宇宙人の腹ペコ幼女を拾ったら産卵させられた

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 コンビニに夜食を買いに行った帰りに、腹ペコの幼女を拾った。
 ぼろきれのようなマントを羽織り、体を横たえながら道端の草を食んでいた。腹から聞こえるのは空腹の音色。
「お、おいっ! 大丈夫か?」
 コンビニで買った夜食を放り出し、俺は幼女の元へと駆け寄った。
 幼女の顔は薄汚れており、目には全く生気が無い。というか白目を剥いている。相当ヤバい。見た所六、七歳くらいだろうか。
 乳白色の髪の毛が、地を這うように地面に流れている。日本人には見えない。
「と、とにかく警察に……」
 俺がスマホを取り出し、警察に電話をかけようとすると……。
「お腹、へった……」
 幼女がぽつり、とそう漏らすと、細い腕をよろよろと上げた。その手にはおもちゃのような光線銃。
 そのまま、俺に銃口を向け――引き金を引いた。


 部屋の明かりを全て消すと、かすかな月明かりだけが室内を照らしていた。
 俺は四つん這いになり腹に力を込める。腸の中を卵が移動しているのが分かった。ついに肛門まで辿り着くと、今度は括約筋に力を込め、卵を体外へと押しやる。にゅるぽん、と情けない音を立て俺は産卵した。
「……よく見えない」
 不満げな声が俺の尻の方から聞こえてきた。
「ねぇ。明かり点けていい?」
「止めて……恥ずかしい、です」
「いやだ。電気つけるよ」
「ああっ! やめてっ!」
 そんな俺の懇願を無視し、部屋に明かりが満ちた。
 シングルベッドに小さめのテレビ。本棚にテーブルといつも通りの俺の部屋だ。違うのは俺の姿だった。
 ベランダに続く窓に映る姿は、もさもさの真っ白な羽根と頭に生えた赤い小さなとさかだった。それと、黄色いくちばしと四本指の足。
 俺は先ほど助けた幼女にニワトリに姿を変えられてしまったのだ。その元凶である幼女は今、俺の肛門を直視している。
「もういっこ! もういっこ!」
 月明かりに輝く乳白色の髪をふわふわと踊らせ、頬をピンク色に染めながら俺の生尻をペチペチと叩いている
 虹色の瞳が好奇心に輝いている。やっぱり地球人ではないんだな、と感じる。
 カーネル星人のテバ。幼女はそう名乗った。
 コンビニの帰り道、テバを拾った時に俺はなにやら光線銃で撃たれた。カミナリが落ちた様な強烈な光から目が慣れると、俺は人間サイズのニワトリになっていたのだ。慌てふためく俺にテバは「お腹が減った。卵を産んで」と脅迫した。
 そんな事をいきなり言われても、何が何だか分からずに俺は「コケー!」と叫ぶばかりだった。業を煮やしたテバは、もう一度俺に無言で銃口を向けた。闇夜でもわかるくらい目を吊り上がらせたテバの腹の虫は、さらに大きな音を奏でていた。
 今もテバの手には俺をニワトリに変えた光線銃が握られている。
 と、言うことで俺は産卵しているわけだった。
 大学に進学し、親元を離れてから約一年。四月に二年生へと進級し、年が明ければ晴れて成人だ。そんな俺が下半身丸出しで幼女に生尻を叩かれ、肛門を直視されている。
「……えぐっ……ぐすっ」
 嗚咽が漏れる。そんな中、再度腹に妙な違和感が生まれる。
「あっ、もう一個出そう」
 テバはそう漏らすと、しゃがんで膝を抱え、ダルマのようにゆらゆらと体を揺らしている。ふんふん、と鼻息を荒くしながら、俺の肛門に集中している。
「ふううぅぅううん!」
 腹に力を込めるが、今度は中々産まれない。便秘の時の切ない感じが俺の体を支配する。
 テバがむぅ、と不満げな声を出す。えいっ! という言葉と共に、俺の肛門に激痛が走る。
「いだだだっ! いだぁい!」
 テバが俺の肛門に指を突っ込んだのだ。なおも、指を掻きまわす。
「ひぐぅ! いだいいぃ! 止めて! 乱暴にしないでぇ! 始めてなのぉっ!」
 俺が激痛に身をよじっていると、急に指が引き抜かれた。その刺激で、もう一度にゅるぽん、と情けない音が肛門から聞こえた。
 テバが床に落ちた俺の卵を拾う。鶏卵ほどの大きさの卵は幼女の手のひらにしっかりと収まっていた。
 俺は全身の力が吸い取られたようになり、床に突っ伏した。
「健太!」
 テバが俺の名を読んだ。顔だけをそちらに向けると、仁王立ちで満足そうに無い胸を張っていた。
「テバは卵焼きが食べたい!」
「はい……」
 涙のほかに鼻水まで垂らした俺は相当ひどい顔をしているのだろうな、と思った。


 すっかり陽が昇り、徹夜明けの上、産卵を終えた体には朝日がつらい。
 俺は自らが産んだ卵をフライパンに割り入れる。これはニワトリの卵……これはニワトリの卵……と自分に暗示をかける。
 じゅうじゅうと音を立てる卵の匂いで、俺も空腹だということを思い出した。
 テバは部屋のテーブルを箸でリズミカルに叩きながら「はらへった! はらへった!」と騒いでいる。
 ニワトリの姿で卵を焼いている姿はなんだかシャレになっていない。自分で産んだ卵ならなおさらだ。
 また泣きそうになってしまうが、頑張って涙をこらえた。
 慣れないニワトリの手でフライパンを振りつつ卵焼きを作る。
「ねーねー。まだー?」
「もうちょっと待ってろよ」
「ねーねー。テレビ見ていい?」
「……どうぞ」
 本当にずうずうしいというか、なんというか……。
 そんなテバに振りまわされている間に、卵焼きが完成した。
 つやつやした黄金色の輝きに、俺の腹も控えめに鳴った。食べやすいように一口サイズに包丁を入れ、崩れないように皿に盛り付ける。
「よーし、できたぞ」
 その声を聞いたテバの箸のリズムが一層激しくなる。
 口を開けて卵焼きを待っている姿は、まるでひな鳥のようだ。そりゃあ、道端の草を食んでいたくらいだ。相当腹が減っていたんだろう。すぐに食べさせてやりたい気持ちもあるが、ここは心を鬼にして……。
「その前に、ちょっと聞きたいことがある」
 テバの目の前まで持っていった皿を、ひょいと手の届かない所に上げると「うぐるるぅう」とテバが唸る。皿に手を伸ばすが背が足りない。
「俺を元の人間の姿に戻してもらえるんだろうな?」
 お預けを食らったテバの表情が怒りに歪む。光線銃の銃口がぐぐっと俺に近づいてくる。
「撃つよ」
 ひいいぃぃ! 怖い! 臆するな健太! ここが正念場だ。
「ま、まあ待て、これじゃ話にならない。取りあえず光線銃を下ろしてくれないか?」
 テバはしばらく警戒するように、俺に銃口を向けたままだったが、分かってくれたのかしぶしぶ銃を下ろした。
「なぁ。飯くらい腹いっぱい食わせてやるから、俺を人間の姿に戻してくれ」
 人間サイズの巨大なニワトリの姿。一生人間の姿に戻れないというなら、俺は社会的に抹殺されたようなものだ。最悪、人里離れた場所で一生を過ごすしかなくなる。
「戻してあげてもいいけど、その卵焼き食べさせて」
 テバは頭上の皿に向かって必死にジャンプしている。こうみると本当に可愛らしい幼女にしか見えない。
 しかし、どうするか……。
 飯を食わせてやった途端、俺に向けている銃口が火を吹くかもしれない。可愛らしい容姿だが、目の前の幼女は宇宙人なのだ。
 しかし、この幼女は俺に出会うまでは道端の草を食むくらいには飢えていたのだ。この地球でたった一人。食べ物を探す手段など持ち合わせていないのかもしれない。なら……。
「ほら」
 俺はテーブルに皿を置く。
 それならば、手なずけておいた方が良いのかもしれない。ひとまず、凶悪には見えないので、友好的にしておいた方が無難だ。
 卵焼きを見るテバの瞳には恍惚の色が浮かんでいた。大人しく座ると、たどたどしく箸を握り、卵焼きを一切れ掴んで口に入れる。まだ熱かったらしくほふほふ言いながらひょっとこみたいな表情で必死に口を動かしている。一つ目を飲みこむと、口端をにゅっ、と上げほほ笑んだ。
 そんなテバを見ていると、俺もなんだか頬が緩む。しかし、和んでばかりもいられない。
「おい。テバ」
 テバは二つ目の卵焼きを箸で持ち、あんぐりと口を開けたまま俺を見ている。眉を吊り上げると、皿を抱え込むようにして俺の反応を待っていた。取りゃしないよ。
「そういえば、どういういきさつでこの地球に不時着したんだ?」
 焦る必要もないだろう。俺はテバの事については何も知らないんだ。
 テレビでは情報番組のキャスターがさわやかな口調で、本日の天気を告げていた。今日は晴天のようだ。
「りょふぉうちゅふふぁっふぁ」
「え? なに?」
 テバはふた切れの卵焼きをもぐもぐしながら、話し始めた。
「口の中に何か入っている状態でしゃべるんじゃない」
 テバは急いで口に入った卵焼きを飲みこんだ。
「宇宙旅行中だったんだ。その時に、悪い宇宙人に撃墜されてしまった」
「へ、へぇ……そりゃ物騒な」
「この宇宙は健太が思っている以上に物騒なんだ。異星人同士での争いなんかしょっちゅうだし、戦争で星一つ破壊されることなんか日常茶飯事だ」
「い、いや……全然実感が無いな。よく地球は戦いに巻き込まれないな」
「この地球は宇宙規模で見ても、観光に適した星だ。自然に溢れ、様々な文化が融合した星は広い宇宙をみても他にはない。他の宇宙人たちも、地球にはちょっかいを出さないように気を付けているんだ」
「この地球がねぇ……」
「だから、油断していたんだ。まさか地球周辺で攻撃されるなんて……」
 テバは眉間にしわを寄せ、悔しそうにするが卵焼きを口に運ぶことだけはやめない。食い気の方が勝っているようだ。
「でもっ! テバも反撃して撃墜してやった!」
 テバが得意げにサムズアップする。
「あ、そう……なんだか物騒だな」
 ドヤ顔をしていたテバだったが、すぐに暗い顔になりしゅんと肩を落とした。
「久しぶりの旅行だったのに……」
「何日くらいさ迷っていたんだ?」
「一週間」
 一週間も観光地とは言え、知らない場所をさ迷っていたなんて、しかも撃墜されて……心細かっただろうし、相当腹も減っていただろうな。
「まあ、食えよ。俺に拾われたのも何かの縁だろ。飯くらいはたくさん食わせてやるよ」
 そう言うと、テバは皿に残った卵焼きを全部口に入れた。膨らんだ頬はまるでハムスターのようだった。
 テバは丸い目で俺を見据えたまま、静かに光線銃を渡してきた。
「ごめんね。卵産ませちゃって」
「あ、いや……まあ、良くないけど、このさい良いよ」
 俺の手の中にすっぽりと収まった光線銃は、なんだかゴテゴテと部品がくっついていた。おもちゃのような外見だったが、ずっしりとした重量感がある。これを渡してくれたと言うことは、少しは信用されたのだろうか。
「その銃。生物を食べ物に変えちゃうの」
「へぇ。これで食べ物……って俺もしかして食べ物?」
「カーネル星人はお肉が好き」
 まじかよ! 俺食われるところだったのか?
 テバは俺に背を向けると、横になりテレビを見始めてしまった。
「じゃあ、人間に戻させてもらうぞ」
 そう言い、俺は自分に銃口を向けた。引き金を引こうとした時……。
「あ、今『通常モード』になってるから、そのまま撃つと健太の胸が吹き飛ぶよ」
「あっぶねえぇよ! そう言うことは先に言ってくれ!」
 銃の側面にあったつまみを捻ってから、再び銃口を自分に向けた。
「これでいいんだよな」
「うん……おぉ、すごい綺麗」
 テバは朝の情報番組で放送している、桜の話題に目を奪われている。
 全く人の気も知らないで……そう思いながら引き金を引いた。
 
 ぷすん。

「えっ?」
 なんとも情けない音を出しながら、銃口からは白い煙がゆらゆらと立ち昇っていた。
「ああ、やっぱり充電切れ」
「充電切れ? じゃあ、早く使えるようにしてくれよ」
「無理。充電は宇宙船じゃないとできない」
「そ、その宇宙船は?」
 俺は帰ってくる答えは予想できたが、聞いてみることにした。
「撃墜された時にテバはパラシュートで脱出したから、どこに墜落したのかわかんない。風にも流されちゃったし。それに、地球人に見つからないように、宇宙船は透明バリアも張ってるから近くまで行かないと見つからないかも」
 やっぱりぃぃぃ!
「ど、ど、ど、どうするんだよ! 俺一生このままかよ! なんか手掛かりは? 何か景色が見えたとか!」
 パニックになりながら、俺はテバに詰め寄る。
「景色……この綺麗な花がいっぱい見えた」
 と、言いながらテバはテレビを指差す。
「花?」
 テレビには桜の開花情報が放送されていた。ヘリからの空撮だ。山には画面いっぱいに美しく開花した桜が映し出されている。
「テバ。脱出してからどこをどう歩いてきたか分かるか?」
「ううん。分かんない。でも、怖かったし、そんなに歩きまわってない」
「そうか……」
 だとすると、宇宙船の墜落場所はここからはそう遠くない場所かもしれない。テレビに映っている山。他に手掛かりが無い以上、この山を調べてみるのがいいだろう。
「よし! 今からこの山に宇宙船を探しに行くぞ」
 テバは驚いた表情と、大きな瞳で俺をまじまじと見つめた。にじり寄ってくると、俺の服の裾を掴み上目遣いで見つめた。
「いいの?」
「宇宙船が見つからなきゃ、お前だって困るだろうし、俺だって人間に戻りたいからな」
「うん。ごめんね。ありがと」
 そう言うと、テバは顔を伏せた。
 変な奴だけど、やっぱり心細かったんだな。そりゃそうだ。知らない星で一人っきりだったんだ。
 ふと、昔の事を思い出す。あいつも……こんな表情をしてたっけな。
 巻き込まれた形にはなったけど、できれば助けてやりたい。
 テバのちょっと泣きそうな表情を見て、俺はそう思った。


 とてもいい天気だ。
 住んでいるアパートからバスに乗ること十五分。風景は次第に緑が多くなってきた。お昼になり、暖かい日差しがバスの中にまで届いている。冬の間は寒々としていた山の風景も、春に差し掛かるころには色とりどりの様相を見せている。良い季節だ。
 テバも少し前までは腹が減ったと騒いでいたが、移り変わる日本の四季に目を奪われているようだ。
「しゅごい! 綺麗っ! しゅごい!」
 テバは先ほどから、靴を脱ぎ座席に立膝をつきながら、流れゆく景色を興味しんしんで眺めていた。
 近隣の人たちも軽く散歩するような、なだらかな山だそうだが、さすがにボロボロの服で外に出るわけにはいかない。
 体も薄汚れていたため、テバが風呂に入った後、しま○らで服を見つくろってやった。
 動きやすいようにデニムのホットパンツと赤と白のストライプのタイツ。それとグレーのパーカー。テバが興奮してはしゃぐたびに、背中のフードがゆさゆさと揺れる。
 それにしても、こいつ可愛いな。
 汚れでぺったりとしていた髪の毛は、空気を含んでふわりと膨らんでいる。驚くような艶めいた肌がテバの表情を一層明るくさせる。
 俺もニワトリの姿で外に出るわけにもいかないので、全身を隠せる服で身を包んだ。上下は良かったが、頭には厚めの生地のニット帽。大きめのマスクにサングラス。とても妖しいことこの上ない。幼女も連れていることだし、通報されなければいいが……。
「健太! あれ見て!」
「なんだよ。あまりはしゃぐと他のお客さんに迷惑になるだろ……って、確かにすごいな」
「しゅごいのぉ!」
 目いっぱいの桜色が俺の目に飛び込んできた。頭上を覆うほどの桜は確かに春の訪れを感じさせる。その隙間から覗く、青と白のコントラストは桜をさらに美しくひき立てていた。
 テバがどんどんエスカレートし座席の上を跳ねる。
 一緒にバスに乗っていた数人の乗客が、迷惑そうにこちらを見た。
「やめろ、テバ。少し落ちつけ。他のお客が見てる」
 他の地球人の目線が気になったのか、テバは素直に座り直し、怒られた子供のように大人しく窓の外を見ていた。
 子供のように……って。そう言えば、子供なのに一人で宇宙旅行?
「テバ。そう言えば、お前両親は?」
「? カーネル星にいるけど……なんで?」
「いや、だってお前子供だろ? 一人で宇宙旅行なんておかしいなって思ってな」
「テバは大人だぞ? 何言ってるんだ」
「どう見たって子供だろ? はしゃぎっぷりとか」
「地球ではこの外見は子供なのかもしれないけど、カーネル星ではテバは立派な大人だ。今回の旅行だって、やっと取れた休暇で自分探しの旅に出たんだ。テバは大人だもん」
 仕事に疲れた女性社員かよ。
 宇宙人だし、そういうモンなのかな?
 テバはむっとした表情で再び外を見ている。
 バスは次第に山の中へと入っていくがハイキングなどの利用客の為、いくつかお店もあるようだ。良かった。完全な山奥に不時着していたら、探すのに骨が折れる所だった。店があれば食料なども買っていけるだろう。
 ――次は○○です。お降りの方はお早めに――。
「おっ。ここだ。降りるぞ。テバ……ってお前何やってんの?」
 外を見ていたはずのテバはなぜか俺の指にかぶりついている。
「お腹が空いた。テバはからあげが食べたい」
「後にしなさい」
 テバが俺の指をガリガリと噛み始めた。
「いたたっ! 痛いって!」
「うみゃい」
「わかった! わかったって! 降りたら何か買ってやるから」
 テバはいたずらっ子のような表情を作ると俺の指から離れた。これで大人って言うんだからなぁ……。
 バスが停車し窓が開くと、テバは率先して外に出ていった。暖かな太陽とテバの楽しそうな様子に俺の表情も少しだけ緩んだ。


「ほれ。からあげ」
 山道に入る前に、近くのコンビニで惣菜のからあげを買ってきてやった。うきうきとコンビニの袋からからあげのパックを取り出すと、テバは二、三度、首を傾げた。
「これ……からあげ?」
「ん? そうだけど。思ったのと違ったか?」
 それでも、テバはパックを開けると、からあげを一つ口に頬張った。何かを考えるように口を動かす。
「おいしいけど……なんか違う」
 俺も一口ほおばる。
「普通のからあげだと思うけどな……」
 そう俺が言った後も、テバは疑問顔でからあげを全て頬張った。
「うん。これはこれでおいしい」
「ならいいじゃん。それよりも早く宇宙船を探さないと」
 もうお昼をまわっている。いくら陽が高くなってきたとはいえ、帰る時間も考慮すると数時間しか探せない。テバの記憶を頼りに、めぼしい所を集中して探そう。
「どうだ? 何か見覚えはあるか?」
 テバは辺りをきょろきょろと見渡していた。山の高い方へと視線を向ける。
「やっぱり、あの桜見覚えある」
「じゃあ、今日はその周辺を探してみるか」
 俺は家から持ってきた大きめのリュックサックを背負った。
 水筒やコンパス、懐中電灯など家にある物で、登山に必要なものは持ってきた。光線銃も忘れずに。しかし、リュックサックの中身を占める大部分はおにぎりである。
 絶対テバは宇宙船を探している途中、腹が減ったと騒ぎだすに違いない。
 準備は万端だ。
「よし、行くか」
「うん」
 快晴。暖かい陽気。おにぎりも持った。完全にピクニックだ。後は宇宙船が見つかって、俺も人間に戻れればいい思い出になるだろう。俺は祈る気持ちで山に入っていった。


 太陽が西に傾き、山が橙色に染め上がっていく。遠目から見る桜の色も陽の光が沁み込み昼間とは違った表情を見せていた。
 そんな中、がっくりと肩を落とし俺とテバは下山していた。
 透明バリアも貼っていた。ということだったので相当近くまで行かないと宇宙船は見えないらしい。やはり桜が見えた、というだけでは手掛かりに乏しかったのかもしれない。
 動揺が伝わってしまったのだろうか。テバは沈痛な面持ちで俺を見上げた。
「そんな顔するなって。きっと見つかるよ」
 テバはふるふると小刻みに顔を振った。
「大丈夫だって。まだ初日じゃないか」
 今度は、先ほどよりも大きく首を横に振った。
「きっと見つけてやるよ。心配するな」
「違う!」
 テバは俺の顔をじっと見つめて声を張り上げた。
「……お腹減った」
「あっそう……」
 慰めて損したよ!
「はらへった! はらへった!」
 テバが両手をぶんぶんと振り回し、ぐずり始めた。
 また始まった……。
 そろそろ日も落ちてきたが、だいぶふもとまで降りてきた。さすがにもう遭難することは無いだろう。
 俺はリュックサックを下ろすと、ラップに包まれたおにぎりを取り出した。それをテバに見せる。
「うぎゃおぉぉ!」
「わかった! わかった! ラップごと食うなよ! そこのベンチで食おう」
 俺はラップのおにぎりに食い付いたままのテバを引きずって行き、ベンチまで辿り着いた。
 ベンチのある開けた場所からは近隣の山々が一望できる。今いる山は比較的高い土地にある為、ふもとでも景色は格別だった。周りには色とりどりの花も咲いており、のんびりとおにぎりを食べるには最高の場所かもしれない。遠くの方には海も見える。水平線に沈もうとしている夕陽が目に沁みた。すでに夕方ということもあって、付近には人がいない。なんだか自分だけの秘密基地を見つけたみたいで嬉しくなった。
 ラップを丁寧に取ってやり、おにぎりをテバに手渡した。
 テバは両手でしっかりとおにぎりを掴み、大きな口を開けてかぶりついた。満足そうにおにぎりを食べるテバを見ながら、俺も一口おにぎりを食べた。
 遠くの方でカラスが鳴いている。
 人間に戻れるかどうかの瀬戸際だと言うのに、俺の心は妙に穏やかだった。テバの天真爛漫な性格もあってか、あまり悲壮感はない。単位も順調に取れているから、しばらく大学は休めばいいし、バイトも……まぁ、なんとかなるだろう。俺は雄大な自然を見ながらそう思った。
 その時、テバがぴょん、とベンチを降りた。そのままおにぎりを手に持ったまま歩きだす。
「あっちの方に綺麗なお花がある。見てきていい?」
「ああ、あんまり遠くに行くなよ」
「ちゃんとそこにいてね」
「ああ、分かってるよ」
 そう言うと、テバはニッコリと笑った。
 ぼーっと景色を見ていたら、何だか眠くなってきてしまった。徹夜明けの上、一日中山の中を歩き回ったのだ。そりゃあ、疲れきっていても無理はない。俺はおにぎりを食べ終えると、大きく背伸びをした。じんわりと疲れが溶けだしていくのが分かる。
 大きく欠伸をしたとき背後からひと際大きく、草のすれる音がした。音はそのまま遠ざかっていく。
「テバ?」
 振り返ると、視線の先には白や黄色の可愛らしい花。そこにいるはずのテバはいなかった。
 奥の方まで行ってしまったのだろうか。
 花が咲いている場所まで行ってみるも、テバの姿はなかった。うっそうと茂った草むらは、何かが無理やり通ったようになぎ倒されている。
「テバ」
 もう一度呼んでみるが返事は無かった。
 足元には白や黄色の花弁が散らされていた。それと、半分くらい食べてあるおにぎりが無残にも土にまみれている。
 テバが食べかけのおにぎりを放り出してまで、どこかに行ってしまうなど考えられなかった。
 熊? イノシシ? いや、それだったら、さすがにすぐわかる。
 背後でカラスが大きく鳴いた。先ほどとは違い妙に不気味に感じられる。辺りもだんだん暗くなっていく。昼間とは違う涼しげな風が、ニワトリの毛に覆われた背中を撫でていった。


 完全に陽は沈み、辺りは夜の帳が落ちてきた。昼間は汗ばむくらいの陽気だったが、このくらいの時間になると肌寒く感じる。
 草むらを掻き分けテバを探すが、全く気配は感じられない。
「テバ!」
 名を呼んでみるが、反応は無い。
 最初はどこか崖から落ちてしまったのかと肝を冷やしたが、この辺りはなだらかな場所のようでその心配はないと思う。
 懐中電灯を片手に草むらを掻き分けていくと、開けた場所に出た。
 目の前では小川が流れ、静かな水音が俺の耳に届く。
 月の明かりが満ち、ニワトリの目でもうっすら周りを確認することができた。
 しかし、妙だ。
 ここまで、ずっとなぎ倒された草むらを通ってきたが、テバの痕跡はなかった。ここまで綺麗に直進しているのが気になる。
 耳を澄ましてみるが静かなものだ。川のせせらぎと、僅かに風で葉がこすれる木々の音だけ。
 もう一度テバの名を呼んでみようと、深く呼吸を――。
「動くな」
 静寂の中、研ぎ澄まされた刃物のような声が聞こえてきた。男の声だ。身をよじり声のした方を向こうとするが、密着され首に腕を回されているため、全く体を動かす事が出来ない。
 だれだ? 変質者? もしかして、誰か殺してこの山に埋めに来たとか? もしかして、こいつがテバをさらったのでは? 様々な思いが交錯する中、後ろの男は俺の顔をぺたぺたと弄った。
 やばい。人間の姿ではないことがばれてしまう。
「……お前は」
 本当にヤバい。こんな姿を見られたら通報されてしまう! 俺を拘束する腕の力が一瞬緩んだ。その隙に、腕を払いのけ脱出しようとする――が、それは叶わなかった。
 足を払われたのだ。俺の体が一瞬、宙を舞った。背中から地面に倒され、両腕を抑えられてしまう。俺の顔を覆っていたサングラスとマスクをはぎ取られてしまう。数秒の後、男は強く握っていた俺の手を離した。
「まさか、お前もからあげ星人か?」
 へ? から……あげ? 
 俺は固く閉じていた目を開いた。目の前には闇夜でも良く分かるほどに雄々しく天に伸びたトサカ。黄色の鋭いくちばし。ボロボロの所々破れた個所から覗く、白い羽根。
「私のほかにも、からあげ星人がこの地球に来ていたとはな。しかし、それにしても……」
 抑えつけられていた腕を離されても、体が動かせない。目の前に俺と同じ姿の――人間サイズのニワトリがいるのだ。何が起こっているのかさっぱりわからなかった。
 からあげ星人と名乗ったニワトリは俺の顔をまじまじと見る。
「美しい」
「……はい?」
 予想していなかった言葉で緊張がほぐれたのか、ようやく俺の口から声が出た。
「い、いや。すまない。地球に我が同胞がいるとは思わなくてな。つい動揺してしまった」
「あ、あのー。だったら、ちょっと離れてほしいんですけど」
 からあげ星人はすまなそうにしながらも、俺の目を見つめたまま顔を近づけてくる。再び、腕を抑えられ身動きも取れない。
 あー。なんかヤバい。ヤバい目で見つめられてる。ヤバイ。なんか美しいとか言われちゃったし。なんかヤバい。超ヤバい。
「健太っ!」
 闇を切り裂くかのように、甲高い声が響いた。憂いの表情を俺に向けていたからあげ星人は、驚きながら声のした方へと顔を向ける。しかし、遅かった。乳白色の髪をなびかせながら、テバが木の棒をからあげ星人の顔へとフルスイング! ごしゃ、という嫌な音とともに、からあげ星人は地面に倒れ込んだ。
「……コケェ」
 と、うめき声と共に、からあげ星人はピクピクと体を痙攣させていた。
「うおおぉぉん! テバぁ! お前どこ行ってたんだよぉ!」
 半泣きになりながら走り寄ると、テバは木の棒を放り投げ、ぺたんと地面に尻もちをついた。
「こいつにさらわれたんだ……迂闊だった」
「よく無事だったな」
「噛みついてやった!」
 テバは自分の口元を指差すと、カチカチと歯を鳴らした。
「美味かった」
「ひぃ」
 テバの不敵な笑顔に、ニワトリの俺の背中に悪寒が走る。
 俺は持ってきたロープで、からあげ星人を大きな木に縛り付けた。これで目を覚ましても動けないだろう。
 テバは一呼吸整えると立ち上がり、気絶しているからあげ星人の体を調べ始めた。
「おい。テバ。こいつも宇宙人なのか?」
「うん。テバの宇宙船を襲った悪い宇宙人」
 からあげ星人をよく見ると、テバと始めて出会った時のように顔は泥や埃で汚れている。 そういえば、テバは襲ってきた悪い宇宙人を撃墜したと言っていたな。このからあげ星人も地球に不時着したのだろう。と、いうことはこいつもしばらく地球をさ迷っていたのだろうか。
「あった!」
 テバがからあげ星人の服の中からリモコンのようなものを取り出した。四角いプラスチックのような黒い箱の中心には、これ見よがしな赤いボタンが付いている。間髪いれずにテバがボタンを押す。
 ふと、ノイズが走ったような音が聞こえた。不協和音は俺の頭の中で響き渡り、思わず耳をふさいでしまう。テバは全く異に介する様子も無く周りをきょろきょろと見渡している。
「見つけたぁ……!」
 安心と驚きが混じったような声を上げて、テバは俺の横を走り去っていった。
「お、おいテバ」
 テバを追いかけようと、後ろを振り向いたとき――今までなかった物がそこに存在していた。
 二メートルほどの高さの半円状のフォルム。銀色の外装と角のような二本の突起。よく見ると、横は外装が焼けただれており、何本かの管のようなものがちぎれて顔を出していた。
「これって……もしかして?」
「うん。からあげ星人の宇宙船。テバの宇宙船と同じように透明バリアを張ってると思ったから……このスイッチで解除したの」
 こんな近くにあったのか。すぐ横を通ってきたはずなのに、全く気が付かなかった。
「テバの宇宙船も近くにあるとは思うけど……今は仕方ない」
 テバは手際よく、宇宙船の背面をさすった。ぷしゅう、と空気が漏れる音とともに扉が横にスライドした。
「来て」
 そう言うと、テバは俺の手を引き、一緒に宇宙船の中へと入った。テバが扉の横にあるスイッチを押すと、真っ暗だった船内に明かりが満ちる。しかし、明かりは点いたり消えたりを繰り返し、心もとない。
「メインエンジンは壊れちゃってるけど……良かった。なんとかエネルギーは生きてる」
 映画の中の光景だった。上部のモニターは所々かけていたが、外の様子が映し出されている。モニターの下には数百個のボタンがあった。ここで宇宙船を操作するのだろうか。
 テバは安心したように大きく息を吐くと、カタカタと何かの操作を始めた。すぐに、入って来た扉は閉じられ、重厚な音と共に鍵がかけられた。
「自分の宇宙船じゃないのに詳しいな」
「カーネル星とからあげ星の宙域は同じような宇宙船を使ってる。大体分かる……そんな事より」
 そう言うと、テバは俺に対し手を差し出す。
「光線銃を貸して。充電できるから」
「お、おう」
 促されるまま、リュックサックに入った光線銃をテバに渡した。テバは迷うことなく何かのケーブルに光線銃を繋ぐと、ほっとしたように胸をなでおろした。
「この宇宙船……だいぶ壊れちゃってるみたいだから、時間はかかるけど……これで健太を人間に戻す事が出来る」
「おお! 本当か」
 はあぁ。良かった。なんだか力が抜け、船内のイスに腰を下ろす。思ったよりもふかふかなイスに体を預けていると、溜まった疲れがにじみ出てくるようだ。
「ねぇ。健太」
 テバは神妙な面持ちでイスの前に来た。しゃがんで俺の手を優しく握った。
「人間に戻ったら、すぐにここから逃げて」
 テバの手が妙に冷たい。手のひらにはほんのりと汗も掻いているようだ。
「どういうことだ?」
「からあげ星人。あいつらものすごく執念深いから。人間の姿を見られていない健太なら逃げられると思う」
「からあげ星人……あいつら一体何なんだ? なんでテバを襲う?」
「昔からカーネル星人たちを目の敵にしているの。テバの仲間をさらったり、カーネル星を攻撃してきたり……テバたちを捕える為なら手段を選ばない」
「お前らの敵ってことか」
 テバは俺の手を強く握る。
「だから逃げて」
 テバの言葉の端が震える。虹色の瞳がほんの少し潤んでいた。
 確かに、俺はテバに巻き込まれる形でこんな姿に変えられてしまった。正直迷惑だったし、なんとしても人間に戻りたいと思った。それは今でもそう思う。
 ……でもさ。自分は大人だって言うけど、地球人から見たらテバは立派な幼女だ。そんな幼女が目に涙を溜めながら、あなただけ逃げて、って……本当は怖いはずなのに、助けてほしいはずなのに……
 ……ここで逃げ出したら、あの時と同じじゃないか。
「何言ってんだよ。俺だけ逃げられるはずないだろう?」
 俺はテバの頭に手を置き、少し乱暴に撫でてやった。
 意見が通らなかった子供のように、頬を膨らませながらテバは下を向いた。
「でも、なんでそんなかまってくれるの? これはカーネル星人とからあげ星人の問題なのに」
 テバが下を向きながら、小さな手を握り締めた。
 散々俺を産卵させたり、腹が減ったと大騒ぎ。図々しくて自分勝手で……でも、こいつを見捨てることのできない理由は――
「腹減った顔してたからかなぁ」
 テバの腹が、きゅう、と鳴った。しょぼーんとした顔でテバがお腹をさする。
「俺さ、小学生のころ犬を飼ってたんだよ。とはいっても、親は動物嫌いだし、公園の隅っこに雨よけの木箱を置いて、皆にばれないように飼ってたんだ」
 まだ子犬だった。真っ黒な毛と大きな瞳。でも、あばらは浮き、ガリガリだった。
「給食の残りだったり、少ないこずかいでドッグフード買ってきてやったり……そのたびにガツガツ食っててな。なんか食べてもらえるって嬉しいんだよ」
 テバが何度も頷いた。
「でも、ある日。いつも通り公園に行ったら、保健所の車が止まってたんだ。あいつ檻に入れられて連れて行かれちゃう寸前だった。なんかそれ見てたらすごい怖くなってきちゃてな。連れていかないで、って言うこともできなかったよ。俺があの時、勇気出していればあいつは連れていかれなかったのかな」
 テバが眉をへの字にしながら、顔を横に振った。
「だからさ、別に罪滅ぼしってわけじゃないけど。俺はテバの事を助けてやりたいと思ってるよ……これでいいか?」
「健太ぁ……」
 テバは眉のほかに、口までへの字にしながらくしゃくしゃの顔で俺を直視しいている。
「なんだよ。その顔」
 テバは俺の胸に、ぽてんと顔をうずめた。眠くてぐずる子供のように鼻をすん、と鳴らすと、俺の顔を見た。
 きゅうぅぅ、とテバの腹が鳴った。
「お腹空いた」
「……そっすか」
 なんだよ。腹が減ってただけだったのね。
 そういや、おにぎりも半分しか食べてなかったんだったよな。俺はリュックサックからおにぎりを取り出し、テバに渡した。今度は割と控えめにラップを剥がすと、あーんと大きな口を開けかぶりついた。
「……この地球で、テバを見つけてくれたのが健太で良かった」
「そ、そっか」
 なんだか恥ずかしくなってしまった。テバの顔を直視することができず、視線を上部のモニターに移した時、俺は信じられない光景を見た。
 先ほどテバが殴り倒したからあげ星人が貼りついていたのだ。頭からはおびただしい程の黄色の液体が流れ、宇宙船内部を映すカメラを汚していた。からあげ星人の頭から流れている液体は血液だろうか? 宇宙人なら血は赤くないのかもしれない。
「な、なんだよ。あいつ。木に縛り付けたはずなのに」
「からあげ星人は力が強い」
 テバはそう言いながら、光線銃の充電を確かめている。
「どうしよう……思ったよりも充電されてない」
 テバがっくりと肩を落とした時、船内が激しく揺れた。モニターを見ると、からあげ星人が宇宙船に向かって頭突きをしている。いや、頭突きじゃない。顔の半分はあろうかという、黄色いくちばしで宇宙船を突いている。何度も何度も。そのたびに船内には轟音が響き渡り激しく揺れる。
「カーネル星人め! 我が同胞を食わせるわけにはいかないぞ! ここを開けろっ!」
 からあげ星人の叫びが、外のマイクを通して船内に響き渡る。
 ……我が同胞? そう言えば俺を見て、美しい、とか言っていたな。
「おい、テバ。同胞ってどういうことだ?」
「えっ? だって今の健太はからあげ星人のメスだから。たぶん勘違いしていると思う」
 今の俺からあげ星人なの? いや、メスだってのは卵産んだから何となくわかっていたけど、からあげ星人って?
「いや、光線銃の効果は生物を食べ物に変えるんだろ? てっきり、食べてよし、産ませてよしのニワトリにしたもんだと思ってたけど……」
「うん。だからからあげ星人はカーネル星人の主食」
「はあぁぁぁぁ! 主食? あいつら食っちゃうの?」
「とっても。うみゃい」
 テバは、じゅるりと涎をすすった。
「でも、今はからあげ星人は食べていない。あいつらの先祖を飼育して卵産ませたり、お肉を食べたりしている。もっとちっちゃくて知能もあまりないし、会話もできない。いっつもコケコケ言ってる」
 それってニワトリじゃん。
「カリッと焼いて血液をべっとりとつけて食べるのがカーネル星人流」
 うげええぇぇぇ! 血液って! きめぇええ!
「だからカーネル星人とからあげ星人は仲が悪い。外のからあげ星人みたいに、直接危害を加えてくる奴もいるの」
 ううーん……宇宙人同士も色々あるんだな。でも、暴力で訴えてくるのは良くないぞ。
「よし」
 俺はイスから立ち上がりモニターを見上げた。からあげ星人が必死に宇宙船を突いている。
「時間稼ぎしてくる」
「ダメ」
 テバが反射的に俺の腕を強く掴んだ。
「大丈夫だって。今の俺はからあげ星人のメスだろ? それに、外のからあげ星人も、同胞がなんとかって言ってるから、俺の事をからあげ星人だと思っているはずだ、それに」
 からあげ星人が突いている場所を見ると、すでに小さな穴が開いている場所がある。時折、くちばしを無理やりねじ込み、引き千切ろうとしている。
「船内に突入される前に、俺があいつを引きつける。その間に充電を完了してくれ。このままじゃテバも何をされるか分かったもんじゃない」
 俺を握る手が少しだけ緩んだ。それでも俺を見る不安そうな瞳の色は薄れることは無かった。
「あっ、そうだ、さっきの犬の話なんだけど」
 テバが首を傾げる。
「何日かした後、近所で見かけたんだ。良い人に保護してもらえたんだな。あんなにやせ細っていたのに、ぷくぷくになっちゃってな。幸せそうに遊んでいたよ」
 俺はしゃがんで、テバの肩に手を置いた。
「家に帰ったら、腹いっぱい飯を食おうな」
「うん……」
 テバがゆっくりと頷いた。
「よし、ドアの鍵を開けてくれ」
 テバが操作をすると、ガゴンと重厚な音がして解錠された。
「気休めかもしれないけど、隅っこに隠れていろよ」
 怖くないわけじゃない。実際、心臓は破裂しそうなくらいバクバクしている。くちばしだけで宇宙船に穴をあけるような宇宙人だ。それが暴れているんだ。恐ろしいに決まっている。でも、俺がやらなくちゃいけない。
 ゆっくりと横にスライドしていくドアに近づく。
 隙間から恐る恐る外を覗こうとすると――からあげ星人と目があった。
「うひいっ!」
 変な声が出てしまった。と思う前に、俺はからあげ星人に手を掴まれ、無理やり船外に連れ出されてしまった。
 ものすごい力だ。浮遊感と共に、俺の体はからあげ星人の胸の中に収まっていた。
「怪我は無いか?」
 やだ。イケメン。そして、イケボ。
 頭からおびただしい程の黄色い血を流しながら、一点の曇りも無い瞳は俺を見据えている。テバに食い千切られたであろう肩口からも血が流れ出している。
 こんな怪我をしていても、自分の仲間を救い出そうとしている。こいつも悪い奴ではないんだ。いろいろと事情はあるんだろうけど、なんとかテバとは和解してもらいたい。
 からあげ星人は俺の腰に手を回し、肩をがっちりホールドしている。後、顔が近い。
「ま、まあ、素敵なお方……助けていただいてありがとうございます。あ、後ですね。宇宙船の中にいるカーネル星人なのですが、そんな悪い人……うぐむっ」
 腰をクネクネ、頑張って甘ったるい声を出してたら突然、唇を奪われた。
 くちばしをかぱぁっ、と開け俺のくちばしを横からぱっくりいきやがった。
「おぅぐっ……ふぐ……」
 暴れようにも、すさまじい力で抱きつかれているため全く体を動かす事が出来ない。突然、口の中にぬるぬるしたものが入り込んできた。からあげ星人の手が俺の頭を強く掴む。
 やべぇ! こいつ舌入れてきやがった! 始めてのちゅうは地球外生命体かよおぉぉっ! しかも濃厚なデープキス。
 ああああ! こいつを一瞬でも良い奴だと思った俺がバカだった。無理やり乙女の唇を奪う悪い奴だ!
 からあげ星人はひとしきり俺の口内をペロペロした後、満足げにくちばしを離した。しかし、俺の腰にまわした手は離そうとしない。
「愛する存在を救えたことを誇りに思う」
 何言ってんの、このクソ鳥! 自分の世界に浸ってんじゃねーよ!
 その鳥頭ひっぱたいて、さらに流血させてやろうと思ったが、ここは心を落ちつけて……。
「ほ、本当に、助けていただいて、ありがございます。で、でもあのカーネル星人は悪人ではないような気が……できればお慈悲を」
「それはできない」
 間髪いれずにからあげ星人は俺の懇願を拒否した。
「カーネル星人どもは我々からあげ星人の先祖を食っているのだ。そんな奴らに慈悲などくれてやることはできない」
 そう吐き捨てると、からあげ星人は宇宙船へと近づいていく。
「おい! 卑劣なカーネル星人! そこにいるのは分かっている。素直に出てくれば殺しはしない」
「あ、あの……もういいじゃありませんか。カーネル星人など放っておきましょう」
「何を言っているマイハニーよ。カーネル星人を捕えたら夜が明けるまで愛の営みをしようではないか」
 うあぁぁ……駄目だ、こいつ。何言っても話が通じない奴だ。
「しかし、そんな私を求めるのなら……」
 からあげ星人は歩みを止めると振り向いた。
「もう一度、接吻をしよう」
 あーもーやだー。何このキス魔。しかし、時間を稼ぐにはこれしかないのか? からあげ星人は俺の目を直視したまま近づいてくる。
 その時、からあげ星人の横っ腹に白い物体がぶつかっていった。テバだ。
「健太をいじめるなぁッ!」
 俺とからあげ星人がキスをしている間に、上手いこと宇宙船から抜け出したようだ。
 からあげ星人は一瞬よろめいたものの、体の小さいテバの体当たりだ。すぐに体制を立て直し、組みついたままのテバの首を掴んで持ち上げた。
「マイハニーとの情事を邪魔するとは……このまま締めあげてやろうか!」
 大人しく隠れてろって言ったのに……いや、俺がふがいないせいだ。
 くそっ! どうする? 俺の力じゃからあげ星人をどうにかするなんてできやしない。どうする。どうする。今俺に出来ることは!
 ……一つあった。
 俺は満天の空を見上げる。大きく息を吸い、吐いた。こんな状況なのに妙に心が落ち着いてきた。
 俺は服を脱いだ。ズボンも服も。体は白い羽根で覆われているが、何も身につけていない。からあげ星人的にいえば全裸だ。
 俺は地に手をつける。しっかりと大地を握り締める。根を張るイメージだ。膝も地面に付けた。土下座のような姿勢で尻をからあげ星人の方へと向けた。
「愛しいあなたぁ!」
 俺は絶叫した。自分の迷いを打ち消すかのように。
「産卵している私を見てぇえぇぇぇ!」
 今、俺に出来ること――それは産卵だ。
 とにかく時間を稼ぐんだ。光線銃の充電が完了するまで!
 おそらく今の俺は、からあげ星人から見れば絶世の美女に違いない。そんな美女が全裸になって四つん這いで産卵しているのだ。
 こんなドマニアックな状況で、からあげ星人が興味を示すのか。しかし、これが今の俺に出来る精いっぱいの事だった。
「コケエエェェェェ!」
 超食いついた。
 テバを放り投げ、口を大きく開け、舌ベロをびろんびろんさせながら俺に向かって走ってくる。
 ひええぇぇ! 怖いよおおぉ!
 逃げる隙も無く、からあげ星人は血走った眼で俺を押し倒した。熱い吐息が顔にあたる。
 興奮が臨界点を超えているのか。からあげ星人の頭からは黄色い血液が噴水のように噴出している。それがびちゃびちゃと俺の顔に振ってくる。
「うげぇっ!」
 酸っぱい! 酸っぱい! 口に入ると超酸っぱい!
 パニックになりながら体をじたばたさせていると、視界の隅でテバが宇宙船に逃げ込んでいくのが見えた。それでいい。俺が時間を稼ぐから!
 からあげ星人は俺の顔を見つめたまま「愛している」と呟いた。右腕で俺の体を抑えたまま、左手は自分のズボンのチャックを……。
 ひいいいぃぃ! やばいやばいやばい! な、なんとかしないと!
「こ、こんな外で……誰か見ています」
「誰も見てはいないさ」
 そこにテバがいるよ!
 からあげ星人はズボンを脱いだ。ふっくらと盛り上がるパンツを見ていたら背筋に悪寒が走った。
「天井のシミを数えている間に終わるさ」
 ここ外だよ!
 俺の気持ちなど無視し、からあげ星人は覆いかぶさってくる。
 ああ、もう駄目だ。俺の初めてはこんな思い出になってしまうんだ。観念して目を閉じると、一粒の涙が俺の頬を伝った。
 閉じたまぶたを通して、強烈な光が瞳に届いてきた。ついにからあげ星人のアレが俺のアレにアレしたのかと思った。
 突然「コケェ……」という声と共に、からあげ星人が俺から離れた。ゆっくり目を開けると驚愕の表情を浮かべたからあげ星人がそこにいた。
 白い羽根に覆われているはずの俺の体は、いつも通りの肌色になっていた。手の指は四本指ではなく人の指。くちばしも小さなトサカも無くなっている。
 目の前の美女が突然、地球人に変わったことに相当ビックリしたのか。からあげ星人はそのまま大の字に倒れてしまった。
 光線銃の充電が完了したのか? でも、つい先ほどまでまだ時間がかかるとテバが言っていたが……。
「健太ぁ!」
 テバが今にも泣き出しそうな表情で俺の胸に飛び込んできた。
「大丈夫? あいつになんかひどいことされてない?」
「ああ、大丈夫だ……でも、充電完了したんだな。もっと時間がかかると思ってた」
「……完了してない。無理やり撃った。だから……」
 テバが俺の下半身に目を向ける。俺の腰から足。そこにはまだ白い羽根がもさもさと生えていた。
「それでね……無理やり撃ったから、光線銃も壊れちゃった」
 テバはばつの悪そうな表情で手に持った光線銃を俺に見せた。プスプスと銃口から煙が上がっていた。
「ええっ! もしかして俺一生このまま?」
「ううん。たぶん中の配線が焼き切れているだけだと思うから、地球でも直せると思う。でもちょっと時間がかかると思う」
「……そっか。しょうが無いな。でも、助かったよ」
 俺は申し訳なさそうに顔を伏せるテバの頭を優しく撫でてやった。
 まあ、下半身はズボンと靴で隠せばいいし、上半身だけでも人間に戻れれば日常生活にそこまで不便は無いだろう。
 ぐうぅぅううぅぅぅ……
 突然、腹の虫の音が辺りに響き渡った。
「おっ? そんなに腹減ったか?」
「ちがう。テバじゃない」
 テバが俺の後ろの方を指差した。そこには、倒れているからあげ星人。
 そうか。あいつも地球に不時着したんだ。テバみたいに町に出ることも無く、宇宙船のある場所にずっと留まっていたんだよな。食べ物を見つけることもできなかったんだ。
「おい。からあげ星人」
 声をかけると、からあげ星人は顔だけを俺の方へ向けた。
「わ、私のマイハニーは……」
「悪いけど、そんなのいないよ」
 からあげ星人は、口をかぱっと開けるとそのまま白目を剥いた。もう一度腹の虫が響き渡る。
「腹減ってるんだろ? 俺とテバに何もしないって約束するんなら飯食わせてやるよ」
「健太! なんでそんな奴に!」
「テバ。お前もだよ。まあ、色々あるんだろうけど、お互い地球に不時着した身だ。不本意だろうけど協力しないと自分の星には帰れないぞ」
 むぅ、とテバが不満げに唸る。
「それでいいか? からあげ星人」
 からあげ星人は白目のままコクコクと頷いた。
 

 テーブルではからあげ星人が、目の前に置かれている食事をむさぼり食っている。
 あの後、夜中ということもあり、からあげ星人の姿を他の人に見られることもなく帰ることができた。からあげ星人とのいざこざと歩きで帰ったこともあり、玄関を開けた途端に俺は過労でぶっ倒れてしまった。
 起きたら、昼間になっていて同じようにテバとからあげ星人もぶっ倒れていたので、急いで食材を買いに走った。
 からあげ星人の分はどうしようかと考えていたが、試しに激安のニワトリの餌を用意してやったら「素晴らしい味だ」と漏らした。二十キロで二千円の奴なんだけどな。安上がりで助かった。
「うまい! ついばむ! うまい! ついばむついばむ」
 からあげ星人はさっきから変な言葉を発しながら、鳥の餌が置かれている皿をクチバシで突いている。カツン、カツンと皿をついばむたびに、床に餌がこぼれ落ちるので、できればもう少し落ち着いて食べてほしい。
 こいつも俺との約束を受け入れて、俺たちに危害を加えてこない所を見ると、そこまで荒ぶれた宇宙人ではないのかもしれない。
 でも、時折俺を見る視線に、扇情的なまなざしが含まれているのは頂けない。俺はお尻の穴を、キュッと締めた。
「ねー。健太。お腹空いたー」
 テバがテーブルをバンバン叩きながら不満げに声を上げた。
「ちょっと待ってろ。もうすぐ揚がるから」
 目の前では、こんがりとキツネ色に揚がったからあげが油の中に浮いていた。もうそろそろか。
 頃合いになると、俺はからあげを一つずつキッチンペーパーの上に置いた。余分な脂を吸い取ったからあげを皿に盛り付ける。
 山に入る前。スーパーのからあげを食わせた時、テバはイマイチだと漏らした。それが少し気になっていた。
 テバは血液をべったりと付けて食べるのがカーネル星人流と漏らしていた。からあげ星人の血液……まさか、今そこでニワトリの餌をついばんでいるからあげ星人の血液をかけてやるわけにはいかないから……。
 俺は買ってきた調味料の一つを取って、揚がったばかりのからあげにたっぷりとかけてやった。
 よし、これならどうだ。
「お待たせ」
 からあげを盛り付けた皿をテバに持っていくと、一層騒ぎ出した。
「はらへった! はらへった!」
「落ち着いて食えよ」
 テバが待ちきれないとばかりに、からあげを一つ頬張った。するとテバは電流が体中に走ったように、体を震わせた。
 調味料はレモンだ。
 からあげ星人の血液が口に入った時、めちゃくちゃ酸っぱかった。後で冷静に考えてみるとあれはレモンの味に似ていたんだ。お気に召してくれると良いけど。
 まあ取りあえず、これで一件落着かな。
 テバの宇宙船もまだ見つかっていないし、見つかったとしても修理をしないといけない。俺の下半身もまだからあげ星人だから、日常生活にも注意を払わないといけないだろう。まだいろいろめんどくさいこともあるんだろうなぁ、と思う。
 だけどからあげを頬張ったテバが、今まで見たことのない程の笑顔を作っているのを見ると、俺は満ち足りた気持ちになった。
たかセカンド

2017年04月30日 22時42分40秒 公開
■この作品の著作権は たかセカンド さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:
「ねぇ。卵産んで」「ふうううぅぅん」にゅるぽん。こうして俺は卵を産んだ

◆作者コメント:
ミチルさん。企画運営の皆さま。
「不思議な卵企画」開催おめでとうございます。

テーマは「不思議な卵」ということで思い浮かんだのが「生命」「新しい命」「成長」などとても素晴らしいイメージでした。
このイメージを上手く物語にできれば、ドマラティックな作品に仕上げることができるのではないかと考えました。

いろいろネタを出したのですが、自分が選んだのはなぜか「産卵」です。
どうしても、主人公が産卵する姿がイメージから離れなかったのです。

本当にすいません。素晴らしいテーマなのに……。
企画楽しませていただきます。ありがとうございました。

2017年06月11日 22時27分35秒
作者レス
2017年06月11日 09時25分28秒
2017年06月02日 22時49分13秒
作者レス
2017年06月01日 07時22分12秒
+20点
2017年05月29日 21時02分45秒
作者レス
2017年05月28日 19時23分53秒
+20点
2017年05月19日 22時20分35秒
作者レス
2017年05月18日 23時19分56秒
+10点
2017年05月16日 22時04分01秒
作者レス
2017年05月15日 19時47分55秒
作者レス
2017年05月15日 00時38分07秒
+20点
2017年05月14日 23時47分58秒
+20点
2017年05月13日 19時12分55秒
+10点
2017年05月12日 20時28分23秒
+10点
2017年05月07日 20時39分55秒
+10点
2017年05月07日 17時37分42秒
+30点
2017年05月07日 15時03分51秒
+10点
2017年05月06日 20時43分31秒
+20点
2017年05月05日 21時23分51秒
2017年05月03日 23時54分59秒
合計 14人 180点

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