リョウと浪人と新時代アプリ |
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夕焼けに照らされた教室。今、そこは異空間のようだった。 あたしたちの目の前には、その姿は、ドラマとかで見た幕末の浪人って奴だろうか。 そいつは腰の刀を手にかけ、あたしたちを睨み付ける。そして浪人は叫んだ。 「礼は貴様の命だ!」 浪人は刀を抜くと、あたしの目の前にいるリョウに切りつけた。 ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ 元をただせば話は九時間ほど前にさかのぼる。 「新時代の、夜明けぜよ!」 朝、学校に来たあたしが教室の机でぼうっとしてると遅れてきたリョウ、小谷小龍(おたに・おりょう)に声をかけられた……、というか、一方的にまくし立てられた。背が高くてショートカットの、いかにも活発そうな子だ。細くてうらやましいな。性格としゃべりはあれだが。 「またぁ?」 あたしはこの友人の口癖のようになっている言葉に、いつものように呆れたように言い返す。 こいつとは中学生に上がったときからの腐れ縁だけど、とにかく新しいものが大好きでこう言ってはいろんなモノや話を持ち掛けてくる。 高知からやってきたリョウは土佐弁バリバリで話す。時々人類の言葉かわからないこともあるが、それを指摘したら 「薩摩弁なんかふとぅ(※土佐弁訳:普通)にしゃべっても日本語とわからのうて、戦争中にアメリカ人が暗号と思うて解読しようとしたことがあるがやき!」 と怒られた……、アンタこそ鹿児島の人に謝れ。 「で、リョウ。今度は何にハマった」 「スマホの占い、やき」 そう言ってリョウはスマホの画面を見せてくれる。そこには『驚異の的中率! 志士の英霊占い』なる文字。 「このアプリを使うとぉ、幕末で活躍した志士がこじゃんと(※土佐弁訳:いっぱい)アドバイスしてくれるがよ」 「はーん」 あたしは馬鹿馬鹿しいと思いながら、あたしの机の上にスマホを置いて操作するリョウを見ていた。 リョウはスマホの画面で『ランダム召喚』なるボタンを押す。すると 『今日の志士を召喚します。よろしいですか?』 という文字が出る。 「ずいぶんやっすい召喚だな」 あたしははっきりと言ってやる。 「普通は聞いたこともない人が出るがよ。有名なのでたらSSRとかそんな感じやき」 「ますます安っぽいな」 あたしは呆れながらリョウの言葉を流す。 「では、しょーかーん!」 リョウはポチッとスマホの画面を押す。机に寝かせてあるスマホの画面から、ぱぁっ! と光が弾ける。そしてスマホからなんか魔法陣みたいな模様が現れ、その中からなんか時代劇に出てくるごろつきの癖に大小二本の刀を下げた変なおっさんの姿が立体映像で出てきた。高さはシャーペンぐらい。ずいぶんリアルな映像だな。新時代ってこういうことか? 「ワシを呼んだのは貴様か」 画像の二本差しごろつきはこっちを向いてあたしたちに語り掛ける。今のアプリすげぇ。 「そだよー。今日の運勢教えて」 「……そんな下らないことでワシを呼んだのか」 なんか怒ってますよ、ごろつきさん。 「……あんた、怒ってるわよ」 「アプリのくせに、返事はいっちょ前やきー」 ケラケラ笑ってるリョウ。確かに言われてみればアプリなんてプログラム、文字の塊なんだから当たり前か。 「……まぁよい、なんか鸚鵡石があるから読み上げる」 おうむせき? なんじゃそりゃ。 「『今日の出会いは重要な意味を持つ』、だそうだ」 まるでアンチョコを読むように浪人が言う。 「ををー」 リョウが喜んでる。こんな一言でいいんかい。 「うむ、『時間切れ』だそうだ。こんな束縛する、あぷり? だったか。ろくでもないな」 ……何言ってんの? プログラム、よ、ねぇ。 「さらばだ」 そう言葉を残し、浪人の姿は消えた。アプリの画面には『今日来ていただいたのは、幕末の侠客、吉良の仁吉(レア度・C)でした。次は日付が変わってから召喚してください』の文字。 「なんか人間のランク付けって趣味わるーい」 あたしは正直な感想を言う。 「ランクはAからEまであるがやけど、レア度Eなんかただの農民が出てくるき。今日なんかまだまし」 「そか」 あたしはリョウの言葉を聞き流した。 「面白いものを持ってますね」 ひょい、と誰かがリョウのスマホを取り上げた。 「あれ、浮さん。あんた、こういうの興味あるの? 珍しいね」 リョウの携帯を取り上げたのは、同じクラスの浮沙也加(うかび・さやか)だった。三つ編みに眼鏡のいかにも優等生っぽい子で、実際学年トップの成績だ。こいつ、普段は参考書読んでるかこいつのツレ二人と乳繰り合ってるのにどうしたんだろ。 「ふ……、ん」 サヤカの奴は先ほど奪い取ったリョウのスマホを操作している。 「……うちの製品じゃないのですねぇ。危ないかな」 なんか変なことを言うので、サヤカが見ている画面をあたしも覗き込む。サヤカが見ていたのはさっきまで使っていたアプリではなく、アプリストアにあるこのアプリの解説だった。 「確かに新時代のアプリですね」 そう言ってサヤカはリョウにスマホを返す。 「そうがやろ! そうがやろ!」 嬉しそうなリョウ。しかし。 「ですのでアプリ削除をお勧めします」 「「おい!」」 にこやかにとんでもないことを言ってのけたサヤカに、あたしたちは一斉に突っ込んだ。 「これはですね」 サヤカはあたしたちに説明する。 「魔法の呪文や呪式がプログラムで組み込まれてまして、そこらへん飛んでる霊を捕まえてアプリ内のメッセージを読み上げさせるというものです。別に幕末の志士とか呼び出すソフトではありません」 そらみろ……、って、え? 幽霊を捕まえてしゃべらせるアプリ? 「最近退魔師や退魔忍が仕事用に使っているタブレット用の魔法行使スクリプトというものを民生品にフィードバックした、確かに新時代のアプリなんですけどね」 「魔法なの?」 そういや最近ネットで動画見たなぁ。退魔師のお坊さんがタブレットから怪物呼んで別の怪物と闘わせてるやつ。あれの親戚かな……、というか確か。 「確か最近の退魔師の人が使ってるタブレットの魔法発動スクリプトとか式神召喚アプリって、うちの会社の製品になかった?」 「そうです。あれは業務用でそれだけでタブレットの容量いっぱいいっぱいに使いかねないぐらいバカでかいのですが、このアプリはスマホに収まるサイズなので危ないです」 サヤカは丁寧に私たちに言う。 「どこが危ないが? 他社製だからなが?」 リョウがサヤカに尋ねる。 「ですので、アプリのサイズが小さいので安全さに疑問が残ります。簡単に言うと、安全装置とか組み込んでなくて変な霊を捕まえかねないんです。例えば、人に強烈な恨みを持つ霊を捕まえたら」 「「捕まえたら?」」 心配そうに言うサヤカに、あたしたちは一斉に尋ねる。 「最悪、受肉して召喚者、つまり小龍さんにに襲い掛かります」 サヤカはまじめな顔をして言った。 「あは、それはいくら何でもないと思うがやけど」 しかしリョウはまじめに取り合わなかった。 「普通安全装置とかつけちゅうがないが?」 「もう一度言いますが、アプリのサイズが小さすぎるんです。だから何が起こるかわかりません。大体そこらへん飛んでる霊ってのは、捕まえてみないとどんな霊なのかわからないんです。霊を馬鹿にしてると痛い目にあいますよ?」 サヤカはあくまでまじめに、リョウに警告してくれる。しかし。 「悪い霊ばかりじゃないがやろ? へーき、へーき」 こいつ、取り付く島もない。 「あんた、何回もそうやって痛い目にあってるでしょうが」 あたしもこいつの性格を考えて警告したが。 「うち、宝くじ当たったことないきー!」 あっけらかんと答えるリョウ。というか、どんな理屈だ。 「け、い、こ、く、しましたよ!」 サヤカが強い調子で言って、自分の席に戻った。学校のチャイムが鳴り、授業が始まる。 ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ 放課後、夕暮れ時。あたしとリョウはだらだらと教室で過ごしていた。 「次のトラム、いつなが?」 「う……、んと、十分後と四十分後」 あたしはスマホのブラウザでトラムの時刻表を見て答える。あたしたちの学校は島にあるんだけど、トラムという路面電車がぐるりと島を一周して学校から家のある団地まで行ってくれる。 「十分後はもう間に合わんがやね。購買よってから次か次の次で帰るぐらいでえいが?」 「浮さん、あんたは?」 あたしは同じく教室に残っていたサヤカに声をかける。もう教室にはあたしたちの他はサヤカしかいない。 「サヤカでいいですよ。私は今日、オーナーさんに呼ばれてます。いつもの二人はもう先に帰っちゃいました」 あたしたちの学校はとある会社が経営していて、そもそも島自体がその会社のものだ。ついでに言えばここは会社の社員の子供が通う学校だ、基本的に。サヤカは会社のオーナーの知り合い、親戚ってわけではないらしい、でオーナーのコネで学校に入った手前勉強しないといけないって言ってた。これはおまけだけど、うちの会社はリョウのやつみたいな魔法を組み込んだアプリ、と言っても本職占い師や化け物退治のお坊さんが使う、いわゆる業務用を開発してるってさっき話したけど、サヤカは知り合いに関係者がいるんでそういうのに詳しいって聞いたことがある。リョウも、せっかくある意味専門家が警告してくれてるんだからとっととアプリ削除すればいいのに。 「今日はヘリで帰宅かもです」 「うわー、ぷるじょわがおるき!」 どこの世界にヘリで通学する女子校生がいるんだ。そんなのドラマで沢山だ。 そんなことを言うリョウは何をしているかというと、なんかスマホの設定をいじっていた。 「できたー!」 そう言ってあたしにリョウは画面を見せてくれる。……ん? スマホに表示されてる時刻がおかしい。 「このスマホではもう時刻は真夜中の十二時過ぎ! もっかい呼んでみるき!」 「「おいバカやめろ!」」 リョウが喜々としてさっきのアプリを起動しようとしたので、あたしとサヤカは一斉にリョウの動きを止めようとした。サヤカがリョウの後ろに回り込み、リョウを羽交い絞めにしようとするが。 「もうおっそーい!」 しかし一瞬遅かった。リョウはアプリのランダム召喚ボタンを押してしまった。スマホの画面が光り、霊の召還を始める。 「ど、ど、どうする?」 「すぐにホームボタン! アプリ中断させるんです!」 あたしはサヤカの指示に従い、リョウのスマホに飛びついた。しかし、スマホを覆う光はあたしの指を弾いた。 「これだからア〇ドロイドは!」 「この状況だとア〇フォンでも一緒じゃないが?」 毒づくあたしに、なぜかリョウがサヤカに羽交い絞めにされたまま冷静に突っ込む。 やがてスマホの光は小さくなっていき、画面から立体の、この前のごろつきではない、立派? な武士っぽいのが現れた。デカイ。普通の大人の男位の大きさの立体になってるぞ。 体型は……、少し中年太りか? 腹が出てる。ひげ生えてて年齢は三~四十代か? そんな感じ。胸から腹に鎧を着て(あとでサヤカに聞いたら胴丸というそうな)、腰に下げている長めの日本刀が物々しい。 「……キ」 なんかしゃべってる。 「成功した! よぉーし、志士様! うちの将来の恋人を教えてほしいが!」 「キキキキキキキキ」 「よ、様子がおかしいですね」 顔をあげて笑い出した浪人を見てサヤカが心配そうに言う。 「これが現世(うつしよ)か! ずいぶん変わった風景だな!」 浪人はそんなことを言って、あたしたちをぎろりと見まわす。 「そうがよ、現世(げんせい)ながよ」 のんきにリョウが浪人に言う。 「女……、そのなまり、土佐っぽか?」 「高知のはちきんやき」 浪人にリョウが胸張ってこたえる。 「糞が、土佐っぽが!」 「なんか、様子おかしいわよ」 笑ってるリョウにあたしは突っ込む。そして険しい顔のサヤカ。 「土佐の坂本とかのせいで薩賊と長奸が同盟結んで、儂は上野で大筒だかに吹っ飛ばされた」 「薩賊、長奸、上野……、彰義隊?!」 サヤカはなんか思い当たることがあるようだ。 「土佐の女、現世に呼んでくれた礼をせねばならぬな」 そう言うと浪人は机の上から降りた。 「すごいがー。今の技術は立体映像も出すがやねー」 「……受肉! 逃げて、小龍さん!」 サヤカが警告を発し、羽交い絞めしてたのを放すとすぐに突き飛ばした。そしてサヤカも横っ飛びに反対方向に飛び去る。 「礼は貴様の命だ!」 一瞬後、二人がさっきいた場所に浪人が横なぎに刀を振るった。 ブオン、という音がした気がした。風が空を切る。 「ふん!」 次に浪人はリョウの方を向き上段、であってるよね。上から下に剣を降ろす。だめ、リョウは突き飛ばして腰ついたまま! しかし。 ガチン! 大きな音がする。リョウは目の前にあった椅子で刀を防いだ。浪人は一歩後ずさる。 「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」 リョウは腰が抜けたのか椅子を放り投げた後も床に座り込んだままだ。 「バカァ! 立たないと死ぬってば!」 あたしはリョウに叫ぶ。 「春陽(はるひ)さん! 外に出ますよ!」 「ぐわぁぁぁぁぁ!」 なんとサヤカの奴、浪人がリョウの方をむいたのをいいことに、その後頭部に机を投げつけやがった。机は浪人の頭に直撃。これは痛い。浪人はその場にしゃがみこんだ。そしてサヤカは……、まて、浪人に近づく?! え?! 「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣!」 立ち上がろうとする浪人の目の前でサヤカはなんか手を縦横縦横に振っている。 「烈! 在! 前、破ぁ!」 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 何とサヤカの目の前に縦横の光の網っぽいのが現れて浪人に襲いかかった。立ったままのたうち回る浪人。ついでに浪人が暴れるせいで椅子や机が激しく倒れて転がりまくる。 「今の内です!」 あたしたちはリョウを両脇に抱え、ずりずりとリョウを運びながらその隙に教室の外に飛び出した。 「ふぅぅぅぅ……」 『付属中学校三年一組にて推定Bランク悪霊の受肉、及びそれに伴う霊的災害発生を確認しました。このため八階全教室を一時封鎖します。中の生徒・教員・関係者は災害終了まで待機してください』 館内放送を聞きながら、あたしたちは廊下に座り込む。 「さすがに霊的存在まで扱う会社なだけあって、防備も万全で助かります」 ほっとしたように隣に座るサヤカが言う。 「ぼ、防備万全?! そもそもあんなんが来る学校がおかしいやないが?!」 「「最初からアプリを削除してればこうなりませんでしたが?」」 落ち着いたらしいリョウが不平を言うが、あたしたちに一斉に突っ込まれシュンとなった。 「これからどうする?」 あたしは頼りになりそうなサヤカに聞いてみた。少なくともあたしたちより学校のことも、ああいう悪霊についても詳しそうだ。 「これからどうする? たぶんこいつ」 あたしはリョウを指さす。 「差し出したらあたしとサヤカは逃げられるだろうけど」 「や、やめや!」 真顔で言うあたしにリョウがおびえたように言う。ふん、ようやく自覚したか。 「あんなのを外に出したら被害はリョウだけじゃすまないわよねぇ……」 あたしの言葉に、サヤカはこめかみに右手の人差し指を当て考えている。 「知り合いの退魔忍に相談してみましょうか」 「「退魔忍?!」」 ああいう化け物を退治する退魔師という職業があり、その人ら向けアプリをこの学校のオーナー企業が作ってるという話はしたと思うけど、そういうことができる忍者を特に退魔忍という。しっかし会社のオーナーと知り合いとか退魔忍と知り合いとか、あんた何ものよ、サヤカ。 サヤカは持ってるスマホでどこかにかけている。というか、この封鎖された状況で電話できるんだろうか。 「……幸奈さんですか? 浮です。ちょっとぶっ飛んだ話になるんですが、ほら、前にお話しした霊を呼び出すアプリでクラスの子がさっき悪霊呼んじゃいまして。今学校の自動防衛システムが作動して閉じ込められています……」 サヤカは多分退魔忍であろうユキナって人と連絡を取ってる。 「……え? 今島にいる?! 附属校ビルの八階にいます、助けてください! ……はい、わかりました」 サヤカはスマホを切るとアタシたちの方をむいた。 「知り合いが来てくれるそうです。助かりそうですよ」 サヤカは笑顔で言った。 「助かるが?」 驚いたようにリョウが言う。 「とりあえずあそこ」 サヤカは奥の非常階段を指さす。 「まで行きましょう。あと、効くかどうかわかりませんが、皆さんにお願いがあります」 「なに?」 あたしはサヤカに尋ねる。 「三人で並んで行きましょう」 「は?」 サヤカの提案にリョウが間抜けな声を出す。 「並んでどうするが?」 「ケンケンパって、分かります?」 「いや、知らんわけないやろ」 片足飛びで二歩進んだ後両足を広げる奴だ。 「それをしながら行きましょう。おまじないの一種です」 「……そうなが?」 胡散臭そうに言うリョウ。しかしあたしは反論した。 「あんたの胡散臭いアプリのせいで命の危険にさらされてるんですけど?! サヤカの提案の方がまだましよ」 「そ、そこまで言うが?」 あたしに怒鳴られ、しょぼんとするリョウ。いい気味だ。 「では行きましょう」 サヤカに促され、あたしたちは立ち上がる。あ、リョウも立てた。そして三人で一列に並ぶ。 「「「けん、けん、ぱ! けん、けん、ぱ!」」」 あたしたちは片足飛びと脚を開いて着地を繰り返しながら非常階段に向かって移動を始めた。そしてドーン、と後ろで音がする。 「見つけたぞー!」 どう考えてもさっきの浪人の声だ。ついに追ってきた! 「も、もう来たが?!」 焦ったようにリョウが言うけど。 「走っちゃダメです! その方が危ないです!」 サヤカが叫んで押しとどめる。 「ケンケンパ、続けますよ! せーのっ!」 サヤカはそう言ってあたしたちを急かす。 「「「けん、けん、ぱ! けん、けん、ぱ!」」」 「うぉぉぉぉ!」 あたしが後ろを向くと、浪人はあたしたちに向かって走ってくるのが見えた。こっちと向こうの距離、五メートルぐらい? しかし。 バチィッ! 「ぎゃぁ!」 浪人の悲鳴にあたしが振り向くと、武士が後ろにふっとんで倒れていくのが見えた。なんか見えない壁にでもぶつかったかのようだった。 「……うまいこと行きましたね」 後ろを振り向いたサヤカはほっとしたように言う。 「ケンケンパっていうのは兎歩(うほ)という陰陽術、日本独自の魔法のアレンジで、子供たちが外で遊んで家に帰る際に悪い霊から子供たちを守るために、また家までついてこないように編み出されたそうです」 「つまりリョウらも使える魔法なが?」 「そう考えていいです」 顔を前に向けたサヤカはまっすぐ非常階段を見ながら答える。 「ケンケンパの『ぱ』の部分、両足でついたところが霊を遮る壁になります。一回こっきりしか使えない使い捨ての壁になりますが、足止めには十分でしょう」 「そうね」 あたしは再び振り向く。さっきの浪人は今起き上がろうとするところだった。 「ぶつかってぶつかって死んでくれる方がこちらとしてはありがたいんだけど」 「何回ぶつかったら死ぬんでしょうね」 サヤカに呆れられた。 ウギャァ! ウギャァ! と馬鹿正直にあたしたちが仕掛けたケンケンパの壁に衝突する浪人。やがて目の前に非常口の扉が見える。リョウがドアノブに手をかける。 「開くが!」 「飛び込みますよ!」 「うん!」 あたしたちはリョウが開けた扉をくぐって踊り場に出た。 「ふぅ……」 あたしとリョウはどさっと階段に並んで腰かける。サヤカは立ったままだ。 「さて、覚えてるうちに罠を仕掛けましょうか」 そう言うとサヤカはさっきあたしたちがくぐった非常口の前に立ち、踊り場をぐるぐると歩き出した。両手は複雑に指を握ったり離したりしている。 「臨、兵、闘、者、皆、陣……」 しかしなんだ。歩き出したというか、踊ってる? 「なんかダンスゲームでもやってるようなステップやね」 「……烈、在、前。そんなものですよ?」 リョウに答えながら軽やかにステップを踏むサヤカ。 サヤカはひとしきりステップを踏み終わると、階段を下りた。今あたしたちがいる踊り場より一つ下の折り返しのとこにある踊り場に腰かけ、あたしたちを手招きする。あたしとリョウは仕方ないなと階段を降り、サヤカの左右に並んで座った。 「今の何なが?」 リョウがサヤカに尋ねる。 「あれが本物の『兎歩』です。元々平安時代、貴族が牛車に乗る前にあのステップを踏んで厄災が来ないよう願ったというのが始まりと言われてます」 サヤカが説明してくれた。 「もうすぐ来てくれるはずの幸奈さんが教えてくれました。ケンケンパもですよ」 「来てくれたらお礼言わないとね」 あたしは頷いた。 サヤカは電話をかける。多分幸奈さんという人にだ。 「幸奈さん? 沙也加です。現在八階と七階をつなぐ西側階段の踊り場です。 ……はい。三階まで降りろ? わかりました」 サヤカはそう言って電話を切った。 「今ビルの一階、駅に着いたということです」 「今三階って言ったよね? 体育館?」 あたしたちの学校があるこのビルの三階は体育館になっている。 「はい。魔方陣を書いてあの亡霊さんをその中で仕留めるそうです。そのまま連れて来いということでした」 サヤカは恐ろしいことをケロっという。 「つまりこのままケンケンパしながら降りろということなが?」 リョウの言葉にサヤカが黙って頷く。 「……命がけのケンケンパ、ね」 あたしはため息をついた。 あたしは階段を見上げる。上にも、下にも階段がずっと続いている。 「おっきいよねー、このビル」 「中学校と高校が一つのビルに入ってますからね」 サヤカが答えてくれた。 「……そう言えばサヤカさ、編入組なんだよね」 サヤカは二年生の時にあたしたちの学校に来た。 「そうですね」 サヤカはあたしの話に興味なさそうに答え、眼鏡をはずしポケットに入れてたらしい眼鏡拭きで眼鏡を吹き出した。眼鏡外した素顔は、まぁまぁかわいい。 「何で編入してきたの?」 サヤカとは二年、三年と同じクラス(ちなみにリョウとは三年間ずっと同じクラスだ!)だが、このクラスメイトのことをアタシは何も知らなかった。 「あ、それうちも知りたい」 リョウも乗ってきた。リョウは自分のスカートのポケットをごぞごぞと捜すと飴玉を出してきた。 「はい、あげるき」 リョウはサヤカには手渡し、あたしにはぽいっと投げてよこした。 「いただきます」 サヤカはそう言うとリョウの飴玉を口に含んだ。 「元々大閃光受けて落ちて、東條の中学校に通ってたんです」 「大閃光受けたが?!」 「学年トップも納得……」 大閃光というのはいわゆるお受験で受けるような名門私立中学校だ。まぁ、うちのガッコも私立だし公立のガッコより成績よくないとついて行けない。しかしここは基本うちの会社に勤めてる人の子供が入るガッコであり、お受験で受ける子は少ない。 「それが今、養父と言っていい人のコネでここに入ったんです」 「ふーん」 リョウが相打ちを打つ。 「その……、養父ってことは、離婚とかあったが?」 「こらぁ!」 あまりに失礼なリョウの質問にあたしは怒鳴った。 「両親健在で今海外ですよ? ご安心ください」 サヤカはこともなげに言った。 「まぁ、あまりに勉強勉強うるさいので仕返ししたら火乃兄さん、あ、養父の人をさやは名前で呼んでるんですけど、にさやを押し付けて、自分たちは海外にとんずらこきましたが」 ……サヤカの回答はあたしの予想の斜め上をいった。 「勉強できるき、勉強好きと思ってたがやけど、意外じゃ」 「今は好きですよ? 趣味です」 そう言えばうちのクラスは一組だがこの子、同じく転入してきた二組の木之下さん、三組の鳥栖さんと三人でつるんでいる、というか放課後に勉強会をうちのクラスでよくやってる。転入となんか関係あるんだろうか。 「もけんどて(※土佐弁訳:もしかして)さ、去年転入した子らはみんなおまさんのツレなが?」 「みんな、おな中ですね。そうです。全員同じ事情で転入しました」 やっぱりか。 「さやばかり話すのは不公平です。小谷さんと鈴宮さんの話も聞かせてください」 転入にあまり言いたくない事情があるのかな。サヤカはあたしたちに話を振ってきた。先にあたしが話すことにした。けどまぁ。 「つまんないよ? あたしは生まれもこの島で、幼稚園からこのガッコだし」 「生まれも育ちもですか」 サヤカが目を開いてあたしをジロジロと見る。珍しいものでも見たか。しかしこの島、一万近い人が住んでるし、別に珍しくないと思うのだが。 「いえ、いつも小谷さんとつるんでるので不思議だな、と」 あ、そうか。サヤカはリョウが中学からここに来たことを知ってるんだ。 「小学校の時親しかった子とクラス分かれて話をしなくなったのよ。その代わりコイツ」 あたしはリョウを指さす。 「がまとわりついた」 「うちは疫病神なが?」 あたしとサヤカは一斉に、言い返してきたリョウの方をむく。 「「今のこの状況は、誰のせいですか?!」」 「耳がー! 耳がー!」 あたし達のツッコミにリョウ、両手で耳を押さえて暴れる。自覚ねぇなこいつは! 「で、小谷さんは?」 「リョウでええがよ」 サヤカがリョウに尋ねる。 「うちは生まれも育ちも高知のはちきん(※高知の女性のこと)だったがやけど、親が転勤で島に引っ越すことくじゅうて(※土佐弁訳:引っ越すことになって)、ダメもとでガッコ受けたら合格したがよ」 「「しなければよかったのに」」 「耳がー! 耳がー!」 再び突っ込まれて耳をふさぐリョウ。しかし。 「大体、ハル。おはんに言われたくはないが!」 「なによ」 あたしはサヤカの向こうにいるリョウを睨み付ける。 「おはんがいじめられっ子だったというのをうちは知っちゅうがよ、鈴宮春陽さん」 「やめてー!!」 あたしは頭を抱えた。そう。某有名ラノベの主人公と漢字は違うけど同姓同名。このせいで小五のころから同級生から色々いじられてたのだ。 あたしが中学に上がっていじってきた連中と離れ離れになり、やれやれと思って独りを満喫してたら中学から編入してきたこいつがまとわりついてきた。 「おまはんも独りなが? うちも独りでつまらながよ」 はっきり覚えている、こいつと初めて会った時にあたしに言った言葉。それ以来コイツとつるんでいるが、こいつの性格もあって中学生活はおもしろい。主にこいつの行動観察が。しかし。 ガチャ! ガチャ! あたしたちは一斉に上の非常口を見上げる。扉ががば、と開き、ついにヤツが来た! 「見つけだぞ! 剣の錆びに……」 武士はさっきサヤカが踊ってた? 場所に足を踏み入れる。そして。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」 武士の体が青白く光って苦しみの声らしきものをあげた。 「兎歩の結界に踏み込んだらそりゃそうなります」 サヤカは武士が自分が仕掛けた罠に引っかかったのを見届けた後に立ち上がった。もうゆっくりしてられない、あたしたちも次いで立ち上がる。 「行きましょう。階段は普通に下りて、踊り場でケンケンパして時間稼ぎです。三階までたどり着けたらこちらの勝ちです」 「そうね」 あたしは短く答える。 「行こうや」 リョウも言い、あたしたちは速足で階段を下りた。そして、踊り場に着くたびに。 「けん、けん、ぱ! けん、けん、ぱ!」 間抜けだけど命がけ。あいつと二階分ぐらい離れたころにドドドド、と階段を駆け下りる音と。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」 ケンケンパの結界に引っかかってあげる悲鳴。 「けんど幽霊なんやき、壁を抜けてきたらいいがやき」 階段を下りながら、リョウは不思議そうに言う。 「受肉してしまったから、そんな能力なくなったんですよ」 サヤカが説明してくれた。 「受肉って、人間になった、じゃないが?」 「ここでは物理的なものを触れるようになった、ということです。半分ぐらい幽霊ですよ」 「魂魄〇夢みたいなもの?」 あたしはちょっと聞いてみた。 「あれは幽霊という種族と人間のハーフですからねぇ。空飛べるだけの人間に近いですよ」 サヤカは同人の世界にも詳しかった。 ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ ……さて、だいぶ降りたな。今何階かな。あたしは踊り場に書かれた表示を見る。 「あ、もう四階か」 「だいぶ降りましたね。もうすぐ三階です。そこをくぐったら」 サヤカは下を指さす。 「幸奈さん、退魔忍の方が待ってます」 「その退魔忍って、字面がすごいがよね。やっぱ、ぴっちりのボディースーツ着てるが?」 リョウが直球な質問をする。まー、あたしも同じこと思った。 「元々某宗教団体の方で、うちの会社に出向してる方です。お坊さんの恰好のはずです」 サヤカがあたしたちを心底バカにしたような眼で見る。悪かったわよ! 「あがぁぁぁぁぁ!」 遠くで武士の絶叫が聞こえる。あたしたちはもうひと踏ん張りと階段を駆け下りた。そして三階の非常口を開けた。 三階は体育館。板張りの床と鉄骨の天井が視界いっぱいに入ってきた。体育館の真ん中には……、おい。 「ボディースーツ! ボディースーツなが……、あたっ!」 リョウ、喜ぶな。とりあえず頭を軽くしばいとく。 体育館にいたのはホントにワンピースの水着に網タイツみたいなボトムと袖らしきものに身を包んだ、背の低いぽっちゃり体型の女の人だった。手には鉄製の杖? を持っている。 「あれがユキナさんって人?」 「はい」 サヤカが短く答える。 床を見たら不思議な模様が一面に書かれていた。あの人が書いたんだろうか。 「待ってましたよ!」 大きな声で女の人が言う。 「沙也加さん、無事ですか?」 「はい。助かりました」 ユキナさんとやらとサヤカのやり取り。 「幸奈さん、その格好どうしたんですか?」 「開発に呼ばれてて法衣の下に着ける対魔戦用アンダースーツの実験してるときに沙也加さんから電話が来たんですよ。それでそのまま来たというわけ」 幸奈さんがサヤカに状況を説明する。 「で、問題の悪霊は?」 「まだあそこ」 あたしはさっき出てきた出口を指さす。 「の向こうで階段降りて来てます。サヤカが教えてくれたケンケンパに引っ掛かり引っ掛かり」 「ああ、あれ効く相手なら何とかなりそうね」 幸奈さんは杖で軽く地面をたたく。シャン、と杖の上の方についた鉄の輪っかが小気味よい音を立てた。そして床の模様が淡く光り出す。 「九字印、分かりますか?」 ユキナさんはあたしとリョウに聞いてきた。 「カステラ一番、電話は二番? ……あたっ」 「ふざけるな。あとそれは三時」 東京ローカルネタやってんじゃないわよ。 「教室でサヤカがやったあれ? リンピョーとかいう奴」 「そうです。『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』。元々道教で使われたおまじないで、密教でも護身除災の目的で使われます」 「りん、ひょう、とう、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん……」 あたしはユキナさんに教えられた言葉をつぶやく。 「あと、刀印というのも教えておきます。あの霊を退治、というかあの世に送り返すために、手伝ってもらいたいので」 ユキナさんは右手で人差し指と中指をぴっと立て、残りの指を折り曲げる形を作った。 「これが刀印。これで、左から右へ」 ユキナさんはさっと自分の目の前でこの刀印とやらで空を切る。 「そして上から下」 次に刀印で上から下に空を切る。 「の順番でさっきの九字、『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』を唱えます」 「りん! ぴょー! とー! しゃー! かい! じん! れつ! ざい! ぜん!」 リョウが唱えながら右手で左右上下にさっき教わった刀印を作って空を切る。 「そうです、それで正解です。それをしてる限り、たとえ向こうが刀で切り付けてきてもはじいてしまいます」 「さっきのサヤカみたいに、やね」 リョウの言葉にサヤカが頷く。 「まぁ、どの程度の奴なのかとりあえず一当たりして見ますか」 そう言うユキナさん。すぐに、ドーン、ドーンという音があたしたちが出てきた非常口からしてきた。 「来ましたね」 ユキナさんは鉄の杖で再び床をたたくと杖を構えた。 「少し離れてください」 言われたあたしたちは体育館の奥の方に下がる。 「では、参りますよ」 非常口が開き、浪人が姿を現す。 「そこの女ぁ! ここに土佐っぽは来なかったか?!」 「いたらどうします?」 「殺す! わし等を殺した、土佐っぽは殺す!」 「ならば退治しましょう」 おお、幸奈さんかっこいい。 「きぇあぁぁぁぁぁ!」 浪人はまっすぐに幸奈さんに切りつけようとしてた。が。 「Now、mallisaraba、Tattakiya、tey-kiyarri、Sarabamok、tey-kiyarri。Saraba-tatttarata!」 ぼぉぉぉぉぉ! ユキナさんから炎の柱がまっすぐ浪人に飛んでいき、浪人を焼く。 「ぎぇあぁぁぁぁぁ!」 のたうち回る浪人。そこにつかつかと近づいていき杖で何回も浪人を突き刺すユキナさん。 「い、今の、何なが?!」 「不動明王火炎呪ですね。一度見たことあります」 ま、魔法使いだ……。 「不動明王の清浄なる炎で悪しきものを焼くと言われてます」 サヤカの説明にあたしはコクコク頷くしかできない。 「貴様、術者か!」 「退魔忍、荒井幸奈と申します。とりあえずあの世にお帰り下さい……、Om、kirikiri!」 ごすっ! ユキナさんが立ち上がった浪人を再び杖で突く。ふっとんだ浪人にユキナさんは両手で杖持ったまま変なかたちに組み合わせ再び呪文を唱える。 「Om、kirikiri、Now-mak、sam-manda、Vasaradan、sendanmakarosya-daya、Sohataya、umtarata、Kamman!」 「な、なんだ、これは……、う、動かん!」 「不動金縛り。おとなしくしてくださいねー。Now-mak、Sarabatattagyatelibyak、Sarababokkeigyak。Saraba-tatarata、Sendamakarosyada、Kengyaki-gyaki。Saraba-bikinan、Umtarata、kamman!」 ユキナさんの呪文が完成したらしく、白い半透明の円柱に浪人が閉じ込められた。同時に地面の模様が一斉に強く光り始める。 「ではお手伝い、お願いします!」 ユキナさんが言った。 「床にあの浪人を取り囲むように丸が三つ描かれてます。そこに入って、さっき教えた九字を切ってください」 「リンピョーってやつなが?」 「そうです!」 リョウにユキナさんが答える。 「ありがたいありがたい観音経ですよー。これ聞いて成仏してくださいねー。Sa! Yoson-myoh-sohg、Gason-jyu-sohpi……」 「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」 おい、柱の中の浪人、苦しんでるぞ。 あたしたちは浪人を囲むように円の中へそれぞれ入る。そして。 「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前!」 必死で指を二本立てた刀印とやらで左右上下に腕を振る。 「何故だ、俺が、俺達が、何を悪いことをした!」 ……俺『達』? 複数形であるのことにあたしは引っ掛かりを覚えた。 「Nenpi-kwan-onriki、Jinjyoh-eco……」 ユキナさんの読経が続く。 「上様も! 安房めも! どうしてわし等を見捨てた! 旗本の誇りは、武士の誇りは、どこに行った!」 「武士だか旗本だか知らんけど、ほがな誇り誇りゆうてるから上様とか泡とかに見ふてられた(※土佐弁訳:見捨てられた)がやないが?」 リョウが言い返し、浪人の顔が元々悪い顔色がさらに悪くなったように感じた。 「そんなことはわかってた! 旗本が、武士が、時代遅れになっていたなんてのはな……」 そう言うと黙りこくってしまった浪人。そしてあたしたちはひたすら九字を切る。 「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前!」 「……Fukujyukai-muryoh、Zehko-ohchohrai」 読経が終わったらしい。光の柱がさらに輝く。 「とりあえず輪廻の輪にお帰り下さい。Nam-daijidaihi-kwanzeon-bosatsu。Syusyu-gyohzai、Gogyaku-syohmetsu。Jita-byo-doh、Soksin-jyo-btsu。Om-arorikya-sovaka!」 「光か……、温かい……」 光の中に消えていく浪人が最後に発した言葉。一瞬見えたその顔は、泣いてるように見えた。 そして光が音もなく弾け。あたしたちの目の前には何もなくなった。 「ふ……、ふえぇぇぇぇぇぇ……」 あたしはその場に座り込む。終わったんだ。見ると、サヤカもリョウも座り込んでいる。 「皆さん、お疲れ様でした」 ユキナさんがねぎらってくれる。 「悪霊の反応、消滅を確認。警戒態勢を解除します。繰り返します。悪霊の反応、消滅を確認。警戒態勢を解除します」 館内放送がなっている。 「全く、命がけなんて人生で何度もするものではないですね」 真っ先にサヤカが立ち上がる。 「え、サヤカってこがな経験したことあるが?」 まだ座り込んだままのリョウが聞く。 「ミサイル積んだ車に追っかけられたことや精神病院に閉じ込められて覚せい剤打たれかかったことがあるんですよ? これぐらいなら平気です」 しれっというサヤカにあたしとリョウは口を開けて呆然とするしかなかった。あ、ユキナさん苦笑いしてる。 ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ あれから二日たった。 あむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむ 「うちが武士の悪霊に椅子をぶん! て投げたら命中して、武士が頭抱えてのたうち回って。その隙にうちらは逃げ出せたがよ」 リョウはクラスメイト達に今回の顛末を報告している、というか自慢している。バカじゃないの、あいつ。ついでに話盛ってるし。あたしはサヤカとそれを生暖かい目で見ている。今回はサヤカのツレ、二組の木之下さんと三組の鳥栖さんと一緒だ。しかし。 あむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむ 「あんた、なにしてんの?」 木之下さん、ひたすら沙也加の耳を咥えてもぐもぐしていたのである。齧るともいうか。 「さやちゃんの耳、おいしいですよ?」 木之下さん、口をサヤカの耳から離して言う。 「もう、美紀さんたら、その悪い口を塞いであげます」 そう言うとサヤカと木之下さん、ぶちゅー、とディープキスをあたしの目の前でしやがった! 「やめなよー、鈴宮さん、引いてる」 抑揚のない声でジト目の鳥栖さんが言ってくれる。 「TMT! 鳥栖さんマジ天使!」 思わず声が裏返ってしまった。うん、鳥栖さんはまともな子のようだ。 「んもう、ももちゃんたら妬いちゃって」 木之下さんはそう言うと今度は鳥栖さんとディープキスを始めた。あっさりと受け入れる鳥栖さん。……前言撤回。 「階段でねー、ケンケンパしたら悪霊がバーンって、吹っ飛んで。目の前に迫ってたから怖かったがよー!」 まだリョウの奴自慢話してる。あたしはサヤカは何か感づいてるんじゃないかなーと思ってあの浪人について聞いてみようと思った。 「結局さ。あの浪人って何ものだったんだろう。上様とか土佐っぽとか言ってたから江戸時代というか幕末っぽかったけど」 「うーん、推測ですよ? ……んもう」 サヤカは話し始める。鳥栖さんとのキスに飽きたらしい木之下さんはサヤカの首に腕を巻き付けて再び耳を噛みだした。 「あの人、多分彰義隊で亡くなられた方じゃないでしょうか」 「将棋隊?」 「ゲームの将棋じゃないですよ」 あたしの心を見透かしたようにサヤカが睨む。ごめん。 「正『義』を『彰らか』(=明らか)にするという意味だそうです。幕末も終わりも終わり、一八六八年のお話です」 サヤカは話し始めた。 「彰義隊そのものは江戸の治安を守るために一八六八年一月に旗本の有志で結成されました。しかし当時は王政復古の大号令で薩摩藩と長州藩を中心とする新政府軍がひたひたと江戸に迫っていて、彰義隊の面々は新政府軍を殺る気マンマンでした」 「殺る気マンマンって……」 サヤカの言い方にあたしは苦笑いするしかなかった。 「ところが将軍徳川慶喜は江戸で戦闘なんかするんじゃないと自分から江戸城を出て謹慎。三月には有名な勝海舟と西郷隆盛との会談で江戸城は無血開城、江戸は明治新政府のものになりました。ですが彰義隊はそれを良しとせず、江戸の治安を守る部隊は明治新政府の評判を陥れるテロ組織になってしまいました。町民や新政府軍への殺人強盗レイプ、何でもありだったそうです」 「うっわー……」 それは引く。 「勝海舟は何とか彰義隊を説得するのですが頑として聞かず、現在の上野公園があるところにあった寛永寺というお寺に立てこもってしまいます。とうとう勝海舟はさじを投げ、明治新政府は寛永寺を包囲して彰義隊を退治を行うことにしました。これが七月、世に言う上野戦争です。結果は三百人近い死者を出し彰義隊は敗北。生き残った人らは東北での戦争、白虎隊で有名な会津の戦いとかですね、そして函館戦争までついて行き幕府軍人、旗本としての矜持を貫いたと聞いています」 「そっか。ある意味、新時代の犠牲者なわけね」 「そうですね。ですが被害者だからと言って守るべき立場の人を危めては言い訳のしようがないですね」 そう言ってサヤカは頷く。 「あとさ、泡がどうのこうの言ってたのはなんだろう」 「ブクブクの泡じゃないよー」 そう言うのは木之下さん。 「安房ってのは今の千葉県南部のことで、江戸幕府の偉い人は将軍から官位もどきをもらってたんですよ。安房って言うのは安房守、安房の国の一番偉い人って意味ですよ」 そうなんだ。 「で、結局誰の事?」 「幕府陸軍総裁、勝安房守安芳。イコール勝海舟。海舟って今で言うペンネームなんですよ」 ええ!? 「それって、あの浪人、自分たちを救おうとしてくれてた人に恨み言を言ってたの?」 「そうなりますねぇ……」 はぁ。あたしとサヤカは二人でため息をついた。 「ほれでねー、うちが呼んだ悪霊に沙也加とハルが二人で腰を抜かして、うちが助けてあげたがよ。だーって、沙也加が腰抜けてるのを両脇抱えて助け出したがよ!」 リョウの話がにわかに妙な方向に向いていた。おいまて、両脇抱えて引きずり出したのはあたしだ! ついでに腰抜かしたのはおまいだ。 「ほいでうちが、沙也加を救うために『臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前! 破ぁ!』ってやったら悪霊が吹っ飛んでいったがよ」 「それはさやがリョウさんを救おうとしたときですよねぇ……」 サヤカは顔はにこやかだが青筋が浮かんでいた。怖い。 「今からアイツを、どう?」 「これからあの子を、どうですか?」 あたしたちは同時に言う。そしてサヤカはニヤリとする。あたしたちの雰囲気を察知して木之下さんと鳥栖さんがばっとサヤカから離れる。 「なっぐりに、いっこうかぁ~♪」 あたしたち四人はズカズカズカズカとリョウに近寄る。木ノ下さんと鳥栖さんがあたしたちが何も言わずともこのバカを二人で羽交い絞めにしてくれた。ありがとう。リョウの話を聞いてた子らはささっとリョウから離れる。その顔はどれも、あ……、こいつ盛ってたな、的な表情をしていた。わかっていただいて幸いです。 「ちょ、何するが?!」 リョウは抵抗するが、がっちりホールド中。 「話を盛ってんじゃありません!」 サヤカ、握りこぶしを振り上げて言う。 「あんたみたいなバカ、修正してやる!」 握りこぶしを振り上げる 「いや~、いや、いや~!!」 バコーン。 バカを修正する音が教室に響き渡った。 |
桝多部とある DABbtUeK6E 2019年04月29日 07時36分13秒 公開 ■この作品の著作権は 桝多部とある DABbtUeK6E さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2019年05月14日 06時25分22秒 | |||
合計 | 8人 | 130点 |
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