地下帝国のブルー・フィルム

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ブルー・フィルム:性行為を写した、昔のわいせつな映画。(三省堂国語辞典 第八版)

 東欧の冬は寒さが厳しい。大地は凍てついて、クワやスキはおろか、ツルハシですら穴をうがつことが困難になる。だから、冬に命を落とした者を埋葬するには春を待つ必要があった。
 冬のあいだ、死者は布で厚くくるまれて教会の礼拝所に安置される。敬虔な祈りを神にささげている姿のまま、長い冬がすぎさって春がくるまでの数カ月をすごすことになる。厳しい冬の冷気にさらされて、死者は文字どおり骨の髄まで凍りつく。遺骸の肉は、けっして腐ることなく、春をむかえる。
 春になれば、死者は無事に墓場に安置されて永遠の安らぎを得ることができる。葬ってくれる者たちが厳しい冬をのりこえて生き残っていてくれれば、ではあるが……
 滅びた村の古い教会の奥に、ひときわ立派な石棺が安置されていた。石棺の底板は外すことができた。石棺の中には岩を掘り抜いて作られた階段があり、はるか大地の底へと続いていた。
 骸骨たちは、長年にわたって放置されつづけるうちに、その身をおおう肉を脱ぎ捨てて、いつしか自分たちの存在すべき場所を、みずから大地の底に築いていた。
 さらに長い年月が過ぎ去るとともに、地底の国はその版図をひろげていった。各地の地下霊廟と交流して、そこに住まう命をもたぬ民を増やしていった。こうして地下には『骸骨の地下帝国』と呼ぶことがふさわしい死者の国がいつしか生まれていたのである。
 さらに長い長い時が流れた。『骸骨の地下帝国』では皇帝によって、避けようのない退屈を紛らわすために映画を上映する企画が立ち上げられていた。
 映画上映となるこの日には、帝国の広大な地下洞窟に無数の骸骨が集まっていた。
 オレは、骸骨頭をあちこちにむけながら、映画にふさわしい白骨体を探していた。オレの体は骨太で、肉が削げ落ちて濃い褐色になっている。だから相手は、できるだけ色白で細身の骨であることが望ましかった。
 無理かな? と諦めかけたその時に、真っ白な骨の体が人混みの中から押し出されてきた。陶器のように白く艶のある骨格は、力をかければ折れそうなほど細く、見事に均整がとれている。
 オレは、白骨体に声をかけた。
「一緒に映画にでてくれないか?」
 参加締め切りまでに、もう時間がない。単刀直入に言うほかなかった。
「映画にでれるの? ……いいけど?」
「締切までに時間がないから、まず参加希望の列に並んでくれないか?」
 白骨体は、すこしためらったが、素直にオレのあとからついてきてくれた。
 削られ磨かれた白大理石の巨大なスクリーンの前で、真紅の衣をまとった皇帝が、映画を上映する企画の開催を宣言していた。
「上映するうえでの規則を確認する」
 骸骨の皇帝の声が、重々しく続いている。
「作品は、最初にもどって続けて鑑賞できることが望ましい。また、優れた作品には特別に倍の上映時間を与える」
 骸骨の魔道師が漆黒のフードの中から禍々しく輝く真紅の眼球をのぞかせながら、記録用に造られた黒水晶の宝玉をかかげてうなずいた。
 皇帝は宣言した。
「かつて通達したとおり、死して凍てついた心すらも動かす作品の上映を期待する!」
 広大な空洞に骸骨たちの歓声が響き渡った。反響がおさまるの待って、上映会が始まった。
 オレたちの前では、『ジャグラー』と題された映画が上映されていた。三体の骸骨が、自分自身の骨をはずしては、すばやく別の骸骨に投げている。上の骨がまだ空中に留まっているうちに下にある骨がやりとりされる。めまぐるしい動きの中で、投げられた骨は徐々に積み上げられてゆく。そして、骨を投げていた骸骨が消え去ったときに、いつの間にか完全な骨格が別の場所に出現しているのだった。
 骨を投げる順番や、投げる場所を変えることで、三体の骸骨は画面の中を縦横無尽に移動して、予想を裏切る場所に出現し、また消滅することを繰りかえしていた。
 白骨体がぽつりと言った。
「ずいぶん時間をかけて練習したようね。凄いわ」
 オレの方を見る。不安そうだった。
「私たちは、何をするの?」
 オレは、白骨体の耳元で何をするかをささやいた。
「ブルー・フィルムを上映してやるつもりだ」
「なに? それ」
 オレは白骨体に何をするかを具体的に説明してやった。
「……面白そうね」
 断られることを覚悟していたが、なんと! 演じてくれることになった。
 オレたちの番になった。
 骸骨の魔道師が映画の題をたずねてきた。
『交歓』
 オレは簡潔に答えた。
 骸骨の魔道師は、黒水晶の宝玉に魔力をこめると、オレたちに向かって片手を上げ、三つ数えると手を振り下ろした。
 上映兼撮影が始まった。
 オレたちは、黒水晶の前で演技を始めた。
 巨大なスクリーンには、画面の両脇から歩み寄る二体の骸骨が映し出されていた。
 一体は大柄で、濃い褐色の骨太な骸骨だ。もう一体は、純白で華奢な白骨体だった。
 しばらくのあいだ、二体の骸骨は互いに相手をつつみこむように抱き合いながら、座った姿勢を保った。
 とつぜんに、大柄な骸骨が後ろに体を倒した。白骨体を引きはがすように、その両肩に手指骨を当てて上肢の骨を伸ばす。体を倒した反動で、腰骨が突きあがった。反動で白骨体が浮きあがる。大柄な骸骨の背中が大地を打つたびに、白骨体が浮きあがる。そのたびに、白骨体はうつむき、そりかえる。白骨体は体を自由にしようとするが、大柄な骸骨の手指骨が白骨体の肩甲骨をつかんで離さない。
 やがて、白骨体の骨をつなぐ力が弱まりはじめた。宙に浮くたびに、骨がバラバラになりかけては、ふたたび集まってくるようになった。とうとう、降りそそぐように大柄な骸骨のうえに崩れ落ちる。
 大柄な骸骨は、白磁のように美しい骨片を自分の体の上にかき寄せる。すべてを包みこんで体を傾け、自分の体の下に集める。白骨体の腕の骨も脚の骨も折りたたまれて、大柄な骸骨の体の下に集められた。
 それから、大柄な骸骨は背骨を鞭のようにしならせて腰骨を揺り動かした。何度も、何度も、揺り動かす。大柄な骸骨と白骨体の恥骨同士が何度もぶつかりそうになる。大柄な骸骨は、その体を揺り動かしつづけた。そのたびに白骨体はバラバラに飛び散りそうになる。
 やがて、白骨体の骨の色が、わずかに薔薇色に染まったように見えてきた。骨と骨との結合が外れてバラバラになってゆく。
 大柄な骸骨は、ひときわ激しく身を振るわすと、バラバラになって白骨体の上に崩れ落ちた。
 そのまましばしの時が流れた。
 かすかな動きがあった。白骨体の指の骨がころがって、手の形にあつまってくる。腕の骨がつながる。ばらばらだった背骨がつながりあう。ゆっくりと白骨体が組みあがってゆく。
 白骨体は、あたりに散らばる骨を集め始める。集められた褐色の骨が大柄な体を形作ってゆく。最後に白骨体は、やや離れたところにころがっていた褐色の髑髏を両手で拾いあげた。大切そうに支えながら、大柄な骸骨の上に馬乗りになる。髑髏をかかげて、その虚ろな眼窩をしばらくのぞきこむ。それから鼻骨同士がぶつかりそうになるほど近くにひきよせたあと、ゆっくりと髑髏をあるべき場所に横たえた。
 集められた骨は、微かな音を立てながら、つながりあって、骨太な骸骨へと組みあがっていった。
 白骨体は、陶器のように白く艶のある骨をきらめかせながら、大柄の骸骨の顔面を見つめる。両手で武骨な髑髏をつつみこむ。
 とつぜんに大柄な骸骨の両腕が跳ねあがり、白骨体の腕の骨をつかんだ。さらに、上半身を起こしながら、つつみこむように白骨体の背骨と腰骨を引き寄せる。
 白骨体は、大柄な骸骨の動きにあわせて、相手の背中に両腕をまわし両脚で腰をかかえこむ。
 しばらくのあいだ、二体の骸骨は互いに相手をつつみこむよう、座った姿勢を保っていた。
 オレは思わずつぶやいた。
「やった。完成したぞ」
 これで「最初にもどって続けて鑑賞できることが望ましい」、という課題をクリアできたな、とオレが思ったとたんに、骸骨の魔道師が腕を二回まわした。
 白骨体がうれしそうにつぶやく。
「生きてる間に経験できなかったから諦めてたの。もっと演技を続けていいのね」
 白い頭蓋骨に、悪戯っぽい表情が浮かんだような気がした。
「今度はもっといろいろなやり方をしてみましょうよ?」
 どうしてオレたちの作品が、上映時間の延長を勝ち取れたのだろう?
「う~ん」
 オレは演技を続けながら首をかしげた。からっぽの頭蓋骨の中で、干からびた脳みそがカラカラと音をたてる。
「たしかに、これを越える露骨(!)な描写は、ないかもしれないからなァ」
朱鷺(とき)

2022年05月01日 19時17分19秒 公開
■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー: この日、『骸骨の地下帝国』では、真紅の衣をまとった皇帝が、映画を上映する企画の開催を宣言していた。

◆作者コメント: 今回の企画を実現してくださった主催様、実施にご苦労いただいた運営の皆様に感謝いたします。芸の世界では、「秘すれば花」と申します。本作では、全年齢を対象にできることと、皆様を不快にしないように描く事を心がけました。
 感想をいただけましたら嬉しいです。

2022年05月14日 23時23分33秒
+10点
Re: 2022年05月29日 14時47分39秒
2022年05月14日 20時19分41秒
+10点
Re: 2022年05月29日 14時46分41秒
2022年05月14日 16時39分59秒
Re: 2022年05月29日 14時45分35秒
2022年05月13日 13時32分14秒
+10点
Re: 2022年05月29日 14時45分10秒
2022年05月13日 08時15分52秒
+10点
Re: 2022年05月29日 14時44分42秒
2022年05月05日 22時09分39秒
+10点
Re: 2022年05月29日 14時43分59秒
2022年05月05日 20時24分34秒
+20点
Re: 2022年05月29日 14時41分54秒
2022年05月05日 11時42分55秒
+10点
Re: 2022年05月29日 14時41分04秒
合計 8人 80点

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