危険物の取扱いにはご注意を!

Rev.03 枚数: 13 枚( 5,109 文字)

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 色とりどりの花火が、至近距離ではじけ飛ぶ。
 俺の腕に熱を伴った痛みが走る。俺は周囲の人間と一緒に走り出そうとするが、それより一瞬早く無数の光が連鎖的に爆発を起こす。
 美しい夏の風物詩のはずのそれは、轟音を響かせて俺の視界を埋め尽くし、俺に襲い掛かり、そして——

 ▽

「うわぁああ!」
 がばっと飛び起きた俺——斎藤義弘(さいとうよしひろ)は周囲を見回し、そこが何の変哲もない日本家屋であることを確かめて安堵の息をついた。ここは、祖父の家で間違いない。
「なんだ、夢か……」
 俺は今年の夏、有給を取って実家近くに位置する祖父の家に来ていた。理由は、祖父の家の片付けを手伝うためだ。祖父は昨年の暮れに大往生し、今年は初盆にあたる。
 まだ早い心臓の鼓動を落ち着けるために、ゆっくり深呼吸をした。片付けがひと段落し、疲れで眠りこんでしまっていたようだ。日はもう落ちかけていた。
 全く縁起でもない夢だ。ただ、こんな夢を見た理由にはなんとなく心当たりがある。しかも二つ。
 まず一つは、今日これから花火を見に行く予定があるから。
 地元の友人二人に連絡したところ、小さい頃にも行っていた町の祭りに行こう、という話になったのだ。ついでに祭りのラストに打ち上げられる花火も見る予定でいる。
 二つ目は、最近危険物のことばかり考えていたからだ。
 俺はこないだ、仕事上の理由で受けた危険物取扱者試験に合格し、甲種免状を取得した。その勉強過程で、俺は色々な危険物に詳しくなった。花火に使用される火薬の原料は硝酸カリウム、硫黄、木炭。このうち硝酸カリウムと硫黄は危険物にあたる。
 しかし、やけに鮮明な夢だった。火傷の感覚まであるなんて驚きだ。もしかしたら深層心理が、花火で火傷するかもぞと警告してきたのかもしれない——と、そんな事をつらつら考えている場合じゃないな。愚図愚図していたら友人との待ち合わせに遅れてしまう。
「そろそろ行くか」

 ▽

「義弘、こっちこっち!」
「遅いぞ」
「悪い、悪い」
 結局着くのが集合時間ギリギリになってしまった。案の定、二人の友人は既に待ち合わせ場所に来ていた。
「爽太、お前随分焼けたな」
「そうかぁー? 毎年こんなもんだろ。今年も九十九里浜行ってきたし」
 友人その一——林爽太(はやしそうた)は、そう言うと目で笑ってみせた。派手なアロハシャツに身をつつみ、首元には金のチェーンをぶらぶらさせている。駅前でキャッチでもしてそうな見た目だが、こいつの現在の職業は地元の魚屋の店主である。趣味は釣りとサーフィン。
「どうせお前は陽キャに交じって海辺でビーリアルだのなんだのしてんだろ? 良いご身分だなあおい。休日出勤ばっかの俺と代わってくれよ」
 隣で恨みがましくそう言う男は友人その二——金谷亨(かなやとおる)だ。こっちは全身真っ黒な服で、マスクまで黒い。血色の悪い顔をしている所を見ると、まだ激務は変わってないらしい。こいつの職業は電気技師で、趣味はFPSとかのシューティングゲームだ。何故か会社運がめっぽう悪く、ヤバい職場を引きがちな奴である。
「はあ⁉ 亨がさっさとブラック企業辞めればいいんだろー。なあ義弘」
「まあ普通に心配ではある。こないだ辞めるって言ってなかったっけ?」
「うわ、出たよ自営業とホワイト企業の無自覚マウント。そんな簡単に辞めれるわけないだろ、まだ絶賛パワハラの証拠集め中」
「なるほど」
「苦労してんねー。でも自営業には自営業の苦労があんのよ、先週さ……」
「その話長そうだから飲みながら聞くわ、ほらあっちビールあるぞ」
 俺たちは祭りの出店を男三人で回り始めた。

 ▽

 飲み食いしながら近況を取り留めもなく話していると、だんだん腹が膨れてきて、俺たちは近くのベンチで休憩を取った。
「今、何時だ?」亨が訊いてくる。
「そろそろ八時」俺は腕時計を確認した。
「まじか。そしたら、花火までは……」
「あと一時間だな」
 すると、少しの間をおいて爽太がぼそりと言った。その内容に、俺は耳を疑った。
「今日さ、花火で爆発して死ぬ夢見たんだよなー」
「えッ⁉ 俺もなんだが⁉」亨が素っ頓狂に叫ぶ。
「仕事のストレスで、パーっと死にたい欲求が見せてたのかと思ってたが……こんな偶然ってあるか?」
「俺は亨みたいな希死念慮ないはずなんだけどなー」
 そこで二人は、黙り込んだ俺に視線を移した。
「ま、まさか……義弘」
「……俺もだ。夕方昼寝してた時に……花火で死ぬ夢を見た」
 沈黙が流れる。俺の頭に、『予知夢』『虫の知らせ』といったオカルトじみた言葉が過ぎった。
「ま、まあ、ただの夢だろ。俺たち幼なじみだし? 通じ合ったんじゃね、心が」
 爽太は笑おうとしながらそう言ったが、目が笑っていなかった。
「いやいやいや流石に怖いって。なんだよそれ」亨は怯えた目をきょろきょろと左右に泳がせた。
 夢の光景を思い出して、俺は身震いした。あれほどリアルな夢は見たことがなかった。もしかして、二人も俺と同じようにリアルな夢を見たんだろうか。二人の動揺振りから、俺はそう思った。
「まあ、不気味だよな……花火行くのやめとくか?」俺は提案した。
「そうだな……」亨がうなずく。
「ああーーー‼」
 突然、爽太が大声で叫んだ。
「やべえ! 俺の息子、カノジョと花火、見に行くって言ってた!」
「お、おちつけ爽太。べつに正夢って決まったわけじゃないし」
「でも、なんか心配だろ! 俺、会場見に行ってくる」
「あ、おい!」
 走り出した爽太を、俺と亨は慌てて追いかけた。

 ▽

 結論から言うと、当たり前だが爽太の息子は父親の言うことを信じなかった。大事なデートを邪魔されて怒り心頭に発した彼は、あらゆる罵詈雑言でもって父親を拒絶した。爽太は肩を落として俺たちの所に戻ってきた。
「そう落ち込むなって。別に大丈夫だろ、お前ら普段は仲良いみたいだし。お前は良い父親やってると思うぜ」
 普段皮肉ばかり言っている亨も、気の毒に思ったのかフォローに入った。俺もすかさずフォローを入れる。
「そうそう、独身の俺たちには分かんない苦労もあるだろうけど、良く頑張ってると思うよたぶん」
「多分って言うな……多分って……」爽太はまだ項垂れた姿勢のまま俺に突っ込みを入れた。
 俺は周囲を見回した。花火会場のステージは、まさしく夢に出てきた通りで、ますます不気味だ。
「うーん……火事が起きるなら、何とか止めたいところだけど」
「義弘ってそういう所凄いな、根っからの善人というか」
「俺ら三人の良心よな」
「皆を避難させるってのはどうだろう」
「無理じゃね? 爽太みたいになるのがオチだ。それに、あと二十分で花火はじまるぞ。今から避難しても誰かしらは犠牲になっちまうし、混乱で怪我する人もいるかもしれないだろ」
「確かに……」
「そもそもだ。出火原因は何なんだ?」
 亨に問われ、俺は考え込んだ。
「真っ先に考えられるのは、花火の不発弾とかかな。花火に関する事故では一番多い」
「あー、ありそう」
「いや、違うと思う」いつの間にかシャキッとした爽太が、突然そう言った。
「えっ?」
「俺、夢で見てたんだ。火が最初に出たのはあそこだった」
 爽太が指さしたのは、ステージの近場にある串カツの出店だった。

 ▽

「ここか?」
「ああ。間違いない」
 俺たちは件の出店の前にやって来た。ここは、駅前で有名な串カツ店が出張で来ている店のようだ。
「ここの店番の兄ちゃん、顔見知りなんだよ。夢で『火事だー』って兄ちゃんが叫んでて、この出店の方見たら、火が出てたんだ。その後しばらくして、爆発があった」
「つまり、花火の爆発は二次災害で、最初に火事になるのはここってことか」亨はそう言ってガシガシと頭を掻いた。
「そう言うことだと思うね」爽太がうなずく。
「でも、どうしてここで火事が起きたんだろう? その原因が分からないと、止められない」
 俺らはそれぞれ考えこんだ。全く商品を頼まず店を睨みつける俺たちに、店番は怪訝な顔を向けている。
「そうか! 分かったぞ!」亨が叫ぶやいなや、店の隅に突進した。店番が抗議するが、全く聞いていない。
「分かったって何が?」
「これを見ろ」
 亨が掲げたのは、タコ足配線になった電源タップだった。
「定格電流超えてる、あぶねえな全く。このままじゃ過熱で発火してもおかしくねえ。火事の原因は、ショートによる電気火災だ!」
 ビシ! と亨が探偵よろしく指を立てる。
「なるほどな! 任せろ、俺が兄ちゃんにとりなしてくっから」爽太が言う。
「ああ。俺は道具とか借りてくるわ」
「間に合いそう?」
「本業なめんなよ。五分で済む」
 爽太は店番に配線が危険な状態であることを説明し、その間に亨は道具を取りにいった。しばらくすると、戻ってきた亨はすぐさま応急処置を始めた。
「よし! これで大丈夫だ」
「ありがとうございます」
 店番はそう言うと、俺たちに無料で串カツを振舞ってくれた。
「やー、良い事したな」亨は最初に見た時より、少し顔色が良くなっていた。
「ああ」
 そう返事しながらも、俺はどこか引っかかるものを感じていた。
 本当に、これで大丈夫なのか?
 モヤモヤしながらもステージに着いたときには、花火が打ちあがるまであと五分になっていた。出店に居た客も、ステージに概ね集まってきていた。店番をしていた人も、店を一時閉めてステージに出てきている。
「いよいよだな」爽太はすっかり元気になっていた。
 しかし、俺の気分は晴れないままだ。
 何だろう? 何か、見落としているような気がしてならない。
 俺は自分の串カツを見つめた。串カツ……串カツ。
「……まさか」
 俺はある可能性に思い至った。可能性は低いが——条件はそろっている。
「ごめん、俺もっかい確かめてくる! これ持ってて」
「え?」
 俺は串カツを爽太に放り投げ、出店に向けてダッシュした。
 後ろから爽太と亨の慌てた声が聞こえたが、気にしている場合ではない。
 俺の考えが正しければ——火災の危機は去っていないかもしれない!

 ▽

 串カツの店が視界に入った時、俺は息を飲んだ。もうもうと煙が上がっている。遅かったか! 
 出店に入ると、客や店員は花火の方に行っているのか、周囲に人気はない。
 俺は煙を吸い込まないように息を止め、店内を探した。露店には必ず消火器が用意されているはずだ。しかし、視界が悪くてなかなか見つからない。ようやく見つけた時には、火の手は俺の背丈を超えようとしていた。
 俺は必死に消火器を火元に向けて噴射した。
「ゲホッゲホ!」
 やばい、煙ちょっと吸った。目も痛くて開けられない。
くそ、火の勢いが止まらない。祖父の家の片付けも終わってないのに、まさか俺は、ここまでなのか? それに、このままじゃ、祭りに居る人たちが。俺の友達が。友達の、息子が——。
「義弘―! 無事かー!」
 その時、俺の鼓膜を力強い声が打った。
「消火器、周りの出店から持ってきたぞ! 三台ありゃさすがに何とかなんだろ」
「通報もしてきた、もうすぐ応援が来るから!」
「お前ら……」俺は柄にもなく涙が出そうになった。
「やば、火デカすぎだろ、急げ急げ!」
「せーので行くぞ、おらー!」
 十数分の格闘の後、俺たちはなんとか鎮火に成功した。俺たちは身体中すすだらけになって、疲れ切って地面に伸びた。駆け付けた警察やら消防やらに経緯を説明し(もちろん夢の件は言っていない)、俺たちはようやく解放された。
 祭りのスタッフによれば、このボヤ騒ぎの影響で花火の開始は少し遅れたが、中止にはならないそうだ。
「あー大変だった」
「二人とも、ありがとう」
「いやむしろ義弘ナイスだわ。でも、なんでもう一度確認に行ったんだ?」
「自然発火の線があるなと思って」
「自然発火?」
「そう。串カツって結構油かす出るだろ。あの店、油かすをザルにいっぱい貯めてたんだよ。油かすは酸化が早くて、数時間で自然発火するんだ」
「へえー、知らなかった」
 これは危険物甲種の試験勉強で得た知識である。今年取っていて本当に良かったと、俺は心から思った。

 その時、ドンと音がして、亨と爽太の顔が、鮮やかな橙色に照らされた。

「お」
「たまやー」

 空に次々と大輪の花火が咲いた。俺たちは清々しい顔でそれを見た。
俺は花火を見ながら、祖父のことを想った。
 もしかしたら初盆で戻ってきた祖父が、俺たちに危険を知らせてくれたのかもな。

「来年も来るか?」
「おう‼ もちろん」爽太は笑顔で言った。
「次までに祭りの安全担当者を締め上げておいてくれ」亨はため息をついた。
「あはは」
 俺たちは真っ黒で汗まみれのまま、いつかの過去と同じように、三人で笑った。





競作企画

2025年08月24日 23時05分21秒 公開
■この作品の著作権は 競作企画 さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:今日さ、花火で爆発して死ぬ夢見たんだよなー。
◆作者コメント:大爆発させたいと思って書き始めたのに、何故か仲良し三人組の爽やかストーリーになりました。

2025年09月01日 23時33分44秒
*** 点
2025年08月31日 21時28分38秒
*** 点
2025年08月27日 18時33分52秒
*** 点
合計 3人 *** 点

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