かまくら遊び |
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心地よいまどろみから目を覚ますと、外はもう暗かった。 薄暗闇の中を、しんしんと雪が降っていた。 空から舞い落ちる雪が、かまくらの中から漏れる仄かな灯りを反射してちらちらと光るのを、僕はコタツに潜ったまま寝ぼけまなこでぼうっと眺めていた。 「男鹿(おが)くん、起きたの?」 「ああ、能代(のしろ)さんか」 寝ぼけまなこで同級生の女の子の顔を眺めてるうち、今の状況を思い出す。 そっか、能代さんから連絡をもらって、遊びに来たんだった。 コタツがあんまりあったかくて、気持ちよくて寝ちゃったんだ。 「男鹿くん、お餅焼けたけど、食べる?」 「食べる!」 そう言ってコタツから起き上がると、僕は絆創膏を貼った能代さんの手から焼けたお餅の皿を受け取った。 醤油が焦げた香ばしい匂いが食欲をそそる。 居ても立ってもいられず、僕は手づかみでそれにかぶりついた。 「あち! あち!」 「もう、男鹿くんったら、食いしん坊さんなんだから。そんなに急いで食べなくてもいいのに」 「いや、でもさ、この餅うまいんだもん」 僕は口の中に広がる、甘じょっぱい味を堪能しつつ応えた。 「やっぱ、焼き餅は砂糖醤油に限るよな」 「よかった。私も砂糖醤油で食べるの好きなんだ」 「それに、この餅、よくのびるし」 僕は能代さんに見えるように、かぶりついた餅を手でみょーんと引っ張ってのばした。 「あはは! 男鹿くんったら、おかしい!」 「こうやって食べるのがうまいんだよ。能代さんもやってみなよ」 「本当に?」 「ホント、ホント」 「じゃぁ、いただきます」 そう言うと能代さんは、僕の食べかけの焼き餅にパクっとかじりついた。 突然のことにあっけに取られていた僕のことを尻目に、能代さんが食べかけの焼き餅をみょーんとのばす。 「能代さん、な、な、なんで僕のを」 「だって、さっき火鉢に乗っけたばかりで、お餅まだ焼けてないんだもん」 だからと言って、僕の食べかけを食べることないのに。 しかし、能代さんは悪びれる様子もなかった。みょーんとのびた餅をぷちんと切って口の中に入れると 「本当だ、美味しい」 「お、おう。だろ?」 「うん! 男鹿くんの言ったとおりだね」 もぐもぐしながら、能代さんは嬉しそうに笑った。 「でも、美味しかったのは、男鹿くんが食べかけのお餅だったからかも?」 「え?」 その台詞に、顔が一気に熱くなる。 「なんちゃって」 「か、からかうなよ」 からかわれた照れ隠しに、僕はもう一度餅にかぶりついた。 すると 「あ、そこ、私がかじったとこ」 「!」 「間接キスだね」 多分、そのときの僕の顔は、ゆでだこみたくなっていたと思う。 そんな僕を、能代さんはにこにこ顔で見ていた。 うーん。完全に遊ばれてる気がする。 このままだと恥ずかしくて死にそうなので、僕は話題を変えることにした。 「しかし、このかまくら立派だよね。よく出来てる」 「でしょ?」 「コタツや火鉢まであるし、二人でいても全然狭く感じないもん」 「お餅やミカンや甘酒も食べきれないぐらいいっぱいあるし、男鹿くんが寝てる間に、ボードゲームとか漫画とかも家から持ってきたんだよ」 「じゃあ、退屈せずにいつまでも居られそうだね」 見ると、能代さんが言ったとおり、隅にボードゲームや漫画が山積みになっていた。 「こんな森の中に、このかまくら能代さんひとりで作ったの?」 「まさか。か弱い女子小学生がひとりでこんな大きなの作れないよ」 「じゃあ、どうしたの?」 「譲ってもらったんだぁ」 「へー」 僕は、能代さんの話を聞きながら、残りの餅をほおばった。 「こんな立派なかまくらを譲ってくれるなんて、大人の人?」 「ううん、子どもだよ」 「そうなんだ」 「男鹿くん、ここに来るとき、私たちと同い年ぐらいの男の子に遭わなかった?」 そう言えば、森の中を歩いていたとき、今どき珍しいワラミノを着た僕たちと同じ小学生ぐらいの男の子とすれ違ったのを思い出した。 「遭った、遭った」 「その子に譲ってもらったんだ」 「知り合い?」 「ううん、ついさっき知り合ったばかりだよ」 「随分と気前のいい子だね」 すると、火鉢の上で膨れた餅がパチンと弾けた。 「次が焼けたみたい。食べるでしょ?」 「え? あ、うん」 「今度は取らないから、どうぞ」 「お、おう」 能代さんは、また、香ばしい醤油の匂いのする焼けた餅の皿を差し出した。それを受け取りながら、僕は差し出した皿を持つ絆創膏を貼った手を見た。 「その手、まだ痛む?」 僕が聞くと、能代さんは一瞬目をむき、それから目を伏せて言った。 「ううん。もう痛くないよ。ほとんど治ってるから」 「そう」 「男鹿くんが、助けてくれたから」 「いや、僕は何も……」 「男鹿くんなんでしょ? 男鹿くんが大館(おおだて)さんを止めてくれたんでしょ?」 「…………」 僕は、それには答えなかった。 学校で、能代さんは女子の間でいじめを受けていた。 始めは、陰口を言われたり、仲間はずれにされたりするぐらいだったのが、だんだんとエスカレートして、上履きを隠されたり、机に落書きをされたり、遂には身体を傷つけられるまでになった。 能代さんをいじめていた女子のリーダー的存在だったのが、大館さんだったのだ。 見かねた僕は、大舘さんを普段人の来ない屋上へ上る階段のところに呼び出した。能代さんに対するいじめを止めるよう言うために。 それが一週間前のことだった。 でも…… 「男鹿くん、こんなお話知ってる?」 恐らく能代さんは、僕の顔色を見て話題を変えてくれたのだろう。 「なになに、どんな話?」 僕は、能代さんの心遣いをありがたく頂戴して、話にのっかることにした。 「えとねぇ、古い昔話なんだけどね」 「うんうん」 「森の中にある、かまくらの話」 「それって、ここみたいな?」 「うん」 能代さんは、こくりと頷いた。 「そのかまくらはあったかくて居心地がよくて、男の子がひとりでいるの」 「へえ」 「森に迷い込んだ子どもがかまくらに近づくと、男の子は入って遊ぼうって誘うんだよ」 「ふむ」 「男の子は、子どもがかまくらに入って来ると、お餅を焼いて食べさせたり、熱々の甘酒を飲ませたりしてもてなす」 「うん」 「手厚いもてなしに、子どもが気をよくしたところで、男の子はちょっと用があるからと言って、かまくらを出ていくの」 「う、うん」 「でも、男の子は戻ってこない。待てど暮らせど」 「……うん」 「不審に思って男の子のあとを追って、かまくらから出ようとすると、得体のしれない何かの力が働いて、子どもはかまくらから出られないことに気づくの」 「…………」 「子どもはね、かまくらに閉じ込められたんだよ。男の子の代わりに」 「……能代さん」 「男の子はね、代わりの子どもが来るのを待っていたんだ。ずっと」 「能代さん」 「自分の代わりにかまくらに閉じ込める子が来るのを待ってた。何年も、何年も、子どものままの姿で」 「能代さんッ!」 それはよくある昔話で、子どもにひとりで森の中に入っちゃいけないと諭すための作り話で、でも、僕は怖くなって、それで 「能代さん、僕、帰る」 「待って、男鹿くん」 「遅くなったし、もう帰るよ」 コタツから出て立ち上がろうとしたけれど、しかし、僕は立ち上がれなかった。 見ると、見覚えのないベルトが腰に巻かれ、そこから伸びたワイヤーがコタツの脚に通されていた。 「そのベルトね、鍵がないと外れないよ」 「鍵だって?」 「うん」 見ると、ベルトのバックルに鍵穴があった。 「あとね、このコタツ最初からここにあったヤツでね、どうやっても取れないの。だから、鍵がないと男鹿くん出れないよ」 「能代さん、鍵はどこ?」 「私が持ってる」 そう言って、能代さんはにこりと笑った。 「でも、あげないよ」 「能代さん、ふざけないでよ」 「やだ」 「ふざけてないで、鍵渡してよ」 「いやだ」 「能代さんッ!」 思わず声を荒らげる。 すると 「男鹿くん、私が鍵を渡したら、どうするの?」 「家に帰るんだよ」 「捕まっちゃうのに?」 能代さんのその言葉に、僕は一瞬息が止まった。 「私、知ってるんだよ」 冷たい汗が背中を流れる。 「一週間前、男鹿くんは、大館さんを人の来ない屋上に上る階段へ呼び出した。私をいじめないように言うために」 僕の心臓がどきどきと鳴り出す。 「嬉しかったなぁ。前から男鹿くんのことずっと気になってたけど、あれでいっぺんに好きになっちゃった」 まるで、50メートルを全力で走ったときのように 「男鹿くんは、私のヒーローだよ。でも」 どきどき、どきどき、早鐘を打つ。 「見ちゃったんだ、私。男鹿くんが大館さんを階段から突き落とすところを」 「違う! あれは、突き落としたんじゃない!」 「知ってるよ。隠れて見てたもん」 「なら、わかるだろ?」 「うん」 能代さんが、こくりとうなずく。 「男鹿くんが私のことをいじめないように言ったら言い争いになって、そのうち大館さんが食ってかかって、二人で揉み合っているうちに大舘さんが足を踏み外して後ろから階段に落ちた。あれは事故だよ」 「だろ? 僕は悪くないよな?」 「でも、逃げたよね?」 そのとき、あんなにどきどきとしていた僕の心臓が止まった。 「階段の下が大館さんの血で真っ赤になって、救急車で運ばれたけど、一週間経ってもまだ意識が戻らない」 うまく息が吸えなくて、胸が苦しい。 「私、病院で聞いちゃったんだけど、一生あのままかも知れないんだって」 誰か酸素を、僕に酸素をくれ。 「男鹿くん大丈夫?」 その声に、僕は思い出したように息を吸い、吸い込んだ息の代わりにぽろぽろと涙を流した。 「わざとじゃない。僕は、わざとやったんじゃない」 「うん。男鹿くんは悪くない。けど、警察はどう思うかな?」 「でも、見つからなかったら」 「それはないよ。日本の警察は世界一なんだよ? 見つからないはずがない」 「じゃあ、僕はどうすればいいんだよ!」 「だから、ここなんだよ」 そう言って、能代さんはにこりと笑った。 「前にここにいた男の子に聞いたんだけど、その子、百年もここにいたんだって」 「ひゃく……ねん?」 「そう、百年」 にこにこの笑顔で、能代さんがうなずく。 「百年って言ったら、昭和の前の時代だよ。えーと、明治だっけ? 大正? どっちでもいいけど、あの子百年も経ったのに、まだ子どもだったでしょ?」 「うん」 僕はここに来る前に遭った男の子のことを思い浮かべた。 「ここにいる間は、私たち、ずっと子どものままなんだよ」 「じゃあ、ほとぼりが冷めるまで、ここにいるってこと?」 「うん。百年でも、二百年でも」 「いや、でも……」 「私もあんないじめのある学校になんか行きたくないし、二人でここにいようよ。そのために男鹿くんを呼び出したんだよ、ね?」 そう言って、能代さんはまたにこりと笑った。 僕は手の甲でぐいと涙を拭き、そして、心を決めた。 「わかったよ。ここにいるよ」 「そう言うと思った」 僕の答えに、能代さんが満面の笑みを浮かべる。 「ねえ、男鹿くん。お甘酒飲む?」 「うん。飲む」 「甘酒飲んだら、チェスやろうよ」 「僕、チェスってやったことない」 「大丈夫、教えてあげるよ。時間はいっぱいあるんだし」 「だね」 腹をくくり、僕はかまくら遊びを楽しむことにした。 ひとりなら退屈でうんざりするだろうけど、二人ならきっとなんとかなる。 能代さんと二人なら、きっと。 かまくらの外では、薄暗闇の中しんしんと雪が降っていた。 了 |
へろりん 2018年02月25日 23時04分39秒 公開 ■この作品の著作権は へろりん さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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