【超長編】気まぐれハイブリッド異世界転生

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 プロローグ 神様の気まぐれでざまぁされる勇者側に転生してしまいました

 ついにこの時がやってきた。異世界転生である!
 さらば、くそったれの現実。ようこそ、夢の異世界転生。
 思えば生前は幸の薄い人生だった。ブラック企業でクソみたいな上司に散々こき使われて、最後は過労死だ。
 俺が頑張れば、きっと皆は認めてくれる。そんなアホみたいな妄想を信じ切って、自分の体を苛め抜いて、そして無様に死んだ。
 ちくしょう! 俺の人生はなんだったんだ!
 今際の際にそんな事を思った俺は、なんと神様からチャンスを頂いた。
 俺は異世界へ転生させてもらう事になったのだ!
 しかも、その世界は俺が生前に愛読していたネット小説の世界だ。

 『勇者パーティ―に追放された魔物使いの僕、チート能力を手に入れて勇者にざまぁします。いまさら謝ったところでもう遅い!』

 通称『ゆうざま』の世界である。
 この物語の主人公、カインは偉そうなクソ勇者にさんざん酷い目に遭わされて追放された。
 だが、その追放先で精霊と契約してチート能力と奴隷エルフ(ヒロイン)を手に入れる。
 そして、最後は自分を追放した勇者に復讐をしてぶち殺す。俗に言う『ざまぁ系』だ。
 きっと俺は、その物語の『主人公』として生まれ変わるのだろう。
 モブ(平社員)の俺が、今度は無能勇者(上司)を『ざまぁ』してしまうのです。
 ふふふ。まさに今の俺にふさわしい異世界転生じゃないか。
 誰よりもこの小説に詳しい俺は、既に次の人生の攻略法を熟知している。
 次の世界は、俺にとって『勝ち』が確定している世界だ。
 主人公になったら、俺を馬鹿にした奴らを思う存分『ざまぁ』させていただきますか。
 現実世界で上手くいかなかった鬱憤は次の異世界で全て晴らす。たくさんスカっとしよう。
 ああ、こんなチャンスをいただけるなんて、ありがとう神様! ビバ異世界転生!
 さあ、始まるぞ! 俺の幸せなる新たな人生だ!
 そうして転生が完了した俺は……

「おい、クソ『勇者』。聞いているか?」

「…………はい?」
 一人の少年から剣を突き付けられていた。
 目の前の少年は憎しみに満ちた目で俺を見ている。
 彼の事はよく知っている。
 俺が愛読していた『ゆうざま』に登場する『主人公』のカインだ。
 あれ? なんでこんなところに『主人公』がいるの??
 『主人公』は俺じゃないのか??
 別人に転生してしまったのか? いったい誰に転生したんだ?
「…………ん?」
 水面に映る自分の顔を確認する。そこには凶悪な顔をした『勇者』が映っていた。
 こいつの名前はグロウ。勇者というのは名ばかりのただの無能なクソ野郎だ。
 だが、その顔が今、『自分の顔』として認識されている。

「これは……クソ勇者じゃねーかぁぁぁぁぁ!!!」

 俺は『ざまぁされる勇者』の方へ転生してしまったのだ。
 他人にざまぁをするのではない。自分が『ざまぁをされる』立場である。
 なんだこれ。こんなの聞いてない。どうしてこんなことになってしまった?
 まさか……神様の『きまぐれ』?。
 気まぐれのせいで主人公になるはずが、ざまぁをされる勇者になってしまった!?!?
「なんだこりゃああああああ!」
「さっきからうるさいぞ! クソ勇者!」
「ま、待て。これは何かの間違いだ。俺の話を聞いてくれ!」
「話を聞け? ふざけるな!」
 俺の話に対してカインは全く聞く耳を持たない。
 なんか、めちゃくちゃ怒ってる?
「僕が……どれだけその言葉を言っても、お前は話を聞いてくれなかった。それどころか僕を追放した。それなのに、僕はお前の話を聞かなければならないのか?」
 し、しまった。
 そうだ。これは……『ゆうざま』のストーリーと全く同じだ!
 つまり、この先のセリフは……

「いまさら謝ったところで、もう遅いっっ!」

 『サブタイトル』の回収!?
 そうだ。『もう遅い』のだ。
 この場面は主人公がクソ勇者に『ざまあ』をする名シーンだった!
 どうするんだよ。こんな異世界転生は聞いてないぞ!

 1話 神様の気まぐれで悪役令嬢がこの世界に現れました

 『勇者』に転生。それだけ聞けば常人ならば『当たり』と思うかもしれない。
 だが、ネット小説に詳しい人なら分かるだろう。近年では勇者に転生する主人公などほとんどいない。
 今の時代、勇者は主人公にはなれないのだ。
 現代の小説では、勇者は性格の悪い『無能』で『悪役』として描かれている方が多い。
 つまり、勇者こそが最も『ハズレ』なのである。
 俺はそんなハズレを引いてしまった!
 俺に待っているのは完全なる『破滅』のみ。
 こうなってしまっては、この世界の攻略法など、まるで役に立たない。
 むしろ結末を知っているからこそ、この先、絶望しかない事が分かってしまった。
 現実世界であれだけ否定された俺は、この異世界でも同じように否定されるってのか!?
 くそ! そんな理不尽など、認められるか!
「聞いてくれ、カイン。俺は別人なんだ! あんたが思っている勇者グロウじゃない」
「はあ?」
 俺の言葉を聞いて、不快な表情で眉を顰めるカイン。
「なあ、勇者様よ。命乞いなら、もう少しまともな理由にした方がいいんじゃないか?」
 ダメだ。まるで信じてもらえない。
 考えてみれば当然だ。いきなり『別人です』とか、そんなアホみたいな理由で納得してもらえるわけがない!
「しかし……まあいい。『今』は許してやる」
「へ?」
「別にそこまでお前を切りたいわけじゃない」
 た、助かった? 説得が通じたのか?
「いいんですか? ご主人様」
 カインに付き従っている一人の美少女が声を上げた。
 彼女の名前はダイア。この物語の『ヒロイン』だ。
 元々は奴隷だったのだが、主人公が追放された先で買われて、その後に魔法使いとしての才能が開花した。
 主人公には絶対服従の反面、敵には全くの容赦もせずに壊滅する。その部分がウケて大人気となっていた。
 俺が最も好きなキャラでもある。転生したら、この子とイチャイチャしようとか思っていたのだが……
「私はお前を許さない。このゴミ勇者め!」
「ぐはあ!」
 ダイアは冷たい目で俺にそんな言葉を投げ捨てた。
「こんなクズに時間をかける方がもったいない。行こう」
 俺に興味を無くしたような表情となったカインとダイアは、そのまま踵を返して去っていく。
 なんてこった。俺、ダイアが好きだったのに。ヒロインから好かれるはずが、逆に嫌われてしまうなんて……
 また一つ、俺の夢が打ち砕かれたようだ。ここは地獄かよ。
 とはいえ、命は助かった。それだけはラッキーだと思うべきか。
 いや、ここで安堵してはならない。
 一つ思い出した。これは『イベント』なんだ。
 クズ勇者のグロウは、『今』は許される。
 しかし、『次の巻』では主人公のカインによってグロテスクに殺されるのだ。
 つまり、これはただの延命処置。本当の意味で助かったわけではない。
 破滅へと秒読みは既に始まっている。このままでは俺は間違いなく死ぬ!
 特に転生した『スタートライン』がこの場所なのが絶望的だ。
 例えば、『生まれた時』がスタート地点なら、なんとでもできた。
 いくら将来は最低な勇者になる運命だとしても、その前に善行を積めばいい。
 だが、既に『やらかしてしまった』悪行まみれのこの状態からスタートでは、取り返しがつかない。
 特に致命的なのは、この作品のサブタイトル『いまさら謝ったところでもう遅い』の部分だ。
 今からカインに平謝りして許してもらおうとしても、無意味だ。まさにタイトル通り『もう遅い』のだ。
 くそ、どうすればいいんだよ。

「ねえ、聞いた? ルビア様、また一人で部屋に閉じこもっているそうよ」

「…………ん?」
 その時、聞きなれない言葉が俺の耳に入った。
 『ルビア』って誰だ? そんなキャラ『ゆうざま』にいたっけ?
「いや、待て」
 その名前……どこかで聞き覚えがあるぞ。どこだ?
「本当にあの『悪魔の女』。何を考えているか分からないわ。あんなのは『婚約破棄』されて当たり前ね」
「……あっ!」
 思い出した! 知っているネット小説だ!

『悪役令嬢の私、婚約破棄されたので自由に恋愛して幸せになります』

 その物語の主人公、ルビアじゃないのか? 別の小説のキャラクターだぞ!?
 なんでこの物語に別のキャラがいるんだ? というか、ジャンルすら違う。
 同姓同名の別人だろうか? いや、なんとなく、本人の気がする。
 だが、これは起死回生のチャンスかもしれない。
 もし、彼女が本当に『悪役令嬢』のルビアだとしたら、この物語の『特異点』となる可能性もある。
 これもまた、神様の気まぐれなのだろうか? いい加減にしてほしい。
 とはいえ、この現象をどう使うのか。それで俺の運命が決まる。そんな気がする。
 悪役令嬢ルビア。彼女こそが俺の運命を左右する重大な人物に違いない!

 2話 異世界転生が鬼畜難易度なので、悪役令嬢と協力して生き残ります!

 俺は基本的に男性向けのネット小説を愛読していたが、女性向け作品も読むことがあった。
 これがいざ読んでみれば意外と面白く、結局は男性向けとか女性向けとかではなく、面白い物語は面白い、と感動した記憶がある。
『悪役令嬢の私、婚約破棄されたので自由に恋愛して幸せになります』
 逆境まみれの悪役令嬢であるルビアは周りから悪魔の女として嫌われていた。
 そして、エセの正論を振りかざすクソみたいな王子から婚約破棄をされ、国を追放される。
 だが、それでも逆境に負けず、追放先で頑張った結果、最高のイケメン男性と結ばれて最後には幸せになる。
 確か、こんな感じのシナリオだった気がする。
 ちなみに主人公と結ばれたイケメン男性は、実は隠居していたとんでもない権力を持つ王族という事が判明して、主人公を捨てたクソ王子は、制裁を受けて没落してしまうという『ざまぁ』要素も含まれている。
 そんな主人公、ルビアが何故かこの『ゆうざま』の世界に出現しているらしいのだ。
 どうして世界観の全く違う悪役令嬢がこの世界に紛れ込んだのかは不明だ。
 だが、これは俺にとってチャンスかもしれない。
 俺が置かれた状況は、どちらかと言えば『悪役令嬢』と境遇が似ている。
 言ってしまえば、将来は殺されてしまう未来が待っている『破滅フラグ』が成立している状態なわけだ。
 悪役令嬢は、そんな破滅フラグを様々な機転を使って乗り切っていく。
 どんな逆境でも諦めずに跳ね返す超有能な美女なのだ。
 そして、それは俺にとって最高の『お手本』だと言える。
 男向けのネット小説の攻略法なら熟知している俺だが、この『破滅フラグ』に関してはそこまで自信は無い。一人だと不安が残る。
 まして、今の俺は過去に例が無いほど詰んでいる状態だ。
 例えば、魔王に転生してしまう主人公とか、ゲームの悪役に転生してしまう主人公はいた。
 それらの主人公は『まだ悪行をしていない状態』なのだ。だから、なんとでも回避できる。
 だが既に悪行をしてしまっている『もう遅い』状態の転生なんて、聞いたことが無い。
 間違いなく、この異世界転生の難易度は極悪。鬼畜の極みと言えるレベルだ。
 こんなのを『一人』で対応するのは不可能だ。
 それでも、こんな俺が生き延びる方法があるとすれば、それはたった一つ。

 もし、悪役令嬢と『協力』が出来たら、助かる可能性もあるのではないか?

 一人で戦うのではない。チームプレイを前提とした戦略を立てるのだ。
 よし、行こう! なんとしても、悪役令嬢を味方につけるのだ!
 もはや『ざまぁをする』とか言っている場合ではない。俺自身が『ざまぁ』から逃げなければならない。
 切り替えよう。今は悪役令嬢と協力して、生き残るんだ!
 前世で全く報われずに死んでしまった俺だが、この異世界で同じになってたまるか!
 俺は情報をもとにルビアがいる城へとたどり着いた。
 こんな城、『ゆうざま』の世界では見たこともない。やはり別世界の建物なのだ。
 つまり、ルビアが俺の思う悪役令嬢の可能性も高いという事だ。
 ルビアの部屋と思われる場所へ到着。そして、扉をノックした。
「……ごくり」
 嫌でも緊張してしまう。最初が肝心だ。上手く交渉できるだろうか?
 くそ、前世で得た営業の知識をまたしても使うことになるとは……仕事の事は忘れたかったってのに!
 前世では失敗続きだった俺がうまく交渉できるのか? また失敗して終わってしまうのではないか?
 いや、そうはさせない。今度こそ、俺はやり直して見せるんだ!
「どうぞ」
 透明感のある綺麗な声が聞こえてきた。
 勝手な思い込みだが、非常に悪役令嬢らしい声だと思った。
 ルビアの声は作中で最も美しいとされていたが、実際にこの耳で聞くことになるとは思わなかったぞ。
「……失礼する」
 ちょっとだけかしこまって部屋に入ってみた。
 別にそんな事をする必要も無いのだが、相手が令嬢なので自然とそんな態度となってしまう。
「あら、勇者様ではありませんか」
 少し高飛車の印象を持つルビア。目つきが鋭く、怖い印象だ。
 燃えるような深紅の長髪。現実離れしているほど完璧でグラマラスなスタイルで、美人ではあるが、確かに第一印象からして『悪魔の女』がしっくりくる容姿ではある。
 実際に見てみると、実に納得できる話だ。
 やはり、悪役令嬢のルビアだ。俺の予感は間違っていなかった。
 よし、早速『本題』に入ろう。いきなり最強の『ジョーカー』を切ってやる!
「一つ聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょう」
「あんた、『転生者』だろ?」
「なっ!?」
 ルビアの目が見開いた。よし、予想通りだ。
 彼女も転生者だった。この世界に紛れ込んだ異物。つまり、俺と一緒だ。
 これで確実に興味は持ってもらえるだろう。少なくとも話が通じない、なんて事は無いはずだ。
「な、なぜ私が転生者だと分かったのですか?」
「落ち着いてくれ。俺も転生者だ」
「……そうですか」
 いいぞ。この調子だ。ここから協力できるよう更に交渉するんだ。
「だから、お互いに協力して、この破滅フラグを回避……」

「はあ~~~」

 俺が喋っている途中で、いきなりルビアが大きなため息をついた。
「な、なんだ? 急にどうしたんだ?」

「いや、バレたんなら、もういいや」

 そのままベッドに倒れこむルビア。
 ぐで~っとだらけた体制に入る。
 そこに悪役令嬢らしさは微塵も無かった。スタイルがいいだけに、余計に違和感が目立つ。
「え? お、おい。なにをやっている?」
「なにって、寝るんですけど?」
「なんで寝る!?!?」
「だって、めんどくさくなってきたし」
「はあ? めんどくさくなってきたぁ~?」
「そうだよ~。こういう時は、寝るに限る」
 な、なんだ? 明らかに様子がおかしいぞ??
「いや、あんた悪役令嬢だろ? 頑張って、破滅フラグを回避しろよ!」
「え~」
「やる気が無さすぎる!?」
「うん、やる気ないもん。それより、あたしはゴロゴロしていたい」
「な、な、な、な……」

 なんだこのやる気のない悪役令嬢はぁぁぁぁ!?!?


 3話 気まぐれ悪役令嬢さん、やる気がありません!!

「おい、俺と一緒に生き残ろうぜ! 破滅フラグを回避するんだ!」
「え~」
 嫌そうな顔をする悪役令嬢さん。
「おま……そんなのでどうするんだ! お前は悪役令嬢なんだろ! もっとやる気を出せよ!」
「だって、めんどうなんだもん。もっとゴロゴロしたいです」
「こんな悪役令嬢がいるか! もっとこう、優雅で高貴な感じを出せよ!」
「そんなこと言われてもな~」
「悪役令嬢って、普通はもっとフラグ回避とかを頑張るもんだろ!! 未来を変えろよぉぉ!」
「いや、知らんし」
 知らんって……。なんでこの子はこんなにやる気がないんだ!?
 悪役令嬢だぞ? こんな悪役令嬢、見たこともない。
 いったい、俺はどうすればいいんだ?
 そんな悪役令嬢は、枕に顔を埋めながらも、ちらりと可愛らしい顔で俺を見る。
「そっちはいいよね~。『楽そう』で、羨ましいや」
「…………は?」
 楽そう? 羨ましい?
「勇者に転生とか、大当たりじゃん」
 勇者が、大当たりだと? そんな『煽られ方』をするなんて……
 一瞬、生まれて初めて出すような、とてつもない殺気が俺の体から漏れ出した。
「な、なんで怒るの? あんた勇者でしょ? それなら、この異世界でも勝ったも当然じゃん」
「お前、さっきから何を言っている?」
「あたしなんか、『悪役令嬢』だよ。こんなのに転生してしまうとか、もう詰みじゃん。頑張る気力とか、失せるって。まあ『恵まれた勇者様』にこの気持ちは分かんないだろうけどさ~」
「はあああああああああ!?」
「うわっ!? だから、なんで怒るの!?」
「勇者が悪役令嬢よりも恵まれているわけないだろ!!」
「どういう意味?」
「悪役令嬢が『当たり』だって言ってるんだよ! 勇者が『ハズレ』なんだ!」
「そんな馬鹿な。なんで悪役令嬢が当たりで勇者の方がハズレなの? どう考えても、逆でしょ?」
「お前……ネット小説の流行りを知らんのか?」
「ネット小説? さあ? 聞いたことはあるような……」
「………………ああ、そういう事か」
 話が嚙み合わないわけだ。彼女はネット小説の常識を知らないのだ。
 一般人の常識で言えば、確かに悪役令嬢がハズレと思うのも無理はないかもしれない。
「一つ聞きたいが、あんたは何歳なんだ?」
「あたし? 16だけど……」
 高校一年生か。今どきの高校生……それも女子高生は、ネット小説なんて読まないらしい。
「本当に悪役令嬢を知らないんだな」
「いや、知ってるよ。あれでしょ? 漫画とかで主人公をいじめる性格の悪い女でしょ? 神様はあたしにピッタリだと言っているわけだね。あはは~」
 力なく笑うルビア。本当に自らをハズレだと思っているようだ。
「いや、まあ、ネット小説の世界では、そうじゃないんだよ」
「意味が分からないよ。さっきから、何が言いたいの?」
「う~ん。分からないか。最近のZ世代は難しいな」
「Z世代ってなに?」
「え?」
 Z世代も通じない? さすがにそれはちょっと違和感だ。

 いや、待てよ。むしろ、俺の方が『固定概念』に囚われていたのではないか?

 ここは異世界だ。普通の常識は通用しない。
 俺はある一つの『可能性』にたどり着いた。
「なあ、生年月日を教えてもらっていいか?」
「ん? 1989年生まれだけど……」
「なに!?」
 俺と同じ年の生まれ……だと!?
 彼女は1989年に生まれた。
 そして、その16年後に死んだ。
「つまり、あんたが死んだのは、2005年か!?」
「そうだよ」
 そういう事か!
 この子、2005年の世界から転生したのだ。
 その時はネット小説なんてほとんど流行っていなかった。Z世代なんて単語も存在しない。
 もちろん、悪役令嬢など、よほどのマニアでない限り知る由もない。
「だから、悪役令嬢が通じないのか。ざまぁ系も知らないんだろうな」
「ザマス系? 全く分からん」
「俺つええええ、とかチートとか、分かる?」
「さっぱり。ゲームの専門用語?」
「ううむ」
 この調子では、悪役令嬢の優位性など知っているはずもない。
 それなら、彼女に教えてあげなければならない。悪役令嬢こそが大当たりなのだ。
 確かに最初から悪役令嬢の優位性を理解している主人公はあまりいない。そう考えたら、今の彼女も等身大の主人公らしいと言えるだろう。
 問題は、彼女が完全に意気消沈してしまっている部分だ。これでは悪役令嬢の優位性を全く活かす事はできない。
 これ、説明した方がいいんじゃないか?
「なあ、聞いてくれ。俺はあんたが死んでから、さらに20年後の未来から転生してきたんだ」
「へえ~。そうなんだ。ちなみに、そっちは何歳よ」
「俺か? ……36歳だ」
「ええ!? おっさんじゃん!」
「おっさん言うな! とにかく、だ。俺の時代の小説では、悪役令嬢に転生する主人公が流行っているんだ」
「なんで悪役令嬢が主人公なの? お姫様とかでいいじゃん」
「恵まれたお姫様とかより、悪者だと思われている悪役令嬢が、機転を利かせて逆転した方が物語的に面白いだろ」
「な、なるほど。確かにその方が面白いかも?」
「分かるか? だから俺の時代、小説の主人公は、悪役令嬢だらけなんだ」
「つまり、本当に未来では、悪役令嬢が主人公の小説が流行する?」
「そうだ!」
「あたしは、そんな小説の『主人公』として転生した? だから、当たり?」
「いいぞ! 理解が早い!」
「分かった! あたし、頑張るよ!」
「よく言った! 頑張って、生き残ろう!」
 よかった。なんとか分かってもらえたようだ。
「はいはい。んじゃ、寝るわ。おやすみ~」
「うむ。って、ちょっと待てぇぇぇぇぇ!」
 よく見ると、ルビアはやる気のない目のままだった。
「いや、そんな話、信じられないって。あたしを騙すつもりだろ?」
「マジだから!! 未来は悪役令嬢ものが流行るんだって!!!」
「へ~」
「俺を信じろぉぉぉ!」
「自分で信じろとか言ってくる男は、怪しい」
「…………く」
 ダメだ。まるで信用されていない。
 どうすれば、この女はやる気を出すのか? もう交渉は不可能なのか?
 いや、この程度では諦めない。
 というか、一応、会話にはなっている。ブラック企業時代のクソ上司に比べたら、百倍はマシだ。
 まるで俺の話を理解しようともしないクズどもとは違う。交渉の余地はあるはずだ。
 むしろ、ここからが正念場だ。クズどもと必死で接してきた俺なんだ。この程度でメンタルは崩れない。
「分かった。なら、俺が証明してやる。あんたを悪役令嬢として、成功させてみせる」
「あたしを、成功させる? 本当に?」
 俺の意外な提案に、ルビアが少しだけ興味を持ったようだ。
「でも、やっぱり怪しいなあ」
「なるほど。ならば『契約』をしよう。あんたが成功するまで、俺が手伝う。もし裏切ったり騙したりしたら、俺は死ぬ。そんな契約だ」
「そんなの、ただの口約束じゃん」
「そうでもないぞ。これは『魔法』を使った契約だ」
 異世界ならではのやり方である。『魔力』を使った契約なので、絶対に裏切れない。
 これは通称、『命の契約』と呼ばれるものだ。
 本来は主人公のカインへ奴隷エルフのダイアが信頼の証として使用する契約なのだが、まさか俺自身がその契約をやることになるとは思わなかった。
「オープンステータス!」
「ひゃあ!? いきなり、なに?」
 驚いて、後ずさりをするルビア。
 なるほど。今や常識となる『オープンステータス』すら知らんのか。
 これは、色々と教え込む必要があるみたいだな。
 だが、まずは契約だ。
 契約のやり方は簡単、ステータス画面から選択するだけでいい。
 俺の脳内にメッセージログが現れる。

 ――ルビアと命の契約をします。よろしいですか?

 俺は躊躇なくYESをタッチした。
 後はルビアが了承すれば、完了だ。
「な、なに? 頭に声が響く?」
「あんたが同意すれば契約完了だ。分かるだろ」
 これは『魔力』を通じた契約。この世界での魔力は『本能』みたいなものだ。
 つまり、理屈ではなく、本能で絶対に嘘じゃないというのが理解できるはずだ。
「ふーん。本当に裏切ったら、あんたは死ぬんだ。なるほど」
「分かったか? だから、俺はあんたを騙したりはしない。騙せない」
「なんで、そこまでするのさ。目的はなに?」
「俺と協力してほしい。こっちもどん底だからな」
「つまり、見返りが欲しいってわけ?」
「そうだ」
 ここで嘘をついても仕方ない。無条件で協力するとか、逆に怪しいからな。
「そのために、命まで賭けるわけ?」
「俺はあんた以上に追い詰められているし、絶望的なんだ。言っただろ。大外れなんだよ。まともな方法じゃ生き残れない。命を賭けるしかない」
「……あたしにそこまでの価値があるの?」
「俺は悪役令嬢の可能性を信じている。というか、それ以外にもう生き残る手段が無い。俺の全てを賭けるのは、今なんだ」
「…………ん~」
「あんたにとって悪い話じゃない。俺はネット小説に詳しい。悪役令嬢の物語もそれなりには知っている。だから、上手くアドバイスができるはずだ。契約とかも知ってただろ?」
「まあ、そうだね」
「まずはあんたを成功させる。まだこの世界に慣れていないだろ? 俺のサポートがあった方が絶対にいい」
「…………」
「それで、余裕があったら、次に俺を助けてくれ。もちろん、その気になったらでいいよ」
「本当にそれでいいの? あんたは裏切れないけど、あたしは裏切り放題なんだよ? 好き放題できるんだよ?」
「どうせ追い詰められている。それに、あんたは俺を裏切ったりはしない」
「なんで……そこまで」
 一見すると無謀な契約に見えるかもしれないが、きちんと勝算があっての交渉だ。
 悪役令嬢は『主人公』なんだ。相手が残忍な奴だったら、今回も俺の人生は終わりだが、主人公はそんな奴じゃないはずだ。
 とはいえ、俺にとっては完全な『賭け』であるのは間違いない。
 それでも、どうせこのままでも生き残れない。『ざまぁ』をされて死ぬだけだ。
 それなら無茶な契約でも何でもして、攻めた方がいい。背水の陣というやつだ。
「あたしは…………」
 さあ、どうだ? 乗るか? それとも……
「あーもう、分かったよ!」
「今度こそ、分かってくれたか!?」
「まー悪い話じゃなさそうだからね。おっさんを信じてあげる」
「よし!」
 ふう、なんとか首の皮一枚で希望が繋がったか。
 とはいえ、当初の予定とはかなり変わった。
 俺が悪役令嬢から色々と教わるつもりだったが、俺の方が彼女に悪役令嬢の何たるかを教えなければならないようだ。
 そこまで詳しくない俺に上手くできるだろうか。まあ、やるしかないか。
「んじゃ、あたし、寝るわ。おやすみ~」
「おいいいいいいい!?」
「冗談だよ」
 冗談かい! まったく、年頃の子はよく分からん。
「でも、やっぱりやる気は出ないわ~。ほどほどに頑張るくらいでいい?」
「いくら悪役令嬢でも、油断したら死ぬぞ。頑張った方がいい」
「え~。めんどくさくなってきたな~。そういう暑苦しいの、苦手なんだよね~」
 おいおい、年頃の女子高生、難しいな!
 まったく、なんて『気まぐれな』悪役令嬢だ。女子高生ってのは、みんなこうなのか?
 果たして俺は、この気まぐれでやる気のない悪役令嬢を扱いきれるのだろうか?
 この日、神様の気まぐれによって『ざまぁされる勇者』と『やる気のない悪役令嬢』という類を見ないようなハイブリッドな同盟が誕生したのであった。

 4話 勇者が大好き?

 そうして俺はルビアの城を出た。
 もうすでに日は落ちている。ルビアも疲れただろうし、頑張るのは明日からだな。
 つ、疲れた。今日はもう早く帰って……寝よう。
「あ、グロウ様~♪」
 その時、人懐っこい声が俺の耳に入ってきた。
 振り向くと、そこには原作で見たことのある人物が俺に向かって手を振っていた。
「あ、あいつは……ニーナか!」
 子犬のように俺の前まで走ってくる女の名はニーナ。
 明るい金髪に、可愛らしい動物のアクセサリーをたくさんつけているその姿は、ファンタジー風のギャルだと例えるのが的確か。
 一見すると、人当たりの良さそうな子に見える。
 だが、実はニーナこそが『悪魔』の女であった。
 彼女はグロウの忠実な部下だ。つまり、カインをいじめていた勇者の仲間なのだ。
 実はカインを追放したのは、勇者だけではない。このニーナもカインを追放した中心人物の一人だ。
 つまり、この女はめちゃくちゃ性格が悪い。綺麗に見えるその目つきは、非常に攻撃的な三白眼。原作を知る俺からすれば、いかにもな悪者キャラの女である。
 ある意味、俺が勇者に『ざまぁ』をされてしまうのは、この女のせいでもある。
 許せん! できるなら、この俺が捻りつぶしてやりたい!
 もちろん、ニーナは原作で最後にグロウと共に魔物に食い殺される結末だ。
 これは最高の『ざまぁ』として盛り上がり所として使われる。
 ニーナよ。それが貴様の末路だ。その審判の日を怯えながら待つがいい!
 そんな事を思っていたら……
「グロウ様、大好き~♪」
「ぬわあ!?」
 いきなり抱き着いてきた!?!?
 こいつ、何を考えている。思わず変な声が出てしまったじゃねーか!
「ねえねえ、グロウ様。カインの奴、追放してやったんだよね~? 私のおかげだよね。嬉しい?」
 とんでもない暴言だ。やはり許せん女である。
 しかし、どうしてその目が『純粋』に見えてしまうんだ?
「私、グロウ様のためなら、なんでもするよ!」
「う、眩しい!」
 なんだこれ。キラキラと輝く『愛』の眼差しだ。心までも焼き尽くされてしまいそうだ!
 ああ、そうだ。こいつ、『勇者に対して』だけは本当に可愛い女の子になってしまうんだった。
 という事は、これはつまり、逆に言うならば、ニーナだけはこの世界で唯一、俺を好きになってくれる女の子?
 自慢ではないが、俺は36年間、今まで女の子から好きになってもらったことなど一度も無い。
 そして、この異世界に来ても、誰も俺に優しくしてくれなかった。
 そんな俺に……優しくしてくれるたった一人の女の子が……ここにいる!?
「ええい、ダメだ!」
 俺は思いきり頭を振った。
 何を考えている。ニーナを好きになるわけにはいかない。
 だって、主人公をいじめるような奴なんだぞ!
 こんな『ざまぁ』をされるような女を好きになってどうする!?
「ん? グロウ様? どうしたの? 辛そうだよ? 慰めてあげよっか?」
 心配そうに俺の顔を覗き込んでくるニーナ。
 くそ、可愛いな、おい!
「グロウ様、苦しい事があったら言ってね? 私が助けてあげる。私は何があっても、グロウ様の味方だからね!」
「ぐうう、やめろ。これ以上、俺を苦しめるな!」
「苦しめるって、なんで? グロウ様、本当に大丈夫??」
「近寄るなぁぁ!」
 俺はニーナを振り払って、そのまま走り出した。
 そのまま自室に入って、ベッドへ倒れこむ。
 くそ、次から次へと、とんでもない事が起きる。なんなんだ、この異世界転生は?
 神様の気まぐれってレベルじゃねーぞ!

 4、5話 ルビアの日記①

 あたしは悪役令嬢のルビア。
 生前は女子高生。いわゆるいじめられっ子というやつです。
 まあ、しゃあない。あたしの性格、捻くれてたし。
 そんでフラフラと飲酒運転のトラックに轢かれてそのままあの世行きだ。
 あたしの人生なんてそんなもんだ。どうせ生きててもしょうがないし、別に後悔があるような花のある人生じゃなかったから別に悲しくもなかった。
 でも、あたしの魂のたどり着いた場所は、あの世じゃなくて、なんとビックリ『ゲーム』みたいな世界だった。
 なんか知らないけど、とある『令嬢』に転生したらしい。
 あたしだって女の子だ。格式のあるお姫様になりたいと思ったこともある。
 たった16年の人生だったけど、優雅な自分に生まれ変わりたい。そんな夢だって持っていた。
 それに、今度こそやり直したい。そんな気持ちもあった。
 でも、あたしが転生したのは『悪役令嬢』とかいうものだった。
 なにこれ。何の罰ゲームだよ。
 悪役令嬢って、あれだろ。主人公をいじめるクソみたいな女だろ。
 あ、そう。神様はあたしがそんな奴だって言いたわけだ。
 これも神様の『気まぐれっ』てやつですか?
 はいはい。分かりました。どうせ、あたしなんていつでもそんなですよ。
 それでも、最初は頑張ろうとしたんだよ?
 必死に努力して、『愛される自分』になろうとした。
 でも、ダメだった。みんなあたしを嫌う。
 
 いとも簡単にあたしは完全に折れた。
 ダメだこりゃ。次、行ってみよ~。
 あ、次とか、もう無いか。
 結局、あたしの物語はここで終わり。
 そう思っていたけど、よりにもよってあたしに『酷い事』をした勇者本人が現れて、あたしに協力を申し出てきた。
 なんと、そいつは勇者じゃなくて、勇者に転生した元現代人らしい。
 つまり、あたしと同じわけだ。
 おまけにあたしより十歳以上も年上のおっさんだった。
 かたや悪役令嬢なんかに転生されたあたしなんかと、勇者に転生したおっさん。
 へ~。よかったね~。勇者とか、『勝ち組』じゃん。
 なんて言ったら、めちゃくちゃキレられた。
 なんでもあたしが死んだ後の未来では勇者は『ハズレ』らしいのだ。
 で、そのおっさんの話によると『悪役令嬢』が当たりなんだってさ。
 未来では悪役令嬢に転生した女の子が主人公になる話が流行るらしい。
 そんなばかな。……と、思ったが、おっさんの話を聞くと納得できる点も多かった。
 確かにそっちの方が面白そうだ。あたしもそそられる。
 ということは、おっさんの言うことは嘘じゃない? あたしこそが実は『主人公』だった?
 それなら、ちょっとだけやる気を出してみようかな。
 目の前のおっさん勇者がこんなに必死で説得してくるし。
 本当に暑苦しくて、ウザい。
 でも、ハズレを引いても頑張ろうとしているおっさんを見たら、腐っている自分がちょっとだけ情けないというか……悔しい気持ちになった。
 もし、ここが本当に悪役令嬢が幸せになれる物語だったとしたら。
 もう少し頑張ってみよう。ついでにハズレらしいおっさん勇者も救ってやるか。
 ま、ほどほどに……だけどね。

 5話 最悪勇者、勘違いされる

 翌日、俺は気を取り直してルビアの元へ向かった。ニーナの事は今後に考えよう。
 とにかく、あのやる気のない悪役令嬢をその気にさせる。それが最重要だ。
 でも、あんまり暑苦しくいくと、それはそれでウザがられるしな~。
 どうしたものか。あの年頃の女の子は難しいものである。
 とりあえず、頑張るしかあるまい。
 ルビアの城に到着。門番がいたので、挨拶をする。
「おはよう」
「はい…………ひいっ!? ゆ、勇者様ぁぁぁぁ!?」
 俺の顔を見た瞬間、兵士の人がこの世の終わりみたいな青い顔となった。
 ……なんでそんな顔すんの?
「勇者様。どうかご慈悲を……助けてくださいませ。殺さないで!」
「殺さんわ!」
 人の事をなんだと思っているんだ! 逆に失礼だぞ!
 この兵士、流石にビビり過ぎだろ。
「いや、待て」
 よく考えたら、俺は今、最悪勇者グロウなのだ。
 原作でのグロウは非常に気が短い。ちょっとイラついただけで一般人を切り殺したりする最悪ゴミクソ野郎だ。
 そんな奴を相手にするのだから、むしろ怯えるのは当然だろう。
 城に入ってからも俺に対する態度は皆が同じだった。死ぬほどビビっている。
 昨日は俺も急いでいたので、じっくり観察することができなかったのだが、よく見たらここまで態度が露骨だった。
 ここは貴族の城で、格式高い令嬢とよくすれ違うのだが、全員が異常なほど俺に気を遣っている。
「よ、ようこそいらっしゃいました。グロウ様。困ったことがあったら、何でもお申し付けください」
「え? あ、ああ。ありがとう」
「はあああああああああ!?」
 場にいる全員が信じられないものを見る目となる。
「…………あの勇者様が、お礼を言った? 俺は夢でも見ているのか?」
 なんだこりゃ。お礼を言っただけで大事件かよ!
 あのクソ勇者、お礼すら言ったこともなかったのか。とんでもないクズである。
「あの……勇者様」
「ん?」
 今度はいきなり可愛い女の子に話しかけられる。服装からして令嬢という感じではない。
 ピンクの髪に人当たりの良さそうな整った顔、きっと町では人気のお嬢さんなのだろう。
 恐らくは平民だろうが、どうしてこんな場所にいるんだ?
「………………どうぞ、お好きになさってください」
 そうして、服をはだけさせる。
「待て待て待て! いきなり何をする!?!?」
「え? 勇者様のご命令では? 今日、この場所へ来て、服を脱げと。そしてその……皆の前で私を……」
「あーもういい」
 俺はこめかみを押さえる。頭痛がしてきた。
 きっとクソ勇者は町で見つけた可愛い女の子を城に呼んで、好き放題するつもりだったのだろう。しかも、大衆の面前で……だ。
 言う通りにしなければ、切り殺す。おおかた、そんな命令でもしたのだと思う。
 目の前の女の子が望んでやっているのではなく、嫌々なのは、誰の目を見ても明らかだった。
 ほんとこのクズ勇者、許せんわ!!
「君。すまなかったな。俺の言ったことは、全て忘れてくれ。もう帰っていいぞ」
「は、はあ」
「今度、償いをさせてくれ。君が困っていたら、俺が全力で助ける」
「あ、ありがとう……ございます?」
 女の子は、感謝というより、困惑の表情を作りながら去っていった。
 最後に心からの安堵の表情を浮かべながら……
 きっと怖かったんだろうな。本当にすまなかった。
 彼女だけではない。きっと他の人にも迷惑をかけていたはずだ。
「みんな、いつも気を遣わせて、すまなかった!!」
「はああああああああああああ!?」
 またかよ!? お礼を言っても、謝罪をしても、驚愕される。
 今は勇者として扱ってくれているが、近い未来、俺は全員から軽蔑される運命だ。
 いや、皆の反応を見る限り、既に軽蔑されているのかもしれない。
 となれば、出来るだけ印象を良くしておきたいところだ。
 もう遅い状態だが、少しでも善行を積んで、許されたいところだ。
 あわよくば、味方になってもらいたい。それがベストではある。
 これぞ生き残るための最良の作戦である。
「皆の者、俺に気を遣わなくてもいい。それより、困ったことがあったら言ってくれ。俺が全力で助ける」
「ゆ、勇者様? 何を言って……正気でございますか!?」
「悪いものでも食べたのか!?」
 完全に正気を疑われていた。もはや奇行扱いである。
 この発言だけで、そこまで言われるか!?
「勇者様。ひょっとして、体調がすぐれないのでは? 私が見てあげましょうか?」
「いやいや。大丈夫だから!」
 このままでは逆に心配されて人が寄ってくる。
 どうすりゃいいんだよ!!
 ええい! こうなれば、逆に強気に言ってやる!
「諸君ら。聞けい!!」
「は、はい!」
「これからは、勇者よりも自分の事を優先せよ。これは命令だ!」
 これでいいだろう。流石に分かってもらえたはずだ。
 すると、周りの人間はヒソヒソと耳打ちをし始めた。
(やはり、おかしい。勇者様には何か別のお考えがあるのでは?)
(ここで、頷いてしまってはいけない。これは罠だ)
(気を遣うなと言っておられるが……それはつまり、気を遣え、というわけだな)
(ふふん。勇者殿。その手には乗りませぬぞ)
(勇者様のお戯れですな)
 なんでやねん!!
 このクソ勇者、どれだけ信用されてないんだよ。
 もういいよ、好きにしてくれ。
 とりあえず。現状はこのままで放っておこう。信頼してもらうのはもう少し後の課題だ。
 今はルビアが優先だ。まずは悪役令嬢を覚醒させる。
 俺の話はそれからだ。

 6話 まず大切なのは侍女の存在です

 ほどなくして、周りの人々が解散していく。
 これでようやく、当初の目的を遂行することができる。
 すなわち、ルビアとの今後の予定について……だ。
 あれから一日が過ぎたが、少しはやる気を出してくれたであろうか?
「おはよう」
 とりあえず、ルビアの部屋に入ってみると……
「あら、おはようございます。勇者グロウ様」
「お、おお!?」
 なんか部屋がキラキラしていた。
 そこには優雅な雰囲気を醸し出しているルビアが、ちょっと高価な椅子に座って紅茶を飲んでいたのである!
 なんだろう。彼女からはやる気が感じられた。悪役令嬢の品位がある。
「ついに……やる気になってくれたんだな!」
「ふふふふふ」
 なんという悪役令嬢スマイル。これは良い傾向だ。
 この調子だと、希望が持てるぞ!
「はい、頑張った。今日はここまで。それじゃ、寝るわ~」
「うおおおおおい!?」
 気のせいだった。
 昨日と同じく、ぐで~とした態度に戻ってしまったルビア。
 いや、まあ、一瞬でも頑張っただけ、褒めてやるべきなのか?
「やっぱり、頑張るのって、しんどい」
 なんというか、反応に困る。褒めるべきなのか、𠮟るべきなのか。
「ま、おっさんもそんな怖い顔しないで。ほら、紅茶を入れてあげる」
 じょぼぼぼ~と適当な感じでカップに紅茶を注ぐルビア。
 もはや悪役令嬢の気品など微塵も感じられなかった。
 仕方ないので、とりあえず入れてもらった紅茶を飲んでおくことにする。
「って、美味いな!? お前、紅茶をいれる天才か!?」
「え、そう?」
 その紅茶は異常に美味かった。あんな適当でここまで美味しいとか、やはり才能があるのだろうか。
「で、今日は何の話をするの? 話だけなら、聞いてあげる」
「偉そうだな!」
「悪役令嬢らしい?」
「悪い意味でな!」
 『主人公』の悪役令嬢はそんなじゃないんだぞ。
 もっと気品があって、頭が回って、天才的な立ち回りをするのだ。
 いや、こういう一般的な思考も悪役令嬢らしいかもしれないけど。
 まあ、よく考えたら肩肘を張り過ぎるのもよくない。
 今日はむしろ気楽に話を進めていこうとするか。押してダメなら、引いてみろ、というやつだ。
 そうだな。楽しくお茶会をしながら、話を進めていくか。
「分かった。今日はお茶会だ。紅茶でも飲みながら、気楽にいこう」
「おお、ラッキー♪」
 中々に好感触である。やはりこの方向で正解だな。
「そういえば、あんたの事はなんと呼べばいい?」
「ルビアでいいよ。それで慣れたし」
「分かった」
 彼女は生前の名前は捨てる事にしたらしい。まあ、その方がややこしくなくて助かる。
「そっちはなんて呼べばいい? ああ、おっさんでいいか」
「よくない! ……グロウでいいよ」
 俺たちは今の自分で生きていく。そうするしかないのだ。
「それじゃ、今日は『悪役令嬢の物語』について定番を話す。ま、お茶でも飲みながら、気楽に聞いてくれ」
 今日の予定としても、楽しく進めるのが吉である。
 できるだけ、悪役令嬢に希望を持ってもらえるようにするのだ。
 俺は物語を聞かせるように『悪役令嬢』の物語ついて話した。
 最初は不幸な始まりである場合が多いこと。
 そこから様々な策略を立てて、周りから認められるようになるシナリオ展開。
 最終的には確実に『幸せ』となる結末が待っている。
 可能な限り、夢や希望を持ってもらうように話したつもりだ。
「へえ~。なるほどね~」
 うまく伝わったかは分からないが、悪役令嬢の優位性は説明することができたと思う。
 まあ、よく考えたら、悪役令状の主人公が最初は自分を『ハズレ』と認識するのも、この手の物語のお約束なのだ。そこも含めて説明をした。
「要点をまとめると、あんたが転生した物語は、悪徳令嬢が成功するようにできている。だから、あんた自身も成功が約束されている『主人公』なんだ。こう言えば分かりやすいか?」
「なんとなく、分かったよ」
 ニュアンスは伝わったようだ。後は実感してもらえばいいだけだろう。
 ついでに『ざまぁ系』の物語についても説明してやった。
「おお、未来の小説、面白そうじゃん!」
「そ、そうか?」
「捻くれまくっているのが、逆に良い!」
 意外な事にルビアには好印象だった。まあルビアもちょっと捻くれている部分があったので、この手のタイプに共感できるかもしれない。
「確かに何でも恵まれてる勇者って共感できないよね。あいつら平気な顔して他人の民家のタンスとかツボとか探って盗むし。魔物使いが主人公の方が面白いわ」
「ふふふ、きちんと時代を先取りしているじゃないか。それなら、勇者がハズレってのは分かっただろ?」
「うん。おっさんは、ハズレだったんだね。可哀そうだね」
 同情されてしまった。それはそれで、なんか腹が立つぞ。
 とにかく、現状を理解してもらえたのは良かった。これもお茶会の効果かね。
 ただ、懸念が無いわけでもない。そこも正直に説明する必要がある。
「だが、幸せになれる確約はできないんだ。『物語』が違う。ここは『ゆうざま』という世界の物語だ」
 俺は次に『ゆうざま』の世界について説明をした。世界観としては、こちらがメインとなる。
「そうだったね。ややこしいなぁ」
 本当にこのゆうざまの世界で、悪役令嬢の有利なのか定かではないのだ。
「まあ、そんなうまい話はないか」
「すまんな。俺も悪役令嬢にそこまで詳しくないからな」
 メインは『ざまぁ系』だ。
 悪役令嬢は少しかじった程度である。俺のノウハウが完全に活かせるかは分からない。
 ただ、それでもルビアだって『主人公』なんだ。
 一種の『補正』のようなものがあると俺は睨んでいる。
「それで、具体的にこの先、どうすんの? 聞くところによると、悪役令嬢はかなりの『奇策』みたいなのを使って成功するみたいなんだけど、あたしはやる気ないから、そんなのできないよ?」
「まあ、そうだな。それを今日の議題にしようか」
 俺はニヤリと笑う。
 一応、にわかとはいえ、悪役令嬢の基礎はかじっているんだ。
 少なくともざまぁされる勇者よりは成功が容易なのは間違いない。
 まず『抑えるべき部分』から埋めていくとしよう。
「最初は頼りになる『味方』を見つけるんだ。本格的に動くのは、その後だ」
「味方ぁ? あたしに味方なんていないよ」
「それがいるんだよな~」
「ほんと?」
「ああ、あんたの『侍女』だ」
 悪徳令嬢ものにおいて『侍女』の存在は必要不可欠だ。
 ほとんどの物語において、侍女はほぼ無条件で主人公の味方をしてくれる。
 いかに無敵の悪役令嬢といえど、一人でやれる事には限度がある。どれだけ優秀な味方を付けられるかが最重要と言えるだろう。
 ルビアが主人公として登場する『悪役令嬢に転生して婚約破棄されたので自由に恋愛して幸せになります』の原作でも、優秀な侍女は存在した。
 ここは『ゆうざま』の世界ではあるが、それでも侍女が優秀な可能性は高いだろう。
 ぜひとも侍女とはコンタクトを取りたい。
 しかし、気になるのはその姿がどこにも見当たらない部分だ。
「さあ、ルビア。あんたの侍女を紹介してくれ」
「あっ!」
 その瞬間、ルビアの顔が真っ青になった。
「あ、あたし……とんでもない事をしちゃったかも」
「とんでもない事? なにをしたんだ?」
「あのね。あたし、侍女の人から『嫌われてしまった』かもしれない」
「なんだってぇぇぇぇぇ!?」
 楽しいお茶会のはずが、一変して悲劇の場となってしまう。
 どうやら俺たちの物語は、そう簡単には成功しないようにできているらしい。
 これもまた、神様の気まぐれの一つだとでもいうのか!?

 7話 侍女から嫌われてしまった悪役令嬢?

 悪役令嬢にとっての唯一の味方が侍女の存在である。
 どのような物語でも、侍女はだいたい主人公の心強い味方になってくれる。
 今回は勇者である俺が味方になっているが、自分で言うのもなんだが、心強いとは言えない。
 勇者は物語において無能であるパターンが多いのだ。
 やはり、有能な侍女を悪役令嬢にとって最強の相棒!
 ここに気付いた時点で我々の勝利は確定である!
 と、思っていたのだが……
「侍女から嫌われてしまっているかもしれない……だと!?」
「うん。ど、どうしましょ」
 ちょっと可愛くウインクするルビア。自分のしでかした事に現実逃避をしているようだ。
 この悪役令嬢、まさかの侍女から嫌われてしまう大ポカを起こしていたのだ。
 侍女が主人公を嫌う可能性は低い。
 だが、それは主人公である悪役令嬢が、きちんと侍女との関係を築いている場合に限っての話である。
 いくら好感度のパラメーター初期値が高くても、関係性によっては嫌われる可能性はゼロではない。
 絶対に侍女との関係は良好にしておかなければならない事を説明するつもりだったが、既に遅かったようだ。
「それで、何をやらかしたんだ?」
「えっと。侍女の人に酷い言葉をかけちゃった」
「そ、そうなのか」
 いくら主人公だからといって、酷い言葉をかけてしまうのはアウトだ。
 さすがの侍女でも許してもらえない可能性が高い。
 悪役令嬢だからこそ、人を傷つけるような言動は決してしてはいけないのだ。
 しかし、何を言ったのだろう。人格否定か!?
「しかも、こんな『噂』も聞いたんだ。侍女は憎しみと怒りのあまり、悪役令嬢に『復讐』を企てている……と」
「う、嘘だろ!?」
 つまり、最も頼りになるはずの侍女が、この上なく恐ろしい『敵』となってしまっている可能性まで出てきてしまった。
 有能なだけに、敵として回った時の脅威は計り知れない。
 ルビアも俺と同じ『詰み』状態だったという事なのか? やはり、この世界は悪役令嬢が有利というわけではないのだろうか。
 まさか、侍女が敵となってしまうとは……
「とにかく、対策を立てるぞ。侍女と仲直りするのだ」
 だが、諦めるわけにはいかない。まだ完全に敵対しているとは限らないんだ。
 いきなりつまずいてしまったとはいえ、この程度で気落ちする俺ではない。
 そうだよ。むしろ、こういったトラブルの為に俺がいるんだ。
 侍女から嫌われてしまった悪役令嬢。このゲームの鬼畜レベルが更に跳ね上がってしまったか。
「まずは侍女に会いに行くか。俺もついていこう」
「ええ~。怖いよ。明日じゃ……ダメ?」
「ダメだ。今回は緊急事態だ」
「うう……仕方ない。でも、大丈夫かな? っていうか、部屋に入れてくれないんじゃ……」
「その可能性もあるが、どっちにしても、様子を見に行かなきゃ始まらないさ」
 『憎しみと怒りで復讐を企てている』と聞くが、実際にどれくらいの怒りなのか、確認する必要がある。
 この手のトラブルにおいて『思い込み』は最も危険だ。実際に相手の顔を見て判断するのが重要である。
「ちなみに酷い言葉って、どんなことを言ったんだ?」
「悪役令嬢になって、ショックだから『もう誰とも会いたくないから放っておいて欲しい』って言っちゃったんだ」
「なるほど。では、他にどんな事を言った?」
「え? いや、それだけだよ」
「ん? 『それだけ』なのか?」
「そうだよ。それから彼女は何度も部屋に足を運んでくれたけど、それも拒否し続けちゃったんだよ。最近は部屋にも来てくれなくなったし、もう終わりだよ」
 ルビアの言葉を聞いた瞬間……

「くくく、はははははは! なんだ、そういうことだったのか」

 思わず笑い声が飛び出てしまった。
「ちょ……なに笑ってんだよ!」
「はっきり言おう。たった今、解決した。というか、こんなのはトラブルですらない」
「なんでだよ!」
「とりあえず、侍女さんの部屋に行こうか」
「ええ~」
 いや、正直、俺がいてよかったと思った。
 やはり彼女は悪役令嬢の優位性が分かっていなかったようだな。

 ×××

 ルビアの部屋を出て、侍女の部屋へ向かう俺たち。
 城全体から冷たい空気のような雰囲気が漂っていて、これは確かに一人だと心細い気持ちになってしまう。
 二人で行くことにしてよかったと言ったところか。
「あ、そうだ。侍女の名前を教えてもらってもいいか?」
「……フィオナだよ」
「フィオナさん……ね。了解。いい名前じゃないか」
「ねえ、部屋に入れてくれなかったら、どうしよう。その場合、本気で怒っているということだよね」
「大丈夫、もう心配しなくていいぞ」
「その自信はなんなんだよ!?」
 部屋にも入れてくれない。それは確かに明確な拒絶であり、相手が怒っている証拠となるだろう。
 ただし、今回ばかりはそうとも限らない。
 まあ、あれこれとパターンを当てはめるより、実際に喋ってみた印象の方が重要だ。
 むしろ変な先入観で決めつけるのが最も危険なのだ。
「……む?」
 フィオナの部屋に向かう途中、何人か上級貴族らしき人とすれ違った。
 彼女らのヒソヒソ話が耳に入って来る。
「まあ。嫌われ者のルビアですわ」
「闇の力を持ちながら、平気な顔をして出歩いているなんて……」
「婚約破棄までされたというのに、恥を感じる心すらないのでしょうか?」
 げっ、なんだこいつら。最低な奴らだな。
 クスクスと笑う声が不快な感情となって胸に突き刺さってくる。
 ああ、そうだった。ルビアは、最初は嫌われるタイプの悪役令嬢だった。
 だが、これは本当に最初だけなのだ、すぐに周りの奴らが間違っていると発覚して、『ざまぁ』をする。
 だから、言わせておけばいいのだが……
「おい、気にするなよ」
「いや、無理でしょ。やっぱりあたし、もう……ダメかも」
 ルビアはそれを知らない。このままでは悲観して、さらにやる気ないモードに突入してしまう。
「あのな、こんなことを言われるのも今だけだよ。あいつらは、後で痛い目に遭うからな。これが『ざまぁ』系だよ」
「本当?」
「信じろ。奴らはただの無能だ。お前を悪く言う奴が全員がアホだ。自分を強く持て! お前は、必ず幸せになれる!!」
 よし、決まった! 俺、良い事を言った!
「…………宗教?」
「違うっつーの!」
 宗教扱いされてしまった。疑い深い子である。
 まあ、軽口を叩けるくらいだから、少しは回復したのだろう。これでいい。
 とにかく、彼女には気を強く持ってもらわねばならない。そのために俺は道化にもなろう。
「というわけで、到着だ」
 そんな事を話しているうちにフィオナの部屋に到着した。
「うん……到着しちゃったね」
「そうだ。心の準備はできたか?」
「できてるわけないじゃん」
「結構。では、行こうか!」
「あたしの話、聞いてた!?!?」
 もはやウジウジしている時間がもったいないのだ。
 始まったのなら貫くのみ、だ。俺の好きなアニメキャラのセリフである。
「とりあえず、ノックをしてみようぜ」
「分かったよ。まったくもう……」
 ルビアが観念して扉をノックする。
 数秒ほど待ったが、返事が無い。留守なのだろうか。
「よし、いないね。それじゃあ、帰ろう。あたし、頑張った!」
「嬉しそうにするんじゃない!」
 どれだけやる気が無いんだ。この悪役令嬢。
 ビビり過ぎにもほどがある。
「まあ、待て」
 明らかに中に人の気配があった。返事をしないのは何か理由があるのだろうか?
 俺は扉に耳を当てた。すると、中から『すすり泣く』ような声が聞こえてくる。
 どうやら中で侍女のフィオナが泣いているようだ。
「泣いているから、気付いていないみたいだ」
「ひい! やばいよ。絶対に嫌われてるじゃん!」
 ルビアはこの世の終わりみたいな顔をしている。どうしても自分に自信が持てないらしい。
 一方、俺の方はフィオナの反応を見て確信を得た。
 やはりそうだ。彼女たちはとんでもない勘違いをしていたのだ。
 念のため、取っ手を捻ってみると、鍵はかかっていなかった。
「む、鍵は空いているみたいだぞ」
「え? そうなの?」
「よし。行け」
「スパルタすぎません!?」
「大丈夫だ。絶対に成功する。命を賭ける。契約しただろ?」
「だから、なんでそんな自信満々なのさ。だああ~もう!」
 そのままヤケクソ気味にルビアは部屋に突入した。
「え? ルビア様!?」
 フィオナの驚く声が部屋に響く。
 突然の来訪者、それも相手が自分のご主人であるルビアだというのなら尚更だ。
「ルビア様。ど、どうしてここに?」
「そ、それは……その……」
 勢いに任せて扉に入ったものの、何を言ったらいいのか分からないらしい。
「えっと。あたしは……」
 次第にルビアの声に恐怖の色が現れてくる。
 次の瞬間にも恨み言を叩きつけられる。いや、ひょっとするとこの場で『復讐』をされる可能性すらある。そう思っているようだ。
 だが……

「ごめんなさい! ルビア様!」

「…………へ?」
 フィオナの第一声は謝罪だった。
「フィオナ? なんで謝るの?」
 ルビアにとっては完全な想定外。まさか謝られるとは露程も思っていなかったようだ。
「私は……諦めてしまいました。部屋に閉じこもって、心を閉ざしてしまったルビア様にどうお声を掛けたらいいか分からなくなってしまったのです。侍女失格です!」
「そ、それで……泣いていたの? もしかして、ずっと?」
「はい。あまりにも自分が情けなくて……」
 フィオナはただ、自分が情けなくて部屋に閉じこもっていたようだ。
「ルビア様。私に『死罪』を言い渡しに来たのですね」
「はあ? し、死罪ぃぃ??」
 またしても思いもよらぬ言葉がフィオナの口から飛び出した。
「ちょっと待って。なんであたしがフィオナを死罪にするの?」
「え? 噂で聞きました。諦めてしまった私に、ルビア様がお怒りになっている、と。それで私を死罪にするつもりだ……と」
「そ、そんなわけないじゃん! あたしこそ、フィオナが復讐を考えていると聞いて、死を覚悟していたんだよ」
「わ、私がルビア様に復讐!? あり得ません!」
 つまり、こういう事だ。二人とも『勘違い』していただけだったのだ。
 お互いに嫌われていると思っていたわけだ。なんと単純な話か。
「私、ルビア様を信じていなかったのですね。本当に情けない侍女です」
「情けないのはあたしだよ。はあ~」
 胸を撫でおろすルビア。どうやら彼女も勘違いに気付いたらしい。
「もっと早く会いに来たらよかったね。ごめんね、フィオナ」
 ようやく自覚してきたか? 悪役令嬢よ。
 今のあんたに足りないのは『自信』だ。今回も自信をもって会いに来ていたら、もっと早く解決できたことなんだ。
 確かに悪役令嬢は冷静かつ慎重に動かなければならない部分もある。危機回避能力は大事だからな。
 だが、慎重になり過ぎるが故に起こる悲劇だってあるのだ。
 だからまず、自信を持て。若き悪役令嬢よ。この先、あんたには成功しかないんだ。
 それでも、自信が無いのなら、もうしばらく俺が付き合ってやる。
 仮に失敗したとしても、あんたならやり直すことができるんだ。
 『ざまぁ』が確定している俺とは違うんだ。
 俺がルビアに協力する理由の一つに『もったいない』というのがあったかもしれない。
 絶対に成功する人間が目の前で諦めていたら、やはりもどかしい気持ちがあったのだろう。
 俺のお人よりも中々に根強いものだ。文字通り、死んでも直らないのだろう。
「ねえ、フィオナ。あたし、こんなだけど、本当についてきてくれるの?」
「もちろんです。一度逃げた私に、その資格があると言ってくださるなら」
「そっか。…………うん、ありがと。ちょっとだけ、頑張ってみようかな」
「はい。共に頑張りましょう。サポートはお任せください」
 さて、これでルビアもちょっとはやる気を出してきたか?
 やはり侍女がいると違うな。周りを固めて、少しずつ彼女のやる気を出させていくのだ。
 これで今回の目標は達成だな。まあ、楽勝である。
 絶対の絆で結ばれた侍女との和解。これはこの先、なによりの心強さとなるだろう。
 そしてもう一つ、確信を得た事がある。
 やはりこの世界でも悪役令嬢の優位性が確立されている。この事が分かっただけでも、ルビアにとっても、俺にとっても大きな収穫だ。
「よく頑張ったな。ルビア」
 最初の仕事にして最重要な仕事をこなした彼女を労う。やる気のない彼女にしては頑張った方だ。
 この成功はささやかな一歩であるが、非常に重要な一歩でもある。
 フィオナが味方に付いたことで俺たちの戦力も大きく増強した。
 これにて、めでたしめでたし……
「き、貴様は! 勇者グロウっっ!」
「…………はい?」
 そう思った瞬間、フィオナが親の仇でも見るような目で俺を睨み付けていた。
 な、なんだ? どうして俺が睨まれる!?
「許さぬ!」
 そうしてフィオナは懐から短剣を取り出した。
「うおっ!? あんた、戦えるのか!?」
「侍女として当然です。言っておきますが、勇者である貴方に負けるつもりはありません」
 え? この侍女、勇者より強いの??
 確かに侍女は完璧なイメージがあり、戦ったら強いタイプも存在するが……
 原作に登場しない彼女がどれだけの強さなのか、不明である。
 ただ、見た目としては、凄くしっくり来ている。プロの暗殺者みたいだ。
 まあ、それはともかく……
「なぜ、俺に剣を向ける??」
「何をぬけぬけと……貴方がお嬢様を傷つけた張本人だからです!」
「へ? 傷つけた?」
「ルビア様に結婚破棄を突き付けたではありませんか!」
「はいいいいいい!?!?」
 俺がルビアに結構破棄を突き付けただと??
「あ、そうだった」
 ルビアがいまさら思い出したかのように、頷いた。
「あたし、勇者から結婚破棄を突き付けられたんだった。それで、やる気が無かったんだよ」
「なんだってぇぇぇぇ!?」
 おいおい、勇者グロウよ。お前、悪役令嬢(主人公)に結婚破棄を叩きつけていたのか。完全にクソムーブの大役満じゃないか。
 つまり、この物語において、悪役令嬢の立場で見ても、勇者グロウは『ざまぁ要因』だったのだ。
 前のグロウさん。あんたさ、いくら何でも、やらかし過ぎでは?
「あんな人前で婚約破棄を言い渡すとは。わざわざルビア様の心に傷をつけるような真似をして……許さぬ! もはや勇者など関係ない。私は今度こそルビア様を守る!」
 怖い怖い怖い! フィオナの殺気が半端ないんだけど!?
 やばいオーラを感じる。この侍女、本当に勇者より強いのでは?
「待ってくれ! 今の俺は前のグロウじゃない。婚約破棄をしたのは別人なんだ」
 俺の言葉を聞いたフィオナが、わなわなと身を震わせてた。
「この……もう少しまともな言い訳があるでしょうっっ! 貴方は勇者グロウだ!!」
「そうだけど、そうじゃないんだ!」
「もはや言い訳無用! 覚悟!」
 ひい! 殺される!?
「ストップストップ! フィオナ、その人の言っている事は本当だから!」
 さっきまで唖然としていたルビアが、我を取り戻して、慌ててフィオナを止めてくれた。
 ちなみに短剣は俺の鼻先の一ミリ前で止まっている。
 あぶねええええええ! っていうか、動きが全く見えなかったんだけど!?
 人間の早さじゃないぞ。まさに神速!!
「ルビア様。本当ですか?」
 短剣を俺に突き付けたまま、フィオナは目線だけをルビアに向ける。
 ル、ルビア様。頼むからきちんと答えてくれよ。ちょっとでも間違ったら、その瞬間に一ミリの距離が詰められる。
「ほ、本当だよ。そのおっさん、勇者グロウとは別人なんだ」
「…………おっさん?」
 フィオナが怪訝な表情となった。そりゃそうだ。
 見た目は20歳くらいだからな。グロウ。
「一応だけど、その人のおかげで、あたしはフィオナと向き合うことができたんだ」
「ふむ」
 そうして、ようやくフィオナは俺の首元の短剣を懐に仕舞った。
「言われてみれば、確かに雰囲気が違う」
 はあ~。よかった。なんとか上手く伝わったようだ。
「この勇者。妙に……おっさんくさい?」
「嘘だっっっ!?」
 そういうの、分かるもんなの!?
 おっさん、ちょっとショックだな。うまく誤魔化していたつもりだったのに……
「彼とはその……協力関係だから、仲良くしてほしい」
「ルビア様がそう申されるのなら、それに従います」
 渋々ながらフィオナは納得してくれたらしい。
 助かった。よもや勇者じゃなくて侍女から『ざまぁ』をされるところだった。
「ですが、少しでもルビア様の害になるならば、この短剣が貴方の喉を掻っ切ります」
「ひえ!?」
 この侍女、怖いよ! まさか新しくできた味方がこれほど恐ろしい子だったとは……
 頼もしいと同時に、俺的には不安というか、恐怖が残ったのであった。

 8話 最悪勇者、更に勘違いされる

「それではフィオナ、また明日ね」
「ええ、お気をつけて……ルビア様」
 フィオナとの和解は成功したが、思った以上に精神が削られた。
 いや、主にフィオナのプレッシャーのせいだけど。
 とりあえず、俺もルビアもまだまだ現状に慣れていない部分が多い。
 やる気のない彼女ではないが、あまり欲張らず、じっくり進めていく方がいいだろう。
 そういった判断から、本日はお開きにして、明日から本格的に行動に移す事にした。
 とりあえず、ルビアを部屋に送り届けてから、俺も自室に戻る事にしよう。
「それにしても、勇者が婚約破棄を叩きつけていたとは……」
「そうだよ。だから、おっさんを信用できなかったわけ」
「やる気が無いのも、俺の反応を確かめるためか」
 自分を婚約破棄した相手がいきなり味方になるとか、怪しんで当然だ。
 だから、わざとやる気の無い態度を見せて、俺の反応を観察したわけだな。
 中々やるな。流石に悪役令嬢らしい悪知恵が働く。
 ルビアも少しは覚醒してきたか。
「いや? やる気が無いのは、素だよ?」
 素かよ!!!
 やはりこの悪役令嬢、ただやる気が無かっただけである。

「こんな所で何をしているのですか。ルビア」

 その時、派手で意地が悪そうな貴族の女がルビアに声をかけた。
 さっきもルビアの陰口を叩いていた女である。嫌なところで会っちまった。
「あ、あの……私が何かしましたか?」
 ルビアも流石に今だけは頑張って令嬢らしくしていた。
「悪魔の子であるあなたは『何かをする』資格すらありません。ずっと部屋に閉じこもっておきなさい。下品な声がここまで聞こえてきましたよ」
「も、申し訳ありません」
「謝ればいいものではありません。本当に迷惑な子ね。悪魔など、うち滅ぼされてしまえばいいのに」
 視線を落として委縮してしまうルビア。
 そんなルビアを見て満足気に笑った貴族は、そのまま嬉しそうに去って行った。
「おい、大丈夫か?」
「べ、別に。平気だし。あんなの、慣れてるし~。………ぐす」
 ルビアは気丈に振舞おうとしているが、その体は震えていた。目には涙が滲んでいる。
 くそがぁぁ! せっかくやる気になりそうだったのに、あのクソ貴族女のせいで台無しだよ!
 ルビアがやる気が無くなるのも全部あいつらのせいだ! 俺の無実説が浮上してきた。
 俺がここまでルビアのやる気を出させたのに、どれだけ苦労したと思ってるんだよ!
 しかも、思い出したぞ。あの女、『ゆうざま』の原作で登場してたわ。
 ひたすら勇者に媚びて、機嫌を取っていただけのつまらん女だった。ただのモブだ。
 そんな奴が主人公のルビアを馬鹿にする? 恐れ多いわ!
 いくら悪役令嬢の『定番』の意地悪キャラだからと言って、もはや許しがたい!
 こうなれば、あいつらにガツンと言ってやろう。ここらが我慢の限界だ!!
 本当は最悪勇者としては、過度な言動は控えなければならない。俺の目指す道は平穏を目指す必要があった。
 目立つ行動は厳禁だったはずだが、今だけは怒りが抑えきれなかった。

 ×××

「おや、勇者様ではありませんか」
 ちょうどいいタイミングと言うべきか、さっきルビアに意地悪を言った貴族女が、取り巻きを引き連れて俺に話しかけてきた。
 彼女らは媚びを売るようにニヤニヤと笑って、俺の前でお辞儀をする。
「勇者様。あの悪魔の女には、結婚破棄を言い渡してやったのでしょう?」
「流石は勇者様! スカッとしましたわ!」
「まさに悪魔を討伐する正義の戦士でございますな!」
 ううむ。こいつら、本当に性格の悪い奴らだな。こっちの方が悪役令嬢っぽい。
 もういっそ、お前らが悪役令嬢の何たるかについて教えてやれよ、と思う。
 ルビアも彼女らを見習ってもらいたいものだ。いや、これを見本にしたらダメなんだけどね。
 とりあえず、ルビアを悪く言うこいつらの言葉は聞くに堪えない!
 この俺自らが彼女らに『気合』を入れてやろう。

「この……うつけ者どもがっっ!!」

「ひえ!?」
 ちょっと権力者らしく、それっぽい雰囲気を出してみた。
「うぬら、恥を知れい!!」
「ゆ、勇者様!?」
 いや、うぬらってなんだよ。うつけ者って言い方もアレだし、なんか色々と間違っているような気もするが、もういいや。
 このまま突き進むことにする。
「勇者様。ど、どうして怒るのですか!?」
「知りもしないで、勝手にルビアを悪魔と呼ぶな! きちんと向き合って、それから判断せよ!」
 いや、まあ実際のルビアは、やる気ないダメ人間なんだけど……
「し、しかし、勇者様!」
「なんだ!?」
「貴方様が最初にルビアを悪魔と呼んだのでは?」
 え? そうなの?
「勇者様ご本人が、結婚破棄を言い渡したのではありませんか!」
「ふむ」
 俺はさも何か考えがあるように目を瞑った。
 そして、内心ではこう思った。

 いや、だって、前の勇者の事とか、知らんし。

 そんな事を言われても困る。本来なら色々と言い訳を考えなければならないのだが、今の俺は完全に怒りで頭がパンクしていた。
 ほどなくして、俺はカッと目を見開く。
「確かに……俺がルビアに結婚破棄を言い渡したのだったな」
「ええ、だから……」
「あれは嘘だ」
「嘘!?!?」
 俺の世代で大人気だった映画の名(迷?)セリフが自然と口に出た。
「なぜ、そのような嘘を!?」
「ルビアは『俺の女』だからだ」
「なんですとぉぉぉぉ!?」
 もはや貴族女も勇者に取り繕うことを忘れて驚いている。
「いったいルビアのどこが気に入ったというのですか!?」
「彼女には、隠された力がある!!」
「なんと。ルビアにそのような力が!?」
 それも知らんけどな。悪役令嬢だから、なんか凄くて隠された力があるはずだ。
「では、どうしてルビアを悪く言ったり、結婚破棄を叩きつけたりしたのですか?」
「全ては……『試練』のためだ」
「試練とな!?」
「そうだ。あえてどん底に突き落とすことにより、ルビアの心を強くする試練だったのだ」
「なるほど! そうでしたか!」
「さらに……これは『うぬらへの試練』でもある」
「わ、私たちも……ですか!?」
「うむ。うぬらが表面だけを見て判断する愚か者なのか、俺が判断しておったのだ。うぬら、俺の顔色ばかりを伺って、適当に合わせておったな? 自分で判断する事もせず、盲目的に俺の言葉に従っていたな?」
「うぐっ!」
 これは図星だったようだ。
「これからは、一人の言葉だけに騙されず、もっと思慮深く物事を判断するのだ。勇者だからと脳死で従ってはならぬ。そうすれば、きっとルビアの本当の良さが分かるはずだ」
「確かに、ルビアは本当に才覚に溢れているやもしれませぬ」
 なぜか同調された。こいつら、意外と物分かりがいいのか?
「実は、勇者様の言う通りなのです。本当はルビアの才能には気付いておりました」
 え? マジ? 出まかせを言っただけだけど、ガチでそうだったのか!
「勇者様が言うからと、それに従ってルビアを悪く言っていただけでした。勇者様はそれを見抜いておられたのですね!」
「う、うむ」
「正直に申しまして、勇者様の事を侮っておりました。自分が恥ずかしゅうございます」
「い、いや。分かればよい。我もうぬらが自らの過ちに気付いてくれると信じていた。これからは心を改めて、精進するがよい!」
「おお! ありがとうございます!」
「では、行ってよし!」
 そうして去っていく貴族たち。
 それからしばらく置いて、俺は冷静になってきた。
 そして、心の底から思った。

 やっちまったぁぁぁぁぁぁ!

 さっきの俺はまさしく最悪勇者だ! 権力を笠に着て、言いたい放題を言ってしまった。
 完全にイキったクソ野郎だ。どれだけ偉そうなんだよ、俺。
 いかにルビアのためとはいえ、これはアウトだ。そもそも、俺が目指すべきはモブなのにこれでは逆に目立ってしまう。
 今回は流石に凄まじい自己嫌悪である。なんで俺が他人に説教なんかしてんだよ。
 こんな嫌われムーブをしちまったら、もう俺も先が無いよな。………くすん。

 ×××

 勇者グロウが自己嫌悪に陥って泣いているその時、貴族たちの間で闇の会議が行われていた。
「さっきのグロウ様の発言を聞きましたか?」
「ええ、御しやすい愚鈍な勇者と思っておりましたが、存外に頭が回るようです」
「よもや『試練』だったとは……完全に『裏』を突かれてしまいました」
「考えを改める必要があるようですね」
「そういえば、先日も皆の前で「俺に気を遣わなくてもいい」みたいなことを言って、惑わすような発言をされたとの証言があります」
「あの噂は、本当だったか。やはり我々を『試している』のかもしれませぬ」
「対応を間違えたならば、即座に処刑される事でしょう」
 婦人たちの間では、驚くほど噂が出回るのが早い。これは、どの世界でも同じである。
 その噂が歪んで伝わる部分も含めて……
「今までは先も無い無能な勇者ゆえに、どうせ破滅するのだと適当に接してきましたが、意外と頭が回るかもしれませぬ。下手な媚びを売るのもやめましょう。見抜かれてしまいます」
「ええ。ルビアへの態度も改めるべきですね」
「勇者様の評価を改めましょう。彼は……『有能』な男だ!」
 グロウの言動はとんでもない勘違いを生み出していた。いつの間にやら貴族令嬢たちの間で一気に評価が上がっていたのだ。
 そして、この勘違いが後に凄まじい効力を発揮するわけなのだが、彼がそれを知ることは無い。

 ×××

 そこには一部始終を見ていた一人の人物がいた。
 それはルビアの侍女、フィオナである。
「まさか、全てが『試練』だったとは……」
 フィオナは忍ばせていた短剣を再び懐に戻した。
 彼女は勇者を信じていなかった。なんなら、暗殺しようとしていた。
 しかし貴族女たちのやり取りを見て、考えを改めることにした。
「今の勇者グロウは、本当に別人だった。彼はとんでもなく有能な人物だったみたいですね」
 半分は当たりだが、半分は完全に的外れである。
「ルビア様のために貴族たちも皆殺しにしようと思っていましたが、やめましょう。あの勇者なら上手くやってくれるかもしれません」
 そしてフィオナは恐ろしく過激で物騒な女であった。
 この夜、勇者の発言のおかげで惨劇を回避できたわけなのだが、それも知るものは誰一人いなかった。
 また一人、グロウを有能だと勘違いした女がここに誕生してしまったのだ。
 ちなみにフィオナは、実は大陸一の暗殺部隊出身で、超一流の暗殺技術を持っていたのだが、ルビアの母親に拾われてからは足を洗い、それからルビアの侍女をやる事になったという。
 そんな誰にも知られない裏設定があったのだった。
 
 9話 仁義なきお茶会
 
「ふう」
 色々あって自己嫌悪してしまったわけだが、俺には落ち込んでいる暇などない。
 とにかく、ルビアの評判を上げるのだ。この気まぐれ悪役令嬢をやる気にさせなければ始まらない。
 とりあえず、やれる事はやった。あれだけ言っておけば、貴族女たちもルビアを悪く言うまい。
 これで彼女の取り巻く一番の悪意は解消できたと思いたい。
 お膳立てはしてやった。あとはあんたのやる気次第だぞ、ルビア!
「おはよう!」
 元気よく挨拶。フィオナとも上手くいったのだし、きっとルビアはやる気に満ちているはずだ!
「ん~おはよ~。ふああ~」
 そう思ったが、ルビアはベッドに寝転んで完全にだらけていた。
「なんでだぁぁぁぁ!」
 全く変わってない!!
「ああもう、朝から大声出さないでよ。あ~ねむっ」
「シャキっとしようよ!」
 ルビアは眠そうに目をこすっていた。どうしたのだろう?
 もしかして、寝不足なのか? まさか、不安で寝られなかったとか?
 まだ自分に自信が持てないのか。それでやる気が出ないのか。
「おやまあ、ルビア様」
 そんなルビアの様子を見たフィオナは首をかしげて頬に手を当てていた。
 どうしたものか、と困っているように見える。
「ちょうどいい。フィオナさん、このやる気のない小娘に、何か言ってやってくれないか?」
「ふむ」
 フィオナの言葉なら、さすがのルビアも従うだろう。
 さあ、頼むぞ! 有能侍女よ!
「ルビア様、紅茶とお菓子です。もっとだらけてくださいませ」
「うおおおい!?」
 更に甘やかせてしまいました。
「今まで全くお世話が出来なかったのです。この機会にもっと甘えてほしいです」
 この侍女、どうやらルビアを甘やかせたくて仕方がないらしい。
 久々の再会だから、フィオナも舞い上がってしまっているわけか。
「まあ、まずはリラックスが大事ですよ。肩肘を張ってばかりでは、逆に効率が下がります」
「むう。それはそうだな」
 確かに一理ある。よく考えたら、まだ朝ご飯も食べていなかった。
 仕事時代は朝ご飯なんて食べていなかったからな。ブラック企業のダメな部分が染みついてしまっているのかもしれない。
「ルビア様。休憩したら、頑張りましょうね」
「は~い!」
 元気よく返事をするルビア。今まで最もやる気がある返事かもしれない。
 まあ、俺みたいなおっさんの言葉より、侍女の言う事の方が受け入れやすいか。
 結果的にやる気さえ出してもらえればいい。
「時には甘えさせてあげるのも大事ですよ?」
「分かった。俺も強く言いすぎるのはやめよう」
「ふふ。分かっていただけたのなら、結構です。私の方も昨夜に『本当の貴女』を見せてもらいましたから」
「ん?」
 なんだろう。フィオナの態度が妙に柔らかい気がする??
 まあ、それはさておき……
「あ、そうだ。ルビア、ちょっと報告することがあってだな」
「ん? なに?」
 紅茶を飲んでまったりモードのルビア。彼女には伝えなければならない事があった。
 そしてこれは…………正直、もの凄く言い辛い事だ。
 言うタイミングは、彼女が和んでいる今しかない!

「実は…………君は『俺の女』という事になってしまったんだ」

 そう、昨日に貴族女に説教をする時に、勢い余ってそんな言葉が口に出てしまったのだ。
「ふ~ん」
「そういうわけだから、よろしくな!」
「…………」
 ルビアは紅茶を一口だけ飲んで、カップを置く。
 そして…………
「はあああああああああああああああ!?」
 今まで聞いたことも無いような大声を上げた。
 くそう! やはり、流してはくれなかったか!!
「どういうこと? 説明して」
「じ、実は……」
 経緯を話す。と言っても、起きた出来事を話すだけだ。
 貴族の人たちに説教をしようと思ったら、流れでそうなってしまいました……と。
「…………」
 ルビアの表情は髪で隠れていて見えない。
 怒ってるかな? …………いや、絶対に怒っているよな~。
 これでまたやる気を無くしてしまうだろうか。最近の俺はグダグダである。
「すまん! 以後は気を付ける! だから、今回だけは許して……」
「まあ、いいんじゃね?」
「…………へ?」
 帰ってきた返答は意外なものだった。
「つまり、あれだよね。『勇者の女って事』になっておけば、悪役令嬢のあたしでも、文句は言いにくくなる。そうなると、なにかと有利ってわけだ。立ち回りがやりやすくなる」
「ああ、そうだが……」
「ぶっちゃけ。メリットしかなくね?」
「お、おお」
 年頃の子だし、そういう損得の考え方は出来ないと思っていたが、予想以上に頭が柔らかい子だったみたいだ。
 いいぞ。この効率的な損得勘定。非常に悪役令嬢っぽい。
 ひょっとすると、彼女の中の悪役令嬢としての潜在能力が、目覚め始めているかもしれない。
 いや、あるいは彼女は最初からそうだったか。状況が掴めなさ過ぎて、頑張ったところで失敗が見えてしまう。
 逆に言えば、少しでも正解が見えたら、それに向かって突き進む行動力は、最初からあったのだ。
「ルビア様。聡明な判断でございますわ。せいぜいこの勇者を利用してやりましょう」
「だね。そういうわけで、こっちはあんたを利用する気満々だけど、それでいい?」
「もちろんだ。ようやく悪役令嬢らしくなってきたな」
「それはどうも」
 この調子で成長して、いつかは俺の手助けもしてもらいたいものだ。
 この日、悪役令嬢は、最悪勇者の『女』になってしまったのであった。
 まったく、どうなってしまうんだか。神様の気まぐれもいい加減にしてほしい所だ。
「さて、それではお二人様。さっそく『お仕事』に参りましょう」
「ん? お仕事?」
 フィオナの言葉に俺は何故か『嫌な予感』がした。
「お二人がお付き合いをされる作戦は、現段階ではまだ勇者様の口頭のみ。それでは足りません」
 それから、フィオナがコホンと咳を鳴らす。
「さらに『噂』を広めなくてはなりません。そのためには『見せつける』必要があります」
「…………え?」
 俺の嫌な予感がどんどん肥大していく。
 ルビアも同じようで、いつの間にか汗まみれになっていた。
「というわけで、今から城中にお二人が『お付き合いされている姿』を披露してください」
「えええええええええ!!!」
 俺とルビアの声が重なった。

 ×××

 というわけで、俺たちはカップルとして認知される必要が出てきてしまった。
 腕を組みながら場内をうろつく勇者と悪役令嬢。
 ルビアはまるでセメントのようにカチコチになっている。
「あー。えっとさ。あたし、実は彼氏とかいた事なくて、というか、あんまり恋愛とか興味なくて……さ」
 彼女にしては珍しく不安そうな表情で上目遣いだ。
「こういうのは、おっさんに任せていいよね? 36歳の経験値を見せてよ」
「はっはっは」
 俺は笑う。もはや、笑うしかない!!
「ちなみに、僕は魔法使いなんだ」
「え? 魔法使い?? 勇者じゃないの???」
「はっはっは。30過ぎれば、勇者は魔法使いにジョブチェンジなのだよ」
「どういうこと!?!?」
 古来より、30年もの間、童貞を貫きし勇者は魔法使いへと変化する。
 要約すると、私は36年もの間、彼女など出来たこともありません。
 聡明な諸君らならすでにニーナとのやり取りでお気づきのはずなので、これ以上の説明は必要ないな?
 だが、目の前の娘はまだその重大な事実に気が付いておられぬようだ。
 俺は破滅フラグ初心者であると同時に、恋人振舞いの初心者でもあったのだ。
 なぜ、この世界は毎度毎度、俺の苦手分野を押し付けてくるのだ?
 とはいえ、こうなれば、やるしかない。
 年上として、なんとかして俺がエスコートをしなければならないのだが……

 えすこーとって、どうやんの??

 とりあえず、そのまま二人で腕を組んで、城の廊下を歩く。
 すると、貴族令嬢たちの集団とすれ違った。
「む、勇者様ではありませんか。ごきげんよう」
「う、うむ。苦しゅうない」
 『苦しゅうない』ってなんだよ。早くもテンパってるな、俺。
「ふむ。この前におっしゃられたことは本当のようですな。やはり、婚約破棄はフェイクで、お二人はお付き合いをされている……と」
「ああ、その通りだ」
「…………(じ~)」
 な、なんだ? 貴族女(リーダー)が俺たちを眺めているぞ?
 もしかして、疑っているのか?
 となると、何かアクションを起こして、証拠を見せなければならんか?
 ちょっとイチャイチャしてみよう。
「や、やあ、ルビア。君は今日も美しいね。まるで月の女神だ。満月の輝きですら、君の前では色あせる」
「お、おほほほほ、お上手ですわ。勇者様こそ、その高貴なる立ち振る舞い。聖なる気品に満ちておりますわ」
 この時、二人は同時に思った。

(満月の輝きってなんだよ!)(聖なる気品ってなんだよ!)

 そんな俺たちを、なおも貴族令嬢たちはじっと見つめている。
 や、やばい。流石に怪しまれているか?
 貴族令嬢たちは、またもや集まって耳打ちを始める。
(…………どう思いますか?)
(あからさまに怪しい。演技ですな)
(つまり、これは『隠語』を使ったメッセージ?)
(恐らく、我々に『何か』を伝えようとしているのです。間違いなく、我々への『テスト』でしょう)
(なるほど。あえて違和感のある態度と単語を並べて、我々の想像力を試そう……と。そういうわけですか)
(となれば、『満月』という言葉が怪しいですな)
(つまり、次の満月の日に、何かが起こる……と)
(次の満月はちょうど一週間後です)
(その日までに、他の違和感のある単語の解析を進めましょうぞ!)
(ふむ、『聖なる気品』と『月の女神』という単語が怪しいですな)
 何を話しているのか分からんが、楽しそうだな~、とは思った。

 ×××

 それから何日かルビアと一緒に城内を回ってみた。俺たちが二人で仲良く(?)してる姿が日常化しつつある。
 最近はルビアに対する悪口も全く聞かなくなった。一定の効力はあったのだろうか。
「さて、次はどうするか」
 ルビアに対する嫌がらせが無くなったので、今度は攻勢に出たいところだ。
 とはいえ、果たしていったい何をすればいいのか……
「ねえ、あたしさ、『お茶会』を開きたいんだけど」
 そんな時、ルビアの口から意外な単語が飛び出た。
「ん? お茶会?」
「うん。あたし、美味しい紅茶の入れ方の勉強をしていたんだ」
「そういえば、この前に飲んだやつは、美味しかったな」
「でしょ? だから、お茶会をして、あの人たちと仲良くなるってのは、どう?」
「ふむ」
 どうだろう。あまり悪役令嬢らしい奇策ではない気がする。
 とはいえ、彼女はまだ初心者だ。あまりハードルを上げすぎるのもよくない。
 なにより、せっかくやる気を出してくれたんだ。それを削ぐのは得策とは言えない。
 あのルビアが少しでも自信が持てたのなら、それは喜ぶべきことではないだろうか。
「フィオナはどう思う?」
「私は良い案だと思います」
 フィオナも賛成らしい。それなら、これで決まりだな。
「というか、もしかして、それで寝不足なのか? 夜遅くまで紅茶の入れ方を勉強していたとか?」
「う……」
 ルビアは目を逸らしてしまった。図星のようだ。
 そうか。ずっと朝に眠そうにしていたのは、そのためだったのか。
「ルビア様は頑張っているのを人に見せたくないんですよ」
「フィ、フィオナは黙っていて」
 意外に見えないところで頑張るタイプだったかもしれない。認識を改める必要もありか?
「とりあえず、飲んでみてよ」
 それからルビアは、そそくさと紅茶の用意を始めた。
 その表情は珍しく真面目そのものだった。
 紅茶の作法など、全く知らないが、この前とは違って、かなり丁寧に作っているのは分かる。
 ほどなくして、俺の前に温かい紅茶が入ったカップが置かれた。
「飲め」
 いつの間にか命令形になっていた。表情がマジだ。
 それだけ真剣という事なのだろう。どのような事にせよ、本人に少しでもやる気が出たのなら、それで良しとするか。
 まあ、飲んでみようか。どんな味でも受け入れるつもりだ。
 ルビアがじっと紅茶を飲む俺の顔を見つめてくる。
 隣のフィオナも同じように俺の顔をじっと見つめている。
 そんなに見られると、飲みにくいのだが……
「どう? …………ダメ?」
 別人かと思うほどしおらしい態度のルビア。普段のギャップに驚いた……と、言いたいが、それ以上の驚愕があった。
「な、なんだこの味は!」
「う……やっぱり、微妙だった?」
「美味すぎるわ!!」
 それはこの世のものとは思えない美味しさだった。
 普段、紅茶とか全く飲まない自分にも分かる。これを絶品と呼ばずになんと呼ぶ!
「これは……絶対にいける!!」
「ほ、ほんと?」
「お前、何年くらいこれを作る練習をしたんだ?」
「……一週間だけど」
「それでなんでこんな美味しいのが作れる!?」
「なんかこう、やってみたら、出来てしまったというか……」
「天才かよ! よし、それじゃあ、お茶会の告知を始めよう」
 これで彼女が評価されたら、確実に自信につながる。
「ルビア様。よかったですね。まあ、ルビア様なら、当然です」
「でも、この前、貴族の人たちには飲まれずに、捨てられたんだ。もしかしたら、口に合わないかも。今回は、前より上手くなってるけどさ」
「大丈夫だ。今度は絶対に成功する」
 前に捨てられたのは、味がどうとかじゃなくて、単純に嫌がらせのためだろう。
 ならば、今回はもはや勝ったも当然だ。
 既に貴族令嬢たちには釘を刺している。『勇者の女』という噂も広まっているはずだし、悪く言われる事などあり得ない。
 それを抜きにしても、この味を知って美味しくないとは言わないだろう。
「では、お茶会の告知は私にお任せください」
「ああ。一応、俺もついてく」
 さっそく俺とフィオナは、貴族令嬢たちにお茶会の事を伝えに行った。
 すると、貴族令嬢たちは満足気に頷いていた。
「ふむ。なるほど。そう来ましたか。やはり、『予想通り』でしたね」
「…………予想通り?」
 奇しくも、その日は『満月』の日であった。

 ×××

 お茶会の日がやってきた。
 俺の方は久しぶりに緊張という感情に苛まれていた。
 いざ、その場になると上手くいくか不安だったりする。
 目の前には綺麗に着飾ったルビア。そこに普段のだらけた態度は微塵も感じられなかった。
 貴族令嬢たちがテーブルを取り囲んでいる。人数はそれほど多くはなく、いつもの貴族グループの面々である。
「皆様、ようこそ。本日はお集り下さってありがとうございます」
 ルビアが優雅に頭を下げる。
 ……え? これ、誰?
 完全に別人であった。しかも、それがしっくり来ている。
 優雅ながらも、そこには確かな自信に満ちた態度。本当によく見る悪役令嬢そのものだった。
 別に無理をしている感じではない。むしろ手馴れているように見える。
 俺はルビアに近づいて、耳打ちをする。
(お前、凄いな。堂々としているじゃないか)
(一応、練習したの。はあ~。早く帰ってだらだらしたい)
(もうちょっとだけ頑張れ。この調子だ)
(へいへい)
 やる気が無いなりにも、悪役令嬢ぶるルビア。中々にレアな光景である。
「ごきげんよう、勇者様」
 そんな事を考えていたら、貴族令嬢のリーダーから挨拶をされてしまった。
 そして、困ったことに、俺はお茶会とかいうものの立ち振る舞いが全く分かっていなかったりする。
 そんな世界なんて、全く縁が無かった。上流階級のお茶会など異世界の話だ。
 いや、実際に異世界に来ているんですけどね。はい。
「ふふ、やはり思った通り、満月の夜に動きましたね?」
「ですが、それもきちんと先読みしておりました。我らの『テスト』は『合格』という事でよろしいですかな?」
 俺とルビアは二人で同じことを思った。

 テスト? 合格?? 満月??? なに言ってんだ????

「おや、勇者様はまだ満足しておられませぬか」
「いいでしょう。お茶会はこれからです」
「我ら、解析班の神髄をお見せしましょうぞ!」
「ふふふふふ」
 なんか分からんが、婦女子諸君からは、凄い気合を感じる。
 やっぱり楽しそうだな~と思った。
 いや、待てよ。
 これは……あれか。貴族流のユーモアみたいな感じか?
 なるほど。これがお茶会というものか。確かに上級貴族のユーモアという感じはする。
 そうなると、俺も黙っているわけにはいくまい。不審に思われるのはまずい。
「うむ。どうやらうぬらも『真理』を理解し始めたようだな?」
「ふ、分かっていただけましたか?」
「ですが、我らの本領発揮はまだまだ先ですぞ」
 う~む。これが貴族令嬢の会話というやつなのか。全く分からんが、深い世界である。
 そうして、本格的にお茶会が始まる。ここからが本番だ。
 貴族たちには紅茶が配られる。ルビアの自慢の一品である。
 大丈夫。絶対に美味しい。そこは安心しろ。
 しかし、まさかとは思うが、変なケチとかつけないだろうな?
 どこの世界にもいるのだが、理解力も判断力も無いくせに『俺分かってる感』を出したいがために、見当はずれの評価を出す奴が一定数いるものだ。
 困った事にそういう奴ほど声は大きいし、それっぽい理論を展開し始めたりする。
 そういう勘違いした芸術家気質の人間は貴族のような上級の世界に多く生息しているイメージだが、大丈夫だろうか。
 このお茶会が成功するかどうかで、ルビアの今後が決まる。
 今回は彼女が悪役令嬢として自信を付けられるか、重大なイベントなのだ。
 俺の方もドキドキしながら、貴族令嬢たちの反応を待つ。
 本当に……大丈夫か?
「素晴らしい!!」
 すると、真っ先に貴族女から絶賛の声が飛び出た。
「これは、なんという拘り!」
「この紅茶は神が作ったのか!?」
「才能だ。才能を感じる!!」
 こ、これは……思った以上の大盛況か!?
「ルビア様。今回のお茶会、素晴らしゅうございました」
 そんな事を思っていたら貴族令嬢のリーダーが、笑顔でルビアに話しかけてきた。
「あ……えっと。ありがとうございます」
 やたらと機嫌が良い令嬢リーダーに、ルビアも少しばかり困惑気味である。

「今回の紅茶、『聖なる雫』が『隠し味』として入っておりましたね」

「えっっっ!?」
 その言葉でルビアは世界がひっくり返るような衝撃を受けていた。
「す、凄いですね。どうして分かったのですか? 隠し味でしたのに……」
「ふむ、普通ならば気付かぬでしょう。ですが、この紅茶を極めし我が舌ならば、それも容易でございます」
 ルビアは今回の紅茶に隠し味を仕込んでいたようだ。
 『聖なる雫』……か。
 聖なる雫とは、『回復アイテム』である。原作では傷を治すために主人公が使用していたアイテムだ。
(なあ、ルビア。なんで聖なる雫を紅茶に入れたんだ?)
(あれは少しだけなら、凄く紅茶が美味しくなるんだ。でも、調整が難しいから、普通はやらない。だから、飲む方も気付けないはず。紅茶を分かっている人が集中して飲まない限りは……)
 つまり、この令嬢はそれを見抜いたというのか?
「まあ、聖なる雫は流石に盲点でした。いくら我が舌でも情報が無ければ気付けない。そのための『ヒント』だったのでしょう?」
 ……ヒント??
「あの時、お二人がおっしゃっていた『聖なる』気品。この単語がヒントだったわけですな」
「えっと……はあ?」
 これに関してはルビアもよく分かっていないようで、首をかしげている。
 俺もさっぱり分からん??
「それでは、ルビア様。あなた様が作った紅茶は我々の商会が取り扱うという形でよろしいですか?」
「え? 商品化して下さるのですか?」
「もちろん、そのためのお茶会でしょう 我々ギルト『女神の手』に新作の発表をするための場だったのですね。ふふ、これも前の『月の女神』の発言がヒントとなっていたわけですね」
 え? この女、有名な商店ギルドの長だったのか!
 原作では勇者に媚びているだけのただの嫌らしいモブだったはずなのに!?!?
「は、はあ……」
「ふ、分かっています。我々がそこに気付けない無能と判断したならば、取引は別のギルドに持ち掛ける魂胆だったのでしょう。ですが残念。我々はミステリ研究ギルドにも所属しております。そこが運の尽きでしたね。うふふふ」
 ミステリ研究ギルドってなんだろう。異世界のサークルみたいなものだろうか。
 貴族女のみなさん、そんなサークルを作っていたんだな。
 ちょっと楽しそうだと思ってしまう俺がいた。
「それで、この紅茶は我々が独占販売してもよろしいのですね? 今度こそテストは合格ですね?」
「はい。えっと、その、本当に私の紅茶が世界に?」
「もちろん。このレベルなら、大人気は確実でしょう。私が言うのだから、間違いありません」
「そ、そうですか」
「ふふ、では今後とも、よろしくお願いいたします。あ、私の名はスカーレットでございます。以後お見知りおきを……」
 貴族令嬢のリーダーの名前はスカーレットだったようだ。
 この人、原作で『名前』の設定があったんだ。
 商業ギルト『女神の手』とミステリ研究ギルドのリーダー。なんか、とんでもない人じゃないか?
 実は凄く有能だった??
「では、失礼いたします」
 そのまま優雅にお辞儀をして去っていくスカーレット。そこには以前のモブらしい嫌らしさは微塵も無かった。
 しかし、あのいじわる貴族令嬢、原作では勇者にヘコヘコと媚びていたイメージしかなかったんだが、本当は有能だったとは。
 そんな設定、俺は知らなかったぞ。
 ……いや、待て。これは『裏設定』か!
 そう、ゆうざまの原作者は裏設定が好きなのだ。
 一見するとモブに見えるキャラも、実は凄まじい秘密が隠されていたりする。
 ゆうざまの作者は無駄に凝り性なので、思いも知らないモブにとんでもない設定があったりするのだが、今回のはまさにそれだったか。
 これらはよくゆうざまの『短編集』にまとめられているのだが、これからはそんな短編集の事もよく思い出してく必要がある。
「ずっと、勇者に媚びていたから、分からなかったな」
 なんであんな有能な人が勇者に媚びていたのか。
 いや、きっと勇者が無能で短期だったからだ。下手に正論を述べてしまえば、切り殺されてしまう。
 だから、適当に媚びている方が得策と判断して、スカーレットは自らを『モブ』としていたわけだ。
 これ、ひょっとすると、スカーレットに限らず、同じようなパターンがそこら中にあるのではないか?
 全ての『原因』は無能な勇者。
 気に入らない人間は、全て切り殺すような勇者が支配する世界で生き延びようとすれば、有能な人間ほど自分を隠してひたすら勇者に気に入られて生きていこうとするかもしれない。
 俺が勝手に無能と思っていたキャラは、勇者に合わせていただけかもしれない。
 逆に言えば勇者である俺が変われば、原作で無能だったり残酷だったりするキャラも本来の有能さや優しさを取り戻すのではないだろうか。
 どうやら、今後は考えを改めて活動していく必要があるみたいだ。

 10話 新たなる運命共同体(ヒロイン?)

 長い一日だった。
 結果も出したことだし、今日はもう帰って寝よう。
 ルビアの城を出た俺は、そのまま自室へ帰ろうとしていた。
「グロウ様」
 その帰り道、切実な声が俺を呼び止めた。
「……ニーナ」
 それは勇者の仲間、ニーナであった。
 原作で主人公のカインを罠に嵌めて、その後も散々嫌がらせをやってきた。
 間違いなく、カインが闇落ちした原因の一人だ。ざまぁの元凶とも言える。
 こいつは最低の女だ。人をいじめて嗤う外道だ。
 そう思って、彼女の事はずっと避けていた。声をかけられても、逃げるようにその場を去っていた。
 だが、実際は……
「ねえ、グロウ様。私、なにか悪い事をしたかな? 出来る限り、あなたの言う事をなんでも聞いてきたつもりだったけど、満足できなかったかな?」
 儚げにほほ笑むニーナ。これだけ見ると外道には見えない。
 原作でも見せたことのない態度だ。こんな彼女を見るのは初めてである。
 俺はもう一度、思い出すことにした。
 無能なのは勇者だけ。それ以外の人たちは勇者に合わせておかしくなっていた。
 つまり、目の前にいるニーナも、その一人である可能性が高いのだ。
 それなのに俺は早とちりをして、冷たい態度をとってしまった。
「ニーナ。この前はごめんな。ちょっと言い方がきつかった」
「え? グロウ様!?」
 信じられないものを見る目のニーナ。またこれである。
「グロウ様が謝るなんて、いったいどうしたの??」
 まだ勇者は謝ることもできないクズ人間だと思われているらしい。
「でも、最近は変わったって聞いたよ。なんかあったの?」
「色々あったんだ」
「……ふ~ん」
 もうニーナの知る勇者じゃないんだよ。
「そっか。ま、私の事は気にしないで。うん、グロウ様が怒ってなくて、良かった」
 太陽のような笑顔となるニーナ。やはり本来の彼女の性格は外道ではない。
「なあ、ニーナ。どうしてカインにあそこまで酷いことをしたんだ?」
「ん? だって、グロウ様の命令だからだよ!」
 悪びれもなく満面の笑みで答えるニーナ。
「私、グロウ様の命令なら、どんな事でも聞くよ?」
 やはり……か。元凶は全て勇者グロウだ。
 彼女はただ、勇者の無能な命令に従っていただけだ。
 スカーレットと同じパターンかもしれない。ならば、俺(勇者)さえ変われば、全てが解決するのではないか?
 それで上手くいけば俺の『ざまぁ』の運命も変化が起こるかもしれない。
 まずは目の前のニーナから、確かめてみよう。
「なあ、ニーナ。俺がもうカインに手を出すなって言ったら、聞いてくれるか?」
「もちろん。勇者様の命令なら、私はそれに従うまでだね!」
 元気よく返事をするニーナ。どうやら勇者の言うことに絶対服従らしい。
「なあ、どうしてそこまで俺の命令に従うんだ?」
 考えてみれば不思議な話だ。
 命令されただけで残虐なことをしてしまう。そんな盲目的に勇者に従う理由はなんだ?
 逆らったら切り殺されるから?
 それなら、もっと上辺だけの付き合いの方が楽だと思うが、彼女からはその雰囲気が感じられない。
 これはもっと相応の『理由』があると見た。
「勇者様は覚えていないかもしれないけど、私が親に殺されそうになったのを助けてくれたよ」
「え? そんな事があったのか??」
 あの最悪勇者のグロウが人助けをしただと? そんなのは聞いたことがない。
 間違いない。これも『裏設定』だ!
「勇者様は助けたつもりはなかったかもね。あなたは偶然気に入らない男を切り殺しただけ。でも私の父であるその男は、私に酷い事をしてた」
 つまり、ニーナは父親から虐待を受けていて、それを偶然勇者が救う形になったというわけか。
「勇者様がいなければ、きっと私は死んでいた」
 本当に偶然だが、勇者がニーナの命を救ったのは本当のようだ。
 それなら、勇者に全てを捧げてもおかしくない。
 彼女はただ一人、恐怖ではなく、心から勇者を慕っていた人間だったのだ。
「だから、私は勇者様のために生きていく。勇者様が敵だと言った奴はみんな潰すし、勇者様が死ねと言ったら、死ぬよ。最後は使い捨てにしてくれて、構わない」
「ニーナ……」
 なんて強い意志が籠った瞳だ。彼女のイメージが一気に変わった。
 ニーナは本当にグロウの事を思って行動していた。
 そしてグロウは、その思いを利用したわけだ。
 もとは純粋な子だったかもしれない。それを散々利用された挙句、最後まで『悪』として使い捨てにされた。
 もう一つ思い出した。『ゆうざま』の原作者はこんな感じの『胸糞悪い系』の設定が好きだったのだ。
 本編でやると後味が悪くなって人気が落ちるので、それらは裏設定として短編集で書き綴られていた場合が多い。
 くそ、原作者め。性格悪いぞ!
 だから、気付けなかったのか。もっと裏設定の事も感が無ければならない。
 しかし、なんと不毛な子か。
 本当は性格が良いかもしれないのに、無能な上司(勇者)のせいで悪と認識された。
 自分の重なる部分がある。彼女も可哀そうな被害者なのだ。
 ただ、必死に無能な勇者の命令を聞こうとしていただけで死ぬなんて、むしろ救ってやらなければならない救助対象だ。
 俺一人だけが『ざまぁ』を回避するのではない。彼女も一緒に回避するのだ。
「よし、ニーナ。これからはカインには手を出さなくてもいいぞ。むしろ、手を出してはいけない。それは悪い事だ」
「ん、分かったよ。グロウ様が言うなら、そうする」
「他にも、むやみに人を傷つけるのも禁止な。俺はそういうのが嫌いになったんだ」
「……おっけーだよ」
 いきなりこんなお願いをされてもニーナは困るかもしれないが、それでも突き通す。
「勇者様が変わるなら、私も変わることにするよ」
 なんというか、本当に勇者には絶対服従なんだな。
 今までそうやって生きてきたのだから、別の生き方を知らなかっただけかもしれない。
 こんな子が勇者に騙されて、一緒にざまぁをされていたなんて……
 しかも、俺はそれを見て、スカっとしていた。なんてことだ。
 変えよう。そんな未来は、あってはならない。
「ニーナ。今日から、俺たちは『運命共同体』だ」
「運命共同体?」
 気づいたら、そんな言葉で自然と出ていた。
「二人で協力して、生き残るぞ!」
「生き残るってどういう意味!?」
 完全に混乱しているニーナ。
 まあ、彼女は未来に自分が破滅することを知らないから、無理もない話か。
「このままでは、俺たちは死ぬ運命だ。だから、それに抗うのだ!」
「よく分かんないけど、了解。二人で頑張って、生き残ろうね」
「ああ、そうだな!」
 詳細を知らないニーナが意気揚々と手を挙げている。やる気なのは良い事だ。
 どこかの悪役令嬢に見習わせたいくらいだ。
「でも、私はたくさん悪いことしたから、きっと最後は地獄行きだね♪」
「こらこら、そうならないように頑張るんだよ」
「そうだね。勇者様だけは、地獄には落とさせない」
「お前も一緒だからな? もう一度言うが、二人で生き残るんだぞ」
「ふふ、了解」
 どこか投げやり的な思想を感じるニーナ。やはり放ってはおけない。
 俺たちは『もう遅い』状態だが、それでも諦めたくはない。最近は流れがこっちに向いて来ているんだ。
 俺たちは生きる。生き延びるのだ。
 例えこんな詰み状態だったとしても、運命の渦に簡単には飲まれない。
 限界まで、足掻いてやる。
「そうだ。ニーナよ。俺たちの新しい仲間を紹介しよう」
 俺はルビアの城へと戻った。

 ×××

 そうして、俺はルビアとフィオナにニーナを紹介した。
「というわけで、彼女がニーナだ。まあ、新しい仲間だと思ってくれ」
「よろしくね! うわ~、すごく綺麗な人。グロウ様の婚約者だっけ?」
「あ、ありがと?」
 ルビアはちょっと後ずさっている。ニーナの勢いに飲まれているみたいだ。
 そんなルビアを庇うようにニーナの前に立つフィオナ。
「私はルビア様の侍女のフィオナでございます。よろしくお願いします」
「おっけー。よろしくね! 凄く『強そう』な侍女さん」
 ニーナはフィオナの能力を見切っているらしい。この中では最も社交的な印象である。
「みんなはニーナの事は知っていたのか?」
「勇者の仲間にそんな人がいるのは聞いたことはあるような……くらい。フィオナは知ってた?」
「私もルビア様と同じです」
 ニーナはあまり有名ではないらしい。確かに作中でも、どちらかと言えば隠密のイメージだ。
 完全に存在を認知しているのは、主人公のカインとその目線である読者の俺くらいか。
 印象としては勇者パーティの一人という認識なのだろう。
(ねえ、おっさん。この人も転生者なの?)
(いや、違う。普通にこの世界の住人だな)
(へえ、そうなんだ。なんかやり手っぽいね)
 主人公にとってはこの上ない悪質な『敵』だったが、味方に付けば頼りになる部分もあるかもしれない。
「なんかこの子、おっさんが好きみたいだけど、あたしが婚約者で大丈夫なの? 後ろから刺されたりしない?」
「安心しろ。そんな事はしない」
 俺とルビアの関係についても、既にニーナに説明済みだ。
「大丈夫だよ。グロウ様を困らせるようなことは絶対にしないからね!」
「むむ、恐るべし忠誠心。羨ましいぞ、おっさん」
「いや、あんただって、フィオナがいるでしょうが」
「でも、ちょっとだけ不安定さも感じる。おっさんはこの子をよく見てあげておいた方がいいかもね」
「お、おう」
 意外と鋭い。そのあたりの感はさすが悪役令嬢といった所か。

 11話 間違った転生の真実

「……ん?」
 俺は気付けば知らない場所にいた。
 ただただ、真っ白な空間。妙に靄が掛かったような、そんな場所だ。
 雲の上、というべきだろうか。
 俺は確か自室で寝たはずだったが……これは夢か?
 その割には妙に意識ははっきりしているような……
「いや、待てよ」
 一度だけ来た覚えがある。俺が現世で死んだその直後だ。
 つまりここは死後の世界。俗に言う天界と言う場所なのだろう。
「ごめんなさぁぁい!」
「む?」
 いきなり小さな女の子が飛びついてきた。
 少女ではあるが、その背中には羽が生えていて、『天使』と形容するのがピッタリだった。
「あ! お前は! ネリーか!」
 彼女の名前はネリー。俺を転生させた張本人である。
 見た目は子供のようだが、本人によると、れっきとした『天使』らしい。
 天使……つまり、神の御使いであるというわけだ。
「わ、わ、私。やってしまいました!」
 ネリーはひたすら涙を流している。まるで子供みたいだ。
 ずいぶんと精神年齢の低い神である。
「やってしまったって、なんだ? …………まさか」
「はい。『間違った転生』をしてしまったんですぅ! ふええええん」
 その言葉に俺は真っ先に反応した。
「やっぱり、間違いだったのか!」
 そうだ! 俺はそれが聞きたかった。
「俺が『勇者』に転生してしまったのは、あんたらの気まぐれじゃなかったのか?」
 つまり、これは完全なミス。天使側の手違いだったのだ。
「間違った転生っていうのは、具体的には何が起きたんだ?」
「わ、分かりません。恐らく『同族』の仕業だと思います」
 つまり、ネリーと同じ天使族の誰かが、俺を陥れるために勇者に転生させた?
「なんだよそれ、天使にもそんな悪趣味な奴がいるのか?」
「はい。天界を脱走した犯罪人です」
 おいおい。天使にも犯罪とかあるんだな。
「俺がこんな目に遭ったのは、そいつの気まぐれのせいってわけか」
「そうですね。私も何とかしたいのですが、奴が作った障壁のせいで、手助けができない状態です」
「マジか。どうすればいいんだよ」
「悪の天使を見つけてください。そいつを倒せば、貴方は新しい転生ができます」
「本当か!?」
 俺を陥れた元凶の天使がゆうざまの世界に潜んでいる。
 そいつを倒せば、俺は破滅フラグを回避できる。それどころか、今度こそ正しい転生ができるのだ。
「その悪の天使ってのは、強いのか?」
「はい。めちゃくちゃ強いです。勇者ごときでは、一瞬で蒸発させられます」
「な、なんだよ、それ。そんなの、見つけても勝てないだろ」
「奴に強烈なダメージを与えてくれたら、障壁が弱まるので、私がそちらの世界へ顕現して封印できるのですが……」
「勝てないにせよ、強烈なダメージを与えたらいいってわけか」
 とにかく、生き残るにはその『悪の天使』を発見する必要があるみたいだ。
「分かったよ。やるだけの事はやってみる。ちなみに、俺がチート能力を貰ったりはできないのか?」
「ごめんなさい。原作の設定を変える力は私たちにはありません」
 あくまで原作通り。つまり、勇者のスペックで戦っていかなければならないわけか。
「本当にごめんなさい。楽しい転生生活を送ってもらうはずだったのに……」
「もういいよ。ちなみに悪役令嬢は、あんたたちの仕業か?」
「えっと。それはノーコメントで。天使にも色々とルールがあるのです」
 どうやら複雑な理由があるみたいだ。ここで責めても仕方ないか。
 とにかく、俺はざまぁを回避しつつ、その『悪の天使』ってのを発見すればいい。
 そいつを見つけて、何とかして大ダメージを与える必要があるってわけか。
「鬼畜ゲーじゃねーか!」
「ひえええ! ごめんなさいぃぃ!」
 あまり責めると可哀そうなので、勘弁してやることにする。
「すいません。では、頑張ってください」
 そうして視界が薄らいでいった。

 11,5話 ルビアの日記②

 悪役令嬢として行動を始めたあたし。
 相方は中身がおっさんの勇者である。
 なんだこれ、と最初は思ったけど、最近はちょっと楽しくなってきたりして。
 いいことがあったんだ。フィオナと凄く仲良くなった。初めての友達だ。
 正直、彼女からは嫌われてると思ってた。あたし、性格最悪だし、酷い事を言っちゃったし。
 でも、おっさんの配慮もあって、何とか仲直りができた。
 話してみると本当にいい子だ。本当に完璧な子だよ。こんなあたしの味方になってくれる。
 全ておっさんが言ったとおりだった。あのおっさん、本当にただのホラ吹きじゃないかもね。
 なんて思ってたらある日、あたしはおっさんの女という事になっちゃいました笑
 思い切りホラ吹きじゃねーか!!!
 でも、あたしのためにやってくれたのはよく分かった。きっとこれであたしの生活も楽になる。
 もう誰もあたしを悪く言わなくなるかもしれない。本当にそうなったら、どれだけ幸せだろうか。
 嫌なんだ。もう誰からも悪口を言われたくない。否定されたくない。
 どうしようもない我儘で無気力でひねくれているあたしを嫌わないで。肯定して。
 とかなんとか思っていたら、いつの間にやら恋人ごっこをする事になった。
 さすがにこれは勘弁。おっさんに任せようと思っていたら、おっさんの挙動が明らかにおかしかった。

 うわ、このおっさん。ひょっとして、童貞??

 うん、これについては触れないでおこう。
 でも、なんでだろう。女運が無かった? ……なんて思ってたら、今度は明らかに恋人っぽい女の子を連れてくるし!!
 最近はめまぐるしい毎日が続いている。お茶会はめちゃくちゃ楽しかった。
 あたしに意地悪をしていた人が、あたしを褒めてくれた。あたしの紅茶を認めてくれた。嬉しいな。
 『悪役令嬢は頑張った分だけうまくいく』。おっさんの話がいよいよ現実味を帯びてきた。
 でも、まだまだこれからだ。
 もうちょっとだけ頑張ってみよう。
 おっさんも大変みたいだし、今度はあたしが手伝ってやるか。

 12話 やる気のない悪役令嬢と街へ出てみよう

 再び『ゆうざま』の世界に戻った俺。
 『悪の天使』を探すのが俺に依頼された任務だ。
 とはいえ、現状ではどう動けばいいのか分からない。
 とりあえず、まずは自身の安全が優先なので、ざまぁをされないように立ち回る事が先決である。
 切り札の悪役令嬢もいるんだ。希望が見えないわけじゃない。
 まあ、ここまで成功すればさすがの悪役令嬢もやる気になるだろう。
 俺は意気揚々とルビアの部屋に訪れた。
 この部屋に来るのも日課になっている気がする。
「おはよう……って、うわ!?」
 部屋に入ると、いきなりニーナが飛びついてきた。
「グロウ様、おはよ!」
 目の前に広がる笑顔。原作での極悪非道っぷりが嘘のようだ。
「フィオナも……早いな」
「早起きなど次女として基本でございます」
 フィオナはきちっと姿勢を正してお茶の用意までしている。有能な侍女である。
 家事に戦闘にあらゆる点でハイスペック。その能力は未だ底知れない。
「ん~まだ寝たいよ~」
 ルビアはベッドの上でだらしなくゴロゴロしていた。
 あれ? 俺、タイムリープでもした?
 ルビアがやる気ない状態に戻っているんだけど……
「頑張ったんだし、ご褒美でゴロゴロしたい」
「いや、それなら、そろそろ俺を手伝ってほしいんだが……」
 ルビアの方はかなり安定してきた。
 それならば、ニーナの件も含めて、俺の『ざまぁ回避』もそろそろ進めていきたい。
 例の悪の天使を見つけるのにも、悪役令嬢の力があれば心強い。
 ルビアの成功が先だと約束したので、あまり強くは言えないが……
「分かったよ。お茶会のお礼もあるし、次はおっさんを手伝ってあげる」
「マジか! 助かる!」
 どうやらこの気まぐれ悪役令嬢、俺を手伝ってくれるらしい。このチャンスはものにしたいところだ。

 ×××

「それで、あたしはなにをしたらいいの?」
「そうだな……とりあえず、町に出てみよう」
 今回はルビアを連れて、ゆうざまの世界の町を見てみようと思う。
「俺の評判がどうなっているのか知りたいし、それが分かれば対策をしたい」
 いわゆる勇者による視察である。できるだけ民衆の評判を上げたいところだ。
「つまり、グロウ様とデートってことだね♪ 楽しそうじゃん」
 ニーナが張り切っている。やる気があるようで結構だ。
 というわけで、町に出てみた。
 我らのガストラ城下町は、大陸で一番栄えている。
 勇者が生まれた町なので、それをきっかけに発展したらしい。
 その恵まれた環境のせいで勇者グロウはどうしようもないクズとなってしまったという事だ。
「それでは、私が勇者様の評判を集めてきましょう」
「フィオナ。いいのか?」
「ええ、こういうのは得意なので……一時間ほどしたら戻ってきます。それまで町を回られてはどうでしょうか?」
 そうして、フィオナは町の中へ消えていった。
 俺とルビア、そしてニーナの三人だけとなった。
「そういえば、あたし、町を回るのは初めてかも」
「ずっと引きこもっていたからな~。仕方ない」
「おっさんは、町に詳しいの?」
「いや、俺もあまり地理に関しては詳しくない」
 そもそも原作のゆうざまでは、町の様子はあまり描写されていない。
 なぜなら、主人公のカインは、追放されて別の場所にいるからだ。
 ニーナが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「え? グロウ様、なんで町の事を知らないの?」
「記憶喪失になってしまったんだ」
「あははは。なにそれ」
 笑われてしまった。まあ、我ながら無茶な理由ではある。
「ふ~ん。それなら、私がいい所を紹介してあげよっか?」
「おお、それは助かる。頼んだぞ、ニーナ」
 実質、知らない町に来たみたいなもんだ。ここで楽しく観光といこう。
 そうして、ニーナを中心に町を案内してもらう事になった。
 武器屋に防具屋、ファンタジー世界の観光は心が躍るものである。
 酒場とかも案内してもらった。この世界、酒場とかあったんだ。
「ひいいいい! グロウ様だ! よよよよ、ようこそお越しくださいましたぁぁ」
「い、い、命だけはお助け下さいぃぃ!」
「後生です! どうかご慈悲を!」
 店員の人が俺を見た瞬間、揃って命乞いを始める。
 くそ、まだまだ最悪勇者の汚名は残ったままだな。
「ルビアはどうだ? 楽しんでいるか?」
「…………」
「ん? ルビア?」
 悪役令嬢様は返事をしない。どうしたんだろう?
 彼女はとある場所をじ~と眺めていた。
「あの場所が気になるのか?」
「あれ、パン屋さんだよ」
 どうやらルビアはパン屋さんに興味津々のようだ。
 ちなみにこの世界、原作では普通に俺たちのような日本人と変わらない食生活をしている設定である。まあ、分かりやすくてよろしい。
「あたし、朝はパン派なのだ」
「ほう、パンが好きなのか」
「そして……あたしには夢があるんだ」
「へえ、どんな夢だ?」
 このやる気の無い悪役令嬢にそんなものがあったとは……少し気になる。
「あたしは、パン屋の定員さんになりたかった」
「そうだったのか!」
 ちょっと意外であった。紅茶が好きだし、もしかしたら、パン好きでも不思議は無いか。
「ねえねえ、グロウ様。それなら、あのパン屋さんに寄ってみようよ!」
 そうだな。ちょうど小腹が減った事だし、軽食と行こう。
 フィオナが来るまで、もう少し時間はあるはずだ。
 あと、ルビアがめちゃくちゃ行きたそうにしているし。
「いらっしゃいませ。どうぞ見ていってください!」
 太陽のような笑顔で定員さんが出迎えてくれる。めちゃくちゃかわいい子だ。
 もう雰囲気だけで分かる。きっと町の人たちから人気の子なのだろう。
「…………あ」
 しかし、その太陽は、勇者である俺を見た瞬間、曇ってしまった。
 しまった! クソ勇者である俺なんかが一緒に訪れたら、そりゃ怖いよな。
「あの、勇者様。その、あの時は、どうも」
「ん?」
 美少女が俺に何か伝えようとしている。
 あの時ってなんだ? いつの話だ?
 いや、ちょっと待て。というか、この子、見たことがあるような……
「あ!」
 思い出した!
 彼女は、以前に俺の前で服をはだけさせようとした美少女じゃないか!
 確か俺と入れ替わる前の勇者に、無理やり城へ来させられて、好き放題されるところだったのだ。
 それを俺がやめさせた。ギリギリのところでクソ勇者の餌食になるのを回避させた。
 クソ勇者の完全な被害者だよ!
「あの時は、ありがとうございました。と言うのも、変な話ですが」
 複雑そうな表情でお礼を言う美少女。
 本当にお礼なんて、変な話だよ! この子は完全な被害者なんだぞ。
「いやいや、こっちこそ、本当に悪かった。嫌な思いをさせて、ごめんな」
「いえ、そのような事は……私は気にしておりません」
 うわ~。めちゃくちゃいい子だ!!
 こんな優しい子が、クソ勇者の餌食になっていたかもしれないなんて考えたら、ゾッとする。
「なんというか、大丈夫だったか? 困った事とか、ないか?」
 この子には以前に『全力で助ける』と言った覚えがある。
 特に何もなければいいが、困りごとがあったならば、手助けしたい。
「そ、それが……その」
「ん? 何かあるのか?」
 表情から察するに、どうやらトラブルがあるらしい。
 なら、俺の出番だ。何があったのか、聞いてみよう。
「痛てっ!?」
 そんな事を考えていると、いきなり頭部に痛みが走った。
 何かを投げつけられたようだ。これは……石!?
「お姉ちゃんをいじめるな! 悪の勇者め!」
 見てみると、そこには定員さんを小さくしたような可愛い女の子が俺を睨みつけていた。
 多分、この子の妹だろう。
「きゃああああ! ネネ、なんて事を!」
 店員さんの方は、完全に青ざめてしまっている。
「申し訳ありません! 勇者様!」
 さらに両手と両膝をついて、頭を下げて懇願を始めた。
「お、おい?」
「どうか、どうかお許しを! 私は何でもします! どんなことをされてもいいです! だから、妹の命だけはお助け下さい」
 なにを言っているんだ……と思ったが、よく考えたら俺は『最悪勇者』のグロウだった。
 原作の設定では肩がぶつかっただけで、町人を切り殺していたりしていた。
 目が合っただけで気に入らなければ殴ったりもしていたらしい。
 そんな奴に石をぶつけたんじゃ、命の危機を感じるのも当たりである。
「だ、大丈夫だから! 顔を上げてくれ!」
「そうだよ、セシリアお姉ちゃん。そんな奴に謝る必要なんてないよ!」
 妹の方はあくまで強気である。
 店員さんの名前がセシリアで、妹がネネか。
 ん? 待て。
 この名前は聞いたことがあるぞ。
 そうだ! 思い出した!
 セシリアとネネ。その名前は『ゆうざま』の原作で『名前だけ』登場していた。
 その二人は勇者グロウに殺された『犠牲者』だった。
 というより、原作の本編でも『ある店』の『姉妹』が殺されたという事しか描写されていない。
 セシリアとネネの名前が出てくるのは『短編集』での話だ。
 そしてこれは、原作者のお得意の『胸糞悪い系』の内容だった。
 クソ勇者に気に入られてしまったパン屋の店主であるセシリア。
 彼女は自分が作ったパンで人々を幸せにするという夢を持っていたのだが、勇者に気に入られてしまったせいで、身を捧げなければいけなくなった。
 ある日、そんな姉を助けようとネネが勇者に石を投げた。それが今の出来事だ。
 本来の時系列なら、ここでクソ勇者は、激怒してネネを切り殺してしまうのだ。
 更に、セシリアも凌辱の限りを尽くされて、最後には同じように殺された。
 そんな姉妹の悲劇の物語。これが裏設定であり『ゆうざま』の『胸糞悪い系短編集』の一つだ。
 本当に、原作だけでなく、短編集もよく思い出す必要がある。
 ゆうざまの原作は何度も読んで頭に入っていたが、短編集は流し読みだった。
 記憶に残っていない部分も多い。
 最終的に全ての住民から嫌われるようになり、そこから勇者の『暴走』が始まって、最後には主人公であるカインに打ち取られる。
 その補完の話だったわけだ。
 今、俺がいるタイミングは原作での主人公の視点ではないからな。
 主人公のカインは、今頃は追放された先で、女神から魔物使いとしてのチート能力を与えられているころだろう。
 『本編』はそっちがメインの話だ。勇者グロウである俺の今の時系列は外伝であり、短編集の記載されている出来事なのだ。
 これからはさらによく思い出していかなれば、大事な部分を見逃してしまう。
 くそ、やはり俺の転生は鬼畜難易度だ。
 ちなみに勇者グロウはこの短編集、『二人の姉妹』の物語の後に、一気に町人の不満を買うことになった。
 つまり、今のこの瞬間は勇者グロウのターニングポイントなのだ。危ないところだった。
 まあ、石を投げられたくらいで俺は切り殺したりしないが、それでも慎重さが求められる場面であるのは間違いない。
 考えようによっては、この件で本当に勇者グロウが許されなくなり、『ざまあ』が確定するという俗にいえば『もう遅い状態』になるとも言える。
 逆に言えば、この事件を回避すれば許される可能性もあるのだ。
 まだ『遅くない』かもしれない!
 ここが本当の分岐点だった希望にかけてみよう!
「セシリア、もう一度言う。頭を上げてくれ」
「勇者様?」
 クソ勇者らしくない発言に、セシリアは困惑しながら頭を上げる。
 そして、次に俺はネネの方へと目を向けた。
「ネネ」
「な、なんだよ」
 ネネもバツの悪そうな表情で俺を見ていた。
 まあ、さすがにいきなり石を投げたのはやりすぎと思ったのだろう。

「偉いぞ。お姉ちゃんを守りたかったんだな?」

 俺の言葉に二人は完全に固まってしまった。完全にクソ勇者らしからぬ発言だったらしい。
「え、えっと。うん」
 ネネも戸惑いながらも返事をする。
「だが、いきなり石を投げるのは、よくない」
「う……それは、ごめん」
「俺が言えたことじゃないが、世の中には危ない奴もたくさんいる。そんな奴に迂闊に攻撃したら、とても危険なんだぞ。喧嘩を売るときは、『勝機』をよく考えるんだ。そして、お姉ちゃんを心配させてはいけない」
 しまった。また偉そうなことを言ってしまった。
 ちょっと説教っぽかったか?
「は、はい。ごめんなさい! 勇者様!」
 しかし、なぜかネネは背筋を伸ばして頭を下げていた。
 ……なんか、尊敬されてる??
「やっぱり勇者様は私たちに『試練』を与えてくれていたんだね! あの噂は本当だったんだね!」
 げっ。その話、町中に伝わっているのかよ!
 俺の知らないうちに、話がややこしい方向に進んでしまっている。噂とは恐ろしいものである。
「ネネ。とにかく、良かった。でも、もうこんな事はしないで」
「うん。ごめんね、お姉ちゃん」
 とりあえず、この姉妹の『死』は回避した。
 これが『ざまぁされる』俺の未来に影響があっただろうか?
 現段階ではまだわからない。
「で、話を戻すが、お店で何かトラブルとかあったのか?」
「えっと。お客さんが来なくなってしまって、店を立て直さなければならないのです」
「客が来なくなった? なんでだ?」
「それは……その」
 セシリアが目を逸らしてしまう。なんか複雑な事情でもあるのだろうか。
「勇者様が嫌がらせをして、圧力をかけたからだよ。そうやって『店を潰したくなければいう通りにしろ。ぐへへへ』みたいなことを言って、お姉ちゃんを手に入れようとしたんだよね?」
 ネネは悲しそうに項垂れていた。
 なるほど。
 って、全部が俺(クソ勇者)のせいじゃねぇかぁぁぁぁ!
「でも、あれも勇者様の試練だったんだよね!?」
「う、うむ。あえて厳しい試練を与えていたのだ」
 とっさに誤魔化してしまいました。ごめんなさい!!
 これはもう、このまま素通りするのは後味が悪い。
「セシリアよ」
「は、はい」
「俺の方も少し加減を間違えた。店の立て直しを手伝わせてくれ」
「ゆ、勇者様が手伝ってくれるのですか! 本当にいいのですか!?」
「う、うむ。勇者とかは気にせずに、存分にこき使ってくれ」
「わーい! やった~! 勇者様、ゲットだぜ~」
 ネネは嬉しそうに飛び跳ねている。
「というわけで、ルビア。すまんが、俺はしばらくこのお店の立て直しを手伝いたい」
「いいよ、あたしもこのお店を手伝いたい」
 珍しくルビアがやる気だ。
「本当にいいのか?」
「だって、あたしの夢だし」
 怒られると思ったが、むしろ逆だった。
 意外な部分でやる気を出してくれたものだ。さすがは気まぐれ悪役令嬢。
「おお、お嬢様だ! こんな綺麗なお嬢様が手伝ってくれるなんて、嬉しいな!」
「おほほほ! お任せくださいませ!」
 むしろノリノリになってる!? いきなり悪役令嬢っぽくなるルビアである。
「へえ、面白そうだね。私も手伝うよ」
 ニーナも納得してくれた。彼女も快く手伝ってくれるらしい。
「話は聞かせてもらいました」
「うおっ!?」
 いきなりフィオナが目の前に現れた。忍者かよ!!
「ルビア様が手伝うのならば、私も手伝いましょう」
「そ、そうか。助かる」
「ちなみに勇者様の町の評判ですが、悪評は全て『試練』という事になっているみたいですよ。いつか自分たちを救ってくれると、そう信じられております」
「く…………」
 話がとんでもない方向へねじ曲がってしまっている。今から全てフォローに入らなければならないわけだ。
 その一歩がこのパン屋さんの立て直しか。
 まあ、『ざまぁ』に対する救済措置と考えればやりがいはある。頑張れば破滅フラグも回避できるかもしれない。

 13話 ダンジョンを発見しよう

 さて、店の立て直しを手伝うといっても、具体的に何をするか、だが……。
 実は、俺は一つ、原作での『重大な事実』を思い出していた。
 ここは『悲劇の姉妹の店』。つまり、この場所は主人公のカインが訪れた『反勇者レジスタント』の本部である。
 原作では殺されてしまったセシリアとネネ。
 その敵討ちをするために街の住人が勇者に反旗を翻してレジスタントを作ったのだが、その場所は姉妹が経営していた『パン屋の後』だったのだ。
 セシリアとネネが死ななくなったので、反勇者レジスタントができることはなくなったが、その代わりにもう一つ、重大な『イベント』を俺は思い出した。

 この場所の地下には『ダンジョン』が存在する。

 『ゆうざま』の世界では非常に希少価値の高いダンジョン。
 その内部には高値で売れる『魔石』が大量に眠っている。
 ダンジョンを発見しただけで、億万長者になれると言われているのだ。
 ダンジョンを発見して、魔石をたくさん手に入れたら、は店の立て直しには十分すぎるほどの資金となるだろう。
 そうなると、俺はダンジョンを発見する係だな。
 ダンジョンは特定の『条件』を満たして出現させなければならない。
 ただ、その条件は謎なのだ。
 原作ではレジスタンスの構成員が偶然にその条件を満たして、ダンジョンを発見したらしい。
 そして、それを主人公のカインが探索するという展開だった。
 おおまかな場所だけは分かっている。さっきも言ったようにこの店の『地下』だ。
 つまり、地下に潜って、ダンジョンが出現する条件を発見するのが俺の仕事という事になる。
「えっと。勇者様には何をしてもらいましょうか」
「俺が表に出たら、皆が緊張する。だから、俺は地下倉庫の整理をするよ」
 うむ、我ながら良い言い回しだ。これなら違和感もあるまい。
 俺の発言にネネは衝撃的だったのか、かなり面食らっている。
「ええ!? 勇者様がそんな地味なお仕事でいいの? 雑用だよ?」
「いいよ。俺、雑用が好きだし、得意だから」
 むしろ生前はひたすら雑用をやらされていた。
 おかげで雑用なら今は誰にも負けない自信がある。
「グロウ様。なんか目が輝いているね?」
 雑用を押し付けられて目を輝かす勇者の誕生である。
「なら、私もグロウ様と一緒に倉庫整理をやるよ」
「いいのか? それは助かる」
 ニーナも一緒にダンジョン探しを手伝ってくれるようだ。
 倉庫で延々とダンジョン探しなど、女子として花の無い仕事なのだが、人手は必要なのでありがたい。
「ルビアとフィオナは接客とか、新商品の開発とかを頑張ってくれ」
「え? 人前に出るとか、めんどくさ……」
「お嬢様が手伝ってくれるの!?」
「お任せあれ。美味しいパンを開発してみせますわ~。ほほほ」
 流石のやる気ない悪役令嬢も、幼子の夢は裏切りたくないらしい。
 まあ、頑張れ。夢なんだろ?
「よし、フォーメーションは決まった。明日から『お店立て直し計画』のスタートだ!」
 これで、ちょうど良い感じに二手に分かれる事ができた。
 俺たち『チーム勇者組』は地下に潜って在庫の場所を確保。いわば補助役だ。
 ルビアたち『チーム悪役令嬢組』は表に立って店を立て直す。
 客の呼び込みをしたり、新しい商品を発想して売り上げに繋げる。
 こちらはいわゆるメインであり、花形だ。
 勇者が裏方で悪役令嬢がメイン。中々に面白い構図である。
 でも、それでいい。勇者なんて裏方でいいんだよ。
 変に目立ったら、『ざまぁ』されるかもしれんからな。
「お姉ちゃん。なんだか楽しくなってきたね」
「そうね。みんなで頑張りましょう」
 ネネとセシリアは楽しそうに笑っていた。
 これは原作での失われた未来の一つであった。

 ×××

 翌朝、準備が完了した俺は、気合を入れて皆の前に立った。
「なんで手ぬぐいをしているの!?」
 ネネが思わずツッコミを入れていた。
 手拭いをしている勇者。確かに変わった絵面である。
「倉庫の整理だからな!」
 ちなみに汚れてもいいように作業服っぽいものも用意した。
 手拭い&清掃姿の新カスタマー勇者、行きます!
 今の俺の姿は最高の効率を引き出せるユニフォームなのだ!
「ぷはは、私は今の勇者様の方が好きかも!」
 ニーナは少しだけ嬉しそうに笑っている。
 セシリアも同じような表情であった。
「ふふ、確かにちょっと面白いです。勇者様」
「まあ、あのおっさんらしいわ」
「効率性で言えば悪くない衣装ではあります」
 意外とルビアやフィオナからも絶賛の声が出ていた。
 いいセンスだぞ、お前たち!
「では、ゆくぞ。ニーナ!」
「りょ~かい」
 そうして、俺とニーナは地下倉庫に到着。
「げほっ、げほっ。なるほど。凄い誇りだね」
「ニーナ、無理すんなよ。きつかったら休んでおいていいぞ。俺がやっておく」
「大丈夫だよ。私、力あるから」
「今更だが、こんな地味な場所で良かったのか?」
「秘密基地みたいで楽しいよ。私はこういうのが好きなんだ」
「そ、そうなのか」
 ニーナはイケイケなイメージなので、こういう陰気な雰囲気は嫌うと思ったのだが、意外と通じる部分があったようだ。
「私、本当はこういう時間が過ごしたかった」
 倉庫整理をしながら、ニーナが自嘲気味に語りだした。
「ずっと命令されて、カインを傷つけて、追放して、それでグロウ様に満足してもらえる。それが私は幸せだと思っていたけど、こうやって二人で誰も知らない地下にでも潜るのが、私の本当の幸せだったかもね」
「……ニーナ」
 どうやら今が彼女の幸せだったらしい。
 幸せ……か。
 いつか破滅する俺たちの、最後の晩餐が今だったりするのだろうか。彼女もそれを分かっているのだろうか。
 だが、この程度では終わらせん。
 『ざまぁ』という破滅フラグを回避して、俺たちは本当の幸せを掴み取るのだ!
「さて、二ーナよ。『怪しい場所』があったら言ってくれ」
「へ? 怪しいってなに?」
「ダンジョンの入り口とかあったら、教えてくれって意味だ」
「ええ? さすがにこんな場所にダンジョンは無いと思うけど!?」
「まあ、あれだ。万が一の可能性もある」
 ダンジョンは非常に希少だ。
 こんな場所にダンジョンが出現するなど、普通なら鼻で笑われるレベルのレア現象と言える。
 俺の言っていることなど妄想か気が狂っていると思われて当然なのだろう。
 だからこそ、ここにダンジョンがあるなんて、誰も気づけない。
 『原作』を知っている俺だけが発見できるのだ。
 ただ、具体的な場所と出現方法が分からないので、ここからは手探りとなる。
「掃除でもしながら探すか」
「グロウ様、本当にダンジョンを探す気なんだね」
「掃除のついでだ。あったらいいな~くらいな感じで探すよ」
「ま、夢を持つのは大事かも」
「そうそう。それな」
 傍から見ると、まるで宝くじに期待しているダメ人間みたいな思考である。
 だが、今回は当たりが確定しているチート宝くじなのだよ。
 それから一時間ほど、倉庫の整理をしつつ、掃除を進めながらダンジョンを探していたのだが……
「どこにもダンジョンが見当たらないか」
「そりゃね、普通はこんなところにダンジョンなんて無いものだよ」
 二ーナが呆れるほどダンジョンの発見はあり得ない話らしい。
 確かにそんな簡単に見つかるなら、誰かがとっくに見つけている……か。
 最初に発見したレジスタンスの構成員はどうやって見つけたのだろう。
 もうちょっと粘ってみるか。

 14話 ダンジョン攻略、開始!

 それから一週間、俺は倉庫の整理をしながら汗を拭いていた。
 俺だけ地下で倉庫整理なんて、普通なら損を食らっている気になるだろうが、俺は慣れたているので別に気にならない。
 まあ、表立った花のある仕事はルビアたちに任せておこう。
 あのやる気の無い悪役令嬢がうまくやれるか心配ではあるが、意外と俺以外には人当たりが良い。きっと大丈夫だろう。
 というわけで、俺はひたすら倉庫整理をやりつつ、ダンジョンを探す。
「うへ~。疲れるね~」
 二ーナは肩で息をしていた。正直、女子にはきつい仕事である。
「疲れたら、その辺で休んでいていいぞ」
「ん~。ぜんぜん大丈夫。いい運動だよ」
 そうしてまたせっせと倉庫整理を再開する二ーナ。意外と体力があるらしい。
 というか、結構重い荷物も運んでいるよな。
 もしかして、俺よりも力がある?
 いや、まさかな。勇者より力があるなんて、そんなはずはない。
「ふ~。結構すっきりしてきたね~」
「これでダンジョンが見つかればよかったんだけどな」
「まあまあ、気長にこうよ」
 二ーナも少しずつダンジョン探しに協力してくれるようになった。
 『俺と一緒にダンジョンを探す』というのが、彼女にとっては楽しいらしい。
 こんなので喜んでくれるとか、本当に良い子だよ。
 それからさらに一週間。俺はひたすら無報酬で倉庫整理をやり続けた。
「え!? 本当に報酬はいらないのですか? 流石に悪い気がします」
 セシリアはずっと倉庫整理をしている俺に流石に心配になってきたらしい。
「大丈夫だよ。気にしないでくれ」
 そもそも勇者の俺は財力に余裕がある。報酬など必要ない。
 もちろん、贅沢はできないが、俺はそんなものに興味はない。
 とにかく、普通に生きていければそれでいい。
 ちなみに店の方は、少しずつ客足が戻ってきているとの事だ。
 ルビアとフィオナがかなり人気らしい。
 人気を集めるルビアがどんな感じか見てみたくはあるが、今はダンジョン探しに専念しよう。
「よし、ニーナ。今日も頑張るぞ!」
「おー」
 二人で毎日の倉庫整理。なんだか癖になってしまった。
 本当に倉庫整理が楽しく感じてしまう。
 ニーナが一緒にいてくれてよかったな。
「おっと」
 気合を入れすぎたのか、バランスを崩して壁にもたれかかる俺。
 すると……
「おわっ!?」
 いきなり平衡感覚を失った。
 例えるなら、壁に吸い込まれる感覚だ。
「こ、これは……」
 その壁は見知らぬ洞窟へと繋がっている。
 それも、ただの洞窟ではない。
 ひんやりと冷えた空気が体全体を覆ってくる。この世のものとは思えない雰囲気。
 これは、異次元の壁を……超えた?
「うわっ、なにこれ!?」
 ニーナも驚きを隠せないようだ。
「ダ、ダンジョンだ。ついに発見したぞ!」
 ダンジョンを発見する条件。それは『特定の壁にもたれかかること』だった。
 これは……分からんわ! 今まで見つからなかったわけだよ。
 きっとレジスタンスの構成員もたまたまこの壁にもたれかかって発見したってことか。
 普通にこんなの発見できるはずがない。これも一種の『神の気まぐれ』なのだろう。
「ほ、本当にダンジョンが見つかるなんて……」
 ニーナは自らの頬をつねっていた。よほど意外だったのだろう。
 まあ、原作を知らないなら、驚くのは当然だ。
「へえ、こんな感じなんだ」
 ニーナが色々と試して遊んでいる。
 壁に手を当てると、そのままダンジョンへ転送されるらしい。
 ダンジョンから帰るには、ダンジョンにある異次元の渦のようなものに触れればいい。
 そうすると、元の地下倉庫に戻れるシステムだ。
 どうやら一度でも条件を満たすと、触れただけでダンジョンに行けるようになるようだ。
 入るときは、地下の壁に怪しく光り輝いている箇所があるのでわかりやすい。
「とりあえず、ルビアたちに連絡だ。でも、他の連中には内緒だぞ」
 まあ、勇者だから、別に独占しても問題は無いけど、知られないに越したことは無い。
 知らせを受けたセシリアとネネ。そしてルビアとフィオナが駆け付けた。
「ダンジョンが見つかったのですね!!」
「お~。すげ~」
「信じられません。本当にこのようなことが起きるとは……」
 セシリアとネネ。フィオナはかなり興奮していた。
「うわっ、なにこれ。こわっ! マジでゲームみたいじゃん」
 ルビアの方はドン引きしていた。
 いや、未来のネット小説だと、これが当たり前になるんですよ?
「ダンジョンか~。あたしは怖いから、こんな所は行きたくないな」
 ルビア的にどちらかと言えば、ダンジョンには恐怖の感情が強いらしい。
「さて、ニーナにも言ったが、このダンジョンの事は極秘だぞ」
「そうですね。世の中には『ダンジョンキラー』という存在もいます」
「……ダンジョンキラー?」
 フィオナの言葉にルビアが首をかしげる。
「ああ、他人が発見したダンジョンを自分の物のようにして、資源を奪うヤバい奴だな。手段を択ばない危険な人物って噂だ」
 原作では、ダンジョンキラーという名前だけが登場していた。
 でも、実際に現れていないので、設定上だけの存在だと思う。『そういう奴がどこかにいる』という話なだけだろう。
 とはいえ、この世界は俺の知らない事も多い。警戒するに越したことは無い。
「よし、俺はこのままダンジョン探索隊を務めようと思う」
 ここからは、勇者グロウのダンジョン攻略が始まる。
「よし、私も一緒に行くよ~」
 ニーナも協力者として同行してくれるらしい。
「わ、私たちは今まで通りに店番をしましょうか」
「う、うん。勇者様に任せよう」
「さっきも言ったけど、あたしは怖いからパスね」
「ルビア様に従います」
 俺とニーナ以外はダンジョン攻略班には加わらないらしい。引き続き、二人での探索だ。
 だが、それでいい。ダンジョンは危険だ。無理に来ない方が無難だろう。
 フォーメーションに変化は無し。ダンジョン攻略組は俺とニーナ以外は店に残って商品開発だ。
 まあ、別にダンジョンはそこまで人手は必要ない。むしろ少数精鋭の方がやりやすい。
 進み方を間違えると、命の危険すらある。慎重に進めるためには、管理できる人数は少ない方がいいのだ。
「それじゃあ、行ってくる」
 というわけで、早速ダンジョン内を探索だ。
「いいか、ニーナ。少しずつ進むぞ」
「うん」
「それで、魔石を発見したら、持ち帰ろう」
 狙いはダンジョン内で発生する魔石。
 これは希少価値が高く、高値で売れる。一つ拾うだけで店の立て直しに確実に貢献できるはずだ。
「なんかグロウ様、生き生きしているね?」
「ふふふ、なにせダンジョンだからな」
 ダンジョン攻略はゲーム好きである俺の夢の一つだ。実際にこんな日が来るとは思わなかった。
 思う存分、楽しませてもらおう。
「ねえねえ、どんなお宝があるのかな? 伝説のアイテムとか見つかったりして?」
「あまり過度な期待はするなよ。魔石くらいで我慢しておけ」
「例えば『神の精霊石』とか見つかったら、どうする?」
 ああ、神の精霊石か。
 ゆうざまの原作で『設定のみ』で登場した伝説のアイテムだ。
 なんでもこのアイテムを手にしたものは、無限の魔力を得られるとか。
 ちなみにエルフがそのアイテムを持つ人間に魔力を送れば、更に効力が増幅するなんて設定もある。
 間違いなく、ヒロインであるダイアが、主人公のカインを補助して活躍させるための設定だろう。
 だが、ゆうざまの原作では、その設定が生かされる前にエタってしまった。
 結局は設定上だけの、まさにその名の通り『伝説』となってしまったアイテムだ。
「でも、そんな夢みたいなアイテムは無いな」
「あれ? 急に現実的になったね。ダンジョンが見つかって、夢が覚めちゃった?」
「まあな」
 というか、『知っている』だけなんだけどね。このダンジョンに魔石以外のレアアイテムは存在しない。
「む?」
 そんなことを考えていたら、ダンジョンの奥からゴブリンが出現した。
 俺たちを威嚇しているゴブリン。
「あ、ゴブリンだ。どうする? やっつける?」
「いや、放っておこう」
 実はこのゴブリン、意外と頭がいいのだ。
 『威嚇』しているゴブリンは特に注意だ。『罠』の可能性がある。
 そうやってダンジョンに迷い込んだものを罠にはめて、そうして人間を『狩る』のだ。
「ギギィ~」
 罠が不発となったことに苛立ったのか、ゴブリンがこちらに向けて突撃してきた。
 短剣を俺に突き刺そうとするが……
「遅い!」
 その前に俺はゴブリンを一刀両断した。
「一応、腐っても『勇者』だからな」
 流石にゴブリンごときにはやられない。
 勇者は設定的に強くはないが、弱くも無い。
 原作での強さはBランクといった所だ。
 俺的に原作での強さランクは、カインがSランクでダイアがAランク。
 俺はその一つ下ぐらいだ。ざまぁ勇者の強さなんてそんなものだろう。
 とはいえ、負けるのは『罠』に嵌められた時だけだ。
 ざまぁされる勇者は、実は最後、ゴブリンの罠にはまって、大量のゴブリンに囲まれて死ぬ。
 主人公であるカインに負ける勇者なのだが、その後にダンジョンに突き落とされる。
 その後、ゴブリンを舐めてかかって、結果的に死んでしまうマヌケというわけだ。
 だが、ゴブリンよ。今の俺をそう簡単に『ざまぁ』できる思うんじゃないぞ。
 『ざまぁ』をしたければ、きちんとした手順を踏むんだな。
 その後、さらに三匹のゴブリンが襲い掛かってきたが、これも難なく撃破。
 どうやら最初の一匹が誘い込んで、そうして集団で罠に嵌めるつもりだったようだ。
「お、魔石だ」
 ゴブリンが魔石をドロップした。
 ダンジョンで採掘する場合もあるが、モンスターから入手できる場合もある。
 野良のモンスターから魔石は手に入らないが、ダンジョンに生息するモンスターを倒した場合のみ、低確率で魔石をドロップするのだ。
 俺の初魔石はゴブリンだったというわけだ。ラッキーである。
「おお~。綺麗だな」
 ニーナは魔石を見て感動していた。初めて見たらしい。
 つまり、勇者チームですら見ないくらいレアだということだ。
「もう少しだけ奥に入り込んで探してみるか」
 あまり奥に進むのは危険だ。
 なぜなら、そこにはこのダンジョンの『ヌシ』がいるからだ。
 そいつの名は『アビスワーム』。簡単に言えば、ボスキャラクターである。
 その強さは勇者をも遥かに上回る。遭遇したら、確実に死ぬだろう。
 なんと、あの主人公のカインですら苦戦するほどの凶悪なモンスターなのだ。
 まあ、『ボス』なので縄張りに入らなければ襲ってはこない。
 ここは、まだ危険地帯ではないだろう。
 進み過ぎないように気を付けながら、じっくりと探索すれば、問題は無い。
 新たに出現したゴブリンを撃破しつつ、ダンジョンの探索を進めていく。
「またハズレか」
 あれからゴブリンは魔石を落とさない。そう何度も幸運は続かないか。
「これで、あらかたゴブリンは片づけたな」
 ダンジョン内の魔物は、倒しても翌日には復活する。
 ただ、少なくとも、その日のうちは復活しない。
 なので、今日のうちにできるだけ探索を進めておきたい。
 そうして探索を続けていると、ダンジョンの壁に光る物質を発見。
「やっと見つけた! 魔石だ!」
 これで二つ目の魔石、ゲットである!
 今回はダンジョン内で出現する天然の魔石だった。
「あれ~? そこ、さっき見たけど、私が見たときは無かったな~」
 魔石が発生するのはランダムで、本人にしか見えないという性質がある。
 それを考慮すれば、人数が多い方が有利か。
 慣れてきたら全員でダンジョン探索をしてもいいかもな。
「お、こっちは二つ見つけたよ~」
 ニーナは、今度は魔石を二つ発見したらしい。
 というか、二つも手に入ることがあるのか。
 これで魔石は四つ。これでかなりの金になるぞ!
 とはいえ、こうなれば欲が沸いてしまう。もう少しだけ集めたい気もしてきた。
「とりあえず、魔石はアイテムボックスに入れておこう」
 いわゆる『アイテムボックス』的なものは、全員が生まれつきで持っている。
 ただ、性能は個人差がある。この部分も、この世界での『気まぐれゲー』であった。
 勇者のアイテムボックスの収納数は、10個までが限界か。
 所詮はざまぁされる勇者。チート的な収納能力などは持つまいよ。
「私のアイテムボックスは20個までだよ~」
 げっ。ニーナの収納数、勇者より多いじゃないか!
「普通の人はだいたい15個くらい収納できるみたいだよ」
 おいおい。それじゃ、俺って平均以下じゃん。おのれ、ざまぁ勇者。
 確かにアイテム収納とか、苦手そうだもんな~。
 むしろ、絶対に馬鹿にしてそうだわ。一番大事だっつーの。
 そういえば、原作だと主人公のカインは、50個まで収納できた気がする。
「よし、また魔石を発見したよ!」
 え? また発見したの? ずいぶんと連続で発見するな。
 その後も二ーナは五分おきくらいに魔石を発見していく。
「もしかして俺って、かなり運が悪い?」
 これまた原作を思い出すのだが、主人公たちは一時間で魔石を三十個くらい入手していた気がする。
 やはりざまぁ勇者は『運』の数値が低いようだ。
 『運だより』による勝利は、期待できない。
「もうちょっと奥まで行こうか?」
「いや、これ以上は進まないようにしよう」
「え? なんで?」
「この先にめちゃくちゃ強いモンスターが出るんだよ」
「グロウ様、なんでわかるの?」
「……勇者パワーだ」
「勇者パワー!?」
 いや、勇者パワーってなんだよ! もう少し言い方があっただろ、俺!
 流してくれるニーナさん。本当にありがとうございます。
「あ、アイテムボックスが満タンになった」
「いいタイミングだ。じゃあ、今日は帰ろうか」
 最終的に入手した魔石は二ーナが20。俺が5で、全体で25個となる。
 あれから俺だけほとんど魔石が手に入りませんでした。くすん。

 ×××

 とりあえず、セシリアたちの元へ向かって結果を報告する。
 これだけでもかなりの金になるはずだ。店の立て直しには十分に貢献できたんじゃないか?
 これで俺も許されるだろうか。もしかしたら、めちゃくちゃ感謝されて、崇拝されたりして。
 ざまぁ勇者を改め、モテモテ勇者に変身か!?
 そう思っていたのだが……
「ルビア、凄いですよ!!」
 セシリアが絶賛していたのはルビアだった。
 なんでも彼女が開発した新作のパンが爆売れ状態らしい。
「こ、これは……『マヨネーズパンか』!!」
 そういえば、ルビアには『とりあえずマヨネーズを作れ』と言って、レシピを渡したんだった。
「いや、本当に爆売れしたし。未来のネット小説で、異世界転生では、マヨネーズが猛威を振るうって本当だったんだ」
「まあ、俺からしたら、それも昔の話だけどな」
 昔はやたらマヨネーズで無双していた。まあ、便利だし、美味しいもんな。
「てか、この世界の人、誰もマヨネーズの作り方を知らないんだ」
「普通は知らんだろ」
「でも、あたしたちは作れるんだ?」
「そういうもんなの」
 というわけで、俺の魔石の稼ぎは余裕でルビアのマヨネーズに抜かされたので、あまり感謝されませんでした。
 マヨネーズに負けた勇者の誕生である。ざまぁ。

 15話 ボス戦

「よし、今日もダンジョン探索を続けるぞ!」
 これ以上マヨネーズなんかに負けてたまるか! 俺はきちんとした力仕事で労働をして、お金を稼ぐんだ!
 ルビアたちは店番だ。
 この店番もかなり大事で、特に今は新作であるマヨネーズパンのおかげでとんでもない利益をたたき出している。
 また、看板娘としてルビアとフィオナがとてつもない人気を誇っているのだ。
 彼女たち(マヨネーズ)に収入で負けぬように頑張りたいところだったが……
「く、今日はここまでか」
 それなりの魔石は入手したが、これより先に進むのは危険だ。
 アビスワームの活動範囲に入ってしまう。
「でも、まだアイテムボックスが満タンじゃないよ?」
「それでも帰る。危ないからな」
 アビスワームさえいなければ、もっと効率的に魔石集めをできるのだが、仕方ない。

「だ、ダメです。戻ってください!」

 その時、セシリアの叫ぶような声が聞こえてきた。
「お、おねえちゃあああん!」
 続いてネネの泣き声。
「な、なんだ?」
 声の雰囲気から、尋常じゃない事が分かる。
「へへへ、ここがダンジョンか。これで俺も大金持ちだ!」
 更に一人の男がネネを担いで現れた。
「な、なんだお前は!?」
「俺様か? 俺様は、ダンジョンキラーよ!」
 え? ダンジョンキラーだと!?
 馬鹿な、設定だけの人物じゃなかったのか?
 本編にそんな奴、登場していないぞ。なんでそんな奴がここにいる??
「ゆ、勇者様」
 ダンジョンキラーを追ってセシリアが走ってきた。
 ダンジョンに生息するゴブリンは全て排除していたので、セシリアも安全にここまで来れたらしい。
 もっとも、それはダンジョンキラーも同じことだが……
「セシリア、何があったんだ? こいつはなんだ?」
「この人は、いきなり店に入ってきた泥棒で、ネネを人質にされました」
 泣きそうな表情のセシリア。よほど怖かったのだろう。
「ルビアとフィオナは?」
「偶然、買い出しに出かけていて、不在でした」
 ルビアはともかく、フィオナならこの程度の奴は撃退できたはずだが……運が悪かったか!
「それで金目の物を探して、地下倉庫に入られて、それでこのダンジョンを発見されてしまいました」
 目の前の男は下卑た表情で笑う。
「まさか、こんなパン屋の地下にダンジョンがあったとはな。さすが俺様だぜ。まさしくダンジョンに愛された男よ!」
「こいつ……」
 偶然ダンジョンを発見されたってのか!? 本当に幸運なのは間違いない。
 ダンジョンに愛されているというのも、あながち嘘ではないのかもしれない。
 だが、幸運もあるが、同時に『不運』でもあるようだな。
「おい、その子を離せ」
「ひ? ゆ、勇者!?」
 『最悪勇者』と鉢合わせてしまったのは運が悪い。
 勇者が所有するダンジョンを奪う。そんなことをしたら、確実に殺される。
 それがこの世界の常識だ。
 勇者は機嫌を損ねただけで人を殺す。俺もそう思われているのだろう。
 今はそれを利用させてもらう。
「俺を殺す気か? くそ! 近づくんじゃねぇ! このガキがどうなってもいいのか!?」
 ダンジョンキラーめ。勇者を恐れるあまり、ネネを人質にしやがったか。
「い、いいか。少しでも近づくと、このガキを殺すぞ」
 もう自棄になっている。あまり脅すのも逆効果かもしれない。
「分かった。いいだろう。取引だ。その子を離して、俺の部下になれ。そうすれば、命は助けてやる」
「だ、騙されねぇぞ! そうやって、言う通りにした後に、俺を殺す気だろ!?」
 まいったな。まるで信用されていない。
 まあ、勇者の噂を知っていれば、信じられないのは無理もない話だけど。
「俺は……生き延びる!」
 そう言って、ネネを連れてダンジョンの横穴へと逃げるダンジョンキラー。
 俺とセシリアが挟み撃ちをする形だったので、逃げ込む場所がそこしかなかったのだろう。
「あ、おい! 馬鹿! そっちへ行くな!」
 その先はまずい!
 そこには『アビスワーム』がいるんだぞ! 死にたいのか!?
「くそ!」
 慌ててダンジョンキラーを追う。
 だが、もうすでにアビスワームの縄張り内に入っている。いつ出くわしても不思議じゃないぞ!
「ひいいいいいい!」
 その時、ダンジョンキラーの恐怖に満ちた叫び声が聞こえてきた。
 嫌な予感がする。
 先に進むと、そこには完全に腰を抜かしているダンジョンキラーとネネがいた。
「このモンスターは、なんだよぉぉ!?」
 そして、彼らの前にはアビスワームがいた。
「で、でけええ!?」
 改めてみると、本当に巨大モンスターである。
 体長三十メートルを超えている巨大なミミズ。このダンジョンにしか生息しないボスモンスターだ。
 そして、その実力は勇者をも遥かに凌ぐ。主人公であるカインでさえ苦戦したボスだ。
「グオオオ!」
 そして、ダンジョンキラーとネネを餌と認識したのか、アビスワームは二人に襲い掛かる。
「うわあああん! お姉ちゃああん!」
「ちい!」
 間一髪、二人の前に立ってアビスワームの攻撃を剣で受け止めた。
「今だ! 逃げろ!」
 その隙に二人は駆け出した。
 二人を逃がす事には成功したが、勇者の力ではアビスワームに及ばない。
「ぐはあ!」
 アビスワームに吹き飛ばされ、俺は何度もバウンドして地面に転がり込んだ。
「ふう、やはり、パワーは桁違いだな」
 そうして起き上がる。どうやら大きなダメージは受けていないようだ。
 今回は魔力を全て『防御』に回したからな。
「あれ? でも、なんでノーダメージなんだ??」
 もしかしてこの勇者。何気に魔力を『防御』に回す能力が高いのではないだろうか。
 原作での無能勇者は、ひたすら攻撃ばかりをしていた。防御をまるで考えない攻撃一辺倒だ。
 魔力を攻撃に全て注ぎ込んでいたので、反撃を受けたら、あっさりやられてしまう。
 しかも、その攻撃もノーコンだったりする。
 勇者という職業だけに身を任せて戦闘の技術はまるで考えてすらいなかった。まさしく無能。
 こんな俺でも分かる。もうちょっとバランスよく魔力を使えば少しはいい戦いができるのに。
 腐っても勇者なんだ。戦闘能力が低いわけじゃない。
 その力の使い方があまりに下手すぎただけだ。
 逆に言うなら、力のバランスさえうまく使えば、格上が相手でも勝てるのではないだろうか?
「うわ! なにこいつ!?」
 後ろからニーナが追い付いてきた。良いタイミングだ。
「ニーナ、その二人を守ってくれ!」
「う、うん。分かった」
 ネネたちの安全さえ確保できれば、勝機はある。あとは隙を見て逃走すればいい。
 別に勝つ必要なんてないんだ。逃げてしまえ。これが俺流の勇者戦略よ!
「グオオオオ」
 アビスワームが声高々に叫ぶ。
 すると、周りから小さなワームたちが出現した。
「なにこれ!?」
「来たな!」
 アビスワームの厄介な部分は『雑魚』を呼ぶことだ。
 小さなワーム。その名もプチワームである。
 アビスワーム本体に構っているうちに、この雑魚の攻撃でやられてしまうこともある。
 特にネネを守らなければならないこの状況で、一人では厳しかったが、二人なら勝機は格段に上がる。
 ただ、できればもう一人、手が欲しい。
「くそ、舐めるな! 俺はダンジョンキラーだぞ! こんな雑魚どもに殺されてたまるか!」
 ダンジョンキラーが懐からナイフを取り出した。なんと、彼も戦うつもりらしい。
「よし、ダンジョンキラーよ。そのままネネを守り切れたら、貴様の事は不問としよう」
「本当か!」
 目が輝きだすダンジョンキラー。ほとんど死を覚悟していただけに嬉しそうである。
 あ、思い出したぞ。こいつ、原作でアビスワームに殺された『盗賊』じゃん。
 レジスタンスがダンジョンを見つけた時、とある盗賊に侵入されたのだが、その盗賊はアビスワームに食い殺されていた。
 その盗賊がダンジョンキラーの正体だったようだ。
 うん、そんなの、あったな。この辺は原作を『考察』しなければ分からない部分だ。
 だから、彼は『ゆうざま』の本編に登場しないのだ。既に死んでいた。
 つまり、ダンジョンキラーは本来なら、この場でアビスワームに食い殺されていたのだ。
「俺様は生き残るぜぇぇ!」
 うん、明らかに死にそうな言動なキャラじゃん。死亡フラグがビンビンの小物である。
 やべえな。『ヒャッハー』とか言っている小物を生かしちゃったよ。
 こんな奴、生かしてしまってよかったのだろうか。
 …………ま、いっか。
 ざまぁ勇者が生き残ろうとしているんだ。ヒャッハー系の雑魚が生き残っても、別にいいだろ。
 とにかく、これで後ろは気にしないでよくなった。二人いればネネの守護は十分だ。
 俺とアビスワーム。一対一の戦いだ。
「キシャアアアア!」
 アビスワームが嚙みついてくる。
 俺は防御結界に魔力を注いで、その噛みつきを防いだ。
「ねえ、グロウ様。『エクスカリバー』は使わないの?」
 エクスカリバーか。勇者の必殺技だ。
 剣に魔力を全て込めて解き放つ。勇者が使える最大の火力だ。
 だが……
「今はその時ではない。タイミングを見て使う」
 その魔力の消費量ゆえに一撃しか使えない。無駄うちは厳禁である。
 原作の勇者は何も考えず、適当に必殺を使って、すぐに魔力切れを起こしていた。はっきり言ってマヌケである。
 しかも、別に『チート』と言われるレベルでもない。ただの強力な攻撃技だ。
 だからこそ、使いどころを考える必要がある。
 そして、逆に言うなら、うまく使えさえすれば、それなりの火力を発揮する技でもあるのだ。
 原作ではアホみたいに魔力を乱射してやられるポンコツ勇者だが、今の俺はきちんと魔力の『管理』ができる勇者だ。
 管理は現世の仕事で最も得意だったからな。そのノウハウを発揮すれば、無能勇者でもきちんと戦えるのだ。
 俺はひたすら防御に魔力を回して、アビスワームの攻撃を防いでいた。
「グロウ様。防御ばかりじゃ勝てないよ」
「いや、これでいい」
 実は、防御に魔力を集中しても、ほとんど魔力は消費しない。
 どうやらこの無能勇者。『防御』に関してはすさまじい才能を持っていたようだ。
 最小の負担で最大の効力を発揮している。
 攻撃の場合、10の魔力を消費して、5のダメージを与えるだけだが、防御の場合は、1の魔力量で100の攻撃を防げるらしい。
 つまり勇者の特技は『防御』だった。
 そもそも勇者とは『守る』に特化した職業である。人を守るのが勇者の本懐なのだろう。
 それを知らず、原作の勇者は攻撃にしかほとんど魔力を使っていなかった。
 ずっと『苦手分野』で勝負をしていたのだ。そりゃ、勝てんわ。
 これも『裏設定』だな。本当は防御の才能を持っていたのに、間違った使い方をして負ける。
 『ゆうざま』の原作者がいかにも好きそうな設定だ。
 いくら実力で劣っていたとしても、『戦い方』さえかみ合えば勝てる。それが戦(いくさ)というものだ。
 そうしてアビスワームの攻撃を防ぎつつ、俺は『剣』を使った斬撃でダメージを与えていく。
 これなら魔力は消費しない。いわゆる『通常攻撃』だ。
 通常攻撃は大事だぞ。必殺ばかりしている奴に勝ち目はない。
 もちろん、かっこよくはない。むしろ地味だ。
 しかし、こういう地味の積み重ねが最終的な勝利へと繋がる。
 さらに勇者は装備だけは豪勢だ。エクスカリバーを放てる『聖剣』は攻撃力が高く設定されているし、勇者の鎧は防御魔法をよく通す。
 ぶっちゃけ、通常攻撃だけでいい。そんなレベルの装備だ。
 原作で全く使われなかった勇者の防御能力は、実際に使ってみると、予想以上に強力だったようだ。
 いくらBランクの強さだからって、勝てないわけじゃない。重要なのは『戦い方』なのだ。
「グエエエエ!」
 そうして斬撃を加え続けた結果、アビスワームが『ダウン』した。
 痙攣しながら『大口』を開けている。そしてアビスワームは口の中が弱点だ。
 ある程度の攻撃を加えると倒れて弱点をむき出しにする。これも原作通りだ。
「はああああああ!」
 今しかない。一転して、俺は魔力を攻撃に全て注いだ。
「エクスカリバー!」
 もっと長い前口上があるのだが…………無視!!
 そんな無意味に時間を取ってせっかくのチャンスを無駄にしたくない。
 地味ではあるが、最高率でダメージを与える。これが新勇者の戦略である。
 弱点にエクスカリバーが直撃して、アビスワームは粉々に砕け散った。

 16話 隠された力を持つ者たち

「やった!」
「おお。さすが勇者様だぜ」
 ネネとダンジョンキラーが嬉しそうに声を上げていた。
 だが……
「おい! 今のうちに急いで逃げるぞ!」
 そこで俺はすかさず『撤退』の指示を出す。
 本当の『チャンス』はここしかない。これを逃したら脱出は困難になる。
「ま、待って。足をくじいちゃって、動けないよ!」
「それなら、俺がおぶってやる」
 足をくじいて動けないネネ。それをダンジョンキラ―が背負って逃げようとするが……
『ギュオオオオオオ』
 声にならないような、超音波のような『叫び声』が俺の脳内に響いた。
 そして、粉々に砕け散ったアビスワームの破片が、集まっていく。
 みるみると再生していくアビスワーム。その姿はさっきまでのミミズ姿ではなかった。
 巨大な手足が生えており、人型に近くなっている。
「え? なに? どういう事?」
「しまった! 早すぎる!」
 これはアビスワームの隠された力だ。いわゆる『第二形態』である。
 奴は一度倒しても、パワーアップして復活するのだ。
 『勇者が勝てない』という本当の理由は、この第二形態の事だった。
 本来なら、第一形態を倒した後、速攻で逃げる作戦だった。
 第二形態への移行は、もっと時間が掛かると思っていたのだが、それは思った以上に早かった。
「グオオオオ」
 復活したアビスワームが叫んだ瞬間、またしてもプチワームたちの群れが出現する。
 奴らは瞬く間に俺たちを取り囲んだ。
「くそ! 逃げ場が無くなっちまった!」
 ネネを背負ったままのダンジョンキラーが叫ぶ。
 まずい! これじゃ、逃げられないぞ!
 もう魔力切れでエクスカリバーは使えない。攻撃に決め手が無くなったのでジリ貧となる。
 さすがにアビスワームの第二形態は通常攻撃だけでは火力が足りない。先にこちらの魔力が尽きて、防御結界を貫かれてしまう。
 一応、悪あがきで剣を使ってアビスワームを切ってはいるが、やはり大したダメージは入っていない。
 さらにプチワームにも囲まれている。状況は非常に不利な状態だ。
「くそ、どうする」
 その時、ニーナが思いつめたように息を吐いた。
「ごめん、グロウ様」
「ん? どうした、ニーナ?」
 そういえば、今まで静観していたニーナ。
 実は原作で彼女は一度も戦っていない。勇者パーティに選ばれてはいたのだが、戦闘描写が一度も無いまま死亡したのだ。
 だから、彼女の強さは未知数なのだが……
「私、『本気』を出すね」
 そうして、プチワームを掴んむニーナ。
「はあああ!」
 そのまま振り回す。まるでジャイアントスイングのようなその技に周りのプチワームは全て吹っ飛んだ。
 プチワームたちはぴくりとも動かない。全て撃破したようだ。
「お、おお」
 なんてパワーだ。勇者を遥かに超えている。
 彼女の強さランクはAランク相当だと言っていい。
「ニーナ。お前、そんなに強かったのか」
「うん。ごめんね」
 ピンチを脱出したというのに、さっきからニーナはずっと誤っている。
「なんで、謝るんだ」
「だって、グロウ様。私の方が強いのは嫌でしょ? だから、この力は死んでも隠すつもりだったんだよ」
 つまり、勇者のプライドを傷つけないためにニーナは力を隠していたのだ。
 クソ勇者であるグロウは、自分が最強だと思っている。自分より強い奴が現れたら、機嫌を悪くしてしまうのだ。
 だから、勇者のご機嫌を取るために、あえてニーナは本気を出していなかった。。
「ニーナ。これからは遠慮する必要はないぞ。ずっとそのままでいてくれ」
「今の勇者様なら、そう言ってくれると思っていた」
 もしかして、これも裏設定か? ニーナは勇者より強かった。
 それなのに、その力を発揮することなく、勇者と共に殺されたのだ。
 彼女は自分の本気を見せず、最後の最後までひたすら勇者を気遣っていたというわけだ。
 なんて可哀そうな子だ。原作では、その気遣いは誰にも伝わらず、報われることなく死んだんだ。
 だが、この物語ではそうはさせない。
 ニーナが死ぬとするなら、それは彼女が『やり切った』後だ。
「ニーナ。今のアビスワームも倒せるか?」
「やってみるよ」
 そのままアビスワームに戦いを挑むニーナ。お互いに隠された力を解放した状態での戦い。
 巨大なアビスワームの腕によるパンチがニーナを襲うが、ニーナはその攻撃をひらりと躱す。
 いいぞ、きちんとアビスワームの攻撃に対応できている。
「はあ!」
 そして、ニーナの蹴りがアビスワームに決まる。
 衝撃でダンジョンが揺れた。速さだけじゃない。破壊力でも勇者を上回っている。
 だが……
「ニーナ、後退しろ!」
 俺の言葉を聞いて瞬時に後ろに下がるニーナ。
 次の瞬間、アビスワームの拳をニーナの元いた場所へ叩きつけられる。
 俺が指示をしなければ、ニーナは潰されていたかもしれない。
「く、早い!」
 ニーナのスピードも相当なものだが、アビスワームはそのさらに上だ。
 今の攻防で分かってしまった。
 現段階ではニーナに勝ち目はない。アビスワームの第二形態はそれほど規格外のレベルだった。
「グオオオオ」
 そして、またしてもプチワームを召喚。
「くそ、またかよ。芸のない奴だな!」
 アビスワームの恐ろしい部分は雑魚を無限に召喚する事だ。これでは集中して戦えない。
 ニーナは強力な戦力だったが、それでも俺たちのパーティではアビスワームに勝てるレベルじゃない。
「くそ、来るんじゃね! 雑魚どもが!」
「うう、少しずつ迫ってくるよ~」
 プチワームの群れに少しずつ押されていく俺たち。ニーナはアビスワームを引きつけなければならないし、俺は魔力切れを起こしかけている。
「いやあああ!」
「ひいいいい!」
 その隙をついて、プチワームがネネとダンジョンキラー襲い掛かる!
「え?」
 しかし、そのプチワームは一瞬のうちに『細切れ』となった。

「まったく、この騒ぎはなんですか?」

 そこには短剣を構えたメイド姿の女が立っていた。
 フィオナだった。彼女か駆け付けてくれたのだ。
「フィオナ、来てくれたか!」
「やった! フィオナさんだ!」
 次の瞬間、『何か』が一閃した。
 すると、周りにいたプチワームは全て細切れとなる。
 な、なんだこの技は? フィオナがやったのか? もうこれ、人間技じゃないぞ?
「買い物から帰ってきてみれば、とんでもない事になっているみたいですね?」
 まるで涼しい表情のフィオナ。強いとは思っていたが、まさかここまでの実力を秘めていたとは……。
 もはや勇者など、足元にも及ばないだろう。
 彼女の強さも完全にAランク……A+と見て間違いない。ここにも一人、隠された力を持っていた人物がいたのだ。
 フィオナが未だニーナと戦いを続けるアビスワームへと目を向けた。
「……ほう?」
 彼女の目が細くなる。強敵と認知したようだ。
「お手伝い致します」
「ありがと。助かるよ、侍女さん」
 二人の連携攻撃。ニーナが打撃を中心に、怯んだところへフィオナが短剣による攻撃を加える。
 次元を断絶するが如く、多数の切れ目が空間に入った。
「ギャアアア!」
 その後に全身から血を吹き出すアビスワーム。
 ニーナとフィオナは明らかな達人の域に到達していた。このパーティにこれほどの戦力があったとは……
 Aランク相当の彼女たちがいれば、カインに復讐されても対応できる気もする。
 というか、相対的に勇者、弱すぎん?
 まあ、でもそんなもんか。勇者なんてBランクですし。単に周りが『化け物』だらけなのだ。
「………ち」
 しかし、フィオナが舌打ちをした。
 アビスワームの傷がみるみると塞がっていくのだ。
「くそ! 再生能力かよ!」
 これは反則だ。ダメージが一定を超えると、その傷は回復されてしまうのだ。
「なんなんですか、こいつは」
 苛立った様子のフィオナ。彼女ほどの達人でも簡単には勝てない相手らしい。
 そして、アビスワームはまた大量の雑魚を召喚した。
 このままではイタチごっこだ。いつまでたっても勝てはしない。火力が足りないんだ。
「強すぎる」
 ここまでして、これほどの戦力を揃えて、なお勝てないのか。
 考えたら、奴は原作で『チート』を持つカインでさえ苦戦した相手だ。
 いくら達人級の腕があったとしても、その先の『チート』レベルの強さが無ければ、太刀打ちできないモンスターだった。
「はあ、はあ、フィオナ、大丈夫?」
 すると、ダンジョンの入り口方面から、息を切らしたルビアが走ってきた。
「いけません、ルビア様! お下がりください!」
「へ?」
 アビスワームはルビアをターゲットに定めたのか、一直線に彼女へと向かっていく。
「ぎょえええええ!? なんだこいつ!?」
 ルビアは腰を抜かしてしまった。逃げれない状態だ!
「しまった!」
 フィオナもルビアの方へ向かおうとするが、プチワームに阻まれて間に合わない。
 このままではルビアが殺られる!
「こ、このぉ! 来んなよぉ!」
 そうしてルビアが手をかざした瞬間の事だった。

 全ての『音』が消えた。

 それは異常ともいえる魔力だった。音をかき消すほどの膨大な魔力量。
 ルビアの手のひらが光る。次第に光が大きくなる。
 それが……どんどん広がる。すでにルビアの体を覆うほどの『黒い光』だ。
 まるで暴走するかのように、さらに魔力の範囲は広がっていく。
「ぐっ!」
 まるで大地震が起こったかのように、世界が揺れた。
 それはルビアの魔力が攻撃魔法として成立し、全てを包み込む魔力破となって敵を飲み込む瞬間だった。
 すでにその波動はアビスワームを遥かに凌ぐ光となって敵を薙ぎ払っていた。
 これは……なんだっけ?
 ああ、そうだ。思い出した。レーザー兵器だ。昔、なんかのアニメで見た常識は遥かに超えた禁断の武器。それの黒色バージョンだ。
 それがたった一人の人間から、放出されている。
「ギュアアアアアア」
 アビスワームの体が燃えている。だが、それは一瞬だった。
 塵も残さずアビスワームは掻き消えた。再生とか、そんなレベルじゃない。遺伝子レベルでプチワームもろともこの世から存在を消された。
 ちなみに俺たちもその攻撃の範囲内だ。
 それでも俺たちは原型をとどめている。どうやら敵と味方を識別するタイプらしい。
 そして、光は収まった。
 ダンジョン内に静寂が戻る。何も変わっていない世界。
 ただ、アビスワームという存在だけが消えていた。まるで夢を見ていたかのようだ。
 なんだこれは。強いとか、そんなレベルじゃない。
 こういう時、なんて言えばいいんだっけ?
 いや、考えるまでもない。これは『チート』だ。
 反則をさらに超えた理不尽の能力。
 主人公のカインと同等の力。世界の理すら砕く膨大なエネルギー。
 ルビアの強さは……Sランクだった。いや、そのさらに上かもしれない。
 最も隠された力を持っていたのは、彼女だった。流石は悪役令嬢。
 いや、悪役令嬢ってこんなのじゃない気もするけど……
「え、えっと」
 ルビアがおろおろしながら、こちらを向いて笑いかけてきた。

「あたし、やっちゃいました?」

 うわっ! 主人公だ! めっちゃ主人公っぽい!!

 17話 ダンジョンの所有者

「いやっほ~い! 勝利だぜぇぇぇ!」
 ダンジョンキラーが嬉しそうに声をあげた。
 そう、今度こそ、間違えなく勝利だ。
 あんな攻撃を食らって生き残れる生物なんて存在しないだろう。
「さ、さすがですね、ルビア様。私は最初から分かっていましたよ?」
 そういうフィオナだが、明らかに口調が動揺していた。
 いや、絶対に想定以上だっただろ。あんな異常な威力の魔力なんて予想できるか。
「そういえば、悪魔の女とか言われてたんだっけか?」
「そんな設定、あったね。忘れてたわ」
 こら、忘れんな。自分の事だろうに。
 確かにルビアは、設定上では暗黒の力を持って生まれたみたいなのがあった気もするが、そもそも悪役令嬢は別に戦うようなキャラではない。
 本編でも戦闘は一回もしなかったし。
 ただ、実際に戦えば、本当に規格外の能力を持っていたというわけだ。
「まあ、この力は内緒にしておいた方がいいな」
「う、うん」
 下手に知られると政治的とか軍事力とか、そういった面倒くさいのに利用されるだろう。
 彼女も俺と同じく『モブ』の道を目指した方がいい。
「ところでさ。この人、誰?」
 ルビアはダンジョンキラーを指さしていた。
 いきなりガラの悪い知らない男がいるのだ。不思議に思うのは当然か。
「あー。こいつは……仲間だ」
「へー。そうなんだ」
 ちょっと色々と説明が面倒なので、かなり適当な紹介となった。
「えっと。この人は店に入った泥棒です」
「仲間じゃないじゃん!? なんで!?」
 セシリアが事実を口にしてしまったせいで、ちょっと場が混乱してしまうのでした。
「まあ、俺の同士だよ」
 こいつの死ぬ運命だったんだ。破滅フラグ仲間である。
 そこを考慮しても、変な奴を生かしてしまったものだが……ま、いいか。
「頑張って、一緒に生き残ろうぜ」
「あ、ああ?」
 何を言われているか分からないような顔をするダンジョンキラー。当然である。
「あんな恐ろしい力を見せつけられたら、もう悪いことする気も失せたぜ。お詫びもかねて、俺も店を手伝わせてくれ」
「ええ~」
 セシリアが少し困った顔をする。
 まあ、妹を人質にとったような男だし、信用ならんのは当然か。
「お姉ちゃん。あたしの事は気にしなくていいよ。人手も足りないんだし、この人も雇おうよ」
「悪いことをしたら、ルビアのビームが飛んでくるって事でいいだろう」
「いや、ビームとか言うなし」
 少し考え込むセシリアだったが、観念したように息を吐いた。
「分かりました。それではお願いします」
 こうして、ダンジョンキラーが仲間に加わった!
「俺はキラーって呼んでくれ」
「キラー? 本名だったのか」
「そうだよ」
「ダンジョン・キラーさんがフルネームだったってこと?」
「違うよ! ただのキラーだよ!」
 ややこしい男である。
「とりあえず、せっかくだし、魔石を拾えるだけ拾って帰ろうよ」
 そうだ。もうアビスワームもいないんだ。
 アビスワームはダンジョンの『ヌシ』だった。
 ヌシを倒せばモンスターは二度と出現しなくなる。つまり、もうこのダンジョンに危険はない。
「これでグロウ様がダンジョンの所有者だね!」
 ボスを倒した場合、ダンジョンを発見した人間が『所有者』となる。
 所有者とその仲間だけに魔石が手に入るようになるのだ。これで魔石は独占できる。
 完全なフリー状態。取り放題だ。
 いわゆるフィーバータイムの始まりである!
「よし! みんなでアイテムボックスが満タンになるまで魔石を拾いまくるぞ!」
 今まではアビスワームを警戒していたせいで、中途半端でも撤退するしかなかったが、もうそんなことを心配する必要もなくなった。
 どんどん魔石を拾って、金に変えてしまおう。
「ちなみに俺のアイテムボックスは、50まで入るぜ!」
「マジか!」
 キラーの奴、すげえな! 主人公並みじゃないか。
 何気にアイテムボックス係として、有能なのかもしれない。
 ますます勇者の価値が減ってしまう。いや、まあ価値なんて元々ないんだけど。
「アイテムボックスってなに?」
「ああ、そうか。ルビアは分からないよな。まずはオープンステータスと言ってだな……」
 ルビアにアイテムボックスの出現方法を教える。
「ふ~ん。1000って書いてるけど、これがあたしの容量ってこと?」
「せんんんんん!?」
 ルビアはアイテムボックスにおいてもチートでした。
「お、俺の株が……」
 せっかくの特技のはずのアイテム容量でも桁外れなチートを見せられて、キラーは項垂れていた。哀れな奴。
 その後はひたすら魔石を採掘する俺たち。もはやアイテム容量は無限みたいなものだ。
「よし、そろそろ帰るか」
 大決戦の後で疲れているし、もはや敵が出現しなくなったダンジョンに危険はない。
 つまり、焦る必要も無いという事だ。ダンジョンは逃げない。
 また明日からゆっくり魔石を採取すればいい。
 全員が賛成だったみたいで、今日はお開きとなった。
 いや、本当に長い一日だったよな。
「……ん? ルビア? どうしたんだ?」
 ルビアがしゃがみこんでいる。体調でも悪いのだろうか?
「ああ、ごめん。これを拾って帰ろうと思って……」
 ルビアが見せたものはアビスワームの『破片』だった。
「完全に消滅したんじゃなかったのか!?」
「うん。再生もするみたいだけど、『核』は破壊しているから、もう脅威じゃないね」
「そうなのか? しかし、本当にタフなモンスターだな」
「いや、あたしがわざとこの部分だけ残したんだよ」
「え? なんでそんなことをするんだ?」
「利用できると思ったんだ」
「何を利用するんだ?」
「見た目からじゃ分かりにくいけど、あのミミズって食材として、凄く栄養価が高い気がしたんだよ。あいつを材料にしてパンを作ったら、美味しくなって、体力とか回復すると思う」
「なるほど」
 この世界のモンスターは見た目とかは関係なく、『強い』という条件を満たした材料を使うことによって、高価な食材へと変化する。
 最強レベルのアビスワームを材料にしたパンは、確実に味も質も相応のものになるはずだ。
 ルビアは本能でそれを察していたようだ。
「それを狙って、わざわざ奴の部位を残したのか?」
「そうだよ」
 つまり、あれでルビアは『手加減』をしていたという事だ。それじゃあ本気を出したら、いったいどれほどの威力になるんだ?
 悪役令嬢の『直感』というやつだろうか。慌てて攻撃を放ったイメージだったが、実際はかなり考えていたようだ。
 その後、アビスワームを撃破したことによって、ダンジョンの魔石が取り放題となり、経済的な不安は完全に消え去った。
 アビスワームの材料を使ったパンの有効な作り方については、スカーレットに相談してみた。
「ふむ、これはできるだけ中身がアビスワームだと分からない方が良いですね」
 まあ、ミミズ入りのパンって言われたら、誰も食べたくないよな。
「ふむ、加工方法については我々の持つ技術でなんとか致しましょう。それに商業ルートについても、我々『女神の手』にお任せください」
 次々と妙案を発想するスカーレット。その手際は完全に商法を極めし者のそれであった。
 あれ? こういうのって、普通は転生者がやるものでは?
 なんかスカーレットが主人公みたいになっているんだが……俺の役が奪われてる?
「よーし、今日も踊るぜ~」
「いいぞ~」
 ちなみにキラーが店前でよく踊っているのだが、それが妙に人気だったりする。
 奴の踊りが見たいがために店に通ってくれる固定客なんかもできていた。
 意外と貢献度の高い男であった。
 色々と大変だったダンジョン探索だが、それ以上に得られたものの方が大きい。
 魔石に始まりニーナの実力も知れたし、フィオナだって勇者以上の強さを持っていた。
 何よりルビアが本当のチート持ちだと判明した。実力にしても、それ以外にしてもだ。
 あと、ついでにキラーもいつの間にか仲間になっているし。
 ずいぶんと一気に戦力アップしたもんだ。
 この調子で勇者の評判も上げていきたいところだな。

 17,5話 ルビアの日記③

 なんか手からビームが出ました。完。
 いや、これだけで終わるのはアレなので、もうちょっとだけ書くか。
 最近は楽しくて、書く暇も無いんだよな~。
 おっさんはダンジョンを発見してから、ずっとダンジョンに潜っている。少年みたいに目をキラキラさせているのだ。
 あたしはちょっと暗い所が苦手なのでパスです。
 代わりにパン屋で働いております。実はあたしの夢だったのです。
 セシリアさんとネネちゃんはめちゃくちゃいい子。お仕事の間には夢のガールズトークなんかやっちゃったりしてます。
 それと、最近はこっそり悪役令嬢の練習をしております。あたしだってちょっとは頑張るんだぞい。
 いつかおっさんに見せて驚かせてやろうか。完全に修行中だけど。
 なんだろう。今、凄く幸せだわ。こんな日が来るなんて思わなかった。
 これは、あれか。そろそろおっさんにも感謝しなくちゃいけない時が来たかもしれない。
 色々と頑張って色々と『仕込み』をしておきますか。普段はやる気の無いあたしだけど、すげー頑張っちゃうぞ。
 むしろ、おっさんが感謝しろよ?
 でも、やっぱり、あたしから先に言わなきゃかな。うん、絶対に言う。
 あたしも恩返しくらいはできる子になりたいのさ。

  18話 ざまぁ回避大作戦!

 あれから、順調に毎日が進んでいく。
 店は町の憩いの場として安定した日々を送っている。
 セシリアもネネも毎日が楽しそうだ。
 ニーナも完全に変わった。もう誰にも意地悪はしていない。
 意外と気遣いができるらしく、むしろ多くの人から親しまれていた。
 そういえば意外といえばフィオナだ。客が増えたし、資金も溜まったので、レストラン形式の場を作ってみたら、メイド姿の彼女にとんでもなくウケた。
 今では看板娘として人気はナンバーワンだ。
 それとさらに意外なのがキラーである。もう完全に踊り子として店に定着してしまっていた。
 お調子者の性格だが、それが逆に親しみやすさに繋がっているらしく、彼目当てで来る客も毎日のように増えていく。
 またなぜかキラーはフィオナの『弟子』となっていた。
「彼には『隠密スキル』の才能があります。私が鍛え上げて、いずれ役に立つようにして差し上げましょう」
「勇者様よ、任せてくれ。フィオナ姉さんから『隠密』を伝授して見せるぜ」
 キラーはなんと隠密スキルに特化していたらしい。まあ、元が盗賊(シーフ)だし、忍ぶのが得意でも不思議ではない。
「俺の一番の得意技は、『スティール』だぜ! この技が、いつか必ずあんたの役に立って見せる」
 スティールとは、こっそりと相手の持ち物を盗んでしまう技の事だ。まあ、盗賊の基本スキルだな。
 いや、でも、そんなものが役に立つ日は来るのか??
「ふああああ」
 最後にルビアだ。相変わらずやる気は無いのだが、楽しそうという本人の気持ちは伝わってくる。
 相変わらず無気力な部分も残ってはいるが、それも彼女らしさの範疇とも言えるだろう。
 そういえば、パン屋が好きって言ってたな。パン屋で楽しく働くのが将来の夢とも言ってた気がするし、ある意味ではこちらの世界で彼女は夢を叶えたとも言える。
 俺の方は……相変わらず何でも『試練』という事になってしまってるんだが、もうそれでいいや。
 一歩ずつ進んでいるのは間違いないだろう。
「うん、いい感じだ」
 いい流れが来ている。このまま流れに乗りたい。
 そんなある日の事である。
「グロウ様、大変だよ」
「ん? どうした?」
 そんな時、ニーナが慌てた様子で飛び込んできた。
「『彼』が帰ってきた」
「彼? 誰の事だ?」
「カインだよ!」
「なにいいいいいい!?」
 ついに『ざまぁ』が俺を襲いにやってきた。

 ×××

「カインが……帰ってきた」
 ついにこの日が来てしまった。『主人公』の帰還である。
 俺を『ざまぁ』する張本人だ。
「ば、ばかな。早すぎる!」
 原作でカインが帰ってくるのはまだまだ先のはずだ。どうしてこうなった?
 俺の行動が原因で原作の歴史が変更してしまったのだろうか。
「ん? どうしたの? 顔、真っ青だよ!?」
 その時、ルビアが心配そうな表情で話しかけてきた。
「俺を『ざまぁ』する主人公が帰ってきたんだ」
「えっと。魔物使いのカインだっけ? この世界の本来の『主人公』なんだよね」
「本来なら、もっと遅く帰ってくるはずだったんだ」
 今の状態で俺はざまぁを回避できるのか?
 正直、かなりきつい。まだ準備は万端とは言えない。
 客観的に見ても俺が生き残る確率は絶望的だ。
 くそ、どうする? どうすればいい?
「らしくないじゃん、おっさん」
「ルビア?」
「いつもみたいに暑苦しくなりなよ。生き残る! とか、破滅フラグ回避だ! とか。あの勢いは何処に行ったのさ」
「今回だけは、そう簡単にはいかないんだ。相手が悪すぎる」
 いまさら謝っても、もう遅い。その言葉が俺の心臓へと突き刺さっている。

「でも、あたしがいたら、なんとかなるかもしれないんでしょ?」

「え?」
 ルビアから思いもよらない言葉が飛び出ていた。
 正直、この段階でルビアが協力してくれるとは思ってもいなかった。
「はあ~。…………ねえ、いいかな?」
 そうして、本当に心から面倒そうにルビアはため息を吐く。
「一度だけ……だからね」
「え?」
「一度だけ、本気でやってあげる」
 それはルビアとは思えない本気の眼差しだった。
「最初からそういう契約だったしね。おっさんがあたしを助けてくれたのなら、今度はあたしがおっさんを助ける」
「そうだけど……本当にいいのか?」
 普段のルビアの態度からして、トラブルは嫌うと思っていた。
 ましてや今回は最強の『主人公』が相手だ。
 向こうが絶対の正義で、俺は滅ぼされるだけのただの『悪』なんだ。
 相手が相手だけに、今回ばかりはやる気を出せ、とは言えない。
 それほど規格外であり、絶望的な相手だ。
「その、今回は怪我じゃ済まないかもしれない。それだけ危険な相手なんだ」
「そんな事は分かってるよ。おっさんが教えてくれたんでしょ?」
「それが分かっているなら、どうして……」
「あのさ。あたし、これでもおっさんに感謝しているんだよ」
 一瞬、耳を疑ってしまった。
 俺はてっきり、ルビアから煙たがられているとばかり思っていた。
 でも……そうじゃなかったのか?
 彼女は俺を見て、恥ずかしがるような表情でゆっくりと語りだした。
「きっとあたしは悪役令嬢として、失格だったと思う。ダメな悪役令嬢だったと思う。そんなあたしがここまでやれたのは、おっさんのおかげだよ」
「いや、俺は……大したことはしてないさ」
「そうでもない。おっさんのおかげで凄く助かっていたんだよ。まあ、あたしの態度じゃ、それは伝わらなかっただろうけどね」
 俺が……人を助けていた? 前世であれだけ否定されてきた俺が?
 いつも失敗ばかりだった。何をしても周りからウザがられて、嫌がらせばかりされていた。
 俺が頑張れば頑張るほど、周りの人間は俺を嫌いになる。
 今回も本当は心の奥ではうまくやれていないんじゃないか? と思っていた。
 そんな俺が……やりきっていたのか? いつの間にか、本当に『人の助け』をしていたのか?
 俺のやってきたことはきちんと意味があったんだ!
「……く」
「ちょっと。いい歳したおっさんが泣くなよ」
「別に、泣いていない!」
 ちょっと目が霞んでいるだけだよ。
 ルビアはそんな俺を見て優しく微笑んでいた。初めて見せる表情だ。
「だから、その、最初で最後。一回だけ、やる気を出してあげる。ま、ただの気まぐれだと思っていてよ」
「分かった。一緒に頑張ってくれ、ルビア」
 まさかこんな日がやってくるとは、悪役令嬢がついにやる気を出した。
 これで俺も生き残れるかもしれない。
「言っておくけど、私もいるからね。グロウ様を思う気持ちは、誰にも負けない」
 いつの間にか話を聞いていたニーナは拳を握りしめている。
「ルビア様がやる気なら、私がやる気を出さないわけにはいきませんね」
 なんと、フィオナまで協力的だ。
「私たちも手伝います」
「お兄ちゃん、諦めるなよ。本当にらしくないぞ」
 セシリアとネネまで協力してくれるらしい。
「みんな、すまん」
 こうなれば、やるしかない。
「俺も手伝うぜ!」
 キラーまでやってきてサムズアップをしている。
 そうだな。色々な奴がここに集まっている。
 だから、みんなでざまぁを回避するのだ!
「グロウ様、カインが町に入った」
「オッケーだ。よし、やろう!」
 最後の戦いが、今始まろうとしている。

 ×××

 最後の作戦を立てる事になったが、果たしてどう攻めるのが正解なのか。
「ちなみに、ルビアとカインが戦ったら、どっちが強いんだろう?」
 ニーナの純粋な疑問だ。
「ルビアならカインといい勝負ができるかもしれないが、戦うのは最終手段だ」
 できれば戦わずに解決したい。武力での衝突は危険が多すぎる。
「ごめんね。あたしも出来れば戦いたくない。自分の力は秘密にしておきたいんだ」
 それが正解だ。勝つか負けるかは別として、下手に力を見せて目立つのもよくない。
「カイン様と争いにならないように立ち回った方がよろしいでしょう。その方法を考えたましょう」
 フィオナの意見が正しい。
 ダンジョンが出現したり、モンスターと戦ったりですっかり忘れていたが、そもそも『悪役令嬢』は『戦う事』に特化した人物ではない。
 悪役令嬢は『フラグ回避』に特化していたのだ。
 その言葉でセシリアが指を立てて意見を述べる。
「グロウ様。そもそも、カイン様に出会わないようにすれば、解決ではありませんか?」
「確かに、そうだな」
「お兄ちゃん、なんかそのための秘策とか無いのかな~」
 ネネの言葉に反応したのは意外な人物だった。
「……実はさ」
 ルビアだった。
「こんな事のために用意していた『切り札』があるんだ」
 そうしてルビアは全員に『あるもの』を配り始めた。
「こ、これは!?」
 それはとんでもない『アイテム』であった。

 ×××

『こちら、ルビア。ただいま、カインが町に入った』
『グロウだ。了解。そのまま続行してくれ』
 ルビアが俺たちに配ったアイテム。それは『トランシーバー』だった。
 これは彼女の特注品であり、見た目はただの『小石』にしか見えない。
 言うならば『小石型トランシーバー』
 これはルビアの魔力の力でテレパシーのように全員の脳内に声が届くアイテムだ。
 このトランシーバーでカインの状況を全員で共有して、俺に報告する作戦だ。
 俺は『ざまぁ対策本部』をダンジョン内に設置して、そこから無線を受け取っていた。
 トランシーバーの通信範囲は無限らしい。ダンジョン内でも問題なく届く。
 石を強く握ればこちらの念話が同じように石を持つ他者に届く構造みたいだ。
『こちら、キラー。こりゃすげえや。本当に念話ができる』
『セシリアです。私の方も問題はありません』
『ネネだよ~。今はお姉ちゃんと一緒にいます』
『フィオナです。こちらはカイン様を尾行中。気付かれている様子はありません』
 それぞれ、きちんとトランシーバーを使いこなせているみたいだ。
『こんなチートアイテムを作ってしまうなんて、ルビアは凄いな!』
『べ、別に。ちょっと時間が余ったから作っただけだし』
『ルビア様はこのアイテムを作るために、毎晩のように夜更かしをしていたのです』
『それで、いつも眠そうにしていたのか!』
 やる気の無いように見えた悪役令嬢、実は有能でした!
 もうこのタイトルで物語が作れそうである。
 ルビアとフィオナがペアでカインを追跡する役。
 セシリアとネネもペアであり、彼女らはサポート役だ。一応、町での顔が利く方なので群衆の中で近づいても怪しまれない強みもある。
 キラーは遊撃隊。お世辞にも人相が良くないので、基本的に離れた場所で待機。何かトラブルがあれば、対応する。
 ニーナは俺と一緒にダンジョンにいる。彼女も恨まれているので、カインとは会わない方がいい。
 ルビアチームは、定期的に報告を流してくれる。
『カインって奴、見た限りはそこまでヤバそうな雰囲気はないね。威圧感は凄いけど、殺人狂って感じじゃない。むしろ、おとなしそうな感じだよ』
『確かに元は心優しい少年だったんだ。勇者のせいで心が歪んでしまったんだ』
『そっか~。おっさんのせいか~』
『俺じゃない! 冤罪だ!』
 本当にクソ勇者め。とんでもない置き土産を残してくれたもんだ。
『ちなみに、今は酒場で食事を取っているよ』
 カインは酒場で食事中のようだ。
 これは、ただの腹ごしらえなのか、それとも、何らかの情報を集めているのか。
『カイン様にはお連れの方がおられますね。どなたでしょうか。とても綺麗なエルフです』
『エルフ? ああ、その子はダイアだ。元は奴隷だったが、現状では最強レベルの強さを持つ魔法使いだな。そして、奴らは愛し合っている』
 ダイアは『ゆうざま』においての正ヒロインである。俺の初恋だった人なのは内緒だ。
『カインたちの会話をそっちに流そうか?』
『そんな事ができるのか。やってくれ!』
「オッケー。いくよ」
 ルビアが返事をした次の瞬間、カインたちの会話が俺たちの脳内に伝わるようになった。
『カイン様。この町も久しぶりですね』
 これはダイアの声である。
『そうだな、ここは何も変わっていないよ』
 返事をしたのはカインだ。通信は良好である。
『本当にこの町から『気配』を感じたのですか?』
『ああ、間違いない』
 気配? なんのことだろう?
 つまり、カインは何らかの気配を感じてこの町に帰ってきたという事か。
 いったい、何の気配だ?
『カイン様を追放したあの勇者も、まだこの町にいるのでしょうか?』
 勇者の単語が出てきたことで、ビクリと俺の全身が震えた。
『どうだろうな』
『やはり、殺しておきませんか? 色々と邪魔になりそうですし。カイン様を追放するなんて、死すら生温い大罪です』
 怖っ! ダイアの奴、勇者を殺す気じゃん!
『どうでもいいよ。奴の事は忘れよう』
『仰せのままに』
 カインの方はそこまで俺に固執していないらしい。
 原作通りだ。やはり、出会わなければ、助かる可能性はある。
『おう、あんちゃん。あまり勇者様の悪口を言わない方がいいぞ』
 そう思っていると、酒場のおやっさんから意外な言葉が飛び出た。
『そうだな。迂闊な事を言ったら、殺されるもんな。グロウは、そういう男だ』
『いや、そうじゃなくて、実はあの勇者様、今までの態度は俺たちのための『試練』だったらしい』
『なに!?』
 ちょっと待てい! 俺の試練の話って、そんなに変な広まり方をしていたのか!?!?
 酒場のおやっさん。あまり俺の黒歴史を広めないで!?
『グロウが僕にやったことも、全て試練だったというのか!?』
『そうかもな。あの方を理解するには、深い考察力が必要なのだ』
『ば、ばかな』
 変な勘違いが広まっているぅぅ! どうするんだよ、これ。
 おやっさん、凄く自慢げに腕を組んで『俺、分かってるんだ』オーラを出しちゃってるし。
『だから、下手に勇者様を批判する奴は『分かってない』人間なのさ。きちんと深い部分まで人間を見ないといけないのだよ』
 深すぎ! 深読みしすぎだから!!
 このおやっさんも推理が好きというか、考察が好きなタイプなのだろう。
 この国はそんな人間が多いみたいだ。
『ネネだって分かっていたもんね~。お姉ちゃんはどうだった?』
『私は全然気づけなかったわ。フィオナさんは気付いていたの?』
『そうですね。勇者様は意外と奥深いです』
『すげえ。すげえぜ、勇者様!』
 仲間の皆も次々と勘違いをしていった。ルビアだけがドン引きしている空気が伝わってきた。
『グロウめ、もう一度、奴と会う必要があるかもしれないな』
 やめてぇぇぇ! 会わないでぇぇぇ!
 俺は『主人公』には会いたくないんだよぉぉ!
『あ、カインとダイアは酒場を出ていくみたい。あたしとフィオナで追跡するね』
『お、おう』
 まあ、ルビアとフィオナが尾行して報告をくれるんだ。俺の場所がバレることはないはずだ。
 気になるのはカインの言っていた『気配』。
 奴はその気配を追ってこの町に来たみたいだが……いったい何の気配なのだろう。
『宿屋に泊まりました。つまり、まだこの町に滞在するつもりのようですね』
 恐らく『気配』の正体が分かるまで町にいるつもりだろう。
『夜も遅いし、今日はここまでにするか』
『分かりました。私たちは店に戻ります』
 セシリアとネネ。そしてキラーは自宅へ帰っていった。
『あたしはもう少し残るよ。カインたちも、宿の中だと大事な会話をしてくれるかもね』
 ルビアとフィオナは残ってくれるみたいだ。
 おかげで、カインたちの盗聴が引き続き可能となる。
『……助かる』
 今のカインとダイアは『二人きり』だ。何も聞かれていないと思っている。
 まさか俺たちが盗聴しているとは思っていないだろう。警戒も薄れているに違いない。
 ならば、こちらにとって重要なキーワードも漏らす可能性も高い。
 特に『気配』というのが何を指すのか?
 その正体が分かれば、俺たちも対応がしやすくなるはずだ。
 さあ、集中して会話の内容を聞くぞ!
 貴様らが何を企んでいるのか、俺たちが暴いてやる!

「ああ、カイン様♡まだ足りません♡もっと愛しあいましょう♡」

『…………』
 ああ、そうだよね。
 『二人きり』で『警戒心が薄れたら』のならば、『やる』ことは一つだよね。
 そういえば、原作でも夜はいつでも『サービスシーン』だったわ。
 実は大人気作品である『ゆうざま』。性描写が大人気の作品でもあった。むしろ、その部分が人気の秘訣まである。
 アニメ化された際にはモザイク入りだったが、ブルーレイではサービスシーンのモザイクがカットされ、さらに追加のエッチシーンがある。
 これが今の時代ではあり得ないレベルでの売り上げを叩き出したわけのだが、まあそれはどうでもいい。
 つまり、これはただの原作通りなだけである。
『や、やむを得ん。もう少しだけ待って、それから奴らが情報を吐くのを待とう』
 それから三時間後。
「カイン様♡まだまだ足りません♡もっともっと愛しあいましょう♡」
 まだ続いていました。いつまでやっとるんじゃ!!
 というかこれ、終わる気配が全く無いんだけど!?
『おうふ。あいつら、どれだけ性欲が強いんだ』
 ルビアはかなりげんなりした様子だ。
 そういえば、ダイアは魔力の枯渇が激しく、それを補うために魔力の相性がピッタリのカインと定期的に愛し合う事によって、その魔力を補充しているみたいな設定があった。
 まあ、それもだだのこじつけで、実際はエッチシーンで読者を呼び込みたいだけである。
 そういえば、俺もカインに転生したら、何でもしてくれるダイアちゃんにあんなことやこんなことをやりたいな~なんて思っていたのは、やはり内緒である。
 しかし、こんなものを延々と見せつけられるとは、もう拷問だろ、これ。
『ルビア様、聞いてはいけません。教育に悪いです』
 言われてみれば、これは十六歳の健全な女子に見せたらまずいものだったのでは?
『あたしは気にしないから、別にいいよ』
 ドライな十六歳。さすがは現代っ子。素晴らしきはさとり世代である。
 その後、数時間に渡る行為の後、カインたちは疲れて寝てしまった。
『って、結局なんの情報も吐かないんかぁぁぁい』
 全員が揃って同じセリフを口にしていた。

 19話 『主人公』と『ざまぁ勇者』との対峙

『グロウ様、起きてください!』
「……ん?」
 フィオナの声が聞こえて目が覚めた。
 しまった。カインたちの夜があまりにも肩透かし過ぎて、つい寝てしまったらしい。
『大変です。カイン様たちが消えました』
「なに!?」
 一気に眠気が覚める。
「消えたって、どういうことだ?」
『宿からの気配が消えています。おそらく転移で抜け出したのでしょう』
 そういえば、カインたちは『転移術』を使う事が出来る。
 扉から出なくても、宿から脱出することが可能なのだ。
 しまった。奴らめ、尾行対策は完璧だったか!
「町から出たってことか?」
『いえ、それがどうやら町からは出ていないようです。そこまで気配は遠くありません』
 フィオナは微力な魔力量を探知できるらしい。
 具体的な位置までは分からないが、カインたちがどこにいるのかおおよその場所は分かるようだ。
 つまり、『この町のどこかにいる』のは間違いないみたいだが……。
「私、カインを探してくるね。グロウ様はここで待っていて」
「ニーナ!?」
「私は大丈夫。でも、グロウ様は絶対に外に出ちゃダメだよ?」
 止める間もなく、ニーナはダンジョンから飛び出していった。
 一瞬、追いかけようとも考えたが、俺が下手に動き回ってしまうのが最も危険だ。
 ニーナにも考えがあって、外に出たのだろう。本人も言っていたように、俺は動かない方がいい。
 それから、俺はしばらく身を潜めていた。
「ん?」
 そんな時、店の扉が開く音が聞こえてきた。
 キラーの件があってから、防犯のためにダンジョン内でも店の様子が伝わるように改装した。
 これもルビアの案で、彼女の特製の魔力機を使ったシステムだ。
 入ってきたのは二人組だ。今日、店は臨時休業にしていたので、客ではない。
 これは……男が一人、女が一人だ。
 そして、この強力な魔力には覚えがあった。
「カ、カイン!?」
 なんで奴がパン屋に!?!?
 もしかして、お腹が空いて、パンを買いに来たのかな? なんて考える俺は、確実にめでたい男である。
 そもそもパン屋は臨時休業だ。それなのに店内に入ってくるということは、それはつまり別の目的がある。
 
 まさか…………俺を探しに来た?
 
 馬鹿な。俺の事なんて、気にしないんじゃなかったのか?
 どうしてこんなところまで俺を探しに来たんだ?
 いや、それ以上に、なんで俺がここにいるのが分かった?
 しかも、まっすぐにダンジョンの入り口の方へと向かっている。
 すなわち、俺の元へきているという事だ。
 これはもはや疑いようもない。奴は俺を探しに来たのだ。
 カインが地下倉庫へ入ってきた。そして、そこには誰でも分かるようなダンジョンの入り口がある。
 とっさに俺は物陰に隠れた。もはやカインがダンジョンに入ってくるのは時間の問題だろう。
 その予感が的中するかのようにカインはダンジョンの内部へ入ってきた。
「ふん、やはり『ここ』だったか」
「ええ。これがダンジョンですね」
 カインとダイアの声が聞こえてくる。
「カイン様の言った通りでしたね」
「ああ、ダンジョンの『気配』を感じた。やはり気のせいじゃなかったようだ」
 その会話で俺の中のパズルのピースが組みあがった。
 そうか……そういう事だったのか!!
 カインが言っていた『気配』。その正体は『ダンジョンの気配』だったのだ。
 奴がこの町に早く帰ってきた理由もこれが原因か!
 ダンジョンの気配を感じて、それでこの町にダンジョンを探しにやってきたのだ。
 神から祝福を受けた主人公のカインにはダンジョンの気配を感じる能力が備わっていた。原作ではあまり語られなかったので、俺はその設定をすっかり忘れていた。
 このダンジョンは原作の時間軸ではまだ発見されていなかった。原作を知る俺が早期発見したものだ。
 だから、遠く離れた場所でも、カインはダンジョンの気配を追ってこの場所に来た。
 俺を追ってきたわけじゃなかったのは良かったが、それでもダンジョン内に待機していたのが仇となってしまった。
 これでは完全に袋のネズミである。追い詰められてしまっていて、逃げ場がない!
 何とか見つからないように祈るしかないが……
「それで、さっきからそこにいる『お前』。何をしている?」
 しまった! 気配で見つかったか!
 カインは探知能力もずば抜けていた。
 特に勇者は魔力量が人より多いので、それだけ探知に引っかかりやすい。
 これはもう言い逃れは不可能か。
「…………ち」
 仕方ない。姿を現すしかない。
 これ以上隠れていても、カインの先制攻撃を許すだけだ。
 こうなれば、やるしかない。いつかこの日のために考えていた『秘策』を使うのだ!
「む、お前は……勇者グロウ!」
 流石のカインも俺がここにいたのは意外だったらしい。
「なぜお前がこんなところに? そして、何をやっている?」
「ちょっと、散歩だよ」
「ふざけるな!」
 カインは一瞬だけ怒るが、すぐに怪訝な表情となった。
「いや、待て? その気配、お前はこのダンジョンの所有者か!?」
 ダンジョンの気配を察知できる彼は、そのダンジョンの『所有者』も認識できるらしい。
「ふん。一足遅かったか。すでにダンジョンは攻略されていたんだな。かなり強力なボスモンスターの気配も感じていたが、まさかお前が倒すとは……な」
「意外だったか?」
「そうだな」
 俺の様子や答えを聞いたカイン。警戒するように眉をひそめている。
 自分の知る勇者とは違う。様子がおかしいと思っているのだろう。
 本来なら、勇者なんてマウントを取るばかりで会話にもならないくらいクソ野郎だ。
 それが、こんな『まともな』会話をしているんだ。驚いて当然だろう。
「まあいい。悪いが、このダンジョンの所有権は、僕がもらう」
 ち、やはりか。ダンジョンを手に入れるためにカインはここに来た。
 所有権を手に入れるのが奴の目的なので、手に入れるまでは帰れない。
 それこそ、『強奪』という手段を使っても、ダンジョンを手に入れるつもりだ。
「お前に興味はなかった。だが、僕の目的のために……死ね!」
 ダンジョンの所有権を奪う方法は簡単だ。所有者を殺せばいい。
 だから、ダンジョンの事は内緒にしていた。だが、探知能力を持つカインが相手に沈黙は意味が無い。
 彼の良心にかけるしか無かったが、今のカインにそんなものはない。
 復讐鬼となったカインは目的を達成するために手段は択ばない。その相手が自分を追放した勇者グロウというのなら、なおさらだ。
 結局、俺たちは戦う運命だったのか。
「出てこい、スライム」
 カインが『スライム』を召喚した。
 奴は『魔物使い』だ。モンスターと心を通わせて、仲間にすることができる。
 そんなカインが最初に差し向けたモンスターがスライムだった。
 スライムと言えば、雑魚というのが常識。これは一見すると舐めているように見える。
 だが、それは違う。その考えは完全なる罠だ。
 このスライムは激レア個体であり、カインだけが使役できる最強のスライムなのだ。
「やれ!」
 カインの命令でスライムは『酸』を出した。
 この酸は非常に強力で、勇者でも直撃すれば、跡形もなく溶けてしまう。
 だが……
「甘いぞ、カイン! エクスカリバー!」
 悪いが、俺は『知っている』んだよ。だから、その攻撃は防ぐことができる。
 俺はエクスカリバーを使って『結界』を張り、スライムの酸を防いだ。
「な、なに!? そんな馬鹿な!」
 驚愕の声を上げたのはダイアだ。
 まあ、勇者『ごとき』が最強スライムの酸を防ぐとは思ってもいなかったか。
「お前、いつの間にそんな力を?」
「エクスカリバーは『防御』に使う事でその真価を発揮するのさ」
 そう、前回で勇者が防御に対して特化していると気付いた俺は、色々と研究をしていた。
 その結果、エクスカリバーは非常に有用な『防御技』と判明したのだ。
 攻撃に使うのではなく、防御に魔力を注ぐことによって、かなり強力な結界を張ることができるのだ。
 しかも、その結界内にいる味方はステータスがアップする。つまり、最高のサポート技だったわけだ。
 力や魔力だけじゃない。『隠密性』なども大幅に強化される。
 だから、フィオナによる不意打ちなどのサポートとしても役に立つのだ。
「これがエクスカリバーの使い方だ。防御とサポートに特化していたんだよ。知らなかったのか、カイン」
 カインは俺から距離を取っている。奴も警戒しているようだ。
 俺がスライムの攻撃を防いだことじゃない。『知的』なスキルの使い方に、面食らっているのだ。
「グロウ。そんな能力を隠し持っていたとは……お前、本当に『試練』のつもりだったのか?」
「ふっ。それは想像に任せよう。だが、よく成長したな。我は嬉しいぞ、カイン」
「…………く」
 そうだ。もっと迷え、カインよ。
 俺がこうやって大物感を出していれば、お前は復讐する気も起きまい。
 全て『自分の成長のために』やってくれていたと認識すれば、それを復讐するのは自分が『小物』と認めるようなものだ。
 手段を択ばないカインだが、それでも主人公だ。その『プライド』はある。
 自らが『悪人』と認定した相手でなければ、殺害での強奪は出来ない。
 そうやって勘違いをさせる。これが俺の最後の『秘策』だ!
 もはや撤回するのが不可能なほど出回ってしまっている勘違いという名の『試練』。
 これを利用して、生き残るのだ!

 なので、お願いします。もう勘弁してくださぁぁぁい!!!

 平静を装っているが、心の中では泣きまくっている俺です。
「カインよ。そんなにダンジョンの所有権が欲しいか? お前は誰彼構わず、殺して略奪する奴なのか?」
「僕だって相手くらいは選ぶさ。だが、僕を追放したお前なら、遠慮する必要はないだろう?」
 そうして、カインの言葉に怒気が籠っていく。
「僕がお前に何をされたのか、忘れたのか!?」
「その怒りがうぬを強くした。これが『試練』の効果だ」
「あの嫌がらせが全て試練だと! そんなのが許されるか!」
「…………ふ」
「なにを笑っている!?」
 俺が笑っている理由? そんなのは言うまでもないだろう。

 正論すぎて、なにも言えねえんだよぉぉぉぉお!!

 どうしよう。やっぱり試練は無理がある気がする。
「やはり、ただの『気まぐれ』じゃないのか?」
(ギクリ)
「お前のやったことが気まぐれか、それとも試練なのか。これで判断してやる」
 そうしてカインは更に二匹のモンスターを召喚した。
「サラマンダーとウンディーネだ。この攻撃を防げるか!?」
 俺の前に現れた二匹のモンスター。
 一匹は体全体が燃えている巨大な怪物。全てを焼き尽くす神獣とも言えるレベルの魔人。
 もう一匹は人型ではあるが、水色に染まった聖女だ。その体中からは神秘の魔力が漏れている。
「精霊か!」
 最強の魔物使いのカインは、神の眷属である精霊までもテイムすることができたのだ。
 この二匹の強さはアビスワームなど比べ物にならない。ここからは『チート』の域に入る。
「どうだ。この二匹の全力に耐えられるか?」
「……ふ」
「まだ笑うか。余裕だな。いつまでその態度が持つか、見極めてやる!」
 いや、正直に言って、もう絶望すぎて笑うしかないんだよ!
 流石のエクスカリバーでも、この二匹の全力を防ぐのは無理だよ!
「行け! サラマンダー、ウンディーネ」
 両者の魔力量が最大まで上がっていく。放たれたらひとたまりもない。
 ダメだぁぁぁ! 終わったぁぁぁ!
「…………え?」
 しかし次の瞬間、サラマンダーとウンディーネが放った魔力が掻き消えた。
「な、なんだと!?」
 カインからも動揺の声が聞こえてくる。彼が止めたわけじゃない。
 じゃあ、いったい誰がこんな事を? まさか……

「まったく、騒がしいですわね」

 優雅な声がその場に響く。
 そうだ、こんな事ができるのは一人しかいない。
「ル、ルビア!?!?」
 そこにいたのはちょっと優雅な雰囲気を出しているルビアであった。
「サラマンダーとウンディーネの魔力をキャンセルしただと? そんな馬鹿な。お前、何者だ?」
「わたくしが何者か……ですって?」
 そうしてルビアは口に手を当てて、高笑いするかのようにカインの質問に答えた。
「わたくしは、ルビア。悪役令嬢でございます」
「な、なにぃぃ!?」
 俺とカインの声が重なる。
 この悪役令嬢の乱入により、場は更に混乱を極めたのであった。

 18話 悪役令嬢と主人公

「こ、こいつ、凄いプレッシャーだ!」
 カインがかつてないほど困惑している。一つはルビアの『魔力』だろう。
「しかも……悪役令嬢だと? なんだそれは? お前は何を言っているんだ??」
 そしてもう一つ。まあ、強さもそうだけど、自らを『悪役令嬢』と名乗るルビアに対してだろう。
 うん。確かに自分で『悪役』なんて名乗っちゃうとか、明らかに常軌を逸脱しているよね!
 でもルビア、俺を助けに来てくれたんだな。それは正直に嬉しい。
 嬉しいのだが……
「ふふふふふふ」
 だ、大丈夫なのか??
 今は不敵に笑っているルビア。だが、よく見なければ分からないが、顔中が汗まみれである。
 凄く頑張っているのはよく分かる。きっと知らないなりに『悪役令嬢ムーブ』を全身から放出して、カインを追い払う作戦なのだろう。
 正直、違和感が半端ない。にわかっぽさの放出の方がやばいし、あまりけん制に効果的とは思えない。
 思えないのだが……
「ぬ、ぬうう!」
 なんと実際にカインは混乱している!?!?
 やはり悪役令嬢補正みたいなのは存在して、一定の効果は発揮しているって事か!
「こ、この小娘が!」
 ダイアがルビアに向けて攻撃魔法を放とうとする。
 だが……
「誰に、攻撃をするつもりですか?」
 ダイアの首元にはすでにフィオナの短剣が添えられていた。
「っ! 早い!」
 まさに目にもとまらぬ早業。あのカインですら反応できなかった。
 ことスピードにおいては、フィオナはカインのチートを上回っているようだ。
「次から次へと……何者なんだ」
「悪役令嬢でございます」
「ただの侍女でございます」
 丁重にお辞儀をするフィオナとルビア。二人が揃うと更に異質な雰囲気が醸し出されていた。
 短剣を首元に当てながらのお辞儀。そんなフィオナは一見、完全な無防備に見える。
 だが、まるで隙は無い。
 下手に攻撃でもしようとすればその瞬間、少なくともダイアの首は掻っ切られるだろう。
 ルビアについては……うん、完全に隙しかないのだが、相手は戸惑っているのでそれに気づけない。
 まさか中身がやる気ない16歳とは思うまい。
「お前たち、なぜ僕の邪魔をする?」
「その勇者様は、わたくしの婚約者でございます」
「なに!?」
 カインとダイアから同時に声が出た。
 更に困惑した表情でカインがルビアに質問をする。
「勇者グロウは、外道だぞ。分かっているのか? それとも、権力に目を奪われたか!」
「いいえ。ですが、貴方様の言う『勇者様』がその真ならば、貴方様の意見は正しくございましょう」
「どういう意味だ? なにを言っている??」
「彼は『別人』でございます。貴女様の言う勇者グロウではございませぬ」
「こいつが、別人だというのか!?」
「ええ。わたくし、復讐を否定するつもりはございません。ですが、別人を相手の復讐ならば、全力で止めさせていただきます」
「本当に……別人なのか」
 な、なんと。奴がルビアの言葉を信用しようとしている。
 やはりこれが……悪役令嬢の力なのか!?
 ぶっちゃけ、俺も何を言っているのかよく分からないのだが、雰囲気に飲まれている感じだ。
 悪役令嬢ムーブ、強し!!
 最初こそ違和感だったが、やはり悪役令嬢に『成りきる』のは、それなりに有効だった。
「ご自分の胸に聞いてくださいませ。本当に彼は、貴方が知るグロウ様ですか?」
「…………」
「別人に復讐なさることを、貴方はご自分で納得なさるのですか」
 長い沈黙。
 既に完全に『悪役令嬢の空気』が支配している。
「復讐から生まれるものもございます。『復讐は良くない』などと口にする輩は、真の苦しみを知らない愚か者の戯言となりましょう」
「僕の気持ちも、分かってくれるのか?」
「ええ。しかしながら、正しくない復讐だってございます」
「それはなんだ?」
「ご自分で『納得できない復讐』でございます」
 確かに、復讐して後悔するなら、絶対にやるべきではない。
 やるなら、遂行することで『前に向く』という決心ができた時のみだ。
「彼を殺して満足ができるなら、どうぞ」
「……く」
 俺に向かって手をかざすカイン。再びサラマンダーとウンディーネの魔力が充実し始める。
 俺は目を瞑って受け入れる。ここで抵抗しても無意味だろう。
 ルビアも動かない。どうやら結末は見守るつもりらしい。
「…………」
 いつまで立っても精霊の攻撃がこない。カインが攻撃の指示を出していないのだ。
「…………ふう」
 そうして、サラマンダーとウンディーネは消えた。カインが引っ込めたのだ。
「カ、カイン様!? どうして!?」
「彼女の言ったとおりだ。あいつは、勇者グロウじゃない。別人だ」
 カインが天井を見上げる。
「僕だって、本当は分かっていた」
 苦々しい表情で語っている。恐らく勇者の悪行を思い出しているのだろう。
 だからこそ、俺が別人だというのは他ならぬカイン自身が誰よりも分かっているのだろう。
「なあ、あんたが別人なら、勇者グロウはどうなったんだ?」
「多分、消滅した。俺の人格が上書きされたからな。まあ、乗っ取ったとも言える」
 考えたら、勇者側からしたら酷い話だ。まあ、天誅ともいえる。
「ふっ。体を乗っ取っただと? あんたも大概に酷い奴だな」
 初めてカインが笑う。その顔はどこかスッキリとしたようでもあった。
「つまり、僕の復讐は、あんたがやってくれたってことか」
「そうなるな。悪いな、横取りしてしまって」
「ふん」
 もはやカインに敵意は無かった。
「カイン様、ダンジョンはいいのですか?」
「さすがに『別人』を殺してのダンジョンを奪う気にはなれない。諦めよう」
 そういって部屋から出ていくカイン。その後ろをダイアがついていった。
 こうして主人公の『ざまぁ』は終わりを告げた。

 ×××

「助かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 俺とルビアは生まれて初めて出すような大声で叫んで、その場にへたり込んだ。
「お疲れ様です、ルビア様」
 その様子をフィオナがねぎらっていた。
「いや、本当に助かったわ」
「ふふふ、いい感じに悪役令嬢してたでしょ?」
「いや、めちゃくちゃだった」
「せっかく助けてあげたのに!?」
「はっはっは。普段のお返しだ。すまんな。そして、ありがとう」
 やる気の無い悪役令嬢がここまで頑張ってくれたのだから、感謝だな。
「まあ、おっさんが死んだら、目覚めが悪かったしね」
「ああ、サンキュー」
 やはりルビアと組んでよかった。悪役令嬢の名は伊達じゃなかったわけだ。
 こうして俺のざまぁは回避された。死亡フラグは完全に折れたのだ。
 これにて解決。めでたしめでたしだ。
 だが、俺はカインが去り際に、言った言葉が気になった。
 それは聞き間違えかと思うほど、小さな声だった。


『まだ、僕の復讐は終わってはいない』


 どういう意味なんだろう。
 全てが解決したわけじゃない。むしろここからが本番だ。
 そんな嫌な予感が頭から離れなかった。
 そして俺は忘れていた。まだ重要なミッションが残っていたのだ。

 19話 本当のざまぁ

 あれから数日が過ぎた。
 ざまぁを回避した俺は、変わらずセシリアのパン屋を手伝っている。
 毎日が楽しい。生きている実感がある。
 ここには俺をこき使う上司もいない。そして、もう命の危機もない。
 ざまぁも無双も出来なかった。でも、それでいい。
 勇者みたいなハズレに転生して、生き残れただけでも大金星だ。
 これもある種のスローライフ。平和な毎日さえ続けば、それでいいのだ。
 ルビアも同じ考えらしい。このまま夢であるパン屋の店員をやりながら、のんびりと毎日を過ごす。それだけで幸せなのだろう。
 あれだけ意地悪をされていたスカーレットたちともすっかり仲良しだ。彼女を脅かすものも存在しない。
 まあ、相変わらずやる気が無いというか、常に眠そうである。どうやら睡眠不足らしい。
 いったい何をやっているのやら……まあ、前回は頑張ってくれたから、俺も何も言うつもりはない。
 やる気の無い悪役令嬢は、やはり眠そうにしているのだった。
 これにてハッピーエンド。俺の物語はこれで終わり。
 そのはずだったのに……
 『それ』は突然やってきた。

「た、大変です!」

 血相を変えたセシリアが駆け込んできた。
「ニーナさんが見当たらないんです!」
「え?」
 ニーナがいない? いつも俺にくっついていたのに、珍しいな。
「出かけているだけじゃないのか?」
「でも、こんな手紙がありました」
 そこには衝撃的な内容が書かれていた。

『今までありがとう。とても楽しかったです。探さないでください』

「なんだよ、これ」
 まるで今生の別れかのような書き方だ。
「これはただ事じゃないね」
 ルビアも重大な案件として捉えているようだ。
「フィオナ、ニーナさんの足取りは掴めそう?」
「承知しました。一時間ほどお待ちください」
 フィオナがその場から消えた。まさしく目にもとまらぬ動きだった。
 まるで忍者である。本当にこの侍女は頼りになるな。
 困ったことがあった瞬間、いつでも最速で動いてくれる。
「とりあえず、フィオナの情報を待とう」
 そのまま、時間を潰す。
 正直、気が気でなかったが、逆に言うなら、落ち着くための時間でもあった。
 いったい、ニーナに何があったのか? なぜ、あんな手紙を残したのか。
 確かにニーナは最初からどこか投げやりな様子があった。そこが違和感ではある。
 だが、ニーナはもはや俺の重要なパートナーだ。
 彼女はずっと勇者に恩を返すために生きてきた。それゆえに汚い事もやってきた。
 それは報われない行為だった。ただ、勇者に利用されていただけの人生。
 そんな彼女はようやく自分の人生を歩みだしたんだ。
 その上でずっと俺に付き合ってくれた。彼女がいてくれたおかげで心の安定を保つことができた。
 俺はあの薄暗い倉庫で、たった一人でダンジョンを探すことが俺に出来ただろうか? ニーナがいなかったらとっくに精神崩壊を起こしていたかもしれない。
 最低最悪の勇者だった俺に無条件でついてきてくれたんだ。彼女は幸せになるべき人間なんだ。
 誰が何と言おうと、俺がそう決めた。
「お待たせ致しました」
 そう考えていたら、フィオナが戻ってきた。きっかり一時間だった。
 本当に几帳面な性格だよな。
「どう、フィオナ。なにか分かった?」
「はい。ニーナ様の行方が分かりました」
「本当か!?」
 さすが最強の侍女。どんな仕事でも確実にこなしてくれる。
「町の人たちの情報によれば、ニーナ様は今、ドルゴン砂漠におられます」
「ドルゴン砂漠?」
 ルビアは首をかしげている。この世界の地理の事なんて分からないから、当然だろう。
 だが、俺には聞き覚えがあった。どこだっけ?
「非常に上質な魔石がとれる場所ではあるのですが、危険なモンスターが生息する場所でもあります。特に集団で動くモンスターもいるので、囲まれたら危険でしょう」
「へえ~。つまり、ニーナさんはいい魔石を求めて、そのなんちゃら砂漠へ行ったってこと? その……命懸けで?」
「そうなりますね。ただ、ニーナ様の実力ならば、油断さえしなければやられることはないと思うのですが……」
 フィオナがちらりと手紙の方を見る。
 ニーナなら危険な場所ではない。だが、あの手紙に書かれた内容は、自らの死を悟っているかのようにも見える。
「ああああああ!」
 その時、俺は重大な『ある事実』を思い出していた。
 そうだよ。そうだった。
 なんで、俺はこんな重大な事を忘れていたんだ。
 ニーナが勇者とともにカインから『ざまぁ』をされて終わりを迎えた場所。
 それがドルゴン砂漠だったんだ。
 つまり、このままではニーナ…………死ぬ!?
「なあ、カインは? あいつは何処にいるんだ?」
「カイン様ですか? 少し前まで町に滞在していたと思いますが……何か気になるんですか?」
「悪い、カインの情報も集めてきてくれないか」
「しかし、今はそんな場合では……」
「頼む!」
 俺の迫力に気押されるように押し黙るフィオナ。
「わかりました。少々お待ちください」
 カインが何処へ行ったのか? それによって事の重大性が一気に変わる。
 ほどなくしてフィオナが帰ってきた。今度はほんの数分ほどであった。
「あの……カイン様の居場所が分かりました」
 相変わらず神速で仕事を終わらしたフィオナだが、その表情は何故か暗い。
「カインは、まだこの町にいるのか?」
「いえ、既にこの町からは出ている模様です」
「どこへ向かったかは分かるか?」
「それが……」
 言い淀むフィオナ。その反応を見て、俺はなんとなく想像がついてしまった。
「カインは、ドルゴン砂漠へ向かったんだな?」
「は、はい。おっしゃる通りです。これはいったい……」
 遺書めいた書置きをしてドルゴン砂漠へ向かったニーナ。
 そして、同じくドルゴン砂漠へ向かっているカイン。
 ここから導き出される答えは一つだ。
「まさか、カインがニーナさんを襲うってこと!?」
「ああ、ニーナが危ない!」
 このままでは『原作通り』になってしまう。
 俺は助かった。でも、その代わりにニーナが『ざまぁ』をされてしまう。
 そんなのは、納得がいかない! ニーナだって生き残るんだ!
 二人で生き残る。そう約束したんだよ!
「ああ、もう! 分かったよ。早く行こう!」
 真っ先にニーナ救出を名乗り出てくれたのは、意外にもルビアだった。
「ルビア……いいのか?」
「今度の今度こそ、やる気を出すのは最後だからね! あたしはやる気なしの悪役令嬢でいたいんだ。だから、これで決着をつける。オーケー?」
「ああ、サンキュー!」
 もう一度だけやる気を出してくれるらしい。素晴らしいボーナスステージだ。
「一応、こんな事が起きた時のために『秘策』があるんだよ」
「ま、まだ秘策があったのか!?」
「うん。ずっと仕込んでいた。でも、間に合うかどうか分からないから、あんまり期待しないでね」
 前回は小石型のトランシーバーを作ってくれていたルビア。今回の切り札はなんだろう。
 ルビアの目配せに、フィオナがトランシーバーを使って、どこかに指示を出し始めた。今回の秘策と関係あるのだろうか。
「ええ、もちろん、今回も私がご一緒します。ルビア様が行く先が、私の行く所です」
 フィオナもついてきてくれる。気付いたら毎度お世話になってしまっているな。
「俺も行かせてもらうぜ」
 意外な人物が乗ってきた。キラーだ。
「あんたに借りを作るチャンスだからな!」
「死ぬかもしれないんだぞ」
「俺は死なねーよ。今の俺はついている!」
 どれだけ前向きなんだよ。原作では、ほとんどモブのまま死んだくせに。
 だが、見習うべき部分でもある。『ざまぁ勇者』も負けてられないな。
「俺はこの戦いが終わったら、結婚する! だから、絶対に勝つ!」
「それはよせ!!」
 思い切り死亡フラグを立てるキラー。もう、あからさますぎて逆に死なない気もした。
「まあ、恋人とか、いないけど」
「おらんのかい!」
 死亡フラグ立てる前に恋人を作りなさい。
「セシリアとネネは残ってくれ。お店も大事だ」
「は、はい」
 流石にこの二人は連れていけない。危険すぎる。
「無事に戻ったら、パーティを開いてほしい。その準備を頼む。キラーじゃないが、楽しみが欲しいんだ」
「わかりました。無事に戻ってきてください」
「ああ!」
 こうして俺たちは最後の決戦の場であるドルゴン砂漠へと向かった。

 ×××

 ドルゴン砂漠へ到着する。
 周りは恐ろしい熱気に包まれている。肌を焼くレベルの極悪な気候だ。
 何も対策しないで訪れると、灼熱地獄によりどんどん体力が奪われていき、並みの冒険者ならば数十分で死に至る。
 原作での勇者パーティも、カインから逃走した先、この気候で体力を奪われ疲弊している所にモンスターに囲まれて、全滅することになった。
 カインには水の精霊ウンディーネがいる。この暑さを緩和する対策があったのだ。
 だが、俺たちに精霊はいない。
 普通にこの砂漠へ入ってしまうと、原作通りに死にかけてしまうのだが……
「こんなところで『アビスワームのパン』が役に立つとは……」
 俺たちはアビスワームのパンを食べることで、この砂漠のスリップダメージを凌いでいた。
「こんな砂漠でパンとか、普通ならあり得ないんだけどね」
「ああ。でも、食ったら喉が潤うんだよな。不思議だよ。あと……美味い!」
 食べた瞬間、そのパンは大量の『水分』へと変化され、喉の渇きが潤っていく。
 更に体に溜まった暑さも緩和され、適度に体内が冷却される。
「原理としては、魔力の補充でございます」
 どうやらこの世界は『体力』も『魔力』の一部とされているようで、魔力の低下が体力の低下と定義することもできるらしい。
 アビスワームのパンにはとてつもない魔力が籠っている。食べることで魔力が補充されて、体力が回復するという原理のようだ。
「パンの数が減っていたのは、間違いないんだな?」
「はい。セシリア様から、そう聞きました。恐らくニーナ様が持っていかれたのでしょう」
 つまり、ニーナも砂漠の環境でやられることは無い。もっと言えば、彼女の実力ならば、モンスターにも負けないだろう。
 その部分を考慮すれば、取り返しのつかない事態はまだ避けられるはずだ。
 だが、それ以上の脅威も残っている。
「カインもここに来ているんだよな」
 流石のニーナでもカインを相手だと分が悪い。急いで駆け付けなければ……
「ニーナ様の『魔力』を追いましょう」
 フィオナが目を閉じて、集中を始めた。探知能力の高い彼女が頼りだ。
「見つけました! 向こうです!」
「サンキュー、フィオナ」
「ええ。ですが、もう一つ、更に強大な魔力も一緒です!」
「カインか!」
 すでにニーナはカインと対峙している。急げ!
 そのままフィオナの案内の元、全力で走った。疲れたらパンを食べれば回復する。
 暑さも、疲れによる体力低下も、気にしなくていい。全力疾走だ!
「いたぞ! ニーナだ!」
 ついにニーナを見つけた。そして、カインとダイアも一緒にいる。
 ニーナの方は体中が傷だらけだった。
「砂漠の環境とモンスターだけで始末できると思っていたが、ニーナめ。貴様もそんな実力を隠し持っていたんだな」
「そうだね。それでもう一度聞くけど、約束通り一人で来たんだし、グロウ様たちに手は出さないようね?」
「ああ、信じられない話だが、奴は別人らしい。別人に復讐はできない。僕が殺すのはお前だけだ」
「それを聞いて安心したよ」
 こんな状況なのにニーナは心の底から安心するように笑っている。
「うん、そうだね。キミにはその権利がある。酷い事をしたもんね。いつかはこんな日が来ると思っていた」
 ニーナはまるで全てを受け入れるように目を閉じた。
「分かっているのならいい。次で終わりだ。祈れ」
「…………ん」
 抵抗をやめて、両手をだらりと下げるニーナ。いよいよ、覚悟を決めたらしい。
 だが、そうはさせない!
「ちょっと待った!!」
 カインに向けて全力で叫んだ。
「む、勇者グロウ!?」
「え!?」
 カインとニーナ。そしてダイアが同時に驚きの声を上げた。
「グロウ様……なんで来ちゃったかな~」
「一緒に生き残るって言っただろ」
 俺がここに来たのは、カインにとっても意外だったようで、彼は複雑そうにため息をついていた。
「勇者グロウ……いや、別人だったな。本当に神出鬼没だな。だが、止めないでくれ。今回は『正当な復讐』だぞ」
 確かに、ニーナがカインを傷つけたのは事実だ。
「グロウ様。カインの言う通りだよ。これは私の『罰』なんだ」
「そういう事だ。こいつは別人じゃないんだろ? 口出しは無用だ!」
 カインの奴、どうしても復讐をする気か?
「待ってくれ。ニーナは前のグロウに命令されて、無理やりさせられていただけだ。彼女の意思じゃない」
「それでも、拒否することは出来たはずだ」
「拒否したら殺された。カインだって分かってるだろ?」
「関係ない。その女は僕を傷つけた」
 まるで引く様子もない。よほどニーナが許せないのだろうか。
「カイン……そんなに復讐がしたいのか?」
「そうだ。僕の心が復讐しろと叫んでいる!」
 な、なんだそれ。原作のカインって、こんなキャラだっけ?
 目的の邪魔になるから『ざまぁ』をするならともかく、復讐そのものを目的とするなんて、見たことも無い。
 実に『主人公』らしからぬ行動だ。
 これも一種の『気まぐれ』なのか? 主人公の気まぐれで、ニーナは許されなくなってしまったのか?
 でも、『なにか』がおかしい。そんな気がする。
「はあ、はあ、僕は……復讐するんだ。復讐、フクシュウ……」
「カ、カイン?」
「うぐ、頭が痛い」
 カインが頭を押さえている。目も虚ろだ。
 まるで何かに『操られている』ようだ。
 やはり、これは本当のカインが望んでいた復讐じゃない気がする。
「悪いけど、無理やりにでも止めるよ!」
 説得は不可能と判断したのか、ルビアが前に出た。
「させない!」
 この物語の『正ヒロイン』のダイアが俺たちの前に立ちはだかる。
 そんなダイアにフィオナが話しかけた。
「ダイア様、あれは貴方の愛したカイン様ですか?」
「黙れ! 私は何があっても、カイン様を守る。それだけだ! それ以外は考えなくていい!」
「やれやれ。ただ盲目的に従うのでは、真の侍女とは言えませんよ。ご主人様の様子がおかしいなら、目を覚まさせてあげなさい」
 フィオナが「まあ、私も人の事は言えませんけどね」と呟く。
 確かに、本人もルビアに向き合えずに泣いていたもんな。
「彼女を見ていると、自分を見ているようでモヤモヤします。というわけで、彼女の無力化は私に任せてください」
 そうしてフィオナが短剣を構える。
 フィオナとダイア。以前はフィオナの完勝だったのだが……
「今回は前のようにはいかない」
 距離を取ってフィオナに魔法を放つダイア。
 それは上級魔法ではなく、初級魔法のファイアボールだった。威力は高くないものの、隙が無い。
 ファイアーボールを避けるフィオナ。だが、その回避地点にダイアは再びファイアーボールを放っていた。
 ファイアーボールの連射……いや、これは『乱れ撃ち』だ。
 ファイアーボールをばら撒くことによって、近づけさせない作戦らしい。
 短期決戦とはいかないが、確実に勝てる戦略である。
 対して、フィオナは達人級の回避能力を誇るが、流石に乱れ撃ちをされては、簡単に懐には潜り込めない。
 被弾覚悟でまっすぐダイアの元へ向かえば、攻撃は可能だが、その『被弾』がフィオナにとって致命傷となる。
 フィオナは『防御力』が低い。一般人並みだ。
 スピードと回避に特化した分、どうしても装甲は薄くなる。
 一撃でも当たってはいけない。それをダイアは前回のやり取りで見抜いていた。
「おやおや、よく学習しています。あの時に始末した方が良かったでしょうかね」
「そうかもしれないわね。私を生かして、学習させたことを後悔なさい」
「学習できるのは良きことです。此度の戦いで、更に勉強すると良いでしょう」
「黙れ! 上から目線で私に語るな!」
 なおも激化するダイアとフィオナの戦闘。
「俺たちは、カインの方へ行こう」
 カインが止まれば、ダイアも自然と攻撃をやめるはずだ。本命はカインだ。
 フィオナがダイアを押さえてくれている内に、俺たちがやるしかない。
「……ぐぐぐ」
 唸り声を上げ続けるカイン。もはやまともな精神状態でない気がする。
「今回は悪役令嬢ムーブで何とかなりそうな感じじゃないね」
「そうだな。まるで復讐鬼だ。もはや話し合いでの解決は不可能だろう」
「はあ、仕方ない。無理やり押さえつけるか。あたしは武闘派じゃないんだけどね!」
「すまん。俺もできる限りはサポートする」
 勇者では主人公に勝てない。それどころか、お荷物になる可能性の方が高い。
 カインがウンディーネとサラマンダーを召喚する。そして、二匹の精霊はいきなり攻撃を仕掛けてきた。
 炎と氷を同時に放つが、その攻撃はルビアがあっさりと無効化した。
 以前も見せたように、ルビアには精霊の攻撃は効かない。それ以上の魔力でかき消すことができるのだ。
 ただ、それを抜きにしても、二匹の魔力が安定していないように見える。カインの体調が悪いのが原因だろうか。
「ぐ、おおおおおああああああ!」
 カインが頭を押さえて叫ぶ。すると次の瞬間、地面が大きく揺れた。
「な、なんだ?」
 膨大な魔力が暴走し、空間にヒビが入る。そして、そこから魔物が出現した。
 それは体長が十メートル以上ある巨大なドラゴンであった。
 青く輝く鱗は頑強な魔力に覆われており、勇者程度の攻撃では、簡単に弾かれてしまうだろう。
「うわ、なにこれ。ドラゴン?」
「ああ、ブルードラゴンだ」
 カインがテイムしたモンスターでも、最強レベルの神獣だ。当然ながら、その強さはアビスワームなど比較にならない。
 カインめ。ついに本気を出すつもりだな!
「ゴオオオオオオ!」
 ブルーラゴンの口が大きく開いて、そこから魔力が充填されていく。
「来るぞ、ドラゴンブレスだ!」
 これはただのブレスではない。ドラゴンの魔力が込められた氷のブレス。ウンディーネの魔力が子供に見えるほど強烈な魔法力を秘めている。
「はあ、しゃあない。今日だけは本気出すわ」
 ルビアはブルードラゴンのブレスに対して、手を向けた。魔力破を放つつもりらしい。
 大丈夫だろうか。ドラゴンブレスは以前にルビアが見せた魔力破すら上回っているように見える。
 だが、ルビアも今回は『本気』のはずだ。以前のアビスワーム戦で彼女は手加減をしていた。
 本気のルビアの放つ魔力破がどれほどの威力なのか。それが全てを分かつだろう。
 主人公と悪役令嬢のチート。どちらが勝つか、予想するのは神以外には不可能だ。
「グオオオオオオ!」
「はあああああ!」
 そうしてドラゴンブレスとルビアの魔力派が同時に放たれた。
 すさまじい光と魔力が辺りを包み込む。
 地面が大きく揺れた。まるで巨大地震が起きたかの如く、強烈な衝撃波が大地を動かしている。
 フィオナとダイアも戦いを止めて、その光景を見入っている。
 両者の魔力は互角か?
 そう思っていたが、少しずつルビアの魔力破がドラゴンブレスを押し込めていた。
「行けるぞ!」
 勝てる。俺がそう思った瞬間、ルビアに向かって二つの影が近づいてくる。
「げっ!」
 それはサラマンダーとウンディーネだった。
 ブルードラゴンを援護するために、ルビアを攻撃するつもりだ。
 二匹の精霊がルビアに向かって攻撃魔法を放つが……
「させるか!」
 俺はすかさずエクスカリバーで結界を張った。
「ダメだよ。破られる!」
 エクスカリバーの結界では精霊の攻撃は防げない。前回で学んだことだ。
 だか、だからこそ、俺はそのための対策を立てていた。
「大丈夫だ。任せろ」
 俺は精霊の攻撃魔法の軌道を変えて、攻撃を逸らした。
 攻撃を防げなかったとしても、その方向を変えることは俺でも可能だった。
「悪いな、カイン。これが勇者の『復習』だ」
 一度見た攻撃は対策をする。勇者流の復讐ならぬ復習である。
「やるじゃん。それじゃ、これで終りね。……ふんぬっ!!」
 ルビアが力を込めた瞬間、その魔力破はドラゴンブレスに打ち勝った。
 魔力派は、そのままブルードラゴンに直撃。
 ブルードラゴンは唸り声を上げて、地面へ倒れこんだ。しばらくは動けないだろう。
 後はカインを押さえればいい。
「ふう、これで勝てるね」
「ああ。だが、カインの奴、何かがおかしい」
「……うん」
 俺たちの察知した違和感。それはカインの『頭上』だった。
 その頭上には『黒いモヤ』みたいなものが微かに見える。
「あそこ、なんかおかしいよね」
「ああ、俺も思った」
 まるでそこだけが、異次元に通じる亀裂みたいな、そんな違和感があるのだ。
「そうなのですか? 私には見えませんが……」
「ごめん。私も分からないや」
 フィオナとニーナにはあの黒いモヤは見えていないらしい。
「……確かに、カイン様の様子は普通じゃないかもしれない。あの方は、もっと魔力量が大きい。ブルードラゴンも力を出し切れていなかった」
 ダイアも俺たちの邪魔をする気が無くなったのか、攻撃を完全に止めている。
 確かに、原作のカインはもっと圧倒的だった。本調子ではないようだ。
 カインがおかしくなっているのは、あのモヤのせいなのでは?
 いや、俺はあのモヤに対して予想がついていた。
 きっとあれが、例のミッションの『標的』だ。
「ルビア、あのモヤに全力で魔力を放ってくれ」
「おっけー」
 ルビアがカインの頭上のモヤに狙いを定める。範囲を狭めて、更に魔力を凝縮させていた。
 まさに次元すら破壊できるほどの魔法力だ。
「そこだ!」
 魔力破がカインの頭上にあるモヤに直撃する。
「ギャアアアアアア!」
 カインが悲鳴を上げる。
 だが、カインの声と同時に、『もう一つの声』が聞こえた。
 そして、その黒いモヤは、カインの体から分離した。その瞬間、カインが糸の切れた人形のように倒れた。
 そして、カインが召喚したモンスターが全て消え去った。
「え? どういう事?」
 ニーナが不思議そうに首をかしげている。
「ちょ、ちょっと待ってください。あれはなんですか?」
 珍しくフィオナが動揺しており、彼女はあの黒いモヤを指さしていた。
「フィオナ、今は見えるの?」
「え、ええ。当然現れて……。さっきからお二人がおっしゃっていたのはあの黒いモヤの事だったのですね」
 どうやら、カインと分離したことで、ニーナやフィオナにも認識できるようになったらしい。
 普段は誰かに取り付いて、この世界の人間には認識できないようにしていたという事だろうか。
「ねえ、あんたなら、あれが何か分かるの?」
「いや、俺も知らない。こんなのは原作でも見たことが無い。だが、正体は予想がついている」
 原作にすら登場しない、恐ろしい『何か』。
 その正体は……

「ふふ、ふふふふふふふ」

 黒いモヤが笑う。どうやら『意思』があるらしい。
「一応、聞くぞ。何者だ?」
「ふふふ、我が正体を知りたいか? よかろう」
 場に恐ろしい魔力が広がる。
 これは攻撃ではない。ただ『溢れ出た』だけだ。
 それはとんでもない魔力量だった。ルビアすら超えているかもしれない。
 黒いモヤは少しずつ形を作っていく。それは『人』の姿だった。
 いや、ただの人じゃない。『小さな少女』だ。
 だが、その背中には羽が生えており、そして頭には輪のようなものが浮いている。
 この姿を形容するならば、それは……
「我は……神なるものぞ!!」
 神。世界を創造するもの。
 だが、俺はその姿に見覚えがあった。正確には別人だが、『よく似ている』のだ。
 それは、天界であった天使にそっくりだった。
 そして、彼女が言っていた特徴と完全に一致する。
 つまりこれが、俺の探していた『標的』だ。
「お前が『悪の天使』だな!」

 20話 悪の天使

 間違いないだろう。ついに見つけた。
 俺をこの世界に召喚させた元凶だ。
「我が名はメイズ。神聖なるヴァルハラの御使いぞ!」
 今の言葉で確定だ。こいつが俺の本当の『敵』だ。
 本来はこの世界に存在しない。俺たちのような現代人を異世界に召喚する種族。
「お前は……何が目的なんだ? どうしてこんな事をする?」
「理由かえ?」
 にま~と無邪気にメイズの口が歪む。
「最近の物語は、つまらん」
「…………は?」
 こいつ、いきなり何を言っているんだ??
「そこな下郎、近頃の異世界転生は、実に下らぬと思わんかえ?」
「なんの話だ?」
 異世界転生って、俺たちみたいな召喚者の事か?
「現実で不幸なる者は、異世界に召喚されて人生をやり直し、幸せになる。嗚呼、平々凡々な物語よ。故に我が真なる『娯楽』を提供してやったのじゃ」
「娯楽……だと」
「異世界に召喚されたら、自分が復讐されちゃった♪ おお、何たる悲劇か」
 よよよ、と目の前の天使は涙を流し始めた。
「よいか? 悲劇こそが至高の娯楽よ。幸せになる物語など気色が悪い。吐き気がする。心が腐るわ。だから、我が悲劇を提供して、天使どもに『本物』を見せつけてやるのじゃ」
「ちょっと待て。そんな下らない理由で、俺を勇者に転生させられたのか!?」
「下らぬだと!? 無礼者めが!! これだから、下賤の者は始末に負えぬわ!」
 メイズの目が蛇のように細くなった。それは睨まれただけで動けなくなるような迫力だった。
 神を自称するだけあって、眼力も相当のものだ。
「下らぬと言えば、あのカインとかいう者。まさか、『復讐をやめる』と決意するとは思わなんだわ」
「…………え?」
 その声に最も驚いたのはダイアだった。
「だから、我が取り付いて、暴走させてやったのよ。前を向いて歩くと決心した者を闇へと歪ませてやる。ほほほ、これもまた、良き悲劇かな」
 なんてことだ。カインは復讐なんてやめて、幸せへの道を歩む決意をしていたんだ。
 それなのに、この天使が無理やり彼を闇落ちさせていた。
「き、貴様ぁぁぁ!」
 主人を狂わされたと知ったダイアが、吠えるように叫ぶ。
「とりあえず、一つだけ分かった」
 俺はメイズを指さした。
「お前が、全ての元凶だ!」
 俺だけじゃない。ひょっとしたら、他の転生者も、こいつのせいで悲惨な結末となっていたかもしれない。
「楽しかったぞい。せっかく異世界に転生したのに、最後は身の覚えもない復讐をされて、嘆きながら死んでいく勇者たち。最高じゃ! これぞ最高の悲劇! そして悲劇こそが物語を盛り上げる最高の味付けなのじゃ!」
「そうやって、何人もの転生者を殺してきたのか」
 たくさんの罪も無き人々がこいつの娯楽の糧となっていた。
「うむうむ。此度も良い悲劇の材料となってくれたぞ。そこな勇者! 貴様は手違いで転生させられて、最後は復讐されて果てる。最高のバッドエンドじゃ!」
 メイズが俺に向かって指をさす。
「本当は純粋なのに、勇者のせいで醜い肉塊へと成り果てる美しき少女! これまた、良き悲劇かな! 我の最高のシナリオよ!」
 次にニーナに指をさす。
「そしてぇぇぇぇぇ!」
 最後にメイズはルビアとフィオナを指さした。
「…………………………誰?」
 首をかしげていた。
「なぜ、かような者がこの世界にいる? どこから迷い込んだ???」
 どうやら、ルビアとフィオナの参入はメイズにとっても想定外の出来事らしい。
「まったく、今回はつまらん。貴様らのおかげで、我が大名作は駄作になってしもうた。責任を取って……死ぬがよい!!」
「ふざけんな。死ぬのはお前だ」
 俺がこんな目に遭った全ての原因である悪の天使メイズ。
 こいつさえ倒せば全てが終わる。ここからが最後の戦いだ!
「ちょっと。全然状況が掴めないんだけど??」
「簡単に言えば、こいつは悪の天使で、俺たちをこんな目に遭わせた元凶だ」
「つまり、あたしがだらだらできないのは、こいつのせいって事?」
「そうだ。全部こいつが悪い!」
 いや、ルビアのやる気に関しては、全く関係ないんですけどね!
 もうこいつが悪いって事にしておきます。
「おのれ。あたしのだらだらライフをよくも……許さん! ぶっ殺す!!」
 ルビアが今まで見たことも無いレベルで怒っていた。ちょっと八つ当たり感もあるのだが、それは言わない事にする。
「何を言ってるのか全っっっっ然わからないけど、あいつを倒せばいいんだよね。グロウ様?」
「そうだ。あいつが全て仕組んだことだ」
 ニーナはアビスワーム入りのパンを食べて、体力が全快していた。ここからは強力な戦力として役立ってくれる。
「承知いたしました。では、神退治と参りましょう」
「カイン様を利用した報いを……受けろ!!」
 フィオナにダイアまでも俺たちに力を貸してくれるみたいだ。
「我を倒すつもりか? 愚か者が!!」
 そうしてメイズが手をかざすと、その手に光の玉が出現した。
 その光の玉はゆっくりと浮遊して、メイズの隣で従うように浮いている。
「これは『神の精霊石』じゃ」
「なに!?」
 神の精霊石。それは原作で『設定のみ』存在した伝説のアイテムだ。
 手にした者は無限の魔力を得られるという。
 作中では伝説の秘宝として語られていたが、その存在は謎に包まれていた。
 作者ですら持て余す設定と言えるレベルだ。
 それをメイズは持っていた。なんでもありかよ!!
「今の我は無限の力を手にしておる。残念だったの」
 メイズが煽るように笑う。
「様々な試練を乗り越え、その先で待つは破滅。ほほ、ようやく良いシナリオになってきたの。これまでの駄作ぶりが嘘のようじゃ」
 精霊席に膨大な魔力が溜まっていく。それはルビアの魔力量をとっくに超えていた。
「これは……あたしでも無理だ」
「みんな、散れ!」
 俺の言葉で全員が散開した。そこにメイズの魔力が解き放たれる。
 その威力は地面を薙ぎ払いながら、地平線の彼方まで届いて山を一つ消し飛ばした。
「く、こんなの勝てっこないぞ」
 絶望している俺たちにメイズが満足そうに笑いかける。
「ふほほほ。ようやく理解したかの? そう、貴様らは我の『気まぐれ』で生きて、そして『気まぐれ』で死ぬのだ。これが神の力よ」
 俺たちの理解を超えている神。所詮人間では天使に勝てないのか?
「こういう気まぐれもできるぞ!」
 メイズの目が光る。
 次の瞬間、カインがだらりと起き上がった。
「復讐……フクシュウ……」
 目に光が無く、ブツブツと『復讐』と呟いている。
「く、カインを操っているのか!」
「操っているとは、人聞きの悪い。我は彼の思いを増幅させてやっているだけよ」
「これがご主人様の思いだと? でたらめを言うな! 貴様がそうしているだけだろうが!」
「分かってないの~。復讐とは『人に対して』ではない。『理不尽』に対してだ。自分が理不尽な目に遭ったのであれば、その復讐として、他人にも理不尽を与えなければならない。復讐という言葉の意味をもっと勉強するがよい」
「ぜんぜんわかんねーよ」
 カインがゾンビのようにゆっくりした動きでブルードラゴンを召喚した。
 こんなものが、俺の憧れた『主人公』の成れの果てなのか。
「理解したかえ? ならば、理不尽を受け入れるがよい。さあ、やれ! カイン! 我も汝の復讐を手伝おうぞ!!」
 そうしてメイズの精霊石に再び魔力が籠る。
 ブルードラゴンもブレスの準備に入っていた。
「だ、ダメだ! 同時に攻撃されたら、避けきれない!」
 主人公と天使。この悪夢の同時攻撃は、回避不可能だ。
「復讐。ああ、そうだ。僕は復讐を……する!!」
 そうしてカインの目が見開いた。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ギャアアアアアア!?!?」

 そうしてカインの操るブルードラゴンが『メイズに対して』ブレスを吹きかけた。

「て、てめぇぇぇぇぇ! なにしやがる!?」
 メイズが怒りの形相でカインを睨みつける。
「決まっているだろう。『復讐』だよ」
 カインはくだらないものを見るように吐き捨てた。その眼には既に光が戻っている。
「な……復讐なら、勇者どもにやらんか!!」
「なぜだ? 僕に『理不尽』を与えたのは、他ならぬお前だろう。僕の本当の復讐相手は、目の前にいたんだよ」
 まさか……カインが操られているように見えたのは、演技だった?
 彼は自分が悪の天使であるメイズに憑りつかれている事に気付いて、彼女を出し抜くために今まで行動していたのか!?
「この僕を操ろうとしやがって。ずっとこのチャンスを狙っていたんだよ。天使だか何だか知らんが、僕を馬鹿にしたらどうなるか、思い知るがいい!」
 俺とニーナに執拗に復讐しようとしていたのは、半分は操られていたのもあるが、もう半分はあえて操られて、メイズを出し抜くこの瞬間をずっと狙っていたのか!!
「うげええええ!」
 さらにブルードラゴンのブレスによる追い打ちがメイズに直撃する。
 予想外からの直撃に、メイズは苦しそうにのたうち回っていた。
 ルビアと戦った時よりもさらに強力なブレスで、カインの本来の力を発揮していた。
 余裕がなくなったのか、メイズは大物のオーラが剥がれ落ちて、口調も態度も変わっていた。
「お見事でございます。予定通りですね、ご主人様」
「ああ、よく合わせてくれたな、ダイア」
「はい♪」
 カインは愛おしそうにダイアを撫でている。
「て、てめえ。そういう作戦だったのかぁぁ!?」
 まるで子供が癇癪を起こしたような、そんな叫び声をメイズは上げている。
「さすが主人公だよ。カイン」
「何を言っているのか分からん。だが、僕の手の内は見せたぞ。あんたにもあるんだろ?」
「ええ、ありますわ」
 俺の代わりに答えたのはフィオナだった。
「フィオナ? 何か切り札でもあるのか?」
「ええ。そうですね、ルビア様?」
「うん、そろそろ『到着』すると思う」
「到着? って、もしかして……」
 そういえば、ルビアには秘策があると言っていた。それが間に合うかもしれないって事か?
 だが、俺がそう思った瞬間、メイズが怒りの形相で立ち上がった。
「もう、許さんぞ。ゴミどもが!」
 そうして、わなわなと拳を震わせる。
「人類の全てを滅ぼしてやる!」
 メイズの持つ精霊石が更に強く光りだした。
「この神の精霊石は無尽蔵に魔力を引き出すことができるのだ! 精霊石がある限り、てめえらに勝ちはねえんだよ!」
 誰よりも強烈な魔力を放つメイズ。
 カインによる不意打ちは効いたが、この場の全員の力を合わせても、勝てそうにない。
「ち、僕たちだけじゃ勝てないな。もっと戦力があればいいんだが……」
「いや、大丈夫。来たよ!」
 次の瞬間、そこら中に魔法陣が展開される。
「こ、これは?」
 その魔方陣からは、数十人規模の『軍隊』が転移してきた。
「おおおおおおお!?」
 メイズを含む場にいる全員が驚愕の声を上げていた。
「ルビア様、お待たせしました!」
「ありがと。ギリギリだったよ」
 驚く俺たちをよそに、事務的にルビアは指示を送っていた。
「ちょ、ちょっと待て。ルビア、どういう事だ??」
「実は、こんな日のためにフィオナと二人でスカーレットと協力して転移を使った『魔法隊』を作っていたんだよね。これがあたしの秘密兵器ってわけ。本当に寝る暇もなかったよ」
「お前……」
 こんな軍隊を作っていたなんて……いったいどれだけ立ち回っていたんだよ。
「ルビア様。お見事でございます」
「フィオナのおかげだよ」
 笑いあうルビアとフィオナ。その間には強い絆を感じる。
「ああ、そうか。そうだったんだな」

 既に『悪役令嬢』は完全なる『覚醒』していたんだ。

 普段はやる気が無いように見えたが、『裏』ではとんでもない事をやっていた。
 目立たず、気付かれず、密かに誰もが予想もできない策略を、睡眠時間を削ってでも作り上げる。
 そうだよ。これこそが完璧な悪役令嬢だ。
 普段は眠そうにしていたわけだ。昼行燈みたいなものである。
「どう? あたし、悪役令嬢として、合格?」
「合格なんてものじゃない。俺の予想以上だったよ」
「ありがと。ちなみにこれは『勇者様のための軍隊』だからね」
 全員の目線が俺に集中していた。
 どうやら、最後の攻撃許可は俺が出す必要があるみたいだ。
 よし。それなら、さっそく攻撃命令を……

「聞け、人間たちよ。我は神だ」

 その時、口調を元に戻したメイズが全員に対して声を響かせた。
 その言葉にはカリスマのような危険な誘導性があった。全員が意識を飲まれたかのようにメイズの方を向いている。
 これも神の能力なのだろうか。
「本当に、あなたは神様なのですか?」
 魔法隊の一人が吸い込まれるように質問をする。
「左様だ、人の子よ。我は皆に重要な『事実』を伝えるために降臨した」
「事実? それはなんですか?」

「その者は本物の勇者ではない。勇者に成りすました『別人』だ。騙されるな」

 全員から戸惑いの感情が俺に向かって流れてきた。
 こ、こいつ……まさか?
「かの者は勇者の名を使って皆を騙そうとしているのだ。さあ、今すぐその偽勇者を討伐せよ!」
 その言葉で魔法隊の全員が俺に疑いの眼差しを向けてくる。
 くそ! メイズめ、俺を人類の敵だと皆に刷り込ませようとしているのか!?
「確かに……最近の勇者様の様子は、少しおかしかった」
「本当に偽物なのか?」
「我らを……騙そうとしていた?」
 さらに全員の疑惑が広まっていく。このままだとまずい。
「ま、待ってくれ。俺の話を聞いてくれ!」
 弁解しようとするが、俺が語り掛けるほど、より怪しく見える。
 なにより、メイズの言う事は嘘じゃない。確かに俺は勇者を騙っていた。
「そいつは偽勇者だ。殺せ! 今すぐ……殺せ!!!!」
「…………偽勇者」
 完全にメイズの術中にハマってしまった。もう誰も俺を信用していない。
「ヒヒヒヒヒヒ。勝った!」
 メイズが勝利を確信するように笑っていた。もうこの疑惑を止めるのは不可能なのか。
 くそ、最後の最後で、ここまで来て、『原作通り』かよ!
 やはり勇者は嫌われて破滅する。『ざまぁ』されるしかないのか!?
 全てはメイズの気まぐれに飲まれてしまうのか?
 結局、俺はいつだって信用されない。俺にはカリスマ性なんて無い。
 絶体絶命。そう思った瞬間だった……

「いいえ、皆さま。その神こそが偽物ですわ」

 さらなる『カリスマ性』のある声が周りに響いた。
 その声の主はルビアだった。心に響く芯のある声だ。
「き、貴様」
 メイズは忌々し気にルビアを睨む。
「よく思い出してくださいませ。最近のグロウ様は、皆さまを傷つけようとしましたか?」
 ルビアが言葉を発するたびに全員が彼女の方へと目を向けていく。
「世界を滅ぼそうとしているのは誰なのか? 皆を傷つけようとしているのは誰なのか? もう一度よく考えてください」
 流れがこちらに向いて来ている。次第にメイズの表情に焦りが出始めていた。
「確かに。最近の勇者様は、悪い人じゃない」
「いつも我らに試練を与えてくれた」
「この前喋ったけど、面白い人だったよ」
 人々は次々にそんな言葉を口にする。そこにはこれまでに築いてきた確かな信頼があったのだ。
 目の前にいる神よりも、俺の事を信じてくれるのか。
 目頭が熱くなってきた。
 俺は……生まれて初めて、人から信用されたのかもしれない。
「ま、待て。その女の言葉に耳を貸すな。そいつは悪魔の女だぞ! 我を信じぬか!!」
「皆様がご自分で判断してください。今まで見てきたものをよく思い出されるとよいでしょう」
 あくまで強制はしないルビア。
 対して、まるで命令するような口調のメイズ。
 どちらを信用したくなるのかは、言うまでもない。
「グロウ様は私たちを騙したりしません!」
「そうだよ、お兄ちゃんはそんな奴じゃない!」
 そんな中、意外な叫び声が響いてきた。
「セ、セシリア? ネネ?」
 あいつら、なんでここに?
 もしかして、こっそりと後をつけていたのか? なんて危ない真似を……
 でも、助かった。二人の魂の叫びは、何よりも心強い。
「ふむ、どうやら答えは出たようですな」
 次に声を上げたのは、意外にもスカーレットだった。
「その者が神を騙った偽物。勇者様を罠に嵌めてようとしているのでしょう! その手には騙されません!!」
「ええ、間違いありません。言葉の節々が怪しい」
「我らミステリ研究ギルドの目を欺けるとは思わんことですな!」
 おお、流石はミステリーマニア! きちんと考察してくれたか!
 まあ、今はミステリーとか全く関係ないけど。それでも嬉しい。
「そうだ、これまでの事も勇者様の試練に違いない」
「勇者様は我々を試しておられるのだ!」
 いや、それは流石に違うけど!?
 でも、懐かしいやり取りだ。これも俺が築いてきた時間か。
「勇者様の敵を倒せ!」
 そうして全員がメイズに向かって手を向ける。
「ば、ばかな。我が正しいのだぞ。我は神で、そいつは偽物だ。本当だぁぁぁぁ!」
 実はその通りである。
 メイズは嘘を言っていなかった。俺は本当のグロウじゃないし、メイズは神の眷属だ。
 でも、そんなのは関係ないんだ。俺たちがこれまで築いてきた時間は、誰にも否定できないのだ。
「ぐへへへ。ざまぁみろ」
 メイズを論破したルビアは、悪い笑みを浮かべていた。
 さすが悪役令嬢。もうどっちが悪か分からない。
「スカーレット隊。攻撃開始!!」
 四方八方から魔法兵器による集中攻撃がメイズを襲う。
 さらにカインのブルードラゴン。ルビアの魔力破もそれに加わった。
 流石にこの一斉射撃はメイズにとってもきついはずだ。
「愚か者どもが!!」
 しかし、その攻撃をメイズは結界を張って防いでいた。
「神の精霊石がある限り、我に負けはない! この結界は全ての魔法を無効化するのだ!」
 メイズが手に持っている神の精霊石は『全ての魔法を無効化する』らしい。確かにこれは非常に厄介だ。
 あのアイテムをどうにかしなければ、俺たちに勝ちはない。
 いったいどうすればいいのか?
 実の所、俺には『ある作戦』があった。
「なあ、カイン。さっき、俺に『手の内があるのか?』って聞いてきたよな?」
「急になんだ?」
「あるよ。俺にも『切り札』があるんだ」
 たった一度だけ使える俺の最大の作戦。それを今から発動させる。
「エクスカリバー!」
 俺はエクスカリバーを使って、結界を展開した。
 この結界は味方を強化する。そこには『隠密』も含まれている。
 メイズの結界に魔法は無効だ。だが、『魔法以外』のアプローチは可能である。
「ほう。なるほど……ね」
 メイズが何かを察したように気配を探り始めた。
「そこだ!!!」
 そして、密かに近づいていた『フィオナ』に攻撃魔法を放った。
「ち、気付かれましたか」
 舌打ちをして、その魔法を避けるフィオナ。
「貴様の切り札は暗殺か? なるほど。確かに魔法を使わないその女は脅威だった。エクスカリバーで隠密のステータスを強化したようだが甘い! 我はその女だけをきちんと警戒しておったのよ!!」
 勝ち誇るメイズ。
 確かにこの状態でメイズにとっての最大の脅威は、魔法を使わない人間だ。
 それも暗殺に特化したフィオナが最も危険だったのだろう。
 それは読まれていた……か。
「ときにメイズ様。こと隠密において『真の脅威』とは何かご存じですか?」
「何の話だ?」
 落ち着いた様子でメイズに質問をするフィオナ。
 そう、奴は『本当の脅威』に気付いていなかった。
「それは『警戒されない』という事。これが最も脅威にして、隠密の極意にございます」
 そう、この場でメイズから全く警戒されてない人物。
 そいつがたった一人だけいた。その人物はこれまで一言も発していなかった。
 それはきっとメイズにとって、取るに足りない人物だった。
 だからこそ、メイズはエクスカリバーで隠密の能力が上がった『その人物』の接近に気付かなかった。
「……え?」
 それは突然の事だった。
 メイズを覆っていた結界が消えたのだ。
 本人もどうして消えたのか分からないようだ。
 ほどなくして、メイズはその原因に気付く。
「神の精霊石が……ない?」
 メイズが手にしたはずの精霊石が、いつの間にか無くなっていたのだ。
 そして、これが俺の最大の切り札だった。
 俺はその精霊石の行方を知っている。

「探し物はこれか?」

 その神の精霊石を持っている人物。
 それは『キラー』であった。
「な、なんだと?」
 つまり、キラーが隙をついて精霊石を盗んだのだ!
「お、お前、誰だ? いつからいた??」
「最初からいたぜ!」
 そう、キラーはずっと俺たちの後をついて来ていた。
 だが、カインと対峙してからは一言も喋っていなかった。そしてずっと気配を消していた。
 キラーはフィオナから隠密術を学んでいた。その効力を最大に発揮するために、ずっと黙っていたのだ。
 エクスカリバーを展開して、メイズがフィオナに意識を向けたところで、俺がキラーに指示を出した。
 盗みは彼の十八番であり、それにエクスカリバーのステータス強化と隠密が加われば、非常に凶悪な『スティール』が可能となるのだ。
 キラーだからこそできる最後の切り札だった。この精霊石を盗ませるために俺はエクスカリバーを発動させたのだ。
 フィオナは完全な囮で、フェイクであった。
「嘘だ。こいつはただのモブだぞ。なぜ、こんなモブに!?」
「モブだからって、侮ったのがお前の敗因だよ」
 結局、メイズはシナリオ作りとしても三流だったのだ。
 それぞれのキャラの個性をまるで把握できていなかった。
 だから、あっさりと神の精霊石を盗まれたのだ。
「ふざけるなぁぁぁ! この雑魚どもめがぁぁ!!!」
 メイズは、今度は魔獣へと変身した。どうやら完全に力押しで来るつもりらしい。
「神の精霊石が無くとも、貴様らなど葬ってくれる!」
 精霊石の加護はなくなった今、最後の戦いは力押しだ。
「ち、まだ奴の方が僅かに力は上か」
 カインが舌打ちをする。
 精霊石が無かったとしても、本気を出したメイズは俺たち全員の強さを上回るらしい。
「お、おい。もう作戦は無いぞ。どうすんだ!?」
「これを使うしかあるまい」
 キラーの質問にカインが指さしたのは、彼の持つ『神の精霊石』だった。
「そうか。ルビアかカインが精霊石を使えば、メイズにも勝てる?」
「いや、あんたが使え」
 カインもルビアも俺を見ていた。
「え? 俺が使うの?」
「そうだね。おっさんが適任だよ」
 どうやら、神の精霊石は、勇者者の俺が使うのが最も効力を発揮するらしい。
 本当は分かっていた。でも、ざまぁ勇者がこれを使っていいのか、ちょっと複雑な気分だった。
「ま、気にしても仕方ないか」
「ああ、そうだ。ダイアはグロウの補助をしてやれ」
「……承知しました」
 なんと、ダイアが俺の補助をするらしい。
 そういえば、神の精霊石はエルフがサポートすることによって、その効力を更に倍増させるという裏設定があったんだっけ?
 原作ではカインの補助をやるものだと思っていたが……この物語はそうならなかったらしい。
 ダイアが無言で俺の背中に手を当てて、魔力を送ってくれている。
「ごめんなさい」
「ん? 何がだ?」
「貴方には、色々と酷い事を言ってしまった」
「いいよ。それも作戦だったんだろ?」
 カインとダイアはメイズに憑りつかれたことに気付いていた。
 そんなメイズを欺くために、今日まで演技をしてきたわけだ。
 よくそんな気の遠くなるような作戦を立てたものだ。
「撃てぇぇぇぇ!」
 魔法隊がメイズに魔法による一斉射撃を放つ。
 一撃はそれほどの威力ではないが、この人数だとかなりの脅威である。
「ち、うるさいモブどもが! 消え去るがよい!!!」
 メイズが魔法隊に強烈なブレスを放つ。
「避けようとしなくていい! 攻撃に徹してくれ!」
 俺は魔法隊に向かったブレスをエクスカリバーによる結界を使って向きを逸らした。
 天高く消えていくメイズのブレス。
「な、なぜ勇者ごときの結界に弾かれる!?」
 弾いたわけじゃない。向きを変えただけだよ。
 神の精霊石で強化されたエクスカリバーなら、これくらいの事は容易だ。
「単純なんだよ。攻撃も、考え方も」
 そうして、魔法隊による更なる追撃がメイズを襲う。
「ぐああああああ!?」
 さっきまでとは違って、その攻撃で各箇所から血を吹き出すメイズ。
「なぜ、モブがこんな攻撃力を!?」
「これがエクスカリバーの本当の効力だよ」
 エクスカリバーの真の強さ。それは味方の『強化』だった。
 神の精霊石により、範囲も効力も大幅に上昇したエクスカリバーは場にいる全ての味方にその膨大な効力を発揮する。
 今はどれだけの人数がいても、全員がエクスカリバーのバフを受けられる状態だ。
 人数が多ければ多いほど、その恩恵は大きくなる。
 一人一人のモブは、もはやモブと言えるレベルではなくなっていた。皆が主役級の強さを持つモブなのだ。
 だから、俺が神の精霊石を使うのが最も効果的だった。
「くそ、どういうことだ! 何が起こっている?」
 勇者は味方が多ければ多いほど強くなる。メイズはこの裏設定を知らなかったらしい。
 原作では我儘で無能だった勇者に味方なんていなかったからな。知らなくて当然か。
「ふふふ、私の本気を見せてあげましょう」
 特にスカーレットの魔力は強大だ。いや、強すぎる??
 ルビア級の出力だぞ。スカーレットがこんな力を隠し持っていたのか?
「こ奴、どうして埋もれていた!?」
「私はいつまでも世界の不思議を求め続けたいのです。それを妨害する者は、消すだけです。私の楽しい毎日を邪魔させませんよ」
 彼女はただ世界のミステリーを求め続けたいだけらしい。本気を出せば、世界最強に近い強さなのに、興味が無いのだ。
 この人、マジで主人公では??
「くそ。とにかく、先に勇者を殺さなければ!!」
 そうして、メイズは俺に狙いを定めた。
 両手には強大な魔力が籠った攻撃用の光玉を作り出し、口からブレスを吐き出そうとしている。
 三ヵ所による同時攻撃。これはエクスカリバーの結界でも逸らすことができない。
「させません!」
 しかし、目にも止まらぬ速さでフィオナがメイズの腕を断ち切った。
 それは物理法則すら無視した一閃。小さな短剣で巨大化したメイズの腕を切り飛ばしたのだ。
「ぎゃあああ! くそ! あの悪役令嬢といい、こいつらは何者なんだよぉぉ!」
「ただの侍女でございます」
 こんな時でも優雅に頭を下げるフィオナであった。
 今の彼女はエクスカリバーの効力で更なる戦闘力を発揮している。
 そしてもう一人。
「悪いねっっ! 神様!!!」
 ニーナがもう一つの腕を殴り潰した。彼女もエクスカリバーで大きく強化している。
「ぐぐぐ、この女にこんな力はなかったはずだ!」
 メイズはニーナの本当の強さを知らなかった。当然だ。これは裏設定なのだから。
 この世界で生きている人間だから、隠している力があるのだ。この世界をただのシナリオとしてみてない奴には到底分かりっこない。
「これで終わりだね」
 最後はカインのブルードラゴンとルビアの魔力破による同時攻撃。
 チートレベルの最強が、更にエクスカリバーでブーストした一撃を放つ。
 しかも、両腕が潰れているメイズは防御すらできない。
「うぎゃああああああ!」
 カインとルビアの魔法がメイズのブレスを飲み込んで直撃する。
 そうしてメイズの体は爆散した。
 勝った。これで俺たちの勝利だ。

「なんちゃってぇぇぇぇ!」

 そう思っていたら、消滅したと思われたメイズの声が聞こえてきた。

 最終話 ざまぁ勇者と無気力悪役令嬢の異世界転生はまだ終わらない!


 魔力の粒子のようなものが集まり、徐々に形を作っていく。
 そして、気付いた頃には元の少女姿のメイズがいた。
「はいはい。楽しかったよ。それじゃあ、ここから本当の『悲劇』を始めよう」
 くそ、ここまでやって、まだ倒しきれないのか!
「そもそも人間に我は倒せんのだよ。キャハハハハ!」
 空間にヒビが入る。まるでこの世界が崩壊していくような、そんな予感がした。
「なんだ? 何をするつもりだ?」
「なにって? この世界を壊すんだよ。私はこの世界の神だ。私の気まぐれで、自由に壊すことも造ることもできるのだ」
 そんな、ばかな。世界を作ることも壊すこともできるとか、そんな相手にどう戦ったらいいんだ!
「言っただろ? この世界は全て私の『気まぐれ』で構築されている。てめえらは間違った。『私の気分を害さない』。それが唯一の正解だったのに、それを犯した。お前らが悪いんだからな」
 世界が崩壊していく。もはや誰にも止められない。
 ここまで頑張って、ずっと踏ん張ってきたのに、これが俺たちの結末なのか。
「理解したか? これが最高の『悲劇』だ。悪くない。これもまた素晴らしきシナリオだっただろう。礼を言うぞ、クズども! ファハハハハ!」
 メイズの笑いだけがどこまでも響いていく。
 景色が歪んでいく。それだけでなく、俺の意識も薄れていく。
 これで終わり……

「いえ、よく頑張りました。私の……いえ、あなたたちの勝利です」

 次の瞬間、崩壊しかけていた世界が修復されていく。
「ど、どうしたことだ! いったいなにが!?」
 もっとも戸惑っているのはメイズだ。つまり、これは奴の予想外の事が起きたという事だ。
「やっとこの世界に介入できましたよ。メイズさん」
 空間に別のヒビが入り、そこから一人の天使が現れた。その姿には見覚えがあった。
「ネリーか!」
 俺たちをこの世界に召喚した天使だった。本来の召喚者だ。
「し、しまった。勇者どもに気を取られて、天使の接近に気付けなかった!」
「ええ。貴女は我々が介入できないように天界と、この世界の間に障壁を作っていた。でも、よほど焦っていたみたいですね? 障壁を破られても貴女は気付けなかった」
 そうだった。元々は『強烈なダメージ』を与えればいいという話だった。
 一度はメイズの体を爆散させている。これは間違いなく『致命傷』と言えるレベルだろう。
 それでメイズの張った障壁は弱体化できて、ネリーによるこの世界の介入が可能となったのだ。
「ずっとこのチャンスを待っていました。これで終わりです」
「ああああああああ!」
 ネリーが手をかざした瞬間、メイズが球体のようなものに包まれた。
「おいたがすぎましたね? 大罪天使メイズさん。あなたは一万年ほど封印させてもらいますよ」
 どうやら神の力でメイズを封印しようとしているらしい。
「い、一万年!? 嫌だ! そんなのは酷すぎる。助けて!」
 子供のような泣きじゃくるメイズ。
 いや、最初から奴は子供だったのかもしれない。
 自分の作ったおもちゃが上手くできないから壊す。天使らしくない未熟な精神だった。
「くそおお! お前らはいつもそうだ! つまらないんだよ! せっかく私が本物のシナリオを作ろうとしてやったのに! なぜ誰も『悲劇』の素晴らしさを理解しないんだ!?」
 徐々に存在が薄れていくメイズ。恐らくこの世界から消滅して、今から封印されるのだろう。
「あれ? どうして泣くんですか? これはあなたの『望み』そではありませんか」
「えっ!?」
「本物を目指して、頑張ってきたあなたは、結局は誰にも理解されず、封印されてしまう。これこそ、あなたが目指した『悲劇』でしょう。さあ、自らの悲劇を誇りに思いながら、消えなさい」
「っ!」
 消滅する瞬間、メイズは言葉にもできないような表情を俺たちに見せた。
 ある意味では、彼女が最も人間らしかったのかもしれない。本物を目指した天使は、自らの本物に飲まれて果てたのだ。
「やれやれ。本当に、いつまで子供の気分なのか。私たち天使にそんな感情は必要ないんですよ」
 一仕事を終えたように息を吐くネリー。それでも、同族の凶行について思う事はあったようだ。
 そして、彼女は俺とルビアの方へ向き直って、笑顔を見せた。
「本当にありがとうございました。貴方たちのおかげで、ようやく悲劇を止める事が出来ました」
「ああ、これで解決だな?」
「はい。悪役令嬢様もうまくかみ合ったようで、良かったです」
「…………ふえ?」
 状況を掴めないルビアは、首をかしげていた。
「最強の戦士をこの世界に派遣しようと思ったのですが、それだとメイズの障壁に弾かれてしまうんですよね。障壁は『戦士』を弾くように設定されていたみたいです」
 メイズはチート能力を持つ戦士に対して警戒をしてらしい。だから、ネリーもうまく対応ができなかった。
「でも、メイズは悪役令嬢の関しての『知識』がまるでなかった。だから、この方法なら強力な人間を派遣できると考えました」
「え~」
 それを聞いたルビアがげんなりとした表情となっていた。
「なんだあたしがそんなのに選ばれたのさ~」
「だってあなた、そもそも悪役令嬢の優位性に全く気付いてなかったでしょ? 多分、本来の世界に転生しても、失敗していましたよ」
「う、確かに……」
 初めて会った時のルビアを思い出した。
 確かにあの精神状態では、たとえ正しい世界に召喚されても、成功はしなかっただろう。
「勇者グロウと接触させることで、良い変化が現れると期待したのですが、思った以上に効果があったようですね」
 結果的にはルビアはこの世界に来れてよかったかもしれない。
 俺たちの話を聞いているフィオナをはじめとする他の連中は完全に困惑していた。
「ニーナさん。これは何の話なのでしょう。ルビア様は何を話しているのでしょうか? あの二人は神様なのでしょうか?」
「私もさっぱりわかんないよ。グロウ様とルビアさんは理解しているみたいだけど。キラーは分かる?」
「分かるわけねーよ。神の世界の話だろ?」
 二人の話を聞いて、カインはため息をついていた。
「やれやれ、そういう事か」
「カイン様? 分かるのですか」
「ダイアは分からない方がいい。僕たちには知る必要のない事だ」
 この世界の本来の主人公であるカインだけは、なんとなく察しているようだ。
「さて、それではメイズ封印に協力してくれたあなたたち二人には、『ご褒美』を差し上げなければなりませんね」
「ご褒美? 何がもらえるんだ?」
「今度こそ、『正しい転生』を差し上げます。それだけじゃありません。全てがあなたたちの思い通りになる、最高の世界へ召喚させてあげましょう。私たちの力も自由に使えます」
「…………」
 そういえば、そういう約束だったな。
 間違ってざまぁをされる勇者へ召喚されてしまった俺。
 その間違いが、ついに解消される。
 それだけじゃない。そのお詫びとして、俺が望む最高の世界へ召喚されることができる。
 今度こそ、俺は本当の主人公になることができるのだ。
 これに承諾すれば、完全なハッピーエンドとなるわけなのだが……
「いや、遠慮しておくよ」
 俺はその案に乗らなかった。
「いいのですか? 前におっしゃられたように、現在のあなたは明らかに間違った転生をした状態です。本当の主人公になれなくて、良いのですか?」
「ああ、主人公になれるかどうかは自分で決める。俺は意外と今の状態が嫌いじゃなかったみたいだ」
 今ではもはやこんな転生もありなのでは? 思ってしまっているまである。
「ルビアはどうする?」
「あたしもやめとくよ。この世界が気に入った。ま、最初からあたしにとっては悪い世界じゃないだろうし」
「そうか」
 気に入った……か。結局はそこが全てなのだろう。
 俺も気付いたら、この世界が気に入ってしまっていた。
「ふふ、こんな人間がいたなんて……ねえ、メイズ。貴方が求めていた『本物』はここにあったのよ。貴方はもっとよく人間を見るべきだったわ」
 寂しそうな表情でネリーは空を見上げていた。
「さて。それでは私はここで失礼します。お騒がせして申し訳ありませんでした。……良き異世界ライフを♪」
 そうして、ネリーは消えていった。
 まるで今回の出来事が夢であったかのように……
「グロウ様、最後は全然ついていけなかったけど、これでよかったの」
「ああ、これが俺の選んだ答えだ。それと……最後のは忘れてくれ」
 本当に後半はめちゃくちゃだったよ。ただざまぁを回避したかっただけなのに、とんでもない事に巻き込まれたもんだ。
「ふん、そうだな。ようやくこの茶番も終わりだ。やっと自由になれる。ダイア、また二人で旅を続けよう」
「はい、カイン様。長かったです」
 カインも自身に憑りついた厄災を祓えた。
 ここからやっと『主人公』として自由を得られたわけだ。
「カイン。良かったら、また王都に遊びに来てくれ。その時までに、あんたたちが過ごしやすいような町にしておくよ」
「ふん。気が向いたらな」
 そうして主人公たちは去っていった。もはや復讐するつもりもないだろう。
 今度こそ完全に目標達成だ。俺たちはざまぁという破滅フラグを回避した。
「ねえ、グロウ様。これで良かったのかな? 私たち生きていてもいいのかな?」
「これでいいんだよ。だから、もう二度と一人で突っ走らないでくれよ、ニーナ」
「ん、そう……だね。そうすることにするよ」
 そうしてニーナは大きく伸びをする。
「ありがと! グロウ様!」
 ようやく見られたニーナの心からの笑顔。きっとこれからは、彼女も前を向いて歩いて行けるのだろう。
「ふむ、さっきの話を考察すると……どうやらこの世界は誰かが作った物語で、我々はその登場人物だった?」
「ですな。此度の戦いは神たちの代理戦争。これは天界の覇権争いから勃発した戦争だったと見て間違いないでしょう」
「となれば、物語としての我々は、ただのモブだった?」
「どうやら、モブとして生き残る生存戦略を考えねばなりませぬな」
「ふふふ、腕がなりますぞ。我々ミステリ研究ギルドの本領を発揮しましょうぞ!」
 スカーレット所属の魔法隊である貴婦人たちは、ワイワイと楽しそうに考察話に花を咲かせていた。本当にぶれないな、この人たち!!
 というか、『自分たちが物語の登場人物のモブ』という真実を突き付けられて、なおもこの根性、心が強すぎる!!
 さっきの魔法隊も最強レベルの火力を発揮してたし、もうこの人たちが主人公でいいんじゃないか!?
 悪役令嬢をいじめていた嫌な貴族が主人公。なんだこの物語は?
「よし、これで明日から、またゴロゴロできるな!」
 悪役令嬢のルビアは、今までで最高レベルで目を輝かせていた。
「ええ、存分にだらけてくださいませ。私がどこまでも甘やかしますよ」
「やった♪」
 この悪役令嬢、もはやだらける事しか考えていない。
「でも、裏では頑張るんだよな?」
「いや? もう一生ゴロゴロしながら生きていく気マンマンだけど?」
「おい!?」
 やはりこの悪役令嬢、やる気が無かった。
 覚醒したと思ったのは気のせいだったのだろうか。彼女の気まぐれは永遠に治らないようだ。
「本当に、変な世界に召喚されちまったな」
 それでも、俺の気分は晴れやかだった。
 自分は主人公じゃない。ハズレの勇者だった。
 そんな俺だが、この世界を楽しんでいこう。たとえ世界が俺を否定しても、今度こそは笑って生き延びるのだ。
 これからも、このわけの変わらない毎日を、俺は生きていく。
 もしかしたら、まだ破滅フラグは回避できていないかもしれない。メイズ以上の強敵が現れるかもしれない。
「ま、おっさんもたまには肩の力を抜きなよ」
「そうだな」
 それでも、このやる気の無い悪役令嬢と協力すれば、どんなことでも立ち向かえる気がする。
 やっていけるさ。もう前世のようにはならない。
 俺たちの気まぐれハイブリッド異世界転生は、まだ始まったばかりなのだ。
「さて、それじゃ、店に帰ろうぜ。お祝いのパーティだぁ!」
 なぜか最後はキラーが締めていた。
でんでんむし

2023年12月31日 23時50分06秒 公開
■この作品の著作権は でんでんむし さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:
ざまぁされる勇者×無気力悪役令嬢。異色にして究極のコラボレーション!!
◆作者コメント:
これまでで類を見ないほどの大大大難産でございました。
厳しい中ではございましたが、なんとか書ききる事はできました。

2024年01月21日 19時23分29秒
作者レス
2024年01月19日 20時09分51秒
+30点
Re: 2024年01月21日 17時25分47秒
2024年01月12日 20時17分08秒
+40点
Re: 2024年01月21日 16時05分01秒
2024年01月09日 07時20分44秒
+20点
2024年01月09日 07時20分20秒
+20点
Re: 2024年01月21日 15時08分24秒
2024年01月05日 14時58分27秒
Re: 2024年01月21日 11時32分41秒
2024年01月04日 21時49分06秒
+20点
Re: 2024年01月21日 10時09分22秒
2024年01月02日 15時13分15秒
+30点
Re: 2024年01月21日 08時43分38秒
合計 6人 140点

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