<Falling NO.2, grab the future>

Rev.04 枚数: 100 枚( 40,000 文字)

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 ここはとある山奥にある廃棄場。
 古今東西から不要な物が集められ、そこらじゅうに乱雑でこんもりと盛られている情景はおぞましくもあった。
 そんな無数に存在するゴミ山の一つに身体をうずめていた一人の少女は、そこを訪れたある男に声を掛けられていた。
『――お~い! おーいってばー!』
『……………』
『あり? まさか死んでんのか? いや、そんな筈はねぇ。だってまだ生きてる気配は残ってるしな』
『…………』
『おいおい、狸寝入りって奴かい? 困ったね~』
『…………』
『へぇ~、あくまでシラを切るつもりかい? なら、俺も手段は選ばんぞ?』
『…………』
『……う~ん、やっぱし胸小せえなぁ。俺としちゃ、巨乳の方が好みな訳だけど、まだ成長期だろうし、これからの成長に期待って感じ?』
『…………』
『だが、触り心地は絶品だな。まるでシリコン入れてるみたいにモチモチだ。いいね、いいね~』
『……いい加減辞めてくれないか?』
『おっと! なんだよ、やっぱ寝たフリしてたんじゃん。起きてるなら元気に返事しろっての!』
『それは無理な話よ。今の私は羽をもがれた天使と同じ。もう起き上がったり人と話す気力すら残っていないもの』
『そりゃ悲しい話だな~。なんでそうなっちまった訳?』
『話したくはないわ。無駄な労力だし』
『ふ~ん、じゃあその代わりに俺の話聞いてくんね? 俺も俺でひどい目に遭ってよ、その悲しい境遇を誰かに慰めて欲しいんだわ』
『なんで私がそんなことを?』
『俺さ~』
『勝手に話始めないでくれる? 聞いてあげるなんて一言も言っていないんだけど?』
『訳あって与えられた使命を完遂できず勘当された身でよ。ナンバー1の称号、そして地位も名誉も名も全部剥奪されちまったんだよねぇ~。そしてお前は不要な存在だーってな感じでここに破棄されたんよ。それは流石に横暴だと思わない?』
『ちっとも思わないわ。ただ単純に自業自得なだけでしょ? ……はい、お望み通り話を聞いて慰めてあげたわ。もう用は済んだでしょ? さっさとどっかに行きなさい』
『え~、なんでだよ? 今度は俺がお前の話を聞く番なんだぜ?』
『嫌って散々言ってるでしょ? 私はものすご~く疲れているの。早く独りにして頂戴』
『はぁ? そんなこと出来る訳ないじゃん? 可愛い女の子をこんな掃き溜めみたいな所に放置する程、俺は鬼畜じゃねぇのだが?』
『? 可愛い……? 誰がだ……?』
『お前以外にいなくね?』
『…………』
『なんだよ、急に黙ってさ?』
『……アナタはとんでもない大馬鹿者なんじゃないの?』
『はぁ!? なんで褒め言葉に対して罵倒が返ってくる訳!?』
『当たり前だ。どういう言葉であれ、私に賞賛の言葉など到底似合う筈もない。こんな私を誉め称えるなど以ての外だ。何せ私は”妹”の完全劣化版なのだからな……』
『言ってる言葉の意味はよくわからんが、お前が相当のひねくれ者だってことだけは理解できたわ……。だからか? 『私は生きてる価値のない無様な存在で~す』みたいなつまんない顔してんのはさ?』
『アナタには関係ないでしょ? 所詮赤の他人なんだし』
『いや、そうとも限らねぇんじゃねぇか? 俺とお前はどことなく似てる箇所がある。――もしかしてお前も、持ってたもん全部捨てちまったクチかい?』
『…………』
『その沈黙は答えとみなしていいか?』
『見ず知らずのアナタに応える義理はないと何度言わせるつもり?』
『お前ってめっちゃ頑固だな~。そんなんじゃ、上手く世渡りできないぜ?』
『何世迷言をを言っているの? その世渡りって奴が出来なかったから、私とアナタはこんな所にいるんじゃない?』
『それもそうか。どうやらお互い辛い目に遭ったんだな。……だが、その代わりに凄まじいモノが手に入ったことをお前は分かっているか?』
『? 凄まじい物?』
『おうよ! 聞いて驚け? 俺らは全てから拒絶される者となったが、それを裏返して言えば誰からも束縛されないってことにならないか?』
『!』
『お? どうやら理解できたらしいな。そう、俺らはもう重い期待や宿命に追われる必要のない、この世で一番自由で開放的な存在になった訳よ! つまりやっと自由気ままに生を謳歌できる様になったんだ。この千載一遇のチャンス、見逃す手はねぇよな?』
『確かに……言われてみればそうね……』
『だろだろ? 俺はもう既に広い世界を存分に堪能したくてウズウズしてんだ。だが、そんな壮大な冒険を独りでしたってこれっぽっちも楽しくはねぇ! だからよ――』
『えぇ、そう。アナタの旅が健やかになることを心から願っているわ』
『俺まだ何も言ってねぇし!? それに心から願ってる気配が全くしないのだが!?』
『大方、私を巻き込む腹積もりでしょ? アナタの願望は存分に理解したわ。そういうことなら勝手に一人で楽しめばいいじゃない? 私を巻き込まないで欲しいんだけど?』
『何を言うか! 一人で観光名所巡ったり、美味しい飯食ってたら白い目で見られんだろ? 真っ平御免だね、そんな視線に晒されるのはよ』
『アナタもしかしてだいぶ独りよがりだったりする? 友達……いないでしょ?』
『お前に言われたくはないのだがぁ!? お前の方がよっぽど人付き合い苦手な感じするねッ!』
『それはそうだろう。何せ私には他人を思いやる気持ちなど持ち合わせてはいないからな』
『……お前ってなんか生きづらそうで見てるこっちが不憫になるのだが?』
『そう。なら早く私の元から離れることをオススメするわ。そして永遠にさよならよ?』
『はぁ? 何寝ぼけたこと言ってんだ? ウジウジしてるお前を見てると何だかムカムカする。俺の前でそんなつまんねー態度取るんじゃねぇ!』
『……アナタ、とても無茶苦茶なこと言ってるの自覚してる?』
『うるせぇ! 俺は今、超面白いことを思いついた! それを今から実行させてもらう』
『それ、嫌な予感しかしないんだけど? 一体何をするつもりよ?』
『例えば、感情が湧かないロボットみたいな美少女のつまんなそーな人生観を完全にぶっ壊してさ、その娘には思う存分楽しいことを味わって貰って、世界の広大さを胸に刻み込んでもらう感じだな』
『それほぼ例え話じゃないでしょ……。明らかに私のことを連れ回す気満々じゃない。何度でもお断りさせてもらうわ』
『あぁ、そういえばお前って何て言うの? 名前くらいは教えてくれたっていいだろ?』
『話を……聞け……ッ!』
『ちなみに俺は、諦めが悪い貪欲な性格で~す』
『今に限っては胸を張って言うことじゃないでしょ、それ? ……はぁ、もしかしていくら否定したところでアナタは引き下がるつもりはないんでしょ? ……もういいわ、私の負け。名前を教えてあげる。私は、対脅威――いえ、もう私はそれではないな。なら、シリアルNOか? ……いや、これも少し違うか。私の型番数字は格下げされてるわけだし……』
『おい、なにブツブツ言ってんだ?』
『あぁ、すまない。私は……NO.2(ナンバーツー)だ』
『ん? それが名前かよ? まるでコードネームじゃん』
『今の私はこうとしか名乗れん』
『おいおい、冗談はよせって。お前のことを呼ぶ度にNO.2、NO.2言うのは恥ずかしいのだが? 言う俺も気不味いが、言われるお前も数奇な目に晒されるがそれでもいいのか?』
『昔から番号で呼ばれることには慣れているから別に構わん。そういう遠慮は不要だ』
『お前が良くても、俺が呼びにくい! ……なら、こうしよう。お前の名前であるNO.2からNの字を取ったO.2(オーツー)はどうだ? そっちのほうがゴロが良いし、かっちょいい』
『勝手に決めるな……と言いたいけど、どうせ拒否をしてもそれで突き通すつもりでしょ、アナタは? ……アナタの好きにお呼びなさい』
『じゃあ、お前の名前はO.2で決定な。ということは次は俺の番か? 俺はオシ――おっとこの名はもう使えないんだったわ。その代わりになんて名乗るつもりだったっけか? ……あぁ、あれだあれ。バーツ。俺の名はバーツだ』
『何で自分の名前をスラスラ言えないのよ? 明らかに偽名使ってるのバレバレじゃない』
『いいじゃん! バーツって名前は今の俺のことを表すのにうってつけで、密かにお気に入りなんだよ。――まぁなにはともかく、これからよろしく頼むぜ、O.2!』
『私としちゃ不本意だけど、どう転んでもアナタと行動する以外の選択肢がないのならそれを選ばざるを得ないわね……』
『おいおい! そう辛気臭い顔すんなよな? これから楽しい旅になるってのに、同行者がそれじゃシラケちまうよ』
『しょうがないでしょ? 私には感情が無いんだから。旅を楽しむ方法なんて一つとしてわからないもの』
『へえ~そりゃ羨ましいな』
『えっ?』
『だってよ、何も知らないってことは、これから知ることは全部新鮮に感じられるってことだろ? 見る物全てが初めての経験になるなんて、お前は恵まれてるな?』
『アナタ……だらしない見た目の癖に意外と良いこと言うのね?』
『褒め言葉の中にスラッとディスり言葉含めるの辞めてくんね……?』
『……そういえば、そんな風に考えたことは一度もなかったわ。……ふふ、まさか死の間際でそんな単純なことに気が付くなんてね。ねぇ、バーツ?』
『何だよ?』
『こんなにまで落ちぶれた私でも世界が美しく見えるのかしら?』
『知らね。その答えはお前の心の中にしかないからな。何を見てどう感じるかはO.2次第だ』
『そうか……ありがとう……』
『どうだ? 多少は外の世界にも興味が出てきただろ?』
『そのようね。少しだけ胸の鼓動が早くなっているような気がする。こんな現象は初めてだが、何故こうなったかを私は知っている。私はきっと――楽しんでいるのだろうな。……これも何かの縁なのだろう。バーツの言う通り、風の向くまま気の向くままやりたいようにやってもいいのかもしれないわ。そういうことならまずは重い腰を上げないと……』
 そう言ってO.2はゴミ山から抜け出し、震える足で必死に立ち上がり、そして皮膚がボロボロに抜け落ちている右手を差し出した。
 バーツはその行動の意味をすぐに察し、彼女と手を合わせた。
 そうして二人は熱い握手を交わす。こうして二人は旅を共にする相棒となったのであった。



 ●



 ここは王国から遠く離れたのどかで静かな田舎町。
 普通であれば良い意味で何も起こらない平和な日常が流れている――はずだった。
「森林方面からゴブリンとオークの集団だぁ! なぜこんな辺境な地に!? 自衛団は今どこに?」
「村長……それが今は隣町に出向いた子供達の遠足に付き添っておりまして……」
「まさか全員かっ!?」
「はい……」
「なんでそんなことを!? 流石に全員総出はありえんだろ!?」
「最近はこういう襲来は稀で、いつまでも自衛団を常駐させるのは酷だと思いまして、今日に限っては羽を伸ばして頂きたいと……」
「くそっ! じゃあどうすればいい!? 逃げればいいのか!?」
「自衛団と同等の力を持つ冒険者様がいらっしゃれば話は別ですが……」
「そんな都合のいい話があるか!? 対抗できる術がないのであれば、早く避難勧告を出さねば! 急げ!」
 そうして響き渡るけたたましい鐘の音。その音が鳴った瞬間、町の穏やかな雰囲気は一変。慌ただしく騒々しいものになった。
 その時、そんな喧騒を横目をしながらも、呑気に町の酒場で肉を頬張っていた二人組の男女がいた。
 ”がぶがぶ骨付きラム肉”と称されるこの町名物の巨大肉にかぶりつく黒髪の男が口を開く。
「――おい、O.2、お前は質と量、どっちが好きなタイプだ?」
「――ふむ、そうだな。あまりよく考えたことはないが、どちらかというと量……かもしれないな」
 男の問いに答えるO.2と呼ばれた銀髪の女性は、目の前に展開された”よりどりラム肉セット”と呼ばれるもう一つの名物料理を見つめる。
「私はどちらかというと、少量の物を組み合わせて得られるバラエティー感が好ましいな。バーツが食べているその肉も美味しそうではあるが、一つの味だけだとどうにも飽きてしまいそうだ」
「なんだよ、ってことは俺とは真逆ってか? 俺は、そんなチマチマした小物肉じゃ腹満たせねぇよ。男ならドカンと一発、大物を行かなきゃな!」
 バーツと言われる男の言葉を聞いて、O.2は席を立つ。
「――ならお好み通りデガブツのオークの方は任せた。私はコモノのゴブリンを叩こう」
「了~解~。まだ飯の途中だ。冷めちまう前にさっさと片付けちまおうぜ?」
「そうだな。終わったら農牛の牛乳から作ったアイスクリームで熱った身体を冷やすとしよう。どうやらこの町だけでしか食べられないスペシャルメニューもあるとか」
「おっ、そりゃ、いいね! 俄然やる気でてきたわ!」
 バーツもO.2と同じ様に椅子から立ち上がり、店主を呼ぶ。
「おい、旦那! まだ食うからよ、席片付けないでくれ! あ〜、それとこいつがさっき言ったアイスを注文。頼むわ」
 すると厨房の奥から、小太りの店主が冷や汗を流しながら顔を出した。
「バカ言ってんじゃねぇ! 聞こえねぇのか、この警告音が! 旅人だから知らねぇと思うが、これは逃げろっていう合図なんだよ!」
「別に逃げる必要なんてないわ。マスターはアイスを用意しておいて。とびっきり冷えたのを頼んだぞ?」
「へっ?」
 涼しげな顔でこんなことを言うO.2に店主は目を瞬かせる、
「おい、行くぞ!」
 O.2は一足先に外に出ていたバーツに呼ばれ、店を出る。
 店の中には何が何だか全く理解しきれていない店主だけが残る形となった。

 二人が店から出ると、町はもうはっちゃかめっちゃかのパニック状態に陥っていた。皆、血の気を引かせ早々に町からの脱出を試み、O.2とバーツとは逆方面に走っていく。その最中、渦中の方面にわざわざ歩いている二人を見た町民は、信じられないと言わんばかりの顔をするが、見知らぬ旅人風情に気を配るほどの余裕は無いらしく、そのほぼ全員は彼らを無視した。
 そんな態度をされることなど最早どうでもいいといった具合に、バーツは双眼鏡を覗いていた。
「距離にして3kmくらいか? 距離とあいつ等の歩行速度から見て、避難は余裕だな。問題は向こうさんの勢力図だが、ここからじゃ相手の正確な情報までは計れん。O.2、お前のスコープなら視れんだろ?」
「言われずとももう捕捉しているから心配するな」
 O.2は時折ピピピと電子音を発する右目で敵集団を分析する。
 すると彼女は少々困ったように顎に手を添える。
「確かにゴブリンとオークの集団で間違いはないな。だが、意気揚々と向かうのは少々早計だったらしい」
「んあ? どういうことだ?」
「装備が充実してる。それも金剛製の超リッチな奴だ」
「ヒュ~! そりゃ面白い話だな。ということは……?」
「少しばかり本気を出さねばならぬということだ」
 その事実が発覚すると、バーツはだは~と荒息を吐く。
「あ~あ~メンドクサ! あんまし、本領出したきゃねぇんだがなぁ! 疲れるし!」
「そうやって何でもかんでも手抜きをしようとするのがアナタの悪い癖では?」
「そういうお前こそ、消費エネルギーをいかに節約するかってことしか考えてねぇじゃん? それはそれで舐めプじゃね?」
 そう指摘を受けたO.2は真顔で肩をすくめる。
「私とアナタ、どちらも性根が腐りきってるわね。本当に似た者同士だわ」
「そりゃ、そうさ。何せ俺達の境遇は”一緒”なんだからな。本質的に似たような生活送ってりゃ嫌でも似るってもんよ」
「なら、私のしたいことを全部汲み取ってくれるか?」
「今更言うことか、それ?」
 二人は腕を回したり、手首を伸ばしたりして、戦闘モードに移行する。
 まずはO.2が動く。
「『FLYユニット……アクション!』」
 その言葉に呼応するように、彼女の背中が大きく開放され、そこから鉄でできた二羽の巨翼が生える。
「出遅れるなよ」
「誰に言ってやがる?」
 そんなやり取りを一つして、O.2は遥か上空に向け、飛躍する。そして、目的地目掛けて一直線に飛び立っていった。
 その拍子に吹き荒れた強風にあおられながらも、バーツも負けじとその後を追う。
「やっぱ、羽生えんのはズルだわ!」
 走りながらそんな愚痴をこぼすバーツも大概であった。
 彼の移動速度は獣――否、それ以上かもしれない。
 なにせ彼は、世界において最速とされる飛竜とほぼ同速度で飛ぶO.2から一定の距離以上離れることはなかったからだ。しかも、これはまだ全開ではない様子だった。
 そんな常人では到底発揮できないような運動神経を披露するバーツを、上空から見下ろすO.2は感嘆の声を上げる。
「本当に身体能力はズバ抜けているな。標準運動スペックだけで見れば、私ですら一歩及ばないレベルだ」
 もしバーツもう少し本気を出せばO.2よりも早く目的地に到着する。だが、彼はそんなことはしない。O.2より先行する意味がないからだ。
「まずは私の先制攻撃で相手の隊列を崩すとしよう。だが、相手の装甲は厚い。軽く相手の出方を見るとするか」
 O.2はまず手始めにあるコマンドを宣言する。
「『RUSHSHOTユニット……アクション!』」
 すると、彼女の手が徐々に機関銃の形を模していく。
 弾丸をたんまりと充填させた機関銃の銃口を敵襲団へと差し向け発射する。
 O.2の手から放たれた無数の弾丸が敵に降り注ぐ。その拍子に激しい土埃が舞った。O.2は乱射を約一分ほど続ける。
 取り敢えず一回装填分の弾を打ち切ったO.2は相手がどうなったかを一度確認するにした。
 地上のバーツも同じ考えらしく、彼も無闇には動かなかった。
「「…………」」
 視界を遮る土煙が徐々に薄れていく。その奥には――
「「まぁ、こうなるな」」
 空のO.2、地面のバーツは互いに照らし合わせずとも、ほぼ同じタイミングで同じ言葉を発していた。
 O.2とバーツが見たのは、数百発の乱撃にさらされても尚全く無傷のゴブリンとオーク達の姿だった。
 あれ程の弾幕を浴びたというのに何故ダメージの跡が全く無いのか? その答えは彼らが着込む防具にあった。
 ゴブリンとオークらは金色に輝く鎧を身に纏っている。その鎧を構成するのは俗に金剛石と呼ばれる物。その石は世界で最も硬いと評される代物だった。
「はぁ……あの金剛装備が見せかけや偽物の類であってくれればどれだけ良かったか。あれとやり合うことを考えるだけで気が滅入っちまいそうだ」
 急襲が失敗に終わり、出るに出られなくなったバーツは一度後退し、背後にある森の中に入る。
「……それにしても全身装備はやり過ぎだろ? 金剛石は採掘量は少ないし、価値も高価なんだぞ? 精々武具の一部に練り込むのがやっとなくらいだ。にも関わらず、それをふんだんに使えるってどれだけブルジョアなんだよ、魔族軍は……」
 そんな愚痴をこぼしているうちに、敵集団は完全に体勢を整え、前進を再開させる。
 このまま意気揚々と進まれれば、すぐに俺とかち合うことになる。
「流石にあの数を一挙に相手すんのはゴメンだぜ。当初の目的通り、せめてゴブリンだけはどうにかしろよ、O.2――」
 地上からバーツに見つめられたことをスコープで確認するO.2は、小さな息を吐く。
「そう心配そうな顔をしないで。やるべきことはやってやる。――アナタ達がそう来るのであれば、私も久方振りに本気を出してやるとするか……」
 O.2は一つ息を吐き、精神を集中させる。そしてコマンド始動の言葉をゆっくりと発した。
『OVERBURSTユニット《LIMIT3》……アクション!』
 空中でとあることをしたO.2の気配を、下のバーツは的確に感じていた。
「あいつ、アレ使いやがったな? つまり、アイツを背負って帰還することが確定した訳かよ」
 まだ本格的に戦闘は始まっていないというのに、バーツはもう既に勝った後のことを考える。それだけ彼女が使い始めた力は強力なものであることを暗示していた。
「――そういうことなら、俺もサクッと終わらせる方向でいくとしますか。酒場に残したメシを冷ます訳にもいかねぇし、用意してもらってるアイスも溶けちまったら台無しだからな」
 これからO.2は目にも留まらぬ疾さで敵を殲滅するだろう。その後、すぐに自分も動ける様に、とバーツは集中力を高めるのであった。
 一方その頃、O.2は『OVERBURSTユニット』の副作用で体温が急上昇していた。身体を流れるエネルギーが高速で移動し、各起動部に負荷がかかっていたのである。
「やはりOVERBURSTユニットによる疲労感は凄まじい……。起動しただけで頭がクラクラする……。だが、それだけこの力は強大だぞ? 心して喰らうがいい」
 O.2は羽を大きく動かし、ゴブリンに向け一気に急降下する。その速さはまるで流星の如く。O.2は一息でゴブリン達の眼前に降り立った。
「「「うおっ!?」」」
 いきなり目の前に人が現れたら誰しも驚くに決まっている。どうやらそれは魔族のゴブリンでも同じだったらしい。
 O.2を目の当たりにしたゴブリン達は一瞬たじろぐがすぐに正気を取り戻し、武器である剣を構える。さらには、後方の一際大きいオークがゴブリン達を鼓舞するように声を張り上げた。
「うろたえるでない! 我らには最硬の鎧がある。こやつが先程射ってきた豆鉄砲では傷一つ付けられないであろう!」
「心外ね、私が無策で突っ込むとでも? 当然あるわよ、その防具に風穴を開ける自信が」
「はったりだ。まさか金剛石の破壊方法を知らないのか?」
「当然知っているわよ。一秒間で同じ箇所に百回の衝撃を与えればいいんでしょ?」
「そうだ! だが、お前にそれができるか? 先程の連射から察するに、せいぜい一秒間で四十発程度が限界だろう? なら百発の弾を一秒で打つなど到底不可能だ!」
「そうね、その通りだわ。……普通だったらね」
「?」
「今から不可能だとされるそれを実現してみせよう。決して瞬きをしないことね。本当に一瞬よ? 何せ今の私はアナタ達が感じる一秒の間に――」
 その刹那、ゴブリンの一体が着込む金色の防具にヒビが入っていた。
「三秒動けるのだから」
 O.2はそう言って、さぞ楽しそうに笑うのだった。
 その一部始終を遠目で見ていたバーツは口笛を鳴らす。
「わ~お、やっぱえげつねぇな、『おーばーばーすとユニット』って奴は」
 バーツがそんなことを呟いている内に、ゴブリンの金剛防具はO.2によって崩されていく。
 バーツはそろそろ自分の出番を確信し腰を上げた。
 ……O.2による殲滅行為は一分程度で終焉を迎えた。と言ってもO.2にとっては”約三分間”の出来事であったのだが。
 『OVERBURSTユニット』の真相は、時間の体感速度を自分自身のみ遅くする機能である。要は他の人にとっての一秒は、O.2にとっては一秒ではなく、その何倍もの時間感覚を得られるのである。
 彼女が使用した『OVERBURSTユニット』《LIMIT3》は、時の流れを三倍濃縮にする。つまり、O.2は現実の一秒の間に三秒分の行動ができるということだ。
 O.2はこの力を使いつつ、三秒の時間を用い百発以上の弾丸を金剛防具にぶち込む。普通であればそれでは金剛防具は壊せない。しかし、実時間では一秒しか経過していない訳だから実質一秒の間に百回以上の衝撃が与えられたこととなり、金剛製の鎧を破壊できたという寸法である。
 ……そんなこんなで難なくゴブリン全員を気絶させたO.2は全身から黒い煙を吐き出しつつ、その場にへたり込んだ。
「――はい、終~わり……」
 一仕事終え、O.2は安堵の息を漏らす。だが、限界はとっくのとうに超えており、指一本すら動かせなかった。
『機能の負荷が一定の水準を超過しました。機能保全の為、強制シャットダウンを実行致します』
 そんなアナウンスがO.2の耳に流れ、瞳にはシャットダウンまでのカウントダウンが始まっていた。
「後は頼むぞ、バーツ――」
 程なくしてO.2は糸が切れた人形の様に、ぐったりと地面に倒れ込んだ。
「「「…………」」」
 一体なんだって言うんだ、と言わんばかりに残っていた三匹のオークはその場で立ち尽くしていた。
 そんな時、一匹のオークがある違和感を覚えた。
「おい、ちょっといいか? この娘もしかすると……?」
「ん? そういえばそうだな? まさか我が魔王様が探し求めている人物ではないか?」
「確かに、よく見ると魔王様に……」
「そういうことなら連れ帰るのが最善か?」
「だろうな」
「いやはや、小さな町を襲撃するついでに思わぬ副産物が手に入りそうだ。魔王様もこれでさらにお喜びに……」
 三匹のオークはどうにもゲスな顔で、O.2に魔の手を伸ばすが、
「ッ!?」
 既の所で横から飛んできた小石に阻まれた。石が飛んできた先にいたのは一人の男、バーツであった。
「悪いな、そいつ、俺の連れなんだわ。だからよ、手荒な真似しないでくれねぇか?」
 バーツはそう言いつつ、倒れたまま動かないO.2の前に出る。
 こうしてバーツと対面したオークらは余裕の表情を浮かべる。
「そういう訳にもいかぬ。我らはこの娘をかの魔王様に献上せねばならぬからな」
「そうだ。我らにとって魔王様こそ全て。その魔王がやれと言えば完璧に遂行するのが配下の務めだ」
「その使命を邪魔するのであれば、どんな者であれ容赦はせん」
 オーク達の言葉を聞いて、バーツは面喰らう。
「はぁ……見た目に反して、ご立派な精神をお持ちのことで。取り敢えず、お前らの意志はわかった。そういうことならさ、俺で勘弁してくれね? アンタらの感情、俺に全部ぶつけてくれや」
 バーツの提案にオークの一匹が首を傾げる。
「ほぉ? 我ら三人と対峙すると? ということはそれ相応の力が貴殿にあると言いたいのだな?」
「まぁ、そうであって欲しいもんだな。俺も一応、強者の類に入ると思うからよ、決して失望させないと思うぜ? それならどうだい?」
 バーツの得意げな言動に、三匹のオークは顔を見合わせ、一つ二つ言葉を交わし頷き合う。
「――そういうことなら貴殿に闘いを挑むとしよう。ただ我々は一切手を抜く気はないし、後の後悔も聞き入れぬ所存だ。本気で行かせてもらうぞ……ッ!」
 一瞬にしてその場の空気が張り詰める。ピリピリとした緊張感がバーツの頬を刺激する。
 そして死闘はすぐに始まった。
 三体のオークはそれぞれ手に持っていた剣・斧・槌を大きく振り上げ、そのままバーツに振り下ろす。
「よっと!」
 一寸違わぬタイミングで襲い掛かる強烈な三つの衝撃に対し、バーツは垂直に高く跳躍することでそれを躱す。
 当然こんなものではないと思うバーツの予想は見事的中する。しかし、バーツはオーク達が武器にまとわせるオーラを見た瞬間度肝を抜かれた。
「おいおいおい、そこまでやるのは流石に予想外だって!?」
 オークの見た目からして巨大な武器を剛力で振り回すのが鉄板だと思っていたが、どうやらその考えは古いらしい。
「まさか極大魔法使おうとしてね!? ……本当にさ~! 最近の魔族軍は装備も教育も行き届き過ぎだろ! これじゃあ俺もO.2に倣って本気出さないとじゃんか! めんどくせー!」
 バーツは万が一のために用意していた<あるもの<を取り出す羽目になってしまい、トホホと肩を落とす。
 バーツが密かに秘策を用意している傍ら、オーク達もオーク達で大技発動の為の術詠唱を始める。
『大地を焦がせ……赤の大龍よ……悪しき敵を食らい尽くせッ!』
『大地を荒らせ……緑の大龍よ……悪しき敵を食らい尽くせッ!』
『大地を鳴らせ……黄の大龍よ……悪しき敵を食らい尽くせッ!』
 短いながらも力強い言霊によって、オーク達が持つ各々の武器に魔力のオーラが纏わりつく。
 その三つの魔力はそれぞれ、熱気が込められた赤色・乱気流を巻き起こす緑色・電流を迸る黄色の龍の形をしており、その一匹だけでも大災害を巻き起こすに足りる力を秘めていた。
『『『ギッシャアアッッアアアアァアアァアァッア~!』』』 
 そんな大龍がそれぞれ大きな咆哮を唸らせる。その雄叫び一つだけでもプレッシャーが凄まじく、迎え撃たんとするバーツは一瞬死をも予感し、より一層気を引き締める。
「これほどまでの修羅場は久方振りだな。そういうことなら、俺もO.2に倣って『おーばーばーすと』するとしますか。……んじゃ頼むぜ、最強の剣ッ!」
 バーツは手に握った〈あるもの〉を強く握り締め構える。
『『『ゴアッアーアアアーッア!』』』
 そして、三体の大龍がバーツに向け突進する。
 強力な魔力の衝突によって、その周囲には熱柱・竜巻・雷が巻き起こりその周囲の大地と空をメチャクチャにする。
 その衝撃は暫しの間続き、ひとしきり暴れまくった龍達はそれぞれ姿を消す。
 天災が過ぎ去り、その震源地にいたバーツは当然無傷でいられない筈――
「ふぃ~間一髪~。ギリ対応が間に合ったわ~」
 だったのにも関わらず、かのバーツは一切ダメージを負ってはいなかった。
 なにかしらの理由で龍からの攻撃を凌いだバーツが地面に降り立つと、彼は服に付いたホコリを払う。
 何食わぬ顔であっけからんとする態度を見せるバーツにオーク達はたちまち閉口する。
 それにふと気付いたバーツは得意げに口角を上げる。
「おやおやおや~? どうなさった、お三方? まるで鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして? もしかして、O.2が最初に放った牽制弾の反応が今になって来たのかい?」
「そんな訳なかろうが!」
 オークの一人が声を荒げ、バーツの言葉を一蹴する。
「貴様……一体どんな奇術を使った?」
「奇術? 俺にそんな大それたことをやる資質はねぇよ。精々最強の剣を扱うのがやっとだって」
「最強の剣……だと……? それであの龍達を打ち払ったとでも?」
「まぁ、話の流れからしてそうなるわな」
「して、その最強の剣とやらは何処だ? 嘘か信かそれを見て判断させろ」
「そう言われてもなぁ。もう既に最強の剣は最強の剣じゃないから説明のしようがない。強いていうならこれだったと言うべきかな?」
 バーツはそう言いつつ、足元に転がっていた小枝を拾い上げる。
 それを見て、オーク達の怒りがまた再熱する。
「馬鹿馬鹿しい。こんな狂言に付き合うほど我々は暇ではないんだぞ?」
「そうは言っても、龍からの攻撃を耐えたのは事実だろ? 少しは現実を受け入れろって」
 バーツは呆れたように溜息を吐きつつ、今度は地面に落ちていたなんの変哲もない小石を数個拾う。
 その行為を見たオーク達が突然高笑いをあげる。
「またまたそれは何かの冗談か?」
「今度はそんな雑な石で我らと張り合うつもりか?」
「やはり今になって怖気づき躍起になったのではないか?」
 ゲラゲラと笑われてたバーツであったが、彼は不敵に笑っていた。
「おいおい、さっきから侮るなよ? この小石は”世界で一番硬い石”だぜ? それも金剛石以上のな」
 負けじと反論を返したバーツの言葉をオークは怒りの表情で踏みにじった。
「だから戯言をほざくのも大概にしろとあれほど言ったではないか……弱小なる人間よ」
「ハァ……期待して損した。どうやら先の自信はぎまんだったということか」
「どうやら我らは大きな思い違いをしていたらしい。これでは本気を出してしまったのもはばかられるが、我らを侮辱した罪を本当に償ってもらわなければならぬようだ」
 どうやらバーツの行いはオークらを激怒させるに至ったらしい。
 バーツは彼らが怒る理由は最もであるとは思っていたが、浅はかだと感じざるを得なかった。
「井の中の蛙とはまさにこういうことだわな。つまらん固定概念なんかに縛れて可愛そうな奴らだな~」
 その言葉が最後の決め手となり、オーク達の理性リミッターが解放された。
 オークは殺意百%を以って、バーツを潰しにかかる。
「はぁ……迫ってくるならせめて絶世の美少女にして欲しいぜー。しょうがねぇな、軽くあしらってやるとしますか。ほほいの、ほいってな」
 バーツは軽い手際で手に持った小石をオーク達の金剛防具目掛けて投げ込んだ。
 その石が、バキィイン!という激しい音と共に――
「「「なっあぁっ!?」」」
 オーク達が着込んでいた鎧を粉々に砕いた。
「はいよ、一丁上がりってな!」
「「「…………」」」
 防具が剥がれ、裸一貫となったオーク達は無言で立ち尽くしていた。
「オラオラ! さっきまでの威勢はどうしたー? さぁ、やるならやろうぜー?」
 バーツはまた小石を拾い上げ、空高く上げる。
「「「ヒィ!?」」」
 本当になんの変哲もない石の筈なのに、オーク達にとってそれが得体の知れない何かに見えて仕方なかった。
 どうやら彼らにとって最高硬度の金剛鎧は自身そのものだったらしい。誰にも壊せない、どうやっても砕けない防具を着ていたからこそ、彼らは強くいられた。それが無くなった今、オーク達を護る強固の自尊心は鎧と共に砕け散っていた。
「んあ? どうした? そんなおっかなそうな顔して……よっ!」
 石をオークにもう一度投げるバーツ。ギリギリで身体を掠った石がオークの脇腹を大きく抉る。絶望と恐怖の叫び声がこだました。
 バーツがもう一度石を拾おうとした時にはもう、オーク達は恐れおののき逃げ始めていた。
 その姿を見つめ、バーツは鼻息を漏らす。すると、真後ろから声がした。
「ちょっとやり過ぎだったかも知れないな、バーツ」
「なんだよ、起きてたんか、O.2」
「予備電源でなんとかな。だが全く動けないのは確かだ。是非とも運んでくれ。その為に余力を残してくれたのだろう?」
「へいへ~い。仰る通りでございますよ~」
 ここにゴブリン達が残っているが、リーダー格のオークがいないとなりゃ何かを察して撤退してくれるだろう。そう思い、バーツは後処理を一切することなくその場を後にする。
 道すがら背中におぶられるO.2は先程の闘いの感想を述べる。
「いつ見ても凄いな、物事の序列を変更する能力は。その力で、”細くて小さい枝龍をも屠る最強の剣”に、”なんの特徴もない小石の強度を金剛石以上”にしたのだな?」
「そういうこった。けどあまり良いもんじゃねぇよ。一瞬でも世界の理を変えちまうんだからな」
「それは私だって同じだ。他の人間より長い時間を体感しているのだからな」
 そんな会話をしつつ、O.2とバーツは一緒に笑い合う。
「マジ、俺ら似過ぎ問題だわ」
「ね? 流石は――」
 二人はすっ、と息を吸いこんなことを言い合った。
「「元ナンバー1からナンバー2に蹴落とされた堕落者同士だよ」」



 ●



 バーツとO.2はゴブリンとオーク達との闘いの後そのままの足で町の食堂に戻っていた。
 取り合えず途中で残してしまった料理を平らげた二人は、事前に頼んでいた料理を目の当たりにする。
 店主が持ってきたその品にキラッキラの眩しい視線を送っていたO.2はじゅるりとよだれを垂らす。
「これが……これが……巷で話題の一品か……ッ!」
「そうみたいだな」
「それにしても、想像以上に見た目がスゴいわ。注文を一つだけにしたのは正解だったかもしれないわね」
「そりゃ同感……。こんなモノを考案した想像力、脱帽レベルだわ……」
 そう言いつつバーツは店のメニュー表を開く。そこには下方向からのローアングルでより一層そのおぞましさを強調しているとある料理の写真。その上にその迫力に負けないくらいの大きくて太いフォントでこんな紹介文が添えられており、バーツはそれを引き顔で読み上げる。
「『来たッ! 出たッ! 巷で話題の最大!!!最長!!!の七段アイスクリーム”セブンズ・タワー”が今ここに……ッ! 七つに連なる試練(味)を見事突破し、君達はこの塔を踏破出来るか!?』。――最初これを見たとき大袈裟だなと思ったが、そりゃ俺の思い違いだったらしい。下手したら、この写真と説明文の方が過少なまであるぜ?」
 店主がO.2とバーツの元に持ってきたそれの名は”セブンズ・タワー”。それはその名の通り、七種の味――プレーン・チョコ・抹茶・イチゴ・メロン・オレンジ・パイナップル――のアイスが綺麗に縦に積み重なったアイスセットである。
 ぶっちゃけた話、最高でも三段くらいまでしか見たことのないバーツにとってその形相はあまりにも仰仰しく、全部食べきったら確実に腹を下すことをも予感させるその料理に対し、恐ろしい以外の感情を抱けずにいた。
 だが、O.2はたいそうそれに心を奪われており、ウキウキと心を踊らせていた。
「ずっと前から気になってはいたが、やっとこうして巡り合うことができた! わざわざ遠くの町まで来た甲斐があったわ!」
「……もしかして、この町に行きたいってあんなに駄々をこねたのは?」
「これが目的さ」
「えぇ~……マジでか~……。つまり、たかがこれ一個の為に長旅したってこと? よくやるよ、お前は……」
 バーツはO.2の行動理念が理解し難いと言わんばかりに溜め息を吐き出した。
 とは言え――
「まぁ、お前が楽しそうで何よりだよ。形はどうあれ、笑ってくれているんだからな」
「? 意外だな、バーツ。てっきり『食べ物如きに喜んでんじゃねぇよ!』と言うのかと思ったぞ?」
「俺はそんな茶々入れねぇよ。俺、あのゴミ山で言ったよな? 『何を見てどう感じるかはO.2次第だ』ってさ。だから、お前がどんな物にどれだけ感動しようがお前の勝手なんだよ。人によって心が動かされる物やその熱量は千差万別。そんなある種個性の様な物を俺は一々否定する気にはなれん」
「……優しいな、バーツは」
「バーカ、そういう訳じゃねぇよ。単に他人の人格を否定したくねぇだけさ。……例え感情が希薄なお前だったとしてもな」
「それを優しいと言うんじゃないのか? 何故、バーツはそこまで私に……?」
 O.2の率直な疑問にハーツは肩を竦める。
「……別に大それた理由はないさ。旅は道連れ世は情けって言うだろ? せっかく旅の仲間になったんだからなるべくお前とはギクシャクしたくない。ただそれだけさ。ほら、そんなことよりも早くアイス食べねぇと溶けちまうぜ?」
「あぁ、そうだな。せっかく綺麗に積まれているのだから、崩さないように慎重に食べていこう。――頂きます」
 合掌をしたO.2は手に持った細いスプーンをアイスに突き刺す。まず彼女が最初に掬ったのは、最上段の白いプレーン味。
 それをぱくりと頬張ったO.2の顔が一気にほころんだ。
「美味しい! 甘さが普通のアイスと段違いだ!」
「へぇ、そうかい。んじゃ、俺も一口っと」
 バーツもO.2の後追いをする。彼が摘まんだのはほんのちょっとだけだったが、それで十分だった。
「ほぉ! なるほど~。グルメ気質のお前が太鼓判を押すだけのことはあるな。確かに今まで食べたどのアイスよりも滑らかさがある。何か特別な製法でも使ってんのか?」
「どうやら、今日この町で採れた牛乳と卵をふんだんに使っているかららしい。要は新鮮度の時点で他の店のアイスと大きな差をつけているわけだな」
「O.2……お前、どんだけ”セブンズ・タワー”のこと予習してたんだよ?」
「そりゃ勿論。私はこの時をとても楽しみにしていたからな。その時間を最大限に彩る為なら私は手を抜くことはしない」
「そういうことなら、今日ほんとに食べられてよかったな。なら、なおさら美味しく頂かないとこのアイスに失礼だな。さぁ、どんどん食べ進めていこうぜ?」
 こうして二人は”セブンズ・タワー”の『攻略』を再開し始める。
 美味だとはいえ、相当ボリューミーな量なのも確かだ。お腹や頭が冷え出す前に出来るだけその牙城を削っておく必要があった。
 暫しの間、黙々と七色のアイスの壁を掘り進める二人。そして徐々に塔陥落までの軌跡が見え始め余裕が出始めた。
 そのタイミングを見計らい、バーツが口を開く。
「――おい、O.2。こんな時で悪いが、一つお前の見解を聞かせて欲しいことがあるんだが?」
「アナタの『こんな時で悪いが』で始まる議題は総じて重い話だからあまり聞き入れたくはないわ。だけど、意味なくそれを話す訳でもないってことも知っている。だって、とても大切で重要な話なんだから。……言って御覧なさい」
「悪いな……。なら早速本題に入るが、最近の魔人軍の動向、お前はどう見る?」
「……あまり喜ばしい状況ではないことは確かね。全身金剛石の装備、統率の取れた陣形、そして極大魔術の行使……どの要点を取って見ても、厄介極まりない敵になっていてウンザリしちゃうわ」
「その変化の要因は何だと思う?」
「一番簡単で速効性があるのは【魔王】の世代交代ね。トップが変わって下が大きく変わるのはよくある話だわ」
「それが妥当だろうが、魔王がそんなポンポンと変わることあんのか?」
「あら? 魔王のあの噂、知らないの?」
 O.2の言葉にバーツはきょとんとしてしまう。彼女はそんな彼に、その噂とやらを語り始める。
「実は魔王の力って寄生型なんじゃないかという話があるの。信憑性は薄いけどね」
「寄生? 虫かよ?」
「後は浸食とでも言えるかしらね。過去、魔王を倒したとされる人が魔王討伐後、急に人格が変わったという話があったらしいの。まるで、心の奥底に秘めた良からぬ欲望をほじくり出されたみたいに」
「じゃあ、新しくなった魔王はそうなったとでも?」
「魔王が変わったのではないのか、という問いにおいて一番考え得れる可能性がそれなだけよ。実際どうかは知らないけど」
 指先で髪をクルクルと巻いたり解いたりしつつ持論を淡々と述べるO.2。そんな彼女がバーツにとっては不思議でならなかった。
「……お前、魔王のこと詳し過ぎね?」
「あら? そういえば言ってなかったかしら? 実は私、魔王を倒す使命を託されていたの。それも主力戦力としてね」
「まじか……。実は俺も何だわやけに闘い慣れてると思ったら、そういう事情が……」
 O.2は少し不機嫌そうに目を伏せる。
「昔の話よ。今の状況から察せられる通り、私は失敗した。これ以上の詳細はあまり言いたくはないわ」
「え? 気になるのだが?」
「……女性のこと、ズケズケと詮索するとモテないわよ?」
「モテなッ!?」
 O.2の言葉は見事バーツにクリティカルヒットした。
 うえ……と涙目になるバーツを他所に、O.2は話の筋を元に戻すことにした。
「――して、どうしていきなり魔王の話になったのかしら?」
「あぁ、そういやそうだったわ。……お前そんな魔王に狙われてるぜ? もしかするとその過去の因縁が関係してるかもな」
 バーツの剣呑な推測。それに対しO.2は、その現況をあまり重くは捉えていなかった。
「……私的にはそこまで深く考える必要はないと思うわ。形はどうあれ私はもう既に前線を退いた身。もう何一つとして残っていない私を今頃どうこうした所で意味はないもの。それにもしかしたら私とそっくりの妹と見間違えた可能性もあるしね」
「へぇ~初耳だな。お前も妹いんのかよ?」
「も、ってことはバーツにも?」
「その通り。何とも出来のいい優秀な妹さ。今は俺の代わりに強大な敵と闘ってくれてるよ」
「あら? 奇遇ね。私の妹もそんな感じよ?」
 そこまでの流れを聞いて、バーツはピンと来たことがあった。
「お前……もしや、その妹ちゃんに地位奪われた系か?」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
 互いに互いの心情を当てた二人は、苦笑を漏らす。
「悲しいねぇ、妹に何でもかんでも抜かれちまうってのはさ」
「そうかしら? 先に生まれた者が後に生まれた者に必ず勝るとは限らないわよ。私やバーツの妹達が優秀なのは、生まれつきの才能があったり、努力を惜しまなかったからというのもあるのだろうけど、一番の要因は私達に先頭を歩く資格がなかっただけよ」
 O.2は、残り少なくなり溶け始めた”セブンズ・タワー”の残骸をかき集める。
「私の様な存在が言うのも何だけど、人生というのはこのアイスとそう大差はないわ。所詮この世には、輝ける者と輝けない者しかいない。皆から注目されるのは、こうやって溶けずに残った優秀な部分だけ。溶けてドロドロになった不格好なアイスになんて誰も見向きはしないわ」
 O.2は唯一原型を留めていた塊のアイスを全てスプーンに乗せ、それを一気に飲み込んだ。
 最後の一口を堪能し終わったO.2はクルクルとスプーンを廻す。
「とても残念な話だけど、私達は圧倒的に後者の存在。誰にも興味を惹かれない残飯みたいな私達は日陰者の様に捨てられるのがオチ――」
 そう言ってO.2は、液状のアイスだけが残った皿をひっくり返す。
 そして、傾けられた箇所からアイスが流れ落ちるが――
「――と、少し前までは考えていたわ」
 O.2が事前に構えていたスプーンに見事注がれていき、その残りのアイスを飲み込んだ。
 この一連の言動と行動に何かを感じ取ったバーツは、相方の名前を小さく呟く。
「O.2……お前……」
「私、最近になって残り物も悪くないって思うようになったの。残り物には福がある、なんてよく言うわよね? 例え誰からも見捨てられても、気持ちの持ちようで目の前の世界は暗くもなるし明るくもなる。それを教えてくれたのは他でもない。アナタよ、バーツ」
 この時のO.2は珍しく微笑みを浮かべていた。今までの彼女は笑ったとしても愛想笑いの様で、心から笑うことはまだ難しい状況であったのだが、この時ばかりは、本当の意味で笑顔になっていることをバーツは感じ取った。
 O.2の希少な表情にバーツは良い意味で言葉を失っていた。
 そんな彼にO.2は話を続ける。
「昔の私はどうせ何も感じられないと全てを諦めていた。そんな中、何でもかんでも楽しもうとするアナタを見て私はある学習をしたの。私が感情的になれなかったのは、『世の中がつまらないから』じゃなく『世の中を楽しもうとしなかった』からだったのね」
「…………」
 バーツはO.2の話をじっくりと聞き入れる。
 彼女は物思いにふけるように、窓辺から見える空を見上げた。
「最初、アナタが私に言った『何もかも失った結果、誰よりも自由になれる』という言葉を全然信じられず、思わず心の中で笑ってやったわ」
「え? 今になってそれ言う?」
「だけど、その時の私は浅はかだった。何もないということは何も手にする権利がないということではない。空っぽだからこそ、何でも入れられることに気が付けたわ。バーツはそう言いたかったのでしょう?」
「……お、おうよ!? そ、そ……そんな感じよぉ! よぉくわかったじゃねぇえのぉ!」
「…………」
 バーツのたどたどしくてうわずった反応をO.2はジト目で見つめる。
「あぁー。やっぱりそこまで深くは考えてなかったみたいね」
「はぁ? はぁ~!? んな、んな訳ねぇしい? お前が可哀想で連れ出したのは本当だかんな? そこんところ履き違うなよな!」
「ふふ、わかっているわよ」
 O.2はまた柔和な笑みを浮かべ、優しい声でゆっくりとこう言った。
「私、バーツと出会えて本当に良かった。アナタがいなければきっと、この感情を抱くことはできなかったわ。――ありがとう……私のことを救ってくれて」
「救う? 勘違いすんなよな? お前を救えるのはお前だけ。俺はそのキッカケを与えただけに過ぎん。いずれお前はお前自身の意思で行動を決定せにゃならん。いつまでも俺を頼ってられないからな? ……んじゃ、”セブンズ・タワー”も食べ終わったことだし、そろそろ行くとしますか」
「あぁ」
 そして二人は”セブンズ・タワー”を提供してくれた店主に礼を述べ、店の外に出るとそこは、
「「…………」」
 バーツとO.2が先程まで滞在していた町……ではあったのだが、妙に静かであった。まるで、人払いの魔術を使ったかの如く人の気配が完全に消え去っていた。
 そこに立ち、ゾクリ……と背中を冷たく這うような悪寒を感じ取ったバーツは、手に冷や汗を募らせる。
「……この気配、懐かしいね~。だが妙だな。”奴”の力を上から包み込んでる器、どことなくお前と――」
 バーツがそう言いかけた瞬間であった。
「――――」
 バーツの頭が一瞬で消し飛んだ。そしてすぐさま大きな爆発がバーツの周囲に発生する
 その衝撃によってバーツの身体が遥か遠方に吹っ飛ばされた。
「!?」
 正に刹那の間に起った出来事に流石のO.2も呆気に取られてしまった。そんな彼女の耳に、よく聞き直れた声が入ってきた。
「――これでお姉さまをたぶらかす邪悪な存在は綺麗さっぱり消え去りましたね」
 そのセリフと共に、上空から降り立った少女が一人。
 O.2はその人物を見て度肝を抜かれた。
「ア、アナタは……ッ!」
「約一年振りでございます、お姉さま。さぁ、ワタクシが新たに想像する新世界で共に幸せな日々を送り合いましょう!」
 そう言って件の少女――O.2と瓜二つの顔をした人物、その名も【対脅威撲滅用戦闘兵器 TYPE―NO(ナンバー).1】は、その姉である【対脅威撲滅用戦闘兵器 TYPE―NO.2】に対し、うっとりとした表情を向けるのだった。



 ●



 今やO.2と名乗る少女の真の名は【機械天使】。別名【対脅威撲滅用戦闘兵器 TYPE―NO(ナンバー).1】。読んで字の如く、迫る脅威――つまり【魔王】を撲滅する戦闘兵器がO.2の正体だ。
 しかし、この場合ある語弊が生じる。何せO.2という名称はNO.2から取っているのだから、真名がNO.1だと話が合わない。それにはちゃんとした理由がある。
 実は、O.2と一緒に製造された妹分がおり、その娘がTYPE―NO.2と呼ばれる個体であった。
 その二人、【対脅威撲滅用戦闘兵器 TYPE―NO.1】と【対脅威撲滅用戦闘兵器 TYPE―NO.2】の間にはその性能に大きな隔たりがあった。
 TYPE―NO.1は、戦闘行為のみに特化した殺戮兵器で、闘う際に不必要となる要素を全て削ぎ落とされたいわば『闘うことしか能のない機械』であった。
 対し、TYPE―NO.2はTYPE―NO.1が備えていないもの、つまりTYPE―NO.1を製造する際に出た不必要な残りカスを全て注がれることとなった。つまり、O.2の妹は『闘うこと以外』の全ての要素を持っていたことを意味していた。
 製造当初のTYPE―NO.2には闘う力が全く無く、何の戦果もあげられないポンコツであった。しかし、その代わりに、表情や感情が豊かで、周囲への気配りを怠らない優しい性格を秘めていた。彼女は実際に戦場に赴くことはしなかったが、周りに幸福感と安らぎを与えたことからある種のセラピー効果を期待され、身も心もすり減った兵士を癒やす役割を担うようになった。
 その反面、TYPE―NO.1はその強すぎる力のせいで他人から拒絶され、彼女に寄り添おうとする者はTYPE―NO.2以外皆無だったという。【闘うことしか能のない機械】だったからこそ、他人とどう接していいかわからなかったらしい。 
 誰からも見向きもされなかったTYPE―NO.1であったが、その妹であるTYPE―NO.2は、姉のことを慕い続けた。
 妹は姉が誰からも認められない現状に納得がいっていなかったと共に、その隣に自分が立てていないことに大きな憤りを覚えていた。
 なので、TYPE―NO.2はTYPE―NO.1から闘いの術を学ぶことにした。もし、TYPE―NO.2がTYPE―NO.1と同じ様に闘えれば、師として教えを授けた姉が再評価されるだろうと踏んだらしい。
 その代わり、妹は姉に人とのコミュニケーションの方法を教えることにした。姉が誤解されているのは、”人間味”が無いからだと考えた妹は、姉にあらゆる”人間力”を与えた。要はO.2とその妹はお互いの先生となり、また生徒になったということである。
 だが、その行為が最悪の悲劇を引き起こす。最初は平等なギブ&テイクだと思われたその行いのバランスはすぐに崩れた。
 結論だけを端的に述べよう。
 TYPE―NO.2は闘う力を手に入れたが、TYPE―NO.1は何も手にすることが出来なかったのである。
 そもそも元々のスペックに違いがありすぎたのが原因だ。姉は闘う機能『だけ』を持っていた。妹は闘う機能『以外』を持っていた。どちらの方に伸び代があるかなど火を見るより明らかだっただろう。
 ここまで述べたらなんとなくこの後の展開も読めてしまうかもしれない。O.2は何も変わらず、その妹は姉と同じ力を手にした。その結果、より一層妹様の間に溝が出来てしまい、O.2の立場を益々悪くしてしまったのである。
 妹の方が人当たりがいい上に、戦場で活躍するとあれば、皆そっちを持ち上げるに決まってる。そして、そんな存在が現れた今、闘うことしか出来ない奴に維持費をかけてやる義理はない。必然的にTYPE―NO.1とTYPE―NO.2の序列は入れ替わり、全てにおいて妹に劣る姉は用済みとされ、スクラップ処分を言い渡された。
 そして最終的に無惨に捨てられたO.2は、あるゴミ山でバーツに拾われ、現在へと至ることとなったのだ――



 ●



 【対脅威撲滅用戦闘兵器 TYPE―NO.1】と【対脅威撲滅用戦闘兵器 TYPE―NO.2】がこうして顔を合わせたのは約一年振りであった。
 妹は姉との再会にえらく喜んでいた。
「やっと見つけることが出来ましたわ、お姉様!」
「私を探した? この広大な世界で? それはどうやって?」
「本当は、我々【機械天使】に埋め込まれたICチップを逆探知したかったのですが、どうやらお姉様はそれが外されていた模様です。ですが、お姉様が使う『OVERBURSTユニット』の気配は完全に察知できます。それを頼りにここにいることを突き止めました」
「あら? それは運が良かったわね。さっき丁度、それを使わざるを得ない場面に出くわしたから」
 O.2のその言葉に、TYPE―NO.1はしたり顔を向ける。
「運? いいえお姉様、それは間違いです。お姉様が『OVERBURSTユニット』を使う様、ワタクシがある細工を施したのですよ」
「細工?」
「えぇ。ワタクシの配下であるゴブリンやオーク達に金剛鎧を手渡し、お姉様と対峙させれば、お姉様は必ず『OVERBURSTユニット』を使用すると踏んでおりました。どうやら、ワタクシの予想は当たったようですね」
「配下のゴブリン……? アナタ、何を言って……?」
 O.2はこの時、とても嫌な予感がした。彼女はそれを恐る恐る妹に確認した。
「……TYPE―NO.1、アナタまさか、あの【魔王】になったなんて言わないでしょうね?」
「…………」
 TYPE―NO.1は『何世迷言を言っているんだろう?』と言わんばかりに鼻で笑う。その反応は否定……
「流石はお姉様です! ワタクシの些細な変化にも敏感にお気付きになられるなんて! そうです、お姉様の推測通りで御座います。ワタクシは、今魔王の力を秘めているのです!」
 ではなかった。
 TYPE―NO.1は静かに手を前に突き出すと、黒くて濁った如何にも禍々しい魔力がドロリ、と手の平から溢れ出る。
「!」
 その謎の力が放出された瞬間、O.2の鳥肌が一気に泡立った。
 O.2は邪悪で底が見えない魔力を指差す。
「……なんでアナタが【魔王】の魔力を持っているのよ? 魔王を討伐するのがアナタの役割ではなかったの? これじゃまるでミイラ取りがミイラになったみたいじゃない? まさかあの噂みたく寄生されたんじゃ……」
「寄生? ふふ、もしかするとそうかもしれませんね。しかし今となってはそんなことどうでも構いません。なにせ、願望を叶える力が手に入ったんですから!」
 TYPE―NO.1は、魔王の魔力に完全に魅入られていた。彼女は聞かれてもいないのにその力の説明を始める。
「これには森羅万象を凌駕する力があります。これがあれば、この世全ての物を破壊し、支配し、創造することができます。ワタクシはこの力で醜い現実――お姉様を迫害し排除をした間違った世界を書き替えるつもりです」
「何よそれ……。私の為に世界を滅ぼす……? アナタ、とてもおかしなことを言っているの自覚してる?」
「おかしくなんかありません。ワタクシにとってお姉様は、全てであり、最良であり、最善でございます。そのお姉様を幸せに出来るのであれば、例えこの身が悪しき物になろうとも厭わない覚悟です」
 TYPE―NO.1はO.2に近付き、黒に染まった手を差し伸べる。
「……さぁ、お姉様! ワタクシが創造する輝かしい未来でワタクシと共に――」
「――楽しく暮らしましょう……とでも言いたいのかしら?」
「そうです。話が早くて助かりますわ」
「…………」
 TYPE―NO.1が言いたいこと、そしてこれからやろうとしていることをO.2は一応理解することが出来た。それに、理想を実現する力もあるのだろう。正直な所、TYPE―NO.1の話はO.2の興味を惹いた。
「アナタの理想とする世界は私にとってとても都合がいいわね。きっとTYPE―NO.1に付いて行けば、未来永劫誰にも疎まれない日々を送れるかもしれない。もしそんな風になったら、と何度考えたことか」
「そうですよね! だから是非一緒に行きましょう!」
 O.2は今一度伸ばされたTYPE―NO.1の手を、
「ごめんなさい」
 優しく払いのけた。
「私はアナタには付き合えないわ」
「何故です!? よもやこの力が信じられないのですか?」
「そうではないわ」
「では、ワタクシが作り出す新世界に何かご不満が?」
「そうでもないわ」
「なら何だと言うのです?」
「TYPE―NO.1……それはね、私は誰からも見捨てられたこの人生を歩んで行くことを決意したからなの。だから、アナタの申し出には応えられないわ」
「……お姉さま、不躾では御座いますが、その選択は愚の骨頂と言わざるを得ません。この世はお姉さまを蔑ろにした愚かな形をしております。そんな歪な世界をワタクシは良しとは思えません」
「歪んた世の中も、それはそれで意外と捨てがたいわよ?」
「…………」
 TYPE―NO.1は姉の言葉を黙って聞くと、失望したかの様に大きな溜息を吐き出し、冷たい視線をO.2に向ける。
「――どうやらお姉様はこの一年で大きく変わった様で……悪い意味ではありますが。……あの強くて、気高くて、誰一人もの追随すらも許さなかった最高最強のお姉様はもう居ないのですね。それもこれも全部、あの男に毒された影響ですか?」
「不本意だけどどうやらそうみたい。だから私はバーツと共に歩むことにするの」
「お姉様は、あの男のことを信用してらっしゃるのですか?」
「当然よ」
 キッパリとそう答える姉を、TYPE―NO.1は突如嘲笑した。
「今頃になってそれを言いますか、お姉様? それはそれは滑稽でございますよ?」
「? どういう意味よ?」
「おや? やはりお気付きになられてはいないご様子。あの当時のお姉様は、共に戦った戦友の名も顔も覚える気は無いと言わんばかりでした。なので、お姉様に廃棄処分が通達された日、その戦友がどうなったか等知る由もありませんよね?」
「戦友……?」
 O.2は微かな記憶を巡らせ、TYPE―NO.1が述べた戦友とやらのことを思い出そうとする。そしてかろうじてではあるが、その人物像がうっすらと頭の中に浮かんできた。
「そういえばそんな人がいたようないなかったような……。残念ながらアナタの言う通り、名前も顔も思い浮かべられないわ……。とても強かったことだけは覚えているけれど、その人がなんだって言うの?」
「端的に結論だけ述べれば宜しいですか? そのある男は、一生駆け付けないお姉様をずっと待ち続けた結果、ワタクシの中に眠っているこの魔王を滅ぼせなかったのです。そしてその男は、人類の期待を盛大に裏切り、名も名誉も称号も全てを剥奪され、天涯孤独の身に堕とされました。身の回りにおりませんか? そういう状況に陥った人物が?」
 TYPE―NO.1が放った思わぬ事実に、O.2は度肝を抜かれた。
「まさかその男は、私が良く知る”彼”と同一人物だというの……?」
「左様です。ですから、あの男はお姉様を恨んでおいでなんですよ。『お前のせいで俺は全てを失った。一生許さない』とね。だからその報復の為に、再びお姉様に近付いたのです」
「そ、そんな筈ないわ……。あの人に限ってそんなことは……」
「なら現実をお見せいたします。あの男が本当はどんな悪意を秘めているかを……ッ!」
 TYPE―NO.1がそう言い放った瞬間、彼女の手から黒い魔力が飛び出し、O.2の胸を貫いた。
 その刹那、どす黒い感情がO.2の心を蝕み始め、その場に膝をつく。
 O.2はその拍子に幻聴を聞く。その声の主はバーツの物であった。
『フザケルナ、O.2! オマエガイタラ、オレハマケナカッタ! オマエガ、オレノジンセイヲムチャクチャニシタンダ!』
『オマエトタビヲシテイタノハ、オマエニイツデモフクシュウスルタメダ! ソウデナケレバ、オマエナンカトイッショニイナイ!』
『オマエノコトヲ、スキナヤツナンテダレモイナイ! オマエハエイエンニコドクダ! サッサトイナクナレ!』
「……バーツは……こんなこと……言わない……」
 O.2はその罵声がまやかしであることを勿論理解していた。しかし、
「本当にそうですか? では何故、あの男はお姉様と旅を共にするのです? お姉様にそれがわかりますか?」
「…………」
「答えられないのなら完全な否定はできませんよね? ではお姉様、次の質問です。もし仮にそうじゃなかったとしても、お姉様はあの男と対等に話が出来ますか?」
「…………」
「出来ませんよね? 残念ながらお姉様、あの男との関係はこれっぽっちで崩れてしまう脆い物だったということです」
「違う……違うわ……」
 奥歯を噛み締め首を横に振るO.2。
 そんな姉を見て、TYPE―NO.1は勝ち誇った様にクスクスと笑う。 
「違くはありません。あの男といてはお姉様は酷い目に遭ってしまうでしょう。ですが、ワタクシはそんなことは致しません。ワタクシなら愛するお姉様を絶対に苦しめたりはしません。さぁ、ワタクシと共に、二人だけのエデンへと旅発ちましょう……」
 TYPE―NO.1がそう言って、O.2の胸に手を伸ばす。その手がO.2の胸に紙一重で触れようとした刹那、
「あらよっと!」
 この瞬間まで一抹の気配すらを感じさせなかった存在が、これまた綺麗にTYPE―NO.1の両腕を断絶した。
「うっ!」
 当然うめき声をあげるTYPE―NO.1の腹を容赦なく蹴り飛ばす。
 この一部始終をすぐそばで見ていたO.2は、突如現れた助っ人を呆けた顔で見つめる。
「バ、バーツ……?」
「お前な~、何腑抜けてやがる? 大丈夫か?」
 そう言って手を伸ばすバーツの手を、O.2は取れなかった。
「ごめんなさい……今アナタの過去を知ってしまったの……。私のせいでアナタは……」
「うっせ!」
「ひゅん!?」
 バーツはいきなりO.2にデコピンをお見舞いした。
 赤くなったデコをさするO.2にバーツは言う。
「バーカ! あの魔王にたぶらかされてんじゃねぇよ? アイツに何吹き込まれたかは知らんが、その程度のことで揺さぶられんな! そんな過去の遺恨は今はどうでもいい! まずはあの魔王――いや正確には魔王に寄生されたお前の妹ちゃんをどうにかするのが先決じゃないのか?」
「あ……あぁ……」
 O.2は震える足を叩き、立ち上がる。
 バーツとO.2は今一度集中力を高め、TYPE―NO.1もとい魔王と対峙する。
 件の魔王はいつの間にか斬られた腕を再生させており、バーツとO.2を睨む。
「……お姉様、まだその男の隣に立つと言うのですか? なら力づくでも正気を取り戻してあげるのが妹の役目なのでございますね? では最初っから全力でその男を叩き潰すとしましょうか……」
 魔王は一つ息を吸うと、急に脱力し、身体をだらんとさせる。
「ダイジョウブ……オネエサマ……。ワタクシガ、ゼンブカエテアゲマス……カラ……シンパイ、シナイ……デ……」
 魔王はそんなバグった言葉を発しながら、不気味な笑いを高々に上げると、あるコマンドを実行させる。
『OVERBURSTユニット《LIMIT5》……アクション!』
「ちっ! しょっぱなからそれかよ! しゃあねぇ、応えてやらぁ! 『俺は今からあの化け物よりも早く動ける存在である!』」
「ガアアァアッアア! シネイイイイイィィイイイイィイ!」
 TYPE―NO.1がバーツに一気に迫り、無茶苦茶な銃乱射を炸裂させる。しかしそれは一秒間に五秒分動いているので、凄まじい火力になっている訳なのだが。
 バーツはそれを冷や汗を流しつつも、ギリギリの所でいなす。
「こりゃ……シャレにならんわ~……」
 バーツは自分の能力で身体能力を向上させ『OVERBURSTユニット《LIMIT5》に対応している形ではあるのだが、これには時間制限や身体への多大な負荷を強いる。だが、それは、
「お前も一緒だろ……? 魔王……ッ!」
 バーツの思惑通り、彼と魔王はほぼ同時に力を抑えた。互いに肩から息をするバーツと魔王は鋭い眼光で睨みを利かせていた。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……」
「ありゃりゃ~、こりゃ完全に理性逝っちゃってんじゃん……」
 魔王の異常性にある種の恐怖心を抱いたバーツはO.2にある物を投げつける。
 バーツがO.2に渡したそれの名は【次元斬刀】。刀身も柄も全て黒の漆に染まっている次元斬刀はその名の通り、次元――世界の概念や規則すらをも断ち切ることが出来るバーツ愛用の刀であった。
「お前はそれ持って逃げろ」
「えっ?」
「細かい話は知らんが、俺の親父が言ってたんだ。有事の際にそれがお前の役に立つんだと」
「そ、そんなこと急に言われても……。わ、私も闘う……ッ!」
 O.2のその申し出をバーツは雑にあしらった。
「悪いが、お前は足手まといだ。俺のこと信用し切れてないパートナーもどきに背中を預ける気にはなれん」
「ッ!?」
「……すまないな、俺の過去のこと黙っててよ。だが、これだけは言わせろ。お前は――」
 バーツがそう言い掛けた時である。
「ウアアアッワアアワワワアアアワア!?」
 それと同タイミングで、魔王から発せられる黒のオーラがより一層おぞましさを過熱させる。
「オオオバババ……オーババババオオオオーバオオーオーバーバー……」
 明らかにヤバい状況を匂わせる魔王を見て、バーツはO.2の方を向き、口だけを動かした。
「――――」
 その声は、
「――『OVER……BURST……ユニット……《LIMIT10》……アクションンンンンンンンンンンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!』
 一秒を十秒に。一分を十分に。一時間を十時間に。一日を十日に圧縮したTYPE―NO.1によって、完膚無きまでにかき消されたのだった。







 ――単刀直入に言おう。バーツはO.2を魔王から護る為、その命を落とした。
 命からがら生き残ったO.2は、どこかもわからない場所に倒れ伏せていた。
 そんなO.2がふと目を醒ますとそこは底無しの闇の中であった。
 ――一体自分はどうなっているのか?
 そんな疑問が心の中に浮かびだす。その最中、もうろうとした意識が幻影を見せ付ける。その影はO.2――いや、TYPE―NO.2がまだTYPE―NO.1と呼ばれていた時の彼女であった。
 TYPE―NO.1はTYPE―NO.2の心に語り掛けてくる。
『……無様な物ね、私?』
 ――…………。
『……何よ? この”私”を無視するって訳?』
 ――して……。
『……うん?』
 ――独りに……して……。
『……はぁ、それは何の冗談よ?』
 ――私は孤独……。誰にも愛されない兵器なのよ…….
『……それ本気で言っているの? 馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。昔の私を見ている様でとてもムカムカしちゃう』
 ――これが私の運命なの……。どう足掻いても報われてはいけないよ、私は……
『……そんな堕落的な行為をバーツが許すとでも? 彼が何のために命を賭してまで私を護ったと思っているの?』
 ――護る……? 見捨てたの間違いじゃない……?
『……どうしてそう思うのよ?』
 ――過去私は彼を裏切った……。それであの人は全てを失った。だからバーツは私を恨んでるのよ……。
『……まぁ確かにそうね。妹に全部を持ってかれて自堕落になった私は、一番重要なタイミング……つまりバーツが魔王と闘う日に間に合えなかった。もし私がそこにいれば魔王を倒せていたかもね』
 ――でしょ? だから、そんな私のことをバーツは疎ましく思っているでしょうね……。
『……ちょっとそれは自意識過剰なんじゃない? バーツの口から直接そう言われたのかしら?」
 ――そういうことは直接言わないものよ……。
『……そう。じゃあ、口に出さないのは隠してるってことかもしれないけれど、それは同時にそうじゃないかもしれないわよ?』
 ――そんな訳ないわ……。バーツは私のことを嫌って……
『……なんかいないわよ、この早とちりさん?』
 ――えっ?
『……そもそもな話、変でしょ? なんで嫌いな奴の為に命を懸けたと言うの? その理由がわからない段階で、あの人のことを判断するのは愚の骨頂よ?』
 ――そんなの知ったこっちゃない。何かしらの理由があって、彼が廃棄された私に寄って来たのは事実でしょ? 何か思惑があったのは確かだわ。
『……バーツは私が私だと知った上で接近した。それは事実ね。だけどこれだけは勘違いしないで。彼が私の元に降り立ったのは……。ふむ……これ以上は私自身の目で確認して頂戴』
 ――なんでよ……?
『……話すとどうにも歯が浮いて、こっ恥ずかしくなるからよ。……うぅん! 話を元に戻すわ。私はさ、バーツのことをとても勘違いしてるのよ。もう少し彼に目を向けることを覚えなさいな、この短気ちゃん?』
 ――おかしい……。なんで私に説教されないといけない訳?
『……それは、私がこの”私”以上に腑抜けてるからに決まってるじゃない?』
 ――私の癖に理不尽過ぎやしない……?
『……私が私に遠慮するとでも? この際だからはっきり言わせて貰うけど、もうそろそろ自身を偽るのを辞めたら? 見ててとってもイライラするんだけど?』
 ――…………。
『……あぁ~なんとなく分かった気がするわ。あのゴミ山でこんな私を見てイライラしたバーツの気持ちがさ。こういう感じだったね』
 ――…………。
『……で、もうそろそろ黙りこくるのは辞めて下さる? ”私”のさっきの指摘、ズバリ的中だったのでしょう?』
 ――それは違うわ。図星を突かれたから黙っていたんじゃない。全く筋違いのことを言われたから言葉を失っただけよ。
『……じゃあ、そのだらしなく流れ続ける涙を止めてくれないかしら?』
 ――涙? ……私、今泣いているの?
『……目から大量の雫を流すことを泣くと定義すればね』
 ――なんで……? 私に涙腺が緩む機能なんて搭載されていない。それに悲しいことなんて私には……。
『……だからこそ、自分で自分に嘘をつくなって言ってるのよ? 私は本当は辛くて苦しくて……そしてとても悔しかった。私は本当はバーツの側に立ち続けたかった。だけれども、急に彼の過去を聞いて驚いたし、一瞬でも疑いの念を抱いた。その段階でバーツのことを百%信頼し切れず、結果一緒に闘えないと言われてしまった。そういうこと全部ひっくるめて、私は私が嫌になり、そして涙が出てしまった。違う?』
 ――知った様な口を利かないで。アナタは私の様で私じゃない。どこか違っている私にどうこういわれる筋合いはないわ。
『……えぇ、そうね。”私”とアナタは全然違うわ』
 ――えっ?
『……そもそも”私”はね、アナタの境地まで行けなかったのよ。要は、バーツを失っても何も感じられなかったし、そこで全てから目を背けてしまった。その時点で、”私”とアナタの未来は大きく違えているわ。だからアナタと”私”が違うのは至極当然なことよ?』
 ――それってつまり……。
『……ご名答。”私”は、全てが閉じた世界からやってきた失敗者って訳。勿論、そういうことが出来るカラクリは理解しているでしょ?』
 ――アナタ、もしかして『あの禁忌』を犯したというの……? あの力は使いたいからと言って使える物じゃない。あの力を使ってでも変えたい理想や信念がなければ、その身を……。
『……残念ながら、もうその代償を払っている状況よ? 私と話せる時間はもう残り少ないわ……』
 ――な、なんでそんなことを……。
『……ちょっとしたお節介よ。さっきも言ったでしょ? 私にはもう未来は無い。けれど、アナタには掴むべき未来がある。栄えある後輩ちゃんである私をサポートするのが先輩である”私”の役目。だから、”私”からの言葉、ありがたく受け取っておきなさい』
 ――私はそんな大それた存在じゃないわ。結局失ってばっかりだもの。
『……けれど、そんな中で手に入れた物もあるでしょ? 例えばその涙。アナタは悲しみと言う立派な感情を持っているじゃない? それに、その他の表情も”私”なんかよりよっぽど豊かだわ。正直羨ましいくらいよ』
 ――…………。
『……それにさ、やっと心を開ける相手に巡り合えたのでしょ? ならその人の為に一肌脱いでやるのが、パートナーとしてやるべきことではなくて?』
 ――…………。
『……まさかこんな闇の中でずっと眠り続けるなんて言わないでしょうね? 心の奥底で湧き立っているんじゃない? とある感情がさ?』
 ――…………。
『……なら立ち上がり、この運命と闘いなさい。笑ったり泣いたりするアナタはもう闘うことしか能のない殺戮機械じゃない。それに、アナタには大切な人がいる。アナタには好きな人がいる。アナタにはやりたいことがある。アナタには歩むべき輝かしい未来がある。なら、それを追い求めたい私に『諦める』なんて選択肢は最初っからないわ。進むべき道が自ずとわかっているなら、死に物狂いで押し通しなさい。良いわね?』
 ――…………。
『……返事は?』
 ――はは……降参よ、やっぱり全部お見通しなのね? ……うん、アナタの言う通り、私はどうしても諦めきれないわ。バーツを救いたい。それが私の本心だわ。
『……ふ~ん、やっぱり愛の力って凄まじいわね~』
 ――ん? 愛の力……?
『……もしかして自覚してない? 私って、バーツのこと異性の男として大……大……だぁ~い好き、なんじゃないの?』
 ――ブフォッ!? い、いきなり何言ってるのよ!?
『……え? 事実を言ったまでじゃない?』
 ――じ、じ、じ! 事実な訳無いでしょ!?
『……顔を真っ赤にして言われても全然説得力無いんだけど……』
 ――うぅ~薄々バーツに対する恋心という奴を感じてはいたけど、私から客観的に言われると本当にそうだって捉えざるを得ないわ……。
『……そこまでバーツのことを想っているアナタならきっと『あの禁忌』を乗り越えられるわ。ともかくアナタなら大丈夫よ、自信持ちなさい』
 ――ありがとう……。それにしても変な話ね、まさか自分に励まされるなんてね……。けれど、ちょっとだけ『あの禁忌』に耐えられる自信がないわ。こんな状況の私でも成し遂げられるかしら? 
『……いや、実際問題はわからないわ』
 ――えぇ!? そこまで言っておいて!?
『……だってそうじゃない? やるかやらないか決めるのは”私”じゃなくて私なんだから。もう”私”じゃない私の可能性は、アナタにしかわからないもの。ここまで来たのならもうやり通すしか道は無い。だからさ、――堕落せしNO.2よ、未来を掴みなさい!』
 ――ずるいわよ、私……。やるって言葉以外聞く気サラサラないじゃない?
『……当たり前よ。だってアナタにはバーツが最期に言い残した――に……って、良い所……限界……』
 ――もう逝ってしまうの?
『……えぇ……残念な……ら』
 ――なら最後に私の返答だけ聞いていって。
『……ど……ぞ……』
 ――じゃあ言うからちゃんと聞いて。……どうか心配しないで。アナタの分までちゃんと私は――。

 その言葉が最後まで言い切られる前に、O.2の前からTYPE―NO.1の幻影が消え去った。
 それと同時にO.2は現実世界で目を醒ますこととなった。
 まるで夢の中での出来事。虚ろでおぼろげの中での事象であったが、そこで交わした言葉を一言一句覚えていたO.2は不敵に笑う。
 O.2は言いたいことを全部、TYPE―NO.1には伝えられなかった。だがそれでいいとも思っていた。何故なら、
「わざわざ口に出さなくてもわかるか、だって私なんだものね。……ごめんなさい、私。わざわざ”未来”から不安な気持ちにさせてしまって。だけどもう大丈夫。もう自暴自棄になって目を閉じる事はしない。理想の世界を手に入れる為に、私は世界のルールをも超越してみせるわ」
 O.2はもう既に絶望の感情を一切抱いてはいない。O.2の目は、彼女が今まで生きてきた中で一番希望に満ち溢れ、キラキラとしていた。
 そうと決まれば次の行動は速い。O.2は即座に目的のブツを探し出す。すると、手元に”それ”があることを気が付いた。
 それはバーツがO.2に託した遺品、【次元斬刀】であった。
「物事の順列を替える刀……。『あの禁忌』は私の意志の強さに直結するから、もしこれが私の感情にも作用されるのなら、可能性は大きく拡がる……。もしかしてバーツのお父様は、私がこれに頼ることを見込んで……? けれど、仮に失敗した場合は未来の私の二の舞に……。ダメね、そんなたられば論で止まったら、示しがつかないもの。もう覚悟は決めたでしょ、私? バーツの刀と私の銃、この二つで私は……」
 O.2は這う形で身体を動かし、その次元斬刀に手を伸ばした時であった。彼女の頭に、様々な光景が浮かび上がってきた。

『……今から貴公を【勇者】として認定する。その証の次元斬刀を貴公、オシリスに譲渡する』

『……新しく就任した勇者は力しか取り柄が無くてそれ以外はからっきししだとさ。素行が悪い癖に勇者ってなんの冗談だよ?』

『……ねぇ、聞きました? オシリス様の妹君であるイシス様は剣術や魔術、知識もさることながら、その人当たりの良さもすこぶる優秀だとか。それに比べ勇者である兄は最近めっきりぱっとしませんね』

『……なぁ、最近の勇者の闘い振りマジで怖すぎ。仲間も平気で巻き込みやがって、俺らなんて眼中にないってか? 何でも出来る妹、イシス様に勇者の名を取られそうだからって暴れ散らすなってんだ、バーカ!』

『……勇者の隣に立つあの【機械天使】も無茶苦茶だ。互いに脳筋タイプなのだが、あぁ見えてあの二人の息はピッタリなんだよな。いや、機械天使の方は勇者なんて見ちゃいない感じだな。ということは、勇者が一方的に機械天使に合わせてんのか? なんでそんな面倒なことを?』

『……最近の勇者様、人が大きく変われましたよ。表情も柔らかくなられましたし、声も明るく周囲を見渡すようになられましたから。あれもこれも全部あの機械天使が戦場に現れてからです。もしかすると彼女様が、勇者様の分厚い殻を打ち抜いたのかもしれません。色々な意味……でね』

『……聞いて聞いて! これ最重要秘密事項なんだけど、勇者様、明日の魔王との決戦に勝利をしたら、あの機械天使ちゃんに――』

『……兄様(あにさま)、気は確かでござんすか? 今は盛り返してきた魔族軍との膠着状態をどうにかするのが先決。その為には、歴戦を生き抜いた勇者、つまり兄様の存在が必要不可欠でありんす。魔王に惨敗し身も心も擦り減ってるのは承知でごぜぇやすが、兄様のやるべきことは最悪、投棄された彼女に手を差し伸べることではありやせん。……かの者に言い残したことがある? まさか本気でOKして貰えると? 悪いことは言いやせん。それは決して叶わぬ夢物語でありんすよ?』

『……やはり行ってしまうのか、我が息子、オシリスよ? 最初は無愛想なお前に世界の美しさや素晴らしさを教えようと勇者にしたのだが、どうやら別のアプローチからそれに気が付けたらしい。恋は盲目、とはよく言ったものだ。そこまでかの娘に心乱されるのなら、もう好きにするのだな。だがその代わりに、オシリスと言う名を剥奪し、ナンバー1と勇者の称号をイシスに譲り渡すのだ。残念ながらお主はもう<ナンバー2>であるぞ』

『……バーツ? それが新たに名乗る名か? ふむ、ナンバー2(ツー)の後半部分を取ったのだな。別に構わん。もうお主は勘当される身なのだからな。……次元斬刀だけはバーツが持っておれ。……理由? いずれ来る有事の際に必要になるのではないか? お主ではなく、彼女にの。……今は分からんでも良い。だが、この記憶を彼女が見ないのが一番ではあるがな。さぁ、もう行くのじゃバーツ。成功すると良いのぉ。言い残した――が……』

 そして最後に、O.2が一番見慣れた顔が映ると、連続して頭に流れ込んできた映像が途切れる。
 その最中O.2が垣間見たのは、とある男の過去。その男の正体は他でもない――彼の物だった。
 思わぬ所で知った彼の経歴と本意。それを実体験として感じ取ったO.2は思わず吹き出してしまった。
「アハハ! そういうことだったのね! バーツが私を求めた理由を口にするのは確かに恥ずかしいわ!」
 O.2はよじれ回る腹を抑えつつ、高笑いを続ける。
「どうやら私のことが……クフ……クフフフフ! あぁ、ダメ……笑いが止まらないわ」
 O.2はどうしても笑いを止められず、暫しの時間地面を転がり回る。そしてやっとのことで落ち着きを取り戻したO.2は息を整える。
「……本当にありがとう。アナタは私の為に色々としてくれたし、かけがえのない大事な存在にもしてくれたし、最後の最後まで私のことを護ろうとしてくれた。……私はアナタから多くの物を受け取った。そのお礼、ちゃんとさせて頂戴……」
 O.2は右手の付け根を全面真っ白の長銃――時空切銃に変形させる。そして、次元斬刀をより強く握る。
「……バーツ、どうか力を貸して! 『この瞬間だけ私は、大切な人への想いをこの世の誰よりも強く抱いているわ!』。だから……ッ! どうか私を、あの人の元へ導いて……ッ!」
 O.2がそう宣言すると、【次元斬刀】がその色をさらに黒くさせる。
 そして、O.2は時空切銃の銃口を自身のこめかみに向け、とあるシステムコールと共に、その引き金を引いた。
『OVERBURSTユニット《LIMIT-(マイナス)1》……アクション!』
 たった一発の銃声が鳴り響くと、O.2だけの世界がピタリと静止した。
 そして、彼女の時間は一秒ずつ巻き戻り始めるのだった。







 そこは、紫がかった不気味な空が永遠に続き、そこらじゅうに人骨や獣の亡骸が放置された無法地帯――この世で最も危険な場所とされる魔界であった。
 そんな魔界の最奥にある魔王城地下100階の扉の前に一人の男が立っていた。
『――さて、最終的に残ったのは俺一人って訳かい? ……孤軍奮闘とは正にこのことだね~。勝つか負けるかは正直五分五分……いや、それは勝率じゃなくて生存率って言った方が正しいか? はぁ……負けること前提で闘うとか嫌になっちゃうね~』
 その男は完全諦めモードで愚痴をこぼす。だが、ずっと突っ立っていても意味は無いので、彼は魔王城最後の扉をゆっくりと押し込む。そんな時、ふと彼はこんなことを呟いた。
『それにしても、あいつは結局現れなかったな。まっ、そっちの方が俺にとって都合がいい。俺の巻き添え食って死なれちゃ困るからな。あいつにはあいつの輝かしい未来がある。それを俺が――』
『――邪魔しちゃいけない……なんておこがまいいこと言わないで下さる? アナタ、私のこと全く理解し切れてないのね? 私がいつそんなことを望んだのかしら?』
『ッ!?』
 男が声をした方を振り向くとそこには一人の女性がいた。どうやらその女は男の知り合いらしい。
『TYPE―NO.1……? どうしてここに?』
 男は唐突に現れた少女の姿を見て、開いた口が塞がらなかった。彼の頭に多くの疑問符が浮かび上がる。そんな数ある疑問の中でも、特に気になった点について男が尋ねた。
『お前ってそんな縮んだ体型してたっけ? もう少し大きかった様な気がしたが……。今のお前、少女と言うよりもまるで幼女に近いぞ?』
 そんな言葉を投げかけられた幼女は、あっけからんとした態度でこう返した。
『気にしないで頂戴。ちょっとばかし、歪んだ時空旅行の中で身体が退化しちゃっただけだから』
『時空……旅行……?』
『別にアナタが理解する必要はないわ。結果的に私は全てのを失いはしたけれど、これでやっとアナタに報いられるのだからそれでいいわ。アナタもアナタで全てを捨ててまで私を救ってくれた。ならこれでお相子よね?』
 幼女から呼ばれた名に、男は反応を示す。
『バーツ? 俺はそんな名前じゃねぇぞ? 俺の本当の名は――』
『知ってるわ。だけど私にとってアナタはバーツなの。困惑するのは分かるけれど、どうかそう呼ばせて頂戴』
『……なんじゃそりゃ? ……まぁ、いいぜ。お前の呼びやすい様にすればいい』
『ありがとう。じゃあそのついでに、私の言葉も聞いてくれる?』
『何だよ?』
 男からそう問われると、幼女は誠意を込めて頭を深々と下げたのだ。
『ちょっ!? いきなり何だよ!?』
『私はバーツに謝らないといけないことが二つあるの。一つ目は、アナタの真意に全然気付けなかったこと。あのゴミ溜め場でアナタと偶然出逢ったのかとばかり思ったけど、本当は違っていた。アナタは最初っから、私があそこにいたのを知った上で声を掛けた。全ては私を救う為に。そうとも知らず私は、バーツのその想いに一切応えられなかった。アナタに感謝の気持ちを返せず申し訳なかった』
『…………』
 実の所男は、幼女の話の一端すらも理解できずにいた。だが、その言葉に相応の熱意が込められていたのは確かだったので、敢えて聞き直すような真似はしないでおいた。
『二つ目は……?』
『そんなアナタを”二度”も見捨ててしまったことよ。……たった二回、されど二回なのだろうけど、私のせいでバーツは何もかも失ってしまった。私はそのことをずっと謝罪したかったの。……バーツ、ごめんなさい』
 幼女の謝る姿に男は困った様に後ろ髪をかく。
『俺はお前に謝罪させるようなことはしてないのだがな……。とは言え、その姿といい、態度といい、お前は俺が知るTYPE―NO.1とは違うみたいだ。どうやら、俺が知らずお前だけが知ってる事情があるらしい。そういうことなら、俺は何も言わず許してやるべきなのかもな。……わかった。だが、言葉だけなら何とでも言えるだろ? 行動で示せるか?』
『勿論。私はもうバーツに背中を向けはしないわ。これからは一緒に……いいえ、隣で闘わせて頂戴』
『そりゃ助かるが、今のお前まともに戦闘出来んの? 身体ちっこくなって機能も落ちてねぇか?』
『あら、流石の洞察眼ね。バーツの言う通り、『OVERBURSTユニット《LIMIT-1》』を使ったことによって、私の約九割の機能は使用不可となってしまったわ。けれど安心して頂戴。唯一残った『OVERBURSTユニット』と”これ”さえあれば、問題ないもの』
 そう言って幼女は、脇に携えた黒色の刀――次元斬刀を男にわざとらしく見せびらかす。
 すると男はぎょえっ、と変な声を出す。
『ちょっ!? おまっ!? なんでお前も次元斬刀持ってんだよ!?』
『アナタのお父様が私に託す様言ったからよ。こうなることを予測して下さったお父様のお陰で私は今ここにいられるから感謝しないとね』
『お前、まさか次元斬刀を使ったのか?』
『えぇ、ちゃんと活用出来て良かったわ。それにしても凄いわね、この刀。てっきり物事の順列を入れ替える……例えば、物体や身体能力をある物体以上にするだけだと思ったけど、本質は違ったようね。本当は実際に優劣の順番を替えるのではなく、”思い描いた理想や信念を現実にする為、自分自身を鼓舞し奮い立たせ、その結果に導く”のがこの刀の本領なのでしょう? だからどちらかというと、自己暗示に近いのかしら?』
『……お、おうよ!? そ、そ……そんな感じよぉ! よぉくわかったじゃねぇえのぉ!』
『…………』
 男のたどたどしくてうわずった反応を幼女はジト目で見つめる。
『あぁー。やっぱりそこまで理解し切れてなかったのね。もしかすると私の方が使いこなせたりして』
『はぁ? はぁ~!? んな、んな訳ねぇしい? 銃主体のお前に負ける要素は皆無だかんな? そこんところ履き違うなよな!』
『ふふ、わかっているわよ』
 幼女は前にも似た出来事があったことを思い出し柔和な笑みを浮かべる。そして一息つくと、手をパンパンと叩く。
『さぁ、無駄話はこの辺にしましょう。魔王は、私一人でも、バーツ一人でも勝てない。それに、ちゃんと潰し切らないと寄生されちゃうわよ?』
『え? その噂マジ系なの?』
『そうよ。現に私の妹が喰われて、次期魔王になっちゃた訳だしね』
『はぁ? それ大丈夫なのかよ? ん……けど、それ辻褄合わなくね? だって魔王はこの先にいるだろ? なら、お前の妹云々が魔王になるとかの話にはなんなくね?』
『気にしなくていいわ。そのifの未来にはならないもの。だって、私とバーツが全てに終止符を打つ訳だし』
 幼女は肩や首の筋肉を馴染ませつつ、男の横に立つ。
 男はそんな幼女の横顔を不思議そうに覗く。
『お前、本当に別人みたいだな。俺が知ってるお前はそんなんじゃなかったぜ?』
『どうしてそう思うのよ?』
『いや、お前もそんな顔出来るんだなってな。やっぱりお前の顔は可愛いな~』
『! また惜しげもなくそんなことを言って……。どうにもテンポが崩れてしまうわ……』
『ん? どうしたよ?』
『……気にしないで、個人的な問題だから』
 幼女は、男との距離を離すと、少し火照った頬を隠しつつ咳を一つする。
『――バーツ、勝った後私に話があるんでしょ?』
『えっ? どうしてそれを……』
『心配しないで、私も同じ気持ちだから。ちゃんと……』
 幼女は男の方を向き、含みを込めた笑みを浮かべる。
『ね?』
『えぇ!? それはどういう……』
 男の疑問を無視し、幼女はまた前を見据える。
『バーツ、やるべきことはもう明白でしょ? ならともかく行きましょう?』
『お、おう。わかったぜ、TYPE―NO.1……』
『O.2』
『え?』
『私のことはO.2って呼んで頂戴』
『なんでだ?』
『いいから』
『……よくわからんが了解だ。O.2』
『よろしい』
 幼女――O,2は自分が持っている次元斬刀を大きく掲げる。
『ねぇ、バーツ。この刀に願う決意をまだ決めていないなら、私が宣言していいかしら?』
『別にいいぜ?』
『ありがとう』
 O.2は息を深く吸い込み、ゆっくりと信念を述べる。
『――じゃあ、『これから私達は、世界で一番幸せになる』ってのはどうかしら?』
『お前、その願いは……』
『この願いは最初、アナタが私に託すだけだった。けれど今はバーツだけが抱く想いじゃない。今では私も同じ気持ち。それに、身を滅ぼしてまで私の背中を押してくれようとした”あの私”の願望でもある。だから……この願いは絶対に叶えないといけないの。勿論、不服はないでしょ?』
『ったく……こりゃ参ったね~。俺の考えや想いは全部筒抜けってレベルで見通されちまってる。まるで未来人の未来予知みたいだわ』
『さぁ、それはどうかしらね? ……して、バーツの方はどうするの? この刀に何の想いを乗せるのかしら?』
『おいおい、聞くまでもねぇだろうによ……。当然俺も、お前と同じ願いさ』
『それでこそバーツだわ』
 そんなことを言って微笑むO.2を見て、バーツはニカッと歯を見せる。
『……本当、良い顔する様になったな』
『全部、アナタのお陰よ。――ありがとう、バーツ』
『そりゃ、こっちのセリフだっての!』
 二人がそんなやり取りをしていると、扉の奥でおぞましい雄叫びがこだました。
『もうそろそろ待てねぇってよ?』
『魔の王の癖にせっかちね~。なら、お望み通り行くとしましょうか……ッ!』
『おうよ!』
 そして二人は重々しい扉を一緒に開け、その奥にいる【魔王】――スライムの様でスライムではないドロドロとした巨大で薄気味悪いバケモノに立ち向かうのだった。







 ここは王国から遠く離れたのどかで静かな田舎町。
 普通であれば良い意味で何も起こらない平和な日常が流れている――はずだった。
「森林方面からゴブリンとオークの集団だぁ! なぜこんな辺境な地に!? 自衛団は今どこに?」
「村長……それが今は隣町に出向いた子供達の遠足に付き添っておりまして……」
「まさか全員かっ!?」
「はい……」
「なんでそんなことを!? 流石に全員総出はありえんだろ!?」
「最近は魔王消滅によって魔人軍の勢力が無くなり、いつまでも自衛団を常駐させるのは酷だと思いまして、今日に限っては羽を伸ばして頂きたいと……」
「くそっ、新勢力の仕業か! じゃあどうすればいい!? 逃げればいいのか!?」
「自衛団と同等の力を持つ冒険者様がいらっしゃれば話は別ですが……」
「そんな都合のいい話があるか!? 対抗できる術がないのであれば、早く避難勧告を出さねば! 急げ!」
 そうして響き渡るけたたましい鐘の音。その音が鳴った瞬間、町の穏やかな雰囲気は一変。慌ただしく騒々しいものになった。
 その時、そんな喧騒を横目をしながらも、呑気に町の酒場で肉を頬張っていた二人組の男女がいた。
 ”よりどりラム肉セット”と称されるこの町名物の多種多様の肉を頬張る銀髪の幼女が口を開く。
「――ねぇ、バーツ、アナタは質と量、どっちが好きなタイプ?」
「――むぅ、そうだな。あまりよく考えたことはないが、どちらかというと質……かもしれんな」
 女の問いに答えるバーツと呼ばれた黒髪の男性は、目の前に展開された”がぶがぶ骨付きラム肉”と呼ばれるもう一つの名物料理を見つめる。
「俺はどちらかというと、ドカンとした大物が好ましいな。O.2が喰ってるその肉も美味しそうではあるが、そんなチマチマした小物肉じゃ腹満たせねぇ。男ならドカンと一発、大物を行かなきゃな!」
「へぇ、ということは私とは真逆か? 私は少量の物を組み合わせて得られるバラエティー感が好ましいな。一つの味だけだとどうにも飽きてしまいそうだ」
 O.2と呼ばれる幼女は席を立つと、男にこう言う。
「――ならお好み通りデガブツのオークの方は任せた。私はコモノのゴブリンを叩こう」
「了~解~。まだ飯の途中だ。冷めちまう前にさっさと片付けちまおうぜ?」
「そうだな。終わったら農牛の牛乳から作ったアイスクリームで熱った身体を冷やすとしよう。どうやらこの町だけでしか食べられないスペシャルメニューもあるとか」
「おっ、そりゃ、いいね! 俄然やる気でてきたわ!」
 バーツもO.2と同じ様に椅子から立ち上がり、店主を呼ぶ。
「おい、旦那! まだ食うからよ、席片付けないでくれ! あ〜、それとこいつがさっき言ったアイスを注文。頼むわ」
 すると厨房の奥から、小太りの店主が冷や汗を流しながら顔を出した。
「バカ言ってんじゃねぇ! 聞こえねぇのか、この警告音が! 旅人だから知らねぇと思うが、これは逃げろっていう合図なんだよ!」
「別に逃げる必要なんてないわ。マスターはアイスを用意しておいて。とびっきり冷えたのを頼んだぞ?」
「へっ?」
 涼しげな顔でこんなことを言うO.2に店主は目を瞬かせる、
「おい、行くぞ!」
 O.2は一足先に外に出ていたバーツに呼ばれ、店を出る。
 店の中には何が何だか全く理解しきれていない店主だけが残る形となった。

 ――こんないつぞやあった様な出来事。O.2はこの時のことをちゃんと記憶していた。まるで似た光景であったのだが、当時とは違う箇所が三点あった。
 一つ目は、魔王がちゃんと滅せられているということ。
 バーツと二人が懸念した魔王に取り込まれるという問題は思ったよりも脅威ではなかった。案の定、倒した魔王から『どうしても叶えたい欲望はないのか?』と囁かれたが、キッパリとお断りした。というよりも、魔王のを借りるよりも、【次元斬刀】を使い、理想の結果を追い求めた方が効率的であった。『わざわざ劣化版の力を頼る馬鹿がどこにいるんだ?』と答えたバーツとO.2に対し、『えぇ~……』と答えつつ消滅した魔王の姿は今でもお笑い種となっている。
 二つ目の相違点は、O.2自身の力がだいぶ弱体化しているということ。幼少化した彼女はもう、『FLYユニット』で空を飛べないし、『RUSHSHOTユニット』で牽制も出来ない。だがそれでも、O.2の強さは健在であった。使えないユニットの穴は【次元斬刀】が全て埋めた。いや、それよりも次元斬刀のお陰でやれることが増えたとも言えた。次元斬刀を併用すれば禁忌とされる『OVERBURSTユニット《LIMIT-1》』が容易に機能させられるからである。まさかこんなことになろうとは、とO.2は驚きを隠せなかった。
 三つ目の違う点は、バーツとO.2の関係性である。以前までの二人はただの旅仲間であったのだが、この時点ではそうではない。今や二人は、友情や親睦以上の愛情や親愛によって結ばれる間柄となっていた。つまり二人は『恋人同士』というものになっていた。
 ……そんなこんなで色々と違う所がある訳だが、当時とは変わらないことが一つだけあった。

「――おい、O.2。それにしてもよかったのかよ? 俺と旅をするのはいいにせよ、お前まで<ナンバー2>になる必要はなかっただろうによ?」
「これでいいのよ。私なんかより妹の方が優秀だから、ナンバーワンに相応しい彼女に全部任せた方がなにかと徳があるのよ。それに<ナンバー2>だからこそ私達は巡り合えた。私はね、そのキッカケを大切にしたいのよ」
「なんだい、それ。相も変わらずお前は変な奴だな~」
「それをアナタが言う? こんな私を好きになって、愛の告白もしちゃうバーツもバーツで大概だと私は思うわ」
「そりゃそうだろう。俺、お前のこと大好きだし」
「あら心外ね? 私の方がアナタのことを愛しているのだけども?」
 そんな会話をしつつ、O.2とバーツは一緒に笑い合う。
「マジ、俺ら似過ぎ問題だわ」
「ね? 流石は――」
 二人はすっ、と息を吸いこんなことを言い合った。
「「元ナンバー1からナンバー2に蹴落とされた堕落者同士だよ」」



<Falling NO.2, grab the future> ~fin~
ガブガブ s.aMz/zGuI

2020年05月01日 09時32分36秒 公開
■この作品の著作権は ガブガブ s.aMz/zGuI さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:堕落せしNO.2よ、未来を掴め
◆作者コメント:いつもは何かと理由をつけて、途中で筆を折ることが多い私でしたが、今回は目標である4万字小説をなんとか描き切ることが出来ました。…ですが、執筆しただけで終われないのが、web小説の良い所でもあり悪い所だと思います。『面白かったです!』と言って頂きたいのは企画参加者の総意だとは思いますが、果たして自著の評価は如何に…?
そういう部分にどきまきしつつ、当企画を楽しみたいと考えております。

2020年05月16日 23時41分14秒
+10点
2020年05月16日 04時34分28秒
+20点
2020年05月15日 20時45分46秒
-10点
2020年05月13日 19時08分01秒
+10点
2020年05月10日 16時32分04秒
+20点
2020年05月10日 14時07分41秒
+10点
2020年05月09日 15時10分25秒
+20点
2020年05月06日 18時00分55秒
2020年05月06日 17時58分45秒
2020年05月06日 13時02分49秒
-20点
2020年05月04日 17時54分53秒
-20点
2020年05月04日 17時53分46秒
2020年05月04日 17時52分37秒
合計 10人 40点

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