| 銀河野球のすゝめ - 楽しくなければ野球じゃない - |
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| 「野球は九回ツーアウトからですわ!」 宇都宮エリザベスの叫びに、仮面の投手は無言で投球モーションに入る。スクランブルした戦闘機のように鋭く球が放たれた。 エリザベスがゴールデンドリル髪を揺らしながら土星産のバットを振り抜く。ベースボールオーラエフェクトで、その軌跡が虹色に輝いていた。 ひどく鈍い音が球場に響いた。 手ごたえあり! だが、打球が飛んでいない。ファウルチップがキャッチャーの方に飛んだわけでもなさそうだった。ではどこへ行った? エリザベスの手はバットから離れなかった。重い手ごたえがまだ残っている。 そう、 まだボールはバットに触れたままだ。吸着している。そうとしか見えなかった。 「し、審判——」 エリザベスはただちにインプレーの継続不可を訴えようとした。しかし、審判、と発声したあたりでボールがぽとりとフェアグラウンドに落ちる。キャッチャーはすかさずそれを拾い上げエリザベスにタッチし、ミットを高々と掲げた。 「しまった!?」 ゲームセット。 ユリイカダブルユリシーズの敗北が決まった。スコアは0対1。決勝打は代打で登場したあの仮面投手、カスミ・ボンソワールが放ったソロホームランだった。 エリザベスは屈辱に顔を歪ませながらも、仮面の投手に握手を求めた。 「あなたの魔球、とてもエキセントリックでしたわ。でも、次は負けなくってよ?」 カスミはその手を握らなかった。 「なっ!?」 「ただのスポーツマンには興味ありません」 カスミはキャッチャーに差し出されたマイクに向かって宣言した。 「この中に鋼鉄野球人、銀河公務員、サイボーグ、超能力者がいたら、いつでもかかってきなさい。以上」 侮辱以外のなにものでもなかった。ユリイカダブルユリシーズの面々はその場に膝をついて怒りに震えている。 「下等人類如きが我のテックノロジィーと計算資源を上回るとは……」 「ありえない。銀河公務員Ⅰ種合格者の、このわたしが」 「防御率は0に戻せないアル……」 エリザベスは絶望に打ちひしがれる仲間の前で、ひとり胸を張って立っていた。生まれたときから一日一ノブリスオブリージュを己に課して生きてきた生粋の銀河貴族なのだ。土星産のバットを振り上げ、皆の先頭に立つ。高貴なる義務を果たすために。 「次こそは負けませんわ、カスミ・ボンソワール! 必ず捲土重来を果たしますわよ! 土星さまも、どうかご照覧あれ!」 だが、エリザベスにはもうチャンスが与えられることはなかった。 シーズン後、ユリイカダブルユリシーズは組織の健全経営を建前として売却され、エリザベスを筆頭とする高額年俸者の契約は打ち切りとなってしまったのだった。 ○三 惑星ユリシーズの場末にある居酒屋で、エリザベスは今日も焼き鳥を焼いていた。ゴールデンドリルは健在で、客たちはドリルがいつ網焼きになるか賭けをしている。 いつもの時間になると、銀河ラジオから実況中継が聞こえてくる。 「本日のギャラクシーベースボールは、マーズデイブレイカーズと、シリウスボンクラーズの試合です」 エリザベスは声のする方をちらと見た。 「シリウスボンクラーズはすでにマジックが点灯。先発はヴェルヴェット・グーテンタークです」 「控え投手にカスミ・ボンソワールの名前がありませんね」 「グーテンタークの調子がいいですし、チームに余裕があるうちは一軍経験者を増やす目論見があるんじゃないでしょうか」 「なるほど。いつまでも神様仏様ボンソワールマドモアゼルではいられないということですねえ」 香ばしさに鼻孔をくすぐられて、エリザベスは焼き鳥をひっくり返す。セーフだ。 「お嬢さま。周波数、変えていいかい?」 「はい、よろこんで」 高貴な返事に気をよくした常連さんは、追加でシイタケとにんにくのホイル焼き、それとフニャンニャを注文した。他からもフニャンニャの追加注文が入る。一気に忙しくなってきた。 エリザベスが一息つくころには、もう野球中継の時間は終わっていた。フニャンニャの値札を裏返し、客のいなくなったテーブルを隅々まで拭く。慣れたものだった。 「お嬢さみゃ。今日はもうあがっていいみゃ」 店主猫がヨシッする。 「お先に失礼いたします」 通勤に使っている赤いジャージに着替えたエリザベスは、リュックを背負いバットケースを肩にかけて外に出た。ふたつの月が見かけ上、衝突するかのように接近している。この調子だと、明日はバタフライキスだ。 真夜中、静かな路地をエリザベスはひとりで歩いた。 「みなさま、いったいどこでなにをしているのでしょう」 すっかり独り言が増えた。エリザベスは自嘲した。 アパートに戻ると、豪奢な見た目の封筒がポストに挟まっていた。実家からだった。 「ただいまですわ」 誰もいない部屋に戻ると電気コードをひっぱり、その辺に荷物を置く。封筒は卓袱台にほうった。手を洗ってからペーパーナイフを取り出しつつ、冷蔵庫にあるツモリナールストロングゼロを引っ張り出して卓袱台に置く。深呼吸をして、耳を澄ませて、プルタブをひっぱりあげた。炭酸が噴き出す音が疲労した心身に心地よく響く。甘味の弱い液体で口内を湿らせながら、封筒を開けた。母からの手紙だった。 我が愛しい娘エリザベスへ。 ユリイカダブルユリシーズが解散して、季節が三つ過ぎましたね。 心の整理はできましたか? ええ、わかっています。 あなたの心はまだグラウンドから降りていないということを。 だから、わたしたちはただ待つだけです。 でも。 でももしあなたがすっかり疲れ切ってしまったのなら。 そのときは、いつでも宇都宮に帰ってきなさい。 お父さまは、あなたのために立派な餃子屋さんを用意していてよ。 ツモリナールストロングゼロは、いつの間にか空になっていた。 エリザベスは目元を拭う。 「おかあさま、おとうさま」 彼女は土星産のバットを取り出して外に出た。いつもの広い公園に向かう。 ——わたくしって、これほどまでに弱かったのですね。 チームの先頭に立っていた頃には気づかなかった。思えば、エリザベスの近くにはいつでも誰かがいてくれた。そんな気がする。 ゴールデンドリルが歩くたびにバネのように跳ねる。 静寂が誰かの怒号で引き裂かれた。 エリザベスはデッドボールで乱闘が始まった時のように、軽やかに走り始めていた。 公園の超電磁バックネットの前だ。 まっくろなジャージを着た小柄な少女が、いかにも重量級という見た目のスポーツロボット三体組に囲まれていた。 「ですから、ここは我々がいつもシミュレーションに使用している場所なので即時退去を求めております」 「警告を無視した場合は監視カメラの死角でオールレンジ攻撃を実行。成功確率九割九分九厘」 「ぐへへお嬢ちゃん、スポロボの運動制御能力で、野球よりも気持ちいいスポーツを教えてあげるよ」 エリザベスは公園のフェンスを飛び越え、頭のなかの乱闘スイッチを入れようとした。 だが、白髪の少女は自分たちの倍以上もあるロボットたちにこう告げた。 「やだ」 端的かつ最速の拒絶だった。 「ななな、なぜ? なーぜ?」 「理解不能。理解不能」 「お嬢ちゃんの身体で、新しい運動プログラムの実証実験をしてもいいんだぜ」 少女は凛と立っていた。 エリザベスはロボットたちの索敵範囲内に入っていたはずだが、それでも注意を向けられることはなかった。 エリザベス自身にも、その理由がわかっていた。 ボールを握り、前に突き出す少女から、言い知れぬプレッシャーを感じていた。 「わたしと勝負して勝てたら、なにしてもいいよ?」 「舐めやがって、このメスガキ。スポロボにはコンプライアンス違反ができねえとでも思ってんのか!」 「違う」 少女は無表情で続ける。 「あなたにはできないだけ」 「できらぁ!」 スポロボの頭部カメラが真っ赤に輝き、脚部に隠された腕パーツが電磁バットを取り出そうとする。そんな感情制御系が未熟なスポロボの眼前に、土星産のバットが突き出された。スポロボはそれに反応して静止した。 「合意と見てよろしいですの?」 エリザベスの姿を見て、三体のスポロボが声をあげた。 「宇都宮エリザベス!?」 「あの〝エクスカリバー〟エリザベス!?」 エリザベスはバットにベースボールオーラエフェクトをまとった。スポロボたちはカメラを真っ赤に点灯させる。エマージェンシーサインだった。 「さあ、ここで終わりにするか続けるか」 スポロボに退路無し。だが、勝てば少女を好き放題できるのも事実—— 夜の公園で深刻なコンプライアンス違反をかけた勝負が始まった。 その五分後だった。 「なっ、なにが起こっているんですの!?」 すでに三体目のスポロボがツーストライクに追い詰められていた。 第一打者、三球三振。エリザベスの人間スピードガンによると、少女のストレートは150km/hほど。銀河リトルリーグのトップ層くらいの水準。大人なら負けない。 第二打者。ワンストライクからの見事なスイングでボールにジャストミート。その打球は公園の外を超えてエリザベス宅に向けて飛んだ。 なんてこったですわ。終わりだ。色々と。 だが、少女がグローブを掲げて、そこにボールがおさまっていることを見せつけた。 「いや、ありえん! トリックだ! 固有識別番号をスキャンしやがれ!」 すぐに第二打者はそうした。そのボールは勝負に使用している銀河野球公式球であり、固有識別番号が完全に一致した。 「……どういうトリックですの」 どう考えても、種も仕掛けもある。 しかし少女の投球は出来のいいマジックだった。 「こうなったら奥の手を使わせてもらうぜ、お嬢ちゃん。ベーマックス、発動!」 ベースボールマックス機能により、リミッターが解除された。バットにベースボールオーラエフェクトが投射され赤黒く明滅する。 「子供相手にそこまでしますのね……」 だが、もしエリザベスがあの立場に追い込まれたらどうだろう。 「いえ、大人だからできるのですわ」 少女が投球モーションに入る。 投げた。 「くらえメスガキィ!」 振り遅れなど万に一つもありえない、極限まで高速化されたスウィング。 ドリフトするハチロクのブレーキランプのように、その残像が残る。 「危ない!」 エリザベスが反応したが、もう遅い。 快音と共に、打球は少女の顔面に向けて跳ね返された。 「勝った!」 「はい、弱いのね」 打球が消える。 遅れて、戦車にでも砲撃されたかのような音が公園に響いた。思わずエリザベスは伏せている。伏せながら少女たちの勝負を目で追った。 スポロボ三号の頭部に打球がめり込んでいた。 「ざけん、なやあ……」 ライブラリーから構文を引用することでしか音声を出力できないほどに破壊されている。 「オーラが、練れん……。メスガキ、がぁ……」 一号と二号は顔を見合わせると、即座に電磁バット二刀流の構えになり、脚部ローラーを唸らせながらダッシュしてきた。 「恥を知れ、ポンコツ!」 エリザベスはとっさにオーラバットを振り上げる。しかし少女に接近した二体のバットが突然に消えた。だけでなく、腕部、脚部、背面の廃熱板などが唐突に視界から消え、地面に落ちる。 スポロボたちは保証対象外の損傷を受け修理不能。燃えないゴミは木曜日。 エリザベスは気づく。 この娘は—— 「あなた、お名前は?」 それは、のちに黄金聖投手のひとりに数えられる超能力者。 「テレポーター。鈴木クロノス」 ○三 「ついにここまで来ましたわ」 スペース宇都宮餃子チェーンえっくすかりばぁの社長兼ディバインユリシーズエンパイアーズオーナー兼監督兼選手、宇都宮エリザベスは、チームメンバーと円陣を組んでいる。 長く苦しい戦いの日々が、もうすぐ終わろうとしていた。 「この戦いに勝利したものが、ユリシーズの頂点に立ちますわ」 みな、再起を目指したエリザベスに見出された、銀河野球のはぐれ者だ。鈴木クロノスを筆頭とするチームメンバーたちは、エリザベスにぞっこんとうわさされている。それほど強い結束力が彼女たちにはあった。 「すみませんが……みなさまの命をください」 全員、躊躇なくうなずいた。 「さて、大変なことになっております。ここまでの試合を振り返ってみましょう」 レプリカン東京ドームのメインビジョンに試合のダイジェストムービーが流されている。 DUE対シリウスボンクラーズ。 先制点はDUEの鈴木クロノス。バントからの精密なテレポーテーションにより、キャッチャーのレガース内に打球を瞬間移動させることに成功。先発のヴェルヴェットがそれに気づいたときには、クロノスは三塁を蹴っていた。キャッチャーがボールを取り出してタッチを試みる。だが今度はクロノス本人が一瞬消えてタッチを回避。キャッチャーの背面に回り込んでホームを踏んだ。 「これは鈴木の見事な頭脳プレーでしたね」 「はい。みなさまご存じの通り、銀河野球公式ルールでは、打者のテレポーテーションに使用回数制限があります。一打席につき、打球と選手に対して一回ずつしか使えません。鈴木はこれをしっかり使いきってきました」 「これって、鈴木のテレポーテーション技術が相当仕上がってますよね?」 「はい。その点はわたしも驚いています。当然なのですが、選手のグローブやプロテクターにはテレポーテーションプロテクトがされてますからね。完璧な座標に転送しないと弾き飛ばされてすぐ露見してしまいます」 「だからキャッチャーがすぐ反応できなかったのですね」 「ええ。プロの公式戦でも隠し球くらい珍しいプレーです。気づいたグーテンターク、お見事でした」 追加点をあげたのは次打席の宇都宮エリザベス。ヴェルヴェット・グーテンタークの放つ渾身のテレポーテーションスライダーに対し、全力全開ハイパーベースボールオーラエフェクトで一閃。サブオーロラビジョンを叩き割る豪快なソロホームランで貴重な追加点をもぎ取った。 「これに関してはどうでしょう。グーテンタークのテレポーテーションスライダー、人間が目で追えるレベルではないと思うんですが」 その時のリプレイがコマ送りで再生される。ボールがストライクゾーンをかすめた瞬間、テレポーテーションが発動してボールが消えている。カメラは物理的に連続する動きをするものを自動追尾していたので、対象が消えた結果、ボールを見失ってしまったのだ。その消えたボールはすぐ画の中に戻ってきて、再びストライクゾーンギリギリの位置に横滑りしていく。 「バットから二回逃げますからね、このボール」 「ここからはわたしの推測になってしまうのですが、宇都宮はチームに鈴木というテレポーターがいるわけなので、相当研究しているんじゃないでしょうか。見てください、宇都宮エリザベス、最初のテレポートを見越したようにスウィングのタイミングを遅らせています」 「あいや、本当ですね。これはすごい」 シリウスボンクラーズ、その後にヴェルヴェット・グーテンタークがテレポーテーションを絡めたプレーで出塁。代打のカスミ・ボンソワールが秘打『突然のこんばんは』を駆使して一点を返す。さらに小林グッドバイが必殺打法『さよならだけが人生だ』で逆転ツーランホームラン。小林グッドバイはそのまま病院に搬送された。 「さあグッドバイのグッドバイは勝利のサイン! 九回裏のシリウスボンクラーズは、ここでヴェルヴェット・グーテンタークをカスミ・ボンソワールと交代です!」 球場に万雷の拍手とカスミコール。 「一方、ディバインユリシーズエンパイアーズ。先頭打者はユリエル・マークニヒト。六回に鈴木クロノスと交代してからサードを守っています。DUEのなかでは唯一の完全機械生命体です」 ユリエルは真っ白なボディにDUEのユニフォームを模した柄を直接ペイントされている。身体の線がはっきりと出た、明確に女性型として作られた戦闘機械だ。木星で起きたあの悲惨な戦いのあと、もし焼き鳥屋でエリザベスと出会わなかったら。 「リサイクルされたこの命、すべて燃やしてみせます」 ユリエルがエリザベスに視線を送った。 ——お姉さま、あれを使うわ。 ——ええ、よくってよ。 カスミ・ボンソワールは、目の前の機械が耐用年数を燃やしていることを察した。 「ただのスポーツマンでないのなら、わたしを越えてみせろ!」 初球。ワインドアップから投げる。 強烈な回転のかかったストレート。その球速……199km/h。銀河野球の制限速度ギリギリいっぱいだ。 「うわああああぁぁっ!」 ユリエルはここで終わってもいいという覚悟でバットを振った。バットに通常のベースボールオーラエフェクトを超えるエネルギーが投射され、余剰がイナズマとなって空間を走り抜ける。さしものカスミ・ボンソワールもこれには息を吞む。否、この光景に呼吸を止めぬものなどいなかった。 ┏スーパーイナズマグッドバイ┓ ┗秘打 模倣・超雷御機嫌好 ┛ 快音が響く。 だが、ボールはユリエルのバットに食らいついていた。 「あれは、わたくしを打ち取った魔球」 「打たせるか、自動人形!」 ユリエルは関節から火花を散らしながらボールの位置を確認する。バットの前面にぴったりとボールが付着し、離れない。しかしこの球は、打者がインプレー継続不能を審判に申告しようとした瞬間にバットから離れるという思念操作系サイキック魔球の特徴を持っている。かといって審判がインプレー継続不能の判断を下すまで待とうとすると、その場合でもボールは自然落下する。 ここから導き出される答えはひとつ。 魔球、見てから自然落下余裕でした。 だったら、対策するまでだ。 ユリエルはバットを前方にかざしたまま、ローラーダッシュの構えを取る。 「まさか!?」 「我慢比べです、カスミ・ボンソワール」 審判が反応に困っている。 ボールよ。 落ちるのかい。 落ちないのかい。 どっちなんだい。 「おまえ、ここで死ぬつもりか」 ユリエルの持つバットが震えている。ハイパーベースボールオーラエフェクトと魔球の力が拮抗し、それを物理的に支えているユリエルにも過剰な負荷がかかっていた。 「おねえさまのためなら死ねる」 そして、ついに耐えられなくなった。 「タイム……」 球審が。 銀河野球ルール統括AIは異常事態を検知し、状況判断を開始した。 〈結論。ユリエル・マークニヒトに安全進塁権を与える〉 AIは次のように説明した。 〈本魔球は打者のバットに密着することでルール上想定されていない状態を維持し、それによってインプレーの継続判断を困難とし、その心理的効果によって打者を打ち取ることを目的としたものである。加えて打者が本魔球の性質を理解して状態維持に努めた場合でも、インプレー継続困難の判断によりそのプレー自体が無効化されることをもくろんで投球されている可能性が高い。とすれば、この魔球は著しく投手に有利な性質を持っており、これを現行のまま運用することは銀河野球の公平性を損なうと判断されるものである。従って、打者であるユリエル・マークニヒトに安全進塁権を与え、以降、本魔球には同等の判断を下す〉 「つ、つまり……?」 〈ずるいからダメ〉 球場内にブーイングと歓声が同時に巻き起こった。 ユリエルは顔面に笑顔を投影し、膝をつく。 代走にはシンシア・ヘルモーズが送られる。そしてサイキックキャンセラー・柏崎止め子が送りバントでシンシアを二塁に進め、クロノスに打順が回った。 「まさか自動人形如きにあの魔球を破られるとはな」 仮面の投手がそうつぶやくと、クロノスは笑った。 「あなた、野球が好きじゃないんだ」 「あ?」 クロノスは悠然と構えた。 「思念操作系サイキック魔球を使うなんて、野球が好きじゃない証拠。だってあなたが好きなのは、勝つことだから」 「勝たない勝負になんの意味がある?」 「楽しい」 カスミが首元の汗をぬぐう。クロノスは小柄ゆえ、ストライクゾーンも狭い。だから、だ。 「つまらない勝負になりそうね。あなたにとって」 「これからおもしろくなるところだ」 「来なさい。楽しい魔球で」 カスミが仮面を投げ捨てる。 「ただのスポーツマンになど興味はない! あらゆる敵にわたしは勝つ! 勝って銀河野球の頂点に立つって、お姉ちゃんに約束したんだ!」 「あ、あれはミライ・ハロー!? 死んだはずでは」 「わたしはミライ・ハローの妹、カスミ・ハローだ!」 これ以上ぐだぐだしゃべられる前に投球モーションに入る。 「ついに剥き出しになったのね」 クロノスの手からグリップが失われそうになる。投げられた球は本日最速を更新する201km/h。 ——このままスルーすればボーク。進塁できる。 だが、それはクロノスの矜持が許さなかった。 ——でも、そんなのつまらない。 「野球は——楽しい!」 クロノス、フルスイング。 芯を食った当たりで打球が前方に飛ぶ。 「そうだよね、ミライ・ハロー!」 クロノスは一塁に向けて疾走した。 「アウト」 なお、打球はピッチャーの正面に飛んだため、普通に捕球された。 「ほんと、野球って楽し……」 「野球は九回ツーアウトからですわ」 土星産のバットをスタンドに向け、エリザベスはカスミ・ボンソワールにそう言い放った。 カスミは天に一本指を向ける。 「お姉ちゃんが言っていた。おまえなら未来を越えられる。だからわたしは、最強の魔球でおまえに勝つ」 仮面を投げ捨てたカスミにはもう虚飾のいっさいがなかった。 エリザベスのゴールデンドリルがベースボールオーラエフェクトを纏って高速回転を始め、土星産のバットが虹色に輝く。 「全力で来なさい、カスミ・ボンソワール!」 「最終魔球、フォースオブウィル!」 宣言と同時にワインドアップ。カスミの手が黄金に輝く。投げた。なんてことのない速度のストレート。だがエリザベスは一切慢心することなく、ベースボールオーラエフェクトにさらなる力を注ぎ込み、バットを振る。ボールとバットが衝突した瞬間、これまで感じたことのない凄まじい重さがエリザベスの手元に返ってくる。 これはただの投球じゃない。 ベンチに置かれたユリエルの頭部が分析結果を口にする。 「あの魔球は、ベースボールオーラエフェクトを投球時に注入することでボール本体の質量を増加させていると推測されます。だとすれば、あれはまさしくド級の投球です」 土星産のバットがいまにも弾き飛ばされそうだ。オーラとオーラがぶつかり合って拮抗している。だがここで負けるわけにはいかなかった。エリザベスにはこれまでいっしょに戦ってくれたチームメンバーがいる。ファンのみなさまに勝利を届ける義務がある。餃子チェーンで働いてくれている従業員の明日のために。 約束されし勝利の一打が、虹色のアーチを描いた。 カスミ・ハローは、跳ねまわるドリルをじっと見つめる。 「ごめんね、お姉ちゃん」 でも、とカスミは泣きながら笑った。 「楽しかったよ、銀河野球」 ○三 「お嬢さま、フニャンニャみっつちょうだい」 「はい、よろこんで」 ゴールデンドリルを揺らして、ひとりのお嬢さまが鳥に串を打っていた。自家製のたれにくぐらせてから網に乗せる。それから、冷蔵庫から仕込んであったフニャンニャの皿を取り出した。 いつもの時間になり、銀河ラジオから実況中継が聞こえてくる。 「ユリシーズ代表、先発は……鈴木クロノスです」 エリザベスはもう、火から目を離すことはない。最近、ようやく焼き鳥の火加減に自信が持てるようになってきたところだった。 「あのお嬢さん、あんなちっこいのにすごいよなあ」 誰かに連れられてきた一世代前のスポロボが、エネルギーチューブを接続しながら音声を発した。 「おれ、ファンなんだよ。信じてもらえないかもしれないけど、昔、あの子と勝負したことがあるんだ。夜の公園でさ、ピッチャー返し返しで頭をぶっつぶされちゃった。すごい衝撃だったよ。あれ以来、野球より楽しいスポーツはないと思ってる。お嬢さま、あんたは信じてくれるかい?」 「ええ、信じますわ。だって、野球を好きな方が嘘を吐くはずがありませんもの」 焼き鳥お待ち、とエリザベスは言った。 |
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雪野新月 2026年05月03日 23時18分00秒 公開 ■この作品の著作権は 雪野新月 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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作者レス | |||
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| Re: | 2026年05月26日 11時30分20秒 | |||
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| Re: | 2026年05月26日 11時22分13秒 | |||
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| Re: | 2026年05月26日 11時05分51秒 | |||
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| Re: | 2026年05月26日 11時04分11秒 | |||
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