【短編】お帰りなさいを言う人は

Rev.03 枚数: 73 枚( 29,036 文字)

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「わぁ、すっかり遅くなっちゃったわ」

 自宅の玄関に手をかけたところで、『遠き山に日は落ちて』のメロディが、町中に夕方を告げた。青山寿子(あおやまひさこ)は、買い物袋をガサガサ鳴らしながら台所へ直行する。
 残暑は家の中にも入り込み、なんともいえないモワリとした空気が寿子を包み込んだ。ひとまずクーラーをつけて扇風機を回すが、涼んでいる暇はない。

「もう、店長ったら話が長いんだから」

 エプロンをつけながら、店長の楽しい長話を思い出し、苦笑いする。あの話し上手のおかげで、パートにも関わらずいつも超勤だ。迷惑この上ない。毎日楽しみで困ってしまう。
 幸い、二人の子どもはまだ学校から帰ってきていないようだった。
 袋から特売シールのついた牛すじ肉を、冷蔵庫から玉ねぎを取り出す。今日の献立は、子どもたちのリクエストのすじ煮込みだ。

「まったく。簡単にリクエストしてくれちゃうけど、なかなか手がかかるんだからね、これは」

 文句を言いながらも口元が緩むのは、「おいしい!」を連発してくれる子どもたちと、いつも以上にご飯の進む夫の顔を想像したから。今夜の食卓も、きっと賑やかになるにちがいない。
 牛すじ肉を食べやすく切って、生姜と一緒に水から茹でる。その間に洗濯物を取り込んで畳んで片付け、ついでに簡単に風呂掃除も済ませてしまう。台所に戻って鍋の様子を見て、肉が柔らかくなっていたら一旦水を捨て、玉ねぎを入れて今度は醤油ベースの煮汁でじっくり煮込む。フツフツと沸る鍋に気を配りながら、副菜にはほうれん草のソテーと卵スープを用意。朝にセットしていた炊飯器が炊き上がりを教えてくれる頃には鍋の煮汁は半分ほどになり、トロトロのすじ煮込みのできあがりだ。

「あぁ、いい匂い。さすが私、今日も完璧!」

 体と頭をフル稼働させてこなす夕方の家事は一日で一番大変だが、その分うまくいったときの達成感はひとしおだ。寿子は自画自賛しつつ、ふと壁の時計を見た。

「え、もうそんな時間⁈」

 日が長いからつい気がつかなかったが、もう午後六時半を過ぎていた。それなのにシンと静まり返った家の中をぐるりと見回して、寿子の背筋を寒気が走る。さっきまでの浮き足立った気分も霧散する。
 子どもたちが、まだ帰ってきていない。
 二人は小学生だ。クラブがあったって、いつも五時過ぎには帰宅するはず。いつまでも明るいから、つい友達と遊び過ぎてる? 五年生の娘と二年生の息子が、二人揃って?

「たいへん……」

 慌ててエプロンを外して探しに行こうとしたときだ。カラカラと音がして、玄関の引き戸が開いた。

(ようやく帰ってきたみたい。ちょっと叱ってやらなくちゃ)

 ホッとしながら、わざと足音を立てて玄関に向かうと、

「あ、あら」

 予想外にも、玄関に立っていたのは一人の若い女だった。
 シンプルなスーツ姿に、背中で一つにまとめた黒髪。この暑い中にきちんとジャケットを着込み、汗ひとつかいていない。
 地味な外見の中、面長の顔にかけた大きな眼鏡が目立つ。しかし、よくよく見れば案外端正な顔立ちをしていた。
 女は深々と頭を下げて言った。

「忙しい時間に申し訳ありません。青山寿子さまでよろしいでしょうか」
「は、はぁ」
「私、こういう者です」

 差し出された名刺には、
『菅原不動産
 塚本玲子』
 とシンプルに記されていた。

「えっと、すがわら不動産の、つかもと、れいこさん?」
「はい」
「えぇっと、不動産屋さんが、どうしてうちに? あ、でもちょっと今は忙しくて。子どもたちがまだ帰ってきていないんです。探しに行かなくちゃ」

 セールスだろうか? とりあえず今日は引き取ってもらおうとしたが、

「お子さま方なら、ご心配は要りません。少し、お話をよろしいですか? 玄関で構いませんので」

 塚本という女はにこやかに微笑んだまま、玄関から動こうとしない。
 子を思う母の気持ちを慮る様子のない女の笑みに、寿子は苛立ちを覚えた。耳元で、ゾワリと心が波立つ音がする。

「どういうこと?」

 寿子の声がにわかに不穏の色を帯びる。一歩前に踏み出すと、風もないのに肩のあたりでゆらりと髪が浮き上がった。
 しかし、塚本はそれに動じることなく、表情を崩さないまま一枚の書類を差し出した。

「なんなの、これ」
「こちらは、不動産の査定依頼書です」
「え? さ、査定?」
「はい。青山美月(みづき)さまと、寿太郎(じゅたろう)さまからのご依頼で、こちらのお宅売却のための」
「は?」

 それは、二人の子どもの名前だった。
 寿子の頭にカッと血が上る。

「あの子たちはまだ子どもよ。それが、この家を売るですって? 馬鹿げたことを言わないで!」

 髪を逆立てた寿子の声は、徐々に大きくなる。自分では制御しきれない怒りが、嵐のように彼女を取り囲んでいた。
 それに巻かれるように、置いてあった箒がひとりでに浮かび、塚本の顔スレスレに飛んで玄関の引き戸に当たる。もともとヒビが入っていたガラス戸が、甲高い音を立てて割れた。片方しかないスニーカーも踵の折れたサンダルも、踊るように宙に浮かび上がり、不器用な鳥のように壁や天井に激突しては、分厚く積もった埃を舞い上げる。

「青山さま、落ち着いてください」

 しかし、もはや般若のような寿子と対峙しても、塚本の表情は穏やかなままだった。
 彼女は眼鏡の奥の切れ長の瞳で寿子をまっすぐに見据え、静かに言った。

「青山さま。あなたはもう、お亡くなりになっているんですよ。二十二年も前に」

 ━━……━━……━━……━━……━━……

 窓越しに見える銀杏は、見事な黄葉を誇っていた。
 外の風は日々冷たさを増しているが、ひなたの窓辺はポカポカと暖かい、そんな晩秋の穏やかな昼下がり。
 崇村明徳(たかむらあきのり)は湯気の立つ茶器を客人たちの前に置き、いつものようにそそくさと退散しようとした。
 しかし、

「崇村さん。ちょっと同席してもらえる?」

 客人に相対している社員、塚本玲子に唐突にそう言われ、普段はないことに目を瞬かせた。
 明徳はこの菅原不動産の大学生バイトで、主な業務は事務作業にお茶出しや、手先の器用さを買われた雑務、それと若者の宿命の力仕事だ。客の対応をすることはほとんどない。
 戸惑っていると、塚本が「いいから座れ」と目で促す。
 明徳は内心首を傾げながら、彼女と並んでソファに腰掛ける。明徳が座るのを待って、塚本は客人に向かって口を開いた。

「失礼しました。私が、ご相談を賜りました塚本玲子。それからこちらが、今回アシスタントを務める崇村明徳です。よろしくお願いします」
(おいおい、聞いてねーよ)

 塚本につられて頭を下げながら、明徳は口には出さず突っ込んだ。
 かといって、言葉ほど不服なわけではない。今回の依頼は、おそらく「裏業務」に関することだ。
 菅原不動産は、一見「町の小さな不動産屋さん」なのだが、知る人ぞ知る別の顔も持っている。それが、いわくつき専門スタッフである塚本玲子の存在だ。大々的に宣伝することは決してないのだが、時折人づてに噂を聞いた人が、こうやって塚本を指名してやってくるのだった。
 明徳の日頃の業務はあくまで下っ端仕事で、この特殊な仕事について詳しいことはなにも知らされていない。だからこそなおのこと、「裏業務」は奇妙な魅力を持って明徳の好奇心を刺激していた。それは専門家とされる塚本の、いわくとはまるで無縁に思える華奢な見た目も大きく影響している。
 その「裏業務」に関わることができるかもしれない。
 つい緩みそうになる頬と浮き立つ心中を隠しつつ、明徳は目の前の二人の客人━━青山美月と寿太郎の姉弟に目をやった。

「塚本玲子さん…」

 二人は名刺をまじまじと見て、次いで塚本の顔をチラリと盗み見る。その仕草も表情もそっくり同じで、明徳は内心吹き出しそうになった。隣の塚本もそうなのだろう、小さく咳払いをする。

「はい。私が、ご指名をいただいた塚本です」
「……お若い方なんスね」

 ポツリと漏らした寿太郎を、姉の美月が小突いた。

「すみません、弟が失礼なことを」
「いえいえ、皆様そうおっしゃいます。お気になさらず」
「でも……私もちょっと意外でした。私と同じくらいの年の方が、拝み屋をされてるなんて」

 その言葉に心の中で大いに同意する明徳の横で、塚本は小さく苦笑する。

「そんなに大それた者ではありません。ただ怖いもの知らずで、そちらの方面に少し知見があるだけですよ。それで、ご相談というのは?」

 塚本の言葉を謙遜と取ったのか、美月と寿太郎は感心するような視線を送ったあと、互いに一瞬顔を見合わせた。

「はい。私たちの生家を、売りに出したいと思ってるんですが……」
「俺たちの住んでた家、近所でも有名な幽霊屋敷になっちゃってるんですよ」
「幽霊屋敷、っスか」

 耳馴染みはありながら実際に使うことは少ないその単語に、明徳は思わず口を挟んでしまった。
 隣から咎めるような視線が飛んでくる。が、それよりも目の前の客人、弟の寿太郎が大きく身を乗り出した。

「そうそう! 実家が幽霊屋敷だなんて、マジありえなくね? ……ッテーな、姉ちゃん!」
「あんたね、自分の友達じゃないんだから、口の利き方に気をつけなさいよ! すみません、いい年して恥ずかしい弟で……」

 明徳は二人の客人、特に姉につねられた太腿をさする寿太郎に、一気に親近感と好感を覚えた。そして塚本は、恐縮する美月に構わないと手を振りながら、小さく肩を揺らしている。

「こ、こちらこそすみません。えーっと、それで、ご実家が幽霊屋敷になってしまった、とは?」

 塚本に促され、美月は仕切りなおすようにお茶を一口に含んだ。

「多分、母がまだ自分が死んだことを知らずに、あの家にいるんだと思います」
「お母さまが?」
「えぇ。母は二十二年前に、パート帰りの事故で亡くなりました。それから私たちは母方の叔父夫婦の家に引き取られて、実家には父が一人で住んでいたんです。そのころから不思議な話はあって。夕方になると勝手に門灯が点くとか、料理をしてる匂いが漏れてくるとか。近所の方から、時々そんな話を聞いていました」
「俺たちが遊びに行くと、いつも家の中は綺麗に片付いてたし、好物のおやつが用意されてたしね。親父はそんなことに気が回る性格じゃないし。あぁ母さんがいるのかなって、子どものころから感じてはいたんだよね」
「そうなんですね」

 冷静に頷く塚本とは対照的に、明徳はひそかに感動していた。夏の二時間ドラマでありそうな、心霊いい話だ。
 しかしすぐに、目の前の二人の困り顔に気が付く。いい話では終わらないことを、彼らの表情は物語っていた。

「問題は、昨年父が亡くなってからです。父は母が亡くなってからはとにかく働き詰めで、それで体を壊してしまって。父の死自体におかしなところはなかったんですが」
「姉ちゃんも俺ももうあの家に住む予定はないから、これを機に売ろうと思って。近所の不動産屋を当たったんスよ。そしたら……」

 査定に訪れた不動産業者は、驚きの光景を目にした。
 宙に浮かぶ置物や食器、部屋のドアは勝手に開閉を繰り返し、カーテンは捲れ上がる。そして、壁となく天井となく、家中を激しく叩き回る音。
 それはまるで、家が侵入者を拒もうとしているようだったという。

「私たちが一緒に行ったときは、なんともないんですよ。だから最初は信じられなくて。でも、業者の方が動画を撮ってくれたのを見たら、信じざるを得なくって……」
「ポルターガイストっつーのかな? それのおかげで、一年前まで人が住んでたとは思えない荒れっぷりで。もうほとんど廃墟、立派な幽霊屋敷になっちゃってんだよね」
「なるほど。それで、こちらにいらしたわけですね」
「はい。そっちの方面に強い方がいると聞きまして」

 期待と疑惑の混じり合った二対の目が塚本に、そしておまけのように明徳にも注がれる。

「お願いします。一度見てもらえませんか? あの家に、本当に母がいるのか。いるのなら、私たちになにができるのか。知りたいんです」

 美月と寿太郎は、揃って頭を下げた。

 ━━……━━……━━……━━……━━……

「いい感じのお客さんでしたね」

 青山姉弟が帰ったあと、湯飲みを片付けながら明徳は言った。塚本は手帳に目を落としたまま答える。

「そうね。ぜひ力になってあげたいと思うような、ね。……それはそうと、崇村くん。今日の夕方、さっそく青山邸に行ってみましょう」
「え、夕方っスか?」
「えぇ。明日は私、一日予定が埋まってるの。善は急げっていうしね。あ、もちろんあとで社長に言って、あなたの分の残業代はつけてもらうから、安心して」
「あ~、残業代もそうですけど……」

 明徳は口ごもる。塚本の眼鏡の奥の瞳に先を促され、あくまでなんでもない口ぶりで言った。

「その、逢魔が時でしたっけ? 夕方って、あんまりよくない時間帯って、聞いたことあるようなないような」
「怖いの?」
「……ぶっちゃけ、怖いっス」

 塚本は「正直でよろしい」と破顔した。明徳は肩を落としたが、その声に馬鹿にした響きがないことにホッとする。

「いや、そりゃ怖いでしょ。そもそも、なんで俺がアシスタントなんスか?」
「この手の案件については、少なくとも初めて現地に行くときには用心のために二人以上で、ってことにしてるのよ。いつもだったら社長に同行してもらうんだけど、今出張中でしょ? それで、今日限定で崇村くんにお願いしようと思って。大丈夫よ、心配するようなことなんてめったに起きないから」
「それにしたって……俺、幽霊なんて見たことないゼロ感っスよ?」
「あら、そうなの?」
「いやいや、そっちのが……」

 普通ですって、と続けようとした口を、明徳は慌ててつぐんだ。塚本は「いわくつき専門」だ。それがどういうことか詳しくはわからないが、明徳が今しがた言外に否定したことが当てはまる可能性は、大いにある。
 少々バツの悪い思いで塚本を見ると、彼女は明徳をからかうように言った。

「じゃあ、今日が初体験になるかもしれないってことね」
「え、えぇ〜?」
「五時にちょっとした来客があるから、出発はそのあと。査定の資料、準備お願いね」
「へーい」

 気のない返事を装いながら、塚本の涼しげな横顔を盗み見る。
 聡い彼女が明徳の失言に気がつかなかったはずはないが、それをまったく表面に出さない大人な態度に、明徳は感心した。
 それでも気まずさは小さなささくれのように、しばらく明徳の胸を刺激したのだった。

 ━━……━━……━━……━━……━━……

 社用車に揺られること約三十分。青山邸に着いたのは六時を過ぎたばかりだったが、すでに日は西の空からその姿をほとんど隠していた。
 二本の低い門柱が並ぶ敷地の入り口に佇み、明徳と塚本は懐中電灯を手に青山邸をしばし見つめる。
 頼りない明かり照らされた分やや不気味に見えるが、それでもごく普通の二階建ての一軒家。それが明徳の第一印象だった。廃墟と聞いていたわりには小綺麗な外見。小さな庭には雑草も目についたが、一夏の間まったく手が入らなかったことを考えると、荒れているというほどではない。
 青山姉弟が、そして昨年故人となったという二人の父も、この家を大事に手入れしてきたのだろう。そんな感想を持たせる家だった。

「幽霊屋敷、って感じはしないッスねー」
「……」

 明徳の軽口に塚本は反応しない。ただジッと、玄関を見つめている。
 その沈黙に不安を感じて、明徳がもう一度口を開こうとしたとき、

「崇村くんはここで待ってて。ちょっと行ってくるわ」
「えっ、一人でッスか?」
「えぇ」
「お、俺はなにをすれば……」
「なにかあったときは、よろしく」

 なにかってなんだよ、とか、どうよろしくすればいいのか、とか。言いたいことは多々あったが、スタスタと進む塚本の背中はそれを言わせてくれない。
 明徳は塚本を追いかけるように手を伸ばしたが、結局それ以上は足を進めることはできず、敷地に一歩踏み込んだ状態で待つことにした。
 塚本は預かった鍵で玄関を開け、家の中に声をかける。そのまま招かれるように全身を入れ、その場で誰かと話しているようだった。

(あぁ、なんだ。人がいるのか)

 ホッと胸を撫で下ろし……そうになって、明徳の全身に鳥肌が立った。
 そんなはずはない。家は無人のはずなのだ。
 では、塚本は誰と喋っているのだろう。
 本当に、幽霊がいるのか。それとも、空き家を勝手に寝ぐらにしているホームレス? はたまた、彼女の大きな独り言か。
 どれが正解でも、とても明徳の鳥肌を止めてくれそうにはない。
 思わず逃げ出したくなって後ろを振り返った瞬間、ガラスの割れる音がけたたましく響いた。
 咄嗟に目を戻すと、擦りガラスが嵌め込まれた玄関の引き戸に穴が開き、そこから古びた箒が飛び出している。
 どう考えても、「なにかあった」状況だ。
 外に傾きかけていた重心を戻し、明徳はほぼ無意識のうちに玄関に向かって駆け出していた。

「塚本さん!」

 叫びながら玄関に飛び込み、明徳は目の前の光景に息を呑んだ。
 薄暮の玄関で、宙に浮く古びた靴や小物たち。見えないバスケットボールが室内を跳ね回るような激しい音。渦を巻く埃の中央では、まるでスポットライトのような懐中電灯の明かりに照らされて、髪を逆立てた中年女性が憤怒の形相で仁王立ちしている。
 目も口も中身がこぼれ落ちんくらい開けたまま、怒髪天を衝くって言葉通りなんだなと、どこか場違いなことを考えながら明徳は腰を抜かした。
 女性は、明らかに生きている人間ではなかった。
 重力を無視しているのは髪だけでなく、少し小太りのその体も数センチ床から浮いている。廊下の向こうが所々透けて見える体は、時折ノイズのように歪んだ。
 なにより恐ろしいのは、その顔だった。目はつり上がり、威嚇するように鼻に皺を寄せ、歯をむき出しにしている。般若そのものだった。
 状況的に、彼女が青山姉弟の母親の寿子氏であることは間違いないだろう。
 しかし、彼らから聞いた母親像と目の前の女性の鬼のような雰囲気は、掠るところもないほどかけ離れていて、明徳を恐怖の上困惑させた。

「崇村くん、大丈夫?」

 上から降ってきた落ち着いた声を辿ると、そこにはいつもと変わらぬ塚本の細面があった。
 その冷静さは、彼女にとってこの状況が「何事もない」ことなのだと物語っていた。明徳はそれに気づき、別の意味で恐怖を覚える。
 しかし一方で、まったく動じていなさそうな塚本の態度は、大きな安堵感をもたらしてくれた。
 明徳が首だけを動かして大丈夫であることを伝えると、塚本は再び目の前の女性に向き合った。

「私が、もう死んでるですって?」

 地の底から響くような声が、女性━━青山寿子の口から漏れた。明徳は思わず身を震わせる。

「はい。二十二年前に」
「なにをバカなことを。だったら、証拠を見せてみなさいよ」

 口の端を吊り上げて笑う寿子に、塚本はごく当たり前のように書類を差し出した。

「こちらはいかがでしょう。コピーですが」

 寿子は書類を覗き込んで息を飲み、それを振り払った。自分の足元に舞い落ちたその紙を見て、明徳は内心「げ」と洩らす。
 書類は写真のコピーだった。穏やかに微笑む中年女性を囲む額は黒く、明らかに遺影だ。丸い頬と口元の大きめのほくろは、すっかり様相は変わってしまっているものの、寿子と写真の主が同一人物であることを示している。

「な、なんなのこれ。悪趣味な……」
「こんなものもございます」

 続けて出された書類にも遺影が写っていた。今度は白髪の男性だったが、

「あ、あなた? これ、あの人なの? まさか……」

 おののく寿子の様子を見るに、それは昨年亡くなったという青山姉弟の父、つまり彼女の夫の写真なのだろう。

(こんな写真、いったいいつの間に? ていうか塚本さん、やることえげつねぇな……)

 明徳は状況を忘れ、少しだけ寿子に同情した。
 塚本は寿子の動揺をものともせず、ダメ押しのようにもう一枚の書類を突きつける。今度は遺影ではなく、並んで写る若い男女の写真だった。
 青山姉弟のツーショットだ。昼間依頼に来た際に、塚本が「一応ね」と撮影させてもらっていたのを、明徳は思い出す。
 寿子にとって、大人になった我が子たちを見るのは初めてのはずだ。
 戸惑いに細められた寿子の目が、次第に見開かれる。どこか愛しい面影を残す二人が誰なのかわかったとき、寿子の険しかった表情が緩み、涙が溢れた。

「美月、寿太郎……? 二人とも、いつのまにこんなに大きくなったの……?」

 寿子が声を詰まらせるのを見て、明徳は悟った。これが塚本の作戦なのだ。この世にとどまっている寿子の霊に現実の時の流れを自覚させ、理詰めの上に情に訴えて成仏させるつもりなのだろう。
 たしかに納得のいくやり方ではあるが、幽霊相手というよりはまるでクレーマー対策だ。お経を唱えたり式神を放ったりといった、創造とフィクションの入り混じった展開を予想していた明徳は、いまだ腰が抜けているにもかかわらず、少々肩透かしを食らった気分だった。
 それでも、なにはともあれ一件落着しそうな雰囲気に、深く安堵の息を吐いた。
 しかし、そんな明徳の内心とは裏腹に、事はそんなに簡単には進んでくれないのだった。

「おわかりいただけましたか、青山さま。ご自分がもうすでにお亡くなりになっていること。二人のお子さんは、こんなに立派に成長されました。お二人からのご依頼で、私が今日お邪魔させてもらったのです。この家を売りたい、と」

 塚本が宥めるような声音でそう言うと、寿子はピクリと肩を震わせてから、ゆっくりと顔を上げた。
 その顔は、明徳が想像していたような穏やかなそれではなかった。すでに涙の消えたその眼には、先ほど以上の怒りがたたえられている。

「この家を、売るですって?」

 低く漏れた声に応えるように、再び風が逆巻き始める。明徳は全身が総毛立つ感覚に襲われ、思わず抜けた腰を引きずるように後ずさった。

「子どもたちが、そう言ってるですって?」
「青山さま?」
「デタラメを言うのはよしてちょうだい! あの子たちが、どうして帰る家を売るものですか。私が待つ家を売るものですか!」

 今まで以上の剣幕で寿子が喚き散らす。その勢いに圧倒された明徳が塚本を仰ぎ見ると、彼女の表情からも先ほどまでの余裕が消えていた。頼みの綱の塚本のその顔に、明徳を絶望が襲う。
 塚本は吹きつける突風から顔をかばいながら、風に負けじと大声で叫んだ。

「青山さま、落ち着いてください! お子さま方は、もう、あなたがご存知の小さい子どもではないのですよ」
「嘘をつかないで! 今日だって私、あの子たちの大好きな晩御飯を作って待ってるんだもの。あの子たちがそう望んだからよ!」
「お子さま方は、もうご自分で帰る家を決められています。残念ですがそれは、ここではありません」
「そんなはずがないわ、だって私がここにいるんだもの。家族はみんなずっとここで一緒にいようねって、あの二人と約束したのよ! 私は、この家で、あの子たちを待っていなければぁぁ!」

 寿子の絶叫に合わせるように、落ちていたガラスの破片が一斉に明徳と塚本に向かってくる。明徳は固く目を閉じた。
 しかし、

「!!!」

 痛みと衝撃の代わりに響いたのは、金属同士がぶつかるような甲高い音だった。
 明徳は驚いて目を開ける。そして、思わず素っ頓狂な声とともに辺りを見回した。

「ええぇぇ?」

 つい今まで確かに玄関の内側にいたはずなのに、彼は青山邸の敷地のすぐ外に座り込んでいたのだ。

「崇村くん、立てる?」

 緊張を孕んだ塚本の声に見上げると、彼女はまだ硬い表情のまま玄関を見つめている。明徳は慌てて頷いた。

「だ、だ、大丈夫、です!」

 本当は、訳の分からない状況にパニック状態なのだが、とりあえず体の異常はない。驚きのせいか、抜けていたはずの腰も元に戻っている。

「よかった。じゃあ、ひとまず今日は退散しましょう。詳しいことは車に戻ってから。急いで!」

 塚本は、ごく自然な仕草で明徳に手を伸ばした。思わずそれにすがろうとした手のひらは無視され、手首をぎゅっと掴まれる。
 そのまま二人は足早にその場を離れ、すぐ近くに停めていた車に飛び乗って青山邸を後にしたのだった。

 ━━……━━……━━……━━……━━……

 十分ほど走ったところで、車は人通りのない路肩にゆっくりと停まった。
 塚本はハザードランプを点けてから、無言で車から出ていく。思わず追いかけようとした明徳だったが、彼女がすぐ隣の自動販売機の前に立ったのに胸を撫で下ろした。
 すでに日は暮れ、西の山の端の群青色だけが夕方の名残りだ。もういくばくもしないうちに夜の帷が完全に降りるだろう。
 すれ違う人どころか、隣人の顔すら判然としない暗い空間に、一定速度で点灯するハザードランプのオレンジ色の光は、なんとなく気味が悪く思えた。

「はい」

 すぐに戻ってきた塚本が缶コーヒーを手渡してくれる。それに触れたとき、缶の温かさより、自分の指先が冷え切っていることに明徳は驚きを覚えた。

「あったかくて、甘いのがいいかと思って」

 言いながら、塚本は自分も同じミルク多めのコーヒーを口にした。明徳もつられるように缶をあおる。
 たしかに、コーヒーの温もりと甘さは蕩けてしまうようで、十分明徳をホッとさせてくれた。

「ごめんなさい。私が考えていた以上に、難しいケースだったみたい。こわ……びっくりしたでしょう?」

 塚本は申し訳なさそうに眉を下げた。
 そんなことないです、という台詞は喉の奥で引っかかる。塚本を責める言葉も出てこないかわりに、明徳は細く長いため息を漏らした。

「……あの、訊いてもいいですか?」
「もちろん。私にわかることなら」
「えぇっと……」

 尋ねたいことが渋滞を起こしている頭の中を必死で整理する。その間塚本は、口を出さずに待ってくれていた。

「あの……」
「うん」
「あの、あそこにいた女性は……青山寿子さん、ですよね?」
「えぇ、そうね。お顔もお名前も一致していたし、間違いないわ」
「と、いうことはー……、つまり、ゆうれい?」
「そういうことになるわね」

 九割方そうであろうと覚悟はしていたものの、予想以上にあっさりと肯定されて明徳は頭を抱えた。

「うわぁ、やっぱり……めっちゃ怖かったもん! 幽霊なんて、俺、初めて見ちゃいましたよ」
「あら、そうなの?」
「いやいや。言ったじゃないですか、ゼロ感だって! ……あれ? じゃあ、なんで見えたんだろ?」

 明徳は首を傾げ、塚本の返答を待つ。
 塚本は、しばし缶コーヒーを下唇に当ててなにか考えているようだった。

「うまく伝えられるかどうか、わからないけれど」
「はい」
「なぜ、幽霊が見えるのか。あるいは見えないのか。この答えは、正直私もよくわからないの。でも、理由は人それぞれ、という気がするわ。先天的に見える人もいれば、後天的にそうなった人もいる。時たま見えるだけの人もいれば、一生目にすることのないままの人も、もちろんいる」
「はぁ」
「崇村くんがどのタイプかは、今はまだわからないけれど。今日見えたことに関していえば、私が隣にいたから、かな?」
「え、そうなんスか?」

 塚本は頷き、もう一度考えるように目を閉じてから、「ねぇ、無線ってする?」と突拍子もないことを尋ねた。

「え? 無線って、あのタクシーとかでよく使ってるやつ?」
「そうそう。あれ、趣味にしている人も結構いるらしいんだけど」
「いやぁ、俺はやったことないッスねぇ」
「あら、そうなの? 多趣味だっていうから、てっきり」
「俺の趣味ってDIYとか工作とかアナログなことばっかりなんで、機械方面はさっぱりッス」
「そう」

 塚本は、特に残念そうでもなくコーヒーを口にした。

「塚本さん、するんですか?」
「ううん、したことない。だから全然詳しくないんだけど、ただ、例え話としてわかりやすいかと思って。なにが言いたいかというとつまり、無線に例えると、私はすごく高感度のアンテナを持ってる、ってこと」
「へ?」

 間抜けな声を出して頭上にはてなマークを浮かべる明徳に、塚本は苦笑した。

「私のアンテナは高感度で、普通なら受信できないような微弱な、あるいは別周波の電波も受信できちゃう、ってこと」
「心霊現象って、電波なんスか?」
「だから、例え話よ。ただ、この高感度のアンテナは、周囲にも影響を及ぼすことがあってね……」

 塚本は少し口ごもったが、その続きは明徳にもなんとなく予想できた。

「つまり、塚本さんの高性能アンテナに、俺のポンコツアンテナも触発されたから、あんなものが見えた、と?」
「うーん、語弊のある言い方だけど、そんなところかしら」
「な、なるほどー……」

 わかったようなわからないような。だが、なんとなくイメージは掴めた気がする。
 頷きかけて、明徳はハッとあることに気がついた。

「と、いうことはですよ? 塚本さんといるとき以外では、あんな怖いものは見なくて済む、ってことですよね⁈」

 あわや霊感体質になってしまったのかと一瞬愕然としたものの、どうやらこれは一時的なものらしい。「いわくつき」の仕事のミステリアスさに惹かれていたのは事実だが、その正体があそこまで恐ろしいものと知ってしまった今となっては、その憧れを熨斗を付けて返上したい気分だった。
 しかし、明徳の期待を込めた眼差しに、塚本は申し訳なさそうな苦笑を返す。

「そこは、なんとも言えないのよ、正直なところ。もしかしたら、今回の件で崇村さんの霊感が覚醒してしまった可能性も、なきにしもあらず」
「そんなぁ……」

 明徳は眉を八の字にして肩を落とした。
 今まで知らずに済んだ恐ろしい存在に、これからは怯えて生活しなければならないのだろうか。これはもしや、数時間前に塚本を「普通じゃない」と思い切った罰なのか?  
 落ち込んだ気持ちは、次々とネガティブな考えを呼び込んでしまう。

 すると、「ごめんなさいね」と言いながら、塚本が自らの首元に手をやった。
 なにかを引っ張り出す仕草と共に、彼女の手の中に赤い紐を結ばれた小さなお守りのようなものが現れる。

「お詫びに、これをあげるわ」
「なんスか、コレ」
「見ての通りのお守りよ。ただ、結構効き目があるから。少なくとも、本当に危ないものからは守ってくれるはずよ」
「……」

 なんだか引っかかる言い方だ。本当に危ないもの以外からは、守ってくれないのだろうか。
 明徳は内心突っ込みながらも、そのお守りを受け取った。一見すると白っぽかったお守り袋は、よく見ると熟れた稲穂を彷彿とさせる山吹色をしていて、ほんのりと暖かい。

「ポケットに入れておくとか、首から下げておくとか、肌身離さず持っておいた方がいいわ。少なくとも、しばらくの間はね」
「肌身離さず……」

 塚本の言葉をオウム返しにして、明徳は気がついた。彼女が首元からお守りを引っ張り出した意味と、自分の手の中に感じるほのかな温かみの理由。

(え、そんなもんもらっていいの?)

 つい先ほどまで塚本の胸元にあったものだとわかった途端、現金なものでつい頬が緩む。いそいそとお守りを首にかけ、服の中に大事にしまった。
 そんな明徳の心情に気付いているのかいないのか、塚本は「もう大丈夫みたいね」と笑って車を発進させた。
 窓の外はすっかり夜の闇だった。まだそんなに遅くない時間だというのに、対向車のほどんどない静かな道を、車は滑るように進む。
 窓ガラスに映る自分の顔をぼんやり眺めながら、明徳はふと思ったことを口にした。

「青山寿子……さんの霊は、なんで成仏しないんでしょうね?」

 塚本は前方から目を離さないまま、ため息のように「そうね」と返した。

「あれですよね? 塚本さんあのとき、あの人を成仏させようとしてたんですよね? 写真とか出して」
「まぁ、そんなところね。青山さまに現実を認識していただいて、この世への未練を断ち切ることが目的だったの。そうすれば、おのずから正しい場所へ向かっていけるはずなのよ。だからああいう、ちょっと厭わしいともいえる強硬手段を取ったのだけれど……」
「いとわしい?」
「えげつない、ってこと」
(あ、えげつない自覚はあったんだ)

 そこで塚本はもう一度ため息をついた。どうやら、当てが外れてしまったようだ。

「でも、うまくいかなかった。思っていた以上に、青山さまをこの世に繋ぎとめているものが強力だったみたい。でも、それがいったいなんなのか……」
「繋ぎとめてるものって、子を想う親心、じゃないんスか?」
「それももちろんそうなんだけど、それなら成長した二人のお子さんを見て安心できたことで、未練は大幅に薄れるはずよ。でも彼女は違ったわ」

 塚本はきっぱりと言い切った。
 鳥肌が立つのを我慢しながら、明徳は青山邸での出来事を思い出す。怒りに身を震わせながら、青山寿子の霊はなにを訴えていたのだろうか。

「──家を売る、ってことに、すごく反応しましたよね。あの方」

 そうだ。成長した二人の子どもの写真を見て、般若の面から母親の顔に戻った寿子は、塚本の「家を売る」という一言に、再び怒髪天を衝いたのだった。
 塚本も同じ見解だったようで、明徳の言葉に大きく頷く。

「あの家の事を、詳しく調べてみましょう。青山さまの未練はご家族のことばかりだと思っていたけれど、あの家にもきっとなにかあるんだわ。それがなんなのかがわかれば、青山さまを導く方法がわかるはずよ」
「はい」

 明徳は力強く同意した。
 自信に満ちた塚本の口調は、暗澹とした気持ちに光を差すようだった。彼女に任せていれば、きっと遠からず青山寿子の霊は成仏するに違いない。

「と、いうわけで」
「はい?」
「悪いけど、崇村くんにはこの青山邸の件にもう少し付き合ってもらうからね」
「はい!? お、俺は今日だけの手伝いのはずでは?」

 明徳の悲痛な声を、塚本は片手を振って悪びれなく受け流す。

「そのつもりだったんだけど、意外に複雑そうで一人じゃ手が回りそうにないの。言ったでしょ? 私今、スケジュールが埋まってるのよ」

 菅原不動産は小さな会社だ。いわくつき専門の肩書を持つ塚本だが、当然そればかり相手にしているわけではない。

「で、でも……」
「もちろん、青山さまと接することのない間接的な調査を主にしてもらうつもりだから。大丈夫大丈夫」
「えー……」

 あまり信用はできない。今日だって、心配するようなことはないという大前提があっさり覆されたのだから。
 渋る明徳に、塚本は暗闇でもわかるほど朗らかに笑いかけた。

「崇村くんは、自分で思っているよりもずっと胆力があるわよ。青山さまと対峙して、腰を抜かすだけで済んだんだもの。期待しているわ」
「……」

 いまいち、褒められている気がしない。
 しかし結局、その本音ともお世辞ともつかないひとことと彼女の笑顔に負けて、明徳は首を縦に振ってしまったのだった。

 ━━……━━……━━……━━……━━……

「なんだかなぁ……」

 青山邸で衝撃の出来事に遭遇した、その翌日。
 客足の落ち着いた昼下がりのファミレスで、すっかりぬるくなってしまったコーヒーを口にしながら、明徳はため息とともに独りごちた。
 彼はなにも、ここでアンニュイを持て余しているわけではない。多忙な塚本に代わって、青山邸についての調査に昨日の今日で駆り出されているのである。彼女はあの家について詳しい人物に、早くもアポを取り付けていたのだった。

(仕事ができるってのも考えもんだよな、使われる側としては)

 不安と不満の渦巻く内心を誤魔化すために冷めたコーヒーを一気に飲み干したところで、気の抜けたメロディが新たな客の訪れを告げた。
 明徳は入り口に目をやり、反射的に立ち上がる。客はそんな明徳にすぐに気がつき、親しげに手を振った。

「ごめんごめん、待った?」

 まるで旧知の友にそうするように近づいてきたのは、昨日会ったばかりの依頼人、青山寿太郎だった。
 寿太郎は昨日のTシャツにジーパンという出立ちとは異なり、スーツを着こなしていた。紺色のネクタイには小さな銀杏の葉の刺繍があしらわれていて、センスの良さが感じられる。そうしていると不思議なもので、昨日滲み出ていた軽薄さは、人間関係の垣根をヒョイと飛び越すような人懐こさに姿を変えていた。
 寿太郎は、この辺りでは名の知れた地方企業の営業マンで、今日も外回りの途中に時間を空けてくれたのだという。

「今日はすみません、お時間をいただいてしまって」
「いいよいいよ。寒くなってきて外ウロウロするの億劫だからさ、ちょうど休憩したかったとこ。えーっと、崇村くん、だっけ」
「はい。本来なら塚本が来るべきなんですが、どうしても外せない用事があって」
「あの美人さんに会えないのは、ちょい残念だけどね。あ、すみませーん。コーヒー二つ」

 すぐに運ばれてきたコーヒーのカップを、寿太郎は当たり前のように明徳の前に置かせた。
 口の上手さやそつのない行動といい、昨日ちらっと紹介しただけの明徳の名前をしっかり覚えていることといい、この人も仕事できるんだろうなぁ、と明徳は恐縮しつつ舌を巻く。
 爽やかそうに振る舞ってはいるが、やはり忙しいのだろう。寿太郎はコーヒーにゆっくり口をつけ、ホッとしたようなため息をついた。

「電話で聞いたけど、早速俺んち行ってくれたんだってね。で、今日はなにを訊きたいんだっけ?」
「はい。お母さまとご実家について、どんな些細なことでもいいのでお話しいただきたいと思いまして。たとえば、家の中でお母さまが好きだった場所とか、大事にしていたものとか。あと、ご家族での思い出とか」
「思い出、って言われてもなぁ」

 カップを手の中で弄びながら、寿太郎は虚空を探すように視線を漂わせる。

「母さんが死んだのが俺の小二の頃で、それからは叔父さんちに住むようになったから、ぶっちゃけあの家のことってあんまり覚えてないんだよね。やっぱ、無理言って姉ちゃんに来させた方がよかったよなぁ」
「……すみません、失礼なことを」
「いや、気にしないで。そんな失礼なことじゃないよ。ところで」

 失言してしまったと身体を小さくする明徳を追いかけるように、寿太郎はグッとテーブルから身を乗り出した。

「単刀直入に聞くけど、どうだった? 母さんはいたの?」

 明徳を見据える寿太郎の目には、好奇と不安が入り混じっている。
 どう答えたものか。明徳はいくつかのフレーズを脳内に閃かせ、結局小さく頷くにとどめた。寿太郎が微かに息を呑む。

「マジかー……。え、それはなに? 見たってこと?」
「はい」
「母さんの、幽霊を?」
「……はい」

 寿太郎が天井を仰ぐ。「なんで」と、うめきのような声が漏れた。
 それはショックだろう、と明徳は思う。薄々感じていただろうとはいえ、母親が成仏できずに家に留まっている事実を、改めて突きつけられたのだ。
 昨日の様子を、どこまで伝えたらいいのだろう。寿太郎が来る前から、明徳はそのことを考えていた。ありのままを伝えるにはショックが大き過ぎる気がするし、かといって上手にオブラートに包める気もしない。
 明徳が頭を悩ませていると、ふいに寿太郎が声をかけた。

「崇村くん」
「は、はい!」
「悪いけど、今から俺んち行こう。すぐに」

 言うが早いか、寿太郎は残りのコーヒーを一気に煽って席を立つ。一瞬呆気に取られた明徳がその背中に追いついたときには、さっさと会計を済まそうとしていた。

「あ、青山さま。お金……」
「いーよいーよ。ここは俺の奢りで」
「いやでも、経費でもらってるんスよ」
「そんなもん、ポケットに入れときな。あ、領収がいるんならやるよ」

 軽い口ぶりながらどこか有無を言わさず、寿太郎はレシートを明徳に押し付け店を出る。明徳も慌ててその後を追った。
 そして、状況を掴めていない明徳をのせ、ふかし気味に車を発進させたのだった。

 ━━……━━……━━……━━……━━……

  昼下がりの明るい日差しの中に建つ青山邸は、昨日の騒動を忘れたように穏やかな静寂をまとっていた。

(まさか、夢だったんじゃねーだろうな)

 そんな錯覚に陥ってしまいそうだが、淡い期待は玄関を貫く折れた箒を見て粉砕される。

「なにあれ」
「あの、昨日、あれが飛んできて……」

 みなまで聞かず、寿太郎はキーケースを鳴らしながら躊躇することなく玄関を開けた。
 家の中はしんと静まり返っている。舞い上がったほこりが、白々とした午後の光の中に踊っていた。

「母さん、いるの?」

 寿太郎の問いかけは、玄関からまっすぐ伸びる廊下に吸い込まれていく。返答はない。廊下の奥にある洗面所やクモの巣の張った天井の隅の暗がりにも、コソリとも動きはない。
 寿太郎は小さくため息をつくと、明徳を振り返った。

「次、崇村くんやってみて」
「え⁈ やるって、なにを?」
「なにかは知らねーよ。でも、昨日は出てきたんだろ? 母さんのユーレイ。ってことは、お前がやったほうが効果あるだろ」

 無理っスよ、と敢えて茶化そうとした明徳は、自分を見つめる寿太郎の眼を見て凍りつく。

「ほら。踊るなり怒鳴るなりなんでもいいから、早くしろよ」

 それは、昨日菅原不動産で、あるいはつい先ほどファミレスで会ったときの寿太郎とは似ても似つかない、冷たく凶暴な眼だった。ここで断ればなにをされるかわからない。明徳の直感が警鐘を鳴らす。
 しかしかといって、なにをすればいいのかなんて、本当にわからないのだ。

(くそ、どうなでもなれ!)

 昭徳は寿太郎の眼から逃げるように玄関の中央に立ち、ギュッと目を瞑ったまま手足をバタバタと動かし始めた。

「ちゃ、ちゃんかちゃんかちゃんかちゃんかちゃんかちゃん!」
「は? てめー、ふざけてんのか!」
「え、でも踊れって言われたから」
「この、使えねーゴミクズが! ……ってぇ‼︎」

 ひどい罵倒は、空を切る鋭い音と寿太郎の悲鳴に掻き消された。明徳が目を開けると、古びて柄の折れたハエ叩きと、右のふくらはぎを押さえてうずくまる寿太郎の姿がある。

(なにあれ、アレで叩かれたのか?)
「なんだよ、くそ! どっから出してきやがったこんなもん!」

 よほど痛かったのか寿太郎は涙を浮かべながら毒づき、床に落ちているハエ叩きを睨みつけた。ホームセンターならどこでも売っているような、おなじみのそれだ。叩いた衝撃のせいか、折れた上にあちこちが欠けて、褪せたピンク色の破片が散らばっていた。
 寿太郎の目は、そのハエ叩きに釘付けになった。

「どっから持ってきたんだ、コレ」
「わ、わかんないっス。俺、目を瞑ってたんで」
「……お母さん?」

 寿太郎はハエ叩きを握り締め、目を家中のあちこちに彷徨わせた。壁、天井、明かり取りの窓、穴の空いた玄関の磨りガラス。土足のまま廊下を走り、各部屋の扉を開けて室内を覗き込み、洗面台下の収納にまで頭を突っ込んだ。

「母さん、お母さん! いるなら出てきてよ! なんで出てこねーんだよ、ふざけんな! 今俺のこと叩いただろ、昔みたいに。そんなことだけすんのかよ、あいつのことまたいじめるぞ!」
「青山さま……?」
「なんで俺たちの前には出てこねーんだよ、なんで隠れるんだ! お、俺も姉ちゃんも、会いたいのに。会いたいのに! ユーレイでもいいから!」
「……」
「会いたいのに。ママ……!」

 ハエ叩きを握り締めて廊下の中ほどでうずくまる寿太郎に、明徳は声をかけられなかった。

(お母さんが亡くなったとき、あの人はまだほんの子どもだったんだ)

 嗚咽に応える声は、なかった。

 ━━……━━……━━……━━……━━……

「……ごめんな」

 丸めていた背を伸ばし明徳に向き直った寿太郎の顔には、涙の跡と共に人好きする好青年の面影が戻っていた。明徳はまずそのことにホッとする。

「いえ……大丈夫、ですか?」
「とは言い難いけど、まぁ少しは落ち着いたかな」

 寿太郎は玄関まで戻ってくると、懐かしそうにハエ叩きを手の中で弄びながら、独り言のように続けた。

「悪さするとさ、母さんにコレでよく叩かれてたんだよな。友達と喧嘩したり、姉ちゃんの宿題に落書きしたり、ふざけて窓を割ったときなんかも……ケツとか太ももの裏とかを一発、ピシャって。痛ぇんだこれが」
「…………」
「母さん、ホントにここにいるんだな。……なんで俺たちの前には、姿を見せてくれねぇのかなぁ」

 グスリと鼻を鳴らした寿太郎には、昨日のことは決して言えない。明徳は悲しくそう思った。寿子自身、我が子のことを待っていると言いながらその一方で、変わり果ててしまった自分の姿は見られたくないだろう。親子の邂逅がない理由はその辺りにあるのかもしれない。
 言葉に詰まった明徳を、寿太郎は責めることはなかった。気持ちを切り替えるように大きくひとつ伸びをして、「そういえば」と明徳を振り返る。

「思い出したんだよ」
「え?」
「ほら、言ってたじゃん。家のことでなにか覚えてることはないか、って。一個思い出した」
「あ、あぁ」

 そもそもそれが今日寿太郎とあった理由だったのだが、明徳自身すっかり忘れてしまっていた。昨日に引き続き衝撃的な出来事が立て続けに起こり過ぎている。
 展開についていけずにもたつく明徳を置いて、寿太郎は今度は靴を脱いで家の中に入っていった。
 青山邸は、長い廊下を中心として左右に部屋が並ぶ作りになっている。玄関から、居間と和室、台所と階段、浴室とトイレと続き、突き当たりには洗面所。階段を上がった二階には、子ども部屋と夫婦の寝室として使っていた洋室が二つある。

「ここに入れっぱなしのはずだよな、たしか」

 言いながら、寿太郎は階段下の納戸に手を掛けた。明徳も慌てて中に入り、彼の後ろから様子を窺った。
 建て付けの悪い引き戸はかなり長い期間放置されていたのだろう、開けると埃とカビ臭さが一気に飛び出してきた。口と鼻を覆ってそれらを避けながら、寿太郎が膝をついて小さな納戸に潜り込む。時々咳き込みながら中をゴソゴソ探っていたが、やがて「あったあった」と嬉しそうな声が上がった。
 納戸から這い出してきた寿太郎が抱えていたものは、明徳にも見覚えのあるアルミ製の煎餅の入れ物だった。しかし埃をはたいた蓋には、パッケージとは別の紙が貼られている。

『おかあさん、おたんじょう日おめでとう』

 色褪せた拙い文字は、確かにそう読めた。

「これって……」
「……事故のあった日って、母さんの誕生日の前々日だったんだよな、実は。で、俺と姉ちゃんで内緒で、こんなもの用意してたってわけ。でも、すっかり忘れてた。それどころじゃなかったし……」

 渡す相手もいなくなったし、という続きは、か細くため息に紛れていった。
 誤魔化すように咳払いを一つして、寿太郎が箱の蓋を開ける。
 中には、プレゼントらしき折り紙と押し花の栞、そして寿太郎と姉の美月がそれぞれ母に宛てて書いた手紙が入っていた。

「さわってもいいですか?」
「いいよ」

 さすがに手紙の内容を読むことは躊躇われ、明徳は折り紙を手に取った。少し歪んだウサギとハートを折ったのはかつての寿太郎だろうか。小さな手が一生懸命動く様が想像された。手作りの栞は姉からのプレゼントだろう。パンジーの押し花の周りにキラキラしたシールを散りばめた、小学生の女の子が好きそうなデザインだった。
 明徳にも、こういうプレゼントを用意した経験がある。子ども心に相手の喜ぶ顔を思い浮かべていたことを思い出す。この心のこもった贈り物が日の目を見ることなく長い間忘れられてしまっていたことに、鼻の奥がツンと痛んだ。

「それよりもさ、これ」

 感傷に浸る明徳の隣で、寿太郎が取り出したのは箱の一番底に張り付くようにしてあった一枚の紙だった。画用紙を四つ折りにしたらしいそれが開かれたとき、明徳は思わず感嘆の声を上げた。

「これ、誰が描いたんですか?」
「姉ちゃんだよ。昔から絵が上手かったから」

 寿太郎がどこか誇らしげに掲げるそれは、『二十年後の青山家』と題された絵だった。
 現在の青山邸の倍はありそうな広い敷地に、二階建ての母屋とそれぞれ渡り廊下でつながった離れらしき小ぶりの建物が二つ。庭には花や遊具があり、ペットらしき犬やウサギもいる。中心に立つのは少し年を取った青山夫妻と、成長した美月と寿太郎。そして、彼らの周りには新しくできたであろう家族の姿。
 幸せな未来予想図が、カラフルな色と繊細な筆致で描かれていた。

「姉ちゃんがデザイナー、俺が大工。その頃の将来の夢がそれだったから、二人で協力して家を建てようって妄想してたんだよな。今のこの家をリフォームしてさ。そんで父さんと母さんと、俺たちのそれぞれ結婚した家族とみんなで一緒に住むの。ガキっぽすぎて笑っちゃうけど、あの頃はわりと真剣に考えてたんだよね。今となってはそれが一つも叶ってないとこが、また笑えるけど」

 自嘲めいたセリフだったが、寿太郎の声は懐かしさと愛おしさであふれていた。

「……すごいです。これ、お母さまはご存知なんですか?」
「うん。この絵は見せたことはないけど、妄想話はよくしてたから。将来こんな家を作るから、そんでずっとみんなで一緒に暮らそうぜ、ってさ」

 明徳の脳裏に昨夜の寿子の絶叫が蘇る。
 
『家族はみんなずっとここで一緒にいようねって、あの二人と約束したのよ!』

 確かに彼女はそう言っていた。

「どう? 家に関することだし、これってなんかの役に立ちそう?」
「立ちます、きっと」

 確信を持って明徳は頷いた。心霊のことに関しては明徳はまったくの門外漢だが、昨日の寿子の様子、そして塚本のやり方を思えば、必ずなにかしらの役に立つだろう。なにより、このプレゼントの存在を寿子が知らないままでいるというのは、明徳が耐えられない。
 なんとしても、これらをあるべき人の手に渡さなければ。成り行きに任せて青山邸の件に関わっていただけの明徳の心に、そんな使命感めいたものが芽生えていた。

「よかった。じゃあ、行こうか」

 寿太郎が服の埃を払いながら玄関に向かう。と、急に立ち止まり少し気まずそうに「あのさ」と口を開いた。

「?」
「悪かったな、さっきは。急に怒鳴ったりして」
「あ、あぁ。大丈夫です。ちょっと、びっくりしましたけど」
(ほんとはかなーり、怖かったッス)

 明徳の心の声を勘付いているのかいないのか、寿太郎は重ねて謝った。

「ホント、ごめん。俺、中高のときけっこうヤンチャしてたんだよね。ケーサツにも何度かお世話になったりして。昔取った杵柄? がちょっと出ちまったな」
「な、なるほどー……」
「でさ。悪いんだけど、今日のことは姉ちゃんには黙っててくんない? あの人昔から俺にだけはめちゃくちゃ厳しくてさ。正直サツより怖ぇっつの。マジでボッコボコにしてくるんだよね」

 母を早くに亡くしたった一人の弟が非行に走ったとあれば、それは必死で更生させようとするだろう。
 しかし、昨日一度だけ会った姉の美月の線の細いいで立ちと、寿太郎の言う「マジでボッコボコ」は、なかなか結び付かない。確かに、弟には厳しく接しているようだったが。内心首を傾げながら、とりあえず明徳は了承した。
 玄関で靴を履いたところで、二人は申し合わせたように振り返った。家の中は何事もなかったかのように静まり返り、ただ柄の折れたハエ叩きと廊下の埃の乱れだけが、つい今さっきの出来事が現実だったと伝えている。

「母さん、またね」

 寿太郎の声に、応えるものはやはりなかった。

 ━━……━━……━━……━━……━━……

「なるほど。大変だったわね」

 青山寿太郎と別れたあと、合流した塚本にそう労われ、明徳はホッと息をついた。温かいココアが沁みる。
 二人がいるのは、菅原不動産社員御用達の喫茶店だ。会社のすぐ向かいにある小さなこの店からも、街路樹の銀杏がよく見える。
 塚本は今は眼鏡を外している。聞けば、いつものそれは伊達なのだという。「眼鏡してた方が見た目の信頼度が上がるのよ、色々な意味で」と、納得できるようなできないような、大人の事情があるらしい。
 窓から見える銀杏の鮮やかな黄色は、いつもの黒スーツ姿の塚本と程よい対比をなしている。彼女が静かに紅茶に口をつける様子は、まるで一幅の絵画のようにも見えた。

「崇村くん、大丈夫? 疲れちゃった?」
「あ、だ、大丈夫です! すみません」

 気遣ってくれる塚本に、まさか「あなたに見惚れていました」とは言えず、明徳はシャキッと背筋を伸ばした。寿太郎から預かってきた例の箱をいそいそとテーブルに出す。

「これが、例のプレゼントね。……涙が出そうになるわね」 

 塚本はしみじみそう言って、中身を一つずつ取り出した。手紙、プレゼント、そして未来予想図。
『二十年後の青山家』の絵を、塚本もじっと見つめていた。

「どうですか? 使えます?」
「もちろん。きっとこれが、青山さまをこの世に留めている大きな衡(くびき)なんでしょうね」
「この絵が?」
「この絵そのものというよりは、ここに描かれた未来予想図が。多分それが、青山さまがこの世に残るための縁(よすが)であり、一方でこの世に縛る衡にもなってるんじゃないかしら」

 塚本の言葉は少し抽象的だったが、それでもなんとなく彼女の言わんとすることがわかった。
 青山寿子も本当は、自分が死んでいること、子どもたちはもう心配しなくて大丈夫だということには気づいているのではないだろうか。それも、亡くなってからかなり早い段階で。しかしそれでも離れたくない、成長を近くで見届けたい気持ちを「未来予想図の実現」に託し、なんとかこの世に留まっているのかもしれない。
 しかし一方でその思いは執着となり、彼女の成仏を拒んでいる。あるべきでない場所にとどまる異質な存在は、少しずつその姿も存在意義も、歪なものに変容していく。
 明徳は青山寿子の鬼のような形相を思い出す。刃のように鋭い敵意の裏には、やりきれない悲しみや苦しさが隠れていたのだろうか。

「どうやって青山さまの霊を成仏させるんですか?」

 単刀直入に訊くと、塚本は「一つ考えがあるんだけど」と上目遣いに明徳を見た。

「な、なんですか?」
「崇村くんの協力が必須なのよね」
「……大丈夫です。もう腹は括りました」
「ありがとう! 大丈夫、今度は絶対に怖くないから」
(もうその言葉は信用できねー)

 内心悪態を吐きつつ、満面の笑みを向けてくれる塚本に満更でもない気持ちを抑えきれない明徳だった。
 
 ━━……━━……━━……━━……━━……
 
 玄関の扉を閉めると、途端に深い疲労感が寿子を包んだ。疲れの原因に思い当たらないまま、たまらずその場に座り込む。
 床に無造作に置いた買い物袋から特売品が崩れ落ちる。子どもからリクエストされたすじ煮込みの材料だ。それを横目でチラリとみて、思わずため息が出た。料理は好きだが、今日はなんだかひどく億劫だ。単なる肉体的な疲労というよりは、なんともいえない徒労感に全身押しつぶされそうだった。
 どうしてこんなに疲れているのだろう。寿子は首を傾げる。今日のパートも特別なことをしたとはいえないし、昨日だって大したことは……

「……私、昨日なにしたっけ……?」

 ふと、特売シールが張られた牛すじ肉が目に入る。この光景を、昨日も見た気がする。昨日も、いやその前も、夕食にはすじ煮込みを用意して──……
 全身にゾワリと怖気が立ち、寿子は慌てて立ち上がった。
 いけないいけない。余計なことを考えている暇はない。主婦にとって、夕方は一日で一番忙しい時間なのだ。疲労感も違和感も、今はとにかく蓋をしなければ。

「そうよ、まずはすじ煮込み。今日もおいしく作らなきゃ」

 自らを鼓舞するように言い聞かせ、寿子は気合を入れて立ち上がる。そのときだった。

「ごめんください」

 ついさっき閉めたばかりの玄関の扉の向こうで声がした。
 寿子が開けると、そこには若い男女の姿があった。女の方はシンプルなスーツ姿、それより年若いと思われる男の方は、大きな紙袋をいかにも大事そうに抱えていた。

「突然申し訳ありません。私、菅原不動産の塚本と申します」
「おなじく、嵩村です」
「はぁ……不動産屋さんが、いったいどういった御用でしょう」

 この忙しい時間に突然やってくるなんて、非常識だわ。内心軽く憤りながら、セールスならさっさと帰ってもらおうと寿子は敢えてそっけない態度で対応した。そもそも、菅原不動産なんて聞いたことがない。
 しかしなぜだろう。この二人とは初対面ではない気がする。定かではない記憶には不快感も伴っていたから、寿子は余計眉根を寄せた。
 塚本と名乗った女は、そんな寿子の表情に気づいているのかいないのか、にこやかな表情のまま続けた。

「本日は、新しいご自宅のご提案に参りました」
「はぁ? ……悪いけど、私はこの家が気に入ってるので、そういうのはけっこうです。忙しい時間だし、もう帰っていただいていいかしら」
「まぁ、そうおっしゃらず。ご覧になるだけでもいかがでしょう」
「あなたね、私の言うこと聞いてるの⁉」
 
 キッと眦を吊り上げた寿子の金切り声に呼応するように、玄関に散らばったガラスやプラスチックの鋭利な破片が浮かび上がる。それらはまるで意思を持つように、一斉に菅原不動産の二人に襲いかかった。
 しかし、それらが相手に届く寸前に見えない壁にぶつかったように弾け飛んだ。甲高く不快な音が響き渡る。二人には傷ひとつついていない。

「!!」

 平然とした顔の塚本に対し、後ろに控えるように立つ崇村という青年は顔を恐怖に染め、それでも胸には紙袋をしっかり抱きしめて縮こまっていた。その胸元でなにかが光っている。
 寿子は目を凝らし、そして思わず後ずさった。崇村の胸元になにが入っているのかはわからない。しかし今にもそこから、寿子の喉笛を噛み切らんとする獣が飛び出してくるように思えたのだ。

「青山さま。どうかお心を鎮めてください」

 塚本の静かな声に、寿子の肩がビクリと揺れた。先ほどまでの怒りとは別の感情が、今の寿子の心を占めている。
 この二人は危険だ。怖い。
 この後に及んで穏やかさを失わない塚本も。
 怯えた顔をして、胸元に獣を隠している崇村も。

「な、なんなの。なんなのよ、あんたたちは!」
「私たちは、先ほどご紹介させていただいたとおりの不動産業者です。今日参ったのは、こちらの物件をぜひ青山さまに見ていただきたくて」

 塚本が一枚の書類を差し出した。それは設計図でもなければ、完成予想図というのにも程遠い、子どもの落書きのように見えた。しかし、寿子にはどこか懐かしい。

「こちらは、青山美月さんによるデザイナーズ物件です。施工を手掛けた棟梁は青山寿太郎さん。お二人が子どもの頃からの夢を実現させた、素晴らしい物件ですよ」
「…………なにを言ってるの?」

 思いがけず出てきた二人の子どもの名前に怒りも恐怖も吹き飛び、寿子は混乱した。この塚本という女の言うことがなに一つ理解できない。
 それなのに、「素晴らしい物件」という言葉にはひどく惹かれた。そんな状況ではないとわかっているのに、気になって仕方がない。
 塚本はそんな寿子の心情がわかっているかのように、導くように庭の方を示した。
 寿子はなにかに引っ張られるように玄関の外に出る。そして目を疑った。

「なにこれ、どうなってるの?」

 そこにあるのは、猫の額ほどの庭だったはずだ。小さいながら、子どもたちと植えたチューリップが咲き、夏の草取りに泣かされ、金柑がささやかな実りをもたらし、数年前の冬には大きな雪だるまを作った。
 そのはずだったのだがしかし、今寿子の目の前には、豪邸とも呼べるほどの大きな家がそびえたっていた。
 思わず寿子は後ろを振り返る。突如出現した謎の家は、たった今住んでいるはずの自宅とよく似ていた。まるでリフォームしたかのような……

「もしかしてこの家、美月と寿太郎が話していた未来の家なの?」

 塚本は大きく頷き、静かに新しい家の玄関の戸を開いた。

「ママ! おかえり!」

 玄関から、弾むように息子の寿太郎が飛び出してきた。この子は昔から甘えん坊で、小学生になっても平気で母親にくっついてくる。

「お母さん、遅いよ。待ってたんだから」

 少し反抗期が始まった娘の美月は、口を尖らせながら生意気なことばかり言うようになった。それでも寿太郎に「ほら離れな、お母さん疲れてるんだから」と忠告するところは、さすがはお姉さんといったところか。
 子どもたちに導かれリビングへ入ると、そこでは夫がエプロンをつけて配膳をしているところだった。

「あなた、どうしたの? もう仕事終わったの?」

 仕事人間の夫は定時で帰ってくることはまずない。あるとすれば、

「なに言ってんだ。家族の誕生日くらい早く帰って来いって口酸っぱくして言うのは、お前だろ」

 呆れたように夫は微笑んで、寿子を椅子に座らせた。
 テーブルには、つい先ほど寿子が作ろうとしていたすじ煮込みが湯気を立てていた。

「これ、どうしたの?」
「あたしが作ったの。お母さんの味を真似してみたんだけど、どうかな?」
「オレ! オレも作った!」
「あんたは邪魔しただけでしょ」
「さぁ、お前らも席に着け。いつまでも誕生日会が始められないだろ」

 夫の号令で、子どもたちはいそいそとそれぞれの席に座る。そしてみんなの顔がそろったところで、パン! とクラッカーが鳴った。

「「「お母さん、お誕生日おめでとう!」」」

 寿子の目に涙があふれた。
 やっとここにたどり着いた。そんな思いが胸を占めた。なんだか今まで長い間、迷路の中をグルグルとさまよっていた気がする。それでもやっと、あるべき場所に帰ってこれた。そんな気がした。

「ありがとうね、みんな。……ただいま」

 ━━……━━……━━……━━……━━……

 美月と寿太郎が青山邸に到着したのは、ちょうどお焚き上げの準備が整ったころだった。

「あ、それ、ほんとに燃やしちゃうんだな。よくできてるのに勿体無い」
「本当に。持って帰ったうちに飾りたいくらいなのに」

 今まさに焚かれようとしているのは、青山姉弟が揃って惜しむのも納得の、それは見事な出来栄えの『二十年後の青山家』の模型だった。
 それは塚本との喫茶店での会話のあと、明徳が美月が描いたの絵を元に、三日かけて完成させた力作だ。いくら工作が得意とはいえ、単なる平面図から立体的な模型を作るのには骨を折った。この家を燃やすことに誰よりも抵抗を感じているのは、なにを隠そう明徳である。
 明徳は二人の言葉を嬉しく聞きながら、そっと塚本の表情を盗み見た。もしや彼女が心変わりをしてお焚き上げを取りやめないか期待してのことだったが、

「残念ですが、これがお送りするのに一番いい方法ですから」

 塚本はにこやかに、でも毅然とした態度でそう言い切った。
 青山家の小さな庭の中央に浅く穴を掘り、そこに模型を据える。その周りに、子どもたちがかつて作ったプレゼントと、塚本が持参した白木を添えた。

「他になにか、お母さまに持っていってもらいたいものはありますか?」

 青山姉弟は顔を見合わせ、美月がトートバッグの中からタッパーを取り出した。

「これをいいでしょうか。燃えにくいとは思うのですが」
「これは?」
「母の得意料理のすじ煮込みです。亡くなったその日も作るつもりだったみたい。何度も練習して、母の味が再現できるように頑張りました。ぜひ母に食べてもらいたいんです」
「その度に味見と後始末をさせられて、俺は塩分過多で健診に引っかかりそう……ッテーな!」
「あんたは一言多いのよ、いつも!」

 足を踏まれて顔を顰める寿太郎のこめかみには、なぜか絆創膏が貼られている。明徳はふと、寿太郎の「姉ちゃんにマジでボッコボコにされる」という心配を思い出した。

(俺はなにも言ってませんよ、断じて)

 念じる明徳をよそにタッパーは供えられ、そしていよいよ火がつけられた。くべられた白木からなのか、炎の匂いとともに清涼感のある香りが漂う。
 紙と木でできた手作りの模型には、あっという間に火が回る。オレンジ色の炎に包まれた小さな青山邸は、崩れ落ちながらもどこか神々しく見えた。

「……結局、お母さんには会えなかったね」
「だよなー。……会いたかったけどな」

 明徳は、寂しげに呟く美月と寿太郎に目をやる。そして、拳をグッと握りしめた。
 二人の後ろには、彼らのことを愛おしげに見つめる寿子の姿がある。
 しかし肝心の二人には、その母の姿は見えていないのだ。
 そのことを教えないのは、塚本に釘を刺されたからだった。

『死者と生者はそもそも生きる場所が違うんだから、見えないならそれに越したことはないわ。干渉し合うのは正しいこととは言えない。たとえどんなにお互いがそう望んでいたとしてもね』

 その意見には明徳も同意だった。それでも、あれほど母に会いたがっていた寿太郎の姿を見た身としては、黙っているのは心が痛む。
 寿子の姿はお焚き上げの煙と同じように揺らぎ始めていた。おそらく、家が燃え尽きるのと同時に彼女もあるべき場所へと旅立つのだろう。口元がなにか伝えるように動いたが、もう明徳にはその声は聞こえない。

「二人とも、元気に大きくなってね」

 突然そう言ったのは塚本だった。
 三人の視線を集めた彼女は、泣き笑いの表情で美月と寿太郎を見つめ、もう一度言った。

「二人とも、元気に、大きくなってね」
「塚本さん、それって……」
「それ、母さんが?」

 塚本は大きく頷いた。

「二人に伝えてほしいと、言付けられました」

 声を上げて泣く寿太郎を手荒く慰めながら、美月は何度も頭を下げた。
 小さな青山邸が完全に灰になる頃、その煙を迎え入れるように一番星が瞬き始めた。

 ━━……━━……━━……━━……━━……

「お、お〜〜〜!」

 先月分の給与明細を見て、明徳は驚きと歓喜の声を上げた。今までの最高額が印字されている。
 
「こんなに貰っていいんスかね⁈」
「いいに決まってるじゃない。崇村くん、すごく頑張ってくれたもの」
「その上今日も奢ってもらって、なんか悪いッス」
「色々助けてもらったのに、よく考えればお礼がまだだったからね。いつもの喫茶店だけど、遠慮なくどうぞ」

 向かい合う塚本のニコニコ具合から、彼女の懐もいつも以上に暖かいのだと察せられる。それなら遠慮する必要はない。明徳は、躊躇なくランチにデザートをつけた。
 すぐにやってきたカツカレーを頬張りながら、明徳はいい機会だと気になっていたことを口にすることにした。

「ちょっと訊きたいんですけど」
「どうぞ。私にわかることなら」
「あのとき、家の模型を燃やしたじゃないですか。俺が三日聞けて作った力作を」
「もしかして、根に持ってる?」
「いや、そういうわけじゃなくて。もちろん、すっごく惜しいな〜、とは思いましたけど」
「やっぱり根に持ってる」
「いやマジで、わかってるんスよ? 燃やすことが大事だった、ってことは。でも正直、模型まで作る必要あったかな、って。 あの美月さんが描いた絵でも十分だったんじゃないかなって、ちょっと思っちゃって」

 塚本はクリームパスタを巻き取る手を止めずに首を振った。

「青山さまが拘っていたのは、未来予想図の実現でしょう? そのためにはやっぱり、絵を形にする必要があったのよ。青山さまがあそこまで納得されてあちら側に行けたのは、崇村くんの模型のおかげだわ」
 
 ストレートな褒め言葉が照れ臭く、明徳は頬を掻く。
 その様子を嬉しそうに見つめながら、塚本は続けて口を開いた。

「実はね。今日朝一で、青山さまご姉弟がいらっしゃったの。自宅売却の手続きが整ったのよ」
「俺の出勤前ってことですか? 会いたかったなぁ」
「お二人も、特に弟さんの方がそう言ってくださっていたわ。崇村くんによろしく、って」

 明徳はこそばゆい気分だった。バイトの身ではあるが、こうやって仕事をきっかけに誰かに感謝されたり親しく思われるのは、やはり誇らしかった。

「それで、言付けを頼まれたのよ」
「言付け?」
「そう。一つはこれ」

 塚本は少しもったいぶりながら、テーブルの下から小ぶりのタッパーを取り出した。

「あ、それって!」
「そう。美月さんからの差し入れのすじ煮込み」
「嬉しいっス。話を聞いて、すごく美味しそうだなって思ってたんで」
「私もよ。これは崇村くんの分だから、大事に食べてね」

 明徳は満面の笑みでタッパーを受け取った。「もう一つはね」と塚本が続ける。

「青山邸の模型のことなの。美月さんも寿太郎さんも、あれをすごく気に入ってくださったみたいで、高村くんにもう一つ作ってほしいっておっしゃってるのよ。期限は特に設けないし、もちろん報酬も払いますって。どう?」
「マジっすか?」

 これは、すじ煮込み以上に嬉しい話だった。明徳のそれはあくまで趣味の範疇を出ないが、自分の作ったものが認められ、求められることは、ものづくり好きの人間としてはこの上ない喜びだ。

「でも、いいんスかね? 俺なんて、アマチュアでもないただの素人ですけど」
「その素人の作ったものを見て、ほしいって言ってくださってるのよ。遠慮する必要はないんじゃない?」
「そっか……! ぜひやらせてください」
「よかった。じゃあ、そのようにお返事しておくわね」

 一度は燃えてなくなってしまった青山邸の模型は、急ぎで仕上げた結果作り込めていないと不満足な点もいくつかあった。そこを改善してより良いものを、あの二人のために作りたい。頑張るぞ! と首を鳴らして気合を入れた明徳は、そこでふと思い出した。

「そうだ、これ。もう大丈夫だと思うんで、お返しします」

 そう言って、以前もらったお守りを首から引っ張り出す。そのまま返すのは失礼だろうか。でも貰ったときこんな感じだったしな、などと考えていると、塚本は首を振った。

「もういいわ。それ、崇村くんにあげる」
「え? でも、大事なものなんじゃ」 
「大事ではあるけど、私はもう新しいの調達しちゃったから」

 ほら、と彼女も自分の首元からお守り袋をチラリと見せた。

「ほんとにいいんですか?」
「もちろん。どう? 効果は感じられた?」
「うーん、効果っていうか……」

 明徳は言葉に詰まる。
「本当に危ないものからは守ってくれる」お守りをくれたとき塚本はそう言った。確かに、青山寿子に攻撃されたとき無傷で済んだのは、このお守りのおかげだったのかもしれない。霊の姿だって、青山邸での一件以降は目にすることはない。
 それは、それまでの明徳の日常となんら変わらないことを意味していた。つまるところ明徳としては、お守りの効果を実感するには至っていないのだった。

(お守りつけてたって結局、青山さまの霊は見えたしなぁ)

 モゴモゴと口ごもる明徳の心情を察したのか、塚本は少し意地悪く言った。

「もしかしたら、お守りを外したら実感できるのかもね」
「うっ……すみません。疑ってるわけじゃないんですが」
「冗談よ。でも、邪魔でないなら持っていて。悪いものではないから」
「はい。ありがとうございます」

 塚本はニコリと微笑んで「それにね」と続けた。

「明徳くんはなかなか見込みがあるから、今後も手が足りないときの手助けをぜひ頼みたいのよね」
「え? 手助けってそれは……」
「もちろん、裏業務のよ」
「えぇ〜、それはもう勘弁してくださいよ。今回確かに俺頑張りましたけど、めっちゃ怖かったんスから!」
「まぁまぁ。もしものときだけだし、今回みたいに大変なケースはそうそうないわよ。大丈夫大丈夫」
「塚本さんの大丈夫は当てにならないッス」
「ま、考えておいて。ほら、デザート来たわよ、どうぞ」

 あからさまにはぐらかされたが、それでもこの店一押しのチーズケーキには頬が緩む、単純な明徳である。
 塚本は紅茶を飲みながら、その様子を面白そうに眺めていた。


END
凧カイト

2024年12月29日 18時35分27秒 公開
■この作品の著作権は 凧カイト さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆使用したイラスト:④
◆キャッチコピー:扉を開ければ、ほらそこに
◆作者コメント:冬企画の開催おめでとうございます。参加できたことを嬉しく思います。
以前書いたものの加筆修正で恥ずかしくはありますが、枯れ木も山の賑わいとしてご笑覧ください。
そして、どこかで直したいと思っていた今作が無事日の目を見られたこと、このような場を提供してくれたことに感謝感謝です。

2025年01月13日 18時34分16秒
+10点
Re: 2025年01月20日 01時23分12秒
2025年01月12日 12時11分20秒
+20点
Re: 2025年01月20日 01時11分49秒
2025年01月07日 15時02分51秒
+10点
Re: 2025年01月20日 00時28分47秒
2024年12月31日 10時37分06秒
+10点
Re: 2025年01月20日 00時16分36秒
合計 4人 50点

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