ライド オン ライフ!

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  1.

 

 ドスンという衝撃を腹に受けて、僕は地面に転がった。
「うげぇだって。ヒャハッ、マジでウケんやけど」
 そう言って僕を見下ろしてくるのは同級生の平野高志だ。その取り巻き数人がにやにやと笑ってこっちを見ている。
 同級生といっても立場は同等なんかじゃない。
 あっちが上で、こっちが下。
 捕食者と非捕食者。強食と弱肉。
 いじめっ子と、いじめられっ子。
 校舎裏の逆光で、平野の歯を剥き出しにする笑みがなおさら凶悪に見える。
「へ、へへっ。痛いよ平野くん……」
 膝を叩き込まれた腹をさすりながら、僕は後ずさりする。すぐに背中が校舎にぶつかった。逃げ場は無い。
「俺さぁ、ずっと前から気になっとったん」
「な、なにを?」
「俺の親父さぁ、ずっと柔道ばしとったけん、よぉ言うとったっさ。『人間って結構頑丈ばってん、結構簡単に壊るる』って」
「――ひっ」
「ひっ、だってよ。ヒャハッ、マジで啓介サイコーやん。……なぁ、ケースケ? 堂本啓介くん? 良かよね?」
「よ、よかって何ば……」

「壊しても良かよね?」

「う、うわぁぁぁぁぁっっ」
 その言葉に僕は悲鳴を上げて立ち上がると、一目散に逃げだした。
「はぁっはっはっはっ、ケースケまじで必死過ぎやろ。冗談、冗談やって」
 平野の笑い声を背に僕は必死に走る。
 畜生、僕が一体なにをしたっていうんだ?
 囲まれて殴られるようなことを何かしたか?
 結局世の中なんて理不尽で、何事にも明快な理由があるとは限らない。
 愚鈍そうな小太りオタクが目についた。
 だから小突き回してやろう。きっとピーピー泣いて面白いぞ。
 あいつらが僕を殴る理由なんてそんなもんだ。
 ネコがネズミをいたぶるように。
 『そうしたいから、そうしてみたかったから』
 そういう習性の生き物が、そういうことをしてみたいのはつまり本能だ。それ以上の理由はないし、必要でもない。本能に従うことは快感でキモチイイ。キモチイイを我慢する理由なんてない。
 猫はそれでいいかも知れないが、いたぶられる鼠としてはたまったもんじゃない。闘争が強者の生存戦略なら、逃走は弱者の生存戦略だ。
 余りに必死過ぎてちゃんと前を見ていない僕は、校舎の角を曲がって駐輪場に出たところで何かにぶつかった。
「きゃあっ!?」
「うわっ、だあ……ッ」
 どすんガシャンがりりっ、そんな音と膝の痛み。
 背後の平野たちを気にするあまり、そこに居た少女に気が付かず、彼女が押していた自転車に膝蹴りを叩き込んでしまったらしい。僕も彼女も倒れることはなかったけど、
「あっ、あっ、あっ、」
 彼女の自転車がコンクリの地面に転がってしまっていた。
「ご、ごめんなさいっ!?」
「あっあっあっ、あたしのビ……が……買ったばかりのオル……が、」
 慌てて彼女は自転車を引っ張り起こした。
 転がった場所に運悪く石があって、それにぶつかったのだろう。メーカーロゴらしい文字の周辺に大きな傷が入ってしまっている。
「えっと、ビアン……?」
「ビアンキ!! びーあいえーえぬしーえいちあい!! Bianchi Oltre XR3!! ちょっ、ほんとマジでチェレステカラーに傷が入ったやん! アンタどがんすっとぉ!?」
「えっえっ、ご、ごめんなさい!?」
「ごめんで済んだらケーサツ要らんっやろが! うわ、マジごつかぁ……ッ」
 怒りと悲しみを織り交ぜて自転車のキズ部分を撫でる彼女に、僕は掛ける言葉もない。
「アンタだぃよ? 何年何組?」
「二年五組の堂本啓介……」
「同い年か。あたしは六組の辻まこと。ねえ堂本くん。もうすぐ昼休み終わっけん、放課後、ここに来ぃよ」
「う、うん」
 茶髪に焼けた肌。釣り目で何より僕よりも背の高い彼女――辻さんに睨まれると有無を言わさぬ迫力がある。っていうかノーなんて言える空気じゃない。
「絶対やけんね!?」
「わ、わかったよ」
 そう言い捨てると辻さんは自転車に跨って、そのまま校門の方へと走って行ってしまった。
 えっと、あれ?
 授業はいいんだろうか。
 そんな感じで取り残された僕は呆気に取られてその場に突っ立っていたのだけど、直ぐに昼休みの終わりを告げる予鈴で我に返る。
 平野たちは面倒事の予感か、いつの間にかいなくなっていた。


  †


 戦え、と十年前に死んだじいちゃんは言った。
 嫌だなぁ、と思ったことを今でも覚えている。


  †

 どんよりとした重たい雲が空を覆っている
 梅雨の時期特有のジメっとした重たい空気に包まれて古典の授業は進むが、先生の声は僕の耳には届いていなかった。古典と漢文を担当するこの中年男性はこのクラスの担任でもあるのだが、正直に言って僕は何も期待はしていなかった。  
 四月に僕が平野に突き飛ばされて階段を転がり落ちるのを見ていたのに、何もしてくれなかったからだ。
 あの時の先生の表情はハッキリと覚えている――言葉で表すならば、『事勿れ』。
 肋骨を折り、頭を打ってるかもしれないと入院した僕の見舞いに来た先生は「喧嘩は良くない」「みんなと仲良く」と当たり障りのない事を言っていたが、終始僕の目を見ようとしなかった。
 もちろん世の中には漫画に出てくるような、熱血な教師もいるのだろう。
 だがこのくたびれた中年は、面倒ごとの回避を選んだのだ。
 先生だって人間だ。
 色々と事情があるのかもしれないし、いじめみたいな問題は本来教師ではなくカウンセラーの領域だとか、そもそも日本の教師はブラック労働云々とかなんとか言い訳はできる。
 けどあの時先生は安易な問題回避を選んで、僕はそんな彼に期待するのを止めた。
「だっせぇ。どいつもこいつも死ねばいいのに」
 人の間と書いてニンゲンと呼ぶ。
 人と人の間にあるものが、良い物ばかりだとは限らない。
 長崎県島原市。
 噴火とか一揆とかで日本の西の端っこにある小さな街は名前こそ全国に知られているが、つまるところそこに住むのはやっぱり人間で、僕は高校生で、小さな地方都市の小さな箱庭のような学校に通う、何もできないどこにでもいる小太りのチビなのだった。


 退屈な午後の授業をやり過ごして放課後。
 いつものように、平野が帰り支度をしている僕の椅子を後ろから蹴って来た。
 取り巻きの一人がニヤついて言う。
「よお堂本。放課後何して遊ぶ?」
「他の奴も呼んで、カラオケ行こうか」
「いーねー。カラオケ久々やん」
 こいつらと密室だなんて冗談じゃない。サンドバックにされるのがオチだ。
「え、その……でも。僕、その……」
「悪かけど、」
 と、横から割って入る声。
 見れば辻さんがいつの間にかそこに立っていた。
 辻さんは僕の制服シャツの襟を引っ張ると、平野に向かって言う。
「遊びの予定はキャンセルで。コイツ借りてくけん」
「ふーん。隣のクラスの辻、だっけ。ふーん」
「なんよ?」
 へらっとした軽薄な笑みで、平野が辻さんに問う。
「お前こがん豚が好みか。蓼食う虫なんか初めて見たバイ」
「うんにゃ。あたしはペーター・サガンみたいのが好きやけん」
 ペー……誰?
 僕と平野の頭上にハテナマークが浮かぶが、辻さんは構わず僕を引っ張り立たせた。
「よかけん、行くよ」
「ちょっ、ちょっとまって、鞄ば」
 平野は面白くなさそうな顔をしたが、それ以上僕たちにちょっかいをかけることなく、僕は辻さんに引っ張られて教室を後にした。
 

 放課後はどこか解放感と、混じり切れずに濃淡が残ったような寂寥感が漂っている。下校する生徒たち。部活に向かう生徒たち。仲間や友人とつるんで歩く者、一人で歩く者。
 鞄を持って辻さんの後を付いて校舎を出る。
「あ、あのぅ」
「…………」
 声をかけても返事はない。
 斜め後ろから見えるむっそりと結ばれた辻さんの唇。
 無理もない。
 あの怒り様、辻さんはあのビア……なんとかって自転車をとても大切にしていたようだ。大切にしているものを突然キズモノにされれば誰だって怒る。
 僕だってそうだ。丹精込めて塗装したガンプラを壁に叩きつけられればいくら怒るのが苦手な僕だって、流石に――
 …………。
 怒鳴って喚いて、相手に掴みかかる自分を想像できなくて思わず絶句する。
 想像の中ですら僕は、壊れたガンプラを手に相手に向かってへらりと笑っていたからだ。
 あまりの自分のヘタレっぷりに情けなくなってくる。
「どうしたん?」
 自己完結的に自分に幻滅していると、辻さんが変な奴を見る目で僕に問いかけた。
「いや、なんでもなかよ……」
 よくわからない、と肩を竦めて歩く辻さんについて行って、辿り着いたのはやっぱりというか案の定、駐輪場だった。
 その端っこの柱に、ワイヤーロックで繋がれている辻さんの自転車があった。
「堂本くんもチャリ通?」
「う、うん。あっちに止めとっけど」
「そ。じゃあ自分のバイク取ってきて。あっちん正門から行くけん」 
「行くってどこに?」
 僕の質問に答えず、辻さんは手早く自転車のワイヤーロックを解いた。背中のバッグパックに引っ掛けていたスカスカに穴の開いたヘルメットを取り外して頭に被るとひらりと自転車に跨る。
「わっ、わわっ」
「見ンなよ、スケベ」
 制服のスカートがめくれてその中身が見えたが、紺色のスパッツを履いているようだった。い、いや残念とかじゃないから。
「正門んとこで待っとるけん、はよぅね。こんスケベ」
「だから見とらんって……聞いとらんし」
 言うが早いか、辻さんは自転車を走らせて正門の方へと向かって行ってしまった。
 反論もさせてもらえない。
 慌てて僕も自分の自転車の方へと向かう。
 中学の時から愛用している自転車の前カゴにバッグを放り込んで後輪ロックを外し、急いで正門の方へと向かう。
「辻さんは――おった」
 門を越えた道路の向いで、辻さんは僕のことを待っていた。
 走って来た車をやり過ごし、下校する生徒を避けて辻さんの傍に自転車を寄せる。
 口を尖らせて辻さんは言った。
「行こか」
「だから行くって、どこンよ」
「うち」
「うち、って辻さんち? あっ、ちょっと」
 それだけ言うと、辻さんはペダルを踏んで走り出した。
 僕もそれを追う。
 僕たちの通う島原高校は、裏門の細い路地を挟んで市立第一小学校があり、その更に向こうが堀で囲まれた島原城だ。
 島原城の周辺には他にも第一中学があり、島原商業高校があり、と幾つもの学校が密集している。かつて江戸時代ではこの学校密集地帯は全てお城の縄張りの中であったらしい。その証拠に現在でも島商の向こうには武家屋敷がいくつが現存しているし、北門やら大手門やらが地名として残っている。
 辻さんは島原城のお堀沿いに、大手門に向け自転車を漕いでいた。僕もそれを追いながらふと思う。
「――速か」
 さほど辻さんが、力をこめてペダルを漕いでいるとは思わない。
 だけど僕がかなり力を込めてペダルを漕がないと、あっという間に彼女に置いて行かれてしまうのだ。
 それに、音。
 あちこちからキシキシと音がする僕の自転車に比べ、辻さんの自転車はもっと、こう……なんというか、こう、違うのだ。
 細いタイヤがアスファルトを転がる音、チェーンとギアが擦れる音。その音の一つ一つが、洗練されている、というか。
 ハンドルの形も僕のモノとは全く違う。前に落ちるように大きく湾曲するハンドルと、前方に角のように突き出しせり出したパーツ。多分、あれブレーキレバーだよな。
 それに明らかに、座席も高い位置に設定している。その分前のめりな体勢で自転車を漕いでいる。
 比べて僕の自転車は横に突き出したハンドルに、一部塗装の剥げたカゴ付きのママチャリ。キイキイ音がするのも当然で、チェーンに錆が浮いているのを放置していたからだ。
 中学入学の時に買ってもらったものだから、およそ五年乗り回している。ほとんど整備もしていないから、あちこちガタガタであるのだけど。
 そういうのを差し置いても、僕と辻さんの自転車は全くの別物だ。性能差が違い過ぎる。
 そんなことを考えながら彼女の背を追いかけていると、お堀の横を抜けて八尾病院の傍らの坂を下り、大手門の前へと出た。
 そこで信号待ちで辻さんの横に並ぶと、思わず僕は声をかけた。
「その自転車、速いね」
「そりゃロードやけんね。ママチャリに比べればさ」
「ロード?」
「ロードバイクのことたいね」
 そこで信号が青に変わる。
 するっと軽快な動きで辻さんは――辻さんを乗せたロードバイクは走り出した。
 その後ろを追いかけながら、改めて辻さんのバイクを観察する。 
 カチカチッと音がして、後輪歯車の変速機が動いた。僕のもママチャリにしては珍しく六段変速だけど、間違いなくそれよりも多い。多分十枚くらいの歯車があるし、
「ペダル側にも変速機がある」
 つまり、二十段変速ってこと?
 僕もハンドルを操作して変速したけど、錆のせいでカリカリギシギシと音がして、ようやく歯車が切り替わった。それでも一段変わっただけで足にかかる負担が重くなり、しかも速度がぐんと上がる。
 僕のママチャリでそうなのだから、彼女のロードバイクはどれくらいの……。
 そんなことを考えている辻さんはアーケードの中へと入って行った。もちろんアーケード内は基本的に自転車は降りてなきゃダメなんだけど、うん。守ってる人は殆どいないよね。
 古い、田舎街のアーケードだ。どことなく昭和の香りが残っている。
 シャッターの降りている店も多いし、人出も少ない。
 元々地方都市なんて、どこも少子化と人口流出が問題になっているものだと思うけど、僕が生まれるずっと前にこの島原を襲う、大災害が起こったことがそれに拍車をかけた、らしい。
 現在ではUターンだかIターンだかでちらほら新しい店が入っていたりするんだけど、やっぱりすこし寂しい印象はある。古い住宅街が密集しているせいで狭いし自動車を止める場所が少ないからじゃないかなと僕は思ってる。
 実際、島原城を挟んで反対側の北門は田んぼや畑が多いんだけど、最近は大型スーパーやツタヤがあるおかげで栄えている感じだ。やっぱり田舎は自動車がないと何もできないけど、となると大きな駐車場がある方が有利だし。
 アーケードは途中で自動車道との交差点を挟んでさらに伸びていく。本当かどうかしらないけど、かつて坂本龍馬が長崎に向かった際にこの辺りを通ったという説があって、いつだったか福山雅治が大河ドラマで坂本龍馬を演じた時にちょっと話題になったとかならないとか。
 アーケードを抜けて右折。
 小さな川沿いに少し進むと県道へと出た。
 島原が全国に誇る、日本一の白土湖の傍だ。
 その周囲がわずか二百メートルという、日本一小さな陥没湖を背後に、辻さんは坂の方へと方向を変えた。
「さあ、行くよ」
 そう気合を入れた彼女は、傾斜をものともせずにぐんぐんと進んでいく。
 距離自体は大したものじゃない。ほんの百メートルかそこら程度なのだけど、僕はなんとか歯を食いしばって立漕ぎでぎりぎりで乗り越えたというのに、辻さんは立漕ぎを始めると、むしろ加速し始めた。その後ろ姿には余裕すらうかがえる。
「すご……」
 そんな感心をしているうちに坂を下って、外港の前へと出た。
 開けた正面にはフェリー乗り場と、不知火海を挟んで熊本が見える。
「こっちやから。車が多かけん気を付けて」
 途中で住宅地側へと辻さんは曲がって路地へと入りこむ。狭いけど近道になるせいで自動車の交通量が多いこの路地から、更に右折して住宅地の奥へと向かい始めた。
 そこでもう一つ、さっきの坂より短いけど更に傾斜のキツイ十メートルほどの坂がそびえていた。
「ここを越えたらすぐやっけん!」
「いや、ムリって!」
 流石に僕は悲鳴を上げた。
 直前の平坦で勢いをつけた辻さんは、そのまま立漕ぎに入ってグイグイと坂を登っていく。
「――ふっ、ぐっ、うっ、うううっっっ」
 自転車を左右に振って力強く踏み込む姿に、僕の腹の底に熱いものが生まれた。
 ――やってやるっ!
 勢いをつけて坂に突入。
 一瞬で速度が殺された。ギアを一番軽くし、立ち上がり、全体重と力を込めてペダルを踏み付ける。
「くぅぅぅ、うううう~~~!」
 唸れ、我が贅肉よ!
 普段役に立たないんだから、こんな時にちょっとくらい役に立ってくれ!
 とはいえ、現実は厳しい。漫画やアニルじゃないんだから、その時だけちょっと気合入れればどんな壁だって乗り越えることができるなんてある訳ない。
 結局真ん中あたりでリタイア。足をついて、自転車を降りて押して登っていく。
 坂を越えたところで、辻さんは僕のことを待っていた。
 汗を額に浮かべて、得意げな笑みで僕を見ている。
 ぐっと心臓が収縮して、つい僕は息を荒げたまま声をかけた。
「はぁ、はぁ……す、すごかね、辻さん。はぁ、はぁ、この坂、自転車で超えっとか」
「ロードバイクやっけんね!」
 八重歯を剥いて笑う辻さんを見て、僕の心臓がもう一回、強く縮む。


  †


 この辺りも住宅地になっていて、周囲にはいくつもの民家が立ち並んでいるがある一角だけ妙に開けていた。
「……ひょうたん池公園のあたり、だっけ」
 小さい頃親父に連れられて何度か来たことがある。その名前の通り、小さな池を中心にした公園があって、その向こうには大きくそびえる眉山の姿。
 そこに、辻さんの家はあった。
 昭和の住宅といった民家と同じ敷地内に大きなガレージ兼店舗が建っている。
「『TUZI BICYCLE』――自転車屋さんやったんだ」
「そ。――ただいまー」
 辻さんはガレージ側のガラス扉を開いた。
 辻さんに続いて僕も中を覗いて、
「う、わぁ……!?」
 あまりの光景にびっくりして声がでてしまった。
 広さはバスケットコートくらいあるだろうか。だがその広さの殆どを、数十台、あるいは百以上の自転車が並んでいるのでむしろ手狭な印象だ。
 そう、自転車、自転車、自転車。視界を埋め尽くさんばかりの数の自転車で溢れている。床はもちろん壁にも、天井にも並べられていてついあちこちに目が移ってしまう。僕が乗っているようなママチャリもあるんだけど……。
「ようまこと、帰ったか」
 作業スペースで自転車を弄っていた若い、オイルで汚れたエプロン姿の男性がこちらを見た。
「ただいま兄ちゃん」
「で、そちらはどなたさん?」
「えっと、その、」
 どなたと言われても……。
 僕が言い淀むと、心得たとばかりに辻さんのお兄さんはにやっと笑った。笑顔の口元が兄弟でそっくりだな、なんてふと思う。
「なんやまこと、お前にもついに彼氏のできたっか」
「違うけん。客連れて来たよ」
「え、そうなの?」
 僕も初耳だ。
 辻さんの方を見ると、彼女は外に立てかけてある自分の自転車を顎で指した。
「あたしのビアンキ、傷物にしてくれたやん。兄ちゃんあれ塗装やり直しって、いくらくらいするとかね?」
「はぁ!? お前、今日おろしたばかりでもうコケたとか!?」
「違うけん! こいつにぶつかられたせいやっけん!」
「あー……」
 納得したような顔のお兄さん。
 少し考えて、
「パーツ全部外して、塗装屋に持って行って……組み直して……まぁ四とか五万とか? メーカーにやってもらうんやったらもう少し掛っやろけど」
「ご、五万……」
 僕がその金額に青い顔をしていると、隣の辻さんがにぃっと歯を剥いて笑った。さっきの坂の上で見せたのとは違う、捕食者が獲物を見る時の笑みだ。
「まぁあたしも鬼やなかけん? そがん金額出せって言うつもりも無かとやけどさ。けどまぁ誠実さって見せて貰わんといけんと思うっさ?」
「つ、つまり?」
「アンタのバイク。ウチでメンテしてけよ。錆の浮いてキィーキィーうっさかったし、丁度良かたい。学割で安くしとくよ」
「あっ、うん。それなら……」
「月イチでメンテに来んばよ?」
「ゑ゛っ!?」
「そんくらいにしとけよまこと」
 苦笑しながら、お兄さんが割って入って来た。
「月イチはともかく、錆が浮いてるってなら確かに診といた方がよかけん、バイクば中に持って来んね」
「アッハイ」
「兄ちゃん、せっかくあたしがカモば連れて来たとに商売っ気の無か……そがんやけん、ウチは売れとらんとたい」
 口を尖らせた辻さんが言う。
 どちらかというとカモじゃなくてブタなんですけど。
「せからしか!」
 お兄さんが怒鳴る。
 こうして僕は、TUZI BICYCLEの客となった。

「うっわゴツかぁ。確かにこらヒドかばい」
「そんなにですか」
 僕のママチャリを前に、辻さんのお兄さん――みのるさんは肩を竦めた。
 隣に座る僕は覗き込みながら訊ねる。
「ママチャリは頑丈さも大事かけん、取り合えず走れはするやろうけど。まぁ良か状態やなかたいな。ずっとメンテしとらんやろこれ。五年くらい?」
「う、その通りです」
 みのるさんに言い当てられて恐縮してしまう。
「ま、まことに言いくるめられたごたっし、学生やしで安くはすっけど……チェーンば替えて、スプロケは錆落としで……」
 指折り数えて、みのるさんは僕を見た。
「二千円で。持っとる?」
「……はい」
 高校生の小遣いで、二千円の出費は相当痛い。
 だけど多分みのるさんは限界以上に安くしてくれたんだと思う。チェーン新しくしてくれる分だけでも赤字じゃなかろうか。
「それにしても、凄か数の自転車ですね。ロード……ってやつですか」
「そ。ママチャリとかシティサイクルも扱うばってん、ウチはロードバイクメインの店やっけん」
「その……俺素人であれなんですけど、ロードバイクって、その。なんなんですかね。ママチャリと全く違うってのは判っとですけど」
 僕がそんなことをみのるさんに尋ねた時、部屋に着替えに行っていた辻さんが戻って来た。ハーフパンツに緑、というか青? というか――辻さんのロードバイクと同じ色のTシャツを着ている。
「ロードとママチャリの違いね。ま、簡単に言うと見た目と素材と性能と目的。ぶっちゃけ、同じ自転車ってだけで全くの別モンたいね」
 僕とみのるさんにお盆に乗せていたグラスを渡してくれる。
 中身はよく冷えた麦茶だ。
「あ。ありがとう――それで、全部違うって?」
 麦茶を一口飲むと体に水分が行き渡るのがわかる。肌に汗が浮くのを感じながら僕は重ねて質問した。
 パイプ椅子を引き寄せて座った辻さんは、組んだ足の爪先にサンダルを引っ掛けてプラプラさせながら少し考え、答えた。
「そーねぇ。ねえ堂本くん。例えば一言に自動車って言うてもさ、色々有ったい? プリウスに軽トラに4DWにポルシェにF1に……って。あたしも詳しか訳じゃなかばってん」
「う、うん」
「ポルシェと軽トラは同じ自動車やけど、目的も使い方も全く違うやんね。ポルシェはスポーツカーで趣味の車。軽トラは実用目的で色々荷物運ぶ用」
 僕も自動車に詳しい訳じゃない。
 けど辻さんの言いたいことはなんとなくわかって来た。
「で、ポルシェとプリウスも違うもの。スポーツカーと普段使いの乗用車。軽トラと四トントラックは使い方似てるかも知れないけど、やっぱり別モンなんよ」
「つまり、例えんならママチャリは軽トラみたいなモンで、ロードバイクはポルシェみたいなもんってこと?」
「そう。ばってんロードバイクはポルシェっていうか、F1?」
「F1なの!?」
「そりゃ言い過ぎやろ」
 苦笑しながら、僕のママチャリの後輪タイヤを外していたみのるさんが立ち上がって、店の奥の方へと向かっていく。
「まぁ確かにレース用として使えるし、なんならプロと全く同じモデルも市販されて普通に手に入るけん、F1って言えんこともなかけど。もっとざっくりレーシングカーって言う方がしっくり来っかな」
「はぁ、プロと同じものが……」
 そう言われてもピンとこない。
 辻さんが悪戯っぽく笑いながら言う。
「ピンキリよ。エントリーモデルなら十万くらいから」
「十万!?」
 自転車で!?
 ガンプラが何台買える!?
「プロも使うようなハイエンドモデルなら百万とか」
「百万!?」
 自転車で!?
 ガンプラが……えええ!?
「堂本くん良かリアクションすンなぁ」
 ロードバイクを一台、引っ張り出してきたみのるさんが笑う。
「ツール・ド・フランスって聞いたことあるやろ」
「それ位なら……有名な自転車のレースですよね」
 たしか、何日もかけてフランスを一周するとかいうなんかトンデモナイ自転車のレースだ。
「それに出場するような世界トップの選手たちと同じ性能のバイクが、たった百万で手に入るって言うたらどがんね。安くね?」
「ぐっ……!」
 言葉に詰まる。
 『世界トッププロと同じ機材が百万円』
 確かに、なんか、お得感あるかも。
「例えばロードのフレーム……この部分な。最高級モデルならそれだけで六十万とか八十万とかするとよ。で、最高級のタイヤホイールが前後セットで三十万」
「ホイールだけでそんなにするんですか!?」
「でも完成車だったら同じフレームとホイールに加えてサドルにハンドルにコンポにペダルまで最高級品で組んで百万ばい。どがんね、お得やろ?」
 自転車の価値も値段もよくわからないけど、つまり、全部個別に買うより二十万円くらい安いってこと?
「えっと、ガンプラが、MGのガンプラで――いくつ分!?」
「……連れて来たあたしが言うのもアレやけど、堂本くん、将来変な詐欺に引っ掛からんごと気ィつけんばダメよ?」 
 辻さんに呆れたように言われて我に返る。
 どう足掻いたって高校生に百万円の買い物なんてできる訳が無いのだから。
「百聞は一見に如かずって奴だ。スプロケの錆落としに少し時間掛かっけん、ちょっと乗ってみると良かよ」
「いいんですか?」
 みのるさんが押している白いロードバイク――サイドに、LOOKとロゴが入っている。辻さんが乗っているのとはまた別のメーカーのものなんだろう。
「俺が前に乗ってた奴やけど。十分走ってくれっけん」
 そう言ってみのるさんは辻さんの方を見た。
「まこと、レクチャーしてやらんね。お前の連れて来た客やっけん」
「へーい」

 LOOKのロードバイクを店の外に出して真っ先に言われたのは、制服ズボンの右足のみ、膝までまくり上げることだった。
「そがんせんとヒラヒラした裾が、前のスプロケに巻き込まるっけん」
 とはみのるさんの言。
 ママチャリだとスプロケットにカバーが付いているけど、ロードバイクにはそれが無い。なのでズボンの裾がオイルで汚れたり、巻き込まれてボロボロになっちゃうわけだ。
 先ほどから度々出てくるスプロケットとは、要するに歯車部分のことだそうだ。ペダルに直結する前スプロケットが二段、後輪に直結している後ろスプロケットが十一段。合わせて二十二段変速。
 速度や斜度に応じて変速するわけだけど、僕のママチャリの三倍以上の段速数。
 なるほど、同じ自転車だけど根本から別物だと納得する。
 辻さんのロードバイクも同じだけど、後輪スプロケットの歯数構成がちょっと違うらしく、この辺は個人の脚質やら体力やら走るコースやらで変えるものなのだそうだ。
「まーステム長はしょうがなかけん我慢して。サドル高は……こんくらい?」
 股下の長さを計られて、サドルの高さを調整してもらう。
 僕がチビデブなのもあるけど、背の高い辻さん同様兄のみのるさんも背が高い。ゴリッとサドルを低くされた時ちょっと切なかった。
「それでもエラい高かですよね、サドル」
「っていうか、みんなサドルば低くし過ぎたい」
「そがんですか?」
 種類の差はあれどんな自転車も、ペダルを踏みこんだ力で前に進む。
 サドルが低すぎると膝が伸び切らずペダルが下死点(一番低い位置)に来てしまい、踏み込むパワーを活かしきれないのだそうだ。
「つまり僕のママチャリもサドル低すぎってこと?」
「そがんやな。高さ変えるだけで大分乗りやすくなっし、スピードも出っばい」
「そうなんだ。知らんかった」
 真っ直ぐ膝が伸び切るのではなく、百二十度くらいの位置で下死点に届く位置が理想なのだとか。
 そしてLOOKのハンドルを持たされて、真っ先に思ったことが、
「――軽ッ!?」
 イメージしていた重さが無くてついスカッと持ち上げてしまった。
 おそろしく軽い。
「そりゃね。重くちゃ話にならんし。ママチャリの半分くらいじゃなかかな」
「そんなに軽いんだ……」
「そのバイクは昔のモデルやけんアルミやけど、今はカーボンが主流たいね。フレーム単体で六百グラムとか八百グラムが当たり前の世界やし」
「一桁少なく間違ってません?」
「そう思うやろ。でも間違っとらんのよコレが」
 フレームというのは、全部取っ払った自転車の真ん中のところ。そのマシンの基本性能や性格が決まる部分。これを中心にフロントフォークやらシートポストやらタイヤやらを組みつけて、自転車は出来上がる。
「それでなんやかやで大体十Kg以下くらいになるわけよ」
 ロードバイクは軽い程良い。そんな観点から六kg以下を目指して軽量化を重ねる人もいるそうな。沼の一種だなこれ。
「信じらんねぇ」
 でも間違いなく僕のママチャリより遥かに軽いしなぁ。
 そう言いつつ店の前の駐車場でロードバイクのフレームに跨るが、
「えっと、高かけんお尻がサドルに乗らんとですが」
 尾てい骨あたりにサドルの先端が当たってる。
「あら。ちょっと変えんと」
 みのるさんが六角レンチでカチャカチャと留め金具を弄って、
「もっと高くされた!?」
 腰骨に当たる位置になってる!
「これ、どうやって乗るんですか?」
「フレームに跨った状態で、右のペダルを高い位置にしとって足乗せて……そうそう」
「で、ペダル踏み込むと同時に身体持ち上げて後ろに乗っとよ。降りっ時はバイク傾けるとコケっけん、お尻もサドルから降ろすと良かよ」
 ハンドルの突起部分――ブレーキと変速操作レバーを握り、イメージトレーニング。
 幸い駐車場は十分広いし、跨って、ちょっと漕いで、降りるだけならなんとかなるだろ。
 そんな軽い気持ちで僕は右足に力を込めて、
「……せー、のっ」
 右足に体重をかけて踏み込み、ロードバイクに跨り、左のペダルを足で受け止めて、
「わわわ、高ッ――!?」
「ちゃんと前向いて! 前!」 
 普段乗っているママチャリとあまりの視点の高さの違いに驚いて、

 シュルン、と。

 風を切り裂く感覚――

 平坦な場所なのに坂道を下るような速度で、
 何もかも置き去りにするような、

 僕は、
  


  †


 駐車場をぐるっと一回り。

 それだけ。たったそれだけ。
 たったそれだけだ。 

 距離にして約十メートルか、二十メートルには届かないだろう。
 高さの違いは重心の違いになるし、そもそもママチャリとは全く違う前傾姿勢。
 多少のふらつきはあったけどなんとか辻さんの前まで戻って来て、
「ブレーキ……わわっ」
 ぎゅっ、とブレーキレバーを握ると殆どタイヤがロックする勢いで止まった。半分前に投げ出されるようにして、ロードバイクから降りる。
「どがんね? 感想は」
「どがんも何も……なんか、なんかこう、凄か……!」
 言葉が出てこない。
 でも辻さんが言っていたことは、わかった。
 ママチャリは籠もついているし、確かに軽トラ的だ。
 『移動と運搬』を目的にしている。
 でもこのロードバイクは違う。
 先ず軽いし、ちょっとペダルを踏んだだけでグンッて進む。
 籠が無いってことは基本的に荷物のことを考えてない。
 レーシングカーが内装を外して、何なら助手席すら軽量化の邪魔と外すようにあらゆる構造が突き詰められて、一つの目的に特化している。
 もっと純粋に、『走る』ことだけのために生まれた自転車なんだ……!
 ブレーキや変速の仕方を教わって駐車場を何週かすると、辻さんがヘルメットを持ってきた。スカスカに穴の開いた奴。持ってみるとこれまたびっくりするくらい軽い。
「せっかくやしちょっと走らん? あたしも行くけん」
 一も二も無く頷いた。
 
 
「気ィつけてなー」
 借りたヘルメットを装着し、みのるさんに見送られ、辻さんの後ろについて走る。 
 住宅地を抜けて、国道の大通りへ。
 普賢岳登山口の十字路を横目に国道五二号線を進む。夕方ということもあって自動車の走行量も多いが、ここら辺は歩道が広いので問題なく走行できる。
「なんやこれ……スゴか……スゴか……!」
「へっへ、やろ?」
 ところが僕は、周囲の状況に気を配るどころじゃなかった。
 ロードバイクというものの性能に圧倒されっぱなしだった。少し前を走る辻さんが得意げな顔を見せるのも無理はない。
 こんなに細いタイヤなのに地面のグリップが強い。
 あとは多分、車体の剛性っていうやつ。
 剛性が足りないとタイヤが地面を蹴った力を受け止めることが出来ず、逃がしてしまって推進力に変えることができない。
 一方地面からの突き上げだったりペダルの反発が乗り手の負担になるから、ある程度の柔軟性も必要だ。
 軽さと剛性と柔軟性。そのバランスが凄い良い。
 だからちょっと強くペダルを踏みこむだけで、機体がクイックに反応してくれる。
 ブレーキも同じく、少し握りこむだけ思った通りに減速できる。
 思い通りにロードバイクを操ることができる。
 ――楽しい!
 走るのが楽しい!
 思わず叫んだ。
「辻さん! 自転車って、こがんスゴかとね!」
「やろ! スゴかろ!?」
「うん!」
 そんなことを話していると、目の前に橋が迫ってきた。その入口は結構な傾斜の坂になっていて、ママチャリだったら最初から諦めているところだ。
 だけど今乗っているのは、段違いに軽いロードバイクだ。
 肥満体形もいいところの僕でも、このバイクだったら――
 唸れ僕の脇腹!!
 重ギアに変えて、全力で加速しながら坂に突入。いっきにスピードを持っていかれるけど、どんどんギアを軽くしながら立漕ぎする。
「……ふっ! ふっ! ふっ! ふんぎっ!」
「おお! がまだせ堂本くん!」
 前も後ろも一番軽いギア。
 でもあと少し――もうちょっとで……ッ!!
 くっそこの脇腹の贅肉が恨めしい……ッ!!
 纏わりつく梅雨の重たい空気。歯を食いしばりながら、少しでも酸素を取り入れようと息を吸う。そして、そして――
「もうちょっとばい!」
「~~~~~~~~~ッッ!!」
 越えた。
 橋の上に出た。
 坂を越えたんだ――僕が、自分の力で。
 力が抜けた瞬間、どっと汗が出てきた。
 荒い息のまま、殆ど呆然としながら辻さんの後ろを進む。
 安徳町の街並みをふわふわした感覚で眺めながら走って、もう一つ橋を越えたところで前を走る辻さんが「曲がるよ」と合図を出してくれたのでそれに従う。
 そこは『道の駅 みずなし本陣ふかえ』だ。道の駅自体の営業はもう終わっているんだけど、駐車場は開放されている。 
 その端にはちょっとした展望台が作られていて、僕たちはその傍にロードバイクを寄せた。
「奢っちゃるよ。アクエリでいい? っていうか汗スゴかけん、水分摂らんと脱水になるよ」
「あ、うん。ありがと……」
 そう言って辻さんが自販機でアクエリアスを買ってくれた。
 ふわふわした感覚のままペットボトルを受け取り、一口飲んだらようやく意識がはっきりしてきた。っていうか、汗をかき過ぎた身体がそのことに気付いて、水分を寄こせと猛烈に叫んでいる。
 半分くらいを一気に飲んで、ぶはぁっと一息――ようやく、一息をついた。
「ここ……深江?」
「そ。ふかえ」
 南島原市、深江町。
 水無川を挟んで、島原市のお隣。
「展望台登ろーよ」
 言われて、よれよれのまま階段を登り、正面を見ると、
「すげ……」

 雲が晴れて、堂々と聳え立つ雲仙普賢岳の姿。
 夕日を背に赤く輝いている。

 島原って地名は、その人口規模に似つかわしくなく日本中に知られている。
 理由は二つあって、日本史の教科書に必ず出てくる島原・天草の乱の舞台であったこと。
 そして眼前にそびえる雲仙普賢岳が、日本災害史に残る大噴火を起こしたことだ。
 この深江という場所。
 そしてさっき必死になって越えた橋が架かっている水無川とその流域――今いるここも、その平成の大噴火で、最大の被害を出した火砕流の現場となったその跡地なのである。
「すげ……僕、深江まで来たんだ……」
 TUZI BICYCLEから四、五キロ。時間にして三十分に満たない時間。
 でも今まで僕にとって自転車というのは、市内を動き回ったり通学に使うためのものだった。隣の市まで行くための手段じゃなかった。
 ツール・ド・フランス。
 フランスという、日本より大きな国土を一周するレース。
 プロのレースとはいえ、自転車で、ひとつの国を一周することができる。
 僕みたいなド素人でも交通機関を使わず隣の市まで移動できる。そんなこと、それができるなんてこと、考えたこともなかった。
「すごかでしょ」
「うん」
 三十年という時間が過ぎた今でも、ここから見る普賢岳の山肌は、火砕流と土石流の跡がはっきりと判る。
 十六年の人生で何度となく見ていた威容だというのに、まるで初めて見るかのように、僕は言い表しようのない感動と共に普賢岳をみていた。



  †


 その日、僕は。
 随分と久しぶりに平野たちに殴られたとかお金を取られたとかって内容じゃなくて、ロードバイクに乗って感動したっていう内容の日記を書いた。
 みのるさんのお古のロードバイクを貸してもらったこともだ。
 その後は日課のガンプラ作りのこともネトゲのログインボーナスをもらうことも忘れて、僕はネットで、ロードバイクについての情報と動画を漁っていた。


  2.


 仏壇の前で手を合わせる。
 目を開けば線香が煙を立ち上らせていた。
 我が家の一階の奥にある仏間は、カーテンを開けていても電灯をつけていても、どこかうすら寒く、薄暗い感じがする。あるいは部屋全体に染み付いた線香の香りがそう感じさせるのか。
 ここは嫌だなぁ。
 他の場所と隔絶したような静けさのあるこの部屋は、いつも平野たちに連れていかれる校舎裏にどこか似ているような気がする。
 大きくため息をつく。
 昨日、ロードバイクで走り回って開けた視界が再び閉じるような気がする。
「ケースケー。早よ出らんと遅刻すッよー」
「へーい」
 できるだけ明るい声で暗澹たる気分を隠蔽する。正直アイツらとは顔を合わせたくないから学校に行きたくない。
 いっそのこと学校サボろうか。でも両親に心配をかけたくなかった。特にいまは高齢の婆ちゃんが体調を崩して入院しているから。
 そんなことを考えてると、傍らのスマホが鳴った。
 メッセージアプリに、辻さんの名前が浮かんでいる。
『昼休み、駐輪場で』
 思わず苦笑した。
「雨降っとっとにロードバイクで通学すんだ、辻さん」
 僕は傘と徒歩にしておこう。


  †


「よぉブタ。昨日のデートはどうだった?」
 教室に着くなり、平野が絡んできた。
「で、デートなんかじゃ……辻さんのロードバイク傷つけたから、お金支払うことになったし」
 嘘ではない。
「ふーん。かわいそ。じゃあついでに俺もカネ貸してくれよ」
 もうとっくにコイツラに何万円も取られている。当然返してもらったことなど無い。
「……あのロードバイク、何十万もするものなんやって。やけんその塗装やり直しで五万円掛っとってさ」
「ごっ……?」「マジか? ゴツかぁ」
 さすがの金額に平野たちが騒めいた。
「だから、もう、僕もお金なんて無かよ」
 力なく笑うと丁度先生が教室に入って来た。同時にチャイムが鳴る。
「よーし、朝礼すっぞー。席に着かんかー」
「フン」
 平野は面白くなさそうに鼻を鳴らし、自分の席に戻って行った。僕は胸を撫でおろす。嘘は何も言っていない。


 つつがなく授業は進んで、昼休み。
 しとしとという擬音の通りに降り続ける雨を横目に弁当を取り出すと、向こうの方から呼ばれた気がして振り返る。
 教室内のざわめきが一瞬で引いて、沈黙と周囲の視線が僕の方に集まってくる。原因は一つしかない――辻さんがクラスメイトを避けてこっちに来る。
 周囲の興味津々な空気を全く読むことなく、辻さんは座って固まったままの僕に向かって言った。
「駐輪場、行くよ――あ、ご飯無かけん、先に購買寄ってからね」
 無敵かよこの女。
 ダラダラと背中を流れる汗。
 ほら、と促され、凍り付いた空気の中を慌てて辻さんの背を追う。
「ちょ、ちょっと待ってよ辻さん!?」
「待たんよ。話したいことがあっけん、早よ」
 背中にクラス中の視線が集まってる。振り返るのが怖い。
「なんやなんや?」「隣のクラスの辻に、ブタが連れてかれた」「堂本くん? うっそ、ないない。無いって」「いやー、わかんないよ?」
 無責任に噂するクラスメイトたち。
 教室に戻るのは、昼休みが終わるギリギリにしようと誓って辻さんの後ろを追う。


「それで、話したかことって?」
 駐輪場のトタン屋根を叩く雨音を聞きながら、膝の上に弁当を広げた僕は辻さんに尋ねた。梅雨時期の今、ここに置かれている自転車はまばらだ。辻さんはレインコートと根性を装備して来たけど流石に後悔したらしい。そりゃそーだ。
 向かいの縁石に座った辻さんは購買で買った菓子パンの袋を破りながら、答えた。
「兄ちゃんのバイク借りてさ、明日ロングライド、行こぅで。土曜やし」
「ろん……」
 初めて聞く言葉だったが、なんとなく意味は分かった。 
 嫌な予感がひしひしとする。
「天気予報やと明日奇跡的に晴るって。つまり、行くしか無かよね」
「つまりの意味が分からない!」
 晴れる → ロングライド がなんで順接で繋がるんだよ。
「大体なんで僕と一緒によ?」
「ひっどー。あたしの(バイクの)こと、キズモノにしたくせに責任取ってくれんと?」
「人聞きが悪すぎる言い方を……っ」
 教室でその台詞を吐かなかっただけ、まだマシだと思うべきだろうか。
「あたしもさー。まだそがん遠くまで出たこと無かっさね。ビアンキも届いたばっかやし。あれが初めてのロードやし」
「そがんね? てっきりもう、何台も乗っとるンやとばかり」
「店の試乗車ならね。自分のバイクって意味では初めてやし、ソロのロングは兄ちゃんに止められとったし、ロード乗る友達なんておらんし」
 あのバイクは貯めた小遣いとお年玉をはたいて、やっと買ったものだという。
 だから辻さん自身も、まだ島原市内から出たことは数える程しかなかったのだ。
「僕も昨日色々ネットで調べたけど、ロードバイクって、ホント高かとね……」
「やろ?」
 ママチャリだったらホームセンターで二、三万くらいから売っている。なんならロードバイクもそれくらいの値段でありはする(怪しげなメーカーのものばかりだけど)。
 でも有名なメーカーの、言い方は悪いかも知れないが、『ちゃんとした』メーカーのロードバイクのエントリーモデルが七万とか十万くらいからってのも本当なのだ。
 ミドルグレードで二十後半から四十万。
 メーカーの最新最高素材と技術を惜しみなくつぎ込んだハイエンドモデルは、百万円くらいが相場だった。
 なんなら中古の自動車が買える金額。
 信じられない世界だ。
 その分ママチャリとは比べるべくもない高性能を誇るのだけど、それはまぁ昨日実際にロードバイクに乗って実感した通り、目的が全く違うのだから仕方無い部分もある。
 昨日みのるさんが言っていた、百万円でプロと同じ機材ってはの誇張でもなんでもない、事実なのである。
 ちなみに辻さんのBianchiとかみのるさんのLOOKは『ちゃんとした』どころか世界的に有名な自転車メーカーである。
 特にBianchiは、本社のあるイタリアの空をイメージしているチエレステという緑のような青がブランドカラーとして有名らしい。
 辻さんがロードバイク傷つけられて怒った理由が今では尚よくわかるよ。
「やけん、友だちに軽々しく乗ろうよなんて誘えんとよ」
 ため息交じりに辻さんが笑った。 
 自転車自体でそれだけかかる上に、ライトやヘルメットその他もろもろ、周辺機材やらメンテナンス用品も必要になってくる。
 漫画の単行本じゃあるまいし、「面白いから」の一言で高校生に勧めてよい趣味じゃない。
 だけど、まぁ。
 ロングライドとやらに、興味が全くないと言えば嘘になる。
 胸中に浮かぶのは昨日の、雄大な普賢岳の姿だ。
 だからつい、
「それで?」
 と訊いてしまった。
「どこに行くつもりなん?」
 その言葉を聞いて、辻さんは一瞬キョトンとした。
 そしてニヤァ、と笑ったのを見て、僕はしまった、思った。
 まさか辻さんは半ば冗談で僕を誘っていたのだと思わなかったのだ。
 自分の失策に気付いた時には後の祭りだった。
「ごめんやっぱり聞きたくな――」
「小浜。行くよ。逃がさんよ」
 あーもう!
 やっぱり聞くんじゃなかったよ!!


  †



 翌日午前八時、少し前。
 僕は島原駅前にいた。
 格好は吸湿性の高いスポーツ用のシャツにハーフパンツ、ダイエットのためにと買ったはいいが殆ど使った覚えのないランニングシューズ。親父に借りた小型のバックには財布に色々と押し付けられた物が入っている。
 スマホを見る。
 天気予報アプリによると、降水確率二十%。現在は曇っているが、昼からは晴れ間が見えるとのことだ。
「さて、どがんなることやらね……」
 不安しかない。
 ストレッチをしながら待つこと数分、信号待ちから駅前に入って来た白いバンに、TUZI BICYCLEのロゴが見えた。
 駐車場に止まったバンに近づくと、みのるさんと辻さんが降りて来る。
 みのるさんはTシャツ姿だったが、辻さんはピッチリとしたウェアを着ていた――サイクルジャージという奴だ。身体の線が出るので、ついどきっとしてしまう。
「おはよう、堂本くん。待たせたごたってすまんね」
「おはようございます。大丈夫ですよ」
「おっはよ堂本くん。さっそくやけど、バイク降ろすの手伝って」
「あっ、うん」
 辻さんがバンの後部扉を開くと、二台のロードバイクがそこに鎮座していた。辻さんが器具の固定を外して引っ張り出して、外に出す。
「スタンドが無いから車に立てかけといて。ぶつけんでよ?」
「了解!」
 色々調べてみたところ、店舗でロードバイクを購入すると、基本的にそれのみが渡される。つまりライトやベル、それにサイドスタンドは付属していないのだ。
 道路交通法上の理由で、自転車が公道を走る場合ライトとベルと赤色反射板は必ず装備しなければならない。しかしサイドスタンドはその限りではない。
 故にロードバイクにはスタンドが無いものが多いのである。装着するかどうかは持ち主次第。
 二台のバイクをバンから降ろすと、みのるさんがバックを取り出した。
「堂本くん用のグローブ、ヘルメットと、アイウェアと、ボトルに、サイコンに……一応ジャージもあっけど、これはどがんす?」
 みのるさんのお古だと渡されたサイクルジャージは、どうにも僕にはブカブカだった。体形が違い過ぎる――腹回りだけ丁度良いことについてはノーコメントだ。
 サイクルコンピューター(サイコン)をバイクに設置し、使い方を教わる。GPSで走った距離や速度を表示・記録できるもので、これは違うけど高級品だと地図まで表示できるスグレモノ。
 ボトルはホルダーを使って車体に取り付けて、取り出しやすくしてある。
「バイクで走ってると風があるけん、そこまで感じらんやろうけど意外と汗をかいとっけんね。マメにドリンクば飲むこと。国道は結構クルマの走っけん事故には十分気を付けんばいかんけんな」
「はい!」
「あと、これは俺と店の電話番号な。今登録しとってくれ。何かあったら迎えに行くけん」
「わかりました……あ、そう言えば」
 ふと思い出した疑問を、みのるさんに聞いてみる。
「出先でパンクとかしたらどうするんですか? 身動きできなくなったり……」
「パンクやったら、サドルの下のバックに替えのチューブとボンベと、パッチシール入っとるけん自分で補修かチューブ交換やね。そん時はまことにやってもらって」
「どうしても動けなくなったら、まぁ輪行やね」
「リンコウ?」
 そう言えば、ロードバイクについて調べているとそんな単語を見た気がする。
 みのるさんが解説してくれた。
「基本的に自転車の類は剥き出しでバスや電車に乗っけちゃ駄目なことになっとるんよ」
「へぇ、折り畳みの自転車もですか?」
「そがんやね。で、タイヤ外して上手く重ねればバイクば入れることのできる袋があると。その袋に入れれば公共交通機関に持ち込めっとさ」
 そうやって自転車を運ぶことを、輪行という。
 飛行機はまた別の専用のバッグがあるそうだが、バスや電車で自転車を運び遠出するための手段なんだという。もちろんロングライド中のトラブルでリタイヤするための手段としても有効だ。
「なるほど」
 まったく知らなかった。
 何百キロも向こうで行われるイベントに参加するからと、自転車で移動するわけにも行かないもんな。
「ま、今回は俺が迎えに来てやっけん輪行袋はいらんやろ。とはいえ事故には十分きをつけてな。愛野まで結構クルマの通るけん」
「愛野? ……アッハイ!」
 みのるさんの後ろで、慌てたように辻さんが口元に指を立ててこっちを見ていた。
「? まぁ気を付けてなー」
 そう言ってみのるさんはバンに乗って、店へと帰って行った。
 駅前のロータリーを出ていくバンを見送って、辻さんを見る。
 目を逸らしやがった。
「……辻さん? まさか、言ってない?」
「だって、きっとNG出さるっけん」
 マジかこいつ。
 目的地が愛野だって嘘つきやがったな。
 長崎県はその全体が九州本土から西に突き出した半島といくつもの離島で構成される。
 そして長崎半島からさらに東側――熊本に向かって突き出す形で、島原半島が存在している。
 島原半島の形を簡単に説明すると熊本側に丸みを帯びた、中央に雲仙岳のある勾玉のような形をしている。
 熊本と向かい合う、一番東にあるのが島原市だ。
 愛野町は半島の一番北側からやや西にある。長崎半島との接続部にあって、橘湾とその反対側に普賢岳を一望できる展望台で有名だ。
 そして辻さんが誤魔化した本当の目的地である小浜は温泉でも全国的に有名なのだが――雲仙を挟んだ島原市とは反対側に存在する。
 島原市からは北回りでも南回りでも、もちろん雲仙岳の山越えでも最も遠い場所になるわけだ。地図アプリで調べたところ、南回りでざっと六十kmの行程である。
 ド素人の僕を連れて、初めてのロングライド。そりゃみのるさんが知ったらきっとストップをかけるだろうさ。
「……本当に行くん?」
「行く」
 それでも辻さんは、はっきりと言い切った。
「ずっと前からやってみたかったけん。絶対やるって決めてた」
 すごいなぁ、と思う。
 目的を決めて、それに向かって踏み出す人のその意志の強さって、一体どこから湧いてくるのだろう。絶対苦労する、大変だってわかってるのに。家に居て、のんびり動画でも見てるのがラクなのに。
 でも僕はもう、知ってしまっている。
 あの雄大な雲仙普賢岳の姿を見てしまった。
 同じ日同じ時間同じ場所に、自動車で行ったとしてもきっとその光景はみることができる。だけども価値が全く違う。
 それは、やり通した者だけが手に入れることのできるトロフィーだ。
 辻さんはトロフィーが欲しいと言っているのだ。
「……どうする?」
 少し不安そうに、辻さんが尋ねてきた。
 きっと今、強弁すれば辻さんは僕を見逃してくれる。
 けれど、彼女の性格だ。独りだとしても行くのを止めないだろう。
 みのるさんが心配していたのは辻さんが無理をしないかだ。
 素人の僕に期待するのは彼女のストッパーになることだ。だから同行を許可したんだ。 
 それになにより、
「行くよ、もちろん」
 運動音痴で、運動が苦手で、ガンプラと漫画とゲームが趣味の根っからのインドア派でいじめられっ子の僕の中に存在した、自分でも驚きの衝動。
 ――僕ももう一度あの光景が欲しい。
 トロフィーが欲しいんだ。
「行こう」
「――うん!」


  †


 ヘルメットにアイウェア――つまりスポーツ用のサングラスを装着。指ぬきのグローブ。
 明らかに似合っていない格好を辻さんにゲラゲラ笑われ、その写真を自分でも確認して憮然とする。そもそもTシャツにハーフパンツにランシューで、本格的なロードバイク用ヘルメットはバランスが悪い。や、うん。腹回りもアレなのは認めるけど。
 いっそ自棄になって手を顔の前に広げて少し身体を傾けてポーズ。
 やっぱり笑われて写真を撮られた。もう好きにしてくれください。
 一方の辻さんは、流石に似合っていた。チェレステカラーに黒の差し色が入ったサイクルジャージに、腰回りにフリルのついたサイクルパンツ。ヘルメットカラーも揃えて、バッチリ『走れる』感が出ている。
「ってもロングライドは初めてなワケですが」
「うっさか! 形から入るのは大事やろ!」
「ですよねぇ」
 例えばサイクルパンツはお尻にクッションが入っている。
 それはバイク側のサドルが固い場合が多いからで、サイクルジャージが身体の線が出る程ピタッとしているのは空気抵抗を軽減するためだ。
 ロングライドだとお尻の痛みや空気抵抗でのロスが、シャレにならないレベルになるらしいからその対策のためだ。
 意味があってその形なんだから、形から入るのも間違いじゃない。
 ちなみに僕が借りたLOOKにはサドルにクッションカバーが追加されている。みのるさんの気遣いが染みいるぜ。尻に。
「で、どっち回りで行くの? 北回り?」
「決まってるやん。南回りで!」
 やっぱりね。訊く前から知ってた。
 南回りだと信号待ちでみのるさんのバンに追いつくかも知れない。
 ストレッチをしながら十分に時間を置いたと判断した僕たちは、記録のためにとスマホで写真を撮ってついに島原駅前を出発する。
 時刻は八時半。
 先ずは様子を見ながら前回と同じ、深江の道の駅を目指す。
「さぁ、出発!!」
 冒険の始まりだ。

 
 休憩はこまめに取ろう――と申し合わせて、四十分ちょっと。
 僕たちはあっという間に深江の道の駅までやって来ていた。
「思ったより早かったかな」
「やね」
 今のところ順調だ。
 天気は曇りで、やや晴れ間も見えている。午後から晴れてるようだ。
 交通量は思ったよりも多かった気がする。
「ここからは歩道が少なくるなっけん、左側キープね」
「うん。注意せんとね」
 自転車の歩道走行はアリなのか? という疑問に対して辻さんの答えは、
「場合によってはアリ」とのことだった。
 自転車とは車輛の一種であり、車輛とは車道を走るものと道交法で定められている。だから自転車も基本的に車道を走らなければならないのだが、状況によってはそれが危険である場合も多い。
 なので運転者の状況判断によっては歩道に入っても構わないとされている。幹線道路で自動車の走行量が多い場所だったり、咄嗟の事故を避けるためとかね。
 で、場所によっては歩道走行自体が認められている歩道もある。交通標識で青い歩道のマークと一緒に自転車が描かれている場所だ。
 それで歩道を自転車が走る場合、実は方向は関係ないのだとか。
 つまり右車線の歩道を自転車で逆走しても問題はないが、歩行者を優先し自転車は車道寄りに走ること、速度を出し過ぎない事が条件になる。
「でも歩道はね。走りにくかこともあっけんね……」
「あー、わかる……」
 砂利が浮いていたり、舗装に穴が開いていたり。
 歩いていれば気にならないことも、自転車――とくにロードバイクは速度が出るから凄く気になる。こうして考えると走破性という点において自前の『足』に勝るものは無いのかもしれない。
 路地の出入り口との接合部で歩道が途切れてると段差があって、それに乗り上げるとガツンと来るのだ。それで手に衝撃が来てビックリした。みのるさんから借りたグローブにもクッションが入っているが、それでも全部を庇えるものではないらしい。
 単純な走りやすさは車道だ。歩道よりも保守がしっかりしているので、舗装の穴なんかも少ないし。しかし仕切りもなく自動車に追い越されるのは危険だし怖い。
 歩道と車道、良し悪しである。
「さ、そろそろ行こうか。あんまり遅くなると兄ちゃんにバレる」
 そうして走行を再開し暫くして、僕たちはこのライド最初の難関の前へと辿り着いた。
 深江町と布津町を隔てる丘――つまり結構な距離の坂道である。
「どうする辻さん? 一応ここからだったら迂回できるけど」
 国道二五一号線は丘陵を切り開く方向で進んでいるけど、この交差点から右折すれば小さな漁港に続く旧道が海沿いに通っている。こちらだったら坂を登る必要は無いらしい。
「そんなん決まっとろ」
「知ってた」
 信号が青になると躊躇いなく辻さんは国道へと向かっていく。
 緩いカーブ半ば辺りから坂が始まり、カーブを抜けると一気に斜度が上がる。距離はざっと五百メートル? もっとある? 道路の両脇には木々が生い茂っていて、抜けた先にはちょうど晴れ間が見える。
 ちょっとした壁のように見えるこの坂道。自転車で挑もうなんて、ちょっと前の僕なら絶対に考えなかった。
 けど。
「気張っで、堂本くん!」
「うん!!」
 気合を込めてペダルを踏む。
 一気に速度は無くなって、レバーを操作してもギアが切り替わらなくなる。一番軽いギア――まだ半分も来てないんですけど!?
 辻さんが立漕ぎに切り替えてどんどん前へと進んでいく。
 僕も立漕ぎしてるんだけど基本体重が全然違うし――それでも!
 歯を食いしばって、ペダルに体重をかける。一歩一歩を踏みしめるように、右に、左に、車体を傾けながら。
 サイコンに表示される速度は時速三kmとか四kmとか。ジョギングする方がまだ早い。それでも一歩一歩だ。一漕ぎ一漕ぎだ。
 膨大なパーツ数のガンプラを作るのと同じ。ニッパーで切り取って、一つひとつゲート処理するようなもんだ。どんなに面倒くさくてもここで手を抜くと出来上がりに差が出る。ヤスリの番手を四百、六百、八百まで上げてかけるのと一緒だ。
 でもきつい。苦しい。面倒くさい。
 妄想に逃げ込むのも、前を見ないようにしてペダルを踏むのも限界がある。
 どこまで進んできた?
 もう諦めてしまおうか?
 足をついて、押し歩くか?
 弱気になって顔を上げると、頂上に着いた辻さんがこっちを見ている。
「――堂本くん!」 
 待ってくれてる。
 それだけでもうひと踏ん張りができる。
 スポーツをしない僕は今まで応援の力というものについて懐疑的だった。頑張っているのは選手本人であって、周りの奴が騒いだところでどうなるものかと。
 でも今は応援の力を疑うことなんてない。
 辻さんの声で抜けそうだった力が戻ってくる。
「ふぬぅぅぅぅぅううう!」
 時速三km、だからどうしたァぁあぁぁっっ!
「あああ゛あ゛あっあ゛っああああ!」
 登り――――切ったあ!!!
「すごか、堂本くん!」
「や、やったぁ……」
 サイコンのログを見ると、坂の手前からここまでざっと八〇〇mの距離がある。
 俺、それだけの距離を登ったんだ……。
 達成感と同時に、一気に喉が渇いた。
 ボトルを引っこ抜いてドリンクを飲むと、汗が噴き出してきた。不愉快ではなく、とても気持ちの良い汗だ。
 振り返れば結構な距離がある。この坂を登って来たんだという実感が湧く。
 普通のママチャリだったら、絶対に途中で足を付いてたな。
 胸に迫る感慨に耽っていると、辻さんが僕を呼んだ。
「浸ってるところ悪かけど、まだ序盤なんよね」
「……せやった」
 改めて前を向いて、ペダルを漕ぎだす。
 登れば下りがある。長い登りの後は長い下りだ―――
「って、速い速い速いって!」
「急ブレーキはせんとよ!? 逆に危なかけん!」
 ロードバイクは、とにかく速く走るための構造になってる。つまり、速度が出るってことは、下りだと――
「じそくごじゅってああああっっ!」
 辻さんの前と僕の後ろ、自動車と同じ速度なんですけど!?
 急ブレーキすると自動車に追突される。
 改めて思う。
 ロードバイクって、ホント、すごい。


  †


 南島原市有家では国道沿いの市役所に像が鎮座してる。みそ五郎という、地元の人に愛される巨人だ。
 そこからさらに進むと島原天草の乱で有名な原城の辺りへと出てくる。
 島原が全国に知られる理由、その最たるものだろう。歴史好きにはたまらないかも知れないけど、びっくりするくらい何もない場所だ。
「ここで歴史的な出来事が起きたなんて信じられんな」
 なんなら原城跡周辺には畑まで広がってる。
 ここら一帯で幕府軍十二万人と一揆軍の三万人がぶつかって、凄惨な殺し合いが行われたなんて全く分からない。
 といっても原城はその後徹底的に破壊されたしそもそも四百年くらい昔のことだし、ここがどこだか知らなければただの田舎の町に思えるだろう。
 ――長崎県は自転車の所有率が全国で最も少ないと言われるのは、割と有名な話だと思う。長崎市は坂の街として有名だが、坂が多く平地が少ないのは長崎市に限った事じゃない。諫早と大村くらいじゃないかな、平地が広いって言えるのは。
 だからこの島原半島を半周するライドも、海沿いの国道とはいえそれなりにアップダウンがある。
 さっきの深江はもちろんみそ五郎の辺りでもあったし、龍石海岸の辺りでもあった。
 その度に僕と辻さんは根性で坂を越えて来たのだけど――最初に違和感を感じたのはイルカウォッチングでも有名な口之津を過ぎた辺りだった。
 この辺りは島原半島の南端を越えた辺りで、全体が田舎な島原半島でもかなりの奥地となる。なので自動車の交通量が目に見えて減っていた。
 それが幸いした。
「……うわっ、とととっ!?」
 前を走る辻さんの口数が少なくなってきたな、と思っていたんだ。
 それはちょっと疲労がたまって来たのだろうかと思ったのだけど、事態はもう少し深刻だった。辻さんのバイクが大きく揺れて、車道側に大きくはみ出す。
「危ない――ッっっ!?」
 パァァァァァァッッッ!!
 けたたましいクラクションが鳴って、対向車が蛇行する。
 好運にもぶつかることはなかった。
 自動車はそのまま何度もクラクションを鳴らしながらも、そのまま行き去った。
「辻さん!?」
 しかし辻さんは路肩にバイクを寄せると、そのまま停車して降りてしまった。
 そしてへたり込む。
 辻さんを追い抜いた僕も慌ててバイクを降りて、護岸の壁にバイクを寄せかけると辻さんへと駆け寄った。
「どうした、大丈夫!?」
「やばい、脚攣った……あとフラフラする……」
 顔色が真っ青だ。
 しかも、ポツリと鼻に水滴が落ちてきた。
 空を振り仰ぐと重たい曇天となってる――脳裏に過る、降水確率二十%の文字。
 僕も何かのトリビアで知ったことだけど、降水確率ってのは『この地域この時期この気圧配置なら降るかどうかの予測』であって、降雨の強弱は関係ない。
 だから百パーセントでお湿り程度かも知れないし、十パーセントで土砂降りかも知れない。運が悪いことに、雨脚はどんどん強まっている。
「と、とにかく――あそこ、あそこまで行こう!!」
 少し先にふたご岩、の看板が護岸に掛けられている。そのまた向こう、国道にロックシェードが架かっているのが見えた。あれなら雨を凌げる!
 ふらつく辻さんはケンケンしながら、バイクを押し歩く。僕はそれを支えながらなんとかロックシェードの下に辿り着いた。
 辻さんが濡れなくて重畳だけど、自分のバイクを取りに往復するともうびしょ濡れになってしまっている。
「ここなら……」
 狭いけど、ガードレールで車道と隔てられてるし、一応コンクリの柱に寄り掛かることもできる。
 へたり込んだ辻さんは、弱々しい顔で僕に向かって「ごめんねぇ」と呟いた。



  †



 辻さんは右足のふくらはぎを攣ったという。
 右の踵を持ち上げながら、慎重に伸ばすのを手伝いながら辻さんがぽつぽつと話してくれた。
「楽しみで楽しみでさ、実はあんまり寝つけんで」
「遠足前の小学生かよ」
「うっさい!」
 結局それで地図を調べたりして、殆ど眠れなかったまま来たのだという。
「あとさっきから、身体に力が入らんくて……」
「……あっ、もしかして!?」
 その言葉に僕は、親父に言われたことを思い出す。
 辻さんの上げた右脚を腹で支えながら(傍から見れば変なプレイみたいだ、この格好)、僕は背負っていたリュックを下ろしてその中身をぶちまけた。
「――なにこれ、……ようかん? カロリーメイト?」
「親父がくれたんだよ」
 ハイキング趣味の親父から言われたのは、行動食を疎かにするなってことだった。
 ハイキングのように何時間も動き回ることを前提としている運動だと、水分はもちろん塩分と糖分の補給も重要になってくる。
 特に糖分――血糖の不足は大問題で、そもそも血糖とは脳と筋肉にとってのガソリンみたいなものらしい。無くなると文字通り頭も回らないし、身体も動かなくなる。
 ハンガーノックという症状だ。
 血糖値が高いと糖尿病になるけど、もし魔法か何かで血糖値をゼロにしたら、その瞬間心臓も脳みそも動かなくなって人間は死んでしまうわけだ。
 このスポーツ羊羹は細いスティック状で、半ばから押せば簡単に中身が押し出されてくるので動き回りながら糖分補給するのにもってこいだし、適度に塩分も含まれているし。
 カロリーメイトについては言うに及ばず。
 親父が言うには三十分から一時間に一本は羊羹かカロリーメイトを食べとけ、とのことだったのに。
「ああ、そっか。行動食……忘れとったぁ」
 辻さんがペチッと額を叩く。
「ロードって、サッカーやバスケみたいに飛んだり跳ねたりせんやん? だから競技中にもこういうの食べたりするんやった」
 サイクルジャージの背中にはポケットがあって、そこに色々と小物を入れることができる。カロリーメイトや、こういったスポーツ羊羹など補給食を入れる選手は多いらしい。
 走る飛ぶのスポーツは、それが内臓の負担になるから競技中に何か食べるなんてできない。ドリンクを飲むのが精々だ。
 だけど基本座ってるロードバイクはその枷がないから、競技中に補給食でエネルギーを補うこともできるんだ。
「小遣いがさ、もう無かけんケチってさ……」
 それでドリンク以外持ってきてなかったのだという。
 ケチっていたのは僕も一緒だ。
 小浜でお昼食べようって話をしたから、それで十分だと思っていた。
 エリクサー症候群も現実だと笑えないな、マジで。
「みのるさんは何も言わなかったの?」
「愛野についたらコンビニとファミレス有っけん、そこで何か食っとけっては言われた。そっか、こうならんごてやったんか……」
 みのるさんは僕たちが北回りで愛野を目指すと思っているからな。
 それだったらとっくに到着してる時刻だ。
 それまでドリンクだけで保つと思ったんだろうけど、僕たちは嘘をついていたし、完全にみのるさんの想定外だ。
 僕もスポーツ羊羹を手に取ると、ぐっと押し出して飛び出して来たそれを食べる。
 恐ろしく甘く感じるのは血糖値が下がりまくっているからだ。
 時刻はもうすぐ十二時。梅雨とはいえ気温も上がって来ていたし、三時間以上動き回ってドリンクだけだったことを考えれば僕も脚が攣っていた可能性は高い。
 雨はどんどん強くなっていく。
「天気予報アプリだとあと一時間、降り続けるみたい。辻さんはドリンク残ってる?」
「えっと、あと半分――いや、三分の一くらいかな」
「僕はもうほとんど残ってないよ。えっと……よし!」
 確かちょっと前に自販機を見た覚えがある。こんな田舎の道路にあって採算が取れるんだろうか、なんて考えながら通り過ぎたはずだ。
 僕はもう一本スポーツ羊羹を食べると、ガードレールの外にロードバイクを出した。
「よいしょっと」
 いやしかし、ロードバイクって軽いなホント。
「ど、堂本くん?」
「辻さんはここで休んどって。自販機でドリンク買って来っけん! それ、全部食べても良かけんね!」
「ちょっと――ああ、もう! 気をつけて!!」
「もちろん!」
 左右を見て自動車が来ていないのを確認。僕は雨の中へと走り出した。



  †



 結局、一時間以上僕たちはロックシェードの下で足止めを食らった。
 幸いにも寒くはなかったのでびしょ濡れの僕のTシャツも、ガードレールにかけて置いたおかげで半生くらいには乾いた。その間上半身裸を辻さんに見せつけていたけど背に腹は替えられない。むしろ腹の脂肪は少しくらい捨てたい。
 十分な補給を得て仮眠まで取れた辻さんも回復した。
 雨が止んで再び走り出した僕たちはそれでもペースは上げず、ガシガシ踏んで加速するのではなくゆったりとした速度で小浜を目指す。路面も濡れてるしね。
 カーブを越えて海沿いの街並みにホテルや旅館らしき建物が並んでいる。そこから幾本も湯気が立ち上っている。
「小浜だ……」
「見えた……!」
 タイヤが跳ね上げる路面の水と疲労でぐちゃぐちゃだった僕たちは、歓声を上げる元気も残っては無かった。


 島原半島は、三つの市によって構成される。
 東側の島原市。
 南側の南島原市。
 そして北側半分と雲仙岳の殆どを有する雲仙市だ。
 雲仙岳の山中にある雲仙市雲仙町も温泉や地獄で有名なのだが、この雲仙市小浜町も負けず劣らず温泉の街として知られている。
 リンガーハットに入った僕たちは鬼のような形相で餃子とちゃんぽんに食らいついていた。辻さんは事前にどこの食事が美味しいか調べていたらしいんだけど、そんなの選んでる余裕なんて僕たちには残っていなかったので、目についた場所に飛び込んだというのが正解だ。
 安くておいしいリンガーハットは小遣いの少ない高校生の財布にも優しいのである。
「さて、これからどーすっかね」
「どうもこうも、最初っからそのつもりやったんやろ?」
「まーね」
 悪戯っ子のような顔で辻さんが笑う。
 今僕たちは、食事を終えて並んで足湯に浸かっていた。
 小浜の中心部、海沿いにはちょっとした広場と公園がある。
 小浜温泉の源泉温度百五度にちなんで百五メートルの足湯はその長さ日本一なのだとか。むしろ対抗するとこあるのか?って話だが。
 その端っこ、ちょっと温くなってるあたりでドリンク飲みつつ、温泉卵を食べつつまったりしながら僕たちは今後のコースについて話し合っていた。
 ちなみにこの温泉卵、半熟のトロっとした奴のことじゃない。温泉の蒸気で蒸しあげたかたゆで卵のことだ。籠の使用料を払えば自分で食材を蒸すこともできるんだけど、僕たちは売店に売っているのを買った。塩が付いて来てくれるのが嬉しいね。疲れた身体に沁みるようだ(ナトリウム的な意味で)。
 二人で十個の卵をモリモリ食べる。喉が渇くのでドリンクも飲む。
 ちゃんぽんと餃子、食べたばかりなのにね。どれだけ腹が減ってたんだって思うよ自分でも。
「小浜って言われた時点で、嫌な予感はしとったとよ」
「そぃばってん堂本くんも何も言わんかったし」
 小浜は、島原半島の反対側にある。
 そこを目指すってことは、帰りは?
 輪行はしない? いざとなったらみのるさんを頼る?
 違うだろ。
「最初っから、島原半島一周が目的やったんやろ」
「ばれちゃった♪」
「で、島原半島って一周どんくらいあっと?」
「ちょうど百」
「百て。こいつマジゴツかぁ……!」
 ロードバイク乗って数キロしか走ったことない俺を、百kmのロングライドに連れ出しやがった……!
「ところで話は変わるけど、みのるさんって怒るとコワイ?」
「超コワイ」
「……さっきからスマホ鳴ってるけど、出らんの?」
「……」
 テヘペロじゃねえよ。ってか僕にそれをされてもさ。
 少しして、辻さんのスマホが鳴りやんだ。
 そして僕のスマホが鳴る。
「ど、堂本くん? 頼っばい!?」
「ダメ。僕も一緒に怒られてやっけん」
 ため息とともに、僕は通話ボタンを押した。
 ああ、晴れた橘湾が美しいなぁ。



  †



 電話越しにたっぷりみのるさんに怒鳴られた僕たちは、「とにかく愛野まで来い!」と言われて真面目に今後の予定について話し合いを始めた。
 スマホの地図アプリを覗き込む。
「さて、ここから愛野まで約十三Km。単純な距離だけやったら一時間もかからんとやけど
――ヤバイ峠が二つある」
 愛野展望台自体が高台なので、そこを登らないといけないのがひとつ。
 その手前、千々石町の猿葉山だ。
「コース自体は判りやすか。このまま国道二五一ば進んで行けばよかとやけど」
「うん、昨日の夜確認した。猿葉山の山越えになるたいね」
 辻さんの脚が攣った辺りは本当の島原の奥地なんで、それでも車通りは少なかった。
 けどこの小浜の辺りから北側は、諫早や長崎に向かう自動車も増える。なのに国道は狭く片側一車線のみ、曲がりくねって、しかも歩道が存在しない。
「愛野の方は道路拡張もされとっけん大丈夫やろうけど……」
 僕は辻さんの方を見た。
「無理、できそう?」
 への字口で暫く考えた辻さんは、首を横に振った。
「休んだし食べたし、だいぶ回復はしとっと思うばってん、消耗してることには変わらんけんね……」
「じゃあリタイアする?」
「それはやだ」
 知ってた。
 ここまで、僕らは六十Kmの距離を走って来た。
 だったら残り四十Km。
 辻さんの性格で、諦めると言い出すとは思えなかった。
「だったら次善策だ。迂回する」
 深江の時と同じだ。
 猿葉山の山中を切り開いた国道とは別に、海沿いに小さな集落を通る県道が走っている。かつてはこちらが国道、あるいは街道だったのだろうか。とにかくこのコースだったら標高差は小さいから殆ど登る必要は無いはずだ。
「正直僕も膝がガクガク言っとぉけん、キツか山ば登ってる余裕は無か。けど愛野は登らないとダメやっけん」
 みのるさんが待ってるのもそうだけど、迂回路が無いんだ。
 いや、正確には迂回路はあるんだけど、地図だと繋がってるのかどうかよくわからないくらい細いし、通れてもずっと向こうに出るし、迂回路の出口から愛野展望台に出るためには結局戻って登ることになる。ただ遠回りするだけだ。
「残ってる体力はそこで使うためにとっとく必要がある。猿葉山は富津の迂回路で行く」
「わかった」
 神妙に辻さんが頷く。
 コンビニでドリンクとゼリー飲料、そして塩飴を買って互いに分け合うと、僕たちは出発する。朝、気楽な感じで走り出した時と違って妙な悲壮感すら漂っているのがどこかおかしかった。
 辻さんが脚を攣るまでは彼女に先頭を任せてたけど、今は僕が前だ。
 ロードバイクの世界では前の選手を風よけにすることで体力を温存するのが当たり前だとか。それで勝負所までライバルと先頭を交互に勤めることもあるんだって。それだけ前を走るってのは負担の大きなことなんだ。
 といってもアマチュアどころかド素人の僕で、どれだけ辻さんの負担が減っている事か。そもそも速度が出ているって程もない。腹回りの広さに期待するしかないか。
 辻さんのバイクには、スマホホルダーがある。
 それでスマホを見てナビをしてもらいながら、僕たちは富津集落へとタイヤを向けた。
 予想通り、富津コースは高低差が少ない。
 右側に山、左に海と挟まれた小さな町だ。一瞬山側の樹々が開けて、ちらりと白いガードレールらしきものが見えた――あれが国道だろうか? 
 だとすれば、最低でもあの高さまで登っていなきゃならなかったってことで。そう考えるとぞっとする。
 辻さんに気を遣っただけじゃない。僕も脚の限界ってのは嘘でも何でもないんだ。
 小さな漁港の横をロードバイクで駆け抜ける。
 僕程度でも全力で漕げば一瞬なら時速三十kmくらい出せるけど、今はもうそんな余裕は無かった。淡々と時速十五km前後を維持して巡行。
 そして殆ど言葉を交わすこともなく富津を抜けて、千々石で国道に復帰する。
 展望台へと続く坂の手前のコンビニで、僕たちは休憩を取った――もう疲労がたまり過ぎて、誤魔化しながら進んでいるような状況。
 ドリンクを飲んで、塩飴を舐める。
 頬を掻いたら爪に白いものが残った――垢じゃなくて、汗が渇いてできた塩だと気付いて、思わず笑う。塩飴、買って正解。
「辻さん、行ける?」
「……なんとか」
「愛野さえこえれば、直後の病院前で一か所坂があるくらいで、あとは本当に平坦だから」
 コンビニの壁にへたり込んでいた辻さんが顔を上げる。
 手を伸ばして来たので、僕はそれを掴んで引っ張り起こした。
 ここから約二㎞。
 さあ、地獄を登ろうか。


  †


 愛野展望台への登り口交差点から、緩やかな斜面が続く。
 斜度だけでいうなら深江の方がはるかにきつかった。
 だけど、こっちのほうが三倍も長い。しかも一定調子で延々と登らなきゃならない。 
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! は、ふあっ!」
「ふぅーっふぅーっふぅーっ!」
 片側一車線だったのが、登り二車線――というか登坂車線が増えた辺りで、路肩も舗装も広くキレイになるので格段に走りやすくはなった。
 走りやすくなったからといって、楽になった訳でもないけど。
 ちらり、と背後の辻さんをうかがう。アイウェアのお陰で目は見えないが、僕と同じく眉間にしわを寄せて、残った体力を全てつぎ込んで立漕ぎしているのだと判る。
 改めて前を見た。斜度は相変わらず一定か、若干きつくなってる気がする。
 曲がりくねる坂道を、一心不乱にペダルに力を込めて登る。
 一歩一歩だ。それ以外に方法は無いんだ。
 横をダンプがけたたましいエンジン音とともに追い越していく。ムワッとしたエンジンの排気熱と排気煙のいやな匂いで気力がごっそり削られる。
 なんで僕はこんなことをしてるんだろう。
 隙があれば弱気が顔を出してくる。
 自転車で何キロも坂道登るなんて、馬鹿の所業だ。もっと楽な方法だったら沢山あるだろ。ってか半島一周って、馬鹿か? 馬鹿だろ!!
 くそっ、死ねばいいのに。
「~~~~~~っっ!!」
 心が折れる、そう予感した直後だ。
 ビッ! と短くクラクションの音に顔を上げる。
 ダンプの後ろを走るオートバイのライダーが、横に伸ばした手――立てた親指。
 たった二秒の、無言の応援。
 そして真っ直ぐに左側を指さして、そのまま走って行った。
 左に、何がある?
 ちょうどそこから木々の隙間が広がって、青い海が見えた。
 橘湾――その向こうに、うっすらと、白いもやのかかった緑色が見えた。
 陸地。
 長崎だ。
 僕は長崎が見える場所まで来たんだ。
「……じいちゃん」
 当時長崎に住んでいた幼いじいちゃんは、原爆で住んでた家を吹き飛ばされた。赤ん坊だった弟と、母親ごと。
 それで父親と一緒に親戚を頼って島原にやって来たそうだ。
 毎年長崎に原爆が落ちた八月九日は、遠く長崎の方を見ていた。

 戦え、と十年前に死んだじいちゃんは言った。
 嫌だなぁ、と思ったことを今でも覚えている。
 でも本当はわかっとったよじいちゃん。

 戦争しろとか、殴り合えって話じゃないんだ。
 逃げるなとか、立ち向かえってことでもないんだ。

「――――辻さん! あともうちょっと……テッペンが見えたけん!!」
「――――うんッ!!」
 肺が破れそうだ。心臓がはちきれる。
 足首もふくらはぎも大殿筋も、腹直筋も腹斜筋もパンパンに張り詰めて限界だ。ハンドルを掴んで身体を引っ張るようにするから腕も肩も首も背中も痛い。
 太腿なんて前も裏も外側内側全部痛い。張り詰めて引っ張り合って収縮して、いま力の入れ方を間違えたらきっと両脚攣ってしまう。
 けど。
 だけど!

「ん゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっっっ!!!!」

 声にならない雄叫びを上げて、僕はついに登り切った。
 愛野展望台に、よろけるように辿り着く。僕に遅れて辻さんもやって来た。
 正面に広がる橘湾。
 その向こうの――

 もうすぐ梅雨が明ける。
 夏が来る。

 じいちゃん、僕は――俺はいま、戦っとぉよ。



  †



「バカちんどもが!!」
 みのるさんの鉄拳が、ベンチに並んで座る俺と辻さんの頭に落ちる。
「兄ちゃん、痛い」
「当然だバカが。痛くせんと思い知らんやろうが」
 深くため息を吐くみのるさん。
「ド素人の堂本くんを、いきなり百も走らせるかフツー? お前だってベテランじゃねぇぞ、事故ったら親御さんにどう説明すっとか」 
 事故、の言葉に俺と辻さんが顔を見合わせる。
 脳裏に過るのはロックシェードのあたり。
「……ごめんなさい」
「その言葉は堂本くんに言え。っていうか、小浜経由って知ってとったろ堂本くん。だったらきみも同罪やけんな」
「はい、申し訳もございません」
「ったく。謝る時ばかりしおらしか……」
 再びため息をついたみのるさんは、しゃがみこんで俺たちの顔を見た。
「なぁ。冒険すんなって言ってるんじゃない。むしろ色んなことにチャレンジするのは悪かことじゃなかさ。ばってん、無闇な危険は冒すべきじゃ無か。わかるよな」
 俺たちは頷く。
「漫画やゲームじゃなかと。素っ裸でエベレストに登山する奴はおらんぞ。ちゃんと準備して、必要な物ば揃えて、想定される危険に対策ばして、手順ば確認して、それでも残った険しい壁に挑むのが冒険たい。そいじゃなきゃそれは冒険じゃなかけん。ただの無謀って言うと」
「「――はい」」
 ふん、と鼻を鳴らしてみのるさんは立ち上がった。
「それで、どがんすっとか」
「え?」
「この後たい。続くっとか、ここでリタイアすっとか」
 ちらり、とみのるさんはバンを見た。
「残り三十km切っとる。殆ど登りは無かけん、そいだけヘロヘロでも休憩込みで二時間あれば行けるやろ」
 時刻は午後三時ちょっと。
 少し蒸し暑くはあるが、これ以上気温が上がることはないだろうし、雨もなさそう。
「……どがんしよう」
 迷うように辻さんが呟く。
 あと三十――それでも三十。
 正直僕も辻さんも疲労困憊だ。
 ここからの国道二五一号線は長い坂を下った後国見町を通って島原に続く。が、長崎―諫早―島原を繋ぐ大動脈なので、交通量は多い。帰宅ラッシュとも重なる。
 可能かどうかで言えば、可能だ。
 危険かどうかで言えば、危険だ。
 辻さんは迷ってる。彼女の性格だ、やり遂げたいに決まってる。
 けど。
 だから。
 俺は脚の変なところに、力を込めた。
「あたしは、」
「――――あ痛たたたたたッ!?」
 あれ!? 思ったより痛いぞ!?
「ど、どがんした!?」
「攣った、左足、攣った!」
 ベンチから転がって、左脚を伸ばす。
「攣ったのはどこよ」
「ひだり、ふともも、うらがわ!」
 みのるさんが左脚を持ち上げてくれる。
「あ、たたた……!」
「……もう、しょうがなかね」
 ふっ、と辻さんの顔から険しさが無くなった。


 辻さんは、ここでのリタイアを宣言した。



 帰りのバンの中で、辻さんと目があう。
「――くくっ」
「ぷっ。ふふふっ」
「「あはははははは!!!」
 つい、笑ってしまったのも仕方ないと思うんだ。
「おまえらなぁ……」
 みのるさんが呆れた苦笑いをこぼしていた。


  3.



 梅雨が明けた。
 今年の梅雨は、ずっと降りしきる雨じゃなくて、土砂降りと晴れが交互に続く梅雨だった。さっそくとばかりに校内では蝉の大合唱が始まっている。
「――堂本くん。試験、どうやった?」
 廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
 俺は肩を竦める。
「どうもこうもなかし。知っとるやろ、あの大騒ぎ」
「にひひっ、やっぱりね。仲間なかま」
「やな仲間だな。それでも俺は赤点無かし」
「げっ!? 裏切者!?」
「なんでだよ」
 梅雨が明けるかどうかの一週間前、七月頭から半ばにかけては期末試験の真っ最中だ。普段だったらそれなりに真面目に勉強しているから成績は悪くはない方。真ん中から上位に届くかどうかくらいを維持してるんだけど、今回は全教科、平均を下回る勢いだった。
 それでも俺は赤点は無かったけど、辻さんは数学と物理で赤点だったらしい。
「堂本くん勉強教えてよ――げっ」
 向こうから歩いて来る一団に、辻さんがあからさまに嫌な顔をした。
 平野たち――というか、平野の取り巻きたちだ。
 平野本人はいない。
「……よう、堂本。オンナ連れてチョーシ乗ってんな」
「てめぇのせいでこーちゃん転校すっハメになったとぞ」
 またか、とこれ見よがしにため息をついた。
「逆だよ、それ」
「あ゛?」
 凄んだって怖かねーよ。
 俺は一歩前に出て、下から睨みつけながら言う。
 いやそこでたじろいだらダメだろお前。
「平野だけで済んだって話だよ。聞いたろ、俺がお前らにいじめられて金をせびられてたって書いた日記ば、学校と教育委員会と警察に出したって話」
 先月、島原一周ライド(失敗)を終えてしばらくしてのこと。
 辻さんと並んで歩いていた俺は平野含むコイツラに連れていかれて、蹴られて、殴られて、殴り返したせいでもっと酷くなって――辻さんが先生を呼びに行って、大騒ぎになった。
 コイツラはトモダチ(笑)の態度が悪くなって言い争いが発展した、と言い訳したが、俺は素直にこの一年虐められていたこと、金までとられていたことを正直に告白。
 その証拠として日記のコピーを提出したのだ。
 握りつぶされないよう、警察と教育委員会にも。
 それで県教育委員会と警察の少年課の人もやって来て何度も事情聴取されて。
「それがどうしたよ」
「平野が主犯ってことで済んどっけど、お前らの名前もちゃんと書いてあるっつってんだよ」
 元取り巻き共はその言葉に動揺を見せた。まさか自分たちにまで累が及ぶとは思っていなかったのだろう。
 どんだけめでたい頭してんだ、こいつら。
 大騒ぎになったことで、校長室で会った平野の親は土下座し、取られた金に慰謝料を乗せて返してくれた。彼のお父さんは柔道やってるとのことなので、平野自身全身に包帯を巻いていたのは――つまりベッコベコにされたってことなのだろう。
 その上で平野はこの一か月を休学し、夏休み明けにどこかへと転校することになった。ついでにイジメを見て見ぬ振りした担任も、夏休み明けに異動する予定だ。
 コイツラ自身もこってり絞られて反省したかと思っていたが、それで済んでいると思っていたらしい。
「お前らがやっていたことは傷害と恐喝だから。ちゃんと学校から睨まれとっけんな。今後なんか余計なことばすんなら、それこそ停学退学あっかもな」
 お前らが未だ学校に在籍できてるのは平野が一手に引責してくれたからだ、停学すらなく説教と反省文で済んだのは単なる温情なのだと教えてやる。
「ヤベ……」
「俺、親からマジ怒られたっけんこれ以上は――」
 動揺が広がる。
 地方で公立の、そこそこの進学校でヤンキー気取ってる奴ら。しかも少子化だし、他所のヤンキーと喧嘩する気概も無く、チビデブをいびって悦に入ってた奴らに「ナメられたら終り」なんて覚悟も無い。所詮この程度か。
「行けよ。俺はもうお前らに関わらんけん、お前らもそうしろ。それでよかろ」
「--チッ」
 先頭の奴がすれ違いざまにワザと肩をぶつけようとしてきたが、華麗に避けて差し上げる。あとで絡まれたってことを校長に報告しといてやろう。
「……堂本くんさぁ」
「なに。辻さん?」
「変わったね」
「そう、かな。毎晩ロードに乗っとるけん、大分痩せたとは思うけど」
「そうじゃなくてさ」
「?」
 ロングライドのあと、みのるさんはあのLOOKを俺に貸してくれた。
 返したところで結局倉庫で埃を被るだけなら、誰かに乗ってもらった方が良い、と。
 それで調子に乗った僕は、毎晩のようにロードバイクで走り回った。島原城のお堀を何週したかもうわからない。お陰で成績と体重が下降の一途だ。
 さらば我が贅肉よ。
 そして身長が二㎝伸びた。
 ようこそ我が身長よ。
 その辺りも平野にとって面白くない一因だったんだろうけど。
「まぁ良かたい。そいで、夏休みはどがんする?」
 俺が尋ねると、辻さんはいたずらっ子のような笑みを見せた。
 ヤなよっかーん。
「プランは三つあるよ」
「……一応、聞かせてもらおうか。一応ね」
「ひとーつ。島原一周ライド・リベンジ!」
 だと思った。
「ふたーつ。地獄を目指せ、雲仙普賢岳ヒルクライム!」
 ロードバイクに乗ると、主に二つの方向に興味が出てくる。
 長く走るか、高く登るかだ。
 雲仙岳を登った場所には平成新山の展望台があり、雲仙の温泉地獄があり――もちろんアップダウンありの二十km。というか大野木場を越えた辺りからはもうアップアップだ。愛野や猿葉山なんて目じゃない、文字通り地獄みたいなライドを楽しめるだろう。
 やべぇ、今からドキがムネムネしてくるぜ……!
「あんなん自転車で登るもんじゃねーよ」
「やらないの?」
「……やるけど」
 俺も大概である。
「みーっつ。全国に五か所ある、日本三大稲荷の一つ、祐徳稲荷神社往復ライド百四十km!」
「佐賀じゃねえか!」
 絢爛豪華な朱塗りの拝殿が特徴的な祐徳稲荷神社。佐賀県の名勝だ。
 何年か前に家族旅行で行ったことがある。もちろんその時は自動車で。
 日本一の稲荷神社は京都伏見で確定だけど、それ以外の三大だか五大稲荷は全部自称だそうだ。だから日本三大稲荷が幾つもある。
「行かないの?」
「……行くけど」
 ほんっと俺も大概だな。
「よーっつ。阿蘇山!」
「熊本ォ!」
 みっつじゃないのかよ。
「もう日帰りは無理やろそれ。泊まりとかそがん金無かよ」
「使っちゃったしね、慰謝料――明日、堂本くんのバイク届くって」
「マジか」
 平野たちから返してもらったのと慰謝料は、それなりの金額になった。骨折と入院がでかかった。
 そこで俺は、半分を貯金として残り半分で人生で最もデカイ買い物をすることにした。ミドルグレードのロードバイクとウェア、その他の装備一式である。
 注文したのはもちろんTUZI BICYCLEだ。
 とはいえ、貯金した分は親に管理されてるので、俺の自由には使えないんだよな。
「じゃ、阿蘇は来年チャレンジってことで。お金貯めんとね」
「諦めねぇんだな」
「もちろん。行かんの?」
「行くけどさ。じゃ、明日終業式が終わったらお店に行くけん」
「うん。じゃ、どれから走ろっか?」
 早速行く気満々すぎるだろ……。
 廊下の窓から、熱気を孕んだ風が吹いてくる。
 俺たちは今後の予定を話し合いながら、教室へと向かった。
 窓の向こうには青い空。真っ白な入道雲。

 ――――夏が、始まる。






 了




入江九夜鳥

2021年08月06日 00時00分11秒 公開
■この作品の著作権は 入江九夜鳥 さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆テーマ:【夏】×【風】
◆キャッチコピー:懸命に生きるってことさ。
◆作者コメント:私は逃げも隠れもしない。

2021年08月21日 23時50分34秒
+20点
Re: 2021年08月26日 01時31分51秒
2021年08月21日 23時38分55秒
+40点
Re: 2021年08月26日 01時22分38秒
2021年08月21日 21時06分58秒
+30点
Re: 2021年08月26日 00時56分05秒
2021年08月21日 02時51分08秒
+30点
Re: 2021年08月26日 00時27分38秒
2021年08月20日 22時07分43秒
+20点
Re: 2021年08月23日 22時55分55秒
2021年08月17日 19時40分00秒
Re: 2021年08月23日 23時09分26秒
2021年08月12日 22時45分06秒
+30点
Re: 2021年08月23日 22時34分19秒
2021年08月12日 20時05分41秒
+20点
Re: 2021年08月23日 21時32分48秒
2021年08月09日 02時05分53秒
+30点
Re: 2021年08月23日 21時12分47秒
合計 9人 220点

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