| 春宵の乱 |
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| 青い海の只中に浮かぶマハタの島に、カンナギと呼ばれる人々が暮らしている。 カンナギが排他的で外部との交流をほぼしない理由は、彼らが大陸の人々と大きく外見を異にしているからだといわれている。島民らしい褐色の肌、背丈は他族と変わらないが、それにしては大きな手足と、指の間には水掻き、髪以外の体毛はなくツルリとした肌。漁を主な生業とし、操船に優れているのはもちろんのこと、驚くほど長く息が続き、水中でも自在に動くことができる。そしてなにより、額から生える真っ直ぐな一本角。 彼らはその外見を神の恵みと大切にしており、他の血が入ることを極端に嫌っているのだという。 しかしながら、カンナギの人々にはもっと大きな秘密があった。 それは、彼らがある一定の年齢に達すると、女から男に変化する、いわゆる性転換をする一族だということだった。 〜〜〜 シイラにとって、春は昔から特別な季節だった。なにしろ自分が生まれた季節なのだ。そうでなくても、寒い冬を凍えて過ごした先にやってくる、花咲き乱れる季節を嫌う人間など、マハタの島にはいない。 ラクサにキブマヤ、レミスなど、色とりどりに咲く花はすべて好きだが、なかでもシイラのお気に入りはジウの花だった。小さな花が密集して花房を形成するジウは、下から見上げるとまるで薄紫の星の筋が流れ落ちてくるように見える。 それに、その優しくも高貴な花色は、シイラの大切な人の瞳と同じ色をしているのだ。 大切な人、チヌは、シイラより四つ年上の幼馴染だ。聡明で優しく活発で、男性に並ぶほど潜水が上手い。頑固なところが玉に瑕だが、いつも最終的にはシイラに譲ってくれる。彼女の笑顔を思うだけで、シイラの口角も自然と上がる。 シイラとチヌは、秘密の恋人同士だった。 島では同性同士の恋愛は禁忌とされていた。それは、彼らの生態が大きく関係している。 カンナギの人々は、生まれたときは皆女性だが、ある一定の年齢に達すると男性に変化する。この変化はワイカと呼ばれ、はるか昔の創世記に島の繁栄を約束してくれた神の御心なのだという。 死亡率の高い幼児期をより丈夫な女児として過ごし、旺盛極まる頃には男性として家と社会の発展に尽くすのだ。ほとんどの女性が二十代前半の適齢期に妊娠、出産を経験し、その後男性化することで、家族を養う役割を担う。島では男女の性的役割が完全に分かれているが、どちらの性も経験することでお互いに尊重し、慈しみ合う社会が形成されていた。 マハタ島社会の根幹にあるワイカだが、その基本は子孫繁栄だ。そのため、子作りにつながらない同性の恋愛は無意味だと、禁止されているのだった。 それでも、シイラとチヌは真剣だった。隠さなければならい関係だったが、お互いが運命の相手だということを疑いもしなかった。特に、妊娠適齢期に相手なく過ごしたチヌへの風当たりは強かったが、それでも彼女は持ち前の負けん気で乗り切った。ワイカを経て男性化すれば、晴れて二人は結ばれる。それを二人は励みにしていた。 そしていよいよこの冬の終わり、二十二歳のチヌがワイカの兆しを得たのだ。周囲より年齢的に早めのワイカだったが、二人には喜ばしいことだった。いよいよ、誰に憚ることなく寄り添い合えるようになるのだから。 カンナギの人々は生まれてから一度も髪を切らないが、それはこのワイカのためである。長い長い髪はワイカの際に一度体に吸収され、新たに真直な角として額から生えてくるのだ。 シイラは、額の角を雄々しく振り翳すチヌの姿を想像してみてうっとりした。もとより男性的なところがあったチヌだから、きっとこの春の花に負けないくらい美しいに違いない。滑らかな琥珀色の肌に流れる金の髪、女性のときよりも低くなった声で名前を呼ばれたら、どんな顔をして返事をすればいいのだろう。 ワイカが終わるまでは島の中央にある神殿で過ごすのが慣わしだから、シイラとチヌはもうひと月近く顔を合わせていない。最後にはお楽しみがあると思えば待つのは苦にならないし、あれこれと想像を巡らすのも楽しいが、やはり寂しくないと言えば嘘になる。ここのところ、シイラは毎日のように夕方になれば外に出て、月や星を見上げながら恋人に思いを馳せていた。 そのときだった。 「シイラ」 多少低くなっても忘れようもない声が、背後から甘やかに彼女の名前を呼んだ。 「! チヌ⁈」 待ち望んだその人の名を呼んで、シイラは喜色満面に振り向いた。そして、そのまま固まった。 「シイラ、会いたかった! 遅くなってしまってごめんよ、ワイカって意外に時間がかかるんだな」 「……チヌ、なの?」 「そうだよ! 少し会わない間に見違えただろう?」 「…………うそよ!!」 頭を抱えて、我知らずチヌは叫んでいた。 そこには、思い描いていたような美しいチヌの姿はなかった。 「か、髪、髪はどうしたの⁈ ツルツルじゃない!」 「全部吸収されてしまったんだ。珍しいことじゃないらしいよ?」 「あんなにあった髪を糧にして、そんな短小な角しか生えなかったの? しかもなんか曲がってるし!」 「この角は吉兆らしい。神官が久しぶりに見たと喜んでいたよ」 「なんでそんなにお肌が荒れてるのよ⁈」 「よく見てごらん、これは鱗だよ。顔以外にもいくつかあるよ。角も含めて、わたしは先祖返りが強いらしい。はるか昔のカンナギの民には、鱗を持つものも多かったというよ」 「なんで、なんでそんなにガラガラ声なのよぅ!」 「シイラ、それはワイカしたんだから仕方がないよ」 シイラは肩で息をする。目の前のなにもかもが信じられなかった。 あんなに美しかった恋人のチヌが、ほんの数十日会わなかっただけで、こんな珍奇な姿になって帰ってくるだなんて。頭髪をすべて失い肌荒れのような鱗が出現したせいで、実年齢より余程老けて見える。砂漣のような髪、波に洗われたような肌、泡沫が弾けるような声。それらをすべて失って、以前のチヌの面影は薄紫の瞳しかない。それなのに、彼女いやもう彼なのか、彼が、それを当然のように受け入れていることが、むしろ誇らしげなのことが、シイラは無性に腹が立った。 「シイラ、どうしたの? 再会を喜んでくれないのか? わたしたちこれでようやっと、誰憚ることなく抱き合うことができるのに」 チヌが不審気に一歩踏み出すと、思わずシイラは一歩下がった。お互いが同時に息を呑む声がはっきりと響いた。 「シイラ?」 「……ごめんなさい、チヌ。あたしちょっと、混乱してるみたい。少し時間をちょうだい」 「時間って、なんの?」 「なんのって……チヌあなた、その姿を鏡で見てことあるの⁈」 思わず漏らした叫びが引き金となった。頭の中に突風が吹き荒れ、シイラをもみくちゃにする。取り乱した彼女は、自分の口をもう制御できなかった。 「なんでそんな、なんかこ、小汚い姿に……あたしが思い描いてたワイカしたチヌと、ぜんぜんちがう! どうしてそんなことになっちゃったの? もとのチヌに戻ってよ、あの美しかったあなたに!」 無茶苦茶なことを言っているのは自分でもわかっていた。それがチヌを傷つけることも。 それでも止められなかった。自分では制御できない乱気流のような感情が体中で荒れ狂い、暴言と共に涙が溢れてくる。自分よりも余程泣きたいであろうチヌを置いて、シイラはその場から逃げ出した。 〜〜〜 無意識に走っているうちに辿り着いたのは、二人が周囲に内緒で会っていた浜の岩場だった。場所を確認するや否やシイラはその場に座り込む。 日はすっかり暮れ、昇ってきた月の明かりに波飛沫は真珠のように輝いている。どこに咲いているのか、ラクサの小さな花びらがハラハラと舞っていた。穏やかな風が甘く清々しいジウの花の香りを運んでくる。 シイラの心中は嵐のようなのに、あくまで落ち着いた春の宵が憎らしかった。 こんな夜に、この場所でチヌと何度も抱き合った。あのときの喜びや幸せは、どんなことがあっても変わらないと思っていたのに。走って乾いたはずの涙がまた溢れてきた。 小さな水音に振り向くと、岩陰の小さな潮溜りが目に入った。二人にはお馴染みの水場に、小さな生き物が飛び込んだ音だろう。 シイラは気まぐれにそこを覗き込む。そこには月を背にやつれた面持ちの、しかしそれでも若さと美しさを損なわない自分の姿が映った。 『シイラの髪は、本当に月光をそのまま形にしたように綺麗だね』 『チヌの髪こそ、日の光に当たって輝く波紋みたいだわ。あたし、美しいあなたの隣にいられることがなによりも嬉しい』 そんな話をしたのがつい昨日のようにも、遠い遠い昔のことのように感じられる。 虚しくなって、シイラは凪いだ水面を指で払った。水鏡の中のシイラの姿が幾重にもブレて歪む。そのとき、ふと恐ろしい考えがシイラの胸をよぎった。 「あたしも、ああなるのかしら」 途端に、声に出したことを後悔した。耳から改めて入ってきたその言葉は、まるで呪文のようにシイラの体を駆け巡った。 ワイカしたら、男性になったら。 この、あたしの大好きなあたしの姿が、チヌが愛してくれたあたしが、すっかり変わってしまうのかしら。 チヌがそうなってしまったように……? そんなの、絶対に嫌! 絶望感が積乱雲のように腹の奥からせりあがり、シイラは思わずえずいた。このままこの嫌な気持ちを本当に吐き出せたらいいのに。そう思いながらも出てくるものはなにもなく、空っぽの嘔吐の苦しさに涙だけが溢れた。 何度も何度もえずいていると、だんだんと意識が遠ざかってきた。足元に満ちてくる潮の冷たさを感じながら、シイラは意識を手放した。 〜〜〜 夢を見た。 夢の中で、シイラはワイカの最中で神殿にこもっていた。胸を占めるのは大好きなチヌのことばかり。シイラの男性化は遅々として進まず、会えない辛さに胸が締め付けられるようだった。 それでもようやっとワイカが完成し、生まれ変わった姿を神殿の泉に移したとき、シイラは息を呑んだ。そこには、思い描いた通りの男性化した自分、美しい髪や肌の滑らかさ、優し気な目元はそのままに、伸びた背丈にうっすらとバンスよくついた筋肉、なにより長く伸びた額の角が印象的な、完璧な姿のシイラが映っていた。 小躍りしながらシイラは神殿を飛び出し、チヌのもとへと急いだ。早くこの姿を見せ賛美され、生まれ変わった姿でも変わらぬ愛を誓いたかった。 息を切らして辿り着いたのは、二人の秘密の岩場だった。約束していたわけではないが、そこには確かにチヌの姿があった。夢の中のチヌは、波打つ金の髪も傷一つない肌も、シイラと同じ長い角も、すべてシイラの理想通りの姿をしている。シイラは顔をほころばせ、恋人の名を口にしようとして、足を止めた。 そこには、シイラの想定外の人物もいたからだ。 「チヌ?」 「あぁ、シイラ。ワイカは終わったんだね。うん、君は男性化してもやはり美しい」 「チヌ、その、彼女は誰?」 「彼女はダツというんだ。わたしの新しいパートナーだよ」 チヌは悪びれもせずそう言うと、ダツという女と微笑みあった。シイラには劣るが、ダツも確かに整った顔をした女で、二人が波打ち際に寄り添って立つ姿は絵になった。しかし、そんなことはどうでもいい。 「どういうこと⁈ チヌ、あたしがワイカでいない間に、浮気したってこと?」 激昂してシイラが叫ぶ。男性化したせいか、以前のように思ったような声が出ず、ところどころが隙間風のようなかすれ声になった。 チヌは毅然とした顔で、しかし少しだけ申し訳なさをにじませて言った。 「シイラ。わたしたちはもう大人にならなくてはいけない。わたしが男性で、君が女性として過ごした時間、わたしはとても幸せだった。君はわたしの子どもをたくさん産んでくれたね。とても感謝しているよ。わたしは、君と子どもたちを守る暮らしがとても大切で、幸せだった。君も男性化したんだから、ぜひその幸せを味わってもらいたい。だから、わたしたちはもうお別れしよう。君も新しい女性のパートナーを見つけて、わたし以外の幸せの形を見つけるべきだ」 「なに……? チヌ、なにを言ってるの? あたしの幸せが、あなたの幸せが、お互い以外のところにあるって言うの?」 「シイラ、君も言っていたじゃないか。この数年間、誰憚ることなく愛し合える関係がとてもうれしいと。わたしたち二人とも男性化したということは、もうその喜びは味わえないんだよ? また周囲から隠れてこそこそ逢引するつもりか? わたしはまだいい、君と子どもを作った実績があるから、まだ周囲への面目が立つ。でも、君はどう? ワイカした君には、今度は男性として子どもを育み家庭を守る使命が待っているけれど、それを放棄するつもり?」 「そんな、そんなこと……チヌ、急にどうしちゃったの⁈」 頰に手を当ててシイラは叫んだ。ダツという女は、唐突に始まった修羅場にひたすらおろおろしていたが、シイラの剣幕に脱兎のごとく逃げ出してしまった。 「……なにもかもを打ち明けるとね、シイラ。わたしは子どもを産んだ君を、内心とても妬ましいと思っていたんだよ。君のことはとても愛していた。でも、女性同士周囲から隠れなければいけない関係は大きな負担だったし、そのために女性だった期間に子どもを産めなかったことがとても惜しかったと感じたんだ。わたしの大好きなシイラ、君にはそんな思いはしてほしくない。子どもを産む幸せ、家庭を守る幸せ、どちらも余すことなく享受すべきだ」 「あたしの幸せを、どうしてチヌが決めるのよ! あたしの幸せはあなたと共にあること。男か女かなんて関係ない、ただチヌの隣で過ごすことがあたしの幸せなのに!」 「シイラ、君のその強情なところ、ずっとかわいいと思っていたよ。でも、今は……」 チヌがシイラを見据える。薄紫色のその瞳は以前と変わらず美しかったが、ガラス玉のように冷たかった。そこに映るシイラはどんよりとして、まるで浜辺で溶けかけたクラゲのようだった。 先を聞くのが怖い。しかし、シイラは促さずにはいられなった。 「今は、苦しい。もう君には付き合えない。君の幸せはわたしの隣にあるのかさもしれないが、わたしの幸せは、もう君の隣にはない」 チヌはきっぱりとそう告げた。 シイラにはもうなにも言えなかった。チヌはこう、と決めたら曲げない頑固さを持っていて、それでもこれまでは、最終的にはシイラに譲ってきてくれていた。しかし、今回はだめだ。これが最初で最後、シイラに対してチヌが頑固さを押し通した瞬間だった。 踵を返してだんだん小さくなるチヌの後姿を見ながら、あの女を探しに行くのだろうかと、シイラはぼんやりとそう考えた。 〜〜〜 身体の冷たさで目が覚めた。潮は気づけば胸元まで迫ってきており、寄せる波飛沫は顔まで届いていた。 起き上がって周囲を見回しても、望んでいた人影は見つけられなかった。これまでは、喧嘩をしてシイラがここまで逃げてくると、どんなに怒っていても最後には迎えに来てくれるチヌだったのに。 頬が濡れているのは、海水なのか涙なのかわからない。 まだ頭がぼんやりとしていた。夢と現実の間に立って、どちらに傾くべきかハッキリしない。チヌが迎えに来てくれないのは、ワイカ後の容姿を貶したからか、それとも自分のことしか頭にないシイラに愛想をつかしたのかーー はっきりとしているのは、シイラがチヌに嫌われてしまった、ということだ。 それはそうだろう。混乱していたとはいえ、酷いことを言った。夢でされた指摘だって、冷静になって考えれば腑に落ちることも多い。愛されていることにあぐらをかいて、いつの間にか一番大切な人の気持ちを蔑ろにしていた、その報いを今受けているのだ。 シイラは再び膝をつきそうになり……そこで踏みとどまった。 「…………いや、まだだわ」 強く目を瞑り、シイラは自らに言い聞かせるよう声を振り絞った。 「チヌにきちんと謝るのが先でしょう? 傷つけたことを反省もしないで諦めるなんて、お門違いだわ」 それは傷口に塩を塗るような行為かもしれず、シイラの声は細かく震えていた。しかしそれでも、たとえ結果が変わらなくても、絶対に必要なことだとシイラは自分を奮い立たせる。 夢の中のチヌの目を思い出す。シイラのことを軽蔑する冷たい目。シイラには、外見が変わってしまうことよりも、隣で過ごせなくなることもよりも、チヌのあの瞳が一番恐ろしく感じられたのだ。 チヌの瞳に映る自分は、たとえ嫌われていたってもっと美しくあらねばならない。外見ではなく、その魂が。 そのときだった。 「シイラ!」 それは待ち望んでいた声だった。恐れる間もなく、反射的にシイラは振り返る。 そして、そのまま固まった。 「……チヌ?」 「……だって、シイラが嫌だと言ったから」 そこに立っていたチヌは、先ほどのシイラが拒絶した男性の姿ではなく、かといってそれまでの女性の姿でもなく。具体的には、禿げ上がった頭に葛の束を被って鬘とし、肌には白粉を塗って鱗を誤魔化そうとした形跡が窺えた。しかし、はっきり言って珍妙だった。 「おかしいわよ、それ」 ついはっきり言ってしまい、シイラは口元を押さえる。チヌにも自覚はあるようで、怒りはせず恨みがましくシイラを見つめた。 なんだか、嫌われたくないという恐怖が吹っ飛んでしまった。 シイラはチヌに近づき、似合わない鬘を外し白粉を優しくはたいた。チヌは抵抗しない。間近で見つめたその薄紫の瞳の中に軽蔑の色はなく、シイラは安堵した。 「チヌ、酷いことを言ってごめんなさい。あたしが悪かったわ」 「酷いことって、今の?」 「今も、だけど……ほらさっき」 「そうだね、傷ついたよ」 ヒヤリとした声にシイラは俯いたが、チヌはその顎を掴んで顔を上げさせた。ワイカすると、女性のときより腕力が倍近く増加する。軽く抑えているようで、シイラは顔を動かせない。 「チヌ、ごめんなさい」 「でも、図星だったよ。わたしも、ワイカしたわたしの姿に驚いた。ショックで一日神殿に篭っていたくらいだ。だから、シイラの気持ちはわかるよ」 「そうだったの……」 「でも思い直した。シイラだったらきっと、皮膚一枚の違いでわたしを嫌いになることなんてない、ってね。それで自分を奮い立たせて会いにきたわけだけど……違ったかな?」 心臓を滅多刺しにされた気分だった。いたたまれない気持ちでいっぱいだが、顔を逸らすこともできない。 シイラは腹に力を込め、背筋を伸ばしてチヌを見つめた。 「あたし、前のチヌの顔、とっても好きだったわ。美しいチヌの隣に立つのがあたしだと思うと、すごく誇らしかった。だから、あの美しかったチヌの姿がこんなふうに変わってしまって、正直残念だわ」 「うん」 「でもね、思ったの。あたしが一番嫌なのは、チヌの容姿が変わることでも、隣に居られなくなることでもない。チヌに軽蔑されることだ、って。だから、」 そこで少しだけ、シイラはチヌから目を逸らした。 「その顔に早く慣れるよう、頑張るわ」 「素直だね、シイラは。そこが好きだよ」 チヌは吹き出しながらシイラの顎から手を離し、彼女を子どものように抱き上げた。こういう抱かれ方はこれまでされたことがなかったので驚いたが、なかなか悪くない、とシイラは思う。 「大切なシイラ。やっと隠れることなく共に過ごせるようになったね。わたしの子どもをたくさん産んでくれる?」 「もちろん。……ねぇ、チヌ」 「? なに?」 「うぅん、やっぱりなんでもない。大好きよ、チヌ」 あたしがワイカしても変わらず隣にいてくれる? その問いは胸の奥にしまうことにした。まだまだ先のことだ、今約束をする必要はない。 今は、自分の気持ちとチヌのの気持ち、目の前のことを大切にしよう。 春の風が、清々しい花の香りを運ぶ。穏やかな春の宵が、寄り添いあう二人を包んでいた。 |
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凧カイト 2026年05月03日 09時58分21秒 公開 ■この作品の著作権は 凧カイト さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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作者レス | |||
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| Re: | 2026年05月20日 22時39分45秒 | |||
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| Re: | 2026年05月20日 22時39分02秒 | |||
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| Re: | 2026年05月20日 22時37分23秒 | |||
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| Re: | 2026年05月20日 22時36分33秒 | |||
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| Re: | 2026年05月20日 22時34分54秒 | |||
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