ、あぁ……善処するよ」
「ほんと? じゃあ私とちゃんと約束なさい」
 マオマオはユウユウに小指を向ける。
 それが意味することを自ずと把握したユウユウも同様に小指をマオマオに向ける。
「ゆ~び切りげんまん~ウソついたら針千本の~ます。……指切った!」
 小指を離すと、マオマオは誇らしげに胸を張る。
「これで、簡単に死ねなくなったわね!」
「アハハ……マオマオさんとの約束を破るなんて、とてつもねぇが出来そうにねぇな~……」
「よし! じゃあ景気付けに乾杯をちゃんとしましょう! あぁ~マスターはいつ戻ってくるのかしら~?」
 マオマオはマスターが出ていった扉の方を見る。
 すると、正にグッドタイミングで扉が開いた。
 チャリン、という音と共に入って来たのはマスターではなく――
「あら? どちら様?」
 そこには全身をフードで覆った小柄な人物が立っていた。顔は完全に倒れており、性別すら読み取れなかったその人物は――
「あぁ、俺のツレだ」
 どうやらユウユウの知り合いらしい。
 マオマオはその人物に対し、軽く会釈をする。
 すると、謎の人物もマオマオと同じ行動を示す。そしてユウユウに近付き、声をかけた。
「……あの、無理を承知で来て頂けませんか? 皆が待っております」
「なんでだよ? 俺確かに伝えたよな? 明日に備えて、各自行きたい所に行って英気を養っておけってよ?」
「そうは言っても、周りはあなた様程お気楽ではない。皆不安で胸が締め付けられているのですよ、明日の決戦に臨むことに対して」
「だから言っただろ? 仲間に無理強いなんて出来ないんだから、明日の決戦は俺一人だけで行くって」
「馬鹿を言うものではありません!」
 ドワッと風圧が出るくらいに大きな声を出す謎の人物――声色からして女性かもしれない――の行動に目を丸くするユウユウトマオマオ。
 いきなりの大声にちょっとだけ心臓がバクついたユウユウとマオマオは不規則な呼吸をし始める。
 それを見兼ねた謎の少女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! と、取り乱しました……」
「あぁ、いきなり大声出すなって。ビックリするだろ?」
「ま、まぁ、そうね……。けど、もう大丈夫。落ち着いたから」
 その後、何度も何度も頭を下げる謎の少女の素直さに負けを認めたのか、ユウユウはダルそうにため息を吐いた。
「あ~、分かったよ。行けばいいんだろ、行けば! それでお前らが満足するってんなら一晩一緒にいてやるよ!」
「本当ですか!?」
「そう言ってんだろ? ……あぁ、悪いマオマオさん。こういうことだから、マスターにはよろしく言っておいてくれ」
「わかったわ。けどどうする? 『例のブツ』とやらは?」
「それは、次ここ来たときのお楽しみにしとくわ。どうやらそれがマオマオさんのお望みらしいし」
「よろしい。じゃあ、今日の所は取り敢えずさよならね。また明日、ユウユウ……」
「おう、また明日なマオマオさん……」
 ユウユウは手早く自身の荷物をまとめ席を立ち上がる。
 それとほぼ同時にマオマオはユウユウに声をかける。
「ユウユウ、私のお願いもう一つ聞いてくれるかしら?」
「おう、何だい?」
「……ユウユウ、もし明日対戦相手と戦闘することになったら死を選ぶと言ったわよね?」
「あぁ、確かに言ったなそんなこと」
「けど、その判断は明日、相手と直接闘ってみてから判断なさい。明日の敵に色々と思うことがあって、モヤモヤしているのは百も承知だけど、くれぐれも手を抜くことだけは辞めてね? きっとアナタのライバルは全身全霊で挑んでくる。それなのに手加減なんてしたら相手に最大の侮辱を与えることになる。だから全力全開の本気でぶつかるの。そして相手を最高に楽しませてあげなさいな」
「なんでマオマオさんがそんなことを……?」
「返事は?」
「はいはい。よくわからんが、それについても頑張りますよ。……それにしてもその台詞、妙に他人事の様には聞こえないな。まるでマオマオさんが明日の――」
「何をブツブツ言ってるんです? 早く行きましょう!」
「わかった――っておいコラ! 服の袖引っぱんなって! 離せ、自分の足で歩け――」
 ユウユウがマオマオの言動に気を取られている内に、謎の人物が彼を店の外に連れ出した。
 ……そして、店内はシンと静まる。
「ふぅ……ムードメーカがいなくなった途端、物寂しくなったわね」
 結果的に、バー『如月』の中にマオマオだけが残る形となった。
 半ば貸切状態となった店内で手持ち無沙汰になるマオマオはマスターの帰りを待つのであった。



 ▽▽▽



 その後、程なくしてマスターが店に戻ってきた。
「いや、すみません。思ったより手間取ってしまいました」
「平気よ、マスター。ユウユウさんとは会えた?」
「はい。フードを被った人物にせっせと引っ張られている場面を目撃しました」
「つまりそういうこと。ユウユウさんはもうここにはいないわ。どうやらマスターには無駄足を踏ませてしまったようね」
「アハハ……それは残念でした。これはまたの機会としましょう」
 マスターはそう笑いながら持ってきた小瓶を懐にしまう。その後、軽く身支度を整い直し、いつもの定位置であるカウンターの奥に立つ。
「マオマオさん、では改めてお酒をお出ししましょうか?」
「えぇ、お願い」
「承知致しました」
 マスターは行儀よくお辞儀をし、いつもの手慣れた手付きで氷を砕き始める。その最中、マスターはマオマオにある確認を取ってきた。
「――それにしてもよろしかったのですか? 結果的に宿敵に塩を送ることとなりましたが?」
「”彼”はアレでいいのよ。”彼”が”魔人族”と争うことに懐疑的なのはとっくのとうにお見通し。それで明日、『俺達は闘う必要があるのか!?』って素頓狂なことを言われたらたまったもんじゃないわ!」
「そういう”彼”が相手だからこそ、和平の道もあり得たのでは?」
「確かにそれは甘美な案ね。”彼”が”魔人族と”人類族”との仲を取り繕い、新たな世界を築き引っ張ってくれるなら、残った同胞達の心配をしなくて済むのかも。だから、その道は仲間達にとっては幸せなのかもね。……けどまぁ、私個人としては、そんな展開全く望んではいないわ。そんなんじゃ、私はちっとも満足できないもの」
 マスターの提案を敢えて拒否するマオマオ。
 マスターはその意図を完璧に汲み取っていた。
「……それは、”彼”と本気で闘うことを望んでいらっしゃるからですか?」
「ご名答。……やっと血湧き肉躍る死闘を繰り広げられるのよ? それをつまらない示談交渉なんかで終わらせてなるものですかッ!」
 マオマオは、明日の決戦が待ち遠しいとばかりにウキウキと心を踊らせる。
 そんなマオマオに対し、お酒を提供するマスター。それと同時に、マオマオの奇行が気になって仕方なかった。
「……だからアナタは、”彼”を焚き付けたのですか? 全力の闘いとやらをする為に」
「その通りよ。本来、”彼”はごちゃごちゃ考えられる性格じゃない。”彼”は与えられた悲願を達成すべく、ただ真っ直ぐ愚直に邁進すればいい。”彼”――いいえ、”勇者”がすべきなのは、私――”魔王”を討伐すること。そこを迷ってる様だったから、一発喝を入れてやっただけよ」
 ユウユウ――もとい”勇者”は最強にして最恐にして最狂の存在。その力の一片すら欠けることを許さなかったマオマオ――もとい”魔王”は、”勇者”の本領を引き出すことに成功し、さぞ満足気であった。
「マオマオさん、アナタは理解しておられますか? 言動と行動が完全に矛盾していることを? ……マオマオさんはユウユウさんに『”魔人族”は絶対悪ではない』と示唆しておいて、ユウユウさんの使命を『魔王の討伐』と言い切りました。これではまるで、自分は例外だと言っている様ではありませんか?」
 マスターの素朴な質問を、マオマオはあっけからんとした態度で返してみせた。
「アハハ、マスター! バカなことを言わないで頂戴! 私は世界を破滅たらしめる諸悪の根源よ? そんな奴が生きてていい道理なんてないじゃない! 私は”魔王”として犯してきた罪を償わなければならないのよ」
「諸悪の根源だなんてそれこそ虚言ではありませんか? アナタはそうしてわざと悪役を演じる。仲間達に集まるヘイトを自身に集める為に」
「…………」
「それにアナタは、魔王軍に無闇な殺傷は行わない様指示を送っている。攻め入る所だって、”人類族”から評判が悪い諸国家にのみ絞り、陰ながら”人類族”に利益をもたらしている。……マオマオさん、アナタは本当は心優しいんですよね? ユウユウさんもそんな”魔王”の内情を察し、『闘わなくて良い相手』と捉えております」
「あの甘ちゃんらしいすっとぼけた感情ね。それにさっき、私と闘うことになるんだったら死んでもいいとまでほざいてたわ。だけど、もし仮に”勇者”が許しても世界――マスターが言う所の《新時代》とやらが、私の存在を容認しないでしょうね。……だから、明日の決闘で私が生き残っても意味はないのよ」
「つまりアナタは、世界の為に潔く命を差し出す覚悟だと?」
「ご明察。『諸悪の根源である”魔王”の死によって世界は《新時代》を迎えた。世界を救った”勇者”は”人類族”と”魔人族”との仲を取り繕い、友好の道を歩みだした。《新時代》が真に平和になるかは”勇者”の頑張り次第。その道は前途多難であるが、”勇者”なら成し遂げられるだろう。新たな時代がこうして幕をあけるのであった』。……うん、これは最高のエピローグだわ」
 フフフ、と満足気に笑みを浮かべるマオマオ。
 マオマオはもう既に、自分が死ぬことを前提に話を続けている。この意思は誰になんと言われようと揺るがない。
 とは言え、マオマオは死ぬこと自体はそれ程怖くはない様子。逆に――
「私はね、ユウユウと全身全霊力……力の全てを出し切る勝負を出来るというのであれば、大満足なの。やっと……やっと長年にも渡る宿願を成就させられる。それが嬉しくて嬉しくてたまらないわ」
「それを叶えた上で死ねるのなら本望だとでも?」
「そうよ」
「…………」
 死んでもいいと簡単に言うマオマオ。そんな彼女の目からは焦りや不安の感情は読み取れない。
 ――生きるか死ぬかなんてマオマオさんにとってはどうでも良いことなのかもしれません。だって、彼女にとって一番重要なのは、ユウユウさんとの闘いを心の底から『楽しむ』ことなのですから。それが成し遂げられた暁には、彼女は笑顔でこの世から……。
 マオマオの心境を察したマスターは、泣くのを必死に堪えつつ、言葉を絞り出した。
「やれやれ……マオマオさんはおバカな人だ」
「その言葉そっくりそのままお返しするわ、マスター。……”魔王”である私と仲良くしちゃったりして、アナタもめっぽう正気の沙汰じゃないわよ?」
「これでいいんですよ、私は。……私はこのバー『如月』を開いた時に決めていたことがありました。それは、お客様がどれだけ裕福だろうと……貧乏だろうと……偉いだろうと……卑しくあろうと……強いだろうと……弱いだろうと……そして『世界を救う”勇者”』であったり『世界を破壊する”魔王”』であろうと、誰一人として差別無く平等に接するということでした。だから、ここに来た段階で、アナタは”魔王”ではなく、一人の美しい常連客様なのですよ」
「なんかこそばゆい事言ってくれるね、マスタ~。けれど、今の一言でわかった気がするわ。ここがどうしてこんなにも居心地がいいのかがさ。……そっか、私はここじゃ”魔王”じゃないんだ」
 マオマオはしんみりとした表情で、再びお酒を口に入れる。そして、店内全体をゆっくりと見渡す。
「……最初は”人類族”の弱点を知る為に、<人間界>に出向いた私だったけれども、少しずつ”人類族”の良さを知ることになったわ。私もユウユウと一緒で、敵である”人類族”に親近感を得るようになった。この時から私の価値観はガラリと変わり、なるべく”人類族”は生かそうと思うようになったの。どうやら、良くも悪くも”人類族”に毒されてしまった様ね」
 そんなことを呟き、やれやれと肩を竦める。当初の予定とは全く異なる成果を得たマオマオであったが、その顔は妙に明るかった。
 それを察したマスターは、マオマオに優しく問いかける。
「ですが、あまり嫌な気は無いのでは?」
「そうね。いっそ清々しいまである。……これは一体何なのかしらね? なんか視野が一気に拡がったとても言えばいいかしら? ”魔王”である私がこんなこと言うのも変だけど、”人類族”と一時の間とはいえ、仲良くなれて良かったと思ってる。……マスター、私にこんな素晴らしい機会を与えてくれてありがとうね」
「滅相もございません。私も良いお客様と出会えて、大変嬉しく思います」
「あら、そんなこと言われると照れちゃうわ」
 こうして微笑み合う二人。バー『如月』に心地よい雰囲気が漂う。しかし、そんな楽しい時間も終わりを告げる時が来て――
「……私もそろそろお暇するとするわ。長い間留守にしてると、<魔王城>の同胞達が心配がるし」
 マオマオは半分程度グラスに残ったお酒を飲み干し、お代を多めに支払った。
「代金の超過分はチップとして受け取って頂戴、マスター。<人間界>の通貨なんて、私にとってはもう不要の産物だしね」
「それはつまり、今日以降ここにはいらっしゃらないと?」
「最初っからそう言ってるじゃない?」
 マオマオはそう言いながら席を立ち上がる。そしてそのまま店の玄関へと歩み始める。
 マスターが何を言ってもマオマオは止まることはない。それでも最後の足掻きをしようと、マスターはある一手を繰り出した。
 マスターのその行動を察知したマオマオは背後を振り返り、自身に飛んできた『あるブツ』を華麗にキャッチした。
「ん? これって?」
「今日までご贔屓にして下さった常連客に対する私からの感謝の印です。是非、《新時代》の餞別として受け取ってください」
「いや、それは無理よ。だってこの持ち主は――」
「なら、私の代わりに渡してあげて下さい。”彼”、ずっと言ってましたよ? 『秘密の大仕事が終わったら、これを”あの人”と開けるんだ!』と」
 マオマオはまじまじとマスターから受け取った小瓶――ユウユウがこの店にボトルキープをしていた『例のブツ』を見遣る。
「そもそもこれは何? ユウユウが言うにはお酒って言うより秘薬みたいな奴だと聞いてるけど……」
「実は預かっていた私も存じ上げません。ですが、その少量すら手にするのに相当労力が掛かったと仰っておりました」
「ふむ……」
 内心マオマオはどうしていいか悩んでいた。正直、こんな物を渡されても困るのだが……と『例のブツ』の扱いに悩んでいた。
 ――とは言え、今までお世話になったマスターやユウユウの意思を尊重しないのは失礼ね。……まぁ、いいか。最期くらいその二人の我儘に付き合うとしましょう。
 マオマオは仕方ないと言わんばかりに首を縦に振る。
「……わかったわ。マスターからのお願い、特別に聞いてあげる」
「感謝いたします」
 マオマオは『例のブツ』をバッグに丁寧に仕舞うと、踵を返し店の扉の方を向く。そしてドアノブに手をかざし、去り際の挨拶を交わした。
「――さようなら、マスター。お達者で……」
「はい。また明日いらっしゃって下さい。……そして、さっきのお酒の味をユウユウさんと共に説明して下さいね」
「…………」
 その言葉に対してマオマオは返答をしなかった。その代わり、小さな声でこう呟く。
「相変わらず空気の読めないお人ね。本当……バカ……なんだから……」
 その言葉を最後に、マオマオはバー『如月』を後にした。
 最終的に、バー『如月』には店員であるマスターだけが残る形となった。時計を確認するともう夜も遅い。恐らく、もう誰も客は来ないであろう。
「……少し早いですが、店仕舞いとしましょう」
 マスターは店外に出て、店先に掛けられたプレートを『OPEN』から『CLOSE』にひっくり返す。そして店内に戻ったマスターは、明日――《新時代》到来をお祝いするサプライズパーティーで振る舞うご馳走を”二メニュー分”考案し始めるのであった。



 ▽▽▽



  ――その翌日、”勇者”の奮闘によって”魔王”は討ち滅ぼされた。”人類族”は”魔人族”に打ち勝ったのだ。
 そして、世界に《新時代》が到来し、約一年の月日が経過した。
 ここは世界の中枢に位置する帝都の中心街――から一本裏道に逸れ、二、三度角を曲がり、到底路地とは言い難い家と家の間の隙間に体を横にしてねじ込み、全身を苔と埃と蜘蛛の巣まみれにした先にある小さな家屋。
 その建物は俗に言うバーと呼ばれる場所であった。名を『如月』。知る人ぞ知る隠れ家的場所であった。
 帝都の一角にありながらも、隠し通路の様な道を進まねばならず、その存在すら多くの者には知られていないバー『如月』には二人の人物がいた。
「…………」
 その内の一人である老人――バーの唯一の店員にしてオーナーであるマスターは、提供する料理の仕込みをしており、
「…………」
 もう片方の少女は、目の前に山の様に積まれた書類に目を通し、その全てにサインをしていた。その作業は優に一時間を越す大仕事であったのだが、やっとの事で――
「ニャ~……終了……じゃ~……」
 大方の仕事を終えた少女は頭から煙を出し、カウンター席に突っ伏した。
「相変わらず……相変わらず彼は妾に仕事を丸投げし過ぎじゃよ……。少しはそっちの方で処理をせい……」
 グチグチと仕事に対する文句を垂れる少女に対し、マスターはフォローを入れる。
「まぁまぁそう言わないであげてくださいよ、マオンさん。彼は彼で、マオンさんが担えない外交政策を一任しているのですから。是非、二人三脚で頑張ってくださいよ」
「そうは言っても妾は所詮”先代”の劣化コピーじゃぞ? そんな未完成品に、オリジナルと同じ期待をする等、外道の所業ではないか?」
「何を行っているんです? ”彼女”の『成り代わり』であることを決めたのはマオンさんの意思ではありませんか? なら”あの人”と同じ責任やリーダーシップを負わされるのは至極当然な話では?」
「あ~……身から出た錆とは言え、つくづく面倒な設定を盛り込んでしまったわい。……じゃが、しょうがないの。こうする他、妾の生きる術はなかったのじゃからな」
 業務の疲れ、そしてどうにもままならない自身の現状に辟易とした少女――マオンは大きなため息を吐く。
 そんなマオンを不憫に思ったのか、マスターは彼女にドリンクサービスを提供する。
 それは何の変哲も無いオレンジジュース。”今”のマオンが飲める数少ない飲み物の一つだ。
「…………」
 マスターからの嬉しいサービスを受けたマオンであるが、何やら不服そうに口を尖らせる。
「のう、マスターよ。其方は妾の事情や苦労を唯一知る人物であろう? なら褒美はもう少し贅沢にしてくれるかの?」
「? 私にはマオンさんの言っていることがわかりかねます。具体的に申してください」
「じゃから~今周りには誰もおらぬじゃろ? ほんの……そう、ほんのちょびっとで良い! 妾に『大人の飲み物』を出してくれるかの?」
「ダメです」
 マオンはマスターの速攻否定にギャフンとし、目を><にさせた。
「ケチ!」
「ケチじゃありません!」
「ぶー! 妾の身体は未成年じゃが、精神年齢は大人じゃぞ! 余裕でお酒を飲める!」
「私は見た目で判断します。今のマオンにお酒は提供できません! それに良いんですか? マオンさんは一度、お酒で身を滅ぼしているじゃないですか?」
「うっ!?」
 痛い所を突かれたのか、マオンは思わず口籠もってしまう。それでも尚、イジイジと指を弄り、アレコレ言い訳を並べ立てる。
「あの件は妾は悪くないであろう……。元はと言えば、あんな奇抜なお酒を所持していたユウユウが元凶ではないか!」
「その言い分は難しいですね。何せユウユウさんは、あのお酒――『竜の涙』の真の力を理解していなかったんですから」
「では、それを妾に手渡したマスターが……」
「私も同様です。だってそうでしょう? もし私が『竜の涙』の効果を把握していれば、マオンさんに渡すことはしませんから」
「ぐ……ぬぬ……」
 マオンはマスターの言い分に不本意ながらも納得せざるを得ず、奥歯を噛み締めた。
 ――そうじゃ……そうじゃよ。妾が『竜の涙』のせいで滅茶苦茶になってしまったのは、全面的に妾の失態じゃ。『竜の涙』を何の疑いもなく口にした妾が悪いのは至極当然であろう。
 マオンは自身の不甲斐なさに泣きそうになりながらも、自分の小さい身体をペタペタと触る。
「こうなると知っておったのなら、妾も飲みはしなかったのじゃがな……」
 マオンは改めて『竜の涙』のことを再考する。
 ――『竜の涙』。まさかこの世にこんな代物があるとはな。一応お酒の辞典で調べはしたが、とんでもないことしか描かれておらなかったぞ。
 マオンが思い浮かべる『竜の涙』。それは伝説と言っても過言ではない――と言うよりも実在していることすら眉唾レベルのお酒であった。
 その『竜の涙』はまるで『ボクノカンガエタサイキョウノオサケ』と言わんばかりの効力を持っているのだが、その入手は困難を極める。何せ言葉の通り、”竜の涙”は<魔界>の各所に点在する竜の祠に住まう古竜の目から滴り落ちた涙を焼酎することによって作られるお酒なのである。幻レベルでありながらもこのお酒の存在を信じる者は居るのだが、大抵は古竜に返り討ちにあうので、涙を採集することすら不可能である。
 そんなほぼ採取不可能の『竜の涙』であるが、それを飲んだ際の効用もかなりぶっ飛んでいる――という噂だ。話によれば、『竜の涙』には『蘇生と転生』の奇跡が秘められており、この酒をを飲んだ後死亡するとその死は一度覆され、今一度蘇生するのだが、体と能力は幼少時のそれに退化をし、それ以降の成長は著しく鈍化する――らしい。
 採取難度のせいでこれが事実だと立証できない――と言うよりも、効果内容が効果内容なので、『竜の涙』が存在するという信憑性が薄くなっている――為、お酒の辞典に『竜の涙』の内容は記載されてはいるのだが、備考欄に『そもそも存在自体が懐疑的な珍品中の珍品である。この辞典に載せているとは言え、確実に実在すると断定できないことを留意されたし。だが、実際に先述の効用を享受した者の記録も残っていることから、この酒の存在を完全に否定することも難しく、半信半疑でありながらもこの伝説級の酒の情報をこの書物に記すこととする』と記される始末だった。
 こんな伝説中の伝説である『竜の涙』をうっかり飲んでしまったマオンは先述した奇跡――マオンからしてみれば呪いかもしれないが――を受け、身体と力を少女期まで巻き戻されることとなった。
「――まさか妾が、そんな曰く付きの品に有り付くことになるとはの。……まぁどちらかと言うと、それを知らず知らずの内に手に入れていたユウユウの方が異常ではあるがな。『竜の涙』をここにボトルキープしたユウユウは何か言っておったかの?」
「そうですね。確か『竜がくれた超貴重なお酒が手に入ったぞー!』と言っておりました」
「ふむ。つまりは直接竜から譲り受けたのじゃな。『竜の涙』の取得難度は最狂レベルだと謳われておるが、ユウユウなら楽にこなせるであろうな。……何せユウユウは妾――”魔王”を倒せる”勇者”なのじゃから」
 マオン……改め”魔王”はユウユウ……改め”勇者”の力を再認識する。そして小さな息を吐いた。
「本来なら妾はユウユウに負け、死ぬ定めであった。しかし、その予定は奇しくも挫かれ、妾は今こうして生き永らえておる。これはある種の罰なのかもしれぬの……」
 マオンは哀愁漂う表情で、マスターから提供されたオレンジジュースを一口飲み言葉を続ける。
「妾は今まで散々”人間族”に迷惑を掛けてきた。そして守るべき家族も無残に見捨てていった。きっと神は判断したのやもしれぬ。そんな妾に地獄は生温いとな。だからこそ、こうしてボロ雑巾の様に這いながら一生罪を償うことを妾に強いたのじゃ。……運命とやらがの」
 半ば自虐的に自分の立ち位置を把握する”魔王”に対しマスターは首を横に振る。
「確かに、今のマオンさんの状態は運命が決めた物かもしれません。運命がマオンさんに求めた行動は所謂生き地獄を味わうことではないと思うんです。マオンさんが生き帰った理由……それは、ユウユウさんと共に《新時代》を築き上げることなんですよ」
「…………」
 思いもしなかったことを言われたのか、呆気に取られた”魔王”は目を瞬かせる。そして、「とんだご冗談を」と苦笑を浮かべる。
「マスター、それは妾のことを買い被り過ぎじゃ。一年前のあの日――”勇者”との決戦前夜の時に妾は言ったじゃろ? 妾は《新時代》において存在してはならぬ邪悪な存在じゃ。そんな妾がユウユウと協力して《新時代》を作れる訳がなかろう?」
「ご謙遜も大概にしてください。今私達が住む《新時代》の礎は、マオンさん抜きでは到底築けませんでしたから」
「そんなの妾でなくとも出来るわい」
「いいえ、不可能です。アナタ――”人間族”との融和を望むマオンさんが”魔人族”の長だからこそ、ここまで上手く行っているんです」
「…………」
 マスターの言う通り、今のこの世は、”人間族”と”魔人族”との間で和平条約を結ぼうという流れとなっている。
 元々、ユウユウ自身が”魔人族”に対し、好意的な感情を抱いている為にこの様な流れになっているのだが、”魔人族”が”人間族”を一方的に拒絶をしていれば元の子もない。そこで白羽の矢が立ったのが、マオンという少女であった。
「マオンさんもマオンさんで、”人間族”を排他的に扱わない感情をお持ちです。だからこそ、”人間族”と”魔人族”は歩み寄れているのです。だからこそ、本日面会が成立してるのではありませんか?」
 マオンは、今この時、ユウユウと顔を合わせているであろう同胞達の顔を思い浮かべた。その者達は最初、”魔王”の言葉すら聞く耳持たずであった。特に、”魔王軍”NO.2の者が曲者で、『例え、”魔王”様が”人間族”を認めても、私が奴らを容認することはあり得ない』と言わんばかりの堅物なのである。マオンは特にこの人物の説得には難儀し、今日の話し合いも無理矢理参加させてる状況だ。
 その気まずい状況を想像したマオンは首を横に振る。
「妾とて完璧ではない。仲間に対する説得もままならんのじゃからな。つまり、妾は”魔王”としての責務など出来ておらぬのじゃ。下手をすれば、妾より”魔王”に向いている同胞はゴロゴロおる。その者らが妾の代わりを務めても差し支えなかったであろう?」
「なら何故、マオンさんは自分のことを”魔王”の『クローン』であると偽り、『マオン』という仮の名を名乗り、そして本当の正体――自身が前”魔王”であることを悟られぬ為に態度や口調を変えるのです? 残された者達に全てを任せられるのなら、即刻自分の首を刎ねてこの世から去ってもいいではありませんか?
「物騒!?」
 普段は優しいマスターの口から物騒なことが飛び出たことを物騒だと感じたマオンは物騒だと思い、口から物騒という言葉を漏らした。この一文、物騒言い過ぎ問題である。
 いきなりの爆弾発言にマオンはぎょぎょぎょ!となった。ちなみにマオンはぎょぎょぎょ!となったが、彼女は決してお魚さんではない。ぎょぎょぎょ!というのは最大級の驚きを表す表現で、別に魚魚魚(ぎょぎょぎょ)という意味は一切ないのだ。
 ……驚き方はともかく、マオンはとてつもなくビックリ仰天したのは確かだった。マオンはマスターの中に眠る底知れぬ闇を垣間見て、身の毛もよだつレベルで戦慄した。その恐怖が大き過ぎたのか、マオンは口元をお魚さんみたいにパクパクと震わせた。つい十秒前にマオンはお魚さんではないと言った手前、この行動は如何に? もしかするとマオンは本当にお魚さんなのかもしれない。って、んなわけあるかーい。
 ……ともかく、お魚さんみたいな反応を見せるマオンはハワハワとした調子でいながらも、剣呑な発言をしたマスターを叱りつける。
「妾、優しいマスターがそういう言葉遣いをしてはいかぬと思うの! それにの! 妾はそんな『おーし! 人生が超ハードモードだし、後継者が頑張ってくれるだろうからいっそのこと自分の首をちょん斬るぞい! てへぺろ♪』とか言っちゃうクレイジーガールではないのじゃが? 勝手にマイナスイメージを植え付けないでくれなのじゃ!」
 いつの間にかヤベー奴認定されてねーか?、という不安に駆られたマオンは、どうにかしてあらぬ誤解を解かねばと躍起になる。
 ゼェゼェハァハァ、と息を切らすマオンの必死さが伝わったのか、マスターは取り敢えず先程の失言を撤回した。
「すみません。まさかそこまで私の一言で取り乱すとは思いもしませんでした。今後は気を付けましょう」
「是非に……是非に……頼むのじゃ……」
 そしてマオンは、悪寒で冷え冷えになった頭と感情を鎮めるべく一度深呼吸をし、精神状態と話の筋を元に戻した。
「――えっと、どうして妾が自害しなかったか?、という問いじゃったな?」
「はい」
「……ふむ」
 マオンは自身のチャームポイントである紅髪を指でクルクルと回し、何やら思慮する。そして、頰を少し赤らめ、恥ずかしそうにこう言った。
「……実の所、妾は死ぬ間際にある後悔をしたのじゃ。……それもダサくて無責任のな」
「それは一体?」
 マオンは未だ言い淀む態度を見せたが、意を決し本心を吐露した。
「ほんの一瞬じゃが、死にとうないと思ったのじゃ。散々『妾は死ぬべきだ』とか『妾は《新時代》を生きるのにふさわしくない』とかマスターに言っておいてな。……こんなの都合が良すぎて、今まで誰にも言えんかったのじゃ」
 マオンは自分自身を卑下する様に笑う。
「マスターよ、こんないい加減な妾に失望したかの?」
「いえ、全く。この世には存在しませんよ。本当の意味で死にたいと考えていらっしゃるのは。やはりアナタも心配だったのですね?」
「うむ。やはり残った同胞達が心配で心配で仕方なかった。”魔王”であった妾がいなくてもやっていけるだろうと思っておっても、心の奥底では不安ばかりであった。妾は未練タラタラだったのじゃ」
 マオンは口直しを兼ね、残りのオレンジジュースを口に含む。その時、ふとマオンはマスターの表情を見て首を傾げた。
「何じゃ、マスターよ。いかにも『はて?』と顔をしおってからに?」
「いや、私の想像とは違っておりまして……」
「そうか? ではどんなことを想像したのかの?」
 マオンは残り一口分となったオレンジジュースを一気に飲み込む。
 そのタイミングでマスターが言葉を発した。
「――てっきり私は、ずっと好意を寄せていたユウユウさんが頑張ってくれるか気になっているかと思ったのですが?」
「ブフォッ!?」
 その刹那、マオンはこれでもかと言わんばかりに盛大に吹き出した。その拍子にマオンの口に入っていた橙色の液体がカウンター席に離散した。橙色の液体の正体は果汁百%のオレンジジュースである。これわざわざ説明する意味ある?
 ……兎にも角にも、マスターの口から放たれた爆弾発言(二回目)に耐えられなかったマオンはむせてしまった。
 謎の橙色の液体(オレンジジュース)によってカウンター席がグチョグチョのベチョベチョになり、マスターは慌ててタオルを持ってきた
「だ、大丈夫ですか!?」
「何と白々しい! マスター、妄言が過ぎるぞ! 妾が何故、ユウユウのことを――」
「えっ!? 違うんですか!?」
「当然であろう! 妾があんな小童に興味を抱く訳がないわッ!」
「ですが、気にはなっていましたよね?」
「む……」
 マスターに図星を突かれ、マオンは顔をタコさんの様に真っ赤にさせる。やっぱりマオンはお魚さんなんじゃ?
 『実はマオンは魚人族じゃね疑惑』は置いとくとして、マオンの頭はショート寸前であった。そして彼女はやけになり、感情をシャウトする。
「――あぁ、そうじゃ! あぁ、そうじゃよ! マスターの言う通り、妾はユウユウのことも気になって気になって仕方なかったのじゃ! 彼は脳筋じゃ! ”魔人族”との交渉などスムーズに行く筈もない! だからこそ、妾がサポート出来れば良かったなと思ったのじゃ! きっと妾の後ろ盾がなければ、”勇者”は”魔人族”との会合すら行えなかったであろうな!」
「流石です、マオンさん! アナタは相当、ユウユウさんのことが気になって仕方ないのですね! そうでなければ、ここまでマオンさんが頑張ることもなかったでしょう!」
「じゃから、妾はユウユウにそういう感情を抱いてはおらんわッ!」
「”勇者”と”魔王”の禁断の恋……。あぁ……甘酸っぱい刺激的な展開が予想されますね……」
「……もう勝手にせい」
 マオンは、マスターの暴走を止めることをもはや諦めた。彼女はやれやれと肩を竦める。
「妾がユウユウをどう思おうがはともかくとして、彼の動向を気に病んだのは確かじゃ。不可抗力とは言え、”勇者”の背中をちゃんと見守ることが出来て良かったの。……そう考えれば、生き返ったことも悪くはなかったのかもしれぬ」
「それは良かったですね」
「……じゃが、悩みは尽きぬ。ユウユウはてんで馬鹿での。妾のフォローをことごとくぶっ壊すことも多々あったのじゃ……」
 マオンは、ユウユウが過去やらかした散散たる失敗を思い出し、苦笑を浮かべる。
「……まぁ一番の問題は、ユウユウがマスターと同じ様に妾の正体を暴けないことじゃな。これは単に彼が鈍感なのか、妾の演技が完璧過ぎなのか……?」
「恐らく両方ではありませんか?」
「ハァ……ユウユウはつくづく幸せな奴よな……」
 色々な事に気を揉んだマオンは、店の天井を見上げる。
「じゃが、最低でもあの扱いだけは辞めて貰いたいものじゃ……。あれじゃ、まるで――」
 マオンがそう嘆いた瞬間であった。
 チャリリン!、とけたたましい鈴の音が店内に響き渡った。
 ――ほうほう……嵐が来よったわい……
 その音と一緒に店に入って来た青年の姿を見て、マオンは口角を少し上げる。そして、隠し切れていないポーカーフェイスを浮かべる彼にマオンは声を掛けた。
「その気持ち悪いまでのニヤついた笑顔……雌雄は決したのじゃな?」
「…………」
「おい、ユウユウよ、何を黙っておる? 妾とて会談の結果は気になる。早う話せい」
「…………」
「「……?」」
 いつまでも口を開かず、ただ肩で息をするユウユウを怪訝そうに見つめるマオンとマスター。
 すると、突然歩き出したユウユウは――
「……ッ!?」
 カウンター席に座っていたマオンに抱きついた。
「ギョナー……ッ!?」
 その瞬間、マオンは拒絶感たっぷりの絶叫を爆発させた。
 ユウユウがマオンをまるで子供相手にする様に身体全体でハグするのは日常茶飯事であった。マオンはこのスキンシップを完全に嫌悪していたが、ユウユウは遠慮する気を見せなかった。その為マオンは、もう面倒だとユウユウを自由にさせた。それに、彼がこんなことをしたい気持ちもわからんでもなかった。何せ、マオンはマオマオの生き写しだ。マオマオを失ったユウユウの心の傷をマオンで埋めようとするのは至極普通のことであろう。なのでマオンは、ユウユウのしたいがままにさせた。とは言え……。
 ――い、いつもより抱擁の力が強いのじゃあ!? ……く……くるちいッ!
 まるで万力で締め付けられている様な圧迫に、マオンの小さな肺は耐えられず、窒息しそうになった。
「こ――この……ッ!」
 マオンは決死の覚悟で、指先に魔力を込めた。そして、ピンデコをユウユウのデコにお見舞いした。ちなみに、ピンデコとはデコピンのことである。何故逆さま表現をしたのかというと、ちょっとしたシャレを効かせたかったからである。そのシャレ、要る?
「ちょちょちょ! ま、待って! ガチ! リアルガチで痛いから!」
 ユウユウは堪らずマオンから離れる。
 それでも尚、マオンは怒りに任せピンデコを連打する。この時鳴り響いたベチンという衝撃音はとてもつもなく洗礼されたベチンであった。それも、その年一番のベチンに送られるベストオブベチン大賞を授与される程に。ちなみにベストオブベチン大賞はこの世に実在する賞である。こっちは実在するんかい。
 ……兎に角。ベストオブベチン大賞だがベストオブブチン大賞だがは知らないが、マオンはピンデコを止める気は一切なく、強烈な打撃を連打する。
「ちょっ! ちょっと待って! なんで!? なんで攻撃が収まらないの!?」
「相変わらず空気が読めんからじゃ! いきなり汗臭い身体を押し付けおって! 遠慮無しにキモい変態行為をするでない!」
 マオンのピンデコの威力は次第に高まっていく。それは次第にユウユウを吹き飛ばすまでに至った。
「ギャフン!?」
 地面を二、三回転し、店の壁に激突したユウユウはヘナヘナと地面に倒れこむ。目をグルグルさせるユウユウは謝罪の言葉をマオンに述べた。
「……ごめんな、ちょっと悪ノリが過ぎた」
「わかれば良い。――して、そろそろ本題に入れ。今日、議会はどんな終着となったのじゃ?」
 そう問われたユウユウは、若干ふらつきながらも立ち上がり、一枚の書面をマオマオに渡した。
「…………」
 その文書の内容を一通り目に通したマオンは、ニヤリと口元を緩めた。
「成功したのじゃな、”勇者”よ」
「あぁ!」
 マオンに褒められたのが嬉しかったのか、ユウユウはピョンピョンと飛び跳ねた。
 何やら喜びに満ち溢れていたユウユウとマオンの姿を見て、マスターは首を傾げる。
「一体どうしたと言うのです?」
「それは秘密!」
「じゃ!」
 マオンとユウユウは言葉をハモらせる。二人の息の合い具合にマスターは自然と笑みをこぼした。
「では、それが明かされる日を楽しみに待っておきますね」
「おう!」
「うむ!」
 マオンとユウユウは清々しい笑顔で答えた。
 ユウユウはふと、首元に下げたネックレス――否、空の小瓶を握り締める。その小瓶は、ある女性の形見。ユウユウにとって一番大切で……そして一番強かったライバルが死ぬ間際飲んだお酒の瓶であった。
「なぁ、マオン。君から見て俺は、あの人……マオマオさんに誇れる道を歩けてるかな?」
「…………」
 ――本人を前にして言うことであるか、それは……。
 マオンはその本音を隠しつつ、思ったことを述べた。
「フッ、知らぬよ、そんなこと。何があっても、死んだ者に感想など聞けぬではないか」
「でもマオンは、マオンさんの力や意識を投影したクローンだろ? 君に聞けば、マオマオさんの意見を聞けると思ったんだがな~」
「……そう思うのなら遠慮なく言わせて貰おうかの。妾の言葉がオリジナルと大差ないかは其方が勝手に判断するのじゃな」
 マオンは一つ咳払いをし、思いの丈をユウユウにぶつけた。
「其方の働きぶりを評価するなら、百点じゃな」
「おっ? マジか!」
「まぁ、マイナスじゃがな」
「ガクッ!? ヒッド!?」
「当然じゃ。何せ、この取り決めはまだ初めの一歩に過ぎん。これで《新時代》が安泰となると思うな。これで喜んでいる様では先が思いやられる」
「そ、そりゃ、これから努力するよ! マイナス百点をプラス百点にする為にな!」
「ふむ、そうか。……なら、妾を全力で楽しませてみせろ、”勇者”ユウユウよ!」
「当ったり前だ!」
「なら妾とちゃんと約束せい」
 マオンはユウユウに小指を向ける。
 それが意味することを自ずと把握したユウユウも同様に小指をマオンに向ける。
「ゆ~び切りげんまん~ウソついたら針千本の~ます。……指切った!」
 小指を離すと、マオマオは誇らしげに胸を張る。
「これで、簡単に逃げれなくなったの!」
「アハハ……マオンとの約束を破るなんて、とてつもねぇが出来そうにねぇな~……」
 ユウユウがそんなことを呟いた時であった。ユウユウは、マオンと結んだ小指をジッと見つめる。
「……なんか懐かしいなと思ったら、マオマオさんとも指切りをしたんだったよ」
「残念ながら約束は反故にされてしまったの」
「いや、あまりそんな気はしない。だってよ――」
 ユウユウはマオンを見つめる。
「まだマオマオさんの意思は途絶えてない様に思えるんだ」
「それは妾がいるからじゃろ?」
「それもあるが、なんとなくあの人は生きている気がするんだ」
「……怖いことを言うでない」
「悪りぃ悪りぃ! けど、こういう時の俺の勘は当たるぜ?」
「……勝手にいっておれ」
 マオンはユウユウを小馬鹿にする様にあしらう。
 すると――
「実はすごく近くにいるかもしれませんよ?」
「えっ!?」
 マスターが横槍を入れてきた。
「ど、どういうことだ、マスター! それ詳しく!」
「秘密です」
「何だよ〜……。けど、マジか……本当にマオマオさんが……?」
 マスターは『さぁ、どうでしょうかね?』と笑いつつ、マオンとユウユウにある提案をした。
「あの、何やらめでたい様なので、私からお二人にサービスをしてもよろしいですか?」
「「サービス?」」
「はい。実は前々からずっとお二人に提供したい料理の数々がございまして。食べていってくださいますか?」
 マスターのその言葉にユウユウとマオンは顔を見合わせる。
「正直、これからのことを詰めたい所じゃが……」
「マスターの厚意を無下にする訳にはいかね〜な〜。お言葉に甘えるとするか、マオン」
「無論じゃ」
 その言葉でマスターの顔はパァと明るくなった。
「では早速、食材を買い出してきてよろしいですか? 少々お待ちくださいね」
 そしてマスターは善は急げと言わんばかりに、店の外に出ていった。
 その背中を見送ったマオンとユウユウは、思わず吹き出した。
「張り切りすぎじゃ」
「だな。けど嬉しいよ。俺達の為にそこまでしてくれるんだからさ」
「じゃな」
「なぁ、マオン。ひとつ聞いて良いか?」
「何じゃ?」
「もしかして君は、マオマオさん自身じゃないか?」
「それはどうかの」
「その答え、遠回しに肯定してね……?」
「……それを知りたいのならまずは目の前のやるべきことに集中せい。もしも全部上手くいったのなら、妾の全てを話してやらんでもない」
「そうかい。じゃあ、側で見ててくれよ、マオン――いや、マオマオさん」
「…………」
 その言葉にマオンは返事をしなかった。
 その横顔を見つめるユウユウは、心の中でマオンに言葉を掛けた。
 ――もうアナタのことは離さない。どうか俺と一緒に《新時代》歩んで欲しい。
 この想いを胸にユウユウは決意を新たにした。そして彼は――
「これからもよろしくな、俺の――一番大好きな人……」
 マオン――否、マオマオに手を差し伸べた。
「キモいことを言うでない」
 そう悪態を吐きつつも、マオマオはユウユウの手に自身の手を重ねる。
 ……こんな”勇者”と”魔王”の固い握手は友好の表れ。この二人の想いが世界に新たな風を巻き起こすのであった。
 


 ▽▽▽



 ――全ての事の顛末を語ろう。
 ”勇者”、そして”魔王”の働きによって、”人類族”と”魔人族”は新たな和平条約を結ぶこととなった。つまり、”人類族”と”魔人族”同士が分け隔てなく一緒に手を繋ぎ、《新時代》を共に歩もうと互いが決めたのである。
 ”人類族”のリーダーである”勇者”と”魔人族”のリーダーである”魔王”が決めたとは言え、当然のことながら相当なバッシングがあった。
 しかしながら、”勇者”と”魔王”の健気で真面目な説得に心打たれた者達が徐々に二人を支援する様になる。”勇者”と”魔王”の戦争後、密かに”人類族”と”魔人族”との間に融和を望んでいた者達が居たのも彼の後押しとなり、”勇者”と”魔王”の理念は思ったよりも早く世界に浸透していった。
 それでもまだ反対勢力に押され気味だった”勇者”と”魔王”は努力を続けた。そして”勇者”と”魔王”は考えた。『まずはお互いの良さを知って貰わねばならない』と。”勇者”と”魔王”は”人類族”と”魔人族”にある指示を送った。
 その指示とは『複雑な事や効率的な事を考える事に特出していた”人類族”は”魔人族”にその知恵を分け与えよ。そして、根本的な筋力や特異な能力を駆使する事に特出していた”魔人族”は”人類族”にその力を分け与えよ』というものであった。
 ”勇者”と”魔王”のこの指示は効果てきめんであった。最初は嫌々ながらも相手を手助けする”人類族”は”魔人族”であったが、互いが互いをフォローし合う内に、両種族の生活は一段と過ごしやすくなっていった。
 こんな事が続いていき、いつしか”人類族”と”魔人族”との間にあったわだかまりは少しずつ浄化され、そして”人類族”と”魔人族”は切っても切れない『パートナー』となった。
 とは言え、まだ完全な信頼関係になっていないもの確かである。”人類族”と”魔人族”との間にある溝は未だ深いまま。”勇者”と”魔王”とてこれを完全に取り払うのは無理だと感じている。だが、それでも”勇者”と”魔王”は歩みを止めない。少しでもその軋轢がなくなる様、”勇者”と”魔王”はもがきながらも奮闘を続ける。
 ――こうして世界は、不器用ながらもまた新たな《新時代》を迎えるのであった。
ガブガブ 6vUyMnD4bI

2019年04月27日 22時32分04秒 公開
■この作品の著作権は ガブガブ 6vUyMnD4bI さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:”勇者”が”魔王”を倒せば《新時代》が到来! 小学生でも知ってる常識だぞ!
◆作者コメント:企画運営者の方々、また企画参加者の方、お疲れ様です。
小説執筆というのは中々難しいものですね。描きたい!という気持ちだけではどうにもこうにも……。今回の批評でレベルアップを図りたいものです。

私の作品が、企画を盛り上げることとなってくれたら幸いでございます。どうぞよろしくお願い致します。

2019年05月19日 19時53分31秒
作者レス
2019年05月14日 21時23分40秒
作者レス
2019年05月10日 22時15分57秒
+20点
2019年05月09日 20時41分15秒
+10点
2019年05月08日 14時52分21秒
+10点
2019年05月06日 07時39分44秒
0点
2019年05月03日 16時37分54秒
+10点
2019年05月02日 20時15分54秒
0点
合計 6人 50点

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