お役所仕事

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【プロローグ】

 それは月光も欠ける巨大な獣だった。

 その身に絶望という名のオーラを纏わせた荒れ狂う一匹の牡牛。全身を覆うは長い獣毛。四肢、強靭にして猩々の如し。二本の下肢で立ち上がり、振るう腕《かいな》は硬い地盤を容易く抉る。

 俗にベヒムトゥなどと呼ばれるモンスターを前に、冒険者たちは為す術もなかった。
 弾ける飛礫《つぶて》を避けながらルルカは叫ぶ。見目麗しき女剣士。手にした双剣の刃はすでに中ほどで折れていた。

「ジェイコフ逃げて!」

 焦燥の込められた音声が飛ばされたのは、ベヒムトゥの足元だった。そこには恐怖にすくむローブ姿の小男。もはやその場から動く事すらままならない。ルルカはその背中に向けて叫び続ける。立て。立って走れと。

「ジェイコフ! いま行くから待って――」

 体勢を立て直したルルカがベヒムトゥに向けて走り出す――そうしようとしたまさにその時だった。ベヒムトゥの丸太のような腕が再び地面に叩きつけられる。飛び散った土砂がまるで流星のように冒険者たちを襲う。ルルカの視界は粉塵に覆われジェイコフを見失った。ただ月光に照らされた巨大な影が煙幕の中で猛り狂うのみ。

「ジェイコフ!」

 それでもルルカはジェイコフを救おうと粉塵の中へ駆け出そうとする。
 だがそれを仲間の一人が腕を掴んでやめさせた。

「ルルカ! ここは引くんだ! ジェイコフはもう」

「イヤよ! 仲間の命が危ないのよ! 見過ごすわけにはいかな」

「聞けルルカ! 君はパーティ・マスターだろう。モンスターとの戦力差を見誤ったのは君のミスだ。俺だってジェイコフは助けたい。だがここで更なる判断ミスをすればパーティ全滅もありうる。ここは撤退するんだ!」

「で、でも――」

「ルルカ!」

 仲間たちは固唾を飲んでルルカの言葉を待った。背後には濛々たる粉塵。その煙の中からベヒムトゥの赤茶けた獣毛が垣間見える。もはや一刻の猶予もない。

「…………撤退よ。みんな急いで」

 号令一下。
 悔しさと不甲斐なさを隠せないルルカは唇を噛締める。同時にパーティは敗走した。魔法使いの杖が妖しく光る。仲間たちは俊敏性を魔法で補い、一気に戦場を離脱する。

 たったいま敗戦の将となったルルカは猛烈なスピードで流れる景色を振り返った。月光の下に散った仲間の魂に懺悔の涙を流して。


【ペレノイ村の魔法使い】

 名峰の誉れ高いサンタキュべレイの裾野。肥沃な山岳地帯にその村はある。
 集落と呼ぶにはいささか大きく、しかしながら名の通った特産品があるわけでもないこのペレノイ村は、主に冒険者たちの逗留所として街道から外れてもなお、交易の恩恵を受けていた。
 領民五百名。
 この地を治めるユキウス三世は当代きっての賢王だとも言われているが、さすがにこんな田舎にまでは耳目を置いてないと思われる。そういう村だ。

 その日は朝から賑やかだった。
 村の南側を流れる小川の川岸。三基並んだ風車小屋の前にて、老若男女合わせて三十名からの村人がワイワイと騒いでいた。

 話題の中心はもっぱら小川の水の色である。ひどく茶色に濁っていた。まるで煎り豆の煮汁に山羊の乳を混ぜたような。それでいて腐乱した馬糞のような悪臭を放っている。村人は皆、一様に顔をしかめていた。はしゃぎ回っているのは子供たちだけ。

 その中で巌のような顔をした屈強な男が、苦虫を噛み潰した表情で口を開く。

「おい、どうするんだよライルー。このまんまじゃみんな困っちまうよ。早いとこなんとかしてもらおうじゃねえか」

 ドスの利いたいい声だった。腹に響くような重低音。

「どうするって言われましてもねぇ……」

 そんな言いがかりのような男の要望に、ライルーは小首を捻って呟いた。

 オリーブ色のローブを羽織る優男。どこを見ているのか分からない細い目元が、銀縁眼鏡の丸いレンズの向こう側で、困ったものだと物語っていた。

「なんだなんだハッキリしねえな! やい公僕、こっちは毎月ちゃんと税金だって払ってやってんだぜ? お天道様の下で汗水たらして稼いだ血税だ。そりゃあ、こういう時のために納めてんじゃねえのかよ。これだからお役所ってヤツは!」

 すると、そうだそうだと回りの人だかりからも聞こえてくる。ライルーはその声を頭をかきながら一身に受け止めていた。

 ライルー=テルカ。ペレノイ村の役場に勤める若い魔法使いである。所属は民生課。主な業務といえば、こうして村人たちの陳情を受けて、公共改善に努めることだった。

 本日の任務は川の清浄化。
 サンタキュべレイから流れるこの小川はペレノイ村の飲料水、また生活用水として使用されており、川岸の風車で汲み上げられ、村の各所に設営された井戸へと送られている。

 ここ数日、水が少し臭うという報告は受けていたが、遂に目に見えて悪化した小川の管理に村人一同憤慨中というわけだ。

「おい、なんとか言ったらどうなんでぇ」

 詰め寄る村人にライルーは必死な作り笑顔で応対する。

「あ、えーっとですね。すぐに清浄作業に取り掛かりますので、ご安心ください。ただその……元通りに戻すのには少々時間が掛かりますので、それだけご了承願えれば……」

「時間? どのくらい掛かるんだよ」

「と、そーですね……お昼過ぎぃ……」

「昼過ぎ? お前、その間どうすんだよ。俺たちはいいよ、俺たちは。そうじゃなくって子供たちの健康はどうなるんだってことを言ってんだよ! これだから役人は頼りにならねえ!」

 ここまでくると、どう考えても八つ当たりだったりしなくもないが、こういった村人の忌憚のない意見を頂戴するのも役人の勤めである事はライルーも心得ている。

 心得てはいるが、無理が通れば道理を引っ込められるほど、魔法使いはロマンチストではなかった。

「お怒りはごもっともな事かと存じます。ですが……川の清浄には精霊の力も大きく関わっておりましてですね。今回の場合ですと、水の精霊と土の精霊の説得に時間が少々掛かりますのと、汚泥と水を分離するために必要な魔法陣ともなりますとそこそこ規模が大きくなりまして、村の年度予算内で収めようとしますと高度なタリスマン《術符》も使えませんので、あとは時間だけが……」

「分かった、分かった。御託はいいからさっさと始めてくれ! 日が暮れちまう」

「ご理解ありがとうございます。では早速取り掛かります」

 小難しい理屈に予算の一言、そして情けない揉み手と最後にニカっとする営業スマイルで村人たちを押し切ったライルーはひとり川上に向かって歩き出す。
 子供たちはその後を物見遊山について回る。

 風車小屋から百歩くらい離れた上流。その川岸。
 ライルーはまず小さな円形の魔法陣を描き始めた。直径でいえば片腕を目一杯に伸ばした時くらいの長さだ。描き終わるとライルーは魔法陣の中心に座し、数種の手印を組み合わせて泥濁した川を覗き見た。そして常人には理解できない精霊言語を用い、この川を住処とする精霊たちとの交渉を開始した。

『どうも精霊のダンナ方、ご機嫌いかがでござんしょうか。あっしは役場から参りましたケチな魔法使いでございやす』

 精霊というのはどうにもプライドが高く、往々にして下手に出ないと会話すらままならない。しかもライルーの精霊言語は訛りが酷いため、やたらと下卑た感じになる。その様子を村の子供たちが興味深げに見ているが、魔法陣内の言葉は外に漏れないため口をパクパクさせているようにしか見えない。またたとえ声が漏れたとしても、何をしゃべっているかは理解できないだろう。それが精霊言語というものだ。

『どうも水のダンナに置かれましては、土の大将とがっぷり四つになってる具合ですな。これはなかなか見物でござんして、お熱い仲んとこ申し訳ありやせんがね。まあ、なんと言いましょうか。早い話が、どうしたもんでしょう』

『要領を得ないな人間。用がないのなら帰ってくれ』

『ややっ、これは失礼を。さいでございますな。大変申し訳ないんですが、このままダンナ方にくんずほぐれつしてもらっては、こちとらてんで具合が悪い訳でして。そろそろこの辺でご勘弁いただけないもんかなと、こうして足りない頭を下げに来てるってぇ寸法でござんす』

 この間もライルーの表情は真剣そのもの。額には珠のような汗が輝き、子供たちも固唾を飲んで見守っていた。

『ほう……我らの混濁を切り離そうという訳か。自然に逆らうが魔導の理とはよく言うが貴様ごときがそれを為せるとな?』

『お望みとあらば』

『いやだと言ったらどうする』

『困ります』

『しかし困ってばかりもいられぬだろう?』

『はい。しかしながら、あっしら人間は精霊様方の恩恵に与って日々の糧を頂戴しておりやすので、ここでダンナ方のお怒りを被るのであれば、もはや生きていく道はありやせん。大人しく死を賜るより他はないですなぁ』

『随分と殊勝な事だな人間。本心か?』

『へえ……あっしら人間ごときが、精霊様のお庭を長らく騒がせました事を詫びさせていただきやす。それではごきげんよう――』

 そう言ってライルーが手印を解こうとした時だった。

『待て』

 精霊がライルーを呼び止める。

『……よかろう。そろそろ濁った川にも飽いていたところだ。面白いやってみせろ』

 口の端を持ち上げライルーが答える。ご了承ありがとうございました、と。

 精霊との交渉で大事なのはプライドをくすぐる事である。押したり引いたりの駆け引きも大事だが、大仰にへりくだる事は初歩の初歩。痒いところに手を回して、ヨイショを続けていればいずれ落ちる。その辺は人間とあまり変わりはない。

 手印を解き、立ち上がったライルーは振り向きざま、子供たちに笑顔で親指を突き出してみせた。おちょけて走り出す子もいれば、照れて他の子の後ろに隠れる子も居たりとその反応は様々だった。

 それからライルーは川の両岸にそれぞれ六つずつの魔法陣を描いていった。大きさもまちまちだが、最小のもので先ほど精霊との対話に使用したのとほぼ同種。しかし最大のものになると、周囲を五、六人の大人が囲んでなお余るほどにもなった。そのひとつひとつに別の作用があり、その組み合わせで水の清浄化を図ろうという訳だ。

 正直、高価なタリスマンや、魔導器さえ使えれば、ここまで大きな魔法装置にはならなかっただろう。だがいまさらそんな事を言っても仕方がない。ライルーは子供たちが見守る中、黙々と作業を続け、日の傾きが目にも明らかになるくらいの時間を使って魔法陣を描ききった。

 さすがに疲れたのだろう。背を伸ばし腰の辺りをトントンと叩く。すると子供たちが自然と集まり、ライルーの背中を擦ってくれた。

「ふふふ……ありがとう諸君。いい大人になってちゃんと税金納めてね」

 照れ隠しのセリフと共に子供たちの頭を撫でる。本番はこれからだ。

 気合いを入れ直したライルーがローブの裾を捲くり、川の中に入って行った。深いところでも膝が浸かるくらい。この辺りはまだ浅い。濁流に足を冷やされる中、ライルーは呪文の詠唱を始める。手印も高速で数種組まれた。

「起動せよ! 二十六式精霊炉。第五条の六、及び第十二条の全項を我が前に示せ!」

 魔法の開錠句が叫ばれると、両川岸に描かれた計十二個の魔法陣が一斉に輝き出した。赤、青、緑、黄色。淡い透明感のある光のベールが、各魔法陣の鋭角な線を、伸びやかな円弧を、そして古しえの言葉を染め上げた。魔法圧ともいうべき力の余波が、平面である魔法陣の周囲に風を生み出し、土埃をあげる。

 やがて膨れ上がった魔法の光は、両岸から川へとあふれ出しひとつの巨大な塊となった。大股で歩いて十歩程もある川幅を、まるで上弦の月の如くに包み込む。

 その中心には術に魔力を送り続けるライルーの姿が。
 胸の前で組んだ手印に力が漲る。眼鏡には魔法陣の光が反射していた。あまりの迫力に子供たちははしゃぐ事も忘れて見入っている。

 神々しい――

 彼らはこの強大な魔法の力に対して、子供ながらにそう感じているのかもしれない。
 変化はその時やってきた。気付いたのもまた子供たちが最初だった。

 上流から滔々と流れる泥濁した川の水。その薄茶けた濁りの川面に透明度が戻ってきたのである。その変化はライルーの立っている場所以降、如実に現れており、下流にある風車小屋を流れる頃には以前の美しい清流へと戻っていた。午前中からその界隈を張っていた村人たちの間でもこの時ばかりは歓声が起こる。

 ライルーも遠巻きにその声を耳して手印を解いた。魔法陣は光の度合いを弱めたものの、術は維持されているようでその後も川面が澱む事はない。

 一先ずは安心というところか。

「という訳でですね、山の上から流れてくる水自体はまだ汚れているのですが、あの魔法陣のところで汚泥を沈殿させて浄水しましたので、まず普通に使っていただいて大丈夫だと思います。今後につきましては早急にサンタキュべレイにあります川の源流を調査したいと……」

 説明はまだ途中だったが、村人たちはライルーの前をあとにする。目的が達成されてしまえば役人の言葉などに興味はない。ねぎらいの言葉ひとつないままに立ち去る村人たちの背中は非情だった。だがそれもライルーにしてみればいつもの光景。納税者としては当然の権利を享受したに過ぎない。特別感謝される事でもないのだ。
 だからといってこの疲労感が癒えるものではなかったが。

 ふぅ……と溜息をひとつ。
 さて役場へ戻ろうとしたライルーのローブの裾を引っ張る者がいる。

 彼らはキラキラとした瞳でライルーを見上げ「ありがとう」と言ってそこらで摘んだ花を一輪くれるのだった。

 暖かい日差しの匂いがする髪の毛をクシャと撫でてやる。
 ああ今日もいい仕事日和だな、と。
 ライルーはご機嫌で役場へ戻っていく。
 さっきまでの疲れもどこへやら。足取りも軽い。


【酒場にて】

 山間の片田舎であるペレノイ村だが、サンタキュベレイを越えれば王都へと続く街道に出るということもあって多くの冒険者を受け入れている。

 その中には魔王討伐の勅命を受け正義に燃える者もあれば、野心溢れる野党が如きならず者たちもいるのだが、いずれもがペレノイ村のような場所では珍重されるのだ。

 冒険者は遠く離れた都市を行き交い、情報を広めるからである。また珍しい品々を違う土地へと持ち込むのも彼らだ。なにより外から来て金を落としてくれるというのだから、村としても友好的にならざるを得ない。

 宿屋や道具屋。そして酒場などは逗留する冒険者たちにとって欠かせない存在である。
 パーパ・モンティは村に古くからある酒場のひとつで、昼間からいつも冒険者や職人たちでごった返している。店先にある先祖伝来のトーテムポール《魔除けの塔》を抜けると板張りのフロアは熱気で溢れていた。

 酒の臭気、スパイシーな料理の香り。男たちの濁声で歌い上げられる叙情詩に恋の歌。カードの勝敗にケチがついて行われる軽い喧嘩も、ここではピアノの伴奏とあまり違いはない。

 テーブル席は大体埋まっている。なのでカウンターにポツンと座る女剣士などは誰の目にも留まるところとなった。

 それもそのはず。腰まで伸びた金色の髪は、まるで諸悪の放つ俗気をすべて弾き返すかのように神秘的だった。腰に双剣こそ帯びてはいるが、その身に鎧を纏ってはおらず極めて軽装である。皺ひとつないブラウスの白さが、品のよい顔立ちにさらなる高級感を与えているようだった。

 彼女の持つ天性の存在感に圧倒され、注文を取りにきたはずのダニエルは大口を開けてポカンとしていた。まだ十歳になったばかりの彼には、目の前に天使が舞い降りたように感じられたのかもしれない。

「ダニエル……だったよね? 注文いいかな?」

 微笑みと共に降り来る天使の声に、ダニエルはようやく我を取り戻した。

「わ! あ! そ、そうだった! すんません、今日はなんにします!?」

 その慌てっぷりに思わず女剣士も苦笑い。

「そうね。川の水が綺麗に戻ったんでしょう? じゃあ魚料理が食べたいわ。それとビールのおかわりをお願い」

 と、木製のジョッキを掲げウィンクひとつ。

「ルルカ姉ちゃんもよく飲むよね。顔は綺麗なんだからもっと女らしくしなよ」

「うるさいわよダニエル。意地悪言うような子は……こうだ!」

 ルルカと呼ばれた女剣士は、ダニエルの脇を捕まえてくすぐり始めた。これには堪らずダニエルも降参。ごめんごめん、と喚きながら厨房へと消えていく。

 その背中を見送って、ジョッキに残った芳醇な液体を飲み干そうとした時だった。

「よお姐さん」

 ニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべた男たちがルルカを囲む。

 三人組の男たちは皆、軽装だったがリーダーと思しき髭面の男が帯剣しており、彼らもまた冒険者であることは容易に知れる。また、ひとりは魔法使いらしく、ローブは羽織っていなかったが、胸のタリスマンがキラキラと輝いてるのを見てルルカは眉をひそめた。性能度外視、見た目重視で装飾品要素が強い。冒険者としての程度も知れている。

「なんかよう? 合い席なら間に合ってるわ」

 最初から取り合う気のないルルカは先手を打った。だがそれしきの事で引いてくれるほど紳士的な輩ではない。

「そうツンケンするなよ。美人がこんな田舎でひとり淋しく飲んでたんじゃかわいそうだってんで、俺たちが一緒に遊んでやろうかって話じゃねえか。なあ?」

「そういうのが鬱陶しいって言ってんのよ。分かんないの? 私はね、アンタらみたいな見てくれだけの冒険者が一番嫌いなのよ! 顔も見たくないわ。さっさと消えて」

 男たちには一瞥もくれずルルカがはねつける。その剣幕には、傍で見ていたダニエルや厨房の店主もタジタジであるが、眉間に走る縦ジワにもどこか気品がしのばれる。
 すると男たち。

「アンタ……ルルカ=ハネットだよな? 知ってるぜ」

 ハッとなったルルカが振り向くと男たちは笑っていた。なにかを見透かしたようないやらしい笑みには虫唾が走る。

「随分とワンマンらしいじゃねえか勇者さま。アンタのミスでパーティ壊滅したって? 懲りずに旅を続けながら仲間探しかい。拝勅騎士ともなると気合いが違うねぇ……」

「な、なんだ……と……」

「そう怖い顔しなさんなって! 死人も出たって話だが、それは死んだ奴が間抜けだったのさ。アンタのせいじゃねえ……だからよ、俺たちが仲間になってやろうってのさ。魔王討伐だがなんだか知らんが、勇者一行には国王から手当てが出るんだろ? 良かったら手を貸してやるぜ」

 勇者号を授与された拝勅騎士は帰属する国家の命で魔王討伐の旅をする。その際、勇者一行は国内外において最大限、国王の庇護を受ける事ができ、役場を通じて路銀や報奨金を都合することができるのだ。

 勇者たちの崇高なる思いとは裏腹に、こうした特権に群がる冒険者たちも少なくない。
 そしてルルカはそういった輩を毛虫の如くに嫌っていた。

 ゆらりと立ち上がる伸びやかな四肢は、まるで女豹を思わせる。腰に帯びた双剣の柄に手を掛け無言で睨みつけるは、軽薄な冒険者たち。
 目は完全に据わっていた。

「やんのかい?」

「……私の事はいい……でも仲間の事まで馬鹿にされて黙ってはいられない」

 もはや男たちの顔にも笑顔はなかった。いや正確には笑っていたのだ。それはルルカを嘲るための陰湿な笑み。

 ルルカもそれを肌で感じている。

「出なさい……ここでは迷惑が掛かるわ……」

 ルルカを先頭に店を出て行く冒険者たち。それを見て店内の客たちもいろめきだった。「喧嘩だ!」「祭りだ!」と無責任に煽る声が湧き上がる中、厨房で鍋を振るう店主だけは冷静だった。
 店主は厨房の隅でオロオロとしているダニエルの首根っこを掴みあげると、

「坊主、役場までひとっ走りしてフラックさん呼んできな。冒険者同士の喧嘩なんざ俺たちには止められん。いいか、フラックさんだぞ? 間違ってもライルーなんか連れてくるんじゃないぞ、役に立たないからな」

 ダニエルは小さくうなずくとそのまま裏口から走り出した。

 大衆酒場パーパ・モンティの前はさながら決闘場と化していた。
 往来を埋め尽くす野次馬に見守られ四人の冒険者たちが緊張の面持ちで戦場《いくさば》の「機」を探っている。

 双方の気に中てられた観客たちが、さらに喧嘩を煽る。
 店先のトーテムポールが奇しくも神殿の儀式のような雰囲気をかもし出し、場を盛り上げるのに一役買っていた。

 ルルカの手にはすでに双剣が握られている。柄に大きな宝珠を埋め込んだ白刃の左剣「キーボウ」、やや短いがぶ厚い両刃を持つ右剣の「ヤッサン」。共にルルカの祖国アーレンスマイルの国王から授かった業物である。二振りを構えるルルカの立ち姿には一部の隙もない。

 対するならず者たちも臨戦態勢。リーダー格の男は大剣を地に突き立てルルカの動向を窺っている。軽薄そうな魔法使いは呪文の詠唱を始め、残る一番の大男は徒手空拳が専門らしく、手甲をグイと引き寄せた。

「怖気ついたの? さっさと斬りかかってこれば?」

 挑発的なルルカのセリフに男たちは口元を緩める。

「いくら勇者さま相手でも、女に先手を譲られちゃあ男が廃る! 掛かってくるのはアンタの方だ。さあ! いつでもきやがれ!」

 男は大剣を抜いて正面に構えた。
 ルルカは別段、馬鹿にする風でもなく目を細める。そして、

「後悔しても……知らないからねっ!」

 ルルカが動く。さっきまで立っていた場所に旋風《つむじかぜ》だけ残して。野次馬たちには消えたようにしか見えなかっただろう。一歩目からすでに最高速で移動する。それだけの筋力と戦場での機微を制した者だけが獲得できる熟練の技。

 十歩の距離など一気に詰める。
 回転しながら突撃したルルカの右剣がならず者リーダーの頭に振り下ろされた。

 激しい金属音と火花が飛び散る。腰を落としながらではあるが、男の大剣はしっかりとルルカの初太刀をしのいでいた。それと同時に他のふたりが横へ飛ぶ。戦場を広く使うための連携である。

「へえ~。手加減してるとはいえ、拝勅騎士たる私の打ち込みを受けるか。ちょっとは見直したわ。でも……」

 ルルカは自由に使える左剣を下から振り上げ男の大剣を弾くと、そのまま相手のどてっ腹へ強烈な蹴りをお見舞いする。運の悪い事に今日はヒールブーツ。男の腹筋に穴が穿たれた。

「体勢が悪い! そんなんじゃ二の太刀が振れないわ」

 もんどりうって倒れる男を叱咤していると、今度は背後から巨体が降ってくる。ルルカはそれを難なくかわして双剣を構え直した。

 体格差でいえば子供と大人くらいある。小回りの利く双剣使いとはいえ、その懐に飛び込むのは至難の業だろう。だがそれも普通の剣士であればの話。ルルカほどの使い手ともなればある程度の膂力の差など、圧倒的な力量で埋めてしまう。

 眼前に立つ熊のような大男。

 その足元に向かい、いま一度消える歩法で距離を詰めようかという時だった。ルルカの周囲に弾幕のように飛来する火球の連弾が。

 絶え間ない炎の飛礫は地面を穿ち、俊足を誉れとするルルカの動きをことごとく止める。
 さすがのルルカもここは回避に徹するしかなかった。

「ひゃ~ハッハッハ! どうだい俺のタリスマンの威力は? 最新の千二百式対応型の魔導炉だぜ。詠唱省略法の連射機能が付いた優れもんだ! 俺たちを、そこいらのチャラい見掛け倒し野郎と一緒にしてもらっちゃこまるぜ!」

「くっ――!」

 油断した。あのド派手なタリスマンはハッタリではなかったという訳だ。
 軟派に見えた魔法使いが、移動しつつ火炎を連射している。

 なまじ戦闘能力に自信があると、対人間との力量差を見抜く目はぼやけてしまうものだ。それは拝勅騎士というものがどれだけ強力であるかという証明にもなるのだが、いまのルルカの戦闘にはあまりそれは関係ない。

 若さだ。

 老練としたいやらしい戦術に対して、真っ直ぐすぎる未熟さが出てしまったのだ。そもそも拝勅騎士たるものが、おいそれと巷で喧嘩に興ずるものではない。ならず者たちの中には、隙あらば勇者を倒して名を上げようとする輩とて居るのだ。実力を隠して近付く事なぞ彼らの常套手段であっただろうに。

 ルルカがそれを知らない訳ではない。ただひとえに仲間を侮辱されたことへと憤りが先に立ってしまったのだ。

 その結果がこの有様だよっ!
 ルルカは心の中でそう叫ぶ。

「くっ! これではキリがない!」

 火球の連弾を避ける。移動した先に大男の豪腕が繰り出される。かわす。今度は回復したリーダーの大剣が襲い掛かる。受ける。すると、これでもかというタイミングで、火球が飛んでくる。ルルカは相手に一太刀も浴びせる事なく退かされる。

 相手の目的は消耗戦だ。それは分かっている。
 だが味方の魔法使いからのサポートもなしに、三対一の戦いは分が悪い。己の蒔いた種とはいえ、ルルカは疲労に歯噛みした。

 一瞬の気の緩みが惨状を引き起こすのはよくある事だ。

 疲労がルルカの判断力を低下させていた。絶え間なく飛来する火球を避け続ける内、どうしても避けきれないタイミングで迫るひとつがあった。それをルルカは剣を使って弾き返す。柄に耐火魔法の宝珠を埋め込んだ左剣「キーボウ」である、そのくらいは容易い。しかしその回避行動は広い空間を用いた野戦でするべきのもので、こんな天下の往来ですべきではなかった。

 気付いた時にはもう遅い。
 ルルカの跳ね返した火球が、野次馬の中に飛び込んでいく。その着地点には、毬を手にキョトンとしている無垢な少女が。

 ルルカは跳んだ。敵の攻撃に身をさらす事など関係なく。自身が持てる最速の歩法で戦場を駆け抜ける。駆け抜けて、追い抜いて。ふわりと弧を描いて揺れ落ちる炎。そのジクジクと燃え盛るオレンジを背中に受けた。

「――――!」

 ルルカの全身を炎が覆う。耐火魔法が効いている間は燃えることはないが、熱い。空気もどんどん薄くなっていく。息苦しさと熱気に耐えかね、ルルカは地面をのた打ち回る。

 地面を転げまわる事で次第に火も消えた。しかし身体の自由をやっと取り戻した時、ルルカの喉元には、日の光を鈍く反射させる大剣の刃が突きつけられていた。

「卑怯……とは言わせないぜ勇者さまよ。おっぱじめたのはアンタの方だ。そして俺たちはアンタを倒して名を上げる」

「お前たち……最初からそれが目当てで――」

「だったらどうする? それとも今からでも俺たちとパーティでも組むかい? こっちはそれでも構わねぇぜ」

 悔しかった。こんなところで名も知らぬならず者にこうしてしてやられる事もそうだが、結局こうなったのは自分の判断ミスである事がだ。あの時、ベイムトゥとの戦いで喫した敗北もまたそうした己の過信が原因ではなかったか。

 なにも成長していない。あの時、助けられなかったジェイコフに申し訳なかった。他の仲間たちにも見限られて当然だ。

 止め処なく溢れる自責の念が、ルルカの気力を殺いでいく。もういい。ここまでだ、とルルカの胸裡で気持ちが折れた――

「お待ちなさい」

 その声に野次馬たちがどよめいた。人垣が割れ、観衆の視線が一気にそちらへ集中する。そこには酒場の丁稚ダニエルと、オリーブ色のローブを着た優男がひとり。

「おい、坊主! 誰がそんな役立たず連れて来いって言った! フラックさんはどうした、フラックさんは!」

 店先から酒場の店主が叫んでいる。その赤い顔は、隣に建っているトーテムポールの彫刻そっくりであった。

「フラック課長は、定例領議会に参加するためしばらく留守にしております。申し訳ありませんが、その間は私で勘弁してください」

 引きつった笑顔を顔の表情筋を総動員して作り上げたその男は、ゆっくりとルルカたちの方へと近付いてくる。両手は腹の前に軽く組まれ、なにやらモゾモゾと揉みしだいている。荒くれ者たちを前に怖気づいているのだろうか。

「あの~。私、役場から参りましたライルー=テルカと申しますが、お見受けしたところ皆様、冒険者の方のようでございますが……」

 ライルーを名乗る男はいかにも腰の引けた感じで語り掛ける。大剣を持つならず者のリーダーはそんなライルーが癇に障ったのか、声を荒げた。

「だったらなんだ!」

「い、いえその……私どもとしましても村益を考えまして、冒険者さま方には大変心苦しいのですが……お盛んなところ申し訳ないとは思うのですけど、そろそろ、その辺にしていただけないかなぁと存じまして……」

 へりくだり方もここに極まりといった感じでライルーが呟く。この喧嘩を収めにきたのは明白だが、いかんせん押しが弱い。こんなことで世の荒くれどもが耳を貸す訳もなく。

「ああ? この眼鏡野郎! 俺たちに文句あんのか!? ちょっとこっちこいや!」

 今度は大男がライルーに詰め寄る。ただでさえ熊のような巨体を揺らし、岩石のような拳をバキバキ鳴らせて彼の迫る。ライルーの表情が見る見るうちに強張っていくのが分かった。

「やややっ。文句とかそーいうんじゃなくてですねっ! えと、そのっ」

「やかましいわボケェ! これでも食らってすっこんでろい!」

「うわあああっ!」

 大男の繰り出した拳打を真正面から食らったライルーの身体が、まるで紙のように飛んでいく。飛ばされた先には酒場の入り口が。

 ライルーは数人の野次馬を巻き込み、トーテムポールを薙ぎ倒して突っ伏した。

「きゅぅ~……」

 まさに一撃必殺。ライルーは為す術もないままに昏倒した。

「何しに来たんだコイツ……」

 この場にいるすべての者の気持ちを代弁してならず者のリーダーが言う。

「あ~あ。白けちまったな。もういいや。宿に帰って飲みなおしだ」

 男は剣を収めて酒場の前を後にする。それを見た仲間ふたりは慌てて後を追って行った。
 ひとり残されたルルカは茫然自失。
 ふと野次馬の方を見ると、目に渦巻きを作って気絶するライルーが客たちに担がれて酒場の中へと消えていくところだった。


【あの頃は俺もワルだったという奴は大体ヘタレ】

「痛ッ! イタタタタタッ! ちょ、もう少し優しくやって下さいよダニエル君! 赤チンなんてもんは、そんなドバっと使うもんじゃありませんて」

「だったら自分でやりなよ! せっかく手当てしてやってるのに」

 なにやらおかんむりのダニエルが、消毒液を浸した綿玉をライルーに押し付けて厨房へと消えていく。

「あ、あぅぅ……」

 期待して呼んで来たというのにあの体たらくでは、子供ながらに面子が丸潰れという訳か。これにはライルーもなんだか無性に申し訳なく感じるのだった。かといって無駄な抵抗をして被害を拡大するのも公僕としてはどうかと思う。

 情けなくはあるが上司も出張中だし、ここは穏便に済んでよかったと。
 ライルーはひとり侘しく、すりむいた膝小僧に赤チンをチョンチョンと塗る。

「魔法使わないの?」

 と、隣に座る美しい女剣士が気遣ってくれる。その割には声に怒気が孕んでいるような気もするが、そんな事、ライルーには気の回しようがない。彼女の名前は知っていた。ルルカ=ハネット。アーレンスマイル王直下の拝勅騎士。有名な女剣士である。

「ええ。治癒魔法は才能がないってんで、早いうちに師匠から見切りをつけられまして。もっぱら精霊炉の構築なんぞに従事しております」

「ふーん」

 魔法には大きく分けて二種類ある。魔法使いの魔力を魔導器などを使って直接、力に変換する魔導炉系と、古しえより伝わる術式にて精霊との契約で力を行使する精霊炉系だ。

 どちらが優れているという訳ではないが、最新式の四桁番台の魔導炉にいたっては、ほぼ呪文詠唱なしで魔法を使うことができるという。これと同じ事を精霊炉で行おうとすると、よほど巨大な魔法陣を描かなくてはならなくなる。

「じゃあ、アイツらみたいにホイホイ攻撃魔法とか使える訳じゃないのね」

「ええ、まあ……」

「ふーん」

 ルルカはまた興味なさそうにそっぽを向いた。

「なんか……お気に触る事でも?」

 オドオドしながらライルーが訊ねると、ルルカは自嘲ともつかない溜息を漏らす。

「別に。さっきの……魔法使いの援護があれば勝てたかなって」

 そういってルルカは顔を赤くする。まるで子供の負け惜しみのような事を口走った自分に、どうしようもない恥かしさを感じたのだろう。その気持ちはライルーにも分からないでもない。

「お仲間をお探しでしたら役場の方にお出で下さい。総務課の外政担当窓口で、逗留中の冒険者さまをご紹介できますから、勇者さまのお眼鏡にかないましたらそこでパーティ編成できますし」

「……アンタは? ずっとこの村で一生を終えるつもり? どの程度の魔法使いかは知らないけど、魔王討伐は力を持った人間の義務よ」

 するとライルーはローブの裾を戻しながら乾いた笑いを零した。

「ははは……まあ……私も若い頃はそれなりにね。ヤンチャもしましたけど」

「ヤンチャ?」

「地元の仲間とつるんで、『魔王上等』を掲げて大陸行脚をしたもんですよ。自分たちの実力も知らないで色々と無茶しましたなぁ……」

「……敵いっこないモンスターに挑んだりとか?」

 緊張した面持ちでルルカが問う。ライルーはずれた眼鏡をクイとズリ上げて天井を見詰める。淋しそうな瞳がレンズの向こうで霞んでいた。

「そういうことも……ありましたねぇ……」

「それは!」

 ルルカが立ち上がる。淡々としたライルーに食って掛かるように。

「それは……やっぱりその……そのせいで……」

「解散しました。それはもう完膚なきまでに敗北しまして、そのままパーティは散り散りに。私はその後、各地を転々としましたがこの村の民生課長に拾われたという訳でして……ルルカさん?」

「……やっぱり私がっ……私の判断ミスがっ……」

 握り締められたルルカの拳が震えている。それはきっと失ってしまった何かへの贖罪がそうさせているのだろうとライルーは思う。あの時の自分のように。

「ま、なんにせよ私には冒険は向かなかったという話ですよ。伝承や古文書の中にしか登場しない、居るかどうも分からない『魔王』を探し倒すなんてことはね」

「……それでも。私にはこれしかない……」

 ルルカの震える拳は、腰に帯びた双剣の柄に置かれていた。もはや掛ける言葉もないだろう。そう思い、ライルーは重たかった腰を上げる。

「さて、っと。ではそろそろ私は役場の仕事に戻りますが、もう荒事は勘弁してくださいね? 少しの間、村をあけますんで」

「どこへ行くの?」

「サンタキュベレイまでちょっと水質調査に。小川の泥濁問題を解決しませんと」

「え? 川の汚れはもう綺麗になったと聞いたけど」

「ほんの応急処置ですよ。精霊の気が変われば、また水は澱んできます。それまでに元から正さないと」

 そうしてライルーは店を出た。
 店先の野次馬たちもすでにいなくなっている。ライルーは自分で倒したトーテムポールを建て直し、そこら辺の壁に落書きをしていた子供たちをやんわりと叱りつけながら役場へと戻った。

  ***

「これはひどい」

 崩れた崖を見たライルーの第一声がそれだった。

 パーパ・モンティでの騒ぎから一旦役場に戻ったライルーだったが、ただ殴られただけという不名誉な解決法により、どこに居ても落ち着くあてもなかったので、その足でサンタキュベレイへと赴いた。

 山登りは昔から嫌いではないので、脚に登山用の魔法など施して疲れることなく散策を楽しんだ。いや仕事であるのだからニュアンス的にはもっと真剣な感じで。

 と、誰に言い訳するでもなく歩いていると、すでに日も落ちようという頃。

 茜色に染まった景色は雄大この上ない。山道を少し外れて裾野を見下ろせばペレノイ村が一望できる。役場の建物を中心に、ほぼ正確な同心円を描いて放射状に広がる街並み。小さくても住みよいいい村だ。村民ひとりひとりの名前さえ言える深い付き合い。たまに頂戴するお小言くらいはどうって事はない。

 ずっとこの村で安らかに暮らしていたい。心からそう思える。
 そんな事を考えながらの道中。ライルーは気になるものを発見した。それは破壊された祠である。

 サンタキュベレイは王都の北側を守る要であり、モンスターも易々とは進入できないよう、魔除けの仕掛けが施されているが、その多くが破壊されていたのである。一定期間ごとに山中を調査するのも役場の職員の務めであるが、このところそういった報告は受けていない。どうやらごく最近の所業であるらしい。

 仮に魔除けに触れることができるような上級モンスターが現れたのならば、その日の内にペレノイ村などは焦土と化している。ということは祠や、その他の魔除けを破壊したのは人間の仕業であるという事になるのだが。

「一体誰がこんな事を……?」

 そして極め付けがサンタキュベレイの中腹にある山道での断崖崩落である。

 およそ自然現象とは思えない状況だった。山肌の隆起により、本来ならそこに道はないはずだった。だが今、ライルーの目の前にはポッカリと穴が開いている。まるで人為的にトンネルでも掘ったかのようだ。中に足を踏み入れると、地層が綺麗な縞模様を作っていた。

「うっ、この匂いは――」

 トンネル内は酷い臭気で充満していた。よく見ればいたるところで土が腐っていたのだ。しかもその匂いはごく最近、ライルーも嗅いだ記憶がある。

 そう。あの小川から放たれていた腐臭そのものだ。

「ふむ……なんらかの方法で硬い地盤を腐らせてモンスターに掘らせましたか? 崖の下はちょうど川の源流。きっと降りてみたら除けられた土で埋まってるんでしょうねぇ」

 これで清流汚染の原因は分かった。だが疑問は残る。

「しかし、何のために?」

 他国の尖兵が斥候として橋頭堡を確保しに来たのだとしても不自然さが残る。わざわざ魔除けを破壊してまでモンスターにトンネルを掘らせる必要はあったのだろうか。これではむしろモンスターが山を抜けるためだけの工作活動のように感じられる。

 ならばそのモンスターは今どこに?
 トンネルの大きさを考えれば、相当な巨体である事は想像に難くない。隠れるといっても限界があるだろうに。ということは。

「行き違いましたか!?」

 茜色に染まる村。
 ライルーの胸の鼓動が速くなる。山で出くわさなかったのならば、すでに山は下りたと考えるべきだ。トンネルはサンタキュべレイの西側から北側へと開通している。そして北側の裾野にはペレノイ村があるのだ。

 なぜ王都のある南側ではなく、北側を目指しているのかは分からない。
 だがライルーには急いで下山する理由がある。
 ペレノイ村が危ない。


【月影の魔獣】

 夜風が連れてくる虫の羽音を耳にしながらルルカは旅立ちの荷造りをしていた。

 安宿を兼ねているパーパ・モンティの二階。日は暮れたといってもまだ宵の口、階下からは酒宴の賑やかな声がする。

 酒は好きだ。孤独を癒してくれるから。だが昼間の軽率さを思い出すと、おちおち酔ってもいられなかった。あのままライルーが止めに入ってくれなければ、失ったのは命だけでは済まない。自分に勇者号をお授けになった陛下の顔に泥を塗る事にもなる。
 村人にも迷惑を掛けた。もうこれ以上ここに居られない。

 ルルカは誰に語るでもなくそう心に決めていた。

 白銀のプレイトメイルに身を包んだルルカの姿は、まさしく最強の戦乙女といった雰囲気を放っていた。あるいはこの姿であったのならば、昼間の喧嘩で後れを取るような事もなかったのかも知れないと、そんな仮定の話に思い巡らす自分に気付いてルルカは自嘲の笑みを零す。

「未熟だ……この傲慢さがジェイコフを殺してしまったというのに……」

 そう。不意に口をついた独白だったはずなのに。その声はあまりに唐突にルルカの背後から投げ掛けられた。


 ――ルルカぁ……見ィいつけたァ……


 しゃがれた、絞め殺したような不気味な声。男女の判別すら難しいドロドロとした、人の内面を蹂躙してゆくような不快な口調だった。

 その語尾の残滓が消えゆく間もなくルルカが振りかえる。なにもない、ピタリと閉められた部屋のドアに向かって。

「いまのは……」

 凶悪なモンスターと対峙した時ともまた趣向を異にする悪寒が走る。なにやら悪鬼悪霊の類にでも憑かれたのだろうか。

 ルルカが注意深く双剣の柄に手を掛けようかとする、その時。
 突如として世界が揺れた。

 それは部屋全体を、いやパーパ・モンティ全体を揺らす大きな振動だった。縦揺れも横揺れもない交ぜになった、あまりに不規則で暴力的な揺れ方だった。

 地震――

 いや、そうではないと。ルルカの戦士としての本能がそう告げる。そして揺れも収まり、村全体が発しているただならぬ気配を感じ取ったルルカの耳に、その慟哭は届いた。まるで千匹の象を引き裂いたような唸り声。大気を伝いルルカの鎧すらピリピリと震わせる。

 それはかつて耳にした呪い唄。
 忘れえぬ屈辱への序曲。

「これは……ま、まさかそんな……」

 頬を伝う汗の冷たさにルルカは怖気立つ。まだ戦ってもにないというのに、すでに鎧の下はグッショリと濡れている。緊張と恐怖。いま村の外にあるだろう脅威に、ルルカは相対する事なく気圧されていた。動かねばならないのに身体がいう事を聞かない。

 そんな彼女を心の戒めから解放したのはダニエルだった。
 バンっと部屋のドアを叩き開け、大声で叫ぶ。

「姉ちゃん大変だ! 村が!」

 怯えていたルルカの瞳が勇者のそれに変わる。
 守るべきものを得た時の騎士の瞳に。

 ルルカが屋外へと躍り出た時にはすでに逗留中の冒険者たちが、『それ』を相手に獅子奮迅の立ち回りを繰り広げていた。数にして十余名。魔法使いたちの攻撃魔法を弾幕に、いずれ劣らぬ猛者たちが強襲を掛ける。

 だがどうだろう。

『それ』は一向にダメージを気にするようには見えなかった。ただ内奥にある無限の暴力を発露しているだけのようにルルカには思えてならない。『それ』が身動ぎするたびに地面は大きく揺らいだ。

「ま、まさか本当に――」


 澄み渡る夜空に浮かんだ銀色の月。
 その幽玄の光を切り取っては巨影が咆哮す。欠けた月影にて踊るはおびただしい獣毛の背中。荒れ狂う牡牛の面《おもて》を貼り付けた猩々に似て非なる化物――


「ベヒムトゥ!」

 かつて相見えた戦場から寸毫の衰えも見せない無双。繰り出す大木のような腕は、民家の軒を一撃で粉砕した。瓦解した建物に巻き込まれて負傷した者たちはすでに両手の指では数えられない。

 戦場を冒険者たちに一任した役場の職員たちは、総出で村人たちを誘導していた。

「よお姐さん! 遅かったじゃねえか? そんなにノンビリしてたんじゃ勇者さまの出番はなくなっちまうぜ!」

 ベヒムトゥに壊された民家の屋根から、大剣を担いだ男が飛び降りてきた。それはあのならず者たちのリーダーである。大口を叩くだけあって腕はいいのだろう。この戦場にあって未だ無傷といっていいほどの余力を残しているのは、彼ひとりだけだ。だが仲間の姿が見えない。

「あのふたりはどうした!?」

「やられちまったよ。ったく情けねえ。思いの他使えなかったが、まあ早いうちに切り捨てる事ができて、俺的にはラッキーだったかな」

「お、おまえ、なんて事を! 仲間じゃなかったのか!?」

「仲間ぁ? パーティなんざ所詮、お互いの利益のために組んでるだけだろう? ビジネスだぜ、ビジネス。妙な情けを掛けたんじゃ、助かるもんも助からねえよ」

「な! おまえ!」

「タンマ! いまはそんなこと言ってる場合じゃねえ! くるぞ、よけろっ!」

 五指の形に月光を割り、ふたりの頭上に豪腕が振り下ろされる。動き自体は緩慢であるため回避に難はない。しかし叩きつけられた巨大な獣拳は、いとも容易く地面を抉る。大気を震わす衝撃波。飛び散る飛礫《つぶて》が辺りの家屋に大穴を穿つ。

「派手にやってくれるぜ、このデカイのぉ! 待っていやがれ。今すぐその首もらってやるぜぇ! うらあああっ!」

 戦場の気に中てられているのか、男は微塵の恐怖も見せずにベヒムトゥへと突っ込んでいく。両手に構えた大剣はギラリ天を衝き。屈みこんだベヒムトゥの牛顔目掛けて、高く飛び込んだ。

「よせ! ここは退くんだ! お前では勝てない――」

 ルルカの脳裏にあの時の光景が浮かぶ。戦っている相手の実力も知らずに飛び込んだ己の愚かしさ。一体何の因果だろう。かつて犯した過ちを、今度は自分が正す立場になろうとは。悔しいが認めざるを得ない。

 自らの本当の愚かさを。
 今までは頭で分かっているだけだった。しかしようやく実感として悟りを得た。

「死なせない!」

 白鳥が翼を広げるが如く双剣を構えたルルカ。心に降り積もる後悔の念を晴らさんがため、いざ参る。

 ルルカが全力で地面を蹴りつける頃。
 男の振った大剣はベヒムトゥの硬い身体に傷ひとつ負わす事なくポッキリと折れた。月光を跳ね返しギラギラと光る折れた剣先、大きく弾き返されたそれが地面にドッカと突き刺さる頃だ。

 その主も正気に戻っていた。極度の興奮状態から冷めた彼。目の前には月を覆い隠すほどの巨大な化物。

「あ……あわわわ…………」

 もはや闘争心の欠片もなく、ただ眼前の脅威にすくみ上がるのみだ。あとは無抵抗のままに、降る下ろされる巨大な一撃を待つだけだった。

 だが――

 ほとばしるドス黒い血潮。戦場に鉄錆臭い雨が降る。刹那、地面に叩きつけれた巨大な肉片。それは人に似て非なる五指を備えた岩のような拳だった。

 叫びともつかない野獣の咆哮が大気を振動させる。

 美しく血塗られた双剣を手に。
 アーレンスマイル王国随一の勇者が狂音の津波をその身に浴びていた。

「何をしているの! 早く逃げなさい!」

 ルルカは視線をベヒムトゥへと向けたまま、背後で怯える男に叫んだ。男は助かったという事実を数秒掛かって認識し、そして一目散に逃げ出した。

 気付けば戦場に立っている冒険者はすでにルルカのみとなっている。負傷して戦線を離脱した者の他、単純に戦闘を放棄した者もいるだろうが、いまのルルカにそれを責める気など毛頭ない。ただ生き延びてくれればそれでいいと思っていた。

 そのためには自分が足止めを。
 漲る闘志と決死の思いが、ルルカに双剣を構えさせた。

 そんな最中、ルルカに手首を斬り落とされ、足掻き苦しんでいたベヒムトゥに変化が起きた。見慣れない形の魔法陣が空中に浮かび上がり腕の切断面を覆う。すると止め処なく溢れていた流血が収まり、徐々に恐慌から回復していくではないか。

「モンスターが魔法を!?」

 ありえないことではない。がしかし、少なくとも以前対峙した時のベヒムトゥにはそんな能力はなかった。またこれまでルルカが倒してきたモンスターはいずれも魔法を使うような種族ではなかったのだ。

 ただでさえ稀有な現象を目の当たりにしたばかりだというのに、ルルカの運命は苛烈さは増していく。それこそありえない事が待ち受けていたのだ。

「違うよ……僕の魔法だよ……ルルカ……」

 闇の中に、浮かび上がるは白い首。痩身を暗黒色のローブで纏い。禿頭。そして醜く歪んだ紫色の唇は呪詛の念を吐き出すための魔導器か。

 だがその顔を見間違う事などありはしない。それは在りし日のままでそこにある。

「――! ジェイコフ!」

「そうだよ……ルルカ……」

 ジェイコフ――あの日失くしたはずの仲間《とも》の姿がそこにある。

「まさか――そんなっ!?」

「夢や幻なんかじゃないよ。僕は生きてる……もう人間じゃないけどね」

「な、なんですって」

「あの日――僕はあと一歩でベヒムトゥに殺されるところだった。でもね……その時助けてくれたんだよ……夢のようだった。本当に居たんだよ……大魔王陛下は」

「馬鹿なっ!」

「おや? 信じられないのかい? 勇者というのは魔王の軍勢に対して抗うために存在するものだと思っていたけど」

「違う! 信じられないのはお前のことだ! 生きてくれていたのは嬉しい。だが……だがこれでは人類に対する裏切りじゃないか!」

 ルルカは声の限りに叫んだ。だがその想いは、彼女の身体を切り裂くように返ってくる。
「先に裏切ったのはお前の方だ!」と。

「……見ていたよ。今日は誰も見捨てないんだねぇ……さっきの男……あの時の僕とよく似ていたってのに。ああ……これじゃあ来た意味がなくなっちゃうなぁ……折角君を追って山を越えてきたのに」

「な――まさかお前。私に復讐するためだけにこの村を襲ったのか!」

「そうだよ……本当は他人を見捨てて逃げ惑う君に、醜く命乞いをさせてから始末するつもりだったけどねえええええええっ!」

 愕然とした。
 ルルカはもう一歩たりともその場を動けない。これが人の世の平和を望みながら、仲間ひとり救えなかった者の業であるのかと。むせ返るほどの寂寥感がルルカを襲う。双剣を握る両手が急激に力を失っていった。

「ベヒムトゥ! やれいっ!」

 それを見計らっていたかのようにジェイコフの声が飛ぶ。振り上げられた無傷の巨腕がいまゆっくりとルルカに向かって繰り出される。風を起こし、大気を割って。金棒の何倍もの重さで細くしなやかなルルカの身体をなぎ払う。

「きゃああああああっ!」

 無抵抗のまま酒場の前まで飛ばされる。全身の骨が砕けたみたいな激痛に蝕まれ、もはや呼吸をする事さえ厳しい。ただの一撃でこれだ。たとえ十数人がかりで立ち向かっても勝機は見出せないだろう。そしてさっき浴びせた一太刀ほどの覚悟が、いまはどうしても奮い出せなかった。

 もうダメだ――

 消えかかる意識の中。揺らぐ青炎のような光の柱をルルカは見た。傍らに建つ、パーパ・モンティのトーテムポールを。

「こ……これは……」

 次第に辺りは聖なる光で照らされていった。瞬く星空に応えんばかりに、大地を光で染め上げていく。

「とどめだ! 早くとどめを刺せベヒムトゥ! ――ベヒムトゥ?」

 変化はベヒムトゥにもあった。無敵の巨躯を討ち震わせながら天に向かって咆哮を続ける。それは慟哭と言っていいだろう。ばかりか、全身から黒煙のようなものまで噴出していた。そして一度は塞がったはずのルルカに斬られた傷口からは、滝のような血飛沫を上げていた。

「これは一体!? なにが起きている!?」

 慌てふためくジェイコフを他所に、村全体は輝きを帯びていた。

 通りが、辻が、民家の軒が。子供たちの書いた落書きさえも神聖なオーラを放ち、魔を退ける力を宿している。ベヒムトゥはその超大な力によって、もはや身動ぎすらできなくなっていた。

「わあぁあっ! わワぁァァワわァッッっ!」

 同じ現象がジェイコフの身にも起きている。全身から黒煙が立ち上ったかと思うと、今度は顔の皮膚が剥げ落ちていく。

 ルルカがその一部始終に忘心していると、聞き覚えのある声が降ってきた。どこか親しみのある。それでいて力強い声が。

「起動せよ」と。

 オリーブ色のローブに銀縁眼鏡。一瞬にして組まれた手印は数十種に及ぶ。

「参式元始精霊炉。四方に山野を配し、南方に清流ありや。点と綻びを紡ぎし悪鬼をば滅ぼさん。第五章の序から破までを求む」

 刹那、落雷がベヒムトゥを襲い、一瞬にして巨体を炭に変えた。辺りには濛々とした煙が立ちこめ、なんともいえない嫌な臭いで充満する。

 あの怪物がただの一撃で――

 さらにルルカを驚かせたのは、周囲で行動不能に陥っていた村人や、冒険者たちには傷ひとつ負わせていない事であった。ばかりか、すでに治癒魔法による回復まで図られているようであった。

「まったく勿体無い話です『たかが』ベヒムトゥ『ごとき』に虎の子の防衛装置を使用せねばならないとは。これでまたしばらく激務が続きますねぇ……村ひとつ魔法陣に変えるのは骨が折れるんですよ」

 ケロっとした口調でライルーは言った。そこには驚きも感慨もなく、ただ事務的な愚痴をのたまっているだけ。そして地脈を走る治癒魔法により、ようやく身体の自由を取り戻したルルカは起き上がるまま、ジェイコフの元へと走り出した。

 だが。
 そこには一体の骸が転がっているだけだった。暗黒色のローブを纏った小さなガイコツ。その額には魔王の眷属であることを証明する紋章が刻まれていた。

「元々、死人だったのですよ。それを魔物に利用されたのです。勇者探しは『彼ら』にとっても優先事項ですのでね」

 ルルカの肩に手を置いたライルー。双眸に哀悼の意を込めて。

「私の……仲間だったんだ……」

 目に一杯の涙を溜めたルルカが友の亡骸を抱いた。しかし骸はサラサラと崩れ、塵となり風に溶けてゆく。ふたりはそれを静かに見送った。

「私にはもう……冒険を続けていく気力がない……もうダメ……」

 すると背後からライルーを呼ぶ声がする。
 とても元気で健やかで。キラキラとした瞳で彼を囲みローブの裾を引っ張ったりして。

「私が冒険をやめてしまったのは魔物の力に屈したからではありませんよ」

 子供たちの頭を撫でながらライルーは言った。

「諦めないでくださいルルカさん。貴女はまだこれからの人じゃないですか。冒険を続けて強くなって。いつか世の中を平和にしてください。それまでは……私がこの子たちを守りますから」

 満天の星空に子供たちの喧騒。
 その夜、村を包む聖なる光が途絶える事はなかった。


【エピローグ】

 翌日。
 村は未曾有の建設ラッシュに沸いていた。朝からリズミカルな金鎚《つち》の音が鳴り響き、次々と建ち上がる通りの棟にも威勢のいい職人たちの声が弾む。

 無論、前夜ベヒムトゥの襲来によって破壊された家屋、その他施設の修繕なのだが、魔物による災害ということで国から援助金も出ている。そのために復興も促進されたということだ。

 そうした行政手続きも重なり役場は大わらわ。周辺の村々にも声を掛けて、サンタキュベレイの崩落現場もなんとかしなければならない。

 さらにその上ライルーといえば。

 村全体に施された魔法陣の修整をして回らねばならなかった。一桁番台の魔法陣というのは膨大な魔力を費やすのもさることながら、そのほとんどは一回使い切りである事が多く、一度魔法を発動してしまうとそのままでは再使用できなくなるのだ。

 また常日頃から点検整備の必要もあるので、子供たちの落書きにもちょいちょい口を出さねばならなくなるという具合である。

 ほら、今日もまた。魔法陣を描くライルーの影がペレノイ村の大地に伸びる――

「ちょっとォ! 待ってってば!」

 ――って、あれ?

「勘弁してくださいよ! 言ったじゃないですか。私はもう冒険はこりごりなんです!」

 逃げ惑う魔法使い、追う女剣士。
 ライルーの実力を目の当たりにしてしまったからにはスカウトせずにはいられない。それが勇者の本能というものだった。

「うるさい! 決めたわ。私、アンタが仲間になるって言うまで村から出ないからねっ」

「えええええっ!?」

 そんなふたりの嬉々とした声が通りの向こうに消えていく。まわりには職人たちの働く音と村の喧騒。
 そして、子供たちの笑い声――

 かつて壮大な夢想を胸に羽ばたいた翼があった。
 だが羽折れ、力尽きた夢はただの戯言と成り果てて。

 でも。
 堕ちた夢は大地に根を生やすことを知った。天にを目指して幹を伸ばし。いつか大輪の花を咲かせ、実を結ばせてやるんだと。

 それまで。ライルーの仕事は終わらない。
 村の魔法使いは、みんなの笑顔を守るのが仕事なのだから。


~おしまい~
へべれけ

2018年02月22日 01時04分21秒 公開
■この作品の著作権は へべれけ さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:村の魔法使いは冒険をしない

◆作者コメント:賑やかしに置いときます。王道風ハイファンタジー。

2018年03月11日 00時35分37秒
作者レス
2018年03月10日 23時43分31秒
+20点
2018年03月10日 21時10分09秒
+10点
2018年03月10日 01時53分14秒
+10点
2018年03月07日 22時45分11秒
0点
2018年02月27日 06時15分09秒
+30点
合計 5人 70点

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