ハルカと鼻血とロック・ドラクル

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<はじまり:早瀬竜二(はやせ りゅうじ)>

 竜二の体内ではロックのリズムがまだ激しく脈打っていた。ご当地ロック・グループ、ドラクーンの迫力は竜二の想像をはるかに越えていた。
 竜二は歩きながらつぶやく。
「あれがプロのロック・ライブか」
 夜の歩道はまだ陽光の名残を帯びて熱かった。しかし街路樹の葉をゆらしてそよぐ風はさわやかで、帰路を急ぐ竜二の体のほてりを冷ましてくれる。
 歩道をあるく人はほかになく、周囲の高層ビルの窓からは明かりがだいぶ消えている。わずかに霧がでているのか、街灯はおぼろにけぶって見えた。
「心がわきたち体が揺り動かされる。本物のロックだったなあ」
 竜二は疲労を感じていた。体がひどく重い。あたりの景色がゆれている。目が回ってるようだ。
「まるで生命力をすっかり吸い取られたみたいだぜ」
 竜二は近所の公園に立ち寄った。園内には誰もいなかった。
 公園は黒々とした木々に囲まれビル街から隔絶されている。そこには何か秘密めいた雰囲気があった。
 竜二は街灯に照らされたベンチを見つけて腰を下ろした。
 竜二が脇をみると花壇に見たことのない花が咲いていた。釣鐘の形をした赤紫色の花だった。
 花弁の肉は厚く、まだらになった色彩がおりなす模様は妙に肉感的な感じがした。
 花から甘い香りがただよってくる。
 香りには罪の苦みがわずかに混じり、ねっとりと竜二にまとわりつく。竜二が花を見つめていると、なんだかエロい気分になってきた。
 竜二の鼻から熱いものが溢(あふ)れでた。
「まずい、鼻血か」
 竜二はあわててポケットからティッシュを出そうとした。しかし見つからない。
 すると竜二の鼻に何かが触れた。口づけをするように優しく吸いつく。
 釣鐘型の花が長く伸びて竜二の鼻に吸いついていた。まるで食虫植物のウツボカズラみたいな形になってる。
 竜二は思わずつぶやいた。
「何なんだよ、この花は」
 竜二が見つめていると、花の根元から細い足が逆さまに生えてきた。広げた脚を合わせて花を包みこむと、シュルンと後ろ回りをするように回転した。
 すると、地面の中から女の子が逆さまになって現れた。
 竜二が見守るうちに花は幼稚園児くらいの女の子に変身していた。
 女の子は竜二を見つめて言った。
「あら、大変。さあ、これを飲んでね」
 女の子は竜二の口に何かを二つすべりこませた。小さなラッキョウのような形をしている。
「ゴクン」
 ドロップかな。それにしては味がないけど。竜二はそう思いながら一つ目を飲みこんだ。
 女の子は言った。
「噛まないでね、噛むと即死するから」
「ゴクリ」
 竜二は思わず二つ目も飲んでしまった。竜二は女の子にくってかかった。
「な、なにを飲ませたんだ!」
 女の子は大きな深緑色の瞳を細め、ニッコリして言った。
「だいじょうぶよ、おとうさま」
「俺は、お兄ちゃんだ!」
 竜二は思わずどなった。
「お兄ちゃんになってくれるのね。ありがとう」
 女の子は薄い青緑色のレインコート姿で小さくお辞儀をした。
「ついて行ってもいい?」
 竜二は女の子の頼みを断った。
「ダメだ。君みたいに可愛い娘を連れ歩いたら逮捕される。俺は変質者にされたくない」
「そうなの? ざんねんね」
 女の子は後ずさりながらそう言って竜二から離れると、そのまま闇の中に姿を消した。

 女の子と竜二が公園を去るのを確かめると、細身の少女が木陰から姿を現わした。

<結成前夜:生野春香(いくの はるか)>

 午後の教室には、けだるい雰囲気が満ちていた。窓の外には青空が広がり校庭の木々が鮮やかな緑の葉をきらめかせていた。
 教室脇の花壇には色とりどりの花が競うように咲き誇っている。
 ハルカは眩しそうに外をながめて思わずつぶやいた。
「あの女の子は何だったのかしら」
 ハルカは夜の公園に咲く花が女の子に変身するのを木陰から見ていた。
「竜二のことを、おとうさま、と呼んでたわね」
「おい、ハルカ」
 目の前に竜二がいた。
 昨夜と違って精気にあふれてる。
「お前はギターが弾けたよな。ロック・バンドのベース・ギターをやってくれ」
 ハルカは仰天して言った。
「ロ、ロック・バンド? ロックなんて時代遅れじゃないの。二十世紀の遺物よ?」
「いや、そんなことない。本物のロックは凄いぜ。俺、ドラクーンのライブに行ったんだ」
 あきれるハルカに竜二はまくしたてる。
「俺、ロック同好会を結成しようと思うんだ。ハルカ、ベース・ギターを担当してくれ」
「で、でも……」
 ハルカは、まずい! と思った。
 また竜二に押し切られてしまう。
 竜二は細身でさして背も高くない。なのに、いつも情熱にあふれて迫力に満ちてる。
 竜二は苦手だ。
 竜二はハルカのそんな思いを無視してたたみかけてくる。
「俺の中でロックのリズムが脈打ってやがる。いっしょにロックをやろうぜ」
「で、でも……」
 ハルカは弱々しく返事をした。
「ロックは血をたぎらせる。おお、たぎってきた、きた」 ハルカには竜二が鼻血を噴き出すのが分かった。
 ハルカは思った。服が汚れちゃう。
 そう考えたら勝手に体が動いた。竜二の鼻に口をつけて、すする。
 ゴクン、ゴクン、ゴキュ、ゴキュ。
 ゴキュゥゥゥゥン。
 思わず吸ってしまった。
 ハルカは、しまったと思った。
「は、鼻血を止めるおまじないよ。田舎のおばあさんに教えてもらったの」
 ハルカはあわてて言い訳をした。
 言ってしまってから、これじゃ信じてもらえないなと思った。
「へえ~、あ、ほんとだ。血が出てない」
 竜二はティッシユで鼻をぬぐって言った。
 なんと! 信じてもらえた。
 竜二は感謝の表情をうかべ、ハルカの胸を見つめながら言った。
「でもハルカ、お前は見た目より胸が大きいんだな」
「え?」
 ハルカは思った。そんなことないから。
 でも、見下ろす自分の胸は誇らしくその存在を主張していた。
「ど、どうして?」
 動転するハルカの前で、竜二が言った。
「いけねえ、感触を思い出したらまた鼻血が……」
「こうするのだったかな」
 長身の女生徒が竜二の鼻に吸いついた。ゴクリ、ゴクリ、と飲み下す。
 同級生たちから「お姉さま」と呼ばれるクール・ビューティだった。
 本名は龍宮陽子(たつみや ようこ)という。
「どうだ、効果はあったか?」
 龍宮さんの問いかけに竜二が答える。
「ああ、止まったみたいだ。ハルカのおまじないは凄いな」
 それから竜二は少し寂しげな表情をうかべてハルカに言った。
「すまなかった。ロックが嫌いならしかたない」
 去ろうとする竜二をハルカは思わず呼び止めた。
「やるよ、ロックのベース・ギターを」
 ハルカは竜二の血を吸って自分がどれほど弱っていたか、どれほど乾いていたかに気づいた。
 竜二の血は熱く、濃厚な味がした。
 いまハルカの中で竜二の血が激しく律動してる。
 力があふれる。心が沸き立つ。体が動きリズムをきざむ。
 ロックのリズムに合わせて体が自然に揺れ動く。
「やるよ。自分がやりたいから」
 ハルカはもう一度いった。
「よっしゃあ! 超絶技巧の『天空のベース』をゲットだあ」
 喜ぶ竜二に脇から声がかかった。
「ドラムはいらないか」
「もちろん欲しいさ」
 竜二はそういって、声の主を見た。
 転校生の満戸礼子(みつど れいこ)だった。
 自己紹介のときに黒板に堂々と蜜奴隷娘と書いてからバツ印をつけ、改めて本名を書いた豪傑だ。
 大きな深緑色の瞳がチャームポイントの、日焼けした健康的なアスリートだ。
「高校生のバンドならそこそこ務まると思うよ。それにしても鼻血が噴き出すロックの魅力か」
 竜二はレイコに訊ねた。
「女の子なのにドラムができるのか?」
「ああ、まかせろ。見た目より力は強いぜ」
 レイコはまるで男子のように答えた。
 竜二は叫んだ。
「ロック同好会に『大地のドラム』が加わった!」
 レイコが竜二に問いかける。
「ところで、お前はボーカルができるのか?」
 竜二は胸を張って答えた。
「俺はシャウト専門だ」
「ならば、……」
 と、言いながらレイコは龍宮さんの背後にスルリとまわりこんだ。
 龍宮さんは退路を断たれた。
 レイコはハルカに龍宮さんを説得するよう身振りで合図する。
 ハルカは龍宮さんに正面から呼びかけた。
「龍宮さん、ボーカルを担当していただけませんか」
「お前が説得するのか」
 龍宮さんは驚いたという表情で言った。
 ハルカにも自分の行動は意外だった。自分がクール・ビューティの龍宮お姉様に正面から話しかけるなんて。
「龍宮さんにも分かるはずです。心を浮き立たせ体を揺り動かすロックの魅力が!」
 龍宮さんは氷の微笑を浮かべて答えた。
「お前は自分で言ってたよな。ロックは1969年のウッドストックで絶頂をむかえたが、ロック・スピリットは失われた。だからロックは死んだと」
 ハルカは熱く反論した。
「いいえ、言ってません。それにロックは死んでません。ロックのリズムは今も私たちの中に刻まれて生きてます!」
 龍宮さんは冷酷な口調でつづける。
「ロックは死んだ。死者を黄泉返えらせてもゾンビにしかならないぞ」
 レイコが軽く机をたたき始めた。それは小さな音だった。しかし軽快にロックのリズムが奏でられる。ハルカは体を小さく揺らしながら続けた。
「ロックはァ、生きてるゥ。あなたのォ、中にもォ」
 ハルカは、ちょっと音痴だった。それでも龍宮さんの体はリズムに合わせて揺れていた。
 ハルカはそれを見て言った。
「心を沸き立たせ、体を揺り動かす。それがロックです。ロックは今も生きてます!」
 龍宮さんは苦笑いしながら言った。
「分かった、分かった。しかたないな。ボーカルを引き受ける」
 竜二が喜んで叫んだ。
「ロック同好会に『氷結の歌姫』、龍宮陽子が加わった!」
 龍宮さんが竜二に念を押した。
「竜二はリードギターとシャウト担当だな?」
 竜二は胸をはって答えた。
「俺はシャウト専門だ。リードギター? 初めて聞くぞ、そんなもの。俺はギターなんか触ったこともない」

「……」

 三人は唖然として竜二を見つめた。
 しばらくして龍宮さんが口を開いた。
「しかたないな。私がリードギターを担当しよう」
「ギターを弾けるの?」
 ハルカの問いに龍宮さんは疲れた口調で答えた。
「ギターは弾けない。しかしリードギターの演奏は私が引き受ける」
 竜二が嬉々として言った。
「それでは申込用紙に名前を書いてくれ」
 竜二はハルカに用紙を突き付けた。
 すると龍宮さんが容赦のない口調で竜二に告げた。
「その前に、竜二のシャウトを聞かせてもらおう。自称専門家の腕前を見せてもらうぞ」
 竜二は窓を大きく開けて運動場の方を向いた。
「耳をふさいだ方がいいぜ」
 そう前置きをして竜二は雄たけびをあげた。

 ワオォォォ~ン!

 窓ガラスが振動して景色がブレた。
 教室がビリビリと震えた。
 天井のホコリが落ちてくる。
 運動部員たちが手を止めていっせいにこちらを見ている。

 ハルカは思わず感想を口にした。
「すごい声量ね」
 レイコが続ける。
「さすがシャウト専門を名乗るだけのことはあるな」
 龍宮さんは竜二を見つめ、上から目線で告げた。
「見事な負け犬の遠吠えだった」
「なにが負け犬の遠吠えだ!」
 龍宮さんは竜二の言葉を無視して続ける。
「これからは騒音公害男と呼ぶぞ。いいな」
「よくな~い!」
 龍宮さんは竜二の抗議を無視してハルカに言った。
「さて、申込用紙に名前を書いてくれ、ハルカ」
 ハルカは手に持った用紙に一行あけて自分の名前を書いた。
 つづいて龍宮さんが署名し、レイコが名前を書いた。
 最後に竜二が乱暴な筆跡で名前を書く。
「あれ、私の名前が一番前になるの?」
 ハルカは困惑して竜二に訊ねた。
「順番なんてどうでもいいだろう」
 竜二はそう答えて皆に向き直った。
「さあ同好会の名称を決めようぜ。メンバーに俺と龍宮がいるからドラグーンでいいな!」

 ハルカは思った。
 自分だけドラゴンじゃない。自分は遅生まれの巳年だし。
 また私はのけ者ね。

「良いわけないだろう」
 龍宮さんがつっこむ。
 竜二は怯まない。
「ならばドラグーン・マークⅡだ」
「却下!」
 龍宮さんが即座に言った。
「バンド名はレディ・ドラクルだ。異議は認めぬ」
「英語とトランシルバニアの言葉が混じってるな」
 レイコの指摘に龍宮さんは答える。
「ロックにはカオスが良く似合う。良いだろう」
「異存ないわ、龍宮お姉さま」
 レイコが即座に同意した。龍宮さんは続けて言った。
「以後、レディ・ドラクルの指揮は私がとる。いいな」
「よくな~い」
 竜二が抗議した。龍宮さんは冷酷に告げる。
「負け犬の意見など誰も聞かぬ」
「だれが負け犬だ!」
 レイコが竜二をなぐさめる。
「ボクとハルカが妹になってあげるから我慢しなよ」
「ぐすん、クウゥ~ン」
 ハルカは三人のやりとりを傍から見ながら思った。
 私の意見なんか、どうでもいいのね。
 いつものことだけど。
「いいわよ」
 ハルカは弱々しく同意した。
 こうしてバンド名はレディ・ドラクルに決まり、ロック同窓会の申請用紙が完成した。

 ロック同好会の未来を祝福するように爽やかな風が放課後の教室を吹き抜けていった。窓の外には陽光が溢れている。
 運動部員たちの軽快な掛け声が同好会メンバーの耳に心地よく響いた。

 しかし、その様子を薄暗い廊下の陰から見つめる者がいた。
 生徒会長だった。
「龍宮さんたちを生徒会役員にするにはロック同好会がジャマなようですね。ならば潰すことにしましょう」

<悪意ある試練:生徒会長>

 ハルカは放課後に生徒会室へ呼びだされた。「ロック同好会について話しがある」とのことだった。
 生徒会長に呼ばれたのはハルカ一人だった。

 ハルカは職員室の前をとおって生徒会室をめざした。
 自分がひどく緊張してるのが分かる。
 生徒会室の前の廊下は薄暗く、息が詰まった。邪悪な闇の中になにか良くないものが潜んでいる。そんな雰囲気がただよってる。
 外にあふれる陽光すら闇に吸いとられてる。ハルカにはそんな風に感じられた。
 ハルカは生徒会室の前でしばらく入室をためらった。それから、意を決して生徒会室の扉を開けた。
 生徒会室には低いテーブルとソファーが置かれていた。その奥に机があった。机に肘をついて陰気な顔のやせた男が座っている。生徒会長だった。
 ハルカはこの部屋から逃げ出したいと強く感じた。しかし、その思いを押さえつけ、部屋の中へと歩みを進める。

 生徒会長は入室してきたハルカを見て思った。改めて見ると、この女生徒は本当に気が弱そうですね。
 少し強く言えば泣いて言うことを聞くでしょう。どんな泣き顔をするか今から楽しみですよ。
 生徒会長は切り出した。
「午後のこんな時間にお呼びたてして申し訳ありませんね」
 ハルカは恐縮して答えた。
「い、いえ、会長こそお忙しいのに。お手をわずらわせてすみません」
 生徒会長は思った。
 まったく、余計な手間を掛けさせてくれますね。その分楽しませていただきますよ。
「さて、同好会の設立申請書が提出されましたが、学年の途中に同好会の成立を認めることはできません。今年度の予算はすでに決まってますからね」
 ハルカの顔が絶望の色に染まる。
 生徒会長はそれを見て思った。実にいいリアクションです。この先が楽しみですよ。
「それに担当する教師の名前が書かれてません。書類に不備がありますね」
 ハルカは瀕死の表情になった。

 生徒会長は思った。おやおや、早くも気絶寸前ですか。
 でも、このまま引き下がられては楽しみがない。
 少し引きとめて希望を持たせてあげましょう。
「予算はもう決まってる。だから学年の途中で同好会の成立を認めることはできない。それが原則です。しかし過去に例外がありました」
 ハルカの顔にわずかながら希望の色が浮かんだ。

 生徒会長は思った。
 この娘なら、わたくしの思い通りにできますね。
 それにしても、貧相なやせっぽちと思ってたが、けっこう胸もあるし、意外とかわいいですね。
 泣きそうな表情が実にわたくしの好みです。
 同好会を潰したら生徒会の会計に任命して役員室で毎日泣き顔をながめてあげましょう。
 クッ、クッ、クッ。

 ハルカは精いっぱいの勇気をだして訊ねた。
「どうすれば良いのですか」

 生徒会長は思った。これでこの娘はわたくしの言いなりですね。

「年度の途中には予算配分ができない。だから生徒会の予算を使わずに活動したのですよ」
「つまり機材を自分たちで調達したのですね」
 生徒会長はうなずいた。
「しかし年度の途中で同好会を成立させることは認められていない。わたくしの一存では決められません」
 ハルカの表情がふたたび絶望に染まる。必死の思いで言葉を紡ぐ。
「どうすれば、良いのですか?」
 生徒会長は思った。
 メンバーに龍宮さんが入ってますね。生徒会の副会長になっていただきましょう。
 それには恨まれずに同好会を潰すほうが良い。
 そうですね。良い手段がありますね。

 生徒会長はハルカに提案した。
「校内でロック・ライブを行い、参加した生徒の多数決で成立を決めるのはどうでしょうか。皆で決めたことなら反対者がいても説得するのは難しくないと思いますよ」
 ハルカの顔が歓喜の色に染まった。
 生徒会長はそれを確かめてから続けた。
「すこしお待ちください。ちょっと確認します」
 生徒会長は喜びに浸るハルカを残して生徒会室を後にした。電話で確認をとる。
 生徒会長の顔に邪悪な笑みがうかぶ。
 あのお方のご命令に従って理事長からイベントの許可を得ておいて正解でしたね。
「お待たせしました。ロック同好会の前座として、ご当地ロックグループ、ドラグーンの参加が決まりました。そうそう、担当する教師が決まったら設立申請書に名前を記載して一週間以内に提出していただければ結構ですよ」

 生徒会長は思った。これであのお方の望みどおりに事をはこべる。
 あのお方が若さと活力を奪い去り魂を喰らい尽くしたら、抜け殻をいただいて生徒会室に飾りましょう。
 クッ、クッ、クッ。

 ハルカは生徒会長の思惑には気づかずに明るく言った。
「はい、分かりました。お時間を割いていただき有難うございます!」
 ハルカはそう言うと深くお辞儀をして生徒会室をあとにした。
 ハルカの歩みは軽かった。殺風景で息のつまる役員室をあとにするのは快適だった。
 校舎を吹きぬける風が新鮮で心地よい。いつもは苦手な太陽の光さえも好ましく感じられた。
 これで皆に良い報告ができる。ハルカは同好会のメンバーが待つ教室に向かった。
「どうだった」
 龍宮さんがきつい口調でたずねてくる。
「年度の途中で同好会を成立させるのは原則として無理と言われたわ」
 レイコは上機嫌なハルカを見ながら先を促した。
「それで?」
 ハルカは胸をはって答えた。形の良い胸が誇らしげに自己主張してる。
「今年度の予算はもう決まってる。だから機材は自分たちで用意しなくちゃいけないって」
 龍宮さんは納得のいかない様子で先を促した。
「それから?」
「年度途中の成立は生徒会長の一存で決めることはできない。だから校内でロック・ライブを行い、参加した生徒の多数決で成立を決めることにするって」
 龍宮さんは意外そうな表情で言った。
「意外と設立に前向きだな。それ以外に何かないか?」
「設立申請書に担当する教師の名前を書いて一週間以内に提出するように言われたわ」
 龍宮さんは納得のいかない顔で言った。
「それだけか? なんか拍子抜けだ。あの陰険会長なら何か仕掛けてくると思ってたのに」
 ハルカは嬉しそうに続けた。
「そうそう、ロック同好会の前座にドラグーンが演奏するって」
 ハルカはそう言って、凍りついた。
 龍宮さんの視線は氷結のオーラを放っていた。レイコも強烈な殺気を放ってる。
 竜二が能天気に言った。
「プロのロック・グループが同好会の前座だって? それは凄いな」
 龍宮さんはハルカから視線をそらさずに言った。
「レイコ、ハルカ、私の家で女子会を開くぞ」
 ハルカにもゆっくりと真実が見えてきた。
「プロのライブを聞いた直後に、生徒たちに認められるようなライブ演奏をする? 素人の高校生には絶望的な条件じゃないの!」
「女子会を開くのかい? 俺も参加したいな」
 竜二には事態の深刻さが分かってなかった。
 レイコはそんな竜二の思いを打ち砕く。
「やめときな。女の子の本音トークは生々しいから」

 女子メンバーは竜二を残して去ってゆく。
 ハルカはレイコに連行されていった。
 うなだれて歩くハルカは死刑囚のように見えた。

<異形の女子会:満戸礼子(みつど れいこ)>

 ロック・コンサートを前にして、女子メンバーが龍宮さんの下宿に集まった。途中でレイコが買ったミツドのドーナッツと紅茶で女子会が始まった。
 龍宮さんの部屋はピンクを基調にしてレースで飾られていた。クールビューティの部屋にしては意外と女の子らしい雰囲気だった。

 レイコが口火を切った。
「どうしたらいい? 龍宮さん」
「なんとかする。それ以外ないさ。まずお互いを知っておく必要があるな」
 龍宮さんはハルカにたずねた。
「ハルカ、レイコは何者だと思う?」
 ハルカはいきなり龍宮さんから名指しされてギクリとした。齧りかけていたドーナッツから口を離してゆっくりと話しはじめる。
「レイコは満戸をマンドと読まれないようにすごく気を使ってたわ」
「縮めて呼ばれるとまずいからな」
 ハルカは龍宮さんの言葉を無視して続ける。
「呼ばれたくない。では呼んでみたらと考えれば、レイコはマンドレイ……ク」
 レイコは不満げに言った。
「気付かれてたか」
「隠そうとして悪目立ちしてた。それから、土曜日に公園の花壇から姿を現わした女の子と関係があると思う」
 レイコはお手上げというように両手を広げて言った。
「できれば本名はドイツ風にアルラウネと呼んで欲しいな」
 龍宮さんがさえぎるように言った。
「でも、なぜうちのクラスにお前がいるのだ?」
「二年前に竜二が流した涙からボクは生まれた」
 レイコは龍宮さんに促されて続けた。
「おととい公園で竜二に会った。なにか悪いモノに憑かれたようだ。だからボクはアルラウネの種を飲ませて竜二を浄化した」
 レイコは思った。
 そろそろ良いかな?
 二人に告げる。
「これを飲んでくれ」
 二人はレイコからオレンジ色の種を受け取ると口に入れた。
「アルラウネの種だ。噛まずに飲めよ。噛むと即死するからな」
 レイコの言葉を聞いて、二人は思わず種を飲みこんでしまった。
 レイコは憤然としている二人に告げる。
「守りの効果は保障する。それから相手の考えがわかるようになる」

龍宮 :相手の考えをどうやって知るのだ。
レイコ:根ット・ワークを使う。

 龍宮さんは声にして言った。
「おお、しゃべらずに会話できた」
 レイコは続ける。
「竜二はボクの生みの親だ。だからボクは竜二を守る」
「竜二に悪さをしたのは誰だ」
 レイコは龍宮さんの問いに答える。
「ドラグーンのコンサートで悪さをされたなら、リーダーの竜崎じゃないかな」
 龍宮さんは納得した。
「たしかに竜崎源次郎には人間とは思えない雰囲気がある。そいつがここでライブを開催する。何かあるな」
 龍宮さんは言葉を切り、再びしゃべり始めた。
「ところでマンドレークの寿命はあまり長くなかったはずだが?」
 レイコは龍宮さんの問いに答える。
「そう。ボクは二日間で幼稚園児から高校生に成長してる。ボクたちアルラウネは記憶や経験を共有してる。ボクが枯れても妹たちが満戸礼子を引き継ぐ。だから問題ない」
「レイコは姉妹を育てるために竜二の鼻血を欲しているのか?」
 レイコは龍宮さんの確認にうなづいた。
「そんなところさ」
 龍宮さんは納得して言った。
「蚊が卵を産むために人の血を吸うようなものか」
 ハルカは思わず叫んだ。
「その発言は吸血鬼への侮辱ですよ!」
 龍宮さんが告げる。
「そうか、失礼したな。では、つぎはハルカの番だ」
 ハルカは、いよいよか、と思った。
 最後の晩餐のあとは処刑の時間ね。判決を聞かせてもらいましょう。
「竜二の鼻血を吸うところをみると」
 ハルカは、やっぱり、と思った。正体がばれてる。

 このあと自分は心臓に杭を打ち込まれる。
 杭を打たれて滅びても血を注がれれば復活する。
 すると、ふたたび心臓に杭を打たれて滅びる。
 何度も、何度も苦痛が繰りかえされる。
 罰は未来永劫にわたって続くのね。

 龍宮さんはハルカの苦悶を無視して続ける。
「ハルカの前世はヤブ蚊だった」
「ちがいます! 二年前に転化した吸血鬼です」
 ハルカは叫んでから、しまったと思った。
 龍宮さんは、何事も無かったように言った。
「これでハルカの自己紹介はすんだな」
 なんだか話を早く終わらせたがってる様子だった。
 レイコがハルカにたずねた。
「転化したときの様子を教えてくれ」
 龍宮さんは冷や汗を流してる。
 ハルカは龍宮さんをいぶかしげに眺めてから話しだした。
「人混みを歩いてたら突然に転化したの」
 レイコは深くうなずいた。

 しばらく沈黙が続いた。

 やがてハルカは納得のいかない表情で疑問を口にした。
「でも、ドラクーンが前座になったのに、なぜ自分は叱られないの?」
 龍宮さんは豪快に笑った。なにか隠し事をしてるような不自然さがあった。
「他の者なら会長は同好会の成立を認めなかったはずだ。成立できる可能性を手に入れたのはハルカの手柄だ。さあ、レイコのおごりだ。ドーナッツを食い倒せ」
 レイコが龍宮さんを睨みつける。
 ハルカはそれに気づかず泣き崩れた。
「自分はスウィーツを食べ過ぎて虫歯なんです。牙が虫歯だから吸血できない。だから……」
 ハルカは涙を流しながらもドーナッツを食べるのをやめない。ズズーッと紅茶をすする。
 龍宮さんはそんなハルカを見つめながら言った。
「だから竜二の鼻血を必要とするのか」
 ハルカは深くうなずいた。

 龍宮さんはハルカに言った。
「そこのギターを弾いてみてくれ」
 レイコは疑問を口にした。
「なぜここにエレキギターがあるのだ」
 龍宮さんは頭を掻きながら言った。
「興味があったから。弾こうとしたことがある」
 ハルカは言った。
「じゃあ、弾いてみるわ」

 龍宮さんはハルカの演奏を聴いて言った。
「おい、おい、なぜ、そんな単純なフィンガリングでこんなに複雑なトライアドができるのだよ」
「高周波で直接ギターに語りかけてるから。コウモリさんとお話しするのと同じテクよ」
「超絶技巧とはそういう意味だったのか」
 ハルカは龍宮さんが嘆息するのに答えて言った。
「違うのですか?」

 「氷結の歌姫」、龍宮陽子(たつみや ようこ)は写実的なヌードがプリントされたTシャツとショートパンツ姿だった。
 服を着てるのにリアルなヌード姿だ。
「よく平気でそんな服を着てられますね」
「いやァ、褒められると照れるなあ」
 龍宮さんのボケにレイコは突っ込む。
「誰も褒めてません!」
 レイコは龍宮さんにたずねた。
「なんで、そんな恰好をしてるのですか」
「参加者に鼻血を噴き出させる方法を試してるのだ」
 龍宮さんの答えにレイコは言った。
「龍宮さん、猥褻物陳列罪で逮捕されますよ」
「なんとかするさ」
 龍宮さんはそう言ってから二人を見つめて続けた。
「龍宮さんと呼ぶのは他人行儀だよ。もっとフランクにしようぜ」
 レイコは龍宮さんを見つめて言った。
「分かりましたわ、龍宮お姉さまァァン~」
「ぞわわわわァァ~。や、やめてくれぇぇ~!」
 レイコは真顔になると龍宮さんに訊ねた。真相を知ってるような言い方だった。
「だけど、なんで死神が龍宮さんに取りついてるのですか?」
 龍宮さんは言いよどんだ。しかしレイコの表情をみて事情を説明し始めた。

「二年前にある死神が生命力のあふれる竜二に見とれた。そして、よそ見した死神の鎌で龍宮とハルカの魂は切り裂かれた」
 それを聞いてハルカが納得の表情で言った。
「そのとき自分は吸血鬼に転化したのね」
 龍宮さんはうなずいて続けた。
「死神にくだされた罰は、私の体に留まり生かし続けることだった」
 レイコが確認する。
「竜二が目を離したわずかの間に龍宮は死んでしまった。その時に流された涙からボクが生まれた」
 龍宮さんはうなづいて続けた。
「私は病院で生き返った。しかし体は死神のせいで冷えてゆく。体の熱を保つために竜二の鼻血が必要なのだ」

龍宮 :竜二は私たちに名前を与えた。名前は私たちを支配する。
ハルカ:「超絶技巧の天空のベース」
レイコ:「大地のドラム」
龍宮 :「氷結の歌姫」
レイコ:私たちは竜二にそう名づけられた。
ハルカ:だから、名前のとおりの者になる。
龍宮 :ハルカは吸血鬼だ。自在に姿を変えれるし、大きくも小さくもなれる。
レイコ:ボクの香りには媚薬の効果がある。種には、毒と麻薬、催眠剤の効果がある。ボクのシャウトを聞けば即死するか気が狂う。
ハルカ:レイコのシャウトは封印ね。
龍宮 :死神の歌声には魔力がある。聴衆に幻覚を見せることができる。
レイコ:ボクたちが力を合わせればドラクーンのリーダー、竜崎源次郎に対抗できるだろう。聴衆を幻惑して印象的なロック・ライブを演出しようぜ。
龍宮 :ああ。
ハルカ:そうね。
レイコ:竜崎源次郎は人間じゃないと竜二に伝える?
龍宮 :やめとこう。竜二はロックに専念させる。
龍宮 :幻想の効果は術者の想像力に左右される。竜二のイメージをもとに創造の翼を広げるぞ。
レイコ:全力でアシストするよ!

 レイコの言葉で女子会はお開きになった。

<ライブ当日:早瀬竜二(はやせ りゅうじ)>

 ドラグーンの人気は高く、多数の女子高生がライブに参加した。つられて男子生徒も会場につめかける。
 満員の体育館でドラグーンの生演奏が始まった。
 本格的な機材を持ち込んだドラグーンのライブは大迫力だった。ライブが終わると参加者たちは魂を抜かれたように座り込んだ。

 続いて、竜二たちのライブが始まる。
 竜二たちに与えられたのは一本のマイクだけだった。
 生徒会長が言う。
「機材はすべて自前という約束だったよね。そのマイクを使わせてあげるのはボクの好意だよ」
 生徒会長はそう言うと舞台のそでに去っていった。

「始めるぜ、前だけを見ろ」
 リーダーの龍宮陽子が指示をだす。
「予定どおり竜二は司会を頼む。そのあとマイクは私とハルカで使う。竜二とレイコはマイクなしで頑張ってくれ」
「まかせろ!」
「まかせて!」
 竜二とレイコの声がハモった。
 あたりが徐々に暗くなってゆく。
 舞台の幕があがる。
 会場の明かりが消えたとき、舞台にいたのは高校生の同好会員ではなかった。
 若きロック・バンドのメンバーたちがそこにいた。

 竜二はマイクを受けとると語り始めた。

 それではロック同好会、レディ・ドラクルのライブを始めるぜィ。
 (チッ、会場のガッカリ感が半端じゃねえな)
 まず、メンバーを紹介する。
 ボーカルとリード・ギター担当は、「氷結の歌姫」、たつみやァ、よおこォォ(龍宮陽子)!

「龍宮お姉様ァァ!」
 という歓声がまばらに聞こえた。

 「氷結の歌姫」は腰に青いジャージの上着を巻いていた。ドレスのように見える。
 「氷結の歌姫」は歌い始める。歌詞のない旋律には教会音楽のような荘厳さがあった。
 透明感のある歌声はマイクなしでも体育館の隅々まで朗々と響いた。
 ざわめいていた聴衆が徐々に静かになってゆく。
 「歌姫」は目くばせをした。
 そして、腕を振りあげると、芝居っ気たっぷりに舞台の端の一点を鋭く差し示した。
 スポットライトが舞台の端を照らす。
 光の環の中に生徒会長がいた。
 舞台の正面スクリーンにその姿がアップで映し出される。アンプの音程ダイヤルを滅茶苦茶にひねっていた。
「なぜだ、なぜ音程が狂わない」
 生徒会長の胸にささったハンドマイクがその声を会場中に伝えた。
(あいつめ、コンサート中にマイクで雰囲気をぶち壊す気だったな)
 竜二はマイクで会場に語りかけた。
「ハーイ、陰険会長、歌姫の実力がどれほどかを皆に知らせてくれて有難う」
 レイコが生徒会長の首をつかんで立ち上がらせた。
 生徒会長はよろめきながら舞台から去ってゆく。
 レイコは会長のハンドマイクを龍宮リーダーに渡した。
 竜二は続ける。

 続いてぇ、超絶技巧の「天空のベース」担当をするのは、いくのォ、ハルカァァァ(生野春香)!

 舞台のはじで大きな音がした。
 中央スクリーンの映像が切り替わった。生徒会長が舞台の階段下に横たわってる。つぶれたカエルのように見えた。
 流れる鼻血が床に血だまりを作ってゆく。

 おっとォ! 生徒会長が階段から足を踏み外したあァ。だれか保健室に連れてってくれえぇぇ~!

レイコ:それにしても派手にころんだなァ。
龍宮 :足元を凍らせたのは、やりすぎだったかな。
レイコ:ボクが耳元でシャウトしたせいかもしれない。
ハルカ:自分は衝撃波を会長の背中に当てちゃったわ。
龍宮 :まあいい。証拠を残してないから問題ない。

 竜二が告げる。
 では、紹介を続けるぜィ。

 映像が舞台のハルカに切り替わる。

 ハルカはスゥイーツ大好きでぇ、虫歯に悩む可憐な乙女ぇぇぇ~!

 ハルカは黒いカーテンをマントのように羽織って、コウモリをモチーフにした漆黒のベースギターを抱えてる。
 クルリと回ってカーテンのマントをはためかせ、ポーズを決める。
 ハルカは竜二に向かって「べ~ッ」と舌を突きだして、竜二からマイクを奪いとった。
 ハルカはマイクをスタンドにセットして、すぐにコードトーンのアルペジオでラインを作った。
 なめらかに音域を上げてゆき、ハイノートで鮮やかにソロを終了する。
 「天空のベース」の超絶的な演奏に会場からまばらな拍手が起きた。
(ハルカの演奏は、高校生としては飛びぬけてるけど、会場の反応はいまいちだなァ)

 「大地のドラム」を担当するのは、みつどォ、レイコォ(満戸礼子)!

 「大地のドラム」はスティックを振りあげた。緑のジャージが躍動する。
 竜二の懸念を吹き飛ばすように爆発的なドラムの音が体育館に満ちた。
 観客はドラムの迫力に驚いたようだった。

 竜二は気を引き締める。
(前だけを見ろと龍宮リーダーに言われたばかりじゃないか)

 曲と演出はァ、ロック同好会のオリジナルだァ。
 では、ゆくぜィ。
 最新の立体ホロ映像を使った幻想ライブ。
「スーパー・ノヴァ」の始まりだァァァ~!

 会場からまばらに「オォ~ッ」と声があがった。

(立体ホロ映像といっても、実際のところは、どの程度のなんだろう。なんといってもロックは音楽だ。演出に凝りすぎると失敗するぜ)

 竜二の懸念をよそに、異形の三人による幻想ライブが始まった。
 とてつもないイメージ映像を伴ったロック・ライブ「スーパー・ノヴァ」がついにスタートする。

 「氷結の歌姫」は歌を紡いだ。透きとおった歌声は会場に満ちる。
 歌声とともに暗闇の中に高層ビル群が浮かび上がる。まるで夜の新宿にいるような臨場感だった。
 街角で「天空のベース」が漆黒のコウモリの翼をひろげる。一気にその力を解き放つ。
 蒼白い閃光が会場内を疾走した。

 ズドドギャギャギャ、グユュワワワァァァァ~ン!

 エレキギターの響きとともに無数の色彩が花びらとなって会場にあふれた。暴風にも似た轟音は衝撃波となって広がる。
 衝撃波を受けて高層ビル群の基部が切り裂かれる。
 高層ビルが揺らぐ。
 しかしビルは崩れ落ちることを許されない。

 「大地のドラム」が爆発的な轟音を奏でる。

 高層ビル群は夜空へと吹き上げられる。空中で崩壊してゆく。
 壁が崩れてゆく。机が、椅子が、人々が、空中に投げ出されて落下してゆく。

 「氷結の歌姫」はリードギターを担当する。終焉と死のオーラをまとって歌う。歌声でフレーズを演奏する。
 「天空のベース」はフレーズにバリエーションを加える。
 さらにフレーズを反復しながら音をカットし、初めは徐々にやがて急速にフレーズを断片化する。同時にノンコードトーン(非和声音)を増やしてゆく。
 演奏にメッセージをのせる。
「竜二、あなたの出番よ!」

 竜二は我に返った。
(とんでもなくリアルなイメージ映像だな。見とれちまったぜ。いよいよ俺の出番か)

 竜二がシャウトする。

 校則を、ぶっ壊せ。秩序など、ぶっ壊せ。
 ルールなど、踏みにじれ。しがらみを、ぶっ壊せ。

 数人が会場からコールする。

 ぶっ壊せ、ぶっ壊せ、ぶっ壊せ、ぶっ壊せ!

 ハルカが空中へと舞い上がった。
 降りそそぐ瓦礫のなかで、ハルカの姿は黒い霧になって消える。そこから無数のコウモリが天空をめざして舞いあがった。

 瓦礫が、建物が急激に落下してくる。
 竜二は自分が空中に舞いあがるのを実感した。
 真っ暗な大空へ飛びあがってゆく。
 前方に閃光が見えた。
 瓦礫が後方に流れてゆく。
 竜二は高速で飛翔していると感じた。
 ハルカが見えた。そう思った瞬間だった。
 竜二は突然に大空から地上へと落下した。

 見上げると、上空から十二人のハルカがギターを掲げて舞い降りてくる。その姿は灼熱の炎につつまれ、ギターは剣へと形を変える。
 ハルカが火炎の剣をふるうと辺りに赤黒い炎が立ち昇る。廃墟と化した新宿の街は終焉の炎に焼かれてゆく。
 ハルカは唯一つ残った建物、東京都庁へと歩みを進める。

 竜二が絶叫する。

 通信簿を、引き裂け。成績票を、引き裂け。
 学歴を、消し去れ。 閻魔帳を、引き裂け。

 会場から唱和する声が増えた。

 引き裂け、引き裂け、引き裂け、引き裂け!

 竜二は大音声(だいおんじょう)をあげる。

 平和など、滅び去れ。社会など、滅び去れ。
 戦争を、ぶっ潰せ。 伝統よ、 滅び去れ。

 滅び去れ、滅び去れ、滅び去れ、滅び去れ!

 会場のあちこちから絶叫があがる。
 会場の声が一つになってゆこうとしていた。
 (よし、聴衆をつかんだぜ!)

 宗教を、破壊しろ。道徳を、破壊しろ。
 良識を、覆(くつがえ)せ、常識を、壊(こわ)せ!

 壊せ、壊せ、壊せ、壊せ!
 壊せ、壊せ、壊せ、壊せ!

 竜二はさらに声を張り上げようとした。
 しかし、声が出ない。
 マイクなしの全力シャウトで竜二は限界に達していた。
 「氷結の歌姫」がフレーズを繰りかえす。
 「大地のドラム」がリズムにメリハリをつける。
 「天空のギター」はアルペジオにノンコードトーン(非和声音)を重ねる。ノンコードトーンを急速に増やしてゆく。

 ハルカの前にそそり立つ都庁には巨大な扉があった。
 不快な音とともに扉が開く。

 白骨の獣が、走り出る。無数の骨の鳥が、空中を舞う。髑髏の騎士団が、骨の馬に乗って疾走する。
 異形の怪物の群れがあふれ出た。

ハルカ:どうしよう。幻想を乗っ取られるよ。
龍宮 :かまわない。乗っ取らせよう。相手の出方を見るぞ。
ハルカ:でも、敵が死神と吸血鬼とアルラウネの力を手にいれたらまずいよ。
龍宮 :竜二に賭ける。レイコ、俺たちを守り切れるか。
レイコ:守る。無理ならこの世から避難させる。
ハルカ:それって、即死させるってことだよね。

 レイコの悲壮な表情は彼女が真剣なことを明白に示していた。

 骸骨の重装歩兵部隊が会場の通路に並んだ。
 髑髏の騎士団が骨の馬に乗って空中に整列した。

 扉の中は地獄のような光景だった。
 扉の奥から何かが近づいてくる。地獄の悪鬼たちだ
 悪鬼たちが扉から歩み出す。凶悪な獲物を携えている。
 ドラクーンのメンバーだった。

 リーダーの竜崎源次郎が合図をする。
 骸骨の歩兵部隊が、髑髏の騎士団が、一斉に武器を大地に叩きつけた。雄たけびをあげる。
 一糸乱れぬ行動だった。

 ドン、ドン、ウォォ~ッ! ドン、ドン、ウォォ~ッ!
 ドン、ドン、ウォォ~ッ! ドン、ドン、ウォォ~ッ!

 大地が震えた。大気が戦慄した。会場が揺れる。
 参加者たちがそれに合わせる。床を踏み鳴らし絶叫する。

 ドン、ドン、ウォォ~ッ! ドン、ドン、ウォォ~ッ!
 ドン、ドン、ウォォ~ッ! ドン、ドン、ウォォ~ッ!

 メンバーの一人が自家発電機のチェーンを引く。
 ドリュ、ドリュ、ドリュリュ~ン。
 エンジンがかかり発電機が騒音を発する。
 竜二は思った。
 (発電機の音までロックしてやがる)
 ハルカは差しだされたプラグをベースギターに差し込む。
 不要になったマイクを竜二に向かって投げる。
 それをドラクーンのリーダー、竜崎源次郎が空中でインターセプトした。

 ドラクーンのベースがモチーフを力強く奏でた。
 メッセージが込められてる。
 「天空のベース」へのコール(問いかけ)だ。
「お嬢ちゃん、ついてこれるかな?」
 「天空のベース」は、複雑なバリエーションを加えてモチーフをくり返す。
「まだまだ、余裕よ!」
 力強いレスポンス(返答)だった。
 ドラクーンのベースはニヤリと笑うと、モチーフを変化させる。パンチを効かせてくり返す。
 「天空のベース」はモチーフの変化に、さらにノンコードトーン(非和声音)を加えてゆく。ディミニューションし(音の長さを短縮させ)ながらメッセージをこめる。

「聞かせてよ、プロのシャウトを!」


<対決:龍宮陽子(たつみや ようこ)>

 ドラクーンのメンバーたちが竜二のライブに乱入してきた。ライブはドラクーンと合流してさらに盛り上がってゆく。
 黒煙をあげて燃える新宿の廃墟を背景にプロのロック・コンサートが開始される。
 ドラクーンのリーダー、竜堂源次郎はマイクを持ってシャウトを始めた。

 警官を、滅ぼせ。  上役を、滅ぼせ。
 政治家を、殺害しろ。先生を、滅ぼせ。

「先日、違反切符を切られたからな」
 本来は情けないはずの告白にも風格があった。
 だが、ニヤリと笑みを浮かべたその表情は、もはや人間のものではなかった。

 理事長を、殺せ。   会長を、殺せ。
 オヤジども、くたばれ。老いぼれを、殺せ。

 会場は異様な雰囲気に包まれてゆく。
 参加者が殺気立ってゆく。

 ガキどもを、殺せ。母親を、殺せ。
 恋人を、殺害しろ。友人を、殺せ。

 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!
 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!

 参加者たちの口から、暗い禍々しいものが吐きだされてゆく。
 参加者たちは狂ったように絶叫した。

 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!
 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!

 竜二は異様な雰囲気に畏怖を感じた。
「こんなのロックじゃねえ!」
 会場の皆が悪霊に取りつかれてる、竜二はそんな危機感に襲われた。

 「氷結の歌姫」が竜二に声をかける。
「負けるな、竜二。お前にマイクは不要なはずだ!」
 根ットワークで仲間に呼びかける。

龍宮 :参加者の気持ちを他にそらせろ。私は幻想を取り戻す。
レイコ:媚薬の香りを放つぞ。
ハルカ:魅了の呪文を使ってみるわ。

 ハルカの演奏に深みのある豊かな超音波のうねりが加わった。参加者の殺気を急速に打ち消してゆく。
 龍宮の幻想が効力を発揮した。
 参加者たちはレイコの躍動する体を強く意識した。
 ギターを演奏するハルカの身体を生々しく感じた。
 リードギターを奏でる龍宮の成熟した肢体をありありと知覚した。
 会場の雰囲気が劇的に変化した。

 竜二は絶叫した。

 皮肉屋を、ぶっ飛ばせ。嫌なヤツ、ぶっ飛ばせ。
 いじめっ子、ぶん殴れ。威張るヤツ、ぶっ飛ばせ。

 数人が会場からコールする。

 ぶっ飛ばせ。ぶっ飛ばせ。ぶっ飛ばせ。ぶっ飛ばせ!

 竜二はシャウトした。

 優等生を、やっつけろ。モテるヤツを、やっつけろ。
 イケメンを、やっつけろ。リア充! 

 爆発しろオォォ~!

 参加者がそろってシャウトした。
 会場が一つになった。
 竜二は続ける。

 呪いなど、打ち破れ。 恨みなど、投げ捨てろ。
 憎しみを、焼きつくせ。悪霊を、やっつけろ!

 会場中が唱和する。

 やっつけろ、やっつけろ、やっつけろ、やっつけろ!
 悪霊を、やっつけろ! 悪霊を、やっつけろ!

 竜二たちの熱気をうけて、ドラグーンのリーダー、竜崎源次郎の体から黒い霧が噴き出した。
 会場にあふれる闇を吸って膨らむ。濃さを増して実体となってゆく。大きく膨れ上がってゆく。
 「氷結の歌姫」は死神の鎌をハルカに手わたした。
「飛べ、ハルカ!」
 ハルカは死神の鎌で実体化した闇に切りかかる。暗黒が切り裂かれる。
 闇は切り裂かれ、無数の花びらとなって舞い散ってゆく。
 竜崎源次郎は凄まじい絶叫をあげた。人間のノドから出せる音ではありえなかった。
 竜崎源次郎は轟音をたてて舞台に昏倒した。

 「大地のドラム」がリズムを刻む。

 ズン、ズン、ドォ~ン! ズン、ズン、ドォ~ン!
 ズン、ズン、ドォ~ン! ズン、ズン、ドォ~ン!

 会場が、参加者が、足を踏み鳴らして唱和する。

 ドン、ドン、ウォ~ッ! ドン、ドン、ウォ~ッ!
 ドン、ドン、ウォ~ッ! ドン、ドン、ウォ~ッ!

 「大地のドラム」に合わせて緑が芽吹いてゆく。天空へと伸びてゆく。
 再生のリズムに合わせて、緑の草が、木々が、新宿の高層ビルへと成長してゆく。
 都庁はツタに覆われてゆく。森林の深い緑へと染められてゆく。
 会場を疾風が吹きぬける。邪悪な雰囲気が一掃される。

 竜二はドラクーンのリーダーが持つマイクを手にした。しかし、もはや声はでない。
 すると幼稚園くらいの女の子が舞台に現れた。
 女の子は薄い青緑色のレインコート姿をしていた。大きな深緑色の瞳が印象的だった。
「レイコお姉ちゃんの妹です。お兄ちゃん、マイクを貸してください」
 女の子はそう言って小さくお辞儀をした。
「可愛いぞォォ!」
 会場のあちこちから声がかかった。
 竜二は女の子にマイクを渡した。
 女の子はマイクを持って歌いだす。
 龍宮リーダーが気づいて絶叫した。
「やめろ! アルラウネにシャウトさせるな。参加者たちが死ぬぞ!」

 女の子はシャウトした。

 太陽よ、燃え上がれ。星々よ、燃え上がれ。
 満月を、食い尽くせ。大空よ、燃え上がれ!

 銀河を、焼きつくせ。宇宙を、 焼きつくせ。
 世界よ、燃え上がれ。すべてを、焼きつくせ!

 会場に狂乱がうずまいた。青い鼻血が吹き上がる。紫の鼻血が吹き上がる。緑の鼻血が吹き上がる。
 噴き出した鼻血が立体的な花を描く。お花畑が空中に浮かび上がる。
 萌え絵が空中に描かれる。深紅の鼻血で描かれた美少女たちは空中で笑みを浮かべる。
 参加者たちはあらゆる色彩の鼻血を噴き上げケイレンしながら次々と泡を吹いて倒れていった。
 アルラウネのシャウトに応えて叫ぶことができた者は皆無だった。

 女の子は歌いきると、クルリと後ろ周りをした。そのまま舞台でシュルリンと花に変身した
 中央スクリーンに妖花アルラウネが拡大して投影された。
 会場中から鼻血が盛大に吹き上がった。
 会場に立ち込めたスモークがその惨劇を包みこんだ。

 すべてが終わると会場を覆っていた煙霧は舞台の上に集まり、ハルカの姿にもどった。
 龍宮リーダーがハルカに語りかける。
「グループ名をハルカの名にしてよかったな」
「え、どういうこと?」
「気づいてないのか。お前はドラキュラだろう。ドラキュラの名前はドラクルつまりドラゴンに由来してる。このグループを作ったのはお前だからドラクルの名を冠したのだぞ」
「でも、竜二が……」
 龍宮リーダーはハルカに語りかける。
「レイコを入部させたのは、お前だ。リーダーである私を入部させたのも、お前だ。竜二を首輪につないで連れまわしてるのも、お前だ」
「でも、……」
 龍宮リーダーはハルカに語り続ける。
「生徒会長と交渉して同好会が成立する道を開いたのも、お前だ。ドラクーンのリーダー、竜崎源次郎を倒したのも、お前だ」
 龍宮リーダーはさらに続ける。
「真祖は何にでもなれる。お前はひ弱な自分をイメージした。だからひ弱になった。スウィーツを食べるのに罪悪感を感じた。だから虫歯になった」
 龍宮リーダーは笑みを浮かべてハルカに告げた。
「自分の牙に触れてみろ。真祖にふさわしい美しい牙が生えてるぞ」
「でも、ロック同好会には竜二が誘って……」
 龍宮リーダーは断言した。
「負け犬は遠吠えしてただけだ」

<後日談>

 失神者が続出したレディ・ドラクルのライブは伝説となった。
 ロック同好会は成立を認められた。入部希望者が集まったので新年度には部に昇格することが内定した。
 映像効果のすばらしさを評価されて、ロック同好会にドラクーンから正式な合同ライブの依頼が舞い込んだ。
「美少女ロック・グループのレディ・ドラクルと合同ライブをやりたい」
 竜二はいやがったが、メンバーたちによって無理やり女装でライブに臨まされた。

 ロック・ライブの幕が上がってゆく。
「ハルカの言葉がダメ押しになったわね」
 レイコの言葉に龍宮リーダーが同意する。
「真祖はシャドウ・ウルフすら使役する。負け犬がハルカの命令に逆らえるはずがないのだ」
 こうして早瀬竜二は不思議の国のアリスの扮装で舞台に上がってる。ロック・コンサートの舞台では浮きまくっていた。
 でもドラクーンのメンバーには大うけだった。
 女性メンバーたちはノリノリだ。
「これで女性ファンの鼻血も手に入るな」
「うん、うん!」
朱鷺

2016年08月26日 00時00分22秒 公開
■この作品の著作権は 朱鷺 さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:
 セックスと暴力とドラッグ?
 それじゃ二十世紀のロックだぜ。
 二十一世紀のロックは、花と鼻血とイリュージョンさ。

◆作者コメント:
 本作のテーマはひたすら鼻血を流すことです。
 暇な方は鼻血が何回流れたか数えてみてください。
 ツッコミは正拳突きで顔面にお願いします。
 普通の感想もお待ちしてます。
 よろしくお願いします。

2016年09月14日 00時01分13秒
作者レス
2016年09月11日 22時34分00秒
0点
2016年09月11日 22時02分11秒
0点
2016年09月11日 21時03分26秒
+10点
2016年09月11日 19時36分14秒
+10点
2016年09月11日 19時25分06秒
0点
2016年09月03日 21時30分50秒
0点
2016年09月02日 02時33分20秒
+10点
2016年08月30日 23時42分56秒
+10点
2016年08月30日 12時45分00秒
-10点
2016年08月29日 00時00分03秒
0点
合計 10人 30点

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