援助交際の待ち合わせ場所に、うちの家猫が待っていた |
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援助交際の待ち合わせの場所に行ったら、うちの猫がいた。 ミャーコという名前の三毛猫で、掌に乗るくらい小さい時から育てた五歳になるかわいい雌猫だ。 最初は「偶然だな。どうしたんだ?」という下手な言い訳が口をついて出そうになったが、人目を気にして人気のない場所を待ち合わせ場所にしていたこともあり、言い訳のしようがなかった。お互い気まずい雰囲気で顔で合わせ、なんとなく流れで近くのにゃんにゃんホテルに入ってしまったが、密室の空気は絶妙に最悪だった。 一人の人間が体面をかなぐり捨てて猫をなでなでするために、にゃんにゃんホテルはきっちり密室にして防音性を高めてある。 そんな中で、うちの猫が、ミャーコが非難するような視線を向けている。 「……」 「……」 気まずい沈黙が流れ続けていた。 援助交際、という言葉を知らないという人間と猫はこの世にいないと思う。 家を持たない野良猫が、通りがかりの人間を誘ってにゃんにゃんホテルの密室に連れ入り、そこで人間が心行くまで猫を撫でまわす代わりに、猫が望む高級フードやキャットタワーを与えるという行為だった。 最盛期の頃は週に一度、必ずと言っていいほど新聞やニュースで報じられていた社会問題だ。いまでは猫カフェがすっかり定着したことで報道の熱も冷めているが、それは問題が解決したというわけではない。今だって家を持たない野良猫の貴重な収入源だ。 俺だって、野良猫に援助交際をするななんて言う気はない。 問題は、普通の家猫も時としてお小遣い稼ぎの感覚で援助交際に猫の手を出すことだ。 「なにが不満だったんだよ……」 「みゃー」 思わず漏れてしまった俺の声に、ミャーコが鳴いた。声の響きには、どことなく俺に向けての非難がこもっていた。 某SNSを通じて猫の援助交際――通称にゃん交際なる者に手を染めてしまったのは、魔がさしたとしか言いようがない。 でも、それをミャーコに批難されるのは納得がいかない。 みゃーみゃーみゃーみゃー発情期の猫みたいに騒いで外に出たがっていた。だから外に出してやったというのに、まさかうちのミャーコが援助交際に手を出していたなんて。ショックなのは俺のほうだ。 「あのさぁ……」 言いかけて、俺は顔を両手で覆った。 ミャーコは、五年前に俺が拾った猫だ。ちゃんと三食用意していた。ブラッシングも欠かさずこなしていた。 なのに、なんで援助交際になんて手を出したんだ。 「俺だってさ、我慢してたんだよ」 「みゃー」 確かに俺がミャーコを叱れる立場ではないことくらい自覚している。だから、それは愚痴に近かった。 道端で他の野良猫に構うようなこともせず、家では猫本猫画像猫動画は自粛していた。もちろん猫カフェに行くようなこともしない。我慢していたのだ。 なのに、ミャーコと来たら俺のことを自動エサやり機としてしか思っていないような振る舞いなのだ。俺がどんなに遅くに帰ってきても朝はやたらと早くたたき起こす癖に、飯を食ったらはいさよならと立ち去るのだ。 俺は、あんなに愛してるのに。頑張って世話して尽くしてきたのに。 素っ気ない、というだけなら許そう。 でも、外に行くたびに他の見知らぬ人間になでなでされていると思うと、頭をかきむしりたくなる。 「くそっ、なんでだよ……!」 「みゃー」 「みゃーじゃわかんないんだよ!」 「シャー!」 こちとら人間なのである。みゃーと言われても「かわいいなクソ」としか思えない。俺の大声に驚いたのか、ミャーコは全身の毛を逆立てた。 「ああ、ごめん……」 思わず謝ってしまってから、下唇を噛む。 どうしろと言うのだ、畜生め、猫畜生め。 俺は茫然と天井を見あげた。割り切れない気持ちでいっぱいだ。不恰好な心がごちゃ混ぜになって胸にはまらない。 にゃんにゃんホテルの天井は何の飾り気もない灰色で、俺の心の色のようだった。 ふと、思った。 もうどうでもいいや、めんどくさい。 「帰ろうか」 「みゃーん」 俺は、ミャーコを抱えてにゃんにゃんホテルを出た。ミャーコも抵抗しなかった。ぶらん、と俺に体重を預けて 一人と一匹は、無言でただただ帰路に就いた。 問題は何も解決していなかった。 でも、いいのだ。 「なあ、ミャーコ。今日の夕ご飯は何がいい?」 「みゃーん」 見て見ぬふりをして好き勝手、猫と人間の生活は続くのだから。 |
とまと 2018年01月02日 22時39分09秒 公開 ■この作品の著作権は とまと さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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