非力な盗賊の小娘とて特技を活かせば、化け物退治でも大活躍!

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第一話 危険だがうまみのでかい仕事

 建て付けの悪い戸を開けると、ギイギイうるさい音が鳴る。
 それにより客が来たことを聞き知った酒場の親父は、来客の姿を認めて不快そうに顔をしかめた。

 もう日が暮れてからかなりの時間がたっているというのに、新たな客は小娘だった。初めて見る顔だ。

 薄汚れ、だぼだぼしたサイズの合っていないシャツとズボンに覆われた体は貧相で、一見すると少年のようにも見える。しかしながら、茶色の髪を一つの三つ編みにして後ろに垂らしている髪型や、猫のような目つき、そして生意気そうな顔は、未成熟ながらも女らしさを含んでいた。

 ただ、どちらにしろ子供であることには変わりないと店主は考える。
 一丁前のつもりなのか短剣を腰に帯びているが、果たしてまともに扱えるのやら。

 薄暗い酒場には安酒を浴びている柄の悪い男女が大勢おり、ガヤガヤとした喧騒で満ちている。
 戦士や魔術師といった差異はあるが、誰もが野外でモンスターを狩るといった危険な仕事をするしか食いぶちのない、明日には死んでいるかもしれない連中だ。
 その中で店主の親父は声を張り上げた。

「ここはガキが来るような所じゃねーぞ」

「いいじゃねえか、おっさん。それにアタシは十四歳。ほぼ大人だ」

 子供らしさを残したやや高い声で小娘は答える。

「俺に言わせりゃ乳臭えガキだ。帰れ」

「ひでえなあ。アタシは客だぜ? 金だって持ってる」

 無愛想な店主に、小娘はカラカラと笑ってみせる。

 と、そのとき、一人のでっぷりとした男がテーブルから立ち上がった。
 酔っ払ってふらつく足取りで、のそりのそりと酒場の出入り口に向かっていく。

「まいど」

 店主は気のない言葉で客を見送る。

 男は酔っていたがゆえに、通行の邪魔になるものをわざわざ避けようとはしなかった。出入り口の近くにいた小娘にぶつかる。
 体格差ゆえに小娘はよろめき、尻もちをついた。

「いってえな! 何すんだ!」

 小娘の抗議の声も聞こえなかったのか、男は気にすることなく外へ出て行った。

「あーくそっ」

 小娘は痛そうに立ち上がり、服の尻の部分を軽くはたく。
 それから店主の親父に向き直った。

「避けねえあんたが悪い」

 店主は冷たく言い放つ。

「別にケチ付けたりしねえよ。それより、これを忘れるために酒を飲みたい気分だ。まだ文句を言うつもりか、おっさん?」

「……勝手にしろ」

「どうも」

 空いていたテーブルに着いた小娘は、誰にも見られないようにんまりと笑った。

 シャツの内側に縫いつけたポケットから、布袋を取り出す。
 口を閉めている紐を解くと、中に硬貨が五枚入っているのが見えた。

「ちぇっ、あのデブ、しけてんなあ」

 スリ取ったばかりの財布を再び隠し、「おっさん! エール!」と注文を叫ぶ。
 そして次の金づるがいないか、酒場を鋭い目で見回した。

 娘は盗みを生業とする盗っ人だった。





 盗っ人の小娘がちびちびとエールを飲みながら店内の様子をうかがい、しばらくたった頃。店に一組の男女が入ってきた。

 ギイギイときしんだ扉の音につられて顔を向けた男達は、二人組の女の方に目が釘付けになった。

 その女は若く美しかった。

 癖のある、艶めいた赤毛は短く切られており、それが勝ち気そうな女の様子によく似合っている。
 ぱっちりと大きな目は灰色で、らんらんと危険そうな光をたたえている。
 口には紅が塗られており、弧を描いている様が映えていた。
 背はやや高く、体付きは筋肉の存在を感じさせながら女性的な丸みも帯びている。特に酒場の客達は、彼女のワンピースの大きく開いた襟ぐりから覗く豊満な乳房に目を奪われている。

 来店した女に見とれている隣のテーブルの男から、小娘は財布をスリ取った。それから平然とした様子で、女の連れである男に目を向けた。

 若い男だ。男女とも二十歳前後だろうと小娘は推測する。

 男はにこやかな微笑を顔に浮かべている。優男と表現できそうだ。
 ひげはそっているようだが、夜遅くであるせいかほんの少し伸びつつあるようだ。
 長身痩躯に、肩から足先まで全身を覆う紫色のローブをまとっている。

「おうおうねーちゃん、こっち来て飲まないかぁ?」

 酔っ払った男性客の一人が、赤髪の女に声をかけた。

「わたし達の仕事を手伝ってくれるなら、親睦を深めるためにも杯を交わしたいところね」

「ほーう。仕事ぉ?」

「ベルナルド家邸の化け物退治よ」

 女の登場により盛り上がっていた酒場がぴたりと静まりかえる。

「わたしと共に化け物討伐へ行ってくれる、勇敢な人はいないのかしら」

 我こそはと名乗り出る声はない。
 女が酒場の人々を見回すと、客達は目を逸らした。

「なあなあ、にーさん。ベルナルド家邸の化け物って何だ?」

 小娘は小声で、自分の背後の席に座っている壮年の男に問いかけた。
 酒を飲んでぼんやりとしていた男は、小娘に話しかけられて目をこすった。
 再び小娘が同じ質問をすると、少し頭をひねってから思い出したらしく、答えだす。

「知らねえのか? もう何人も報酬目当てにその化け物を退治しに出かけていったが、誰も帰って来ねえんだ」

「そりゃあ怖い。で、どんな化け物なんだ?」

「知らねえよ。あの屋敷から戻ったやつはいねえんだからな。あそこは呪われてる」

「ふーん」

「誰も手を上げてくれないの? ここにはタマなししかいないのかしら」

 赤毛の女が声を張り上げる。彼女は嘲笑をしても美しかった。
 馬鹿にされたことに、まだ酒に浸りきっていなかった何人かの男が気付く。
 酒場に緊張が走り、店主は二人組を追い出すかと動きかけた。

「その話、アタシが乗ろうじゃねえか」

 赤毛の女は声の主を探した。彼女の目が、みすぼらしいが得意げな顔をした小娘を捉え、柳眉をひそめる。

「ガキが冗談言ってんじゃないわよ」

「いや、アタシは役に立つぜ?」

 やや怒気が含まれた声を聞いても、小娘はひるまない。

「まあまあ、メア、せっかく手を上げてくれたのですから話だけでも聞いてみませんか?」

 赤毛の女の連れである男が、にこやかに彼女をなだめた。
 少しかがみ、彼女の耳元に口を近付ける。

「あんな小娘でも役に立つこともあるでしょう。たとえば、怪物の的になっていただくとか」

「……それもそうね」

 機嫌を直した女は酒場をつかつかと突き進み、貧相な小娘が一人で占領していたテーブルの席に座りこんだ。
 連れの男もそれにならう。

「はじめまして、声を上げてくれてありがとう。わたしはバルトロメア。こいつはシルヴェリオ。よろしく」

「ラケーレだ。早速だが、ベルナルド家邸の化け物とやらについて教えてくれ」

 ラケーレと名乗った小娘は、少年のような笑みを浮かべながら問いかけた。
 同時に猫のような目を見開き、二人の言動からできる限りの情報を集め始める。

「そのベルナルド家の家令も、化け物の正体については分からないって。急に家の中に何ものかが現れたらしいのだけど、逃げるのに必死だったみたい」

 あなどるように赤毛の女、バルトロメアが言う。

「邸宅からこの街に逃げてきた生き残りも、正体の手がかりとなるような情報は持ち合わせていませんでした。大混乱だったのでしょうね。それに、化け物とはち合わせ、その正体を知った者は殺されたのでしょう」

 ローブを着た男、シルヴェリオは口調こそ優しげだが、家人が死んだことについて大した感慨も抱いていないようだ。

「なるほどな。で、依頼主は?」

「家令よ。ベルナルド家のやつはよほど家を取り戻したいみたいね。報酬ははずんでくれたわ」

「勝算は? 当然あるんだろ?」

「わたしの剣技とシルヴェリオの魔法があれば、かなりのモンスターでもない限りやれる自信がある。ただ今回の依頼には、これまで何人もの屈強な戦士が挑み、そして帰って来なかった。だから、頼りになりそうなあなたに協力してほしいわけ」

「分かった。アタシも協力する。ただし、報酬は山分けだ。三分の一はアタシがもらう。いいな?」

 バルトロメアはこめかみをヒクヒクとけいれんさせる。

「まあまあメア、協力を頼むのであれば報酬は均等に。それが道理でしょう」

「……分かったわ。その分働かなかったら承知しないからね、ラケーレ」

「へいへい」

 乱雑に相づちを打ちながら、ラケーレは左手をバルトロメアの方に差し出した。

「……何?」

「報酬の前金、もらってんじゃねえの? 山分けだろ?」

 バルトロメアはその美しい顔を一瞬鬼のように歪ませたが、紐で首から吊っている布袋を服の内側から取り出した。
 財布袋から、銀色に輝く硬貨を一枚取り出し、ラケーレの方に投げる。

「今夜はわたし達が泊まっている宿屋に来ること。明日の朝に出発。その金持って逃げ出しでもしたら切り刻んでやるから」

「信用ねえなあ。アタシの腕前、頼りにしてくれよ」

 悪ガキのような笑みを浮かべるラケーレに、バルトロメアはほとんど期待していなかった。筋力も体力もなさそうな小娘に何ができるというのかとあなどっている。

「よろしくね、ラケーレ」

 あからさまに気のない返事と共に、化け物退治のための三人組が結成された。


* * * * *


第二話 呪われた屋敷は危険が山盛り

 同じ宿屋で眠り、起床して朝食を食べ、支度を調えるために一度部屋に戻る。
 そうして出てきたバルトロメア、シルヴェリオ、ラケーレの三人は、それぞれ完全に異なった外見をしていた。

 まずバルトロメアは、女らしさを強調する昨夜のワンピースとは違い、戦士として万全の装備をしていた。
 腰には鞘に収まった長短の双剣を帯びている。
 全身を板金鎧と兜で覆い、素肌が露出しているのは顔面のみだ。
 ラケーレには鎧がどんな金属で造られているのかは分からなかったが、一歩歩くだけでもガチャガチャと音を立てるそれは重そうに見えた。装飾もない鎧は無骨で、女性らしさのかけらもない。
 それでもバルトロメアは胸を張り、澄ました顔で悠々と歩んでいる。
 戦士としての実力は本物らしいな、とラケーレは思った。

 対してシルヴェリオは何の防具も身に着けていないように見える。昨夜も着ていた紫色のローブをまとっているだけだ。
 ラケーレにはローブ越しでも、その下に簡易な鎧すら装備していないことが分かった。
 昨日と違うのは、彼の長身と同程度の長さがある木製の杖を突いていることだ。

「シルヴェリオ、その杖は魔法に関係あるのか?」

「ええ、もちろん。これはぼくの魔術をさらに強める触媒です」

「そうなのか。すげえな」

 触媒というのが何を意味するのかラケーレには分からなかったが、とりあえず褒めておいた。
 シルヴェリオはにこやかな顔に誇らしげな色を加え、「そうでしょう」と得意げに言う。
 そこにバルトロメアが割りこんできた。

「で、あなたはそれでベルナルド家邸の化け物と戦えるわけ?」

「当然だろ?」

 バルトロメアは胡散臭げにラケーレの装備を見る。
 なめした革で造られた鎧は、胴体とひじ・ひざの関節を守っているだけ。防御力にはそう期待できそうにない。
 腰のベルトに差しているのは刃渡り三十センチメートルもなさそうな短剣が一つだけだ。
 他には、左の太ももにベルトを巻き、ダートを数本帯びている。

 全く戦えない様子ではないが、重装の戦士であるバルトロメアにとってラケーレの格好はひどく貧弱なものに見えた。
 おとりとしても一瞬で使い潰してしまうかしら、とバルトロメアは考える。

「まあいいわ。早速出発する。目的の邸宅まではどれくらいだったかしら、シルヴェリオ」

「この街から出て、歩いて一時間程度です」

「そうだったわね。行くわよ」

 そうして彼らは、三者三様に宿屋を出て行った。
 三人とも、朝早くから起きている宿屋の店員や他の客から自殺志願者のように見られていることは気付いていたが、全く気にかけていなかった。





 金持ちの邸宅であるため整備をしてあるのか、街を出ても土の道が続いていたので、歩くことそのものは楽だった。
 天気も晴れであり、板金鎧を着ているバルトロメアには少し暑かったが、彼女はその程度で弱音を吐く女ではない。

 到達した邸宅は堂々たる風格を備えていた。常時は何人もの使用人が忙しく働いていたのだろう。
 しかし現在、周囲はしんと静まりかえっている。
 半時間の休憩を取り、およそ午前九時。三人はベルナルド家邸の玄関前に立った。

「……変だな」

「何がよ」

 ラケーレの呟きを拾ったバルトロメアが問いかける。

「化け物はこの家に突然現れたんだろ? なのに、外から荒っぽく侵入した形跡がない」

 ラケーレは邸宅の外観に目を走らせた。
 あくまで見えるのは玄関のある一面だけだが、扉や窓が押し破られた様子も、壁を抜かれた形跡もない。

「化け物は丁寧に家の中へ招かれたとでも言いたいの? どうでもいいわ。中にいる化け物を斬ればそれで終わりだもの。行くわよ」

 ラケーレは釈然としないままだったが、バルトロメアが玄関の大きな扉を開けたため、猫のような目を見開いて内部の気配を探る。
 中は暗く、様子は判然としなかった。しかし何かが動いている感じはしない。

「……化け物が飛び出てくることはなかったわね」

「油断しないでくださいよ、メア」

「あら、誰に言っているのかしら」

 左手で扉を開け、利き手である右手はすぐに剣を抜けるよう構えていたバルトロメアは、シルヴェリオの忠告に鼻を鳴らした。
 長短の双剣を抜き、歩くたびにガチャガチャと鎧の音を立てながら、邸宅の中へ足を踏み入れる。

 シルヴェリオも長い杖を突きながらそれに続いた。

 最後のラケーレはまだ短剣を鞘に収めたままだ。玄関の扉は開けっぱなしにして、足音もなく二人の後に続く。

 三人は邸宅の内部、広大な玄関ホールに進入した。
 朝だというのに内部は薄暗く、開いたままの玄関扉からの陽光を頼りに歩む。

 ホールの半ばまで到達したとき。
 突如として背後の玄関扉が勢いよく閉じられた。外からの陽光が途切れる。
 窓があるにもかかわらず、奇妙なほど暗い。

「何? 風?」

 扉の方へ振り向き、怪訝そうにバルトロメアが呟いた。

「いいえ、風は吹いていませんでした。それより、妙な気配がします。どうか警戒を怠らず」

 シルヴェリオは緊張を増した様子で、その丁寧な口調には硬さがあった。
 ラケーレは四方八方を五感で探るが、化け物の気配は探知できずにいる。

「暗くて仕方ないわ。シルヴェリオ、何とかして」

 目が薄暗くなった空間に慣れずにいる中、バルトロメアが声を張り上げる。

「はいはい、分かりました。――光よ、我が杖先に灯れ」

 魔力をこめて呪文を詠唱したことにより、シルヴェリオの長い杖の上端に光が灯る。
 玄関ホール全体が明るくなったため、バルトロメアは足下に存在するものに気付いた。

「……あら、先客がこんな所に」

 斧を持ち、鎧を着た男が床に横たわっている。皮膚は乾燥しきっており、一目で命がないことが分かった。

「ぼく達よりも先に依頼を受けた方の末路ですか。死因を探れば怪物の正体のヒントになるかもしれませんね」

「そうね、シルヴェリオ、こっちに来て。もっと明かりが欲しい」

「分かりました」

 死体の側に屈みこんだバルトロメアの方へ、シルヴェリオも歩みだす。

「――っ! 危ねえ!」

 ラケーレの警告は間に合わず、しゃがんでいたバルトロメアの足首を何かがつかんだ。
 鎧を着ているにもかかわらず、彼女の足首に手の冷たさが伝わり、全身に悪寒が走る。死を感じさせる冷たさ。体が勝手に尻もちをつく。手からも力が抜け、すんでのところで双剣を取り落とすところだったが、彼女は意地で得物を保持し続けた。

 死体の手ではない。それは斧を持って事切れたまま。
 死体のひじ辺りから出現している半透明の腕が女戦士を捕らえている。死者の幽体だ。

 ラケーレは風のように駆けた。何が起こったのか理解できていないシルヴェリオの横を通り過ぎ、床に体を擦りつけてスライディング。死体を蹴り飛ばす。

 死体から抜け出しきっていなかった幽霊の手は、かつての肉体と共に玄関ホールの床を勢いよく滑っていく。死体が壁にぶつかってドンと音を立てた。

「無事か?!」

 蹴りつけた死体から目を逸らさずに、ラケーレが問いかける。

「え、ええ……あれは……?」

「幽霊です。メア、あなたは幽霊に触れられたのですね。変わりはありませんか?」

 体勢を崩したバルトロメアの横にシルヴェリオが寄り添う。
 バルトロメアは呆然としたままだ。
 彼が彼女の頬に触れると体温が下がっており、にこやかだった顔がしかめられた。

「すごく、冷たくて。抵抗もできないまま水底に引きずりこまれる気がしたわ……」

「幽霊には、触れるだけで生けるものの生気を吸い取ることができる個体もいると聞いたことがあります。高等なもののみが持つ能力のはずですが。あれがその能力を持っているとすれば、接触されるのはまずいです」

「おい、幽霊が来るぞ! アンタら銀の武器は持ってるか?」

 女戦士と魔術師が死体の方に目を向けると、そこから完全に幽霊が抜け出しきっていた。
 色の抜け落ちた、灰色の体が宙に浮いている。落ちくぼんだ眼窩に目はなく闇が満ちていたが、それが三人の命を狙っていることは一目で感じられた。

「あら、霊体に普通の武器が通じないことを知っているだなんてお利口なのね。残念だけど、わたしの剣は鋼鉄製。霊体は斬れないわ」

「げっ。逃げるか?」

 ゆっくりと幽霊が迫ってくる。ラケーレは横目で玄関の扉を見た。
 勝手に閉まった扉が開かなくなっている可能性が脳裏をよぎる。

「冗談じゃない。わたしをコケにした罪、払ってもらわなきゃ気が済まない。シルヴェリオ!」

 喋りながら、バルトロメアは金属鎧の重さをものともせず、力強く立ち上がった。
 両手で長短の双剣を一振りし、迎撃の構えを取る。
 それを見た幽霊は一気にスピードを増し、彼女に触れるべく接近してくる。

「炎よ、かの剣に宿れ。その敵を常世へ送り返せ」

 シルヴェリオの木の杖がぼんやりと赤く輝く。そして、バルトロメアの双剣の剣身が同じ赤色に、より強く輝きだす。

 幽霊は腕を前に伸ばし、バルトロメアの間合いまで近付いてきていた。
 一閃。
 赤く輝く剣で横になで斬る。

 幽霊の体は上下に真っ二つになり、身の毛がよだつ悲鳴を上げながら消滅した。

「本当はもっとバラバラに切り刻んでやりたかったけど、残念」

 心底心残りな様子でバルトロメアは息を吐いた。

「なあなあ、シルヴェリオ。それ、魔法だよな? 幽霊を斬れるようになるのか?」

 興味津々といった様子で、シルヴェリオの方に寄ってきたラケーレが問いかける。
 注目されることが嫌いではない彼は笑みを深くした。

「ええ。武器に魔力を付加する呪文です。一時的なものですが。今回は炎の魔力をメアの剣に宿し、幽霊でも斬れるようにしました」

「へえ。幽霊には銀しかきかないのかと思ってたぜ」

 感心している様子のラケーレの横で、シルヴェリオは小娘が蹴り飛ばした死体を見つめている。

「敵が幽霊なのでしたら、対策のない者が返り討ちにあうのは理解できます。しかし、ここの怪物退治に来た者達の全てが、この程度のものにやられるとも思えません」

 地の底から轟くような、大人数によるうめき声が邸宅内に響き、三人は耳を塞いだ。
 シルヴェリオの言葉を肯定するかのように絶妙なタイミングだった。

 玄関ホールの、屋内に面している壁の至る所から、壁をすり抜けて幽霊が現れる。
 その数は多く、瞬間的に数を把握する訓練をしているラケーレだけが三十一体だと数えきった。

「――上等よ。あれじゃ収まりがつかないもの。全部斬り捨ててやる。シルヴェリオ、後ろにいてちょうだい。玄関の方から来る幽霊はいないみたいだから、少しは安全よ」

 未だ赤く輝く双剣を構え、バルトロメアはその場に立ちはだかる。
 近接戦闘の苦手な魔術師を守るのは戦士である彼女の務めだ。

「ラケーレ、あなたも腰の短剣で戦えますよね?」

 素直にバルトロメアの後ろへ退避しながら、シルヴェリオが尋ねた。

「おっ、アタシにもあの呪文かけてくれるのか?」

 嬉々とした様子で、ラケーレは短剣を抜き放つ。
 よく研がれてはいるが、ごくありふれた鉄製の短剣だ。

「ええ、頼りにしていますよ。――炎よ、かの短剣に宿れ」

 実際は、幽霊の不意打ちに対処してくれたことには感心しつつも、シルヴェリオはラケーレを戦力として頼りになどしていなかった。けれども、駒は使える状態にしなければ存在意義がない。
 彼の呪文の詠唱と共に、短剣が赤く輝きだす。
 ラケーレは猫のような目を丸くし、少しだけその輝きに見入った。
 しかしすぐに気を取り直し、前方へ短剣を構える。

「にしてもよ、死んだ人間は常世に行くんだろ? 何でこの屋敷にこんなたくさんの幽霊がたむろしてんだ?」

 ふむ、とシルヴェリオは考えこむ。

「戦場など、大量の死者が出た場所では現世に未練を持つ幽霊が多く徘徊すると聞きますが、この邸宅にそのような因縁があるという情報は聞いていません。となると、何かが引き寄せているのか……」

「『何か』って何だよ」

「そんなのどうでもいいじゃない、斬ればいいだけなのだから。ラケーレ、あなたのへなちょこな体とちんけな剣で大量の幽霊を相手取れるなんて思っていないわ。わたしが全部斬り捨てるつもりだけど、もしも斬りもらしたらカバーして。それくらいはできるわよね?」

「へいへい」

 大量の幽霊がバルトロメアに目標を定めて周囲を飛んでいる。
 しかし彼女は、攻撃さえ通じるなら幽霊が十体まとめて襲ってきても平気だった。
 赤く輝く双剣をわざと派手に動かし、幽霊を引きつける。
 幽霊が飛びかかってくる。
 体さばきで幽霊の接触を右に左に避ける。
 避けながら、間合いに入った幽霊を斬る余裕が出ると、右手で持つ長い方の剣で切り裂く。
 避けきれず幽霊に触れかけられた際は、左手の短い方の剣で牽制し追い払う。

 ラケーレはやる気のなさそうな返事をしたが、こっそり床から出てきてバルトロメアに触れようとした幽霊に覆いかぶさり、その脳天に短剣を突き立てた。
 悲鳴を上げながら消える幽霊を見て、魔力付加の呪文の威力に口笛を吹く。

 そうやって、バルトロメアとラケーレの二人、主にバルトロメアの活躍で幽霊を二十体程度斬り、消滅させた。
 もう少しかと思っていたが――。

「ああ、また来ます!」

 シルヴェリオがひっ迫した声を上げた。

 壁から幽霊の増援が現れる。その数は十、二十、三十、四十、まだまだ増える。

「ちょっと、さすがに切りがないんじゃない?!」

 バルトロメアも焦り、双剣を強く握りしめた。

「なるほどな、これが化け物退治に行ったやつらが戻らなかった理由か。この数の幽霊にどんどん攻められちゃあ、いつかは死ぬな」

 ラケーレだけは、いつものひょうひょうとした態度を崩していなかった。


* * * * *


第三話 問題の根幹に当たれ

「なあシルヴェリオ、アンタ、ここに来たときに妙な気配がするって言ってなかったか?」

「え? はい、確かに感じました。通常ではない、魔力の乱れを」

 こんなときに何をと思いながらも、シルヴェリオは返事をした。
 危機に陥っていることから意識を逸らしたかったのかもしれない。

「それ、まだ感じるか? どこから感じる?」

「待ってくださいね。……すぐ下。地下です。そう深くありません。これは……この幽霊と同じような魔力ですね。しかも、より強大な。親玉でしょうか」

 ハッと気付いた様子のシルヴェリオを見て、ラケーレはニヤリと口角を持ち上げた。

「なら、生き残るための賭けの内容は決まったな」

 シルヴェリオも深くうなずく。

「メア! 地下へ行きますよ! 幽霊の親玉がいるはずです、それを倒すことに賭けましょう」

「地下ってどこよ!」

「事前の情報収集で家の間取りは把握しています。ぼくが道を案内しますから、メアは道を切り開いてください」

「分かった。賭けを外したら許さないわよ」

「まずは玄関ホールをまっすぐ通り抜けます」

 シルヴェリオから道の指示を受け、バルトロメアは前へ歩みだした。
 すぐ後ろに続くシルヴェリオとラケーレのためにも、前方の幽霊をばったばったとなぎ倒す。

 シルヴェリオは長身をややかがめながら、記憶している道順を指示した。

 最後尾のラケーレは、後ろから追いすがろうとする幽霊に対して絶妙な間で振り返り、短剣で追い払う。
 前を行く二人から彼女が遅れることはなかった。





 地下へ続く狭い階段を下りる頃、いつの間にか幽霊の追撃が止んでいることにシルヴェリオは気付いた。
 地下にいる存在が近付きがたいほどのものだからではないか。
 そう推測を立てる。しかし根拠のない推論を、先に行くバルトロメアにも後ろをついてくるラケーレにも言う気は起きなかった。
 本当は、彼自身が脅威の存在を否定したかったのかもしれない。

 しかしながら、現実は残酷だ。
 階段を下りた先にあったのは、平民の家屋一つ分の広さはありそうな地下納骨堂。
 壁には食器トレイ程度の大きさをした石造の扉がいくつも設置されており、それぞれに名前が彫られている。
 扉の奥へ、亡くなった先祖の遺体を寝かせ、安置する場所だ。
 その扉の一つが開け放たれ、中の遺骨が無残にも床に散らばっている。
 そして、骨の上に黒々とした影が鎮座していた。

 シルヴェリオが杖先に灯している明かりを受けているにもかかわらず、影は黒としか表現しようがない色をしている。
 全長も二メートルはある。
 背後がわずかに透けて見えること、宙に浮いていることと、その体から発せられるまがまがしさから、それが幽霊であることは自明だったが、霊体らしくない存在感を有していた。

「これが、幽霊の親玉……。いえ、この並々ならぬ強大な気配、悪霊と表現した方が適切でしょうか」

 シルヴェリオはつばを飲みこんだ。
 黒い悪霊はじっと三人の様子をうかがっている。

 最初に動いたのはバルトロメアだった。
 悪霊までの距離はおよそ十メートル。それを一歩一歩ゆっくりと詰めていく。

「こいつは強敵よ。わたしがやる。シルヴェリオは援護して」

「アタシは?」

「邪魔にならないようにしていればいい」

 バルトロメアが抜き放ったままの双剣は、階段を下りる間に魔法が切れたためただの鋼の色をしている。

「炎よ、かの剣らに宿れ。敵をほふる力を与えよ」

 シルヴェリオの杖がうっすらと赤く輝き、同色だがより強い輝きがバルトロメアの双剣と、ラケーレの短剣に宿る。

 バルトロメアの双剣の間合い一歩手前で、悪霊が右腕を持ち上げ、やせ細った指で彼女を指した。
 瞬間、首を冷たい手で締められる感覚に襲われる。

「がっ……ぐっ……!」

 見えない手に首を締めつけられたまま、それでもバルトロメアは戦士だった。
 最後の一歩を踏み出し、長短の双剣で悪霊に斬りかかる。

 しかし、呼吸が整わぬ状態での斬撃は精彩を欠く。
 悪霊は宙を滑るように後退して難なくかわした。
 見えない手による首絞めは継続している。
 魔力の扱いに優れたシルヴェリオには、彼女の首に黒いもやがかかっているのを目視できた。

「メアを放しなさい! 鎖よ、かの敵を縛り上げろ」

 シルヴェリオの杖が白く輝き、次いで悪霊の物質ならざる体に白い魔力の鎖が巻きつく。
 悪霊は拘束され、動きを止めた。

 バルトロメアの首を絞める力がなくなり、彼女は荒く息を吸う。

 壁伝いに音もなく移動し、悪霊の背後を取ったラケーレは、両手で赤く輝く短剣を握って飛びかかった。

 悪霊の首が百八十度回り、ラケーレの方を見る。

「げ」

 ラケーレがまずいと思ったときには遅かった。
 悪霊は自らを縛る白い鎖に黒い魔力でひびを入れ、粉々にし、自由を得る。
 次の刹那には、不可視の力によりラケーレもバルトロメアも後ろに吹き飛ばされた。

 バルトロメアは床を転がったが、すぐに立ち上がり体勢を整える。
 対してラケーレは軽装の背中を壁に打ちつけられ、バタリと床に落ちた。ピクリとも動かない。

「チッ。あのガキ、気絶したようね」

「二人で何とかするしかないですね。メア、この悪霊はあなた達の接近を恐れています。斬れれば倒せるでしょう」

 敵の様子を見ていたシルヴェリオは、内心敵の強さに恐れを抱きつつも、口調だけは冷静に戦況分析をする。

「近付けないから困ってるのよ!」

「ぼくの拘束魔法も効果は薄かったですからね。しかし、やるしかありません。何とかしてあれに隙を作りますので、メアはとどめを刺してください」

「分かった、何とかしてみてちょうだい」

 悪霊は二人が会話をしている間、手出しをしてこなかった。悠々としているようにすら見える。
 それがバルトロメアをいらつかせた。まるで、お前なんぞいつでも殺せると言われているみたいではないかと。

 彼女と悪霊の間の距離は約五メートル。普段のバルトロメアであれば一瞬で詰めて斬り捨てる近さだが、今の彼女は双剣を構えたまま隙をうかがっている。

「焔弾よ、我が敵を灰燼に帰せ」

 シルヴェリオの詠唱により、杖の先端から六つの赤い炎の球が出現する。一つ一つの球が人の頭部くらいの大きさを有している。
 ひんやりとした地下納骨堂が明るく照らされる。
 その炎が一斉に悪霊へ飛んでいった。

 悪霊は避けようともしない。
 炎が体に直撃するが、痛みを感じている様子はなかった。

「きいてないわよ!」

「予想通り、魔法への抵抗力は高いようですね。でもいいんです、目的は目くらましと足止めですから!」

 黒く大きな悪霊は何かを感じ、眼窩が落ちくぼんだ目を下に向けた。
 浮かんでいる悪霊の真下の床に、円と四角、記号を組み合わせた図形が赤く光る線で描かれつつある。
 図形が完成し、赤々とした光が増した。

「常世の熱よ、我が意に従え。現世に来たりて、かの敵を捕らえよ」

 悪霊が逃げるより、シルヴェリオの詠唱完了の方がわずかに早かった。
 彼が魔力で描いた魔方陣から、赤黒く巨大な犬の頭部が飛び出す。おどろおどろしい見た目をし、口には鋭い牙を生やしている。
 常世より召喚された巨大な犬の頭は、そのあごで悪霊の下半身に噛みついた。

 名状しがたい悪霊の絶叫。
 悪霊は逃れようとするが、赤黒い犬の牙はがっつりと霊体を噛んで放さない。

 バルトロメアは、絶好の機会に軽口を叩くような戦士ではない。
 赤く輝く双剣を前方に構え、無言で駆け出す。ぶった斬るという強い意志と共に。

 悪霊は突然、犬に対する抵抗を止めた。
 自由である両腕を横に伸ばす。その腕がひじからちぎれて分離する。

 あとわずかで間合いに入る。めった斬りにしてやる。そう考えていたバルトロメアは、想定外の事態に対処が遅れた。

 悪霊の片腕が彼女の右脚に触れる。途端に体に悪寒が走り、力が抜け、転倒する。

 常世の熱を体現した犬の召喚に集中していたシルヴェリオはもう片方の腕の接近に気付かなかった。
 顔面を冷たい手につかまれ、悲鳴を上げ、もんどり打って倒れる。
 杖から手を離してしまい、地下納骨堂を照らしていた杖先の光も消えた。辺りが真っ暗になる。
 魔力の供給が途切れたため、魔方陣も犬の頭部も消えてしまった。

「触れるだけで力を奪うってだけでも相当なのに、手を飛ばしてくるなんて反則よ……」

 バルトロメアが弱々しく呟いた。
 生命力そのものが吸い取られている感覚がする。
 視界がかすむ。

 その歪んだ視界の端に、バルトロメアは何かが動くのを捉えた。しかし暗くてよく見えない。

 音も立てずに、気絶しているはずのラケーレが立ち上がった。
 左の太ももに巻いているベルトに手を伸ばし、隠しスペースから銀色のダートを取り出す。

 バルトロメアとシルヴェリオから力を奪うことに意識が向いている悪霊の背後から、ラケーレはダートを投てきした。
 悪霊の背中の中心に銀が突き刺さる。

 再び、悪霊が名状しがたい絶叫を上げた。

 両腕を体に呼び戻し、背中に刺さった銀を抜こうとする。
 しかし、触れるだけで悪霊の手に焼けるような痛みが走った。

「よくもコケにしてくれたわね。もう一度死になさい」

 バルトロメアは、体から力が奪われても決して双剣から手を離さなかった。闘志を失ってもいなかった。
 それゆえ、冷たい手が離れ、いくらか肉体に力が戻ってくるや否や、すぐに戦闘態勢を立て直せた。
 赤く輝く双剣から発せられるわずかな光を頼りに悪霊へ接近。
 憎き敵を両手の剣で横なぎに斬る。

 体を上下に両断された悪霊は、悲鳴すら上げなかった。
 ゆっくりと悪霊の下半身、次いで背中に銀のダートが刺さったままの上半身が床に落ちる。
 そしてピクリとも動かなくなった。


* * * * *


第四話 後処理

「シルヴェリオ、起きなさい。早く光を灯して」

 バルトロメアが倒れ伏しているシルヴェリオに催促する。
 彼はうめき声を上げながら、体を起こしだした。

 夜間の行動にも慣れているラケーレは、まだ赤く輝いている短剣の明かりにより充分周囲を見ることができた。
 悪霊の方へ近付いていく。

「ラケーレ、あなた気絶したふりをしていたわね?」

 とげのある言葉が飛んできて、ラケーレはにんまりと笑った。

「敵をあざむくには味方からって言うだろ? それに、言われた通り邪魔はしていないはずだぜ?」

 バルトロメアはふんと鼻を鳴らす。

「さてと、これ高いんだよ。回収回収っと」

 悪霊の側まで来たラケーレは、右手で光源たる短剣を持ったまま、左手でその背中から銀のダートを抜き取った。左太もものベルトの隠しスペースに差し直す。

「よく銀の武器なんて持っていたわね」

「あらゆる事態に備えるのがアタシのやり方だ」

 ラケーレが胸を張る。
 貧相な体で小娘が威張ってみせたのがおかしく思え、バルトロメアは笑いをこぼした。

 それゆえ、悪霊がかすかに体を動かしたのを二人は見逃してしまった。

 黒い悪霊が頭だけを持ち上げる。
 ラケーレが素早く反応し短剣を悪霊の頭に突き立てたのと、悪霊がラケーレに向けて耳のつんざく絶叫を放ったのは同時だった。

 悪霊は今度こそ力を失い、その霊体は小さなかけらに分解され、空に溶けるように消え去った。

 ラケーレの体は横に倒れる。

「ちょっと、大丈夫?!」

 爆音の衝撃からすぐさま立ち直ったバルトロメアが問いかけるが返事はない。

「――光よ」

 杖を支えによろよろと立ち上がったシルヴェリオは、杖先に白い光を灯した。
 床に倒れているラケーレの姿が鮮明になる。
 外傷は見えないが、その目は閉じられている。

「先ほどの悪霊の絶叫は最期のあがきでしょう。精神を揺さぶる効果があったと思われます」

 明るくなったため、バルトロメアはラケーレの元に歩み寄った。
 呼吸をしていることを確認する。
 頬を軽く叩いてみる。反応はない。

「今度は本当に気絶しているわね。生きてはいるみたい」

「そうですか」

「はあ。荷物が増えたわ」

 溜め息をつきながら、バルトロメアは自分の双剣を鞘に収めた。
 ラケーレの手から短剣を取り、彼女の鞘にしまってやる。
 そして、小さく軽いラケーレの体を持ち上げ、背中に負った。

「帰りましょう。暗くよどんでいた辺り一帯の魔力が正常に戻ったのを感じます。もう上の幽霊も四散しているはずです。この親玉に引き寄せられて大量に集まっていたのでしょうから」





 シルヴェリオの予想通り、邸宅の地上階から幽霊の姿は消えていた。
 化け物退治に来て返り討ちにあった犠牲者の遺体が転がっていることを除けば、普通の屋敷に戻っている。

 玄関から外に出ると、日が高く昇っており眩しさを感じた。
 光に慣れた二人の目が、やや遠くにある木陰に隠れているつもりらしい人影を捉える。バルトロメア達が中から出てきたことに驚いている様子だ。

「あら、家令さんじゃない」

 バルトロメアは疲れを感じさせない足取りで、つかつかと木陰の人物に近寄った。
 自身の魔力の大半を使い果たしてヘトヘトであるシルヴェリオがゆっくりと後に続く。

 仕立てのよい服を着たベルナルド家の家令は、気持ちを落ち着かせて二人に向かいあった。
 しかし、女戦士が背負っている小娘が気になる。

「……そちらの背中の方は?」

「ああ、気絶しているだけよ。それより、あなた達の邸宅に巣くっていた悪霊を倒したわよ。ここまで見に来たってことは、すぐに報酬を渡してくれるってことよね?」

 美しい顔にニッコリと笑みを浮かべ、バルトロメアが報酬引き渡しを促す。

「悪霊?」

 家令は怪訝そうな顔をした。

「ご邸宅の地下にある納骨堂にて、どなたかの骨が不親切に扱われたようでした。それで怒り狂い、悪霊となったのでしょうね。今後は、死者に対してもっと丁寧な態度を取ることをお勧めします」

 にこやかな顔のまま、シルヴェリオが説明をした。
 家令の顔が曇る。

「……報酬は渡します。ただし、このことは他言無用としてください」

「あら、それくらいならお安い御用よ」

 金持ちの不興を買う趣味はないため、バルトロメアは簡単に条件に同意した。

 家令から報酬の入った布袋を手渡される。ずっしりと重い。
 バルトロメアは中身の金額が事前の契約通りの大金であることを確認し、笑みを深めた。首から提げている財布袋を取り出して、報酬を移し入れる。

「確かに受け取ったわ。じゃあ失礼するわね」

 苦労は大きかったが、得られた報酬も大きい。
 二人は疲れていながらも気分は軽く、街への道を戻りだした。





「……ねえ、いいことを思い付いたんだけど」

「何ですか、メア」

 ベルナルド家邸から街へ戻る道の最中、バルトロメアが立ち止まった。シルヴェリオも合わせて歩みを止める。

「このガキ、置いていってしまわない? ここまで運んでやった運賃として、報酬の取り分はわたし達二人がもらうことにして」

 バルトロメアの整った顔は、美しい笑みを浮かべている。

「そうですね、ここまで運んでやったのですから、その程度の返礼はあってしかるべきでしょう」

 シルヴェリオは普段通りのにこやかな顔で、何てこともないように言い放った。

 意見の一致を得られたため、バルトロメアは素早く行動に移る。
 背中から気絶しているラケーレを下ろし、土がむき出しになった道の端に横たえた。

「さよなら。夜になる前に目が覚めるといいわね」

「街へ戻ったら、一番早く出る駅馬車に乗りましょう。追いかけてこられては迷惑ですからね」

 バルトロメアとシルヴェリオは、この街を離れる方法、そして大金の使い道を語り合いながら、ラケーレを置き去りにして去っていった。





 二人の声が聞こえなくなり、それから五分ほど時間を置いてから、ラケーレは猫のような目をぱちりと開いた。
 目だけを動かし、もう二人の姿が見えないことを確認して体を起こす。
 革鎧やその下の服に付着した土を手で払った。

「ったく、ひでえなあ。アタシだって幽霊どもとの戦いで活躍したってのに、たかが背負って運んだだけで報酬取り上げだと?」

 聞く者もいないのに声を出しているのは、ラケーレが怒っているからだ。

 確かに、バルトロメアのように幽霊と正面から戦い、斬っては捨て斬っては捨てという活躍はしていない。シルヴェリオのように魔法で戦い方を大きく変える働きもしていない。
 それでも、ラケーレは彼女なりに動き、チームの一員として役立ったという自負があった。

「悪霊を倒せたのはアタシのダートあってこそだろ。ったく、腹が立つ。ま、いいけどよ」

 怒りで歪めていた顔を急に緩め、ラケーレは服の内側から布袋を取り出した。
 気絶から目覚めても寝たふりを続け、地面に下ろされる途中にスリ取った、バルトロメアの財布だ。

 口紐を緩めて中身を確認し、ラケーレはにんまりと笑った。
 大事に袋をしまい直す。

「さて、追いかけてこられちゃ迷惑だからな。潮時だったし、次の街に行くか」

 意気揚々と、盗っ人の小娘は歩きだす。

 彼女は背の低さゆえに歩幅も狭いので、移動する際は速く歩けなくて不便を感じる。しかしながら、それ以外で自分の体の貧相さに負の感情を抱いたことはなかった。
 非力な小娘とあなどったやつは油断する。これは相手の隙を突くラケーレにとって、願ってもないことなのだ。
アウトサイダーK E6/T9Gm6kM

2018年04月27日 07時32分44秒 公開
■この作品の著作権は アウトサイダーK E6/T9Gm6kM さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:盗っ人小娘の化け物退治クエスト、始めから終わりまで

◆作者コメント:ハイファンタジーのTRPGやRPGが好きなのでこうなりました。
いわゆるダンジョンアドベンチャーです。

2018年05月12日 16時21分19秒
+10点
2018年05月12日 13時53分56秒
0点
2018年05月11日 22時51分04秒
+10点
2018年05月09日 22時10分29秒
+20点
2018年05月07日 20時48分50秒
+10点
2018年05月05日 10時18分11秒
0点
2018年05月03日 21時45分52秒
+20点
2018年05月03日 00時57分35秒
0点
2018年05月02日 12時14分58秒
+10点
2018年05月01日 21時34分23秒
+10点
2018年04月30日 15時49分18秒
+20点
合計 11人 110点

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