エンゼツのマジョ

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「根拠のない思い込みで他人を貶め、悦に入るなんてほどほどにしたほうがいいわよ。言ってる瞬間は気持ちがいいのでしょうけれど、ボロがでた瞬間に自分が盛り上げた熱で焼かれちゃうから。まぁあんたの場合、すでに焼かれすぎてて、不感症になってるのかもしれないけれどね」
 干群(ほむら)セイは、対面したコメンテイターが女として終わっていると嘲笑する。
 多くの者がそれを思い、影で口にしていたことだが、さすがに正面から指摘されたことはなかったのだろう。お茶の間でなじみの顔は無様な赤に染め上げられていた。それには己の醜態が電波で晒されている分も含まれている。

 干群セイは我が芸能事務所『エンゼルドリーム』に所属するタレントである。
 相手を焼き尽くす容赦のないトークから、ついた異名は『炎舌の魔女』。
 最近では、『一番勢いがある』ともてはやされ、深夜とはいえ、こうしてテレビの仕事も回ってくるようになった。
 このままいけば、大きな舞台に立つ日もそう遠くはないだろう。だがそれは『いま』の話ではなく、いずれはそうなる『かもしれない』という予測にすぎない。
 そしてまだ売れていないタレントには、本業以外で生活費をまかなうとう宿命がつきまとう。
 故にまだ売れているとは言い切れない彼女が『秘密のバイト』をしているのは、ある意味当然のことだった。

   ■

 芸能事務所のマネージャーの仕事は多岐にわたる。
 所属タレントの管理や仕事の斡旋。日によっては社長の愛人のご機嫌とりなんてのも含まれ、その合間に雑務までこなさなければならない。
 そんなストレスの溜まることを真面目にやっては仕事に支障が出る。
 だから合間を見繕って『息抜き』を挟むのは必須である。

 細長い雑居ビルに入ると、二人乗りのエレベーターで四階へとあがる。なじみの店員に料金を前払いし、甘ったるいアロマの焚かれた店内に通される。薄暗い空間をカーテンで仕切っただけの空間には、となりの顔がわからない程度のプライバシーしかない。
 一部の客は『自分の痴態を観られるかもしれない』というスリルを楽しんでいるらしいが、生憎と俺には共感はできない。それでも月に何度かは通っているのだから、それほど気にしてもいないのだが……。
「こんにちはヒジリです。今日はヒジリがい~っぱい癒やしてあげるから、楽しんでいってね」
 場に漂うアロマに負けぬほど甘ったるい声とともにキャストが現れる。
 二十歳そこそこの美女だ。スレンダーながらにも蠱惑の曲線を描く身体に透けたランジェリーを重ね、その上に艶やかな黒髪を流している。
 だがその作られた笑顔は、見慣れたスーツ姿に気づくと歪に崩れた。
「またあんたなの」
「そりゃこっちの台詞だ」
 『ヒジリ』と名乗り現れたのは、エンゼルドリームの所属タレント干群セイその人である。
 芸名のセイは、本名の『聖子』から子を抜いたもの。源氏名のほうはその読みを変えたのだろう。
「あたしの出勤を狙ってきてるんじゃないでしょうね?」
「まさか、おまえだって指名料もらってないだろ」
 その言葉を疑いながらも、彼女は嫌々ながらに仕事を始める。俺のベルトに手をかけズボンを降ろすと、持ってきたおしぼりでソレを丁寧に清掃する。
 普通なら、男(きゃく)の気分を盛り上げるため、甘いトークを織り込むものだろうが、表裏両方の仕事を知っている俺が相手だ。さすがにやりにくいのだろう。不機嫌そうな目つきでソコにたまった汚れを落としていく。
 そしてそれが済むと、商売道具である舌をねっとりと絡みつけるのであった。

 俺がこの店でセイと出会ったのは偶然である。
 仕事に『息抜き』が必須とは言え、さすがに事務所の近くの店を利用する度胸はない。さりとて離れすぎていては緊急時に困る。そんな理由で通っていた店に、おなじ理由で店を選んだ彼女が勤めるようになったのだ。
 薄暗い上に、普段とは真逆の癒やし系メイクを施した彼女の正体に、最初は気づかなかった。だが向こうはちがったらしい。自分の客が、いつも似たり寄ったりのスーツを着た冴えないマネージャであることに直ぐに気がついたのだ。
 そこで知らんぷりをすればよかったものを動揺をみせたせいで、俺にも気づかれる羽目になったのである。
 芸能事務所としては、所属タレントがこのような店(風俗)でバイトをするのは好ましくない。
 だが売れぬタレントに十分な報酬を払っているわけでもない。
 ここを辞めさせたところで、収入面での問題が解決されなければ他のバイトを始めるだけだ。
 かといって事務所を追い出せば、金の卵を産む気配を見せているガチョウを手放すことになる。
 俺としても無駄なトラブルを背負い込むのもゴメンだ。
 よって黙認することが双方にとって最良の選択だったのである。

   ■

 社長室から出てきた干群セイの顔色は優れないものだった。
 社長とは契約更新についての話し合いをしていたハズだ。売れる兆しの見えだした彼女の更新が途切れるとは思い難い。それでいて浮かない理由は、給与面での待遇が改善されなかったのだろう。
 例えブームになっていても、実際にそれが売り上げに結びつくまで給料がよくなることはまずない。
 特にエンゼルドリームは、ブレイク直前にスキャンダルが発覚したタレントのせいで損害を出した過去がある。社長が慎重になるのも無理はない。
 セイはその判断に不満がありそうだったが、他の事務所で芽がでなかったところを拾われた恩を忘れてはいないのだろう。直接社長に文句を言おうとはしない。
 相手を容赦なく焼き尽くす芸風とは裏腹に、意外と彼女は義理堅いのだ。

 セイは所属タレントのスケジュールの見直しをしていた俺を見つけると、こちらに寄ってきた。
「仕事もっと増やしてよ」
「もっと店に通えって?」
 これからも裏のバイトを続けるだろう彼女をからかうと、きついまなざしを向けられる。
 本人は冷徹さを演出しているつもりでも、頬のあたりがわずかに蒸気している。それを可愛らしいと思うが、褒めたところで怒りを買うだけなのでやめておく。
「あちこち売り込んではいるんだけどな。おまえの場合、共演者が嫌がるんだよ」
 干群セイとの共演は、彼女の炎舌の餌食になれということを意味する。
 どの事務所でも、所属タレントの評判が落ちるは避けたいと考えるのが普通だ。うちに所属しているタレントも、わざわざ噛ませ犬となるのがわかっていて、セイとの共演を望む者はいない。
 炎舌の対象がいなければ、彼女の魅力は半減だ。番組サイドもそれをわかっているため、振られる仕事は限定される。
 事務所にもっと金(ちから)があれば、余所から落ち目のタレントを紹介してもらうことも出来るのだが、弱小事務所にそんなものがあるわけがない。
 中にはセイに泣かされたことをきっかけに返り咲いたアイドルもいたが、それは希有な例で引導を渡された者のほうが遙かに多い。
「信じられない、テレビにも出るようになったのに」
「深夜の制作費の安さを甘く見るな」
 ちがった意味での業界のきびしさ口にするが、彼女がソレに嘆く日はもう長くはないだろう。
 彼女に視聴者に与える影響は少なくない。それに目をつける輩はかならず現れる。それがいつどのような形になるかまでは、わからないが……。

 不意に、事務室の扉が開けられた。
 営業回りに出ていた先輩マネージャーが帰って来たのだ。
 席から立って出迎えると、頭を金髪に染めあげた先輩は、俺を無視して上機嫌でセイの手をとる。
「ご指名だよ」
 そう言って、彼女の人生の転機となる大仕事を彼女に伝えるのだった。


「すごい、本当ですか」
「もちろんさ」
 先輩マネージャの獲ってきた仕事は、大物タレントとのトークバトルだった。相手も毒舌を売りにしているので、全面対決を制作スタッフも望んでいるらしい。
 なによりも、昼の番組の制作費は深夜の比ではなく、ギャラの払いが格段によかった。
 セイは出演をふたつ返事で了承すると「私、頑張ります」と意気込みを露わにする。
 だが先輩は後出しの注意事項で彼女の気勢をそぎ落とす。
「いや、頑張る必要はないから」
「へっ?」
 豆鉄砲でもくらったような顔のセイに、先輩はその意図を伝える。
 番組の趣旨としては本気の対決であるが、実際にはセイが勝利してはいけないのだ。
 何故ならば、相手は大事務所に所属しているベテランタレントだ。全盛期ほどの人気はなくともその影響力はいまだ健在。
 なにより毒舌で相手を貶めるという芸風が両者ともかぶっている。
 普通の客は、若い女が勝利することを喜ぶが、彼女らのファンは生意気な相手をやり込めることに喜びを見出すタイプだ。
 つまりこの場合勝って喜ばれるのは相手の大物タレントで、これまでセイが燃料(まき)として燃やしてきた『若い女』のポジションに、彼女が追いやられたのである。

   ■

 仕事の依頼を受けてから、セイの表情は浮かなかった。
 裏の仕事でも、らしくもないミスをし、客から不興を買っていたようだ。
 それでも時間をみては、事務所のテレビで大御所の出演している番組をチェックしたり、ネットで経歴を調べたりもしている。
「まさか勝つ気じゃないだろうな」
 その様子に不安を覚え問いかけるが、セイは応えようとしない。

 彼女には野望がある。
 いまは毒舌を売りにしたタレントであるが、いずれはもっと影響力のある存在になるのだという野望が。
 そのため、できるかぎりのことをする覚悟を決めている。裏の仕事で生活費を補っているのもそのひとつだ。
 だが八百長だけは例外と考えている。全力を出して負ける分にはかまわないが、視聴者に嘘を吐きたくないと考えるのは、根の潔癖さの現れか。
 芸能界など、虚構まみれなのだから、そんなところに一線引いたところで意味などありはしないというのに。

「いいか、ここで勝てば仕事が干されるかもしれないんだぞ」
 言い聞かせる俺に「わかってる、わかってるってば!」と表明するものの、苦しげな表情がそれを否定している。
「おまえひとりならそれも良いだろうさ、自分の判断だ。これまでの店での仕事も無駄になるだろうが好きにするがいい。だがな、仕事をとってきた先輩の立場はどうなる? ウチに所属している他のタレントたちは? おまえ、人に足をひっぱられるのを嫌がるクセに、自分が足をひっぱるのは気にしないのか?」
 事務所の力関係は、簡単に覆るものではなく、大物タレントの機嫌を損ねた被害がどこまで及ぶかわからない。
「それで事務所がつぶれることになったらおまえ、社長になんて言い訳するんだ?」
 彼女は社長に恩がある。生意気な彼女も社長にだけは逆らおうとはしない。だからこそ、この言葉は効果的だった。
 「わかったわ」と今度こそ、八百長の受け入れを明言する。
 だがそれでも、対決を盛り上げるために情報は必要だからと、研究をやめることはしなかった。

   ■

 収録日がやってくる。
 普段よりも広くて綺麗なスタジオが押さえられていた。
「ハナコ・ザ・ビッゲストさん、お見えになりました」
 スタッフ相手に歓談と打ち合わせをしていると、件の大物タレントが現れたことを知らされる。
 俺とセイは弱小事務所らしく、挨拶に向かうが、巨体を揺らすハナコ・ザ・ビッゲストはスタッフに挨拶こそすれど、こちらには見向きもしない。
 すでに対戦相手として意識されているらしい。本気で潰しにかかってくるとみてまちがいなかった。


「あんた調子に乗ってるんじゃないわよ!
「あたしが若いころわねぇ……
「人生いまが春だとおもってるかもしれないけどそれは間違いよ!

 撮影開始早々、戦意全開のハナコ・ザ・ビッゲストはセイをいびりはじめる。
 セイも反撃を試みるも、敗北が求められている状況では、いつものキレは発揮されない。
 手加減というよりも、迷いがモロに現れている。このままでは視聴者にヤラセを看破されかねない。
 スタジオの隅で、そんな懸念を持ったのは俺だけではなかったらしい。
 バトルが一段落したのを見計らって、スタッフから休憩の指示がでる。気づけばけっこうな時間が経過していた。

 俺はあらかじめ準備しておいたペットボトルを手にセイに寄る。
「本当にこれでよかったのよね」
「もちろんだ」
 彼女は負ける。そのことで一部のファンは彼女に見切りをつけることになるだろう。
 だが昼の番組に出られたことで、それ以上の人間の目に留まる。そのうちの何割かは、彼女に興味をもち新たなファンとして彼女を支えてくれる。収支を計算すれば大きなプラスになるのは間違いない。
 番組の方も順調に収録が進んでいるので問題ないだろう。だが、そう思っていたのは俺だけらしく、なぜか会場には期待外れと言わんばかりの空気が漂っていた。
「セイちゃん今日調子悪いの? いつもよりキレがないじゃん」
 ADのひとりが様子見にくる。他の番組でも交流のある相手故に気さくだ。
 まさか制作スタッフが相手とはいえ、やらせについて口にできるわけがない。
「あのさー、セイちゃん相手だからぶっちゃけちゃうけど、あの人落ち目だから、ズバッとやっつけて欲しかったんだよねー」
 意外な言葉が告げられた。
「あの、それって番組スタッフの総意ですか?」
 お調子者の言葉を真に受けてはいけない。だが会場内に漂う空気をみれば、あながち嘘とも思えない。
 そしてそれを真実だと確信すると、干群セイは本気で格上殺し(ジャイアントキリング)を遂行することを決めた。
 休憩後のセイのトークは激しいものがあった。その炎舌から紡がれる言葉は、観る者の心までも熱くさせる。気づけば俺のシャツも汗ばんでいた。
 そして干群セイの舌禍は、自らの三倍はあろう大物タレントをくだし、その様子をまざまざと電波に乗せたのであった。

   ■

「最近、この子冴えないわね」
 点けっぱなしになったテレビをみたキャストが、そこに写ったセイをそう評価する。
 大物タレントをくだしたことで話題になり、スターダムにのし上がった干群セイだったが……その人気は長くは続かなかった。
 得意の炎舌に以前のような冴えがないのだ。このままいけば、再び仕事にこまる日がくるのはそう遠くはないだろう。

 彼女の炎舌には共演者の以外にも必要なものがある。 それは不満だ。
 かつてのセイは、自分の才能に見合わぬ環境に大きな不満を抱いていた。その理不尽が、無意識のうち炎舌にパワーを与えていた。それが収入が増え、裏のバイトを辞めたことでそれを失われてしまったのだ。
 セイの炎舌が以前ほど冴えていないのは、すでに目ざとい人間は気づいている。
 もっとも、売れっ子になった彼女の担当はすでに俺ではない。自分の担当外の商品(タレント)がどうなったところで俺の知ったことではない。

 順番が回ってきたことを店員が知らせ、薄暗い店内を案内される。
 慣れた足取りで店内を歩くと、そこで会うことはないだろうと思っていた人物と再会した。

《END》
Hiro

2020年08月07日 08時04分39秒 公開
■この作品の著作権は Hiro さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:炎(はかい)と癒やしを宿す舌
◆作者コメント:悪口を書くのって難しいです。

2020年08月22日 22時23分05秒
+10点
2020年08月22日 22時15分27秒
0点
2020年08月22日 20時18分03秒
+20点
2020年08月22日 15時49分39秒
+10点
2020年08月21日 19時21分46秒
+20点
2020年08月18日 20時01分23秒
+10点
2020年08月15日 19時19分16秒
0点
2020年08月15日 17時19分15秒
+10点
2020年08月12日 06時25分37秒
+20点
2020年08月11日 20時26分45秒
+20点
2020年08月10日 15時28分07秒
+20点
2020年08月10日 04時59分11秒
+10点
合計 12人 150点

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