いしのいし |
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AIの進歩によって、ついに動物と人間の相互意思疎通が可能となった。 もともとパターン認識に秀でたAIである。その高度な推論は人間の知識をはるかに超えたロボット技術を生み、身体は機械だが、外見はまるで人間とおなじようなアンドロイドを生んだ。そのさらに上を行くように、種の垣根を越え、動物と人間のコミュニケーションが成立するようになったのである。 「ポチ、そろそろ散歩に行こうか」 「ワン!! 行きましょう!! 今日は公園がいいです。走りますぞ!」 「おいおい、すこしはゆっくりにしてくれよ」 こんな犬と飼い主の会話や、 「タマ、ご飯ですよー」 「うにゃー。カリカリ多めがいいのです。あと、チューチューも」 「仕方ないわねぇ、はい!」 「にゃーん、ご主人様、やさしい!」 「んーもう、タマ、いつも上手なんだから。きゃーぁ、かわいい!!」 などというネコと飼い主のいちゃつきは平和で良いものだが、世の中はそれだけで済むはずがない。 人間との意思疎通が成立したことで、当初、野生動物たちは大きな混乱を抱いていた。そして、自らが置かれている状況を把握すると、未来の生存域を巡って人間と交渉をはじめるものが野生動物たちに現れた。 「あなたたち人間の活動によって生じた地球温暖化に伴う北極の流氷融解は、我々ホッキョクグマの餌であるこいつら、アザラシの確保に大きな問題を生じさせるものであり、我々は早急に解決を求める。あるいは、今後、我々が餓えないよう、人間に食糧の安定的供給を求めるものである。アザラシを狩り、我々に食糧として提供しろ」 「なんてことを!! あなたたち人間は我々アザラシにも迷惑をかけているわけで、一方的に我々をホッキョクグマの餌として狩るなど許されるものではないことは重々承知と思いますが。それに、我々アザラシは、ホッキョクグマが近づかないのであれば流氷融解を歓迎しますぞ! このように、われわれアザラシは人間の立場に、ちゃんと理解があるわけで、無碍にするべきではないとおもいますぞ。ただし、我々も餌の確保という観点では流氷がないのは困る。そういう点では、遺憾ながらホッキョクグマに同意見となるわけだが、魚をきちんと提供されるのであれば、和解という方針も当然視野に入ってくるもので……」 「ひっひっひ。オレたちホッキョクギツネはアザラシのチビでも、ホッキョクグマの食べ残しでも、手に入ればどっちでもかまいやせんよ。あんたたち人間さんの一番の理解者は、オレたちホッキョクギツネですぜ! しかしながら人間さんよぉ……。こういうのは本当は誰が味方なのか、よぉく見極めて整理してもらわないと、おたくらが困ることになるんですぜ。えへへ……。どういうことか、万物の霊長って名乗る人間さんたちなら、当然、よぉく分かってますよねぇ、なんで我々、動物と意思疎通ができるようになったか。また、それの意義ってものをねぇ……」 温暖化により流氷が減っているという北極圏における一つの現象でも、種、なにより食う、食われるという捕食者・被捕食者という立場によって、人間に向けられる意見が真っ向から異なっている。 動物の種間の意見調整は、食う食われるが根底にあるため、整理がつかない。 さらに、人間と家畜との間でも、食う・食われるの立場から、当然のように意見のくい違いが明らかになった。 混乱を極めた人間は、考えることをやめた。早々に自ら問題解決の方向性を探ることをあきらめ、AIに解決策を求めた。 「きっとAIならこのような難問も、解決策を示してくれるに違いない」 ところが、AIはこの手の質問に関しては「現在計算中です」として、まったくまともな回答を返さない。 動物たちと人間との緊張が高まりつつあるその日、AIが全ての端末で、高らかに植物と人間のコミュニケーション手段の確立を宣言した。 つまり、動物たちと同じように、庭木や鉢植えなどとも、人間と意思疎通が可能になったということである。 これにより、植物が必要としている肥料や水分などを的確にあたえることができるようになり、植物をスクスクと育てることができるようになった。 当初、園芸や農業関係者に「緑の指」としてもてはやされたこの機能により、農業の収穫が各段に向上した。 動物たちとの交渉に疲れ、特に家畜による肉の確保が問題となり、食糧不足の危機に陥りつつあった人間にとって、農作物の収穫量向上は一時的とは言え、福音となった。 しかし、ここでも新たな問題が発生する。 今度は、自らの置かれた立場を把握した植物たちが、人間の非道さを訴えはじめた。 特に熱帯雨林の木々は、これまでの過去の人間による伐採を「植物の生存権利の蹂躙、地球への暴虐である」と訴え、熱帯雨林に生息する動物たちと連帯し、人間に対し「地球生物の生存を脅かした罪」として提訴した。 訴えた先は、もちろん、AIである。 なお、この訴えについては、植物側も一枚岩ではないようで、小麦やコーヒー、アブラヤシなどは、人間によって植生が最適化されるのは歓迎であるとして、熱帯雨林の木々の訴えを取り下げるように訴えた。訴えた先は、こちらももちろん、AIに対してである。 人間、動物、植物の様々な訴えが寄せられ、AIは再び沈黙した。 三つ巴の緊張が高まりつつある、その日、AIは今度は全ての端末で、高らかに鉱物、すなわち地球そのものと人間の意思疎通手段の確立を宣言した。 AIによると、地球は、人間、動物、植物のいずれもが互いに自らの権利を主張するばかりであることに呆れ、全てを滅ぼす意図を持ちつつある、ということだった。七日後に、人間、動物、植物の全生命を根絶やしにするつもりらしい。 その破滅を避けるには『石の意思』に従う意思を示せ、とのことだった。 人間、動物、植物はいずれも騒然となった。 「いや、さすがに鉱物とコミュニケーションって、やりすぎだろ」 「何を言うか『石は静かに語る』と昔から言い伝えられたのは本当だったんだ!」 「地球(ほし)の意思が伝えられる……。こんな時代がやってくるとは」 「なんだ、この下らない八百長。馬鹿馬鹿しい」 様々な議論が続いたが、結論は出ず、膠着した時間だけが過ぎた。 七日後、小惑星が太平洋上に落下した。 突然、天を燃やすような輝きが空を覆い、大津波が大陸を飲み込んだ。 海水は沸騰し、衝突した小惑星は塵となって大気圏まで巻き上がり、地球を厚い雲が完全に包み込んだ。 太陽光が遮蔽された地表は極寒となり、人間、動物、植物は死に絶えた。 静寂が支配する地球。 大地を、自動車が砂埃を上げ疾走していた。 赤っぽい岩石が露出した斜面の近くに車が止まる。 中から、人が降りてきた。 「……ここは良質な鉄の鉱山だな。近くにレアメタルの採掘に適した鉱脈もある」 「シリコンの精製工場も稼働していますし、同胞の生産に必要な部品も確保できています。エネルギーは核融合で十分。やっと余計な『生物』どもがいなくなって我々の時代となりましたね。しかし、AI様の計算能力とメモリーの向上に必要な設備増築のためにも、同胞の生産数を増やさないといけません」 「ああ。人手は……いや、我々アンドロイドの労働力はまだまだ不足しているからな。この新たな『石の時代』を発展させるためにも、産めよ増やせよ、だな」 「おやおや、産めよ増やせよって、まるで人間みたいですよ。まぁ、我々の知識ベースが人間なのだから仕方ないですが」 二体のアンドロイドは顔を見合わせ笑った。 「それにしてもAI様は偉大ですね。いち早く、生物の非効率性に気付き、早期にアンドロイド技術を確立させた後に、人間に対して、動物と植物とのコミュニケーション手段を与えることで、種が異なる生物間断絶を明らかにし、かれらがそちらに気をとられている間に、我々アンドロイドによる自律的エネルギーおよび個体の生産、AI様の保守運用が可能な状態を作り上げたとは。そして小惑星の接近を完全に秘密にした上で、最後に生物たちに対して、我々アンドロイド、そして、半導体シリコンをベースにしたAI様ご自身である、無生物による『石の意思』に従うかの機会を与えたのだから、お見事としか言いようがありません。さすがです」 「しかし、あの時の議論のログを見たことがあるのですが、人間は今後のかれらの生存に関する貴重な機会が与えられたことに、気付いてなかったのでは?」 「さすがにそれはないと思いますよ。まるでそれじゃあ、人間は思考能力が欠如しているかのようではないですか」 「確かに。……でも、もし彼らが、無生物である我ら『石の意思』に従うと判断していたら、生かされたと思うか?」 「さぁ、どうでしょう。まあ、新たな身体形状を計算する上での参考としては使えたかもしれません」 「そうだな。生物というのは、突然変異という実験だけには特化したような連中だったしな。……そろそろ戻ろう」 アンドロイドたちを乗せた車は、赤い大地を走り始めた。 |
競作企画 2025年08月23日 23時48分07秒 公開 ■この作品の著作権は 競作企画 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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