望みをどうぞ |
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それは、満月の夜だった。 なぜ、満月の夜かと言うと、上原先輩に依れば『魔力』が高まる時なのだとか言うわけで、しかし、改めて先輩に言われなくてもその手のマンガとかアニメとか見ていればうんざりするほど出てくるもはやカルトとも呼べないぐらいメジャーな設定なのだけど、そこは『魔術部』の唯一無二の後輩である僕としては、先輩を立てて「へー、そうなんですか」ぐらいの相づちを打つ機転を利かせて応えたのは当然なわけで、でも今考えると、これがそもそもの間違いだった。 ついでに言うと、高校生にもなって『魔術部』なんていう中二病丸出しの部に入部したのもちょっとした間違いなわけで、『美術部』に入部しようと『美術準備室』を訪れた入学して間もないピカピカの一年生の僕に、有無を言わさず入部届けへと名前を書かせたのが、魔術部の部長にしてたったひとりの先輩であるこの上原藍(うえはら あい)先輩だった。 後から聞いた話だけど、『美術部』の部室は『美術室』で、『美術準備室』は美術教師をだまくらかして、一文字違いの『魔術部』が勝手に居座ったんだとか。 あの女(あま)わざと紛らわしいところに居座りやがったな! 「ちょっと、魔法陣はまだ描けないの!?」 「あ、はい! もうちょっとです!」 少しばかりのいら立ちが垣間見える上原先輩の問いかけに、元来凝り性の僕は傷ついた右手をかばいつつ、お手本の魔導書(グリモワール)のコピーにある魔法陣を細部までち密に仕上げていくのだった(まる) 右手を傷めていると、描きにくいなぁ。 しかし、『未必の故意』によってまんまと騙されて入部した僕が、どうして上原先輩に呼び出されるがままに、夏休みの夜中に二人以外誰もいない学校の屋上で魔法陣を描いているのかと言うと、つまり、僕は上原先輩にフォーリンラブしてしまったわけだ。 あの日、僕があの部屋を訪れたときから。 狭い美術準備室で、上原先輩と二人っきりになったときから。 長く伸ばした艶々とした黒髪。柔らかそうなふっくらとした桜色の唇。 校則ギリギリの短いスカートからスラリと伸びた脚を組んで座る姿は、凛として素敵で。 黒眼がちの目でたっぷり五秒間は僕のことを見つめたあと、上原先輩はにこりと笑って言った。 「ようこうそ、わが部へ」 それは上原先輩が仕掛けた『未必の故意』が、『密室の恋』へと変わった瞬間だった。 つか、今思い出すと、僕が入部届けにサインするまで、『魔術部』って名前出さなかったよね! とまあ、そんな回想をしている間に魔法陣は完成した。 「先輩、魔法陣出来ました」 「ちょっと待って、今チェックするから」 そう言って上原先輩は、魔導書のコピーの魔法陣と見比べた。 「うん、完璧! さすが美術部に入部しようと思っていただけあるわね」 その僕が魔術部に入部したのは、なぜでしょうね! しかし、僕の心の叫びは、先輩の桜色の唇から発せられた「ご苦労さま」のひと言にかき消されたのだった。 惚れた弱みってヤツだよね。 「では、『召喚の儀式』を始めます」 上原先輩は、おごそかに、或いは妖しげに儀式の開始を宣言した。 「贄(にえ)をここへ」 先輩の言葉に無言でうなづくと、僕は用意していた箱から雌鶏(めんどり)を取り出した。 忘れられた『異界の神』をこの世界に呼び出す『召喚の儀式』の贄。それは『卵を産んだことのない雌鶏』だった。 最初、雌鶏は激しく暴れていたが、僕に両脚をしっかりと掴まれ逆さまにされるうち、頭に血が上ったのか、或いは観念したのか、おとなしくなった。 静かになった雌鶏を、魔法陣の真上に来るように差し出す。 すると、上原先輩は逆さまになったトサカを下に引っ張って首を伸ばさせて、先の曲がった儀式用のナイフを伸びた雌鶏の首に当てがった。 月明かりを反射して、鋭いナイフの刃が青く光る。 上原先輩が目配せし、それに僕がひとつ息を飲んでうなづくと、先輩は一気にナイフを横に引いた。 雌鶏の断末魔の声。 その声と共に、首と胴とが泣き別れとなる。 断末魔なんてもったいぶった言い方するからどんなにスゴイのかと思ったけれど、雌鶏が発した最期の声は、思ったよりもあっさりとしていた。 上原先輩は雌鶏の首を魔法陣の中心置き、それから僕に陣に沿って生き血を垂らすように命じた。 先輩の命に従い、首の無い雌鶏の脚を掴んで、同心円を描く。 せっかくち密に再現した魔法陣が、すっかり雌鶏の生き血で血塗られるのを見届けてから、上原先輩は呪文を唱えた。 「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」 おごそかに、そして妖しく。 すると 上原先輩の呪文に呼応して、魔法陣が光り出した。 いったいこれは? 「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」 驚く僕を置いてきぼりにして、魔法陣が輝きを増す。 「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」 雌鶏の生き血で血塗られた魔法陣が、眩い光を発する。 その光の中に、異界へとつづくゲートが現れた。 マジかよ! マジで僕の描いた魔法陣が発動するのかよ! そして 「出でよ! 忘れられし異界の神!」 学校の屋上に上原先輩の声が高らかに響き渡る。 いよいよ眩い光に包まれ、ゲートが開くかと思われた刹那、まるで充電が切れたスマホのごとく、魔法陣は光を失った。 月明かりの下、残された上原先輩と僕。 僕の両の手には、首の無い雌鶏の脚がしっかりと握られていた。 「あのー、上原先輩」 明らかに落胆した様子の上原先輩に、僕は雌鶏をぶら下げたまま話しかけた。 「えと、残念会でチキンの丸焼きとか食べます?」 「いらないわよ!」 少しでも元気づけようと思ったのに、理不尽に怒られた。 「途中までうまく行ってたのに、なんでゲートが開かないのよ!」 いきり立つ先輩を横目で見てひとつため息をつくと、僕は慰めの言葉をかけた。 「いや、まあしょうがないですよ。あんなやり方でほいほい召喚されたんじゃ、『異界の神』も過労死しちゃいますって」 「何よ、私のやり方が悪いっていうの?」 上原先輩の黒眼がちの目がキッと睨む。 「やっと見つけた本物の魔導書(グリモワール)の通りにやったんだから! 古代ギリシア語を訳すの大変だったんだからね!」 先輩、無用に目ヂカラ強いから怖いです。 「その、先輩の古代ギリシア語の訳ってのが問題って言うか」 「じゃあ、私の訳が間違ってたってわけ?」 「なんちゅーか、まあ、そんな感じで」 一学期の期末の英語、お情けで赤点免れたっていうのに、一体その自信はどこから来るんですか! というツッコミはかろうじて飲み込む。 「だったら、あなたが訳した正しい方法でやってみてよ! そしたらゲートが開いて、『異界の神』が顕現するんでしょ?」 ああ、結局そういう流れになるか。まあ、しゃーないな。 そこで僕は腹をくくって聞いた。 「上原先輩、本当に『異界の神』を召喚して、望みを叶えて欲しいんですか?」 「当たり前よ! でなきゃ、こんな手の込んだ面倒なことしないわよ!」 確かに先輩の言う通り、この儀式をとり行うには手間と暇と、そしてお金がかかっていた。そう、お金がかかっていた。(大事なことなので二回言いました) ネットを検索し、古本屋を巡り、骨とう品屋を探し回って、僕らはようやく古代ギリシア語で書かれた魔導書のコピーを手に入れ、儀式用のナイフを購入し、養鶏場まで足を運んで卵を産む前の雌鶏を入手した。 それを一から手伝わされ、資金提供までしたのだから、その労苦を僕はよく知っていた。 夏休みだってのに金欠で、どこにも行けないよ! 「では、今一度問います。先輩の望みとは?」 「言ったでしょ! つぼみの魔の手からお兄ちゃんを守るのよ!」 上原先輩は興奮気味に答えた。 「つぼみって、お母さんの弟の娘でいとこに当たるんだけど、それが夏休みの間うちに泊まりに来ててさ、まだ小四のガキンチョのくせに、今年の春大学に入ったお兄ちゃんに色目使うのよ!」 「はあ」 小学生の色目ってどういうんだよ! とツッコミたい諸兄の気持ちは痛いほどよくわかるが、その答えはこの後上原先輩の口から赤裸々に語られるのであった。 「なにかとお兄ちゃんにべたべたしちゃってさ、宿題がわからないから教えてとか、泳げないからプールでコーチしてとか」 いや、それ単に無邪気な小学生だし。 「き、き、極めつけは、『お兄ちゃん一緒にお風呂に入ろう』とか言って、ホントに一緒に入っちゃうのよ! 私だって入りたいのに!」 先輩、あらぬ欲望がこぼれ出てますよ! 「お風呂場から『お兄ちゃんの、お父さんより大っきい』なんてつぼみの声が聞こえてきて、私、もうこんなの耐えられない!」 大っきいって、それ、背中の話ですよね? ね? 「赤飯前のガキンチョのくせに、大学生のお兄ちゃんをたぶらかそうなんて、どう思う?」 どう思うと言われれば、僕としては、想い人に『赤飯前』とか言って欲しくないと思うのだが、それはあえて棚上げにする。 しかし、いとこの小学生に嫉妬とか、どんだけお兄ちゃん好きなんだよ! 上原先輩! 「わかりました」 僕はコホンとひとつセキ払いをして気を取り直してから、上原先輩の言い分を冷静かつ的確にまとめた。 「つまり、先輩の望みはお兄さんを独り占めしたいと」 「ありていに言えば、そういうことね」 いや、なにをどう繕っても、他に言いようがないでしょ。 僕は資金提供も含めて終始上原先輩のためにいろいろと手伝っているというのに、それが先輩の想い人(兄)を独り占めするためだとか、報われなさ過ぎる! 涙を流して泣き叫ぶ僕の心をつくり笑顔の仮面で隠し、僕は高らかに宣言した。 「では、『召喚の儀式』をやり直します」 「やり直すって、最初から?」 「いえ、肝腎なところだけ」 先輩の問いかけに、僕は首を横に振って答えた。 「魔法陣とか描き直さなくていいの? 雌鶏の血で汚れちゃったけど」 「大丈夫。あんなのただの目印だから、マルでも描いときゃいいんです」 「でも、一生懸命描いてたじゃない。魔導書のコピー通りに」 「アレは僕が凝り性だからですよ。言ってみれば、まあ趣味ですね」 「趣味って……」 「肝腎なのはソコじゃない」 そう答えると、重ねて先輩が聞いた。 「じゃあ、呪文が間違ってたの?」 「いいえ、それもなんだっていいんです。『テクマクマヤコン』でも『マハリクマハリタ』でも」 「だったら、なにが肝腎だって言うのよ!」 焦(じ)れた上原先輩に、僕は勿体ぶるのはやめて答えた。 「肝腎なのは、贄(にえ)なんです」 「贄……」 僕の言葉を、先輩がおうむ返しに繰り返す。 「僕は根っからの凝り性でね、『魔術部』に入部したときにいろいろと調べたんですよ。魔術のことを。洋の東西を問わずね」 上原先輩が真剣な眼差しで僕のことを見る。 「そしたらね、だんだんに見えて来たんですよ。魔術の共通点って言うか法則ってヤツが」 「それが、贄?」 「まあ、それだけじゃないけど、極めて重要なファクターのひとつです」 僕は先輩に向かってひとつ微笑んだ。 「いいところまで行ってたんですよ。満月の夜を選んだこととか、周りに建物がなくて人が寄りつかない学校の屋上を選んだこととか。あとひとつ、贄さえちゃんとしたものを用意さえすれば、儀式は成功してたんです」 「『卵を産んだことのない雌鶏』じゃなくて、贄には何を用意すればよかったの?」 「待ってて下さい。ちゃんと用意してありますから」 そう言ってもう一度微笑むと、僕は屋上の隅にある掃除用具の入ったロッカーを開け、中から隠しておいた贄を引っぱり出した。 忘れられし『異界の神』を呼び出す『召喚の儀式』の贄。 両手両足を粘着テープで動けないようにぐるぐる巻きにし、声を出せないように口にも粘着テープを貼った女の子を。 「つぼみ!」 僕が抱えてきた贄を見て、先輩がいとこの小学生の名を叫ぶ。 すると、今までおとなしくしていた女の子が、動かない手足をバタつかせ、声にならない声を上げた。 「うるさいなあ」 贄が暴れると運びにくいし、儀式の妨げにもなるので、僕は女の子の額を人差し指でツンと突いておとなしくさせた。 「つぼみに何をしたの!」 「魔術の一種ですよ。『金縛りの術』って割と有名なヤツ」 「『金縛りの術』だなんて、まさか――」 「言ったでしょ? 魔術のことを洋の東西を問わず調べたって。そのときに、やり方を見つけたんですよ」 考えたら、最初からこうしておけばよかったんだ。そうすれば、この子を捕まえるときに右手を噛まれて傷めることもなかったのにと、今更ながら思う。 それからおとなしくなった贄を運び、魔法陣の真ん中に転がす。 「つぼみをどうするの?」 そんなわかりきったことには答えず、僕は儀式用のナイフを手にした。 「先輩の訳、割とあってたんですよ。『卵を産んだことのない雌鶏』ってね」 「お願い、やめて」 足がすくんで動けないでいる先輩の声を無視し、先の曲がったナイフを構える。 「でも、先輩は『雌鶏』が比喩なのには気がつかなかった」 「つぼみを放して」 なおも懇願するがそれも無視し 「『雌鶏』は、人間の女性の比喩」 「お願いだから」 ひきつった顔の上原先輩を見ながら 「つまり」 「ダメ」 ナイフを首にあてがい 「『卵を産んだことのない雌鶏』っていうのは」 「いやッ!」 僕は一気に 「初潮を迎える前の女の子のことなんです!」 「やめてえええええぇぇぇぇぇーーーッ!」 贄の首を掻き切った。 「いやあああああぁぁぁぁぁーーーッ!」 贄の首にぱっくりと開いた傷口からおびただしい量の血がほとばしり、魔法陣を真っ赤に染めた。 先輩の目からぽろぽろと大粒の涙が零れ、くずおれるようにその場にへたり込む。 「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」 本当は呪文なんてなんでもいいんだけど、上原先輩に敬意を表し、先輩と同じ呪文を唱える。 「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」 すると、魔法陣から眩い光がほとばしった。 「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」 眩い光は渦となり光の中心に異界へと続くゲートが現れる。 そして 「出でよ! 忘れられし異界の神!」 学校の屋上に僕の声が高らかに響き渡り、それと同時にゲートがゆっくりと開いて行った。 「先輩! 成功です! 儀式は成功です!」 僕が興奮して頬を紅潮させているのとは逆に、上原先輩は顔面蒼白で座り込んで震えていた。 やがて、ゲートが大きく口を開け、その奥からなんとも名状しがたい何物かが、姿を現した。 「先輩! 上原先輩! 来ましたよ、『異界の神』です!」 そう言って先輩の方を見ると、上原先輩が座り込んだコンクリートの床が濡れていた。 どうやら先輩は恐怖のあまり失禁したらしい。 替えのパンツとか持っているんだろうか? なんて余計な心配をしつつ、歯の根が合わない先輩の顔を眺める。 ああ、恐怖で引きつった上原先輩の顔もいいな。 さて、本番はこれからだ。 せっかく先輩のために呼び出したんだし、目的を果たさなきゃ。 愛しい先輩を喜ばせるんだ! 僕は『異界の神』を前にし、改めて上原先輩に向かって言った。 「さあ先輩、望みをどうぞ」 了 |
へろりん 2018年02月21日 23時57分52秒 公開 ■この作品の著作権は へろりん さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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