| 天邪鬼な彼女と、陰陽師な僕 |
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| 「仲神(なかがみ)羽衣(うい)です。こう見えて、天邪鬼(あまのじゃく)と人間のハーフです」 春、四月。 柔らかな光の中、青い空に桜の花がふわりと舞い散る。 高校の入学式後、初めてのホームルーム。 『ドイツ人と日本人のハーフです』みたいな勢いで『天邪鬼と人間のハーフ』と自己紹介をしはじめた女子生徒が目の前にいた。 前の席の仲神羽衣さん。黒髪ポニテのクール系美少女……かと思ったら、どうやらイタイ系だった。 外の春風が別次元のように、教室内の空気が凍り付く。まさか、何らかの結界発動か!? ちょっと身構えるが、変化はない。 さきほど「初担任で右も左も分からないけれど、ガンバリマス!」と自己紹介をしていた我らが新担任の江上先生(ちなみにお下げが結構かわいい。……って担任にかわいいは失礼か)も、完全に機能フリーズ。 小柄な身長の不利をカバーし、最大限に教師の威厳を高めるはずだったパンツルックのスーツ姿が、アワアワしていて逆に残念感を際立たせている。 同じく固まってしまったクラスからはまったく反応がないことで、仲神さんは右、左と見回して立ち尽くしたまま顔を伏せた。 色白の彼女は、あっという間に耳まで真っ赤に。なにやらブツブツ言っているが声は小さくて僕にもよく聞こえない。 いたたまれない空気感。 自己紹介は席順……。つまり、五十音順だ。 幸か不幸か、仲神さんの次は僕だった。 ちょっと音を立てるようにして椅子を引いて立ち上がると、クラス中の視線が集まる。 立ち上がった僕の方に振り向いた仲神さんは首筋から顔まで真っ赤。ほっとした様子で笑みを浮かべた。 ……ヤバい。笑顔かわいい。 と思った瞬間、彼女はすっと視線をそらせてしまった。席に着く時には睨みつけられた気がする。 え……。なにこれ。 なにか、いけないことでもしたんだろうか。地雷踏んだ? 仲神さんには助け船を出したつもりだったんだけれど。 そこに江上先生の声が聞こえてきた。 「ええと、仲神さんありがとうございました。……次はー、中臣クン。自己紹介よろしくお願いします」 「中臣祥吾(なかとみしょうご)です。……よろしくお願いします」 着席。 自己紹介終了。 …………。 ……。 ぐぁあああ、失敗したぁぁぁ!!! 何を言うか必死になって色々考えてきたのに、全部吹っ飛んだ。 台無し。 僕の高校デビュー、オワタ……。 僕は人付き合いが苦手だ。 うちは代々、陰陽道に繋がりがある。そんな家の跡取りとして、僕は父について幼い頃から修行を修めているうちに、他の子と遊ぶ機会がなく、そのまま人付き合いが苦手になってしまった。 まあ、ボッチはボッチで気楽でいいのだけど、最近はさすがに友達がいないのもどうだろう、という気がして、高校ではまず、ちゃんと自己紹介をして、友達作りの第一歩を踏み出してみようと思ったのだ。 我が妹のユイカちゃん(まじ天使)に言わせると、僕は圧倒的に『自己開示』がなってないらしい。故にボッチなのだと。己がどのような存在で、何に興味があるかを示していないから友達ができないのだという。それから、第一印象が大切だと。髪がボサボサでは、第一印象が悪い、らしい。 あとは、興味があるのが陰陽道だからといって、そればかりを話題にするのも、他の人には通じないらしい。それと、仲良くなったら名字ではなく、お互い名前で呼び合うのがポイント、とのこと。 さすが自分とは真逆なユイカちゃん。友達はリアルもSNSも星の数を超える勢いで、社交に関しての造詣はピカイチ。 そして、なまじな正論だけに、己の無防備むき出しで柔らかな心にはグサグサと刺さりまくるのだ。 だけど……、イタイとばかりは言ってられない。 僕はユイカちゃんの助言に従って、散髪して身なりを整え、陰陽道ネタは抜きで自己紹介も考え抜いた。百人とは言わずとも、せめて一人でもクラスに名前で呼び合える友達を作れたら。 なのに……。勝負は一瞬でついてしまった。 目の前の机に向けて、くそでかため息が漏れそうになる。 ……というか、この机、よく見ると、美しいまっさらな木目に、黒い染みがあった。 よく見れば、米粒に書き込むノリの極細文字で「ばーかばーか。ばかがみるー、うまのけつー。ばかがみるー、しかのけつー」とかラクガキされていた。 新生活、せっかく新品の机に当たって幸先いいぞと思ったのに、机からも文字通り馬鹿にされている。 なんか悔しい。こんなの気付かなきゃ良かった。 悔しさついでに、消しゴムでこすると、文字はあっさりと消え去った。 それと同時に、目まいを感じたようにも思ったが……。気のせいか。 「えっと……中臣君だよね」 顔を上げると、前の席の仲神さんが笑顔で僕の方を向いていた。 黒髪ポニテが揺れ、頬にかかる長めの前髪にドキリとさせられる。 いつの間にかホームルームは終わっていたらしい。 寝ていたつもりはなかったんだけど、不思議なことに自己紹介が大失敗した後のことが記憶になかった。 ……なぜだ? さっきから、こう……違和感が拭えない。 周囲に意識を飛ばすが、式神の気配は……なかった。結界にほころびもない。 そんなことでとまどっていたのには気付かれなかったようで、仲神さんはすっと右手を差し出してきた。 そして僕も、なぜか反射的に右手を差し出し、お互いに自然と握手を交わす。 あれ? 僕ってこんなナチュラル国際人だったっけか? 「これからよろしく。私、こう見えてドイツ人と日本人のハーフなんだよ」 「……あれ? 天邪鬼と人間のハーフじゃなくて?」 そう言葉にした瞬間、美少女の舌打ちを聞いた気がした。 気のせい……か? いや。たぶん、聞き違いではない。 彼女の笑みは、ほぼ絶対零度で凍り付いている。理論上の原子運動の消失。今ならそこら辺に転がっている針金でも内部抵抗ゼロで余裕の超電導が成立しそうな勢いだ。 「中臣君、良かったら帰り、ごいっしょにいかが?」 握手をしている右手。強く握りしめられているわけではないのに、彼女の手のひらからは、逃れがたい強力な圧が伝わってくる。なんだこれ、自分自身が誰かにコントロールされているような……。まさか、式を使わない呪術だろうか。 「もちろん強制なんてしないけれど」 言葉とは裏腹に、今の僕にとっては回避不可イベントの様相を呈していた。 脳裏に浮かぶ選択肢は『イエス』か『ぜひ』か『はい、よろこんで』の三択。それ以外は口にすることさえ叶わない。なんだこの強制力? けれど、不思議と本気で逃げ出したいとは思わなかった。 それでも……。 「どう?」 「ええ、喜んで。おほほほほ」 僕のささやかな抵抗の結末は、悪役令嬢ものにありそうな台詞回しになってしまっただけだった。 仲神さんは僕の手を繋いだまま離さない。 帰り支度するには正直、ちょっと邪魔なので離してほしかったのだけど、お許しがおりず、僕は片手でカバンを片づけた。 そんな僕らへのひやかしが聞こえたような気がしたら、仲神さんは僕に抱きついてきた。 仲神さんて柔らかいんだな、というありきたりな感想が脳裏にうかび、その刹那、制汗剤だろうか、フワッと甘い香りが鼻をくすぐった。 「さ、しょーご、早く帰ろう(はあと)」 これ見よがしに、仲神さんが声を張り上げる。 ワチャワチャとしていたひやかしは、これで完全に消え去った。 ホームルームの時みたいに、また空気が凍り付いている。 みんなの視線が……イタイ。 「……え? 仲神さん、僕たちそんな関係でしたっけ?」 「ん? なに冗談? しょーご、それって冗談だとしてもぜんぜんおもしろくないよ。さ、行こう!」 まるで彼女に引きずられるようにして僕たちは教室を出た。 *** 「しょーごって、なんで神通力が通じないの。神に通じる力なんだよ、術かけても一般人のくせに耐性があるなんて、ほんと信じられない!」 一般人のくせに、とは……なんか酷い言われようをされている気がする。 師匠である父の足元には遠く及ばない未熟者とは言え、これでも陰陽道を修めているのだ。こう言われると、なんか悔しい。 僕の目の前では、ラフな部屋着の仲神羽衣が、駄々っ子のように手足をバタバタさせて文句をぶー垂れていた。 ホームルーム終了後、なかば拉致られるかのようにして、僕は彼女が一人暮らしをしているというマンションに連れてこられた。 おっかなびっくり上がってみれば、高校生の一人暮らしなのにセキュリティ万全の2LDK、おまけにバストイレ別(なお、お風呂は追い焚き可)という豪華すぎるお宅。ひょっとして仲神さんて実家が極太なのか……、などと思って部屋の様子を眺めていたら、間取り以外は慎ましやかな女の子の部屋だった。 そんなこんなで内覧会よろしく仲神さんのお部屋拝見、その最中に次々と怪しげな術をかけられ(たようだけど、何もおきず)、ただ今はリビングで出されたお菓子にお茶をすすっている、という状況。 「本当にどれも術が効かないか、効果が感知できないほどすごく薄いんだよね。……うーん悔しいっ。他のクラスメートは全員私の大失敗した自己紹介の記憶を完全抹消できたのに!」 「しれっと術をかけてるとか、……何ですか、それ?」 「天邪鬼と人間のハーフだっていってるじゃない。ほら、しょーごはまだ覚えてるんでしょ」 「うん」 「だから、私、天邪鬼の神通力が使えるんだ」 「へぇ。それはすごいね」 「ちょっと、なんでそこ棒読みなのよ! もっと驚きなさいよ! ……で、せっかくカミングアウトしたのに見事に滑ってしまったから、とりあえずリセット。自己紹介のときの大失敗の記憶を、神通力で消してみました(てへぺろ)」 「記憶を消してみましたって……あ! そういえば自分の自己紹介のあとは、記憶が飛んで覚えていないなぁ」 なるほど。ホームルームで続いていた違和感は、彼女の術のせいだったのか。 そもそも、修行の成果で、僕は無意識のうちに簡単な結界術は常に発動している。それで僕自身は彼女の術からある程度、守られていたのだと思う。 「私の自己紹介の記憶が消えずに、あとの時間の記憶が消えてるとなると……なるほど、効果の発動領域がズレていたのね」 修行では陰陽道に従った式神によるものばかりで、それ以外の術、たとえば神通力は体験したことがなかった。体験したことがなかったから探知できなかった、ということだろうが……やっぱり修行不足だ。 改めて精進せねばと心に誓う。 いつ何時、あやかしが襲ってくるか分からないのが陰陽道を修めたものの生きる道。 一瞬の油断が……命取りになりかねない。 今浮かんできた考えを、仲神さんにも話してみようかと思ったのだけど、そういえば、ユイカちゃんのアドバイスでは、友達には陰陽道の話題は避けた方が良いとのこと。でも、自己開示も大事とか言われてたし、今回はどうすればいいんだろう……。 などと思っていると、仲神さんが急に上目遣いで迫ってきた。 「じゃあ、あっちの方も、こうやって効果の発動領域を動かせれば、効くんじゃないかな……」 ぴとっと触れ合う感触。柔らかい……。そして、鼻をくすぐる甘い香り。 前回より効いてる。というかこれ、下手すると、もうちょっとで俺の理性、吹っ飛ぶかも。 僕は慌てて彼女の身体を離した。 「あ……危なかったぁ……」 「ちぇっ、やっぱ魅了の術もぜんぜん効かないか」 いや、ばっちり効いてた。ヤバいくらい。 「って、仲神さん。男と密室二人っきりの状況でそんなことするんじゃありません! 危ないでしょっ!」 仲神さんはお腹を抱えてコロコロと笑った。 「しょーごって、オカンみたい。マジ、ウケるぅ」 ウケるじゃないよ、まったく。 それにしても魅了の術とは。穏やかじゃない。 「あれ? オカンって……。ドイツ人なのにそんな呼び方するの」 「あはは。えーと、ママは日本人というか、日本の天邪鬼。それで、パパがドイツ人。私はずっと日本育ちだから、ドイツ語とか苦手なんだよね。パパ、ふだん日本語で私に怒るときしかドイツ語使わないから」 最近は天邪鬼も国際結婚する世の中なんだ……。 ふいに、ニュースとかで聞く『グローバル化』という言葉が急に身近に感じられた気がした。 しかし、天邪鬼と結婚して日本在住のドイツ人とか、仲神さんパパ、いったいどんな人なんだろう。というか、ご両親の馴れ初めが気になりすぎる。 「……でね、私って天邪鬼の血が混ざっているから、思った通りのこと言ってるときと、天邪鬼の力で正反対を言ってるときと、両方あるんだよね」 「何というか……それは難儀だね」 「うん。でも逆に、神通力で『魅了の術』を使えばすぐに友達はできたんだ。クラスみんなに魅了の術を使えば、いつも人気者……。だけどそのあと、正反対のことを言ってしまう力で、大事な友達を傷つけちゃうこともあった……。嫌な思いもたくさんさせちゃったし。だから、中学の時はもう神通力で友達なんて作るの、やめようって、ずっと一人だった」 寂しそうに目を逸らす。 「でも、やっぱり私も高校生になるから、今度はちゃんと神通力に頼らずに友達をつくりたいって思って、自己紹介してみたんだけどさ、……失敗しちゃった」 仲神さんも高校で友達作ろうって思っていたのか。それで自己紹介で失敗ってなると、やっぱへこむよねぇ。うんうん、分かる分かる。 「ま、せっかく自力で友達になったとしても、また、なにかあったとき、自分が本当に悪かったと思っていても、この力のせいで謝れなかったりすることもあるだろうし、ビックリさせちゃうだろうし……」 先ほどまでしんみり語っていた仲神さんは、急にいたずらっ子のようにニヤッと笑った。 「けれど私が天邪鬼の力で突然正反対のことを言って、みんながビックリしたり裏切られたって顔するのを見るの、結構面白いよ。ウケる」 ……あ、これは嘘だ。本心じゃない。 「あのー、仲神さん。いまの、ウソでしょ」 彼女は目を見開いた。 「え? なんで分かったの」 「うーん、なんというか。なんとなく? っていうか、会話の流れで普通に分かるでしょ」 「なにそれ、きもちわるい。この話、もうやめようか」 「それもウソだね。本当は興味しんしん。続けたい気まんまん」 仲神さんは目をキラキラさせている。 「え! しょーご、凄い! 家族以外で分かってくれる人、はじめて! ね、ね、じゃあ私の言葉、本当か嘘か、当ててみてよ!」 今のは……本心か。 なんか、結構面倒くさい特性だなぁ……。 とは思いつつ、それから怒濤の仲神さんウソホント判定ゲームが始まったのだった。 *** 「……それで、一通りその遊びを満喫されて、仲神羽衣様には、名前でしょーご、と呼ばれる友達認定の関係にいたり、ご帰宅されたと。それにしても、クラスメートの一人暮らしのお宅にまで招かれて、仲良くなれて、本当に良かったですわ」 家に帰ってユイカちゃんへの報告を済ませる。口調とは裏腹に、ユイカちゃんの様子はなぜかちょっと不満そうにも見えた。 「これもユイカちゃんのアドバイスのおかげだよ。ありがとう」 ユイカちゃん、満面の笑み。さっきの表情は、きっと僕の気のせいだろう。 「いえいえ、兄様に初めてのお友達ができて、わたくしも嬉しいですわ。次の課題は兄様が羽衣様を名前で呼べることですわね」 「そうだなぁ。でも、また彼女と遊んでいればもっと仲良くなれて、自然と名前で呼べるような関係になる気がするんだ」 「それは何よりですわ」 「まあ、彼女は僕がそのうちウソを分からなくなって、これまでの友達みたいに関係が悪くなるんじゃないかって心配していたけれど。……きっと大丈夫だよ。ウソホント判定も結構当たって、結果はだいたい8割ぐらいだったかな。天邪鬼の嘘って、意外と簡単に見破られるもんだね。彼女の場合、ハーフだから威力も半減、たいしたことないのかもしれないけれどさ」 ユイカちゃんは小首をかしげた。 「そうでしょうか。兄様のために、わざと簡単な嘘をついていたのかもしれませんわ」 「さすがに、それはないと思うけれどな」 「どうかしら? ところで、兄様はご自身が陰陽道を修めていることは、羽衣様にお伝えしたのですか?」 「あ……。それが、まだなんだよね。なんか、タイミング逃したというか、なんというか……」 まさか、その原因がちょうど魅了の術で迫られてたから……、とはユイカちゃんに言えるはずもない。 「兄様、今の時代、陰陽師とあやかしがすぐ戦うようなことはないと思いますが、折を見て、このような大事なことは早めに羽衣様にお伝えした方がよろしいかと。なにより、羽衣様は天邪鬼の血をひいているというご自身の大切な秘密を、すでに兄様にお示ししているわけですから」 つまり、自己開示、か。でもまあ、明日から伝えるチャンスはいくらでもあるだろう。 「兄様、頑張ってくださいね」 ユイカちゃんの言葉に、うなずく。 僕の高校生活は、こうして思いのほか、幸先のいいスタートを切ることになったのだ。 *** ところが翌日。 家を出た僕は、違和感を覚えた。 周囲に意識を飛ばし、式神の存在を探る。あたりを見回しても、何も探知できない。 そして、昨日体験した違和感とはまた質が違っていた。 つまり仲神さんの神通力でもなさそうだ。 だが、学校に近づくにつれ、違和感はどんどん強くなってくる。 校門の近くの交差点に、暇そうに突っ立っている仲神さんを見かけた。どうやら彼女としては隠れているつもりっぽいが、交通用のカーブミラーに姿が映っていて実は丸見えである。 声をかけた方がいいんだろうか……。 とりあえず、角にさしかかったところで、はじめて気付いたみたいに装って、おはようと声をかけてみる。 仲神さんは顔を真っ赤にしながら挨拶を返してくれた。 そのまま二人、学校に向かって並んで歩くと、例のちょっと甘い香りが漂ってきた。 「ね、仲神さん。もしかして、あそこで僕のこと、待っていてくれたの?」 「はぁ? 別に待ってないし。たまたまだし」 「あと、例の神通力でさっきから魅了の術とか、かけない?」 「はぁ? かけてなんかないし。何言ってるんだし」 ははーん。これは両方ともウソ確定だ。 「魅了の術に頼らず、友達をつくるんじゃなかったの」 「しょーごとはもう友達だし。それにこれ、友達とは関係ないもん……」 ぷいっと膨れながら、手を繋いでくる。 ちょっと、まわりに他の生徒がいるところで手を繋ぐのは、さすがに友達とは言え、恥ずかしいのだが……。でも、嫌な気はしない。 そして今なら確実に判別できた。 この朝からの違和感は、彼女の神通力以外の全くの別物だ。 学校に近づくにつれ、違和感はさらに高まってくる。 ピークに達したのは校門をくぐった瞬間だった。 パシッと周囲に衝撃が走る。 ガチャンという重い金属音がして振り返ると、背後で重い校門が閉じていた。 先ほどまで僕のまわりにいたはずの生徒は、手を繋いでいた仲神さんのほか、みな消え去っていた。 塀の外の景色が闇に包まれている。 なにやら結界に閉じ込められたみたいだ。 怪しい風が吹く。 低く、大きな笑い声が校舎の屋上から響いてきた。 見上げると、牛頭馬頭(ごずめず)像のような巨大な鹿頭と馬頭が突っ立っていた。さながら鹿頭馬頭(かずめず)……だろうか。それぞれ槍と刺叉を手にしている。 巨体にも関わらず、鹿頭と馬頭は屋上からはるか高く飛び上がり、急降下して僕たちの前に着地した。地響きとともに砂埃が舞い上がる。 「やあやあ、我は鹿頭(かず)!」 「我は馬頭(めず)!」 「二人揃いて……『馬鹿頭(ばかず)』!」 なんでその順番にしたんだろうか……、などと下らないことを考えていると、グッと後ろ側に手を引っ張られる。 「しょーご、危ないから下がって」 え? と思うよりも早く、仲神さんがすっと僕の前に出た。 そのまま、勢いに身を任せた跳び蹴りが馬頭の腹に食い込んだ。 「げほぉっっ」 刺叉とともに、くの字になった馬頭の巨体が軽々と吹っ飛び、大の字になって校庭へと倒れた。 「不埒な妖怪どもめ、友達は、私が守る!」 決めのポーズもかっこいい。 魅了の術なんかなくても、惚れそう。 ……だが、ちょっと待ってくれ。 こいつらを陰陽道でどう退散させるかの作戦を練るよりも早く、仲神さんが物理で殴って(正確には蹴っ飛ばして)いた、……だと? いやいや、ここは現れた妖怪を陰陽道の使い手たる僕が、術でバッタバッタと格好良くなぎ倒すのがセオリーってものでしょうが。 ある意味、妖怪襲撃なんていう、まさにこの日のためにこれまで陰陽道の修行に勤しんできたとも言える晴れ舞台のはずなのに、後れをとって、むしろ守られていたなんて……。 言えない。 父上にこんな失態、報告できない。 どうすれば良いんだ……。 などと一人心が乱れていたところ、仲神さんは次のターゲットとして鹿頭へと狙いを定めていた。 「お覚悟!」 飛び出す仲神さんに、鹿頭は槍を投げ捨て、両の手を高々と掲げていた。 完全に降参のポーズ。 「ちょっとタンマ! タンマですって!」 だがしかし、仲神さんの声が無情に響く。 「問答無用!」 ……いやこれ、問答無用じゃなくて、発動したら途中でキャンセルできないヤツじゃないか? 鋭角で仲神さんの放った跳び蹴りが、鹿頭の下顎をクリーンヒットした。 「ぶふぉぅっっ!」 空を仰いだ鹿頭の身体がロケットのごとく舞い上がり、そのまま放物線を描きながら校庭の方へと落下していく。 激しく砂埃が舞い上がる。 同時に、カチャっという音が聞こえた気がした。 視界が戻ってみると、校庭に伸されているはずの二体の巨体は、かき消すようになくなっている。 ひらひらと、風に乗って桜の花びらが舞ってきた。 先ほどまで暗闇に閉ざされていたのがウソのように、周囲は何事もなかったような、登校する生徒たちの賑やかな声で満ちていた。 平和な春の様子を取り戻している。結界が解けたのだろう。 「……仲神さん」 「なあに?」 「さっきのあれ、見たよね」 「うん。見た、蹴った、勝った」 ニカッと白い歯を見せて笑う仲神さん。 もしかしなくても、天邪鬼の血をひく一族というのは、根っからの戦闘民族なのでは……。 「ま、よくいるよ、ああいうの。こじらせた妬(ねた)み僻(そね)み嫉(ひが)みのなれの果て。気にしないのが一番」 「えっと……。仲神さんはしょっちゅうこんなのに遭遇してるの?」 「んー、以前は時々ね。中学の頃は友達いなかったから少なかったけれど、小学生の時はほら、神通力で友達作ると、色々あってねぇ……」 なるほど。神通力なんかで友達つくるのは、ろくなもんじゃないってことが、実感としてよく分かってしまった。 「さ、しょーご、行こう。急がないとホームルームはじまっちゃうよ」 「あ、……うん」 「レッツゴー、しょーご!」 手を取る仲神さんの笑顔は、純粋で、混じりっけのない歓びに満ちていた。 僕には、そんな気がしたのだった。 *** 教室につくのとほぼ同時に、江上先生が入ってきて、朝のホームルームがはじまった。 鹿頭馬頭……もとい、馬鹿頭との戦いがあったとは考えられないほどに、普通だった。 やはり、結界によって僕らしか影響がなかったのだろう。 しかし、一体、誰の仕業なのか。 誰かに恨みを買うような真似はしていないはずなのに……。 くそでかため息が漏れそうになって机を見ると、昨日消したはずの黒い染みが復活していた。 よく見ると書かれている内容が変わっている。 「かっぱかっぱらった、おまえのともだちかっぱらった、とてちてすてた」 ……なんか気持ち悪いな。 僕はその極小文字を、消しゴムできれいに消し去った。 そして消し終えた瞬間、机の奥で、何かが小さく笑った気がした。 |
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栗田 2026年05月03日 20時55分07秒 公開 ■この作品の著作権は 栗田 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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| Re: | 2026年05月24日 22時42分48秒 | |||
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