恋人はメロウ

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 漣が光っていた。その光が、波に飲まれては消えていく。
 さらり。
 砂浜を擦る音がして、僕は目の前に広がる現実に引き戻される。
 漣のように、鱗が光っていた。あぁ、これは紛れもない現実なんだと諦めて僕は彼女を見るのだ。
 あたりに広がる砂浜のように輝くブロンドの髪。小さな顔に嵌め込まれた瑪瑙のようなアーモンド型の瞳。その下に続く白い体は少女のそれで、下半身は魚の尻尾のよう。
 魚の尻尾には鱗が生えていた。眩い月光の光が反射するたびに、鱗は虹色に煌めいて、目の前にある海のように光り輝く。

 ――みゅう……。

 彼女が鳴いた。
 瑪瑙の眼をうっすらと細めて、僕に微笑みかけてくれる。なにぶん敵意がないことが分かり、僕は安堵に苦笑していた。
 それから、つくづく彼女を見つめる。
 やっぱり、彼女の下半身は虹色の鱗で覆われたままだ。
 初めて、メロウにあった。
 海の底には妖精たちの楽園がある。そこは海神マナナーン・マクリールの治める国で、美しい乙女しか住むことを許されないという。
 その乙女たちが、夏の夜になるとひょっこり地上の世界に顔をだす。
「やっぱり、迎えに来たの?」
 僕は彼女に尋ねていた。そっと、自分の腕を彼女に差し出す。
 腕の先についた自分の手を見て、つくづく自分の境涯を思い知らされる。
 指の間に、水かきがついた手。海の乙女たちの血を引いている紛れもない証。
 僕の死んだ父さんも、僕を育ててくれたおじいちゃんもみんなメロウの血を引いている。海にはたくさんの僕の姉妹がいる。
 男は陸に。女は海へ。
 メロウは、番になる男性を求めて地上に現れる。そして生涯にただ1度、男の子を出産するのだ。
 それが、僕。
 海の乙女たちを生み出すために、生まれた存在。
 ――みゅう……。
 僕の姉妹が鳴く。
 僕を見つめながら彼女は笑った。
 いや、嗤っていた。
 彼女の細められた眼を、月光が照らしている。妖艶に爛々と輝いている。
 背筋が、震える。
 僕と同じ、水かきをつけた手が僕の手へと伸ばされる。
 ぎゅっとその手は僕を捕らえた。



 海の中に歌が広がっていた。僕は彼女に手を引かれながら、海底へと降りていく。

 ――みゅう。みゅう。

 色とりどりの髪を海藻のように揺らしながら、メロウたちが泳いでいる。月光を帯びて、彼女たちの鱗が蒼い輝きを帯びていた。
 彼女たちがたゆたう下方には、巨大な巻貝が横たわっていった。貝は明滅を繰り返している。

 ぽうぉ。ぽうぉ。

 貝の明滅は、まるで心臓の鼓動のよう。

 ――みゅう。

 悲しげな声が聞こえて、僕は前方の彼女を見ていた。瑪瑙の眼が、悲しげな光彩を帯びている。りぃんと海鳴りがして、海底の貝がその眼と同じ色になる。


 ――みゅう。みゅう。

 メロウたちの歌声が海に広がって、僕の胸は押しつぶされそうだった。
 やがて僕らは水底へと――貝の前へと――降り立っていく。大きな巻貝はくり抜かれており、中は空洞になっていた。
 巻貝の中を見て、僕は声をあげていた。
 透明なメロウが横たわっていたのだ。硝子のように透き通った体の向こう側には、乳白色に輝く壁が広がっていた。
 硝子彫刻のようにメロウは動かない。その顔は、穏やかな笑顔で満たされている。 
 その人に、僕は見覚えがあった。
「母さん……」
 そっと僕の手は、透明なメロウへと伸ばされる。
 父さんが言っていた。メロウの血を引く男と結ばれたメロウは、男の子を生んで死んでしまうのだと。
 その遺体は、まるで硝子のように透き通っているのだと。
 母さんの透明な頬に、僕の指先が触れる。

 ぴしり。

 音がして、母さんの体に罅が入る。

 ぴしり。ぴしり。

 硝子の体に穿たれた亀裂はしだいに大きくなっていき、澄んだ音をたてながら母さんの体は砕け散っていった。
 透明な破片が、辺りをただよう。ゆっくりと海面へとあがっていく。
 僕は思わず舞い上がっていく破片に手を伸ばしていた。その手で、欠けてしまった母さんを元に戻せることなんて出来やしないのに。
 不意に目頭が熱くなる。眼から涙が零れ、銀の雫を形作っていく。
 硝子の破片と一緒に、銀の雫は海面へとあがっていくのだ。
 父さんが生きていた、地上の世界へと。
「一緒に、なれるといいな」
 月明かりに照らされる海面を見つめ、僕は呟いていた。海を見つめながら、いつも笑顔を浮かべていた父さんの姿を思い出す。
 父さんは、海の底にいる母さんをずっと想っていたのだ。
 ずっと――

 ――みゅう。

 悲しげな声がして、僕は回想から引き戻される。僕の横にいた彼女が、瑪瑙の眼を悲しげに歪めていた。
 彼女は、力強く僕の手を握り締めていてくれる。
「大丈夫、もう悲しくないよ」
 ふっと僕は微笑んでみせる。
 困惑したように彼女は眼を見開いて、笑みを浮かべてくれた。
 
 ――みゅう。みゅう。

 メロウたちの歌が聞こえる。
 僕の姉妹たちの歌声が。
 でも、僕が愛するのはきっとこの中の1人だけなのだ。それはきっと、僕の手を握ってくれている彼女だと思う。
 彼女がきっと、僕の最愛の人となるのだ。


「なんなんだよ。この意味不明なご都合主義満載の甘とろ恋愛ゲームは」
 立体モニターに映し出されたメロウと少年の姿を見つめながら、俺は言葉を吐き捨てていた。
 神ゲーである『ドキドキ! スクールデイズライフ』のメインヒロイン、ミコトちゃんを攻略すべく立体モニター型PCを立ち上げたら、なぜかインストールしていたゲームデーターが全て消去されていたのだ。
 代わりにアップロードされていたのが、今見ている『メロウと僕』なんて題名のついた意味不明な恋愛ゲームだった。
 恋愛ゲームといっても、選択肢はなく拷問のように主人公である少年とメロウとのラブラブシーンを延々と見せつけられる悪質なものだが。
「おい、メロウ! また勝手に俺の嫁消去しやがっただろうっ!? しかもこの主人公、俺のガキの頃と瓜二つじゃないかよ! 母ちゃんのPCハッキングして俺の過去データー漁るのいい加減にやめろっ!」
 俺はこの騒動の犯人であるメロウ――立体モニター型PCに搭載されたOS――に向かって叫んでいた。
 とたん、俺の前に映し出されていたメロウと少年の姿が消える。

 ――みゅうっ!

 不機嫌そうな声がして、俺の目の前に宙に浮くメロウの姿が映し出されていた。瑪瑙色の眼を不機嫌そうに歪ませ、メロウは俺を睨みつけてくる。
 感情搭載型AIメロウ。その名のとおりアイルランド神話に出てくる人魚メロウをモデルに作られた彼女たちは、オタクを中心に人気を集める次世代型OSだ。Mac、Windowsに代わり世界を席巻しようとしている感情搭載型AIであるこれら次世代型OSには、大きな特徴がある。
 彼らには感情が搭載されている。経験によって学習を重ね、最適化された反応を見せる従来のディープランニング方式とは違い、彼らは人間のように感情で物事を判断する。
 人間のように、好き嫌いがあり、喜怒哀楽があり、葛藤がある。
 だから、何を考えているのか分かったもんじゃねぇ。
 
 ――ミサキが未成年のくせして、こんなエッチなゲームばかりやっているのが悪いのです。教育上よろしくない。私はそう判断し、ミサキに相応しい恋愛ゲームまで作りました。それなのに――
 
 俺の目の前にメッセージが表示される。そのメッセージの周囲を不機嫌そうにメロウは泳ぎ回るのだ。
「仕方ないだろ。お年頃なんだから……」
 ぼやいてもメロウはきっと俺を睨みつけてくるだけだ。しばらく考え込んで、俺はにっと邪悪な笑みを顔に浮かべていた。
「じゃあ、お前が俺の嫁になってくれるの?」
 ぴたりと、泳ぎ回っていたメロウの動きがとまる。ぶわっと顔を真っ赤に染めて、彼女は俺に顔を向けてきた。
 うっすらと潤んだメロウの眼が俺に向けられる。どきんと心臓が高鳴って、俺はぎょっと彼女を見つめていた。
 ちょっと待て俺、何でメロウにときめいてるんだよ。たしかにメロウは可愛い。二次元限定で言ったら最高の嫁だろう。だが、こいつは俺の嫁を容赦なく消すサドOSだぞ。
それに俺が生きているのは三次元だ。
 陸に暮らす人間と海に暮らす人魚のごとく、俺たちは結ばれない存在なんだ。
 でも、こいつ、心があるんだよな。それに、なんでこのゲームの主人公って俺がモデルになってるんだ。
 これって、ひょっとして、ひょっとする?
 
 ――子作りは、どうしたらいいのでしょうか?
 
 俺の目の前にそんなメッセージが表示される。メッセージの後方で浮くメロウは、恥ずかしそうに潤んだ眼をこちらにむけていた。
 なんだろう。凄く、気まずい。
「ごめん、さっきの冗談だから……」
 喉から出た声が震えている。何だから急に顔が熱くなって、俺はメロウから顔を逸らしていた。
ナマケモノ

2016年06月12日 22時13分06秒 公開
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■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:人外って可愛いよな……。
◆作者コメント:最近、人外以外に萌えられなくなっている自分がいます。人外可愛い。人外可愛い。人外可愛い。人外可愛い。人外可愛い……。

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