子安貝デッドスピード

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 竹取の翁のもとに、かぐや姫という美しい姫がいたそうな。かぐや姫の噂を聞きつけ、五人の皇子が求婚した。この求婚にかぐや姫は、指定する宝物を持ってきた人の妻になると返した。だが、その宝物というのが、どれも無理難題であった。

 ひとつは、龍の頸についているという玉。龍を見つけるのも大変だが。龍を見つけたところで、玉を取ろうとしたら、どうなるか。どう考えたって、龍に食べられてしまう。無理な話である。
 次に、仏の御石の鉢。これは遙か海を越えた大陸、その更に彼方、天竺にあるという。あまりに遠すぎて無理だ。
 今度は、蓬莱の玉の枝。蓬莱とはどこかの海にあるという、仙人の住む島である。だが、そもそも蓬莱の場所など、誰も知らない。誰も行き着いたという者もいなかった。無理。
 そして火鼠の皮衣。火山の中に住むという火鼠からはぎ取った皮で、衣を作れというのだが。火山の中に入って火鼠を捕らえるというのが、まず無理。
 最後に指定された宝物は、ツバメの子安貝だった。ツバメの子安貝とは、ツバメの雛が孵った跡の玉子の殻のことである。ちょうど玉子の殻が、貝殻に似ていることから、そう呼ぶのだ。

 持ってくるべき宝物として、ツバメの子安貝を指定された皇子は、しめたと思った。時は初夏。ツバメが巣作りをする頃。しかも皇子の館にちょうど、毎年ツバメが巣を作っていると知っていた。
 余りにチョロい条件。チョロ過ぎて、あれっ、かぐや姫って俺にホレてんじゃね? 俺の妻になる口実のために、こんなチョロい条件を出してんじゃね? と疑うレベルであった。

 あまりの無理ゲーに困り果て、青ざめる他の男たちを尻目に。さっそく皇子はツバメの子安貝を取りに行くことにした。といっても慎重さは失わない。
 ツバメの巣のできた軒下には、下人に命じて足場をしっかりと組ませた。しかも手すり付きだ。転落防止ネットも張ってある。自身にも安全のため、落下防止ベルトの装着を忘れない。
 これで万が一、落下事故が起きようと、皇子が死ぬどころか、大怪我をすることはなくなった。

 足場を辿り悠々と軒下まで辿り着いた皇子は、巣の中に手を入れてまさぐった。すると指先に触れる、何か硬いもの。
「これが子安貝に違いない」
 皇子は巣の中の他、雑多ないろいろごと、鷲づかみにして取り出した。だが握りしめた手を開くと、中にあったのはウンコのみ。
「うわあ、きたねえ」
 ウンコを振り払おうと慌ててしまい、皇子は足場を踏み外してしまった。だがネットが体を受け止め、ベルトで宙ぶらりんになる。落下事故は防がれた。安全第一である。

 急ぎ下人たちに地上へ降ろされた皇子は、ほっと胸をなで下ろした。だが疑問がわき上がる。
「馬鹿な、私は確かに子安貝に触れたはず。一体どこに」
「お探しの子安貝ってのは、コレのことかい?」

 すると目の前にいたツバメが玉子の殻を持っていた。これこそまさしく、ツバメの子安貝。間違いない。
「おお、それこそまさしく姫の求めたる宝物。すまぬがツバメ殿……」
 ゆずってくれ、と言う前に気づいた。
「貴様、いつから我が眼前にいた」

「俺ならさっきから、ここにいたぜ」
 ツバメはあざ笑う。
「それとも、お前が手を伸ばした直前に巣から子安貝を回収したのも、気づかなかったのかい、ノロマめ」
 立ち去ろうとするツバメを、皇子は追おうとした。しかし、まだ装着したままの落下防止ベルトが邪魔になる。
「待てツバメめ、ええい誰ぞこの帯を」
 下人に解かせようとした瞬間、ベルトはパラリと切れて落ちた。切り口は鋭い。これはカマイタチ現象。超音速により発生した衝撃波が空気の断層を作り、風の刃を生じさせたのだ!

 今や皇子にもありありと見えていた。ツバメから立ち上る、圧倒的強者のオーラが。
「貴様の仕業か、ツバメめ」
「そう、オイラの仕業さ」
 声は背後からした。驚く間もなく、次の瞬間にツバメは皇子の背後に立っていたのだ。
 全く目で追えなかった。速い。
「子安貝とは! 早き者として認めた相手にのみ贈られる、ツバメにとって友情と名誉の証。地を這う人間如きが、易々と手に入れられると思うな!」

 なるほど。皇子は認識を改めなければならなかった。
 龍の頸の玉。仏の御石の鉢。蓬莱の玉の枝。火鼠の皮衣。それらの宝物に比べ、ツバメの子安貝とは実は、難易度で引けを取らぬ宝物だったのかもしれない。
 ……俺以外のヤツにとってはな。

「そんな大切なモンだって言うのなら、後生大事に抱えてることだな」
 皇子はツバメに投げて渡した、白い何か。それは子安貝だった。
「貴様!?」

「面白い偶然だな。神代にアシハヤノカミと呼ばれた神を先祖に持つ。俺こそ、その末裔。早さ自慢なら誰にも負けねえ」
 そう言って皇子は両手両足に装着していたウェイトを外す。落下した自重だけでウェイトは地面に沈んだ。
「だが次は本気だ。ついて来れるかノロマ野郎」
「人間如きが俺様と競うとほざくか。俺をノロマ呼ばわりとはな。愉快になりそうじゃねえか」
 次の瞬間、両者の姿は常人の視界から消えた。ハイスピードバトルに突入したのだ。

 ……それから一ヶ月後。かぐや姫の邸宅にて。

 龍の頸の玉を求めた皇子は、確かに龍を見つけることはできた。だがその龍に襲われて大怪我をした。
 仏の御石の鉢を求めた皇子は、旅の困難さに負けて病にかかった。
 蓬莱の玉の枝を求めた皇子は、ひとりで海を漂流して命からがら戻って来られた。
 火鼠の皮衣を求めた皇子は、火山で大やけどを負った。
 それぞれ死にはしなかったが重傷を負い、かぐや姫には再会できなかった。

 ツバメの子安貝を求めた皇子を除いて。
 貴人らしく、かつては瀟洒だった衣も、今やボロボロ。体中傷だらけになっている。だが生きて、かぐや姫に会いに来ていた。むしろ一月前より眼光は鋭くなり、自信に満ちている。彼に何があったか、ともかく人として成長したに違いない。
「では子安貝は手に入れたのですか?」
 かぐや姫の求めに、皇子は胸を張って答える。
「いいえ。子安貝は手に入りませんでした。ですが姫の求める宝ならここに」
「それは……一体どういうことでしょう?」

「ツバメとの死闘の中、我らの早さに耐えきれず子安貝は粉々になってしまいました。宝といっても、なあに所詮は玉子の殻に過ぎません。
 ですが戦いを通じて、私とツバメとの間には厚い友情が生まれました。
 その時、理解したのです。つまり姫がおっしゃった子安貝とは、友情を育む玉子だったと。子安貝という物に意味はない。重要なのは心だったと。姫はそう仰りたかったのですね!」
 ドヤ顔の皇子に姫はにこやかに答えました。
「帰れ☆」
 かくして一人もかぐや姫に宝物を持ち帰ることはできなかったのである。

 こののち。月の使いが、かぐや姫を迎えに来た。だが、かぐや姫を帰すまいとする帝の軍勢と戦いになる。神通力でもって帝の軍勢を圧倒した月の使いだが。唯一、例外があった。
 ツバメの子安貝を求めた、あの皇子である。皇子はその超スピードでもって、どんな攻撃をも回避。月の民から「アイツ早過ぎるんだけどー!?」と大層に嫌がられたそうな。
 かくして大いに武勲を上げ、英雄の誕生と相成ったわけである。玉子だけに。めでたし、めでたし。
砂浜

2017年04月30日 22時16分32秒 公開
■この作品の著作権は 砂浜 さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:かぐや姫の宝をめぐり、熱いバトルがいま開始する。
◆作者コメント:投稿は初めてとなります。不思議な玉子、というお題を見た瞬間にアイデアが来たので、パッと書きました。オバカ小説ですが、読んでくださったらありがたく思います。

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2017年05月02日 21時06分44秒
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合計 13人 170点

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