ミガクとひかると砂時計

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 公園のベンチにあぐらをかいて座るのが、ボクの癖だった。
 行儀悪いとは、思うけど。
「ミガク、姿勢悪い」
「いいの」
 卒業式かっていうくらい、きちんと背筋を伸ばして膝に手をのせている、ひかるに言われたくない。
「そんな背筋伸ばすこともないんじゃない?」
「だめだよ、猫背になっちゃう」
 生真面目な顔で、ひかるが答える。サイドテールが、小さく揺れた。
 泥の一つもつけたら怒られそうなお嬢様っぽい格好に、ぴかぴかの靴。上品な顔立ちやきちんとした佇まいは、やっぱりクラスの他の女の子とは纏うオーラが違う気がした。
 Tシャツにハーフパンツ、実はつま先に穴が空いている靴下を履くボクとも、だいぶオーラが違うんだろうなと、思う。
 あと一週間もすれば、ボクたちは中学生になる。そんな季節の。
 良い子のチャイムはとっくに鳴った、そんな時刻。
「で、面白いものってなに? ひかる」
「これだよ、ミガク」
 本当はガクが名前なんだけど、名字から一文字引っ張ってきて、ミガクって呼ばれている。主にひかるから。というか、そう呼ぶのはひかるだけ。
「前は南を向く方位磁石だっけ。あのくだらないやつ」
「くだらなくない。結構悩んだくせに」
 どこを向けても真南を指し続ける方位磁石。最初は驚いたけど、なんてことはない。針の北と南の色を逆にしただけのことだった。
「これ」
「なにこれ? 砂時計?」
「うん、でも、ほら」
「わっ」
 コツ、とベンチに音をたてておかれた砂時計に、ボクは思わず声がでてしまった。
 下に沈んだ砂が、上へと上がっていくのだ。目をこすってみても、上へと浮かび上がる砂の量が増えていくばかりで、夢を見ているわけでも寝ぼけているわけでもないらしい。
「ふーん、どうなってんだろ。触っていい?」
「いいよ」
 ひかるの返事を待って、砂時計を手に取る。掌よりちょっと大きいくらいの砂時計で、思ったよりも重い。試しにひっくり返してみると、また上へ上へと、赤茶けた砂が上がっていった。
 不思議な砂時計だ。
「考える?」
「考える」
 嬉しそうに尋ねるひかるに即答し、顎に指をあててじっと見つめる。
 ひかるが持ってきた面白いものや、ちょっとしたなぞなぞを、ボクが解く。ひかるはそれを面白そうに眺める。それが、ボクたちの遊び方だった。
「ね、ミガク」
 考えている間に、ひかるは質問する。ボクは考え事をしているから、深く考えず答える。
「カレーとラーメンだったら、どっちが好き?」
「カレー」
「わたしはラーメン。じゃあハンバーグとステーキだったら」
「ハンバーグ」
「ステーキ」
 質問をしている分、ひかるよりボクの答えが先に来る。もっとも、カンニングできるような差ではないけど。
「学校で好きな授業は?」
「体育」
「家庭科。じゃあ、好きな色は?」
「黒」
「わたしは青。じゃあ、好きな季節は?」
「秋」
「春」
 やっぱり合わないね。ひかるはそう言って笑った。いつものやり取り、いつもの結果。
「そうだね。相性悪いのかも」
 考え事しながら、浮かんだことをそのまま口にした。ひかるが首を傾げる。
「そうかな」
「そうだよ」
「そんなことないよ」
 また食い違った。少し顔を上げると、夕陽に照らされた横顔に一つ大きく心臓が跳ねる。あわてて、視線も思考も砂時計に戻した。
 あぐらをかいたまま、猫背になって。
 ぴゅう、と風が吹いた。太陽が傾いて、少し冷たくなった風。
 次の言葉に、ほんのちょっとだけ躊躇いが混じった。
「……引っ越し、明日だっけ」
「……うん」
 ひかるの言葉にも、小さな躊躇いが感じられた。
 ボクらはもうすぐ、中学生になる。
 同じ中学に通うわけでは、ないけれど。
「寂しい?」
 少し俯いて、ひかるが言った。顔を上げずに答える。
「寂しくない」
「わたしは、寂しい」
 またひかるが笑った。悲しそうな笑い方だった。
「やっぱり、合わないね」
 どう答えていいかわからなくて、砂時計をひっくり返してごまかした。
 赤茶けた砂が、また上っていく。
 砂はひっくり返せば、また戻っていく。
 ひかりが引っ越して行ってしまっても、会いに行けばまた会えるのだろうか。こんな時間を取り戻すことが、できるのだろうか。
 わからない。砂が上がる理由も、これからのことも。
「ヒント、あげようか?」
「うん」
「ヒントは、わたしたち」
 よくわからない。ボクは眉を顰めて彼女を見た。
「なにそれ、それがヒント?」
「そう、それがヒント」
 わたしたち、ってなんのことだろう。子ども? それとも名前? ひかるとミガクで、光が関係している、錯覚の一種とかかな? よくわからない。
 うーんと腕組みしながら、ついには天を仰いでしまう。
「タイムスリップするとしたら、過去と未来どっちに行きたい?」
「未来」
「過去。だってこれから起きること見ちゃったらつまんないじゃん」
「わかりきってる過去なんて見てもつまらないだろ」
「そうかな」
「そうだよ」
「……そうなの、かな」
 いつもと違う反応に、僕は顔を上げた。
「本当に、合わないね。なんでだろうね」
 俯きかけたひかるの顔を、見れなかった。言葉だけが、気づいたら出ていた。
「……簡単だろ」
 砂時計からも、ひかるからも目を逸らして。
 唇を尖らせるようにして、答える。
「ひかるは正直者だから。ボクはウソツキだから」
「え……え?」
「同じ答えになると恥ずかしいから」
 本当はステーキが好きだ。高いから言わないけど。
 本当は青が好きだ。寒くなる秋より暖かくなる春が好きだ。
 行けるなら過去に行きたい。ずっと繰り返してきたひかるとのやりとりを、もっとずっと繰り返していたい。
「わたしが引っ越したら……寂しい?」
「……寂しい」
「わたしも、寂しい」
 呟くようなか細い声で答えた。何だか顔が熱いから、じっと砂時計を睨む。
 だから、ひかるがどんな表情をしているかはわからない。
「……そっか」
 でも彼女の声は、とても弾んでいるように聞こえた。
「ようやく、合ったね」
「そうだね」
「やっぱりわたしたち、相性良いのかも」
「そうかな」
「そうだよ」
 いつもと同じ、でもちょっと違うやり取りが、くすぐったくて、楽しい。
 緩みそうになる唇を、もにゅもにゅさせてこらえるボクに気づいているのかいないのか、ひかるが嬉しそうに言った。
「じゃあ、やっぱりわたしたちじゃないね」
「何が?」
「ヒント」
「ヒント?」
 最初はボクたちっぽくて、やっぱりボクたちっぽくないってこと? 
 つまり、合わないと思っていたからヒントだったけど、そうじゃなかったからヒントにならないってこと?
 なんだよそれ。東京と大阪? じゃないよな。もっとこう、合わない感じの何か。水と油みたいな……あっ。
「水と油! そうだ!」
 そうだ、水と油はくっつかない。そして重さが違うから、軽い方の、色づけされた赤茶色の液体が上に上がっていく。
「解けた! 解けたよ! この中には砂じゃなくて、二種類の液体が入っていたんだ!」
 ぐっとガッツポーズを決めて勝ち誇ったように宣言する。
 さっきまでいたはずのひかるがいない。
「ひかる?」
 きょろきょろと辺りを見回しても見当たらない。
 急に不安が押し寄せてくる。待ってよ。急すぎる。
 思わず立ち上がって、不安を振り払うように叫ぶ。
「ひかる! わかったんだよ!」
 問題を出すだけ出しておいて、答え合わせしてくれないなんて、ないだろ。
 じわりと目端に何かがこみ上げてくる。ぐっと鼻を啜って、声を振り絞った。
「ひかる! どこだよ! ひかる!」
「呼んだ?」
「うわっ!」
 不意にかけられた声に跳び上がる。慌てて振り向くと、ベンチの裏からきょとんとしたひかるが立ち上がった。
「ハンカチ落としちゃって。拾ってたの」
「……なんだよぉ」
 こみ上げてきたものが強い分、ほっと抜けていくものも大きかった。
 倒れ込むようにベンチに体を投げ出す。
「解けたんだ?」
「うん。色の違う水と油が入ってるんだ。で、軽い油が上に浮くんだと思う」
「ん、正解」
 ぱちぱちぱちー、と手と口で拍手してくれる。喜ぶ気力もなかったが、褒められるとやっぱりちょっと嬉しかった。痒くもない鼻の下をこする。
 そしてまた、ぴゅうと冷たい風が吹いた。
 ひかるがそっと髪を押さえる。
「……じゃあ、砂時計の謎も解けたし、そろそろ帰ろっか」
「……うん。もう暗いしね」
 ひかるにつられるように、ボクも立ち上がる。
 帰り道は別々だ。だから、帰るならここでもうお別れになる。
「明日の引越、来てくれるよね?」
「見送り行くよ。必ず」
「うん」
 こくんと頷いて、ひかるは躊躇わず一歩を踏み出す。
「また明日」
「うん、また明日」
 これで最後じゃない。また明日会う。いつも通りのお別れ。
 いつも通りじゃないお別れを前にした、最後の『いつも通り』。
 よくわからない感情に意味もなく歯を食いしばったとき、ひかるが足を止めた。
「……ミガクは正直者って言ってくれたけど、わたしだってたまには嘘つくよ」
「そうなの?」
「うん。泣いたの見られたくないからベンチの裏に隠れて、ハンカチ落としたって言うくらいはね」
「……っ!」
 ぼっと頬が熱くなる。夕陽が影になって見えないけど、多分彼女は笑っていた。
 ふと、手の中の砂時計のことを思い出す。
「あっ、そうだ、砂時計!」
「ミガクに預けとくから!」
 返し忘れた砂時計を見せると、ひかるはそう言った。
「次会うときに、持ってきて!」
 そう言うなり手を振って、早足に行ってしまった。
 一人になると、急に辺りが暗くなり、寒くなったような気がしてくる。
 手の中の砂時計だけが、唯一暖かく感じられて、ぎゅっと握りしめる。
「……次会うときに持ってきて、か」
 砂時計をぼんやりとひっくり返しながら、よしと心に呟く。
 明日はこれを忘れて行こう。
 そうすれば、またいつか返しに行かなきゃいけなくなるから。

燕小太郎

2018年04月29日 21時58分54秒 公開
■この作品の著作権は 燕小太郎 さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:ひっくり返して戻るもの、戻らないもの
◆作者コメント:2018年GW企画開催、まずはお祝い申し上げます。
 作品参加を諦めたり諦めきれなかったりを繰り返しながら、なんとか締切に間に合わせることができました。諦めないって大事ですね。
 今回は枚数の多い作品がたくさんあり、参加した皆さんの並々ならぬ気合を感じます。今から読むのをとても楽しみにしています。もちろん感想もできる限り書きますよ。

 では、よろしくお願いします。

2018年05月15日 15時46分19秒
作者レス
2018年05月12日 23時21分24秒
+20点
Re: 2018年05月25日 19時23分44秒
2018年05月12日 20時45分12秒
+10点
Re: 2018年05月25日 19時21分55秒
2018年05月12日 06時29分11秒
+10点
Re: 2018年05月25日 19時21分06秒
2018年05月12日 00時41分54秒
+20点
Re: 2018年05月22日 20時47分14秒
2018年05月11日 21時22分09秒
+20点
Re: 2018年05月22日 20時45分41秒
2018年05月10日 20時36分21秒
+20点
Re: 2018年05月22日 20時44分08秒
2018年05月09日 03時38分22秒
+10点
Re: 2018年05月21日 20時22分15秒
2018年05月09日 02時33分50秒
0点
Re: 2018年05月21日 20時20分46秒
2018年05月05日 21時47分42秒
+20点
Re: 2018年05月21日 20時19分17秒
2018年05月05日 18時12分30秒
+10点
Re: 2018年05月20日 15時08分58秒
2018年05月05日 10時39分57秒
+20点
Re: 2018年05月20日 15時06分25秒
2018年05月04日 14時39分17秒
Re: 2018年05月20日 15時04分54秒
2018年05月03日 22時38分42秒
+20点
Re: 2018年05月17日 05時59分01秒
2018年05月01日 15時35分26秒
+10点
Re: 2018年05月17日 05時55分09秒
2018年04月30日 14時32分33秒
+10点
Re: 2018年05月17日 05時54分09秒
合計 15人 200点

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