俺の天敵ヒロインが金髪碧眼縦ロールの箱入り女王様な件 |
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「えーーーい、ばくだんま! これでもくらえー!」 舌足らずな喋り方で、金髪碧眼幼女の加目羅(かめら)ミチが、爆弾魔にカメラを向けた。ミチの顔よりも大きなレンズが、日光を反射してキラリと光る。 ファインダー越しに見れば、爆弾魔の心臓には黒い靄がかかっている。黒い靄は『ニゴリ』。そのせいで男の心は『邪心―ジャシン―』と化しているのであった。 ――ぱしゃり。 ストロボが強い光を発し、一秒後。 ――ジー。 「うわぁぁぁぁ!」 カメラから一枚の写真が出る音と、爆弾魔の悲鳴とが同時に起こる。 これこそがミチの切り札、『マジカルカメラ』であった。ニゴリに侵され、『ジャシン』をわずらう怪人から、ニゴリを取りのぞき、『シャシン』に替えて元の人間に戻す魔法のカメラなのである。 「おのれ。マジカルカメラっ娘ミチめ。次こそは負けないよ!」 爆弾魔を利用して、世界征服を目論んでいた悪役ヒロインが、悔し気に地面をムチで叩く。レオタードがはち切れそうな豊満ボディの持ち主で、名前はセクシーデルモ。トレードマークは縦ロールにした紫色の長い髪。普段は幼稚園の先生だが、なんとミチのクラスの担任なのである。 地球の平和は、こうして守られているのであった。 例えば独りで済ます夕食時。 テレビから流れるミチの活躍は、ほんの少しだけ寂しさを忘れさせてくれた。 十年前に放送していたテレビアニメ『マジカルカメラっ娘ミチ』 当時は七歳。友達もうまく作れなくて、ミチとセクシーデルモが唯一の友達みたいなものだった。 特にセクシーデルモがお気に入りだ。毎回やられてしまうのに、次週にはまた懲りずに悪だくみを働く。悪役なのだが、その心の強さに憧れた。 憧れという強い心情を持てたからこそ、寂しさに負けずに頑張れた。 更に、十年経っても続けられるような趣味も与えてくれた。 どうにも、おさえらないほどに、熱く、熱く、夢中にさせてくれる趣味を! 1章 女王と幼女 「げ、田中朱雀(すざく)」 聞こえてきた俺のフルネームに足を止める。後ろにいたのは意外な人物だった。 「へー。ほー。ふーん」 「な、なによ」 「いや。こーんなところで、あの玄武(げんぶ)アクア様と出会うなんて驚きだなあと」 偶然に出くわしたクラスメイトに対して、俺は挨拶もそこそこに軽めのジャブを放った。 目の前にいるのは、同じ高校のクラスメイト、玄武アクア。海外育ちのハーフで、ブロンドにブルーの瞳を持つフランス人形みたいな女だ。 そして俺の天敵。 容姿端麗、成績優秀、品行方正。更には大企業の一人娘で、押しも押されぬ温室育ちのお嬢様。もちろん血統書付きの。 一般中流家庭で適当に放牧されて育った、雑種の俺とはまるで立場が違う存在なのである。 それだけいうと、俺がひがんで敵視しているだけのようだが、決してそうではない。 アクアはその存在感から、スクールカーストの最上位に君臨する、いわば学園の女王様。対して俺は、アニメオタクとカメラ趣味がたたってか、いつの間にやら底辺ランク。事あるごとに、アクアやその取り巻きから冷たい目を向けられている、立派な被害者なのである。 「別に不思議じゃないでしょ。ここは玄武グループの系列デパートなんだから」 「ここもお前んちのかよ?」 この金持ちが! はびこる不平等、埋まらない格差。富める者は富み続けるこの世の中。その摂理を具現化した存在が、この玄武アクアという女だ。許せん。なくならない戦争。怨恨の連鎖、延期され続ける俺の大好きなアニメの続編制作。使うと消えてなくなる俺の小遣い。そういったあれやこれやも、全部、こういう奴がいるから悪いんだ。 「私の家のじゃないわよ。『青龍デパート』の所有者は、あくまでもパパの会社だから」 「どっちでもいいわ、んなこと」 実際、青龍デパートの所有権うんぬんはどうでもいい。 語るべきは、もっと他にある。 ここは、俺の家から電車とバスを乗り継いで一時間ほどの、地方都市の外れにある小ぶりな老舗デパートだ。 昭和、平成という時代の荒波にもまれ、周辺庶民に愛されてきた。時は流れ、耐震強度の基準変更や老朽化などから、長い役目を終えてこのほど取り壊しが決まった。 多くの惜しむ声に応えてデパートが企画したのは、十年ほど前に人気を博した伝説のアニメ『マジカルカメラっ娘ミチ』のビッグフェスタである。青龍デパートには神様が宿ると噂もあるが、これはマジ神ですわー。 原画展、コスプレコンテスト、アイドルによる主題歌や挿入歌のライブコンサートなどなど内容は濃密。ファンでなくとも楽しめる。ファンであれば悶絶して気絶する。それを一階から屋上までのいたる所で楽しめるのだ。 まさにパラダイス! 令和のしょっぱなを飾るにふさわしい、最高のゴールデンウイークになる予感を胸に、俺は意気揚々と家を出た。 が、コンタクトを落としたOLに遭遇し、道に迷った婆さんに出くわし、札束で重い財布を拾いヤバい金じゃないかとビクつきながら交番を探して、なんてやっていたら到着が遅れに遅れた。 お陰で目玉イベントの一つであるコスプレコンテスト、通称コスコンが、ほとんど見られずに終わってしまったのだ。口惜しさで歯ぎしりしているところに、天敵とエンカウントして今に至るというわけである。 客の大部分がアニメファンだから、てっきりアクアも隠れオタクなのかと内心ニヤリとしたのに、まさかの関係者枠でご登場というわけだ。うらやましい。うらやましいですぞ。 「むー」 当然といえば当然だが、八つ当たりされたも同然のアクアは、頬をふくらませ青い瞳で俺を睨みかえす。金髪縦ロールを指でクルクルとさせながら。 そのしなやかな髪は、クラスの取り巻きが「アクアちゃんの髪、キレイ」「指とか引っかからなさそう。サラサラー」と常々ほめたたえているものだ。 どこのシャンプーメーカーからの回し者かと言いたくなるレベルである。その点については、敵ながらアッパレ、と俺も認めよう。だけど、リアルで縦ロールなんて―― 「お前はセクシーデルモかっつーの! だが、そのチョイスは悪くない。褒めてやろう」 『マジカルカメラっ娘ミチ』に登場する悪役ヒロインだ。主人公の『加目羅ミチ』が幼女なのに対して、セクシーデルモは紫髪を縦ロールにしたワガママボディの持ち主である。どこか憎めない一面もあり、結構な人気だ。もちろん俺も大好きである。 「あっ。いや、そうか。すまん。アクアはどっちかというと加目羅ミチ体型だった」 セクシーとは程遠い、控え目な胸部の純白ワンピース姿にちらりと目をやり、即座に訂正する。俺は自らの間違いを正せる男なのだ。 より正確な表現をさがすならば、髪を縦ロールにした高校生の加目羅ミチ。うん、これだ、これ。 「なんですって、この変態アニオタが!」 鋭い洞察眼による、的確な分析をしている俺の頭を、アクアが遠慮のえの字もなく引っぱたいた。しかも手持ちのトートバッグでだ。 凶器とは卑怯なり。せめて素手にしろよ。俺のメガネがずれたじゃないか。 「ホント、あんたってサイッテー! 大体、人の容姿をどうこう言えないでしょ。前髪は長くてボサボサだし、いかにもな黒ぶちメガネだし。いっつもいっつも、くだらないアニメの話ばかりして」 メガネを直しながら、アクアの罵声を冷静に受けながす。美少女からの罵声をご褒美だとする紳士属性を、残念ながら俺は持ち合わせていない。だが、喜びを見いださない代わりに、怒りや悲しみにも支配されない。もう慣れっこなのだ。俺のスルースキルをなめるなよ。伊達に真正オタじゃないわけよ。 「そんなんだから、あんたのカメラも古臭いままなのよ。いまだにデジカメじゃないなんて。ミチが好きっていうなら、他のアニメに浮気なんかしてないで、最新カメラのためにお金でも貯めたらどうなのよ!」 「なんだとおおお? 世の中、デジカメばかりじゃないっつーの。アナログ写真には、デジカメにはない、古から伝わる趣深さってものがあるんだよ。だいたい俺は浮気なんてしてませんー。ミチが使っているカメラはアナログなんだから、これはミチリスペクトですぅー!」 愛するカメラを馬鹿にされ、あっさりと俺のスルースキルは臨界点突破。ムキになれば口調も自然と、ですます調になろうというものだ。 「は? 意味わかんない」 「ならば、説明してや――」 「しないでいいわよ」 「いいや、する!」 メガネをかけているが、俺は世に多く生息する「メガネが本体」というタイプのフレンズではない。むしろ首から提げた、年代物の中古一眼レフカメラ。これこそが俺の正体であり、原点なのだ。それはさかのぼること十年前。まさに『マジカルカメラっ娘ミチ』に魅了された俺は―― 「だから、説明しないでいいってば。必要ないから」 気にせず語り始めた俺の話を、容赦なくアクアはぶった切ってくる。 「くっ。喋らせてくれてもいいじゃないか。俺とミチとカメラの絆の物語。なんなら全米も泣かせるぞ?」 「いつも学校でしてるやつでしょ? むしろ苦笑いされてるじゃない」 「むー」 今度は俺がむくれる番だ。似合わないから頬をふくらませはしないが、唇は尖らせる。 アクアを睨みつけてやろうとしたが、青い瞳ともろに視線がぶつかり、慌てて目をそらした。 あ、くそっ、なんで俺が逃げなきゃならんのだ。普段、あまり会話もできないクラス一の美少女と視線を絡ませる。恥ずかしいとか照れくさいとか、そんなこと全然ないんだからな! 「むむ?」 敵前逃亡かました視線が、床に落ちている封筒をとらえた。A4サイズ程で、厚みはほぼゼロ。空っぽの封筒かと思い拾い上げてみると、信じられない文字が目に飛び込んできた。 ――『マジカルカメラっ娘ミチ』 コスプレコンテスト優勝賞品 セル画―― 「まじか!」 俺は封筒の口を開いて、中をのぞいた。確かに一枚のセル画が納められているではないか。封筒から取り出したい気持ちを、ぐっとこらえる。俺の指紋で汚すわけにはいかない。それほどの貴重品だ。 それに取りださなくても分かる。描かれているのは主人公の加目羅ミチ。アニメカラーと呼ばれる水性塗料で、色付けもばっちりだ。 首からカメラを提げていないシーンということは、第一話の冒頭か、第二十三話のあのシーンか。とにかくこれは―― 「まじだ!」 今度は封筒の口を閉じて胸に抱えこむ。空気に触れてどうこうというモノでもないが、僅かでも酸化させて劣化でもしたら人類の損失だ。 「朱雀、どうしたの? ……ていうか、そ、それ?」 俺の言動に疑問を抱いたらしいアクアが、若干、頬をひくひくとさせながら訊ねる。なんだその顔は。ドン引きってか。だけど今はそれどころではない。 「俺は今、すんごい物を拾ってしまった。ここに来る途中で拾った札束財布なんて目じゃない。聞いて驚くなよ。これはアニメのセル画。お前は知らんだろうが、ファンなら命と交換しても惜しくない逸品なのだ」 「へ、へー」 「驚きが足りない! 隣の家に囲いができたらしいって話をしているんじゃないんだぞ。プレミアがついてマニアの間では百万円以上はする値打ち物だ。って、だから興味を持てよ。なに、こんな時にカバンをごそごそさせているんだ」 アクアはトートバッグに手を突っ込んで、何かを探していた。やがて取りだしたのはスマホ。 これだから現代っ子は。スマホスマホとスマホってないとスマホになってしまう病気なのか。 「んー、その落とし物をネコババしようとしている朱雀を通報しようかなと」 「待て待て待てーい。OK。いったん落ち着こうじゃないか。アクア。アクアさん。いや、アクア様」 アクア三段活用を唱えて、今にも110を押しそうな細い指を止めた。青い瞳のジト目が、俺に突き刺さっている。 「拾って騒いで、大事そうに胸に抱え込んで。どこからどう見ても、ネコババする気満々じゃない」 「そ、そんなわけ、ない。ナイデスヨー」 俺はそっと目を泳がせる。ネコババする気満々だなんて人聞きが悪い。まだ悪魔な俺と天使な俺とが心の中で争っている途中だ。ネコババするか落とし主に返すかは半々。あくまでもシュレーディンガーのネコババ状態であっただけ。 「も、もちろん、これは落とし主に返すさ」 「返すって……誰のだか分かっているの? 落とし物センターに届けた方が早いし確実なんじゃないの?」 「ダメダメ」 俺は首を横にふる。 「さっきも言ったろ。これは百万円は下らないお宝だぞ。そんなところに届けたらニセモノが持って行ってしまうかもしれない」 「あー、朱雀みたいな小悪党が?」 「そう、俺みたいなって、オイ!」 依然として青い瞳のジト目は解除されないまま。その疑い、晴らしてくれるは、このカメラ。字余り。俺は首にかかった一眼レフを持ち上げる。 「持ち主は、コスコンの優勝者だ。セクシーデルモのコスプレしたエロい巨乳美人だった。最後の授賞式を遠目に一枚撮っただけだけど、それを現像すれば顔写真も手に入るだろう」 「え? コスプレ写真? 撮ったの?」 ジト目は解除された。だが、次に向けられたのは険しい眼差し。形の良い眉毛もゆがんでいる。 「だー、待てってば。スマホに指を近づけるな。一枚。本当に一枚、遠目に撮っただけだ。なんなら後で見せてやる。今まで撮ったものも含めて。ローアングラーな写真なんて一枚もないから!」 邪な心でレイヤーさん達を撮る輩と一緒にされては困る。写真趣味に関しては、俺は清廉潔白なのだ。 「いや、いい。見せてくれなくていい」 アクアは手を突き出して、俺の申し出を拒む。うっすらと頬を赤くさせているあたり、やはりエッチい写真を見せられると思っているのか。 誤解は解かねば。エロ写真家だなんて属性までつけられては堪らない。スクールカースト最底辺を突き抜けて、俺は一体どこまで行ってしまうのか。 「えーい、現像できる店はどこかにないのか」 見せるなといわれても、見せなければ疑惑は晴れない。俺は辺りを見回した。周りには幾つかのテナントが軒を並べているが、目当ての店は見当たらない。 今いるのは青龍デパートの四階。中央には一階までの吹き抜けがズドンと空いている。吹き抜けを囲むように通路があり、店舗が並んでいるのだ。 最近でこそよくある構造だが、建築された当時は珍しい造りだった。なぜ、このような構造になったか。その理由は、一階にある竜神池の存在だ。元々あった池を生かすような形で、デパートを建てたのだという。 「お助けくだされ、竜神様」 巨大な垂れ幕がかかる吹き抜けを、こうやって見下ろしてみれば、竜神池が一望できる。 青龍デパートが周辺庶民から愛される理由の一つが、あの池に住む竜神様だ。建築から百年近くも経とうというのに、事件らしい事件に見舞われていない。 万引き一つも起きていないし、ここを訪れた人の中には、「気になるあの子と急接近できた」だとか、「無職をこじらせていたけれど就職できた」だとか幸運に見舞われた人もいるとか、いないとか。 つまりは竜神様の加護を受ける、まさに奇跡のデパートなのである。 と、した時に、だ。 己の身の潔白の証明は、俺だけの問題ではなくなる。俺が犯罪者扱いされて騒動となれば、デパートが築いてきた、無事故無事件というブランドに水を差すことになる。閉店間際につまらないケチをつけたとあらば、学校だけでなく周辺庶民からも冷たい目を向けられてしまう。そうなったら、さすがの俺も心が折れるぞ! 切羽詰まった状況で写真店を探す俺であったが、その後ろを、呑気な通行人がお喋りしながら通り過ぎていく。くっそー、人の気も知らないで。 ――あー、お金って、どっかで安売りしてないのかなー。アミタイツ代も馬鹿にならないんだよねぇ。 ――あの女。リア充。爆発しろ。可愛すぎ。爆発しろ。恋愛は爆発だ! ――どうする? ライブまでまだ時間あるな。 ――コスコン優勝者、あれ、絶対ニセチチだったよな。 妙な奴らも混じっているけれど、ゴールデンウイークだし多少はね。 「ダメだ。ここからじゃ、全然分からない」 そもそも四階から吹き抜けを見渡したところで、角度的に店なぞ見えない。素直に案内板を探すことにした。心配なのは、写真店が本当にあるかどうかだ。デジカメが主流となっている昨今、写真店はどんどん減っているのが現状だ。 「もう、しょうがないなあ」 歩き出した俺の後ろを、アクアがため息をこぼしてついて来た。あくまでも俺を監視する気らしい。通報されるよりは遥かにましだが。 案内版に辿りついたものの、やはり写真店はなかった。 「詰んだ。現像できねえ」 「やっぱり落とし物センターに行くしかないんじゃないの?」 「いやー、でもなー、ん?」 アクアのいる方へと振り返り、その光景に俺は首をかしげた。 金髪縦ロールのアクアの横に、金髪おかっぱ幼女がちょこんと立っている。青い瞳なのも同じ。妹か? にしては歳が離れているような。 それにこの服装。 「あー、ミチのコスプレかー。似てる似てる。完成度劇高」 俺が称賛すると、ようやくアクアは隣に佇む幼女に気づいた。 「あら、なに、この子?」 ミチ(仮)は、小さな手でアクアのワンピースの裾をきゅっと掴んだ。 そしてアクアを見上げて、こう呼んだのだ。 「まま」 2章 千客万来デパート 時が止まった。 アクアは笑顔のまま固まっている。俺も口を開けたまま固まっている。 ミチ(仮)は首をかしげて、もう一度、その呪文を口にした。 「まま」 そして時は動き出す。 「お前、子供いるのか? カースト上位の女王様はそんなに進んでいるのか」 「いるわけないでしょ。私はまだ、ヴァ――」 そこでアクアは顔を真っ赤にさせて、口をつぐんだ。次の瞬間には、手にしたトートバッグでまた俺の頭をたたく。なぜに俺は今、叩かれたのだ? メガネを直す横で、アクアは屈み、優しげな声でミチ(仮)に問いかけた。 「どうしたの? 私はママじゃないよ。迷子かな?」 母親の姿を求めてアクアは辺りをきょろきょろ。俺も探すが、それらしい人は見当たらない。 「どうやら、本当に迷子らしいな」 「迷子センターに連れて行くしかないわよね」 アクアは眉を八の字にさせて、すっかり困り果てた様子だった。 しかし、見れば見る程に、ミチ(仮)はミチにそっくりだ。コスコンに出ていれば、ぶっちぎりの優勝だったに違いない。 「お嬢ちゃん、名前は?」 俺もアクアにならい屈みこんで、目線をミチ(仮)に近づける。ミチ(仮)の青く大きなドングリ眼が、戸惑い気味に俺をとらえた。 「なあえ? みち」 「まじか!」 ミチ(仮)は本当にミチだった! 完成度株はストップ高だ。 といっても偶然ではないだろう。親がミチファンで、子供の名前につけた。そんなところに違いない。キラキラネームの成功した珍しい一例というわけだ。 と冷静な分析をしている俺を指さして、ミチはアクアに訊ねる。 「ぱぱ?」 これには俺もアクアも声を揃えて否定した。 「「パパじゃないよ!」」 なんだか分からないが、この子は心臓に悪い。 「おい、アクア、早く迷子センターへ連れて行ってやろう」 「そうね」 バクバクする鼓動を隠して、俺は勢いよく立ち上がる。 ミチの手をアクアが引き、いざ迷子センターへと歩き出そうとした、その瞬間。 「いや! みち、ままといるの。すてないえ!」 急に泣きだしたのだ。舌足らずであるが、「捨てないで」と言っているのは明らか。あまりに連呼するものだから、周りも立ち止まってひそひそ話を始めるほど。 ――あの若いカップル。子供を捨てるつもりよ。 ――まあ酷い。あんなに可愛いのに。 ――あの子なら、僕が持って帰るお。 白い目が、一斉に向けられた。放っておくと、「子供を捨てるバカ親子なう」などと呟かれかねない。っていうか、お巡りさんここですよ案件な奴がいるぞ。大丈夫なのか、このデパートは。 「よーし。ミチ、お芝居上手になったなあ! さーて、そろそろお昼ご飯に行こうかー」 周りに聞こえるように、俺は大きな声でいった。下手な演技だが、やむを得ない。 「そ、そうね。ミチちゃん。さあさ、一緒に行きましょう」 アクアも俺の芝居に乗っかる。俺も俺だが、アクアもかなりの大根役者。進路希望調査票に、演劇関係だけは書いちゃダメだと確信した。 とにかく三人で、逃げるようにフードコートへと歩き始める。 人々の視線を避けて、うつむき加減でいたのが悪かった。うっかり女性とぶつかってしまったのだ。アミタイツをはいた、おみ足は、とんでもなく綺麗でした。 「あら、ごめんなさい」 「いや、こちらこそ」 ふわりと香水の香りがした。お互いに軽く謝罪しあって、それで終わる。 「なにしているのよ」 ミチと手を繋ぐアクアが、非難するような目を向けた。歩く時はちゃんと前を見る。そんな当たり前のことすらできなくさせる、ミチの「捨てないで」攻撃、おそるべし。 「面目ない」 立ち止まって一言、謝罪を口にすると、ミチがカメラに触れようと背伸びをしていた。 「ぱぱ。かめら。かめら」 「お、なんだ。カメラに興味深々か。将来有望だな」 パパではないが、訂正するのはもう諦めた。ミチファンとして、ミチから慕われるのは悪い気がしないしな。 とはいえ、さて。どうしたものか。鬼に金棒。アボカドに醤油。美少女に猫耳。ミチにカメラ。組み合わせると最強になるペアリング。マリアージュ。 触らしてやりたいのは山々だけど、正直、壊されてはたまらん。だけど、カメラを構えたミチも見てみたい。 悩んでいると、しびれを切らしたアクアが提案をした。 「じゃあ、こうしましょうよ」 俺がミチを肩車して、カメラを眺めさせて遊ばせる。カメラのストラップは俺の首にかかったままだから、落下して壊れる心配もなくなる。 ミチを支えるために俺の両手が塞がるので、セル画の封筒はアクアに委ねることとなった。 「どうしてこうなった」 「いいじゃない。案外、似合っているわよ」 ほほう。ならば、まあ、いっか。カメラを構えて遊ぶミチも楽しそうだし。 「じゃしん、どこー?」 懸命に写真はどこかと口にしているのが可愛らしい。俺にも心当たりがある。覚えた単語をとにかく口にしたがる。それでいて、うまく写真と言えていないところが、つくづく幼いなあと微笑ましい。 「こうしていれば、この子のお母さんが見つけてくれるかも。ね? ナイスアイディアでしょ」 海外育ちは嘘じゃないと感じさせる、やたらといい発音でアクアはにっこりと笑った。 それにしても。 ミチの笑顔と、とても似ている。 そんなこんなでフードコートに到着だ。 途中、アクアと目配せをして、迷子センターへ向かおうともした。しかし、ミチは何かを感じ取ったのか、まもなく大泣き。例の「捨てないで」攻撃に尻尾を巻いて逃げてきた後のことである。 俺はラーメン、アクアはうどんを買って、空いたテーブルについた。 「あー、なんだか、すげー疲れたぜ」 「私も」 元気なのはミチだけだ。アクアの横に座り、カメラから離されているのが不満らしい。しきりに「じゃしん」と繰り返しながら、カメラに手を伸ばすのだった。 「冷めないうちに食べようぜ」 アクアのすぐ近くにある箸立てを指でさす。手を伸ばすのも面倒くさい。俺の分も取ってくれ、と無言の要求だった。 「そうね」 アクアは割箸を二つ手に取る。 自分で取れと拒否られるかとも思ったが、案外素直に取ってくれたなー。 そう思っていた俺が阿呆でした。 アクアは割箸を割ることなく、二膳分をワンセットにして使い始めた。持ちにくい箸ね、と言いながら、ミチの取り皿にうどんを分けていく。 「お前はどんだけ、箱入りなんだ!」 「な、なによ、突然?」 アクアが掴んでいる割箸の一つを取り上げた。それを二つに割って見せる。 「これは割箸だ。こうやって使うんだよ」 「え? あ、そうなの?」 割箸を割ろうと、アクアは格闘を始めた。ただ横に引っ張るだけだが、初めてで力加減が分からないらしい。 予言しよう。このままなら箸は割れても、勢い余って丼をひっくり返す。机は拭けばいいが、純白のワンピースにシミがつくのは、流石に可哀そうだ。しゃーないなー。 「いいよ。お前が、こっち使え。まだ口をつけてないから」 割箸を交換して、自分の分を改めてパキッと割る。少しいびつに割れたがご愛敬だ。 「しかし、割箸を知らないとは。これだから金持ちは。外食するのは、高級レストランか、回らない寿司店ばかりか」 やはりこいつは天敵だ。 冷めたご飯をレンジでチンして食べるなんて想像もできないだろう。 「そうね。こんな食事は初めてかも」 ミチにうどんを取り分けながら、アクアは言った。うどんを食べさせている様子は、本当の母娘なんじゃないかと思えてくる。 だからちょっとした気まぐれだった。 ほのぼのとした一瞬を、愛用のカメラで切りとってみる。 「ちょっと、勝手に撮らないでよ」 「悪い悪い。でも、なんとなく、いい写真になりそうだったから」 俺は断然フィルムカメラ派ではあるが、こんな時には撮った写真をすぐ確認できるデジカメもいいなと思う。 普段は風景を写真におさめることが多い。人に見せたいと思うことは、ほとんどなく、よほど上手に撮れていたら初めてコンテストに出してみようかと思う程度。 完全に個人で楽しむための趣味。しかし、今のは違う。人が笑っている写真。生きて躍動している瞬間だ。うまく撮れたかどうか、非常に気になるし、被写体となった人へも共有したい。 久しく忘れていた想いだった。いつからか一人の方が気楽で、当たり前のことになっていた。誰かを撮る、ということは、誰かといる、ということ。写真を撮る過程も楽しい、というのは、なにも人物写真に限った話ではないけれど、風景の時とはまた違う高揚感に包まれるようだった。 人物写真も悪くないかもな。 柄にもなく、初心に帰ることができた、この偶然に感謝を伝えたい。学園一の美少女と、完成度劇高なコスプレ幼女と出逢うなどという偶然に、だ。 「じゃしん。まま。ぱぱ。じゃしん」 俺の鳴らしたシャッター音が、うどんに気をとられていたミチの注意を呼び戻した。小さな紅葉のような手が懸命にカメラに伸びる。 「おー、写真な。もっと撮ってやる。いや、むしろ、俺も撮ってもらいたくなってきたぞ。誰かに頼もう」 そうだ。今日ばかりは俺も被写体になってもいいんじゃないか。あの『マジカルカメラっ娘ミチ』と並んで写れるのは今だけだ。 「すみません、シャッター押してもらえますか?」 即座に立ち上がり、通りかかった人に願い出た。 が、夢中になると周りが見れなくなるのは、人間の致命的な欠点だ。相手を選ぶべき場面というものは確実に存在する。 その男は、全身を白いスーツで決め、赤いバラの花束を抱えていた。ネクタイも白。これからプロポーズでもしようというのか。 しかし、俺をひきつらせるのは、その奇抜なファッションではない。 「あの女。リア充。爆発しろ。爆発。爆発。恋愛は爆発だ!」 伸び放題の長い髪と無精ひげ、うろんな目。それでしきりに爆発と繰り返すのだ。 どう見てもヤヴァイ奴じゃないですか、やだー。呆気にとられ「やっぱりいいです」の一言が遅れてしまう。 その隙をつかれて、白スーツの目は、俺に焦点を合わせてきたのだった。 「ふむ。君は、シャッターを『押す』と表現する派かね。僕は『切る』派なんだよ」 口調はうって変わって丁寧なものへ。しかも低音のイケボ。 「え、ああ、そうなんすか。大事ですよね。押すのか切るのかは。キノコタケノコと同じくらいに」 ヤヴァイ奴だと分かっているがゆえに、つい白スーツに話を合わせてしまう。だって怖いじゃん。 白い手袋をつけた手が、ゆっくりと差し出された。もうどうせなら、シルクハットも欲しかった。 「さあ、カメラを貸したまえ。家族写真を撮って欲しいのだろう。君たちのリア充っぷり、しかとおさめてあげるよ」 今さら断ることもできず、俺は愛機を白スーツに渡した。白スーツは「これはいいものだ」といい、カメラのボタンやレンズの調整具合を慣れた手つきで確認する。 さっさと一枚撮ってもらい、この突発イベントを終わらせてしまおう。ミチをアクアと挟む形で、俺は二人に並ぶ。 「じゃしん。じゃしん」 「よーし、よし。すぐに写真撮ってもらうからなー。ミチ。じっとしてろー」 相変わらずミチはカメラに向けて手を伸ばす。その頭を一撫でして、俺は作り笑いを浮かべた。 「3、2、1、はい、爆発」 ぱしゃり。物騒な合図で、三人並んだ記念撮影は無事に終了だ。 「残り枚数も少ないようだから、一枚だけにしておくよ。残りは、この後に予定されている屋上でのライブ。そこで使うといい」 「ああ、もうすぐ始まるやつですよね。確かアイドルグループ『ANY48』が歌うんでしたっけ」 「そう。僕の愛する女神たちだ。特にセンターが僕の推しでね。この世のものとは思えない美しさ。『あの世48』とはよく言ったものだ」 「あー、そうですね」 はっきり言って、知らんし。三次元アイドルはみんな同じに見える不思議。 「僕のこの想いは止めらない。恋愛は爆発だから。僕は彼女たちを、本当の意味で本物にしてあげると誓ったんだ」 「あー、はい。頑張ってください」 言っている意味が分からず、適当にお茶を濁しただけだが、白スーツは満足げに頷いた。くるりと踵を返すと、別れの挨拶を残して去っていく。 「では、ご機嫌よう。家族水入らずの食事、どうぞ末永く楽しみたまえ」 「家族水入らずの食事なんてしたことねえし、これからもどうか分からねえよ」 ようやく終わった安心感も加わり、思ったことが口から衝いて出ていた。小声であり、白スーツには届いていなかったが、アクアには耳ざとく聞きつけられていた。 「朱雀のご両親って……、あ、ごめん。ぶしつけだったわね」 アクアはすぐに首を振り、小ぶりな唇をきゅっと結んだ。殊勝な顔もできるんだな。長いまつげを伏せて、チラチラと上目遣いで俺を気にしている。 「別にいいさ。隠すようなことじゃない。俺が物心ついた時には既に……な」 「そうだったんだ。私、知らなかったとはいえ、ごめんなさい」 「だから謝ることじゃないって。それに、だからこそ、俺は『マジカルカメラっ娘ミチ』に出会えたんだ。そしてカメラの魅力に目覚めた。そう考えると、あれはあれで悪いことばかりでもなかったのさ」 俺が七歳の頃、一人で夕食を食べる時、いつもミチと共にいた。幼い体で悪い奴をやっつける。単純にそれが痛快で好きであったが、惹きつけられたのはそれだけではなかった。 ミチのマジカルカメラが炸裂して、排出されるシャシン。そこには、ジャシンから解放された、怪人の元の姿が映し出されていた。多くの場合において、みな笑顔に戻っていたのだ。 幼い俺は、こう思った。 ――写真ってスゲー! どんな悪人も、みんな、笑顔になっちゃうんだ! それから俺は、段ボールをハサミで切り抜き、一枚のカメラを作った。レンズの部分だけくりぬいて、即席のファインダーも実装させた。いろいろな物を覗き込み、パシャパシャと口でシャッターを押した。友達と一緒に、別バージョンのカメラを工作したりもした。 仕事でいつも疲れている父さんや母さんも、工作カメラを向けると笑い返してくれた。やっぱり写真ってスゲー! 俺は改めてそう思ったんだ。 久しく忘れていた、当時の小さな感動が思い出されて、俺はひそかに胸をいっぱいにさせていた。 時間にして、恐らくは一秒か二秒。その間の沈黙を、アクアがどう解釈したのかは分からない。細く白い指でしなやかな金髪をクルクルさせながら、とつとつと言葉を紡いだ。 「寂しかったんだね。朱雀も。ご両親を亡くして。それなのに、今は、立ち直って、そんなに強く。凄いよ、本当に。心が強いんだ。うらやましい」 ん? なにをそんなに瞳を悲し気に潤ませているのか。いや、それよりも、だ。 「待たんかい。勝手に俺をみなしごにするな。親はちゃんと生きている。いや、いつも死んでいるが」 「は?」 金髪クルクルが、ぴたりと止んで、青い瞳が不審気に見開かれる。 「うちの親は共働きだ。俺が小さな頃からな。しかも、かなりの社畜ときたもんだ」 仕事を終えて帰ってくるのは夜遅く。寝室にたどり着く前にリビングで力尽きる。これが本当のリビングデッド。って、やかましいわ。 「なによ。紛らわしい言い方しないでよ。私はてっきり! もう!」 「それで神妙な顔してたのか。理解。にしても、アクアが俺に気を遣うなんてことあるんだな。意外」 「どういう意味よ。失礼ね」 「いや、だってお前、俺のこと嫌っているだろ?」 「え? なんで?」 アクアは大きく首をかしげる。本当に不思議なことを言われたという顔をしていた。とぼけている風にも見えない。 ということは無自覚なのか。恐ろしい女だ。いつもいつも、虫を見るような目で俺を見ているというのに。学園の女王様がそんなだから、周りの取り巻き連中も、忖度して、俺を迫害していることを知らないのか。 ……いや、もしかしたら、本当に気づいていないのかもしれない。なにせ、割箸も知らない世間知らずのお嬢様だ。学校での狭い人間関係についてすらも疎い可能性はある。 「お前、いつも俺のことを凄い目で睨みつけてくるじゃないか。その辺の草でも喰ってろ、この虫けらが、と言わんばかりに」 「え、そ、そうだった? でも、だとしたら、それはきっと……ちょっと、なによ、それ? キスマーク?」 「ん?」 アクアが眉根をよせて、俺の胸ポケットから一枚のカードを抜き取り、鼻先に突き出してきた。話を途中で切りあげるほどに、気になるものとは何なのかと不思議に思ったが、なるほどこれは確かに相当な不審物だ。 「いつの間に、こんなもの?」 図書カード程の大きさで、白い厚紙といった程度のいたって普通のカード。まず目を引くのは、真っ赤なキスマーク。先ほどの記念撮影時に前かがみとなったことで、胸ポケットからはみ出てきてアクアの目に留まったと推察される。 だが、そんなこと、まるで問題とならないのが、丸文字で書かれた不吉な文面だ。 ――百万円のセル画を頂きに参上する 怪盗タイガーアイ―― 「こ、これは! 怪盗アミタイツからの犯行予告だ!」 驚愕した俺の横にアクアがやってきた。肩を並べたアクアにも見えるように、カードを傾けてやる。爽やかなシャンプーの香りで、俺の鼻孔をくすぐりながら、アクアは疑問を口にした。 「怪盗アミタイツってなに? 怪盗タイガーアイって書いてあるじゃない」 世間知らずのお嬢様が知らないのも無理はない。ここぞとばかりに、ネットで得た知識を披露してやる。 「怪盗アミタイツは、伝説と名高い凄腕の怪盗だ。狙った獲物は逃がさない。捕まることもない。素顔を隠しているわけでもないのに、誰一人、彼女の顔を覚えていないんだ。アミタイツをはいた、おみ足が、あまりにも美しすぎて。目撃者はみな口をそろえてこう言う。『アミタイツが綺麗でした』と。ゆえに、怪盗アミタイツなわけだが、怪盗アミタイツ自身は、なぜか執拗に『怪盗タイガーアイ』と言い張っている。怪盗アミタイツの謎の一つだ」 「いや、本人が名乗っているなら、タイガーアイって呼んであげなさいよ」 呆れた声をアクアは出すが、今は呼び名の是非について論じている場合ではない。 「アクア、セル画は?」 「ああ。はいはい」 先ほど預けた封筒は、落とさないようにアクアのトートバッグに入っていた。アクアはそれを取りだし、封筒の口を開いて中を確認する。 「え? 嘘でしょ?」 「どうした?」 アクアとの距離を更に縮めて、俺も封筒の中をのぞきこんだ。中には一枚のセル画。ただし、中央に描かれていたはずのミチが消えている。 「やられた! 既に別の物とすり替えられている」 電撃に打たれたような絶望感に襲われた。 怪盗アミタイツに奪われてしまえば、取り戻すことは事実上不可能だ。それができれば伝説の怪盗だとは語り継がれていない。 百万はする値打ち物を奪われた口惜しさ。 まさか俺が弁償しなきゃならないのかという恐怖。 実は怪盗アミタイツもミチファンだったのかという興奮。 俺の心はもうぐちゃぐちゃだ。 3章 怪盗アミタイツ 貴重なセル画が盗まれた。 打ちのめされている俺に、神様は追い打ちをかける。泣きっ面にハチとはまさにこのこと。 「ラーメン、伸びてる!」 なんだかいろいろ起きて、食べられずにいたラーメンが悲惨なことに。ぐぬぬ。アクアはちゃっかり食べ終えているし。 ラーメンは飲み物です、といわんばかりに俺はそれを平らげていく。冷めてて、火傷する心配がないのは不幸中の幸いだ。 「ずるるるる。ほにかく。ずるるるる。あいおうあいあいうを。ずるるるる」 「ちょっと、食べるか喋るかにしなさいよ。この子の教育上にもよくないわ」 アクアはミチの目を両手で覆った。 「あうー、ままー?」 目隠しされたミチの一言が終わらないうちに、俺はスープまできっかり飲み干して、丼を置いた。冷やしラーメン、終わりました。 「とにかく、怪盗アミタイツを探して、セル画を取り戻すしかない。大丈夫、俺に心当たりがある」 ミチの「捨てないで」攻撃で、案内板付近から遠ざかろうとした時、アミタイツをはいた女性とぶつかった。あれこそが怪盗アミタイツだったに違いない。その時に気づいていれば、と悔やまれる。当然ながら顔は覚えていない。目撃したのは、とても綺麗なおみ足だけ。 しかし! 視覚情報ばかりが全てではない。嗅覚というものもあるのだ。ふっふっふっ。慢心したな、怪盗アミタイツ! 「香水だ。香水をつけていた。それを辿って探せばきっと」 突破口を見つけた俺は、自信満々に立ちあがる。 「いやいや、朱雀は犬なの? どうやって匂いをたどるのよ」 「そうだったー! 俺は犬ではなかったー! どちらかといえば、社畜から生まれたブタ野郎だったー!」 落胆した俺は、ガクンと椅子に腰を落とした。さすが怪盗アミタイツ。完全犯罪しかできない女! 「そこまで卑下することもないでしょ。でも、あの時の人が、怪盗アミタイツなわけよね?」 「何か当てでもあるのか? 相手は伝説の怪盗だ。いくらなんでも……」 なにを思ったのか、アクアはきょろきょろとフードコート内を見回した。おいおい、そんなことで見つかるわけがないだろう。これだから箱入りお嬢様は。 「あ、いた。ちょっと一緒に来て」 アクアは立ちあがり、自分のトートバッグだけを持って、すたすたと歩き出した。 割箸を知らなかった箱入りが、食器をセルフで下げることなぞ知るはずもなく。あー、もー、まったく。 俺はミチを肩車して、丼を乗せたトレーを持って立ちあがった。途中で丼を返して、アクアを追いかけると、あるテーブル席で足をとめた。 そこには一人の女性が座っている。アミタイツをはいた、綺麗な足の持ち主だった。 「初めまして。あなたが怪盗アミタイツさん、ですよね」 「おい、アクア、いきなり何を言いだすんだ。怪盗アミタイツがそんな簡単に見つけられるわけないだろ。日本の警察だけじゃなく、高校生探偵の名探偵ジュナンや、ICPOの銭ゲバ警部でも捕まえられなかったんだぞ。伝説の怪盗アミタイツの名は伊達じゃないってことだ」 突然すみませんねー、と俺はなまめかしいアミタイツに向けて頭を下げる。 「さっきから、どこ見てるのよ。バカ朱雀」 アクアが俺の足を踏んで抗議するが、こちらとしても不思議でならない。視界がジャックされたかのように、アミタイツをはいた美しいおみ足にしか目がいかないのだ。 「まあまあ。お嬢さん。どうか、その少年を責めないであげてよ」 こちらに向いた、綺麗なアミタイツの足が目の前で組まれる。落ち着いた声から、大人の女性なのだと分かる。 「自己紹介の前に、一つだけ訂正させてもらうよ。ボクは怪盗アミタイツなんかじゃない。怪盗タイガーアイだよ。タイガーアイ。いい、大事なことなので、もう一回言うよ。ボクは怪盗タイガーアイ!」 ボクっ娘キター! でも、少しムキになっているところからして、そんなに大人じゃーないようだ。 「なっ! 本当に、本物の、怪盗アミ――」 「タイガーアイ!」 「……怪盗タイガーアイなのか? だが、なぜ、アクアはすぐに見つけられたんだ?」 アミタイツに吸い寄せられていた視線を頑張って引きはがして、アクアに向ける。青い瞳のジト目。なんだか、とっても懐かしい気分。それほどに強烈で手ごわいアミタイツでした。 「だって、私、顔を見ていたもの」 「バカな! あの伝説の怪盗ア……怪盗タイガーアイだぞ? 今まで誰一人、ろくに目撃できずにいたという!」 どうしても怪盗アミタイツと言ってしまいそうになる。 「それはボクから説明してあげるよ」 怪盗アミタイツの方から声がした。俺は必死に視線をアクアにとどめておく。また視界を美しい足に奪われてしまう予感がしたからだ。 「どういう訳か、アミタイツをはいたボクの足は人の目を奪うのさ。まるで魔法、ううん、呪いみたいにね」 確かに、その通りだ。今に至っても、俺は怪盗アミタイツの足以外、見ていないのだ。顔を見ようとしても、気づくと足に視線が奪われる。抗えないのであった。 「でもそのお陰で、ボクは一度も捕まることなく怪盗タイガーアイとして、伝説と呼ばれる存在にまで登りつめた。でも、それもある時期を境に突然、終わりを告げた。なぜだか、分かる?」 俺は首を振った。ミチを落っことさないように気をつけながら。ミチは今、肩車の状態で、食後のお昼寝らしく静かなものだった。 確かにここ数年、怪盗タイガーアイが出たという話は聞かない。死亡説、フェイクニュース説、機関の陰謀説とさまざまな噂が飛び交っていたが真偽不明であった。 「そっちのお嬢さんは分かっているんじゃない?」 「アミタイツに目を奪われるのは、男だけなんだってことは分かるけど。それが怪盗の終わりとどう関係するの?」 「お嬢さんの読み通り、ボクの能力は男にだけ効くんだ。だからボクの天敵は女性。昨今の女性進出の波が、ボクには邪魔だったってわけ。徐々にではあれど、確実に女性刑事が増えてきているから、ね」 そういうことだったのか。怪盗アミタイツを追っていた警察組織は、男社会の代表格みたいなものだった。その警察が怪盗アミタイツを追っても、アミタイツに目を奪われるだけで、有力な手掛かりを得ることはできずにいた。だから捕まえられなかったんだ。 「だったら、なぜ今になって、また盗みを働こうとしているんだ?」 俺は視線をアクアの横顔に据えたまま、先ほどの予告状を怪盗アミタイツに突き出す。その間、アクアがチラチラと俺を気にしていた。 「ちょっと、なんでずっと私を見ているのよ。恥ずかしいんですけど」 「しょうがないだろ。あっち見たら、アミタイツに目がいっちゃうんだから。言っとくけど、結構大変なんだぞ。あのエロい足をただ見ているだけってのも」 「知らないわよ! バカ! 変態!」 頬を朱に染めたアクアの拳が、俺の肩を叩く。だから、なぜ俺が叩かれねばならんのか。まったく。 「ああ、これはこれは失礼失礼。ちょっと待ってね。…………。はい、もういいはずだよ」 怪盗アミタイツが、持っていたストールで足を覆い隠した。恐る恐る、俺は怪盗アミタイツの方を見る。今度は目を奪われずに済んだ。怪盗アミタイツの顔を真正面から見ることができたのだった。 なんというか、まあ、うん。普通の人。さっぱりショートカットと、一重の目。ボーイッシュな雰囲気は似合っているけれども、特別可愛いかというと、どうだろう。もっとも、今の今まで、嫌味なまでの美少女を凝視していた後だから、そのせいもあるんだろう。 「改めまして、こんにちは。怪盗タイガーアイこと、白虎(びゃっこ)あみ。よろしく、お若い夫婦探偵さん」 「「夫婦じゃないし!」」 「あれ、違うの?」 「「違います!」」 あみと名乗った怪盗アミタイツの言葉に、俺とアクアは声を揃えて否定する。ミチがいるせいで、勘違いされてばかりだ。早く親御さんを見つけ出さねば、いずれ心臓麻痺を起こしてしまう。 「それより、名前なんて名乗っていいのかよ。怪盗なのに」 気を取り直して、俺は疑問をぶつける。あみは悪びれもせずに、微笑を浮かべた。 「ボクの正体を見破ったのは、なんだかんだ、この娘が初めてだったから。敬意を表してね。それに、今までの仕事で証拠は残していない。ボクを捕まえることなんてできないよ」 盗人猛々しいとは、こういうのを言うんだろうな。余裕しゃくしゃくという態度も、なんだか気に入らない。 「さっきの質問だけど、仕事を再開する理由は単純。お金が必要なんだ。何かと入用だから。そしたら、プレミアついて百万円なんて景気のいい話が聞こえてくるじゃないか。これは丁度よいってね」 「もう! 朱雀が興奮してべらべら喋ってたから!」 「むむむ。なんて巧妙な罠。さすがの俺も回避不可能だったぜ」 自滅しただけじゃない、というアクアの呟きは放っておいて、俺はビシッとあみを指さす。ここで追及の手を緩める選択肢はない。 「だが年貢の納め時だ! なんてったって現行犯なんだからな。さあ、観念して、盗んだセル画を返すんだ」 かっこよく追い詰めたつもりの俺だったが、あみの反応は微妙なものだった。 「ボク、まだ、盗んでないんですけど」 「なぬ? しらばっくれても無駄だぞ。現にセル画がなくなっているんだ。なあ、アクア」 「え、ええ」 首をかしげたあみの表情を前に、アクアも首をかしげ、ついには俺も自信を失い首をかしげる。昼下がりのあくびのように、かしげる動作を伝染(うつ)されたようだ。 「え? 本当にまだ盗ってないの? 嘘だろ。どゆこと?」 一旦、ブレイクタイムを挟んで、情報の整理が必要だ。 俺とアクアは椅子に座り、あみと一つのテーブルを囲むことにした。 これでもどうぞ、とあみからもらったガムで頭をシャキッとさせて緊急会議に備える。 まずはアクアから、封筒にあるセル画を取りだして、あみに見てもらう。 「えーと、これが問題のセル画なんですけど」 「なんていうか、分からない世界だね。これで百万円なんて」 「そんなわけないだろ。こんな背景だけのセル画、せいぜい数百円だよ」 やはり何度見ても、セル画はすり替わっている。描かれていたミチが消え、単なる背景だけが描かれたものになっているのだ。 「えー、ちょっと困るんだけど。ボクが盗む前に、誰かに盗まれたってこと? しっかりしてよぉ」 あみはトントンと机を指の爪でたたく。その迫力に押されて、思わず俺も頭を下げた。 「なんか、すんません」 といっても、ニワトリのように首をチョコンと動かしただけ。申し訳程度の動作だが、俺の頭を枕にしていたミチには、地震のようだったかもしれない。 「んー。むにゅあ? ! ぱぱ。じゃしん。じゃしん」 「ああ、はいはい」 大人しくさせておくために、カメラを頭の上に持ち上げてミチに与えた。 今はとにかく集中したい。ミチを静かにさせておくべき場面だ。消えたセル画の謎。怪盗アミタイツでなければ、いつ、誰に盗まれたというのか。 「ボクが見ていた範囲では、君たちに近づく不審な人物は、さっきの白スーツ男だけだったなー」 「あれなー」 確かに、あみの言うとおり、接触した不審者はあの男だけと言える。だが―― 「でも、特に何かを盗っていったってことはなかったね。ボクも目の前で獲物が盗まれていたら、さすがに気づくから」 「だよなあ」 セル画に近づいた人間はいないということになる。それはあみが保証した。 あみは予告状を出した直後から、封筒を盗む機会を伺っていた。しかし、アクアの視線に警戒して近づけずにいたという。結果的に、あみは俺たちをずっと監視していたのだ。 ちなみに盗みの前に予告状を送るのは、怪盗としての礼儀であり、美学であり、こだわりとのことだった。 うーんと唸っていると、俺の頭の上から、ミチの舌足らずながらも勇ましい声が聞こえてきた。 「えーい。じゃしん。くあえー」 ぱしゃり。一眼レフカメラから強い光も放たれた。 その一秒後。 「きゃーーーー!」 突然に、あみが胸を押さえて苦しみだしたのだ。 俺はぴんときた。 やっぱり怪盗アミタイツもミチファンだった。ミチの台詞と、あみのタイミングは、マジカルカメラが炸裂した場面そのものだ。 それにしても、俺たちと違って演技派だなー。迫真。その一言に尽きる。本当にジャシンが取りのぞかれた怪人のようじゃないか。 「え? なに? 今の一体なに? どうしたのボク?」 それから少しして、あみは意識を取り戻した振りまで加える。身に起きたことを必死に理解しようとしている風の完璧な演技だ。 「あみさん。お上手ですね。女優目指されてはいかがですか」 アクアも俺と同じ結論に至っていて、そう声をかける。半笑いで。 あみは若干、青ざめた顔をして、ぶるぶると首を振った。 「違うんだよ。本当に。カメラでパシャって撮られたら、胸の辺りが、こうビュシャーってなって、全身がシュババババってなったんだよ」 擬音が多めで、ちっとも伝わってこない。演技は上手いが、説明は超絶下手なタイプだ。 「ぱぱ。じゃしん。とったー!」 「おう。写真撮ったなー。でも、次からは勝手にシャッター押すなよー。フィルムも残り少ないんだから」 肩車していたミチを俺の膝に下ろす。勝手にシャッターを押されないように、俺が手でガードするためである。 「ねえ」 遠慮がちな声をあげたのは、アクアだ。 「この子がさっきから口にする『じゃしん』って、写真じゃなくて、そのまま『ジャシン』って言ってるんじゃない?」 「なるほど。完成度劇高なミチだから、そこも真似ていておかしくはないな」 アクアの仮説に、少々のわくわくを覚えて、俺の頬は自然とゆるんだ。だってそうだろう。これじゃあまるで本物の『マジカルカメラっ娘ミチ』じゃないか。HAHAHA! 「そうじゃなくってさ。突拍子もない話だけど、一丁万分の一ってレベルのもしかして、だけどさ……」 視界の端に、ミチのいないセル画を捉えながら、アクアの消え入るような声を聞いていた。 …………。 ……いなくなった、セル画から? 「セル画から抜け出した、リアルガチのミチってことか!」 いや、馬鹿な。ありえるのか、そんなこと。混乱する頭を抱えて、俺はこれまでのことを思いだす。 初めてセル画を目にしたのは、ミチが現れる前だった。次にセル画を確認したのが、先ほどのこと。その間、セル画はずっと封筒に封印されていたままだ。ミチのいなくなったセル画が中にあったとしても矛盾しない。 そしてこの子は、ずっと『ジャシン』と口にしている。ジャシンを探し続けていたなら合点もいく。カメラを覗きたがっていたのも、だ。 理屈は分からないが、本物の『マジカルカメラっ娘ミチ』だと考えて差し支えないのではないか。 だったら、なんのためにセル画から飛びだしてきた? 決まっている。ジャシンを浄化して、人々を元に戻すためだ。 先ほどのフラッシュ撮影で、あみのジャシンが消えていたなら、それが証明となる。 俺は顔を上げて、あみに問いかけた。 「今もまだ、怪盗タイガーアイとして、百万のセル画を盗みたいと思っているのか?」 アニメ上では、ジャシンを患う人間は初めから犯罪をするような奴として登場する。原因となるニゴリは、元からあった悪い心で育った悪魔のようなものであるとして。 しかし最終回において、ジャシンを患う人間はなにも特別な人ばかりではないのだと伝えられる。ただ少し心が弱り、正常な判断力が衰えている状態。そこに「魔がさして」悪事に走ってしまう。誰でもがジャシンを患いかねないのだと視聴者に投げかけてくる。 『ジャシン』からニゴリを除去された『シャシン』には、昔の笑顔を取り戻して欲しい、心が弱った時は、あの頃の笑顔を思いだして、ニゴリを振り払って欲しい、というメッセージでもあったのだった。 七歳の俺では気づけなかったが、高校生になった今は違う。今年のお年玉で買ったDVDボックスを観ながら、なんて深いアニメなのかと感動したものだ。初回限定特典のミチ&セクシーデルモのフィギアがついて、税込価格8万円オーバーは手痛かったが、新たな発見もあったと考えればお買い得だったといえる。 話を戻すと、マジカルカメラによってジャシンでなくなれば、さしていた「魔」が消えることになる。お金に対する欲求は消えずとも、盗んでまで得ようという邪な考えはなくなっているはずなのだ。 それを確かめるための質問であった。 「ううん。思っていない。ボクはもう足を洗ったんだ。まっとうに生きて行こうって決めた。妹のためにも」 「妹?」 真剣な表情のままに、あみはコクリと頷いた。 「ボクの妹は高三。勉学にいそしむ受験生。まだ志望校は決め切れていないけれど、どこに行きたいと言われてもいいように、お金は工面しておきたいんだ。でも、汚れたお金ではダメ。妹の門出にケチをつけてしまうから」 「なるほど」 ならば働けよ。多分、街中でアンケートを取ったら、100人中、108人ぐらいがそう回答するぞ。増えた分は、周りにいた友人、知人、通行人Aからの飛び入り参加だ。 「その目は、『だったら働けよ。風俗でもなんでもしてさー』って顔だね」 「そこまでは思ってないぞ」 「朱雀、サイテー」 「思ってないったら!」 いわれのない中傷で、なぜか俺がダメージを受けて、話は続く。 「ボクだって働き口は探しているんだ。でも、ボクにできるのは、アミタイツをはくことと、盗みだけ。他に特技もないから、なかなか続けられないんだよね」 つまりはダメな大人って奴か。そもそも、アミタイツをはくことは誰でもできるだろう。 「もうちょっと他にないのかよ」 「妹と二人で生きてきたから、家事は多少できるけど、仕事としてどうかってなると、そのレベルじゃないっていうか」 あみは落胆して肩を落とした。いじけて、テーブルに指で「の」の字を書いている。こうならないよう、俺は頑張ろう。とりあえず来年になったら本気だす。 そこで俺は、はたと我に返った。おっと。ダメダメ子ちゃんの人生相談に乗っている場合ではなかったぞ、と。 「とにかくミチが本物で、ジャシンを取りのぞいたってことは確認できた。問題は、なぜ、こんな状況になったのかってことだけど、アクアはどう思う?」 俺の中では既に一つの仮説が立っている。確証を得るために、ここは別の人間の意見も聞いてみたい。最近はやりのセカンドオピニオンってやつだ。 「うーん。やっぱりジャシンを探して世界を救うため。これしかないんじゃないかしら」 「だよな。で、あみのジャシンを浄化しといて、まだここにいるっていうことは――」 「他にもまだジャシンがある?」 アクアも同じ仮説にたどり着いたなら、やはり、そういうことなのだ。ジャシンを患った人間が、このデパートにいるに違いない。 「しかし、誰がジャシン持ちかなんて分からないぞ」 困り果てた俺は頭をガリガリとかいた。アクアも頭を抱えてうつむく。あみは天井を仰いだ。 「…………いや、いるな。怪しい奴が」 「……いるわね。妖しい奴なら」 俺の言葉に反応したアクアが顔を上げると、それを受けて、あみも目線を戻した。 「うん。確実に、あいつだろうって奴が」 俺たちは同時に立ちあがった。ミチは少しびっくりした顔を見せる。驚かせてしまったか。すまんな。 「あの白スーツを探すぞ。何しでかすか分からない。ていうか、絶対あれ爆弾魔だろ」 「目立つ格好だから、すぐに見つかるはずよ」 アクアはスマホで、デパートの関係者に連絡を入れる。白いスーツ男を見つけて欲しいと、協力を要請した。さすが、関係者枠。こんな時は頼りになる。 「ボクも協力するよ。未遂とはいえ、盗みを働こうとしてしまった罪滅ぼしに。金一封も期待して」 欲にまみれた伝説の怪盗アミタイツが、仲間に加わった。さながら俺が勇者で、ミチが魔法幼女、アクアが金持ち、あみがシーフだ。バランス悪そうなパーティーだけど、魔王を倒すのではないから問題なかろう。 ――ピンポンパンポーン。ご来店の皆様。まもなく、屋上にてアイドルグループ『あの世48』によるライブコンサートが始まります。 その時、館内放送が入った。時計を見れば、まもなくライブの開催時間。 「朱雀!」 アクアが俺を見た。俺もアクアに頷き返す。そうだった。ことこの瞬間に関してだけは、奴のいる場所は一つしかない。 「行くぞ! 屋上だ!」 4章 奇跡のバーゲンセール 屋上に向かう途中で、アクアとあみとは一旦の別行動だ。 アクアは、いざという時のために「デパート関係者に話をしておく」と関係者オンリーな場所へと消えていった。こんな時だけど、マジうらやまC。 あみは、「ちょっとお花を摘みに」と言って消えた。緊張感なし! つくづくダメな大人だ。 ミチを肩車して屋上に出ると、目を引くのは、大きなバルーンの下にある特設ステージと、その前にできた観客の群れだ。 バルーンからは、垂れ幕が下がっており、『マジカルカメラっ娘ミチ大イベント開催中』といった文字が見える。 特設ステージの壇上には、協賛企業からの宣伝も兼ねたスタンド花が幾つも並んでいる。色は赤白黄色、花もバラから蘭から様々で、企業名の中には『マジカルカメラっ娘ミチ』のアニメ制作会社のものもあった。 アドバルーンにしろ、スタンド花にしろ、なんとも古めかしい地方都市のデパートらしさである。 「ぱぱ、じゃしん!」 目的の人物は、肩車しているミチがすぐに見つけてくれた。さすが『マジカルカメラっ娘ミチ』だ。ジャシン捜しのエキスパート。 白スーツが陣取っているのは特設ステージの真ん前。かぶりつきでライブを観られるベストポジションだ。 人波をかき分けて、近づいて行こうとするが、すぐにそれは不可能だと気づかされる。 「割り込むなよ」 そらそうなるよね。観客からの殺気立った視線と、悪態が容赦なく俺に向けられた。 「ならば、ミチ! ここからマジカルカメラだ。遠距離からジャシンを取りのぞくのだ!」 アウトレンジからの超長距離砲は男のロマン。だが、ミチの反応は鈍い。 「だめ。じゃしん。みえないの」 そうか。ジャシンは心臓付近に見えるものだ。人垣が邪魔をして、カメラのファインダーでは捉えることができない。 やはり、どうにかして近づかなくては話にならない。だが、どうすればいい? 「朱雀!」 その時、アクアの呼ぶ声が斜め前方からした。特設ステージの脇から伸びている関係者オンリーの柵内。そこで、アクアが手を振っている。 「これ。使って」 観客の後ろを横切って、アクアに近づくと、手にしていたものを投げてきた。どこに投げているんだ、このノーコンが。ミチを片手だけで支えて、俺はジャンピングキャッチ。見れば、スタッフと書かれた黄色い腕章だった。 おお! これで俺も関係者枠の仲間入りか! 気分あげあげで腕章を腕にはめる。 さあ、愚民ども。俺は関係者様だ。道をあけろ、あけろー! 再び観客の海に挑む。モーゼのようにはいかないが、腕章の威力は絶大で、みなが俺を通してくれるようになった。 あと一歩で白スーツの肩を掴める距離でのこと。白スーツが振り返り俺を見た。不敵にニヤリと嗤うと、突然ステージへと駆け上がっていったのだった。 「待て」 逃げる者は追う。反射的に俺もステージへ上り、白スーツと向かい合うことになった。 そして失敗したと後悔する。 別に追う必要なんてなかったはずだ。全身が見えればマジカルカメラで一発だった。しかも、こうして至近距離でナイフを向けられることもなかった。 そう、ナイフだ。ま・じ・か! あんなん刺されたら、痛いやつやん、絶対。てか、なんで爆弾じゃねえんだよ。 脂汗を額ににじませた俺の耳には、観客からのどよめきと戸惑いの声が届く。肩車しているミチとカメラの組み合わせから、今のところは前座か何かと思われていて、パニックは避けられているようだ。 「だけど、どうすんだ、これ」 途方に暮れる俺の頭上から、勇ましいけれど舌足らずなミチのセリフが響いた。 「えーい。ばくだんま! これでもくあえー」 ぱしゃり。 一眼レフのフラッシュが、ステージ上にいる白スーツを捉えた。 一秒後。 「ぐあああ!」 白スーツがナイフを落として、苦しみながら膝をついたのだった。その瞬間に、観客からは「おお」という歓声と拍手がまばらに起こる。 「おみごとー! ライブを盛り上げる前座の即興劇。題して、『マジカルカメラっ娘ミチ、怪人白スーツ男をやっつける』でしたー」 そこにすかさず、マイクを持ったアクアが、ステージの袖から登場した。もうヤケクソよ、といいたげな表情。あんな顔、初めて見た。おもれえ。関係者枠も楽じゃないみたいだな。 とにもかくにも、このアナウンスのお陰で、半信半疑だった観客はいなくなり、大きな拍手が巻き起こったのだった。 「では、前座を務めてくれた方にもう一度、盛大な拍手をお願いしまーす」 アクアのアドリブに合わせて、俺は床に落ちたナイフを蹴っ飛ばしながら、白スーツを促してステージ袖へとはけていった。 「僕は一体……」 舞台裏に下がっても、白スーツは未だ事態が呑み込めないでいる様子だ。髪やひげはそのままだが、目つきは人並に戻っている。ひとまずは大事に至らずに済んで、ほっと胸をなでおろす。 「ぱぱ。じゃしん、とったー」 「おう。偉いぞ」 肩車していたミチを降ろして、俺はミチの頭を撫でてやった。ミチはにこーっと笑顔を浮かべる。目は線となり、えくぼがくっきりと見えた。 そこへアクアもやってきた。どうにか壇上でのことを取り繕い、アイドルグループ『ANY48』と入れ替わりで下がってきたのだ。 ミチはアクアにとててーと駆けより、その足元に抱き着いた。アクアを見上げて、やはりにっこりと笑う。春先に咲く一輪の小さな花。そんな柔らかな笑顔だった。 「まま。もう、さびしくない。よかったね」 「……え?」 そういうと、ミチの姿はすーっと消えて行ってしまった。あまりに突然の別れであった。 「おい、嘘だろ。もっと、ちゃんと、サヨナラぐらい言わせてくれよ」 俺は辺りを探しながら、虚空に不満をぶつけた。 あっさりしすぎだろ。もう一回、ぱぱって言ってくれよ。カメラも好きなだけシャッター押させてやるから。出てこいったら、ミチ! だけど応えてくれる幼女はもういない。 「アクア。セル画。セル画はどうなった?」 少しぼうっとしていたアクアだが、はっとしてトートバッグからセル画の封筒を取りだした。手が震えている。ナイフに驚いたのか、マイクパフォーマンスで緊張したのか、ミチのことが衝撃的過ぎたのか。いずれにしても、少し休ませてやった方がいいだろう。 そう感じながら、アクアの横に並び一緒に確認する。 セル画は元に戻っていた。初めにあったとおり、中央にはちゃんとミチが描かれているのだ。 「やっぱりセル画のミチだったんだな」 「そうね」 「おい、大丈夫か、アクア。そこに座ってろよ」 弱々しい応答に不安が膨れ上がり、アクアを近くのパイプ椅子へと座らせる。 「あの子……私のこと……知ってたの? どうして?」 アクアの細い指が、俺のシャツの裾を弱々しく握ってきた。 俺にも何がなんだか分からない。 ミチが発した別れ際の言葉の意味はもちろん、アクアがどう解釈して、何に動揺しているのかも。 かけてやれる言葉は何も思いつかないし、中途半端に口を挟むのも違うような気がした。 だから、アクアの細い肩を、軽くぽんぽんとしてやるだけが今できる精一杯だった。 「失礼。僕はこれから、どうしたらいいのだろうか?」 空気を読まない白スーツが、情けない声で背後から邪魔をしてくる。盛大なため息をついて、俺は白スーツを睨みつけた。 「お前は、ジャシンに取りつかれてたんだよ。分かるか? ジャシン。アニメのミチの」 「僕が、かね。ふむ。なるほど」 さすがは今日のイベント目当てで来た客である。今の雑な説明で、ある程度の状況は把握できたらしい。 ステージでは丁度、一曲目が始まったところだ。アニメのオープニング主題歌。題名は、そのものずばりで『マジカルカメラっ娘ミチ』 主人公のミチ本人に出逢うという、これ以上ない体験をしたとはいえ、結局ほとんどのイベントを見ることができなかった。 ちらりとライブを見やり、その原因の一端である白スーツへ、苛立ち混じりの詰問を始める。 「あんた。何しようとしていたんだ。ナイフなんか持って。切り裂きジャックか?」 問い詰めると、白スーツはライブに目を向けながら答えた。 「ナイフ……。それはただの護身用だ。万が一、失敗した時には、自らの命を絶つためのものでもあった」 「危ねえ奴だな。ナイフケースも貸せ。没収だ」 白スーツのポケットから出てきたケースを、取り上げる。落ちていたナイフを収納し、一旦、俺の尻ポケットへと差し込んだ。 「ん? 待て。万が一、失敗した時? 何に失敗した時だ?」 このナイフで何かをするのは、本命がしくった時。そう聞こえたぞ。 「僕はね花火職人なんだ」 なんだ急に。犯人が追い詰められて始める身の上話か? それは崖でするものだぞ。火曜日に。だけど俺は口を挟まず、眉を顰めるだけにした。 「いつか僕の作った花火で、僕の大好きな彼女を応援したいと思っていた。でもなかなか、そんな機会がなくてね。所属事務所に何度も連絡したが無視された。ならばと彼女に直接会いに行ったら、『迷惑です。警察呼びますよ』と言われた。その言葉も酷いが、何よりも許せないのは、この僕を分かってなかったことだ。許せなかった。僕はこんなにも想っているのに。だから、彼女と一緒に僕は爆発することに決めたんだ。恋愛は爆発だから」 白スーツ男は、落ち着いた口調で、淡々とそういった。視線はライブでセンターを踊る女の子を追っている。 「やっぱり爆弾魔だった。なんか、ちょっとホッとしたぞ」 ナイフなんてフェイントをかけてくるな。めんどくさい。 「その爆発物はどこにある?」 問いかけた直後、ふと違和感を覚えた。フードコートでは赤いバラの花束を抱えていたはず。今はそれが見当たらない。 「あそこに」 案の定というべきか、白スーツが指をさしたのは、ステージの中央。スタンド花に飾られたバラだった。 「スタッフの目を盗み、ステージに上がって、バラの花束を紛れ込ませてきたんだ」 「爆弾はその中か?」 白スーツがコクリとうなづいた。爆弾というか花火だけれど、と訂正してくるが、どっちでもいい。 「時限装置付きで。あと、五分もしないうちに爆発するはずさ」 「おいおいおいおい。爆発したら、どうなる?」 「大惨事だろうね。ここにいる全員、大怪我で済めばいい方かもしれない。なにせ今までの僕は、殺すつもりだったから。……どうしよう?」 血の気の引いた顔が、俺に向けられた。こっちが訊きたいわ! 「とにかく中止させて。皆を避難もさせて。警察も呼ばなきゃ。でも、あと五分じゃー、間に合わないよな。どうすりゃいいんだよ。くそっ」 焦りが募り、悪態をつく俺の横に、物音一つ立てずに並ぶ人の気配。なまめかしいアミタイツであった。 「遅いぞ。大きい方だったのか」 「君、冗談でもレディにそういうのは、金輪際やめた方がいい。もてないよ」 あみの声は、落ち着いたものであり、取り乱した俺の心を不思議と少しだけ落ち着かせてくれる。 「ここはボクがひとタイツ脱ぐよ。ライブ中だろうと関係ない。あのバラの花束、盗み出してきてあげる」 「おお。話が早いな。さすがは伝説の怪盗だ」 「でも、その爆弾はどうすればいいかな? 屋上から投げ捨てるわけにもいかないでしょ」 もっともだ。目の前にある肉質感たっぷりの太ももに、俺は唸り声を聞かせた。 「それなら、アドバルーンを使ってください」 「アクア。大丈夫なのか」 俺はアミタイツから視線を引きはがして、立ち上がったアクアを見る。さっきに比べれば顔色はいいが、まだ少し心もとない。 「大丈夫。デパートの人には、私からちゃんと話をつけておくわ」 「そうじゃなくて、お前が大丈夫なのかって話だ」 「え、ああ。平気よ。だって、あの子がせっかく守ってくれたイベントなのに、こんなことで台無しになんてさせられないもの。私も、強くならなくちゃ」 青い瞳が凛とした光を宿している。美しくも力強いサファイアの輝きを連想させた。 そうだ。俺たちが弱音を吐いていたら、ミチに笑われちまうな。 アクアに頷き返してみせて、俺は尻ポケットのナイフを、アミタイツの主へと差し出す。 「バルーンの紐は、これでなんとかしてくれ。頼りにしているぞ、怪盗アミタイツ」 「こんなチャチいナイフで、あれをどうにかしろっての? まあ、どうにかしちゃうから伝説の怪盗なんだけどさ。あと、ボクは怪盗タイガーアイね」 「すまん。すまん。怪盗タイガーアイ」 言い終わらないうちに、俺の手からはナイフが消え、視界からはアミタイツが消えていた。 ステージ上での曲は、サビに突入し、一番盛り上がっているところだ。 ANY48は激しいダンスを魅せ、観客たちも絶叫とオタ芸で返している。衆人環視の中をどうやって盗むのかと思っていたが、その手段は意外と正攻法の正面突破だった。 バックダンサーだ、といわんばかりに堂々とステージにあがっていったのだ。ANY48のダンスから浮くこともなく、ぶつかることもなく、ステップを踏みながら大胆に奥へ奥へと進んでいく。 目当てのバラの前で、アミタイツがくるっと一回転したかと思うと、バラの花束もろとも視界から消える。さすが。鮮やかなお手並みだ。 「でも、どこいった?」 アミタイツを目で追うだけでは全体像をつかむのは困難である。俺は見失ったアミタイツを探した。 「上よ。もうアドバルーンにバラを括りつけているところ」 アクアは、あみの姿をしっかりと目で追えていた。上空に目を向けると、確かにアドバルーンと垂れ幕の間に、アミタイツの存在が確認できる。 「一瞬であんな所に。なんというかチートだな。アミタイツの魔力云々がなくても、ありゃあ警察には捕まえられねえよ」 「そうね。あ、もう降りてきている。ナイフで紐を……切ったわ。ぴょこんと飛び降りて、上空に手まで振って。余裕の笑みよ」 感心した声で、アクアが実況をしてくれた。そのお陰で、俺にも怪盗アミタイツの動向が良く分かった。 バルーンはぐんぐんと上空に浮かんでいく。よく晴れた青空に、赤いバルーンが良く映えていた。 一曲目が終わり、ANY48が決めポーズをとった瞬間。 ステージ上では、クラッカーの破裂音と銀紙の紙吹雪が舞った。 と、同時に、デパート上空でも、花火のパンという音と、赤いバラの花吹雪が舞う。 ど派手な演出と信じる観客は、大興奮の大喝采だ。 「はは。なんか。言葉にならないな」 「本当ね」 舞台裏にいる俺とアクアだけが、別世界にいるんじゃないかと思えてくるほどに、観客たちは呑気に笑っている。 結構なピンチを切り抜けて、脱力した俺はそのまま床に座り込んだ。あー、まじ、疲れた。 椅子に腰をおろしたアクアも、気の抜けた顔で、大きく息をはく。 放心した俺たちが抜け殻と化していると、そこへ一人のおっさんがやってきた。 「ああ。ここにいらした。玄武さんとこのお嬢さんだよね。えっと、ああ、そうだ。アクアちゃん」 どこにでもいそうな、中年太りした陽気なおっさんだ。口ぶりからすると、アクアの父親の知り合いらしい。 「はい。そうですけど」 アクアは初対面らしく、少し戸惑い気味だ。 「私は君のお父さんと大学の同期でね。今ではアニメ制作を生業にしている。『マジカルカメラっ娘ミチ』は私が創ったんだよ」 まじか。興味深い話に、俺はこっそりと聞き耳を立てた。 「話に聞いてたとおり美人さんだねー。昔から君のことは良く自慢されててさ。それで話を聞いているうちに、出来上がったのが『マジカルカメラっ娘ミチ』なんだよ。カメラの設定はこっちで付け足しただけだけど、ミチは完全に君をモデルに創ったんだよ。お父さんから聞いてない?」 「いえ。初耳です」 「あー、そう。忙しいし、照れ臭かったのかな。ま、とにかく、君なくしてミチは生まれてこなかった。その感謝を一言伝えたくてね。今日のイベントも大盛り上がりだし、私もまだまだ頑張らないとな」 言いたいことだけ言って、おっさんは去っていった。 「まさかの誕生秘話だったな」 「だから、あの子、私のことをママって呼んでいたのかしらね」 そっくりだったはずである。ミチは、アクアの幼女時代の姿だったというわけだ。 ジャシンに反応してセル画を抜け出してきたと思っていたが、それだけでもなかったのかもしれない。 「ここは竜神様が住まう奇跡のデパート。その力を借りて、ミチはお前に会いに来たのかもな。そしてミチにしかできないやり方で、このデパートと、他ならないアクアを守ろうとした」 ミチの謎の一端が明らかになったと同時に、このデパートに隠されていた秘密も少しだけ分かった気がした。 建築されて約百年。事件らしい事件に見舞われていないとされてきた。 でも、それは違う。 正確には、事件が起きても、それを人々に事件と認識させない奇跡が起きていたんだ。 今日のように。 その手段は人間の常識に縛られることはない。架空の存在ですら具現化させてしまうもの。 さすがは竜神様だ。 手段を選ばないある種の実行力とスケールのでかさに、俺は感服するばかりだった。 アホみたいに口を開けて、空を見上げる。 本日は晴天なり。絶好の奇跡日和となるでしょう。 この青空ですら、竜神様の天気予報に従って晴れ渡っているのではないかとすら思えてくる。 「朱雀。今日は本当にありがとう。助かったわ」 間抜け面をさらしたまま、俺はアクアの方へと顔を向ける。 アクアは微笑んでいた。危機が去り、ミチの謎も解けて、すっきりとした様子だった。 表情もどこか違う。時折見せていたツンツンとした険が取れて、和らいでいるのだ。 「それに謝らないといけないかも」 「何をだ?」 「話の途中になっちゃったけど、私が朱雀を凄い目で睨んでいるって、言っていたじゃない?」 あー。そういえば、そうだった。直後に怪盗アミタイツの予告状が見つかり立ち消えになったんだっけ。 「ちょっとイラっとして睨んでいたのは本当なんだけど、別に朱雀を嫌ってとか、ましてやアニメオタクだからとかじゃないの」 なんだ。イラっとはしてたんだな。でも、それなら何に対してだ? まさか存在自体に、とか追い打ちかけるつもりじゃなかろうな。 「私も本当は『マジカルカメラっ娘ミチ』の大ファンなの。子供の頃、ずっと観てて。自分がモデルだったなんて知らなかったけど」 アクアがまだ七歳。日本に来たばかりで、日本語もまだうまく喋れず友達も上手に作れなかった頃の話。両親も仕事で忙しく、いつも独りでミチを観て過ごしていたという。 「そうやって私は寂しさを紛らわせていたの。白状するなら、セクシーデルモに憧れててね。あんな風に強くなりたいって」 だから縦ロールなのか。形から入るのは何ごとにおいても基本だな。 「だんだんと友達ができるようになると、今度はその顔色を窺うみたいなところもあって。でないと、また独りになっちゃうんじゃないかって。だから周りの期待する私を演じることに必死になってた」 そういうこともあるのか。高スペックな奴にしか分からない悩みということだろう。なんでもない時に聞かされていたら、「嫌味か」と茶化していたかもしれない。だけどアクアの今の表情を見ていると、とてもそんな気分にはならなかった。 「そうしたら人の気も知らないで、好き勝手している朱雀が目についちゃうわけよ。しかも、ミチ以外のアニメの話で盛り上がっているし。これって浮気でしょ」 「だから睨んでたって?」 「そうよ」 ひどい言いがかりだ。アニメオタクの俺は、ミチも好きだが、他も好き。リアルでは草食系だけど、二次元に関しては、お肉大好き肉食動物なのだ。ガオー。 唯一ミチが好きというアクアは、言うならばユーカリを好むコアラちゃん。そもそも生態系が違うのだ。なのに浮気認定は勘弁してほしい。 もう少し冷静にものごとを捉えて欲しいものだ。 そうすれば取り巻き連中の勘違いと忖度で、俺がカーストの底辺へと落ちることもなかった。 …………。 いや、冷静でなかったのは俺も同じか。 アクアがそんな考えを抱いていたことや、悩んでいたことなど、全然気づかなかった。気づこうともしなかった。 天敵だと決めつけて、距離を置いていたのは俺の方だ。 普段、写真を撮る時、向き合っている風景を様々な角度で捉えるべし、と留意している。単に撮影ポイントやカメラアングルを変えたりだけでなく、手元で調整するカメラの設定も含めてである。構図、露出、絞り、場合によってはシャッタースピードやホワイトバランスなどなど。気にしだせばキリがない。 なのに俺は、人間関係においては、それを怠っていた。こうだと決めつけて、もうそれ以上、角度を変えてみようだなんて考えもしなかった。 俺の心がニゴリに侵されることはなかったけれど、心のファインダーは曇りまくっていたらしい。 俺は自らの間違いを正せる男。 だから、ここは素直に反省すべきだな。 「なによ、肩をすくめたりなんかして。私の話、何かおかしかった?」 「いや、なんでもない。それよりも続きが知りたい。話を進めてくれ」 「あ、うん。それでね、周りからの酷い言われようにも、朱雀はへこたれてなくて、凄いな、心が強いな、って思ってた。それで見てたってのもある」 まあ、社畜の両親見てたら、俺の境遇なんて可愛いもんだからな。 「それに、本当は、朱雀とミチの話をしたいとも思っていたの。ずっと。他の人たちは、あまり覚えてないみたいだし。でも、周りの目とか雰囲気とかもあって話しかけられなかったんだ」 「お、おう。そうだったのか」 頭のいい奴は、えてして考えすぎるんだという話はどこで聞いたのか。俺は成績もそんなに良くないし、親や先生から「もうちょと考えて行動しろ」と言われてきた口だけど、だからこそ考えることはシンプルだ。 「好きなものは好きってだけでいいと思うぞ。ミチの話がしたいなら、すればいいんだ。知らない奴には教えてやればいい。見せてやればいい。それでも他の奴がダメな時は、いつでも俺はつきあうから。ミチの話、今日みたいにまた、たくさんしようぜ」 「うん。分かった」 その笑顔にドキッとした。 普段、学校でアクアと話すこともなく、どちらかと言えば睨まれることの方が多かった。 それが今日、たまたま遭遇し、行動を共にして、これまで見られなかった様々な表情や、彼女の側面を知ることができた。 アクアの笑顔も何度か目にする機会があった。 今だって、そのうちの一回にしかすぎない。 のはずなのに、今見せてくれた笑顔は、それまでとは全く違う。 心の枷を外して、あれこれ考えることを止めた、素直で無垢な素顔。 それでいて、優し気に細められた目と、えくぼが浮かぶ和らかそうな頬。淑やかな曲線美の小ぶりな唇。 緩やかに流れる澄んだ水は、見る者の心を穏やかにさせてくれる。そんな透明感のある笑顔だった。 アクアの青い瞳と、真正面から視線がぶつかる。 今度は視線を逃がすようなことにはならなかった。むしろ、ずっと見ていたい気すらしていた。 「あー、えっと、そうだ。今日撮った写真、休み明けには渡せるようにしておくよ。ミチと並んで撮った写真」 でも、結局、恥ずかしさが限界にきて、俺は逃げてしまう。 頬を指でかきながら、やっと見つけた話題でその場をごまかしたのだった。 「ありがと。楽しみにしてる」 アクアは笑顔のまま、こくりと頷いた。 縦ロールにしたブロンドが、抜けるような青空を背景に、陽の光を受けながらふわりと揺れる。 この瞬間をカメラで切りとりたいと思ったが、なんだか野暮な気がしてできなかった。 それにその必要もない。瞼に焼き付け、大事な一枚として、心の中で鍵付き保存されたから。 その後、俺たちは休憩がてらに、ステージ袖からANY48のライブを鑑賞して過ごした。 曲が変わる度に、俺たちは「懐かしい」と口を揃え、それぞれに当時の出来事を語り合う。 まるで幼馴馴染みであったかのように、話題が尽きることはなかった。 「ただーいま」 途中で、あみも怪盗アミタイツの役目を終えて戻ってきた。先ほどの鮮やかなステップを見て思ったことを、なまめかしいアミタイツに向けて提案する。 「おかえり。なあ、仕事探しているって言ってたけど、ダンスとかで探したらどうなんだ? 結構、凄かったぞ」 「あー、ダンスかー。体使うのは得意だから、悪くないかもねー」 まんざらでもない声が返ってきたが、どういうわけかアクアが猛反対を見せる。 「ダメよ。えっと、ほら、そういうのって安定した職業と言えないじゃない。妹さんの為を考えるなら、地に足つけた仕事にしないと」 「あー、まー、確かになー。それにアミタイツはいて踊らなきゃってなったら、ボクが怪盗タイガーアイだってばれちゃうかもしれないしなー」 「そ、そうよ。その通りだわ。危険よ」 もう少し考えてみるよ、というあみの言葉で、ダメな大人の即席進路相談会はお開きとなった。 こうやって先延ばしにして、今までもグダグダやってきたんだろうなあ、と心の中だけでダメ出しする。これは俺なりの優しさだ。 「あ、これ返すよ」 生暖かい目で、ダメな主を持った可哀そうなアミタイツを見守っていると、視界の端にナイフが映りこむ。 元の持ち主である白スーツは既にどこかに消えている。仕方なく俺がまた預かることにした。 帰り際に落とし物センターに届ければ十分だろう。ん? 落とし物センター? 「あー!」 楽しいひと時に現を抜かしていた俺は大事なことを思いだす。 「セル画の持ち主を探さないと!」 すっかり忘れていたが、あれはあくまでも拾い物。元の持ち主に返さねばならない。 「そ、そうだったね。とりあえず、拾った場所に行ってみない? 落とした人が戻ってきているかも」 「現場ひゃっぺんって奴だな。そうしよう」 アクアの提案を採用し、俺たちは三人で封筒が落ちていた四階へと降りて行った。 まだまだ多くの人が行きかい混雑している。そんな中、一人の女性が何かを探してウロウロとしているではないか。 コスプレで使ったウィッグなのだろう。縦ロールの紫髪が遠目からでもよく目立つ。 「あのー、もしかしてコスコンの優勝者の方ですか?」 小走りに近づいて声をかけると、女性が顔をあげた。牛乳瓶みたいなメガネをしていて、ぱっと見は田舎から出てきたばかりの素朴な女性。 「はい。そうですけど……?」 なんとなく聞き覚えのある声だな、と思いながら、俺は「失礼ですけど、何か証明できる物ありますか」と尋ねる。 すると彼女はカバンから、小ぶりな表彰盾を取りだした。刻まれた文字と、セクシーデルモに恥じない胸の盛り上がりを目視して、間違いなく本物だとの確証を得た。 「見つかって良かった。これ、拾ったんです。おい、アクア」 女性に返却しようと、アクアがセル画の封筒を差しだした。 その時。 ――やー、最高だったな。ライブ! ――マジ神ってたよ。すっげえ演出だったし! ライブの興奮冷めやらない集団が、周りの迷惑も考えずに騒いで通り過ぎたのだ。 よそ見して歩いているものだから、アクアの背中にぶつかり、アクアをよろけさせた。 「あっ!」 アクアの手にあった封筒が、ズドンと空いた吹き抜けに投げ出されてしまう。中身のセル画は空中で、封筒から外へとこぼれでた。 ひらひらと落ちていくセル画。そのまま行けば、待ち受けているのは竜神池だ。 セル画に使われているインクは、水性のアニメカラーである。池に落ちれば、セル画は台無しとなること必至だ。 「嘘だろ」 俺は吹き抜けに走りより、竜神池を見下ろす。 そして竜神池から立ち昇る竜を見た。 いや、もちろん、本物ではない。 それは、これでもかと竜神様が俺だけに見せる奇跡。それを使って、この窮地をも乗り越えて見せろという試練に違いない。 「ちょっと、朱雀、何する気よ」 大事なカメラを床に置き、俺は手すりに足をかけて乗り上げた。心配してくれたアクアに、にっこり笑ってサムズアップだ。 「言ったろ。あのセル画は、ファンなら命と交換しても惜しくない逸品なんだって」 「バカ言ってないでよ」 「大丈夫。ここは青龍デパート。奇跡のデパートだ。それに、あれは一緒に過ごしたミチ本人に他ならない。更に言うなら、昔のお前なんだろ。だったら、救わなくちゃだろ!」 俺は力いっぱい手すりを蹴って、吹き抜けに身を投げ出した。 「朱雀ー!」 アクアの叫び声を背中で受けながら、俺は尻ポケットにあったナイフを逆手に握る。 さすがの俺も自由落下して、助かるなんて思っていない。 俺が見つけた、竜神池から立ち上がる昇り竜。それは天井から釣り下がる、細長い大きな垂れ幕だ。 ナイフを突き立て、その摩擦で速度を調節していく。 ビリリリリリと切り裂く音をデパート中に響かせながら、俺は一階まで落ちていく。 失敗なんてするはずがない。そうだろ、竜神様! バシャンと着地こそ無様なものになってしまったが、怪我もなく俺は噴水池にみごと降り立ったのだ。 「おっとっとととー」 あとはひらひらと落ちてくるセル画を、水に濡らさないように、慎重にキャッチするだけ。 「とったどー!」 竜神池の中心で、セル画を掲げて雄たけびをあげた。 大勢の人が吹き抜けの淵に集まり、手すり越しに俺を見ていた。拍手、喝采、口笛の嵐。やはりショーだと思いこんでいる。 喧騒で包まれる中においても、四階にいるアクアの金髪縦ロールは、やはり目立つ。 だけど表情は良く見えなかった。メガネが外れていて、視界がちょっとぼやけているのである。 どんな顔をしているのだろう。見えないとなると、かえって気になるものだ。 遠目に見えるアクアの横に、手にしたセル画を並べてみる。 こんな風に笑っていてくれたらいいなと、俺は思った。 エピローグ 玄武アクアと愉快な仲間たち なんなのよ。あのバカ。死んだらどうするのよ。本当に、まったくもう! 吹き抜けの手すりから半身を乗り出して、憤りと安堵で、私の心はかき乱されていた。 「無茶するねー。ボクなら、もっとスマートに回収できたのに」 あみが私の横に並んで、呆れた声をだしている。まったくその通り。怪盗アミタイツとしての技量は、既に証明されている。ただの高校生に過ぎない朱雀が、あんな無茶をすることなどなかったはずなのだ。 「バカだから、そんなこと忘れていたのよ。絶対」 池の中央にいる朱雀は、セル画を持たない手で、濡れた髪をかき上げ、落ちたメガネを拾っていた。 「あの方ですか。アクアお嬢様が、ずーっと気にしていた男子というのは」 あみと反対側に立つのは、私の家のメイド長だ。 変装用の牛乳瓶みたいなメガネを外して、素顔を晒せば、途端に田舎っぽさは消えて、いわゆるクールビューティー系の美貌が現れる。 「そ、そんなんじゃないったら」 「黒ぶちメガネを止めて、髪をきちんとすれば、そこそこイケメンになりそうですね。そうしたら、お嬢様と並んでも遜色ありませんよ」 「だから、そんなんじゃないったら!」 私のお世話係という名目で、いつもワガママに突き合ってもらっている。主従でいえば、私が主となるが、頼りになるお姉さんといった存在だ。 時々、今のように私の話を聞かないところが、玉に瑕でもあるけれど。 「はあ。それにしても、疲れました。もう勘弁して欲しいですよ、お嬢様。何のために、彼の行く手を遮って、私がコンタクトを落としたOLやったと思っているんですか。引退した婆や様まで連れ出して道に迷わせて」 「仕方ないでしょ。それをしたのに、朱雀ったらコスコンの最後に間に合っちゃったっていうんだから」 「監視していた者の報告によると、大金の入った財布を交番に届けたら、ちょうど落とし主がそこにいて、もらった一割の謝礼金でタクシー飛ばしてここに来たらしいです」 「なんて悪運の強い」 これも竜神様の奇跡? まさかね。 「あのー、お二人は知り合いなの?」 遠慮がちに、あみが私に尋ねてきた。疑問に思うのも無理ないわよね。今の今まで、初対面という体裁だったのだから。 「私の家のメイドさんよ。自己紹介はおいおいするとして、白虎あみさん、良かったら家で働かない?」 「え?」 あみは目を丸くした。私はあみをスカウトすると決めていた。そうせざるをえない事情があるのだ。 「妹さんの為に、まっとうな仕事、探しているんでしょう?」 「まあ、はい。でも、いいの?」 「こないだ一人、寿退社で欠員が出たから、空きはあるの。今日は何かと助けてもらったし。これも何かの縁でしょ。仕事内容はメイド全般+アルファ。待遇は応相談って感じ」 「よろしくお願いします!」 あみは即決してくれた。大げさに頭を下げてくれるけれど、実を言えば私が土下座をしてでも引き込みたい人材だった。 ポーカーフェイスで頷く私の横では、メイド長が「あーあ」とため息をこぼしている。 「早速だけど、怪盗タイガーアイに一つ、簡単な仕事をしてもらいたいの」 「へ? 仕事内容はメイドなんじゃ? それにボク、足を洗って……」 「これは+アルファの部分よ。勿論、これを最後に引退してもらってOK」 私は、不思議そうな顔のあみに、最重要任務を伝える。 「朱雀が撮ったっていう、コスコンの写真を盗んできてちょうだい」 「なんで、そんなものを?」 どう説明しようか言葉を探していると、メイド長に身も蓋もない言い方でバラされた。 「コスコンの優勝者はお嬢様なんです。私がセル画を受け取りに来たのは、代理で仕方なくです。お嬢様のハレンチな写真を、気になる男子の手元に置いておきたくないってことです」 「ちょっと、言い方!」 恥ずかしさで、私は顔を熱くさせた。 『マジカルカメラっ娘ミチ』を観て、いつからかコスプレするようになった。憧れのセクシーデルモになり切ると、えもいわれぬ高揚感に包まれて、私は生まれ変われた。気づくと病みつきになっていた。やめられないのだ。 今日のコスコンも、優勝狙って気合を入れていた。 ただし、大きな懸念事項が一つ。 田中朱雀の存在だ。 ミチファンを公言する彼は間違いなくコスコンにも顔を出すはず。衣装はレオタード。しかも胸は詰め物で特盛大増量。そんな姿をカメラで撮られるなんて恥ずかしくて死んじゃう! そこで一計を講じ、メイドの協力を仰いで、彼の到着を阻止しようとした。 計画は完璧だったつもりなのに、朱雀はコスコンの表彰式には間に合ってしまったという。 しかもセル画を落として、朱雀に拾われるという失態のおまけつき。あの時の焦りようは、言葉では言い表せられない! さりげなく落とし物センターに届けさせようとしても、運が良いのか悪いのか、景品が貴重過ぎたせいで、それもうまくいかず。 今思えば、ミチと出逢えて、朱雀と過ごせたりもして、結果オーライと言えなくもないけれども。 「はあ、まあ、いいですけど。うぶなご主人様のために、もうひとタイツ脱ぎますよ、と」 「よろしくね」 一時はどうなることかと思ったけど、これで一安心。コスコンの写真が朱雀の目に触れることがなければ、私の秘密はまだまだ守られる。紆余曲折あったけれど、平穏な日常は守られそう。 「ちなみにお嬢様が、コスプレ趣味を彼に打ち明ければ、万事解決なんですけれどね。そうしたら、私たちメイドも面倒なことを命じられずにすみますし」 「ダメよ。そんなの無理に決まっているじゃない」 「そうですか? 彼ならきっと受け入れてくれますよ。コスプレ趣味とカメラ趣味で楽しめばいいじゃないですか。旦那様にはちゃんと内緒にしてさしあげますよ」 「そそそ、そんなことしないもん!」 なんてことを言いだすのかしら。このメイド長ったら、いつもいつも。 私は火照った顔を、パタパタと手で仰いで、もう一度、朱雀を見下ろした。 メガネをかけて、いつものダサダサに戻っている。 私に気づいて、手を振ってきた。 赤面した顔は見えていないよね? そんなことを心配しながら、私も手を振り返す。 床に置かれた朱雀のカメラをちらりと見る。 休み明けには、写真をくれると言ってくれた。 たったそれだけの約束が、とても嬉しく、待ち遠しい。 早くゴールデンウイークが終わらないかな。 その時は私から声をかけよう。でも、どんな風に? 休み明けには、私たちの関係性も新たなステージに変わりそう。 ウキウキしている自分に気づいて、私はまた頬を熱くさせた。(了) |
としき KQLXiYfGhg 2019年04月27日 00時27分57秒 公開 ■この作品の著作権は としき KQLXiYfGhg さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2019年05月14日 00時39分23秒 | |||
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Re: | 2019年05月14日 00時38分19秒 | |||
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Re: | 2019年05月14日 00時37分18秒 | |||
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Re: | 2019年05月14日 00時36分42秒 | |||
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Re: | 2019年05月14日 00時36分11秒 | |||
合計 | 6人 | 60点 |
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