| 不老不死の夢 |
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| 「お嬢様たちが邪教徒に誘拐された!」 従者のもたらした知らせによって、早朝のヴァイオレット侯爵家は大騒ぎになった。侯爵の指示によってすぐさま追跡隊が編成された。同時にヴァイオレット辺境領の各集落へと伝令が派遣されて捜索の網が広がっていった。 近年になって、太陽の光は徐々に衰えつつあった。雨量が減って作物の不作が常態となっていた。食べることに困窮した民衆の中には、過激な宗教にはしり、乙女を邪神の生贄として捧げる冒?的な集団すら出現するに至っていた。 民衆の少女よりも、貴族のご令嬢の方が生贄として優れている。邪教徒たちがそう考えるようになっても不思議ではなかった。 ご令嬢たちの救出は、一刻の猶予も許されない状況だった。 「私たちも捜索に加わります!」 同僚のハンスを筆頭にして、ロニーら若者組の従者たちも捜索に加わることを侯爵に願い出た。 「相手は邪教徒だ。見つけたらすぐに戻って増援を呼べ。くれぐれも無理をするな!」 溺愛する令嬢たちを誘拐されても、ヴァイオレット侯爵は必死に冷静さを保とうしていた。 ロニーたちは支度を整えて出発した。ハンスを先頭に、トムやペトロと共に襲撃のあった森の小路へと向かった。 さほど進まないうちに御屋敷へと向かう馬車と出会った。御者の沈鬱な表情から、事態の深刻さが察せられた。 「護衛は四人とも殺られた。邪教徒は二十人ちかくいたらしい。くれぐれも無理をするなよ」 お嬢様たちを護衛していた従者たちは、それなりに腕が立つ者が選ばれていた。それなのに全員が落命し、お嬢様たちが連れ去られた。 それも、ヴァイオレット辺境領のただ中で。侯爵家からさほど離れていない街道で。 若者組が軽率な行動をとって無用な被害をこうむる。荒事を何度も経験した侯爵や大人たちがそんな事態を危惧するのは当然だった。 忠告を背中に聞きながらロニーたちは歩きつづけた。 襲撃場所には大きな血だまりの跡がいくつもあった。道路わきには、黒い頭巾をかぶった邪教徒の死体が四体、横たえられていた。 いずれも、胸や胴体に致命傷を受けていた。 自分が致命傷を受けている間に、仲間に護衛を攻撃させる。 戦いに慣れた者なら気づいただろう。 死を恐れない戦いぶりが伺えた。 しかし、ロニーたち若者組の面々は、狂信的な信者の真の恐ろしさには想像がおよばなかった。 「三日月の模様が頭巾についてる。こいつらは『月光の不死教団』じゃないのか」 ハンスが指摘したとおりに、黒頭巾の額には金色の糸で三日月が刺繍されていた。 「『月光の不死教団』、聞いたことのない名前だな」 ロニーの問いに、歩き始めたハンスが答えた。 「かつて、『月光の不死教団』に所属していた邪教徒たちが、生贄の娘の心臓を生きたまま取り出して神に捧げる儀式をしていたそうだ」 ペトロがうめいた。 「うえぇぇ、本当かよ」 「ああ。それから、『神の花嫁にする』、といって貴族の娘を連れだし、その乙女の生皮をまとって踊り狂っていたという話しを聞いたことがある」 ロニーは思わずつぶやいた。 「信じられないな。正真正銘の邪教徒じゃないか」 「中には、酒に麻薬や幻覚キノコを混ぜて飲ませる教派があるそうだ。ニセの神秘体験で信者に神を信じさせるためにな」 トムとペトロも興味深そうに聞いている。 「巫女たちを泥酔させて乱交を繰りかえすいかがわしい教派もあるというな」 トムが相槌を打った。 「あっ、俺は信者になりたいかも」 ハンスは無言でトムの頭を殴った。 道路には先発の捜索隊がつけた足跡が残されている。 しばらく道に沿って進んだときに、ロニーはかすかに馬の臭いを感じた。風向きからすると右手の森の中からのようだ。 「ちょっと様子を見てくる」 道のない森の奥に馬が一頭いた。繋がれてはいない。馬に近づいてゆくと、足元の木の根の間にできたばかりの足跡があった。 歩行の跡を消しそこなったようだった。 「足跡を見つけた。御屋敷に知らせてくれ」 トムが御屋敷に知らせるべく走り出す。足の速いハンスは、手がかりを発見したという知らせをもたらすために先発の追跡隊を追いかける。力は強いが動作の鈍いペトロは森に入る場所を示すために小路に留まった。 足跡を消してから木の葉で覆ったために、微妙だが不自然な葉の重なりが生じていた。踏みしめた後で起こした草の葉にはかすかな折目が残されていた。 狩の経験を持つロニーは、わずかな痕跡を目ざとく見つけて進み続けた。 森の奥に開けた場所があった。巨木が枯れて倒れている。その周囲の地面には数多くの馬の足跡があった。足跡はさらに森の奥へと続いている。 森の奥に道ができていた。枝と下草が刈られている。枝の切り口は新しい。草の臭いがまだ強い。道はごく最近に作られたようだ。 襲撃した邪教徒は二十人弱とのことだが、道を切り開いた邪教徒たちはもっと多かったようだ。 少なくとも百人以上ではないか。予想外の大集団と思われた。 戻るか、追跡を続けるか。 ロニーの脳裏にお嬢様たちの姿がうかぶ。 姉のテミス様はロニーよりも一歳年下の十四歳だ。本当の名前はアルテミスというらしい。もともと侯爵夫人のソアラ様ににて美少女だった。最近は花が開くように美しさと女性らしさが加わり眩しいほどだ。 以前からロニーにはいじわるで高圧的な姉の演技を好んでしかけてくる。しかし、ロニーは知っている。お嬢様が人見知りで、つい愚痴ったり、すぐに弱音を吐くことを。 妹のセレナ様は十二歳になる。デリケートで動揺しやすい。 意地悪くからかうと顔を赤らめるが、なんだかとても嬉しそうにする。とても可愛らしく、まだまだ子供っぽい。でも意外と面倒見がよく世話好きな一面がある。 セレナ様は貴族の娘。ロニーは従者にすぎない。 でも、セレナ様はロニーによく懐いている。 まるで妹のように。 お嬢様たちを守りたい! 自分が邪教徒に見つかれば、間違いなく殺されるだろう。それなのに死の恐怖が生きている喜びを強烈にかき立てている。 後悔する生き方はしたくない。 お嬢様たちを追いかけよう。 その結果、自分は殺されても構わない。 すぐに仲間たちがお嬢様の救出にきてくれる。それまでの時間をかせぐことができるなら、たとえ自分が死んでも十分に価値がある。 普段のロニーは目立たないように生きていた。だから、そんな感情を持つことが自分でも意外だった。 いったん馬のところまで戻った。 馬は従順だった。ロニーは馬に乗って追跡を開始した。 邪教徒たちは、もはや走った跡を隠そうとはしていなかった。速度重視で逃げ切るつもりのようだった。 太陽は中天に昇っていた。馬を駆けさせて半日ほどたったが距離を縮めた印象がない。追い付く様子はなかった。 広大な荒れ地を抜けて、林に差し掛かると、馬が二頭いた。邪教徒が残していったようだ。 財産としても貴重な馬が放置されている。邪教徒たちは馬を回収する時間すら惜しんで先を急いでいる。 彼らは将来のことをまったく考慮していないようだ。 お嬢様たちがあぶない。 一刻の猶予もない! ロニーは乗っていた馬を解放した。 「いままで、ご苦労だった」 ロニーは、そう言いながら馬の首筋を叩いた。 馬は小川を見つけて水を飲みに林の中へと消えていった。 ロニーは一回分の保存食を持参していた。それを食べきり、皮袋に水を満たした。 持ってきた武器は、使い慣れた小型の弓と二十本ほどの矢、それに作業用の短い刀だった。小動物の狩りならできるが、人間を相手にして戦うには心もとなかった。 侯爵領で狼や熊などの大型で危険な獣を狩るときには、若者組にはつねに熟練した大人が付いていた。 猪を狩るときには、若者組はいつも猪を罠へと追い込む勢子を担当していた。猪を仕留めるのは熟練した大人たちの仕事だった。 これまでロニーたち若者組は、大きな成果をあげ、着実に大仕事を成し遂げてきた。 彼らはそう信じている。 しかし、その裏には熟練した大人たちの配慮や支援があった。若者たちは、そのことを充分には認識していなかった。 今回の邪教徒たちの襲撃計画は類を見ないほど周到で凶悪だった。 それにたいして、ロニーが単独で追跡するとした決断は、思慮に乏しい非常識な行動と言えた。衝動的で無計画であり、明確に準備が足りず、防備も不十分だった。 新しい馬も従順だった。 足取りがしっかりしており、速度も速かった。 しかし、残されていたことからすると、他の馬たちは、もっと足が速いのかも知れない。 このままでは追い付くことは難しいかもしれない。 それでもいい。 少しでもお嬢様たちに近づけるのだから。 仲間が追いつくまでの時間をかせぐことができれば、それで充分だ。 ロニーは、若さと経験不足のせいで将来を充分には見通せないことを、自分自身が未熟であることを自覚していた。 すでに、ヴァイオレット辺境領を出てかなりの距離を進んでいた。日が傾き始めている。 前方に見えるのはアルバ山脈のようだった。 ロニーは、これほど遠出をしたことは無かった。初めての土地を突き進みながら、心は高揚している。邪教徒を追いかけながら、恐怖は感じなかった。 自分でも、ひどく危うい状況にいることは分かっていた。しかし、やめるつもりはまったくなかった。 邪教徒たちの残した足跡は、アルバ山脈にある谷の一つへと続いていた。 目的地は近そうだ。そんな予感がした。 ロニーは馬から降りて歩き始めた。 鹿革のバックスキンで作った靴は、ほとんど足音を立てなかった。 そろそろ邪教徒の見張りがいてもおかしくない。ロニーがそう考えたときだった。 突然に前方の岩陰から裸足の少女が走り出てきた。岩場なので足の運びが不安定だ。 縦に粗く縫い合わせた二枚の木綿布をまとっている。縫わずに残された中央から頭を出し、腰のあたりで細い白帯を締めている。 たしか、貫頭衣(かんとうい)と言ったはずだ。 ロニーよりも少し年上のようだった。そして、お嬢様たちと同じくらい美しかった! まだ幼さがわずかに残る顔立ちには、いまにも消え去りそうな儚さと妖しい神秘性を帯びている。 美少女は立ちどまり、ロニーを見つめて言った。 「シンシアと申します」 それから、丁寧に頭を下げた。 「お願いします。助けてください」 ひどく不安そうな表情だった。 「君も誘拐されたのか?」 「いいえ、誘拐されていません」 「手伝うのは、ここから逃げ出すことだな」 「いいえ、違います!」 岩陰から男達が現れた。 黒い布を頭からかぶり、目だけが見えている。額には月光の印があった。 表情は見えないが明らかに不機嫌そうだった。 後ろから馬の足音が聞える。何頭か馬が近寄ってくるようだ。 囲まれた! 美少女シンシアは囮だった。 ロニーは男達が隠れていることに気付かなかった。自分が包囲されたことに、手遅れになるまで気付かなかった。 こいつらは邪教徒の精鋭というわけか。 男たちは、腰に斧や剣を下げているが、武器を構えてはいなかった。 中央に立つ大男は上半身が裸で、黒い頭巾の下から黒い顎ヒゲが見えている。筋骨隆々でがっしりとしており、腰に下げた二本の斧が小さいと感じられる。 ただ歩み寄るだけで、荒事に慣れていることを強く感じさせる。 この男だけで、ロニーよりもはるかに強く素早そうだった。 この状況でシンシアの発した言葉は、質問の形をとった命令だった。 「突然で済みませんが、神降ろしの儀式に参加していただけませんか?」 「俺を生贄にするつもりか!」 シンシアは、意外そうに首を振った。 「いいえ、あなたには神が降臨する器の役を演じていただきます」 美少女シンシアはロニーの顔を覗き込んで続けた。 「どうやら、ひどく誤解されているようですね。あなたには儀式に参加していただく。それだけです。傷つけられたり苦しめられたりすることはありません」 「ヴァイオレット侯爵家のお嬢様たちが誘拐された。俺はここまでお嬢様たちを追って来た」 シンシアは芝居じみた態度で口をおおった。 「それは申し訳ない事をしました。担当したのは新参者で、教義をまだ正しく理解していなかったのでしょう。様子がおかしいとは思いましたが、荒事を働いていましたか」 シンシアはロニーを見つめて言った。 「儀式に協力していただけると有難いです。月の乙女や神の花嫁たちが傷つけられることはない、と約束します」 シンシアは、ロニーとともに歩きながらしゃべり続けた。 「太陽は衰え、大地は作物を生み出さなくなってから久く、長い時が流れました。このため、私たちは新たな神に降臨を賜り、願いを叶えていただこうとしています」 「そんなことができるのか?」 「分かりません。しかし、今回は深き迷宮の真奥から、かつて神が宿ったと伝えられる欠片が手に入りました。そして星辰の正しき刻がせまっています」 「生きている乙女を生贄にして、その心臓を神に捧げたりはしないのだな?」 「断じて違います。神に祈りを捧げるのではありません。神に地上へと降臨していただくのです」 シンシアにこれ以上訊ねたところで、「どこの野蛮人の話しですか?」と即座に否定されるだろう。 こいつらが話に聞いた邪教徒と何がどう違うのか分からない。 狂信者は自分の好きな神を勝手に信じていればいい。 周囲の人間に迷惑を掛けさえしなければ。 美少女シンシアが話しかけてくる。 「お名前を伺ってもよろしいですか?」 「俺はロナルドと言う。皆はロニーと俺を呼ぶ」 シンシアは、花がほころぶように笑った。 「わたくしの妹はベロニカと申します。皆はロニーと呼んでおります。なんだか変な感じがしますね」 それから、シンシアはロニーを見つめて真剣な顔になった。 「間違いありません。あなたは『陽光の男』、わたくしたちが心から求め探していた方です。 太陽はすべての力の源泉です。あなたが儀式に加わってくだされば、降臨した神の御力によって衰えた大地は回復し、ふたたび力が満ちるでしょう。 そして、私たちは不老不死を手にいれます。成功と発展、円満な明るい未来が約束されているのです」 不老不死? ちょっと高望みが過ぎるのじゃないか? 期待するのは勝手だが、俺は責任をとれないぜ。 儀式が失敗したからといって、俺の首をはねたり、皆で一斉に石を投げつけたり、火あぶりにしたりしないでくれよ。 頼むから。 谷間の岩陰に目立たない洞窟の入り口があった。洞窟は意外と深かった。天井は高かったが、広さは人ひとりが通れる横幅しかなかった。 ロニーは地下深くへと連行されていった。 松明の明かりを頼りに狭い通路をひたすら下り続けてゆく。突然に目の前が開けた。 巨大な半球状のくぼみが目の前に広がっていた。何本もの太い柱が天井を支えている。 くぼみの底ではかがり火がいくつも焚かれている。広大な床を埋めつくすようにたくさんの人たちがいた。 全員が黒い布を頭からかぶっている。目のところにだけ二つ穴が開いている。 シンシアが言った。 「ここは古い石切り場の跡のようです。最近、入口を封じていた岩が崩れたので見つけることができました」 儀式の祭壇にふさわしい場所が見つかったことも、成功する根拠にされているのだろうな。 広大なくぼみの底に着くと、ロニーには焼いた鹿肉と果物、固焼きパンが供された。 「儀式では霊薬を飲んでいただきます。あまり水は飲まないでください」 食事中も儀式の説明は続いた。 「『陽光の男』には、『神の欠片』を呑み、それから霊薬を飲んでいただきます」 それが俺の仕事、という訳か。 「霊薬を飲むと錯乱して暴れ、周囲の者たちを傷つけることがあります。だから、落ち着くまで手足を縛らせていただきます」 死んでしまえば、もう死ぬことはない。 年も取らなくなる。 そんな不老不死はごめんだなあ。 手足を縛り、自由を奪ってから、好き勝手にされる可能性はあるが、…… まあ、いいか。 時間稼ぎができれば、それでいい。 ロニーは改めて覚悟を決めた。 「それから、三人の『月の乙女』が霊薬を飲んで『陽光の男』を取り囲み、その周囲に『神の花嫁たち』が集まります」 『神の花嫁たち』は二十人ほどいた。 思ったよりも多かった。 全員が、美少女だった。 皆、不安そうに俺を見ている。 よく、こんなに集めたな。 「そして、信者たちが心を込めて、『世界の全てを生み出す父にして母なる神』のご降臨を願うのです」 「無事に『唯一にして全、全にして唯一の神』にご降臨いただけるかどうかは、信者たちの信仰心にかかっています。神の器であり、『陽光の男』であるあなた様は、何の責任も問われることはありません」 なんだか、悪くない話に聞こえるな。 「『月の乙女』が誰なのか、聞いても良いか?」 「アルテミス様、セレナ様、そしてわたくしシンシアです」 三人の『月の乙女』は俺を取り囲むのか。 もしも、テミスお嬢様やセレナお嬢様を害しようとする者がいたとしても、盾の役割くらいはできそうだな。手足を縛られていても時間稼ぎくらいはできそうだ。 いいだろう。 ロニーは、お嬢様たちのことを思う純粋さゆえに理想を高くかかげ、自分を信じて疑うことを知らなかった。 御屋敷の皆が助けに来るまで、お嬢様たちが無事ならばそれでいい。 まてよ。 俺は神の器の役を演じるのだったよな。 俺に神様が降臨したら、神の花嫁は俺の妻ということになる。 狂信者が『神の花嫁』に手をだそうとしたら、言ってやればいいのじゃないか。 「俺の嫁さんに手を出すんじゃねえ!」 いや、これじゃダメだ。 「我が妻にたいして邪悪な想いを抱く者は、永劫の苦痛を経験するであろう」 うん、これがいい。 いかにも神様っぽいじゃないか。 ロニーは、数千人の邪教徒を前にしながら、根拠のない楽観主義に取り憑かれていたのだった。 「神が降臨する器の役割。全力で演じさせてもらうぞ」 「有難うございます!」 シンシアは、心から嬉しそうだった。 一段高くなった祭壇の上に黒衣の男が立っていた。高位の神官のようだ。 黒いマントをまとい、フードを深くかぶって、黒いマスクでベールのように顔を覆っている。 先端に三日月の印のある長い杖を持っている。 表情は読み取れない。 しかし、周囲を圧する存在感を放っている。 黒衣の男の声は、儀式をおこなう広間の隅々まで良く響いた。 「新たな神のご降臨を願うに当たり、異なる教義をもつ同朋がこれほど多く集まってくれたことに深く感謝する。儀式の進行は、教祖レイモンドが司祭長となって執りおこなう」 あたりは静寂に包まれた。 「太陽は光を失い、雨は降らず、大地の実りが絶えて久しい」 洞窟の中に叫び声が響いた。 「そうだ~!!」 「それゆえ、我らはここに集い、新たな神の降臨を願っている」 「そうだ~!」 「新たな神は全にして一つ、一つにして全であるという。我らを不老不死にいたる路へと導いてくれる。そのように伝えられている」 「おお~!」 「先ごろ深き迷宮の真奥から、かつて神が宿ったと伝えられる欠片が手に入った。そして星辰の正しき刻がせまっている」 「おお~!」 「さらに、封印の岩が割れて、儀式にふさわしい祭壇と広間が我らの前に姿を現わした」 「おお~!」 「『陽光の男』は自ら姿を現わし、『月の乙女』も『神の花嫁たち』も、ここに集っている」 「おお~!」 「今宵の霊薬に使われたのは黒睡蓮、ブラック・ロータスだ。ロータスの果実を食べれば、家や故郷のことをすべて忘れて夢見心地になるという」 「おお~!」 「そして、未熟なポピーの果実から得られる乳液に、痛みを止める葉の粉末、幻覚キノコを三種加えた。さらに、葡萄の蒸留酒と蜂蜜を混ぜて、霊薬『黄金の蜂蜜酒』が造られた」 「おお~!」 テミスお嬢様が話し掛けてきた。 ひどく不安そうで、おびえている。 「オピウム・ポピーって芥子のことでしょう? 芥子の未熟な果実の乳液といえば阿片、強い麻薬じゃなかったかしら」 俺はお嬢様を安心させるために答えた。 「そう簡単に手に入るとは思えない。たぶん景気付けのために威勢のいいことを言ってるだけだと思う」 「そうよね。まともな人間がわざわざ幻覚キノコの抽出物なんかを飲むわけないわよね」 不安が完全に拭い去られたわけではなさそうだった。 でも、少しだけ安心したように思えた。 自分では飲まなくても、教徒に飲ませる教団はあるそうだったな。ニセの神秘体験で信者に神を信じさせるために。 ……それにしても、なぜお嬢様がアブナイ薬のことをこんなに詳しく知ってるのだろう。 貴族の淑女のたしなみなのかな? ロニーは心に湧いた疑問を押し殺した。 自分たちは飲まなくても、俺たちに飲ませるのは有るかもしれない。錯乱すれば神が降臨したように見えるかもしれないから。 こいつらはお嬢様たちを誘拐してるから、善良な宗教団体でないことは確実だ。 祭壇の黒衣の男の元へ、金属の器がうやうやしく運ばれてきた。ロニーがこれまでに見たことも無い金属でできていた。 灰色の『神の欠片』が金属の器に入っていた。小指の先ほどの大きさだった。 ロニーは金属の器を受け取り、傾けて、『神の欠片』を呑み込んだ。 さらに、運ばれてきた金の酒杯から、霊薬『黄金の蜂蜜酒』を一気に飲んだ。 霊薬は甘かった。胸の中が、内側から焼かれるような感じがする。腹の中がカッと熱くなった。 強い蒸留酒に蜂蜜を混ぜてあるようだった。 ロニーは、金属の器と金の酒杯の中を示して、どちらもちゃんと呑んだことを邪教徒たちに示した。 邪教徒たちのあげる歓声が一つになって儀式の間の中に響いた。 邪教徒たちは、万歳をするように一斉に両手をあげた。手の平を前に向けて親指を交叉させる。 それは羽根を広げた鳥のように見えた。 それから、頭上で手の平を合わせた。そして指を折りながら組んでゆく。 それを胸の前に降ろすと、自然と祈りの姿勢になっていた。 黒衣の司祭長は両手を振るって祈りをささげた。 「準備はすべて整いました。 神よ、我らの前にご降臨ください」 信者たちが続ける。 「神よ、我らの前にご降臨ください」 数千人が唱える祈りの声は、儀式の広間のを震わせ、荘厳に響いた。 儀式の広間に運び込まれたいくつもの瓶から霊薬『黄金の蜂蜜酒』がカップにそそがれた。邪教徒たちは、祈りを続けながら、順番に霊薬を飲んでいった。 「武器は、そちらの棚に置いてください」 俺を捕えたやつらが武装解除されていた。 抵抗していたが、説得されて武器を手放し、『黄金の蜂蜜酒』を飲み始めた。 それから武器を並べた棚に布がかけられた。 シンシアが言った。 「周りの人間を見境なしに攻撃するほど錯乱していると、布で覆っておくだけで武器には気が付かなくなるのよ」 なぜ断言できるのだ? たぶん、これまでに錯乱して周囲の人間を襲ったヤツは結構いたのだな。 俺が飲み干した金の酒盃にふたたび霊薬『黄金の蜂蜜酒』が満たされた。 テミスお嬢様、セレナお嬢様、そしてシンシアが金の酒盃に口をつけてゆく。 俺は腕を後ろ手に縛られた。 テミスお嬢様も、セレナお嬢様も、両腕を縛られて猿轡をされた。縛られた腕は、貫頭衣の中に隠れている。俺の背後にいるシンシアも同じ様にされたようだった。 邪教徒たちの祈りは、儀式の広間に響いた。広間そのものが震えているようだった。 祈りに共鳴するように、何かが俺の腹の中で震えている。 震えながら、急速に大きくなってくる。 凄まじい腹痛が俺を襲った。 腹が引き裂かれるような激痛だった。 激痛は、一気に全身に広がった。 手足を縦に裂かれるような痛みが走る。 胴体が膨れ上がって裂けてゆく。 全身が、破裂する。 痛い ! 痛い !! 痛い !!! 強烈な痛みが脳天へと突き抜けた。 その瞬間に、強い痛みは、強さをそのままに、とてつもなく強烈な快感に変化した。 邪教徒たちの霊薬は本当に強い蒸留酒に幻覚キノコやアブナイ薬を混ぜていたらしい。 楽しくてたまらない! 今なら何でもできる。 そう感じた。 腕を縛ったロープを力任せに引きちぎった。 たぶん、痛覚が鈍っている。だから、痛くない。肉体の限界を越えた力を平然と出せるようだった。 お嬢様たちが悲鳴をあげた。 密着した状態で俺が力任せに動いたら、苦しいし、痛かっただろうなあ。 「すみませんでした~、申し訳ない!」 謝罪しながら、俺は両手でお嬢様たちとシンシアの腕を縛るロープを引きちぎった。 腕に力が掛からないように気をつけながら。 変だぞ? 三人のロープを同時に両腕で引きちぎるには腕が六本必要になる。 なぜだ? ああ、分かった。 邪教徒の霊薬には強い幻覚作用があるのだろう。現実ではないことを感じてるようだ。 セレナ様は、おびえていらっしゃる。とても不安な表情をなさっている。もともとデリケートで動揺しやすい性格だったから、無理もない。 テミス様も、精神的に不安定で、自信を失っていらっしゃるようだ。いつもは悪役令嬢を演じていらっしゃるが。実は人見知りで、つい愚痴ったり、けっこう弱音を吐くからな。 お嬢様たちとシンシアが俺に抱きついてくる。密着した肌が、とろけて混じりあうように感じられる。 信じられないほど気持ちが良かった。 お嬢様たちも霊薬を飲まされたのだから、恐怖を忘れて俺と同じように気持ちよくなってくれれば良いのだけれど。 幻覚剤は、悪酔いすると、恐怖や苦痛を増幅することもあるらしいからな。 俺は、テミスお嬢様とセレナお嬢様に訊ねた。 「痛かったり、苦しかったりはしませんか?」 「大丈夫よ。とても気持ちが良いわ」 「信じられないほど気持ちが良いわよ」 よかった。 不安は消え去ったようだ。 「これほど気持ちがいいとは聞いてなかったわ」 シンシアが答えた。 まてよ、三人とも猿轡をされてるよな? 拘束してるのは儀式のため。 猿轡は形だけで、本気で自由を奪うつもりは無い、ということなのか。 それにしても猿轡をされてるにしては言葉がはっきりしすぎている。 ひょっとして、お嬢様たちの言葉はすべて俺が望んだ幻覚なのか? 俺はお嬢様たちの猿轡を解いた。 背後にいるシンシアの猿轡も同時に解いた。 解いたつもりだ。 しかし、後ろにいるシンシアの猿轡を、お嬢様たちと同時に解くことは不可能なはずだ。 後ろを振り向かずに猿轡を解いてあげることなど出来るはずがない! 解いたのは幻覚なのか? お嬢様たちの不安が消えたのは幻覚なのか? どこまでが現実なのだ。 わけが分からない。 お嬢様たちは吐息をもらした。 嬉しそうだ。 吐息がひどく艶めいている。 なにかイケナイことをしていると勘違いされてしまいそうだった。 うん、たぶん本当に大丈夫なのだろう。 よかった、よかった。 さらに、まわりにいる『神の花嫁』の美少女たちを縛ったロープを引きちぎる。 俺の腕は、いったい何本になってるのだろう。 どれほど長くなってるのだろう。 まあいいか。 どうせ幻覚だから。 実際とは違うから。 自由になった美少女たちが俺に体を押し付けてくる。 柔らかな身体の感触がとても気持ち良い。 楽しい。 肌と肌が融けあうようだ。 とてつもなく気持ちが良い。 嬉しい。 女の子たちと肌を合わせて触れ合うことがこれほどの快感を生み出すことを、これまで俺は知らなかった。 美少女まみれになることがこれほど気持ち良いなんて知らなかった。 しびれるほどの快感だった。 神の花嫁たちは、みな美少女だった。 まてよ。 たしか俺は神の器だったな。俺に神が降臨する。そのはずだ。 そうすると、ここにいる美少女たちは、みんな俺の花嫁ということになる。 本当かよ。 この美少女たちは、みんな俺の妻なのか。 幸せ過ぎるぜ。 俺は、大声で笑いだしていた。 美少女たちは両腕を広げて邪教徒たちを迎え入れはじめた。 スラリとした両腕が伸びて、優しく男たちを抱きしめる。引き寄せて、優雅に服のボタンを外す。腰帯を緩める。 手早く衣類を脱がせてゆく。 男たちはボンヤリと前を見つめている。 目の焦点があっていない。心ここに在らずといったように見える。 霊薬のせいで目を開けたまま意識を失ってるようだった。 楽しそうな様子は、まったくない。 美少女たちは、抱きしめた男に口づけをした。 そして、そのまま男の頭を呑み込んだ。 美少女たちの口が、有り得ないほど広がる。そのまま男の体を呑み込んでゆく。 するりと男の体が美少女たちの口の中に消えた。 幻覚キノコのせいだろう。 こんなことが実際に起こるなんて有り得ないものな。 美少女たちは何本にも増えたすらりとした腕で、次々とそばにいる男たちを抱き寄せて優雅に呑み込んでゆく。 美少女の一人が満足そうに吐息をもらした。 美少女たちの切なそうな息づかいが広間の中に響いた。 美少女たちの身体は融けあって一つの塊になっている。塊が膨れ上がる。 身体が融けあってくっついた塊から、赤ん坊の腕が何本も生えてきた。たちまちすらりと伸びて美しい女性の腕になる。見る間に膨れ上がり、指の一本一本が腕になって、ぐんぐんと伸びてゆく。 腕の末端から美しい手がいくつも生えてくる。しなやかで細い指が合わさり折り曲げられる。そこから一気に広げられた指は、伸びながら膨れ上がり、たちまち腕となって邪教徒たちを絡め取ってゆく。 邪教徒たちが引き寄せられてくる。 何本もの腕が、優しく服を脱がせてゆく。 邪教徒たちの顔は恐怖で歪み、その口は絶望の叫び声をあげているように大きく開かれている。 たぶん、霊薬に悪酔いして、恐ろしい幻覚を見てるのだろう。 想像を絶する悪夢に襲われているのだろう。 気の毒に。 美少女たちは、身体が融けてくっつきあっている。でも、ひとりひとりの身体は区別できる。どこまでが誰の体か、まだ分かる。 肉塊は見る間に膨らんでゆき、沸騰するように男たちの顔が表面に浮かび上がってきた。 みな、苦痛にゆがんだような表情をして、絶叫するように口を大きくあけている。 地の底から響くような低い音が広間に満ちてきた。 肉塊に浮かび上がった顔は、死の恐怖を浮かべながら絶叫していた。苦痛を、苦悶を、激痛を訴えていた。 「体が融ける、融けてゆく」 「痛い、痛い、痛い。喰われる」 「腕を喰われた」 「足が、足が喰われてゆく」 「腹を喰われている。助けてくれ」 「やめろ、やめさせろ。誰か、誰か!」 美少女たちは邪教徒を呑み込んで、満足そうに儚げな吐息を漏らした。 肉塊からさらに多くの腕が伸びて、投網のように広間の中に広がり、全ての邪教徒たちを抱擁して中央へと引き寄せてくる。 おっと、半裸のごついおっさんが祭壇の前に取り残されているな。 何か叫んでいるようだ。 「悪夢だ」 たぶん、悪い夢だよ。霊薬が見せる。 幻覚だから、いくらおっさんが強くても、抗うことはできないだろう。 でも、現実ではないから心配いらないさ。 「俺たちが望んだのは、このような存在ではない」 うわあ。絶望感が凄まじいな。 「服だけ残して仲間たちが消えてゆく。あのおぞましい触手は肉体だけを喰っているのか?」 え? そんな風に見えてるのか? それは幻覚だぜ。 「あれは、豊穣をもたらす神ではない。俺たちに不老不死をもたらす神ではない。 破局をもたらす厄災そのものだ。 食べる物に困っているこの時に、俺たちを食い荒らす化け物を呼び出してしまうなんて……」 不幸のどん底でさらなる災難にあったと思いこんでパニック状態になってるようだ。 霊薬を飲んだら悪酔いすることもある。それを予想してなかったのかな。 望んでいたのは、どんな存在だったのだろう。 『神の花嫁』はみんな美少女だし、気持ちいいから、いいじゃないか。 俺は充分に満足してるぜ。 ひょっとして、こいつらは、美少女たちを神に花嫁として捧げてから、おさがりとして自分たちの花嫁にしてしまうつもりだったのか? いろいろな宗派が集まったそうだから、そんなやつらがいてもおかしくない。 残念だったな。 美少女たちは、みんな俺様の嫁さんだぜ。 お前らの好きにはさせない。 「同士たちの絶叫で耳が潰れそうだ」 え? そうなのか? そういえば、広間の中にどよめくような音が響き続けているな。 俺には美少女たちの嬉しそうな叫び声しか聞こえないけれど。 「この耳障りな甲高い音はなんだ」 ひょっとして美少女たちの声が雑音にきこえているのかな。 美少女たちの嬉しそうな叫び声は艶めいているから、イケナイことをしている快楽のせいじゃないかと妄想してしまいそうなのに。 気の毒に。 食べ物がなくて破滅するという恐怖が増幅されているのだろう。 それにしても、自分たちが喰われる悪夢や幻影などを見たくないものだ。 霊薬『黄金の蜂蜜酒』の効き目は人によってずいぶんと違うのだな。 お嬢様たちは、大丈夫だろうか。 俺は、お二人を見つめた。 お二人はこんなに美しかったのか。 美しさが人間を越えている。 妖しい神秘性を帯びている。 さすがは月の乙女に選ばれるだけのことはあった。 俺は従者だから、こんな風にすぐ近くでしげしげと見つめたことがなかったけれど、この世のものとは思えないような美しさを感じる。 これからも、お二人の近くにいたい。 このまま触れ合っていたい。 いつまでも仲良しでいたい。 お嬢様たちとシンシアが、ぎゅっと抱きついてきた。 セレナ様が甘えるようにつぶやく。 「ロニー、ロニー、私を守ってください」 悪戯っぽくつけ加える。 「少しだけなら、イジワルしても良いですよ」 テミス様がまるで恋人にささやくように言葉を紡いだ。 「ああ、ロニー。あなたがこんなにたくましかったなんて知らなかったわ。嬉しい、嬉しいわ」 シンシアは、何も言わずに強く俺に抱きついてきた。 かすかな身じろぎが、思いを伝えてくる。 ロニー、ロニー、ロニー。 好きです。 愛しています。 心から。 三人とも、なんて可愛いのだ。 愛しい、愛しくてたまらない。 俺は、思わず三人を抱きしめた。 強く抱きしめずにはいられなかった。 どうやって三人を別々に抱きしめているのか。 別々に抱きしめることができるのか。 分からない。 けれど、そんなことは、どうでもいい。 一緒にいれば何でもできる。 かならず希望は叶う。 そんな風に感じられた。 セレナ、テミス、シンシア。 三人の月の乙女たちの胴体が伸びた。貫頭衣をまとった上半身が空中を進んでゆく。 肉塊から生えた数多くの腕が邪教徒たちを優しく引き寄せてくる。 月の乙女の口が有り得ないほど広がって、邪教徒たちの身体を呑み込む。 また一体、さらにもう一体。 長く伸びた胴体の中をとおって、呑み込まれた邪教徒が次々と肉塊へ吸いこまれてゆくのが見て取れる。 頭から呑み込まれた邪教徒の下半身が激しく振られてバタバタと下肢が上下した。 神は自分の姿に似せて人間を創ったという。 人を創り、「産めよ、増やせよ、地に満てよ」と、命じたという。 肉体と肉体が出会うのは、神に祝福された神聖な行為である。それは幸福と喜びにあふれている。 儀式の広間となった地底の空洞には、乙女たちの肌の色をした巨大な拍動する水たまりができていた。ときおり、その表面に腕や脚、あるいは触手や人の顔が現れ、消えてゆく。 司祭を務める黒衣の男は祭壇の上に一人立ち、深くフードをかぶったままつぶやいた。 「人はヒトのままでは不老不死になれぬ。 不死を求めるなら、この結末は必然だ」 |
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朱鷺(とき) 2026年08月21日 00時02分40秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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