| SWAJ/スワッジ |
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| 第1話 教授サメと市長サメ 空と海がひっくり返り、知性を得たサメが文明を築き上げてはいても、 まだ宇宙に泳ぎ出す程進化していない近未来。 太平洋の一角にある田舎町、サメティ市…… 秘書サメが扉を開けてくれたので、教授サメ(プロフェッサメ)は室内に泳ぎ入った。 部屋の主であるホホジロザメが執務机から泳いできて、胸ヒレを差し出す。 「やあどうも、 教授サメさん。私がこのサメティ市の市長サメ(サメイヤー)です」 「お時間を取っていただいたことに感謝します、市長サメ」 市長サメとヒレを握り合った教授サメはその力強さに驚いた。中年であるし身体も大きい。しかし、決して鈍ってはいない。市長としての業務も多忙であろうに。 市長サメの方は執務机に戻り、話を始める。 「空開きに関して、ご意見があると伺いましたが。それも、そう……否定的な」 勧められた椅子に座りつつ、教授サメは首を左右に振る。 「否定的、というわけではありません。問題の解決までは延期すべきだと申し上げたいのです。ことは鮫命に関わりますから」 「教授サメ、サメティ市は平和な田舎町ですよ。殺鮫事件はもちろん、暴力事件ですらニューシャーク市の十分の一程度。もちろん、鮫口比でね」 サメリカ最大の都市と比べれば、サメティ市は確かにのどかな田舎だろう。それは教授サメにも分かっているが、平和というところには同意しかねた。 「だが、ビーチに死体が打ち上げられた。ご存じのはずだ」 「死体?」 「この新聞を」 いぶかっていた市長サメだが、新聞の見出しを見て鼻を鳴らす。 「ああ、サメの尾の部分が見つかったという話ですね。これなら知っていますが、死体と言うには大げさだ」 「ここから下が切られているのに、生きてはおらんでしょう」 教授サメはヒレで自分の腰のあたりを示した。新聞記事には内臓が無かったと書かれている。つまり、内臓があるべきあたりから千切れているということだ。 「そりゃあね。でも、サメティ市で死んだとも限らない。遠くでボートか何かに巻き込まれた死体が、今になって流れ着いたのかも」 市長サメの言うボートのスクリューによる悲惨な事故説は、新聞でも第一に挙げられていた。 しかし、教授サメはその説を取らない。 「違いますな。断面を見て下さい。どう見ても、歯型だ。スクリューで千切れても、こうはなりません。これは、日本人(ジャパニーズ)に食われたんです」 「待ってくれ、教授サメ。日本人に関してなら、俺もちょっと詳しいんだ。なにせ、彼らが発見されたフジヤマ・スカイマウントはこのサメティ市にも近いからね」 市長サメは砕けた口調になりつつ、一度座った椅子から泳ぎ上がる。 「日本人は絶滅したと思われていたホモ・サピエンス・サピエンスの一亜種だ。群れると極めて獰猛だが、個体としては大したことは無い。知性化前の我々の先祖が、ホモ・サピエンスを餌にしていたとの文献もあるぐらいだ」 「ちょっと詳しい」という自称に嘘は無かったらしい。とうとうと説明したのち、教授サメの前まで泳いできて言う。 「つまりこうだ。食べるのは我々。奴ら(ジャパニーズ)じゃない」 「食う、食われるの関係は必ずしも固定ではないんですよ、市長サメ。西太平洋系、特に日本人に関してはそうだ。日本人は海にいるあらゆるものに食いつく。古事記にも書いてある!」 教授サメも負けじとひと泳ぎ前に出る。鼻先が擦れ合いそうな距離で、市長サメの精悍な顔に見惚れつつ告げる。 「日本人は特に我々サメのヒレに執着しました。そして、一昨日見つかった尾も、ヒレがちぎり取られていた。見てください。間違いなく歯形だ」 新聞を、その写真を叩いて強調する。白黒で画質も良くないが、スクリューではこうはならないことぐらい分かるはずだ。 「サメをアタックする日本人(Same Wo Attack suru Japanese)、略してSWAJ(スワッジ)、これが今、サメティ市のビーチにいる」 SWAJはこの事態を受けて教授サメが作った造語だ。日本人自体は、ビーチからの距離はともかくずっと空の中にいた訳だし、全てが危険なわけではない。しかし、今サメに攻撃を仕掛けている危険な個体も間違いなくいるのだ。 「市長サメ、空開きは延期すべきです。このまま強行すれば、必ず次の被害鮫が出る!」 教授サメはそこまで言ってから、自分がヒートアップしすぎたことに気づき、椅子に座りなおす。 市長サメはそれを見てから、静かな声で質問した。 「教授サメ。貴方のご専門は?」 「古生物学、大氾乱(だいはんらん)以前の旧世界生物に関してです」 「なるほど。では経済学に関してはあまりお詳しくないでしょう」 市長サメはヒレを前後に振り、右側のエラ穴を開ける。 「教授サメ、マリアナ州の住民だけじゃない。西陸岸全体の鮫たちが、サメティの空開きを待っている。彼らがバカンスに訪れるのは、空浴が楽しめる3か月だけだ。サメティ市の42%の世帯が、この3か月で1年分の収入を得る。その期間を減らすことに、どういう意味があるか分かるか?」 「しかし、市長サメ」 抗弁しようとした教授サメに、今度は市長サメがぐっと顔を近づける。 「しかしも鋸歯(きょし)もない。市長サメとして、市の経済を半壊させる選択はできない」 その口の中に綺麗に並んだギザギザの歯を見せつけられ、教授サメは諦めた。 「教授サメがお帰りだ」 扉を開けた秘書サメにうながされ、教授サメはゆっくりと泳いで市長サメの執務室を後にした。 第2話 迫るチョンマゲ 翌朝、教授サメ(プロフェッサメ)は新聞の隅に予想通りの記事を発見した。 『3日前にビーチに打ち上げられていた尾の身元が判明。 遺体の主は同日行方不明のになっていたサメティ市在住のクイント氏。漁師であるクイント氏はいつものように1人で漁に出た後帰宅しておらず……』 死体が遠くから流れ着いた説は完全に否定された。 しかし、空開きは止まらないのだろう。この記事も、目につきにくい5ページ目に置かれ、死体という言葉は注意深く排除されている。 「鮫命より金、か」 教授サメには理解し難いが、市民もそれを望んでいるのかもしれない。 新聞から顔を上げると、水面のボートと、その傍の空で泳ぎながらいちゃつくカップルサメが目に入る。空開きはまだだから本来遊泳は禁止なのだが、朝早くだからか制止する者もいない。教授サメ自身も、注意する気力すら持てなかった。 「鮫命の危険より、金や楽しみを優先したいと言うなら、そうすれば……」 教授サメは呟きを中断する。視界に恐るべきものが映ったからだ。 ──水面を切るように進む、チョンマゲ。 それはわずかに白波をたてながら、カップルサメに突き進む。 「逃げろ! 日本人(ジャパニーズ)だ!」 「はぁ?」 オスサメは水面から顔を上げ、教授サメを不審そうに見やる。 彼らはおそらく、日本人が何かもわからないのだろう。日々新聞にきちんと目を通すタイプには到底見えない。 「早く、ボートに上がれ!」 「おじさぁん、なぁに騒いでんの?」 メスサメの方はボートのヘリに捕まり、クスクス笑う。 「一応、空開きは明後日だからな。正義の味方ぶって泳ぐなって注意したいんだろうけど、ん?」 泳いでいたオスサメが、急に沈みこむ。 「ははっ、何それおもしろーい」 笑ったメスサメの顔が、次の瞬間凍りつく。 水面に、赤い血の花が広がったから。 そして再び水面に現れる、チョンマゲ。 「早く、ボートに上がれ!」 メスサメは、今度は素直に教授サメの指示に従った。 しかしボートに上がった彼女の尻ビレを、水面から突き出た鋭い刃物が突く! 「っ痛ったぁ!」 「ボートを走らせろ! ビーチに突っ込め!」 痛みに顔をしかめつつも、メスサメはボートを全速力で浜に向かわせる。 泡が弾けるほどの間もなく、ボートは浜に乗り上げた。 よろよろとボートから離れるメスサメをかばうため、教授サメはボートに向かう。 水面を滑るように動いたチョンマゲは、やがてその下にある頭をのぞかせた。卵めいた頭部には目と鼻と口、そして両横に突起がついている。確か耳が外部に露出しているのだったか、と教授サメはホモ・サピエンスについての論文を思い出す。 続いて身体も水面上に姿を見せた。胸ビレはもはや原型を留めぬほど長く、複雑になっており、五つに裂けた先端で細く長い刃物を握っている。確か、『手』と言うのだったか。 二股に長く伸びた尾ビレ──足が、浜の砂を踏みしめる。 「き、き、君は早く逃げたまえ。け、警察を」 震えながらもメスサメを逃し、教授サメは日本人と対峙する。 日本人は左手に持った肉片にかじりついた。 「アジハイイガクサミガ……スデシメレバイケルカ?」 日本語だろうと見当はつくが、内容までは分からない。それよりも、恐怖を抑える方に必死だ。あの肉片は、さっき沈んだオスサメから切り取ったに違いないのだから。 「クソSWAJ(スワッジ)め……」 サイズで言えば1.7sm(サメートル)ぐらい。教授サメより少し小さい。それでも、目の前でサメだったものが食べられているのはショックだった。 汚い言葉でも使っていなければ、勇気を保てない。SWAJがサメを食べようとしているのは予測していたのに。 「センドガイノチ!」 SWAJの振る刃物を紙一重で避ける。しかし、その後の突きは無理だった。ザラつくサメ肌が切り裂かれ、腹に痛みが走る。 「イケヅクリダァ!」 刃物を振りかぶるSWAJ。 教授サメは腹の傷を押さえながら死を覚悟した。 しかし振り下ろされた刃は、教授サメの目の前で逞しいヒレに弾かれる! 教授サメが見るとそこには昨日見た顔のサメが笑みを浮かべていた。 「市長サメ(サメイヤー)……なのか?」 「そう、私だ! 市民を助けるのは、市長サメの仕事でね。お礼は今度の選挙での清き1票で十分だ!」 ジョークを飛ばしつつ、左ヒレの一撃! SWAJは刃物を落として吹っ飛ぶ! 「悪いが、私はサメティ市の住民じゃないんだ」 教授サメの返事を聞きながら、右ヒレの一撃! 一度は立ち上がったSWAJが再びうずくまる。 「じゃあ、引っ越してくるといい」 そう言いながら、市長サメは宙返り。下から跳ね上がった強靭な尾ビレが、SWAJのアゴを打ち上げた。 「いい街だぜ、サメティは」 倒れて動かなくなったSWAJを踏みつけ、市長サメが笑う。 「害獣駆除のプロもいるしな」 ニヤリと笑うその姿は、本当に頼もしく映った。 第3話 新たなる恐怖 市長サメ(サメイヤー)の連絡で警察サメたちが駆けつけ、倒れたSWAJ(スワッジ)は散弾銃で殺処理された。 また、ライフセーバーらのボートで被害者のオスサメが引き上げられる。 無惨に切り裂かれたオスサメの遺体に黙祷を捧げてから、市長サメは教授サメ(プロフェッサメ)に向き直る。 「悪かった、教授サメ。あんたが正しかったようだ」 頭を下げる市長サメに、教授サメはヒレを上げるだけで応える。まだ刺された傷に包帯を巻いてもらっているのでそれ以上動けないのだ。 「こちらこそ、助けてもらって感謝する。被害者が出たのは残念だが、最小で済んだ」 包帯を巻き終わった看護師サメも、切り開かれたオスサメに憐憫の視線を向ける。裂かれた腹から肝臓や腸がはみ出しているのすら見えた。 市長サメも鎮痛な表情になったが、すぐに立ち直る。 「犠牲は残念だが、これでビーチの安全は確保された。これで心置きなく空開きができる」 「いや、市長サメ。やはり空開きは延期すべきだよ」 教授サメの言葉に、市長サメは驚いてヒレをバタつかせる。 「なぜ? SWAJは見ての通り倒せたんだ。もうサメティのビーチに危険はない」 「違うんだ。こいつじゃない。見てくれ」 教授サメはビーチに落ちていた刃物を拾い上げる。まだ犠牲者たちの血で濡れた刃物を。 「こいつは、手に持った鋭い刃物で切り付けてきた。SWAJの中でもスシショクニン種にあたる個体だろう。魚を生のまま扁平にスライスし、酸味をつけたライスボールに乗せる習性がある」 その様子を想像したのか、市長サメは身を震わせる。 「なんでそんなグロテスクなことを」 「日本人(ジャパニーズ)にとってはご馳走なのさ。あの被害者も、さっき味見されていた」 あのSWAJは切り取ったオスサメの肉を少し食べて何かコメントしていた。内容までは分からなかったが、味や調理法に関するものだとすれば理屈が通る。 サメでスシを作るとは初耳だが、日本人ならやりかねない。 「話がズレたな。あのオスサメは切り開かれた。メスサメも私も、細く鋭利な刃物で刺された。だが、最初の被害者はどうだった? 食いちぎられていたはずだ」 新聞はどこかに行ってしまったが、間違いない。スッパリと綺麗に切られていたら、そもそもスクリューで千切れたかもなんて言われていなかったはずだ。 「待ってくれ。ホモ・サピエンスがサメを食いちぎるなんて馬鹿げてる。少なくとも8sm(サメートル)はないと出来ない。そんなデカいSWAJなんて……」 「古事記に書かれている」 おののく市長サメに、教授サメは講義を始める。 「日本の古代格闘技(エンシェント・マーシャルアーツ)にスモーというものがある。掴み、投げ、蹴り、踏みつける、恐るべき殺傷技術だ」 「聞いた事はある。俺の習った空鰭(からひれ)も、遥かな原型を辿ればスモーに行き着くという」 市長サメの身体が震える。 だが、まだ早い。日本的真実にはもう一歩深みがあるのだ。 「スモーは最初はシンプルな戦闘術だったが、やがてスモトリ同士にスモーの技を競わせるようになった。スモトリは絶え間ないトレーニングと特別栄養食・チャンコを与えられ、通常の日本人の4倍以上の体格に達したという 」 「4倍以上!?」 市長サメの視線がスシショクニンに向かう。市長サメより少し小さいぐらいだ。 それの4倍となると、容易に想像できるものではない。だが…… 「それが、リキシだ」 「日本人リキシ……」 市長サメの呟きが消えるか消えないかというところで、ライフセーバーたちから驚きの声が上がる。 「おい、アレはなんだ!」 彼らの指差す先に、水面から突き出した黒い塊があった。 スシショクニンのものより遥かに大きなチョンマゲ。 それが、水を切り裂きながら浜へと向かってくる!! 第4話 スモー・リキシ 水面を滑るように進むチョンマゲ。 サメたち皆は、エラをはためかせ、散弾銃を構えてチョンマゲの下が姿を現すのを待ち受ける。 しかし、 「ドスコーイ!!」 裂帛のスモー・シャウト! 水面が乱れ砕け、巨大な波がサメたちを襲う! ライフセーバーたちが悲鳴をあげて流される中、教授サメ(プロフェッサメ)はヒレを浜に突っ込んで耐える。 「モヒトツ・ドスコーイ!」 再度のスモー・シャウト! 銃を構えていた警察サメたちが耐えきれずに倒れる。市長サメ(サメイヤー)はなんとか波を泳ぎきったが、それでも体勢は崩れた。 その間にSWAJ(スワッジ)は堂々と浜に歩を進める。 チョンマゲのサイズに見合った大きな頭。その下には、大きく肥大した腹とそれを支える強靭な手足。 「これが……スモー・リキシ?」 スシショクニン種とは違い、衣類は股間の一部にしか纏っておらず、黄色い皮膚の下で鍛えられた筋肉がうごめくのが見える。 リキシは頭をぐるりと回してサメたちを見る。ほとんどが波に流されて、まともに動けそうなのは市長サメだけだ。 リキシは大きな手で己の腹を撫で、頭を振る。 その姿に、教授サメは飲み過ぎた翌日の自分の動作を見た。 「体調が悪いのか?」 「診察してる場合か。教授サメ」 リキシは大きく足を開き、上体を屈める。こちらを見下ろすほどに大きな体躯なのに市長サメと目の高さが合う。 「なるほど、心得はあるようだな」 市長サメも前傾姿勢。 リキシの拳がゆっくり下がっていき、浜の砂に一瞬触れる。その瞬間、 「ハッケヨーイ!」 三度のスモー・シャウトと共に、砲弾のようにリキシが飛び出す。 市長サメに向かって一直線。 市長サメも迎えうつ。が、一瞬は踏みとどまったものの吹き飛ばされ、教授サメの横に転がる。 「体重が違いすぎる。ウルトラヘビー級だな」 「スモーに階級制は無いよ、市長サメ」 「そいつはヘビーだ」 毒づきつつも何とか起き上がる市長サメ。 リキシはその間、追撃するでもなく立ったまま腹をさする。やはり、何かある。 「そうか!」 教授サメは身をひるがえし、オスサメの遺体に向かう。 「古事記に書いてあった。いや、薬経だったか?」 かつて読んだ古文書。その一節を脳裏に浮かべ、教授サメはヒレで×字を切る。 「神よ、お許しを」 「な、何をしてるんです、教授サメ!」 やっと意識を取り戻したライフセーバーたちが驚きの声を上げる。 それはそうだろう。教授サメは遺体の切り裂かれた腹の中にヒレを突っ込んだのだから。 だが、やらねばならない。遺体を汚してでも。 何か組織のちぎれる嫌な感触が教授サメのヒレに伝わる。遺体の腹から引き抜いたヒレには、大きな赤い肉塊が握られていた。肝臓だ。 「これを食うがいい!」 教授サメが肝臓を投げると、リキシは「ゴッツァンデス!」と口で受け取る。 「教授サメ! 気でも触れたんですか!」 警察サメたちが教授サメを捕まえようとする中、市長サメはじっとリキシの様子を見ていた。 最初は美味そうに肝臓を頬張っていたリキシだが、飲み込んだ後は顔を歪ませて腹を押さえている。 「どういうことだ?」 だが、リキシは頭を大きく振ると、両膝に手をやり、右足を真横に高くあげる。 そして、足を浜に振り下ろした。 浜を伝わる振動で、サメたちが転倒する。 「まだ足りないか!?」 浜を転がる教授サメ。一つのアイテムが、彼の目に留まった。 スシショクニンの落とした、細く長い刃物。 神の罰か、あるいは試練か。 いずれにせよ、教授サメは瞬時に腹を決める。 「ハラキリだったか? まさか自分でやることになるとはな」 日本人の古く異様な風習を真似て、教授サメは自らの腹に拾った刃物を突き立てる。 「|教授サメ!!」 冷静さを保っていた市長サメもさすがに驚きの声をあげる。 説明をしている暇はない。動けなくなるまでに、やるべき事をやらなければ。 刃物を横に引いて傷を広げ、、引き抜く。代わりにヒレを傷の中に差し入れた。幸い、さっきもやったばかり。狙いのものはすぐ見つかった。 「おおおぉぉっ!」 力を振り絞るため、雄叫びをあげる。 ブチブチと千切れる音が、身体の中から聞こえる。痛みはもう感じることもできない。 とにかく、教授サメは自分の肝臓を摘出し終えた。 後はリキシに食わせればいいのだが。 血を流しすぎたか、目が霞む。平衡感覚もあやしい。 なんとか肝臓を振りかぶるが、身体がふらつく。 また倒れるかと思ったところで、力強いヒレに抱き止められた。市長サメだ。 「あんたがなんでこんなイかれた事をしてるのか、俺にはさっぱり分からん。でも、この肝臓をヤツに食わせればいいんだな?」 「そうだ。頼む」 「よし、任せろ」 市長サメは教授サメの肝臓を受け取り、リキシに向かって走る。 突き出された張り手を避け、掴みにきた手をかわし、腰に巻かれた縄にヒレをかけて飛び上がる。 「これでも、くらえぇぇぇ!」 リキシの開いた口に、喉の奥に、肝臓を押し込む。 それを飲み込んだリキシは浜に倒れ、腹を抱えてのたうち出した。 「今だ! 警察隊!!」 「イエッサー!!!」 まともに動けなくなったリキシに、警察サメ達が泳ぎ寄ってありったけの弾を浴びせる。 さしものリキシも頭部をミンチにされては敵わない。 黒ずんだ視界の中でリキシが動かなくなるのを確かめて、教授サメは意識を手放した。 エピローグ 意識が戻った時、教授サメ(プロフェッサメ)は白い天井を見上げていた。 「天国にしては薬臭いな」 「清潔と言ってくれよ、教授サメ。この病院は俺の一期目の目玉政策でね」 独り言のつもりだったのに、返事が返ってきた。 横を見ると、市長サメ(サメイヤー)が隣のベッドに寝ている。あちこち包帯だらけの満身創痍だ。 彼が無事であることに安堵しつつ、 教授サメは質問を投げかける。 「なぜ私は生きている? 肝臓を摘出したんだ。生きていられるわけが……」 二度と目覚めないことは覚悟していたというのに、今は全身に痛みこそあるが間違いなく生きている。 不思議がる 教授サメに、市長サメはヒレをたててニヤリと笑う。 「俺の肝臓を半分移植したのさ。知ってるかい? 肝臓ってのは丈夫な組織でね。半分どころか1/3もあればとりあえず生きていられるし、だんだん元のサイズに戻るんだそうだ」 肝臓に関する医学的知識は教授サメも知っていた。そして、生体肝移植が決して気軽にできるものではないことも。 「なるほど、市長サメ。あなたは私の命の恩鮫ってわけだ。ありがとう」 生命をくれた彼に、その巡り合わせを与えてくれた神に、教授サメは深く感謝した。 「文字通り血を分けた仲ってやつだ。そのよしみで一つ教えてくれよ。なんであのリキシはあんたの肝臓を食べてぶっ倒れたんだ?」 市長サメが首をひねる。自分が食べさせたからこそ、納得がいかないのだろう。 教授サメはかつて古文書で読んだ知識を披露する。 「彼らにとって、我々の肝臓は毒なのさ。まあ、少量だと健康に良いらしいから厄介なんだがね」 確かビタミンAとか言ったか。まあこの際、成分の名前はどうでもいいのだが。 「あのリキシは、攻撃の合間にも腹を押さえたりして、体調がよくなさそうだった。多分、最初の犠牲サメの肝臓の影響を受けていたんだろうな。そこにさらに肝臓を2つ丸々食べたから、さすがのリキシも耐えられなかったというわけさ」 「なるほどな。食い過ぎで肝臓中毒になったのか」 納得した市長サメはベッドから抜け出し、教授サメの側に寄ってきた。 「教授サメ、あんたはさっき俺のことを命の恩鮫だと言ったが、逆だ。あんたが俺と市民の命の恩鮫だよ。市長として、礼を言う」 差し出されたヒレを、教授サメは固く握り返す。 SWAJ(スワッジ)という災害を共に戦い抜いた戦友同士の握手だ。 「困ったことがあったら、いつでも力になろう」 「じゃあ、さっそく一つ頼みごとをしていいかね」 教授サメは自分でも少し図々しいかと思ったが、市長サメはむしろ食い気味に身を乗り出してくる。 「なんでも言ってくれ、ブラザー」 「サメティ市に引っ越そうと思うんだが、どのあたりに住むのがいいかな」 市長サメはくっくっと笑いながら、ヒレで自身を指し示す。 「俺ん家に来な。市のど真ん中だ」 「いいのかね?」 予想外の申し出に戸惑う教授サメ。しかし、市長サメは胸を叩いて笑う。 「ブラザーが一緒に住むことに文句なんか言わせないさ。言う女房も居ないしな!」 「世話になろう」 腹の傷の痛みを心地よく感じながら、教授サメも晴れやかに笑った。 |
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ただのネコ VqlGXCh3S. 2026年05月01日 17時47分47秒 公開 ■この作品の著作権は ただのネコ VqlGXCh3S. さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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| Re: | 2026年05月19日 12時56分47秒 | |||
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