チャッピーが教えてくれた

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 赤や黄色に色づいていた広葉樹の葉は季節の移ろいと共にすっかり落ち、今や寒々とした黒い枝を残すばかりで、公園の主役の座を緑色の細い葉を着けた針葉樹へと明け渡していた。その針葉樹も、やがては降り積もる白い雪に主役を取って代わられるだろう。
 そして、色彩のない長い長い冬が訪れるのだ。
 本格的な冬は、もうそこまで来ている。
 僕は目深に被った帽子のツバを下し、寒さに肩をすぼめながら森林公園を歩いた。
 公園と言っても、遊具のひとつもあるわけではない。ただ木々が植わっているばかりで広いのだけが取り柄の公園だった。
 よくもまあ駅からほど近い一等地を開発もせず、こんな無駄に放置しておくものだ。
 行政の無能さに呆れつつも、しかし、そのお陰で『遊び』に興じることができるのだから、僕が文句を言う筋合いではない。
 それはわかっている。肝に銘じている。
 僕の『遊び』は、駅から家路へと急ぐ人々が近道してこの公園を通ってくれるからこそやり易いのだ。
 帽子のツバを手で押さえつつ、北風に肩をすぼめながら森林公園を抜けると、僕は公園の側に建つ赤い屋根をした家を訪れた。
 玄関を抜け、手すりのある階段を上ってすぐにある部屋。
 この部屋に間違いない。
 位置関係からして、森林公園を一望できるバルコニーがあるのはこの部屋に違いない。そう当たりをつけて部屋のドアノブを静かに回す。
 音がしないように、注意して。
 それから、少しだけドアを開けると、僕は隙間から中をのぞいた。
 ドアの間から目を凝らすと、部屋を抜けた正面に大きく開けたバルコニーが見えた。
 思った通りだ。このバルコニーからなら公園が一望に出来る。
 僕が『遊び』に興じているところも、すっかり。
 そして、バルコニーにあの女の子がいた。
 髪に赤いリボンを結び、赤いワンピースを着た女の子が。
 それは、昨日のことだった。
、僕が、ふと、視線を感じ『遊び』の手を止めて目を向けると、赤い屋根の家のバルコニーに女の子がいた。
 部屋から零れる明かりの中に、赤いリボンとワンピースを着た女の子が。
 小さな女の子だった。まだ小学校に上がる前ぐらいだろうか。
 色が白くて、長く伸ばした茶味がかった髪に、赤いリボンがよく似合っていた。
 女の子が僕の『遊び』を見ていたとは限らない。見えていたとは限らない。
 しかし、それを放っておけるほど、僕は楽天的でも無神経でもなかった。
 もうこれ以上ミスは重ねられない。
 たとえ小さな女の子だとしても、見られていたとしたら、遺留品を埋め忘れたどころの比ではない。
 幸いにして、僕が遊んだあとの遺体は見つかってはいない。行方不明になった女たちの靴やバッグが公園で見つかっただけだ。今のところ事件にすらなっていないから、警察は本格的には動いていない。
 だが、女の子が見たままを両親に話し、それを警察に話したとしたらどうだろう? 一巻の終わりだ。
 だから、僕はこの家を訪れる必要があった。
 そうなる前に、手を打っておくために。
 息を殺し、薄く開けたドアの隙間から女の子の様子を窺う。
 女の子は、バルコニーの脇に置かれた椅子にちょんと座っていた。
 大きく開いた窓から、青い空と緑色の針葉樹が見える。
 時折吹く風に、赤いリボンを結んだ女の子の長い髪がふわりと揺れる。
 木々の間を抜け、北から吹く風はそれなりにもう冷たい。
 防寒対策として、女の子は赤いワンピースの上に肩から同じ色のカーディガンを掛け、膝を暖かそうなブランケットで覆っていた。
「うふふ」
 女の子は、笑っていた。
 冷たい風に、ほっぺを紅くして。
 見ると、差し出した女の子の指に、黄色いカナリアが止まっていた。
「ピピピッ」
 女の子の指先で、カナリアは綺麗な声で鳴いた。
「チャッピーは、きょうもげんきだね」
 おそらく、カナリアの名前なのだろう。指先の黄色い小鳥に女の子が話しかけると、カナリアはまた「ピピピッ」と鳴いた。女の子に返事するように。
「きのうもいっぱい食べたから、チャッピーはげんきなのね」
「ピピピッ」
「ほんと、チャッピーったら食いしんぼうなんだから」
「ピピッ」
「でも、チャッピーはおりこうさんだね。いいつけどおりちゃんと赤いのは食べないでのこすんだもん」
 そう言って女の子が「うふふ」と笑うと、カナリアはちょっと小首をかしでげてから、また「ピピピッ」と鳴いた。
 女の子とチャッピーは、まるで本当に会話しているみたいだった。
 窓際で青い空と緑色の針葉樹を背景に、鮮やかな黄色いカナリアとおしゃべりする赤いワンピースの少女。
 それは、絵本の一頁から抜け出したように、微笑ましく、美しく、可愛らしい光景だった。見ている者の顔をほころばせるに充分な程に。
 普通の者なら。
 だが
 僕は違う。
 普通じゃないから。
 そんなことを考えつつのぞき見を続けていると、カナリアが指先からぴょんと飛んで女の子の肩に止まった。
 肩の上で、可愛らしく小首を傾げるチャッピーに、また「うふふ」と笑うのかと思いきや、しかし、女の子は全く違う反応をした。
「どこ? どこにいったの?」
 どこもなにも、ほんの目と鼻の先に居るというのに、女の子は慌てていた。
「どこにいっちゃったの? ねぇ!」
 焦った女の子は、そこら中手当たり次第に手を伸ばし、触りまくった。
「どこ? どこなの!?」
 女の子の慌てぶりなど素知らぬふりで、黄色い小鳥は肩からぴょんと頭の上に飛び移った。
「ピピピッ」
 頭の上でひと声鳴くと、ようやく居所がわかって、女の子はほっと安堵した。
「よかった、そこにいたのね」
「ピピピッ!」
 女の子に応えてカナリアが鳴く。
 そこで、ようやく僕は気がついた。
 目の前に居た小鳥を不意に見失ったとしたら、普通はきょろきょろと辺りを見回すものだ。しかし、女の子は手を伸ばした。手を伸ばしてそこら中を手探りして回った。
 まるで暗闇の中にでも居るように。
 女の子はカナリアを見失ったのではない。最初から見えていなかったのだ。最初から小鳥の声に反応していたのだ。
 そう言えば、先ほどからずっと女の子の視線は動いていない。
 それに、階段に手すりがあったではないか。
 そう思って見回すと、階段にだけでなく、廊下にも、今のぞいている部屋の中にも、家のそこら中に手すりがあった。
 おそらくは、目の見えない女の子のために両親が設置したのだろう。
 だとすると、僕はとんだ無駄足を踏んだことになる。
 昨日、視線を感じたのは気のせいだったわけだ。
 盲目の女の子には、僕の『遊び』が見えていたはずなどないのだから。
 それなら、長居は無用だ。早々に立ち去ろうとしたそのとき
「こら! ダメよ! リボンを食べちゃ!」
「ピピピッ」
 見ると、カナリアが女の子の頭の上で、赤いリボンをついばんで引っ張っていた。
「こーら! ダメ! いったでしょ? 赤いのはちぃちゃんのだから、食べちゃダメだって」
「ピピピッ」
「おリボンも、おようふくも、赤いのはみんなちぃちゃんのだから、食べちゃダメなんだからね!」
「ピピッ」
 女の子の抗議をようやく聞き届けて、カナリアはぴょんと頭から肩へと下りた。それから、媚を売って許しを請うように、女の子の頬に擦り寄る。
「もう、食いしんぼうなんだから」
「ピピピッ」
 それでようやくふたりは仲直りしたらしい。
 さて、今度こそ立ち去ろうとすると
「ねぇ、しってる? きのうまた女の人がころされたんだよ」
 その台詞に、僕は動きを止めた。
「くびをしめられて、ころされたんだよ」
 そして、もう一度のぞいた。
「それから、はだかんぼうにされて」
 ドアの隙間から目を凝らし
「あたまと、手と、足を、ちょんちょんって切られて」
 もう一度のぞく。
「そんで、こうえんの木の下にうめられたんだよ」
「ピピピッ」
 女の子は、カナリアに話しかけていた。
 さっきと同じように。
 しかし
 なぜ、この子が知っている!?
「チャッピーがね、教えてくれたの」
「ピピッ!」
 女の子が言うと、またカナリアが返事をした。
 チャッピーがだって? それはカナリアの名前じゃなかったのか?
 では、チャッピーって?
「チャッピーがね、はんにんを教えてくれたんだよ」
「ピピピッ」
 チャッピーというのは
「女の人をころしたはんにんはね」
 チャッピーとは
「おぼうしをかぶってたんだって」
 いったい、なんなんだ!
「赤いおぼうしをかぶった男の人なんだって」
 そこまで聞いて、僕はバタンと扉を開けた。
 驚いたカナリアが、「ピピピッ」と鳴いて窓から逃げて行く。
「ママ?」
「いや、ママじゃない」
 目の見えない女の子が、こちらに振り替えることもなく聞いたのに答える。
「ママのお友だちだよ」
「うそ」
 見え透いた言い訳を女の子に見破られカッとなるが、ここは抑えどこだ。
「うそじゃないさ」
 チャッピーがなんなのかを探らなければ。
「ママの古いお友だちの――」
「うそ!」
 僕はひとつ深呼吸して怒りを抑えてから、猫なで声で聞いた。
「どうしてうそだって思うの?」
「だって」
 女の子はおずおずと、答えた。
「だって、おぼうし」
「え?」
「おぼうしかぶってるんだもん」
「かぶってないよ」
「かぶってるもん」
「帽子なんかかぶってないよ!」
「うそ! かぶってるもん!」
 女の子が叫んだ。
「はんにんとおんなじ、赤いおぼうしかぶってるもん!」
 なるほど、盲目だと思ったが、完全に見えないわけではないらしい。
「赤い帽子が見えるだね?」
 すると、女の子は首を横に振った。
「チャッピーが教えてくれたの」
「うそをつくな!」
 ついに怒りを抑えきれず、僕は怒鳴ってしまった。小さな女の子相手に。
「チャッピーなんか居ない!」
「いるもん!」
 女の子が叫ぶ。
「チャッピーが教えてくれたんだもん!」
「うそだ!」
 だが、もう止まらない。
「本当は見えてるんだろう!?」
 もう後には引けない。
「僕が殺したのも見てたんだろ!」
「うそじゃないもん!」
 女の子が泣き叫ぶ。
「赤いおぼうしの男の人が、女の人をころしたのも」
 両の目からぽろぽろと涙を流し
「バラバラにして木の下にうめたのも」
 必死になって泣き叫ぶ。
「みんなみんなチャッピーが教えてくれたんだもん!」
 やはり見られていた。
 その事実に僕は憤った。
 チャッピーがなんなのかは、もうどうでもよかった。
 怒りに任せ、女の子の首を絞めようと一歩踏み出した。
 と、そのとき
 突然、後ろから突き飛ばされたような感覚がして、視界が暗転した。
 一瞬にして、僕はぬめぬめとした臭くて狭い何かの中にいた。
 いったい、これは……なんなんだ?
 困惑していると、外からくぐもった女の子の声が聞こえた。
「チャッピー!」
 ふと、僕は、いつもかぶっている帽子がないのに気がついた。


 ※


 駅前の商店街で買い物を済ませると、彼女は森林公園の中を通って、自宅へと急いだ。
 若い女の人が近道しようとしてこの公園で行方不明になったとか、いやなうわさを耳にしたことはある。実際に、女物の赤い靴や、赤いバッグが公園の中で見つかったとも聞いた。
 しかし、そんな話はよくある都市伝説に過ぎない。
 第一、暗くなってからならまだしも、まだ明るいうちなのだから問題ないだろう。
 それよりも、自宅にひとり残してきた、目の不自由な娘のことの方が彼女にとって気がかりだった。
 公園を抜け、赤い屋根をした自宅に戻ると、急いで二階へと上がる。
 階段を上ってすぐの子供部屋の前まで来ると、中から娘の声がした。
「チャッピーったら、ほんとうに食いしんぼうなんだから」
 どうやら、また娘は小鳥とおしゃべりをしているらしい。
 どこかの家で飼われていたのが逃げ出したのか、あるいは捨てられたのか、おそらくは森林公園の中に住んでいるのであろう野生化したカナリアが、よく子供部屋に飛んできているのは知っていた。
 そして、幼い娘がカナリアを話し相手にしているのも。
 目の不自由な娘にとって、カナリアは唯一の友達なのだ。
「きのうもあんなに食べたのに、食べすぎじゃない?」
 だから、寒くなってもカナリアが入って来れるよう窓を開けっぱなしにし、代わりに娘にはカーデガンやらブランケットやらで風邪を引かないよう厚着をさせた。
 窓から訪れる黄色い小鳥は、彼女の娘にとって必要な慰めなのだから。
「ただいま」
「あ、ママ!」
 子供部屋のドアを開けると、娘が嬉しそうに答えた。と同時に「ピピピッ」と鳴いて窓からカナリアが飛んで行った。
 いつもそうだ。娘にはなついているというのに、彼女が近づくとすぐにカナリアは飛んで行ってしまうのだ。だから、娘がカナリアとおしゃべりしている間は、なるたけそっとしておくようにしていたのだった。
 部屋の中に入ると、床に赤い帽子が落ちていた。
 こんな帽子あっただろうか。
 拾って見てみるが、覚えがない。
 自分では見えていないのに、赤い色が好きな娘のため夫が買い与えた物だろうか。
「ママ、おかえりなさい!」
「ちぃちゃん」
 甘えて娘がだっこをせがむ。やはりひとりでお留守番をするのは寂しかったのだろう。
 帽子についてそれ以上考えるのを止めてベッドの脇に置くと、彼女は小さな娘の身体を抱きかかえた。
「ちぃちゃん、いい子にしてた?」
「うん!」
「ひとりでお留守番、寂しくなかった?」
「うん! だいじょうぶ!」
 元気に答える娘に、少しは寂しがってくれてもいいのにと思うのは、身勝手過ぎる親心だろうか。
「ちぃちゃん、何してたの?」
「チャッピーと、おはなししてた」
 チャッピーとは、娘になついているカナリアのことだ。
 カナリアとお話しして大人しくしていてくれるのなら、またひとりでお留守番させるのもいいかも知れない。その方が、買い物が進むし、自分も娘も疲れなくて済む。
 などと算段していると、腕の中の娘が言った。
「ママ、れんぞくさつじんじけんが、かいけつしたよ」
「そうなんだ」
「うん」
 おそらくは、テレビドラマの音で覚えたのだろう。「れんぞくさつじんじけん」は近頃の娘のお気に入りの話題だった。
 女の人が何人も殺されて、バラバラにされて埋められたとか、遺留品として赤い靴や赤いバッグが残されていただとか、どこかで聞いたような話を一生懸命にするのだ。
「犯人が捕まったの?」
「ううん」
 話を合わせて尋ねると、幼い娘は首を横に振った。
「食べられちゃったの」
「そうなんだ」
「うん」
「悪いことをしたから、食べられちゃったんだね」
「うん!」
 どうやら犯人は食べられてしまったらしい。全く、子供の想像力というのは突飛で面白い。
 出来れば、この想像力を伸ばしていって欲しい。それで彼女は、こういうときはいつも褒めることにしていた。
「ちぃちゃんはスゴイね。なんでも知ってるんだね」
「うん!」
 それから満面の笑みをたたえ、娘は答えた。
「チャッピーが教えてくれたの!」



 了

へろりん

2016年12月31日 17時24分07秒 公開
■この作品の著作権は へろりん さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:ねぇ、しってる? きのうまた女の人がころされたんだよ
◆作者コメント:
冬企画開催おめでとうございます!
なかなか『小さな異能』が思いつかなくて苦戦しました!
やっと絞り出したアイディアですが、うまくいっているかどうかわかりません!(エッヘン!)
少しでも楽しんでもらえるところがあったらうれしいです。

最後に、企画を立ち上げてくれた主催者様、運営の皆様に感謝します。
ありがとうございました。

冬企画、盛り上げていきましょう!

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