ナンバープレートは事実を語る

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 【1】

 12月の冷気を切って、1台のセダンが通りすぎる。
 そのナンバーをじっと見つめて、芽衣(めい)は思わずつぶやいた。
「偶然にしては出来過ぎよ……」
 地名や先頭のひらがなは違えど、同じ「15-64」の指定番号。それがもう3台も続いている。
 車のナンバーが被るのはそう珍しいことではない。ゾロ目や1122(いい夫婦)などの人気ナンバーなら尚更だ。
 だが、校門を出てたった数百メートル歩く間に同じ番号を3度も見るのは、さすがに頻度が高すぎやしないか。

 芽衣はきびすを反し、足早に校内に戻った。確かめたいことがある。
 教員用駐車場の一角に、白の平凡な軽乗用車が見える。
 やはり、ナンバーは1564。
 ××女子高等学校の臨時教員、桐生(きりゅう)の車だ。
 3ヵ月前、産休をとる教員の代理として桐生が赴任してきたその日から、芽衣は彼に恋をしていた。
 日本史担当の桐生の授業は週に2回のみ。それ以外の日に確実に彼の姿を見られる場所が、この教員駐車場なのだ。
 ほぼ毎日通っているから、桐生の車のナンバーも覚えている。最近は同じナンバーの車を見かけるたび、いや車でなくても、1564の数字であれば、瞬時に桐生の端正な横顔が浮かぶ。
 その「桐生の数字」を見かけることが、ここ最近増えているのだ。

 車のナンバーであることが多いが、数字であれば何でもアリだ。
 散歩中にふと目に入った電柱の住居表示が「156-4」だったり。母親がキッチンのカレンダーに殴り書きした何かの電話番号の末尾が「1564」だったこともある。
(好きになりすぎて、無意識にこじ付けているのかしら)
 初めのうちは、そんなふうに理由づける理性もあった。
 けれど……。

 そのとき、誰かに肩を叩かれて、芽衣はギクッと振り返った。
「ぼくの車がどうかした?」
 ふっくらとした笑顔の若い男が見下ろしている。
「桐生……センセイ……」
 咄嗟のことに声が出ない。遠くからうっとり眺めるだけでなく、こんな時にかける言葉を考えておけばよかった……。
「2年B組の子だよね」
「は、はい……」
「時どきここに来てるの、知ってるよ」
「いえ、違います。誤解です。あたしは友だちを待ってるんです。待ち合わせです。センセイのクラスのA美さんと」
 嘘だった。A美は、10代向けの有名雑誌の読者モデルになったこともある、いわば××女子高のスターだった。地味で内気な芽衣と接点なんぞあるはずがない。
 だが、疑う様子のない桐生は「ちょうど良かった」と頷いて、肩掛け鞄の中から黒の合皮のバインダーを引っ張り出した。
「これ、渡しておいて。悪いけど」
「え」
「顔を合わせたくないんだ。じゃ、ね」
 桐生は、運転席から芽衣に手をふり、車で校外へ出て行った。1564ナンバーがあっという間に遠ざかった。

 手渡されたのはCクラスの当番日誌だ。
 A美とはもちろん会うことはないので、芽衣はしかたなく教室へ上って行って、教卓の上にそっと置いておくことにした。
 そのついでに日誌を開くと、当日のページに二人分の筆跡が見えた。
 鉛筆書きは、生徒の文字。赤いサインペンは桐生のものだ。

 ――センセイの腕のぬくもりと、肩越しに眺めた星空。絶対に忘れない(はぁと)。日曜日は、アリガトウ!
 ――くだらない妄想だ。医者に行け。

 おそらく、A美が悪ふざけで書いた日誌に、桐生が身もふたもない対応をしたものだろう。
 冗談めかしてはいるものの、こうして日誌でアピールをしてくる生徒がいるという事実に、芽衣の心中は穏やかではなかった。
 つまり、A美もライバルなのか。
 桐生は彼女を避けてはいるが……結局は意識しているのではないだろうか……。
 A美の容姿は芸能人並み。
(でも、あたしはキレイじゃないし、すごく成績が良いわけでもない。センセイが興味を持ってくれるような特別な能力なんて持ってないもの)
 ため息をつく芽衣の耳に、防災行政無線の『夕焼け小焼け』が聞こえてきた。
 グラウンドのソフトボール部の生徒たちに下校を促す教師の声も。
「まだ隣町の通り魔、捕まっとらんぞぅ。死にたくなけりゃぁさっさと帰れよぉ」
 芽衣は窓の外を見下ろして、あっと小さく声をあげた。
 コーチに礼をするためにこちらに背を向けた二人の部員。背番号はそれぞれ「15」と「64」なのだ。

 【2】

 その週の土日を費やし、芽衣は自分の身に起こっている現象を明らかにすべく、スマートホンで思い付く限りのキーワードを検索した。結果、数字が何らかの意味やメッセージを語っているという思想は、想像以上に世の中に溢れていることがわかってきた。
 中でも有名なのが、古代ユダヤから伝わるとされるカバラ数秘術だった。
 生年月日や姓名を数字に置き換えてバラバラにし、その全ての数をひと桁になるまで足していって、最終的に導き出された数字の持つ意味から運命を占うという。

 それよりカジュアルなものでは、エンジェル・ナンバーがある。
 こちらは、日々の生活から見出されるゾロ目や決まったパターンの数字を「天使からのメッセージ」と考える。
 たとえば「111」なら「あなたの思考はすばやく現実になる」という意味で、「1818」であれば「あなたの人生のある重要な段階が終わりに近づいている」といった具合だ。

 車のナンバーから使われることも多く、はじめは芽衣の現象もこれで説明がつくように思われた。
 だが、主だったサイトを見ても、「1564」はエンジェル・ナンバーとして登録されていない。「15」と「64」にバラしてみても、「前向きで」とか「恐れずに」などと、曖昧でふわっとしたアドバイスがあるのみだ。

(こんなんじゃ、意味が無いのと大差無いじゃない)
 芽衣はベッドに身を投げ出した。

 廊下を隔てた居間で、母が留守番電話を再生している。
《ごご、15、時、6、ぷん、デス……》
《4、件、のメッセージ、を、再生、しまシタ》
 たどたどしいアナウンスが聞こえてくる。
「ああ、もう……!」
 芽衣は耳をふさぎ、ベッドで足をバタバタさせた。

 また1564だ。
 万事がこんな調子で、外出すれば相も変わらず1564ナンバーの車やバイクに出くわし続けている。
 6415ナンバーのトラックもあった。
(あら惜しい。逆さま)と思った次の瞬間、トラックはテールランプをチカチカさせて、バックで芽衣に迫ってきた。
 もう、数字に憑りつかれたと言ってもいいくらいだ。

 そしてそれは、憧れの桐生センセイのナンバーなのだ。彼への思いを募らせつつ、眺め続けた4桁の数字。それが目の前に繰り返し出現し続けているのだ。
(数字が何かを語っているのは確かだわ。その意味さえわかれば……)
 芽衣はふたたびスマートホンにかじりついた。

 3時間ほど経った頃、一本の動画にたどりついた。
 どこにでもありそうな、スピリチュアル団体のPR動画で、ほんの5分程度のものだ。美しい外国の風景をバックに、年輩らしき女性の声と若い男性の声による質疑応答が流れてくる趣向だった。

「導師さま。まずは宇宙について教えてください」 
 男の声は、まるでアニメの声優のようだ。
 対して、女性の声は穏やかだった。
「宇宙は常に、私たちに語りかけているのです。絶え間なく。それは、身近な人の口を借りて語られる言葉かもしれません。黒猫がふっと道を横切る……といったような印象的な場面かもしれません。あるいは数字を通してかもしれません」

 ごくっと唾を飲み込んで、芽衣は動画の音量を上げた。

「伝達方法は特に決まってはいないのですね」
「そうです。けれども大切なのは、宇宙の言葉は実在するということよ。そして私たちは皆、宇宙とコミュニケートする力を持っているの。私たち皆が。でもね、残念なことに、その能力に目覚めることができるのは、ほんの一握りの人たちなのです」
「私たちは、選ばれた存在である、と……」
「そういうことね」
 ヨーロッパの田園風景を映していた動画が、まばゆい銀河のCGに変わる。BGMもより神秘的な環境音楽が流れ始めた。
「導師さま。最後にひとつ。宇宙とのコミュニケーションは、一方通行なのでしょうか? つまり、我々は受け取るだけなのですか? 」
「いいえ。対話は可能です。何でも訊ねてごらんなさい。宇宙は喜んで応えてくれます」
「どのように、訊ねればいいのです?」
「共有している人を探すことです」
 女は、きっぱりと答えた。
「あなたが受け取った言葉、場面、数字に関係する人がいるのなら、その人に訊ねてみることです。多くの場合、その人が何らかのメッセージの発信源なのです」


 いかにも素人の手によるチープな作りの動画だった。内容もかなり荒唐無稽だ。
 けれども、奇妙な現象に現在進行形で巻き込まれている芽衣にとっては、この非日常的な世界観こそ現実的に思われた。
(センセイがあたしに……メッセージを発信している……?)
 なんて素敵な考えだろう。

 この一連の出来事を桐生センセイに打ち明けよう。
 面と向かって伝える勇気はないけれど、手紙でなら……。
 いや、もっと運命的な方法があった。
 日本史の授業でノートを提出することになっている。そこに一言「1564、見ています」と、桐生に宛てたメッセージを書き込んでおこう。
 次の日本史は15日。ノートにまとめたレポートは64ページ目で止まっている。

 【3】

 その日の夕方、帰宅する芽衣の脇を、控え目なエンジン音を響かせながら白の軽自動車がゆっくりと通り過ぎた。
 数メートルほど進んだところでブレーキランプが赤く灯る。
 ナンバーは1564。

 桐生だ。

 芽衣の心臓が高鳴った。
 同じ光景はこれまでに何度も見ているが、赤信号でもないのに芽衣の目の前で桐生の車が停車したことはない。

 桐生が芽衣を待ち受けていたのは、彼女が近づくタイミングに合わせて助手席のドアが開いたことからも明らかだ。
 喜びと恐れで全身をこわばらせる芽衣に、桐生はいつものふっくらとした笑顔を向けた。

「ノート、読んだよ」
 桐生は言った。
「ぼくの車のナンバーだね。どこで見たのかなって思ってね」
「どこって言うか、その……」
「きみの家はこの近く?」
「数字を見たのは、あちこちなんです。でも全て先生の車ってわけじゃなくて……。あ、あたしの家はもっと先です。ナンバーは……」
 芽衣は口ごもった。喉の奥がカラカラだ。
「ぼくに話したいことがあるんだね?」
 カッと頬を紅潮させながら頷く。
 桐生は辺りに目をやった。
「乗って」
 短く言うと、助手席に乗り出していた上半身を正した。
 芽衣は、いまにも呼吸が止まりそうだった。が、ここで倒れてしまったら二度と幸運は訪れない気がする。彼女は助手席に乗り込んだ。下校前に、首筋か脇の下にストロベリーのコロンを吹きつけておくのだったと後悔しながら。

 桐生は穏やかな笑みをたたえたまま、黙って車を走らせた。
 車は芽衣の住む町を通り抜け、隣町のさらにはずれの松林沿いの道を進んでいく。
 フロントガラスから降り注ぐ冬の陽ざしで、柔和な桐生の横顔がまぶしい。
 憧れの異性と二人きり。この状況はまるでデートそのものだ。
(やっぱり、桐生センセイとあたしは……)
 確信を強めた芽衣は、緊張の箍(たが)から解き放たれて、自分の身に起こっている数字にまつわる奇妙な出来事を情熱的に語った。


「おもしろいね」
 桐生は、生徒がひと通り話し終えたところで口を開いた。
「で、1564はどんな意味?」
「センセイは、どう思いますか?」
「ぼくにわかるわけが無いじゃないか」
「いろいろ考えてみたんですけど、しっくりこなくて。エンジェル・ナンバーはこじつけっぽいし」
「占いなんてそんなものだよ。どんな状況でも何となくあてはまるように、わざと曖昧な表現をする」
「信じないんですか?」
 芽衣は失望して、少しつっけんどんな調子で訊ねた。
「人間の脳は自分に都合がいいように事実を曲げて認識するようにできている。誰もが持っている能力だよ」
「でも、でも……同じ数字が何度も……」
「偶然だよ」
「ちがう。偶然なんかじゃないです」
 芽衣はかすれた声で反論する。幸福の絶頂から突き落とされたショックは大きい。
「何かの意味が込められているのは確実なんです。でなきゃ不自然よ。語呂合わせでも何でも……」
「語呂合わせ?」
「そうです。語呂合わせでも、暗号でも。本当に心当たりはないんですか?」
「それこそ受け取る側の思惑で何とでも変わる」
「1564です! センセイ! わかりませんか?」
「くどい」
 芽衣はハッとして桐生を見上げ、彼の笑みがとうに消失しているのに気が付いた。前方を凝視する目つきは険しい。
「取り引きのつもりか? 大人を舐めるのもいい加減にしろ」
 桐生の声が低くなった。それは、普段の穏やかな日本史教師の話し方とはほど遠い。
「センセイ……?」
「きみがぼくの気を引きたがっているのはわかっていた。そんな生徒は何人もいるが、同じ過ちをくりかえしたくなかったんでね。残念ながら、そうも言ってはいられなくなったが」
 桐生が路肩に車を停めた。
 助手席側の窓の外には延々と松林が続き、反対側には乾燥した畑が広がっている。
 ここが、夏に起こった通り魔殺人事件の現場だったことを思い出した瞬間、桐生の両手が芽衣の首に伸びた。

 *

 事を終えた桐生は車を降り、靴の先で黄色いナンバープレートを突っついた。
「ヒトゴロシ(1564)か。確かに、偶然にしては出来過ぎだ」

kinako

2016年12月31日 23時49分09秒 公開
■この作品の著作権は kinako さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:それは、身近な人の口を借りて語られる言葉か、黒猫が道を横切るといった印象的な場面なのか。あるいは数字を通してなのか。

◆作者コメント:主催者様、運営の皆様。冬企画の開催ありがとうございます。
年末恒例「笑ってはいけない」を見ながら最終稿を書きました。どうぞ宜しくお願いします。

2017年01月21日 02時05分17秒
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2017年01月20日 23時46分55秒
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2017年01月05日 22時27分47秒
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2017年01月04日 02時35分10秒
+10点
2017年01月03日 23時19分02秒
+20点
2017年01月02日 17時27分37秒
+20点
2017年01月01日 21時42分28秒
+10点
合計 13人 120点

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