凶星 |
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<化け猫> 古来から猫は年月を経ると化けると言われている。化け猫になると、尾が二股に分かれるので、猫又とも呼ばれる。 その性格は、陰険で凶悪。周囲に呪いを放ち、災いを引き寄せると言われている。 動物王国では『幻獣』、本来は存在しないはずの生き物に分類される。生物災害特級に指定されている。 動物王国の住宅地の一画に、ブラック・パンサーの暮らす家があった。 まだ午前中なのにもかかわらず、風呂場から声が聞こえる。化け猫の声だった。 「ふん、ふん、ふん、じつに気持ちがいいのだ。今日は学校が休みだからゆっくりとくつろげるのだ」 湯船の中には身長が二メートルに近いブラックパンサーが横たわっていた。引き締まった筋肉質の体は、まるで鍛え上げられたプロレスラーのようだ。 ブラックパンサーの腹の上で、小柄なメス猫が風呂につかっていた。シッポが二本に分かれている。化け猫だった。 ブラックパンサーが疲れたような声で尋ねる。 「お前はなんで俺の家の風呂に入っているのだ?」 化け猫はいかにも気持ちよさそうだった。 判り切ったことでもあるかのように質問に答える。 「今日はクロちゃんとデートをするからお風呂に入って身だしなみを整えてるのだ。レディとして当然のふるまいなのだ」 「だァかァらァ~、なんで俺の家の風呂に入ってるのだよ」 「うちにはお風呂が無いからなのだ。化け猫は濡れるのが嫌いだから自宅にはお風呂が無いのだ」 「だからといって、デートする相手の腹の上で股をおっぴろげて風呂に入ってるってのはどんなものだよ」 「一人で入ったら足がつかずに溺れるからなのだ。それにクロちゃんは、幼いころに、よく私の家に遊びにきていた。一緒にお風呂に入ったこともあるから、いまさらなのだ」 「俺様は、立派なブラック・パンサーだ。クロちゃんなんかじゃねえぞ」 化け猫は言い返した。 「自分で、立派とか、言うな! 黒豹なのだから、クロちゃんでいいのだ」 「それにしても、突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのか分からないぜ」 化け猫はあざ笑った。 「私の言うことは全て正論だから突っ込めるはずがないのだ。当然のことなのだ」 ブラックパンサーは、ますます疲れた様子だった。ゆっくりとたずねる。 「では、質問だ。化け猫は濡れるのが嫌いだから自宅に風呂は無いのだよな」 「ああ、そうなのだ」 「ならば、お前の家に遊びに行っても風呂に入るのは無理だよな」 「おや、……そういえばそうなのだ」 ブラックパンサーは、疲れたように笑った。 そして深く息を吸い込んだ。 「それじゃあ、たずねるぞ。お前はいつも、だれの家の風呂に入ってたのだ?」 「……不思議なのだ」 「お前は、俺の家を自分の家のつもりで、我が物顔して遊んでたのだぞ」 「ああ、そうだったのか。だからクロちゃんの家にいると落ち着くのだ」 ブラックパンサーはがっくりと肩を落とした。 「ふん、ふん、ふふん。らん、らん、ららん」 化け猫は気持ちよさそうだった。 「そろそろ出るのだ。のぼせてきたのだ」 ブラックパンサーは化け猫を抱えて立ち上がった。ブラックパンサーの身長は見上げるように高かった。 脱衣室で身にまとった豹がらのマントは床まで届く長さで、倒した相手の毛皮でできていた。どれほどの相手を倒したかが、一目で分かる。 化け猫は着替えながら思った。 「ここ数年で、ずいぶんと成長したものなのだ」 「あいかわらず考えてることがダダ漏れだな」 「私は裏表のない性格なのだ。この美点は誉めて欲しいのだ」 ブラックパンサーは独り言を言った。 「その自信はどこからくるのかとか、なぜ誉める必要があるのかとか、尋ねるのは不毛だからやめておこう」 化け猫は床に何かが落ちていることに気が付いた。さっそく好奇心を発揮する。 「黒いヒトデが落ちているのだ。おや、飛びあがったぞ。ヒトデのくせに宙を飛ぶとは生意気なのだ」 ペシッと床に叩き落とす。 ブラックパンサーの声が響いた。珍しく動揺してるようだ。 「黒いヒトデだと! 間違いない、『凶星』だ。触るのじゃないぞ」 凶星は再び浮かび上がった。 化け猫は身をひるがえして空中の凶星に噛みつくと、そのまま噛み潰した。 「あまり美味くないのだ」 凍りついたように動きを止めたブラックパンサーの目の前で、化け猫の体が一回り大きくなった。毛並みが黒く染まってゆく。 ブラックパンサーはつぶやいた。 「手遅れだったか……」 <凶星> 幻獣の一種。俗称は『黒ヒトデ』。飛行能力を有し周囲の幸運を喰らって増殖する。 生物災害一級に指定されている。 「お前、凶星を食べて何とも無いのか?」 化け猫は、とまどうブラックパンサーを上目使いに見上げながら、妖艶に微笑んで言った。 「何事もございませんわ、相変わらず私のことを案じてくださいますのね。感謝いたしますわ」 ゾワワワワッ! ブラックパンサーの体毛が逆立った。 「何事も無くはない。大ありだろうが!」 タイツの尻ポケットから携帯電話を取り出す。 「緊急連絡、緊急連絡!」 一呼吸おいてしゃべりだす。 「自宅で『凶星』を確認した。近くに巣がある可能性が高い。緊急配備をしてくれ。自宅の『凶星』は、……生物災害特級の『観察対象』が処分した。 ああ、危険度が上昇した可能性は極めて高い」 化け猫は、なまめかしく体をくねらせて言った。 「あら、私のことを皆様が気にしてくださっていましたの? 美しいって罪ですわね、おほほ」 ブラックパンサーはその様子を生暖かい目で見ながら言った。 「姿やしゃべり方は変わっても、中身は変わってないか」 化け猫に語りかける。 「『凶星』が出た。パトロールに出かけるぞ」 ブラックパンサーはクローゼットから捕虫網とナップザックを取り出した。 「お供いたしますですわ」 二人は表に出た。 「そういえば、凶星が夜空に現われる時、禍事(まがごと)が世にはびこると言いますわね」 「口にしてしまったか。お前は強い言霊をもってるから、ろくでもないことを言うとそれが本当になるから傍迷惑なのだよ」 通りの先で『凶星』が舞っていた。 ブラックパンサーは鮮やかに『凶星』を捕えて、ナップザックから出したビニール袋に入れた。 「食べてはいけませんの?」 「なぜだ?」 「もっと食べれば、お揃いの黒い毛皮になれそうですのよ?」 「そうなったら、もう付き合えなくなるだろうな」 「それは困りますわね。では、我慢いたしますわ」 そんなやり取りをしながら進んでゆくと、屋根の隙間から『凶星』が這い出してくる家があった。 「巣を見つけた。突入する。周辺の避難と緊急配備を頼む!」 「あら、これは羊のメリーちゃんのお家ですわ」 玄関を開けると、十数匹の『凶星』が飛び出してきた。すべて捕虫網で捕える。 そのまま進むと、居間のソファの上に『凶星』が群がっていた。小さな羊の手がのぞいている。 「そこにいるのはメリーちゃんね、大丈夫?」 か細い声が聞こえた。 「だいじょうぶじゃない……」 「いま助けるわよ、クロちゃんがね!」 ブラックパンサーはため息をついた。 「今回も俺に丸投げかよ」 ナップザックから大きなビニール袋を取り出して、『凶星』ごとメリーちゃんを中に入れる。 「少しの間、我慢していてくれ」 それから口を閉じる。周囲の『凶星』を鮮やかに捕えて別の袋に入れる。 建物の中を片づけて外に出ると、特別護送車が到着していた。隊員たちは、全身を防護服で覆っていた。 ブラックパンサーと化け猫は、メリーちゃんや『凶星』と一緒に密閉室に入った。 「皆は防護服を着ていたわね。私たちはこのままでいいの?」 「今更だろう」 「どこに行くの?」 「生物災害対策研究施設だと思う」 「中に入った者は誰一人帰ってこないというあの生物災害対策研究施設なの? 本当にあったんだ。都市伝説だと思ってた」 ブラックパンサーは、化け猫のしゃべり方が再度変化していることに気が付いていた。しかし、生物災害特級の危険度がどのように変化したのかを見極めることができなかったので、対象の観察を継続することにした。 そのまま無視したとも言う。 特別護送車は生物災害対策研究施設に到着した。隔離施設内で密閉室が分離された。そのまま地下にある第七隔離水準の階層へと降ろされていった。 ようやく密閉室の扉が開かれた。ビニール袋に入った大量の『凶星』が処理室へと手際よく運ばれる。 羊のメリーちゃんも別の処理室に運ばれてゆく。 「メリーちゃんはこれからどうなるの?」 「……、見学させてもらうか?」 モニターに映像があらわれる。 『凶星』が除去されると、メリーちゃんが姿を現わした。 愛くるしいモコモコとした姿は完全に失われている。痩せこけて精気が無かった。 なによりも、せわしなく動く愛くるしい瞳から光がすっかり失われていた。 化け猫がつぶやく。 「目が死んでいるわ……」 ブラックパンサーに向かって尋ねる。 「どうすればいいの?」 スピーカーから声が響いた。 「ここまで精気を吸われたら回復は不可能です。苦痛のない死だけが救いになると考えられます」 ブラックパンサーがつぶやく。 「慈悲深き死、安楽死か」 化け猫は叫んだ。 「そんなのダメだよ。可哀そう過ぎる!」 化け猫の体毛が逆立った。 全身が真っ黒に染まる。 化け猫は叫んだ。 「凶星なんか、いなくなっちゃえぇぇぇっ!」 第七隔離水準の強固な壁や天井が目に見えて震えた。 隔離施設内に衝撃が走った。 生物災害対策研究施設の建物全体が揺れた。 スピーカーから驚愕した声が聞こえた。 「『凶星』がすべて粉々になって消滅した? 信じられない……」 すこし遅れて、幼い声が聞こえた。 「お腹が空いちゃったわ」 羊のメリーちゃんの声だった。 ブラックパンサーがつぶやく。 「さすがは化け猫、生物災害特級の実力だな。一級程度ではまったく太刀打ちできないか」 腕を組んで考え込む。 「それにしても、化け猫が引き寄せた災いに直撃されるとは。ああ、化け猫が放った呪いのせいで逃げることができなかったのか。凶星も不運だったな」 化け猫は何事もなかったように言った。 「メリーちゃんも元気になったようだし、それでは心置きなくデートにゆくのだ!」 |
朱鷺(とき) 2025年04月26日 18時11分23秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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