痴漢戦場車両 ~プロの痴漢の電車道~

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 日本最強の痴漢。
 俺がそう呼ばれて称賛されて、もう何年経っただろうか。
「ふう……」
 日課の筋トレを終えた俺は、シャワーを浴びるために風呂場に向かった。途中、姿見で全裸の肉体を確認。
「ふっ、キレてるぜ」
 日々の鍛錬で鍛え上げた肉体を見て、俺は満足気に頷く。
 業界で、俺は日本最強の痴漢として恥じぬ活動するために鍛錬は欠かせない。実践的に鍛え上げてはいるが、やはり鑑賞しても素晴らしい肉体に仕上がっている。
 栄養バランスを考えた朝食を取った俺は、駅に向かう。
 自分の実家よりも見慣れるようになった駅。俺は駅員に会釈をして改札を抜ける。階段を上っている途中に『日本最強の痴漢・神撫拓海』という煽り文句を打って俺の写真を使った広告ポスターだ。
 俺は断じてアマチュアではない。痴漢で金をもらい、生活をしているプロだ。しかも電車が俺の職場だ。それだけあって、駅には広告として俺の写真を使ったポスターが張られることもある。
 俺は階段をのぼりながら、横目でポスターを見送る。
 ああいった広告が、昔は誇らしかった。俺の名が売れるのが嬉しかった。高みに上っているとはっきり分かったからだ。
 だが、どうしてだろうか。今の俺の胸に降りてきたのは、虚無と倦怠だった。
 日本最強の痴漢。
 人は俺をそう呼ぶ。
 事実、俺は最強の痴漢だ。もはや日本に、俺の敵になるような女はいない。やりたい放題だと言っても過言ではない。
 だからこそ、だろう。
 上り詰めてしまったからこそ、飽きが来ているのだ。
「やりがいのある女、いねえかな」
「へへっ、いい情報がありますぜ、拓海の旦那」
 駅の売店。並べてある新聞を抜き取って金を払うと、販売員の小男が笑いながら情報をよこしてきた。
 駅の売店。そこで顔なじみになっている売り子は、ただのアルバイトではない。常に業界の情報を取り扱っている情報屋でもある。
「昨日の夜、面白いアマチュア女が野良の痴漢戦場車両に入り込んだですよ」
「よくある話だろ。アマチュアの痴漢に痴女。野良試合は入ってきてはすぐすりつぶされる根性なしばっかりだ」
「いやいや、昨日の女は違うんですぜ」
 プロの痴漢痴女ではなく、アマチュアの乱入。まあ、よくあることだ。特に痴漢を勘違いしたアマチュアが多い。欲望のまま女を好き勝手出来ると思っているアホが多いのだ。
 痴漢は鍛え上げた肉体と技術が、なによりも重要だというのに。
 そうでなければ、女に触れる資格すらない。
「で、そのアマチュア女がどうしたんだ?」
「『オッパイオニア』が、そのアマチュアに負けたんですよ」
「ああ……。まあ、あの爺さんも年だからな」
「へへ、それだけじゃないんですぜ、拓海の旦那」
 確かに『オッパイオニア』は偉大な痴漢の先駆者ではあるが、痴漢は純粋な肉体勝負だ。もちろんテクニックは大事だが、なによりも体力がないとやっていけない。いくらプロであっても、『オッパイオニア』の二つ名を持つのは六十近い爺さんだ。若いアマチュア相手に負けることはあるだろう。
 だが情報屋は続けて信じられない情報を寄越してきた。
「『オッパイオニア』の爺さんをやった女は、『痴漢者トーマス』にまで勝ったんですぜ」
「……なに?」
 思わずまじまじと情報屋の顔を確認してしまった。
 『痴漢者トーマス』という二つ名で呼ばれている男は、俺と同期でプロになった痴漢だ。実力的には俺が大きく引き離しているが、奴だって紛れもない現役プロの痴漢。肉体的には絶頂期で、痴漢としてのテクニックだって日々磨いてきたはずだ。
 それだけに、信じられない。
「馬鹿な。富増の奴がアマチュアの女に負けただと?」
 鼻で笑おうとしたが、情報屋は不敵な笑みを崩さなかった。
 嘘は言っていない。その情報の確度にも自信があるようだ。
「そうか……くくっ。アマチュアの女、だな」
「ええ。調べましたが、どうやら今日も野良の痴漢戦場車両に乗っているらしいです」
「なるほどな。……あれか?」
「ええ」
 目当ての電車が線路を走って向かってくるのを見て、俺は立ち上がった。
 どうやら、やりがいのある相手が飛び込んできたらしい。
「この情報を俺に寄越してきたってことは、そういうことなんだよな」
「ええ。日本最強の痴漢『電車道』の拓海さんに、ヤッちまってもらいたいんですよ。あんまし調子にのったままでいられちゃ、痴漢の一ファンとしてやるせねえですからね」
 売店の男はにやにやといやらしく笑う。
 品性下劣な男だ。だがその欲望、嫌いじゃない。
 でなければ、プロの痴漢なんてやっているはずがない。
「期待してろよ」
 電車がホームに滑り込むと同時に、風が吹く。
 戦場の気配に、俺はぶるりと震えた。
 文字面だけだと恐怖で震えていると勘違いされるかもしれない。だが俺は新兵ではない。数々の痴漢戦をこなしてきた百戦錬磨の痴漢だ。
 これは武者震いだ。
 痴漢戦場車両。
 俺の天職にして終生をささげるに足る戦場に足を踏み込んだ。
 ここは、痴漢戦場車両。
 世界で唯一、男と女が一対一で戦う闘技場だ。

 電車の車両は、移動するリング。線路を走る密室だ。
 七席の対面座席。座席が途切れる場所にはドアが備え付けられ、踊り場となっている。
 観客として座席に座っている連中はともかく、選手として立っている人間に逃亡は許されない。もちろん連結扉はあるが、そこから逃げるということは、敗北の屈辱に身を任せるというのと同義だ。
 己のプライドを檻にして密室となった、戦場車両。
 電車のドアから堂々と入った俺は、向かいにいる女を見て凶暴に笑った。
「なによ。今度はあんたが相手ってわけね」
 電車の走っている方向から見て、後ろ側の三席対面座席。普通は優先席などになっているところに座っていたのは、女子高生だった。
 見るからに気の強そうな瞳をしている。藍色のセーラー服。きっちりとした着こなしをしているが、編み上げのブーツだけが浮いている。ひざ丈のスカートから伸びた足はすらりとしなやかだ。
 まぎれもない美少女ではあるが、青臭くて俺の趣味ではない。だがやはり、商業的に見れば若く華がある学生は客から人気だ。
 痴漢戦場車両には、カメラが設置して戦闘の様子が余さず放送される。専用の車掌が審判とアナウンサーを兼ねており、リアルタイムで実況をしている。
「朝っぱらから学生がなにしてんだよ」
「今日は日曜日よ」
「はっ。そうだな。俺は日曜だってのに仕事をしてるのに、お気楽でうらやましいぜ」
「仕事? こんな野良試合に出ないといけないなんて、しょぼくれたプロね」
 ちょっとからかうと、剣呑に目を吊り上げた。
 痴漢戦場車両は格闘技の中でも数少ない、男と女が一対一で戦うラウンドだ。
 格闘において、男女差というのは埋められないほど隔たりがある。選ばれ鍛え抜かれた男と女では、どうしても肉体的に男のほうが優る。生物学的に覆しがたい事実である。
 そこで登場するのが、誇りある痴漢である。
 痴漢戦場車両では、女側には一切の制限がない。大して男は女に対して打撃、組み技、絞め技などが一切禁止されている。
 男に許されているのは、揉み技、さすり技、撫で技、つまみ技、脱衣術などを始めたとして、いわゆる痴漢闘法と呼ばれる技術である。
 それらを駆使して、女を屈服させ敗北まで導き陥落させるのがプロの痴漢なのだ。
 男が気絶するまで叩きのめされるか、女が羞恥でギブアップするか。二つに一つの戦場だ。
「なんでもいいわ。とりあえず、痴漢をする男は殲滅してやるから」
「ははっ、威勢がいいねえ。たまに、お前みたいなじゃじゃ馬が来るんだよな」
 一部の女性にとって、痴漢戦場車両は一方的に男を殴れる場所だと認識している。このJKもそのたぐいだろう。
 事実、そういう面もある。
 反撃できない男を、女がストレス解消で殴る。そういう側面を利用して目の前の少女のようなアマチュアを釣りこんでいるのだ。
 卑怯とは言うまい。目の前のJKだって、それを承知で来ているはずなのだ。
 だいたいそういうアマチュアの痴女未満は一回で懲りるのだが、目の前のJKは信じられないことにプロの痴漢を相手に勝利を重ねているらしい。
「次の駅から三駅ラウンドだ、いいな」
「いいわよ」
 痴漢は、一駅間ごとの移動時間に戦闘をする。田舎や特急線だと、ワンラウンド十分長という長丁場の戦いもあるが、ここは基本の都会環状線の電車だ。一駅ラウンドがおおよそ三分から五分となる。
 俺は、そのペースを完全に体になじませている。どこから始めようが、ペース配分を間違うようなことはしない。経験からすれば、あのJKに敗北する要素などない。
 だがまあ、あの自信は予想が付く。
 おそらくあいつは、いままでKO勝ちをしている。ペース配分を考えない超急戦。それ以外にあり得ない。
『沼袋ー、沼袋駅に到着しましたー』
 駅のアナウンスが響き、ドアが開いた。
 痴漢戦場車両に、一般の乗車客は入らない。存分に格闘するできるからこそ、戦場車両と呼ばれているのだ。連結ドア付近の席は選手のための席となっている。
 ドアの上にある電磁パネルに、対戦カードが表示された。
『アマチュア痴女・久遠ここねVS電車道・神撫拓海』
「ここね、っていうのか」
「なれなれしく呼ばないで。あんたは最悪の名前ね」
「バカ言うなよ。俺にふさわしい名前だって自負してるぜ」
 顔をしかめた久遠ここねが立ち上がった。
 俺も、立ち上がる。
 発車のベルが鳴る。緊張が高まる。男と女が戦う車両の空気が張りつめる。
 ドアが閉まる。ぷしゅ、という間抜けた音と違い、痴漢戦場車両には異常なほどの緊迫感が満ちていた。
 がたん、と床が揺れ、窓の外の風景が徐々に加速していく。
 痴漢戦場車両では、電車の車両という特殊なステージで格闘をすることになる。
 不規則に揺れる足場、平面ではないステージ。普通の格闘技にはないギミックも多い。特に重要なのは、ドア付近の踊り場から続く座席の間の通路だ。
 ドアの踊り場には横へ多少のスペースがあるが、座席に挟まれ吊皮の並ぶ通路は、狭い一本道。横にも避けられず円運動ができないということは、ほぼ逃げ場がないということだ。それをどう利用するか、戦略も多岐にわたる。
 ここねは、迷うことなく踏み込んできた。
「ほう……」
 俺は感嘆に息を吐き、にやりと笑う。
 そして、同じくまっすぐ踏み込んだ。
「度胸があるじゃねえか」
「あなたもね」
「俺はプロなもんでな」
 車両の真ん中で、俺とここねは向かい合う。
「ハンデをくれてやるよ、ここね」
「……?」
「第一ラウンド、俺は一切の反撃をしねえ。好きに攻撃しろよ」
 はっきりと表情が変わった。
 痴漢戦場車両に来る人間なんて、多かれ少なかれ自分の腕に自信を持っている。そのプライドを刺激してやれば、この通り。
「全部、捌ききってやるよ」
 怒りに沸騰したここねが、動いた。
「ふッ」
 短く息を吐いて胸を狙った横蹴り、トリュチャギだ。見ればわかる。テコンドーだ。しょっぱなから派手で思い切りのいい攻撃である。
 俺はスウェーで回避する。
 ここねも読んでいた。初撃の蹴りの勢いを利用して、体をねじっての後ろ回し蹴り。信じられないほどの柔軟性とバネだ。息をつく間もなく靴底が眼前に迫る。
 俺はのけぞらせた体をそのまま倒し切り、ブリッジの姿勢になる。Ωの形になった腹の上部ぎりぎりに、回し蹴りがかすめる。
 なるほど、これはすげえなと感心する。
 学生離れした回し蹴りを披露したここねは、揺れる床にも関わらず安定して着地。バク転して後ろに跳ね距離を取った俺へ、追撃を仕掛ける。まったく防御を考えていない距離の詰め方。俺が一切の反撃をしないと宣言したからこそだろう。
「せやァ!」
 掛け声を放ったここねが跳ねた。
 跳躍をしての蹴り。しかも空中で体を回転させ、左右の足で連続蹴りを放つ高等技である。
 俺は冷静に見極め、肩と腕でそれぞれを捌く。
「ちっ。やるわね」
「伊達に最強の痴漢だなんて呼ばれてねえさ」
 猫のように着地したここねが、顔をしかめる。
 ここねが蹴り技主体だということは、戦う前から一目見ればわかった。そして実際に味わってみれば、テコンドーだということまで察することができる。
 編み上げのブーツなんていう、蹴りの威力を底上げする靴。そしてなにより、むっちりと肉好きの良い太もも。あれは間違いなく鍛え抜かれたものだ。撫でればさぞかしいい触り心地だろうと舌なめずりをした。
 そう思っていると、ここねは席に座って休み始めた。
「どうした? サービスタイムはまだ続いてるぜ」
「冗談。反撃できないから負けたなんて言い訳、残してやらないわよ」
 なるほど、立派なプライドである。
 せっかくだから、俺も座って休ませてもらう。
 時間があるのだら、対策を考える。
 ここねは確かに強い。学生離れしていると言っても過言じゃないが、俺が負けるような相手ではない。
 それでも、油断できない問題が一つある。
 パンチラが、見えなかった。
 なぜだ。どうなっていやがる。まさか奴は……あれだけの蹴技の中で、まだまだパンツを隠す余裕があるというのか。
 恐るべき事実に、俺は笑みを隠せない。
 そもそも蹴り技主体の女がスカートをはいてくるなど、相当な自身の表れだ。私はお前にパンツを見られることなく勝利してやる、と宣言しているにふさわしいのだから。
 この俺を前にしてそんな服装で来る奴など、いったいいつ振りか……もう、思い出せないほどだ。
「お前もまだまだ底があるみたいだな」
「当然よ」
 対面に座るここねが不敵に笑う。
「痴漢を倒す。そのために鍛えてきたのだもの」
「なんでそこまで痴漢を敵視する?」
「簡単よ。中学生の頃、通学中に痴漢されたのよ。それで反撃したら、傷害で訴えられたし。……ほんと、最悪よ」
 それを聞いて、俺は顔をしかめる。
 痴漢戦場車両以外での、女に対するセクハラ行為。アマチュア以下の犯罪者だ。
「ちっ……。そいつらのことを痴漢っていうのを止めろよ。ただの犯罪者だろ。俺たちと一緒にすんな」
「私から見れば、ここにいる奴らも似たようなのばっかりね」
 ここねは不機嫌に目を細める。
「そもそもルールがおかしいじゃない。男の攻撃手段がセクハラ限定って、なによそれ。どうせあんたも女の子に痴漢するためにプロになったんでしょ?」
「ああ、お前の言う通りだぜ?」
 俺は恥じることなく不敵に笑う。
「俺たちは女のおっぱいを揉みたいっ、尻をなでたい! そう思ってプロの痴漢になったんだ! 当たり前だろ!? じゃなきゃ他の格闘技で稼いでるよ」
「……よくそんなこと、堂々と言えるわね」
 驚愕の声を上げるが、拓海は構わなかった。
「言葉で飾るようじゃ、痴漢になんてなってねえよ。抑えきれない衝動があるから俺たちは痴漢になったんだ! 気持ちを隠しているようじゃ、日本最強の痴漢だなんて呼ばれるようになるわけがないだろうが!!」
「まるきり性犯罪者の言い分じゃない!」
「いいやぁっ、違うね! 合法だからな、ここは! お前も好きで来てるんだろ?」
「そう。確かにこの戦場車両は最高よね」
 こめかみをひきつらせたここねが晴れやかに笑った。
「あんたみたいな犯罪者予備軍を、遠慮なくぶん殴れるんだもの」
 電車が停車する。駅に到着すると同時に、ここねは立ち上がって踊り場に戻る。俺も、対面の踊り場に。
 乗客が入れ替わる中、この戦場車両だけは人は流れない。俺とここねは緊迫感を高めていく。
「第二ラウンドと、第三ラウンドもハンデくれてやるよ。俺は、お前の肌には一切さわらねえでお前を屈服させてやるよ」
「……できもしないことを言っても、後悔するだけよ」
「しねえよ」
 発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。
 第二ラウンドが、始まった。


 パンツだ。まずパンツの色を確認しなければ何も始まらない。
 第三ラウンドある痴漢戦場車両で、パンツも見ずに勝利するなどプロの痴漢としてあるまじきだ。まずはパンツを見なければ痴漢は始まらないといってもいい。
 ここねは電車が走り出すと同時に、彼女自身も勢いよく走り出していた。
「死ねぇッ、犯罪者予備軍!」
 血の気が多すぎる掛け声とともに、走ってきた勢いのまま後ろ回し蹴り。ティオティッチャギ。全体重を乗せた蹴りだ。
 さすがにこんなものは受けてられないと身をかがんでやり過ごす。
「ちっ」
 チャンスを逃した俺は、舌打ち。しまった。さっきの瞬間顔を上げていれば、パンツが拝めたというのに。なにをやってるんだ俺は。
「チョロチョロと!」
 攻撃を外したここねは、もう一度、跳ねた。
 第一ラウンドでも見せた二段後ろ蹴り。それを腕で防いだ俺は、とりあえずおっぱいでも揉もうかと手を伸ばして、気が付いた。
 空中で、ここねがとどまっている。
「ッ!」
 転がるようにして俺は前に身を投げる。寸暇もおかず、俺が一瞬前にいた場所に、踵が落とされた。
「……お前」
 テコンドーの奥義ともいえる算段蹴り。だがそんなもの、学生のここねが披露できるはずもない。
 ここねが空中で止まった理由は、簡単だ。
「よくかわしたわね」
 ここねは吊皮を掴んで空中で停止、そして俺の真上から蹴撃を仕掛けてきたのだ。
 新体操の吊革の競技のような動き。それに、自分のテコンドーを合わせたのだ。
 ごくまれに、戦場車両に適応した動きを身に着ける人間がいる。ただの格闘技ではない苦、車両でのみ活用できる戦術。こいつは、それをアマチュアの時点で身に着けている。
 そこから来る、三次元的の蹴りの数々。常識の通じない動きに、俺は防戦一方を強いられた。
「才能、か」
 駅に停車し、第二ラウンドが終わる。停車のわずかな休憩時間。俺は思わずつぶやいた。
 身に着けた技術を痴漢戦場車両に適応させるのは、普通ならば生半可な時間と努力では足りない。それをついこの間、痴漢車両に入り込んだようなJKが披露するとは、にわかに信じられない。
「富増の奴が負けるわけだ」
 あの変則的な蹴りを初見でさばききるのは難しいだろう。編み上げのブーツで固めた蹴りを捌ききれずに食らえば、どんな頑丈な男でも沈む。
 だが、ここねにはまだ足りないものがある。
「ここね。お前はやっぱり、俺には勝てねえよ」
「なによ、負け惜しみ?」
「はっ」
 優勢を維持しきって得意げなここねに、俺は笑みを崩さない。
「お前に痴漢の良さを教えてやるよ」
 こいつを屈服させるのは、一駅あれば十分だ。


 第三ラウンド。
 発車と同時に、俺は前へと動き出した。ここねも、まっすぐ歩いてくる。
 第一ラウンドの焼き直しのような接近。違うのは、俺から動き出したということ。そして、俺の反撃が許されていることだ。
 ここねが放った側頭部を狙った横蹴りを、身を沈めてかわす。そのまま接近。胸に手を伸ばす俺に対して、ここねは両側の吊革を掴んで上方へ逃げようとするが、
「……無理だな」
「え?」
 ここねが、吊革を掴み損ねた。
 目を見開いたここねが、ぐらりと態勢を崩す。
 カーブだ。線路が曲がり、吊革が動く。ここねはそれに合わせて吊革を掴むように俺に誘導された。そして、吊革を掴み損ねたのだ。
 ここは、ただのラウンドではない。
 痴漢戦場車両は、動いているのだ。
 その隙を付いて、俺はここねの胸と肩、背中を撫でるように手を滑らせた。
「ひゃ!?」
 胸を揉んだわけでもないのに声を跳ね上げさせる。
 かわいらしい声を響かせたここねに、おれは一歩距離を取る。
「な、なによ! 肌には触らないとか言ったくせに!」
「肌には触ってないだろ? 服の上から撫でただけだよ」
「くっ……! ふ、ふんッ。胸を揉む勇気もないっての? このヘタレ!」
「馬鹿か?」
 うぶに強がるここねに、失笑が漏れた。
「お前のあおくさい胸なんて揉んでも仕方ねえだろ。ブラのホックを外したんだよ。全部な」
「は?」
 ぽかん、とした一拍後、ここねの胸がたゆんと揺れて、ブレザーの裾からここねのブラが落ちた。
 薄水色の、意外にかわいらしいブラだ。それが電車の床に落ちる。
「あ、う、が」
 ここねが瞬間湯沸かし器のように茹で上がり、パクパクと口を開け閉めする。
 その様子に、俺はひゅうっと口笛を吹く。
「意外にいいおっぱいじゃねえか。お前、ブラで胸を抑えつけてたのか? サイズ合わないのは苦しいだろ?」
「死ね変態ぃいいい!」
 叫び越えと共に、前蹴りから、足を跳ね上げてのあご狙いの爪先蹴り。
 ブラが外れたから、揺れる揺れる。
 思わず目を奪われそうになったは、顎を砕かれたらかなわないと後退。やり過ごしてから、爪先に残していた重心へ一気に体重を移して前へ出る。
 涙目になったここねが、渾身の回し蹴りを放ってくるが、甘い。
 こめかみをぎりぎりかすめるようにして蹴りをかわし、さらに前へ。俺は、スカートの中に手を突っ込む。
 パンツをはぎ取る脱衣術。一流の痴漢として、当然のように身に着けている技術である。
「ひぃぅ!?」
 奇妙な叫び声を上げたここねが、内またになった。
 ここねが動けなくなった。当然だ。痴漢戦場車両に乗る女とは言え――スカートノーパンで蹴りを放てる剛の者は稀だ。
 もはや俺の勝ちは決まった。
 ずんずんと一直線に進む俺に、ここねは反撃もできずただ後退するしかない。いやいやしながら後ずさるここねを、俺は追い詰めていく。
 相撲でも、一直線に押し出すことによって得る勝利を『電車道』と呼ぶことがある。この狭い車両というラウンドで、逃げも隠れも避けることもせず、ただ一直線にまっすぐ進んで、進んで、止まらない。
 この勝ち方こそが、俺が『電車道』と呼ばれているゆえんだ。
「お前に足りないのはなぁ!」
 連結ドアへと追いやるように追い詰めるながら、ここねに痴漢の道を教授してやる。
「バストにヒップ、ウエストラインに脇の下、あざとさ恥じらい貞淑さァ! そしてなによりもォオオおおおおおお!」
「ひぃっ」
 とうとう車両の連結部分を区切る扉まで追い詰め、扉に手をつき逃げ道をふさぐ。
「エロさが足りない!」
「ぅ、うぅ」
 ぺたり、とここねが腰を抜かしたように座り込む。顎を伝って落ちた俺の汗の体に降り注ぐ。一滴、偶然にも口に入った汗を、彼女はごくり、と嚥下した。
「ぁ」
 パンツもブラもはがれた女がぶるり、と体を震わせた。
 戦意の消失は明らかだ。
「どうだ。これが俺の電車道だ」
「わ、わかったわよ……わ、わた、しは、ま、まけ、ました……」
「もっとはっきり! 大きな声で! 今のお前の有様を言え!」
 ここねが、かぁっと羞恥で朱に染まる。
「わ、わたしは、痴漢の拓海さんに、負けました!」
「いい子だ」
 ふっと笑った俺は、パンツを投げた。
「パンツ、返すぜ」
 紳士の俺の背中に、試合が終了したというのになぜか蹴りがさく裂した。


 日本最強の痴漢。
 俺がそう呼ばれるようになって、じわじわと倦怠感が訪れていた。
 だがその虚無も、いまはもう晴れた。
 実家よりも見慣れるようになった駅ホーム。そこから痴漢戦場
「よう、ここね」
「来たわね、このクソ変態!」
 顔を真っ赤にしたここねが、俺に指を突きつけ喚き散らす。
「今日はギッタギタンにしてやるわ!」
「おお、できるもんならな」
 こいつのような才能が、他にもいるかもしれない。
 いつかは、若い奴らが俺を超えるかもしれない。そう思うと、がむしゃらに上を目指していた頃とは違う高揚感が胸を満たすのだ。
「三駅ラウンドでいいな」
「いいわよ。目にものみせてやろうじゃない」
「ようし、胸を貸してやるよ。だからお前の胸を揉ませてもらうぜ」
「相変わらず死にたいらしいわねぇ……!」
 凶暴に目を尖らせるここねを鼻で笑って、まだ見ぬ才能を夢見る。
 俺は、日本最強の痴漢、神撫拓海。
 痴漢戦場車両で生涯を費やし、電車道を敷き続けるプロの痴漢だ。
とまと

2018年01月02日 23時58分44秒 公開
■この作品の著作権は とまと さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:移動する密室で、男と女はぶつかり合う
◆作者コメント:痴漢は犯罪です。

2018年01月24日 02時55分28秒
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