【短編】造花の殺人 |
Rev.04 枚数: 77 枚( 30,481 文字) |
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1 鬱蒼とした木々が生い茂る遊歩道は、ゆるい勾配を描きながら上へと続いている。 辺りには独特の静かな時間が流れていた。自然の中で醸成された、ゆっくりとした捉えどころのない時間だ。 こんなにも緑に包まれていると、歩く度にここが都市の一角にあることを忘れそうになってしまう。自然の景観を損なわないようにしておきながら、人々の憩いの場となる程度には開発された場所――なるほど、緑地公園、という名称は言い得て妙だった。 木々の間から柔らかに差し込む木漏れ日が地面にまだら模様を作っており、ゆらゆらと風に揺れている。その温かな印象と対照的に空気は冷え込んでいて、息は白く、頭に鈍い痛みを感じた。 足下から寒さが這い上がってくるようだ。 この道を通るのは何度目だろうか。 歩く度に自然のエネルギーに圧倒されつつも、徐々に慣れていったはずだった。空が澄み渡るような青で彩られている日の表情も、どんよりと重い灰色の雲が泣いている日の表情も、全て知っているはずだった。 それなのに今、俺は初めてここを訪れたのではないかという錯覚すら起こしかけている。通り慣れた遊歩道は見たことのない表情でざわめいていて、視覚に、聴覚に、新しい。仲の良い友人が突然自分の知らない一面を見せたかのような、異質な感覚。 鈍く締め付けるような頭痛を振り払うと、歩く先を漫然と見据えた。 道の果て、この遊歩道の終着点。――俺は、この道が辿り着く先を知っている。 マフラーを巻き直し、止めていた両足を再び動かし始めた。靴が地面に敷き詰められている苔むしたタイルを鳴らす音を聞きながら、一本の造花を手に、先へと歩を進める。 2 「理島……ワニくん?」 「は?」 部活で使う画材を持って、席を立とうとしたときだった。 そのよく分からない呼びかけに振り向くと、見覚えのある女の子がすぐ側に立っているのが目に入った。名前は知らない。もっとも、二年に上がってクラス替えをしたばかりだったので、ほとんどのクラスメイトの名前はまだ覚えていないのだが。 俺は怪訝な顔で訊ねる。 「ワニって……俺のこと。っていうか、ごめん、誰だったっけ?」 「あ、わたしは水島夕姫。夕焼けの姫って書いてユキって読むの」 そう名乗った女の子は「これって、ワニって読むんじゃないの?」と、手に持っていたプリントに書かれている名前を指差して言った。俺はそれを見て彼女の間違いにようやく気付き、「あぁ」と小さく笑う。 「いや、これはカズヒト。どこの世界に子供にワニなんて名前を付ける親がいるんだよ」 和仁。十数年間連れ添った俺の名前。ワニなんて呼ばれたのは初めてだ。爬虫類か。 彼女は首を傾げる。 「でも、ピカチュウとかナイトとか、変わった名前つけるひとはたくさんいるよ」 「え? 嘘、そうなの? ……じゃなくて、とにかく俺の名前はワニじゃないから」 それで、何か用だった? と、それとなく話題の先を促すと、彼女は思い出したように、先程のプリントを俺の目の前に広げて見せた。 「えっと、来週の課外実習の班が一緒だから、とりあえず挨拶でもしておこうと思って」 「課外実習……あぁ」 そう言えばそんなのがあったかな、と思う。確か、学校がクラスの親睦を深めるために予定に組み込んでいるらしき、実習と言うよりは遠足に近い行事だったはずだ。……それにしても、同じ班になったくらいでわざわざ挨拶しに来るなんて、なかなか律儀な子もいるものだ。「よろしくね」と手を差し伸べてくる彼女に、俺は内心で感嘆しながら挨拶を返す。 「水島さん、でいいかな。呼び方は」 「あ、ううん、ユキでいいよ。同級生だし、わたしもきみのこと、名前で呼びたいから」 そう口にしてから何故か彼女は、少し思案するような表情になった。 「うーん……で、でも、和仁くんって少し言いにくいから、ワニちゃんでいいかな」 俺は顔をしかめた。会っていきなりワニ呼ばわり決定か。 しかも、彼女は俺が断るとは微塵も思っていないらしく、軽く微笑むと、ほっそりとした右手をこちらに差し出してきた。烏羽色の髪の下にある、整った顔立ちが柔らかく綻ぶ。 「じゃあ、よろしくね、ワニちゃん」 俺はその無垢な笑顔の暴力的なまでの強制力に、苦笑いしながら応じるしかなかった。 その日を境に、彼女の俺に対する呼び名は「ワニちゃん」で固定されることとなる。 3 緑地公園内は、それこそ迷路のように道が分かれている。 あちらこちらに脇道があり、下手に進んでいくと休憩所や芝生で覆われた広い場所に出てしまうので、迷ってしまうこともしばしばだ。俺みたいに体で道を覚えていない限りは、あまり使ったことのない道を進むべきではないだろう。 俺は確かな足取りで緑の幕間を進みつつも、得体の知れない不安に囚われていた。普段とはまるで違う表情を見せる公園内は現実味がなく、どこに続いているのか知っているはずの道でさえ、別の場所に出てしまう気がして恐ろしくなる。 鈴虫の声が方向感覚を惑わせる。 陽だまりすら信用できないような錯覚に陥る。 だから、目の前に見知った休憩所が見えてきたときはほっととした。道の脇にぽつんと設置されている自動販売機のすぐそばに佇む、屋根がついた木製のバス待ち場のような場所。長い間風雨に晒されてきたせいか、その趣はまるで古民家だ。 ――コーヒーでも飲んで一息つこう。 そう思って、俺は自動販売機でホットの缶コーヒーを買い、休憩所に向かった。冷たくなった体に熱い缶の感触が強烈に染み渡り、身震いをする。 休憩所には、先客がいた。 服装のせいで一瞬男性かと思ったが、そうではないのはすぐに分かった。 同い年くらいの女の子。モスグリーンのモッズコートに細めのジーンズ、それにキャスケット帽というボーイッシュな出で立ちだが、ボブの髪から覗く顔は幼く内向的な印象で、そのギャップがどことなく不安定な感じを醸し出している。コートについているフードをすっぽりと被れば、傍から見ただけでは女性だとは分からないかも知れない。傍らに置かれた薄茶色のハンドバッグは彼女のものだろう。余程長い間ここにいたのか、寒さで震えているのが見ただけで分かる。 俺に気付くと、女の子は少し横にずれて場所をあけてくれた。俺は軽く会釈をして隣に座り、缶コーヒーのプルトップに爪を引っ掛けて力を込める。少しだけ指先が白くなってから、パシュっという聞き慣れた音が響いた。 温かいコーヒーをちびちび口に含みつつ、横に座っている少女の顔をちらっと見やる。記憶の片隅が刺激された気がして、目線を戻してから俺はしばらく考え込んだ。どこかで見たような……いや、気のせいか? 「あの」 そのとき、女の子は遠慮がちな様子で口を開いた。 一瞬、声に反応するのが遅れてしまう。顔を向けると、女の子が横目でおずおずとこちらを窺っているのが分かったが、呼びかけが唐突だったせいですぐに返答をすることはできなかった。「どうかしましたか」と辛うじて答えはしたが、不自然な間ができてしまう。 だが、彼女の注意はそこには向いていなかったようだ。 「その造花って」 「え?」 訊ねられ、俺は自分が手元に持っている造花に目を落とす。この造花がどうしたのだろうかと怪訝に思ったが、すぐ可能性に思い至り、はっとした。今、この公園へ花を携えてくる人物の目的など、考える限り一つしかない。 もしかして。 「……あなたも、花を供えに来たんですか?」 「じゃあ、君も?」 彼女は、こくんと頷いた。 その子は川中四季と名乗った。 話を聞くと高校は同じらしく、俺の一つ下にあたるようだった。共通の目的を持っているという事実からちょっとした親近感が湧いたのと、そもそも年下ということもあり、呼び方は自然に「四季ちゃん」とすることにした。 四季ちゃんは自動販売機で買ってきたミルクココアを手にして、隣に座り直す。 「理島さんは、ここら辺の道、分かりますか?」 「まぁ、それなりには」 俺はそう答えるが、実際のところ、一本違う道に入ってしまったらもとの道まで戻れる自信はなかった。知っているのは高台に続く道くらいで、あとはほとんど不案内だ。 しかし、俺の言葉を聞いたとたん、四季ちゃんは安堵の表情を見せた。 「よかった。わたし、道がよく分からなくなっちゃって、途方に暮れてたんです。ここ、迷いやすいですから。……何度も来たことはあるのに」 「そうだね、ちょっと分かりにくいかも」 俺少し笑いながら答える。どうも、彼女が休憩所にいたのは文字通り休憩するためではなくて、迷子になっていたらしい。まぁ、この道では無理もない。 すると、彼女は意を決したように口を開いた。 「あの。よかったら一緒についてきてくれませんか?」 思わずぎくっとする。 一緒に行く? この子と? 正直、一人で歩いて行きたい、というのが本音だった。そんな感情は俺の顔にも出ていただろう。しかし、四季ちゃんが「お願いします」と思いの外食い下がったため、無理に断るのははばかられ、俺は少しの間思案する。余程、道が分からないのが不安らしい。 「いいよ。俺も、隣に誰かいてくれた方が心強い」 仕方なく、俺はそう答えた。 だが、考えようによっては、むしろこれでよかったのかもしれない。一人では心許ないのは事実だったし、暗くなってくれば、女の子ひとりでこの道を歩くのは少々危ないだろう。……もしかすると、放っておいたら凍えてしまうかも知れない。 礼を言う四季ちゃんを制すると、彼女がココアを飲み終えたのを確認してから、ゆっくりベンチから立ち上がる。同様に立ち上がった四季ちゃんと一緒に、休憩所を出発した。 梢のざわめきの中に、先程よりも一つ多めの足音が混ざる。 歩いている内に、ずくん、とまた頭に軽い痛みが走った。……二人で歩き始めたせいだろうか。 異変を感じ取ったらしい四季ちゃんが心配そうな顔を向けてくるが、俺はなんでもないような風を装って話題を振った。 「なぁ。四季ちゃんは、どうして花を?」 どういう関係があって? と、言外にそう問う。赤の他人がニュースを見て、わざわざこんなところまで花を手向けに来るなんてことはないだろう。 四季ちゃんは俺の様子について何か言いたげではあったが、気のせいだと思い直したのか、質問にどう答えるかに集中し始めたようだった。なんとなく、友人ではないだろうかと想像していると、少し予想外の答えが返ってくる。 「わたし、血が繋がってるんですよ。従姉妹なんです」 「従姉妹?」 驚いた俺は、四季ちゃんの言葉を反芻した。 見覚えがあると思ったのは、血が繋がっているからなのだろうか? 四季ちゃんは頷いて続ける。 「はい。小さいころとか、よく一緒に遊んだりしてたんです。優しくて、面倒見がよくて、本当のお姉ちゃんみたいに好きだったんですけど……まさか、こんなことになるなんて思ってもみませんでした」 四季ちゃんは、口元に寂しげな笑みを浮かべながら俯いた。俺も無言で同意の意を示す。……彼女とは違った形ではあっただろうが。 確かに、こんなことになるなんて、思ってもみなかった。 そこにいて当たり前だった存在が、一瞬にして目の前から消え去ってしまう。唐突に、それこそ何の予兆もなく。病死や単純な事故死であったならば、理不尽であっても「不幸なこと」で片づけられなくもなかっただろうに、しかし、彼女はそうではなかった。そうであってはならないと、俺はそう思っていた。 やりきれない思いが、今になっても胸の内で渦巻いている。 いつになったらこの思いは消えるのだろう。いや、生きていく限りは消えないのかも知れない。ずっと、こんな思いを抱きながら、俺は生きていくのだろうか。 彼女は散歩をするのが好きだった。学校の帰り、俺は彼女と一緒によくこの道を歩いた。 ねぇ、ワニちゃん。もしも――。 あの声が蘇る。 彼女からの言葉が聞こえたような気がして、彼女が今も隣にいるような気がして、俺は半ば馬鹿馬鹿しく思いながら、半ば縋るような思いで、横に顔を向ける。だが、そこにいるのはもちろん彼女ではなく、四季ちゃんだった。 「……どうしたんですか?」 四季ちゃんは不思議そうに俺を見つめ返した。俺は「いや、なんでもないよ」とだけ返事をすると、再び視線を前に戻す。 遊歩道はまだまだ続く。 俺は、まだ受け入れられていないのかもしれない。突如吹き荒れた嵐。何がなんだか分からないうちに彼女を掻き消してしまった、あの出来事を。 4 「空気がきれいだねー」 「そうだなぁ」 「なんだか気持ちいいねー」 「気持ちいいなぁ」 「ワニちゃんだったら、ここの景色とかきれいに描けそうだよね。上手いんでしょ? 絵」 「そこまで本腰入れてるわけじゃないからなぁ」 他愛のない、というか若干間が抜けたようなやりとりを交わしながら、俺たちは遊歩道を上っていく。こんな会話を楽しむのも、無為ではあるが、悪くはない。 この緑地公園は、学校から最寄の駅へのちょっとした抜け道になっている。ただし、このことを知っている者は少ないし、抜け道としてではなく、散歩をするために訪れる者はもっと少ない。知る限り、俺たちくらいのもんじゃなかろうか。 今日も俺たちは駅へと直行することはなく、彼女のお気に入りの場所へと歩を進めていた。彼女と親しくなり、一緒に帰るようになってからは、習慣のようにもなっている気の休まる時間。 「ワニちゃんってさ、意外と暇人だよね」 「いきなりなんだ」 それまでのほのぼのした会話がいきなり俺を貶めかねない内容に変わったので、俺は驚き、次にきょとんとし、最後にむっとした。何を言い出すんだ、こいつは。 「だってさ、部活もあるのに、頻繁にわたしの散歩に付き合ってくれるひとなんていないよ。こんな緑しかないところ歩き倒したって面白くないでしょ?」 「自分でそれを言うなよ」 「でも、事実だし」 確かにこんなところを一人で歩き倒したってそんなに面白くはないだろう。俺には森の中を逍遥する趣味はないし、普通に家の周りを散歩することだってしない。 だから、まぁ。 「……二人ならそこまで退屈するわけでもないしな」 俺がそう言うと、横を歩いていた彼女が不意に立ち止まり、俺の顔をまじまじと見つめ始める。ち、近い。黒い瞳に俺がアップになって映っている。流石に動揺した。 「ワニちゃんってさ」 「な、なんだよ」 じーっと顔を見つめる彼女の視線はなかなか離れてくれない。そんなに凝視して、穴でも開けるつもりなのだろうか。いや、開く。このままじゃ本当に穴が開く。 しばらくそうしてから、唐突に彼女は口を開いた。 「わたしのこと、好きなの?」 「……はぁあ!?」 頭が沸騰するかと思った。 穴を開けられる方がまだマシだ。 「あはは、ワニちゃん真っ赤になってる」 「い、いきなりなんなんだよ! お前は!」 「だって、それくらいしか可能性思いつかなかったし」 全く悪びれる様子もなく、夕姫は俺に背を向けてさっさと先に進み始める。心なしか、背中が笑っているようにも見えた。 あ、いつ。俺が動揺することを知っていて。 「早く来ないと、置いてっちゃうよー」 道の先で、そんなことをのたまっている。……くそ、完全にあっちのペースだ。 落ち着くために大きな溜息をつくと、俺は半ばやけくそに夕姫の後を追いかけていく。誰がお前のことを好きか、誰が。 と、前を歩いていた彼女が突然振り向いた。 「わたしは散歩に付き合ってくれるワニちゃん、結構好きだよ」 「……はいはい、そうですね」 真に受けて向こうの思うつぼになるのもなんだか悔しかったので、俺は興味のない風にして受け流した。だが、俺が彼女の横に並ぶと。本気かどうか分からない口調で続ける。 「――わたしがあの場所教えたの、ワニちゃんだけなんだよ」 俺が横を向くと、彼女はいつものように笑う。 わたしだけのお気に入りだったんだ、と彼女は言った。 5 空に赤みが差し始めた。 見上げると、真上に覆い被さる骨のような梢の背後に夕焼けが見える。あたりはまだそんなに暗くはなっていないが、日が沈むのも時間の問題だろう。 「ちょっとペース上げるか。ここら辺は暗くなると寂しい道だし」 四季ちゃんも同意する。こう暗くもなると、やはり女の子一人で帰るのは危ないだろう。ことによると、手間ではあるが、帰りも送っていった方がいいのかもしれない。その後で、また戻っていけば済む話だ それにしても、人の通らない道だ、と思う。 四季ちゃんと会って以来、犬の散歩をしていた男性一人くらいしか見かけていない。もともと、道自体はそれほど見所がある公園ではないので、好き好んで散歩コースにするひとも少ないだろうが。 「……形跡があったそうです」 「え?」 歩きながら、不意に四季ちゃんがそんなことを言った。 「形跡? 何の?」 「夕姫ちゃん、刺されてからも、歩いていったらしいんです。あの場所まで」 頭をがつんと殴られたような気がした。 「歩いていった? あんなところまで、脇腹を刺されて、致命傷を負いながら?」 「……はい」 どういう、ことなのか。 その光景がまざまざと脳裏に浮かぶ。 息も絶え絶えになりながら、どうして自分が刺されたのかも分からないまま、必死に遊歩道を上っていく彼女。歩くたびに鮮血が道に徴を残し、致命の激痛が身を焦がしているのに、ひたすらにあの場所を目指していく彼女。朦朧とした意識の中、夕陽に照らされながら、ほとんど狂気のように歩いて行く彼女――。 どうして。 どうしてそこまで。 俺は彼女が残した血の跡があるのではないかと足元を見てみるが、もう、どこにも見当たらなかった。生の痕跡は、土に吸われ雨に流され、一切の形を残していない。 「なんで」 俺は誰にともなく呟く。やり場のない怒りと悲しみとで、思考が埋め尽くされる。 ――ねぇ、ワニちゃん。 彼女は俺に何かを伝えようとしてたのか? だから、最後の力を振り絞ってまであの場所に足を運んだのか? 俺にはそれが読み取れない。彼女の最後のメッセージが分からない。 「わたしは、それが知りたいんです」 無力感に打ちひしがれている俺の隣で、四季ちゃんはそう呟いた。 「そのために、わたしはここに来たんです」 「……彼女が、水島夕姫が残したものを、読み取るために?」 「はい」 夕陽の逆行となっていて、四季ちゃんの表情が分からない。寂しげなものを浮かべているのか、それとも毅然とした決意を浮かべているのか。 俺は造花を握り締める。彼女に手向ける唯一の花を。 ――夕姫、俺は、 6 「何か不幸な事故とかでひとが亡くなった現場にさ、よく花が手向けてあるでしょ?」 「あぁ、そういえば、たまに見るな」 もう何回目かも分からない訪問の際、彼女は俺の側に寄り添いながら、そんな話をした。 彼女がお気に入りと言うその場所で、俺たちはよく色々な会話を楽しんだ。それはただの世間話だったり、何かしらの相談事だったり、学問的な話だったりすることすらあった。 だが、俺たちにとって内容は大して問題ではなかったのだろう。おそらく重要だったのは、二人で、その場所で、会話をする、それだけのことだった。それだけでよかった。 彼女はこれといった表情を見せずに続ける。 「それって、亡くなったひとを悼んでのことなんだろうけど、でも、なんだか変な感じ、しない?」 「変な感じ?」 別におかしくはないんじゃないかと思ったが、何か言いたいことがあるのだろうと、俺は彼女の言葉を待った。 「うん。だって、花って枯れちゃうよね? きれいな内はいいんだけど、時間が経つにつれて色あせちゃうし、雨に濡れて汚くなっちゃうことだって、あるでしょ」 「……それは仕方ないだろ、亡くなったひとに捧げる花なんだしさ。仏壇なんかと違って、花瓶を置いて毎日世話をするわけにもいかない。花を手向けたひとの気持ちの問題なんじゃないか?」 「そうなんだろうけど」 彼女は納得できかねないといった様子で口を噤む。 そして、しばらくしてから再び口を開いた。 「でも、やっぱり花が可哀想だよ。生きてるんだから。……それじゃあ、生贄みたい」 ――生贄。 彼女はそう言った。 実際、そうなのかもしれない。死者を安らかに送るために、俺たちは花の命を生贄として手向けるのかもしれない。 いつか聞いたことがある。遙か昔に大きな権威を持っていた王は、自分が死んだとき、その墓の周りに人柱として大勢の人間を生き埋めにするように命じたという。当時は何か宗教的な意味があったのかもしれないが、今となってはただ不条理としか思えない。 ひとと花では意味がまるで違うが、彼女にとって献花とは、それと同じように理解はできても腑に落ちない、そういう類の事柄なのだろう。そんな風に、俺には察しがついた。 ひとの命は重い。だから、故人への手向けとして花の命を捧げる。生贄にする。だが、彼女はそれに納得しない――。 彼女は手を解くと、少し離れたところまで歩いて行く。 「ねぇ、ワニちゃん。もしも――」 「……もしも?」 彼女は俺を正面から見据える。夕焼け色に染まった風景の中、彼女は一枚の絵のように立っていた。不思議な微笑を浮かべながら、今にも茜色の風景に溶けてしまいそうに。もしも俺にそれなりの力量があったなら、いやなくても、この光景を描き残したいと思っただろう。 「もしも、わたしが死んだらさ」 死んだら。 心音が鈍く重くなる。 「わたしに手向ける花は、造花にしてね」 俺は、彼女のその台詞に何も返すことができなかった。 ……死んだら? なんで、そんなことを言うのか。 夕姫が死ぬなんて想像したくもないし、造花にしろ何にしろ、花を手向けるのだって御免だった。ここを一緒に歩く相手がいなくなるなんて、考えたくもない。 一人で遊歩道を進む自分の姿が浮かぶ。 虚ろに、何の目的もないまま、かつて誰かと一緒に歩いたその場面を回想しながら静かに歩いている。それはきっと、いつか自分がこの街を離れるまで終えることのない、逍遙。 だから俺は茶化して言った。本気で受け答えをしたら、不吉なイメージが現実を侵食してくるようで恐ろしかったから。 「……なら、フラワーロックでも手向けてやるよ。念仏に合わせて動き出したら、みんな悲しむどころじゃないだろうぜ」 「えー、ワニちゃんひどい。それだったらまだ生花の方がいいもん」 「造花みたいなもんだろ?」 「あれはお花じゃありませんー」 曲がったハンドルを無理矢理戻そうとするような話題の後、「そろそろ帰ろっか」と彼女は道を下りていく。いつも通りに、慣れた足取りで。 俺はその後姿を見て、どうしようもなく切なくなった。 好きだと。 そう大声で呼びかければ、何か変わっていたのだろうか。 彼女は俺にちゃんと伝えていたのに、俺も確かに聞き取ってはいたはずなのに、結局俺は、彼女にその一言を伝えることは出来なかった。 7 「――着いた」 遊歩道の終着点。彼女のお気に入りだった場所。 その高台からは、街全体が朱色に焼け落ちるかのように夕陽に照らされているのを見ることができた。端のほうには手すりが設置されていて、その足元に、すでに何本も花が手向けられている。遠目では分からないが、ほとんどが生花だろう。 聞くと、彼女はここで倒れていたという。 もともと人気の少ない場所なので、彼女が発見されたのは、死の翌日だったらしい。それまで彼女は自分の大好きな眺めをここで見ていたのだろうか。最後の最後に選んだ、この場所で。 「きれいだ」 思わずそう口に出す。黄金色にも見える光が、街を神々しく染めている。知らぬ間に、俺の頬を雫が伝っていった。 夕焼けを愛した彼女は、俺の愛した彼女は、もういない。 好きだった。 今頃になって、俺の口からそんな言葉が零れ落ちる。彼女の隣を歩いているときには言えなかった、ずっと言えなくなってしまった言葉が。――なんて、遅い。本当に今更で、俺には言う資格もないであろう台詞。 もしもの約束は現実になり、現実は後悔と共に心を責め立てる。 決して果たしたいなどと思っていなかった約束を、全うしなくてはいけなくなった。どうしてこんなことになったのかも、分からないままに。 どうして。 どうしてだ。 不意に、四季ちゃんが訊ねる。 「理島さんは、夕姫ちゃんと付き合ってたんですか?」 「どうだろうな。……分からない」 俺は涙を拭い、立ち上がる。ふと後ろを見ると、赤く照らされている四季ちゃんの姿が目に入る。表情が見えない。 「何度見ても、本当にきれいですね」 四季ちゃんも、放心したようにそう呟く。全ての感情が平たくならされた声だった。感極まったとき、人間は逆に感情を手放してしまうのだろう。 少しの間、俺たちは無言でその風景を見つめていた。彼女が最後に見たであろう風景を。 「夕姫ちゃんが残したメッセージって、何なんでしょうね」 「あぁ」 その問いに答えようとは思わない。 彼女が残したメッセージ。俺はここに来て、気付いた。 この風景を。 この夕焼けの絵画を。 命を削ってでも彼女は最後に見ることを欲し、俺たちにも見せようとしたのだろう。そう、彼女は――。 ……。 …………? え? 「四季ちゃん」 いつのまにか再び鎌首をもたげ始めた鈍い痛みが、俺の口から言葉を零す。 「はい? どうかしましたか?」 「君は、ここに来たことがあったのか」 「え」 「言ってたよな。『何度も来たことがある』って。君、一人でか?」 四季ちゃんは怪訝そうな顔をしながらも、しばらくの逡巡の後、口を開く。 「……いえ、夕姫ちゃんに連れてきてもらったんです。お気に入りの場所だから、って」 聞いた途端、頭の中が真っ白になった。 辛うじて手を伸ばし、理性を繋ぎ止める。 「じゃ、あ。きみは――夕姫と会ってたのか? 最近も?」 「会ってましたよ。同じ街で同じ学校に通ってましたから、会わないほうがおかしいですよ。……どうかしたんですか、理島さん?」 彼女は俺に問いかける。が、俺は答えなかった。答えられなかった。 同じ街、同じ学校。確かに、それでは会っていても不思議はないのかも知れない。 おそらくは、頻繁に、とは言わずとも、週に一度くらいは顔を合わせる機会があっただろう。仲のよい従姉妹、血の繋がった、親しい人間なのであればなおさらだ。 なら。 冷たい風が梢をざわざわと擦り、俺の肌をざらついた氷のように撫でていく。 世界が夕焼けの中に焼け落ちていた。周囲の緑はいよいよ濃く、深く、闇の中に溶けていく。黄昏は気温や風とはまた違う湿った寒さを落としていた。 どうして。 どうして夕姫は死ななくてはいけなかったのか。 夕姫は、俺と一緒にいるとき以外はこの緑地公園へ散歩をしに来ることはなかった。一人で夕暮れにこの場所を訪れることはなかった。この道に慣れ親しんでいた彼女自身が、一番よく分かっていたからだ。この道が暗くなると危険だということを。――だからこそ彼女は俺を随伴させていた。 彼女は死の直前に「この場所を教えたのは俺だけ」と言ったのだ。 心当たりのある例外は、ただ一つだけ。 「四季ちゃんは、」 俺は痛みに声がかすれるのを感じながら、目の前の少女に問い掛ける。「四季ちゃんは、花を供えなくていいのか?」 少女は「あ、そうでした」と言うと、手に持っていたハンドバッグの中から、一輪の花を取り出した。――造花だ。 足元がぐらつく。 地面が自分の立っているところだけ陥没して、飲み込まれていくような感覚に襲われる。 ざらついた風が頬を撫でた。寒さとは関係なしに体が震え、歯ががちがちと鳴り出しそうになる。頭痛はいよいよ酷く、頭が割れそうなほどに俺を苛み始めている。 「どうして」 疑念の頭が口から漏れ出し、それを合図にしたように、感情が堰を切って溢れだした。 もう、止められなかった。そうすることが何を意味するのか頭では分かっていたはずなのに、俺には止めることができなかった。 「――なんであいつが死ななくちゃいけなかったんだよ! 死ぬ必要なんてどこにもなかったじゃないか! なんで……どうして! どうしてだ!」 本当に、意味などなかった。意味があるというのなら教えて欲しかった。でも、それはもう、今は捏造すらも叶わない。 俺はその質問を、叩きつけるように地面へぶつける。しかし彼女はハンドバッグにへと手を差し込み、「……さぁ、どうしてでしょう?」と、またしても全ての感情がならされたような――いや、一切感情の篭っていない声で答えただけだった。 目の前にいる少女。 彼女の正体は、もう、明らかだった。 何故、彼女は夕姫が死の直前に起こした行動の意味を知ろうとしたのか。何故、彼女は凍えるほど長い間あの休憩所にいたのか。何故、彼女は造花を持っている俺に同行を申し出たのか。 そんなことは、どうでもよかった。 俺は夕姫の死の意味を心の中で問い続けている。すでに答えを知っているにもかかわらず、それを理解することが出来なくて、したくなくて、ずきずきと痛む頭で見当違いの方向へ問い続けた。それ以外は、どうでもよかった。終わらせたいと、そう思った。 「……きれい、本当にきれい」 少女は立ち上がる。赤い光を全身に受けながら、手すりに身体をあずけ、魅入られたように街を見下ろしている。 「赤い。赤い。赤い。まるで世界が終わっていくみたい――」 全く抑揚のない声で小さくそう言って、少女は俺の方を振り向いた。ようやく彼女の表情が目に入る。 ――造花だ。俺はそう思った。作り物の笑顔。底の見えない虚無の上に貼り付けられた、偽物の笑顔。 朱を背にして少女は俺に問い掛けた。造り花はこの上なく優美な微笑となり、少女の顔を艶やかに虚ろに飾る。 「こんな場所で死ねたら、きっと本望でしょうね」 バッグに手を入れたまま、少女はゆっくりと近づいてくる。わざとらしくもさりげなくもない、奇妙な足取りで。 距離が充分に縮まった瞬間、彼女はバッグからナイフを引き抜く。 「ねぇ、理島さん。そう思いませんか――?」 8 目の前に、一人の少女が倒れ伏している。 胸からとめどなくあふれ出す血液は、腐葉土の入り交じった柔らかい地面に吸い込まれて消えていく。表情を確認したわけではないが、俺はもう、彼女が死んでいるだろう、と思った。明らかに致命傷だった。 どうして。 どうして、こうなったのか。 訳が分からなかった。俺を苛む頭痛が頂点に至ったそのとき、視界が真っ白にはじけたのだ。気がついたときには、すでに彼女を手に掛けた後だった。 「なぁ、夕姫」 俺は誰にともなく話しかける。 「造花を供えろって、こういうことだったのか? お前はこうなることを予想してたっていうのか? なぁ」 自分が殺されることを、予想してたっていうのか? 鈍痛はもはや痛みではなくもやがかかったような痺れに変わり、全ての思考を麻痺させている。何も考えることができなかった。何も。 憎しみだとか怒りだとか、そんな感情はとうの昔に過ぎ去ってしまっていた。今俺の中にあるのは、限りない空虚と事後の無力感だけだ。ひとを殺したという事実が漠然とした重みとなってのしかかってくるのを感じるが、そんなことはどうでもいいくらいに俺は疲れ果てていた。 どうして。 どうして、あんなことを言い出したのだろう。 夕姫と俺だけの秘密の場所だったはずだ。それなのに、どうして無関係な第三者を連れてこようなんてしたんだろうか? 俺たちの繋がりはこの遊歩道、街を見下ろす夕暮れの景色そのものだったというのに、なんでそれをわけもなく見も知らないやつと分け合おうなんて思ったんだ? 確かに約束した覚えはなかった。でも、暗黙の了解があったはずなのに。 この道は、俺たちだけの道だ。 この場所は、俺たちだけの場所だ。 それが汚されるくらいなら、いっそのこと全てを終わらせてしまおうと、思った。異物の入り込んだ未来を受け入れないために、全てを現実のこの地点で止めてしまおうと。それは悪魔の囁きのように。 彼女は、俺のことなどただの随伴者としてしか見ていなかったのだろう。 恋愛感情なんて微塵もなかった。だからあんなことを言い出したのだ。俺にはそれが、許せなかった。だから殺した。彼女と俺の時間そのものを、思い出と共に止めた。そういうことにしようと思った。 でも。 倒れている少女を一瞥し、俺は頬に伝う涙を拭うこともせずに話しかける。 「ごめん――俺が、全部、悪い」 少女は答えない。答えられない。ただ、身動き一つせずに横たわっている。 俺は、自分の手で掻き消してしまった少女に背を向けると、歩いてきた遊歩道を逃げるように駆けだしていた。 彼女と一緒にいられればそれでよかったのに。 でも、こうするほかになかったのだ。俺は自分に言い聞かせる。彼女は俺たちのために死ななくてはいけなかった。きれいな思い出を、きれいなままに残すために。それは決して、意味のない死に方ではない。 姿が見えなくなるところまで来ると、俺は走る足をゆるめ、ふらふらとした足取りで自分が刺した少女の――水原夕姫の終焉の地を、後にする。彼女と最後に交わした会話を、ただ茫洋と思い出しながら。 現実と過去が溶解する。 俺はどこにいるのだろうか? 目の前にいるのは誰なのだろうか? 「ねぇ、ワニちゃん」 夕姫はなんでもないことのようにそう言う。 「もう一人、一緒にここを歩きたいんだけど、どう? 大切な人なの」 彼女にとって、それは何気ない提案だっただろう。まさか断られるなんて思いもしなかっただろうし、強い拒絶によって撥ね付けられるなんて予想だにしていなかったに違いない。 「一緒に?」 俺が、意味もなく彼女の言葉を反芻すると「そ、大切なひと」と夕姫ははにかむように微笑んで、遊歩道をいつもの高台に向かって上っていく。 「小さな頃から一緒にいてね、すごく仲が良いんだよ。最近もちらほら会ってるし、たまには出かけることだってあるし。どうせなら、ワニちゃんにも紹介したいな、と思って」 夕姫が並べていくその人物の説明を、俺は、胸に重い塊が落ち込んだような息苦しさを覚えながら聞いていた。 いつか聞いた話が脳裏を過ぎり、ぐるぐると渦を描き始める。物事を上手く考えることができなくなって、頭の中が、じん、と麻痺しているような気がした。 以前、友人から話を聞いたのだ。夕姫が、俺以外の男性と思われる人物と一緒に緑地公園へ入っていったという話を。そのときは何かの間違いだろうと思って取り合っていなかったが、もう今は、間違いだと撥ね付けることはできなかった。 大切なひと。 二人の時間を過ごしたこの場所に連れ込むほど、大切な? それは、二人で共有した時間を分け与えることができるほどに、大切だとでも言うのだろうか? 足の裏で感じた柔らかな腐葉土の感触、木々の隙間から漏れる茜色の光、あの高台から見たこの世の終わりみたいな壮絶な風景も、ぜんぶ? 夕姫と話す時間が楽しかった。中身なんてどうでもよかった。口に出したことはなかったが、この時間を二人だけの特別なものだと思っていた。 お前もそうだったんじゃないのか? だから、お気に入りのあの場所に俺を連れてきたんじゃなかったのか? なのに、今になって、どうして。 俺は彼女の随伴者の一人に過ぎなかったのか? その場で足を止めている俺を不審に思ったのか、夕姫は怪訝な顔で振り返る。 「ワニちゃん? どうし――」 「いやだ」 俺はきっぱりと拒絶していた。頭が痛い。 あのとき「好きだ」と言ったのはやっぱりただの戯れだったのか? 俺はお前にとって、そこまで特別じゃなかったって、そう言うのか? 「どうして――そんな風に言うの?」 半ば呆然とした口調で、夕姫は切れ切れに訊ねる。 「大事な人なんだよ? だから、一緒にあの風景を見たいって、そう思って」 「そいつは、俺よりも大事だって、そう言うのかよ」 「え」 「それなら、勝手にしろよ」 何故か痛み始めた頭に手をやりながら、俺は踵を返して来た道を戻っていこうとする。背後から「待って」という声が聞こえてきたが、顔も見たくなかった。 分かっている。こんなのは俺の幼稚なエゴだ。自分の思い出を他人に分け与えたくないと思う俺の、身勝手なわがままだ。 でも、悔しかった。夕姫が今までのことをそれくらいにしか思っていないという事実が。 「待って! 怒らせちゃったなら、謝るから! だから、戻ってきてよ、ワニちゃん――」 縋るような声を掛けられた途端、俺の中の何かが破裂する。 どうしてそんなことに気が向いたのかは分からない。 ただ、仕返しのように彼女を怯えさせようと思ったとき、鞄の中に入っている画材の存在に思い至ったのだ。――まがりなりにも使い込み続け、刃先がすり減って鋭くなった、パレットナイフ。 怯えさせてやろう、と思った。それだけだった。 「寄るな! それ以上寄れば――」 でも、振り向いた瞬間。 刃先は、嘘のように彼女の体へと吸い込まれていった。 思いの外縮まっていた距離が、そのまま凶器へと変わったかのように、唐突な手応えを感じる。 「…………。ワニ、ちゃん?」 目を見開き、何が起こったのか分からないといった表情で、夕姫は細い脇腹から冗談みたいに飛び出ているナイフの柄を見る。それは、俺も同様だった。 ずっ、と刃先が抜ける。 刺すつもりなんてなかった。威嚇するだけのつもりだった。 言葉もなく、彼女は地面にくずおれる。 「ゆ、き」 呆然と漏らす。何も考えることができなかった。 傷痕から漏れ出す夕姫の血液は、零れてはすぐに土に吸い込まれていっているはずなのに、それと見て分かるほどに、夥しい量だった。素人目に見ても、間違いなく致命傷だろう。じわじわと恐ろしさがこみ上げてくる。 俺が刺した。 俺が、夕姫を殺した。 理解した途端、叫び出したくなった。 こんな、これと言った理由もない出来事によって、夕姫は死ぬのか? まだ、やるべきことも沢山あっただろうに、こんなところで? 許されるはずがない。こんな不条理で意味の分からない理由で、死んでいいはずがない。夕姫。夕姫。助けを呼ばないと。まだ、間に合うかも知れない。助けを、助けを――。 ――お前は、殺人犯として名乗り出るつもりなのか? 唐突に、頭の中でそんな声がした。 ――お前は、この先の人生をこんな形でふいにして納得できるのか? と、囁くように声は続ける。その言葉が意味するところを知って、俺は夕姫が死ぬこととは別の恐ろしさに囚われ始める。 こんな、こんな形で。 がたがたと足が震えるのを感じる。 俺は、破滅を迎えなくてはいけないのか? 葛藤が頭の中をごちゃまぜにした。 今すぐ救急車を呼べば、彼女はもしかして助かるかも知れない。でも、そうして俺が彼女を刺したことを認めることになれば、もうこの先には破滅しか待っていないだろう。たとえ夕姫が助かって俺のことを許してくれたとしても、一生それはつきまとう。そもそも助からなかったら何もかもお終いなのだ。俺は人殺しでしかない。 夕姫を助けなければいけない。 俺は捕まりたくなんてない。 目の前で好きな女の子が死にかけてるんだぞ? ――その女は、別の誰かを「大切」なんて言ったんだ。 その瞬間、俺の思考はゆっくり醒めたようだった。 彼女が意味もなく死んでいくという不条理への怒りと、可愛い自分を守ろうとする醜い保身欲と、彼女が最後に口にした提案への感情とが、すべてないまぜになる。 そして思い浮かんだ考えは、まるで全てをなかったことにする免罪符のように、俺を包み込んだ。 事故なんかじゃない。俺は意思を持って、夕姫を刺したのだ。そう――今までの時間を、守るために。 「夕姫」 そう、俺は彼女を殺した。 決して不運な事故などではない。俺は、二人の時間を守るために、彼女を殺した。確固たる意思によって。だから彼女は、助かってはいけない。 彼女は意味もなく死ぬのではない。 二人の思い出をきれいなままにしておくため、死ぬのだから。 ……そんな言い訳。 牽強付会であることなど、自分が一番知っていた。 9 頬に感じる柔らかな感触と、鼻先が覚える饐えた香りで、自分が地面に倒れているのが分かった。胸から温かいものが流れ出るたび、自分の命が消えていくのを他人事のように思う。 俺は死ぬのだろう。夕姫と同じように。 「あなたが言ったように『彼女が脇腹を刺された』なんて、警察の公式発表では情報は開示されていませんでした。犯人しか知り得ないはずです」 あぁ、その通りだ。 「それに、夕姫ちゃんは言っていました。『あたしが死んだら、造花を供えて』と、わたしも含めた、親しい人だけには」 そう、きみの言う通りだ。 彼女からそれを伝えられているほどの仲だったなら、人気のない緑地公園に誘い出されても彼女は警戒しなかっただろう。きみの推理自体は、正しい。 俺が何も言わないのを見てか、少し前までは能面のような表情しか浮かべていなかった四季ちゃんの感情が、俺の頭の上で激しく爆裂するのが分かった。 「なんで! なんで夕姫ちゃんを殺したんですか! なんで! あんなにいい子だったのに! なんで殺されなくちゃいけなかったんですか!! なんでこんな理不尽に死ななくちゃいけなかったんですか! なんで! ……答えて。黙ってないで答えろよ理島和仁ぉっ!!」 ごめんな。 俺は、心の内でそう呟くことしかできなかった。 俺が死ななくてはいけない理由ははっきりと分かるけども、どうして彼女が死ななくてはいけなかったなんて、分からない。夕姫は紛れもなく俺が殺した。でも、意味があってのことではなかった。 散々理由を並べ立てて組み合わせて、俺はその事実から逃げたけども、そんなおためごかしに何の意味もなかったのだ。 「……ごめんな」 かすれた声で呟く。誰に向かってかも分からない。 俺の呟きを耳にしたらしい四季ちゃんが、怒りで足をがたがたと振るわせているのが見える。そう、今、こんな形で謝罪したところで、もう何もかも取り返しがつかないのだ。謝るのならば、あのとき保身に走らず、夕姫を助けようとしていなくてはならなかったのだから。あぁ、俺はいつでも、気付くのが遅い。本当に、今更だ。 だからこれは、俺への罰だった。 「ふ……ざけるなぁっ!」 鈍い音ではあったが、四季ちゃんが投げ捨てたナイフが地面に落ちるのが聞こえる。そのまま、彼女は踵を返して走り去っていった。 きみにも、謝らなくちゃいけなかっただろう。 俺が潔く自首していれば、きみが手を汚すことも、なかっただろうに。 俺はひとり、黄昏の底に取り残された。 最後の力を振り絞ると、俺は身を灼くような激痛に呻きながら、這うようにして手摺りの方へ向かう。臨む景色はもういつかのような美しい夕暮れではなく、闇の帳が降ろされつつある薄暗がりでしかなかった。当然だろう、俺には夕姫のように、最期にあの景色を見る権利などどこにもないのだから。 手摺りに背をもたれ掛からせる体勢になると、そこに置かれた献花が手に触れる。十数輪はあろう数だったが、二、三本を覗けば、ほとんどが生花だった。 これを贖罪と呼ぶのなら。 俺は甘んじて受け入れよう。迫り来る死を。孤独な終焉を。それが俺の罪であり、俺への罰なのだから。 暗闇の底、ゆっくりと目を閉じる。 そんな権利がないのは分かっている。でも、最期くらい、こういうのはどうだろうか? 夕姫が目の前に現れて、冷たくなりつつある俺の手を握る。……そんな幻想。 ごめんな。夕姫。四季ちゃん。 何度目かも分からない謝罪の言葉を呟いたところで、意識は茫洋とした闇の中に沈んでいった。もう、何も見えはしない。 俺がこの場所を訪れたのは、 ――こうやって死ぬためだったのだろう。 陽が落ちる。 10 水島夕姫が彼を初めて見たのは、ほんの偶然だった。 学年が二年時になってすぐ、まだ本格的な授業も始まっていない四月の頭のことだ。 「どこ、だったっけ……」 彼女の通う高校はいくつかの棟に分かれている。一年生の時には入ったことのない校舎に入った彼女は、目当ての教室を探し出すことができず、途方に暮れていた。 こんなことなら、ちゃんと場所を確認しておくんだった。 物事に当たる際に段取りを確認しないのは彼女の悪い癖で、自分の学校内で迷ってしまうのはその悪癖が如実に反映された結果に他ならなかっただろう。階段を上っては廊下を歩き、見当たらないとなってはまた階段を上る、そんな無駄な作業を繰り返していた。 そんな探索の思わぬ偶然から、彼女は美術室を見つけ出したのだった。 彼女はこの学校に美術部があることまでは知っていたが、肝心の活動場所である教室までは知らなかったし、知ろうとも思っていなかった。彼女自身は絵を描くことにあまり興味はなく、自身はこれといって部活に所属してはいなかったから。 だから美術室を覗き込んだのは気紛れであり、これと言った意図などはなかった。 だが、そこで彼女は一人でイーゼルに向かい合う男子生徒を見つけたのだ。 同じクラスにいたようなことは覚えているが、面識はない。最初は、何をしているのだろうと思った。キャンバスも置かずにただ木の骨組みに向かい合っているだけなのだから当然だ。彼女でなくとも怪訝に思ったに違いない。特に人見知りしないほうだったので、声を掛けて訊ねてみようかとも考えたが、それにしては男子生徒の集中力は凄まじく、覗かれていることにも気付いていない様子だったため、なんとなくそれははばかられる。 しかし、次の瞬間、彼は唐突に立ち上がると、教室の隅に置いてあった描きかけのキャンバスを手にとって目の前に組み立てると、とんでもない勢いで絵の具を塗りたくり始めたのだ。 彼が立ち上がった瞬間、彼女は無意識のうちに死角へと身を隠したが、再び様子を覗き込み始める。やはり彼は彼女に気付いていない様子で、一心不乱に作業を続けていた。そんな折、彼女ははっと気付いたのだった。 ――なんて、真剣に描いてるんだろう。 上手いか下手で言えば、お世辞にも上手いとは言えない絵だっただろう。実際彼にはそこまでの絵心はなかったし、これから先もずっと絵を描き続けていこうなどと言う意思も持ち合わせていなかった。だが、彼女はその様子に魅入られる。 真剣で、それでいて楽しそうだったから。 うっすらと笑みさえ浮かべているように見えた。 それは水島夕姫が持ち合わせてはいない類の熱であり、それゆえに彼女はその男子生徒の様子に惹かれていった。憧れと尊敬。そんな感情が入り交じった不可解な気持の正体を、彼女は少し後になってから気付くことになる。 それは、紛れもない一目惚れだった。 自分の気持ちに気付くや否や、彼女は行動を起こすことを決心する。 人当たりが良く、誰からも好かれる質ではあったが、これといった熱を持ち合わせていない彼女にとっては、これ以上となく例外的な決意だったと言えるだろう。 しかし、それからの行動に、彼女は迷った。自覚しているとは言え、人生で一目惚れなどをしたのはそれが初めてだったため、普通に声を掛けにいくことさえできなかったほどだ。他人にこれだけの熱量を注いだのは初めての経験であり、それゆえ注ぎかたが分からなかったのだ。話しかけたくても話しかけられない、そんな日が続き――やがて、千載一遇の機会がやってきた。 クラスの課外実習。 アトランダムで選ばれるその班で、彼女は偶然にも彼と一緒になった。 運命、という言葉を彼女は使ったことがなかったし、実際一緒になったと知ったときもそんな言葉は気恥ずかしくて使う気にならなかったのだが、それに近いことは考えていた、とは言えるだろう。とにかく、彼女にはこの機会を逃すつもりは毛頭なく、また、これを逃したらこの先も無理だろう、とまで決めつけていた。 挨拶を、しよう。 自分でもどうしてそんな間の抜けた選択肢が浮かんだのか分からなかったが、それが最適であるように、彼女には思えた。 いつも他のひとと接するときのように、ごくごくさりげなく、でも印象に残るように。 どうすればいいだろう――そう考えていた矢先に、好機は訪れたのだった。帰りのHRが終わり、半分ほどの生徒が教室を出て行ったそのとき、ちょうど一人になった彼が自分の席で用具を片付けていたのである。 一も二もなく、何の策もないまま、彼女は彼に話しかけた。 ……もちろん彼女は彼の名前の呼び方を知っていたし、普通に話しかけるのであれば奇をてらう必要などなかっただろう。しかし彼女は内心緊張しており、さらに初めて彼の名前を知ったとき「ワニっぽい」と考えたことも災いした。これといった意味などなかった。それは、たったそれだけの理由だったのだ。 「理島……ワニくん?」 その頓珍漢なやりとりが、理島和仁との初めての会話になった。 水島夕姫はその後、彼と徐々に距離を縮めていった。 彼の人となりを知ってみると、実はそこまで熱心に部活に打ち込んでいるわけではないことが分かったが、落胆するようなことではなかった。参加態度に問題があるわけではなかったし、彼が絵を描くのが好きなのは、時折彼女が部活を覗き行った際に垣間見える彼の真剣な様子と、特に意味もなかろうに画材の一部をいつも後生大事に持ち歩いていることで明らかだった。 彼女が和仁をお気に入りの場所に連れて行こうと思ったのは、気兼ねなく会話ができるようになった、その頃だ。 当初は、彼女もそこを何度も訪れる気はなかった。彼が気に入ってくれたのなら、たまには、くらいの気持ちであり、まさか二人を最も深く結びつける場所になろうとは思いもしなかったのだ。しかし彼はその高台や遊歩道をとても気に入ったし、そこで過ごす二人の時間はかけがえのないものにさえなった。 彼が絵を描く時間を奪っているのではないか、と危惧したこともあったが、ペースは落ちるどころか上がっていったほどだったので、それ故に和仁はその時間を過ごすことを自分に許し、また、夕姫も許した。 もう、二人が特別な関係であるのは明らかだった。 思いを伝えよう、と夕姫は思う。 一目見たときから好きだったこと。今はそれ以上に好きなこと――しかし、明るさとは裏腹に不器用な性格が災いし、「結構好き」などという茶化すような形でしか伝えられず、帰ってきた答えは「はいはい、そうですね」。……その日の夜、彼女が自宅のベッドに顔を埋めて悶えていたのは、言うまでもない。 高台の場所を教えたことも、四季や和仁に造花のくだりを話したことも、彼女なりの遠回しな愛情表現に他ならない。彼女は死の予感など、微塵も感じてはいなかった。 ねぇ、ワニちゃん。もしも――もしも、わたしが死んだらさ。 わたしに手向ける花は、造花にしてね。 その約束が果たされる未来など、彼女は想像してはいなかった。もちろん、彼が復讐によって倒れることも、知るよしがなかった。 11 ここの白い壁はあくまで真っ白で、思考を吸い込んでいくようにも思える。 もっとも、この場所が特別きれいというわけではなく、こちらが勝手にそんな心象を抱いているだけに過ぎないのだろう。慣れない白に、驚いているだけなのかも知れない。 「それでは、殺したのはあなたということで、間違いないのですね」 「はい、そうです」 正直に答える。この期におよんで嘘をつく気はなかったし、曖昧にごまかして罪を軽くしようなどとも思わなかった。 「罪は全て、受け入れる、と」 面会にやってきた、襟元にどこかで見たことのある金色のバッヂを付けた男性は、噛んで含めるように繰り返した。 「あなたはまだ未成年ですが、殺人という罪の重さを考えると少年院送致では済まない可能性があります。場合によると、実刑判決が下るでしょう。それでもいいのですね?」 「構いません。……それだけのことをしたと思っています」 同じような意味のことを繰り返す。どんな判決が下されようと、甘んじて受け入れるつもりだった。もっとも、死刑になることだけは、彼女は望まないだろうけど。 全ては終わった。いや、これからが始まりなのかも知れないが、自分がこの事件に対して今下すことのできる選択については全てを済ませていた。だからこれからは、また目の前に無数に繰り返される分かれ道をどのようにして選び抜いていくか、ということだけだった。罪は罪だ。 「分かりました。では、それ以外に希望されることはありますか?」 「一つ、知りたいことがあるんですが」 訊ねると、男性は「はい」と答えて質問を待った。そのまま続ける。 「あの人は……大丈夫なんですか?」 彼は一瞬質問の意図を掴めなかったようだが、言っているのが誰のことかに思い当たると、少し躊躇した様子を見せてからゆっくり答える。 「傷のことに関しては、もう心配はないようです。精神的なダメージについてはわたしが知るところではないですが……ある程度、安定していると聞き及んでいます」 そうか、生きているのか。 なら。 「罪を問わない、ということはできるでしょうか」 彼はこちらの腹の中を探るように目を向けていたが、その言葉には向けていた瞳を丸くして反応した。 「……それは、あなたからの訴えはしない、ということですか」 「それはもちろんですけど。つまり、あの人が罪に問われないようにすることは、可能ですか?」 男性はしばし考え込んでいたが、すでに結論は決まっていたらしく「無理でしょうね」と短く言った。 「確かに情状酌量の余地はありますし、ある程度罪を軽くすることは可能でしょう。しかし、容疑は殺人未遂です。何らかの罰が下ることは避けられません」 「……そうですか」 予想はしていたことだったが、落胆はしてしまう。自分ができることはほとんど何もないというわけだ。なら、思うところは一つだけ。 「できるだけ、量刑を軽くしてください。希望するのは、それだけです」 男性は何か言おうとしていたが、口をつぐむと「わかりました」とだけ口にする。 「わたしの側から、あなたの意図は伝えましょう。それであなたの罪が軽くなることはないでしょうが。……それでいいのですね? 理島さん」 俺は頷く。 「全ての罪を背負うべきは自分です。彼女にその必要はありません」 男性は了承の意を示して、病室を出て行った。 あの後、俺は一命をとりとめた。 救出されてからの数日間は、生死の境を漂うほどだったと聞いている。月並みではあるが、目を覚ましたら病院のベッドに寝ていた自分に、その自覚はあまりないが。 立ち上がり、声を出すことができるようになってすぐ、俺は訊ねてきた警察官に一切合切を打ち明けた。自分の犯した罪、水島夕姫の死に関わっていたことについて。 聞くところによると、すでに俺への嫌疑は掛かっていたのだという。彼女と親しく、おそらくは最も一緒にいた人物なのだから、当然と言えば、当然だろう。こうなるのも、時間の問題だったわけだ。 最初に気に掛かったのは、どうして俺が助けられたのかだった。 話を聞く限り、四季ちゃんが救急に連絡を取ったらしい。行動の真意は分からないが、それを聞いて、俺はどこか安堵していた。助かったことではなく、彼女が俺と同じ轍を踏まなかったことに。 俺は、あの場所で死ぬつもりでいた。でも、死ねなかった。 彼女は何を思っていたのだろう。もちろん、最初は復讐をするつもりだったに違いない。だが、それを完遂する直前で思いとどまり、俺を助け――そして、聞くところによると、その二日後に自宅で自殺を図ったらしい。 手首を切り、一時は危険な状態だった、と聞いている。 だが、彼女もまた、死ねなかった。 意識を取り戻した四季ちゃんは、俺を殺そうとした旨をあっさり認め、今現在は拘置所で判決が下るのを待っているのだという。 彼女は今、何を思っているのだろうか。知ろうにも、それが大分先のことになることは、間違いなかった。 12 川中四季は署内の拘置所で、ここ数週間に起きた出来事を反芻していた。 巻かれた包帯によって右手首の痛々しい傷痕は隠されていたが、それが彼女の精神状態を如実に物語っている。取り調べに応じる程度の能力は残されているにしても、それ以外に彼女が他人と意思疎通することは、ほとんどなかった。 現実の風景を何一つ映していない瞳のままで彼女が椅子に座っていると、房の鍵が開けられる音が響いた。彼女は少しだけ視線を動かす。 「取り調べの時間だ。出なさい」 刑務官の指示に従うまま立ち上がり、彼女は房の外に出た。 数人に付き添われて歩いて行くと、拘置所を出て、車に乗せられる。――今日もまた、検察所で話を聞かれるのだろう。 どうして自分が理島和仁を助けたのか、いまだに分からなかった。 決意は固かった。復讐の念は、夕姫ちゃんが殺されたときから一切弱まっていなかったし、だからこそわたしは、あの風雪に晒された休憩所でずっと待ち続けていた。犯人がそこに戻ってくるときを、来る日も来る日も。 目星はついていたし、ついていなかったとも言える。 自分と同じように、造花を供えに来る人物。彼女が心の底から信頼している、大切な人物。そうでなければおちおちとあんな場所に呼び出されはしなかったのだろうから。 「つまり、あなたは意思を持って、彼を殺そうとしたのですね?」 「……はい」 目の前に座る女性の検察官の問いに頷く。 四季は、聞かれるがままに知っていることを話す。それはほとんど作業のようなもので、彼女からはこれといった主張をすることはなかったが、条件反射で質問に答えながらも、内心ではその内容を繰り返していた。 そう、わたしは彼を殺そうとした。 夕姫ちゃんが殺されてからずっと、犯人のことが許せなかった。 彼女の信頼を裏切って、利用して、挙げ句に刺し殺した人物。万死に値するとさえ思った。復讐を誓い、犯人が現場に戻ってくるのを待ち続け――そして、遂に目の前に現れた「造花」の人物は、あろうことか、水島夕姫が最も大切に思っていた、そのひとで。 感情が顔に表れていたのだろう、検察官が「……どうかしましたか?」と声を掛けてくるが、彼女は「なんでもありません」と短く答える。 最初の数日間は連日、拘置所と検察所の間を往復して長い取り調べを受けていたが、それが過ぎ去ってしまえば、独房でひとりになる時間のほうが圧倒的に多くなった。最近はもう、一、二時間話を聞かれるだけだ。 その日の取り調べもすぐに終わり、彼女は再び拘置所へと移送される。飽きるほどに繰り返した独房への出入りの後、いつものように椅子に座り、しばらく身動きをしなかった。 殺せなかった。 唐突に、そんな言葉が浮かび上がってくる。 殺せなかった。 すでに幾度も繰り返した考えに、ずくん、と胸の奥が熱くなるのを感じる。頭の後ろが怒りに疼き始めて、思わず歯を噛みしめた。視界が涙で歪む。 ごっ、と左の拳を自分の額に打ち付ける。 殺せなかった。死ねなかった。 そして、あろうことか、それでよかったと思っている自分さえいる。 川中四季は不甲斐なさと安堵の狭間で揺れ動きながら、嗚咽を漏らし始める。こうなると、もう止めることができないのは自分でよく分かっていた。 どうしても許せなかった。 罪のない少女を殺しておきながら、のうのうと生きている彼が許せなかった。自分の掛ける言葉に対して、自分も被害者のひとりであるかのような返答をするのが許せなかった。 夕姫ちゃんと同じように、殺してやる。 無抵抗には殺されてくれないだろう。でも、そのときはそのときだ。差し違えてでも仇を討ってやる。そう思っていたのに。 いっそのこと、殺し合いにでもなればよかったのだ。 しかしあの日、高台まで辿り着いても、彼はそんな素振りを一切見せなかった。それどころか、わたしがナイフを抜いて近づいていっても、抵抗の一つもすることなく、なすがままに刃を受け入れたのだ。 彼は死を受け入れようとしていた。 あろうことか、謝罪の言葉すら口にした。 その言葉は、わたしが一番聞きたいものであったはずなのに、耳にした途端、怒りのやり場も憎しみの刃先もどこに突きつけたらいいのか分からなくなった。分からなくなって、気がつけば、逃げ出していたのだ。 不甲斐ない。 なんて、不甲斐ない。でも、 「夕姫ちゃん」 拳を額に当てたまま、彼女は呟く。嗚咽はおさまりかけている。 夕姫ちゃんは、復讐を望んでいたのだろうか。 それなら彼女は、最期のあのとき、どうして高台まで上っていったのだろう。どうしてあの場所で死ぬことを選んだのだろう――そこまで考えて、考えるのをやめる。 決まっている。彼女は復讐など望んでいなかったのだ。 わたしは殺しきれなかった。彼のことも、自分のことも。 夕姫ちゃんの行動の意味にはうすうす気付いていた。気付いていながら復讐を決行し、失敗し、そして、何もかもがどうでもよくなって、死のうと思った。でも、整理はついていないが、今はもう、気持ちは落ち着いている。また自殺を図るつもりは、なかった。 夕姫ちゃん……わたしは、間違ってたのかな。 彼女は、水島夕姫と交わした最後の会話を回想する。 ――ねぇ、四季ちゃん。 わたし、好きなひとができたんだ。 どんなひとかって? うーん、少しデリカシーはないけど、真剣なひと。格好いいって言えば、格好いいかな。もてるかどうかで言えば微妙だろうけど。 お気に入りの場所も教えたんだ。最近は、彼の部活がない日はいつも一緒に行ってる。楽しいよ。ほとんどはだらだら話してるだけだけど、それだけでも、充分に。 え、告白、は、まだしてない。 好き、とは言えたけど。真剣には。 え? の、のろけてなんかないよ。そんな顔してない。四季ちゃんの意地悪。そんなこと言うんだったら、もうこの話はしないから。 ……確かに、わたしから話し始めたことだけど。 ねぇ、四季ちゃん。 いつかみんなで、あの高台の景色、見に行かない? この前、一緒に行った場所。 うん。わたしと、わたしの大切なひとたちだけで。 お父さんとかお母さんは、結構後の方になるだろうけど、それは、もしかしてそのときが来たら、一緒にいくかも。そんな先のこと、考えるだけで恥ずかしい。 そうだね。そうなんだと思う。 自分がこんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。 彼と初めて会ったとき、真剣で楽しそうな顔を見たときから、もう駄目だった。わたしにはないものを、彼が持っていたから。 羨ましかったし、あこがれた。 四季ちゃんはもしかして後出しジャンケンみたいで面白くないかも知れないけど、今、彼のこと、すごく大切なの。 一度でいいから、会ってみて欲しいな。 うん。でも。 きっと、彼もそうしてくれると思う。 高台の景色。いつか一緒に、みんなで見に行けたら、それだけで、もう。 ねぇ。 四季ちゃん。 わたし、本当に彼のことが好きなんだ。 川中四季は、ゆっくりと目を瞑る。――これでよかったのかな、夕姫ちゃん。 13 私服の警察官に付き添われながら、俺は病院の廊下を歩いている。 ここでの生活には、もう慣れた。院内食は聞いていたとおりに味が薄くて美味しくはなかったが、もともと薄味は嫌いではなかったので、苦痛ではなかった。拘置所に移されればまた環境が変わることは分かっていたが、怪我が回復するまで移送できないので、それは当分後のことになるらしい。 「売店に寄っていきますか? 何か要るものがあるなら」 「いえ、大丈夫です。……ありがとうございます」 警察官の問いに、俺は感謝の意を示す。彼は「そうですか」と微笑むと、視線を戻してまた歩き始めた。本来なら、特に確認する必要はなかったことだろう。 コツコツという足音が耳に響く。 俺はここ数週間でまとめた考えを、また思い返し始めた。 全てはささいなすれ違いに過ぎなかったのだと、今にしてみれば、そう分かっている。 あの日、夕姫が提案したことに俺は激昂した。大切な人。一緒に遊歩道を上っていった男性。その言葉の意味を単純にはき違えていたから。でも、実際にはそれは従姉妹である四季ちゃんだったわけで。……そんな小さな歯車の狂い。 胸の奥が苦くて重い後悔で満たされる。気付かれないように、俺はそっと表情を取り繕った。 彼女が供えに来た造花。 夕姫にとって四季ちゃんは、大切な妹のような存在だったのだろう。そんな妹を、俺に紹介しようとしていたのだ。 本当に、それだけだった。それだけの理由で、夕姫は死ぬことになった。あのとき俺がたったそれだけの単純なことにさえ気付いていれば、きっと夕姫は死ななくて済んだ。だけど、もう何もかも取り返しがつかなかったから――俺は、死を受け入れようとした。四季ちゃんに殺されることで、贖罪としようとした。 でも、今、俺は生きている。 初めは、のうのうと生きていくつもりはなかった。意識を取り戻してからは、すぐに死のうとすら。でも、この数週間、夕姫のことを考えていると、こんな考えが浮かび始めたのだ――本当にそれでいいのか、と。 院内のリノリウムに、高くゆっくりとした足音が響く。 白い壁や床は、感情も何もかも吸い込んでいくかのようだった。 階段を上り、自分の病室がある階に差し掛かる。 俺は考える。彼女が最期にとった行動の意味。致命傷を負いながら、最後の力を振り絞ってまで、高台へと歩いて行った、その真意を。 もしも時間が戻せるなら、と思う。でも、それがありえないことは知っていて、本当にもう、どうしようもないことだった。夕姫のことを、四季ちゃんのことを、そして、彼女の大切な人たちのことを思うと、申し訳ない、という言葉を発することさえ許されないように、そう思う。 白に吸い込まれていくはずの感情が、それでも胸の奥から溢れだして苦しくなる。 でも、まだ分からないのだ。 頭の隅に残った冷静な部分で考えてみると、どうしても分からない。 歩いている途中、他の警察官とすれ違い、頭を下げた。私服なので警官という感じはあまりしなかったが、そういうものなのだろう。 彼女の行動の意味。 本当は分かっているのかも知れない。分かっていながら、俺は罪悪感から、都合の良い解釈を選択肢から外しているのかも知れない。俺にそんな想像をする権利なんて、残されていなかったから。 でも、 ……いや。 こんな考えはやめよう。 一輪の造花が、脳裏を過ぎる。 これだけは言える。俺も、四季ちゃんも、死ななかった。二人とも一度は死と顔を合わせながらも、事件の底に生き残った。 そっと目を瞑ると、彼女の言葉が蘇ってくる。 ――何か不幸な事故とかでひとが亡くなった現場にさ、よく花が手向けてあるでしょ? ――でも、でも、なんだか変な感じ、しない? ゆっくりと、目を開ける。病室はすぐそばまで近づいてきていた。 彼女はきっと望まなかっただろう。俺が死ぬことも、四季ちゃんが死ぬことも。だから俺たちは生き残った。……この考えは許されるだろうか? ――ねぇ、ワニちゃん。 彼女の問いに、死なないよ、と俺は答える。 のうのうと生きていくつもりはないけど、これから先、自分で死ぬつもりもない。犯した罪を背負いながら、償いながら生きていく。それがどんな道のりになるのか、俺にはまだ分からないけれど、絶対に、死んだりはしない。 ふと、立ち止まり、窓から外の風景を見る。抜け渡るような青空と、葉が落ちきり寒そうに佇む木々。 なぁ、 夕姫。 俺のやることに、もう意味なんてないのかも知れない。 俺が生きていたところで、四季ちゃんがそうだったように、誰かを傷つけることになるのは、分かってる。恨まれて、憎まれて、そうやって一生を過ごしていくことになるのは、分かってる。 でも、俺は生き続けるから。 「どうしたんですか? 早く病室に」 警察官が促すその声で、再び歩き始める。廊下の壁や床と同じく、白く感情を塗りつぶしていくその部屋を目指して。 許してくれなんて言いはしない。ただ、もしも叶うのであれば、俺はもう一度、あの場所を訪れたい。罪を償って、またいつか、きみと過ごしたあの場所で、きみに謝りたい。 俺は待ち続けるだろう。ここを出て、裁きを下され、また別の場所で過ごして行くその永遠にも思われる時間を。許されぬ罪を背負いながら、彼女のことを思いながら、いつか、また造花を供えに行くそのときを。 一輪の造花が風に揺れる。 この遊歩道の終着点。 俺は警察官に付き添われながら、ゆっくりと病室に入っていった。 この道が辿り着く先を、俺はまだ、知らない。 prologue 水島夕姫は、遊歩道を歩いていた。 体がバラバラになりそうな痛みに喘ぎ、手足が言うことを聞かなくても、歩き続けている。脇腹から流れ出す生暖かい液体が命そのものであることは重々承知しながらも、歩みを止めようとはしなかった。 いつか二人で歩いていた道を、たった一人で、進み続ける。 それは、ささやかな望みだったのだ。彼女としては最大限の好意の表れと言ってもよかった。しかし、どうしてかも分からないまま、その望みは拒絶され、どうしてかも分からないまま――死のうとしている。 分かっている。分かっていた。 彼に、刺すつもりなんてなかった。ただ、運が悪かっただけのことだ。 もちろん、「運が悪い」の一言などで、刺されたことを納得できるはずもなかったが、それを超える思考回路を持って動いていた彼女には、納得がどうのという個人的な事情になど、考えもおよんでいなかった。もはや、そんなことは、どうでもよかった。 一歩踏み出す度、意識を失いそうになる。 激痛は、少女の耐えられる限度など、とうに超えている。 ワニちゃん。 ワニちゃん。 頭の中にあるのは、彼のことだけだった。だから、彼女は歩き続ける。激痛に身をよじって起き上がった瞬間から、それだけを目的としていた。 執念とも言える意思を持って、彼女はひたすら高台を目指す。 致死量の出血も、経験したことのない激烈な痛みも、考えの外だった。 柔らかな腐葉土を踏みしめ、黄金色の木漏れ日の狭間を抜け、手負いの少女は進み続ける。あたりは静かだった。聞こえてくるのは虫の声くらいで、それ以外の空気も、何もかも、痛みを和らげる心地良いものとすら感じていた。美しい世界だった。 ワニちゃん。 切れ切れの思考で、彼女は考える。 分かってる。あれは、事故だった。ワニちゃんは悪くない。 息も絶え絶えになりながら、それでも少女は歩みを止めない。 鈴虫の声が心地良い。 ゆっくりとした鈍い足音が鳴き声の間断に響く。世界は水島夕姫の苦痛とは正反対に、ぎょっとするほど安らかだった。 彼女は歩き続ける。 水島夕姫は、その気になれば電話で助けを呼ぶことができたし、歩いて公園の入り口まで辿り着くこともできた。高台まで歩く距離を考えれば、少なくとも試してみる価値はあった。 しかし、彼女はそうはしなかった。 彼を犯人にする気など、毛頭なかった。 彼女は気付いていた。パレットナイフによってつけられた自分の傷が、充分な致命傷であることに。万が一、入り口まで下りることができても、すぐに誰かに見つけられたとしても、もう自分が助からないであろうことは、薄々分かっていた。 わたしは、このまま死ぬんだろう。 なら、やるべきことは決まっている。 薄れ行く意識の中、高台に続く最後の坂を死力を振り絞って上っていく。力を入れる度に走る痛み――いや、もう痛みすら感じていない。そうでなければ、耐えられはしなかっただろう。 途中、完全に足が言うことを聞かなくなり、土の上に倒れ込みそうになった。しかし、手をついて起き上がる。本来ならば、そのまま力尽きても不思議ではなかっただろう。しかし、彼女は起き上がった。土を付けながら、よろよろと。 ワニちゃん。……ワニちゃん。 好きだった。時折見せる真剣な横顔が好きだった。自分と同じで不器用だけど、彼なりに誠実に接してくれることが嬉しかった。一緒に過ごす時間が楽しかった。少しからかうとすぐ顔に出る、その素直さが愛おしかった。大好きだった。 ごめんなさい。 結局、最後までちゃんと「好き」って言えなかった。もっと、真剣に伝えられれば、よかったのに。 だから、最後くらいは、伝えよう。 もはや、水島夕姫は目の前の道など見ていない。 高台からしか見えないはずの、その景色しか見ていない。 ワニちゃん。 彼女は進んでいく。永遠とも思えるほどの、残された十数メートルを。 もはや思考にすらならない断片的な言葉で、彼女は考えている。 ワニちゃんは、どうするだろうか。わたしが死んだことを苦にして、もしかしたら死んでくれたりするのだろうか。確かに、嬉しくないと言えば嘘になるけれど、そんなことは、望まない。 わたしの側には造花だけでいい。生贄なんか要らない。 誰も彼も不幸になんてならなくていい。これは、事件でもなんでもない。きっとたぶん、ただの不運な事故。誰も罪に問われる必要なんかない。もしそれが叶わないのだとしても――必要以上の裁きなんて、する必要がない。 傾斜が緩やかになり、視界が開けた。 高台に辿り着き、電池が切れたように崩れ落ちた彼女を、柔らかな地面が受け止める。 ねぇ。 ワニちゃん。 彼女はもう、ろくにものを見ることも出来なかった。それでも、そこからの景色を眺める。彼と共に見た記憶の中の情景で補完しながら。 涙が頬を伝って流れ落ちる。 もっと彼と話したかった。もっと彼と笑いたかった。彼がもしかしたら描いたかも知れない、この風景の絵を見てみたかった。後悔がないわけではない。死にたくなんてない。もっと、もっと、彼と同じ時間を過ごしてみたかった。 愛してる。愛してた。 夕陽に向かって手を伸ばす。実際に伸ばされていたのかどうかは分からないが、彼女はそうしたつもりであったし、実際にそうしたと思っていた。 ほら、きれいだよ、ワニちゃん。 彼女は、そう呟いて目を閉じる。 ざわざわと梢がさざめいている。 嘘のように安らかな世界の中、少女もまた、嘘のように安らかな表情を浮かべながら、誰に知られることもなく、いつの間にかこときれていた。 今さっきまで少女を苛んでいた痛みの痕跡は、すでに癒えてしまったかとでも言うように消え去っている。そこにあるのは、いつかと同じような夕暮れの風景であり、黄昏の中に漂う、何一つとして変わりない緑地公園の穏やかな空気だった。 辺りには、静かな時間が流れている。 自然の中で醸成された、ゆっくりとした時間だ。 柔らかに差し込む陽光が地面にまだら模様をつくっており、ゆらゆらと風に揺れている。神々しいまでの夕陽が世界を照らしだし、手摺りに反射して、細かな光の粒をばらまいていた。 鈴虫と木々のざわめき以外、聞こえるものはどこにもない。 ただ煌々とした夕焼けが、一人の少女を包み込んでいるだけだった。 |
瀬海(せうみ) G3b0eLLP4o 2024年12月29日 14時58分51秒 公開 ■この作品の著作権は 瀬海(せうみ) G3b0eLLP4o さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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