シリアルキラー

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※暴力的な描写があります。苦手な方はご注意ください。



 すわたぬきを轢いてしまったと思ったが、それは8倍の強さを持つたぬき、スーパーたぬきだった。強い衝撃とともに、軽トラが跳ね返された。
「あぶねえだろ! 気をつけろ!」
 スーパーたぬきが怒鳴った。
 スーパーたぬき如きに偉そうな態度をとられるのは、我慢ならない。だがこちらは、面倒事を避けたい状況だ。
 道路を横断しきったスーパーたぬきを無視して、俺は車を発進させた。

 くそ。すべてが気に入らない気分だった。
 言いたいことは色々あるが、まず何よりも、なんでフロリダにたぬきがいるんだ?
 いや、わかっている。当然、それは、日本から持ち込んだ奴がいるからだ。愛玩動物として。
 それはひとたび金持ちの所有となった愛玩動物の常として、飽きられて捨てられ、野生化した。
 ニュースはそのことを連日報じている。金持ちはいい加減、周りの金持ちとの『ちがい』を演じるためだけに変わったペットを飼おうとして、そしてひと時目的を果たすなり、外来種を野生化させるのをやめろ。と。
 ステイツでは、たぬきだって、ただいるだけでは済まない。こっちは肉食文化だ。ハンバーガー。バーベキュー。すべてが日本とは違う。
 日本では草だけを食べて暮らしていたたぬきが、こちらの食生活に染まり、8倍の強さを持つスーパーたぬきになるまでに、時間はかからなかった。
 俺はかつて深夜に腹が減って国道沿いのハンバーガー屋に入った時、スーパーたぬきの列の一番後ろに並ばされたことがある。スーパーたぬきはどこから持ってくるのか、25セント以下の小さい金をレジに並べて、店員に大量のハンバーガーを焼かせた。スーパーたぬきの一団のために焼かれ音を立てるパティたち。そのあとで、俺が食うハンバーガーが作られる。悪夢みたいな光景だった。

 俺がスーパーたぬきを一匹として殺さないのは、俺が腰抜けだからではなく、相手が人間じゃねえからだ。
 俺の殺人には美学がある。たぬきなんぞを殺す奴に、真の満足は訪れないと俺は信じる。

 この国にも、過去というものがあった。まだアメリカ本土にたぬきの姿はなく、当然スーパーたぬきもいない過去。小学校教師が、州の定めた教育プログラムに従い、「みんなの将来の夢を聞かせて」と生徒に投げかけた過去。そこに幼い俺がいる。「僕の夢は、父の店を継ぐことです」
 周囲と比べれば控えめなその夢を、俺はその通り実行した。俺は父親を尊敬していたから、自動車を整備する技術を受け継ぐことは誇りだった。
 だが同時に、俺は、父親とは異なる『視点』を持ってもいた。
 俺の目には、どんな車も一台として同じではなく、同じメーカーの同じ車種でも、個性があった。俺が『そいつ』に適したオーバーホールをおこなうと、どんな車も、別人に生まれ変わった。俺が手掛け、車たちは次々に走る喜びを取り戻す。
 俺の能力を目の当たりにした父親の顔を、今でも思い出せる。安心に満ちた、父親の顔。もう自分がこの世でやり残したことは何もない、という顔。
 俺は純正品よりも優れた自動車パーツを複数設計し、いずれも特許を取得し販売された。俺のパーツはちょっとしたブランドになり、アメリカ中の同業者から評価され、売れている。それは俺に十分な小遣いをもたらした。

 25歳の時の俺は、父親を殺す三日前に、自分がシリアルキラーで、これまでに399人殺していることを父親に打ち明けた。
 父親が400人目になるのは、たまたまだ。俺は数字のキリなんか気にしない。でも、何か運命じみたものを感じる気もするな。そう父に伝えた。
 三日後にあんたを殺す。身を守ってみろ。何をしてもいい。人が人を殺すと本気で決めた時、その瞬間、そこにはどんなしがらみも存在しなくなるんだ。法律、道徳、倫理、己を縛るものがある中で自由をやりくりして生きるのも、人生のひとつの側面だし、俺はそれもそれで愛している。だが、そればかりでは息が詰まるのも確かだ。父さん。これが俺の愛するゲームなんだ。
 ゲーム開始を告げてから、俺は父の前から姿を消した。三日後だ。三日経っても死ななければ、父親の勝ちだ。

 俺は、人を殺すのが好きだった。小学生の時からだった。
 理由を考えても答えは出ないし、意味がないだろう。
 俺には、そうするしかない。
 父親のことも、いきなり、殺したくなった。そうなったら俺は、そうするしかないんだ。

 父を殺すと決めてからも、俺の心は、それまでと変わらなかった。
 父親が死んだ日、間違いなく言えるのは、彼は車に乗っていたということだ。
 その日、俺は他人の名義で借りている家のひとつで眠っていた(俺はアメリカ中に別荘を持っている)。だがある瞬間、俺は急速に目を覚ました。突き動かされるようにだ。『今だ』と直感が告げるまま、俺は一本の電話をかけた。それは実家に置きっぱなしの『俺の』車の内部に仕込んであるiPhoneを鳴らす。iPhoneに連動した爆弾の起爆装置になっている。爆発はガソリンに引火する。もしもその時、誰かが俺の車に乗っていれば、黒焦げになり、確実に死ぬ。
 息子の車が、彼の棺桶になった。おそらく父は、裏をかいて、自分のではなく、俺の車に乗って逃げようとしたのだろう。だが俺には、彼がそうする未来が、『すでに起こったことかのように』わかっていた。
 そう、俺には、ひとたび殺そうと決めた人間の行動を、神のように予知する能力が備わっている。──この世界の過去と未来、すべてを知る神のようにだ。
 俺はこの能力を『神の目』と名づけた。
 父を殺すために必要な電話のタイミングが天啓のように感じ取れたように、一度殺すと決めた相手を殺すために、自分が何をするべきかが直感的にわかった。
 だが、『神の目』の正体は、おそらく、超能力のようなものではないと、俺は考えている。
 人間の無意識は、意識よりも遥かに多くの物事を知覚し、記憶しているという。俺の能力の正体は、おそらく、俺の無意識が見知っているあらゆる細やかな情報から、殺人に向けて極限まで研ぎ澄まされた精神が、必要な計算をおこない、結論を出す。その結果だけを俺が直感的に受け取る、というものだろう。
 車の改造ができるのも『神の目』の一部だ。人間の行動すら先読みする『神の目』にかかれば、人間と比べて遥かに単純な構造である車のことなど、手に取るようにわかって当然だ。

 俺の意識は、過去から現在へと戻ってくる。43歳の俺が運転する軽トラは、マイアミのビーチへ向かう。
 深夜にも拘わらず蒸し暑く、俺は、嫌な汗をかいている。
 不快さが続いていた。乗っている車が異音を立てているのも、原因のひとつだろう。くそ。俺にだけ聞こえる音。スーパーたぬきがバンパーに衝突した所為で、車の調子がずれていやがる。ごく微細なずれだが、俺はそれを感じてしまうんだ。
 自分を整えるためには、このマイアミで、人を殺さなければならない、と俺は感じている。
 そう、何よりもやはり、数日前の、あのデニース・テイラーの一件だ。あの時からだ。俺が正しいリズムを離れたのは。さっきのスーパーたぬきは、俺が悪い流れの中にいることを知らせるサインに過ぎない。俺の根本的な軸の狂いをもたらしたのは、あの出来事だ。
 だから、今すぐにでも人を殺すんだ。そうすれば、すべてが調和するはずだ。
 いつの間にか俺の頭は、これまでに殺してきた奴らの顔を、順番に思い出している。それは俺の意思では止められなかった。死人。過去の世界に囚われた奴ら。そこで時間が止まり、現在に来ることができなかった人間どもだ。
 不快さが高まり、いよいよどうにかなってしまいそうだと思ったのと同時、俺の乗っている車のタイヤが、四輪、ほぼ同時にパンクした。
 コントロールを失った車体が、今は何も育てていない畑に突っ込み、横倒しになった。
「クソ野郎が、罠にかかりやがったぞ!」
 外からの声。と同時に、車のドアガラスが割れた。外から入ってきた人間の手が、俺の服を掴み、強い力で俺を外へ引っ張り出した。
 俺は混乱の最中にあり、何かを思う間もない。なんだ? 一体、何が起きてやがるんだ?
「なんだ、この軽トラは。死体を運ぼうとでもしてたっていうのか!?」
 その通りだ。だが、お前は誰だ? 俺はマイアミに知り合いなんかいないぜ。ここには、ただ殺しに来ただけだ。
「こいつだ! 仲間をやったクソ野郎は!」
 複数人が俺に組みついてきた。俺は地面に倒され、押さえつけられた。
 空はまだ暗い。俺は星空と半円の月を見上げている。人間の怒鳴り声が俺を取り囲んでいた。
 激しい痛みを、最初、わき腹に感じた。それはすぐに全身に広がった。俺を取り囲む奴らが、ところかまわず、俺を蹴りまくるからだった。「ぶち殺せ! こいつを、トニーと同じ目に遭わせるんだ!」
 肉体に与えられる痛みとは裏腹に、俺は妙に冷静に思考をしていた。
 トニーだと? トニー・リビングストンのことか? まさか、俺が二か月前に殺した? ホテルの給仕係だった男だ。
 だが、トニーはフロリダなんかのクソには住んでなかったぜ。一体、何が起きていやがるんだ? こいつらは誰だ。
 ふと、俺をボコる集団の中に、一人、不用意に動いた奴がいた。俺の左目はそいつを捉えていた。そいつは若く、10代に見えた。俺の顔面を殴ろうとして、腰を落とした。そいつの肩の動きを見て、俺はタイミングを合わせ、左の拳を突き出した。反射的な動きだった。顎を打ち抜いた手応えが伝わってきて、ぐるんと首を回したそいつが倒れた。
「気をつけろ! 一般人は、こいつに近づくな! こいつは、二般人だけでやるんだ!」
 今、なんて言ったんだ? 疑問を感じている間にも、俺の体にはダメージが与えられていく。
「これは、二般人の戦いだ! 一般人は下がれ! こいつに太刀打ちできるのは、二般人だけだ!」
 二般人。そして、今の状況。俺の頭の中で、ピースがはまっていく。
 頭がクリアになっていくのは、俺の頭が混乱を脱し、『こいつらを殺す』と思い始めているからだ。殺しに意識が向かうほどに、俺の頭は冴える。わからなかったことの、点と点が繋がる。やはり殺人に向かう時、俺の歯車は噛み合うのだ。

 そう、俺の調子のずれは、数日前からだ。このマイアミで、あのデニース・テイラーを殺そうとした時からだった。

 俺はこの地を海水浴に訪れ、そこにいくつもある土産物屋のひとつで、デニースは働いていた。このフロリダ州、マイアミを訪れる観光客向けの商売だ。
 ほかと比べれば比較的古い建物の中で、観光客に商品を売るデニースは、何のことはない、そばかす顔の女だった。三十は越えていそうだった。だが、結婚はまだのようだった。指輪をしていないだけではなく、男がいない女なのは、雰囲気でわかった。客商売をしているにも拘わらず、ひと時も、少なくとも表面上は、機嫌良さそうにしなかった。俺は喉を潤すための炭酸のピーチジュースをこの店で買い求めたあとで、ふと、こいつを殺そうと思った。理由はなかった。晩飯を何にするかを決める時と同じだ。
 すでに父親の項で述べた通り、俺には、誰かを殺そうと思った時、どうすればいいかが直感的にわかる『神の目』がある。
 俺は直感の赴くまま、夜を待った。そして、デニースの働く店から南に2kmほどの場所にある洒落たバーで、ぶどうジュースと肉料理を頼んで、一人で食った。酒はやめておけと、直感が告げていた。
 背後のドアが開いた。その音だけで、デニースが来たと俺は思った。そんな馬鹿なことがあるか? だが見てみると、それはデニースだった。
 デニースは店の奥に入ると、次に、エプロンをつけてカウンターの向こうに現れた。夜はここで働いてるのか? なんでそんな生活を送っているんだ? 金がないのか。
 のんびり飯を食っていると、客がちらほら帰り始めた。俺は食事の代金を支払って、駐車場に停めてあるシボレーに乗り込んで、発進した。
 しばらくドライブして、また戻ってくると、仕事を終えた一人の従業員が、駐車場を歩いて横切っていた。それはデニースだった。わお。駐車場には、トヨタの車が停めてある。デニースは、あれに乗って家に帰ろうとしているのだろう。
 まさに俺の特殊能力『神の目』に狂いはなく、運命に導かれたように、現実は未来に向かって真っすぐに進む。俺の殺人が成功する未来にだ。
 駐車場には、電灯がひとつだけ光っていた。俺は駐車したシボレーを降り、デニースに近づいた。闇夜に怪訝な顔を浮かべるデニースに、俺の右手の警棒は暗く、見えにくいだろう。護身道具という触れ込みだが、人を殺すのにも使える、強力な武器だ。
 その瞬間、『神の目』が俺に、未来の映像を見せた。『デニースの脳天は叩き割られ、死体は駐車場の地面に横たわっている』。
 俺はその映像を、現実と混同すらした。このような予知はたまにあるが、俺の自信になった。間違いなく、この殺人は成功するだろう。
 デニースに近づきながら警棒を振りかぶった時、俺は彼女の背中を見ていた。俺の動作する一拍前に、デニースがその場で回ったからだった。
 俺の腹を激しい苦痛が襲い、俺の体は折れ曲がった。それがデニースの蹴りだったのを、遅れて知覚した。俺はちょうど動き出す前に息を吐いたところだったから、腹は柔らかく無防備で、固い靴のかかとが深く、みぞおちに埋まったのだ。
 苦しみに顔をあげられない俺の視界には、かろうじてデニースの足が見えた。まさか、この足が今から俺の顔面を蹴り上げようとしているようには、とても見えなかった。だが蹴りは飛んできた。顔面に。俺は蹴られながらも前に出て、デニースを押し倒した。この時にはもう、右手の武器は取り落としていた。
 こいつは一体、何なんだ? 今の二度目の蹴りは、直撃ではなかった。だが、俺の鼻は折れている。女の力ではない。いともたやすく、ペキンと折られた。
 俺は無我夢中で、押し倒したデニースの上にかろうじて這い上がり、体重を彼女にしっかりと預けた。ゲボを吐きたい胃の苦痛に耐えながらだ。
 そこで、目に何かを突っ込まれるような、最悪の感触を覚えて、俺はついに短い悲鳴をあげた。とろりとした液体の感触が頬を伝った。それは明らかに、鼻血とは違っていた。デニースが俺の目ん玉に爪の尖った指を突っ込んで、眼球を潰したのだ。俺は、左目だけでデニースを見る。表情は、暗くてわからず、怒っているようにも、無表情にも見える。
 俺は咄嗟に、デニースの顔面を狙って、左腕を振るった。だが俺がコントロールを誤ったのか、それともデニースが避けたのか、俺は素手で駐車場の地面を殴った。デニースがブリッジをして、俺の体を浮かせようとした。馬乗りの状態から逃れようというのだ。だが俺の体重は重く、体勢は維持された。
 その時俺は、俺の『神の目』が機能していないことに気づいた。
 デニースの最初の蹴りを受けるまでは、確かに、頭を割られたデニースが見え、『神の目』とのアクセスを感じていた。だが、今はちがう。
 まるで、地図のないジャングルに、裸で放り出された気分だ。
 ジャングルに光は射さず、一歩先に何があるのかもわからない。
 俺は、初めての感情を味わっている。
 どうすればいいんだ。
 まさか、俺は『自分の力だけで』、こいつを殺さなければならないのか?
 それでも、俺の体は動いた。必死の思いで、俺はデニースの顔面に、頭突きを打ち込んだ。めき、とデニーズの顔面の骨がひしゃげる、完全な手応えがあった。
 俺は体を起こし、もう一度頭突きをする。激しい音。と同時に、俺の顔にも痛みが走った。
 その時は何が起きたかわからなかったが、あとで鏡を見て真相に気づいた。俺は、鼻を失っていた。頭突きが当たる瞬間に、デニースが俺の鼻を食いちぎったのだ。
 攻撃を受けながら、躊躇なくこちらへの攻撃をおこなう。こんな人間がいるのか。一体、こいつは何なんだ。
 俺は無我夢中で頭突きを繰り返し、ついにはデニースを絶命させた。
 デニースはこと切れる最後の瞬間まで俺に抗い、俺の体に深く爪を立てて引き裂こうとしていた。その痕跡が俺の全身に残された。また、いつの間にか俺は右の耳もちぎられ、失っていた。
 殺した相手の名前を覚えておく習慣から、俺はデニースの持ち物を見て、その名前を記憶した。

 俺の意識は、またも現在に戻る。同じマイアミで、今度は集団リンチの憂き目に遭っている現在に。
 いつやむとも知れない、集団による蹴りの連続が、ある時、自然に止まった。どいつもこいつも、蹴り疲れたようだった。だが、こっちのダメージは当然、それどころじゃない。根性のねえ奴らだ。
 俺をボコっていた中の一人が、俺の目の前に、写真を突きつけてきた。二人の男が肩を組んで映る写真だ。一人はそいつ自身で、もう一人は、俺が殺した奴だった。二か月前の殺人。トニー・リビングストンだ。
「こいつは、お前が殺したのか?」
 俺の両手と両足は、それぞれ複数人で押さえつけられていて、今や身動きがとれない。「俺の友達だ。答えろ。殺したのか?」俺にできるのは、口を動かすことだけだった。
「教え、ろ。二般人てのは、何、だ」
 それはさっき、こいつが言った言葉だった。一般人は下がれ、こいつは二般人だけでやる。
 口の中がずたずたで血だらけで、まともに喋れない。血は飲んでも吐いても、すぐに新しく口の中に溜まった。
「お前は、一般人だと思って甘く見て、何人も殺してきたんだろう、クソシリアルキラー野郎。だがな、一般人の中には稀に、倍の戦闘能力を持つ、二般人がいるんだよ」
 倍の戦闘能力を持つ二般人。なんだそれは。聞いても意味がわからねえ。
 だが、それを事実として仮定すれば、説明のつくこともある。
 そう、デニース・テイラーは、そうだったのだ。二般人は倍の戦闘能力を持つだけで、普通に土産物を売ったり、バーで料理を出したりして暮らしている。
 俺の『神の目』は、俺が100人目を殺した時、急激に『見える』ようになった特殊能力だ。
 だが、俺は一般人しか殺したことがない。
 桁外れの戦闘能力を持つ二般人が相手の場合に、『神の目』がその行動を予測できず、機能不全に陥ったとしても、なんら不思議ではないってことだ。
「二般人て、のは、マイアミに、しか、いないのか?」
「知らん。そこら中にいるんじゃないのか?」
 そんなことはないだろう。おそらく、二般人は、限られた地域にしかいない。なぜなら俺は、警察の捜査を逃れるために、数多くの地域に分けて殺人をおこなってきたからだ。だが、思いもよらぬ反撃を受けたのは、あのデニース・テイラーによる一度だけだった。そして、今俺を襲撃しているのも二般人の集まりだというのなら、マイアミには明らかに二般人がい過ぎだ。
 二般人には、何か、性格的な傾向があるのかもしれないな。そいつらは無自覚にマイアミを好み、ここに集まる。
「さあ、答えろ。こいつを殺したのは、お前なのか?」
「……せよ……」
「何!?」
 焦れて俺の顔に近づきすぎたそいつ、トニーの友達だというクソの耳を、俺は食いちぎった。「ぎゃあああああ!!!」悲鳴を聞くと、俺は報われた気持ちになる。まさに、拍手と同じだ。俺は、一気に愉快になった。
「ぎゃははははは!! 男前になったじゃねえか! だが、それじゃバランス悪いだろ! 反対側も差し出せよ! 顔中、食いちぎってやるぜ! 美容整形だ! ブサイク野郎!」
 堰を切ったように、集団による、俺への暴行が再開された。靴履きの蹴り。それにどうやら、『神の目』でこいつらの行動は読めないってのはマジだ。予測のできない攻撃からは、とんでもないダメージを負う。
 何を蹴っていやがるんだ。お前たちは、俺にムカついてるのか? ええ?
 お前たちは、俺にしおらしく、反省でもしてほしいってのか? ましてや、腑抜けの蹴りでもそれが実現できると? 本気で信じていやがるのか? どこまでも、おめでたい奴らだ。人生を、本当の深さの半分も味わったことのねえ赤ちゃんたち。人を殺したことのねえ奴ららしい発想だな。
 ここには、これだけの人数がいて、俺を殺したいと思う奴はいねえのか? どいつもこいつも、怒りに身を委ねながらも、自分以外の誰かがそれを言い出して、やってくれることを願っていやがるんだ。そんな奴の蹴りが、二般人だろうが三般人だろうが、効くわけがねえだろうが。俺とお前たちは、対等のステージにもいねえんだ。
 と、俺は左目で、それを捉えた。今しがた俺に耳を食いちぎられた間抜けが、鞘から大ぶりな刃物を抜いている。猟とかをする奴が使う道具だろ、それ。奴はそれを逆手に持ち、今にも俺に突き立てたがっている。
 お前が、俺を殺すのか? マジか? だが、覚悟はあるのか?
 俺をやるのは、どっちかと言えば、あっちに離れて立ってる女かと思っ……。
 ……おいおい。
「て、めえ……やっ……た……な……」
 暴行がぴたりと止んだ。
 俺の胸の真ん中に、刃物が突き刺さっている。
 俺を取り囲む奴らは、揃って、じっと俺の顔を見始めた。不愉快だ。全員が、俺の死ぬところを見たがっている。こいつらは観客だ。そのシーンを、心待ちにしている。
 そんな中で、俺を刺した耳なし野郎が、何かを言っている。
「俺たちを集めたのは、ご存じ、デニースだ。奴は、爪で自分の体にメッセージを刻んだんだ。お前が二般人を狙ってまたマイアミに来ることも、自信を失ったお前が今度は深夜や早朝といった時間に来ることも、奴は予測した。そして同様に、自分自身の体に、お前の人相書きを刻んだんだ。お前の背格好、そして目と耳を奪ったこともな」
 またデニース・テイラーか。では奴は、俺との戦いの最中に、すでに自分が殺されることを考えてたっていうのか。俺の耳をちぎったのも、マーキングのためだった。
 そんなことまでして、あいつは何を守りたかったんだ? こいつら、マイアミの仲間をなのか?
 刺された胸は、最初は熱かったが、血が流れると、徐々に体じゅうに寒さが広がった。
 いつかは、こんな日が来ると思っちゃいたさ。だが、もういくらかは先だと思っていたな。
 その時、何の前触れもなく、神の目のビジョンが開けた。俺に未来を見せる特殊能力。
 だが、見えたのは未来ではなかった。未来ではあり得ない。なぜならそこには、スーパーたぬきが映っている。
 これは、過去だ。さっき俺の車にぶつかってきやがった、くそったれのスーパーたぬきの映像だ。
「痛かったぞ。俺を跳ねたからだ。バチがあたったな」
 とスーパーたぬきが言った。
 神の目の映像の中で、何者かが口を利くなんてこと、あるはずがない。これは、なんだ。何が起きていやがるんだ?
「お前はひとつだけ間違っている。お前の親父さんは、きっと、わかっていたさ。どんな抵抗をしても、お前のようなバケモノに殺されることを避けることはできないと。なら、彼は、何を選んだのだと思う?」
 たぬき風情が、人ん家の事情に、知ったような口を利くな。
「お前が整備した車を棺桶にすることを、彼は選んだんだ。彼はお前の才能を誇りに思うから、そうしたんだよ。そうなれたら幸せだと思ったんだ。そして、当時お前の神の目が読み取ったのは、その父親の心だったのだ」
 くそ。雑な推理しやがって。答え合わせは、今から行く先で、はっきりさせてやる。
 いや、待て。
 待ってくれ。
 おかしい。
 色々言いたいことはあるが、何よりも、なんで俺は人殺しなんかしているんだ?
 俺は、何の疑問も持たずに、人の命を奪ってきた。なんだ? 俺が、そうしてきただと? 馬鹿な。俺は、そんな人間じゃない。だが、俺がやった。なぜ。

 〇

 シリアルキラー野郎が息絶えたのを確認した時、俺は、今しがた食いちぎられた、耳の痛みすら忘れた。
 体中が脱力し、周囲が騒ぐ声すら聞こえなくなった。
 俺の頭に浮かぶのは、やはりトニーだった。奴は浮かばれたろうか。
 それとも、敵討ちで救われるのは、故人じゃなくて、やはり、残された俺たちなのか?
「まだだ!」
 誰かが叫んだ。俺はそれを無視した。とても、ものを考えられる気分じゃない。
 こいつはトニーのことは答えなかった。だが、少なくともデニースを殺したのは確実だ。デニースのかたき討ちは、できたんだ。
「そいつから、離れろ!」
 そうだ、デニースの妹は、どうなった?
 デニースの妹は、デニースが死んだ日から、様子がおかしくなった。心配した仲間が話しかけても口を利かず、ぶつぶつ一人で何か言っていた。だが、今日の作戦のことをどこかで知って、彼女はここに来た。彼女は、奴が死ぬところを見たかったのだろう。それを見ることができて、どう思

 〇

 私は、常に何事とも『無関係』で生きてきた。
 高校には行かず引きこもっていた。そのあとの仕事も長続きせず、やはり家で毎日過ごすようになった。そして、そういう危機的状況にある自分自身に対してすら、私は、親身になれなかった。つまり自分のことも、『自分とは関係ない』と思うからだった。
 私にとって、世界というものは、どこまでも他人事で、どこか、薄い膜の向こう側の出来事だった。
 トーマスは、多分、私の顔を見ようとしていた。姉の仇を討った私が、喜んでいるかが見たかったんだろう。だが、半分だけ振り向いたトーマスは、その瞬間、頭を刺し抜かれ、ぱたりと倒れた。まるで人形のように。彼は死んだ。
 目の前で起きていることは、あまりにも、現実感を欠いた出来事だった。
「ぎゃあああああ!!!! なんだこいつは!!!!」
 すべては、ほとんど一瞬のうちに起きた。
 私たちは、シリアルキラー野郎を待ち伏せし、ぶっ殺すことに成功した。
 姉の仇がリンチされ刺されるのを、私は離れて見ていた。
 その後、死んだシリアルキラー野郎の体から、ナイフがひとりでに抜けるのを、私を含め、きっと何人かは見ていた。そして、死体はほとんど曲芸めいた動きで起き上がり、そしてナイフが開けた胸の穴から、無数の触手が飛び出した。
 トーマスの頭をぶち抜いたのは、そのうちの一本だった。友達の敵討ちに来たトーマスの最後の顔は、安らかだった。だがそれは、この世に未練がないからではなく、死にたくないと思う間もなく即死したからだろう。
「もっと離れろ! そいつから、距離をとるんだ!」
 さっきから私たちにアドバイスしているこの声は、私たちの仲間のものではない。知らない声だ。どこから聞こえてくるんだ?
「くたばれ、クソ!」
 仲間の一人、二般人のパトリックが、忠告を無視して(?)拳銃を発射した。数発当たり、うち一発は、シリアルキラー野郎の頭を破壊した。
 頭もそれ以外も、弾が当たった箇所は体が破れ、内側のものを露出させた。うごめく触手が、シリアルキラー野郎の体の中を満たしていた。どうやら奴の正体は、触手人間らしかった。パトリックが頭を刺され死んだ。
 私は、起きている現実に、取り残されている。
 これまでの人生と同じだ。
 私には、いつだって、オタつくことしかない。
 この場に集まった人間の数は、十五人ぐらいだ。一般人も二般人もいる。一般人は、逃げようと背を向けた。二般人は、この触手人間と戦おうとして立ち向かった。私は、そのどちらでもなかった。そして、動いた全員が、素早くて長い触手に頭を刺し抜かれて死んだ。
「何をしている!? 早く逃げろ!」
 私は足元を見た。叫びながら素早く駆けるのは、たぬきだった。たぬきは触手を搔い潜り、奴に辿り着いて、体当たりをかました。地面に倒れる触手人間。「今のうちだ! 車に乗るんだ!」
 倒れる触手人間。その光景を見た私の頭に、感情が流れ込んできた。それは熱湯みたいで、全身が熱くなった。
 私は生まれ持ってのノロマだが、それでも私には、この場所に来ようと思った理由がある。
 それは、トーマスが奴に刃物を突き刺した時に、一度は失われたもの。だが今、もう一度、私の手元に戻ってきている。触手人間。
「でかした、たぬき野郎! そのまま抑えとけ!」
 私は、誰かが落とした鉈を拾うことで、私の人生の参加者になる。
 私は、触手人間に近づいた。触手が私のほうに伸びてきて、私の肩に痛みを与えた。かすったのか? 私は触手人間に向かって、思いっきり鉈を振り下ろした。触手を束ねたものらしい体から、固い手応えが返ってきた。二般人の腕力なら、ぶった斬れていたかもしれない。私では、大した一撃にはならない。
 だが、確かに刃が入った。
 私はすぐに鉈を引っこ抜き、もう一度振りかぶった。
 触手人間がどこからか声を発した。「てめえは、俺が怖くねえのかああああ」「うるせえええええ!!!」私は繰り返し、何度も鉈を振り下ろした。
 私に怖がってほしいのか? クソ野郎。怖がらせてみろよ。この触手人間が、逃げる者も戦う者も、正確に頭を刺し抜けたのは、もしかすると、恐怖心を探知して攻撃するからかもしれないな。
 だとしたら、お生憎様だ。私は、こいつにたった数日前、姉を殺されてからというもの、こいつを殺したいとだけ思って生きてきたんだ。いざこの場に来てみると、そう思っている人間が私以外にも大勢いて、誰も私を尊重してくれなくて、私は姉の仇を自分の手で討てなかった。
 でも、今は違う。邪魔な奴は全員消えた。出しゃばりなトーマスも、二般人も。こいつは、私一人のものだ。よくも、デニースをやりやがったな! クソ野郎が、あんな素晴らしい人間を、よくも!
 私は、泣きながら鉈を振るった。怒りが私をここに連れてきて、今は、喜びが私を動かしていた。自分の手でこいつをぐちゃぐちゃにできる喜びだ。
「なんと無茶な……人間がクリーチャーを殺すとは……」
 たぬきが言うのを聞く私は、立ち尽くしている。
 周囲では、みんなが死んでいた。残りは、私と、喋るたぬきだけだ。
 見下ろす触手人間は、ぶつ切りだった。
 私はそれを、もはやどう頑張っても、復讐相手として見ることができない。単なるゲテモノの、知らん外人が食う食材ってところが精々だ。
 それを見ていると、また怒りが沸き上がってきた。こんなみっともない雑魚に、デニースは殺されたのか。
 私は『それ』に中指を立てた。「お前がデニースを殺せたのは、どうせ不意打ちだったからだろ! クソ野郎! デニースが潰した目ん玉に、お前の金玉を移植してやろうと思ってたんだよ! 金玉すら触手になりやがって! 死ね、クソが! 死ね!」
 言い終わると、私は急に力が抜けて、動けなくなった。それから、どうしようもなくなって、感情の洪水にさらわれるようにして、わんわん泣きわめいた。
 デニースは、自分自身と私の生活のために、昼も夜も働いた。私は感謝の気持ちを一度として彼女に伝えなかった。両親すら見放した、出来損ないで引きこもりの妹。それをしつこく見放さない彼女を、煩わしくすら思っていたからだった。
 ああ、私は今、なんて寂しいんだろう。これから先、何のために生きて行けばいいのか、何もわからないなんて。

 〇

 我々がかねてより追跡してきたクリーチャーを殺してのけた人間は、生気を失った様子のまま、やがて立ち去った。私はその後ろ姿を見送った。
 クリーチャーの死骸を、改めて確認した。いくらクリーチャーでも、この状態から蘇生することはなく、間違いなく死亡していた。

 ところで、テレビの通説は間違っている。たぬきがアメリカの食事に染まったからといって、人語すら解するスーパーたぬきに進化するはずがない。
 自分がスーパーたぬきだからわかる。『私』は元々、遠い惑星からこの地球にやってきた。
 遠い宇宙のある惑星に、ごく小さな生物がいた。それは動物に寄生する性質を持っていた。
 住んでいる惑星が寿命で果てる時、同胞の多くは死に絶えたが、少数が隕石に付着し、地球に到達した。
 かつては単なるたぬきであった私は、その生物に寄生され、ひとつになることで、高度な能力を獲得した。複雑な思考を得、スーパーたぬき同士でテレパシーも使えた。
 地球生物への『彼ら』の寄生はほとんどが失敗したが、なぜか、たぬきに試みた寄生の成功確率は比較的高かった。『彼ら』の一部は、たぬきとひとつになって生き延びた。
 『彼ら』の寄生は、失敗した場合には、宿主の中に居場所を得ることができず、人知れず死んでしまう。
 だが、人間への寄生が成功した、ごく稀なケースがある。
 そういう時、人間の複雑さと、彼らの複雑さのせめぎ合いがそうさせるのか、人間は決まって狂い、我々が『クリーチャー』と呼ぶ存在に変貌した。
 スーパーたぬきテレパシーの応用で、クリーチャーの思考もまた我々は僅かに読み取り、逆にこちらのメッセージを彼に送ることもできた
 クリーチャーは高い能力を持ち、彼が『神の目』と呼んだような、人間の限界を越えた力も発揮し、そして、決まって異常な行動をとった。彼の場合はそれが、殺人の衝動という、多くの人間にとって不幸な特徴だった。彼は『何かに突き動かされるように』『ごく自然な欲求として』殺人をおこなっていたようだった。彼は不幸な被害者だった。

 だがとにかく、我々の寿命のあるうちに、クリーチャーが排除されたのは、喜ばしい。
 早速、スーパーたぬき超能力のひとつ、時間遡行をおこなうとしよう。
 我々は、複数の個体の力を合わせることで、世界の時間を巻き戻すことができる。ただしこれの弱点として、死亡した寄生生物は、たとえ時間が戻っても蘇らない。すなわち、今過去に戻れば、あのクリーチャーになった男は、何者にも寄生されていない状態で過去に蘇る。
 彼を、誰も殺していない状態まで戻してあげるのは、彼のような善良な一般人を狂わせた『彼ら』の、すなわち『我々の』責務だ。
 時間が戻れば『私』も、まだ地球に到達していない過去まで戻り、再びたぬきとひとつになれるかはわからないが、それは賭けだ。
 まあ、どうせ生き物は、運命に任せるしかないのだ。

 〇

 奇妙だが、俺は『二度目の』自分の人生を生きている。
 人を殺したい衝動に動かされ、殺人を犯しまくっていたのは、夢なんかではない。
 だが俺の人生は、過去からやり直しになった。小学校教師が「将来の夢を聞かせて」と言った。俺は父親の家業を継いだ。
 殺人への衝動を、そして神の目を持たない俺は、あちらの人生とは違い、いくつになっても不出来な弟子で、簡単な技術しか覚えず、父さんを呆れさせてばかりいる。
 父さんが定年の年齢になった時、定年と言ってもまだまだ働く気満々だったが、一般的に定年とされる年齢になった時、父さんはマイアミに旅行に行きたいと言い出した。
 気は進まなかったが、俺は帯同した。
 父さんには歯向かえなかった。観光客だらけのビーチを俺はパシられ、店で借りた二人分の浮き輪を持って歩いていた。
 すると、反対側から歩いてくる女の二人組の一人が、俺の顔を見るなり、「あっ、てめえ!」と言った。
 まずいと思った。殺人の経験を持たないこの世界の俺が、二般人の攻撃を受ければ、間違いなく死ぬ。俺は、デニース・テイラーからどうすれば逃げ切れるかを考える。
 ふと、道路のほうからたぬきがこっちへ向かってくるのが見えた。たぬきも海水浴をするのか。
競作企画

2025年08月24日 23時50分10秒 公開
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■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:一般人は下がれ! これは、二般人の戦いだ。
◆作者コメント:よろしくお願いいたします。

2025年09月01日 23時35分31秒
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2025年09月01日 01時17分44秒
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2025年08月30日 18時06分34秒
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2025年08月30日 18時06分00秒
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