ケツァルコアトル 帝都に降臨 |
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これは太平洋戦争で大日本帝国が勝利した歴史線上での物語。 帝都にある原子力研究所の所長室で軍服姿の若者が敬礼をした。 「自分は帝都防衛隊の重装ヘリコプター部隊で隊長を拝命している石崎護(いしざき まもる)であります。本日は原子力研究所所長の松戸満月様にお客様をお連れいたしました!」 軍人は融通が利かないから好きになれないな、と私は思った。念のため心を読まれないようにしかめっ面を保つ努力をしておく。 客は若い女性だった。 「帝都新聞で記者をしている早川弓子です。本日は訪問取材をご許可いただきありがとうございました」 計画が露見したのか? 新聞記者の取材と聞いて、一瞬だが体が硬直した。しかし、露見したなら記者ではなく憲兵隊が派遣されているはずだと思いなおして呼吸を整える。 若い新聞記者に正対する。 「差し支えなければどのような趣旨の取材かお聞かせ願えますか。それによって、ふさわしい現場へとご案内いたしますよ」 自然な笑顔が作れたと思う。 軍人が割って入った。 「自分は警護を命じられております。同席してもよろしいですか?」 有無を言わせぬ物言いだった。命令を受けているならしかたないだろう。 「構いませんよ。それでは研究所内での警護を石崎隊長にお願いしますね」 軍人の緊張が目に見えてほぐれた。 命令を無事に遂行できることと、本名を呼ばれたことで安心したのだろう。 本名で呼びかけたので、ささやかだが警戒を解く効果があったようだ。 軍隊において個人は組織の歯車として扱われる。 戦闘で歯車が破壊されたら、即座に同じ規格の歯車がその場所に配置される。軍隊という機構が戦場で支障なく作動し続けるために必須の考え方だ。 計画の開始までに、すでに一時間を切っている。間もなく誰も阻止できない段階に突入する。 それにしても、偉大なケツァルコアトル神が雷の擬神化にすぎないだと? 無理解にもほどがある。 ケツァルコアトル神の御使いですら、その御言葉を口にすれば、その声は雷も及ばぬほど高く鳴り響くのだぞ。 帝都の臣民たちを、降臨なされたケツァルコアトル神と対面させ、その恐ろしい威力を実感できる機会を与えてやろう。 女性記者にソファへの着席を勧める。軍人はソファの窓側に立ったままだった。 記者は当たり障りのない質問から取材を始めた。特に考えなくても答えられる質問が続いた。 しばらくして気が付いた。軍人は室外から狙撃する際の射線の上に立っている。襲撃を阻止しているのだ。 軍人にしては人当たりの良い、ただの若者と思っていた。だが隊長ともなると警備もしっかりしている。さすがは帝都防衛隊に所属する精鋭だ。 ……油断できない相手だな。 記者が突然に切り込んできた。 「大量の重水の行方が分からなくなっているようですね」 用意しておいた答えをする。 「中性子の減速材でしたら、保管庫で保存していますよ」 記者は、続けざまに質問してきた。 「保管庫の重水はただの水にすり替えられているようですね」 建物が突き上げられるように揺れた。微かな振動にすぎなかった。 いよいよ始まったな。 「それから、原子爆弾を製造できるほど純度の高いウラニウムが大量に発注され、行方不明になっているようですね」 今度は、大きな揺れがあった。 「石崎隊長、早川記者を安全な所に避難させてもらえないかな」 「安全な場所と言いますと?」 「すぐにヘリコプターで帝都の圏外に避難させて欲しい」 「なぜですか?」 「たったいま地下三キロメートルの地点で水素爆弾が炸裂したからだ。記者さんが言っていた行方不明の重水を原料にして、ウラニウムの原子爆弾を信管にした。私が遠隔操作で製造したのだ」 記者が反論する。 「地質学的には地球のごく表層ですね。避難する必要がありますか?」 もはや一刻の猶予もないぞ! 「元々あった地殻のヒビが広がる場所で爆発させた」 「「なぜそんなことを」」 二人の声がそろっていた。 「帝都にケツァルコアトル神を降臨させるためだよ」 強烈な揺れがあった。とても立ってはいられなかった。 間違いない。地底に潜んでいた偉大なるケツァルコアトル神が目覚められたのだ。 「避難のヘリはどこに着陸させればいいでありますか」 「中央棟の屋上がヘリポートになっている。建物が倒壊する前にヘリを呼んで脱出してくれ」 「所長はどうなさるの?」 「私はここに残って観測を続ける。こんな機会は二度とない」 「命を落とす可能性が高いですよ。一緒に避難しましょう!」 「本官も避難を推奨するであります!」 用意していた言葉を叩きつける。 「石崎君は帝都の臣民を護るために命を掛けているのだろう。早川君は正しい情報を皆に伝える為なら生命の危険を顧みないことがあるだろう。私は真理を得るために自分の命を使うというだけのことだ。どこで命を使うか、言い換えると『何を自分の使命とするか』は人それぞれということだよ」 石崎隊長は敬礼すると、早川記者の手を引いて部屋から走り去った。 分かってもらえたようだな。 所長室に密かに作らせた非常用脱出装置で地下二百五十メートルにある研究室へと移動する。 何歳になっても秘密基地は男の憧れだなあ。 複数のブラウン管が、地震に備えて鉄鋼線でしっかりと壁面に固定されている。 電源を入れる。 画面の一つに二人が走っている通路が映った。電気回路の開閉器を操作して、二人に近い拡声器から警告を告げる。 「壁が崩れかけている。急げ! それから、私は地下二百五十メートルの観測室にいる。落ち着いたら観測資料を掘り出してくれ。頼んだぞ」 石崎隊長が右手を振った。 私は、ケツァルコアトル神が本格的に降臨なさるのに備えた。 伝承によれば、ケツァルコアトル神はマヤやインカの人々に火をもたらしたとされている。 ケツァルコアトル神は人々を前にして足に穿いていた靴を脱ぎ、そしてそれをさっとうち振った。すると、血のように赤くて、太陽の光のように明るくて温かなものが、とろとろと燃えだした。火が現れたのだった。 学者は、人類に火をもたらしたのだからと、ケツァルコアトル神を雷の擬神化と説いている。だが、描かれた状況からは雷でもたらされる火ではないことが明らかだ。 ケツァルコアトル神は恐ろしい威力を持った神であり、岩に手を当てると、岩が凹んで、ありありと手の痕ができた、とも伝えられている。 さらに、人間に考えを伝えるために、いつも一人の使いを出すのであったが、その使いが「叫びの丘」の頂きに突っ立って、ケツァルコアトル神の言葉を口にすると、その声は雷も及ばぬほど高く鳴り響いて、五十里の外に聞こえた、とも伝えられている。 御使いの声ですら雷も及ばぬほど高く鳴り響くのだから、主であるケツァルコアトル神が擬神化された雷よりはるかに強大であることは明らかだ。 二人を乗せたヘリコプターが中央棟の屋上から飛び立った。 だが、ケツァルコアトル神の威力が及ぶ範囲からはまだ抜け出せていない。 凄まじい衝撃に続いて、画面の一つが真っ赤に染まった。地震計の針は振りきれんばかりに凄まじい大地の震動を記録している。 画面の一つが、大地を突き破り、天空へと上昇を開始なされたケツァルコアトル神の御姿を捉えた。 ケツァルコアトル神は別名を『羽毛のはえた蛇』と言う。翼ある蛇という翻訳もある。 大地から湧き上がるように天空へと長く長く伸びあがるケツァルコアトル神の偉大な御姿はびっしりと羽毛に覆われているようにも見えた。 さらに、ケツァルコアトル神は大きな岩を空中へと抱え上げて、雨のように八方に投げ飛ばした。 岩は巨大なビルの側面を易々と突き抜けた。帝都のビル群が見る間に打ち崩されてゆく。 ヘリコプターに乗った二人は無事に圏外へと逃れられたのだろうか。今は若い二人が無事に帝都から脱出できたことを祈ろう。 伝承によれば、ケツァルコアトル神が地上から立ち退こうとするときに、かずかずの宮殿をすべて焼き払い、黄金や白銀でこしらえたおびただしい宝をみんな隠してしまった。ココアの樹をつまらない雑木に変えて、ありとあらゆる鳥どもを追い払った、とされている。 画面の一つが、ケツァルコアトル神の御神体から大量の砂が振りまかれて降り注ぐのを捉えた。砂は真っ赤に焼けており、地上に降りそそぐと、あちこちで炎が立ちのぼり始めた。 ケツァルコアトル神によって火がもたらされる情景は、伝承から想像されるよりも、はるかに壮大だった。 砂に埋もれて帝都がただの平地になってしまう未来が予感される。 ケツァルコアトル神の出現なされたあたりで、大地が大きく盛り上がっていた。伝承によれば、ケツァルコアトル神はしきりに薪を積み上げつづけて、山のように高くなると、静かにその上によじのぼって、薪に火をつけた、と伝えられている。 いまや、いくつもの画面が空白になっている。すべての画面が消える時も近いだろう。 室温が耐え難いほど上昇している。 水や食料、酸素は充分な備蓄がある。しかし、この高温に対しては備えがなかった。 ケツァルコアトル神の御姿を拝見し、その偉業を記録できる時間は、意外と短くなるかもしれない。 残された数少ない画面の一つが、新たにできた山から何かが湧き出てくるのを捉えた。黒い紐が絡まって転がり落ちてくるように見える。隙間から真っ赤な色が覗いている。 伝承によれば、ケツァルコアトル神は歩きつづけ、そこにあった蛇の筏に乗るなり、浪に漂って太陽の出る東の方へと消えていった、と伝えられている。 紐のように絡まり合いながら山から滑り降りてくる黒いものは、まさしく『蛇の筏』という表現がふさわしい外観をしていた。 暑い、耐え難いほど熱い。 失われてゆく意識の中で、一つの映像を見ることができた。 ひときわ巨大な塊が空中へと舞い上がってゆく。真っ赤に輝く塊は黄昏の光が残る天空へと上るにつれて光を失っていった。その塊が飛び去る先には、宵の明星が輝いているのが見えた…… 伝承によれば、ケツァルコアトル神は目をつぶって、じっと薪の山の中に横たわったという。 火は大きな音をたてて燃え上がり、炎々たる炎がすっかりケツァルコアトル神の体を包んでしまった。その御体は見る見る燃え崩れていった。しかしケツァルコアトル神の御体は決してすっかり灰になってしまったのではなかった。心臓だけが燃えのこって、猛火のなかでぴくぴく動いていた。そして、たちまち火の中から跳り出して、大空に舞いあがった。 心臓はすばらし勢いで上へ上へと飛んで行った。その飛び去った先には、光り輝く一つの星、すなわち金星があった、と伝えられている。 |
朱鷺(とき) 2025年04月27日 13時23分21秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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