炎の挑戦者(チャレンジャー)

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 首相官邸にある秘書課の窓からは、生い茂った木立が見えている。都心にあるにもかかわらず、深い森の中を思わせるように、植木や生垣が工夫されていた。
 秘書課の水沢早百合(ミズサワ サユリ)は、さりげない風景を演出するために、高度な職人技が存分に発揮されていることを知っていた。
 秘書課の水沢室長は、つぶやいた。
「さて、次の陳情相手は手ごわいわね」
 次の面会希望者は、新型コロナ対策の陳情に日本医師会から派遣された人物だった。
「出身は、京都の医師会か。京都には革新的な連中が多いからウルサイことになりそうね」
 京都方面の動向を知るために取り寄せた令和2年5月号の伏見医報(第721号)には、『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について考えるⅣ』という特集が組まれていた。
 その内容は、さすがに医師会副会長の意見は穏当なものだったが、「5月16日時点で人口10万人当たりの死亡者数(人)は、(中略)、日本はフィリピンの0.77 に次ぐワースト2位という残念な結果だ。(中略)、アジア諸国の中で日本の不具合な部分を真摯に急ぎ解明すべきだ」、「新型コロナウイルス対策は事実に基づいて科学的にやってほしいものだ」、「政府、自治体にはパーフォーマンス、感情、思い付きで対策をやってほしくない」、「必要なのはカビの生えたマスクを配ることでなく、抗体検査の早期実施で感染状況を把握することなのに動く気配すらない」などといった辛辣な意見が大多数を占めている。
「京都は、直截的な発言を避ける風潮があると思っていたけれど、最近は変わってきたのかしら。さて、気合をいれて……」
 水沢室長は、自我を殺し、気配を押さえると、次の面会者に向かって声を掛けた。
「お待たせいたしました。日本医師会の代表の方ですね?」
 面会者は、うなずいて名刺を差し出した。医学博士:紅林夏美(クレバヤシ ナツミ)と書かれている。
 真紅のワンピースに、真珠のネックレスとイヤリングをした、派手な感じの女性だった。長髪が不自然に整っているのは、美容院に行った直後だからだろう。ふだん化粧をし慣れていないようで、若そうに見えるのに、厚化粧という感想が浮かぶのを押さえられない。
(身だしなみを整える暇もなしに現場で活躍してきた人なのね。さて、組織を代表するのなら、この人は一匹狼なのか、羊の群れか。どちらだろう)
 一匹狼は戦い慣れしている。論戦になれている。議論が紛糾するほど実力を発揮する。だから組織の代表になるまで勝ち抜いてきたワンマンを相手に、真っ向から戦うのは愚策だ。
 羊の群れも油断ができない。一頭一頭は従順に見えても、群れを成してスタンピードされると、制御が効かず、予想をはるかに越える大被害が発生する。
 羊の群れを制御するなら、首相の権威を持ち出すに限る。しかし、一匹狼を相手にするときには、逆効果になりかねない。
 今度の陳情者はどちらのタイプだろうか。
 水沢室長は、重厚な扉を開けて、来訪者を秘書室に案内した。
 まずは軽く牽制する。
「あらかじめ提出していただいた資料には、目を通しております。しかし、高度に専門的な内容ですので、十分に理解できたとは思えない状況でございます」
 日本医師会の紅林夏美代表は、意外そうな表情を浮かべた。
 さらに、たたみかける。
「首相にお伝えするに先立って、当方に誤解がない事を確認させていただきたいと存じます。なにぶん素人ですので、初歩的すぎる質問もあるかとは思いますが、誤解を防ぐためと割り切って、ご理解をお願い致します」
 まずは、へりくだって反応をうかがう。
 紅林代表は、すこし不満そうだった。
「一般の方にも理解しやすいように配慮したつもりでしたが、どこが分かりにくかったですか?」
 明らかに、上から目線になっている。
 どうやら紅林夏美医学博士は、一匹狼タイプで間違いないようだった。
(医者には、一匹狼タイプが多いわね。やっかいなのは故武見会長のような、狼の皮をかぶった羊タイプ。全国の一匹狼たちにスタンピードされたら大変ですもの)
「お手数をかけて申し訳ございませんが、首相に間違いなくお伝えするために、いくつかの点を確認をさせていただきたいと思います」
 間違いなく首相に伝えるため、という言葉を聞いて、紅林代表の表情がやわらいだ。
「新型コロナウイルスは、世界中で多くの変異株を生じているのですね?」
「はい。はい、そのとおりです」
 紅林代表は、不意を突かれたようだった。
「現時点で判明している主な変異株と対応策について教えていただけますか?」
 しばらくの間、紅林代表は、『確認のため』という言葉を噛みしめているようだった。そして、医学博士紅林夏美日本医師会代表は語り始めた。

 今回の新型コロナウイルスは、コウモリのウイルス由来と考えられています。英国とドイツの合同研究チームが2019年12月から2020年3月までに検出されたウイルスの遺伝子を分析しました。この結果、ウイルスはすでに3つの型に変異していると判明しました。研究チームは、ウイルスをA型、B型、C型と命名しました。
 A型は、初期の武漢株で、コウモリから人に感染してから日が浅く、まだあまり変異していないと考えられます。ヒトへの感染が成立するためには、多数のウイルスが体内に入る必要がありました。このため、感染者の8割は他者に感染を起こさず、濃厚接触者でも感染率は5%にとどまっていました。
 日本には、武漢閉鎖前に自力で帰国した人達によって持ち込まれたと考えられます。中国からの帰国者・来日者を、全員2週間隔離していれば、日本での蔓延を防止できたと考えられます。
 B型は、初期武漢株から変異したウイルスです。感染力が高まって、武漢から中国全土、さらにアジアの各地に広がりました。集団発生がおこるため、迅速に多数の接触者のPCR検査を行う必要がありました。
 C型は、B型が変異したウイルスです。ヨーロッパとアメリカで流行しています。A型とB型のウイルスでは、新規患者の発生数は一日に数百人程度ですが、C型では、新規患者が一日に一万人近く、あるいはそれ以上発生します。
 C型ウイルスの流行に対応するには、人口百万人に対して一日2万件のPCR検査のできる態勢が必要でした。ヨーロッパでは日本製の全自動PCR測定器が活躍したと報じられています。
 ヨーロッパでは、春になるとともに、ウイルスの流行が収まっています。しかし、アメリカでは患者数が激増しています。ウイルスがさらに変異して、少数のウイルスで感染が成立するようになったため、と考えられます。
 夏場に流行するウイルスは、死亡率が減少しています。おそらく、鼻かぜ、ノド風邪ですむからと推定されます。しかし、冬になると肺の奥にウイルスが入りこんで重症化することが多くなると考えられます。

 水沢室長は、質問を発した。
「この冬に日本で流行するウイルス株を予測することはできませんか?」
 紅林代表は即答した。
「無理です。どのウイルスが日本に侵入してくるかは予測できません。侵入を防止する方法は、検疫を強化して入国者を確実に二週間隔離する。それ以外にありません」
(「専門家でも予測ができない」、必要な言葉を発してもらえたわ)
 水沢室長は、思わず顔がほころびそうになるのを押さえ、重ねて訊ねた。
「新型コロナウイルスは、夏場には空気感染しない。そう考えてよろしいのでしょうか?」
「はい、そう考えて差し支えないと思われます」
(これで必要な言葉がすべて集まったわね)
 水沢室長は、満面の笑みを浮かべて言った。踊りだしたい気分だった。
「ありがとうございました。これで首相には間違いなく必要なことをお伝えできると思います」
 深く、深く、お辞儀をして、さらに発言を促す。
「首相に是非ともお伝えしたいことが、ほかにございませんか?」
 紅林代表は、意気込んで言った。
「感染対策委員会の元副座長、いまの分科会の会長は、感染対策がまるで分かっていない」
「と、申しますと?」
 紅林代表は、舌鋒鋭く言った。
「記者会見で、マスクがづり落ちて鼻が出ていましたよ。マスクと顔の間に隙間ができないように、鼻の形に合わせて留め金をちゃんと曲げておけば、マスクがづり落ちることはありません。感染対策に携わりながら、マスクの正しいつけ方が、まるで分かっていない」
 火を吐くような勢いだった。
「しかも、ずれたマスクを直すのに、マスクの中央を持って直している。マスクの中央は、ウイルスで一番汚染されている場所じゃないですか。そこを素手で触るなんて、感染対策に携わる者として、ありえない!」
 水沢室長は、ほほ笑んだ。
(言いたいことを言い終えたようね。これで、しばらくは大人しくしてるでしょう。ガス抜き完了っと!)
「なるほど、良く分かりました。そのことも間違いなく首相にお伝えいたします」
 水沢秘書課室長は、去ってゆく紅林代表の背中を、職業的な笑顔を浮かべたまま見送った。水沢室長は、紅林代表の姿が見えなくなってしばらく経ってから、紅林代表が引き返してこないことをしっかりと確認してから、首相執務室に向かった。
「ご苦労様、どうだったね」
 水沢室長は、首相の穏やかな声に応えて言った。
「この秋に流行する新型コロナの動向は、専門家にも予測がつかないそうでした」
「なるほど、他には?」
「現在の分科会の会長は感染対策の専門家ではない、とのご意見でした」
 首相は、穏やかに微笑んだ。
「なるほど、その通りですね。でも、彼はいろいろな部署との調整を任せることのできる他に得難い人材ですから」
 それから首相は、無言で先を促した。
 水沢室長は、続けて言った。
「他の専門家の皆様のご意見と同じく、新型コロナは空気感染をしていない、とのことでした」
 首相は、うなずいて言った。
「この秋以降に日本でどんなコロナが流行するにしても、慎重に注視して迅速に適切に対応すれば、何の問題もないわけですね」
 水沢秘書課室長は、深々と礼をして言った。
「おっしゃられる通りでございます。これまでの方針で何の問題もございません。ところで、医師会の報告書がございますが、どのようにいたしましょうか?」
 首相は、室長に訊ねた。
「目を通す必要は、ありそうですか?」
「いえ」
 室長は、短く答えた。
「では、処分はお任せします」
 こうして廃棄が決まった文書には、次のように記載されていた。


 《第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルスについての報告書》

             < 要 約 >

 第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV-2)による一日の新規患者発生数を日本の人口に換算すると、中国湖北省武漢市では2月上旬には一日276人相当の新規患者が発生していた。それが、2月中旬には一日652人相当に増加している。英国では一日の新規感染者が9835人相当に、米国では9938人相当から2万5615人相当に現在増加中である。ブラジルでは一日に6505人相当であったが、1万8671人相当から2万6315人相当へと増え続けている。ペルーでは一日に1万6846人相当、チリでは一時3万1558人相当の増加となっていた。
 新規患者数の激増は、ウイルス株の変異によって、少数のウイルスが体内に侵入すれば感染が成立するようになったためと推測される。感染力の増したウイルスによって、米国、ブラジル、インドなどで夏風邪タイプの感染が流行している。新規患者数の増加とともに、死亡率は2~1%台に低下している。
 しかしコロナウイルスは本来は冬に流行するウイルスであり、現在は冬になる南半球で重症化が進んでいる。南半球が本格的な冬を迎えるとともに、ペルーでの死亡率は2.7%から9.9%へと上昇し、チリでは1.6%から6.8%になっている。今後は北半球が冬となる今年の10月以降に、北半球で大規模な流行があると予想される。
 伝染病対策の基本は、早期発見と隔離である。早期発見のために世界各国で全自動PCR測定器の設置が行われている。重症急性呼吸器症候群コロナウイルスに対しては、標準予防策の遵守に加えて、飛沫、接触、空気の各感染経路別に予防策を実施することが推奨されている。

             <はじめに>

 国際ウイルス分類委員会は現在流行している新型コロナウイルスを”SARS-CoV-2” 、言い換えると”第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルス”と命名している。つまり、国際ウイルス分類委員会は新型ウイルスを、人類がかつて遭遇したことのあるコロナウイルスの変種と判断している。
 第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV-2)はRNAウイルスである。RNA ウイルスは遺伝子が不安定であり、遺伝子が特に不安定な場合に動物から人などへの種を越えた伝播が起こるとされる。
 遺伝子が不安定なウイルスは、短期間に多様な変異を生じる。これにともなって、感染様式の変化や、重症化率や死亡率の変動、ワクチンの効果減弱、有効な薬剤への耐性化が短期間に起こりうる。
 現在、第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルスは世界的な大流行(パンデミック)を起こしている。今後の日本での流行状況を予想するためには、世界での流行状況を分析することが必要である。
 この観点から、本研究では現時点における世界での流行状況を分析した。

            < 方 法 >

 アメリカ合衆国のジョンズ・ホプキンズ大学の集計結果を解析した。
 新規の感染者発生数は、人口10万人あたり等で示すことが多い。別の地域での人口あたりに換算しやすく、深刻度を把握しやすいからである。本報告書では、各国の新規感染者発生が日本で起きた場合を想定し、日本の人口あたりに換算して発生数を求めた。
 数式は、一日の新規感染者発生数=その国の一日感染者発生数/その国の人口×日本の人口、を用いた。
 各国の人口は、標準高等地図(帝国書院)に掲載された2016年の統計を用いた。

            < 結 果 >

 各国の感染拡大期での感染者発生数を2016年の日本の人口1億2699万人あたりに換算した一日の新規感染者数は、以下のとおりになる。

初期武漢(A)株:中国(14億0264万人)日本の人口に換算した新規患者数
  2月01日1万1871人~2月10日4万2306人      276人/日
晩期武漢(B)株:中国
  2月12日4万4699人~2月14日6万6292人     652人/日

 武漢株は、コウモリから人に感染しだしてから日が浅く、まだあまり変異していない株と考えられる。ヒトへの感染が成立するためには、多数のウイルスが体内に入る必要があった。このため、感染者の8割は他者に感染を起こさず、濃厚接触者でも感染率は5%にとどまっていた。
 なお、中国では症状の無い感染者を統計に加えていないと報じられている。このため、本報告は新規感染者数ではなく、新規患者数と表記した。

晩期欧州(C)株:        日本の人口に換算した新規感染者数
 ドイツ (人口8217万人)   6月17日 死亡率 4.7%
  3月29日5万4238人~4月06日9万7109人   8204人/日
 フランス(人口6685万人)   5月30日 死亡率19.2%
  3月29日3万7575人~4月15日10万3573人   7287人/日
 英国  (人口6538万人)   6月27日 死亡率14.0%
  3月29日2万2141人~5月10日21万5260人     9835人/日
 イタリア(人口6066万人)   6月27日 死亡率14.5%
  4月1日10万5792人~4月20日17万8972人     7937人/日

 欧州(C)株は、感染力を増すとともに、重症化する方向に変異したと考えられる。日本よりも的確な感染対策をとったドイツでも一日の新規感染者数は八千人を越えている。
 欧州(C)株は、春になるとともに新規感染者の発生が抑制されている。感染様式は主として空気感染であり、飛沫感染はあまりなかったと推定される。

 インド(人口12億1337万人)   日本の人口に換算した新規感染者数
  7月01日58万5493人~7月15日 93万6181人   2622人/日
  7月15日93万6181人~7月31日163万8321人   4593人/日

 ~7月01日  感染者数 58万5493人 死者1万7400人 死亡率3.0%
 7月01日~7月15日  35万0688人 死者 6909人 死亡率2.0%
 7月15日~7月31日  70万2140人 死者1万1434人 死亡率1.6%

 北半球のインドでは、新規感染者数は増加しているが、夏になるにつれて死亡率が減少している。

米国(C)株:(人口3億2510万人) 日本の人口に換算した新規感染者数
  3月29日 12万4686人~6月08日194万2363人    9938人/日
  6月24日234万6937人~7月10日311万7946人  1万8823人/日
  7月10日311万7946人~7月31日 449万5015人 2万5615人/日

 ~6月24日 感染者数 234万6937人 死者12万1224人 死亡率5.2%
 6月24日~7月10日  77万1009人 死者 1万2066人 死亡率1.6%
 7月10日~7月31日  137万7069人 死者 1万8780人 死亡率1.4%

南米(C)株
 ブラジル(人口2億0608万人)  日本の人口に換算した新規感染者数
  5月01日 8万5380人~5月21日 29万1579人     6505人/日
  5月29日 43万8238人~6月08日 68万5427人   1万5596人/日
  6月09日 70万7412人~6月20日103万2913人  1万8671人/日
  6月30日136万8195人~7月15日192万6824人   2万1515人/日
  7月15日192万6824人~7月31日261万0102人   2万6315人/日

 ~6月30日 感染者数 136万8195人 死者5万8314人 死亡率4.2%
 6月30日~7月15日  55万8629人 死者1万5819人 死亡率2.8%
 7月15日~7月31日  68万3278人 死者1万7130人 死亡率2.5%

 インド、米国、ブラジルの新規感染者数は、6月下旬になって増加しだしている。ウイルスの変異によって、少数のウイルスが体内に侵入するだけで感染が成立するようになったためと考えられる。これらの国は空気感染を起こしにくい時期・環境にある。感染しても、鼻かぜ、ノド風邪ですむことが多いので、今は重症化率が低下していると考えられる。

 メキシコ(人口1億2227万人)  日本の人口に換算した新規感染者数
  7月03日 23万8511人~7月31日41万6179人    6590人/日

 ~7月03日  感染者数 23万8511人 死者2万9189人 死亡率12.2%
 7月01日~7月31日  17万7668人 死者1万6811人 死亡率 9.5%

 中央アメリカにあるメキシコが7月3日から世界10位以内の感染者数となった。死亡率が高いため、今後の動向を注意深く見守る必要がある。

 ペルー (人口3148万人)    日本の人口に換算した新規感染者数
  6月01日 16万4476人~6月30日28万2365人   1万 6399人/日
  6月30日 28万2365人~7月15日33万3867人   1万3851人/日
  7月15日 33万3867人~7月31日40万0683人   1万6846人/日

 ~6月01日  感染者数 16万4476人 死者   4506人 死亡率2.7%
 6月01日~6月30日  11万7889人 死者 4998人 死亡率4.2%
 6月30日~7月15日  5万1502人 死者 2725人 死亡率5.3%
 7月15日~7月31日  6万6816人 死者   6587人 死亡率9.9%

 チリ  (人口1819万人)   日本の人口に換算した新規感染者数
  6月18日 22万0628人~7月01日27万9393人  3万1558人/日
  7月01日 27万9393人~7月15日31万9497人  1万9998人/日
  7月15日 31万9497人~7月31日35万3536人  1万4852人/日

 ~6月18日  感染者数 22万0628人 死者   3615人 死亡率1.6%
 6月18日~7月01日  5万8765人 死者  2073人 死亡率3.5%
 7月01日~7月15日  4万0104人 死者 1381人 死亡率3.4%
 7月15日~7月31日  3万4039人 死者  2308人 死亡率6.8%

 南半球にあるペルーやチリでは7月15日以降に死亡率が増加している。本格的な冬になるとともに、重症化率が上昇していると考えられる。

             < 考 察 >

 第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルスは、夏には飛沫感染で流行すると考えられる。飛沫は鼻やノドの途中に留まるため、夏の感染は大部分が鼻かぜやノド風邪になって、重症化しにくくなると予想される。
 インド、米国、メキシコなどで死亡率が低下しているのは、本格的な夏になって空気感染しにくくなったことを反映していると考えられる。
 米国(C)株は、南米に流行するうちに、感染力がさらに増している。少数のウイルスが体内に入れば感染が成立する、新たな株に変異したと考えられる。
 7月3日からメキシコが、感染者が多い国のリストに加わった。7月4日の死亡率は、12.2%と高い。ウイルスがさらに変異して死亡率が上昇したのかを注視する必要がある。
 第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルスの受容体はアンギオテンシン変換酵素(ACE2)受容体である。ACE2受容体は、心臓、腎臓、消化管とともに、気管支と肺の血管内皮細胞に多く存在する。つまり、肺の奥にウイルスが侵入すると、受容体が豊富だから細胞内に侵入しやすく、重症化が起こりやすいと考えられる。
 冬になって空気が乾燥すれば、多くのウイルスを含む比較的大きな飛沫が空気中で乾燥して飛沫核となる頻度が増してくる。飛沫核に含まれるウイルスの数が夏よりも増加するから、感染しやすくなる。
 飛沫核は呼吸によって肺の奥まで到達できる。冬になると、多数のウイルスが肺の奥に到達するようになる。このため冬には重症化がおこりやすくなると考えられる。
 南アメリカのペルーやチリでは7月15日以降に死亡率が急増している。南半球が本格的な冬の気候になったことを反映していると考えられる。
 日本では当初、武漢閉鎖前に自力で武漢から帰国した感染者によって武漢(A)株が流行した。その後、欧州旅行からの帰国者によってもたらされた欧州(C)株が流行したが、さいわい春になって空気感染しなくなったので、大流行には至らなかった。
 7月以降、日本では夏風邪タイプの米国(C)株が流行しだしていると考えられる。
 これまでの変異から予想すると、第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルスは、ほとんど別の病気と思えるほど変異が進むと予想される。今年の冬に北半球に流行する際には、一日の新規感染者数、死亡率ともに、大幅に増加することが危惧される。
 伝染病対策の基本は、早期発見と隔離である。早期発見のために世界各国では全自動PCR測定器の設置がすでに行われている。一日に一万人の新規感染者が発生する状況になれば、一日に30万検体を検査できる態勢が必要になる。
 第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルスには、かつて重症急性呼吸器症候群コロナウイルスを撲滅に追い込んだ方法が基本的に有効と考えられる。重症急性呼吸器症候群コロナウイルスに対しては、標準予防策の遵守に加えて、飛沫、接触、空気の各感染経路別に予防策を実施することが推奨されている。
 報道によると、ニュージーランドでは第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルスが撲滅されたため、人々はマスクなしで競技場に密集し、大声をあげて観戦していると報じられている。同じ島国として、日本で流行中の第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルスが一日も早く撲滅されることを祈念して本報告を終了とする。


 水沢秘書課室長は少し背を曲げて、報告書に目を通しながら、一枚、また一枚とシュレッダーにかけていった。自分に言い聞かせるように、言葉が紡がれてゆく。
「秋から始まる新型コロナの大流行で日本の経済は大打撃をうける。このままでは多くの経営者が首をつる事態になりかねない」
 水沢室長の顔には、かすかな疲労と憐憫の表情が見て取れた。
「すべての国民を救うことはできない。だから首相はすでに苦渋の決断を下していらっしゃる」
 水沢室長は、報告書の一枚に目を止めた。
「今年の冬に流行する際には、新規感染者数、死亡率ともに大幅に増加することが危惧される、……か。そんなことは、ずっと前から分かってる」
 水沢室長は、その用紙をシュレッダーの投入口に置いた。かすかな音とともに用紙が吸いこまれてゆく。
「日本経済を支える経営者と、老い先短く介護に手のかかる高齢者と、どちらを救うべきか。誰が考えても結論はでてるじゃないの」
 水沢室長は、さらに用紙を投入する。
「あとは実行するだけ。PCR検査キットを不足させておけば、流行は高齢者に波及する。手に負えない数の患者が発生する。そうなったところで、回復する可能性の高い若者の治療を優先するように政府が指示すれば、皆は納得して従うでしょう」
 水沢室長は、吸い込まれてゆく最後の用紙をながめた。
「スゥェーデン政府は医療崩壊を防ぐために、重症者の9割を占める高齢者に対して、人工呼吸器やECMOの使用を禁止した。日本政府もその前例に従うことになるわね」
 水沢室長は、シュレッダーの作動音が完全に止まるまで、その前にいた。
「多数の高齢者が新型コロナで死亡すれば、高齢者への給付金や医療費が不要になる。介護職員は介護する対象をなくし、生産的な職種につくことができるようになる。総理は、日本経済を再度活性化させるために、国内にコロナを蔓延させると決断なさったのよ」
 水沢室長は、顔を上げて、首相執務室に向かった。
「秘書課の役割は、日本の将来のために重大な決断を下す首相を補佐すること。今は、決断を終えた首相につかのまの癒しの時を用意すること、それが私の仕事よ」
 水沢秘書課室長は、執務室のドアをノックした。それから、香り高い紅茶をトレイにのせて、静かに首相執務室へと姿を消した。
 こうして、第2重症急性呼吸器症候群コロナウイルスについての報告書は、首相の目に触れることなく、シュレッダーの中に消えていった。

         (炎の挑戦者と首相秘書室の攻防 了)
とき(朱鷺)

2020年08月09日 21時01分15秒 公開
■この作品の著作権は とき(朱鷺) さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:
 どうやら紅林夏美医学博士は、一匹狼タイプで間違いないようだった。
◆作者コメント:
 いろいろなイベントが中止となる中で、夏企画が無事に開催されたことを本当にうれしく思います。本企画の実現にご尽力いただいた主催様および運営の皆様に心から感謝を申し上げます。
 本作では首相官邸の秘書課で繰り広げられたある陳情をめぐる攻防戦を描いています。本作は架空の物語であり、現実との類似があったとすれば、それらは全くの偶然です。
 本作に感想を賜れば幸いです。

2020年08月26日 18時17分37秒
作者レス
2020年08月22日 22時31分50秒
+10点
2020年08月22日 22時21分26秒
-10点
2020年08月22日 15時57分28秒
2020年08月17日 00時33分18秒
2020年08月16日 18時39分05秒
0点
2020年08月15日 18時05分41秒
0点
2020年08月14日 06時52分59秒
+10点
2020年08月13日 16時08分38秒
+20点
2020年08月10日 09時18分13秒
+20点
合計 9人 50点

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