戦え!! ナンバー2の不良 |
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元来喧嘩の腕に覚えのある岩見拓郎は、地域で荒れている方の公立中学へ入った後、そのナンバー2の座に上り詰めるまでに、三か月を要さなかった。 望んで手に入らないということのない人生だった彼を、しかし今、大いに苦しめているものがあった。 同じ一年生で同校のナンバー1、佐渡ゆうすけの存在だ。 佐渡は常軌を逸した存在で、喧嘩となった時決して手加減をせず、また常人離れしたパンチ力で、他校の喧嘩相手を必ず長期入院させた。 顎に入れば顔面の複数個所を一度に骨折させ、腹部では、浮遊骨を肝臓に打ち込む程度は軽傷の部類。そんな鉄拳が、ひとの胃を破裂させた場に、岩見は居合わせたことがある。またそうした時、血を吐き悶える人間を前に、佐渡は平然としているのだった。 そんな男の部下となったことで、岩見は人生で初めて、ナンバー2となった。 そのことを周囲がどう言おうと、しかし喧嘩で、人間の皮を被ったミュータントに勝てないことは分かり切っている。そのため地位云々は、岩見にも比較的素早く、看過する気になれた問題だった。 だから岩見が諦めきれずにいたのは、ともみちゃんのことだけだったのだ。 彼が入学してすぐ好きになった同級生の女の子だが、佐渡は、既に彼女を自分のものにしていた。もしともみちゃんに指一本でも触れれば、岩見は、確実に殺される。 ともみちゃんのことを想う時、必ず一緒に、忌まわしい記憶が蘇った――他校との喧嘩で、その悪魔の本性をむき出しにした佐渡の姿。それが想起される度、岩見の膀胱は、否応なく縮みあがった。 無力感に満たされた八方ふさがりの状況に、岩見は置かれていた。 〇 岩見が、部下らしく佐渡の命令で、食堂の牛カルビ丼弁当を買い占め、それを子ども食堂へ寄贈させられた時。 その数日後に、そのことによる感謝の手紙がたくさん、岩見の自宅に届いた。それで、彼の高いプライドは、我慢の閾値を越えた。 ――俺は、慈善事業家じゃない。 圧倒的な存在であるはずの、佐渡の野郎を、ぶっ倒したいと、そんな思いがかつてなく強く、強く、岩見の心を燃え上がらせたのだった。 〇 岩見は親の財布から三万円をくすね、ホームセンターへ行き、マウンテンバイクのルック車を買った。 そのサドルをお尻に食い込ませ、ペダルを踏みつけること8時間。入った者は生きて帰れないという近所の山『エベレスト富士山』を登頂し、雪の降りすさぶ真っ白な世界へと降り立った。 あまりの過酷さに意識が消えかかる中、視界の一部分に微かな輝きを見たような気がして、雪を、必死になって掘っていた。 低酸素と疲労の極致は、その美しい意匠を、幻のように見せた。重々しい金属製のランプは、感覚のない両手がわずかにそれを擦った時、瞬間にして、けたたましいばかりの煙を噴出する。 ランプの魔人が、そこに、姿を現した。 またその瞬間、岩見の視界はパッと晴れ、体が暖かくなり、意識はまるで良い朝のように、現実へ還ってきた。 不思議な感覚だった。どこか、夢の中にいるように感じる。 そして魔人はほんとうに、アキネイターの魔人のような外見をしていたのだった。 「我を呼び出すということは、……そなたが、力を欲する者か……」 「……パワーが……欲しいよ……」 岩見はつぶやく。胸の中で、佐渡を倒せるほどの、圧倒的な力を望んだ。 「よかろう……では、パワーを授けよう。我はランプの魔人! ゆえに、そなたにパワーを授けよう!」 「パワーが欲しいよ! パワーを下さい魔人さん!」 岩見はその場で飛び跳ねたり、腕を上下に降ったりした。 そしてその大声を、山頂に轟かせる。 「パワー! パワー! パワーを下さい! 魔人さん! 欲しいよパワー! 下さいパワー! たくさんのパワー! こんなにパワー! たくさんの両手から溢れるほどの……パワー!!」 「フ、なるほどな」 魔人の顔に、薄笑いが灯る。 その大きな両手に、ちょうど先ほどランプに見ていたような、神々しい輝きが宿った。それは徐々に強く、そして今にも弾けんばかりになり、最後に……ふっ、と消えた。 岩見の表情を、失望が満たした。 「パワ……? パワー……なんで……? なんで……? なんでパワー!? くれないのパワー!? どうしてパワー! たくさんのパワーをパワーン!」 「落ち着くのだ、岩見よ」 魔人は窘めるように言った。 「確かに私はお前にパワーを授けることはできる。だが察するに、お前の欲するパワーというのは、当たり前のものではないのだろう」 岩見は、佐渡の異常な膂力のことを思い出す。当たり前のものであるはずがなかった。 「うんうんうん!」 「ならばもう一度、チャンスをやろう。どのぐらいのパワーが欲しいのかを、私に示してみせるのだ」 岩見は、両足を畳み、そうして体を限界まで縮めた。 「パワーーーーーーーーーーーーー!!!!!」 力を、解き放つ。 ジャンプをするほかは、地面を転げまわったりし、時に荒々しく、時に猛々しく、全身全霊をもって、パワーが欲しいというのを示した。 「欲しいよパワー欲しいよ魔人さん! パワー欲しいよ! いっぱいだよ! パワーが欲しいよ! 下さい!!」 必死そのものの岩見に、魔人はばかにするような顔を向けた。 「さっきより落ちたな。そんなのでは、佐渡とやらに太刀打ちできるほどのパワーは、やれんな」 「いっぱいパワー! いっぱいパワー! たくさんのパワー! 両手に溢れんばかりの……パワー!!」 岩見の足元の雪に、ピカピカの出刃包丁が着地した。ケースに入ったそれは、新品そのものだ。 「えっ」 「それを使えば、お前でもギリギリ、佐渡に勝てるだろう。では、さらばだ」 言うや、魔人はランプへと引っ込んだ。空中で一瞬揺れて地面に落ちたランプは、慌てて拾い上げても、くすんだ色で、何事でもなくなっていた。 擦っても、何も起こらない。 ……もしかして、すべてが幻だったのだろうか? と思った。 いつの間にか、寒さは当たり前のように世界を覆い尽くし、麻痺していた苦痛の感覚が、じわりじわりと、体を侵し始めていた。 万物を覆う降雪。 一つだけ確かなのは、その中に、包丁が、残されているということだった。 「こんな……こんな……パワー……」 柄に『魔人製』とあるそれを、掴んで持ち上げる。こんなもの……。 「でも、ないよりはマシだよ!」 岩見はマウンテンバイク(ルック車)の前かごに包丁を放り込み、そして下山を始めた。 行きは8時間ほぼずっと登りだっただけあって、帰りは楽だった。しかし、そう舐めていたせいで、家に着いた時には耳が取れて、なくなっていた。 そのことで母親はすごく怒ったし、泣かされたが、その夜、夢にランプの魔人が出てきて「サービスで耳と指は直してやる」と言った。 朝、目が覚めた時、耳は元通り。またひどく膨れて痛んでいた手足の指も、綺麗になっていた。 「拓郎、いつまで部屋にいるの! 学校は!?」 「うるせぇババァ! 今から行くんだよ! 殺すぞ!」 「まっ! 何、急に怒りだすの、この子は!」 岩見は身支度を整え、学校へと向かう。 いつもの通学路を。そして下駄箱を過ぎたその足は、廊下を歩き、自らのクラスとは違う教室へと赴いた。 席でジャグリングの練習をしていた佐渡の前に、岩見は立った。 そうして岩見は彼に、果たし状を叩きつけたのだった。 〇 放課後の校舎裏は、日が当たらず、寒い。 通学用のリュックサックを傍らに下ろした岩見はそこで、佐渡が来るのを待った。 その間、逃げ出したいと思わない時間は、一瞬もなかった。永遠に思えるほどの間、一人ぼっちで待ち続けた。 どんな季節よりも寒い時間が流れ、そして、それが去った。 辺りの風景は、いつの間にか、茹で上がった溶岩の中に浮かんだものとなっていた。 逃げ場のない灼熱地獄の光景以上に、岩見は、眼前のものを恐れた。それは、言葉に尽くせない程の熱を全身に湛えた鬼……業火そのもののような異形のもの。その恐ろしさに、岩見は悲鳴すら喉で詰まり、……自分はいつの間にか、そう、山の八合目辺りで力尽きており、地獄に来ているのだ、という可能性に気づいた。 そして、夢から覚める。 岩見は、ちゃんと学校に、校舎裏に立っていた。そして。 佐渡が、目の前にいた。 佐渡は、自らを呼びつけた岩見の目前で、当然に岩見と向き合い、そして指関節をボキボキと鳴らしがてら、岩見に向けて、こんなことを言っていた。 「岩見よぉ、正気か? 俺は、勝負となったら、手を抜かねえぞ。ましてお前のことを、可愛いともなんとも思っちゃいねえ」 「ビビッてんのか?」 「はぁ?」 佐渡は、呆れた顔を見せた。だが、岩見は続けた。 「俺のことが、怖いんだろ? ナンバー1じゃなくなるのに、怯えてんだ。わかるよ。お前の怯えが」 震えを堪えながらそう言えたのは、虚勢を支えるだけの根拠が、岩見の中にあるためだった。 包丁のことではない。 魔人に与えられたそれは、今、家にある。 昨晩、帰ってすぐ、母親にあげた。 「こういうの欲しかったのよ」と喜んで、礼を言われた。そして今朝、それで作られた料理を食べ終えると、訳の分からないぐらいの激しい感情が湧き上がって、岩見にはどうすることもできなくなり、一人で部屋で泣いた。 なんとなくだが、登山で苦労したことの見返りは、その体験で十分だと思っていた。また、どうせ母親には今度、3万円を盗んだことがばれ、半殺しにされる未来は決まっている。彼女を予め喜ばせておけば、折檻も少しはマシになるかもしれない……そんな打算もあったのだろう、と岩見は自分自身のことを思う。 「岩見ぃ、お前を許せねえ。……行くよ!!」 今、目の前で佐渡が、その後ろ足で地面を強く、蹴った。 遠く感じていた間合いは、刹那のうちに消滅した。 驚いている時間はなかった。佐渡が連続でパンチをくり出してくる。 連続だ。その速さに驚いた。 「出すよ! パンチを出すよほらどんどん!」 「速い速い速いよ!! でも避ける避ける避けるよ!!」 「何何何!? 岩見お前やるよ中々やるよ!!」 パンチは、確かに見えた。なので、避けられた。 戦えるのだ、と思った。 「今度はこっちの番いくよ!? キックだよ!」 「ガードだよ!! はい頭突きだよ!!」 「痛いよ出たよ鼻血出たよ!!!」 「こんなもんじゃないよ!! ほらほらほら!! パンチパンチパンチ出るよ!!」 「痛いよ痛いよ痛いよやめてやめてめてやめてめて!! 降参するよ! 降参するよ!!」 「降参!? 降参すぐそうやって降参するからともみにも振り向かれないよ岩見お前は!!」 「降参やめるよ!!」 「そのいきだよ……パンチ!! パンチいくよ!!」 佐渡はパンチをいくつもりだ、と岩見は思った。 「くるの!? パンチくるの!?」 「いくよ!! パンチいくよ!!」 「あああくるよ!! パンチくるよ!! 今から殴られるよ!!!」 「あああ出るよ! 出るよパンチ!! 今から出るよ!!」 「耐えてみせるよ!」 「うんんんん!! パンチ!! パンチ出るよ! 出るよ!! パンチ出るよ!!!」 「来るよ!! みせるよ耐えて!! みせるよ耐えてみせるよ!!!」 「あーーーーーー!!!! 出たよパンチ出たよ!!!!」 「耐えられなかったよおおおおおおお!!!!」 こうして岩見は、佐渡に敗れた。 〇 打撃で体中の骨を折られた岩見は地元の病院へと運び込まれ、気の毒に思われながら、全身麻酔によって眠りに落ちた。 その際、彼の意識と入れ替わりに、ランプの魔人の声が、脳へと入っていった。 「岩見よ……どうして、我の授けたパワーを、使わなかった……?」 失望したような声色に向け、岩見の思念は、落ち着いた応答をした。 「武器を……使って、勝っても……ともみは……俺のことを、嫌いになると、思ったからさ。……厳しい登山が、訓練になったのか、信じられないぐらい、俺は強くなってた。だから佐渡と、少しだけ戦えた。……だからアンタには、感謝してるぜ」 「フ……なるほどな」 それきり、魔人は岩見のもとを訪れなかった。 〇 退院後学校へ行くと、すぐに岩見は、佐渡によって呼び出された。 寒々しい思いがした。 同じ学校で、佐渡に喧嘩を売った人間は、過去にいない。どんな目に遭わされるのか、全く想像さえつかなかった。 校舎裏には、佐渡だけではなかった。 そこには、風船式ダッチワイフに化粧を施したような顔の女が、佐渡とともに待ち受けていた。ファッションと称した、惣菜などから集めた『3割引』シールを、顔や手の爪など体の至る所に張りまくっている。 その容姿を、見間違えるはずがなかった。 待ち受けていた佐渡の言葉を、岩見はしかと聞いた。 「岩見。お前との勝負は楽しかった。……ともみはお前のものだ」 その言葉の意味を、すぐには飲み下せなかった。佐渡に背中を押されたともみが、岩見の前で立ち止まり、そうしてそのぼろぼろの顔を見上げた。しばらくの時間が流れた。 「佐渡、お前」 「好きなんだろ? ともみのことが」 「……ああ」 迷いながら、かろうじて絞り出した声は、しかし思っていたよりもずっと力強く、岩見は、体に力が入るのを感じた。 「ともみの方も、そうなんだとよ」 佐渡の言葉。思わず、眼前の顔を見下ろす。 「岩ん見くん……アテシ、嬉すいす」 顔を赤らめるともみを抱き寄せたのは、最近まで折れていた腕だ。 岩見は、思わず、雄たけびをあげそうになった。 その瞬間。 佐渡が、音を立てず、すぐそこまで近づいて来ていた。 ――殺される。 「生まれて初めて、対等のダチが出来た気分なんだよ」 彼は、拳を突き出してきた。 一瞬怯えた岩見は、しかし、それを空中で止めている、佐渡の意図を察した。 自らの拳を、同じように突き出した。 「また今度、やろうぜ」 「はっ、勘弁しろよ」 拳同士がぶつかった瞬間、その衝突のエネルギーで、岩見の拳と前腕骨と肘関節が破壊せられ、腕から骨がぴょんぴょん飛び出した。 「痛いよおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」 「ああごめん」 「えーアテシ弱い男は無理だは」 岩見はしばらくの間苦しみ続けた。これからも長い間苦しむだろう。だが、前を向き続ける彼の未来には、眩い陽光が差している。 (俺はともみのためにも、いつか必ず、佐渡に勝ってみせる) と思うようになるのはもちろん、怪我が治るためなど、それなりの時間が経ってからのことだった。 |
点滅信号 2020年05月03日 23時42分49秒 公開 ■この作品の著作権は 点滅信号 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2020年06月03日 23時07分41秒 | |||
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Re: | 2020年05月24日 21時17分29秒 | |||
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Re: | 2020年05月24日 04時29分21秒 | |||
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Re: | 2020年05月24日 04時02分00秒 | |||
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