金錦高校スペシャルコンサート

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 金錦高校文化祭。
 中庭に組まれた特設ステージに、吹奏楽の部員達が鈍く光る楽器を抱えて続々と上がっていく。
 サックス、トランペット、トロンボーン……各々が構えると、ざわめいていた観覧者達は声のトーンを絞った。
「……頑張って、優香ちゃん」
 ステージの脇で私は固唾を飲んだ。エレキギターを肩に掛けていたが、その時は肩にかかる重みすら忘れていた。
 新任の部長である優香ちゃんは、長い髪を一本結びにしてアルトサックスを構えていた。さっきのさっきまで震えていたが、その理由は今回の演奏から先輩方がいなくなった事と初めてのソロを任されていたから何だろうな。
 指揮者の合図にステージの皆が息を吸い、一曲目が元気よく始まった……けど。
「何だ? この曲」
 纏まらない演奏に観客達が目を見合わせる。
 何故か調の合わないトランペットの旋律が、気味の悪い音の波を産む。
「新手の曲当てクイズじゃないか……」
 近くの男の子達も口元をおさえていた。息がズレたドラムとコントラバスがクイズの難易度をブチ上げる。
 やがて演奏が終わると、ステージ前には部員達の親と教師の何人かしか残っていなかった。そして、あたかも気を使ったような拍手が後味の悪さを強調する。
 うーん、この後優香ちゃんに何て声かけよう……。
 そんな事考えながら私はステージに上がっていった。

 数日後の朝。

「クリスマスコンサートが中止?」
 隣で歩く優香ちゃんは既に半泣きだ。
「うん……、真奈美ちゃんどうしよう」
 学校はまだ秋の文化祭を終えたばかり。そう、だから毎年恒例のクリスマスコンサートまで一月以上はある。
「何でまた?」
 本当は聞くまでもない。いや、むしろ聞かない方が良かったかも。
「真奈美ちゃんも聞いてたでしょ? 優香達の演奏……」
 うっ、やっぱり。正直な感想を言うわけには行かない。どうやってフォロー入れよう。
「ゆ、優香ちゃんのソロは恰好良かったよ?」
 あー、結局適当なこと言ってしまった。でも仕方ない、私に本当のこと言えるほどのメンタルは無い。
 そうだな、そもそもこの学校には音楽を指導できる教師が何故かいない。なのに吹奏楽部はある。そりゃ無理あるよね。
 今まで経験や心得のある三年生が下の子を引っ張っていたらしいけど、受験や就職が始まるこの期間に指導はお願いできない。だから春の演奏会まで練習に回した方が良いって判断されたんだろうね。
「まぁショックだよね。優香ちゃん達皆がんばってきたのに」
「でしょ? 伝統のクリスマスコンサートを自分達のせいで中止にさせちゃうなんてできないよ……」
 そういえば、彼女は何で私にこんな事話しているんだろう。
 まさか。
「吹奏楽部部長として真奈美ちゃんに頼みたいんだけど……」
 もう嫌な予感しかしない。
「真奈美ちゃんも十二月に学校でライブするでしょ? そのステージに私達も出してくれない?」
 やっぱりそうきたか。どうやって? 無茶言わないでよ。
「そんなこと言われても無理だよ……」
「今まで散々音楽室使わせてあげたのに?」
 げっ、言い返せない。
 結局ぼちぼち承諾してしまった……。どうしろと言うの。

「はぁ……」
 重たい溜め息が勝手に出る、レベルで言うと多分百キロぐらい。
 渋々教室に入ると、クラスメートが自慢の黒いレスポールタイプのエレキギターを担いではしゃいでいた。百キロ溜め息アゲイン。
 とりあえず目を合わせないように自分の席に向かう。
「よぉ真奈美」
 ちぃっ。
「……おはよ、勇君」
 教科書やノートをしまいながら返す。
 奴が近づいてくると、安物香水とヘアースプレーのキツい臭いが鼻につく。と言うか耳元でジャカジャカするのをやめて欲しい。得意気に何か聞かせてくるけど、調弦がしっかりとされていないの丸わかりだよ。
「勇君ごめん、考え事してるから……」
「へー、何考えてるの? 次のライブのこと?」
「……まぁ、ね」
 彼はニヤニヤしながら隣に座り、ガチガチのツンツンに固めた髪の毛を手で調整した。
「お前のバンドは相変わらず気が早いなぁ」
 私からすれば、あんたは相変わらず能天気だよねって所だけど。文化祭の時、あーだこーだ言いながら本番までに間に合わなかったのは誰だっけ。
「で、勇君は何でそんなに上機嫌なわけ?」
「先輩がメッチャ格好いいギタリストのDVD貸してくれたんだ」
 そう言いながらズタボロの鞄を漁る彼。
「ふーん」
 彼の趣味にピンと来た試しは無い。
 どうせ薄気味悪いヴィジュアル系か何叫んでるかわからないメタルバンドでしょ……と、思っていた。
 けど、出てきたのは想像したものとは全くの別物。革ジャンに金髪リーゼントスタイルの外人がブラスバンドをバックにギターを構えている、非常にアメリカンな表紙のDVDだ。
『BRIAN SETZER Orchestra』
「……勇君、これちょっと借りて良い?」
 DVDを引ったくり、教室を出た。
「おい、どこ行くんだよ」
「優香ちゃんの所。多分音楽室かな」
 付いて来る勇君。興味津々な彼に顔を向けながら歩いていると、何か大きな物が私にぶつかった。と言うより私が大きな物にぶつかった。
 慌てて見上げた。百八○越えの長身にアニメのロボットのような肩、しゃくれた顎につぶらな奥二重、隣のクラスの山岡君だ。いつものように口を半開きにして私を見下ろしている。
「おいデカ、変な所に突っ立ってるんじゃねーよ」
 デカは彼のニックネーム。他にもハグリットとかアントニオとか進撃の何とかやら色んなあだ名があるけど、一番呼ばれているのはデカ。
「あっ……」
「デカ君ごめんね、じゃあ」
 私と勇君は物言いたそうな彼にかまわずその場を離れた。
「あいつ、最近妙に私の近くにいるんだよね……」
「そう言えばそうだな。文化祭前くらいから真奈美に付きまとってるよな」
 ストーカーって言葉が一瞬浮かんだけど、よくいる被害妄想フルマックスの『魅力的な私はかわいそうな悲劇のヒロイン系女子』みたいな思考だと思ったから心の奥に引っ込めた。気にはなるけど別に被害は無いし。
 そんなこんなで音楽室へ。
「優香ちゃん」
 彼女はキョトンと振り向いた。手には大量の楽譜が抱えられている。
「真奈美ちゃん、何で穴木君もいるの?」
 名字で呼ばれた勇君は少し苦々しく目を細めていた。
「まぁいいでしょ、それよりも良いものあったよ」
 優香ちゃんにさっきのDVDを差し出す。
「これは?」
「まだ内容は見てないんだけど、バンドと吹奏楽のコラボにどうかなって」
 そう言いながらモニターをつけ、DVDをセット。再生ポチッとな。
 暗いステージ。照明がつくと同時に上がる垂れ幕。拍手の中、ブラスバンドの情熱的なオープニングがスタート。
 現れたロックンロールスターは、コントラバスがガチガチ鳴らすスラップ音に合わせてステップを踏みながら、古臭いエコーの響いたギターを弾き倒している。
 こじゃれたテクニックなのに涼しい顔して弾く主役。ヤバい、普通に格好いい。勇君がはしゃぐのもわかる。
「優香ちゃん、どう? 編成も人数も丁度じゃん」
「格好いいけど難しそうだよ……」
「ダメで元々でしょ。金錦高校冬のロックンロールライブ、良くない? はい決まり」
 何で私が押し切っているんだろ。でも、グダグダしてる時間は無い。それに、文化祭の時みたいにヒットソングや校歌を音痴にやるくらいなら、嗜好を変えて皆知らないけどとりあえずノリノリになれそうなのをやらせた方が良い。
「勇君、明日までにこの手の音源集めてきてよ」
「えー。だるいって」
 思わず舌打ちして彼の耳をひっばった。
「じゃあ文化祭の時、勇君のギターがエアギターだったって事広めるよ?」
 勇君の顔が青ざめていく。
「頼む、それだけは」
「ならお願いね」
 丁度予鈴が鳴り私達は音楽室を後にした。

 勇君と私が教室に向かうと、扉の前に大きな背中が見えた。デカ君だ。何なの?
「やだ……デカ君何してるんだろ」
「ほっとこうぜ」
 知らない振りして教室に入ろうとしたけど、私に気付いたデカ君は大きな手を伸ばしてきた。
「ひぃっ……」
 思わずビビってしまう。
「おい、やめろよ!」
 そんな私を庇おうとした勇君の怒声で教室がざわつく。
「真奈美ちゃんどうしたの? 大丈夫?」
 駆けつけた女の子達がわたしを囲み、デカを睨みつけた。
「前から聞いてたけど、真奈美ちゃんのこと付け回さないでくれない?」
 デカは眉間に皺を寄せておろおろするばかり。
「あっ……俺、違う……」
「言い訳すんなよデカ。話上がってるんだよ」
 勇君が詰め寄ろうとした時だ、担任の教師が来たから騒ぎは収まった。ふぅ……。
 まあ、デカもこれに懲りてくれれば良いかな。

 ところが、その日の放課後。
「うそっ……」
 教室の外に大きな影が見える。
「あいつまたいるね……」
 女の子達がヒソヒソと私に寄ってきた。
「いいじゃん、私気にしてないしほっとこうよ」
 皆で固まって教室を出ることにした。
 問題の奴は、バタバタと帰る私達を何か言いたげに見続けるばかり。
 帰り道は当然デカ君の話題で盛り上がっていた。正直関心無いから私は聞いているだけだけど。
「そう言えば、デカの家ってお母さん一人なんだってね」
「そのお母さんも身体が弱いみたいで、最近もまた寝たきりらしいよ」
 ふーん。
 育ち盛りの男の子だから、食うのも食わせるのも大変だろうなぁ。
「デカは真奈美ちゃんにお母さんしてほしいんじゃない?」
 冗談やめてよ。鳥肌立ったわ。
 とりあえず苦笑いでその話をやり過ごした。

 翌日。音楽室にて。
 優香ちゃんと勇君とで、集めたCDを片っ端から聴いていた。
「ロックンロールって構成はだいたい同じなんだな」
 コーヒー片手に勇君は呟いた。
「基本の和音が三つなのね。私達でもそんなに難しくなさそう」
 アメ車が描かれたCDジャケットを眺める優香ちゃん。
 エルビス=プレスリー、ビル=ヘイリー、チャック=ベリー、まぁこの辺が王道か。
「六○年代ファッションって可愛いよね、真奈美ちゃん似合いそう」
 優香ちゃんはそう言って、歌詞カードの挿し絵を見せてきた。ガイコツマイクを構えた、ボリュームのあるスカートを履いた女の人の絵だ。
「衣装はこだわりたいよね」
「吹奏楽部は先輩方が残した衣装用のスーツがあるよ」
 優香ちゃん達の衣装が揃っているなら、ビジュアルの問題はクリアか。私の衣装は通販か何かで探せばいいし。
 選曲も、極力シンプルな物に絞ることにした。

・Thats All Light
・Shake Rattle and Roll
・Johnny B Goode
・Jailhouse Rock

 少なく感じるけど、あまり詰め込んだら優香ちゃん達が厳しくなっちゃう。それにどの曲も流れはだいたい同じだから覚えやすいはずだし。
 これで後はオープニングに吹奏楽部にとって自信のあるクリスマスソングでもやらせれば形になるかな。
 後は優香ちゃん達が練習してきてくれれば大丈夫。
「ところで俺の出る幕は?」
 勇君が妙な笑顔で聞いてきた。何だいきなり。
「うーん、まぁ勝手に入れば?」
「よっしゃ」
 彼との会話に、優香ちゃんは不思議そうな顔をして入ってくる。
「穴木君自分のバンドは?」
 聞かれた勇君が一瞬だけ顔を曇らせた。
「方向性の違いで解散したよ」
「そうなんだ」
 何も知らない優香ちゃんは納得したみたいだけど、勇君以外のメンバーがこっそり集まっているのを私は知ってるぞ。
 とりあえず私は自分の赤いエレキギターを取り出した。
「お、出たな。Fender Japanのテレキャスター」
 勇君がはしゃぐ。
 優香ちゃんの言うとおり、ロックンロールはだいたい三つの和音……もとい、コードで構成されている。覚えるのは簡単だけど、問題が一つ。
「キーを吹奏楽部に合わせなきゃ」
 要は音の高さ。
 ギターやピアノの弾きやすい音と、吹奏楽が吹きやすい音は少し違う。
「F、E♭、B♭辺りで合わせてくれたら私達ブラス隊は何とかなると思う」
 まぁ、その辺は優香ちゃんに任せよっか。
 一度ギターで、選んだ曲のコードをなぞってみた。うん、私は普通に何とかなりそう。
「真奈美がコード弾くなら俺はリード取るぜ」
 勇君も自分のギターを取り出し、もたもたと音を探し始めた。ホントに大丈夫だろうか。
 正直構っていられないし、邪魔にならなければいいや。
 日が暮れてきた頃にその日は解散した。

 それから数日。私は自分のバンドのベースとドラムの子を連れて吹奏楽部を訪ねた。
「優香ちゃん顧問は?」
「いないよ、いつもの事だよ」
 すごいね。今までの陸上大会や野球の応援とかどうやって乗り越えてきたんだろう。
 吹奏楽部の皆は不安そうに楽譜を眺めていた。まあそうなるよね。
 文化祭でガタガタだったコントラバスとドラムの子もバラバラに楽譜と戦っている。あれじゃ息も合わないか……。
 自分のバンドメンバーにリズム隊の指導を任せ、優香ちゃんと別室で楽譜の構成を確認する事にした。
 多少のアレンジはあれどギター的にそんなに難しい事は無い。よかったよかった。
 イメージをつかむため、楽譜に沿ってエルビスの『Thats All Light』から弾いてみる。
 カントリー風の跳ねたようなリズムで、この曲のブラスは優香ちゃんだけが吹くことになっていた。
 しばらく弾いていて、お互い何となくつかめてきた頃だ。
「ねぇ真奈美ちゃん。私達に合わせて誰か歌って無い?」
 気づかなかった。誰だろう。
 勢い良くドアを開けると、まさかの奴がいた。デカ君だ。
「もう、何? そんなに真奈美ちゃんが好きなの?」
 優香ちゃんにしては珍しく強い口調だ。デカが怯えた顔で黙り込む。
「デカ君、黙ってても分からないよ」
「お、俺……違う」
 うーん、どうしようか。
 この先ずっとこの調子なのも困るし、とりあえず彼を室内に入れて話を聞くことにした。
「私に何か用でもあるの?」
 デカは一向に口ごもった。もー、じれったいな。
 気まずいから話しにくいのかな? じゃあ話題ちょっと変えてみよっか。
「デカ君、今歌ってたよね? このエルビスの曲」
「うぅ……」
 いや、ビビるような質問じゃないでしょ。尋問ちゃうわ。
「この曲わかるの?」
「好き……」
 何? まさかのこのタイミングで告白? うそでしょ?
「お母さん、エルビス好き」
 何だ、親の話か……いや、待って。ひょっとしてデカ君……。
「俺のお母さん、元気無い。でも音楽大好き。俺、聴かせてあげたい」
 優香ちゃんが目を丸くした。私も胸を殴られたような気持ちだった。そっか……。
「真奈美ちゃん文化祭の時ギターうまかった。俺、お願いしたかった」
 うなだれる彼に思わず慌てて手を添えてしまった。
「わかった、もうわかったよ……。優香ちゃんどうする?」
「真奈美ちゃん的には?」
「ほっとけないよ」
 心のどこかで勝手に被害者ぶって彼のことを気持ち悪がった自分を考えると、正直言って胸が締め付けられそうだ。
「じゃあ、デカ君歌おうよ。ロックンロール」
「真奈美ちゃん?」
「いいじゃん、お母さんにクリスマスプレゼントだよ」
 デカ君はつぶらな瞳をうるうるさせていた。
「はいはい、泣くの早いよデカ君」

 音楽室に戻ると、吹奏楽の子達に勇君も混ざっていた。
「ほらほら、もっと身体揺すって!」
 勇君そう言いながら左右にステップを踏んだ。何してるんだろ。
「おう、真奈美。コイツらに俺が直々に指導……」
 彼が言い切る前に、私の後ろからデカ君が顔を出す。
「うおお、真奈美逃げろ」
「勇君、もう大丈夫だよ」
 この際だったから、吹奏楽部にも勇君にもまとめて説明した。
「そんな事いきなり言ったって、デカの奴歌えるのかよ」
「そうね、口ずさんではいたけど……」
 まぁ背負いこんだ手前、責任は取らなきゃね……。

 日曜日。
 街のカラオケ屋でデカ君と優香ちゃんとで待ち合わせ。
 ……の、はずが。
「真奈美ー!」
 何で勇君も一緒なのさ。ややこしくなるじゃん、もう。
「お前とのカラオケは初めてだな」
 あえて何も返さなかった。
 残りの二人はすでにカラオケルームらしい。さっさと合流したいところ。
「そう言えば勇君もやけに張り切ってるよね。今日もちゃっかりギター持ってきてさ」
「だって楽しそうだし」
 楽しそうなのは良いけど、私達のステージでエアギターとかだけは勘弁して欲しい。正直に断れない私も悪いけどさ。
 カラオケ屋に到着。さっさと受け付けを済ませて、優香ちゃん達の部屋へ。
「お待たせー」
 デカ君は優香ちゃんの指導で腹式呼吸の練習中だった。
「水泳部だったからさ、デカ君は肺活量あるよ」
 思いの外うまいこと行ってるらしい。なら早速試しに歌わせてみようか。
『Shake Rattle and Roll』
 アレンジはビル=ヘイリーの物を選んだ。早速サックスの響くイントロが始まる。
ーーGet out from that kitchen.And rattle those pots and pans ーー
 デカ君の発音は流暢じゃないけど声量はそこそこ。まぁ、何度も歌わせてなれさせよう。
「優香ちゃん、ブラス隊はどう?」
「うん、まだ間もないから完璧じゃないけど、楽譜がシンプルだから早く仕上がりそうだよ」
 歌ってるデカ君を横に優香ちゃんとヒソヒソ話した。
「皆文化祭の失敗がバネになっててね、結構燃えてくれているよ」
 そっかそっか、なら良かった。
 吹奏楽部が私の案に乗ってくれた事が既に奇跡だけど、尚且つそれなら安心。
「じゃあ残りの問題は……」
 私と優香ちゃんは一緒な方向を向いた。そう、コソコソとギター弾いてる勇君の方を。
「真奈美ちゃん、今回は穴木君外せないかなぁ……」
 思わず言葉に困ってしまった。
 優香ちゃんの考えというか、気持ちもわかるし……。
「ごめん優香ちゃん、少し考えさせて」

 十一月も終盤に入り、校庭の植木は風で裸になっていた。
 植木はどうでも良い、穴木だ。勇君が問題だ。結局まだ何も言えずにいる。
「勇君、ギターのアレンジはできたの?」
「うるさいな、俺はインスピレーションを大事にするタイプだから閃きを待っているんだ」
 あんなシンプルな曲に閃きもクソも無いと思うんだけど。うーん、もう思い切って言うべきかな……。
「勇君、あのね。聞いて欲しいの」
「おう?」
 彼は振り返った。その頬がみるみる赤くなっていく。やめて、何を勘違いしてんだ。
「今回さ、私達だけでライブしていいかな」
 真顔の勇君。あまり話を理解できていないらしい。
「勇君が自分のバンドで失敗するのは良いけど、今回のライブはそう言うわけにもいかないから……」
「ふざけんなよ、お前らまでそう言うのかよ」
 彼はそっぽを向いてしまった。
「デカ君だって毎日優香ちゃんと練習しているんだよ? 勇君は何しているの? コソコソ弾いてるふりしてるだけじゃん」
「違う。俺だって、俺だって……」
 駄目だ、もう私も何も言えない。
 でも、勇君もそこから何も言わなくなってしまった。
 本番まで残り一週間を切った頃だった。

 次の日。
「穴木君、昨日から来なくなったね」
 優香ちゃんはサックスを磨きながら呟いた。
「真奈美ちゃん言ってくれたの?」
「ま、まぁね」
 正直、教室にいる間は地獄だったよ。何せ席は隣同士だから横向いたら闇オーラな勇君がいるわけで。
 それを優香ちゃんに言うのも違うんだけどさ。
「穴木君もちゃんと弾いてくれるなら問題無いんだけどね……」
 彼女がそう言って溜め息つくと、後ろからデカ君が入ってきた。
「歌合わせたい。真奈美ちゃんギターお願い」
「わかったよ」
「あ、私もサックス合わせたい」
 早速スピーカーにギターを繋いで鳴らした。うん、私も仕上がりはいい感じかな。
 そんな感じでこの日の練習も平和に終わった。

 さて、今日は本番前の準備。先輩のコネで、同じ地区にある音響科の専門学校が協力してくれる事になっていた。
 今はその機材を体育館のステージに運んで並べている所。
 デカ君が積極的に動いてくれるお陰で準備はあっという間だ。
 吹奏楽の部員達は、ステージに並べるパネルを塗っていた。
「すごいね、どんどん形になっていく」
 見渡す優香ちゃん。その微笑みがまぶしい。
 この短期間で部員達を引っ張ってきたのは本当に骨が折れただろうな。優香ちゃんじゃなかったらできなかったと思う。
 感心していたその時、仕事が終わってぼんやりしているデカ君がいた。
「デカ君、ステージ立ってみなよ」
 折角だし呼び掛けた。彼がのそのそとステージに上がる。
「景色はどう?」
「あ……、ああ……」
 相変わらずリアクション弱いなぁ。
「真奈美ちゃん。彼、少し顔色悪くない?」
 思わず首を傾げた。
 そんな風に見えないけど……。

 本番当日。
「やっぱり勇君は来ないか」
 モヤモヤしつつも、ステージの脇で皆と一緒に衣装に着替えた。ストライプのブラウスに真っ赤なサーキュラースカートで、中にはペチコートをゴワゴワ重ねているからボリュームはバッチリ。
 優香ちゃん含め、吹奏楽部の子達も皆グレーのスーツに着替えていた。
 あとは……。
「デカ君、着替え終わった?」
 彼のスペースを覗くと、頭をリーゼント状に固めてエルビスをイメージした白い衣装に身を包んだ彼がいた。
 良かった、サイズがあって。
 でも、よく見ると彼は震え上がっていた。やっぱり緊張しているのかなぁ。
「大丈夫?」
「お、お、俺……」
 彼の顔が青ざめていく。
「怖い……。俺、怖い……やっぱり、歌えない」
 その言葉に、控えている皆が振り返る。
 吹奏楽部達がわたわたと彼を囲み口々に葉っぱをかけるが、彼の顔色は一向に良くならない。
「真奈美ちゃん、もう開演まで十分も無いよ」
 そんなこと言われなくてもわかるよ。
 ああ、お願いだからデカ君落ち着いて。
 無情にも開演時間が来てしまった。今回はスペシャルコンサート。観客は他校からもぞくぞくと集まっている。
 全校集会でも聞いたことないような拍手にデカ君が耳を塞ぐ。
 いつまでもこうしてはいられない。その場の皆で無理やり彼をステージの真ん中に連れ出した。
 まさかのデカ君の登場に、客席からどよめきが聞こえてくる。
「あ……、あ……」
 客席から溢れんばかりの視線。正直私でもプレッシャーを感じてしまう程。
 バックに並んだブラス隊が、オープニングとして定番のクリスマスソングを奏でる。本来なら、それに合わせて軽くステップを踏むはずだが、真ん中の彼は棒立ちのままだ。
 お願い……、もうすぐオープニングが終わっちゃう。デカ君しっかりして。
 オープニングは終わり、最初の拍手が。
 ステージに静粛が訪れた。ここから、デカ君の合図が無ければ曲は始められない。それなのに彼は固まったままだ。
 だんだんと観客がざわつきだす。
 そんな観客の中に黒い服を着た見慣れない細身の女性を一人見つけた。見た感じ先生方と年齢層は同じくらい。胸に手を当ててステージを見つめている。あれが彼の母親かな。
 私は背後の優香ちゃんに視線を送った。視線を返してくれた彼女が、カウントを取る仕草をして首を傾げる。それに対して首を横に振って返した。
 どうしよう、デカ君を一度ステージの袖に連れて行ったほうがいいかな……。でも、そうすると一層立て直せなくなるかも、この空気。
 もたもたしていたその時だった。
「デカ、ビビるな!」
 空になっていたステージ脇から聞き慣れた男子の声が。
「勇君?」
 彼だった。
 自分の黒いギターを肩に下げ、少し大きいスピーカーを担いでいる。
 勇君がステージに現れると観客の中から見覚えのある男子生徒が四人前に出てきた。勇君をハブってコッソリ集まっていた彼の元メンバー達だ。それぞれ撃たれた鳩のような顔をしている。
 スピーカーを下におろした彼はデカ君に手を添えた。
「昔のデカのままなんて嫌だろ?」
 デカ君が小さな瞳を見開かせる。
「デカ、それはお前だけじゃない。俺もだし、おまえを待ってるブラスの皆だってそうなんだ」
 勇君がそう言うと、デカは皆を見渡した。
「俺、文化祭でギター弾けなくって、結局メンバーと揉めて真奈美にも馬鹿にされて、結局何もできない奴と思われたままなんて……そんなのもう嫌なんだ」
 ナイスフォローだけど、何さり気なく私を悪者にしてんの。
「穴木君の言うとおりだよ」
 後ろから優香ちゃんが続く。
「私達もこのステージにかけているんだよ、だから今まで一生懸命にやってきたの。デカ君もお母さんに好きな音楽歌ってあげたいって言ったじゃない」
 デカ君は観客側を見下ろし、さっき私が見つけた黒い服の女性を見つめた。やっぱりあの人が母親なんだね。
 彼はもう震えていない。私からも言おう。
「デカ君大丈夫だよ。皆で一生懸命練習したでしょ」
 目に力を取り戻した彼は拳を頭上に上げ、それを見た優香ちゃんがサックスを構えた。
「ワン、ツー、ワンツースリーフォー」
 デカ君のカウントでドラムが鳴り、コントラバスが低温を上下させる。最初の曲はエルビスナンバーの『Thats All Right』だ。

 ああ大丈夫だよ お母さん
 大丈夫だよ 心配しないで
 何があっても大丈夫だから
 心配いらないよ お母さん
 何があっても大丈夫だから

 さっきのデカ君からは想像もできないような張りのある歌声に観ている皆は驚きながらも手拍子を打ってくれた。
 ソロを控えた優香ちゃんが目を輝かす。
「Hey!」
 ヴォーカルのパスで優香ちゃんが立ち上がった。彼女のサックスから艶やかな音色が踊る。
 会場は温まり、一曲目が終わった。
「デカ、良いぞ!」
 聴衆から声が上がる。その中にいたデカ君のお母さんはハンカチで目を覆っていた。
 お涙頂戴だけど、今はもうもたつけない。さあデカ君、次の曲に行こう。
 デカ君が指を指すようなサインを取ると、ブラス隊は一斉に立ち上がった。
 ドラムがスウィングを刻む。それに合わせて優香ちゃんが大声でカウントを取った。ブラス隊一斉演奏による大迫力のイントロが体育館の窓を揺らす。
「Shake Rattle Roll!」
 私と一緒に不器用ながらも左右にステップを踏むデカ君。彼だけじゃない、ブラス隊もスウィングに合わせて身体を動かす。
 一体となったステージにつられて、観ている生徒達も身体を揺すりだした。中には激しく踊り出す人もいた。しかもそれが教師。慣れた足取りで右に左にとツウィストのステップをする。

 さあ揺すって騒いで踊ろう
 さあ揺すって騒いで踊ろう
 ほら揺すって騒いで踊ろう
 ほら揺すって騒いで踊ろう
 君って奴はやりたい放題ね

 最後のサビに入った時、隣から私じゃないギターの音が入ってきた。セッティングを終えた勇君だ。ブラスに合わせて高音を歯切れ良く鳴らしている。
 前まではそんな弾き方できなかったのに。腕だけじゃなくて、音の計算もできなきゃ弾けない技だから相当勉強したんだろうな。
 曲が終わり、ブラス隊が座る。
「真奈美、次のギターイントロを俺に弾かせてくれ」
 勇君は真剣な面構えで私を見た。その目に思わず首を縦にふる。
 優香ちゃんが手元のワイヤレスマイクを手に取った。
「皆さん盛り上がっていますかー!」
 返事は大歓声。ステージの皆も手を叩く。
「金錦高校、冬のスペシャルコンサートにお越し頂きありがとうございます! ノリノリなナンバーを精一杯お届けしますので、皆さん是非踊って楽しんでください!」
 優香ちゃんが頭を下げると会場がもう一度湧き上がる。
「それでは次のナンバー、聞いてください! Johnny B Goode!」
 明るい拍手の中、勇君が自慢の黒いレスポールで世界一有名なギターイントロを奏でる。
 そのサウンドにはしゃいだのは教師達だった。
「今の女房と昔はこれでよく踊ったもんだ。良いぞ!」
 イントロに続いてリズム隊が入った。ブラス隊の手拍子に会場も合わせてくれる。

 田舎の山奥に小屋があった
 そこに住むのはジョニー君
 頭こそ冴えない子だけれど
 ギター鳴らせばピカイチさ

「Go Go! Go Johnny Go Go!」
 サビを繰り返すうちに会場からも歌う声が聞こえるようになった。
 そしていよいよギターソロ。
 勇君は思いっきり弦を引き上げた。ギターが生き物のように甲高く吠える。それは勇君の叫びだ。いつも心のどこかで一人ぼっちだった彼。それが今皆と一つになってる。その喜びを叫んでいるようだ。
 彼の名前を叫ぶ声が聞こえる。その声の主は勇君をハブっていた四人だった。勇君がギターに訴えかけた声が届いたんだ。
 デカ君のリーゼントはすっかり崩れていた。そんな彼の目に怖れはもうない。
 それからライブは終盤を迎え、いよいよ最後の曲に。
「次の曲、最後。皆、ありがとう!」
 デカ君がしゃべり終えると、あちこちから彼を讃える声が飛んできた。
「曲、最後……監獄ロックで踊ろうぜ!」
 ドラムがスティックを鳴らし、そのカウントでブラスが一斉に鳴る。
 ワクワクを煽るようなイントロに私の胸も高鳴る。

 看守主催のパーティーが
 田舎の監獄でひらかれた
 独房バンドがおでましで
 皆つられてスウィングさ

 教師も生徒ももみくちゃに踊り出し、床の振動が足にまで伝わる。
「Hey!」
 見せ場のソロが近づき、私と優香ちゃんは前に出た。
 彼女のサックスが歪んだ音色で響き出す。私も弦を二本引き上げ鳴らしてそれに応える。
 今度は優香ちゃんがサックスを高く構えて吹き鳴らし、私もギターを上げてギャンギャン鳴らす。
 そして最後のサビ。ステージは総立ちだ。
「Dancing to the jailhouse rock!」
 Dancing to the jailhouse rock !
「Dancing to the jailhouse rock!」
 Dancing to the jailhouserock !
 熱狂的な演奏の最中、この一ヶ月の出来事が走馬灯のように駆け巡った。
 優香ちゃんの相談を引き受けて途方に暮れた事、三人での曲選び、吹奏楽部の統率、デカ君の願い、四人で入ったカラオケ、勇君とのギクシャク、皆で汗を流したステージ準備。
 この結晶が、皆の思いが、今こうして渦巻いて奇跡を起こしたんだ。
 内装を崩しそうなくらいの歓声が体育館を包み、私達のステージは幕を閉じていった。

「真奈美ちゃん、勇君、デカ君、……ありがとう」
 白い息を吐きながら優香ちゃんが微笑む。
 今は帰り道。イルミネーションに彩られた街路を四人で歩く。
「お母さん、泣いてた。俺、クリスマスにプレゼントできたんだ。えへへ」
 はにかむデカ君。こんな彼を見たのは初めてだ。
 紫色の空を見上げながら、今度は勇君が呟いた。
「前のメンバー達がさ、俺にやり直そうって言ってくれたよ。最後の文化祭もまた一緒にできそうなんだ」
 そっか、最後か。私達、来年はもう三年生なんだな。あーだこーだワイワイしているうちに、気が付いたら学校生活も終わって行くんだろうね。
 その先に皆それぞれの道が待っていて、きっと離れ離れになっていくんだろう。
 でも、どんな未来が来ても、お互いがどれだけ離れても、この四人が共にしたあの一瞬があった事は事実なんだよね。
 そう、あの瞬間私達は一つになれたんだ……。
「真奈美? 何ぼけーっとしてるんだ?」
 三人が少し先で私を待っていた。
「あ、ごめんね」
 寒いはずなのに暖かい。そんな冬の一時だった。
Mr.K=Izawa

2018年12月30日 18時16分44秒 公開
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■作者からのメッセージ
◆テーマ:冬のRock and Roll
◆キャッチコピー:響け届け皆の音色。
◆作者コメント:変な先入観持たれたくないので雑談します。キングクルールデブなのにめっちゃ強いです。

2019年01月13日 23時37分05秒
+10点
2019年01月13日 23時16分47秒
+20点
2019年01月13日 19時58分36秒
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2019年01月12日 14時45分48秒
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2019年01月11日 23時56分15秒
0点
2019年01月05日 23時55分12秒
+10点
2019年01月05日 10時36分22秒
+20点
2019年01月03日 09時02分15秒
+20点
2018年12月31日 17時55分29秒
+10点
合計 9人 110点

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