森のくさまん |
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※ホラーっちゃホラーだと思います※ ここはどこだろう? そのような、在り来たりとも言える文言から書き出さねばならないことを、恥ずかしくも思う。何故なら私はただ単に、森の中にて遭難しているに過ぎないからだ。そう、私はただ、自分が何者か分からず、なぜいつから自分が森の中に居るのか、そもそも如何して自身が森という概念を識別できているのかを知らないだけの、ただ一人の遭難者であったのだ。 私にとって唯一確かな『私』という主観が『森』という概念の中を進むと、やがて切り開かれ木漏れ日の中にいくつかのテーブルの並ぶ場所に出た。そこには私がこの森の中で出会うことになる7人の酔っ払いのうちの最初の一人がいた。 「真昼間から、酔っぱらっているのか? 見下げ果てた奴だな。なぜそんな苦くて酔っぱらうのを飲む?」と私の口が訊いていた。浮浪者同然の年老いた男の手が震えている理由が、アルコール由来の現象なのかどうかも分からなかった。 「ふ、ふ、不安だからだよ」 「不安だから酒に逃げるのは当たり前だ。在り来たりなことを言うな」 男は私の言葉が分かっているのかも定かでない様子で、 「夏が終わり、『新時代』が来る……全てが別物となる。平成時代に通じたノリもギャグも、常識も世俗も文化も倫理も、ただ『時代遅れ』のレッテルのみによって腐食せらる。令和は新しい時代の空気感が醸造する、新たな物理法則の世界。ぼ、ぼかぁ恐ろしいんだよ。変わっていくことが恐ろしいのだ」 鉛筆で書きなぐったが如きヒゲを揺らし、男はビールの缶を傾げた。そしてトヨタカローラを運転しレコードを聴きあまりに多くの過ぎ去った時間が変えたものまた変えなかったものを思い射精した。 「この、飲酒運転野郎」私はその男が観察に足るものでないと判断を下し、その場所を後にすることを決めた。「私はもう行くが、そうするとあなたは、この場所に独りぼっちだな。太陽の傾き以外、何も変わらないこの場所において、ただ一人。あなたは何を糧に生きる?」「え、えっと……その……わかんないけど、妄想とか……」「なんで気の利いたことを何一つ言えないんだよ」私は本当にその場所を後にした。 しばらく森を進むと、川があった。反射的に木の陰に身を隠す。四足歩行動物の群れが、三、四匹ずつの縦一列を行くグループを形成し、川下へ向かう足跡を残して行く。 彼ら種族の名を私はかつて知っていたような気がした。それは明確な痕跡を残しながらも、肝心の物はどこかへ移されてしまったかのようで、その、角の生えた個体と生えていない個体のいる、綺麗な毛皮の細っこいシルエットの名称のみを思い出せない。家が建ててあった痕跡を残す空き地がただ広がっているかのように。そこをいくら探そうとも、そこには何もない。 名前も知らない彼らはこれから、どこへ向かうのだろうか? そして、この森は一体、地図的に言ってどこなのだろう? 私の心の中なのだろうか? もしそうなら、辺りに無限本数生えていそうに錯覚させる木の一つに、頭を打ち付けても平気なのだろう。 私は試しに何の罪もなくただ乾燥しているだけの樹皮に頭を打ち付けてみた。地球と一体化して久しい物の芯が私の頭を撃ち返し、常識外れの衝撃が頭蓋を揺らした。 「ぎゃあああああああああああああああ」 冷たいものが目に入った。血だ。血が出ている。痛い、とても痛い。なんだ、この痛さは? ふざけるな。なんで痛い? ふざけるな。 私は袖口で傷を塞ぎながら、立ち止まることを忌避する故、前へ前へと進んだ。目的地も分からない中、私の進む方向こそが前だと考えていた。 少し開けた場所にて、倒木に腰掛けている老婆は、私がこの場所で出会うことになる255人の老婆のうちの最初の一人だった。 「も、も、桃太郎かえ?」 この森には第一音をつかえずに発声できる者は誰もいないのだろうか? 私を除いて。そう思った。 老婆の問いに対し、考える機会が私にはあった。何故なら見るからに人間界での時間を過ごし過ぎた老婆は、その体内における時間の流れが、極めて遅々としたものとなっていたからだ。例えば私がこの場所で丸一日考えてから発言しても、老婆は一切の違和感を覚えずに会話を続けることだろうと思われた。 しかし、無駄な時間を使いたくないという理由から、私はすぐに答えた。「俺は桃太郎じゃないよ、おばあちゃん」 その答えが選択の上で明らかに誤りだったと、私が心から感じる程に、老婆は純粋な落胆を見せた。ものすごく残念そうだ。今からでも、答えをやり直したかった。彼女は、一人なのだろうか? どうして、ここにいるのだろう。 どうして、ここにいるのだろう。 老婆はいつの間にか、震える手で私の目の前に、何かを差し出していた。それが何であっても不思議はないと感じていたし、しかし、食べ物だろう、となんとなく思ってもいた。受け取ってみて初めて、それが鞘に収まった鉈であることを理解した。 「こ、これで、これで」 意味の読み取れる言葉はそこで終わり、老婆は私の目を見ず、うつむいて、ただ口をもごもごと動かし始める。5秒経っても、10秒待っても、恐らく255秒経とうとも、その状態は変化しないのだ。 私はその様子から気付いた。ああ、さっきの考えは逆なのだ。 老婆の中では、凄まじい速さで時が流れており、私が1秒に感じる間に、老婆は1年を過ごしているのだ。だから、たとえ何かを決めて喋り始めても、その間に新しい時間がやって来過ぎて、新しい考えが浮かぶ。そうして当初の言葉は発声前に変更を要求され、そんな具合でいつまで経っても、発声が言葉の形を作れないのだ。そんな彼女が、かろうじて形作った先の言葉。その、重要度は、察して余りあった。 私は私の脳裏にある、老婆の無表情が草の上を転がっているビジョンこそが、人間の善意から来る当然の帰結に思われ、私の体は鉈を抜き、老婆の首を打っていた。ひたすら長い時を過ごした皮が千切れ、そして……。 それをし終えて、私はその鉈が、ひどい錆だらけの代物で、到底、使い物にならないということに気づいた。私はそれを、その場に捨てた。そして、再び前へ向かって歩き出す。 しばらくすると、私がこの森で出会うことになる15人の異常者のうちの一人と出会った。そこで私は、私が出会う各人種の人数が、パワプロの選手能力値の上限値と等しくなっていることに気づいた。 「……信じたい。私は信じたい」 異常者は耳がピンと長く、その様は『もしかして、ピピがミンと長いのではないか?』と思わせる程だった。「信じたい、信じたい」男はそう繰り返す。これまで森の中において出会ってきた中で言えば、まだ圧倒的に若く、つまり未来のある男に映った。 そしてその顔を見て、私は初めて、そして漠然と、だが確かに、自分自身の正体に思い至ったのだった。私は、こいつと同じだ。この森で私が出会うことになる15人の異常者のうちの一人目とは、既に出会っていたのだと。それは私自身であり、彼は二番目の異常者だったのだ。 「信じたい、信じたい」 「何をだ?」 私は簡潔に訊いた。この男との間に、多すぎる言葉は不要だと考えた。 「新時代」と男は答えた。「ダジャレじゃねえか」私は両手を結び、ハンマーを形作って、以て男の顔面の中心を、鼻を痛打した。 「あだばあああああ」 男はもんどりうって、しかし決して立ち止まらず、ばたばたと森の中へと消えて行った。 「バカタレがー」 私は悪態をつき、森の中を、先へ先へと、進んでいく。 無限本数生えていそうだと思う木々が流れていく。 私は前に進む。 森の中で当然聞こえて来て良い足音や自然界の擦れ合う音の他に、いつしかその中に、自然にメッセージが混じっていたことに気づく。 「信じたい、信じたい」 またキ●●イか、相手をするのも億劫だと思い、鼓膜を振るわせる音を、私は無視することに決め込んだ。なんとなくだが、前へ、前へと進みたかったからだ。 「信じたい、信じたい」 そのまま二度ほど太陽が新しく生まれ直した後で、気まぐれに私は「うるせえぞ!」と叫ぶ。その瞬間、狂人の声色は止んでいた。 しかしやがてまたすぐに「信じたい、信じたい」と鳴り始める。私がうるせえボケカス殺すぞと言ううちは静かになる。だが、やがてまた聞こえ始める。それは、私自身が口から発していた声だったのだった。 切り株で少し休憩をして、私はまた森の中を進み始める。進むうちは、太陽が差さず、時々休みたいと思うと、日向と切り株が現れていることに気づく。この場所の、森の法則性が見えてくる。 見覚えのある錆付いた鉈と、生きるのが辛そうな老婆が現れたが、それも128人目のことだった。キリの良い数を記念して、私はいつもの仕事をした後の鉈を、この先へ持って行こうかと思ってもみたが、やはりいかなる角度から眺めようとも使い道のない鉈でしかなかったため、やっぱり適当に投げ捨てて行った。 進んでいる私の前方に、木々が切り開かれ、テーブルと木漏れ日と酔っ払いがいる、7度目の場所が広がっていた。 「恐ろしい、私は恐ろしいのだ」 と、酔っ払いが一人でぶつくさ抜かしながら、缶ビールを傾けている。 私はそのビールを奪い取った。「俺もだよ」それを口にあて、思い切り吸い込んだ。 目の前が白黒に明滅する、強烈な嘔吐感が襲ってきた。 私の手は缶ビールを手放し、精肉のように冷え結露のような脂汗の浮かぶ顔、続いて首を触った。手が、何の感触も覚えない、分厚い手袋をはめているかのようだ。神経がこれ。 地面を転がる缶ビール、いや、ビール缶の中から、ドロリとした粘性の黒い液体が溢れ出て、森の一部を黒く染め上げている。 私の履いているナイキのスニーカーが、2歩、3歩と歩んだ後、今度は急激に地面が近づいて来た。嘔吐感が、限りなく頭のてっぺんへまで登り詰めているというのに、喉を粘着させるこの上なく不愉快な感触は、呼吸を含め、あらゆる物質の出入りを拒んでいた。 体が震えている。苦痛のあまりに、声を出せない。自分の体のどこが痛いのかも分からない。圧倒的な恐怖を覚えている。いやだ、私は消えたくない。助けて。 誰か、助けて。それが忘却でもいいから。 ○ 国立病院の病棟の中心は吹き抜けとなっていた。1階を通った彼女はその太く頑丈な根と幹を目撃しており、都会では珍しい、立派な大木の姿を拝めるとの期待をにわかに抱きながら、フロアを登る。上の方、太陽の届く場所では光合成をして、立派に育ち、また景観に合うよう剪定された、美しい樹木の全体像を見ることができることを予感した。 「きゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!」 その女性記者は、正気を失う前に、確かに目の当たりにした真実を、彼女自身の森へと持って行くのだろう。彼女が望み続けた真実を。 病棟の職員が、砕けた精神という異物の乗っかった肉の塊を運び出してゆく。 後付けで病棟となった場所の地面に長く果てしない根を張り、高く頑丈な幹が育ち、太陽に接する部分の人の顔に似たところは、時折うごめいて感情を表現する。 2050年頃、再生医療の技術が人間の不老不死化を実現したにも拘わらず、6222年を生きる現代の人々がその技術を利用している形跡はない。 死という自然界の偉大なシステムは、人間のちっぽけな好奇心や克己心で、その末端をちょびっとだけいじって良いようなものではないということは、現代では当たり前とされている。動物に組み込まれた、死ぬべき時に死ぬようにという神の慈悲、そして賞味期限を越えた生命はもはや精神の乗り物として破綻するということは、今では常識として知れているのだ。 遥か昔、平成時代から生き続けている男は、いつしか植物的な動物となっており、そして今でも寿命を重ね、大きさ的に成長し続けている。 日が落ちると、男の目が閉じることが観察されている。男の生理的な周期がある回数を迎え、リセットされる。「ここはどこだろう?」男は男だけの言葉で、脳的な空間を流れる空想を反芻するらしい。 |
点滅信号 2019年04月29日 23時59分10秒 公開 ■この作品の著作権は 点滅信号 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2019年05月19日 22時33分27秒 | |||
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Re: | 2019年05月18日 22時12分39秒 | |||
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Re: | 2019年05月17日 22時38分02秒 | |||
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Re: | 2019年05月17日 21時59分40秒 | |||
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Re: | 2019年05月17日 21時32分46秒 | |||
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Re: | 2019年05月16日 22時06分06秒 | |||
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Re: | 2019年05月16日 20時26分51秒 | |||
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Re: | 2019年05月15日 17時47分30秒 | |||
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