| あなたを幸せにする家計ガチャ! |
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| 横沢富郎は高校の帰りに、近所の電柱に貼り紙があるのに気づいた。 夕暮れ時で、人通りがあまりない時間帯だった。 あなたを幸せにする家計ガチャ! あなたの運次第で億万長者に☆ 富郎は苦笑した。 「怪しすぎる。こんなの詐欺に決まっている。誰が引っかかるもんか。貼り紙を貼った奴、今年の暑さにヤラレタのか?」 「そんな事はありませんよ! 私、ちゃあんと契約書を作れます!」 後ろから舌足らずな少女の声がした。 振り向けば白いワンピースを着た少女がいた。腰まで伸びた茶髪をなびかせている。成長途中の上半身の膨らみと、あどけない瞳は幼さを強調している。 「私はエンジェル! 気軽にエンちゃんと呼んでくださいね」 エンジェルと名乗る少女は、ウィンクをして両頬のそばでピースをした。 富郎は口元を引くつかせてドン引きしていた。 「……恥ずかしげもなく、よく名乗れるな」 「本名なので、仕方ないのです!」 エンジェルは唇を尖らせた。 「あなたを幸せにするために参上したのにガッカリです」 「勝手にガッカリされても、余計なお世話としか思えない」 率直な意見を言う富郎を、エンジェルはまじまじと見つめる。 「本当にそうですか? 地獄の沙汰も金次第ですよ? 欲しいと思った日は無いのですか?」 「それは……あるけど」 エンジェルに気おされるように、富郎はしどろもどろになる。 「金があればもっといい生活ができると思う」 富郎の家庭は、サラリーマンの父親とパートタイマーの母親が支えている。時々お小遣いをくれるが、不満が全くないわけではない。友達がお食事に誘ってくれても、割り勘が苦痛になるのが嫌だった。新しい服は滅多に買えないし、流行りのゲームに課金ができない。 両親に感謝するべきなのは分かっているが、もっとお金が欲しいと常々感じている。 富郎はスマホを確認する。ネットバンクを利用していて、貯金をすぐに確認できる。 一万三千円ほどの貯金額を見て溜め息が出る。長い間コツコツ溜めた割には少ない。 エンジェルが狙いすましたかのように口を開く。 「お金は欲しいですよね?」 「……欲しいけど、手段がない。高校はバイト禁止だし」 富郎が苦々しい口調で現況を吐露すると、エンジェルは満面の笑みを浮かべて両手を広げた。 「そんな時こそ家計ガチャですよ! 貼り紙のQRコードを読み込めば誰でも利用できますよ!」 富郎は思わず電柱を見つめる。 そこには、相変わらず怪しげな貼り紙がある。 あなたを幸せにする家計ガチャ! あなたの運次第で億万長者に☆ 富郎は生唾を呑み込んだ。 億万長者までいかなくとも、友達と普通に割り勘するだけのお金はほしい。 富郎の身体は、引き寄せられるように貼り紙に近づいた。 震える手でカメラアプリを起動する。QRコードを読み込むと、注意書きに行きついた。 ・ようこそ☆あなたを幸せにする家計ガチャへ! ・家計ガチャは一日一回無料で引く事ができます。運が良ければ五億円が当たります! ・千円を課金する毎に家計ガチャを引く回数を増やす事ができます。 注意書きの下に『家計ガチャを引く』というボタンがある。 富郎の心臓が高鳴る。 「五億円だと!? そんなのが当たったら何に使えばいいんだ!?」 「何でも良いのですよ。世界旅行をしたり、好きな人に豪華なプレゼントをしたり、夢を叶えるために使ってください。貯金をしても良いのですよ」 エンジェルが優しく語りかける。 「お金さえあれば、あなたは人生の勝利者になれるのです。もちろん、すぐには当たらないかもしれませんが一世一代の大勝負に挑んでも良いと思いますよ」 「人生の勝利者……」 富郎は思わず笑った。笑いが止まらなくなった。 「ガチャごときで人生の勝利者になれるのか?」 「疑うのなら試さなくて結構です。別の人が人生の勝利者になるだけですから」 「引いてみるか」 富郎は『家計ガチャを引く』ボタンをタップした。 エンジェルの話を全面的に信じたわけではない。 しかし、家計ガチャは一回なら無料。リスクはない。 「どうせゲームの延長戦だろうけど」 友達がスマホゲームをやる時に、ガチャの画面が凝っていて面白いからと見せてもらえた事がある。繊細で美しいビジュアルに驚いたものだ。 家計ガチャはどの程度の画面なのか。 富郎の胸の内は躍る。エンジェルも画面を覗き込む。 金色に輝く渦巻きが画面いっぱいに出現する。 その真ん中に四角い黒い影がある。 黒い影はどんどん近づいて、画面に占める割合が増える。 横いっぱいになった時に、数字が表示された。 +10,000円 「おめでとうございます! 財産が増えましたよ!」 エンジェルが拍手した。 富郎は苦笑した。 「こんな事で貯金が増えるわけがない。面白かったけど」 「いえいえ、ちゃんと銀行に振り込まれているはずです。確認してください!」 エンジェルが両手をブンブン振る。 富郎は頭をかきながらネットバンクを確認する。 一万三千円ほどだった預金額が、二万三千円に増えていた。 「本当か!?」 富郎は両目を丸くした。 嬉しいというより、信じられないという気持ちが強かった。 「どうしてお金が増えたんだ!?」 「家計ガチャで当てたからですよ」 エンジェルが微笑む。 「家計ガチャは人々を幸せにするためのガチャです。どんどん使ってくださいね」 「あ、ああ」 富郎は曖昧に頷いた。 エンジェルはヒラリと踵を返す。白いワンピースの裾がフワッと舞い上がった。 「家計ガチャの紹介がすんだら、私の出番は終わりです。あなたが幸せになれますように!」 エンジェルは楽しげな鼻歌を口ずさみながら歩き去る。 富郎はしばらく呆然とした。思考がうまく働かない。 暑さのせいで汗だらけになる。辺りは蝉の鳴き声がガンガンに響く。 自転車が通りかかり、どけと言わんばかりに、けたたましくベルを鳴らされた所で思考が回復する。 改めてネットバンクの画面を確認する。間違いなく預金額が増えている。 「こんな事で一万円も手に入ったのか?」 確かめたい。 居ても立っても居られなくなり、走り出す。 走った先には小さな銀行がある。目的はATMだ。 息せき切ってATMで操作をして、一万円を引き出した。残高は一万三千円になった。 「本当にガチャで当てた分が振り込まれている……これが家計ガチャの威力か」 不意に笑いがこみ上げる。幸い、近くに人はいない。 家計ガチャを引くのは、一日一回なら無料だという。千円課金すれば引ける回数が増えるらしいが、明日を待てばいいだけだろう。 少しずつ貯金が増える。 そう考えると胸の高まりが止まらない。 「貯金が増えたら、惨めな生活とお別れだ!」 割り勘にためらいが無くなるどころか、奢れるようになるだろう。新しい服を我慢しなくていいし、流行りのゲームに課金できる。 夢と妄想が膨らみ、富郎の脳内ははちきれそうだった。 上機嫌のまま家に帰ると、相変わらずコンビニ弁当が用意されていた。 富郎の家は共働きで、両親と会話する機会はあまりない。しかし、生活に必要な最低限のものは用意してくれる。 両親の愛情は確かなものだ。 一人でコンビニ弁当を食べながら溜め息を吐く。 「……父さんも母さんも、楽になってほしい。できれば家族団らんをやりたいな」 ささやかな願い事を口にすると、余計に寂しくなる。今までなら諦めただけだろう。 しかし今は、手を伸ばせば届くかもしれない。 そんな期待がこみ上げてしまう。 「五億円が当たれば、きっと余裕が生まれる……」 そう呟いて、富郎はコンビニ弁当を黙々と食べた。片づけたら風呂に入って寝るだけだ。 引き出した一万円を机の引き出しにしまい、布団を被る。 「明日も家計ガチャを引こう」 いつものように授業が始まり、何事もなく放課後になる。 部活動に励む生徒も、寄り道をしてから帰る生徒も、活き活きとしている。みんなキラキラした青春を送っている。 そんな中で富郎は一人で帰路を辿っていた。 気だるい暑さは続くが、赤とんぼが飛び交う季節となった。通学路を彩るイチョウが黄色味を帯びる。 季節の移ろいを観察するのは楽しい。 しかし、寂しい気持ちがあるのは否めない。話し相手がいると、もっと楽しい時間を過ごせるだろう。 「もっと金があればいいのに……」 呟きがこぼれる。 せっかく友達と遊びに行っても、割り勘をする時に苦い表情をしてしまう。それを察した友達は、金の掛からない遊びに絞ったり、友達から奢る事を提案してくれるが、その気遣いが心苦しかった。 学校にいる間は普通に話しかけてくれるが、いつしか遊びに誘われなくなった。 富郎はスマホを見つめる。 そこには、今朝引いた家計ガチャの結果が表示されている。 +2,000円 ネットバンクを確認しても、二千円しか増えなかった。 「昨日の一万円が奇跡だったんだな」 富郎は溜め息を吐いた。 しかし、少しずつ財産が増えているのは間違いない。千円を課金すれば家計ガチャを引けるが、勿体ない。 「欲をかかない方がいいな。贅沢は敵だというし」 富郎はスマホをしまってトボトボと歩く。 家に帰ると、父親がいた。やつれた表情をした壮年の男だ。最近になって白髪がまた増えた。 「おかえり、学校は楽しいか?」 いつもの会話が始まる。 富郎は笑顔を浮かべて頷いた。 「楽しいよ。今日も健太は元気だった」 「それは良かった! いい友達だから、大事にしろよ」 健太とは富郎のクラスメイトだ。明るい性格で、みんなに好かれている。がたいがよく、輝く笑顔と日焼けした肌が印象的だ。 富郎にとって心が許せる友人の一人だ。 「大切にするよ」 富郎の返答に、父親は満足そうに頷いた。 そんな時に着信音が鳴る。 父親のものだ。青ざめた表情で電話に出る。 名乗った後でペコペコと何度も頭を下げている。 「はい、はい。その節は誠に申し訳ございませんでした。今後は改善いたしますので……はい、はい」 お得先からのクレームを受けているのだろう。 父親はいわゆる中間管理職だ。上からは押さえつけられ、下からは突き上げられる。父親の手柄は上に取られ、失敗は押し付けられる。 富郎は中学生だった頃に、そんな仕事をどうして続けるのかと尋ねた事があった。悪い事をしていないのに怒られるのは理不尽で、やめてほしいと思った事があった。泣きじゃくる富郎の頭を優しく撫でながら、父親はこう答えた。 おまえたちの生活のためだ。 富郎は本格的に泣いた。高校に通わせてもらえるのも、両親のおかげだ。バイトをして少しでも家計を助けたいと思ったが、学業を優先しなさいと許可が降りなかった。 肝心の学業は中の上くらいだ。進学校に通っているため上々の成績という事であるが、漠然とした不安は拭えない。 父親が電話口で謝るのを聞きながら、富郎は黙って夕飯の支度をする。お箸やお惣菜を並べる程度であるが、父親はありがたいと言ってくれる。 父親が電話を切る。溜め息をこぼしながら、富郎に微笑み掛ける。 「先に食べても良かったのに」 「待つ事くらいできるよ。もう子供じゃないんだから」 「いやいや、まだまだ子供だ。選挙権があったって、学ぶべき事は多いぞ」 目の下に隈を溜めた父親が笑うのを、富郎は乾いた笑いで返すしかなかった。 翌日も寝起きに家計ガチャを引いた。 +100,000円 富郎は瞬きをした。 「見間違えだよな」 両目をこすって、もう一度スマホ画面を見る。間違いなく十万円と表示されていた。ネットバンクにも十万円が振り込まれていると表示された。 「嘘だろ……?」 スマホを持つ手が震える。同時に、笑いがこみ上げる。 「金はこんなに簡単に手に入るものなのか!?」 エンジェルの話を思い出す。 家計ガチャは人を幸せにするためのガチャです、と。 注意書きには、運が良ければ五億円が当たりますと書かれている。 「五億円……」 富郎の額に汗がにじむ。胸が急激に高鳴る。 今まで我慢してきたものだけでなく、何でも手に入る気がしてきた。夢のような贅沢だって思いのままだろう。 富郎は深呼吸をした。 今すぐに千円を課金して家計ガチャを引きたい気分だが、考え直した。 「健太に奢るくらいなら充分な額だし、五億円は毎日引いていればいつか当たるだろう」 富郎はそう呟いて、胸の高鳴りを落ち着かせた。 両親には内緒にしておくつもりだ。家計ガチャの金額は高低差がある。贅沢をさせられると豪語して二千円しか儲からなかったらガッカリされるだろう。 いつか五億円を当てて、その日に言おう。 「いいサプライズになるな」 富郎は可能な限り普段通りの表情をして、居間へ朝食を食べに行く。 父親は既に仕事に出発し、母親がせかせかと弁当を作っていた。 「あら富郎、おはよう」 化粧を終えた美しい顔で微笑みを浮かべてくれるが、目の下の隈は隠せていない。心労が絶えないのだろう。 富郎は、母親の苦労を分かっていないフリをして、おはよう! と元気よく返事をした。 母親は安心したように頷いた。 「支度ができたら出発してね。鍵もお願い」 母親は荷物を持って、足早に去っていった。 今日も一人で食事である。 そんな富郎にも楽しみがある。 高校へ行って友達と適当に喋る事だ。会話をしている間の金銭は関係ない。大した話をしていないから気楽になれる。 話題の中心は、だいたい健太だ。日焼けした大柄な身体でリアクションを交えつつ話をする。 「母ちゃんったら酷いんだ! エロ本を買って帰ったら今すぐ捨てなさいって。俺はもう十八歳なのに!」 「仕方ないだろ、夏休み前の試験はギリギリだったんだから」 富郎が笑いながらたしなめると、健太は腕を組んでぶーたれた。 「合格になったからいいだろ。先生を泣き落とした功績だ」 「成績はアウトだったのか」 「泣き落としのスキルを獲得したからいいんだ!」 健太が親指を立てると、周囲が笑う。富郎も笑っていた。 健太にはいつも楽しませてもらっている。以前遊びに行った時も、一番気を遣ってくれた。何かお礼をしたいと思った。 「そういえば健太、欲しいものはあるか?」 「誕生日プレゼントは早いだろ」 富郎が尋ねると即座に返事が来た。 「スイッチがあるといいけど、なかなか手に入らないんだよなぁ」 「なんで手に入らないんだ?」 「高いんだ! 母ちゃんも買うな勉強しろと言っているし」 周囲の生徒たちが笑う。 そんな中で、富郎は確信したように頷いた。 「俺が買うなら問題ないよな」 「そりゃ嬉しいけど、なんか悪いから」 健太は視線をそらす。 富郎の家が決して裕福でない事を知っているからだ。 しかし、富郎は不敵に笑う。 「安心して欲しい。臨時収入があるから」 「本当か!? ついに怪しいバイトに手を出したのか!」 「違う! ちゃんとした収入だ!」 富郎が否定すると、健太は大笑いをした。 「そうか、ついに大人の階段を昇ったな! ありがとう、今は気持ちだけ受け取っておく。無理しないでくれよ」 「無理にならないから待っていろ」 休み時間の終了を告げるチャイムが鳴った。 それぞれが席に戻り、気怠い授業が始まる。先生の口調から抑揚はなく、やる気も感じられない。多くの生徒が机に突っ伏して寝てしまう。 しかし、富郎は両目をしっかりと開いていた。授業の内容は、教科書を読めば把握できる範囲だったため身を入れて聞いていない。健太の喜ぶ顔が見たいと考えていた。 必ずスイッチを手に入れる。 そう心に誓いながら、家計ガチャの画面を見ていた。 スイッチはその日のうちに買った。ATMでお金を降ろしてプレゼント用の箱に入れてもらった。富郎にしては高い買い物だったが満足だった。 「明日に健太に渡そう」 きっと喜ぶだろう。今から楽しみである。 日付をまたげば家計ガチャを無料で引けるようになる。富郎は布団の中で眠らず、日にちが変わるのを待った。 時間は長く感じられたが、お金が増えると思うと待つ価値があると思った。 そして、その時は来た。 家計ガチャを引く。 -500,000,000円 「五億円!?」 富郎は思わず飛び起きた。急いでネットバンクを確認する。 しかし、そこには五億円が振り込まれた跡はない。それどころか残高が無くなっている。 「どういう事だ?」 富郎は家計ガチャの画面をまじまじと見つめる。五億円という表記の前にある記号が気になる。 「まさか、これ……」 冷や汗が止まらなくなる。 「マイナスという意味じゃないよな……?」 五億円がマイナスになるなど、考えもつかない。 ガチャッと玄関が開けられる音がする。続いて、ドタンと誰かが倒れる音。 富郎は急いで玄関に駆け付けた。 そこには倒れている父親がいた。 「そんな、父さん!」 声を掛けても返事が無い。富郎は急いでスマホを取り出して救急車を呼んだ。 幸い父親は大事にはいたらなかった。過労とストレスの蓄積で、身体が悲鳴をあげたという。 医師から休息を取るように言われた。 母親も一緒に聞いていて、力強く頷いた。 三人で病院を出たが、母親が家路とは違う方向に歩き出す。 「預金を引き出してくるわ。こんな時こそ貯金を使わないと。お父さんをよろしくね」 父親は申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。 富郎は苦笑して父親と共に家路を辿った。 父親に無理をさせないようにゆっくりと歩く。 それを察したのか、父親が再びペコリと頭を下げた。 「いつも苦労を掛けてすまない」 「苦労なんて掛かっていないから安心して。高校生活は充実しているし」 「家計に余裕があれば、おまえはもっと自由に生活できたのに」 「考えすぎだよ!」 富郎は努めて明るい声で笑った。 父親は力なくうなだれていた。 そんな二人の背中に向かって、息せき切って母親が声を張り上げる。 「大変! 貯金が全部なくなっちゃった!」 「ええ!?」 父親が驚き、声が裏返る。 母親は呼吸が荒いまま、まくし立てる。 「たぶん誰かに盗まれたのだと思うけど、見当もつかないわ。警察に被害届を出すつもりだけど、解決するかしら……」 「……やっぱり僕が働くしかないだろう」 父親の声がか細い。 富郎も母親も、ブンブンと首を横に振った。 「それはダメだよ!」 「今回は幸い助かったけど、次はどうなるか分からないのよ!」 二人が強硬に反対するが、父親の目つきが真剣だった。 「少しでもおまえたちを支えたい」 「大丈夫、きっと大丈夫だから! いざという時には親戚から借りよう!」 富郎は笑顔を繕った。 その日は三人で家に帰った。 しかし、翌日の朝に電話が掛かる。父親のスマホだった。 「はい、ええ!? はい、はい……分かりました」 父親が肩を落としながら言葉を紡ぐ。 「親戚もみんな貯金を奪い取られたらしい」 「そ、そんな……」 母親の顔が青ざめる。 富郎に思い当たる節はある。 家計ガチャだ。 マイナス五億円取られたのだろう。いくら働いても一生補填できないだろう。 富郎は居ても立っても居られなくなった。 「俺、今日は学校を休む!」 一方的にそう言って、部屋まで走る。 「どうか五億円当たってくれ!」 祈りを込めて家計ガチャを引く。 +2,000円 「少ない!」 富郎は叫び、机の引き出しに入れておいたお金を持って近所のATMに走る。 家計ガチャは千円課金すれば引けるようになる。 しかし、何度やっても五億円は引けない。 ふと、富郎の電話が鳴る。 健太からだった。 「おい、富郎! もう学校が始まるのに、まだ来ないのか?」 「健太……」 ふと、涙がこぼれる。 「俺はもうダメかもしれない」 「は!? 何を言っているんだ!?」 健太の声が優しくなる。 「まずは落ち着け。深呼吸をして。ゆっくりでいい。事情を話してくれ」 富郎は深い溜め息を吐いて、家計ガチャの事を話した。 エンジェルと名乗る女の子にそそのかされて、まんまと五億円を取られたと話した。 健太はそうかそうかと、ずっと聞いていた。 「そりゃ災難だったな。念のために言っておくが、スイッチの事は気にするなよ。まずはおまえの心労を治すのが優先だ」 「スイッチは買ってある。そのうち渡す」 「本当か!? じゃあ受け取る。今日取りに行っていいか?」 「いや、高校に持っていく」 富郎は涙を拭う。 「こんな話の後だけど、早めの誕生日プレゼントだと思ってほしい」 「おぅ、分かった! じゃあ学校で会おうな!」 互いにスマホを切る。 富郎は走る。スイッチを鞄に入れて急いで高校に向かった。 一限目の途中から静かに教室に入る。クラスメイトが心配そうに見つめる。その視線が妙に痛いが、割り切るしかない。 休み時間になった。 健太から近づいてきた。 「よぉ! 思った通り顔色が悪いな!」 「まあ、そうだろうな。けど、スイッチは渡すよ」 「それなんだけどな、やっぱりタダじゃもらえない。俺が母ちゃんに怒られるから」 健太は富郎の手に、二万円ほど押し付けた。 「足りないと思うけど、持ち合わせがこれしか無かったんだ」 「スイッチはプレゼントだ。受け取れない!」 「俺が怒られるのを防ぐためだと思って受け取ってくれよ。友達を救うためだと思ってくれ」 健太はいつものように笑って、富郎の肩をバシンと勢いよく叩いた。 「困った事があれば何でも言ってくれよ!」 富郎は震えた。健太にお礼をするつもりが、逆に健太に助けられている。 涙がこみ上げた。 健太は遠い目をする。 「その金で家計ガチャを引いて、五億円が当たったらいいよなぁなんて」 富郎はむずがゆい気分になる。 涙と笑い声がこぼれた。 「本当におまえはいい奴だな」 「だろ? もっと褒めてもいい」 「恋愛はいつも、いい奴どまりだな」 「彼女はいつかきっとできるものだ!」 「いつかな」 二人で笑い合った。 放課後になる。 健太がいつになく真剣な表情を浮かべていた。 「家計ガチャはヤバいと思う。警察には言ったか?」 「信じてもらえないと思う」 「それもそうか……どうしたもんかな」 「もう十回引いて、ダメなら借金をするしかないと思う」 富郎の言葉に、健太は両目を丸くした。 「よく引く気がするな」 「それしかないと思うから。おまえからもらったお金を使う事になるけど」 「それは気にするな!」 二人でATMに行き、二万円を振り込む。 そして家計ガチャを何度か引いた。 -10,000円 +5,000円 +3,000円 -8,000円 その後も何度か引く。 「次で最後にする」 富郎は天井を仰いだ。 健太は両手を合わせて一生懸命に祈っている。 そして、最後の家計ガチャを引く。 +500,000,000円 「え?」 富郎から間の抜けた声がこぼれた。 健太が歓声あげてガッツポーズをした。 「やったな! 日頃の行いのたまものだろ!」 「健太のおかげだ」 健太がお金を渡さなかったら、家計ガチャを引く気はしなかっただろう。 二人でハイタッチをした。 「これからも高校に来れるよな?」 健太に笑顔を向けられて、富郎はしっかりと頷いた。 家に帰って、両親に家計ガチャの事を言った。二人とも驚き、詐欺被害として警察に言うつもりのようだった。 致命的な事態を回避できた事に安堵の息をもらしていた。 *** 同じ頃、無機質なコンピューターをいくつも操る少女が笑顔を浮かべていた。 白いワンピースを着た、長い茶髪を生やす少女だ。名前をエンジェルという。 「よしよし、また一人幸せを手に入れましたね」 コンピューターにはいくつも画面が映し出されている。そのうちの一つに、富郎の姿もあった。 エンジェルはうんうんと頷いた。 家計ガチャは高度なハッキング技術に支えられている。その費用は、家計ガチャ利用者からさりげなく徴収している。 家計ガチャによる富郎の収支も、実はわずかにマイナスになっている。 エンジェルは拳をふりあげて、決意を新たにする。 「今後も家計ガチャで人々を幸せにするのです!」 |
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今晩葉ミチル 2026年04月12日 15時09分44秒 公開 ■この作品の著作権は 今晩葉ミチル さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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