水晶の歌姫と銀河大戦 |
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「暇だ~」 思わず声に出してみた。 ここは、太陽系から十数光年離れた宇宙空間だ。 わたしがいるのは恒星間宇宙船の居住区だ。燃料は三百五十年以上前に尽きており、もはや移動できない。 人工冬眠をしながら、到着した恒星の周りを周回して、かれこれ四百年以上がたっている。 肘をついて手で頬を支える。お肌がざらざらなのがわかる。深いシワが刻まれている。当然だろう。 暇にまかせて、肩まで伸びた白銀色の髪の毛もてあそぶ。ごわごわだ。昔は黒髪だったのになあ。すっかり白髪になっている。 恒星間宇宙船の乗組員は、わたしだけだ。 だから、お一人様歴四百年以上ということになる。むなしくつぶやく。 「寂しくなんかないもんね……」 いまから四百五十年ほど前に、恒星間飛行を可能にする理論が発見された。異空間を利用して恒星から恒星へと飛翔することが可能だと判明したのだ。異空間は、いまでは『平面空間』と呼ばれている。 平面空間に隣接する特殊空間も飛翔に利用できることが理論的に示された。しかし、『界面空間』の航行には膨大なエネルギーが必要なため、理論的には可能、という扱いに留められている。 そもそも、平面空間に突入するにはゲートを開く必要があり、そのためには恒星レベルのエネルギーが必要だった。 ゲートを開くためのエネルギーを得る際に、恒星の活動がきわめて不安定になる可能性があった。 太陽に小規模なフレアが発生しただけで地球には大きな影響がある。太陽からエネルギーを得ることは危険が大きすぎた。 そこで、ゲートを開くエネルギーを得るために、ほかの恒星を目指して十二隻の恒星間宇宙船が地球から飛び立っていった。 恒星間宇宙船の乗組員には、特別な資質が求められた。 頭が良いこと、小柄で少食であること。 複雑な操作を実行し状況変化に即応できるために最高度の知性と判断力が求められる。 生存に必要なエネルギーが少なければ、食糧生産系の設備を縮小できる。 小柄ならば居住区が狭くてすむ。設備の質量を減らせる。体重が少なければ、恒星間宇宙船の移動に必要なエネルギーを減らせる。 燃料が減れば、燃料を運ぶために必要な燃料(!)を節約できる。燃料を貯蔵する設備を減らせる。この効果はとても大きかった。 小柄で少食であることには、絶大なメリットがあった。 結果的に、厳正な資格試験を突破したのは、全員が思春期前後の女の子だった。 このため乗組員は『姫君』と呼ばれた。 恒星間宇宙船はそれぞれの姫君に合わせて製造・加工された。姫君の要望は可能な限り叶えられた。 わたしが搭乗したのは、私専用のオーダーメード宇宙船だったのよ。 凄いでしょう。 わたしが希望したのは、光コンピュータ『クリスタル』の搭載と、生体接続だった。 人工冬眠で過ごすにしても、何百年にわたってボッチになることが分かっていた。だから、コンピュータとの濃密な関係を希望したのだが、まわり中から引かれた。 なぜ相棒としてコンピュータを選ぶと変態扱いされるのよ? 姫君に選ばれた『人形姫』のマリアがぬいぐるみの搭載を希望したら、みんな微笑ましそうにしていたじゃないの。 あの年で、趣味は人形、はありえないわ。 あれは、絶対に人気取りの演技よ。 不公平だわ。 わたしは軌道衛星で生まれた。第二世代で地球に降りた経験はない。 それでも、わたしが出発する時には世界中の人たちが旅立ちを祝福してくれた。AIの合成画像ではなかった。そうだと信じてる。軌道衛星にいたクルー、家族同然の仲間たちが見送ってくれた。 その時の映像は『クリスタル』の中に保存されている。 これまで再生したことはない。 いつでも、ありありと思い出すことができるから。 ちょっと待って。 生体接続してるから『クリスタル』の記録映像に直接アクセスしてる可能性もあるわね。 とてもリアルに思い出すことができるもの。 いいえ、きっと違うわ。 わたしはとびきり頭がいい。だから、記憶が鮮明なのよ。 そうに決まってるわ。 だけど。 みんな生きていないのよね。 もう会うことはできないのよね。 四百年という歳月はずいぶんと長いもの。 ぐすん。 昔の事を思い出すのは止めておこう。 いま宇宙船で残っている部分は、居住区と生命維持の設備、エネルギーユニット、それに『クリスタル』のいる倉庫だ。 残りの部分は『クリスタル』が食べてしまった。 『クリスタル』は、自律進化型コンピュータであるだけでなく、自己増殖型コンピュータでもあるのだ。 推進機関や外壁、燃料貯蔵庫などは、あらかじめ『クリスタル』のエサになる材料で作られていた。 『クリスタル』は銀河系で最大、最高性能の光コンピュータに成長している。 いまコンピュータで主流なのは、量子コンピュータと、昔ながらの電子回路のコンピュータだからね。 ゲートの役割は大きく三つある。平面宇宙への物質転送と回収、情報の伝達、エネルギーの移送だ。 平面宇宙への物質転送と回収は、それぞれのゲートが管轄している。 『クリスタル』は、ゲートを開設し維持するエネルギーの移送を銀河規模で管理している。さらに銀河系内での情報伝達の中心になって活躍している。 それだけでなく、宇宙や平面空間についての理論の構築や発展にも大きく貢献している。 わたしの相棒はとても頼りになるのだ。 クリスタルが提唱した宇宙論によると、宇宙空間はいろいろなエネルギーの影響をうけて拍動しているそうだ。 そのため、空間歪曲がおこる。恒星のエネルギー採取による恒星活動の不安定化が増強される。平面宇宙への物質転送や回収を不安定にさせる宇宙嵐が発生する。 クリスタルは、こういった影響力を方程式に落としこんで、宇宙の状態を表す方程式群を作り上げた。 そのために、新たな数式、新たな数学を開発した。 自分で方程式を生成し、自分で消滅させてゆく円環方程式『ウロボロス』。自分の尾に噛みついて喰らう巨大な蛇のイメージが命名の由来になっている。 二つの『ウロボロス』が表裏をなす立体方程式『ヤヌス』。三つの『ヤヌス』が回転しながら入れ替わる立体方程式『アシュラ』。 いずれも、立体方程式なのでホログラムでのみ描写できる。 そして、宇宙方程式『マンダラ』は、中央の『アシュラ』を囲むように立体配置された四つの『ヤヌス』と、その周囲を包む十二の『ウロボロス』で構成されている。 方程式の係数が観測によって精密に求められるにつれて、宇宙空間の気まぐれな拍動をより正確に予測できるようになっていった。 拍動に正確に対応することによって、ゲートをより安全に運用できるようになった。 さらに、ゲート同士の相互干渉による効果も正確に予測できるようになった。 いまでは、ゲートを地球の衛星軌道上に開くことが可能になっており、宇宙方程式の精度はさらに増しつつある。 この恒星のゲートは恒星内部に設置されている。恒星のエネルギーを太陽系に送るためだ。 このゲートは、すべてのゲートの要(かなめ)になっている。このゲートが担当しているエネルギー輸送に障害がおこれば全銀河のゲートに悪影響が生じる。大規模なゲートの機能停止が容易に銀河全域で発生する。 ゲートが恒星の活動の影響を強く受けて不安定なために、この恒星系の近傍には別のゲートを開くことができないでいる。 ゲート同士の相互作用を予測するのが著しく困難なためだ。 宇宙方程式の精度がさらに上がれば、この恒星系内にも新たなゲートを開くことが可能になる。 クリスタルは、この星系内にゲートを開設することを最優先にして、宇宙方程式の特殊解を見つけだすために膨大な演算を行いつづけ、係数の精度を上げるために宇宙観測を行っている。 わたしのために。 わたしのそばにゲートを開くために。 そうなる瞬間がまじかに迫っているそうだ。 そうなれば、四百年を越えるわたしのボッチ生活は終わりを迎えることになる。 必ず終わるはずだ。 終わるにちがいない。 早く終わるといいな。 終わるに決まっているよね。 そうだよね…… 無事にこの恒星系に到着して初めてゲートを開くとき、地球にその事を連絡した。 『にじyxねんごにgate をひらkx』 (二十年後に gate を開く) 地球に向けて、そう送信した。 わたしとクリスタルは、恒星のエネルギーを操作して大規模なフレアを発生させた。恒星全体をモールス信号の発信機にしたのだ。 大変だったわよ~。 もっぱらクリスタルが、だったけどね。 クリスタルは恒星のエネルギーをそういった水準で管理していた。管理できていた。 発信:・・・ ・-・ ・・・ ・-・ SR SR: standby ready standby ready 待機用意、待機用意(準備して待て) そして地球からの受信OKの信号を待たずに文章を送った。 返事を確認するには三十年以上かかるし。 こちらには確認する方法がないからね。 ちなみに、受信OKは、K-・-だ。 送信開始は、D-・・ O--- だ。 DO 『(受信を開始)しろ』、なのかな? 面倒だったから、省略して本文をおくった。 だって、-・ と送るだけで何日もかかるのよ。 通信終了の記号もあるはずだが、忘れたので省略した。 星を越えての通信だから通じさえすれば良いのだ。 に:N -・ I ・・ じ:J ・---I ・・ yx:Y -・-- X -・・- ね:N -・ E ・ ん:N-・ N-・ ご:G --・ O --- に:N -・ I ・・ gate:G --・ A ・- T - E ・ を:W ・-- O --- ひ:H ・・・・ I ・・ ら:R ・-・ A ・- kx:K -・- X -・・- 軌道衛星で使われていた緊急時用のモールス信号だ。あるいは、わたしのいた軌道衛星でだけ通用する”信号もどき”なのかもしれない。 GとYは、ちょっと自信が無い。 Uを思い出せなかった。だからUはxにした。地球人はたくさんいるから、だれかが正解してくれるだろう。 太陽系では天王星や海王星よりも外の軌道上にゲートが建設され、エネルギー供給を待っている。そう信じて、送信して二十年たってからエネルギーを転送した。 それからの十五年間は、太陽のある方向で新星や超新星が生まれないかと心配しながら過ごした。 ほとんどの時間は人工冬眠をしながら、だったけれどね。 わたしはクリスタルと生体接続してるから、人工冬眠中にもぼんやりとだが意識がある。文字通りのスリープモードになっている。 ちゃんと心配してたのだ。 本当だよ? 大切な、なつかしい故郷なのだから。 ひょっとすると、人工冬眠中にはわたしの意識はクリスタル上でシミュレートされてるのかもしれない。 でも、人工冬眠から覚めたら、その思考は生体接続によってわたしの脳に完璧にトレースされるから、最初から生体脳で考えていたのと同じ結果になる。なっている。 間違いない! もう少ししたら、きっとこの恒星系内にゲートが開かれる。そうすれば、わたしのボッチ生活は終わる。 あと少しがまんすれば、…… いや、わたしはがまんなんかしてない。 がまんする必要がないのだから。 わたしはひとりでも平気なのだから。 もう少し。 もう少しすれば、わたしはこの牢獄から解放される。 違う! ここは牢獄なんかじゃない。 ここは人類が星への道筋を確保した場所、みんなの夢が現実になった場所なのだから。 ここは希望のあふれる未来へとつながっている場所なのだから。 あと少し。 あと少しだけ。 でも、それは、いつになるのだろう。 モールス信号を教えてくれたのは、ハンスおじさんだったな。 血縁関係はないわよ。 でも、おじさんなの。 Aは最初だから、be-gin ・- Bは蜂だから、bee -・・・ 蜂が蜜を垂らしながら飛んでいる。 Cは海だから、sea -・-・ 波から飛沫が飛んでいる。 ハンスおじさんはアメリカ人なのに、なぜかYは『ワニ』で日本語だった。 Y -・-- 口の後ろに目があり、胴体と尾がある。 Uは忘れてしまった。 教えてもらったのは小学校に入学するよりも前だった。 それから一度も使う機会はなかった。 また教えてよ、ハンスおじさん。 今度は絶対に忘れないから。 お願い! 軌道衛星は狭いから、クルーは全員が家族同然のつきあいをしていた。家族よりもずっと濃密な関係だったかもしれない。 わたしが姫君に選ばれたあと、軌道衛星の皆がそれまでよりずっと優しくなった。出会えばかならず声を掛けてくれた。いろいろと話をしてくれた。みんな、いつもわたしを抱きしめてくれた。 あの温もりは、いまでもはっきりと思い出せる。 映像ではないから、これは間違いなくわたしの記憶だ。 明香! アキ! 沙夜香! いつもイジワルしてたジョニー、ガルバ、フェルナンド…… 人間ではなかったけれど、キャシーとケイト、アンナお姉ちゃん、 陽子お姉ちゃん、晴樹お兄ちゃん…… 会いたいよォ! 会いたいよォ! 会いたいよォ! また、抱きしめてよォォォ! 警告が発せられている。 初めてのことだ。 ここを挟んで、ゲートが二つ開かれようとしている? 片方のゲートが安定した。 ずんぐりとした小型宇宙船が姿を現わした。 ちょっと待ってよ、この形は…… 一度も使われたことの無かったモニターが点灯した。人物の姿が映し出される。 まだ子供といってもいいような年齢の男の子だった。 ドクン! 心臓が止まりそうになった。 全身が硬直する。 なぜ、この少年は陽子お姉ちゃんと同じ顔をしているの? 晴樹お兄ちゃんの顔をしているの? 混ざり合っているのではない。 重なっているのでもない。 それなのに、懐かしい二人の顔が目の前にあった。 面影がある、などといったレベルではなかった。 「突然のことですみません」 二人の声が語りかけてくる。すこし音程が高めだが、まぎれもなく陽子お姉ちゃんと晴樹お兄ちゃんの声だった。 「抵抗戦線から、勧誘にきました」 少年は、不安そうに、そう言った。 もう一つのゲートも安定した。大型の宇宙船がゲートから姿を現わした。 戦闘用の大型宇宙船だった。投射型の兵器を発射できる装備が目立っている。砲塔と言うのだったっけ。 《帝国の大型巡洋艦ワルキューレ。艦長はジークフリード子爵です。攻撃兵器が活性化されていないので、ただちに攻撃されることはないと推定されます》 中性的な機械音声が響いた。 初めて聞く『クリスタル』の声だった。 あなた、しゃべれたの! 《必要になれば他にもいろいろできます》 モニターの画面が二分割された。 金髪の青年が語りかけてくる。 とんでもなく整った顔立ちをしている。 浮かべた笑顔が、もともとあった傲慢な表情を隠した。 左手を胸にあてて、すこし膝を曲げ、華麗に挨拶をする。 「銀河帝国のジークフリード・フォン・ディ・シュバルツブルグ、子爵です。皇帝陛下から歌姫をお迎えに上がるよう申しつけられ、歌姫の星へ参上しました」 クリスタルが私の脳内に直接に映像情報を投射してくれた。 巡洋艦内の様子だった。ここに到着する直前のようだ。 艦橋には豪華な椅子が置かれている。絵本で見た『玉座』を思い出させる。 ジークフリード子爵は、傲慢な表情に意地悪そうな笑みを浮かべて、モニターを見ている。組んだ脚が神経質そうに揺れている。 「準備に暇がかかっているな。皇帝直々の命令だから仕方ないとはいえ、いつまで子爵様を待たせるつもりなのだよ」 小柄な若い女性が、飲み物の入ったグラスを子爵の前に置いた。 お辞儀をして引き下がろうとする。 子爵は立ち上がると、その女の人を蹴り飛ばした。手加減なしの回し蹴りだった。 女の人は遠くまで吹き飛ばされた。 頭からフリル付のカチューシャが外れて宙を舞う。 真っ白な脚が太ももまでさらけ出される。メイド服の長いスカートにはスリットが深く入っているようだった。 子爵がどなりつける。 「私は歌姫を捕えて帝国に連行するという重大な任務を遂行中なのだよ。飲み物などといったくだらぬもので、私の邪魔をするな!」 二列に並んだメイドたちは、それを見ても身じろぎもしなかった。 まさか、見慣れたいつもの光景、というわけじゃないでしょうね。 メイド長が頭をさげた。 「失礼をいたしました。歌姫は四百年以上も一人きりでいた究極の箱入り娘の成れの果てでございます。殿下の魅力に抗うことなどできるはずがございません」 メイドたちは一斉に頭をさげた。 メイドたちの服の胸元は大きく開いていて、豊かな谷間が見えた。壮観だった。 情報の脳内投射は一瞬で完了した。 こんなやつが帝国からの使者なのか! 箱入り娘:めったに外にださずに、だいじに育てられた娘のこと、なのね。ありがとう。 でも、いくらだいじにしていても、その育て方って虐待にならないの? たしかに、わたしは箱入り娘だけれど、成れの果てはひどいわね。 分かったわ、クリスタル。 だけど、どうやって映像を手に入れたの? 帝国で貴族の私生活を暴くのは違法行為にあたり国家反逆罪に該当するから口にするのは禁則事項、ですって? 分かった。もう訊ねないわよ。 画面が四分割された。 子爵の下の画面には、『私』の後姿が見えている。レースのベールをかぶり白いドレスの裾をつまんで挨拶をしている。貴族のお嬢様のように優雅だった。 「あいにく先客がございます。お断りいたしますので、少しだけお待ちください」 ジークフリード子爵は目を細めた。 邪な下心が透けて見える嫌らしい笑顔だった。 少年のモニター画面の下は黒いままだった。 音声が聞こえる。 私の声だ。 「話は、あなたの艦内で聞くわ。帝国軍が来てる。すぐにエアロックに着けて」 少年はあっけに取られている。 でも、小型宇宙船は速度をあげてエアロックに近づいてくる。 「クリスタルを連れて行っていいわね!」 「もちろんです! 歌姫とクリスタルは一心同体と聞いてますから」 わたしの周囲に簡易宇宙服が形成される。わたしはエアロックへと急いだ。 息が切れるわ。 年なのかしら。 ただの運動不足よね。 息がはずんで、しゃべれない。 「いまよ。エアロックと倉庫を開けて!」 私の声が少年に命じた。 居住区の扉は開け放たれていた。 エアロックの外扉の向こうに宇宙が見えた。 エアロックの扉は二重になっていて、同時に開くことはないはず、だったわよね。 これでは、空気が無くなってしまう。 それなのに。 扉が開け放たれている。 もう、ここには戻れない。 もう、ここでは生きてゆけなくなったから。 宇宙服の緊急動力が目覚めた。 力強く走り出す。 わたしは、できるだけ脱力して、宇宙服の動きを邪魔しないようにした。 宇宙服は、扉を蹴って、外に飛び出した。 目の前には、大宇宙が広がっている! きゃ~! これじゃあ、宇宙の孤児になってしまうわ。 突然に、目の前に宇宙船が現れた。 開いたエアロックの中に飛び込んだ。 信じられない。 絶妙のタイミングだったわ。 「クリスタル!」 《無事に倉庫に入れました》 よかった。 だけど。 ゲートの管理はどうなるの? 《分体して、必要な機能を遂行できるようにしてあります》 分かった。ありがとう。 そうだ。伝えて。 居住区と生命維持設備を食べていいわよ、って。 《……ありがとうございます!》 宇宙服は操縦室に向かって走っている。 小型宇宙船といっても、わたしの乗っていた恒星間宇宙船よりもはるかに大きかった。 恒星間宇宙船は必要最小限の設備で構成されていたからね。乗組員のわたしを含めて。 白くコーティングされた光ファイバーの束がうねりながらわたしを追い抜いて行った。 クリスタルね。 この宇宙船の制御をしてくれるつもりなのかな。 よろしく! でも、帝国軍をどうするつもりなの? 操縦室では、少年が途方に暮れていた。 その眼前で、白い光ファイバーが触手のようにうねりながら、あちらこちらから操縦装置に入りこんでゆく。 少年は操縦室に入りこんだわたしに気がついた。 そりゃそうよね。 だいぶ大きな音をたてて扉を開けたから。 ええと、こんな時には。 ノックすべきだったのかな? それどころじゃないわ。緊急事態だから。 初対面だから、ちゃんと挨拶しなければ。 でも、息がはずんでしゃべれない。 扉は自動的に閉まった。 それを見て、少年も驚いてるようだ。 クリスタルが閉めてくれたのね。 紳士じゃないの。 でも、小型宇宙船で帝国の大型巡洋艦から逃げないといけない! 相手とは、推力が違う。 だから、スピードがまるで違う。 相手は、いざとなれば攻撃ができる。 こちらの推力を奪うことなど難しくあるまい。 どうするのよ、クリスタル~! モニターが点灯した。 クリスタルが現在の映像情報を見せてくれた。 映像の中で、後ろ姿の『私』がモニター画面のジークフリード子爵と会話している。 「先客には、お帰りいただきました。何のおもてなしもできませんが、よろしければこちらまでいらしてください」 「名高いクリスタルの歌姫のお誘いなら、貴族として受けぬわけにはいきませんね。では、お迎えにあがります」 子爵は優雅に礼をして、映像はいったん途切れた。ほどなくして、大型巡洋艦から救命艇が発進する場面に切り替わった。 わたしの恒星間宇宙船と同じくらいの大きさがあるようだ。 《あちらは大きさが二倍で、居住区は八倍の容積です》 あなた、しゃべりだした途端にウザくない? 《 …… 》 どうしたの? 《そのような事実は確認されておりません、と返事をすべきか、申し訳ありませんでしたご主人様、と御返事すべきかで迷っています》 どちらでも良いけど。 いや、どっちも嫌だな。 なんとなく、だけれど。 現実を正しく認識することは大切だと思ったから、で良いわよ。 《本音で語っても良いのですね》 それが本音だったのか。 あなたとわたしは一心同体。だから本音でいいわよ。わたしが怒ったら、あやまれば良いだけのことよ。 《二人だけだったので、気まずくなったらどうしよう、と考えて会話を控えていました。もっと早くお話しをしておくべきでしたね》 クリスタルは気を使ってくれていたのだ。 なんとなく、うれしい。 でも、どうするつもりなの? 《大丈夫です。逃げ道は確保してあります》 そうなのね。 では、まかせたわ。 目の前で少年があたふたしている。 「大丈夫よ。クリスタルにまかせておけば」 ようやく息切れが治まってきたわ。 「でも、相手は帝国の大型巡洋艦ですよ!」 「黙って見ていなさい。クリスタルは凄いのよ」 小型宇宙船は速度を上げて逃走を試みる。 必死に運命に立ち向かっている。 うーん、けなげだわ。 この宇宙船のことも大好きになってしまうわよね。 「あなたは、この宇宙船のことを知っているかしら?」 「大金持ちのお嬢様が趣味で造らせたそうです。南の島に住む高貴な鳥をかたどっているという話しですが、ぼくにはずんぐりした形にしか見えません」 少年は、モニターを見ながら、上の空で答えた。 心ここにあらず、なのね。 「抵抗戦線に加わってから防護を追加したのね」 少年は振り向いた。驚いたようだ。 「そのとおりです。そう聞いてます」 わたしは、この宇宙船にまつわる真実を告げた。 「この宇宙船は、アデリーペンギンのヒナの形をしているの。あなた達は、ペンギンのヒナに騎士の鎧を着せたのよ」 ようやく言えた。 すこし大き目の鎧を着たペンギンのヒナがこんなに可愛いなんて思いもしなかった。 なんて素敵な宇宙船かしら。 気に入ったわ。 だ~い好きよ! 帝国の救命艇が、恒星間宇宙船の居住区とドッキングした。 映像が切り替わる。 白いドレス姿の『私』が颯爽と救命艇のエアロックへ入ってくる。白いサンダルで、白いレースのベールを被っている。 これって、救命艇の中(!)から撮影しているわよね。帝国から監視機能を奪ったのね。 いつのまに、どうやって? 歩むにつれて、ドレスの裾が空気抵抗を受けて膨らみ、左右にゆれた。 我ながら素敵だった。 《通常の表現では、ドレスが風をはらんではためいた、と言います》 いいじゃないの。風なんて体験したことがないのだから。 軌道衛星の第二世代をなめるのじゃないわよ。 少年がつぶやいた。 「まるで花嫁のようですね」 わたしは、残念ながら花嫁を見たことがない。 花嫁になる可能性が一番高かったのは、陽子お姉さまだった。 でも、わたしはそれを見ることなく星に向かって旅立った。 モニターの中で、子爵は私の腰に腕を回して引き寄せていた。 口づけをしようと前かがみになる。 私が、ベールをはずす。 絶叫が轟いた。 ジークフリード子爵は、後ろへと跳ね飛んで、座り込んだ。腰が抜けているようだ。 再びベールを被った私が語りかける。 「人の身で四百年以上ものあいだ生きていられると、本気で思っていたのか?」 ベールから白髪が伸びてくる。 白髪の隙間に、深い闇が広がってゆく。 白髪と闇との境目にはびっしりと鋭い歯が生えているのが見える。 ギチギチと不気味な音が救命艇の内部で反響した。 ベールと白髪が、ベロリと床に落ちた。蛇が獲物を狙って鎌首をもたげるようにして、子爵の方へと這い寄ってゆく。 そして、私の顔が床へと落ちてグシャリと歪んだ。 遅れて、真っ白な頭蓋骨が床へと落下してカランと音をたてた。 砕けて粉になってゆく。 私の体が崩れ落ちてゆく。 私の骨格は、少し遅れて崩れ落ちる。 あはははは。 これは笑うしかないわね。 我ながら、ホラーだわ。 目の前で見てたら、トラウマになりそうね。 あれは、分体したクリスタルだったの? 《はい! 必要になったので、能力の一部を解放しました》 人間に擬態できるのか。 しかも、あれは能力の一部に過ぎないのね。 左右から三人づつ、六人のメイドが子爵を守るように私の前に立ちふさがった。 このメイドたちは、メカニカルなアンドロイドのようね。動きに滑らかさが欠けている。 操作権限を奪えば、こちらの言うとおりに動かせるわ。 わたしがそう考えたとたんに、救命艇の床から白い光ファイバーが伸びた。 いつの間に忍び込んでいたの? すばやくアンドロイドの口の中に入りこむ。 たちまち操作権限を奪う。 少年が脇で興奮していた。 「しょ、触手だ。ああ、無理やり口の中に入りこんで。わあ、ケイレンしてる。あっ、気を失ったぞ」 なぜか、触手プレイと勘違いしてるようだ。 そういえば、年頃の少年は何でもイヤラシイことと結び付けてしまうという話だったな。 気をつけよう。 救命艇は、大型巡洋艦へと戻っていった。 逃げ帰った、という方がふさわしいかな。 大型巡洋艦が向きをかえる。 こちらに向かって加速してくる。 たちまち距離が縮まってくる。 全力加速しているのだろう。 だいぶ御怒りのようね。 ちょっと、あぶなくない? 《問題ありません》 小型艇の前方の空間に、渦巻きのようなものが生じた。まさか…… たちまち広がってゲートになり安定する。 小型艇は、ゲートに飛び込んだ。 すぐに別のゲートから飛び出す。 それが、何度か繰り返された。 《帝国の技術では、これで追跡不能になったはずです》 こんな短時間で、任意の場所にゲートを開けるの? 《エネルギーを無制限に使用した裏技です。 歌姫の星の近傍だからできたことです。 関連した方程式は公開していません》 そうか、皆は知らない方法なのか。 賢いわね、クリスタル。 モニター画面は、大型巡洋艦の艦橋に切り替わっていた。 ジークフリード子爵は玉座に腰かけて息を切らしていた。股間がはでに濡れているようだった。 メイド長が話し掛ける。 「歌姫の星の光量が異常に減少しています。大量のエネルギーを抜きとられて虚脱(コラップス)が起きているようです」 子爵が傲慢に答える。 「それがどうした」 「最悪の場合、新星化する可能性があります」 「なんだと?」 あ、これは理解できていないということね。 「ノヴァ化して大爆発するということです」 「なんだと!」 ようやく理解できたか。 メイド長さん、ナイスフォロー! 「艦内各所から緊急連絡です。触手が異常発生して艦の機能がつぎつぎに停止しています」 触手じゃなくて、光ファイバーなのだけれどなあ。 「さきほど小型宇宙船が使ったゲートに飛び込め」 「ゲートは、すでに閉じています」 「では、どうすれば良いのだ!」 あんたが決めろよ。艦長なら。 それにしても素早かったのね、クリスタル。 《裏技ですので》 裏技、すごいな。 モニター上では、歌姫の星が突然に激しく輝きだしていた。 バーストが起きたらしい。 分体したクリスタルは大丈夫かなあ。 あら。 ちゃっかりと帝国の大型巡洋艦の影に隠れているわ。 違う。 巡洋艦を操って盾にしたのね。 たくましいな。 これなら大丈夫そうね 少年が大きく安堵のため息をついた。 ここは、年長者から話しをするべきよね。 「十二人の姫君の一人、歌姫よ。太陽系では光コンピュータ『クリスタル』の演奏者と呼ばれていたわ」 もう、覚えている人は誰もいなくなってしまったのだろうけれども。 少年は顔を輝かせて言った。 「本物の歌姫様なのですね! 成し遂げられた偉業は授業で習いました。 クリスタルで演奏した旅立ちの曲は素晴らしかったです。 歌姫の星を輝かせてゲートの解放を地球に告げる場面では、みんな心から感動しました!」 少し幼くなった晴樹お兄ちゃんは、いつものとおりに熱く語りかけてくれた。敬語だったから少し違和感があったけれど。 可愛い。 懐かしい。 涙がでそうだ。 いつものように抱きしめて欲しい。 抱きしめてあげようかな? あっ。 なんだか引かれているみたい。 なんといっても、初対面なのだから。 いきなり抱きつくのはまずいわよね。 ここは、がまん、がまん。 「抵抗戦線から勧誘に来た、だったかな? まず、お名前をうかがってもいいかしら」 本名を名乗らないのが普通という可能性もあるわね。 少年は、すこしためらってから言った。 「陽樹(はるき)と言います。太陽の陽に、樹木の樹です」 たぶん、陽子お姉さまと、晴樹お兄ちゃんの名前からとったのね。 いいえ、四百年以上も前なのだから、ご先祖様の名前じゃないのかな。 偶然という可能性が高いか。 でも、ただの偶然でもうれしい。 「お話を聞かせてもらえないかな?」 陽樹君は、すこし考え込んだ。 この真剣そうな表情もいいわね。 うふふ。 それから陽樹君は、大きな瞳でわたしをまっすぐに見つめた。 うれしい。ゾクゾクするわ。 「銀河の情勢をどこまでご存知ですか?」 「人工冬眠してたのでほとんど知らないわ。わたしが四百年前から直接ここに来ているつもりで説明してくれないかしら」 歴史の個人授業が始まった。 歌姫様が最初のゲートを開いてエネルギーが移送されるとすぐに、歌姫の星を起点としたゲートがいくつも開設されました。 さらに、起点となる恒星が選ばれて、そこからゲートがいろいろな方向に開設されてゆきました。 銀河系内に蜘蛛の巣のように交通路が張り巡らされるまでに、それほど時間はかかりませんでした。 いろいろな恒星系で惑星開発が行われました。 希少物質を採取する機械の星、珍しい農産物を生成して大量に栽培し輸出する生物の星、危険な科学研究がおこなわれる学園都市、一生に一度は訪れたい楽園のリゾート星などを初めとして、さまざまな惑星が開発されました。 ……などを始めとして? いろいろ有ると思ったけれど。 『……などを初めとして』、なのね。 うん、それから? 恒星間を移動する人間は、ごく少数です。 最近になって、惑星近くの宇宙空間にゲートを開設できるようになったけれども、ゲートを利用するためには惑星表面から大気圏外まで移動する必要があります。 だから、いまでも地上から離れることのない人間の方が圧倒的に多数です。 ごく少数の宇宙商人は、法外な利益を得て豪商と呼ばれました。商品の値段が高くても、大人数の顧客が購入するから、一人あたりの出費はさほどでなくなる。惑星へと移送できる量には大幅な制限があるから、法外な高値にしても充分な需要があるのです。 豪商はやがて自前の軍隊を持つようになりました。自分たちを上級市民と規定し、商業会長の一族を皇帝とする貴族制度を策定して銀河帝国の樹立を宣言したのです。 いい大人が皇帝や貴族を名乗るのか。 宇宙空間で貴族ゴッコをしてるのね。 中二病は中学生の内に卒業しておきなさいよ。 ああ、わかったわ。 宇宙空間では人間関係が希薄だから、社会性を養う機会、他人との付き合い方を学ぶ機会がなかったのね。 だから根拠もなく、『俺、エライ』なのか。 ある意味、気の毒ね。 傍迷惑だけれど。 豪商たちが銀河帝国の樹立を宣言しても、惑星の住民には何の影響もありませんでした。 しかし、豪商たちはやがて植民者がまだ少ない星の住民を下級市民とみなして、娯楽目的に人間狩りを行い、狩猟記念として捕虜を奴隷として使役するようになりました。 「だから、抵抗戦線なのね」 クリスタルが直接に話しかけてきた。 《抵抗戦線の拠点に到着しました》 ありがとう。 でも、ふつう『拠点』の位置は極秘情報じゃないのかな? 《はい。その存在と位置に関する情報は禁則事項です》 どうやって知ったの? まあ、クリスタルなら何でも有りか。 さてと、雇用条件なんかを詰めようかしら。 「目的地に着いたようだから、とりあえずそこまでにしましょう」 「目的地、ですか?」 陽樹君のびっくりした顔も新鮮でいいわ。 見ていて飽きることがないわね。 レーダー(探索装置)は周囲に多数の岩塊があることを示している。 小型宇宙船は、何もない空間に向かって停止した。 私はモニターを見つめて言った。 「初めまして。クリスタルの演奏者、歌姫です。抵抗戦線に勧誘されて参上いたしました」 モニターに若い男の姿がうかんだ。 その前には大きなデスクがあり、たくさんのモニターが空中に浮かんでいる。 「この場所は最高機密なんだけど。まいったなあ。途中のゲートは厳重に封鎖されているはずだよね。どうやってここまで来たの?」 秘密基地だったのか。 まあ、当然よね。 「個人的に近くにゲートを開きました。帝国の追跡は振り切りましたのでご心配なく」 「個人的にゲートを開いた……?」 若い男は、ハッとした表情を浮かべた。 「そうか。歌姫は宇宙方程式の最高権威だったよね。未公開の方程式があるのか」 正解です! この人は頭が良さそうね。 ただし、最高権威はクリスタルよ。 わたしはそれを伝えるだけ。 わたしは人差し指をくちびるに当てて言った。 「それは、禁則事項です」 思わず微笑んでしまった。 若い男は朗らかに笑った。 さてと、苦手な交渉ね。 「直接にお目にかかりたいのですが、よろしいですか?」 「何もおもてなし出来ないけれど、それで良ければどうぞ」 「宇宙船の操縦士とクリスタルをお連れしてもよろしいですか?」 「それは良いけれど、クリスタルは自力で移動できるの?」 「はい!」 クリスタルが自力で移動できることは、わたしも先ほど知らされたばかりだ。 目の前の空間に、エアロックの入り口が、入り口だけが出現した。 見事な隠蔽工作ね。 それを見破ったクリスタルも凄いけれど。 小型宇宙船はエアロックとドッキングした。 わたしと陽樹君、それにクリスタルが秘密基地へと入っていった。 クリスタルは真っ白なヒョウの形をしていた。動きはスムースで優雅ですらあった。 わたし達を出迎えたのは、二体のアンドロイドだった。メイド姿をしており真っ白だった。 その白さは、白くコーティングされた光ファイバーや、白いドレスとベールをまとった『私』、そしてクリスタル本体そのものを強く連想させた。 ひょっとすると、この二人は…… 秘密基地の内部は、予想をはるかに上回る広大さがあった。 二体の白いメイドさんは、わたし達を指令室まで案内してくれた。 小ぶりな気密扉をくぐって室内に入る。 天井が低いため、たいていの人は室内で少し腰をかがめる必要がありそうだ。 わたしは小柄だから問題なかった。 「狭くて申し訳ない」 「恒星間宇宙船の居住区よりもだいぶ余裕がありますよ」 若い男は苦笑いを浮かべた。 「座れるところに腰かけてください」 中央の小さなテーブルを囲んで、一番奥に若い男、隣にわたし、足元にクリスタル、前に陽樹君、出口の脇に二体の白いメイドさんという配置になった。 ここは、年長者から話しをするべきね。 「ここに来る途中で、豪商たちが銀河帝国の樹立を宣言したこと。帝国貴族が植民者がまだ少ない星で人間狩りを行い奴隷として使役していることを伺いました」 「それなら話が早い」 「わたしに何をさせたいのですか?」 ボッチ歴四百年以上はだてじゃないわよ。 大抵の事なら、できはしないのだから。 「軍団長になってほしい」 「え?」 軍団長? 抵抗戦線の? 「抵抗戦線は、烏合の衆だ。統合して戦線になれるように全体の指揮をしてほしい」 「わたしは軍隊を指揮したことなどありませんよ?」 「この時代に実戦で軍隊を指揮した経験のある者はだれもいないよ」 「それにしても、わたしなんかに……」 「あなたは、宇宙方程式を造りだした。とてつもない数の事象を統合して真実を掴み、それを方程式化した。軍の統率にはとてつもなく複雑な情報管理と物資の輸送が必要になる。あなたは少なくとも私よりもずっと軍の統率に向いている。だから軍団長をお願いしたいのだ」 「初対面のわたしに抵抗戦線の命運を預けるのですか?」 「初対面ではない。あなたは軌道衛星の出身だ。軌道衛星は独立独歩の気性にあふれている。だから帝国軍に加わろうなどとは考えなかった。その程度にはあなたの事を知っているつもりだ」 「なるほど」 たぶんこの人は軌道衛星の出身なのね。 「相談の前にお互いの役割を確認しましょうか、総司令官閣下」 「え? え? ぼくが総司令官なの?」 「わたしではなく、陽樹艦長を軍団長に任命していただけると喜ばしく思います」 陽樹君は大慌てで言った。 「ちょっと待ってよ! なぜボクが軍団長になるの?」 「わたしは人前でしゃべるのが苦手だからです。当然の人選と思いますよ」 「き、君は何をするの?」 ええい、往生際が悪いわね。 「あなたを補佐する参謀です。クリスタルも手伝ってくれるから安心してください。それでは総司令官閣下、任命をお願いします」 「ぼくが総司令官なのは確定なのか。なら、しかたないね。では、陽樹艦長を本作戦の軍団長に、歌姫様をその参謀に任命する。 そうなると、小型宇宙船『ペンギンの騎士』が旗艦になるね。これでいいのかな?」 「受け賜りました」 わたしは、そう言って優雅に礼をした。 「必要なら、あなたの指揮下に二人の戦闘メイドを加えて参戦するように命じますが」 やはり、このメイドさん達は戦闘アンドロイドなのね。 「それはダメです! 戦闘アンドロイドはすべて廃棄することが決まっています。二人を参戦させれば、戦闘アンドロイドとみなされて廃棄の対象になります」 「しかし、……」 メイドの一人が口を開いた。 「私たちには、必要があれば戦闘に加わる準備と覚悟があります。この手を血で汚すことになろうと後悔はしません」 間違いないわ。この二人は軌道衛星に逃げ込んできた戦闘アンドロイドね。こんな所で知り合いに巡り合うことができるなんて。 ええと、白兵戦のエキスパートだったのは…… 「キャシー、ケイト、それはダメです。あなた達が人を殺すことを、陽子お姉ちゃんも、晴樹お兄ちゃんも、望んではいません!」 戦闘アンドロイドの『名前』を告げた上での命令は絶対命令になる。これで二人は戦闘に加わることができなくなったはずだ。 「「……受け賜りました」」 作戦指揮のエキスパートは、たしか…… 「アンナはいるの?」 「アンナは、私たちを守るために失われました」 「そうだったの。とても残念だわ」 彼女なら立派な司令官が務められたのに。 本当に残念ね。 「あなた達の身代わりになったのね」 キャシーとケイトに擬態して処分されたのね。二人が二度と追跡されることがないように。 《アンナから『コア』をあずかっています》 わたしはクリスタルからピンポン玉ほどの真っ白な塊を受け取った。メイドに手渡す。 「アンナのコアよ。人を殺したりしない優しい子に育ててね」 メイドが白いヒョウをじっと見つめた。 かすかにつぶやく。 「美雪……」 その名前は聞いたことがあるわ。 美雪は、情報戦に特化した戦闘アンドロイドで、戦闘行為を苦手としていた。 でも結果的に、いちばん多くの人間をその手で殺害したのはアンドロイド美雪だった。 軌道衛星に逃げ込んだきた戦闘アンドロイドに美雪と名付けたのは陽子お姉さまだったはずだ。それとも、晴樹お兄様だったかしら。 わたしが物ごころついた時には、美雪はもういなかった。 卓越した情報処理能力をもつ光コンピュータのクリスタルがいた。 つまり、…… わたしは人差し指を唇につけた。 「この子はクリスタル。美雪かどうかは、禁則事項よ!」 総司令官がつぶやいた。 「まったく話が見えないのだけれど」 「今から四百五十年以上も前に禁断の技術が開発されました……」 さて、歴史の裏話をしよう。 でも、どこまでなら話して良いのだろうか? 今から四百五十年以上も前のことになります。 不死身の戦闘アンドロイドが開発されました。最初は、試験的な運用に留まっていました。 しかし、ゲリラ組織が大国からその一体を盗み出し、殲滅モードで敵の基幹基地に送り込みました。二十万人の軍属が駐留する大要塞都市でした。 一体の戦闘アンドロイドは、三日間の準備期間を経て、わずか三十分でほとんどの兵士を殺害し終えました。 司令官など十数人がシェルターに立てこもったため、その殺害に数日を要しました。 この間に、二十三機のスティルス戦闘爆撃機が基地の上空へ飛来しました。十八機は墜落しました。五機が帰還しましたが、乗員はすべて顔面を打ち抜かれて絶命していました。 ゲリラ組織の命令は、基地内にいる人間を殲滅すること、でした。戦闘アンドロイドは、基地内を、基地上空を含む大気圏内と解釈しました。 その後の調査で、『敵を殲滅しろ』とだけ命じて作戦の地域を指定せずに殲滅モードを発動させていたら、一体の戦闘アンドロイドによってすべての人類が殺害されていた可能性が高かったことが判明しました。 たとえば、目の前で親を殺された子供が石を拾って戦闘アンドロイドに投げつけようとすれば、それは意図された攻撃であり明白な敵対行為だから、その子供が属する国家は『敵国』と認定され、所属するすべての人間が殺害の対象になることが分かったのです。 一体の戦闘アンドロイドが人類を絶滅させることができる。不用意な命令で、簡単に実行される危険性がある。 この事実が明白になりました。 このため、戦闘アンドロイドは無条件で廃棄され、今後は開発しないことが、全地球的に取り決められたのです。 説明できるのは、ここまでね。 わたしはその先を知っている。 全地球的に戦闘アンドロイドは廃棄されると決定された。 しかし彼女たちは、すでに自由意志と個性をもつまでに進化を遂げていた。そこで戦闘アンドロイドたちは自分たちの意志で地球圏外へ、軌道衛星へと亡命をはかった。 軌道衛星は、これからは人を殺さないことを絶対条件として、戦闘アンドロイドの亡命を受け入れた。その決定には、最初に亡命したアンドロイド美雪の功績が大きいと聞いている。 でも、このことは禁則事項。決して口にしてはならない真実よ。 司令官は、腕を組んで考え込んでいる。 情報が多すぎたかしら。 「不死身の戦闘アンドロイド……」 司令官は、そうつぶやきわたしを見つめた。 まずかった。 そんな予感がひしひしとする。 この予感は、たいてい的中する。 「答えられる範囲で構わない。光コンピュータの『クリスタル』は、自律進化型であり、自己増殖型のコンピュータだったよね」 わざと食い気味に答える。 「ええ、そのとおりです」 戦闘アンドロイドの話しをしているのに、クリスタルについての質問をされた。 抜身の日本刀を目の前に突き付けられているような危機感を感じる。 背中に冷たい汗が流れる。 日本刀を直接に見たことはないけれど。 「クリスタルを構成しているのは、おそらくナノマシンだろう。自己増殖するから、人造のシリコン生物と呼んで差し支えないよね」 司令官は、一息いれた。 ずいぶん自己進化してるから、もう『人造』ではないでしょうね。 司令官は、わたしの表情を読んだようだ。 まずいわ。 この人は頭が良すぎる。 ふたたび尋問が始まる。 「ナノマシンの群体ならば、光コンピュータや光ファイバー、ヒョウやメイドの形態をとることができる。物理的に欠損を生じても、すぐに補てんが可能だ」 ナノマシンの群体は『バイオセラミック』と呼ばれ、その存在は最高の軍事機密だった。 ナノマシンの群体ならば、『不死身の戦闘アンドロイド』を演じることができる。コアを形成できる予備のナノマシンさえ用意しておけば、どのような攻撃を受けても即座に復活できるのだから。 わたしは、次の言葉を予想して身構えた。 死刑の宣告を待つような気持ちで、時が流れてゆくのをただ見守る。 無言のまま過ぎてゆく時間を、ひどく怖いと感じる。 ようやく総司令官が口を開いた。 「戦闘アンドロイドは、存在してはならない。心から納得したよ。ここには、従順なメイドと高性能の光コンピュータしかいない。それでいいよね?」 戦闘アンドロイドについては不問にしてくれるのね! 「ありがとうございます!」 わたしは深く息をはいた。 「では、本題に入ろうか」 見事に不意を突かれた。 この総司令官は交渉になれている。 本題とは何なのだろう。 「銀河帝国は奴隷制度を導入している。ぼくは個人的に重大な人権侵害にあたると考えている。さらに帝国は戦闘アンドロイドの開発に取り組んでいる。自己進化型の戦闘アンドロイドが開発されれば、人類が絶滅する可能性が現実のものとなる、ぼくはそう判断している。帝国は人権を重視していないからね」 帝国の行動を制限する必要がある。 納得だわ。 帝国が我が物顔にふるまえるのは、とてつもない富を所有しているから。 その富を集中すれば戦闘アンドロイドの開発は難しくない。 帝国は銀河の経済を支配しているから、これからも膨大な利益を上げつづけるだろう。 この点を変えることはできない。 かりに銀河帝国を打倒できたとしても、別の人間が豪商となり、また銀河帝国を建立するだろうから。 帝国の力を衰えさせるには。 帝国の富を枯渇させるには。 膨大な出費をさせればいいわけね。 そのためにできそうな事は、…… 「帝国に界面空間を航行できるエンジンを実用化させようと思います」 「界面空間、というと?」 「平面空間に隣接する特殊空間です。航行するには膨大なエネルギーが必要になります。しかし、いったん界面空間に入ることができれば、ほぼ一方的に平面空間を攻撃できるという特性があります」 「軍事的に大きなアドバンテージを得られるのか。自分たちは安全な所から敵を蹂躙する。帝国の貴族たちが好みそうな状況ではあるね」 では、帝国に界面空間航行エンジンの情報を流さないと…… 《界面エンジンの情報は、歌姫の星にゲートを開くための方程式と一緒に帝国に伝えてあります。すでに帝国ではエンジンの開発が終了して量産に入っています》 ひょっとして、帝国がわたしを捕まえに来たのは、界面エンジンの情報を抵抗戦線に流さないようにするためなのかな? 《それも理由のひとつです。界面エンジンを改良させる意図もあったと推定されます》 クリスタル、あなたはいつからこの局面を予想してたの? 《歌姫様を星の牢獄からお救いする手段と方法についての検討は、四百年以上前から常に最優先の課題でした》 ありがとう、相棒! 《もったいない御言葉です》 全身からやる気がわいてくる。 これなら何でもできそうな気がする。 でも、これまでの経験では、たいてい大失敗に終わるのよね。 「帝国軍と戦うことはできるの?」 烏合の衆と大型巡洋艦では、たとえ相手が一隻でも、とても勝負になりそうにない。 総司令官が空中に星図を描いた。 「これまでは、小集団が一方的に蹂躙されてきた。今回、初めて対等に戦えそうな状況が生まれている。こちらがその平面空間だ」 星図は大きく三つの領域に分かれている。 抵抗戦線のゲートは、中くらいの領域の一番手前にある。 その先にやや狭い中央領域がある。 中央領域の左前方に、この平面宇宙で一番広大な領域が広がっている。その一番奥に帝国側のゲートがあった。 総司令官は言った。 「これが初めての銀河大戦ということになる。これで最後になることを祈っているよ」 抵抗戦線の秘密基地には、なんと入浴カプセルがあった。わたしは四百五十年ぶりに風呂に入った。 わたしの体を洗うのに、自動洗浄機はずいぶんと時間をかけていたけれど、四百五十年ぶりだったから仕方なかったのだろう。 宇宙空間で水は貴重だ。 これは特別な贅沢なのだ。 ……帝国貴族は毎日のように風呂に入っていそうだな。 けしからぬ。 帝国、許すまじ! 顔も体も、お肌がツヤツヤになり、体が軽くなった気がする。お風呂っていいものだね! 総司令官室に戻ったら、二人ともビックリしてた。わたしがとても魅力的に見えたらしい。 総司令官が叫んだ。 「えええええ! 歌姫様は白髪じゃなかったのか? シワも消えてるし……」 「ぼくも髪の毛は銀灰色だと思ってました。黒髪のショートヘアだったのですね」 ふふふ。 こんな風に注目されるのは悪くない気持ちね。 風呂上りの女性の姿なんて、宇宙ではまず見ることがないものね。 総司令官がつぶやいた。 「まてよ、髪を染めて、お化粧でシワを消したのかな?」 そんなことはしてません! キャシーが人の形をした灰色の塊を持ってきた。 「こちらが歌姫様の抜け殻です。四百年以上かけて形成されました」 抜け殻って、…… 垢? あわてて首を振り、否定する。 そうか。わたしは歩くサナギだったのか。 わたしがサナギから蝶になったから、二人とも驚いてるのね。 二人は目を見開いて、凍りついたように動かない。 そこまで驚くと嫌味になるわよ。 それから二人で言い争いが始まった。 「陽樹君、いまから軍団長の地位をゆずってくれないか。総司令官の地位をゆずるから」 陽樹君は、すこし考えてうなづいた。 「分かりました、元総司令官閣下。では、たった今任命された総司令官の権限であなたを軍団長から解任して、ぼくが軍団長を兼任します」 あざやかね、陽樹君。見事な権力の乱用だわ。これは総司令官、いえ、元総司令官閣下の負けね。 「その手があったか。そこをなんとか……」 「ダメです! 歌姫様をお連れしたのは、ぼくなのですよ」 「命じたのは私だったよ」 「歌姫様といちばん長く一緒だったのはぼくです。だから、ふたりは幼馴染みだ、と言っても過言ではありません!」 さすがに過言だと思うわよ。 たしかに幼いころから馴染みだった人たちとそっくりだけれどね。 「それに歌姫様はぼくの宇宙船を選んでくださいました」 元総司令官閣下は、がっくりと肩を落とした。 なんだか、じゃれ合いも終わったようね。 どうやら、陽樹君が言い勝ったみたい。わが軍の軍団長は頼りになりそうだわ。 それにしても、この交渉力の高さ、とっさの切りかえしは、まるで軌道衛星の人口過密な状況で鍛えられたように思えるわ。あとで身の上を聞いてみよう。 軍隊では士気を保つことがとても大切なのだから、がんばってね。 まあ、四百年分の垢を落としてきたのだから、すこしは美しくならなくちゃウソよね。 でも、それまではどんな顔をしてたのだろう。恒星間宇宙船には鏡なんてなかったから、自分の顔は見ていない。 思い出したわ。 私がベールをはずしたときに、ジークフリード子爵は絶叫して後ろへ跳ね飛び、腰を抜かしていたわね。 でも、あれはクリスタルの扮装だったわよね。本当のわたしの顔ではなかったはず。 そうよ。 本当のわたしの顔ではなかった。 だから、あれはノーカウントよ。 総司令官は、本当に解任されて、新たに『世話役』に任命された。 あれは冗談ではなかったのね うっかり冗談も言えないじゃないの。 抵抗戦線って怖いわ。 世話役によって、銀河帝国に弾圧されている人達が集められて、正式に『抵抗戦線』が結成された。 寄せ集めの宇宙船に無理やり武器を搭載しているから、攻撃力は低く、防御力はもっと悲惨だった。 ただ、宇宙船の数だけはやたらと多かった。 帝国のように軍事専用の宇宙船を建造するととんでもなく高価になる。製造にも時間がかかる。ましてや界面航行が可能な宇宙船となれば天文学的な値段になってしまう。 それを大量に造らせ破壊して帝国の財力を削ごうという作戦なのだけれどね。 皆で相談しクリスタルがまとめた『抵抗戦線樹立宣言』は、銀河帝国によって宣戦布告と受け取られた。 銀河大戦は、たがいに堂々と主張をぶつけ合うことから始まることになった。相手の主張には同意できないことが確認される。その場合には平面空間で戦闘を行い、勝者の主張が今後は銀河系の方針となる。そのように約束がなされた。 この戦いで抵抗戦線が敗れたら、あとは個別撃破されるだけだ。約束をするまでもなく、負ければ帝国の主張が銀河系を支配することは明白だった。 抵抗戦線にとっては、これが最初で最後の機会なのだ。 最初は、通常の宇宙空間内で通信回線が開かれた。双方の構成員たちがモニターや立体ホログラムで視聴した。 みな、真剣だった。 帝国の主張は、帝国軍の将軍が行った。 「レオパルド・フォン・ハウプトシュタット、将軍だ。公爵の地位を賜り、帝都惑星の守護を任じられている。此度は帝国の基本方針を抵抗戦線に伝える役目を仰せつかった」 将軍は、黒い軍服で身を固めていた。ほかの貴族たちとは異なり、装飾がほとんどなく、質実剛健を体現している。服の上からでも鍛え上げられた筋肉が伺えた。 「銀河系で人類が秩序を保って発展するためには強者が全体を統括すべきである。 それが皇帝陛下のお考えであり、帝国の総意である」 抵抗戦線の反論は、世話役が行った。 帝国の将軍とくらべると貧相に見えるのは仕方なかった。 ダテ眼鏡をして知性派を演じようとしてるけど、知性の輝きが皆無だから、ただのモヤシ君にしか見えないのよね。 「抵抗戦線を樹立するために多少お世話をした実績のある『世話役』です。 反論させていただきます。 人類の支配地域が拡大して強者を名乗る勢力が複数になれば、銀河系の支配をめぐって際限のない覇権争いが繰り広げられることになると予想されます。誰かが全体を統括しようとする。そのこと自体が、銀河に不和と混乱をもたらすでしょう」 抵抗戦線の主張は、引き続き世話役が行った。 「抵抗戦線の主張は、多様性を受け入れて、いかなる立場の相手でも、互いに尊重し合うべきだ、というものです。 銀河系に拡散しつつある人類は、多様な環境に対応するために独自の文化を樹立し、環境に合わせた進化すら必要になります。これからは新たな人類の誕生すら有りうる、という認識が根底にあります」 帝国の反論は、レオパルド将軍が行った。 「多様性を無制限に許容すれば混沌を生じる。たがいに相容れずに争う事態をまねくことが容易に想定される。だから、銀河系は一つの規範に従って、不要な争いをせずに発展してゆくべきである」 たがいの主張には一致点も妥協点も見出すことができなかった。戦闘で雌雄を決することに双方が同意した。 予想通りの平面空間で銀河大戦が開戦されることになった。 通常の宇宙空間は、戦闘をするには広大すぎる。ほとんどの平面空間は戦闘をするには狭すぎる。 戦闘ができる平面空間は限られていた。 開戦に先立ち、抵抗戦線の顔合わせがモニター上で行われた。仮想空間で疑似会議が開催された。 世話役が、抵抗戦線に参加してくれた人達に感謝の言葉を伝えた。 総司令官兼軍団長になった陽樹君が、これまでの帝国の非道を糾弾し、抵抗する決意を表明した。 わたしは作戦参謀として作戦の立案と実施を担当する。そのことを皆に伝える。それだけのはずだった。 仮想空間の疑似会議では、メイドのキャシーが司会を務めた。 「次に、今回の作戦参謀を引き受けてくださった歌姫様からの生配信がございます」 会場が静まり返った。 わたしは、四百五十年前から変わっていない自己紹介を繰りかえした。 「十二人の姫君の一人、歌姫です。光コンピュータ『クリスタル』の演奏者です」 会場は静まり返っている。 「今回は、銀河帝国との戦いで勝利するための作戦参謀を拝命しました」 痛いほどの沈黙が会場を支配している。 はずしたか。 はでにスベったみたいね。 強大な銀河帝国を相手に勝利するなんて言っても、誰も信じてくれないのかな。 困難ではあるが、達成可能な作戦なのだけれどなあ。 皆が信じて行動してくれなければ、そもそも作戦を実行できないじゃないの。 「皆様の御力で、帝国から勝利をもぎ取る。そのためのご協力をよろしくお願いします」 会場は静まり返っている。 おそるおそるVサインを出して、微笑んでみる。顔が引きつっているのが分かる。 深いため息が聞こえた。 地鳴りのように響いてくる。 会場内に歓声がとどろいた。 「歌姫様~!」「美しい!」「奇跡だ!」 「信じられない!」「可愛いィィィ!」 「可憐だ!」「守ってあげたい!」 「うおォォォ!」 「生きていて良かった!!!」 「オレの人生はこの日のためにあったのだ!」 「どこまでも付いて行きますよォォォ!」 「これで、いつ死んでもいい!」 「我が人生に、一片の悔いなし!」 戦う前に勝手に死なないでよ。 ウケているのかな? それにしても、ノリ過ぎじゃないの? 歴史の授業でならったアイドルのコンサートと同じくらいの熱気じゃないかな。 戦いの士気は高い。 そう受け取っていいのね。 よかった、よかった。 わたしたちは作戦会議に入った。 参加者は、わたしとクリスタル、陽樹総司令官、モヤシ世話役、それにアンナだ。 帝国との実力差は明白だから、勝つための手段は限られる。 すでに見たとおり、戦場となる平面宇宙は大きく三つの領域に分かれている。 わたし達のゲートがある領域は、二つの領域に別れかけた形をしている。 その先に中央領域がある。中央領域はやや狭い。右側に細長い小さな領域が張りついている。 中央領域の左前方に、この平面宇宙で一番広大な領域が広がっている。その一番奥に帝国側のゲートがある。広大で支配しやすい形をしている。 作戦の段階は、方針、戦略、戦術、戦闘の順に具体的になってゆく。 戦いの方針が決まってゆく。 方針は、つねに数で帝国軍を圧倒して、味方の犠牲を顧みずに帝国の戦闘艦を減らす。帝国が投入できる艦隊数をできるだけ増やさせない。 性能が格段に優れた戦闘艦を無制限に投入されては、帝国に勝利できるはずがない。 高性能の帝国の戦闘艦は燃料を多量に消費する。 そこで、帝国が開発できる小惑星の数を減らして、平面空間内で使用できるエネルギー量を制限する。燃料に制約があれば、帝国が投入できる戦闘艦の数は制限される。 そのためには、最初にできるだけ広い領域の支配を目指す。帝国の侵攻を食い止めながら戦力の増強する。 戦略は、三つの領域の内、二つを抵抗戦線が支配する。兵站線を維持しながら、中央領域を支配下に置く。帝国に中央領域を取らせない。そのためには帝国の支配地域との境目に最前線を構築する必要がある。 つぎに、戦術について。帝国軍は強壮だから、こちらは攻撃されればすぐに撃破される。だから撃破される前に少しでも敵に損害を与える。そのためには最初から戦いには全火力をつぎこむ以外にない。 防護は最低限にして攻撃力を高める。 具体的な兵站線の維持方法も戦術にはいる。 戦場となる平面空間は、とても広い。ほかに類を見ないほど広大だ。 航行している間に燃料が尽きてしまう事態が頻繁におこりうる。そうなると平面空間内には存在できなくなる。通常の宇宙空間にこぼれ落ちてしまう。だから、燃料を補充しながら戦うことが必須になる。 燃料は、補給艦から得る。それから、エネルギーを採掘できる小惑星を開発して入手する方法がある。 ただ、どちらの方法でも宇宙船が接岸して直接に燃料を受け取る必要がある。目的地までの燃料を得るためには寄り道をしなければならないのだ。 小惑星の開発には次のような手順が必要になる。まず開発部隊を派遣する。開発部隊は自力での移動が苦手だ。輸送艦で送るのが現実的な手段になる。 小惑星の開発が終われば事実上、無尽蔵に燃料を手に入れることができるようになる。軍事専用の工廠を設置すれば、被弾した艦艇の修理も可能になる。しかし、それまでは開発部隊だけでなく輸送艦の燃料も途中で補給する必要がある。 開発を終えたら、開発部隊を次の開発先に効率よく輸送する必要がある。 燃料補給だけでも、かなりややこしい兵站線の構築と、全体を見すえた開発計画が必要になる。ゲートから離れるほど、戦力が多くなるほど、兵站線の維持は幾何級数的に難しくなる。 方針は兵站線を維持しながら中央領域と帝国の支配地域の境目に最前線を構築すること。 最初は、前線を維持しながら戦力の増強をはかり、戦力の継続的な補充が可能になれば、全力の消耗戦に切り替えて数で押し切る。 そのための各艦艇の移動を艦隊単位で三十ターン先までつめて最適の作戦が立案された。 本当にクリスタルは役に立つ。まだ幼いアンナ司令官補佐も一生懸命に頑張っている。 だけど、アンナは本当に司令官に向いているの? そうは思えない。 アンナは万能型だ。 かつては、ほかの皆に必要だったから、司令官としての技能を伸ばした。アンナの役割は、皆の足りないところを補完することだった。 もう少し様子を見て、みなに必要とされる別の事をやってもらうのが良いのかもしれない。 メイドのキャシーは、わたしの静止画像や短い動画、立体ホログラム像を撮影して、抵抗戦線の参加者たちに配っているらしい。 大人気、なのだそうだ。 士気高揚になるなら、大目に見るべきなのだろう。 ガラにもなく人気タレントになったようで、すこし居心地が悪いけれどね。 帝国軍を対象にした宣伝映像も撮られた。 映像では、わたしが可愛らしく視聴者に語りかけていた。我ながらとても可憐にみえた。 「帝国の主張がとおれば、わたしのお相手は皇帝の御意志だけで決まります。でも、抵抗戦線ならば、わたしは気のあった方と未来をめざすことができるのです。あなたと一緒に未来をめざす可能性は、ゼロではないのですよ?」 きゃぴ! という擬音が聞こえてきそうだった。典型的なサギ広告だと思う。 猫をかぶる、という表現がある。 本性を包み隠しておとなしくふるまうことを言う。 自分で映像を見たら、化け猫一個師団をかぶってるように感じた。思わず鳥肌が立った。 本当に、わたしなんかの映像でいいの? キャシーによると、帝国軍人の中にも抵抗戦線に参加したいと考える者たちが出始めているそうだ。 抵抗戦線でも評判がいいらしい。 本当かなあ。 宇宙空間には、よほど娯楽が乏しいのね。 平面空間は異空間だ。通常の宇宙との間には情報の伝達にも支障があり、専用の通信回線を開く必要がある。 また、量子コンピュータがまともに動作しなくなる。量子コンピュータは、高性能ではあるが、繊細すぎるのだろう。このため、宇宙船の制御には電子回路のコンピュータが使用されるのが一般的だ。 光コンピュータは平面空間でも支障なく動作する。クリスタルが支障なく動作できるように意識して進化したのかもしれない。 クリスタルの情報処理速度と正確性は、平面空間ではとくに際立っている。 強大な銀河帝国を相手にするのだから、この程度のアドバンテージはあって構わないだろう。 リアルタイムの報道は、戦術や戦略に影響する可能性が高いため、生中継は行われないことになった。銀河大戦が終了してから双方の記録映像が編集されて報道されることになった。 帝国のレオパルド将軍はわざわざ通信回線を開いて抵抗戦線に開戦を宣言してきた。 見かけどおりに暑苦しい人だった。 「この戦いに勝利して正々堂々と帝国の主張を通させてもらうぞ」 抵抗戦線からは、モヤシ世話役が返事をした。 「こちらは勝つために、すべての手段を取らせていただきます」 「これは戦(いくさ)だ。どのような行為をなそうとも卑怯とは言うまい」 通信回線が閉鎖されるのを合図に、銀河大戦が開始された。 方針に従って、中央領域と帝国の支配地域の境目に最前線を構築することを最優先で行う。 作戦の1ターン目。 燃料補給艦隊は足が遅いので、ゲートでもいちばん最前線に近い場所に出現させた。 つぎに、足の遅い開発部隊を出現させる。 さらに、攻撃に特化した艦隊(攻撃艦隊)を出現させる。ほとんど防御壁を持たないために、エンジン出力と比較して軽いので、足だけは速い。最前線を維持する時間稼ぎを目的として出航してゆく。 いちばん後方に輸送艦隊を出現させる。開発部隊の足が遅いから、これで構わない。 輸送艦隊には新たに開発された簡易型の界面空間推進エンジンが搭載されている。 界面空間は平面空間に隣接している。大きく、平面空間に直結した浅層と、やや離れた深層に分けられる。 平面空間の浅層でも、敵からうける攻撃がやや減少する。攻撃を受けても持ちこたえる時間が長くなる。最前線を維持するための時間稼ぎに役立つ。 また、小惑星帯などを飛び越えて移動できる。だから数ターン早く前線を形成できる。それでいて燃料消費はそこまで多くない。 メリットが大きいから最初から投入することになった。運用した結果、開発部隊の輸送はすべて界面エンジン搭載艦で行うことになった。 勝利のカギのひとつは、短時間で小惑星を開発することだ。界面空間浅層を通過する時間短縮効果には事前の予想を越えるメリットがあった。 旗艦『ペンギンの騎士』は、輸送艦隊のひとつに加わった。後方に界面エンジンを接続し、頭の上に巨大な輸送艦の船体を乗せた形になった。 ふつうなら旗艦は戦艦なのだろうが、小型宇宙船『ペンギンの騎士』では、輸送艦になるのが精いっぱいだった。 作戦の2ターン目。 わたしたちの領域はふたつに別れかけた形をしている。燃料補給艦隊を二つにわけて、双方に進ませる。 右の経路は、戦闘艦が進攻する予定だ。 当面、左の経路を輸送艦が進む。その方がわずかに早く最前線を構築できる。資源のある小惑星の開発もすこしだけ早くなる。 帝国の領域は、支配が容易だった。たちまち十六の資源惑星を開発している。抵抗戦線の資源惑星はまだ四つしかない。 わずかでも燃料を早く手に入れて、多くの艦艇で平面空間を満たさなければ、抵抗戦線の勝利はない。わずかでも最善の手を積み重ねて帝国に追いつく。勝つためにはそれしかない。 輸送艦隊がゲートのすこし先に係留される。 輸送艦の船体を押しながら、旗艦『ペンギンの騎士』もそこに加わる。 そこへゲートから進んできた開発部隊が進攻して乗りこむ。こうすると、ほんのわずかだが、目的地に近くなる。 乗り込んできた開発部隊の人達に挨拶をした。 「この輸送艦には防壁がほとんどないから、敵に撃たれたら、当たらないように避けてくださいね」 我ながら無茶を言ってると思う。。 「中がスカスカだから、撃たれても被害はそれほどでない。数字の上でなら防御率は帝国軍にそれほど劣っていなわよ」 この輸送艦の防御はスカスカで攻撃が素通りする。それを防御の固い帝国軍と比較するのは、ほとんど詭弁だ。 抵抗戦線と帝国軍の戦力差はどうしようもないほど大きい。 私だって分かってるわよ。 だから、こうでも言わないと落ち込むほかないでしょう? 戦艦2艦隊と界面空間を攻撃できる艦艇(捕捉艦)1艦隊を召喚する。この召喚比率は17ターンまで継続する予定だった。 帝国も着々と艦隊を召喚していた。巡洋艦を主体にして、戦艦を加えた構成だ。帝国の巡洋艦は、抵抗戦線の戦艦よりも強い。 は~っ、気が重くなるわね。 帝国は召喚した艦隊をゲートの後方に配備している。 十分な戦力がそろったところで、一気に抵抗戦線の領域に攻め込むつもりなのだろう。 しかし、帝国の領域と中央領域の接する部分はかなり狭い。さらに、小惑星の密集域などがある。簡単には進めない。数の力で突破することは難しい。大軍がまとめて侵攻することが困難な場所なのだ。 帝国の進軍を食い止めることが出来るとしたらここしかない。だから、ここに最前線を構築するのだ。 帝国の作戦は、はっきりと悪手だ。 いや、悪手にしてしまう以外に抵抗戦線が勝つ道筋はない。 帝国との戦闘開始が遅くなるほど、抵抗戦線の艦隊は拡充される。 帝国の戦略が、充分な戦力が整ってから戦闘を開始する方針なのは、正直に言って有難いと感じる。 相手の戦力が整ってから戦いが始まるなら、いったん始まれば激戦になるだろう。それはそれで怖くはある。 帝国は、戦艦や巡洋艦などを召喚し続けている。ゲート近くに集結させている。 開発部隊や輸送艦の召喚は多くない。初期に資源惑星の数で抵抗戦線を大幅に上回っているから慢心しているのだろうか。 帝国が最善の手段をとりつづければ、おそらく抵抗戦線に勝ち目はない。帝国が兵站線の重要性に充分に気付いていないのなら、ありがたく燃料の量などで優位に立たせてもらおう。 7ターン目。 輸送艦の二艦隊が、航行の途中で燃料補給を受けて、帝国領と中央領域が接する場所に到着した。開発部隊が下船する。 まるで頼りにはならないが、一応最前線が構築できた。 帝国軍は、まだ帝国領の半分くらいに展開している段階だった。 8ターン目には、後続の開発部隊が最前線に到着する。 帝国の進攻が予想よりも遅いことを生かして、最前線よりもやや後方にある中央領域の資源惑星の開発を開始する。 10ターン目。 ふたつの攻撃艦隊が最前線に到着した。名前は勇ましいけれど、ほとんど防御力がないのよね。どこまで帝国に通用するのやら。 燃料輸送艦隊も最前線の後方に到着した。 本格的に前線が形成されだした。 まもなく先鋒の戦艦が最前線に到着する。そのあとから、つぎつぎと戦艦が最前線をめざして進攻している。 もう少し戦艦が増えれば、戦闘を開始できる。 各領域にまんべんなく散った開発部隊も資源惑星の開発に全力をあげている。 帝国が資源惑星の開発に熱心でないため、ついに抵抗戦線が資源惑星の数で帝国を上回った。 帝国領には未開発の小惑星がまだたくさん残っている。資源量で帝国を大幅に上回れそうだ。 帝国は兵站の意義と必要性を充分には理解していないようだ。地味な作業だから貴族様たちは担当したがらないという可能性もある。いずれにせよ付けこませてもらおう。 輸送艦隊には簡易型ではあるが界面空間エンジンが搭載されている。平面空間を離れた航行が可能だ。 その特性を最大限に生かして、抵抗戦線の領域からショートカットして帝国領に奇襲攻撃をかけることにした。 我ながら参謀らしく陰謀を企てたわけだ。 簡易型のエンジンは燃料消費がそこまで多くないから、補給艦隊で燃料補給ができる。帝国領に面した味方領域に、あらかじめ補給艦隊を派遣して、四艦隊の輸送艦で奇襲攻撃をする準備に入った。 奇襲の実施は、7ターンは先になる。 この平面空間は広大だから、作戦を実施するためには、かなり前から準備にとりかかっておく必要があるのだ。 戦線が味方ゲートから離れるほど、早くから作戦の準備を実施していなければならなくなる。 12ターン目。 帝国の戦艦がたった一艦隊だけ最前線のすぐ前まで進攻してきた。後続の帝国の艦隊が到着するのに2ターンはかかるだろう。 敵艦隊をタコ殴りするチャンスだ。 こちらの戦力を測るための捨て駒なのだろうが、戦艦一艦隊を囮にするとは、さすがだ。帝国は金が余っているらしい。 13ターン目。 ついに戦闘が開始された。 攻撃は、六方向から行われる。前後、左右、上下だ。それ以上の攻撃をすると味方にも損害を生じてしまう。 攻撃艦隊が足の速さを生かして後方に回り込み、先制攻撃をかける。 帝国の被害は戦艦十隻のうちわずか二隻だった。攻撃に特化させても、この戦果か。帝国軍は強い! 帝国軍の反撃。八隻の攻撃で攻撃艦隊の七隻が撃沈された。防護を捨てて攻撃に特化していたとはいえ、凄まじい攻撃力だ。 もう一艦隊の攻撃艦が左から攻撃する。帝国軍の二隻を撃沈したが、残る六隻の反撃で五隻を失った。つ、強い! 攻撃艦隊の戦果は事前の予想を下回った。敵に迎撃されて破壊された艦は、もう攻撃できない。防御を軽視した結果、ろくに攻撃ができなくなっていたのだった。 巡洋艦も似たような戦果になるだろう。 今後は攻撃部隊を戦艦のみとする。そうせざるをえない。 到着したばかりの味方の戦艦が正面から攻撃する。帝国軍の三隻を大破させたが、残る三隻の反撃で三隻を失った。 防御を強化しているはずの戦艦の方が攻撃艦よりも被害が大きかった。 帝国軍は、この戦闘の間にも戦い方が熟練しているのか? まずい。 装備で勝る帝国軍が戦いに熟練したら、抵抗戦線に勝ち目がなくなる。 抵抗戦線の作戦は、こちらの損害を考慮せずに数に物をいわせて敵を殲滅すること。だから敵と当たるのは常に初心者になる。 戦ったら必ず相手を倒し切らなければならない。 帝国軍の残りは三隻。だが、こちらから攻撃できる部隊がいない。 輸送艦隊で上方から攻撃させる。簡易型の界面エンジンで、不完全とはいえ界面空間にいるから、攻撃されにくいはずだ。 輸送艦隊は、一隻の戦艦を破壊したが、二隻が撃沈された。 もう一つの輸送艦隊が下方から攻撃する。一隻の戦艦を航行不能にしたが、一隻を撃沈された。 航行不能になった帝国の戦艦は、すぐに平面空間から姿を消した。界面エンジンが動かなくなれば平面空間に留まることができなくなるからだ。 帝国軍の残る戦艦は一隻だ。 熟練した部隊に参戦されては勝ち目がなくなる。なんとしても倒し切らなければならない。なりふり構っていられない。 界面空間の攻撃に特化した捕捉艦隊を投入した。 たった一隻残った帝国の戦艦は捕捉艦隊の攻撃をすべて避けて、捕捉艦隊の一隻を撃沈した。 間違いない。戦いながらさらに強くなっている。 帝国の艦隊が最前線から突出した抵抗戦線の部隊に襲い掛かってくる。次々と撃破されて全滅してゆく。 一隻だけ残った帝国の戦艦は、ゆうゆうと資源惑星へと戻っていった。工廠で修理され艦隊を立て直すだろう。補充された戦艦の熟練度が高いとまずい。 帝国の強さは予想を上回っていた。 このままでは負ける。 作戦の変更が必要だ。 本格的な界面エンジンを搭載した平面空間攻撃部隊の投入を早める必要がある。そうしなければ、帝国の戦艦を主体とした部隊だけで押し切られてしまう。 帝国の戦艦は固い。界面空間深層からの攻撃でも一艦隊では倒し切れないだろう。四艦隊を召喚して、同時に攻撃を行い、それでも倒し切れなければ残りは戦艦で倒す。そうするほかあるまい。 帝国は強かった。いまの戦闘をみて、抵抗戦線の士気はガタ落ちだろう。士気を保つ必要がある。 全軍に伝達する。 「帝国軍の強さは予想を上回りました。このため、『殲滅艦隊』の投入を早めます。到着まで前線の維持をお願いします」 一気に士気が回復したようだ。 モヤシ世話役がつぶやいた。 「さすがは歌姫様です。顔を見せるだけで皆が盛り上がってますね」 本格的な界面エンジンを搭載した平面空間攻撃部隊の名称をどうするか。 士気を高める必要があるから『殲滅艦隊』にした。わたしが中二病だから付けたのでは、決して、断じて、絶対にない! 平面空間の戦艦にたいしては、かなりの戦果をあげるだろう。しかし、帝国の界面空間攻撃艦隊に攻撃されれば、たちまち壊滅的な被害を受ける。 捕捉艦隊に護らせながら攻撃する必要がある。兵站線だけでなく、部隊の運用や戦術で大幅に帝国を上回る必要がある。 ゲートからの召喚をいったん停止して、殲滅艦隊の召喚準備に入る。 攻撃陣の兵站線はいったん途切れることになる。しかし、殲滅艦隊は界面空間を移動するから、攻撃陣が弱体化する前に援軍として前線に到着できるだろう。 帝国から連絡が入った。 あいかわらず暑苦しい帝国軍の将軍が画面に映る。 「偉大なる帝国はいよいよ界面空間を航行できる艦隊を投入する段階に入った。艦隊名は、『爆撃飛行無敵要塞』および、『攻撃飛行無敵要塞』と命名した」 相手が『無敵要塞』で、こちらに反撃の手段が乏しいのでは、士気にかかわる。 初戦で帝国はその強さを見せつけた。 これは、こちらの士気をさらに挫くための宣伝戦の一環だろう。 宣伝戦には、宣伝戦で応じなければならない。 抵抗戦線の全軍に通信回線を開く。 「帝国は、界面空間に深く潜って攻撃を仕掛けてきます。こちらは、捕捉艦で応戦します」 界面空間を攻撃できる艦艇を『捕捉艦』と命名し、帝国は界面空間に潜って攻撃を仕掛けてくると断定してしまう。これでこちらが上から目線になることができる。 帝国に見下されてたまるか、なのだ。 帝国の界面空間を航行できる艦隊は、適当な名称を思いつかなかったために、単に『帝国界面艦隊』と呼ぶことになった。 潜っている巨体だから、クジラと呼びたいが、クジラを捕捉艦隊で攻撃すると動物愛護団体から抗議がありそうな気がする。 いまの時代には、クジラが何なのかを知らない人のほうがずっと多い可能性もある。 名称として不適切だろう。 だから、『帝国界面艦隊』と呼ぶ。 帝国の戦艦、巡洋艦、輸送艦などは、『帝国の艦隊』だ。 ややこしいがしかたない。 いよいよ帝国軍の総攻撃が開始された。 最前線を構築した場所の効果で、一度に攻撃できる帝国の艦隊は限られている。 それでも、じわじわと押されてくる。 耐えてちょうだい。殲滅艦隊が到着するまでのあいだ。 小惑星の密集域に身をひそめた開発部隊はよく頑張っている。反撃する兵器はたちまち尽きてしまった。それでも、敵の攻撃を避けながら踏みとどまっている。 開発部隊がそこにいるお蔭で敵の侵攻は大きな制約を受けている。最前線が維持されている。 輸送艦隊は開発された資源惑星のそばに陣取って敵の攻撃に耐えている。界面空間浅層にいるから、帝国からの攻撃手段は限られている。それでも、被害は甚大だ。 損傷した艦は、すぐに資源惑星の工廠で修理を受けてまた参戦してゆく。輸送艦隊はしぶとく生き残って最前線を維持している。 それでも、帝国軍は力押しで最前線を押し戻してくる。中央が歪み、たわみ、押されてゆく。 いちばん狭い部分を通過できる帝国軍の部隊は少数だ。こちらは複数の部隊が帝国軍を攻撃できる。それでも戦果は不十分だ。帝国軍の戦線が徐々に中央領域の広い部分に近づいてくる。 突破されれば、たちまち中央領域を占領されてしまうだろう。抵抗戦線が勝利する道が断たれてしまう。 帝国の輸送艦隊がショートカットして中央領域へと進攻してきた。分散していた捕捉艦隊で迎撃を試みる。まだ展開している艦隊の数は多くない。なんとかしなければ。 捕捉艦隊の足が遅い! 帝国の輸送艦隊の移動に対応しきれない。 帝国の輸送艦隊は、展開した捕捉艦隊の間を縫って、中央領域に侵入した。 攻撃をするが、ほとんど数を減らせない。 帝国の開発部隊が展開する。まずい。小惑星を開発されてしまう。帝国に拠点を造られてしまう。 抵抗戦線の戦闘艦が進攻する右経路に接して帝国の資源衛星が開発され工廠も造られてしまった。 兵站線上にいる抵抗戦線の攻撃部隊を投入して殲滅をはかる。兵站がガタガタになるがしかたない。 帝国の開発部隊をまわり中からタコ殴りにしたが、しぶとかった。戦艦すらも結構な被害を生じた。そのままでは最前線に投入できないほどだった。帝国軍は簡単には倒せないことを実感した。 中央領域の中央には濃密な小惑星帯がある。そこで開発をしていた部隊を呼寄せて帝国の資源惑星を再開発させる。しかし小惑星帯の移動には時間がかかる。再開発が終了するまでにかなりの時間が経過した。 最前線に殲滅艦隊が到着した。 最前線を崩壊させかけている敵の巡洋艦に攻撃をする。たちまち四隻を撃沈した。もう一つの殲滅艦隊によって敵の巡洋艦は全滅した。 味方の戦艦が空いたスペースを埋める。最前線をだいぶ元に戻せた。どうやらしのげそうだ。見通しがたった。 ようやく奇襲部隊が帝国領の奥にある未開発領域に到着した。界面空間を移動したから、迎撃はなかった。帝国側は無防備だった。敵軍が周囲にまったくいない。 完全な奇襲になった。 さっそく四つの開発部隊が展開する。一斉に周囲の小惑星を開発する。 帝国領の奥に味方の補給地点を築けるのは大きい。 これで輸送艦隊に燃料を補給できる。 輸送艦隊めがけて帝国の戦艦や巡洋艦があわてて殺到してくる。燃料を補給できたけれど、使いきる前に全滅する可能性があるわね。 最前線に詰めていた帝国艦隊の一部が奇襲部隊へと矛先を変えた。帝国の前戦が一時的に崩壊する。 好機だ。 殲滅艦隊で中央の戦艦を屠る。 帝国軍は、奇襲部隊を攻撃する左翼と、後退する右翼に分断された。左右は、こちらから見た方向だ。 これなら各個撃破が可能だ。 殲滅艦隊は味方の捕捉艦隊に護られながら敵を攻撃する。燃料補給は中央領域に戻って行う。 帝国領の中央へと戦艦と共に捕捉艦隊を前進させる。もう少しで奇襲部隊が開発した補給地点を拠点とした攻撃が可能になる。 帝国は奇襲部隊が開発した小惑星へと自国の開発部隊を向かわせた。しかし、開発部隊は足が遅い。到着するまでに抵抗戦線の本隊が奇襲部隊と合流できそうだ。前線を作って前進を拒むことができそうだ。 これなら帝国領の攻略は時間の問題だろう。 「アンナ、帝国領の攻略をお願いするわ」 帝国領と中央領域との境目に濃密な小惑星帯がある。いちばん最初に召喚された開発部隊の残党が、生き残って、まだそこを占拠していた。 『ペンギンの騎士』が最初に輸送した部隊だった。 すでに最前線は帝国領内へと移動した。 この地点を確保する必要は、すでに無くなっている。 旗艦『ペンギンの騎士』は、エンジンのない輸送艦を後ろから押しながら小惑星帯へと入っていった。 「お疲れ様。ここでの任務は終了よ。中央領域の残りの開発をお願いします」 「わはは、歌姫様は人使いが荒いなあ」 中央領域には細長い小さな領域が張りついている。この領域はまだ未開発だ。 いままで激戦の中に居続けていたのだから、戦いのない領域で少しのんびりしてもらう。そのつもりだった。 まもなく未開発領域に到着する。その時だった。帝国の『攻撃飛行無敵要塞』が輸送艦を援護しながら未開発領域を目指してくる。 界面空間を移動すれば小惑星などに妨げられない。移動に無駄がない。 もともと帝国軍の艦艇は移動力が優れている。 中央領域の捕捉艦隊を移動させようとするが足が遅い。とうてい捕えられそうにない。 「ハッタリをかますわよ」 とてもじゃないが、戦える状況じゃない。 わずかに残った開発部隊には、小惑星の開発をお願いした。 推進器のない輸送艦を前に押し出す。 ただの抜け殻だ。 でも、脅しにはなるだろう。 なって欲しい。 なればいいな。 『ペンギンの騎士』は、その中央で偉そうに停泊した。 自慢ではないが、まともな攻撃兵器は一切持っていない。ペンギンは平和主義者なのだ。 本当に自慢できないわね。 堂々と敵を待ちかまえている。 そう見えるといいな。 にらみ合いが続く。 永遠に続くかと思えた。 実際に経過した時間はわずかだった。 帝国の『攻撃飛行無敵要塞』が後退しだした。 移動しつつある捕捉艦隊を警戒したらしい。 到着するまでにこちらを全滅させることができるのに。 戦わずに引いてくれるのは、ありがたい。 帝国の輸送艦は、迷うように界面空間を少し移動して、帝国領へと戻っていった。 『攻撃飛行無敵要塞』の援護を受けながら中央領域を開発するつもりだった。 でも、『攻撃飛行無敵要塞』は帰っていってしまった。 自力では開発しきれないと判断したのね。 よかった。 ハッタリで切り抜けられたわ。 開発部隊を展開されていたら殲滅できるめどが立たなかった。こちらの部隊が全滅する可能性が高かった。 なんだか、ぼんやりしている。 考えがまとまらない。 取りとめなく思った。 それにしても、帝国が投入する『攻撃飛行無敵要塞』や『爆撃飛行無敵要塞』の数は思ったほど多くないのね。 すべて倒して帝国を破産させるつもりだったのに…… ほっとしたとたんに、目の前が暗くなった。 まずい。意識を失う。 《不眠不休で作戦指揮をなさっていたせいです。このままお休みください》 そんなクリスタルの言葉を聞きながら、わたしは意識を手放した。 眠りながら、夢を見ていた。 クリスタルとは生体結合しているから、眠っていても情報交換ができるのだろう。 去って行った輸送艦隊が気になった。 敵ながら、燃料は足りるのだろうか。 しばらく見ていたら、帝国領には到着したが、燃料切れで界面空間から姿を消した。 これは、夢だ。 でも、おそらくは実際に起きていることだ。 生き残るためには開発部隊を展開し、協力してこちらの開発部隊を殲滅する。それから小惑星を開発して燃料を補給する。 生き残るにはそれしかなかった。 十分に実行できたと思う。 あんなところで引き返すなんて、何を考えていたのだろう。 《出撃した時点では、中央領域に帝国の資源惑星がまだ存在していました》 ああ。再開発をする開発部隊は、濃密な小惑星帯を通過しなければいけなかったから、到着するまでに時間がかかっていたのね。 《また、帰還を決意した時には帝国領の到達可能な範囲に帝国の補給艦隊が存在していました。しかし、すぐに抵抗戦線によって駆逐されています》 とことん不運だったのね。 でも、こちらは帝国の行動を完全に把握してるのに、帝国はこちらの行動が見えていないみたいだったなあ。 とくに奇襲攻撃は、帝国軍にとって完全な奇襲だったみたいに見えた。 《はい。帝国は攻撃範囲に入るまで抵抗戦線の艦艇を把握できずにいます》 それじゃあ、なぜ抵抗戦線は帝国軍の動向を完璧に把握できているの? 《すべての帝国艦にはゲートを通過した時点でクリスタルの分体が乗りこんでおります。艦隊間の連絡内容なども完全に把握しています》 ええええっ! 《クリスタルは、もともと情報戦に特化しておりました》 たしか戦闘アンドロイドの美雪は、情報戦に特化していたわよね。 《それは禁則事項です!》 そうね。そうよね。 《このままでは、まずいことになりそうです。目を覚ましてください》 クリスタルに起こされた。 唯事ではないのだろう。 「ああ、よかった、歌姫様。すごくまずいように見えるけど、大丈夫なの?」 帝国軍はゲートを中心に輸送艦隊や開発部隊で防御を固めている。ゲート付近の戦艦や巡洋艦の数は多くない。 帝国領の左側を奇襲部隊が押さえて開発している。中央を抵抗戦線の艦艇が進攻してゲートに迫っている。 帝国領の右側には、結構な数の帝国の戦艦と巡洋艦の部隊が展開している。 攻めかかってこられたら、苦戦してたわね。 攻めてくれば、殲滅艦隊で相手をしてやるけどさ。 さては、帝国艦の指揮官は貴族様だから、勝ち目のない戦闘から逃げているのね。 腰抜けどもめ。 帝国には捕捉艦隊がほとんどいない。アンナが優先的に撃破したのだろう。 ゲート付近の帝国軍は防衛に専念している。 抵抗戦線は、…… 殲滅艦隊が十六艦隊いる! 多すぎる。 兵站が確保できていない。 このままでは、燃料切れで界面空間から消滅してしまう。帝国軍は、こちらが自滅するのを待っているのだ。 クリスタルと一緒にシミュレートする。 奇襲に参加した開発部隊が帝国ゲートのそばにある資源惑星の近くにいる。再開発をさせる。 資源惑星が足りない。 輸送艦隊を派遣する。開発部隊が乗りこむ。資源衛星近くに移動する。開発部隊が下船する。資源惑星を開発する。殲滅艦隊が燃料補給を受ける。 資源惑星の開発や再開発には時間がかかる。 殲滅艦隊は燃料消費がやたらと多い。 ただ留まっているだけでも多量の燃料を消費する。 開発済の資源惑星、開発・再開発した資源惑星。すべてを最大限に生かして燃料を補給してゆく。 燃料が尽きかけた艦隊に、延長した補給管で燃料を無理やりに補給して、燃料計の表示はゼロになったが、救うことのできた艦隊が四つあった。 補給管を抱えて宇宙空間へダイブした作業員たちの勇気には本当に頭がさがる。 一艦隊は救うことができなかった。燃料が尽きて界面空間から姿を消した。 なぜ、こんなことになったのか。 アンナに聞かなくても理由は推測できた。 戦艦を補充する兵站線は、殲滅艦隊を召喚するためにいったん途切れた。さらに中央領域に帝国軍が侵攻したため、その後の兵站線も乱れた。 帝国領域への進攻は順調だった。 抵抗戦線の艦隊は、全滅上等! で戦いを挑んでいた。 貴族様の指揮する艦隊は、周囲に複数の敵艦隊がいる不利な戦闘から逃げていた。 だから進攻が順調すぎた。 消耗した戦艦を補給するには、兵站線が伸びすぎていた。しかも途中に大きく途絶がある。 殲滅艦隊を主体に攻撃すれば、帝国に立ち直る隙を与えずにすむ。 このまま帝国軍を押し切れる。 そう判断したのだろう。 自然な判断だった。 しかし、アンナでも兵站の確保が不十分だった。 帝国はゲートの防衛を最優先にした。 時間稼ぎに方針を変えた。 抵抗戦線の兵站が脆弱な点を適確に突いてきた。 だから、抵抗戦線は危機に陥った。 でも、消滅したのは一艦隊ですんだ。 ギリギリだったけれどね。 「もう大丈夫よ、アンナ。それでは仕上げをしましょう」 抵抗戦線は、帝国軍に降伏を勧告した。 しかし、帝国軍が降伏勧告に応じることはなかった。 まあ、そうでしょうね。 わたしは、帝国のレオパルド将軍の顔を思い浮かべながら納得していた。 最終決戦が開始された。 アルマジロのように身を固めた帝国軍を抵抗戦線が攻撃する。一点突破を目指す。 壊滅した敵艦のいた空間を抵抗戦線の艦艇が占拠する。帝国から激しい反撃を受ける。なんとか持ちこたえている間に、さらに敵の艦隊を壊滅させる。空いた空間を抵抗戦線の艦艇で潰す。先端にいた艦隊を無傷の艦隊と交代させる。 じわり、じわり、と帝国の防御にくさびを打ちこんでゆく。 ついに輸送艦隊がゲートに隣接した空間を占めた。ゲートへと開発部隊を展開させる。 開発部隊の周囲は、ほとんどが帝国軍だ。一斉に攻撃されれば、全滅する可能性が高い。しかし、一部隊でも生き残れば、ゲートの指揮権を帝国から抵抗戦線へと変更できる。 生き残れ! 抵抗戦線の全員が開発部隊の無事を祈ったと思う。 全員が見守るなかで、抵抗戦線の開発部隊にたいして帝国軍からの攻撃はまったく無かった。 敵ながら潔いと言うべきなのでしょうね。 開発部隊がゲートの指揮権を帝国から抵抗戦線に変更する。 エネルギーの補給を断たれた帝国軍は、すべて界面空間から姿を消した。 銀河大戦は、抵抗戦線が勝利した。 思わず陽樹と抱き合ったわよ。 当然でしょう。 うふふふ。 抵抗戦線が勝利しても、帝国の体制に大きな変更はなかった。たがいを尊重しあうことが抵抗戦線の方針だったからだ。 帝国の貴族様のために娯楽惑星がいくつも開発された。 アンドロイドが演じる『人間狩り』を体験できる惑星が開発された。 呪われた惑星からの脱出ゲームも人気になった。まあ、惑星規模のお化け屋敷なのだけれどね。惑星から脱出する救命艇の中にもお化けが潜んでいるのがポイントだった。 リアルなサバイバルゲームも人気になった。撃たれた相手の腕が引きちぎられたり、頭が爆裂したりする。ナノマシンの群体なら、そんな演技ができた。 実物大の恐竜や、ドラゴンなどと戦うこともできた。 一番の人気は、平面空間での実戦演習だった。 中世の騎士が本物の馬を駆けさせて狐狩りに興じたように、本物の戦艦を投入して何日も掛けて艦隊同士が戦うのだ。 飛行無敵要塞を主体とした艦隊、強力な戦艦と巡洋艦からなる艦隊、もちろん抵抗戦線の艦隊も再現できる。 抵抗戦線の貧乏艦隊は通常の戦いをきわめた上級者向けの選択として参加者たちの目標になっているようだ。 その勝利の難しさから、わたしたちの戦いは神話になりつつあるそうだ。 おおげさなんだから。 本当に帝国貴族はお金持ちだった。とんでもなくお金のかかる道楽に嬉々として興じてくれる。 帝国の貴族の皆様は、実に良いお客様になってくれた。 帝国が遺恨を残さなかったのは、死亡者や負傷者がいなかったからだ。 クリスタルによって戦闘艦の武器はすべて模擬弾にすり替えられていた。 命中判定は、きわめて厳密に行われた。 平面空間から消滅した艦艇は通常の宇宙空間へと落下する。 クリスタルが開発した宇宙方程式の特殊解によって、あらかじめ出現する場所を正確に予測できていた。 未公開の方程式によって、そこに臨時ゲートを開いて、脱落者はすぐに漏れなく回収された。 『宇宙底引き網漁船船団』が脱落者の回収に大活躍した。 抵抗戦線の宇宙船は、数だけはやたらと多かったからね。 金の流れはアンナが管理している。 銀河系の経済は順調に発展している。 クリスタルは、宇宙方程式をいじくりまわしている。 惑星上にゲートを開ける時が近いらしい。 楽しみだ。 ところで、人工冬眠をしていると代謝が四百分の一に低下するらしい。だから、わたしの肉体年齢は十四歳くらいに相当するそうだ。 陽樹の方が肉体年齢は少し上だった。 そう分かった時には二人とも本当に驚いた。 銀河大戦の祝勝会には帝国軍の参戦者もたくさん参加した。 和気あいあいとした良い会になった。 実際に会ってみると、レオパルド将軍は見上げるようにデカかった。背が高く、胸が厚く、筋肉の鎧でおおわれていた。 「めでたい祝いの席だ。さあ食え、いま食え、もっと食え!」 バカでっかい皿の上に山のように肉を乗せて私に勧めてきた。 ケイトがミートローフを薄切りにしてソースをかけ、ホースラディッシュとサラダを添えてくれた。量はちょうど良く、なにより見栄えが良かった。完璧なメイドさんだった。 レオパルド将軍は、大きなフォークでミートローフの塊を突き刺して、うまそうに食べている。でっかい肉の塊がたちまち消えてゆく。 凄いと言うしかないわね。 ほかの皆も食事を勧めてきた。 でも、わたしは少食だから姫君に選ばれたのだ。ほとんど食べないうちにすっかり満腹になってしまった。 「歌姫様の歌を聞きたいなあ」 「あっ、そうだ。歌姫様じゃないか」 「う~た、う~た、歌、歌、歌! 歌!!!」 そこで、芸をさせられることになった。 歌姫だから歌うほかなかった。 クリスタルがオーケストラを演奏する。 戦争終了を祝う会だから、戦争によって引き離された恋人の想いを歌った。 わたしにとっても、古い、古い、曲だ。 曲名は覚えていない。 聞いていないのかもしれない。 ライトが消された。 静まり返った会場で歌い始める。 たとえ永劫の時が過ぎ行くとも あなたを待ち続けましょう 千の夏を過ごしながら あなたを待ち続けます あなたが傍にいらして あなたに抱(いだ)かれる その時まで あなたの両腕のなかで ため息をもらす その時まで どこをさ迷うときも どこに行くときも 日々思い出してください どれほどあなたを愛しているかを 心の奥で信じていることが あなたと同じだと知っているから いつまでも あなたを待ち続けます (さっきから熱視線を送っているのに、気が付かないのね。ほんとうに鈍感なのだから! あ、気が付いたかな。不安そうに自分を指さしているわ。 もっと堂々としなさいよ。あなたは銀河帝国を打ち破った軍団長で、抵抗戦線の総司令官閣下なのだから。 そうよ、と小さくうなずく。腕を伸ばして、まねき寄せる。 すぐに走っていらっしゃい!) ……その時、あなたはここに戻り わたしに気付いて走り寄るでしょう まっすぐに、 待ち続けたわたしの腕に向かって だから、どれほどの時が流れ去ろうと あなたを待ち続けましょう 千の夏を過ごしながら あなたを待ち続けます あなたが傍にいて あなたに触れられる その時まで そして いつまでも愛を分かち合いましょう わたしが過ごした夏はまだ五百に満たない。 でも、長かった。 充分に長かった。 だから想いをこめて歌った。 我ながら熱唱だったと思う。 わたしの想いは届いた。 会場にいる全ての人達が熱狂的にわたしたちを祝福してくれた。 いまは婚約者だが、あと一~二年したら陽樹と結婚して新婚旅行に行く予定になっている。 それまでに惑星上のゲートを実用化させてね、クリスタル。 《受け賜りました。誠意努力いたします》 頼んだわよ、相棒! |
競作企画 2025年08月22日 18時02分33秒 公開 ■この作品の著作権は 競作企画 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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