LastSantaと呼ぶんじゃねぇ!

Rev.03 枚数: 100 枚( 40,000 文字)

<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部
●絶望のクリスマスイブ
 コンビニで、サンタクロースの恰好をしながら接客をする。
 ああ、今年もまたこの日が来たんだなーって感じ。
 クリスマスイブ。
 俺はケーキを買う客を前に、無我の境地に達しつつレジを打ち続けた。
 しかしこいつら、本当にイベントに素直だよな。
 クリスマスなんて、所詮おもちゃ業界が仕掛けた販売戦略でしかねーのに。
 いや、それを抜きにしてもクリスマスなんてなロクなモンじゃねぇ。
 毎年毎年、一体何人の子供がサンタの毒牙にかかることか。
 よく分かるぜ。俺のそのクチだったから。
 子供の頃、クリスマスイブはそりゃはしゃいだモンさ。
 靴下もしっかり用意して、それで布団に入って、なかなか寝付けないんだ。
 いつサンタさん来るかな、プレゼントは何かな、ってさ。
 でもいつの日か現実を知るんだ。サンタさんなんていない、って現実を。
 ああ、つまんねぇこと思い出しちまった。
「はよバイト終わらんかな……」
 無我の境地ボーナスタイムが終わったので、俺が小さくボヤいたのだった。

「俵君、おつかれー。これバイト代ねー」
「どーも、それじゃあおつかれっす」
 俺――俵 喜三郎(たわら きさぶろう)は店長に挨拶をして外に出た。
 おお、寒。
 首都圏だから雪は降っちゃいないが、それにしたって風が冷たい。
 そりゃそうか、今日はイブだしな。
 最近はクリスマスイブのさらにイブ、いわゆるイブイブとかも割と話題になったりするが、だから何だよ、別に何にもなかったよ。バイトだったさ。
「……………………はぁ~ぁ」
 肩を落として、俺は盛大にため息をついた。
 一人でクリスマス祝ったところで、あとから来るのは強烈な虚無感。
 知ってたさ、去年もそうだったし。
 はぁ~、帰ろ帰ろ。
 歩き出して、しばらくすると大通りに出る。するとまぁ、キラキラキラキラと街路樹がイルミネってるワケですよ。
 クリスマスだから。
 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~、キレイだね~、眩しいねぇ~。
 俺はイルミネーションの光を浴びないよう、歩道の端に寄りつつ道を歩く。
 歩道の真ん中?
 そりゃおめー、腕組んで歩くカップルという名の特権階級共の領域さ。
 クソ、クソ、リア充め。
 どいつもこいつも幸福オーラ溢れさせやがって。
 こちとら彼女いない歴=年齢で今年二十六の立派なアラサーだよ。
 駅に通じる道がこっちしかないから通ってるけど、でなきゃ誰がこんな道を通るもんかっていうね。はー、メリクリメリクリ(憤怒)!
 とか思いつつ歩いているうちに、俺は駅前広場に来た。
「……立派なモンおっ立てやがって」
 そこにあったモノが目に入って、つい足を止めてしまう。
 クリスマスツリー。
 わざわざ大きなモミの木を使って飾り付けた、何ともデッケェツリーだ。
 頂には、金色の星が月明かりを受けて輝いている。
 ベツレヘムの星、だったか。
 キリストさんの生誕を知らせる星で、クリスマスの象徴みたいな印象がある。
 何でェ、おまえだってひとりでキラキラしてるだけの星じゃねーか。
 エラそーに持ち上げられてても結局おまえも孤独なのさ! 
 ヘッヘッヘー、悔しかったら「親方、空から女の子が!」でもしてみろってんだ。クリスマスの象徴だったらそれくらいできるだろー。
 と、そこまで考えて俺は思考を一旦停止させる。
「…………おお、凄いな、虚無感ばかりが加速していくぞ」
 モノ言わぬ星に語り掛け、あまつさえ喧嘩を売って、ない物ねだり。
 ヤベーな、寒いし辛いし痛々しい。三位一体デッドエンドだ!
 はぁ……。
 もう、さっさと帰ってゲームしよ。俺はツリーに背を向ける。
 途中でケーキ買って帰ろうかとか思ったけどやーめた。
 やっぱクリスマスイブなんぞただの夜でしか――
「――――――――ァァ――ァァァ――ァァアアア――」
 …………ん?
 何だ、どこからか音、いや、声が……?
「キイイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 あ、これなんか悲鳴っぽい女の子の声だな。
 どっからだ、何かどんどん近づいて、
「上?」
 見上げたら、俺の頭上数mの位置に女の子がいた。
 降って来てた。
 俺めがけて。
「え゛」
 一声鳴いて、俺は硬直する。
 そのとき、俺の脳裏に浮かんでいたのは、とある歌の歌詞だった。
 目と目が合ったとき何たらかんたらっていう歌で、でも思い出せたのはそこまでで肝心の歌の題名を思い出せなかった。
 喉元の辺りまで出かかってるのに出てこない。クッソ気持ち悪いアレ!
 クソ、何て歌だっけな! えーっと、えーっと!
 そうこうしている間に女の子、俺に直撃!


●少女の名はカハナ
 …………。
 …………。
 ……何か、下は冷たいクセに上があったかい。
「ア、アー、エット……」
 上の方から聞こえてくるのは、女の子の声。
 かなり甘ったるい声だ。しかも若い。十代半ばくらいの印象かな。
 そんな声が寝ている俺のすぐ真上から聞こえた。
 …………ンン?
 え、俺の真上? 何故? どして? なして俺寝てるの?
 あ。
「思い出したァァァァァァ!」
「キャンッ」
「あ」
 俺が跳ね起きると、乗ってた女の子が勢いのままに射出されていった。
 すまんて。
「って、うお!」
 周りに人だかりできてて変な声出た。
 何だ、俺、どれくらい気を失ってたんだ?
「アウウ……」
 女の子の方はどっかぶつけたのか頭をさすっていた。
「ああ、ごめん。……大丈夫か?」
 俺は立ち上がって女の子を起こそうと手を差し伸べた。
「ウウ、大丈夫、デス」
 女の子は俺を見上げて手を取るが、めっちゃ可愛いな!
 電飾煌めくツリーの下、明るい橙色の長髪がサラリと流れていく。
 瞳は青空を思わせる澄んだライトブルーで、顔立ちはやや幼げ。美しい、ではなく、可愛い、と形容する方がしっくりくる。
 しかしこの子、恰好がすごかった。
 一言で表せば『頭トナカイのヘソ出しミニスカサンタ』。以上、説明不要!
 一応、足には黒いタイツを着けているが、おへそは丸見え。寒そう。
 ちなみに一見して分かるレベルで巨乳。
「ありがたやありがたや」
 無意識のうちに俺は女の子を拝んでいた。神道に則って二礼二拍手一礼だ。
「ハイ?」
 女の子が首をかしげる。
 するとトナカイ角に括りつけられた金色の小さな鈴がチリリンと鳴った。
 彼女の仕草にドキっとした俺の耳に、周りの声が届く。
「何だ、女の子が空から――」
「ちょっと、誰か警察を呼んで――」
 そーだよ! この子誰だよ、どーして空から降ってきたのよ!?
 今更ながらに様々な疑問が俺の頭に押し寄せる。
「タワラ、知りマセンカ……?」
「はい? 呼んだ?」
「エット、あなた、タワラ……、デス?」
「そう、だけど……、え、俺名乗ったっけ?」
 いや、名乗ったりはしていないはずだ。俺はこの子の名前だって知らない。
「タワラ! あなた、タワラ!?」
 すると女の子は一度驚いたのち、いきはりはしゃぎ始めた。
 何だよ、いきなり……?
「ワタシ、名前、カハナ!」
 カハナ。おお、なかなか可愛い名前だな。……で、それがどったん?
「タワラ、立ッテ!」
「あ、はい」
 カハナに言われて、俺は立ち上がった。あてて、まだちょっと体が痛い。
「タワラ、手!」
「あ、はい」
 カハナがいきなり俺の手を強く握った。
 おっほ、やらかい。あったかい。ぬくもりてぃ。ほっぺにすりすりしたい。
「タワラ、来テ!」
「あ……、はい?」
 俺が答えるよりも先に、カハナは走り出していた。って、おおおおお!?
「チョット、すみまセン! どいてくだサイ!」
「ああああああああ、えええええええ!?」
 できつつあった人だかりを強引に突破して、カハナが道を突っ走る。
 当然、引っ張られてる俺も必死になって突っ走る。
 やだ、この子すっごい力強い。めっちゃ握力強いよー!
 俺より全然ちっちゃいのに何でこんなにパワーオブパワー!?
 うおおおおおお、速ェェェェェ! 引きずられそうになるうううううう!
 大通りから、角を一つ、二つ、三つ曲がってさらに曲がる。
 もうどこ走ってるかわかんねーよ、コレ!
「タワラ!」
 走ってる最中、カハナがこっちを振り向いた。
「おおおおお、何? 何ですか!? この状況でおしゃべりですかー!!?」
 おまえスゲーな! 体育会系マルチタスクかよ!
「あなたハ、ソリ、アリマスカ!」
 ……はい?
「あなたハ、ソリ、アリマスカ!?」
 カハナは片言ながら必死な様子でその言葉を繰り返した。
 ソリって、草むらとか雪の上を颯爽と滑るアレ?
 サンタがトナカイにひかせたりする、木製のでっかいアレですか?
「タワラ! ソリ、アリマスヨネ!」
 な、何だよ。この子は何を言ってるんだよ……?
「ね、ねぇよそんなの。何だよ、ソリって」
「ないハズ、ないデス! ソリ、アリマスヨネ!」
「いや、ないよ! 持ってないって、そんなモン!」
「そンナ、嘘言わないデクダサイ!」
 …………イラッ。
「うるせぇな、ねぇっつってんだろ!」
 俺はその場で足を止め、カハナに向かって叫んだ。
「……エ?」
 カハナは驚き、同じく足を止めた。俺は彼女の手を振り払った。
 呼吸がどうにも乱れている。走りすぎて全身汗だらけ、体は熱を抱えていた。
 そりゃそうだよ。どんだけ走らされたんだよ、俺。
「アノ、タワラ……?」
「ハァ、ハ……、俺は、ソリなんて、持ってねぇよ……」
 言葉一つ出すにも苦しい。あ、脇腹痛い。痛たたたたた。
 だがそれよりも、俺はカハナの態度にムカついていた。
 ここまで散々走らされて、挙句にワケ分かんねーことで怒鳴られてよ。
 そりゃイラッとするだろ。なぁ?
「タワラ……」
 さっきまでの勢いはどこへやら、カハナは完全に俺から一歩引いていた。
 その怯えたような目に、俺は今さらながら罪悪感に駆られる。
「あー……」
 言い過ぎたか。ちょっと大人げなかったな。
 立ち止まってある程度体力が戻ってくると、同時に煮えてた頭も冷えてきた。
「とにかく、君は誰で、何で俺は一緒に走らされたのか、それを教えてくれ」
 そうだよ、まずはそれだろ。怒る前に理由を聞けよって話でしょ。
 ちなみに今いるのは俺ら二人以外誰もいない完全な裏路地である。こんなトコ初めて来たわ。
「ア……、タワラ、お、怒ってナイ、デス……?」
 うつむきがちになりつつも、カハナは上目遣いでこっちを見てきた。
 クッソカァワイイ~。……じゃなくて。
「怒ってない、怒ってないから俺に教えてくれね?」
「エット、じゃあ言いマス。理由は、サンタクロース、デス」
「…………何て?」
「サンタクロースと、サタンクロースが、フィンランドでプレゼントをする、デス。そのタメニ、サタンクロースのシチメンチョー、この国に来てマス。だから私、タワラと一緒にプレゼントで勝つタメ、サンタクロースの国から来まシタ。トナカイのカハナ、デス」
「ふんふん、そっかそっかー。なるほどなー」
 どうしよう。
 この子の言ってることが何ひッッッッッッッッッッッッッとつ分かんない!
 え? 何? どゆこと?
 サンタクロースはいいとしてサタンクロースって何? ダジャレ? 寒ッ!
 今日がクリスマスイブだからってそんな横暴が許されると思うなよ!
 それといつから日本はフィンランドになったんだよ!
 ウチの国民は別に冬戦争も継続戦争も経験しとらんわ!
 それに七面鳥が来るって何? 七面鳥マスクかぶった殺人鬼?
 想像するとおっそろしいな!?
 そして最後! プレゼントに勝敗の概念があるんかーい!
 何だコレ、一つの説明にどんだけツッコミドコロ過積載する気だよ!
 いやいや、落ち着こう。頭をもう一度冷やすんだ、俺。
 …………。
 …………。
 あれ、そーいえば。
「……一緒にって、何よ?」
「ハイ?」
「今、君、俺と一緒にっつったべ?」
「ハイ、言いマシタ!」
 カハナが元気に手を挙げた。さっきまでの落ち込みは何だったのか。
「一緒にって何? 俺にどういう用事があるんだよ?」
「タワラ、サンタクロースですヨネ! だから一緒!」
 …………はい?
「俺が、サンタクロース……?」
「ハイ!」
 眉をひそめて聞き返すと、返ってくるのは元気なお返事。
 何だろう。彼女のまなざしに妙な期待のようなものを感じるんだが。
「私、お母様ニ聞いてマス! タワラ・キイチロー、日本最後のサンタクロース、なんですヨネ?」
「な……」
 出てきた名前に、俺は絶句した。
 タワラ・キイチロー。
 俵 麒一郎。
 何で――
 何でそこでその名前が出てくるんだよ。
「……タワラ?」
 カハナが立ち尽くす俺を探るように見る。俺はそれに応じられない。
 彼女からその名を聞いてしまったからだ。クソ。
 おかげで変な記憶まで蘇っちまったからだ。クソ。
「あノ、タワラ……?」
「悪いな、カハナ」
「何ガ、デス?」
 カハナの声ににじむ、わずかな不安の色。
「俺は俵 麒一郎じゃねぇんだ」
「エ、それハ、ドウイウ……?」
 不安を大きくするカハナへ、俺は説明しようとする。
 そのときだった――
「We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas~♪」
 歌が聞こえた。
 クリスマスによく聞く定番のアレ。
 しかも街に流れる録音のものではなく、誰かが歌っている生歌だ。
「――この歌、マサカ!」
 歌っている相手を見て、カハナが表情を一変させる。
 そこには、カハナと同じトナカイサンタコスの恰好をした幼女がいた。
 ただし、色合いが決定的に違う。
 赤とオレンジを基調とするカハナに対して、こちらは黒。漆黒だ。
 黒髪に黒色の瞳、着ているサンタコスまで真っ黒で、う~んブラックサンタ。
「……アナタは、クロカ!?」
「じかんだよ、かはな」
 クロカと呼ばれた女の子は、若干舌っ足らずな言い方でこちらに迫る。
 その右手には、白い大きな袋が握られていた。
 サンタクロースの、プレゼント袋?
「待ッテ、クロカ! この人ハ、タワラ・キイチローデハ――」
「We wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year♪」
「お、おい、行くって、どこに……!?」
「ぷれぜんと・ふぉー・ゆー」
 クロカとかいうトナカイ幼女がそう言って袋を開けて――
 ブラックアウト。


●サンタクロースとサタンクロース
「あ、あれ……」
 あの真っ黒サンタっ子が袋を開けた瞬間に何もかも闇に包まれて、それで、
「どこだ、ここ?」
 俺達は夜の街の裏路地にいたはずだ。
 だがここは裏路地ではないようだ。空気が、温度が、全然違う。
 どこなのかはよく分からない。辺りは依然、暗いままだ。
 しかも相当暗い。かろうじて足元が見える程度、か。
「何だよ、ここ……」
 一歩踏み出せば、踏みしめる感触は道路のそれではなかった。
 ジャリ、と靴先が音を鳴らす。地面がむき出しになっているのか。
 それにしても静かだ。
 路地裏にいたときは、それでも車の排気音やら街の喧騒やらが聞こえていた。
 しかし今はそれもなくて、完全な静寂。
 こうなってくると、ヤッベーな。不安が一気に湧き上がってくるのを感じる。
「誰かいないのか? オイ、カハナ?」
 心細さに呼びかけてみた。声は割と響く感じ。屋内ではなさそうだ。
「――タワラ?」
 声! カハナの声がした!
「カハナ? 俺だ、こっちだ!」
「タワラ、よかった、デス!」
 カハナがまっすぐ俺のところに小走りに寄って来た。
 深い闇の中にかすかに浮かぶ彼女の輪郭。見る限り、異常はなさそうだ。
「カハナ、ここはどこか分かるか?」
 俺が問うとカハナは真顔になって答えた。
「ここハ、フィンランド……、デス……」
「何て?」
「フィンランド、デス」
「いや日本だよ?」
「イイエ、日本のフィンランド、デス」
 そんなお前、上野のアメリカ横丁みたいな。
「ココはクロカのプレゼント袋の中に広ガル異空間、現世カラ完全に隔離・封印された“封印領域(フィンランド)”なのデス!」
「当て字ヒッデェ!!?」
「そしてココハ、プレゼントデュエルを行なうタメノ、専用闘技場デス」
 おまいは真顔で何を言ってやがるんですか?
「ついに始まってしまうノデスネ、二十年ぶりノプレゼントデュエルが……」
 おまいは真顔で身を震わせつつ何を言ってやがるんですか?
 と、思いはするものの、カハナは至極本気で言ってるみたいなんだよなぁ。
 つまりあれか、これは理解できない俺がおかしいのか?
 もしかしたらそうなんじゃないか。と、俺は一旦そっちに向けて思考する。
 一度カハナの説明を思い返してみよう。
 この世界は現実世界から隔離された“封印領域”で、俺達が今立っているのはプレゼントデュエルを行なうためのプレゼントコロッセオ。
 なるほどなるほど、そうか、ふむ。……ふむ。
「…………」
 何をどう理解しろと?
 チクショウ、何だこれ、実は計画的ないじめか?
 だとしたら今のところ完全に成功してるぞ。そろそろ俺泣きそうだモン。
『――全ての始まりは、二十年前にさかのぼる』
 どうしたものかと考えているとき、その声は聞こえてきた。
 低い男の声だった。
『当時、日本という地域にはすでにクリスマスの習慣は根付き、子供達は聖夜に夢と願いを託して靴下を自分の枕元に置いた。そしてサンタクロースはその願いに応じるために、子供たちの靴下に希望を注いでいった』
 どこだ、この声、どこから来てるんだ?
 近くから聞こえるようでもあり、遠くから響いてくるようでもある。
『だがこの世界にはサンタクロースと対になる者が存在した。それこそサタンクロース。サンタクロースと同質にして対極にある者。子供達の悪夢を好み、絶望を突き付ける暗黒の使徒』
 何だそれ。さっきもカハナが言ってたアレか。
 え、本当にいるの? 実在するの!?
 そんなのクリスマスの定番ダジャレじゃん! 実は著作権発生案件なの!?
 クソ、心底どうでもいいように見えてほんのちょびっと気になるぜ!
『二十年前に交わされた相互不干渉の契約は今宵、終わりを告げた。そして今こそ、長きに渡る沈黙を超えて、サンタクロースとサタンクロースは雌雄を決しなければならない! 聖夜の主の名を巡って!』
 声はそこで止まり、同時に視界が一気に明るくなった。
「ぐっ!」
 襲い来る眩しさに、俺は反射的に顔を背けてしまう。
 すると、

 ――ワ ア ア ア ア ア ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ !

 うおおおおおッッ!?
 大音声に、俺は体を震わせた。耳を塞ぐこともできなかった。
 それは歓声だった。
 全方位から割れんばかりの歓声が、俺の聴覚を壊しにかかってきていた。
「ヒウゥ……」
 カハナも声の圧力に負けて、完全に縮こまっている。
 何だよ、一体何が……!?
 数秒して目が光に順応し、俺はやっとまぶたを開けた。
「……はァ?」
 そして、目の当たりにした光景に、思わず声をあげてしまう。
 ――コロッセオがあった。
 石造りの、すり鉢状の建物だ。
 俺とカハナはその一番底、地面剥き出しのグラウンドにいた。
 獣だのなんだのの、やたら物々しい装飾が彫られた壁は高く、俺がジャンプをしても到底届くまい。そして壁の向こうに、観客席があった。
 だけど、オイ、どういうことだよ。

 ――ワ ア ア ア ア ア ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ !

 この観客連中、どっから湧いた!?
 俺が見える範囲では、どこにも席の空きはない。
 観客の数は千か、二千か、それどこじゃ済まないかもしれない。
 下手すれば、万を超えるか?
 それだけの数がこのコロッセオに集まって、そして俺に注目している。
 数多の声と視線が俺の全身に突き刺さってきた。
 ただ立っているだけなのに、それだけで汗が止まらない。
 こんなの、ほとんど暴力だ。
 何だ、これは一体、何なんだ……!
「よくぞ参った、日本最後のサンタクロースよ」
 地面を揺るがすほどの歓声の中、しかし、声ははっきりと俺の耳に届いた。
 声のした方を見ると、そこに二人いた。
 片方はあの裏路地で俺とカハナの前に現れた黒サンタっ子のクロカ。
 そしてもう一人は――
「……デッカ」
 そいつを見て、俺はそんな感想を漏らしていた。
 一体、どんだけの身長があるのか。
 俺も175cmあるから低い方じゃないけど、そんなレベルじゃない。
 まず、俺が見上げるほどの巨躯。
 しかも全身筋肉モリモリマッチョマンで、顔もまー、厚いわ濃いわ。
 劇画調とでも申しましょうか。とにかく骨と線がぶっとい感じの御仁である。
 腕組み直立不動の姿勢が、これまた様になっていた。
 年齢は、わかんねーなコレ。
 三十以上にも見えるが、よく見れば若々しさも感じられたりする。
 まぁ、どう間違っても十代ってこたぁねーだろーけど。
 でもそのファッションセンスはどうなんだ。トゲトゲ付きの肩パッドて。
 いかつい見た目とマッチして一人世紀末状態なんだが。
「我はサタンクロース七大幹部・七面長(ターキーズ)、ゴライアス!」
 ゴライアス。
 ……またの名を巨人ゴリアテ、ね。見た目に合ったネーミングですこと。
「そしてあたしがぱーとなーのくろか、よー!」
 ゴライアスの足元で、クロカがパタパタ走り回っている。ワンコか。
 しかしマジで七面長かー……。
 カハナの説明が真実だったとは。
 見抜けなかった。この喜三郎の目をもってしても……!
 見抜けなくて当然だがな!
「タワラ……」
 カハナが小さく声を震えさせ、不安げに俺の肩を掴んできた。
「フ、心配には及ばぬ」
 それを見て取ったか、ゴライアスがサッと右手を挙げる。
 するとあれだけ場を満たしていた歓声が、波が引くように収まっていった。
 何だこいつ、カリスマか?
 別に感謝なんてしないんだからね、ありがとうございます!
「気にするな」
 ゴライアスがフッと小さく笑う。
「所詮はサクラだ」
 俺の感謝を返せよコノヤロー。
 何だテメー、どんだけサクラ雇ってやがる! 資金力無尽蔵か!
 こちとら大学卒業してからフリーターまっしぐらだぞ!
 あー! あー格差社会! 現代社会の闇!
「長き沈黙の時代は終わった。さぁ、今こそ雌雄を決しようではないか」
 言って、腕組みを解いたゴライアスが足を広げ両拳を強く握りしめた。
 俺知ってるよ、これって戦闘態勢ってヤツだよね?
「さぁ、貴様も構えるがいい。日本最後のサンタクロース、俵 麒一郎よ!」
 ………………あ?
「どうした? 何故構えぬ俵 麒一郎。貴様、サンタクロースであろうが!」
 何だ、こいつもかよ。
「あのさぁ……」
 俺は呆れ返りながら、深く深~くため息をついた。
 カハナと出会ってから、ここまで起きているのは超常現象に違いない。
 サンタだのサタンだのも、俺如きにゃ測りきれない因縁があるんだろう。
 ここがどこなのか。一体何が起きてるのか。
 分からん。
 一切分からん。
 なんにも分からんワケだけど、
「その間違いだけはちょっと見過ごせねぇンだわ」
 ああ、ムカつく。
 どうにもムカついてしょーがねーや。
「あんたらが親父に何の用事があるのか知らねぇけどさ」
「……親父、だと」
「そうだよ。俵 麒一郎は俺の親父だ。俺は俵 喜三郎だバカヤロ――ッ!」
 俺は、あらん限りの大声で名乗った。
 自分の名を。
 両親に与えられた、喜三郎という俺の名を。
「タワラ・キイチローの、子供……、だったノデスカ……」
 カハナが硬い声でそれを言う。俺は答えず、ただうなずいた。
「ジャア、キサブローノお父様ハ……?」
「五年前におっ死んだよ。ま、事故でな」
 これは本当。
 殺されても死なない感じの親父だったが、車にひかれてあっさり逝った。
「ソ、ソンナ……」
 口に手を当てたカハナの顔色は真っ青だ。
 けどそれは俺にはどうしょもねーことだ。俺自身はただのフリーターだし。
「ク、クック……、クハッハハハハハハハハハハハハハハ!」
 ゴライアスはいきなり笑い出していた。片腹大激痛ですか。
「そうか、日本最後のサンタクロースはすでに故人であったか!」
「そうだつってんだろがよ」
「では一つだけ問おう。貴様、父がサンタクロースであった事実は?」
「……今初めて知ったよ」
 何が――、何が日本最後のサンタクロースだ。ふさけやがって!
 あのクソ親父がサンタだと? タチの悪い冗談だぜ。
「ごらいあす様、これってどうなるのー? ぷれぜんとでゅえるは?」
「考えるまでもない。我らの不戦勝で終わり。それだけのことよ」
「わっぷ」
 ゴライアスはそのデッカイ手でクロカの髪を乱暴に撫でた。
 いかにも悪役然とした登場のし方しといて、微笑ましいなこいつら。
「キサブロー……」
 カハナからの視線を感じる。が、俺は振り向かない。
 一般人の俺が、カハナの期待に応えられるワケないだろ?
「ゴライアスさんよ、親父は一体何者だったんだ。それだけは教えろ」
「よかろう。無駄にできてしまった時間つぶしだ。応じよう」
「おうじよう!」
 ゴライアスは再び腕を組んだ。これだけでもう威圧感がマッスルすごい。
 そしてその足元でクロカも一緒に腕を組んでいる。ほのぼのか。
「まずサンタクロースとサタンクロースの関係性について語らねばなるまい」
 ――同質にして対極、だっけか。
「神が実在するかは分からぬが、天使と悪魔は実在する。その一つがつまりはサンタクロースとサタンクロース。クリスマスという聖なる催しにのみ、その力を振るうことが許された超常の存在達よ」
 ものっそい御大層に見えて、力使えるの一年に一回とか。
「聖なる夜、両者はこの“封印領域”で年に一度の決闘を行なう。そして勝った方が、その地域の子供達が用意した靴下に力を注ぐことができるのだ」
「……力を注ぐ、ね」
「その口ぶり……、貴様、ある程度察しがついているな?」
 こいつ、見た目脳筋なのに鋭いでやんの。
「靴下に力を注ぐ、つったよな。……サンタクロースが力を注いだら、それはプレゼントになる。そうしたら子供はうれしいよな。じゃあ、サタンクロースが力を注いだら? 多分、靴下には何も現れない。そこにあるのは『何もない』という現実だけ。サンタクロースを期待してた子供にとっちゃ、そりゃ間違いなく最悪の絶望だ。……違うかよ?」
 俺がそこまで言うと、ゴライアスが盛大に笑い出した。
「グ、ハッハ! ハッハッハッハ! 思いのほか聡いな、大体当たりだ!」
 ただの経験談だよ。
「そう、我らサタンクロースはクリスマスに生じる子供らの絶望を喰らい、悲嘆を啜る。そのために“封印領域”での決闘に勝って絶望を生むのだ!」
 ……ロクでもねぇ。
「自分達が生きるために子供をダシにしますってか? お前ら……」
「ん? 生きるためだと? 別に生き死には関係ないが?」
「絶望を喰らい、悲嘆を啜るって今自分で言ったじゃねーか!」
「お や つ だ !」
 ……ロ ク で も ね ぇ !
「お前……、悪魔のクセに普段は何喰って生きてやがんだ!!?」
「肉! 肉、さらに肉! 貪るようにプロテイン! ムゥゥゥゥ、ハッ!」
 ポーズをとるな。ビシィ、メキィとか筋肉を鳴らすな!
「むー、は!」
 ゴライアスの足元でクロカが同じポーズを真似してた。可愛いかッ。
「愚か者め! たかが一日に得られるエネルギーで一年通しての消費カロリーを賄えるものか! 普段はきちんと一日三食を摂ることが健康の秘訣!」
 ボケ野郎に正論叩きつけられるコトの納得のいかなさよ……!
 顔面パンチするぞ、この劇画調ゴリラが!
「キサブロー、キサブロー!」
「お?」
 カハナが呼ぶので見ると、彼女もポーズを取ろうとしていた。
 ……何してんの?
「私モ、むー、は! した方がイイデスカ?」
「やめろ! 3ボケ1ツッコミ編成はバランスが悪過ぎるッッッ!」
 喜三郎、魂の叫びだよ!
「そう。聖夜の希望と絶望を巡り、サンタクロースとサタンクロースは長年対立を続けてきた。ヨーロッパで、中東で、アメリカで、南米で――、およそクリスマスという一大習慣が根付いている地域では、必ず衝突が起きた」
 クッソ、こっちは鮮やかにスルー検定通過してやがるし!
「それはここ、日本でも同じ。そしてこの日本という地域において我らサタンクロースの前に立ちはだかった唯一のサンタクロース、それが――」
「親父かよ」
「その通りッ! 日本最後にして唯一のサンタクロース、俵 麒一郎。ヤツは単身ながら幾度となく我々サタンクロースの侵攻を抑えてこの日本の子供達に夢と希望を与え続けてきたのだ!」
 サンタクロース。
 あのクソ親父がサンタクロース、ね。
 いたんだな、サンタクロース。過去形だけど。
「俵 麒一郎に煮え湯を飲まされ続けてきた我が主ダークロード・グランターキーは二十年前、ついに全軍をもって麒一郎を排することとした」
「大人げないわー……」
「違うな。誇れ、喜三郎よ。それだけ我らにとって麒一郎が脅威だったのだ」
 それの何を誇れってンだよ。
 あー、ホント、ヤな記憶がぶり返される。
「しかし、恐るべきは俵 麒一郎よ。ヤツは我らの総攻撃までも退けたのだ」
 ほぉ~、そりゃまあ、スゲェな。
「まぁ、我らも敗れるには至らず、結局は痛み分けとなったがな。だが、敵ながら感服せざるを得ぬ。まさにヤツこそ英雄と呼ぶに相応しい」
 英雄……、あのクソ親父が、ね。
 俺が知ってる俵 麒一郎は、ごくごく普通のサラリーマンなんだけどな。
「そして麒一郎の健闘ぶりに感銘を受けた我が主ダークロード・グランターキーはヤツと一つの契約を交わした。それが、二十年間の相互不可侵条約よ。麒一郎はサンタクロースとして日本の子供に夢を運ばず、代わりに我らサタンクロースは同じく日本の子供に絶望をもたらさない」
 ――何だよそりゃ。
 サンタクロースが自分から仕事放棄したってのか。
「我らは天使と悪魔なれど、神ではない。人の営みに干渉することはできても、それを征服し、在り様から変えることはできぬ。よって、サンタクロースもサタンクロースも関わらぬ聖夜は、人が人のために行なうただの催しとなった」
 そりゃそうさ。当たり前だろうがよ。
 言っちまえばそんなモン、サンタさんがいないクリスマスなだけじゃねぇか。
 いい親なら、サンタさんの代わりもしてくれるだろ。
 いい子なら、サンタさんがいないことも察してくれるだろ。
 けどそれだけだ。
 サンタさんがいないクリスマスなんて、ただの年間行事だよ。
「だが契約はすでに終わった。そして、我はここに来た!」
 うつむく俺とは対照的に、ゴライアスは高々と拳を突きあげた。
「きたー」
 その足元でクロカもせいっぱい背伸びして手を挙げていた。マスコットか。
「本音を言えば、俺は期待していたのだ。俵 麒一郎の息子よ」
「期待、だ?」
「そうだ。かつて我が主とその当時の七面長全員と痛み分けた英雄、俵 麒一郎。そのような猛者とクリスマスを賭けて決闘できることをな!」
 ゴライアス拳がミシミシと鳴って軋む。
 怖い。この筋肉オバケ怖いよ!
「俺のソリとヤツのソリ。どちらが強いか、それを競いたかったのだ!」
 だからソリって何なんだよ!
「しかし、ヤツはもうこの世にいない。……非常に残念な結果だ」
「仕方ねーじゃん。サンタでも死ぬらしいし」
 そもそも天使なサンタクロースが交通事故で死ぬって何事じゃい。
「天使も悪魔も所詮は人の延長線上よ。人ならざる業は使えようとも、人ならざる者にはなり切れぬ。それが限界であり、それが命である証だ」
 もっともらしいこと言ってるけど、要するに「実は人です」ってことよね。
 だが、ここまででおおよそ分かった。
 親父はサンタクロースだった。日本で最後の、そして唯一の。
 クソ親父はクソ親父なりに頑張ってたんだろう。
 それは、ゴライアスの話からも想像できた。客観的に見れば大したモンだ。
 客観的に見れば、だけどな。
 そして、俺はそんな事実には無関係だ。
 サンタクロースの息子であっても、俺自身はサンタクロースじゃない。
 決闘なんてやってられるか。
「で、俺は、これからどうなる」
 俺はゴライアスに尋ねる。できればさっさと帰りたい。
 そして寝たい。もう何も考えずに、ただただ惰眠を貪りたい。
 そんな気分だった。
「悪いが、“封印領域”に入った以上は聖夜が空けるまで出ることはできぬ」
 マジかよ。
「ただし、我が貴様に手を出すことはない。我が敵はサンタクロースのみ。貴様がそうでないのならば、戦う理由は何もない」
「それじゃあ、クリスマスはどうなるんだよ」
「無論――」
 ゴライアスがニヤリと笑った。
「日本の子供らは絶望を味わうこととなろう」
「…………」
「サンタクロースがいないならば、此度の聖夜は我らサタンクロースの勝利となる。子供たちが用意した靴下には悪夢が注がれ、朝となり現実を知った子供らの絶望が我らの糧となるのだ。一年に一度の甘露。楽しみでならぬ」
 そうか。まぁ、そうだろうな。
 子供達にゃ悪いと思うが、そもそも俺にゃどうにもできねぇ。
 どうせ見ず知らずの他人の話。ああ、どうでもいいことさ。
「じゃあ、俺はここで一晩過ごせば解放されるんだな?」
「然り。退屈であるならば遊具も用意できるぞ。そう、ボードゲーム各種から運動具! ブレスト4もあるし、スイッチョとて完備しておる!」
「準備いいなオイ!」
「無論だ! プレゼント袋の内部であるからな!」
 クソッ、納得しかできねぇ!
「なにであそぶー? とらんぷー? すいっちょー? すまぶたやるー?」
 コロッセオのど真ん中ですでにクロカがモニターと各種ゲームを広げていた。
 何やっとんの、このブラックお子様。
「しかし、まぁ……」
 ここで一晩過ごせば何事もなく解放される。
 それだけ聞ければ十分か。
 さて、何して遊ぶかな。スマブタも新作はやったことないし、それもありか。
「ア、アノ……」
「お、どうしたカハナ。お前も一緒に遊ぶか」
「そうジャナイデス、アノ、ゴメンナサイ!」
 いきなり、カハナが俺に向かって深々と頭を下げてきた。
「何だよ、唐突に……」
「私、キサブローのコト、勘違いしてマシタ。ずっとタワラって呼び続ケテ」
 ああ、何だそんなことか。
 確かに最初はちょいイラっと来たけど、親父は実際サンタクロースだったし。
 俺としちゃ未だ信じられないけどさ。
「それよりも、こっちこそ悪い。俺はサンタじゃねーから、一緒に戦えねぇ」
「イイエ、それは仕方がないデス。残念デスケド、プレゼントデュエルはサンタクロースがするモノ、デス。キサブローは気に病む必要、アリマセン」
 う~ん、少し前から思ってたけどこの子いい子だわー。
 こういう子こそ、サンタさんはプレゼントあげるべきではないだろーか。
「デモ、キサブロー。私、教えて欲シイコト、アリマス」
「何々? いいぜ、言ってみな。特別に何でも教えちゃうぜ」
 若干言いにくそうにしているカハナへ、俺はそう促した。
「キサブローは、お父様、キライ、デスカ?」
 それは、実に単刀直入な質問だった。
「…………」
 笑っていた俺の顔が、真顔になってしまう程度には。
「親父か」
「ハイ、さっきの話のトキ、キサブロー、怖い顔、デシタ」
 そっか、顔に出てたか。……いや、仕方がねぇのかもしれねーけど。
「お父様のコト、キライ、デスカ?」
 この子、聞きにくいところをズバズバ切り込んでくるな。ある意味スゲーわ。
「親父のことは、別に嫌いじゃねぇよ」
 何となく気まずさから目をそらし、だが俺は本心を告げた。
「ウチは母親が早くに亡くなっててさ、親父は俺を男手一つで育ててくれた」
 何かと融通の利かない頭でっかちだったけど、嫌いじゃなかった。
 それは確かだ。
 社会に出て自活するようになってからは、生活する大変さも実感して、だから俺を生かしてくれた親父のことは尊敬もしてる。
「俺は親父を嫌っちゃいない。嫌いになんて、なれるはずがない」
「ジャア、どうシテ……?」
「嫌っちゃいない。でも、許せてもいないから、かな」
 カハナの真摯な瞳を前に、俺は本来なら絶対表に出さない本音を吐露する。
「――六歳のときだよ」
 そう、二十年前のあの日、あの夜。
「六歳になるまで、サンタさんは俺の用意した靴下にプレゼントを入れてくれた。……親父が決闘とかいうので勝ったから、そうなったんだよな」
「……ハイ、そうデスネ」
「六歳のクリスマスイブ、俺は親父に聞いたんだ。今年もサンタさんは来てくれるかな、ってさ。親父は「来るに決まってるだろ」って言ってくれた」
「それハ……」
「ああ」
 だがサンタさんは来なかった。親父が、勝てなかったから。
「そして翌朝、目が覚めた俺は空の靴下を見つけてしまったんだ」
 俺は、クロカとスマブタに興じているゴライアスを見る。
「あのデカブツの話じゃ、親父はサタンクロース幹部全員と朝まで戦ったんだろ? それじゃプレゼントなんて無理だよ。ああ、事情があった。仕方がなかったんだ。そうなんだろ。分かるよ。分かるさ。今なら分かる。でも――」
「でモ?」
「でも、六歳の俺は親父に裏切られたんだ」
 親父は言った。サンタさんは来ると。
 だがあの朝、靴下には何も入っていなかった。サンタさんは来なかった。
 それだけのこと。
 たったそれだけのことでしかない。
 けど、
「ガキのときに受けたダメージってのは消えないんだ。いつまで経っても」
 だから俺は親父を許せないでいる。
 昔から。今もなお。全てを知った今この瞬間も、俺の中の感情は、あのクリスマスイブのことを許せずにいるのだ。
 ガキだな。なんてことは言われるまでもない。
「幼稚ですまねぇが、そんだけの話だよ」
 別に幼稚と蔑まされたワケでもあるまいに、俺はそこで自虐に走った。
 逃げるためだ。
 自分を卑下することで、自分以外から卑下されるのを防ぐためだ。
 情けない男だと、今度こそ自嘲の笑みが出そうになる。
「辛かっタ、デスヨネ」
 しかし、カハナは悲しそうな顔を俺に向けて、そう言ってきた。
「え……?」
「分かル、ナンテ言えまセン。デモ、その時ノキサブローハ辛かったンダト思いマス。信じていたノニ、裏切られタンデスカラ」
「待てよ、待ってくれ……!」
 彼女のの言葉が信じられず、俺は半笑いになって震える声で制止した。
 何でだ? どうしてだよ?
 今の話を聞いて、どうしてそんな風に思えるんだ。
 クソみたいにくだらない、ただの幼稚な言いがかりじゃないか。
 それなのに――
「ああ、辛かったよ……」
 何で俺はそんなことを口走ってる。
 違うだろ。
 そこは「そんなことはないよ」って軽くかわすところだろ。
 もう十分曝け出したんだから、これ以上生き恥を見せるのはやめろよ。
 俺はそう思っている。そう、思っているのに、どうして、
「辛かったな……。悲しかったし、大泣きしたよ……」
 どうしてこんな弱音ばかりが出てくるんだ!
「ハイ……」
「親父はずっと謝ってて、ああ、親父が謝る必要なんてなかったのにな」
「ソレデモ、オ父様のコト、許せナインデスネ」
「そうだよ。そうだ。頭では分かっててもダメなんだ、どうしても……!」
 クソッ、違う!
 俺が言いたいことはそんなことじゃない!
 何で、どうしてこんな真っ正直に、俺は、この子に……!
「許せなクテ、当然ダト思いマス」
「何で?」
「ダッテ、サンタさんなのニ来てくれなかッタンデスカラ」
「カハナ……」
「事情ガあってモ、理由ガあってモ、キイチローはサンタクロース、だったんデス。なのニ聖夜に希望ヲ送れなカッタ、ダメデス。キサブロー、辛いデス」
 呆然とする俺の手を、カハナが両手で包むように握ってくれる。
「キサブロー、悪くナイデス。だから自分、責めないデクダサイ」
 ……ああ、そういうことか。
 俺は六歳のあの夜の件で、親父を許せなかった。
 だけど同時に、成長した俺は、親父を許せない俺を許せないでいるのか。
 くだらないことだ、と。
 しょうもないことだ、と。
 自分の中の幼い自分を卑下して、自分に辛く当たっていたのか。俺は。
 カハナが、それを見抜いてくれた。
「ありがとな」
 感謝の言葉は、案外簡単に口から出てくれた。
 俺は、カハナの手をギュッと握り返す。
「キサブロー?」
「親父のことはまだ許せねぇけど、自分のことは少し甘やかせそうだわ」
 ――ほんの少しだけ、な。
「それナラ、よかったデス」
 カハナがフワリと微笑んだ。角の小鈴がリリンと鳴る。
 ああ、何だよこの子、マジ惚れそうだよ。
 彼女いない歴=年齢には、この笑顔はちょっと眩しすぎンヨー。
 俺がそう思った直後、カハナの笑顔がわずかに曇った。何だ、どーした。
「ダケドちょっとダケ、悲しいデスネ」
「何が、そんなに?」
「ダッテ……」
 カハナは顔をうつむかせて言った。。
「明日の朝ニハ、キサブローと同じ想いヲスル子、いっぱいダカラ……」
「あ――」
 その言葉は、俺の心臓を確実に止めかけた。
 それ、は……、その事実は……。
「ゴメンナサイ」
 硬直した俺に、カハナは頭を下げてきた。
「キサブローを悩ませるツモリ、なかったデス。だかラ、ゴメンナサイ」
 彼女は重ねて謝った。
 しかし今の俺に、その声はほとんど届いていない。
 俺の耳には今もさっきのカハナの言葉が響き続けていたからだ。
 今夜、俺がここで一晩を過ごせば、俺とカハナは無事にこの場を脱出できる。
 それはゴライアスも保証していた。
 だがそうすれば、子供達の夢は奪われる。
 そして現実という絶望が、その幼い心に消えない傷を刻むだろう。
 俺は、それを許すのか。許していいのか。
 心のどこかが問うてくる。
 だが一方で、俺の理性は自らの身の安全を訴え続けた。
 所詮は見ず知らずの赤の他人。重く考える必要はない。そんなことより自分の安全を優先しろ。俵 喜三郎はただの一般人なんだぞ。
 そう、その通りだ。
 俺は一般人だから、自分のことをまず考えるべきだ。
 決闘なんて馬鹿らしい。ナンセンスすぎる。無駄に怪我をするだけだ。
 ずっとずっと、俺の理性がそう言い続ける。
 しかし、理性がどう警告してきても、最後には必ずこの言葉がついてきた。
 ――でもそれでいいのか?
 親父が死んだ以上、もう日本にサンタクロースはいない。
 サンタさんはいない。それが現実。
 だが!
 サンタさんになれるかもしれない俺がいる。それも現実。
 だったら――
「カハナ」
「ハ、ハイ。何でショウ?」
「子供の頃のクリスマスってよ、ウキウキするんだ」
「ハイ」
「それってよ、サンタさんがいるからなんだ」
「アノ、キサブロー、何ヲ……?」
 俺は息を大きく吸い込んで、そして、吼えた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「キャッ!」
「ああああああああ、決闘なんかしたくねぇぇぇぇぇぇぇ! 痛いのヤダァァァァァァ! 俺実は平和好きなんですよ、ホントにもォォォォォォォ!」
 吼えた。
 吼えた。
 俺は吼えて、そして自分の中の弱さをどんどん吐き出していった。
「そもそも俺、完全に巻き込まれじゃねぇかフザケなよなァァァァァ! やりたくねぇぇぇぇぇ、マジやりたくねェェェェェェェ! クソがあああああ、報酬誰か払えよチクショウ、こちとらフリーターだぞコラァァァァ!」
「キサブロー、アノ、キサブロー……?」
 あたふたするカハナの前で、俺は雄叫びをピタリと止めた。
 ――よし!
「やるぞ、カハナ」
「エ、……エ?」
「俺は、サンタクロースになる!」
 言った、その瞬間だった。
 全身からいきなり炎にも似た光が吹き上がる。色は赤。サンタの色だ。
「な、な……!?」
 これには、さすがに俺もビックリした。
 カハナも驚きに目を丸くしたかと思うと、パンと両手を打ち鳴らした。
「キサブロー! ソレ、モミのキ、デス!」
 はい?
「モミのキ、モミのキデスヨ、キサブロー! サンタクロースの証!」
 待って、待って、何でいきなりクリスマスツリーの話になるの?
 どゆこと? さすがにちょっと理解が追いつかんよ?
「ぬう、まさか貴様、その赤きオーラは……!?」
「おーらはー!」
 俺の変化に気づいたゴライアスとクロカが、サクラの皆さんと共に開催していたスマブタトーナメントを一旦中止してこっちを向いた。
 俺らがシリアスしてる間に楽しそうなことやってんねぇ! 殺すぞ!
「グハッハッハッハッハ! 血筋か? いや、違うな。俵 喜三郎。貴様が貴様であるがゆえの、そのモミのキであると解釈するべきか!」
「待てや、モミのキって何ぞ!!?」
 それとその巨体でスイッチョのコントローラーをフリフリするのやめろや。
「モミのキ、即ち――猛身の気! 子供の夢を守ろうとするサンタクロースのみが纏うことのできる、恐るべき聖夜のバトルオーラよ! その闘気を発現した以上、俵 喜三郎よ、貴様はすでにサンタクロースだ!」
「率直に言わせてもらうがナメとんのか」
 盛り上がるゴライアスに対し、出てきた感想はそれだった。
 “封印領域(フィンランド)”といい、これといい、何なの? サンタの皆さんは専門用語をクソ当て字しないと死ぬ病気にでもかかってるの?
「愚かなり、俵 喜三郎! 全ては担当地域へのリスペクトがなせる技! 日本担当であるならば日本のことを知り、造詣を深め、その上で文化を己のものとする! これぞまさにサタンクロースの礼節なり!」
「うるせぇよ!」
 その結果が愚にもつかないクソ当て字だってんなら、おまえらの礼節なんて一から十まで爆笑コントでしかないわ!
「やはり何もしないまま聖夜を過ごすなど、俺の性には合わぬ! 貴様が立ちはだかるのならば、全力で応じるのみよ!」
「あー! ごらいあす様まけそうだからってこんせんとぬいたー!」
 威風堂々ゴライアスが叫ぶが、その割りに何セコイことしてんだテメェ。
「キサブロー、いいのデスカ? 無理に戦うコトハ……」
「いいんだよ」
 心配してくれるカハナに、俺は軽く手を振る。
 そうだ。これは親父がどうとかじゃねぇ。
 俺がそうしたいからそうするだけ。俺は、サンタさんになりたいんだ。
「やるぜ、カハナ。サタンクロースなんて紛いモンから、子供達のクリスマスを守るんだ。俺が。俺達が!」
「――ハイ!」
 俺から噴き出る赤いオーラがさらに強く輝いた。
 ゴライアスが不敵に笑う。
「クック、クッフフフ、始めようではないか。二十年ぶりの神聖なる決闘。聖夜の主を決める戦い、触゜全斗決闘(プレゼントデュエル)を!」
 オーラを噴きあげたまま俺は固まった。
「…………何つった?」
「クック、クッフフフ、始めようではないか。二十年ぶりの神聖なる決闘。聖夜の主を決める戦い、触゜全斗決闘(プレゼントデュエル)を!」
 ゴライアスは丁寧に一言一句一イントネーションも間違えずにそっくりそのまま繰り返してくれた。サービス精神旺盛か。
 しかし、聞き間違えじゃなかったかー。そっかー。
 じゃあとりあえず言うべきことは一つだなー。
「あ ん ま 、 日 本 語 ナ メ ん な よ ?」
 とりあえずそのクソ当て字文化だけは日本人の誇りにかけてブッ潰すわ。


●サンタクロースよ、トナカイと共に在れ
 ゴライアスが俺の前に立ちはだかる。
 そしてその足元ではクロカがデカブツと同じポーズをとっている。
 さらにその背後ではサクラの皆さんがスイッチョを片付けたりしている。
「…………」
 ツッコまねぇからな。
「さて、俵 喜三郎よ。まずは猛身の気の発現、見事と言っておこう」
 岩と岩を擦り合わせたかのような、重苦しい低音ボイス。
 見た目のゴツさもあって、本当にこいつは五感全てで威圧してくるな。
 これから、俺はこいつと戦うのか。
 ……無理じゃね?
 いや、確かにサンタクロースになるって言ったけどさ。
 相手さん、身長は俺の1.5倍はあって、質量となると確実に数倍はあるよ。
 その、物理的に無理じゃね?
「フ、どうした。早くも怖気づいたか?」
「そんなんじゃねぇよ!」
 その通りなんだけどさ。
 うおお、どうしよ。こんなマッチョメ~ンとケンカするのか、俺。
 ちなみにあんまりケンカもしたことないのよね。
 学生時代とかは割と文系のオタだったし?
 体育会系とかのノリとかそんな得意な方じゃないし?
 いやいや、頑張れ、頑張れよ俺! 弱音はさっき全部吐いたじゃん!
 後ろでカハナがバッチリ見てるぞ!
「ヘッ、お、俺がサンタになったからにはいいようにはさせないぜ?」
 と、俺は意を決してゴライアスに凄んだ。
 どうだこれ、キマっただろ! そこそこイケてただろ!
「キサブロー、膝がガクガクデス!」
 ゴバッフ!?
 うあああああ、ホントだ膝がオートメーションラジオ体操してるゥゥゥゥ!
 ダセェェェェェ! 猛烈にダセェェェェェェェ!
「どうやら俺が怖いようだな、喜三郎よ」
「べ、べべべべべべべべべべべつにここ、こわこわこわこわこかかかかかかこわかねぇしぇしぇしねぇしこわかねこわこわかこわかかかかかか!」
「よーちぇけらっちょ!」
「誰もリミックスなんてしとらんわ!!?」
 この黒サンタっ子、絶妙のタイミングで合いの手入れてきやがって……!
「だが俺もサンタとして目覚めた以上、これでお前らとならん――」
「ところで、ただ猛身の気を発現しただけで我と並んだなどとホザくのであれば、その素っ首ただちにねじり切ってやろうぞ」
 俺は口を噤んだ。
 アブねェェェェェェ!?
 セェェェェェェフ! 俺、セェェェェェェェェフ!
「喜三郎よ、貴様は確かにサンタクロースとなった。だが、なっただけに過ぎぬ。貴様は未だ、サンタクロースの入り口に立っただけのヒヨッコよ!」
 うんうんそーだねそーですね。俺は所詮ヒヨッコですね。
 ヤッベ、態度大きくなりすぎないように肩すぼめとこ。
「だがそう身を固くするな。貴様が俺に挑む前に、俺がサンタクロースの基礎を教えてやろう。ソリは抱けぬまでも、せめて最低限戦えるようにな」
 ……あァ?
 ちょっと、今の言葉はさすがに聞き捨てならなかった。
 上から目線はしゃーないとしても、その天から目線は何事だコイツ。
「余裕のつもりか、オイ……?」
「然様」
 この野郎、よりにもよってうなずきやがったぞ。
「此度の戦いはただの決闘ではない。二十年に渡る相互不可侵ののちの、最初の戦い。我らサタンクロースにとっても特別の意味を持つ決闘なのだ。それを、今の貴様如きヒヨッコを潰したのみで勝利などと、俺は認めぬ!」
 前々から思ってたけどこいつ本当に21世紀に生きてる人なのかな?
 感性とかそういうのが、どっちかってーと武人とかそっちちっくじゃね?
 武人。
 俺は漫画とアニメとゲームと小説でしか見たことねーなー。
「貴様が俺の相手となるならば、それに相応しいだけの力はつけてもらう。今すぐにだ。さぁ、これより修練を開始する。泣き言は通用しないと思え!」
「おもえー!」
 ゴライアスが俺に指を突き付けてくる。
 そしてその足元で、クロカが同じように俺をビシっと指さす。
「ツ、ツマリ、どういうコト、デス……」
「うん、つまり――」
 ゴライアス・ブートキャンプはーじまーるよー!
 ってコトですね! よっしゃ、俺死んだ! 確実に死んだよコレ!
「……さようなら、ハカナ。俺は多分、頑張ったよ」
「キサブロー、死ななイデクダサイ!!?」
 こうして、ハカナに別れの挨拶をして、俺はゴライアスに近づいた。
「で、何から教えてくれんだよ」
「俺が貴様に教えるのは、ベルとエントツよ」
「何じゃそれ?」
 確かに、どっちもクリスマスには関わり深いモンじゃあるけど……。
「見ているがよい」
 ゴライアスがそう言った直後――シャン!
「うォ!?」
 鈴が鳴ったみたいな音がして、あいつの巨体がいきなり消えた。
「俺はここだ」
 そして、背後からかかる声。俺は慄然としつつ、そちらを向いた。
 ゴライアスが、俺のすぐ後ろに立っていた。
「これが、猛身の気を使った高速移動法、“辺流(ベル)”だ」
 クッ、予想できて然るべきだったのに抜かった。またしてもクソ当て字か!
 となると、エントツも――
「ぬゥン!」
 小さな爆発音と共に、ゴライアスの身から赤黒いオーラが噴き出る。そして彼はその状態で虚空に向けて拳を突き出した。
 拳から、オーラがデッカイビームみたいに伸びて壁に直撃する。
 盛大な爆発が起きた。
「……わ~ぉ」
 なぁにあれぇ……?
「これが“焔刀突(エントツ)”。猛身の気を用いた攻撃法だ!」
 うおお、当たった壁にデッケェクレーターできてる。
 これはカッコイイ。カッコイイけど、名前がやっぱりクソダセェ……!
「では、やってみよ」
「できるか!?」
 詳しいレクチャーもなしに何言ってんだコイツわ!
「せめてやり方を言語化してくれ!」
「ふむ、そうだな。辺流は、こう、猛身の気をグワっとさせたら、ジャッ! シュバッ! という感じもするとできるぞ」
 オイ。
「焔刀突は同じように猛身の気をグワワッ、としてからグッ、ギュバーン! とすればいとも容易く――」
「そういうのは長嶋化であって言語化とは言わねぇんだよ!」
 こいつ教え方ヘッタクソだなァ!
 ぽふぽふ。
 ん? 誰かが俺の太ももを叩いてきた。
 クロカがその大きな瞳で俺を見上げていた。
「何ぞなもし」
「あのね、べるはもみのきをあしにしゅうちゅうさせるよういしきして、そこからすけーとですべるいめーじでうごくとできるよ。えんとつはね、もみのきをみぎてかひだりてにあつめるようにいしきして、それからにぎったぼーるをなげるようないめーじでてをふるとうまくいきやすいよ」
「…………」
 実際に辺流をやってみた。
 シュバッ! シャンッ、シャンシャンシャン!
 できた。
 実際に焔刀突もやってみた。
 ビィィィィィィム! ズドガーン!
 できた。
「クロカ先生!」
「ふぉっふぉっふぉ」
 俺、クロカ先生に一生ついていきます!
「俺の教えが上手いこと伝わったようだな、俵 喜三郎よ!」
 黙れデカブツ。おまえはサツマイモにでも教えてろ!
「スゴい、スゴいデス、キサブロー!」
 カハナが嬉しそうに駆けに寄って来た。
 だよなー、いきなりできちゃう俺すごいよなー。カッコいいよなー。
 これはもう、カハナは俺に惚れちゃったかな? かな?
「ではこれで指南を終える! 決闘だ!」
 待 っ て 。
「あの、ゴライアス先生。僕はたった今、ベルとエントツが使えるようになったばっかりの木っ端ペーペーな青二才如き弱卒新人なんですが?」
「大丈夫だ!」
 ゴライアス先生は太鼓判を押してくれた。
 その太鼓判、壊れてませんか?
「貴様は我の指南を経て一人のサンタクロースとして見事成長を遂げた! もはやこの地上で貴様に勝てる存在はサタンクロースのみであろう! 今の貴様は一騎当千、万夫不当! 何人たりとも貴様の進撃は止められぬわ!」
 サンタクロースは戦闘マッスィーンって意味じゃねーよ。
 大体お前から学べだことなんて「学べることが何もない」の一つだけだし!
 だがそんな抗議を視線に込めようと、ゴライアスは微動だにしない。
 彼は右手を挙げた。

 ――ワ ア ア ア ア ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ !

 雇われたサクラの皆さんが、一糸乱れぬ連携で歓声を巻き起こす。
 慣れたつもりでいたけど、やっぱ圧力ハンパねーな。
「――日本最後のサンタクロース、俵 喜三郎よ」
「…………ン?」
 ゴライアスの呼び方に、俺はどこか引っかかりを感じた。
 一体何が引っかかっているのか、ちょっと言語化できないが。
 だが、その呼び方には受け入れがたいものがあった。
 しかしこのゴリライアス、ンなこたぁ構わず話進めるんだろうな。
「今ここに、俺と貴様、二十年ぶりの触゜全斗決闘の準備は整った!」
 ホントその名前やめろ。日本語さんがブチギレすっから。
 言ったところで聞きゃしねーんだろーなー。よし、聞き流そう。
「さぁ、喜三郎よ、貴様のトナカイを纏うがよいッッ!」
「何て?」
 早速聞き流し損ねたよ?
 え、トナカイを、何ですって? 纏う? ……纏う!?
「そうか、貴様、トナカイの纏い方も知らぬか……」
 ゴライアスは困っているようだった。
 だが困ってるのはこっちだよ!
 コイツとの会話で困らなかったコトが今まであったか? ないよ!
「クロカ!」
「あい」
 ゴライアスに呼ばれて、クロカがピシっと右手を挙手。
 そして少女は巨漢に片腕で抱えられ、同じ目線の位置まで上がる。
 う~ん、このツーショット、こうして見ると実に犯罪チック。
 クロカが見た目幼女なのがヤバイね。
 ゴライアスとの身長差、対格差もあって、ギャップが凄まじいワケよ。
「貴様を纏う。よいな」
「――あい」
 ゾクリ、とした。
 ゴライアスにではない。
 彼の言葉にうなずいて見せた、クロカの笑顔に、だ。
 何だ。あの、幼いながらもその奥に垣間見える艶というか、妖しさは。
「We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas♪」
 クロカが歌い始める。
 元々彼女は甘い声だが、しかし、今回の歌は裏路地のときよりもはるかに、ねっとりとして艶めかしく、心を蕩かしにきているかのようだ。
 こんなの、耳から摂取する麻薬じゃねぇか……!
「見ているがよい、喜三郎よ」
 クロカを抱え上げたまま、ゴライアスが俺へと視線を向けてきた。
「これが、トナカイを纏うということだ」
 言ってそして――!?
「な、ぇ……?」
 俺は言葉を失った。
 止むことのない歓声の中、俺とカハナが見ている前で、ゴライアスがいきなりクロカの唇を奪ったのだ。
「ン……、ふ、ぅ……」
 クロカの口から漏れる、切なげな吐息。
 クチュリという濡れた音は、重ねられた唇の中でうねる舌が絡まる音か。
「お、お、おい、おい……!?」
 身長2mを楽に超える大男が、片腕に抱えた幼女の唇を貪り、そして幼女の方もまた男の舌と唇を求め、追って、触れ合わせる。
 男の腕の中で、弓なりにしなる幼女の身体がビクンビクンと震えていた。
 何だこれは。
 俺は何を見せられているんだ。
 ここまで、散々衝撃的な出来事ばかりだったが、こいつは極め付き。
 今までとは種類の違う衝撃が、俺の脳髄をブッ叩く。
 そして、絶句したままその光景を眺める俺の前で、変化は生じた。
 リン、リン、リン、リン。
 クロカのトナカイ角に括られた鈴が、リズムを奏で始めたのだ。
 小気味よい音が幾重にも重なって、やがてクロカの姿がボヤけ始める。
 彼女の姿は徐々に輪郭を失い、黒い影のようになってゴライアスの身体の表面に広がっていったのだ。
「刮目せよ――」
 ゴライアスを包んだ影はその濃さを増し、巨漢は漆黒の存在となる。
 直後に、ガラスが割れるような音と共に黒い影が弾けた。
「これこそサタンクロースの戦闘装束、“闘央衣(トナカイ)”だッッ!」
 現れたのは、純黒のサンタクロース。
 トゲつき肩パッドと胸当ての世紀末スタイルから一転、黒一色に染め上げられたサンタクロースコスチュームへ。それは劇的な変化であった。
 これが“闘央衣(トナカイ)”……!
 サンタクロースとサタンクロースの、バトルスタイル!
 ダサい……!
 ここまでも枚挙にいとまがないレベルでクソダサ当て字ネーミングが飛び交って来たけど、これはまさに最上級。アルティメットクソダサ当て字だ!
 いや、驚いたよ?
 いきなりデカブツと幼女の濃厚ディープキスだモン。そら驚くわ。
 でもさ? そうやって出てきたのが巨大ブラックサンタなワケでさ?
 ダサい。いや、ダサいよね。
 これは間違いなくダサいでしょ。
 言い訳のしようもなくダサいわー。ちょっと近寄りたくないわー。
「フッフッフ、驚きのあまり声もないようだな」
 違うよ、近寄りたくないだけだよ?
「これでこちらは完全に整った。次は貴様だ、俵 喜三郎!」
 ブラックサンタゴリライアスが俺を指さしてくる。
 次って、何が?
「纏え、貴様の“闘央衣”を!」
 あー、つまり俺にも同じようにあの格好になれってことか。
 俺もあの格好に。
 あの、恰好に……?
「……………………え゛」
 俺はチラリと、カハナの方を見た。
「…………デス」
 ウオアアアアアアア、顔赤くしてモジモジしてるゥゥゥゥゥゥ!?
 ……見なかったことにしよう!
「よーし来いよゴライアス! そんなの抜きでブッ倒してやらぁ!」
「ダ、ダメデス、キサブロー!」
 するとカハナが慌てて止めに入った。
「“闘央衣”纏ったサタンクロース、最強デス! 相手がサンタクロースでも“闘央衣”なしジャ、絶対に勝てまセン!」
 え、そんな強いの、あのサンタゴリラ?
「どれくらい、お強いんですかねぇ……」
「核が効きマセン」
 喜三郎、せめて戦術レベルで済ませて欲しかったなーって!
「ダ、ダカラ、そノ、キサブローも私を纏って戦ウ、デス……」
 やめろー! そこで顔を赤くするなー! 目をそらすなー!
 めっちゃ意識しちゃうだろー!
「イイんデス。私、トナカイ、デス。サンタクロースに纏ってモラウタメ、わざわざサンタクロースの国カラ、日本まで来マシタ。ダカラ!」
 ヤベェ、恥じらってはいてもカハナの方は覚悟完了してらっしゃる。
 す、するか。
 しちゃうのか。キス……!
「いや、待て」
 ゴライアスは別に“闘央衣”を纏うのに、キスする必要があるとは言わなかったぞ。或いは、もしかしたら、別の方法があるのでは?
「言い忘れておったわ! 纏う方法はトナカイとの粘膜接触のみだ!」
 お前それ言い忘れちゃいけないヤツゥゥゥゥゥ!?
 あのゴリラ、見事に退路を木っ端微塵粉砕爆破してくれやがって……!
「大丈夫、デス……」
 隠し切れないくらいに声を震わせつつ、だがカハナが俺をまっすぐ見つめた。
「私、サンタクロースになるって言ったキサブロー、信じマス」
「…………チッ!」
 俺は盛大に舌を打つ。
 何てこった、カハナまでもが俺の退路を断ってきちゃったよ。
 そんなに子供の夢ってのは大事か。女の子に、好きでもない男とのキスを覚悟させるくらいに、それは大事で大切なのかよ。
 ……ああ、大事なんだろうさ。大切なんだろうさ。
 だからカハナは、俺とのキスを許容しようとしてんだろ。
 けどよ、だけどよぉ……!
 俺は手を伸ばしてカハナの両肩を掴もうとした。
 指先が触れた瞬間、彼女は大きく身を震わせた。怖いか。怖いよな。
 でも、
「カハナ」
「ハイ」
「俺を信じるって言ったな」
「……信じマス」
 そうか。お前がそう言ってくれるなら――
「分かった。じゃあ」
「何、デスカ」
「結婚してくれ」
「……ハイ?」
 そして俺は、カハナが驚いた隙にその唇に自分の唇をサッと触れ合わせる。
 フレンチと呼ぶのもおこがましいような、刹那的なキス。
 情緒も何もありゃしない。が、それでいい。今はそれでいい。
 これは本物じゃない、かりそめのキスだから。
「来てくれ、カハナ。俺が、おまえを纏ってやんよ!」
「――――ハイッ!」
 クロカがそうだったように、鈴の音を伴ってカハナの姿が輪郭を失い始める。
 しかしその姿は黒い影ではなく、白い光へと変わっていき、俺を包んだ。
 覚悟したぜ、ドチクショウ!
 俺はハカナに好きになってもらう。そうすりゃ万事OKさ!
 ハカナと添い遂げる覚悟を、俺はたった今したぜ。
 けどこれでフラれたらどうしようね。
 あああああああああああああああああああああああああああああ早まったかなああああああああああああああでも女っけ無しのアラサー童貞ヤローにはこうするしかなかったんだよおおおおおおおおおおおッッッッッ(慟哭)!
「クッソ、絶対に一人相撲じゃ終わらせねぇ! 五年以内に正社員になってキチンと働いてしっかり安定した生活を確立してからカハナの誕生日にちょっとムーディーな演出を施した上で給料三か月分の婚約指輪を贈るんだッ!」
「貴様は一体何と戦っているのだ?」
 ゴライアスがこっちに心配げな目を寄越してきた。
 いらねぇ! そーゆー心配マジいらねぇ!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 それはそれとして全身に力が漲るのを感じる。
 俺の身が発する猛身の気を吸い上げて、純白のサンタコスチュームが赤く赤く、本来のサンタクロースの色へと染まっていった。
 カハナの声が俺の脳裏に響いてくる。
『“闘央衣”、展開完了デス。キサブロー、一緒に戦いマショウ!』
「ああ、戦おうぜ。一緒に!」
「クハハハハハハハハハ! その意気やよし! 行くぞ、俵 喜三郎!」
 こっから先は待ったなし、正真正銘の決闘だ。
 ケンカなんてほとんどしたことねぇけど、でも、ンなこたぁ言ってられねぇ。今の俺は、サンタクロースなんだからな!
「来いよ、ゴリライアス! こっちゃ子供達の夢を背負ってんだよ!」
 聖夜の“封印領域”でサタンとサンタの決闘が始まった。


●一騎打ちは刹那で決めろ
 シャン。
 ベルが鳴る。
 シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。
 ベルが鳴る。幾度にも渡りベルが鳴る。
 このベルの音は全て、俺かゴライアスが地なり空なりを蹴る音だ。
 “辺流”はかなり自由度が高い技術だった。
 まさか、空中でも普通に使えるとは思わなかったわ。
 いや、その元となる“猛身の気”が俺の意思通りに働いてくれるからか。
 この辺、多分“闘央衣”の力もあるんだろうが、それにしたって動きやすい。
 地面でベルを鳴らし、空中へ。
 そしてゴライアスに迫られれば、空中でベルを鳴らして地上へ。
 行動が地上のみに囚われない。ならば当然、俺とゴライアスの戦闘は空中も戦場になる立体的なものになっていった。
 相手の死角へ、そして、相手に死角を突かれないように。
 シャン。
 俺は空中数mの高さでベルを鳴らして、俺はゴライアスの背後に回る。
 ゴライアスは、動いたばかりだ。まだ体勢が整っていない!
 ――チャンスだ!
 握った拳に気を込めて“焔刀突”を撃とうとする。
 シャン。
 ゴライアスの姿が消えた。……誘われたか!?
「クッソ!」
 毒づいて、俺もベルを鳴らして今度はできる限り高い場所へ。
 俯瞰すれば、やはりゴライアスは俺の死角に回っていた。
 チッキショウ、やられた。
 右手に握ったままの気を、俺は下方へ解き放つ。
 が、これは余裕でかわされた。
「やっぱいきなりケンカはムズいってんだよなー!」
『癇癪、よくないデス。落ち着いて行きマショウ』
「……そうだな。ありがと」
 いきり立った俺を、カハナがいさめてくれた。マジ助かる。
 俺は地上に降り立ち、一度深呼吸をした。
 しかし凄いな“闘央衣”。
 高さ10mを超えてるところから降りても全然ダメージないでやんの。
「ク、フッフッフッフ」
 なんて感心してると、同じく地面に降りたゴライアスが笑っていた。
「素人にしてはなかなかやる、と言っておこうぞ」
「やかましいよ、ロリペドブラックサンタゴリライアス」
 俺は短く言い返し、そして、内心に考え込んだ。
 強がっちゃいるものの、経験の差は歴然だ。動きの引き出しが違いすぎる。
 っつーか普通に考えてこっちが勝てる要素何もないんだよなー。
 相手の方が場慣れしてるし、こっちは素人だし。
 一応同じ土俵に立てちゃいるものの、猛身の気の使い方だってあっちに一日の長があるワケだ。が、俺は俺で掴んだものもないワケじゃない。
 この、猛身の気を軸にした戦闘ってヤツについて、気づいたことがある。
「結構、ゲームっぽいんだよな」
『何がデスカ?』
「この戦いが、だよ」
 地上と空中を使った、三次元的な立体戦闘。
 そういったものに、俺は何もなじみがないワケじゃない。
 例えば、ゲーセンの体験型筐体。
 例えば、ヘッドマウントディスプレイを使ったFPSゲーム。
 例えば、宇宙を舞台にしたロボット戦争アニメ。
 例えば、飛行能力を持った者同士が戦うバトルマンガ。
 そうしたものを例として見れば、この戦闘は割とイメージをつけやすい。
 そして、実際に行動する上でイメージしやすいってのは重要なコトだ。
「ま、どっちにしろ取れる手段は短期決戦だけどな」
 相手が一枚も二枚も上手なのは分かりきっていること。
 だったらこっちは密度で攻めるしかないのだ。
 長期戦になればなるほどこちらが不利。。
 だからその前に、俺の勝率がまだある程度残っているうちに、ゴライアスに再起不能のダメージを叩き込むしかない。
『……分かりマシタ。やりマショウ』
「相方が物分かりよくて嬉しいわ、俺ってば」
 そして俺は軽く肩をすくめたのち、ベルを鳴らす。
 俺が動くとゴライアスも動いた。再び、立体戦闘が開始される。
 多分、これが最初で最後の勝負。
 俺にできる精いっぱいを、ゴライアスに叩きつけてやるぜ。
 シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。
 ベルを鳴らして地から空、空から地、地から地へ、空から空へ。
 死角の取り合いは先ほどと変わらず。
 ゴライアスも俺も、互いに自分の周囲を最大限警戒しながら、相手の隙を突くために刹那からさらなる刹那へ渡り続ける。
 その間に、俺は猛身の気を両手に集束させた。
 そして――
 シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。
 聖なる夜、サンタクロースがベルを鳴らす。
 だがそれは子供達に夢を運ぶためではなく、子供達の夢を守るために。
 子供達に絶望を与えるとか抜かす、黒くて悪いサンタをお仕置きするために。
 聖なる夜、サンタクロースがエントツを通る。
「うおおおおおおおおお!」
「体力の温存も考えずに焔刀突の乱れ撃ちとは! 思い切ったことを!」
 通るべきエントツは、サンタさんの手から出る。
 それは奇麗な、真っ赤な光。
『キサブロー……!』
「カハナ、もっとだ。もっと、俺を動けるようにしてくれ!」
『ハイ!』
 シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。シャン。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 何度も、何度も、何度でも、繰り返して繰り返し、その上さらに繰り返し!
「ぬゥゥ! これは……!?」
 ゴライアスの顔色が変わる。
 やっこさんめ、やっと気づいたか。
 俺の狙いは、ゴライアスの死角を突くことじゃない。
 そんな利口で悠長な作戦、こいつ相手にやってられるか。今夜しかないんだ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 もっと早く動け、もっと速く鳴らせ、もっと迅く回れ。もっと、もっと!
「貴様、俵 喜三郎! 手数で俺の封じるつもりか!」
「気づくのが遅ェんだよ、筋肉ダルマァ!」
 ゴライアスという個に俺という個は届かないし、勝てるはずがない。
 だから――数で上回る。
 一対一で勝てないなら、一対百で勝つ。単純明快。それだけのことだ。
 だから動け、回れ、撃て。
 密度を高めろ、密度で攻めろ!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 ゴライアスの頭上からエントツを撃ち、背後に回ってエントツを撃ち、側面に回ってエントツを撃ち、下方に回ってエントツを撃ち、回って撃って、回って撃って、回って撃って、回って撃つ!
「グ、オォ……!」
 かわし続けていたゴライアスに、徐々にエントツがかすり始める。
 そしてそれはやがて『かすめる』から『当たる』に変わっていった。
 ここだ!
「全速、全力、全開、全つっぱ! やるぞ、カハナ!」
『ハイ、キサブロー!』
 カハナが俺に力をくれる。
 そしてもらった力を燃料にして、俺は一気に勝負に出た。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。
 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。

 もっと、もっと速く。もっと多く。もっと、もっと、もっともっと!

 ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。ベルを鳴らし、エントツを撃つ。エントツを撃つ。ベルを鳴らし――!

 体力は気にするな。今こそが唯一の勝機だ。行け、走れ、駆け抜けろ!

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!」
「ヌ、グ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ……!!?」
 全方位から絶え間なく撃ち続けられる焔刀突に、ゴライアスは防戦一方だ。
 巨体は攻撃の威力に浮き上がり、そのまま空中に封じられる。
 だが俺も無事ではない。
 呼吸を止めて連打し続ければ、体力なんてあっという間に減っていく。
 体が熱い。頭がボウっとする。
 のどが渇いて、関節がギシギシと軋んで痛い。
 疲れた体はとっくに限界を迎えている。だが、けれど、こんな程度!
 確かに、俺には戦闘経験なんてないよ。
 けどナメるな、俺は――俵 喜三郎はプロのフリーターだ。
 体力仕事程度はなァ、無数のバイトでイヤというほど慣れ親しんでんだよ!
 一般人にだって、相応の経験ってのはあるんだよ――ッ!
 普段は自慢になんねぇから、ここで自慢してやるぜ!
「グ、ガァ、ァ、ァ、ァ、ァ、ァッ!」
 そしてついに、攻撃の圧力によってゴライアスのガードが崩れた。
 待ちに待った、この瞬間。
 俺は尽きかけた体力を振り絞って、右手に猛身の気を集める。
 シャン。
 最後の辺流。移動した先は、ゴライアスの真正面。
「終わりだ、ゴライアス――――ッ!」
 正真正銘、渾身の一撃。これで目の前のサタンクロースを沈めて――!

「……【我が装理:鎧袖一触】」

 小さく弾けるような音がして、放ったはずの焔刀突が消えた。
「え……?」
 それを見た俺の意識に、逃れえない空白が生じる。
 シャン。
 そして音と共にゴライアスの姿も消えて、
「惜しかったな、俵 喜三郎」
 声は、上からした。
 空中での静止を終えて、これから自由落下しようとしていた俺が視線を上げれば、すぐ間近に構えた右拳に猛身の気を滾らせるゴライアスがいた。
「受けよ全霊。Merry――」
 ハッと我に返る。俺は両腕を交差させて、防御!
「Chrismaaaaaaaaaaash!!!!!!」
 放たれる一撃。
 防御、弾かれて――無防備。
 黒焔の気を纏った拳が俺に迫る。回避、不可能。体、動かない!
 その瞬間、俺の時間が鈍化した。
 拳、
 来る、
 顔、
 怖、
 避け、
 無理、
 拳、
 顔、
 背け、
 間に合わな、
 あ、当た――――ッ
『キサブロォォォォォォォォォォォ!』
 耳元に、カハナの悲鳴が聞こえたような気がして、直後、
 ドグシャッ。
 自分が壊れる音を、俺は自分の中に聞いた。


●サンタクロースはソリに乗る
 ――――。
 何も感じない。
 痛みも、熱さも、冷たさも、不快感も、心地よさも、何も、何も感じない。
 いや、ある。重さだ。重い。やけに体が重い。
 俺は、どうなったんだ。
 俺は……。
「まさかの事態だったぞ、俵 喜三郎」
 誰かが俺の名前を呼んだ。
 聞き覚えのある、低い声だった。
 ……誰だっけ?
 思い出そうとしても、頭が回ってくれない。
 ああ、頭が重い。何も考えたくない。
「よもや、我がソリまでをも使う羽目になろうとは……。恐るべき男よ」
 ソリ。
 何だっけ、それも聞き覚えがある気がする。
 でも、考えたくない。
 このまま、ジッとしていたい。
「ソリとは即ち――“装理(ソリ)”。猛身の気に扱いし者が至りし最終境地。己の中にあるコトワリを猛身の気によって顕在化する業を言う」
 そうなんだ、へぇ。……どうでもいいよ。
「我が装理は“鎧袖一触”。この身に触れたるもの全てを無に帰す、攻防一体にして必勝必殺のコトワリよ。……この決闘で使うつもりはなかったのだが」
 ああ、そう。
 話が長いな。どうでもいいって言ってるだろ。
「だがこれを使わねば、今、大地に沈んでいるのは我であったわ。俵 喜三郎。貴様は確かに、このゴライアスを追い詰めたのだ」
 ゴライアス。
 聞き覚えがある名前だ。……ああ、思い出した。
 俺はサンタクロースになろうとして、そして、負けたのか。
 そうだ。
 俺がいるのは“封印領域”とかいう闘技場で、そこで戦ったんだ。
 サンタさんになって、子供達の夢を守ろうとしたけど、でも、ダメだった。
 ハハ、当たり前だ。
 子供達の夢を守るなんて、それこそ、大それた夢じゃないか。
 そんなのできるワケないだろ。
 俺は、ただの、一介のフリーターでしかないんだから。
 決闘なんて、体張って、それで負けて、ああ、当然の帰結じゃないか。
 負けたな。負けた。
 完全に負けた。
 悔しいなんて思いも、これっぽっちも出てこない。
 頑張ろうと思ってた俺は、ゴライアスの一撃に壊されちまったよ。
『キサブロー! キサブロー……! 返事をしてクダサイ! キサブロー!』
 女の子の声が聞こえる。……カハナ。
 俺と一緒に戦ってくれた、可愛い女の子。
 ごめんな、俺、負けちまったよ。
 カハナと一緒に、って、覚悟もしたけど、薄っぺらいだけのものだったな。
 ごめんな、カハナ。
 俺なんかじゃなく、親父だったらよかったのにな……。
『キサブロー! もうイイデス! 負けでイイデスカラ、ダカラ起きて!』
 ハハハ……。
 カハナは本当、優しいなぁ。俺なんかにそんなに必死になって。
 でも、やっぱごめん。もう少しだけ寝かせてくれないかな。
 本当に体が重いんだ。
 今はもう、何もしたくない。何も考えたくない。ただ、寝ていたい。
「俵 喜三郎よ――」
 ゴライアスの声。
 まだ、何かあるのか。お前、もう俺に勝っただろ。寝かせてくれよ。
「貴様は二十年ぶりのデュエルを競うに相応しい好敵手であった」
 持ち上げすぎだよ。こんな、ただのフリーターにさ。
「さらばだ――日本最後のサンタクロースよ」
 日本最後……。
 そうか、そう、だよな。
 親父はもういなくて、俺もサンタクロースになろうとして、負けた。
 だからもう、日本にサンタクロースはいないのか。
 俺が、日本最後のサンタクロースなのか。
 俺が、日本最後。
 俺で、終わり。
 終わり……。
 …………………………………………ハハハ。

「ザケてんじゃ、ねぇぞ、ゴリライアスさんよォ……!」

「何ッッ!」
『キサブロー!?』
 歩き去ろうとしているゴライアスの背中を、俺は視線で射貫く。
 ああ、チキショウ、痛ェ。動いただけでクソ痛ェ。痛くて発狂しそう……。
 だが踏ん張った。
 奥歯から血が噴くほど踏ん張って俺は立ち上がった。
 あのデカブツに、ちょいと物申すために。
「俵 喜三郎……、貴様……! 何故、立って……」
「うるせェ!」
 何を、すでに勝った気になってやがる。
 このロリペドブラックサンタゴリライアスが!
「勝手に終わらせてんじゃねぇ。勝手に、夢を終わらせんじゃねぇ――ッ!」
 ああ、分かったぜ、さっきの引っかかりの正体。
 何が日本最後のサンタクロースだ。
 手前勝手に最後とか抜かしやがって。そこだよ、そこが一等許せねぇ!
「サンタクロースはな、夢を運ぶんだ。聖なる夜に、願って待つ子供達に!」
「クッ……!」
「だから終わっちゃダメなんだ。サンタさんは続かなきゃいけねぇんだよ!」
 俺はありったけの猛身の気を右手に注ぐ。
「俺は終わらせねぇ。俺が終わらせねぇ。俺で終わらせねぇ。終わらせてたまるか、クリスマスイブはずっとずっと、この先も毎年続くんだから!」
 ギシリ、身が軋む。
 痛みは強まって、ゴライアスを見る目が霞む。意識が白む。
 だが、何だ。だから、何だ!
「カハナ!」
『キサブロー!』
 俺が呼ぶと、俺と共にいるカハナが嬉しそうに呼び返してくれた。
 そうさ、トナカイはサンタさんと一緒にいるモンさ。
『キサブロー、キサブロー! よかったデス!』
 俺の脳裏にカハナの泣き顔が流れ込んできた。
 あーぁ、目も鼻も真っ赤じゃねぇか。美人さんがもったいねぇ。
 だがいいさ、サンタクロースの相棒は赤鼻のトナカイってのが相場だからな。
「行くぜカハナ! ありったけだ!」
『ハイ、キサブロー! ありったけ、デス!』
 そして俺は、打倒するべき強敵を見据える。
「バカな、貴様は、貴様はまさか……!?」
 未だ、ゴライアスは驚愕から抜け出せていない。ならば、今しかない。
「俺を日本最後と呼ぶんじゃねぇ、俺は――」
 シャン。
 ベルを鳴らす。猛身の気を爆発させて、まっすぐ、一直線に走り出す。
「俺は、日本最新にして最先端のサンタクロースだッッッッ!」
 そして手からではなく、背中から焔刀突を後方に向けて発射。
 さらなる推進力を得て最高速で黒いサタンクロースへ特攻――――ッッ!
 握り締めるは右拳。
 受けろよ、ゴライアス。
 俺を叩きのめした一撃、そのままお前に返してやんよ!

「Merry――Chrismaaaaaaaaaaash!!!!!!」

 そして俺は、無我夢中でその一撃を突き抜けた。
 手応えはさして感じなかった。
 というより、それを確かめていられるだけの余裕が俺になかったのだ。
「ぐ、カハッ!」
 さすがに限界が来て、俺は膝を突いた。
 肩を上下させて大きく息を吐き出せば、ポタリポタリと地面に落ちる血の雫。
 口から垂れたものだった。
『キサブロー、大丈夫デスカ? キサブロー!』
「あ~、大丈夫。……って言いたいけど、ダメ。無理。めっちゃ痛い」
『ソンナ……、何デ、そンなになるマデ……』
「何でって……」
 そこで浮かんだのは、あの朝の記憶。
 二十年前、六歳のときのクリスマス、靴下は空だった。その、苦い思い出。
「このくらい、あんときの痛みに比べれば、どってことねぇからさ」
 所詮数か月で治る程度の怪我、二十年以上忘れられない痛みに比べりゃ、な。
「それよりも……」
 ゴライアスだ。あいつはどうなった?
 俺の、最後にして最速にして最強にして最高の一撃。
 あれを耐えられちゃ、さすがにもうどうしようもないんだが。
「俵 喜三郎――」
「……!?」
 ゴライアスは倒れずにそこにいた。
 黒いサンタクロース姿ではなく、元の世紀末スタイルに戻っている。
 だが、胸のアーマーは壊れて、そこから黒い煙が上がっていた。
 一見して分かる。相当なダメージを受けたはずだ。
 なのに、立っている。
「聞かせるがよい、喜三郎よ」
「……何をだよ」
「何故、貴様は立てた? 貴様の心は完全に折れていたはずだ」
 そんなことかよ。
 ああ、確かに俺の心は折れてたさ。地べた這いつくばる負け犬になってたよ。
「お前が日本最後だなんて言わなけりゃ、俺は立ってなかったよ」
「何だと……」
「日本最後のサンタクロースは親父だ。俺は、最後のサンタじゃねぇ」
 最後じゃねぇ、最新だ。そして俺の後もサンタは続いていくんだ。
「それが気にくわなかった。だから立った」
「ク、そうか。……クフフ、クハ、ハハハハハ、ハハハハハハハハ!」
 いきなりバカ笑い始めやがったぞ、このデカブツ。
 あの、まさか俺の一撃が効いてない、なんてことありませんよね?
 やめてくんない?
 もう無理よ? さすがにこれ以上は俺がアカンッスよ?
「そうか、それが――それこそが貴様の“装理”なのだな」
「あン……?」
 装理? 俺が、装理を使ってたってのか。今の一撃に?
「気づいていなかったか。……そうだ、貴様は使ったのだ、最後の最後に。たった今目覚めた、奇跡の如き己の“装理”を」
 何だその超展開。少年漫画のクライマックスか?
「いや……、奇跡などと、貴様を貶める言葉であろうな。あの一撃は貴様の覚悟と信念が生み出した必然の一撃。“装理”の体得は当然の流れか」
 オイオイ、随分と持ち上げてくれるじゃねーか……。変なモン食った?
 ピキッ、と、そのとき聞いたことのない音がした。
「俵 喜三郎よ。貴様はまだ自らの“装理”に自覚があるまい。ゆえに教えてやろう。貴様の“装理”はただまっすぐ突き抜ける、それだけの技だ」
「えええええ、何それ……?」
「ただまっすぐ駆け抜けるだけ。されどその速度たるや何人たりとも追うことは叶わぬ、常に最前を、そして最新を往く、実に貴様らしい“装理”よ」
 まっすぐ前に走るときに限り最速を出せる“装理”ってコトか。
 うわぁ、使いにくぅ……!
 ピキ、ピシと、また音が聞こえた。徐々に数が増えている。何だ?
「貴様の“装理”、名付けるであれば“新進気鋭”か。クフフ、自ら最新を名乗ったのだ。これほどうってつけの名前もあるまい!」
 ピシ、ミシ、ピキキッ、ビキッ……!
 いよいよ、音が無視できないほどになってきた。
『キサブロー、アノ人の体、もうすぐ壊れマス』
「ゴライアス……、お前……!」
 カハナに言われてようやく俺は気づいた。
 ゴライアスの体に、無数の細かい亀裂が入っている。
「胸を張るがいい、日本最新のサンタクロースよ。貴様は見事、触゜全斗決闘を制し、聖夜の夢を守り通したのだ!」
 それでも、そのクソ当て字は受け入れられない。日本人として!
「嗚呼――」
 ゴライアスは満ち足りた笑みを浮かべ、視線を空へと上げる。
「我は敗れた。されど、その事実を喜びと共に受け入れることができる。実に、実に満足のいく決闘であった」
「……お前が俺に戦い方を教えてなきゃ、お前が勝ってただろ」
「そんな空虚な勝利には、意味もなければ価値もない。我はただ勝つためにここに参じたのではない。生きる実感を得るために、来たのだ」
 ずっと思ってたけど融通利かねぇな、このゴリラ。
 そうしている間にも、ゴライアスの全身に亀裂は広がっていった。
 想像でしかないが、俺が感じているものよりも数倍酷い痛みが今の彼を襲っているのではないだろうか。
 だがゴライアスは笑っていた。一点の曇りもなく、笑い続けていた。
「フフ――」
 彼が右手を挙げると、それまで静寂を保っていた観客が一気に沸き立つ。

 ――ワ ア ア ア ア ア ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ !

「我は鎧袖一触のゴライアス! 静寂の中での別れなど御免被る!」
 そして彼は、最初に会ったときのように腕を組み、俺達を見下ろした。
「さらば、日本最新のサンタクロースとそのトナカイよ! 貴様らの前途に幸多からんことを! そして子供達の夢よ、永劫なれ!」
 亀裂がいよいよ大きくなって、ゴライアスの体が崩壊を始める。
「待てよゴリラ! おまえ……、死ぬのか?」
「案ずることなかれ! この領域における死は人としての死に非ず、悪魔としての死。俺は、ただ人に戻るのみよ! ――さらばだ!」
 そして彼は別れの言葉と共に、砕け散った。
 かけらが、闘技場の虚空に消えていく。
 それが、サタンクロース七面長・ゴライアスの悪魔としての最期だった。


●星昇る夜にメリークリスマス
 気が付けば、観客達も消えていた。
 サクラのお仕事は終わりってことかね。お疲れさんっしたー。
「あー……、疲れた……」
 さすがに緊張の糸も切れて、俺は大の字になって倒れ込んだ。
 と、白い光が俺を包む。
 そして一瞬後に、カハナが元の姿を取り戻した。
「キサブロー、大丈夫デス?」
 寝ころんだ俺の傍らに、カハナがペタンと座る。う~ん、女の子座り。
「めっちゃキツいので膝枕くだちゃい」
「ハイ、デス」
 俺がダメ元でねだってみると、カハナは満面の笑顔でうなずいた。
 やった! 何でも言ってみるモンだね!
 くだちゃいは我ながらキモいけどね! ちゃうんや、舌がもつれたんや!
「はふぅ~……」
 カハナの太ももの上に頭を乗せて、俺は幸福のため息をついた。
 これはいい。実にいい。
 高さがちょうどいいし柔らかいしいいにおいするし。
 しかもあれよ、見上げればちょうどカハナのたっぷりな双丘が目に入るって寸法よ。何だここ楽園か。桃源郷はここにあった。
 ハッ、もしや今の俺はいわゆるリア充の仲間入りを果たしているのでは?
 だとしたら、フッフ、悪いな童貞仲間諸君。
 今日、もしかしたら俺は君達とは違うステージに進むかもしれないぜ。
 …………心臓の鼓動が早すぎてヤベェ。
「キサブロー?」
「ん、な、何かな、カハナ」
 カハナに話しかけられて、俺はキョドりつつも何とか取り繕う。
「あノ、サッキ――」
「うん」
「私ニ、結婚してクレ、言いマシタ、ヨネ……」
 んギックゥッッッ!!?
「あ、ああ、あ、ああああ、う、うう、うん。い、い、言ったかな、い、い、い、言ったかもしししししし、しれないね、うん。あは、あははー!」
 我ながら声も笑いも上擦ってンよー!?
「い、いや、いやいや、冗談! あれは勢い任せの冗談っていうか……!」
 あのときの俺ってば何言ってるの?
 バッカじゃないの、バッカじゃないの!
 何で告白する前にプロポーズしてんだよアラサー童貞がよォ!
 今なら【我が装理:新進気鋭】で光を超える速さで土下座できそうだぜ!
「冗談、なのデスカ……?」
「うぇ?」
 え、何、その反応。
「私、あのトキ、言われテ、驚きマシタ。デモ……」
 え、え、何、何。
 待って、待って待って、何、その脈ありみたいなリアクション。
「……カハナ?」
「――キサブロー」
 カハナが、俺の頬にそっとあたたかな手を添える。
 そして彼女は俺の瞳を覗き込むようにして、その顔を近づけてきた。
 ああ、カハナの空色の瞳が奇麗だ。
 俺は見惚れた。今はただ、その瞳をずっと見つめていたくて――

「We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas♪」

 歌声はあまりにも唐突に、俺達の間に割って入って来た。
 ――クロカ!
 そうだ、クロカがいつの間にかいなくなっていた。
 そのことに、俺とカハナは今になってようやく気付いた。
「クロカ、どこにいやがる!」
 俺は立ち上がり周りに視線を走らせた。
 俺達をここに連れてきた、サタンクロースのトナカイ。
 ゴライアスが消えたときにはもういなかったあいつは、どこに?
「ここだよ、ここー」
 声は上の方から。
 コロッセオの壁の上に彼女はいた。
 いや、クロカだけではない。そこにはさらに六つの影。
「何だ、お前ら……!?」
「「「我ら、サタンクロース七大幹部・七面長(ターキーズ)!」」」
 こいつらが、あの……!
「クックック、ゴライアスは敗れたようだな」
「ようだなー!」
「しかし、ゴライアスなど所詮七面長一の小物」
「こものー!」
「サンタクロース如きにやられるとは、サタンクロースの面汚しよ」
「よごしよー!」
「…………」
 とりあえず口上が終わるまで待ってから、俺は言った。
「お前ら、それがやりたくて出待ちしてたな?」
「「「んギックゥッッッ!!?」」」
 おお、さっきの俺みたいなリアクションだな。つまり図星じゃねーかッ!
 何なんだお前ら、面白コント集団か!
「黙るがいい、日本最新のサンタクロース、俵 喜三郎よ!」
「ゴライアスに勝利した以上、今年は子供達に夢を届けることを許そう!」
「しかし、来年からはこうはいかぬぞ!」
「然り、来年のクリスマスイブは必ずや我らサタンクロースが勝つ!」
 オイ、待て。
「え、この決闘、来年もあるの?」
 今さっきそれで死にかけたんですけど、俺。
「何言ってるんだ? 来年以降もずっとあるぞ?」
「年に一回の対抗戦だし!」
 待って、待って、マジ待って。
「ちょっと待て! そっちはあと六人でこっちは俺一人って……!」
「「「それじゃ、来年もよろしくおねがっしゃーす!」」」
「しゃーす!」
「待てやァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
 だが俺の絶叫は届くことなく、六つの影とクロカはそのまま消えた。
 そしてコロッセオの景色がゆらりと揺らめいたかと思うと、次の瞬間には、俺とカハナは元の裏路地に戻っていたのだった。
 マジかー……、マジで来年もあんなのしなきゃいかんのかー……。
「キサブロー?」
 途方に暮れていたところ、カハナが俺の頭をなでなでしてくれた。あふん。
「あー、まぁ今悩んでも仕方ねーか」
 俺はそう言って無理やり自分を納得させた。
 と、動こうとした俺の足に何かが当たる。見ると、そこに白い袋があった。
「こいつは……、クロカが持ってた……?」
「ハイ、サンタクロースのプレゼント袋、私達の神器、デス」
 神器とはまた、物々しい。
「本来ハ、決闘に勝った側ガ一年間管理スル、デス。でも二十年間ノ不干渉条約ガあったカラ、クロカノ一族が管理していたノデス」
「なるほどねぇ……」
 それにしても、この袋。
「何か、中に入ってね?」
 袋の口は紐で閉じられていたが、何やら膨らんでいた。空じゃなさそうだ。
「詰まってるンデス」
「何が?」
「夢ガ」
 …………え?
「今日ハ、クリスマスイブ、デスヨ。キサブロー」
「ああ、そっか。……そうだよな」
 そうか。そういうことか。
 この袋はサンタクロースの袋。そして今夜はクリスマスイブ。
 だったら、袋の中身なんて決まっているじゃないか。
「――俺は、どうすればいい?」
「合言葉を言ッテ、口を開けレバ、夢、空に解き放たれマス」
 合言葉、って。そんなのあるのかよ。
「分かるはずデスヨ、キサブロー」
 珍しく、カハナは少しいじわるな笑みをして、答えは教えてくれなかった。
 ただまぁ、予想はついてる。
「分かった。じゃあ、言うかー」
 俺の、サンタクロースとしての今年最後の、そして初めての仕事。
 袋に触れる手が、少し震えていた。緊張するわ、さすがに。
 だがその手に、カハナが手を重ねてくれる。
「私モ、一緒、開きマス」
「俺からもお願いするわ、俺のトナカイさん」
「ハイ!」
 そして俺とカハナは袋の口に手を添えて――って、あれ?
 いざ袋を開けようとしたその俺の手の甲に、白いものが落ちてきた。
 見上げれば、雲が多めの夜空から、ひらりひらりと雪が舞う。
「ワォ、ホワイトクリスマス、デスネ」
「オイオイ、できすぎだろ……」
 一緒になって雪降る空を見上げて、俺とカハナは笑いあった。
 俺がサンタになった夜、このタイミングで雪が降ってくるなんて、なぁ。
 ヤバイよ、そろそろ俺、感極まっちゃう。
「キサブロー、一緒に」
「おう、行くぜ!」
 そして俺とカハナは、二人で声を揃えて言った。

「「Merry Christmas!」」

 開いた袋の口から、夢が、星となって天に向かって降っていく。
 それは言葉にできない美しい光景だった。
 空高く降っていった夢の星は、やがて爆ぜて、そして子供たちの枕元に改めて降り注いでいくのだろう。そして、靴下にはプレゼントが置かれるのだ。
 終わった。俺の、サンタクロースとしての初仕事が、ようやく終わった。
 こうして終わって、それで――
「悪いな、親父」
 何となく、そんな言葉が口から出た。
 親父はずっと、自分がサンタであることを隠していた。
 俺に、サンタクロースになってほしくなかったのかもしれない。
 だから詫びた。一度だけ。
「俺は、サンタクロースになったよ」
 最後に、天の親父に報告して、そして俺は過去の俺に決着をつけた。
「キサブロー?」
「ああ、何でもねぇよ。それより、メシ食いに行こうぜ。奢るわ」
 ちょうど、バイト代も出たところだしなー。
「いいンデスカ!」
「まっかせなさーい!」
 あとどっかで服を買おう、服を。
 カハナのトナカイサンタコスはあれだ、色々と目に刺激が強いんや!
 ともあれサンタクロースの袋を手に、俺とカハナは歩き出す。
 この先、まぁ色々と大変ではあるんだろうけど、それでも――
「サンタとトナカイが揃ってるなら、ま、何事もハッピーエンドだろ」
「デスネ!」
 笑ってうなずくカハナを見て、俺はやっぱり可愛いな、と思った。
6496

2018年12月29日 08時18分15秒 公開
■この作品の著作権は 6496 さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆テーマ:冬のバトルオブクリスマス
◆キャッチコピー:努力と友情は別にないけど夢と希望と願いはあるよ! あとちょびっと勝利もね!
◆作者コメント:
 冬企画開催お疲れ様です。
 今回、参加させていただくことに喜びを覚えます。

 今回は、少し時期を外してしまいましたがクリスマスのお話しです。
 クリスマスイブという聖なる夜に繰り広げられる異能者達の激しくも熱いバトルをご堪能ください。

※12/30 誤字・脱字とごく一部を修正。

2019年01月16日 21時39分42秒
2019年01月16日 10時14分46秒
作者レス
2019年01月13日 23時49分58秒
0点
2019年01月13日 23時36分20秒
+30点
2019年01月13日 23時19分54秒
+40点
2019年01月13日 21時14分11秒
+40点
2019年01月12日 22時22分31秒
+20点
Re: 2019年01月16日 17時39分00秒
2019年01月12日 13時23分25秒
+10点
Re: 2019年01月16日 17時37分21秒
2019年01月12日 12時17分00秒
+30点
Re: 2019年01月16日 17時35分41秒
2019年01月11日 19時00分09秒
+20点
Re: 2019年01月16日 17時33分06秒
2019年01月09日 19時43分11秒
+30点
Re: 2019年01月16日 10時36分06秒
2019年01月02日 22時45分01秒
+20点
Re: 2019年01月16日 10時31分21秒
2019年01月02日 11時48分33秒
+10点
Re: 2019年01月16日 10時21分00秒
2018年12月31日 18時38分19秒
+40点
Re: 2019年01月16日 10時17分50秒
合計 13人 290点

お名前(必須) 
E-Mail (必須) 
お知らせメール受信 受信しない受信する
-- メッセージ --

作者レス
評価する
 PASSWORD(必須)   トリップ  

<<一覧に戻る || ページ最上部へ
作品の編集・削除
E-Mail pass