架空対談 日本で最初のライトノベルは?

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「ライトノベルは文壇で正当な評価を受けなければならない。語るべき価値のある作品を創出しながら若者層を中心とした新興ジャンルゆえに、活字の”ジャンクフード”扱いされてきた状況を変えなければならない。
 なぜならば私たちは、ライトノベルに優れた作品があることを知っている。優れた作家がいることを知っている。それは他のいかなる創作ジャンルに対しても、決して劣るものではない。
 だから声を大にして言おう。今こそ、積み重ねてきた歴史を踏まえ、作品を、作家を、ライトノベルそのものを、正しく評価することが求められているのだ。新たなる文芸ジャンルの、さらなる発展と成熟を願い、ここにライトノベル書評宣言をするものである」
 2004年8月1日に発行された『ライトノベル完全読本:日経BP社』の冒頭で、文芸評論家の細谷正充氏が述べた言葉である。
 さらに、『このライトノベルがすごい』サイトが開設され、2004年12月9日に、『このライトノベルがすごい 2005』が宝島社から出版されて、ライトノベルを”活字のジャンクフード”とみなす状況が変わり始めた。
 今日ではライトノベル(以下、ラノベ)はアニメやコミックとともに、日本が世界に誇るべき文化と認識されるようになっている。
 1970年代に、読書家としても知られていた鏡明氏は年間のSF作品を書評する際に、「ライトノベルには評価すべき優れたSF作品がいくつもあることは承知している。しかし、それを越える作品が無いと断言できないため、書評家として取りあげることができないでいる」と述べて、ラノベ作品の書評は行わないと宣言している。
 すでに1970年代に個人では全体を俯瞰することが困難なほどラノベは隆盛を極めていた
 それから、さらに四半世紀が過ぎた。
 日本でラノベが誕生してからおよそ半世紀が経過した。この節目の時期に、数多くの傑作が誕生しながらも、次第に忘れ去られていく避けられない宿命に対して、歴史的な全体像を把握することや、時代を超えて読み継がれるべき『隠れた名作』の発掘と再評価を目指して、2026年3月5日に『ライトノベル大全』(以下、『ラノベ大全』)が時事通信社から出版された。
 本日は、この目標に賛同して、架空対談を試みることにします。

司会:それでは、日本で最初のラノベは何か、について対談を始めます。
 今回、司会の大役を仰せつかったのは、『俺の足には鰓(エラ)がある:平成8年3月25日(1996) 富永浩史 富士見ファンタジア文庫』の主人公三ッ葉とヒロイン毬華(まりか)の息子です。司会進行を担当させていただきます。
姫君:司会は、『俺の足には鰓(エラ)がある』の本編の中では生まれてないよね。
司会:その通り、だから名前が決まってない。というか、本編では主人公とヒロインは結ばれてすらいません。だから、架空対談なのです。
姫君:了解。では、自己紹介をするよ。
『海賊船ガルフストリーム:平成7年6月25日(1995) なつみどり 富士見ファンタジア文庫』の主人公ヴォルスング一族の娘シグルーンとゼーラントのヘリアン王の間に生まれた娘です。
 本編では父と母は両想いであることが判明して結ばれる運びになりますが、私はまだ生まれていません。だから、名前がありません。王の娘だから王女です。
黒猫:吾輩は黒猫である。『吾輩は猫である』のネコの孫で妖怪化しておる。「名前はまだ無い」ままである。歴史資料を担当する。
 ところで、司会の作者、富永浩史氏のデビュー作『死天使は夏至に踊る』には解説がついておらなかったが、なぜじゃ?
司会:解説をすると、どうしてもネタバレになるから、デビュー作の解説は『俺の足には鰓がある』に載ったのだけれど、……
 まったく売れなかったのだァァァァ!
黒猫:気の毒に。
 『俺の足には鰓がある』は、時代を超えて読み継がれるべき隠れた名作の代表でありながら、発掘と再評価すら期待できないでいる。
 まことに不憫じゃのう。
司会:では、気を取り直して。本日の主題である『日本で最初のラノベは何か』、ですが、ご意見はございますか?
 『ラノベ大全』では、《クラッシャージョウ》から始まった、とされていますが。
姫君:『ラノベ大全』では「いろいろな意見があるようだが、」とも述べているよね。おもな意見を取り上げて、検討してから結論を出すべきだと思うのだけれど、いきなり結論を押し付けてきているよね。
黒猫:賛成じゃ。
『ライトノベル完全読本(2004)』(以下、『完全読本』)で大森望氏は、ラノベのパイオニアは平井和正『超革命的中学生集団』ではないかという説をとなえておるな。
 また、平井和正氏は『超革命的中学生集団』『ウルフガイ』をはじめとして、ラノベの源流を作ったと言われていることから、『完全読本』の出版にあたって緊急インタビューを受けておる。
 その後、鏡明氏は日本最初のラノベを『超革命的中学生集団』と結論しておるようだのお。
姫君:でも、ラノベ大全では『超革命的中学生集団』についてはまったく触れられてないわね。
司会:そうなのだよね。
 ええと、日本で最初のラノベについて討論する前に、ラノベとは何かを検討しておくね。
姫君:お互いに別のものを念頭に置いていたら議論にならないものね。
司会:ありがとう。
 広辞苑(第七版)では、ラノベとは小説の分類のひとつで、表紙・挿絵にイラストを多用し、アニメ・漫画に親しんだ世代が読みやすいようにしたもの。ジャンルは恋愛・SF・ファンタジーなど多岐にわたる、と解説されているね。
 主に中高生を対象として、ヤングアダルト、ジュベナイルの後継者として1970年代に誕生している、という認識でいいのかな。
黒猫:そのとおりじゃな。
 ラノベは日本の義務教育を終了していれば誰でも楽に読める。つまり読者は全ての日本人が対象となる。このため広大な読者層を獲得したのじゃよ。
 ラノベ大全では、「アニメや漫画のイラストを積極的に採用し、キャラクター性と物語性を深く追求した小説」として捉えているようじゃな。
姫君:「キャラクター性と物語性を深く追求した小説」って、分かりにくいわね。
司会:「キャラが立っているエンターテイメント小説」と言い換えて良いと思うよ。
姫君:……、それよりも「ライト:軽く明るい小説」と捉えた方が良くない?
司会:三省堂国語辞典によると、エンターテイメント小説とは、「物語の面白さを追求した娯楽性の高い小説」、だそうだね。
姫君:『ライト』についてはスルーされたか……
 そうすると、「ラノベとは、中高生を主要な対象として、アニメや漫画のイラストを積極的に採用した、読みやすく面白い小説」じゃあないの?
司会:この座談会では、とりあえずラノベをそう定義して話を進めることにするよ。
黒猫:ラノベの歴史的な位置付けをいたそう。それが吾輩の役目であるからのう。
 ニ十世紀の前半には日本人の死亡原因の第一位は結核であった。ニ十歳代に感染のピークがあり、治療法がなかった。
 また、戦前の日本には徴兵制度があった。体格が良く体力のある若者は徴兵されて戦死する可能性が高かった。
 すべての若者にとって、輝かしい日常は、突然に永久に失われる可能性があった。当時の若者たちは、それをひしひしと感じながら生きていたのである。
司会:おお、壮大な歴史論議が始まったぞ。
黒猫:たとえば正岡子規のペンネームは、鳴いて血を吐くホトトギス、自分はまもなく結核のために喀血して死ぬ定めにある。そのことを深く自覚したペンネームなのじゃ。
 かつて、感性の研ぎ澄まされた若者たちは、輝かしくかけがえのない日常を描いた。作品は、明日をも知れない人生を歩む多くの若者たちに強い共感をもって迎えられたのじゃ。
 私小説とは、私自身に即して、その生活や経験で世界観をありのままに書き、自身が到達した心境を吐露する小説で、日本独自の発達を遂げて、大正期に確立したのじゃよ。
 しかし、戦後日本では平和憲法が制定されて徴兵制が無くなった。抗結核剤や抗生物質が開発されて、若くして命を落とすことがあたりまえではなくなった。
 二十世紀後半には、若者の日常は八十歳まで何事もなくだらだらと続くことが常識となった。これにともなって「かけがえのない日常」を描いた私小説や純文学はその魅力を失なったのじゃ。
 ヤングアダルトやジュベナイルなどの十代の読者は、社会人になるとこの分野から卒業して、『高尚な文学』や『大衆文学』の読者になっていった。
 しかし、ラノベ読者は社会人になってもラノベの読者であり続けた。『高尚な文学』の読者になることはなかった。だから、『高尚な文学』の読者は減り続けた。
 朝日新聞の論壇にも載ったけれど、純文学や私小説などのいわゆる『高尚な文学』は、ニ十世紀末には完全に絶滅危惧種になっていたのじゃよ。
 だから、それまで文学賞は格式を重んじていたけれど、読者たちから顧みられなくなったことを受けて、『売れること』という項目を受賞の条件に加えざるを得なくなったのじゃ。
 このあたりの事情を少し詳しく説明しよう。
 小説は、とりわけ十八世紀以降の西欧で発達しておる。英国の社会には階級が存在しておったのじゃ。
 上流階級、知識階級を対象とした作品を読むにはシェイクスピアやマザーグース、ギリシャの古典などの知識が必要であった。
 小説の読者には教養が求められたのじゃ。労働階級の読者を差別化する仕掛けがほどこされていたわけなのじゃよ。
 これをうけて日本でも欧米の古典や漢詩などの教養が必要な『高尚な文学作品』が作られ、もてはやされたのじゃ。
 読者の教養によって作品の解釈や光景が変化する創作物は、冴えわたる意識を保ちながら安静を強いられ、たっぷりと時間だけはある若者たちを中心に根強い需要があったのじゃ。
 『高尚な文学』の読者は『教養のある大人』に限定されておったのじゃよ。
 このような歴史的な背景の中で、ラノベは、中高生の知識があれば作品の内容を容易に理解できて読みやすい。肌が過度に露出された女の子のイラストが多用されており、高尚でない。ひらたく言えば低俗だと、内容も読まずに判断されていたのじゃ。
 また作品数がやたらと多かった。作品は一ヶ月で完売してしまい、ごく少数の作品を除いてその後は手に入りにくい、といった特徴があった。
 時代を越えて読み継がれ、難解で読者を選ぶ『高尚な文学』とは正反対であったのじゃ。
 このため、どれほど売れようと、読書世論調査の上位を独占しようが、それはマンガやアニメやゲーム関連書が売れるのと同じ種類の、文芸出版とは別世界の出来事と見なされていたのじゃ。
 また、ラノベ読者は中高生が主体で、少ない小遣いの中から次々と出版される作品を購入していた。中高生は文庫本の値段でなければ買えなかった。だから、ラノベの売れっ子を連れてきて四六判で書かせても、ラノベ読者は付いてこなかった。
 レーベル依存性がきわめて高かったのじゃ。
 このためラノベは、四六判単行本を中心とする一般向けのエンターテイメントの業界からは、ほとんど無視されてきたのじゃ。
 『このライトノベルがすごい! 2005』(以下、『このラノ!』)では、文庫以外の作品を”ボーダーズ”としている。たとえば『戯言』シリーズなどが挙げられている。
 中高生が読者の大部分を占めていたニ十世紀中は、文庫でなければラノベではなかったのじゃよ。
 出版する側からすると、発売されて一ヶ月しか購入しない中高生読者たちの動向は短期間で把握できた。
 しかし、社会人読者は出版されてから半年以上して、作品の評価が定まってから購入することが多かった。購入時期が数年にわたるため、長期間その存在そのものが出版社に気付かれていなかった。出版社が社会人読者を認識したのは二十一世紀になってからだと思うぞ。
 『このラノ! 2026』でも、10代のランキングでは上位25位中21作品が文庫じゃ。これに対して40代以上の上位10作品のうち文庫は2作品にすぎぬ。
 いまでも中高生はほぼ文庫だけを購入し、社会人読者は文庫にこだわってはおらぬのじゃよ。
 さて、日本で最初のラノベについて述べよう。
 平井和正氏は『完全読本(2004)』の緊急インタビューで、「『超革命的中学生集団』『ウルフガイ』をはじめとして、ライトノベルの源流を作ったと言われますが」、と話題をふられても、『超革命的中学生集団』についてはまったく発言しておらぬ。
 自分の作品を『文芸出版物ではないラノベ』と分類されるのが心底腹立たしかったようじゃな。
司会:作者の好悪とは関係なく、最初のラノベが何かを討論しようよ。
 『ウルフガイ』シリーズはどうなの?
姫君:『狼男だよ』は、主人公の軽妙な語り口がラノベ的といえると思うわ。でも、主人公がおっさんだし、表紙や挿絵は油絵を思わせる重厚なタッチだから、「中高生を主要な対象とした」、「アニメや漫画のイラストを積極的に採用した」、という部分が当てはまらないわ。「読みやすく面白い小説」ではあるけどね。
 ウルフガイシリーズは主人公が大人のアダルトウルフガイと少年ウルフガイの二つの系統があるわね。少年ウルフガイは最初から重くて暗いからライトノベルではないわ。
 アダルトウルフガイも話が進むにつれてストーリーが「隠隠滅滅な狼男」になってゆくわ。
 どちらもラノベとは言えないと思うわよ。
司会:『クラッシャージョウ』は?
姫君:ラノベだけれど、1977年発行のようだから、最初のラノベと認定するには、その前に出版されたラノベが無い事を確認しないといけないわね。
司会:では、『超革命的中学生集団』はどうなのかな?
姫君:あとがきによると、『超革命的中学生集団』は、最初は学習雑誌に連載されて単行本になった、と書かれている。たぶん、それが朝日ソノラマ社からの発行だと思うわ。その後に文庫になったそうね。たぶんそれが『超革命的中学生集団 早川書房 著者 平井和正 カバー 永井 豪 昭和49年6月30日(1974)発行』なのだと思うわ。
司会:学習雑誌や朝日ソノラマ社版は手に入らなかったの?
姫君:残念ながら……
 十年一昔と言うけれど、『このラノ 2005』で早川書房の編集部は、「’95 年にそれまでの体制を改めて、(中略)、若手作家によるSFのパッケージや売り方にライトノベル風エッセンスをちりばめている」と述べているのよ!
 1995年になってからライトノベル風を心がけだした、ということよね。
 ハヤカワ文庫JAで『星界の紋章Ⅰ 森岡浩之』が発行されたのが1996年4月15日なの。ガチガチのハードSFではあるけれど、表紙はアニメ風、ボーイ・ミーツ・ガールの物語で、ヒロインはツンデレなの。たぶんこの作品などを念頭においた発言なのでしょうね。
黒猫:早川書房は、『ファイアーボール 1989年10月31日 浅香晶 カバー/口絵/挿絵 海明寺裕 ハヤカワ文庫』や『スペースプロダクション スーパー・ノヴァ シリーズ 1990年4月15日~1992年9月30日 浅香晶 カバー/口絵/挿絵 柴田昌弘 ハヤカワ文庫→ハヤカワ文庫 ハィ!ブックス』など、歴史に残すべきライトノベルをいくつも発行しておるな。
姫君:要するに、2004年頃の早川書房の編集部には、実は1970年代からライトノベルを発行していた、という認識がまったくないのよ。
司会:ちょっと待って。それは『超革命的中学生集団 早川書房』がライトノベルだと断定した上での発言だよね。
 それなら、まず『超革命的中学生集団』がラノベかどうかを確認してから議論を進めようよ。
姫君:いいわよ。
 「ラノベとは、中高生を主要な対象としており、アニメや漫画のイラストを積極的に採用した、読みやすくキャラの立った面白い小説で、ニ十世紀中は原則として文庫である」ということでいいわね。
司会・黒猫:同意。
姫君:『超革命的中学生集団』は、最初は学習雑誌に連載された。だから中高生を主な対象にしていた。これは間違いないわよね。
司会:そうだね。
黒猫:そうじゃな。
姫君:表紙・イラストはハレンチ学園の永井豪が担当している。漫画風のイラストが積極的に採用されて肌の露出が多めの女の子が描かれている。
司会:表紙やイラストを漫画家が担当してるから漫画そのものだよね。肌の露出が多め……かなり過剰だというのは、ずいぶん控え目な表現だけれど。まあ良いか。
姫君:登場人物は『一の日会』の参加者だから実在の人間たち。とうぜんキャラは立ちまくっている。
黒猫:もともと平井和正氏の作品は、キャラがしっかりと立っていることで定評がある。
司会:エンターテイメント小説としてはどうなの?
姫君:実在の『一の日会』のメンバーが中学生になって、突然に超能力を得て大暴れ……、活躍する物語なのよ。学園、超能力、ドタバタ、コメディに分類される、とっても面白いラノベよ。
黒猫:この時期の平井和正氏は、読みやすさを心がけて作品を書いておった。何カ月もかけて真摯に執筆した作品であるからこそ、読者は文庫一冊を二時間ほどで負担なくすらすら読めておったぞ。
司会:それなら、『超革命的中学生集団』は、軽くて明るいライトノベルそのものと断言していいよね。

 ド~ン!

司会:え、……?
姫様:これは……、家鳴りじゃないの?
 まるでこの建物が、何か大事件がおこると警告しているみたいね。

 ド~ン!  ドドド~ン!

黒猫: ……何だ、この異様な気配は。

姫君:まずいわ。なにか、とびきり邪悪な存在が降臨しようとしているわよ。
司会:気温が急激に低下しているぞ。何者かが周囲の自然エネルギーを吸収して実体化しようとしている。
黒猫:アニマ、大自然の精霊が何者かと融合しようとしておるぞ。はるか彼方から訪れた恐ろしく古き存在が顕現しようとしておるようじゃな。

 轟音と共に天井が引きはがされてゆく。

黒猫:ばかな。鉄骨コンクリートの建物だぞ。
 ありえぬ。

 天井にたゆたう深い闇の中から深い恨みをたたえた声が響いた。

「我が作品をライトノベルにすぎぬと言うのか!」
司会:これは、ひょっとして怨霊化した平井和正先生なのかな?
黒猫:ありえる!
 『完全読本2004』の緊急インタビューで平井和正氏は、「ライトノベルという言葉を最初に聞いたときには頭にきた。私がデビューした当時の、純文学と大衆文学の間に天と地の差があった時代のことを思い出したからです」、と述べていたな。
 かつては読者が『教養のある大人』に限定されていた『高尚な文学』と大衆文学との間には著しい格差が存在していたのじゃ。
 SFは『下賤な』大衆文学よりもさらに劣っているとされていた。このためSF作家たちは、『士農工商イヌ……SF』と、文壇での評価を自嘲的に語っておった歴史があるのじゃよ。
 平井氏の御認識ではラノベは、「文芸出版とは別世界の出来事」のようじゃな。
司会:なるほど。それで荒ぶる神になってしまわれたのか。
姫君:平井和正大明神よ、鎮まりたまえ!
司会:平井大明神よ、鎮まりたまえ!
黒猫:大明神よ、鎮まりたまえ!
 狼男シリーズの主人公、犬神明は大明神のアナグラムであるからして、この祝詞には効果があるじゃろうよ。
姫君:余計な事を言ってないで、平井大明神様の怒りを鎮めなさいよ。
司会:恐れながら申し上げます。
 ニ十世紀の末期になって『高尚な文学』は凋落いたしました。大衆文学にすり寄ってかろうじて命脈を保つにいたっております。いまやライトノベルこそが日本が世界に誇り、世界が認める文芸出版となっております。
黒猫:いまや日本の漫画やアニメは世界を席巻しておりますが、それは優れたストーリーと高い芸術性に支えられているからでございますぞ。
 たとえば、『とんがり帽子のアトリエ 白浜鴎』の芸術性は、1970年代にその役目を終えた前衛芸術の大部分を歴史のかなたに葬り去るにたる水準に達しておりまする。
司会:前衛芸術って、なに?
姫君:それまでの芸術を完全に否定して、新たな芸術を生み出そうとした芸術群の名称よ。本命の芸術が現われる前に、本命の出現を容易にするための仮初めの芸術……でいいかしら。
 軍隊などで本隊の前に出て戦う前衛の部隊になぞらえた名称ね。アバンギャルドとも呼ばれていたわ。シュールレアリズムやダダイズムなどがあったわね。1970年にはすべて滅びてるけれどね。
司会:では、『とんがり帽子のアトリエ』が本命の芸術作品だということなのかな?
姫君:ええ。世界に誇れる本格的で本命の芸術作品だと断言していいと思うわ。
司会:漫画なのに?
姫君:漫画でも、よ!
 手に取ってみなさい。間違いなく日本が世界に誇れる芸術作品だから。
 たぶん作者もそれを意識してると思う。王冠草を手に入れる場所の名前が『ダダ山脈』の頂上なのは偶然ではないと思うわよ。
司会:では、ラノベは?
黒猫:吾輩が奏上いたそう。
 平井和正大明神の御前に伏して申し上げ奉りまする。
 戦争ですべてを失った戦後の日本では、豊かで、誰も飢えることの無い、病気で若死にせずにすむ社会が希求されておりました。
 「二十四時間戦えますか」の高度成長期とその後のバブル崩壊で日本の職場環境はブラックそのものでございました。
 かつては限界を越えて給料以上に働くことが当然とされていたのでございます。
 このため過労死が後を絶ちませんでした。
 疲れ切って無明の闇へと堕ちて逝く意識をかろうじて食い止め支えてくれたのが、軽くて明るいラノベの作品群だったのでございます。
 ラノベによって職場をおおう暗黒から逃れ、なんとか命脈を保つことができた社会人読者は、けして少なくなかったのでございます。
 ライトノベルのライトは、軽く、負担なく読めるというだけではございませぬ。
 当時の社会人にとって、闇を照らし、生きる希望をもたらす、生命にかかわるほど重要な存在であったのでございます。
姫君:『ライト』のフォロー、ありがとう。
 何より、ラノベは同時代の『高尚な文学』よりもずっと面白かったわよね。
 『封仙娘娘追宝録』を書いたろくごまるに先生のデビュー作『食(くう)前絶後』の超味魔道継承者のアイデアは抱腹絶倒だし、『破壊の宴』に登場する王女の生い立ちとキャラ造型は鮮烈としか言いようがないわよね。
司会:ニ十世紀に誕生したラノベは面白く、しかも文芸として優れておりました。
 『高尚な文学』は、平井大明神が創作したラノベの前に敗れ去ったのです。
黒猫:富士見ファンタジー文庫の作品は粒ぞろいでございました。どの作品も、買ってよかった、読んでよかった、と思わせる出来でございました。
姫君:投稿時に解説で指摘されていた欠点は、出版時にはすべて改善されていたものね。
黒猫:そのかわり、投稿から出版まで二年半かかったりするのが珍しくなかった。それから、一作で力つきる作家がやたらと多かったのお。
司会:文芸作品には、面白いか、つまらないかしかない。ライトノベルには面白い作品が目白押しだった。だから、すべての年齢へと読者が広がっていった。
姫君:平井和正大明神にとって、『超革命的中学生集団』は、読者の希望に応えた手遊びの作品だったかもしれません。登場人物が「一の日会」のメンバーだから、ファンを巻き込んだ、ただのお祭りのつもりだったのかもしれません。
 でも、日本、いや世界の文芸を牽引する作品群の第一作を仕上げていたのでございます。
 なんと素晴らしいことでございましょうか。
黒猫:ライトノベルは、人類を救う!
姫君:ライトノベルは世界を救う!
司会:ライトノベルは未来を開く!
司会・姫君・黒猫:そんなライトノベルを創作した平井和正大明神様、ラノベの健全な発展を守護し、穏やかに御見守り下さい!

 パン、パン。
 拝礼、もう一回拝礼。
 パン、パン。

姫君:なんとかなったかしら。
司会:平井大明神がラノベの守護神になってくださると心強いよね。
黒猫:……
司会:たとえ平井和正大明神様が嫌悪なさっていても、『超革命的中学生集団』が日本で最初のラノベであるという歴史的事実をねじ曲げてはならないと思うよ。
 誕生から半世紀を経て、ラノベは世界に誇る日本の文化になっているからね。
 最初のラノベが何なのかをキチンと検証して記録すべきことの大切さを確認したうえで、今回の対談を終了したいと思います。
 皆様、ご苦労様でした。
姫君、黒猫:ご苦労様でした。
朱鷺(とき)

2026年05月01日 18時16分59秒 公開
■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:
日本で最初のライトノベルは、『超革命的中学生集団 朝日ソノラマ社 発行 著者 平井和正 カバー 永井 豪』だ!
◆作者コメント:
 日本でライトノベルが誕生してからおよそ半世紀が経過しました。この節目の時期に、数多くの傑作が誕生しながらも次第に忘れ去られていく避けられない宿命に対して、歴史的な全体像を把握することや時代を超えて読み継がれるべき『隠れた名作』の発掘と再評価を目指して、ライトノベル大全が出版されました。
 本作では、この目標に賛同し、微力ながら情報提供を意図して架空対談を試みています。

2026年05月20日 20時28分17秒
作者レス
2026年05月16日 23時49分56秒
+30点
Re: 2026年05月20日 20時31分22秒
2026年05月15日 22時23分34秒
+10点
Re: 2026年05月20日 20時30分46秒
2026年05月08日 23時56分54秒
+10点
Re: 2026年05月20日 20時30分13秒
2026年05月08日 18時09分44秒
0点
Re: 2026年05月20日 20時29分37秒
2026年05月07日 17時25分08秒
+10点
Re: 2026年05月20日 20時29分01秒
合計 5人 60点

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