【短編】なおも蛙は天(そら)を願い…

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■プロローグ■

 ソレは闘技場のように丸く仕切られた空間に立ちはだかっていた。
 抜き身の大剣を正面につき立て、呼吸もせずにたたずむ金属鎧の騎士。鎧の隙間から見える身体に肉はなく、魔法銀を思わす光沢の骨だけで鎧を支えている。
 出会ったのが迷宮じゃなきゃ、イカれた芸術家が作った作品かと勘違いしたかもしれない。だがソレが動きだすのは、まず間違いない。

――剣舞人形《ソードダンサー》

 かつて世界の大半を支配していた魔法使いたちが作った人を殺すためだけに作られた道具だ。
 文献によれば、剣による物理攻撃しかしてこないが、力が強く敏捷性も高い。さらには高度な剣術まで使う絶望的な強敵である。魔術への抵抗力も高いというから、俺程度が使う術では効果がないと考えるべきだろう。

「ケロエル~、あれって強いのか?」
 緊張感のない質問が隣から投げかけられる。
 露出の多い忍者服の隙間から褐色の肌を見せつける小娘の名はサイカ。
 遙か東の地から移り住んできた忍者の末裔であるという。
 一見すると、クソ生意気な小娘でしかないのだが、こう見えて超一流の冒険者である。
 サイカはいわゆる天才で、どんなことでもすぐに覚えてものにしてしまう。身体能力も高く、特に剣を持つ相手との戦いに強い。ついた仇名は『剣術家殺し』。彼女と戦い命を落とす者は稀だが、彼女と戦って剣を捨てた剣術家はかなりの数にのぼる。
 彼女はさしたる努力もせず、その実力を高めた。それ故に、努力を繰り返してきた者ほど、彼女に敗北すると心に深い傷を負う。
 事情を知らなければ、生意気なおっぱいをした超生意気な褐色小娘にしか見えないんだけどな……。
「答えろ潰れガエル」
 即答しなかったのが不満なのか、刀の柄をグリグリと頬に押し付ける。
「強えーよ。さっき教えたろ」
 すでに説明済みなのだが、どうやら覚えていないらしい。
「つうても、見た感じあのデカい剣を振り回すだけなんじゃろ?」
 齢十六にして賞賛を欲しいままにする天才忍者様は、魔法使いの遺産を相手に臆するところは欠片ほどもない。
 劣化魔法使いと揶揄される、現代魔術士たちが長い年月をかけてなお到達できない、遙かな高見の存在が、人を殺すためにだけに作った機械を前にしてなおだ。

「古の魔法使いが作り出した殺人兵器だぞ。油断したらお前だって死ぬ」
 警告を促すが、絶対的な自信を持つ少女は「わかっておるわかっておる」と軽い口調で流してしまう。
 心配になる反面で、窮地において自然体を崩さない胆力は頼もしくもある。
 それはどんな時でも実力を出し切るということに他ならないのだから……。そして彼女の実力は俺が一番わかっている。

「んじゃ、ぼちぼち始めるとするかのう」
 サイカは黄金色の瞳で獲物に照準を合わせ、腰に帯びた忍者刀に手をかける。
 俺はそれに併せて詠唱を響かせ、虚空に魔術文字を浮かびあがらせた。

 虚空に浮かぶ魔術文字は、俺たち魔術士が魔術を使う際、必要な準備だ。これが体内の魔力を力ある形へと変換する道具となる。
 剣舞人形はまだ動かない。
 魔術が妨害されないことに安堵しつつ、支援魔術を完成させる。
「支援三重奏《トリオサポート》」
 サイカの小さな身体が淡い赤い光を帯びた。
 俺の支援魔術は彼女の筋力を高め、敏捷性も向上させる。さらには脳にまで作用し、視覚情報の処理速度をも向上させることが可能だ。
 サイカいわく「角が生えて気分じゃ」とのこと。
 東方独特の言い回しらしく、三倍は強くなったという自信表現のようだ。知らんけど。

 とにかく、支援三重奏を受けたことにより天才忍者サイカの戦闘能力は、常人の手に負える範疇をはるかに超える。
 この状態の彼女が苦戦したことはただの一度もない。

 そして天才忍者は動きだした。

 視認性が低い小さな身体は、迷宮の薄い暗闇に混ざるように動き、大きな音を弾かせる。
 動いたのはサイカだけではなく、大剣を手にした剣舞人形も動き出していたのだ。
 天才忍者と古の殺人機械が手にした武器をぶつけ合う。

――早い。早すぎる。

 サイカの基本スタイルは、軽量な身体でトリッキーに動き、そこに微細なフェイントを織り交ぜることで相手を翻弄することにある。
 だがベースの動きがあまりにも早すぎるため、俺ではフェイントを感知することすらできない。
 しかし剣舞人形は、その虚実ある動きに惑わされることなく、確実に自分を狙いにきた攻撃を小回りの利かない大剣でさばいている。その合間に反撃まで織り交ぜるのだから舌を巻くしかない。

 古の魔法使いの生み出した魔具は、強力な魔力が込められている。それ故に現代魔術士の貧弱な魔力で傷つくことは稀である。
 魔術士として三流の魔力しか持たない俺では傷付けることなど到底不可能。そもそも味方であるサイカの動きすら読めないのだから、打ち込むことすらできない。

――だったら

 俺は腰にさした長剣の柄を握りしめる。
 神速の領域にまで踏み込んだ戦いに踏み込むのは無謀である。だが、いざとなれば、サイカの盾となる程度のことはしてみせよう。
 だがそんな意気込みとは関係ないところで、状況は進んでいく。

「やるじゃん!」
 剣術勝負で苦戦などしたことのない天才忍者が、剣舞人形の戦いに賞賛を投げかける。
 そしてその実力に応えるべく、秘伝の業を繰り出して見せた。

 緩急をつけた独特な歩法で動くと、無数の残像を生み出し、相手を幻惑する。
 七つの分身を前に、さしもの剣舞人形も反応を鈍らせた。
 サイカは己の分身の陰に潜り込むと、弧を描くように手裏剣を投げつける。
 そしてそれを防がれたとみるやいなや、隠し持っていた小刀を空いていた左手で振るう。

 たった一度の攻撃に、どれほどの手を組み込むのか。
 その甲斐あって、彼女の左刀は人形を捉えた……ように見えたがそれは誤りだった。

 相手は人間の形を真似ていても人間ではない。
 人間ならば内蔵がある位置を刀が通過しても、致命傷にならないどころか肉すらないのである。刃は骨と骨の隙間をくぐり抜け、無意味な軌跡を描いた。

 天才の秘術は、ただ一滴の血を流させることなく不発に終わる。にもかかわらず、次の瞬間には迷宮の床は赤く染まっていた。

――!?

 それがサイカの血であると脳が解答を出した時には、俺は悲鳴のように叫びあげていた。

「サイカ――っ!!」

 彼女は絶対無敵の生意気忍者である。
 いかなる苦境も笑って踏破する最強の存在だ。
 幼い頃からずっとそうだった。そばで見てきた俺はそのことを身に染みて知っている。
 にも拘わらず、いまの彼女は非力な女の子のように腹を押さえ片膝を突いていた。

――回復魔術だ!
 とっさに支援魔術を切り上げると、回復魔術のための魔術文字を虚空へと描く。
 適正の低い俺の魔力では回復魔術の効果は薄い。深手を癒やすにはコンマ1秒でも早く治療を始める必要があった。
 効率を無視し、体内に宿るすべての魔力を魔術文字に注ぐ。そして彼女を効果範囲内に収めるため、駆けよった。
 だが、回復魔術は、その完成を目前に霧散、消失した。

――なんで?

 疑問は声にならなかった。
 何故なら俺の口からは赤い液体があふれ出し、気道をふさいでしまっていたのだ。
 いつ刺されたのか、俺の胸からは剣舞人形の長大な剣が生えていた。
 体勢を維持することすらできなくなり、あえなく倒れる。
 それと同時にあたりを闇が浸食し出した。

──サイカ

 せめて彼女の名を呼ぼうとして、それすらも失敗する。
 消えゆく視界の片隅では、最後の力を振り絞り、素手で殴りかかる彼女の姿がおぼろげに見えたような……気がした。

──ごめん

 何に対する謝罪かもわからない。ただ、唇だけが勝手に動いていた。

 意識が現世から切り離され、完全な闇に沈んでいく。

――これが死ってヤツなのか……

 だが俺の思考は即座に否定された。

『いや、死んでないわよ?』
 それは場違いな明るさを含んだ少女の声だった。

 ありえない。
 あの場に居たのは、俺とサイカのふたりだけ。

 剣舞人形が話しかけているのかと思ったが、そうではないと意識が否定する。

 この声は聞き覚えがある。
 そう遠くない過去に……。

 力を込めて目を開ける。
 まぶたは想像したよりもずっと軽く、眼球は薄ぼんやりと光る迷宮の天井を映した。
 そこには怪訝な顔でのぞき込むサイカの顔と、その近くを漂う球体がひとつ。
 球体には人形のように小さな少女が乗っている。
 青みがかった銀髪を宿した少女は、同色の瞳で俺を見下ろしていた。

「パン、ドラ……?」

 名を呼ばれた少女は楽しげに『そうだよ』と肯定した。

『あたしの名前はパンドラ。【未来予知装置】パンドラよ。思い出した?』

 俺の死を否定したものと同じ声で告げると、小さな少女はウインクをして見せた。

――つまり俺が見ていたのは……


■1■

【パンドラ使用の数時間前】

「気に入らんのう……」
 俺の前を歩く忍び装束の少女――サイカが不満を口にした。
 危険な迷宮を歩いているというのに、無造作な足取りでまるで緊張感がない。それでいて物音ひとつ立てないのだから、天才というヤツはまったくもって質が悪い。気を引き締めないと、凡才の俺――ケロエルまで油断しちまう。
 彼女は適当にやっているようでも、俺の百倍は感知能力に長けている。
 もちろん、魔術に関してなら魔術士である俺の方が上なんだが、それすらも『違和感がある』と、俺より先に気づいたりするんだよな。立つ瀬がない。

「なにが気に入らないんだ?」
 手元の地図におおよその移動距離を書き足しながら俺はたずねる。
 他にも記しておきたい目印があればいいのだが、特徴のない平坦な道が続くばかり。
 地図には簡素な線が引かれ余白ばかりが目立っている。
「他者の痕跡がなさすぎじゃ」
「いいことだろ?」
 迷宮に他の冒険者たちが入った形跡がないってことは、奥にお宝が眠っている可能性が高いってことだ。
 それは一攫千金を狙う俺たちには、このうえなく幸運なことである。
 もちろん、お宝を守るためのトラップもまるまる残っているということでもあるが、それを気にするなら冒険者なんて初めからなっちゃいない。
「綺麗すぎるのじゃ」
 材質不明の床は大理石のようにピカピカ。それでいて滑るわけでもないので、俺には気持ち良くすら思える。
「汚いゴブリンの巣穴にでも入りたかったのか? マニアックな趣味だな」
「んなわけあるかボケ」
 唇をとがらせ否定する。
「のうケロケロガエル、ワシらはどうやってここを見つけた?」
 カエルに似てるという俺の名をバカにするように間違える。
「俺の名はケロエルだ」
「どっちでも大差ないじゃろ」
「どうせカエル顔だよ」
「あまりすねると、変顔が変すぎて街に入れてもらえなくなるぞ」
「んなわけあるか」
 俺と彼女は幼い頃からの付き合いで、こんなやりとりは幾度となく繰り返してきた。
 ふたつも年下のクセに生意気で、こうして俺をバカにしてくる。
 彼女の容姿に落ち度があれば、同じように言い返せるのだが、あまりにも整いすぎていて、嘘をついてもむなしくなるだけだ。

 サイカの一族は遠い東の出とのことだが、外見からはそんな感じは一切ない。
 東方の連中は黒髪が多いと伝え聞いているが、サイカは金髪だし、肌も南方の者を思わせる褐色である。身長こそ俺とおなじ程度しかないが、軽量な身体には、バランスの悪い重りをふたつもぶら下げている。

「ワシらにここの情報を売った連中、まるで探索しなかったと思うか?」
 言われてみれば確かに不自然だ。俺たちに情報を売ったのは同業の冒険者である。
 駆け出しに近い連中で、この迷宮は自分たちの手には負えないということで、俺たちに情報を売った。
 だが、手に負えないと判断するには、それを実感するだけのことがあったということだ。まるで探索しなかったということではない。にもかかわらず、彼らが入った痕跡が見当たらないのは何故か?
「……出直すか?」
 不安からか臆病な意見が漏れた。
「んなことして、他の連中に先を越されたらどうすのじゃ。
 進みはするが油断はするなよ。ひょっとしたらここは相当ヤバい場所なのかもしれん」
 サイカが警戒するなんて珍しい。
 でも、そんなことを言うくらいなら、もっと緊張感を見せて欲しいもんだ。

「おっとここにもあるな」
 前を行くサイカが不意に足を止めた。
 よく目を凝らさなければわからないが、そこには細い継ぎ目のような線が長方形に延びている。
 おそらく隠し扉で間違いないだろう。
「そろそろコイツに入ってみるか?」
 実のところ、これまでも同じようなものを見つけていた。
 しかし、ノブや引き口のない形状から察するに回転系である可能性が高い。そして回転系の扉は一度開けると、戻れなくなるトラップであることも多い。よって開けるのは、他の探索が終わってからと、これはで後回しにしてきたのだ。しかしこうまで変化が起きないのならば、そろそろ選択を変えてもいいかもしれない。
 そんな考察していると、「では入るか」とサイカが勝手に開けてしまう。
 案の定、扉は回転式だった。それが再開閉できるかは不明だが、離ればなれになるわけにはいかない。
 俺は慌てて彼女の背を追った。

   †

「おや、またこいつか」
 解錠に成功し、宝箱を開けたサイカが少しうんざりしたような言葉を発する。
 回転扉を抜けてから、俺たちは数匹の魔物を倒し、宝箱を見つけていた。
 見つけた宝箱はこれで四つ目なのだが、意味不明な紙片が入っているだけでお宝と呼べそうな物はひとつもない。
 白くツルツルとした紙で材質はよくわからない。表面には文字でも幾何学でもない、謎の線が無数に散らばっているだけ。配列に規則性のようなものを感じるが、気のせいかもしれない。なんとも微妙な仕掛けである。
「枚数が足りないのか?」
「そもそもこれ自体が攻略者を悩ませるトラップだったりしてな」
 頭を悩ませる俺に、サイカはからかうように言う。
「そうなったらお手上げだろ」
 とりあえずは宝箱があったこと、謎の紙片を見つけたことを地図に記しておく。
 すでに迷宮に入ってから結構な時間が経過している。
 見つけた分岐点もかなり潰してあるし、足を運んでいない場所はそう多くないだろう。
 すでに迷宮攻略は後半にさしかかっているように思うのだが、これといった成果はひとつもあがってはいない。
「そろそろ休憩を挟むか」
 うんざりした表情のサイカが提案すると、「そうだな」と俺も従った。

「あ~、疲れた~」
 サイカは拠点と定めた部屋にもどると、仕事上がりのおっさんのように服をぽいぽいと脱ぎ始める。
 胸を固定するサラシを外すと、丸みを帯びた胸が柔らかに揺れる……が無視無視。
 おなじようにフンドシも外して俺の前に投げつける。
 おっさん臭い仕草で隠そうともしないので、自然と俺が背を向けることにある。
「見てもかまわんのだぞ。なんじゃったら揉むか?」
 幼なじみ故の気安さで生乳を押しつけてくる。
 あるいは俺にそんな勇気がないと見越しての行動か。
 どちらにしろ俺を同族の雄と認識していないんだろうな。
「臭いから寄るなってことだ。察しろ」
 指摘するとさすがにそれは恥ずかしいのか離れていく。濡れタオルを用意すると丹念に身体を拭き始めた。

 俺は預けられた服に洗浄魔術を行使する。
 非常に便利な魔術だと思うのだが、「魔術をそんなことに使うなんて」と否定的な意見が多く、覚えている魔術士は少ない。
 清潔さが保たれれば、その分士気が保てるし、病気対策にもなって良いと思うんだけどな。単純に綺麗だと気分もいいし。

 大気中の水分を利用して衣類を湿らせ、布地についた汚れを分解・除去する。その後、布地から水分を抜き、乾かすといったいくつもの工程を踏まなければならない。そのため、意外と洗浄魔術の難易度は高い。
 ちなみに俺の腕では汗や体臭といった生物由来の汚れしか落とせないため、インク落としなどには使えない。

 洗浄の終わった忍者服をサイカに返却すると、何故だか「もう臭くないぞ」と念入りに体臭を確認させられた。


■3■

「しかし、宝箱はあっても中身がないとはのう」
「騙されたか?」
 実は探索済みの迷宮を手つかずだと偽り、情報代だけをせしめるような悪質な連中もいる。

 洗浄済みの忍者服を着直したサイカは「そういう相手には思えんかったが……」と腑に落ちない表情をしている。
 情報をもってきたのは駆け出し風の冒険者たちだった。いろんな意味で名が売れているサイカ相手に喧嘩を売るような真似はしないだろう。サイカも安易に騙されたりはしないだろうし……。

 考えながらも、濡れタオルで自分の汚れを落としていく。
 その最中にも、情報を組み合わせ、組み替え、思考を進める。
 やはり彼らが俺たちを騙そうとする理由には思い至らない。

――もっとも、何処でどんな恨みを買っているかはわからないもんだけどな。

 それはともかく、いま重要なのは、この迷宮から生還することだ。できれば怪我も少ない方が良い。次点の目的は金目の物を回収することである。
 それでいて次点の目標を果たさないと、生還ルートを目指せないのだから因果なものだ。
 とにかく、目的のためには迷宮を攻略しなくてはいけない。
 汚れたタオルを自分の服とまとめて洗浄魔術にかける。
 服を着たまま身体の汚れと一緒に洗浄できれば良いのだが、生憎とそこまで便利な魔術ではない。目的完遂のためのプロセスが増えると、それだけ難易度があがり、魔術士の手には負えなくなるのだ。
 古の魔法使いたちなど、簡単に衣服を洗浄できる魔具を持っていたというが、たかだか洗浄のために、魔法という奇跡を用いるのは道楽の類なのでないだろうか? あるいは、俺たちにとっては奇跡でも、彼らにとってはなんでもないお遊びなのか?
 まったくもって、魔法使いの考えることはわからん。

――そういえば……

 俺たちが拠点として選んだ小部屋には光源がある。
 どういうわけか、迷宮内はある程度見通しが利く程度に明るさがある。天井がぼんやりと光っているのだ。
 しかし、迷宮中央と目される球状のこの部屋にはそれがない。代わりに四角い柱が一本、腰あたりの高さまで生えていて、そこから上向きに照明が付いていたのだ。
 布をかければ簡単に暗くでき、明るさを取り戻すのもすぐなので、この部屋を拠点に選んだ一因でもある。

「どうしたのじゃ?」
「いや、この明かりってなんに使うのかなって」
 魔法使いの迷宮に意図のわからない道具があるのは珍しくない。
 俺たちにとって意味不明でも、魔法使いにはなにか理由があって創造したものだろう。いろいろな者が考察し、ところどころ合っていそうな学説はあるものの、すべての迷宮に適応しそうなものはない。
 訓練施設や宝物庫といった説が有力ではあるが、奇跡のような魔法を行使する連中が、いったい迷宮でなにを鍛えようというのか。宝物庫にしても、彼らが本気を出せば、現代人ごときに太刀打ちできないような、鉄壁の錠前を作れるハズである。にも拘わらず、迷宮は日々攻略されている。そしてその数は、いまだ把握仕切れてくらい多い。
 いくら魔法使いと言えど、大規模な迷宮を作るにはかなりの労力が要ると思うのだが、いったいなにを考えて作ったんだろうか。
 そう考えかけてやめる。
 魔法使いと現代人では、能力や常識がちがいすぎて考えるだけ徒労に終わるのがオチである。
 考えすぎて、頭がおかしくなったという例もあるしな。
 魔法使いの遺跡には、休憩場所と思われる施設が散見されることが度々ある。
 そこでは陶器を思わせる丸い形状の水飲み場がある。位置こそ低いものの、水は清潔で飲みやすいように噴出されているので、飲料用とみてまず間違いないだろう。
 しかしとある学者はこれに異を唱えたのだ。
 この水を噴出する魔具は水飲み場などではなく、排便を終えた尻を洗浄する道具であると。その証拠に楕円の形状は尻にフィットし、水流の強弱を調整することもできると言うのだ。
 この学説をほとんどの学者は無視をした。理由は簡単だ。たかがケツを綺麗にするためだけに、そんなことをする連中などいないと。魔法使いは身体を清潔にできる魔法を使えるのだから、わざわざそんなものをつくる理由はないと、ロクに考察もされなかったらしい。
 怒り狂った提案者は、持論の正しさを証明するために、莫大な金をかけてそれを複製し、みなのみている前で己の学説の正しさを証明しようとしたらしいが……ズボンを下ろしたところで、学会からつまみ出され、そのまま永久追放されたらしい。
 古の魔法使いのことを調べすぎると、頭がおかしくなると言われる。その具体例である。

 それはともかく、いまはこの光だ。気になり出すととまらない。なにかが喉の奥でひっかかっている。そんなもどかしさだ。
 この感覚は、物と情報が集まりつつあるのに、進展がまるで見えない停滞から抜け出したい願望が生み出した幻にすぎないのだろうか?

「……そういえば」
 俺は宝箱に収められていた紙片の存在を思い出す。
 ペラペラの紙片を取り出すと一枚を光源の上に置いた。
 紙片は柱よりもひと回り小さく、柱の天井部分に刻まれた飾りの部分とうまくはまった。
 薄手の紙を柱から出る光が透過し、球体の天井を照らす。
 紙に描かれた線の部分だけ、光が透過しない。陰は線となり、記号らしき物を形づくる。だがその内容は紙に記されたものと同じだ。読めるわけえもないし、変化があるわけでもなかった。
 しかし光源の上に紙を置いた感触は妙にしっくりしている。

――発想は悪くない。

 そんな確信を持った俺は、次に四枚の紙片を重ね、そのまま柱の上に置く。
 透過で映し出された影は、先ほどよりも記号らしくなった気がするが、それでもなにも変わらない。
「組み合わせがちがうのじゃな」
 サイカが別の組み合わせを試すよう指示する。
 俺は手元の紙片を組み変えると、再び光源の上に載せた。

 だがやはり変化はない。
 さらに変えてみる。
 まだ変化は起こらない。

「表裏の組み合わせも考えるべきか?」
「描かれているのは片面だけじゃろ」
 試しに裏返しで紙を載せると、陰は上手く投影されなかった。光が流せる向きは決まっているようだ。
 それならばと、四枚の紙片をひとつずつ回転させ、その都度光源の上に置いていく。これならば、いずれ当たりを引き当てられるだろう。これがキーであるならば……。

 地道で単調な作業が繰り返された。
 そしてその時は訪れる。
 天井に魔方陣が現れたかと思うと、星空のような輝きで部屋が満たされた。
「「おおっ!?」」
 魔方陣と連動するように微かに部屋が揺れた。
「回転しながら、わずかに落ちているな」
 感覚の鋭いサイカが微細な変化を探り当てる。
 それを肯定するように、天井までの距離が少しずつ離れていく。

「どこに向かっているんだろうな?」
「さて、死者の国でないと良いのじゃがな」
 地下は冥府の神が収める闇の世界。教会信徒の間ではまことしやかに囁かれる。
 俺もサイカもソレを信じるほど信心深くはない。だが訳もわからぬまま未知の場所へと運ばれていくことに不安がないわけではない。威勢の良い軽口は、冷静さを保つ演出である。

――まぁ、そんな繊細な神経しんのは俺だけなんだけどな。
 横目でサイカの様子をうかがうと、緊張感なくケツをかきながら欠伸をしていた。


 しばらくすると部屋が動きを止めた。
 ここが目的地であるとばかりに扉が開く。
 それをくぐると、広い空間が広がっていた。
 これまでの部屋とは異なり、祭儀場を思わせる厳かな造りとなっている。

 俺たちがそちらに移ると、拠点からの扉は、役目を終えたとばかりに閉じられ、それっきり動かなくなった。

「来た道には、もどれんらしいのう」
 サイカは不敵に笑うと、部屋の様子をうかがう。俺もそれに習った。

 これまでのさっぱりした部屋とは様子がだいぶちがう。
 初見時の祭壇という印象に変わりはなく、一段高くなった場所があり飾り付けもされている。
 上るための階段と、その脇に看板が立てられていた。

【この先に希望はない】
 そう書かれている。
 文字は読めないのだが、不思議と意味はわかった。
 魔法使いの迷宮に挑んでいると、こういう体験はそれほど珍しくない。

「希望はないらしいが、どうする?」
 いつもなら率先して前に出るサイカが意見を求めた。
 部屋の周囲を見渡すと、階段の反対側に通路が見えた。
 祭壇の反対にまっすぐ伸びる道は出口を連想させる。
 もどり道は塞がれている以上、選択肢はふたつ。まちがいなく何かある祭壇か、出口を思わせる道か。
 だが冒険者として選ぶみちはひとつしかない。

「当然行くさ。ここまで来て手ぶらで帰るようなら、冒険者なんてやってねーよ」
「そうじゃな」
 笑って肯定される。

 しかし俺は「だが……」と流れを妨げた。

 小心者のサガとして、残された小道の存在も気になるのだ。
 扉もないし、競争相手がいるわけでもない。先を目指すのは通路を確認してからでも遅くはないだろう。
 そのことを告げると、彼女は「豪胆なんだか臆病なだか」と笑って見せた。
 俺は「うっせ」とだけ言い、探知用魔術の準備に入った。

   †

「索敵眼《サーチアイ》」
 俺は魔術で探知の瞳を作り出すと、それを通路の向こうへと飛ばす。
 眼球は簡単な動きしかできないが、その場の映像をリアルタイムに送ってくれる。
 なんらかの干渉で破壊されてもダメージは共有されないし、そもそも飛翔する魔法的存在なので普通の罠にはかからない。難点は音を拾ってこられないことくらいか。
 視覚情報だけとはいえ、道の先の様子がわかるのは、不要な危険を回避するのに役立つ。
 できることなら祭壇の確認もしたいのだが、生憎と上下の移動はできないのだ。

 通路の先には広いドーム状の空間があった。
 闘技場《コロセウム》を思わせる作りだ。壁に扉があったが、そこは厳重に封印されている。条件を満たさなければ開かないタイプだろう。
 そしてその『条件』であろう存在に息を飲む。

 部屋の中央に立った金属製の人形。それは大きな剣を床に突き立て、両手をその柄に載せて立っている。
 それは剣舞人形《ソードダンサー》と呼ばれる、数々の奇跡を生み出した古代魔法使いたちの遺産である。
 文献によれば、無限のスタミナと超一流の剣術を有している。その上、現代人の使う魔術は効き難くいとのことだ。
 物理による殴り合いが強いクセに、そこしか突破口がないという無茶な仕様である。

「先に祭壇をチェックだな」
 どう考えても剣舞人形は強敵だ。後回しにして、なにか攻略に使えそうな物がないか探しておくべきだろう。
 サイカに自分が見たものを伝えると、祭壇を確認することにした。


■4■

 祭壇をのぼると、そこには宝玉がひとつ恭しく飾られていた。
 宝とは厳重に保管されているものと思っていたが、そうでもないらしい。
「これがこの迷宮の宝か? 確かに希望というものではなさそうじゃが……」
「なんかすぐに取れそうだな」
 手を伸ばすと案の定、簡単にとれた。
 すると「バカ」とサイカから警告された。
 魔術で罠感知を発動していたとはいえ、魔法相手では確実とは言い切れない。
 これがフェイクで罠でもしかけられていたら目も当てられない。
 もっとも、身体に変化はないので、罠ではなさそうだが……。

 そんなことを考えていた俺の耳に、妙な声が届いた。
『ふわ~、よく寝た。あら、あなたがあたしのマスター? まさか不細工なカエル男に使われる日がくるなんてね』
 気づけば手にした宝玉の上に、不思議な銀髪をした小さな少女が座っていた。
「誰がカエル男だ。れっきとした人間様だ」
『ごっめ~ん、あたしってば勘違いしちゃった』
 不細工であることは昔からからかわれてきたので自覚している。にしても外見の良いヤツは、どうして他人の外見を貶さずにはいられないのか。
「肌もツルツルじゃねーし、水中で呼吸もできねーよ」
『いや、カエルも水中だけで過ごすのはオタマジャクシの頃だけよ? 大きくなると陸での生活が長くなるから肺呼吸になるの。皮膚呼吸で少しは水中にも居られるらしいけどね』
「そうなのか……って、そんな話はどうでもいい。お前はいったいなんなんだ?」
『あたし? よくぞ聞いてくれたわね。私の名前はパンドラ。未来観測装置よ♪』
 彼女の自信満々な口ぶりとは裏腹に、その意味はまったく理解できなかった。
「未来観測?」
『そう、私を使えば未来を観ることができるのよ!』
 びしっと指をさす。
 未来を見られると言っても、説明に具体性がなくいまいちわかりにくい。
 まぁ喋る魔具ってのは聞いたことがないから、レアなのは間違いないだろう。
 魔法使いの作ったものってだけでも高値が付くのだから、売ればかなりの額になるのは間違いない。
「上手いこと買い手をみつければ、遊んで暮らせそうだな……」
 そう言いかけたところで、サイカが怪訝な顔で俺を見つめていることに気づいた。
「なにをひとりでブツブツ言っておる?」
「えっ?」
 改めて手元をみるが、宝玉は俺の手を離れていた。
 パンドラと名乗る銀髪少女を乗せたまま、俺の隣を浮遊している。
 サイカの黄金の瞳はソレを捉えていない。
「見えていないのか?」
「お主、幻覚を見せられておるのではないのか?」
 俺の問いに対してサイカは問いで返す。
 どうやらパンドラのことが見えても、声が聞こえてもいないらしい。
『幻覚なんかじゃないわよ! 認証ユーザにしか認識されないの! アタシ誰にでも使われる軽い女じゃないから!』
 パンドラはフワフワ浮かびながら主張するが、サイカの懸念も一理ある。
「変わり種の品物で宝を得た気になって、本命の宝をスルーさせるのか。ありえそうだな」
『うきーっ、カエル男までなにを言い出すのよ! ちがうって言ってるじゃない!』
「カエルじゃねー、俺の名前はケロエルだ」
『いいわよケロエル。疑うなら使ってみなさいよ。ちゃんと未来を観せてあげるんだからー!』
「トラップの言うことなんか聞かねーよ」
 本気で疑っているわけでも信じているわけでもないが、パンドラを使うのは後回しだ。

 その後、祭壇を調べはしたものの、これといってめぼしいものは出てこなかった。
 説明文らしき文字は見つけたのだが、生憎とそっちは自動翻訳されなかった。
 試しにパンドラに翻訳を頼んだが、気分を損ねたのか頬を膨らませそっぽを向いて拒絶された。

 他に売れそうなものを発見できなかった以上、こいつを持ち帰るしかない。
 未来観測装置というのが、どの程度信頼できるものかわからないが、利益を出せなければ次の冒険の資金がない。
 冒険には水や食料、薬だけでなく情報にも金がかかる。道具の整備はなるべく自分でするが、それだって無料じゃ済まないことが多い。
 心躍る世界に憧れて冒険者になったのに、普通に暮らすよりもよっぽど所帯臭い生活をしているのは気のせいか。
 まぁ大半が、後先を考えないサイカのせいだったりするんだが……。

 とにかく、迷宮の最深部とおぼしき場所までやってきて、宝を得ることができた。あとは、無事に脱出するだけである。
 もっとも、最後の関門である剣舞人形の撃破は、死力を尽くす必要があるだろう。
 剣術家の攻略を得意とするサイカがいるとはいえ、油断はできない。そもそも剣が相手ということでサイカが油断しているのではないかというのが不安だ。
『怖いの?』
 俺の緊張を察したのか、パンドラが問いかける。
 俺が「ああ」と応えると、彼女は当然のように解答を示した。
『だったらあたしを使えば良いじゃない』
 彼女に本当に未来を観測させる能力があるとするなら使わない手はない。
 文献よりもずっと有益な情報が得られるハズだ。
 しかし、パンドラの言うことを本当に鵜呑みにして良いのか迷う。彼女が迷宮を守る罠の一部であるという懸念は消し切れてはいない。
 結局俺は、「手にした時点で罠にかかったようなもんだよな」と、サイカの安全を優先することにした。

   †

【時間軸が冒頭後にもどる。】

 ………………………………………………………………………………。

 力を込めて目を開けと、眼球は薄ぼんやりと光る迷宮の天井を映した。
 そこには怪訝な顔でのぞき込むサイカの顔と、宙を漂う球体に乗った少女がいる。
「パン、ドラ……?」
 名を呼ばれた少女は楽しげに『そうだよ』と肯定した。
『あたしの名前はパンドラ。【未来観測装置】パンドラよ。思い出した?』
 そう言って青みを帯びた銀髪の少女はウインクをして見せた。

 己の置かれた状況が、脳内で修復されていく。
 そうだ、俺は未来観測装置だというパンドラを利用して剣舞人形と戦う未来を観たんだ。敗北時の様子が脳内で蘇り、えずく。

「顔が最悪だぞ、大丈夫か?」
「悪かったな不細工で」
 怪我ひとつしていなサイカに言い返す。
 口調は軽いが、表情には焦りのようなものがにじんでいる。心配しているのは本当のようだ。
「別に怪我したわけじゃねー。単に気分の問題だ」
 身体を貫かれた感触が身体に残っているが、それでも強がってみせる。
 いま問題なのは、そんなことじゃない。
「いったいなにを観たのじゃ?」
 サイカの問いにわずかに逡巡する。だが言いよどんだ時点で、彼女は俺の隠し事を見抜くだろう。
 ならば、回り道せず素直に打ち明けるべきである。そう判断して自分が観測した未来(敗北)の内容を伝える。

「このワシが敗北のう。魔具とはいえ剣術家相手に……」
 にわかに信じられないらしく、不満そうな顔を見せた。
「紙一重ではあったが、完全な敗北だ。支援三重奏をかけた状態で最初は互角だったんだけど、勝利を確信した瞬間に逆転された」
 サイカは「ふむ」と曖昧にうなずきつつも話を進める。
「それでパンドラとやら、ケロエルが観たという未来はどの程度の的中すると思われる?」
 パンドラを観測できなサイカが、俺の視線の先をたどりたずねる。
 パンドラ側には声が聞こえているらしく、ちゃんと答えは返された。
『当たらないわよ?』
「おいっ!?」
 答えが聞こえていないサイカの代わりに俺が絶叫する。
『うるさいわねぇ。あんたが未来を観たんだから当然の結果じゃない』
「どういう意味だ?」
 こいつは未来を観るための道具だろ。訪れない未来なら、それは未来じゃないんじゃないか?
『未来ってのはねメチャクチャ不安定で、観測した瞬間に結果が変わっちゃうのよ。
 だって、未来を知ったことで当人の行動に影響しちゃうんだもん。
 例えばあなたが転んで大怪我をしたとするわ。それを知れば当然回避しようと意識するでしょ?』
「確かにそうだが……」
『その時点で、なにも知らない未来への選択肢は消えて、注意する未来に切り替わるの。でも、怪我をしないように注意したからって、本当に怪我をせずに済むかは状況次第なのよね~」
 俺はパンドラから聞いたことを、そのままサイカに伝える。
 すると彼女から追加の質問が出た。
「では、望んだ未来が観測できたとして、その時の行動をそのままなぞれば、望んだ結果が得られるということか?」
『理論上はそうね。でも、それってかなり難しいわよ? なにも知らないで自然体で行った行動と、なにが起こるか知った状態での意識した行動。なにが起こるかにもよるけど、普通、なんらかの差異は出るものだから。災害を予知して回避するってのなら問題ないけど、今回みたいに自分の動きに対応する相手だと難しいと思う。相手が達人だとしたらなおさらね』
 達人級が相手だと、観測時の攻撃が右からだったとしても、防御側がそれを警戒した時点で見抜かれ左側からの攻撃に切り替わることがあるという。そういう些細なことで変化する事象については、観測の価値は低下するという。
「というわけらしいぞ」
 俺はパンドラから聞いた説明をそのままサイカに伝える。
 彼女は「なるほど」と言ったものの、なにか納得しきれていないようだった。
「なにが気になるんだ?」
「未来観測の力を信用するにせよ、しないにせよ、我々が剣舞人形とやらを撃破しなければ外に出られない。その部分の未来は動かないのか?」
 本来なら相手との実力差を知った時点で戦いを回避するべきなんだろう。だが、出口を封じられている以上、戦わないわけにはいかない。
 ひょっとしたら、別の方法があるかもしれないと、一縷の望みを抱いてパンドラにたずねるが、無情にも『知らないわよ』と言われてしまう。
『あたしが作った迷宮じゃないんだし、そんなの知らないわよ』とのことだ。言われてみればその通りである。


■5■

「………………ぶひっ!!」


「………………うわちゃぁ!」


「………………ばななぁ~~!」

 対人での効果は薄いと指摘された未来観測だが、それでも俺は繰り返し観測を続けた。

 剣舞人形に関する情報量を増やすことで、勝率を上げようという企みなのだが……一度として勝利できず、悪いイメージばかりがすり込まれていく。
 身体が傷つかないとはいえ、自分や相棒が殺される惨劇を繰り返し体験するのは精神的に堪える。

 パンドラが指摘した通り、剣舞人形は、戦いの毎に戦術を変えてきた。
 いや、実際に戦術を変えたのは俺の方で、剣舞人形はそれに対応しただけだ。ヤツは俺がどれだけ突飛な戦略を練っても、その度に適切な対応を繰り出し、ただの一度も勝利を譲らない。

 最初の戦いでは、サイカが正面から戦いを挑み、接戦の末、相手に存在しない内臓を狙ったが故の敗北だった。
 二度目の戦いでは、正面からの戦いでは敵わないことをサイカに伝えてから挑んだ。
 そのせいで、サイカが勝ちを急ぎ、逆転負けすることはなかった。
 しかし決め手がないまま戦いが長引くと、スタミナ面で剣舞人形が有利となる。
 あわてて俺が支援に入るがすぐに撃沈。それがサイカを動揺させまたも二人でやられてしまった。

 三度目では戦いが長引かぬよう最初から全力で挑んだ。
 スタミナの問題以外にも、戦いが長引くほどに剣舞人形のサイカへの対応が的確になっていくことに二度目の戦いで気づいたからだ。
 この作戦は上手くいくかに思えた。強引ともいえるサイカの攻撃は剣舞人形を幾度となく捉え、その鎧に傷を作っていく。
 しかしとどめの一撃というところでトラブルが起きた。
 強引な攻撃が続いたことで、サイカの使う左の刀が剣舞人形を断ち斬ることなく折れたのだ。
 すかさず俺がフォローに入ろうとするがやはり撃沈。今度も俺がやられて、動揺したサイカも道連れになってしまった。

 連続で三度の敗北を経験した俺だったが、手応えのようなものを感じていた。

――あと少し。

 サイカに意気揚々と作戦を伝え、もう一度剣舞人形に挑む。
 しかし高揚した俺たちの精神状態を見抜いたが如く、剣舞人形は防御を主体とした戦いを選択した。
 どれほど攻撃を繰り返そうとも人形の剣舞は乱れない。それは天才忍者サイカもおなじかに思えたが、そうではなかった。
 高度な剣術戦は若いサイカの精神を気づかないうちに摩耗させ、ほんのわずかなミスを誘発させた。とっさに左の刀で迫る長剣を受け止めるが、強度が足りずに押し込まれてしまう。
 一気に不利になったサイカを救うため、俺は身体を張って大剣の一撃をとめる。深手を負ったが致命傷ではない、ハズ。
 そして忍者であるサイカは素手でも強力な攻撃を放てる。

――勝った!

 四度目にして勝利を確信するが、彼女は俺の救命を優先し、大きな隙を生み出してしまう。
 そして剣舞人形は長剣を手放すと、鎧の内側に隠し持っていた短剣でもってサイカの背中を刺すのだった。

 ………………………………。

「なんで勝てないんだ?」
 敗北を繰り返し、現実にもどってきた俺はその原因を考え直してみる。
 
 未来を観測し、相手の行動パターンも把握した。
 こちらの仕掛けが変わった分、相手の行動もその都度変化しているが、紙一重の勝利をものにできないのには他にあるように思えた。

 パンドラは俺が未来を予知し、その対策をとれば未来もそれに準じて切り替わっていく言った。だから観測済みの予知は当たらないのだと。
 実際に俺たちの選んだ攻略法はその都度対処され、いつまでも勝利にたどりつけずにいる。
 相手が強いとわかっていても、その戦い方を学習しても死に方やタイミングが変わるだけで、結末は変えられない。
 もはや俺たちの敗北は運命であると、神から突きつけられたような気分だ。

――たしかに希望はなかったな……。

「甘かった。未踏破の迷宮を見つけて浮かれてたけど、まさか、守護者がここまで強いとはな……」
 後悔が身に染み、拳を握りしめる。
 すると、そんな俺にサイカが声をかけた。
「本当におまえが観ている予知は信じられるのか?」
 パンドラは『本物よ~!』と主張しているが、俺とて確信があるわけではない。
 だが、ここでだまされるよりも、実際に戦ってそのまま敗北するよりはずっといい。
 仮に実際の剣舞人形が弱かったら笑い話にするだけだ。

「ワシに貸してみろ。仮に本当に強かったとしても、直に戦い攻撃パターンを覚えてしまえば問題ないじゃろ」
「…………」
 あの地獄を彼女にも味合わせるのか。そのことに躊躇するも、このままでは埒があかないのは確か。他に手段はないと諦めた俺はパンドラを渡そうとする。
『えっ、あたし、認証ユーザにしか使えないわよ?』
 シレッとパンドラが告げる。
 そりゃ、声も聞こえないんだし、使えはしないよな。
「その認証ユーザとやらの変更方法は?」
『現ユーザの死亡?』
「死亡って、そもそもなんで疑問形なんだよ」
 結局、俺ひとりで苦労しなきゃいけないのかと思う反面、そのことに少しだけホッとしている自分に気づいた。

   †

「あべし!」

 またもサイカをかばおうと剣舞人形に俺が斬られ、そこでできた隙をつかれたサイカも斬られてしまう。
 俺は未来観測で体験をしているが、言葉で聞いているだけのサイカは毎回、初めての戦いとなる。
 斬られて動揺するなと言われていても、簡単にはいかないようだ。

 ちなみに俺が彼女をかばわなかったとしても、俺の攻撃は剣舞人形にかすりもしないので、彼女の戦闘力が低下した時点で敗北が確定する。
 サイカの技量があって、ようやく剣舞人形と拮抗できるのだ。改めて天才忍者の技量に感嘆する。

 とはいえ、これで十七回目の敗北だ。
 いまだに繰り返される敗北の輪から抜け出すことはできない。

 ………………………………。

 なんだか腑に落ちない。
 どうしてここまで勝てないんだ?

 俺たちはこれまで様々な手段で攻撃した。繰り返し挑戦できるのをアドバンテージとし、無謀な賭けにも打って出たりもした。
 にもかかわらず、必ず最後の一手が及ばずに負けるのだ。

――偶然じゃないのか?

 ここは魔法使いの迷宮で、剣舞人形はその守護者である。宝を守るために配置してあるならば、パンドラの能力になんらかの対策はしてある可能性は高い。
 例えばパンドラを使った模擬戦を繰り返されても、いくつもの奥の手をあらかじめ準備することで、その経験値を無効化するようにしているとか?
 ありえそうだ。
 相手にギリギリ勝てなかったと思わせ、敗北を繰り返させる。そうしているうちに心を折り、諦めを植え付ける。
 奥の手は有限だろうが、いまだ剣舞人形の実力の底は感じられない。
 蟻地獄にはまり込んだ気分だ。普通ならこれに気づいた段階で絶望するのかもしれない。
 隣りにサイカがいなければ俺も自暴自棄になって、無謀な特攻に踏み込んでいただろう。

――だからって、このまま続けて、本当に攻略の糸口をみつけられるのか?

 思考が負のスパイラルに落ち込んでいると、パンドラが俺の顔をのぞき込んだ。
『壊れた?』
「どうかな」
 かなり参ってはいるが、まだ壊れてはいないと思う。だがこういう時の自己評価は往々にして当てにならないものだ。
『まぁ、短期間でこんだけ未来を観たら、ちょ~ちょ~疲れるよね。つか、自分と恋人が死ぬような未来を繰り返して観るとか並のマゾじゃないわ』
 変な勘違いをしたパンドラが、腕を組みながらウンウンとうなずく。

「恋人じゃねーよ」
 俺とサイカは、そんな簡単な間からじゃないと否定するが、例え魔法道具でも女という輩は自分の思い描いた恋愛観は変更できないらしい。
『わかってるわかってる』と絶対にわかっていない返事をする。
 まぁいいか、そんなことよりも次だ。いいかげん、なにか攻略のヒントくらいは見つけたいものだ。
 パンドラの使用中はほとんど時間は経過しない。短時間で一気に経験を詰め込むせいか、脳への負荷は半端なものではないが、それでも我慢できないこともない。

「そのへんでやめておけ。いくらなんでも消耗が激しすぎる」
 サイカが中止をもとめるが、彼女のためにもそれを受け入れるわけにはいかない。
「俺なら大丈夫だ。こんなの一〇〇回やったって屁でもねぇ」
「そもそもおまえにしか見えていない、ソレの言うことを信じて本当に大丈夫なのか?」
『なんだとー!』
「大丈夫だよ」
 俺を信じるようにサイカに伝える。
 俺は彼女ほど鋭敏でもないし、ウソを見抜く才能をもっているわけではない。
 だが、パンドラからは自分を信じて欲しいという、想いのようなものをうっすらとだが感じる。そういう必死さにウソはつけないものだ。

「こいつの能力は本物だ。おまえはいつも通り、デカい態度でデ~ンと構えとけ」
 そう言って、十八回目の戦いに挑もうとする。
 しかしそれはサイカによって封じられた。あっさりバランスを崩され、身体を床に転がされる。
 そしてそのまま膝枕の体勢に誘導された。意外と柔らかな肉の感触が俺の頭を支える。
「なっ?」
 反射的に身体を起こそうとするものの、額に指先を当てられただけで動けなくなってしまう。
「休憩だ、休め」
「でも……」
 まだ攻略の糸口もつかんでいない。食料に余裕があるとはいえ、のんきにしてられる状況じゃない。
 仮に剣舞人形を倒せたとしても、それだけで迷宮から出られると決まったわけでもないのだから……。
「ひどい顔をしておる」
「不細工なのは今更だろ。何年の付き合いだよ」
 サイカはそういう意味ではないと、わかっていて茶化すなと俺をたしなめる。
「いい加減働きすぎじゃ。頑張ってはいけないところで頑張りすぎている。それで突破口を開ける時もあるじゃろうが、今回はそうではない」
 そう言うと彼女は、俺の口に黒くデカい球体を押し込んだ。
「不味っ」
 愚痴るが吐き出しはしない。
 これは兵糧丸といい、非常用のハイカロリー携帯食である。滋養強壮に多種多様の材料が練り込まれているらしいが、秘伝ということで材料は教えてもらったやいない。
 固くて食べづらく、甘いクセに妙な苦みが含まれていて非常に不味い。だが体内の血管が膨張し、身体の隅々に栄養が行き届かされていくのが実感できた。
 血糖値が上昇したせいか、次第にまぶたが重くなってくる。
「どうせ甘いものなら、どら焼きが食いたかったな」
「ここから脱出したら、ワシがおごってやろう」
 サイカが景気良く言ってくれる。
 『どら焼き』とは和菓子と言う東方伝来の菓子の一種だ。円盤状のカステラ風の生地に小豆で作られた餡を挟んでいる。ふんわりとした生地の食感と独特の甘みと餡子のコラボがたまらない逸品である。
「なに言ってんだ、お宝を得て帰還するんだ。店ごと買い占められるぜ」
「そうだな、その暁には毎日すき焼きだな」
「極上の牛を一頭まるまる買い占めるか……」
 そんなバカみたいな話をしていると、俺の意識は次第に闇へと溶けていくのであった。


■6■

 サイカは忍者とよばれる東方の一族の末裔である。
 その素質はズバ抜けていて、幼い頃から天才の呼び声を欲しいままにしていた。
 彼女は大きくなったら一流の冒険者になって世界中を遊んで回るんだと豪語していた。
 冒険者としての仕事は、忍者としての能力を生かすにうってつけの職業と言えたし、好奇心の強い彼女にマッチしているようにも思えた。
 だから俺の憧れは彼女へと移り、その背中を追うことを決めたんだ。
 もともと冒険者に対する憧れはあり、剣術の訓練はサイカと出会う前からしていた。村ではスジが良いと褒められ、いずれ世に出て一流の剣士として名を広めるのではないかと期待された。
 でもそれは、狭い村で少数を相手にしていたから褒められただけのことにすぎなかった。あるいは単に子どもを褒めて伸ばす方針だったのかもしれない。

――だがおかげで俺は時間を無駄にした。

 サイカに追いつこうと、どれだけ必死に努力を続けても、彼女との実力差は詰まるどころか広がっていくばかりだった。
 忍者を目指す彼女の方ができることが多い上に、単純な近接戦闘でも足下にも及ばない。
 サイカと出会ったことで、自分が小さな井戸の中で無双する矮小なカエルでしかないんだとようやく思い知った。

 凡人でしかない自分が、このまま剣の道を進んだところで、十把一絡げのとるに足りない存在で終わるだろう。
 そう考えた俺は、魔術を覚えることにした。
 魔術士は希少な存在だし、冒険者をやっているような者は更に稀だ。
 それに、いかにサイカが天才であるとはいえ、その才能は身体を使ったものだけで、魔術には興味すら持っちゃいない。俺がそれを補完することで、困難に対する対処法が増える。そうすれば無敵が超無敵に格上げするに違いない。そんな幼稚なことを考えたからだ。
 もっとも、諦めの悪い俺がサイカに出会ってから剣を手放すまで、何年もの時間を要することになったが……。

 残念ながら、俺には魔術士としての才能もなかった。
 魔力と呼ばれる才能が低いため、攻撃魔術を覚えられたとしても、その威力はたいしたものにはならないだろうと宣告された。
 だが、そんなことはやる前からわかっていた。繰り返すが、自分は凡人である。それも無駄な鍛錬で何年も無駄にした、愚かな凡人。魔術士になったところで、派手な活躍ができるなんて、これっぽちも思っちゃいない
 だが、俺が魔術を覚えることで、パーティーとしての選択肢が増えることになる。たとえ、三流でも魔術士がいるといないでは、迷宮内での生存率は大きく変化するのだ。
 火力に期待が持てない俺は、最初から器用貧乏の道を選んだ。
 そのことで師匠となってくれた魔術士は嫌な顔をしたが、頑張って火球の威力を上げようとしたところで、弓よりも射程が短いし、近くなら棍棒でぶん殴った方が早い。回復魔法も薬草を使うよりはマシ程度でしかなかった。
 試行錯誤しているうち、自分が扱える魔術で一番効果的と思えるものは支援魔術だと気づいた。
 支援魔術は魔力よりも、基の身体能力が大きく影響する。俺の身体能力を三割上昇させたところで、普通よりもちょっと早い程度の効果しか出ないが、サイカの身体能力を三割も上昇させると、まともに戦える者がいなくなるほど莫大な効果を生み出す。
 まぁそんなんなくても彼女はバカみたいに強いんだけどな……。


「目を覚ましたか?」
 夢から抜け出すと、いまだサイカに膝枕されたままだった。
 恥ずかしさがこみあげてくるが、身体はまだ起き上がろうとはしない。
 幸いなことに、見事な山脈が視線を遮り、直接彼女の顔を見ないで済んでいる。おかげで、間接的にでも自分がどんな表情をしているかを知らずに済んだ。

「どれくらい寝てた?」
「たいした時間ではないのう。夢でもみていたのか? なにやら妙な寝言を言っておったぞ」
「昔のこと、ちょっとな……」
 俺が言うと「楽しかったな」とサイカはなんの躊躇もなく言い切った。
 大変な苦楽があり、死にそうな目に何度もあった。彼女について行くのに必死すぎて、俺には楽しかったなんて思いはなかった。
 それでも笑顔を作り「ああ楽しかった」と同意してみせる。
 楽しいと思ったことはなくとも、彼女の背を必死に追いかける日々が充実していたのは確かなのだから、それでかまわない。
 凡人である自分がここまで来られたのは間違いなく彼女のおかげである。
 だが、俺が凡人でなければ、もっと優秀な冒険者だったのならば、彼女をこんなところで終わらせることはなかっただろう。
 そう思うと、一度は枯れた涙がもう一度浮かんできた。
「泣くな」
 気配で察したのか、顔も合わせず彼女は言う。その言葉は何故か楽しげだ。

 いまがそんな状況でないことはわかっている。
 このまま迷宮内で屍をさらす未来が待ち受けているかもしれない事実も。
 それでも、楽しげなサイカを感じていると、唐突に思ってしまった。

――こいつ俺のことが好きなんじゃね?

 と。

   †

 サイカという存在は初めて会った時から異色だった。
 黒髪が多いという東洋人でありながら、その髪は金色で、肌は褐色。村にあっては稀な色彩をまといながらも、誰の目を気にすることなく気ままに行動する。
 黄金に輝く双眸を不気味だと嫌う輩もいたが、そういった連中ですら、少し交流した程度で心を許してしまう。いわゆる天性の人気者というヤツだ。

 それでいてサイカは群れることはない。 
 彼女が集団を嫌っているから……というのは、理由の半分だ。
 俺のように羨望をもって彼女に近づいてきた者は、みな己と彼女との才能差を悟り、強烈な劣等感を抱く。誰だって自分が弱く、情けない存在とは認めなくないだろう。結果、誰もがサイカから距離を取っていくのだ。
 残っているのは俺くらいなもんだ。
 
 それは恋人のような甘いものではなく、その背中を追い続けてきた結果だ。
 俺如き凡人が彼女のような超絶的な天才に釣り合うわけがない。
 サイカも俺みたいに弱いヤツと付き合おうとは思わないだろう。
 そう思い疑わなかった。

――本当にそうか?

 気に入らない奴をそばに置いておくほど、サイカは人間ができていない。
 気に入っていても、別段それを贔屓(ひいき)することもないが、必要以上に固執することはない。
 いま、こうして彼女の膝をゆるされているのもその度量故のことだろう。

 彼女は俺を仲間として一定以上の信用と友情をもっていると思う。これは思い込みではないハズだ。
 だが、それ以上の可能性もあるんじゃないだろうか?
 その考察は未練だったのかもしれない。
 あるいは自己都合な願望。

 それでも俺は自身を抑制することができなかった。

「なぁ、サイカ」
「なんじゃ?」

「俺、お前のことが好きだ」
「そうかありがとう。ワシも好きじゃぞ」

 いつもと変わらぬ軽い返事。
 想定内。
 だが、これでは終われない。

「いや……そうじゃない。
 仲間としてじゃなくて……男として、お前が好きなんだ。ここを生きて出たら……結婚してくれ」

 迷宮の静寂が、妙に長引いた。
 それが告白としてどの程度の完成度だったかはわからない。それでも意図はしっかり伝わったハズだ。

――返事がないと言うことは……

 息を呑みながらまぶたをあげる。
 頭をあげ、のぞき込んだ彼女の表情は、予想したどれともちがうものだった。

 わずか以上の怒気が含まれている。
 告白に対する怒り……そう思ったが、ちがった。

 サイカは俺に告げる。
「その返答はできない」と。


■7■

「その返答はできない」
 サイカの言葉に俺の心臓は握りつぶされたかと思った。

 彼女が自分を好いてくれると確信があったわけじゃない。
 不細工(俺)が本気の告白をしたことで、『気持ち悪いことを言うな』と罵倒される覚悟もしていた。
 だが、その心構えをもってしても、彼女の返答拒否は魂に重く響いた。
 わずかでも救われることを望んだ魂は、せめてその理由を聞かせてくれと欲する。
「どうして?」
「お前がウソをついているからだ」
 熱を持たない言葉が冷たい空気に響く。
「ウソなんてついてない!
 俺はサイカ、おまえのことが好きなんだ。昔からずっと憧れていたんだ。
 だから、おまえの背中を追いかけて、こんなところまで……」
 自らの潔白をこれまでの経験を交えて伝える。されど彼女の表情は緩まない。
「その話を疑ってはいない。
 そうじゃな……ウソでなければズルか?
 ワシが問題視しているのは、ヌシがこの場において、なんらかの保険をかけて挑んでおるということじゃ」
 その指摘にギクりとする。
「必死なのは伝わる。
 だが、『失敗したらやりなおせばいい』という投げやりな気持ちが覗けてみえる。
 あるいは告白そのものがなにかの実験なのか?」
 彼女の黄金の瞳は、俺のすべてを見透かしていた。
「ああ、そうか、これはオヌシが見ている幻、観測世界というヤツなのじゃな?」
 指摘された瞬間、観測していた未来が崩壊した。
 俺は現実世界でも崩れ落ち、自分のしでかしたことを後悔する。
『や~い、振られてやんの』
 パンドラのからかう声で本気で死にたくなった。

   †

「大丈夫か?」
 観測世界から戻ってきた俺に、サイカが心配した声をかける。
 目の前の彼女は、俺がズルの告白をしたことを知らない。
 俺だけが罪を自覚している。だからこそ居心地が悪い。

「まだ顔色が悪いの。もう少し寝ておれ」
「もう大丈夫だ。安心しろ」
 そう言って俺は自らの足で立ち上がった。
 俺は自らの頬を両手で叩くと覚悟を告げる。
「サイカ、もうお前を殺させなんかしない」
「?」
 意図がわからぬのだろう、彼女は不思議そうな顔をした。
 告白の結末を未来視で予知しようとしたのは、恥ずべき行為だ。
 だが、そのことにより俺は自分自身を改めて認識しなおした。
 駄目さと……諦めの悪さを。
 そしてそれこそが、俺の本質であり強みであるということも……。

 それから俺は、1023回の死を乗り越え、ようやく勝利の糸をつかんだのだった。

   †

 観測世界で繰り返し剣舞人形と戦い続けることで、ようやく勝利の方程式が確立された。
 あとは体調を整え、実際に挑むだけだ。
「またせたな」
 俺はサイカに、剣舞人形の再現性の高い攻略方法を確立したことを告げる。
 そんな俺をサイカはどこか感慨深そうに見つめた。
「わずかな時間でずいぶんと男前になったのう。これはワシからの褒美じゃ」
 収納袋から何か取り出すと、俺に手渡す。
 それはどら焼きだった。しかも名店のお高いヤツである。
「おまっ、どうしてこれを?」
「収納袋に入れてあったのを忘れておったのじゃ」
 絶対ウソだ。ひとりで食べる気でいたな。
「これがあるなら、兵糧丸なんか食わすなよ」
「こういうのはもったいぶってこそじゃ」
 収納袋とは原理不明の収納魔具のことである。
 そこに入れたものは重さも感じずに持ち運びが簡単になる。魔法使いの遺産のひとつでいまだに原理を解いた者はいない。
 また、入れたものは時間経過の影響を受けないらしく、薬や食料を入れても傷むことがない。かなり便利なもので、これがあるからこそ、冒険者という職業が成り立つという学説まである。
 問題があるとすれば、無限に収納できるというわけではなく、その収納力はお値段に比例するというところか。
 俺も持ってはいるが、たいした量は入らない。それでもふたりで活動する俺たちには、持ち運びできる物量が増えるのは、ありがたいことこの上ない。
 俺は手渡されたどら焼きを正確に半分に分けると、一方をサイカに返却する。
「本当におぬしは変なところで気を使うのう」
「どうせ、最初から俺がこうするって見越していたんだろ?」
「そうなんじゃがな」
 二人で笑いながらどら焼きの甘みをかみしめる。
 これを最後の晩餐になんかしない。
 サイカを無事に返す作戦はできている。
 俺自身も生きて帰る。
 そこまでやって完遂だ。

 パンドラが『ふたりで美味しそうなもの食べてずるい』と言っていたが、食べられるのかと欠片を分け与えようとしたが、彼女はソレを持つことさえできなかった。

   †

「それじゃ、準備にとりかかるとするか」
 俺はサイカに作戦の内容を伝える。
 膨大な死の先にようやく見つけた、細い細い生還の糸口を。
 それを何重にもよりあわせることで強い紐へと強化してある。
 縄と呼べるほど入念な準備ではないが、勝機は充分だ。

 作戦を聞いたサイカは驚いて見せたが、反対しようとはしなかった。
 ずいぶんと無謀な作戦を立てたつもりでいたけれど、どうやら彼女の器の大きさを、俺はまだまだ見誤っていたらしい。


■8■

 そこは闘技場を思わすドーム状の空間だった。
 観客が入る予定だったのか、あるいは単なるデザインの踏襲なのか客席までしっかり用意されている。
 そして闘技場の中央には、長大な剣を地面に突き立てた剣舞人形。魔法銀の鎧をまとった骸骨の騎士は守護神のごとく、俺たちの行く手を塞いでいる。
 その向こうには封印された扉があるが、剣舞人形を倒すまでそれが開かないのは確認済みである。

 魔法により生み出された怪物は呼吸もなくたたずんでいる。
 魔法銀で作られた、ドクロの騎士なんてイカれたデザインだと思っていたが、繰り返し戦うことでだいぶ見慣れた。
 そして、そこに工学的な意味を見いだすと美しくすら思えるようになっていた。

――もっとも本当に戦うのはこれが初めてなんだけどな

 予知では何度も戦っていたが、実際にはこの場に足を踏み入れるのさえ初めてである。
 そんな矛盾に苦笑する。
「支援五重奏《ペンタサポート》」
 魔術文字を虚空に描き、支援魔術を発動させる。
 赤い光が身体を包むと効果が発揮される。
 筋力は増強され、敏捷性も向上、さらには脳にまで作用し、視覚情報まで強化されている。
 サイカから「かえって戦いにくい」と言われ、普段は行わない聴覚強化と興奮作用を伴う精神力も強化も付与した。
 通常は持て余す強化だが、未来予知で繰り返し試したことで調整は十全である。
 もっともここまでやっても『俺』の身体能力はサイカよりもだいぶ低い。
「期待しているぞ」
 サイカは指定した位置に立つと刀を鞘に収めたまま抜刀の構えをとる。
 俺はそれに「おう」と応え、長剣を構える。剣の道を断念してからもずっと腰に差し続けていた長剣を……。

 剣舞人形とは俺が戦う。
 この剣で。

――我ながら未練がましいと思っていたが、まさかこの局面で役に立つとはな……。

 皮肉な運命に笑みがこぼれた。

 サイカには指定した位置で構えたまま、決して動かぬよう頼んである。
 俺は未来予知を繰り返し使い、これからの出来事を『予習』した。だが彼女にはそれがない。
 言葉でなにが起こるか伝えても、実際に体験が伴わなければ細部まで伝え切れないのだ。
 なので彼女にはそこで置物になってもらうことを選んだ。
 いつでも攻撃できる態勢でありながら決して動かない。
 そうすることで、剣舞人形の意識を分散させ、行動を制限する。それは俺が観測した未来を固定する重要な重しとなる。
「勝ってこい、ケロエル」
『やっちゃえやっちゃえー』
「任せとけ」
 俺は期待に応えるべく、剣舞人形へと立ち向かった。

   †

 剣の道を諦めた凡才と、あらゆる物事に天才的才能を発揮する忍者(サイカ)とでは、努力でも魔術でも埋められぬほど大きな差がある。
 そんな彼女が幾度となく戦っても勝てなかった相手に、俺はたったひとりで挑む。
 俺にあるアドバンテージはひとつだけ。
 剣舞人形と膨大な戦闘経験を積んだことだ。
 必死で挑み、何度も殺され続けた。その結果、相手の剣術を完全に網羅した。
 剣舞人形の予備動作や状況を見るだけで、次の行動が読めるほどに。

 剣舞人形の剣が空を薙ぐ。
 それが届くよりも先に俺は横にずれる。
 薄くかすった刃が、俺の頬から血を流させた。
 これを受ければいきなり瀕死。されど完全に避けると、攻撃の変化が無尽蔵に増え、対処できなくなる。
 だからあえてかすらせる距離に身を置くことで未来の選択肢を制限するのだ。
 それはまるで将棋の研究のようなものだ。
 全部の手筋を読むのは膨大な時間と労力がかかる。故に状況を限定することで、必要な修練を効率化するのである。
 もっとも、それをしてすら、こいつに勝利するにはあきれるほど多くの情報が必要となったが……。

 魔術で向上させた筋肉と神経を全力で用いて、剣舞人形の攻撃をかわし、さばく。
 剣へのダメージも考慮し、淡々と最善の一手だけを求め、指し続ける。

 応酬が二十手目を超えたところで、剣の速度がひとつあがった。
 それは俺の反応速度を超えた圧倒的な剣撃。
 本来ならば回避不可能。
 しかし幾度となくその剣で引き裂かれた俺は、躱すタイミングを身に刻み込んでいる。
 未来視での訓練は肉体に変化を及ぼさない。どれだけ切り刻まれようと無傷なままだし、繰り返し剣を振るっても筋肉が発達するわけでもない。
 だが脳に刻まれた記憶という名の傷だけは癒やされないのだ。それは俺にとって経験と言う名の莫大な栄養となっていた。
 パンドラの未来視能力は正しかったらしく、剣筋は予定以外の道筋を描かない。ただの一度たりとも。
 俺自身の汗の掻き方までも完全に再現していた。

――やるじゃん

 心中でパンドラの能力を賞賛する。
 条件が変われば変わる未来(結果)でも、条件を固定しちまえば望んだ未来だけが訪れる。
 そのために呆れるほどの労力は必要となるが、そんなもん知ったこっちゃねぇ。

 97手目。
 その剣が俺の左腕を捉える。
 俺は体勢を崩すが、それも予定通りである。

 いくつかの分岐をただしく選択した俺は、必勝パターンへと入り込んだことを確信する。
 これまで未来視の中で繰り返して死んできた。
 すでに現実と妄想の境は曖昧で、死線の上を踊り続けても心はまるで震えない。
 淡々と目的の未来(ゴール)にたどり着く手順を進めていくだけだ。
 繰り返し振るわれる剣で、俺は少しずつ身体を削られていく。血が流れ、目の前が暗くなっていく。
 だが、地獄を目指して進む骸骨兵のように、俺は着々と勝利への道筋を歩み続けていた。

 そして、255手目。
 剣舞人形の剣が俺の身体に深々と刺さる。

 剣は刺さっても、致命傷にはならない。
 剣を握った俺の手はしっかりとその柄を握ったままだ。
 そして最後の一撃に残ったすべての力を込める。

 この瞬間にたどり着くまでに戦った回数は9765回。

――これであの地獄から抜け出せる!

 そうして繰り出した渾身の一撃は、見事剣舞人形の身体をとらえるも、その鎧を打ち砕くことは『できなかった』。

「へっ?」
 そして俺は伝説の魔具に勝利できる瞬間を永遠に逃したのだった……。


■9■

 俺の剣は鎧を砕き、その内側にある骨格の隙間を抜け、魔核(コア)を捉えるハズだった。
 だが、振り抜いた剣は鎧を砕けず、その表面を滑るだけで終わった。
 魔術で強化したとはいえ、俺の腕力では正面から鎧を砕くことはできない。
 だから、砕けやすい場所と角度を探し出し、さらに相手の勢いを利用した一撃を繰り出したのだ。
 それを見つけるのに千回ほど戦い、その成功確率を100%に近づけるため、9765回戦った。
 三千回目を超えたあたりから、勝率は9割を超えていたが、本番ではただの一回も失敗できない。絶対の自信をつけるためにも、連続100回の勝利を自分に課したのだ。そのため、想定した以上に回数が伸びたが、その分勝利(未来)をつかむ道程は完全なものになったハズだった。

――なのにどうして!?

 瞬く間に混乱に陥る。
 すぐに次の対処に移らねばサイカが来てしまう。
 俺の失敗を契機にサイカが飛び込んでくる。それはどれほどきつく言い聞かせても変えられない未来だった。
 そして俺を助けようとして、剣舞人形の剣に屠られる彼女の姿を何度となく見させられてきた。
 彼女を無事に帰すためには、俺自身も窮地に陥ってはならない。それに失敗したのだ。

 刀に手をかけたサイカが、飛燕のごとき速度で飛び込んでくる。

 俺の油断により、奇跡への道のりが閉ざされたことに絶望した。

 抜刀したサイカの刃は剣舞人形に回避される。

 俺へのとどめは中止されたが、その刃は乱入したサイカへと向きを変えた。

 サイカと剣舞人形は、そのまま剣による戦いに移行する。

 華々しい舞踏のように舞うふたりの人外は、俺という観客を置き去りにし、互いだけの領域へと入り込んだ。

 剣舞人形に疲労はない。
 だからこれまでの俺の戦いは、サイカの支援にはなりえない。
 このままいけば十数手以内にサイカは斬られ絶命する。

 なんとかしなければと思うも、なんの策も思いつかない。
 支援魔法をかけるにも、乱戦になられてはその隙もない。
 そもそも精魂尽き果てた身体は起き上がろうともしてくれない。

 そしてその時は訪れた。

 剣舞人形の剣は忍者刀を跳ね上げると、その軌道を変化させる。
 刀の勢いをそらされたことで、彼女の体勢がわずかに崩れる。
 そのわずかな隙を狙い俺の血で汚れた剣がサイカに襲いかかる。
 そして、その刃が彼女の肉体に届くよりも先、『サイカのケリがらんどうの身体を弾き飛ばす』のを俺は涙の潤む目で目撃した。

 ……………………あれ?

   †

 弾き飛ばされた剣舞人形は身体を起こそうとするが、次手はサイカが早かった。
 体勢を立て直すよりも早く徒手を繰り出す。
 サイカの手は鎧を貫き、深々とその身体を貫いた。
 すると、鎧を支えていた骨格は崩れ、その場に落ちていく。
 それっきり剣舞人形は動かない。

『サイカすっごーい』
 どこからかパンドラの賞賛が響く。

 俺は現状に驚いていた。
 何千回と繰り返した勝利への道筋が崩れたこともそうだが、そうなったときに訪れるサイカの死が見事なほどに消失した。
 その理由はまるで見当がつかない。

 あたりには焦げた金属と血の匂いが、まだ空気に残っている。
 サイカは砕け散った鎧の残骸の間から、何かを見つけ、しゃがみ込む。
 指先でつまみ上げたそれは、淡く青い光を宿した魔石――剣舞人形の胸から抜け落ちたコアだった。

「まだ無事なようじゃな。これなら高く売れるぞ。最上和牛のすき焼きが食い放題じゃな」
 陽気な声を聞きながら、俺はまだ現実を飲み込めずにいた。
 倒れているのは剣舞人形――あの、幾千の経験を経てもなお倒せなかった怪物。
 それをサイカが、あっさりと打ち破ったという事実はいつまで経っても飲み込めないままだ。

――どうして?

 念願の勝利を得たハズなのに、疑問は俺を手放したりはしなかった。
 疑問が声になっていたのか、サイカが応える。
「そりゃ、いくら強かろうと、二百手も見続ければ手筋は読めるようになるじゃろ。こっちの手の内も隠せておけたしのう」
 俺が千回戦ってようやく覚えた手筋を、彼女はたった一度の戦いで見抜いたというのか。
 この戦いで、いくらか彼女の背に近づけたのではないかと思ったが、そんなことはまるでなかったな……。

『それよりなんでケロエルは負けちゃったの? 未来視(練習)じゃ、あんなに勝ち続けてたのに』
 純粋なパンドラの疑問が響く。
 それは俺こそが聞きたい質問だった。
「おヌシの敗因は油断じゃよ」
 疑問に捕らわれていた俺にサイカが応えるように指摘する。
「そんなわけは……」
 繰り返される地獄の中で、そんなものを持つ余裕なんて生まれる訳がない。
 だが、そうではないと彼女は言う。
「最後の一手を放つ瞬間思ったんじゃろ、『これでようやく終わる』って」
「あっ……」

 サイカの指摘通りである。
 俺はあのとき確かに思った。
 ようやくこの地獄から解放されると。
 それはコレまでの9765回にはなかった感情だ。
 その大きな感情が最後の一撃に影響したとしても、不思議じゃない。

 そして、それすらも見抜いたサイカの背をみて絶望する。
 俺はまた置いて行かれたのか……と。


■エンディング■

「それでそれはどうするつもりじゃ?」
 サイカが何を言っているのか、最初はわからなかった。
 だが、パンドラのことを言っているのだとすぐに気づく。
「そりゃ売るさ。こんなん持ってても疲れるだけだ」
 パンドラがすぐ近くで『ひどい!』と声をあげるが無視をする。
「喋る魔具なんざ滅多にない。まともな鑑定士に見せれば、ひと財産どころじゃないだろ」
 確かに未来が見えるという性能は破格だが、常に抜け道があるとは限らない。今回のように最後の最後で失敗することもある。だったら実用性は低いと言えよう。
 だが、魔具としての希少性を観れば、実用性を無視した連中が高値をつけるのは間違いない。
 だったら、どっちを選ぶのが正解かは未来を確認するまでもない。
 だが、サイカは俺の言葉を「無理じゃろ」と否定した。
「未来が見られるんだぜ、当たらないけど……。それに喋るし」
 必死に高値のポイントをアピールする。
「使用者が変更できぬのなら売りようがないじゃろ。それに話をしていると主張しているのはおヌシだけじゃ」
「だったら……」
 言いかけた俺を金色の瞳が制止する。
「それはお主の寿命を削っておる。ここに置いていけ」
 指摘に心臓が跳ねた。
「自覚がなさそうじゃが、主の疲労は尋常ではないぞ」
 そういって鏡を取り出すと、顔を写す。そこに写る顔は、不細工な顔に、観たことがないほど濃い影がさしていた。
 パンドラを見ると『そんなことない! それはこいつがやりすぎだからよ!』と反論している。
「ワシはそいつが怖い。いや、それを使っているおヌシがじゃ。目に見えぬ者と会話し、のめり込んでおる。それは悪魔に魅入られた者の所業じゃ」
 真剣な言葉に息をのんだ。
 だけれど、手に入れたお宝をすんなり手放すほど無欲にもなれない。
「だけど、上手く使えば……。今回みたいに窮地を切り抜けられる」
「その油断が、とりかえしのつかない窮地にワシらを追い込むのじゃ」
 指摘はその通りだ。
 十全を尽くしたつもりで油断し、最後の最後で意識を緩めてしまった。
 その結果があの失敗である。サイカが助けてくれなきゃ、俺は確実に死んでいた。

――そもそもパンドラは、ここに封印されていたのではないか?

 脳裏にそんな疑問がよぎる。
 理由はわからない。だが強力な守護者の存在は、封印説を証明しているかのようである。
 俺はかたわらに浮かぶ、球体に乗った少女――パンドラを見つめる。
 青銀の髪がふわりと揺れ、彼女が不安そうに口を開いた。
『置いていかないわよね?』
 捨てられた子猫が、親を呼ぶような、そんなか細い声が投げかけられる。

 それでも俺は、サイカの指示した通りパンドラを置いていくことを決めた。
 そのハズだった。

『こんなとこに置いてくくらいならいっそ、壊して』
 悲壮な言葉に胸がわずかに痛んだ。
 サイカにはこの声が聞こえない。それでも俺の反応から言葉を予測し、淡々と告げる。
「慈悲はかけるな。なんと言われようと、それは魔具じゃ」
 俺はパンドラの力を使い彼女を連れ帰った未来を見ようとして……やめた。
 剣舞人形を倒すためだけに、一万近い未来を覗いた。
 ただ剣で戦うだけでも、変化は無限に存在する。
 無秩序な未来を覗いても、得られるものはないだろう。

――だからこそ、失敗作として封印されたのかもな。

 そう思うと、少しだけ憐れに感じてしまう。

『もう嫌なの。こんななんにもないところにずっとずっと孤独(ひとり)でいるのは』
 彼女の言葉には悲痛さがあった。

 結局、俺は情にほだされてしまった。

「……やっぱり、連れてくよ。面倒は俺がみるからさ」
『本当?』
 パンドラの声が、震えていた。
 その声音を聞きながら、俺は苦笑した。
「しゃべれるんだし、売れなくてもなにかしら役に立つだろ」
 未来を見る以外の実際の使い道は考えていない。
『もちろんよ』
 そう言ってパンドラが笑った。

 俺の判断にサイカは呆れ顔で肩をすくめる。
「まったく、懲りんやつじゃな」
「そういう性分なんだよ」
 俺は笑って答えた。
 剣舞人形を討伐したことで、闘技場の扉が開く。
 そこから白い光が差し込んでくる。
 長い長い闘いがようやく終わた。

 けれどこれは、次の冒険までの、わずかな休憩時間にしかすぎない。

 俺たちは長い長い冒険の坂道を、まだ登り始めたばかりなのだから……。

〔第一部 完〕
Hiro

2025年12月27日 01時40分13秒 公開
■この作品の著作権は Hiro さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:過去と未来の狭間を這い進む。
◆作者コメント:生意気な天才へのコンプレックスを拗らせた凡才の執念。


※本作は校正にAIを利用しています。

2026年01月21日 22時24分31秒
作者レス
2026年01月16日 23時35分02秒
+30点
2026年01月15日 20時13分30秒
+10点
2026年01月08日 21時08分47秒
+30点
2025年12月31日 12時52分03秒
+20点
合計 4人 90点

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