人食い海星と宇宙人 |
Rev.05 枚数: 25 枚( 9,951 文字) |
<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部 |
海星。知らなければどこをどう読んでも『ひとで』とは読めないが、海に住み星の形をしているという一点で、その生き物には海星という漢字が当てられている。人工的に星の形にこしらえたものは無数に存在するが、自然物でありながらあれほどはっきり星の形をしているのは、驚きである。 今地球が直面している危機は、そんな海星に由来している。 本来海に住むはずの海星が一匹だけ、日本のある地区の黒いコンクリートに、無造作にへばり付いていたのだ。 見た目には、何も特別な海星ではない。黄色くて触れると少しざらざらとした、無論星形をしたごく一般的な海星である。 その地域は海から遠かった。海星が自分から、海を這い出てたどり着ける場所ではない。ならば誰かがそこに投げ込んだのかもしれないが、それにしても不思議なことに、その海星は何時間が経過しても何日が経過しても、乾くことなく生き続けていた。 内部から水分でも発しているのか? 栄養はいったいどうしているのか? 誰かが疑問を持つべきだっただろうが、それはいつまでもそこに放置されていた。皆自分のことで忙しく、足元に張り付いているちっぽけな海星のことなど誰も注意を払わなかったのだ。 やがてその海星は少しずつ大きくなり始めた。 精々手のひらくらいの大きさだったそれは、人間の顔と同じくらいのサイズにまで成長していた。その頃になると、人々はその海星に注目し始める。誰かがその海星を引きはがそうと引っ張ってみたが、海星はしっかりとそこに張り付いていて、動かない。 海星が子供の身体くらい大きくなり始めたのは、最初にそれが見付かって十六日が経過した頃である。その頃によってようやく専門家と呼べる学者たちがその海星の元へ訪れて、調査を行ったが、大きいことと海水の外で生きていることと、どうやってもそこから引きはがせないことを除けば、それは何の変哲もない海星であった。 学者たちは人での周りをテープで覆い、誰も近付けなくした上で調査を実施した。そして、短期的に観測すれば徐々に、長期的に観測すれば急速に、テープの外周は大きくなっていった。 海星は建物と同じくらいの大きさになり。 やがて街一つと同じくらいの大きさになった。 人々は海星の周辺から逃げるようにして立ち去るしかなくなっていた。海星は近くにあるものを下敷きにしながら、指数関数的に大きくなっていた。やがて都道府県の一つを飲み込むに至るまで、日本と言う国を破壊し尽くすまで、最後の最後地球と言う星を破滅させるまで、幾ばくの余裕もないように思われた。 国中が、世界中がパニックに陥った。巨大化し続ける化け物海星に人々は恐怖した。 そんな時。 その海星の持ち主だという一人の宇宙人が、科学者である私の元を訪れた。 〇 泳いでいる。 銀色をベースにほのかに金色に輝く鱗を持った、美しく雄大なアジアアロワナが、百八十センチの水槽の中でターンを繰り返しながら、なめらかに遊泳している。 私は隣の水槽を泳ぐ赤い小さな金魚数匹を網で掬い取り、アジアアロワナの水槽に入れた。アロワナははじめ金魚の存在に気付かず泳ぎ続けていたが、目の前を横切った瞬間硬い歯を持つ口を大きく広げ、普段のゆったりとした動きからは想像できない敏捷な動きで、金魚の一匹を捕食した。 残された数匹は、アロワナと同じ水槽を漂い続けている。彼らが食われるのも、時間の問題だろう。 「あの」 背後から声がかかった。 ティーンエイジャー少女がそこにいた。 いや、それはティーンエイジャーどころか四千年以上の時を生きているという話だったし、そもそも少女というかホモサピエンスという意味での人でもなかったが、とにかくそういう風にしか見えないので少女と呼称する。 頭頂部から一本の、五十センチくらいの触覚のようなものが伸びていて、その先端に拳大の眼球が生えている以外、見た目はただの少女である。年齢は十五歳から十七歳くらいに見える。髪もちゃんと生えていて栗色で肩までの長さがあった。大きく黒目がちな目と高い鼻が近い典型的な美少女顔をしているが、それ以外はこれという特徴もない。ただの可愛い女の子である。そう見える。 その女の子……地球を尋ねて来た宇宙人は、おずおずとした口調で私に尋ねた。 「何をしているのですか?」 「ペットに餌をやっているんだ」 「ペットとは」 「この魚だよ」 「その極めて粗末な生命構造と思考形態を持つ有機物体がですか?」 「その通りだよ」 「同程度の構造形態にして体積のみを大きく減じた別の生き物を捕食させていますが、それが餌やりということなんですね?」 「そうだよ」 「つまり自身の愛玩する生命体の活動維持ないしは育成、ないしは飼育者の娯楽的な目的によって、生き物に別の生き物を食べさせる文化が、あなた方『惑星OBAKA42731』の人達にもあるということなんですね?」 「その通りだよ」 「良かった」 少女は胸に手を当ててほっとしたような晴れやかな表情を浮かべた。 「それなら、あたしがしていることも、あなた達は理解してくれそうです。喜んでこの星を差し出してくれると確信が出来ました」 「どういうことかな?」 「今、この星に取り付いている、あなた達の言うところの『星食い海星』が、あたしが飼っているペットの『みょえにえーれ・ばう・らどいーれ4649ZZZ』であることは、さっきここに来た際すぐに話しましたよね?」 ZZZのところは『トリプルゼータ』と発音されていた。 「ああ聞いた。それにしても、長い名前だな」 「あなた方と我々では言語形態も会話にかける時間の感覚も異なりますので。実際はもっと長いですよ。あくまでこれは意訳というか、強いて『惑星OBAKA42731』の言葉であの生き物を言い表すと、そのようになるということです」 「地球のことを『OBAKA42731』と言い表すのも、同じようなものかね?」 「そうですね。名前というか番号ですが。アルファベットと数値を用いた識別番号を用いるのが、この星では一般的でしょう」 「そうか。では君達の星は?」 「『惑星A1』と呼ばれています。母星ですから、一番若い番号が当てられています」 「ややこしいので、これからは我々の星のことは『地球』、例の生き物のことは単に『海星』と呼んでくれないか? 惑星A1のことは、惑星A1のままで良い」 「分かりました」 少女はこくんと小さく頷いて、卓袱台の前に正座する脚を少しだけ身動ぎさせた。 私は冷蔵庫から麦茶を取り出すとコップに注いで少女の前に置いた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 少女は麦茶を一口飲んだ。 「それで。君は何をしに来たんだったっけ?」 「許可を貰いに来たのです」 「許可というと?」 「みょえにえーれ・ばう……じゃなかった。海星にあなた達の星を食べさせる許可のことです」 私は卓袱台の向かい側に座った。 「私の許可に何か意味があるのかね?」 「あたし達の住む惑星A1では、惑星を侵略・支配ないし破壊または捕食、或いは全体をぼどろんえはーいする場合は、その惑星内で最も高い知性を持つ存在の許可を得るのが作法とされています」 「そうなのか」 「特にばどろんえはーいする時は、これをしないのは相当な不敬に当たります」 「ほどろんえはーいというのは?」 「がぶらんちーをばばんにちーJかんぱすることです」 「かぶらんちーをばはんにちーJかんぱするとどうなるんだ?」 「めみゅんTIらっと§します」 「めみゅんTIらっと§するとどうなるんだ?」 「全体が赤くなります」 「なるほど。とてもよく分かった。それで、その、この惑星内でもっとも高い知性を持つ存在というのが、私ということか」 「そうなります。調査したところ、ブッチギリ断トツで、間違いなくあなたでした」 確かに、私は天才だった。 十一歳の時に飛び級でハーバード大学を卒業し、十五歳までにはあらゆる科学分野の博士号を総なめした。 研究により数々の賞を受賞し、地球の科学を百年先まで加速させたと賞賛された。私の名前を関した科学賞まで設立され、それを取ることが学問における最高の名誉と称された。 三十歳を超えた今では数々の大学・企業・研究機関からの招聘を断り、自分のラボに引き籠って、多分野に跨る複合的な研究を一人で続けている。 「私一人の許可であの海星がこの星を食いつくすのかね?」 「その通りです」 「地球人類全体の総意を得ずして、例えば多数決などを実施しないまま、わたし一人の許可でそれは可能なのかね?」 「その通りです。そもそも、多数決などという非現実的な決裁方法を採用しているのは、数多の知的生命体の中でも地球人類を含め僅か200兆と6000例に留まります。最も高い知性を持つ個体の考えによって種の総意とする考え方が、より一般的でしょう」 「なるほど。ちなみに、いったい何のために海星に星を食わせるのかね?」 「餌やりです」 「惑星があの海星の餌なのか?」 「そうです。A1星で流通している合成ペットフードを与えることも出来ますが、惑星を与えると栄養状態が良くなって色や肌触りが良くなりますし、何よりあの子が喜びます」 「人口のドライフードでも与えておけばアロワナは生きられるが、それでも生き餌の金魚を与える方が、アロワナの健康に良いのと同じようなものか」 「そう言えます」 少女はこくんと頷いてから、期待と確信に満ちた笑顔を私に向けた。 「では。許可をいただけますね? 地球人類にもペットの餌やりの習慣はある訳ですし、我々も同じ文化を持つということをご理解下さるはずです」 その時、部屋の扉が開いて一人の少年が入って来た。 「待つんだ姉さん。ペットにこの星を食べさせるなんて、とんでもない」 少年は宇宙人だった。少女と同じA1星人だろう。 それが分かったのは、少年の頭頂部から少女と同じ触覚が生えていたからだ。少女の者と同じくらいの長さの触覚の先に、少女の物よりほんの微かに大振りな眼球が付属している。 「何しに来たの? みゃお・に・えらど・ばつざーれ・にどうかせ・Yは・ぬとーい・めれぎ……」 少女は少年の方を見ながらつらつら言い始めた。 「はろうど・い・ぱー・TYJ4649・どっとこむ・草・ろんでーなびーじご……」 「ひょっとして少年の名前を呼ぼうとしているのかね?」 「はい」 「少年と君の関係は?」 「姉弟です」 「ならここにいる間は『弟』と呼んでくれないか?」 「何しに来たの? 弟?」 少女は素直に言い直した。少年は答えた。 「言っただろう。姉さんに愚かなことをやめさせに来たんだ」 少年は精悍な顔をしたやはりティーンエイジャーくらいの若者で、切れ長の目と鼻筋の通った鼻が近い美少年顔だった。弟というだけあって少女よりほんの僅かだが幼く見えるが、実際にはこちらも四千年以上生きているのだろう。 そしてその少年は一人でここに来たのではなかった。背後にこの国の外務大臣を連れていて、彼は恐る恐ると言った表情で、私と少女の間に視線を行き来させていた。 その外務大臣(ハゲのおっさん)は言う。 「丸之内博士。その女の子は……」 「そっちの少年と同じ宇宙人だよ。人食い海星の主人であり、ペットである海星にこの星を餌として与えに来たのだという」 「伺っている」 「その少年からかね」 「そうだ。その辺でふらふらしているところ、頭から眼球付き職種が生えているという異様な風貌から警察官が声を掛け、宇宙人であることが発覚した。そこで外務大臣である私が少年の元に向かい、対応をすることになった訳だ。話を聞き、君のところに行きたいというので、この通り付き添っている」 「そうか」 「丸之内さん。姉さんだけでなく、ぼくの話も聞いてください」 少年は真摯な視線を私に向けた。 「いいよ」 「この星を姉さんのペットに食べさせてはいけないのです」 少女が憤慨したように少年を睨んだ。 「余計なことは言わないで、みゃお・に・えらど・ばつざーれ・にどうかせ・Yは……」 「弟」 私は端的に指摘した。少女は長い名前を言うのをやめて言い直した。 「弟!」 「姉さんは星や生命の尊さを分かっていないんだ」 少年は少女を睨み返した。 「どれほど程度の低い知性しか持たない矮小な生命体であったとしても、魂のある者のいる惑星をペットに食べさせるだなんて。理性ある者のすることではないよ」 「生き物が生き物を食べるのなんて当たり前じゃない。この星の人達だってしていることよ。惑星A1の住人の半分はあなたのようなビーガンだけど、残る半数はあたしのように、A1星や他惑星の生き物を捕まえて、加工して食べているわ」 どうやら、A1星にもビーガンと呼ばれる存在はあるらしい。宇宙全体の文化なのかもしれない。惑星A1では半数の住人がビーガンのようだが、この二人は姉弟ながら主張が分かれているようだ。 少女の言葉に、少年は目を怒らせて言い返す。 「それが愚かだと言っているんだ! A1星には生物を使わずに作った合成フードが流通している。味や栄養も問題ない。何故それを食べないんだ? 増して、娯楽の為に飼っているペットに、星を食べさせるなどと!」 「あなたがビーガンであることには何も言わないけど、身内だからって付き合う義務はどこにもないでしょう?」 「二人とも。落ち着きたまえ」 私は二人の間に入って立っている少年に座布団を勧めた。 「立ったまま口喧嘩も難だし、ここは席に着いて。ほら。外務大臣さんも」 卓袱台を中央に、少年は少女の隣に、外務大臣は私の隣にそれぞれ座った。 新たに席に着いた少年と外務大臣にそれぞれ麦茶を振舞う。少年は「どうも」とお礼を言ってそれを口にした。 「丸之内さん。ぼく達はあなたをこの星の代表者に選びました」 少年は言った。 「あなたはこの星を姉のペットに差し出すべきではありません。そう思いませんか?」 「そうだとも!」 外務大臣は声を荒げた。 「断りたまえ丸之内博士。地球と人類を、あんな訳の分からない化け物海星に食わせることはない」 「その通りです。どの惑星にもどの知的生命体にも、それぞれが築き上げて来た文明があり文化があり、何より尊い生命があります。どれほど幼稚で未熟なものであったとしても、それを尊重し保護することこそが、理性ある者の姿勢だとぼくは考えています」 「人類が初めて接触する地球外生命体に、あなたのように心優しい方がいたことを、私は感謝します!」 外務大臣は感極まった様子で大げさに口にした。目を輝かせ、両手を握り締め、表情を作って少年の方を熱っぽく見詰めている。 あからさまな演技だったが、この少年にはそれが通じたようだった。満足気そうに微笑みを浮かべ、何度も首を頷いている。 「ありがとう外務大臣。それならば、ぼくと一緒に丸之内博士を説得してくれますか?」 「もちろんですとも」 「それから。当然のことではありますが、この国を初めてとしてこの星の人類全てに、あらゆる目的で他の生き物の命を奪うことを即刻禁止してくださいますね?」 外務大臣はあからさまに動揺した。 「この星の知的生命体程度の技術力でも、肉や魚を使わない食品だけで、生きていくだけの栄養を生み出すことは可能なはずですよね? 我々の星に流通する合成フードを用いれば、姉さんのペットが生きられるのと同様に。ならば人類の皆さんも全員がビーガンとなることが可能なはずです」 「それは……」 「外務大臣はこの星と人類を姉さんのペットに差し出すべきではないと仰いました。ぼくもその通りだと思います。同様に、この星に住まう動物達もまた、人類にその身を差し出す義務はないと思いませんか?」 外務大臣は混乱した様子で、口を噤んでいることしか出来なかった。 「でないと筋が通らないはずです。必要に駆られての殺生ならともかくとして、この星の皆さんは動物を殺さずに生きていける程度の技術とゆとりを持っているはずです。にもかかわらず、無意味な殺戮を繰り返すのなら、あらゆる方法を用いてそれは矯正されてしかるべきでしょう」 「あらゆる方法というのは……」 「この星の人類の皆さんに、食肉を不可能とするナノマシンを注入させていただきます。それを注入された生命体は肉や魚など命ある者を捕食しようとすると、激しい腹痛に見舞われ、たちどころに嘔吐するようになるというものです」 そんなものを注入されたら、確かに食肉行為は不可能になるだろう。ビーガンにでもなるしかない。 「おかしいよ!」 それを聞いた少女は少年の方を睨んだ。 「食べて食べられて、それが生き物でしょう? それを無理矢理やめさせるなんて。そっちの方が野蛮だわ」 「ぼくは正しいことをしているだけだ。だいたいこの星の人類にとってみても、姉さんのペットに即刻滅ぼされるのと比べれば、高貴なビーガンとなって生きていく方が幸福なはずだ」 「あなたとは話にならないわ。みゃお・に・えらど・ばつざーれ……」 「弟」 私は口を挟んだ。少女は長い名前を言うのをやめて言い直した。 「弟!」 「姉さんの方こそ」 少年は大きくため息を吐いてから僕の方を向き直った。 「さあ丸之内さん。決めてください。ぼくのいう通り地球人類全員でビーガンとなり生きながらえるか、姉さんのペットにこの星を食わせるか」 「あなたならあたしが正しいって分かりますよね? 自分が殺生をしないだけならともかくとして、他の星の人にまでそれを強要するのはあまりにもおかしい。生き物は生き物を食べるものだし、それを遠慮したり妨げたりするべきじゃない。だから、あたしのペットにこの星を食べさせる許可をくださいますよね」 少女は拳を握りしめて訴えた。 私は口元に手を当て、両者の主張について考える。 確かに、生き物が別の生き物を食べるのは当然のことだ。生命はそのように進化して来た。技術力やゆとりが出来たことでそれをせず生きていられるようになったと言っても、そうすることはあくまでも個人の主義に留まることだ。それを打ち止めにすることを他者から強要される謂れはない。 しかし今我々は海星の化け物に星ごと食い尽くされる危機に直面している。食べられる側の立場になったということだ。またその海星が星を食べるのはあくまでも色や手触りを良くする為のもので、その気になれば少女らの惑星の合成フードで生きながらえることも可能だという。それを主張して食わないでくれと訴えるのなら、我々が普段している殺生をも否定することになる。ならばナノマシンを受け入れてビーガンとなり、食べられるのも食べるのも金輪際ごめんだと訴えるか。 選択肢を与えられ、その中から何かを選ばされるのは常に弱者だ。 我々はどうか。 「決まった」 少年と少女の視線がこちらに合わさった。 私は厳かに言った。 「我々はどちらも選ばない」 「そんな!」 「ダメですよ!」 少女と少年がそれぞれ声を荒げた。 「いいや許される。確かに、生命が他の生命を捕食するのは当然のことだ。しかしながら、食べられる方の生き物は、抵抗をしないだろうか?」 少女はふるふると首を横に振った。 「そうだ。命がけで抵抗をするはずだ。あらゆる手段を講じ、反対に相手の命を奪ってでも。はたして、それは悪いことだろうか?」 私の問いかけに、少女は答えた。 「違います。それもまた当然のことです。立ち向かったり逃げたり体の中に毒を持ったり、それこそありとあらゆる手段で被捕食者は捕食者に抵抗します」 「我々は君たちの提示したどちらの条件も飲むことはない。代わりに、その全力をもって君たちに抵抗する」 「でもあなた達にはその為の方法が……。うっ……」 少女はその場で口元を抑え、顔を青くし始めた。 「そろそろ効いてくる頃だ」 私がそう言ったまさにその瞬間、計算通り一秒も狂わぬタイミングで、少女は胸をかきむしり苦しみ始めた。整った顔を壮絶な形に捻じ曲げて、体をくの字にして悶絶し、頭頂部から生えた眼球付き職種をあちこちくねらせる。 「姉さん? ……姉さん、姉さんどうしたの?」 少年が目を白黒させながら、少女とわたしとの間で視線を行き来させる。 「丸ノ内さん! これはいったいどういうことだ?」 「君達に飲ませた麦茶の中に、君達に作用する毒を盛らせてもらった」 私は静かに言った。 「例の星食い海星から採取した細胞を研究し、それを破壊する為の成分を開発していたのだ。星食い海星は特殊なたんぱく質で出来ていて、どうやらそれは君達の惑星の生命体に共通するものらしい。私が盛った毒はそれを腐食させる。海星だけでなく君達にもそれが作用することは、今、証明されたのだ。同じものを飲んだ君もまた、間もなく死亡するだろう」 「良くも姉さんを!」 少年は頭頂部から生えた触手の眼球から、黄色いレーザー光線のようなものを発射して私を攻撃した。 私は懐から対レーザー攻撃用反射盾を懐から取り出した。手鏡くらいの大きさの取っ手付きの板だ。宇宙人の攻撃方法を少女から聞き出した私は、少女がこの部屋をあちこち見て回っている隙を突いてこれを開発し、懐に忍ばせておいたのだ。 反射盾によってレーザー光線を跳ね返された少年は、そっくり返って来たレーザー光線をその身に浴びた。 「ぐあっ!」 ありとあらゆる物質を瞬く間に崩壊させるという、この宇宙人を周辺銀河の支配者足らしめた一撃を受けた少年は、腰から首のあたりを消し飛ばされた。 分離した首と下半身だけになった少年は、虚ろな表情を浮かべながらも、かすかに触手を動かしながらか細い声で言った。 「……何を……する……」 「君は私を殺そうとした。だから命を守るために戦ったのだ」 「……原始文明の……虫けら風情が……」 「どんな幼稚な生命体にも魂がある。他でもない君自身がそう言っていなかったかね?」 「おまえ達だって……駆除しようとした害虫が自分に牙を剥いたら、同じような悪態を吐くはずだ……」 「そうかもしれない。我々は君たちを決して軽蔑しないしその権利もない。しかし身を守る権利はある。抵抗は果たされたのだ」 「ちくしょう……」 少年は絶命した。 我々人類は勝利したのだ。 〇 少女の死体と少年の下半身が転がる室内で、戦いを前に腰を抜かしていた外務大臣が、体を震わせながら私に言った。 「博士。我々は、助かったんだな!」 「その通りだ。私が開発した毒薬が、彼らのいう惑星A1の生命体に効果的であることは、たった今証明された。これを用いて星食い海星を駆除すれば、この星と人類を守ることができる」 「感謝する」 外務大臣は立ち上がり、私の両手を握りしめて心からの口調で言った。 やがて事後処理のために政府の役人が数人、部屋にやって来た。 いくつかの話をした後で、宇宙人の死体を引き取ろうとしたが、研究に用いたかった私はそれを拒否した。代わりに、星食い海星に有効な薬品を彼らに手渡し、すぐにでもそれを使用するように促した。 すぐにでも星食い海星は駆除されるだろう。役人たちのいなくなった自室で、私はアロワナに餌をやろうと水槽に向かった。 「……おや?」 アロワナは死んでいた。 長く飼っていた個体だった。どうやら寿命が来たということらしい。まさに死んだ魚の目をしたアロワナは、水槽の表面に体を横たえて力なく浮かび、漂っていた。 私はアロワナの死骸を片付けるために網を手に取り、そして気付いた。 水槽の隅に一匹だけ、小さな金魚が泳ぎ続けている。 「生き残ったか」 餌として水槽の中に放り込んだ数匹の金魚。ほとんどは捕食された金魚達だったが、一匹だけ食べられずに済んだ個体が残っている。 「逃げ切ったか」 水槽の隅に口をこすりつけていた金魚は突如、体をターンさせて水面を漂うアロワナの死体を眺めるように上に泳いだ。勝利の笑みも、また勝ったという意思もその顔からは伺えないが、しかし確かにこの金魚はアロワナという巨大な怪物から逃げ切って、自らの生を掴んだのだ。 私はアロワナを網で掬うより前に、金魚の方を掬い取った。そして同じ金魚の同胞達の待つ、もう一つの水槽の方へと移し替える。 ほとんどをアロワナにやってしまったので、ここに残っている金魚はほんの数匹だ。 甥っ子が金魚を飼いたがっていたことを、今になって私は思い出していた。 |
粘膜王女三世 2025年04月27日 23時09分20秒 公開 ■この作品の著作権は 粘膜王女三世 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
|
||||
|
+30点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+30点 | |||
---|---|---|---|---|
合計 | 3人 | 60点 |
作品の編集・削除 |