罪深き吸血鬼

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「――では判決を言い放つ」
 そう淡々と言い放つ裁判官に、私は淀みきったどす黒い眼光を向ける。
「御託はいいからさっさと伝えなさい……」
 恐怖に怯えた裁判官は震え上がり、歯をカチカチと鳴らす。やはり虚勢を張っていた様だ。裁判官はわなわなと震えた声で唾を吐き散らしながら、言葉を発す。
「ど、同族殺しの罰として貴様に”偏食性”を与えるッ! これで貴様は一生まともに食事はできないであろう! 摂取をしなければ力を発揮できない貴様から”食料”を奪ったんだ。想像している以上の苦しみが貴様を襲う。……あとで『死んだほうがマシだ、死なせてくれ!』と懇願しても我々は一切関与しない。せいぜい飢餓で苦しむんだなァ……」
 威勢良くニタニタと笑う裁判官を見て私の口からまた大きな息が吐き出される。これじゃあ、どっちが悪者かわからないな。
 ……まぁ、どうでもいいか。誰が善人で誰が悪人かなんて関係ない。そんなことを考えても私の罪は洗い流せない。その事実だけは変わらない。私は一生この罪を背負って生きていかねばならないのだ。
「……じゃあ話が終わったということで、早速帰らせてくれない? もう眠いの」
「その強情さがいつまで保つか見ものだよ。――さぁ連行しろ!」
 その瞬間、足に繋がれている鎖がジャリッと動く。……そう引っ張るなって。レディーには優しくしろと教わらなかったのか?
 そんな文句を言う暇もなく、私は鎖を引く者の前に出て、歩み始めた。



▽▽▽



「――ゔぇ~~~……。相変わらず不味ぃ~……」
「ははっ! 今期の”ブラッドポーション”の出来も良いみたいだな! じゃあ早速店に並べるぞ」
 大将の一声でその場にいた従業員全員が各々ハイタッチをしたり万歳をする。皆、安堵や安心そうな顔をするのは、時間やお金、貴重な素材を使う”ブラッドポーション”を商品として販売することが可能となったからだ。色々な重圧から解放され肩の荷が落ちたのも仕方ないだろう。
 しかし、そんな喜びを享受できない人間がただ一人――
「まずは僕に水を持ってきてくれよ!? 口の中が辛さと苦さと渋さと……他形容できない気持ち悪さでヒリヒリしてんだからさ!? うぇ……、吐ぎぞう……」
「おっと、悪りぃ~悪りぃ~。ほら、水だ」
 苦しくなってうずくまった僕に対し、大将は一切悪びれた様子もなく頭をかきながら水が入ったコップを渡す。
 僕は手渡された水をすぐにがぶ飲みする。その水は決して高くはない一般的な物であったが、僕に最高の癒しを与えてくれた。この時だけは、砂漠で水を追い求める人の気持ちを十分に理解することができるであろう。
 一杯だけでは飽き足らず、二杯三杯……と水を飲み続ける。そして、五杯目の水を飲んだタイミングでやっと口の中の気持ち悪さが緩和された。だが、緩和されただけで気持ち悪さは完全には消え去ってはおらず、まだ口の中がモゾモゾとする。経験上、この気持ち悪さが収まるのに半日以上はかかる。相当厄介な代物だ。本当、何を混ぜたらこんな味になるんだろう。一つだけわかるのはなんらかの血――どの血かといえば”鼻血”だろうか?――の成分が入っていることだけ。それ以外は一切未知数である。
 べっ、と舌を出し読んで字の如く苦い顔をする。そんな僕の背中を叩きながら大将が言う。
「それにしても良い飲みっぷりだな! もう一杯いくか?」
「いくわけないでしょ~!? い・っ・ぱ・いで十分! もう疲れも魔力も完全に回復した。これ以上飲んでも効果は現れないよ!」
「だけど、今のお前気分が悪そうだぜ? 状態異常にでもかかったなら”ブラッドポーション”をもう一個渡すぞ?」
「全部ッ、これのせいだから! ……ったくいつもいつもどんな物を飲ませるんだ……」
「おいおい、どの口が言うんだ? 仕事として試飲するって言ったのはお前だろ?」
 そりゃそうだ……、と辟易しながらもしょうがないといった具合に僕は肩を竦める。
「……まぁ、いいけどね。この一杯を飲むだけで僕は多くのお金を手に入れられるし、工房の皆も潤う。この一瞬の損だけを我慢すれば、それ以降はずっと幸せになれるんだ。そういうことなら僕は全面的に協力するよ」
「ヒョロガキの癖に、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!」
 ハッハッ、と陽気に笑いながら大将は僕の背中を叩く強さを高めていく。正直、超痛い。
 その痛みを歯を食い縛って耐えていると、工房の従業員の一人が大きなクーラーボックス状の箱を手に持ち近づいてくる。
「大将、またあの常連さんから大量入荷の届けが来てるっすよ」
「おう、わかってる。それにしてもいつもありがてぇこったな」
「常連? こんな不味い”ブラッドポーション”を沢山買うバカがいるんですか?」
 大将の拳骨が僕の頭に飛来する。
「一番のお得意さんにそんなこと言うんじゃねぇよ。お前に多額の報酬が払えているのは、その常連さんのお陰なんだぞ? ……そうだ、いい機会だ。ショウタ、出来たてホヤホヤの”ブラッドポーション”をヴァニィーさんのとこに届けてこい。そのついてに『僕にいっぱいお金をくれてありがとうございます』って言ってきな」
「えっ!?」
 僕の制止を無視して、大将は”ブラッドポーション”をクーラーボックス状の箱に詰め込んでいく。試しにその数を数えてみたらど肝を抜かれた。
「ひゃ、百本!?」
「場所は地図のココだ。……ほら、行った行った!」
 半ば強引にクーラーボックス状の箱と地図を押し付けられ、外に放り出される。
「この手伝いはバイト代として報酬の足しにしといてやる。じゃあ、頑張れよ」
「え……えぇ……」
 勝手に話を進められた拒否権の無いお願いに僕は唖然とし、その場に立ち尽くしてしまった。



▽▽▽



 ”ブラッドポーション”は僕の下宿先の工房が造っているオリジナルブレンドの”ポーション”である。
 その”ブラッドポーション”の効果は絶大で、効果量は従来型”ポーション”の数十倍。適用時間も投与した瞬間に即座に現れる。すなわち、”ブラッドポーション”は最高級の”ポーション”だと言える。それに加え、値段もそこまで高くはなく、十分冒険者が手を出せる範囲の値段設定だ。
 だが、売り上げはそこまで芳しくはない。……その理由は、とても不味いからである。良薬は口に苦し、といって納得できる程の物ではない。飲んだら最後、この世の物とは思えない不味さに悶絶し、動くことすらままならない。どんなに瀕死の状況から完璧に復帰しようが、動けなければ意味はない。そのため、『”ブラッドポーション”は本当に本当の最終手段』というのがもっぱらの噂だ。
 それでも、効果は絶大で絶命直後の冒険者を生き返えさせたり、三日三晩飲まず食わずの勇者を助けたり、と良い例があるので売り上げが全くないというわけではないらしい。
 そして、そんなクソ不味い”ブラッドポーション”を百本まとめて買うバカがいるらしい。はたしてどんな人物なのだろうか……?
「着いた……」
 そんなこんなで、僕は”ブラッドポーション”を百本まとめ買いしたお得意さんの家の前に到着した。そこは山を登った先にある場所だったため、重い荷物を持った山道の移動は大変であった。それに季節も夏真っ盛り。額には滝のような汗がドバドバと流れていた。
「それにしても大きいお屋敷だな。山奥にこんな場所があったのなんて知らなかったよ」
 眼前に佇む大きな鉄の門。門の向こうに広がる庭園と噴水。そして巨大な建造物。都市部ではお目にかかれない高級住宅がそこにあった。
「えっと……どうやって屋敷の人を呼べばいいのかな? ここから声を出しても気づいてもらえないだろうし。かといって勝手に入るのもいかんよな?」
 う~む、とどうしようか悩んでいると屋敷から人が出てきた。その人物――綺麗なゴシック風の服で着飾った銀髪の貴婦人がこちらに近づいてくる。門の前まで進んだその貴婦人は僕を見てニッコリと笑みを浮かべる。
「こんにちは。こんなところに客人なんて珍しいわね。どういったご用件かしら?」
「あぁ、えっと……”ブラッドポーション”をお届けに参りました」
 僕は肩に担いだクーラーボックス状の箱の蓋を開け、貴婦人に見せる。
「あら、そうだったの。ということは、あなたがショウタ君ね。大将から話を聞いているわ」
 なんだ、大将の知り合いだったのか。
「どう? 山道の疲れを癒していかない? 冷たい紅茶とお菓子を出すわ」
「いや、結構です」
 さすがに大将の知り合いとはいえ、初対面の相手と気軽に話せる技量はない。丁重にお断りしよう。
「そう……。じゃあこのまま帰るというのなら……」
「ん……?」
 なんだろう……? 急に寒気が……?
 その瞬間、扉の向こうに立つ貴婦人からコウモリに似た真っ黒の羽。頭に生えたギザギザの触覚。開いている口から垣間見える鋭い歯が生え始める。その姿はまるで――
「貴様の血全てを食料として吸い尽くしてやるわ……ッ!」
「ぜひ、お茶をご一緒させてください!」
 発する言葉を考える前に命乞いの言葉が口から出ていた。身の毛もよだつ恐怖に戦慄し、気絶寸前であった。
 貴婦人はまさに小悪魔のように小さく笑い、羽と触覚と牙を消す。と同時に、嫌な寒気がスッと消えた。
「あ、あなたは……?」
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はヴァニィー。種族は吸血鬼よ」
 ま、まさかこんなところで魔族である吸血鬼と遭遇することになるとは……。大変なことになっちまった……。命あって帰れるかなぁ……。
 あまりにも想像していなかった事態に、僕はまた大量の汗を流すこととなった。



▽▽▽



「――どう? 紅茶の味は?」
「はい、美味しいです」
 嘘だ。この紅茶には一切の味がない。決して紅茶自体が無味というわけではない。今の状況で味覚という感覚に神経を注げる余裕がないからである。
 かタかタかタ……、と手に持つティーカップが震える。こ、怖いなぁ、吸血鬼……。
「フフ……そんなに怖がらなくていいわよ。別に取って喰おうとしているわけじゃないんだから」
「そ、そ、そ、そうですよね!」
 笑顔で言って警戒心を解こうとしてるんだろうけど、それが逆に怖い。まだ震えが収まらない。
「さっき言ったでしょ? あなたの工房の大将とは古くからの知り合いなの。友人の弟子の血を吸う程、落ちぶれてはいないわ」
「…………」
 そうは言われても、言葉でならなんだって言える。
 ヴァニィーさんは不審に思ってもしょうがないわね、と苦笑いを受かべる。
「じゃあ、大将の話をいっぱいいたしましょう。この話を聞けば、きっと私と大将がいかに関わってきたかを知ることができるはずよ」
 そしてヴァニィーさんは大将の話を始める。過去に冒険者として勇名を得ていった経歴。その中でどういう生活を送っていたか。冒険者を引退した後の話。
 その話を聞いていく内に、ヴァニィーさんと大将が親しい仲であったことを確信することができた。
「凄いですね。大将から聞いていた話はもちろん、僕の知らない情報も盛り沢山でしたよ! まさかあんなことしていたなんて……」
「まぁちょっとした腐れ縁よ……。関係性としては水と油……いや、氷と炎と言った方が正しいかしら。……あら、ごめんさない、話が脱線したわね。でも大将と私が知り合いだっていうのはわかったでしょ?」
「えぇ……まぁ……」
 確かに魔族は怖い存在だが、大将とは知り合いだというしこうして話をしていると悪い人のようには思えない。それに魔族=絶対悪だと決め付けるのは、逆にヴァニィーさんに失礼だろう。ちょっと警戒心を解いていいかもしれないな。
「まだ少し不信感があるわね。……まぁいいわ、早速例の品を下さるかしら?」
 例の品? あぁ、そうだ。僕はヴァニィーさんに言うべきことがあったんだ。
「ヴァニィーさん、ありがとうございます」
「えっ!? 急に畏まってどうしたの?」
「僕は”ブラッドポーション”の出来を確認するモニターのクエストを受注しているんですけど、その報酬が多いのはヴァニィーさんが”ブラッドポーション”をまとめ買いするからだって聞いてお礼を言いたかったんです」
「そういうことだったの。じゃあ私はショウタ君にとって相当役に立っている存在というわけね」
 えっへん、とその大きな胸を張るヴァニィーさんに一瞬心を奪われながらも、言葉を続ける。
「……気になったんですけど、どうしてそんなに”ブラッドポーション”を買うんですか? お世辞にも美味とは言えませんよね?」
「不味い”ブラッドポーション”をいっぱい買うのが変だって言いたいのね。……見てて」
 ヴァニィーさんは、僕が持ってきたクーラーボックス状の箱から四本の”ブラッドポーション”を取り出し、各指の間に挟み瓶の蓋を開ける。四つの飲み口を全部一気に口に入れ、そのままグイッと飲み始めた。
 ゴクゴクゴク、と四本の小瓶から流れていく”ブラッドポーション”がヴァニィーさんの喉を通っていくのがわかる。
 マジかよ……あの激マズの”ブラッドポーション”を四本一気飲みだと……? 一本でも気絶物なのに、どういう神経しているんだ!?
 そんな風にヴァニィーさんの行動を愕然とした様子で見ること数秒。見る見るうちに四本の小瓶が空になった。
「プハァ……。やっぱりこの味じゃないと」
 全ての”ブラッドポーション”を飲み干したヴァニィーさんは気絶する所か、顔と口をとろけさせていた。まるで大好物の料理を食したかのようによだれもダラ~と垂らしていた。
 あの”ブラッドポーション”を飲んであんなに嬉しそうにする人物なんて初めてみた。……なんかイっちゃってて超怖い。普通だったらあんな反応しないぞ。まさか、”ブラッドポーション”以外の”ポーション”が混じっていたのかな? 聞いてみよう。
「……あの、それは”ブラッドポーション”で正しいですよね?」
「そうよ?」
「普通だったら卒倒物の味ですよ? それを四本一気飲みなんて正気の沙汰じゃないです」
 明らかに不安そうな顔をしたのが気に喰わなかったのか、ヴァニィ-さんは呆れたように肩を竦める。
「ヒント一、私の種族。ヒント二、この”ポーション”の名前」
 ヴァニィーさんは『さぁ、考えてご覧』と言わんばかりに、にやける。
 ぐぬぬ……完全に馬鹿にされている。そこまで言われりゃ考えてやろうじゃないか! ヒント一の答えは吸血鬼。ヒント二の答えはブラッド……血か。吸血鬼と血から導かれる答えは――
「なんだ、えらく単純じゃないですか! 吸血鬼だから血の味がする”ブラッドポーション”を求めた。そういうことですね」
「正解~」
 賞賛するようにヴァニィーさんは拍手をする。
 そういうことなら”ブラッドポーション”をガブ飲みするのも頷ける。けど――
「どうしてわざわざ、こんなまどろっこしいことを? 吸血鬼が人から血を吸わないなんて、本末転倒じゃないですか? それに”ブラッドポーション”は確かに血の味はしますが、血は血でも”鼻血”の味がするような気がします。あまり聞いたことがないですよ、”鼻血”を好む吸血鬼なんて……」
「…………」
 ? ヴァニィーさん、急にしんみりとした表情になってどうしたんだろう? なにか地雷を踏んじゃったのかな……?
「その……もし変なことを言ってしまっていたのなら謝ります」
 ヴァニィーさんは手を横に振って僕の言葉を否定する
「気にしないで、色々都合があるの。……そろそろ夕暮れね、玄関まで送るわ」
 そして、何事もなかったかのように微笑みを浮かべるヴァニィーさんに連れられるように外の玄関へと向かう。
「……もしよかったら、また来てくださらないかしら?」
「”ブラッドポーション”を届けにですか?」
「当分”ブラッドポーション”は要らないわ。そうね……今度は生活用品と都市のお茶菓子を持って来て欲しいわ。しっかりとした報酬は出してあげるからお願いできる?」
 そういうことなら断る理由はない。それに入手が困難な物でもなさそうだし、楽な仕事で報酬がもらえるなら万々歳だろう。
「クエストとして受注されるならお受けしますよ」
「そういうことならお願いね。クエストはショウタ君の工房の大将経由でお願いするつもりだから」
「わかりました。送り迎えありがとうございます。では、また会いましょう!」
「えぇ!」
 僕は手を振って帰りの山道へ進んで行く。
 ヴァニィーさんも扉の向こうでずっと手を振っている。
 そして、斜道を歩み始めた辺りで視界からヴァニィーさんの屋敷が消える。
 こうして僕は真っ直ぐ目の前を見据えて歩み始めた。
 そんな僕の頭の中にはある疑問があった。
 ヴァニィーさんが最後にした哀愁漂う表情の理由である。僕がヴァニィーさんが人から血を吸わない理由と、”鼻血”に似た味がする”ブラッドポーション”を好む理由を聞いた時にそういう反応をしたということは、そのどちらかまたは両方に対しあの表情をした秘密があると推測できる。だが、生憎僕には、それを知る由はない。そのため、ヴァニィーさんの謎を追求することは叶わない。
「わからないことを考え詰めてもしょうがないか……」
 これ以上踏み込めないことに早急に見切りをつけ、僕は歩くことだけに集中し始め、都市へと戻っていった。



▽▽▽



「――取り敢えずおめでとうございますと言っておきますよ、先生」
「あはは……気が早いね、ヴァニィー。まだ出産すらしていないのよ?」
 先生は私のお礼にツッコミを入れながら膨れ上がったお腹をさする。
「ちなみに男ですか? 女ですか?」
「ふ~ん、”冷徹の魔女”と恐れられるあなたが子供に興味を持つなんて」
「……ッ!?」
 先生は意地悪そうに口角を上げ、手を口に添える。そのままニタニタと笑っていた。
 動揺した私は震えた声で返答する。
「べ、別に私は先生の幸せを祝福したいだけですッ! 先生は今まで凄く頑張ってきました。そんな先生に家族ができると思うと、喜ばしく思います」
 鼻息を荒げる私の姿が滑稽だったのか、先生はクスリと笑う。
「ありがとう、素直に嬉しいわ。……いっそのことあなたも家族作っちゃえば?」
「私は結構です……。今は魔族の長として皆を導く役目があります。それに集中したいので、なるべくなら無駄な要素は排除しときたいんです」
「集中ねぇ……。昔からあなたは不器用というか猪突猛進というか、同時に二つのことはできなかったわよね?」
 悪口を言われイライラを募らせるが、反撃したところで勝ち目はない。私はこの人に戦闘訓練や口喧嘩で一度も勝てたことがないんだ。どうせ勝てないのだから反論しただけ無駄だろう。
 乱れた精神を整えるため大きく深呼吸をすると、先生の真剣な眼差しが私に向けられる。
「ねぇ、お願いがあるんだけど?」
「先生の頼みならなんでも聞きますよ」
「……もし子供が生まれたら、その子の世話をしてくれるかしら?」
 先生は一体何を言ってるのだろうか? 先生の旦那さんは先生に子を宿した後、長期遠征任務で命を落としてしまった。一人で子育てするのが大変なのだろうか?
 ともかく、さっきなんでもやると言ったけど、それは無理な話だ。
「どうしてそんなことを言うんです? 先生なら子供の世話なんて楽にこなせると思うんですけど? 今まで多くの魔族達を指導してきたんですから」
 先生は軍隊の元教官だった。相当スパルタな指導で”鬼教官”とその名を轟かせ、多くの生徒の才能を爆発的に開花させた。魔族軍全体の戦力がここ数年で肥大化したのは先生のお陰だとも言われているくらいに。ちなみに私も先生の元で教育を受けた経緯がある。
 そんな先生が子供の世話を他人である私に頼るなんておかしいな。
 先生の言葉に疑心暗鬼となり眉にシワを寄せる。だが、どんなに考えても真意はわからない。なら私は――
「……なんでもやると言ったのは語弊でしたね。先生、その言いつけは守れません。子育てはちゃんと自分でやってください。それが親としての責務――そして愛する子供のためになるんですから」
「…………」
 先生は黙ったきりだ。
 ……やはり変だな。
「何かそう言わざるを得ない事情があるんですか?」
「よろしくね、ヴァニィー……」
 無理だと言ったのに、また頼んできた。それに質問にも答えてくれなかった。
 これは折れるつもりはないらしいな。彼女の頑固さは折り紙付きだ。私は疲労し大きなため息を吐き出す。
「……もう帰ります」
 なんだか気分が重くなってきた。私はソファから立ち上がり、部屋から出ようとする。
 先生も送り迎えをするため立ち上がろうとするが、それは断る。
「先生、賢明な決断を求めます……」
「わかっているわ……」
 私の呟きに先生も小さな声で答える。
 部屋から出た私は玄関に向かいながら大きく歯ぎしりをする。
 ふざけるな……どうしてあんな弱々しい顔をする? 私達を導いてくれた先生は強く気高き存在であった。まさか、そんな先生から弱気な発言が出るなんて。
 ……あの頃の怖さはどこに行ったのやら。まるで毒を抜かれた蛇ではないか。
 私は在りし日の”鬼軍曹”の栄光と今の落ちぶれた姿のギャップに憤りを覚え、腸が煮え繰り返そうだった。
 怒りの感情を抱いたまま、家の外に出ると――
「よぉ、”冷徹の魔女”」
 そんな風にお気楽な調子で話し掛けてきた男がいた。
 こんなところで会うなんて……。
 抱いていた怒りがまた沸騰する。
 それに勘付いた男は冷や汗を流す。
「……そんなあからさまに嫌な顔すんなって。まぁいい、今回はお前に仕事を頼みに来た」
 よくそんなことをずけずけと言えるな。私とお前は――
「私がお前と悠長に話をすると? この世で最も嫌いな”元”勇者さん」
 私はちょっと嫌味を含んだ物言いをする。
「そう言うなって。これはお前達魔族存続に関わる問題だからな」
「?」
 ピクリ、と眉が動く。 
「一応聞くだけ聞いてあげるわ……」
 もし少しでも変なことを言ったら問答無用で抹殺すると付け加え、凛とした面持ちで私は勇者の言葉に耳を傾けた。
 
 その瞬間、パチリと目が開く。どうやら私は夢を見ていたらしい。
 ゆっくりとベッドから起き上がり、眠気覚ましに屋敷のテラスへ向かう。そこから見える景色は優しい月光に照らされていた。夏には珍しい涼しい夜風が銀髪をなびく。
「夢なんて久方ぶりに見たわね」
 いつもなら空腹で十分に寝付けず、夢なんて見れたものではないのだが、今日久しぶりに”ブラッドポーション”を飲んだからグッスリと眠れたらしい。
「それにしても変な夢だったな。……いや、夢というより――」
 過去の記憶のリバイバルといった方が正しいかもしれない。
「先生……私が不甲斐ないばっかりにあなたは……」
 一瞬だけ過去を悔いるような気になったが、意味はないと一蹴し首を横に振る。
「先生の命は無駄ではなかった。もし先生が犠牲になっていなければ、今頃私達はどうなっていたか……」
 そして、私は未来――あの夢の後に起きる惨劇を想起し、歯を食い縛る。
「先生……私は先生が理想としている姿に成れていますか?」
 すると、頰に冷たさが宿る。これは涙だ。
 私が泣いている……?
「ハハッ……こんなみっともない姿、絶対に先生には見せられないな」
 笑いで悲しみを誤魔化す姿は滑稽極まるものであった。
「私、先生の言いつけ通り、ショウタ君とうまく付き合えますかね?」
 私はぼんやりとした虚ろな目で光り輝く月を見上げる。
 その後結局、空腹が再来し眠ることはできなかったが、色々と考えにふけれる良い一夜を過ごせたと思っている。



▽▽▽



 ヴァニィーさんとのひとときの数日後、工房の大将経由でヴァニィーさんからクエストが受注された。
 通達通り、軽い日用品と都市部でしか買えない菓子の輸送を頼まれた。報酬はなんと僕が受けられる低級クエスト報酬の数十倍。ただ物を運ぶだけでこれだけ稼げるとは思いもよらず驚いた。一瞬、騙されているのでは?、と大将に相談したが、あのヴァニィーさんはそんなことはしないと太鼓判を押していた。少し気にはなるが、多額の報酬の前で贅沢は言ってられない。駆け出し冒険者の僕に仕事を選りすぐる余裕はないのだ。
 そんなこんなで、頼まれた品を持ってヴァニィーさんの屋敷に向かうこと数回。多くの交流を経て、僕とヴァニィーさんは友好的な関係を築くことができたと思う。
 そんな折、ヴァニィーさんからある提案がされた。なんと、僕の力を引き出すための特訓に付き合ってくれると言ってくれたのだ。僕にとっては嬉しい話のハズが、そう上手くいかなかった。
 ヴァニィーさんの特訓はあまりにも度が過ぎていた。僕のためとは名ばかりで、実際は虐待に近かった。何度特訓で死にかけたことか……。
 それに特訓が苦しかった理由はそれだけじゃない。
 特訓で一気に消耗した体力と魔力を回復するために”ブラッドポーション”を半ば強引に投与された。効果はお墨付きでしっかりと特訓で衰えた体を癒すことができたが、そう何度も”ブラッドポーション”を飲み続けたら頭がどうにかなりそうだった。
 結果、ヴァニィーさんの好意は、体と精神を蝕まむ二重苦をもたらした。……もう嫌になっちゃうよ!?
 ……しかし、それだけで事態は収束はしなかった。地獄のような特訓を続けるうちに思いもよらぬ別の弊害が現れたのである。
 ”ブラッドポーション”が底をついたのである。
 そのことに気づいた僕は至急、大将に相談を持ちかけた。
 大将曰く、次”ブラッドポーション”を造れるのは軽く見積もって半年後らしい。そんなに時間がかかるのは”ブラッドポーション”の材料の中に数ヶ月に一度しか実を付けない果実を使用しているかららしい。その果実一つないだけでも効果が真逆になってしまう程らしく、その材料がなければ”ブラッドポーション”は製造できないようだ。
 その話を聞いて落胆したが、絶対に工面できない問題ではないらしい。どうやら、その果実を人工養殖している場所があるらしく、そこまで行って譲ってもらえばいいらしい。
 
「――で、それを調達して新しい”ブラッドポーション”を造るまでの間は、店に並んでる”ブラッドポーション”をちょっと分けてもらい、それで工面しろと言われました」
「わかったわ。余っていた在庫を貰えたとはいえ、数は少ない。少し節約しないとね」
「僕的には特訓をお休みして、ヴァニィーさんの食料にしてもいいんですよ?」
 ヴァニィーさんはムッ、と不服だと言わんばかりに口を尖らせる。
「特訓を休む理由はないわ。だって、もう”ブラッドポーション”をショウタ君に使わなくていいんだから」
「なんでですか!? 正直言って、ヴァニィーさんの激しい特訓を”ブラッドポーション”無しで耐えられる自信はありませんもの!」
「……フフフ、やはりまだ気付いていないのか。ショウタ君、そこに立って」
 言われた通り、椅子から腰を上げ立ち上がる。そんな僕の元に近づいたヴァニィーさんがペタペタと体の各所を触ってくる。いきなりの柔らかい指の感触にギョエッ、と変な声が出る。
「……ちょっと魔力を込めて」
 どういうことかさっぱりわからないが、今はヴァニィーさんの言葉に従うほかはない。深呼吸をして体に魔力を巡らせる。
「…………」
 真剣な面持ちでヴァニィーさんは体の隅々まで見たり触ったりして観察する。
「あ、あのぉ~……くすぐったいんですけど……」
「……うん! これなら大丈夫そうね!」
 なにが大丈夫なんだか? 唖然と小首を傾げていると、ヴァニィーさんがあることを勧めてくる。
「おそらく、今日ショウタ君は自身の凄まじい成長を肌で感じることができるはずよ」
「凄まじい成長……?」
 ん~、あまり実感が湧かないな。今までとそう変わってないように思えるけど?
「なにしてるの? 特訓部屋に行くわよ!」
「あ、はいッ!」
 一抹の不安は解消されることもなく、特訓部屋へと向かう。
 特訓は屋敷の中で一番広く、そして頑丈に作られている部屋で行われる。部屋の壁はヴァニィーさんの魔法によってさらに強固となり、ちょっとやそっとの衝撃では破壊することはできないようになっている。しかし、それでも無傷で済むというわけではない。所々にヒビが入ったり、欠落している箇所があり、それを見ればヴァニィーさんの特訓がいかに激しいかを如実に表している。
 部屋に入った瞬間から、戦闘モードに切り替えているヴァニィーさんは小さな杖を構える。
「いつも通り、”身体強化魔法”で私の魔法を捌き切ってみて」
「はい……ッ!」
 僕も杖を構え、体中に通わせる魔力を強化し体の上に膜状の鎧を身に纏う。……あれ、気のせいかな? いつもより”魔法鎧”が軽く丈夫な気がする。
「一つだけアドバイスするわ。諦めずに踏ん張り続ける固い意志を持って……。行くわよ……」
 刹那、辺り一面が凍えるような殺気で満ち溢れる。
 ギュッ、と手と足に力を込める。
 ヴァニィーさんの背後に巨大な氷塊が何個も形成される。その全てがなんの躊躇もなく、僕目掛けて飛んできた。



▽▽▽



「良くやったじゃねぇか、ショウタ! ちゃんと訓練の結果が実って」
「はい。まさか知らず識らずの内にあんなに強くなっていたなんて驚きです」
 そう、僕はヴァニィーさんの特訓を通じて相当強く逞しくなった。なんと、ヴァニィーさんの特訓を気絶することなく耐え抜いたのである。どうやら、僕の成長タイプは特訓の成果が遅く出るいわば大器晩成型だったらしい。つまり、蓄積されていた潜在能力が、あの時爆発したのである。
 その結果、特訓を持ち堪えられる体を手に入れ、”ブラッドポーション”を使わずに済むようになった。そうなれば、ヴァニィーさんは無理して摂取を我慢する必要はない。余裕を持って大将の作る”ブラッドポーション”を待てるようになった。そして――
「ショウタの頑張りのお陰で、俺も材料を確保する猶予ができた。これで新しい”ブラッドポーション”を造れるぞ!」
「やった!」
 思わず僕はガッツポーズを取る。これでヴァニィーさんは節約生活とおさらばできる。
「そんなにヴァニィーさんの役に立てるのが嬉しいのか?」
「!? ち、違います! ただ、僕のせいで迷惑かけちゃったから申し訳ないなって思っただけで……」
「ハハッ、逆に迷惑をかけてやれよ。あの人一人で寂しい生活してるから、ヴァニィーさんもお前に感謝してんじゃねえか? ……じゃあ俺も、ショウタの大切な依頼人の為に一肌脱ぎますか」
 大将は近場にいた工房の従業員を全員呼びつける。
「いいか、今日から三日徹夜で”ブラッドポーション”を作る。これはこの工房一番のお得意さんが所望していることだ、気合入れていくぞ!」
「「おぉッ!」」
 工房の仲間は誰一人文句を言わず、大将の呼びかけに応える。気合の雄叫びによって工房内が熱気に包まれる。
「みんな、ありがとう!」
 僕はとても暖かい気持ちになり、満面の笑顔で感謝の言葉を述べた。



▽▽▽



「勇者……約束の物を持ってきたわ」
 私は布で包まれた丸い物体を勇者に手渡す。
 勇者は包みを開けようとしたが、躊躇し手を止める。
「もう見たくないよな……。確認しなくても依頼の品だってのはわかるよ。……取り敢えず辛い思いをさせて悪かったな」
「悪いと思ってるなら最初から頼むな」
「そう言うなって。お前がやるってことが交渉の条件だったんだからよ」
「……お前こそわかってるんだろうな? 他の魔族を粛清しないっていう約束、ちゃんと守れよ?」
「それはわかっている。抜かりなくやるさ」
 こういう時、勇者は絶対嘘をつかない。私に重みを背負わせたんだ、勇者もそれ相応の仕事をしてもらわないと割に合わない。
「……先生はこうなることをわかっていたの?」
「伝えてはいなかったが、自分で察知していたみたいだな。つくづく末恐ろしいよ、伊達に俺達人間を苦しませた”鬼教官”だけはある」
「魔族を甘く見ないで。……ねぇ、どうして私じゃなくて先生が犠牲にならなきゃいけなかったの?」
「そりゃ、魔族の長になったお前が死んだとなればお仲間は黙ってねぇだろ? お前らとまた戦争なんてまっぴらゴメンだ」
 そういうことか……。私が死んだら弔い合戦が勃発する。そうなればまた無駄な血が流れることとなるだろう。しゃくだが、戦いたくないという意見は勇者と同意見だ。
「それでも、先生が死んでいい理由にはならない」
「そりゃ、無理な相談だ。あの”鬼教官”がいなければ、魔族は強くはならず人間に戦争をふっかけなかったかもしれない。そう考えりゃ、十分戦犯として数えることができる」
 つまり先生は人間の勝手な都合で殺されたということ? そうやって人間は魔族に勝手なレッテルを貼って勝手に差別する。本当に人間って奴は――
「愚かだよ……。自分のことだけを考えて他人のことなんてどうなってもいいと考えるのが人間だ。だが、お前達魔族だって人間を下等民族だと決めつけ、多くの殺戮をしてきたのも事実だ。だからお前達が俺達を一方的に蔑むのはお門違いじゃないのか?」
「人間風情が私に説教? いい度胸してるじゃない……ッ!」
 私の周辺に冷気が纏わり付く。部屋の床や壁、天井に氷が張っていく。急激な体温の変化に勇者は身震いし白い息を吐き始める。
 徐々に体を氷で凍らされてもなお平然としている勇者はバッグの中を漁り、一枚の便箋を取り出す。
「……死ぬ直前、”鬼教官”が俺に預けたお前宛の手紙だ」
「先生が私に……?」
 私は勇者から小さな便箋を受け取り封を開ける。中には一枚の手紙があり、その手紙を読み始める。一度では飽き足らず、なんどもなんども手紙を読み返す。
「……ねぇ、勇者。私からも一つ仕事の依頼をしていい?」
「一応聞くだけ聞いてやるよ……」
「先生の子供――ショウタ君の世話はあなたがして。私には到底無理よ、命を殺めてしまった先生の子の世話をするなんて」
「俺が貰える報酬は?」
「報酬と言っていいかわからないけど、先生を殺めた罪を償うわ」
 本当なら先生を殺めたこと自体にお咎めはないのだが、そのまま罪を被らずにのうのうと生き続けるのは許すことはできなかった。
 どういう罪を受けるつもりだ?、という勇者の質問に対し
「同族殺しの罰として、私に”偏食性”を植え付けて私の力を封印しなさい」
「? よくわかんねぇよ」
「つまり、私から力の源である吸血機能を奪いなさい。……詳しいことは後で話すわ」
 勇者はただわかった、と私の願いを了承した。
 この時より私の新しい人生が始まった。
 
 ゆっくりと視界が開ける。見えるのは見慣れた天井。
「また過去の夢……」
 それにただの夢じゃない。この前見た夢と繋がる展開であった。
 それにしてもどうして今になってこんな夢を見るようになったのだろう? ここ数年夢とは無縁の生活を送っていたはずなのに……。
 そう頭を抱えた瞬間、腹からだらしない音が鳴り響く。
「お腹空いた……。”ブラッドポーション”は本当に無くなっちゃったんだよね」
 実は、五日前に来たショウタ君から『あと三日で出来る予定だ』と聞かされていたから、残り少ない分を全て飲み干してしまったのだ。しかし、約束の日を過ぎてもショウタ君は屋敷に来ていない。
「どうしたのかな~? 忘れてるってことはないと思うけど……」
 こんな空腹に苦しむ日はテラスに出て外の景色を眺めるに限る。前回目覚めた時と同様にベッドから起き上がる。
 今日も月が綺麗だし、風も涼しかった。けれども、なんだか胸騒ぎがした。
 鼻腔を刺激するような異臭が風に乗って来ている? この匂いは……血……?
 その結論に至った瞬間、血の気が引いたのを感じた。
 この血の匂いは嗅いだことがある。さらにその血はどんどんここへ近づいて来ていた。
 私は無我夢中で背中に羽を生やし、屋敷の門へ一目散に飛んで行った。



▽▽▽



 僕は多くの過ちを犯した。
 夜に出来上がった”ブラッドポーション”を大将には内緒でこっそり持ち出してしまったこと。山道を近道するために立ち入り禁止の場所に進んでしまったこと。そこの道中で運悪く違法密売業者に見つかってしまったこと。その者達から襲われて逃げ切れなかったこと。捕まった後、無理して”ブラッドポーション”の入った箱を奪い返し、違法密売業者を激昂させてしまったこと。殺す気で迫った来た追っ手から逃れるために崖に落ちたこと。ヴァニィーさんに渡す”ブラッドポーション”の箱を庇って大怪我を負ったこと。その衝撃で数日気絶したこと。”身体強化魔法”の練度が低いせいで体をうまく動かせず、ヴァニィーさんの屋敷に辿り着くことが遅くなったこと。
 この全てが重なった結果、僕は――
「   」
 もう声が出ないし、視界も片目は潰れボヤけてはいるが、”身体強化魔法”のおかげで最低限の動作はできる。
 門の前に立っていたヴァニィーさんに”ブラッドポーション”を手渡す。
「   」
 ヴァニィーさんの言葉も聞き取れない。切羽詰まった表情で慌てているということだけはわかった。
「   」
 ヴァニィーさんはうつ伏せで這いつくばる僕の体を反転させ、仰向けにさせる。
「   」
 ヴァニィーさんがなにかを叫ぶように口を大きく開ける。
「   」
 ヴァニィーさんはゆっくりと僕の眼を閉ざす。それと同時に気怠さが襲い、頭の中が空っぽになる感覚に陥る。
 意識が遠のいていく中、ある感触が伝わって来た。鼻の下部にざらりとした感触がしたのである。眼も閉じてるし、感覚も鈍いため確証はないのだが、鼻の下に流れる”鼻血”を舐められたような気がした。
 その感触を最後に、なにも感じなくなり徐々に意識を失っていった。



▽▽▽



「ぎゃはははッ! 思わぬ収穫を得られたな」
 どうみてもガラの悪い男が酒を呑みながらゲラゲラと下品な笑いをする。
「それにしても、あのガキの最期は最ッ高に惨めだったな。逃げられないとわかったら崖から落ちて自殺するとは、ありゃ正真正銘のアホだぜ!」
「違いねぇ! ……あのガキに商品を半分奪い返されたが、まだ半分あるから俺達の商売は滞りなく行える」
 男が酔った手でクーラーボックス状の箱を乱暴に叩く。その中には転売すれば高値で売れる貴重な品――”ブラッドポーション”が詰められていた。”ブラッドポーション”は特定の工房でしか造られないオリジナルブレンドの”ポーション”であるため、ここの地域以外に行けば高値で取引できる。それに、味は不味いが、効果はてきめん。病状に苦しむ者に法外の値段をふっかけることでも大儲けすることができる。それ故、そこにいる男達にとって”ブラッドポーション”は金の成る木なのだ。
「……ん?」
 ふと、男がある異変に気付いたように頭に疑問符を浮かべる。その異変に気付いたのは、その男だけではなくその小屋の中に居た者全員であった。
「なんだか……寒くね?」
「あぁ? 誰かが”冷房魔法”でも使ったんだろ?」
「それにしちゃ寒すぎ……クシュッ!」
 室内に居た者が徐々に震えだし、肩や足を摩り始める。
「ざ……ざぶい……」
 寒いというより凍えると言った方が正しいだろうか? 皆、薄手で極寒の地に放り込まれたかの如く、体から血色を喪っていく。
「ゔぉ……ゔぉィ……どあを……開けぃ……」
 寒さで唇がかじかんだのか、廻せないろれつで必死に言葉を放つ男が一人。その命令を受け、数人の男が小屋の扉に近づくが――
「ごおっでて、あぎません!?」
 木でできた扉の下に氷が張ってあり、ビクとも動かせないらしい。
「どゔいうごとだ!? ごれじゃ、凍えじぬ……」
「安心して、殺すつもりはない」
「「「……ッ!?」」」
 突然、小屋の中央に姿を現れた私に視線が集中する。
「誰だ!? ぞれにどうしでごこが!?」
「知らなくていいことよ。ここの居場所を知ったのは、お前達がいたぶった少年の血から情報を読み取ったから」
「俺達になにをずるづもりだ!?」
「死より恐ろしい恐怖を与えに来ただけよ……」
 冷徹な口調でそう言い放つと、小屋の中に居る男の内の数人が泡を吹いて気絶する。……この程度の威圧で倒れるのか。所詮は密売業者。思った通り全然大したことない。
 弱い人間共に失望していると、男の一人が私の正体に気が付く。
「までよ……ごいづ……どっかで……」
 数秒思慮した後、言葉を発した男の顔色が悪くなる。
「ごいづは……先の戦争で脅威を振るった”冷徹の魔女”――ヴァニィーだ!?」
 その言葉を聞いた途端、その場にいた男全員が固唾を呑み込む。
「ぞ……ぞんなばずねぇ……。確か”冷徹の魔女”は同族殺しの罪で魔力の源である吸血機能を剥奪ざれだはずだ。そんな奴がごんな魔法力を持でるはずねぇ!」
「正確には吸血機能を剥奪されたのではないわ。ある一カ所から流れる血以外の吸血ができなくなっただけ」
「ある一カ所だぁ?」
 私は指でその箇所を指差す。
「鼻……”鼻血”か……」
「ご名答。じゃあ無駄話はこの辺にして……」
 一度目を閉じ、血塗れになっても私に”ブラッドポーション”を届けようとしてくれた少年の顔を心の中で浮かべる。そして、ゆっくりと目を開けた瞬間――
「……な~んだ。もう全員氷漬けか。ちょっとは本領を出させなさいよ……。 さて……ちゃっちゃと仕事を終わらせちゃいますか」
 私は退屈から大きな欠伸と伸びをする。
「すぐ帰るから……待っててね、ショウタ君」
 ……先生が遺した子供は絶対に死なせはしない。
 私は緩んだ表情を即座に切り替え、仕事に没頭し始めた。



▽▽▽



 違法密売業者を全員小屋ごと凍らせ、それを街の留置所へ送った帰り、私は白い冷気を放ちながら街中を歩いていた。
 時刻は深夜だったためか、周りには人っ子一人見当たらない。それは逆に好都合だった。久しぶりの本当の姿を他人に晒すのは避けたかったからだ。しかし――
「……相変わらず身も心も凍らせるような殺気を放ってるね~。うー寒ッ!?」
 瞬間移動したかのように私の前に現れた男が肌を震わせる。
「なんの用? 次直接的な接触をしたら遊んであげるって言わなかったっけ?」
「遊ぶって……お前と戦うことは死闘と等しいんだぜ?」
 そんな風に男は苦笑を漏らす。
「――宣言通り軽く捻ってやってもいいんだけど、今の弱っちい元勇者を倒してもなんの喜びも得られない。全ての魔族を恐怖のどん底に叩きつけた元勇者が今や、しがない”ポーション”職人だなんて。失望しちゃうわ」
「おいおい! 俺の人生にケチつけんなよ!? お前のために”鼻血”味の”ブラッドポーション”を造ってやったじゃねぇか!?」
「誰も頼んでないわ」
 素っ気ない私の態度に、元勇者は素っ頓狂な声をあげる。
 えぇ~……、と落胆したように肩を落とす元勇者を他所に話を続ける。
「……ショウタ君の世話を頼んだはずだけど?」
「当初、”鬼教官”はお前に頼んでいたんだぜ? 十五歳まで育ててやったんだから後は代わってくれよ~。……そろそろショウタを受け入れたらどうだ?」
「……差し詰め私にショウタ君を差し向けたのは、人間のお前じゃ魔族特有の魔力コントロールを指導できないからかしら?」
 元勇者はただ笑うだけ。……正解か。
 流石の俺でも異人種の訓練は無理だって、と勇者は言い訳をするが無視だ無視。
 言葉をスルーされた勇者は膨れっ面をしながら、質問を投げかける。
「……でどうするんだ? ショウタの引き継ぎ?」
「昔も今も変わらない。実の母親を殺しておいてその子を育てる――」
「資格はないってか? それならどうしてお前は、ショウタを世話をしてやってくれという俺の願いを拒否しなかった?」
 私の言葉を先取りすんなって。いちいちイラつくなァ……。
「……ただ、先生の遺言を護っただけ。それ以上もそれ以下の感情はないわ」
「罪に縛られてるせいで、”鬼将軍”の遺言を完全に遵守しショウタと接するのはまだ難しいか……。まぁ、無理強いはしない。今はショウタにしっかりとした魔法コントロールを教えてくれるだけでいい」
 つまり現状維持で良いということか?
「その本意は?」
「一方的に押し付けても聞く耳持たねぇだろ? ならもう少しお前のやりたいように放任させていいかなって思ってな。ゆっくりとショウタと関わり、少しずつ罪の意識を癒せ」
 その瞬間、凍り付いていた空気が一変し熱が篭る。気温の急変に汗が額を滴り落ちる。
 この汗は暑くなったから出たのではない……ッ! ――ッたく、やはりこの肌が溶けるようなプレッシャーは嫌になっちゃうわ。
「だが、ショウタや他の人間から”鼻血”を吸い尽くし人類をまた滅ぼしたいって言うなら、全力で止めさせてもらうぜ……」
「そんなことしないわ……。先生の子供を食料にして世界を征服したって、先生は喜ばない。当分は元勇者の言う通り、自由にやらせてもらうわ。幾分、先生の子と戯れるのも悪くはないからね」
 そりゃ嬉しいこったな、と元勇者は楽しそうに笑う。
 ふと、私に疲労感が襲う。
「……時間切れみたいね。もう元の姿に戻るから、元勇者も力を収めてくれない?」
 十五年振りの本当の姿は体力を多く消耗をした。この姿でいられるのも、残り僅からしい。
 私の忠告通り、肌を焼き切るような熱が冷めていった。
 私の冷気、元勇者の熱気が消え、街に普段通りの空気が流れる。
 私は踵を返し、屋敷へと帰路に就こうと歩き始める。
 私は元勇者に背を向けたまま、言葉を発する。
「最後に一つ。……ショウタ君――いや、ショウタに全てを話すのは、親の仇である私を倒せるときにするわ。それでいい?」
「それ何十年後になるんだよ……?」
 元勇者は若干ドン引きしているようだったが、概ね了解してくれた。
 ……言うべきことは言った。もう宿敵である元勇者の側に居続ける理由はない。
「じゃあ、これからも付かず離れずのやんわりとした交流を続けましょう、大将さん……」
 私は低く手を上げながらその場を立ち去っていった。



▽▽▽



「ガ……グゥ……」
 巨大な氷山に吹っ飛ばされた僕は腹から一気に空気を吐き出す。相変わらず容赦ねぇな……。
「君の信念はその程度で折れるものなの? さァ、掛かってきなさいッ! 君の母さんの仇はここにいるわよ!」
 まさか信じられねぇよ……。十年休まずずっと特訓をつけてくれ、僕を勇者と呼ばれる存在にしてくれたのはヴァニィー先生のお陰であった。そんな先生が僕の知られざる母さんを殺したって?
「僕は先生の言葉を信じるつもりはない!」
「信じるも信じないも事実は事実よ。君がどう考えようが、私が君の母親を殺した罪は消え去らない」
「……ッ!?」
 僕は”身体強化魔法”で氷山から飛び出し、こちらに飛来してきたもう一つの氷山に拳をぶつける。
 ”身体強化魔法”によって強化された鉄拳が氷山を無残に砕く。
 地面に降り立った僕は、高くそびえた氷の山のてっぺんに立つ先生に向け叫び声をあげる。
「この分からず屋! ……だったらあなたの所まで行って真実を聞き出してやる!」
「それでこそ私の一番弟子よ。その意思がいかに強固の物か見せてみなさい。生半可な気持ちじゃ一瞬で死ぬわよ!」
 その言葉が終わると同時に、先生の背後に巨大な氷塊が何個も形成される。その全てがなんの躊躇もなく、僕目掛けて飛んできた。……その技は何度も見てきた。もうそれに恐れる僕じゃない。
 体中に魔力を込め、正に全身全霊の構えを取る。
「行くぞ、先生――いや”冷徹の魔女”!」
 僕は一気に跳躍し、飛んできた氷を壊しながら”冷徹の魔女”の元に飛び込んでいった。
 この戦いの先にあるのは希望か絶望か。その行く末を知ることができるのは、最後まで立っている勝者だけ。……ならなってやろうじゃないか、その勝者って奴に。
 そして僕とヴァニィーとの死闘が始まった。
岡崎 大介 s.aMz/zGuI

2016年08月28日 22時00分13秒 公開
■この作品の著作権は 岡崎 大介 s.aMz/zGuI さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:”冷徹の魔女”は同族殺しの罰を受け、吸血機能を喪った…

◆作者コメント:ギーゼルバッハさん、並びに企画運営者の方々、お疲れ様です

前回の某企画でいい結果が出せなかったことから、スランプに陥っており執筆活動から離れていましたが、この機会に一時復帰することにしました

前回の某企画からどれだけ成長してるか(それとも全く成長していないか)はわかりませんが、やるだけやってみました

しがない筆力しか持っていませんが、よろしくお願いします



では、皆さんで企画を楽しみ盛り上げましょう!

2016年09月18日 00時57分19秒
0点
2016年09月12日 12時23分07秒
作者レス
2016年09月11日 22時12分32秒
+10点
2016年09月11日 20時36分52秒
+10点
2016年09月11日 20時17分49秒
+10点
2016年09月11日 20時09分45秒
0点
2016年09月11日 16時49分06秒
+10点
2016年09月10日 20時13分26秒
+10点
2016年09月04日 17時31分45秒
+10点
2016年09月04日 14時46分47秒
0点
2016年08月31日 20時26分42秒
0点
2016年08月31日 20時02分39秒
-10点
合計 11人 50点

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