赤いヒヨコと緑(グリーン)な少女

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■第一章
#第一話
##1
 放課後、ランドセルを背負う凪砂(なぎさ)ミドリは、初夏の日差しに彩られた通学路をいつも通りに歩いていた。

 ミドリの容姿は幼いながらに整っている。
 話しかければ、年齢に見合わない理路整然とした言葉を正確に返す。
 もちろん性格が悪いわけでもなくい。
 にも関わらず、学校で彼女に話しかけるものは限られていた。
 いまも自宅までの道のりを友もなく孤独に歩き続けている。

 ミドリが水を求め公園に入り、水道の蛇口をひねる。
 ショートにそろえられた緑がかった髪を揺らしながら細く吹き出す水に口を近づける。
 すると物音が聞こえた。

 視線を向けると、そこには一匹の黒猫がいて、その口には赤い小さな鳥がくわえれている。
 それはミドリの目にはヒヨコに写った。

――どこからヒヨコが?

 考えても出所はわからない。
 それよりも大事なのは、どう対応するかだ。

 ミドリとヒヨコに縁などない。
 だが道徳的に考えれば、強者(猫)から弱者(ヒヨコ)を救うのが正しいだろう。
 猫の毛艶をみれば、ここで獲物を失ったからといって、すぐに飢える心配もなさそうだ。
 そう結論づけたミドリは、ヒヨコを救出せんと第一歩を踏み出した。
 都会育ちのの猫は、それに驚くとたやすく獲物を落とす。そして垣根の隙間に滑り込み、民家の中へと逃げ込んでいった。

 ミドリは、その場に残された血まみれのヒヨコへと手を伸ばす。
 慎重に小さな身体をもちあげて己のまちがいに気づく。
 流血のせいで赤く染まったと思われたヒヨコだが、そうではなかったのだ。
 ヒヨコの赤は体毛の色で、怪我をしている箇所はどこにもなかった。

「カラーヒヨコ、なのかしら?」

 その昔、使い道のないヒヨコが着色されて売られていたことを知識として知っている。
 だが今でもそんなことがあるのだろうか?

 ミドリが考え込んでいると、小さな身体が微かに動き、ヒヨコが目を覚ました。

 そして人間の言葉で流暢に話し始める。

「おのれ、黒竜の眷属め、我がただでやられると思うなよ……って、ここはどこだ?」

 赤いヒヨコは自分を襲った黒猫の姿を探しているのか、あたりをキョロキョロと見回してている。
 ミドリと視線が合うと、なにやら察したようで、アホ毛の跳ねた小さな頭をうやうやしく下げた。

「お主が窮地を救って助けてくれたのだな。礼を言うぞ」
「どういたしまして」
 ヒヨコから話しかけられたことに驚きながらも、ミドリは同じように頭を下げ礼儀を返す。

「ついでと言ってはなんだが、お主、もうひとつ我の頼みを聞いてはくれないか?」
 ミドリは幼いながらも聡明な娘である。
 これまでのヒヨコとの経緯を脳内で整理すると、素早く判断を下す。
「お断りします」
 その返答に「なんで?」と首を傾げるヒヨコの姿は、とても愛らしかったが、それでもミドリの答えが変わることはなかった。

##2
 ミドリは鍵のかかった家に帰宅すると気配を探り、誰もいないことを確認する。
――大丈夫。あの人はいない。
 それから自室へと急ぎ足で向かった。
 自室に入り、ドアを閉めると、ミドリは助けた赤いヒヨコを慎重にテーブルの上に置く。
「もう喋っても平気よ」
「うむ、そうであるか」
 赤いヒヨコは珍しそうにミドリの部屋を観察する。
 そしてにべもなくお断りされた交渉を再開しようとする。
「我が名はピヨディンゼール。ここより異なる世界より来訪した神である」
 どことなく威厳を感じさせる話し方であるが、別段、ミドリの心を打つことはなかった。
「凪砂(なぎさ)ミドリ。市立〇〇学園に通う5年生です」
 名乗られたのでミドリも礼儀正しく自己紹介を返した。
「ミドリ、我が頼みを聞いてくれ。その成就の暁には、神として貴様の願いを叶えよう。いかなるものであってもだ」
 腹の底から声を響かせ、精一杯の威厳を演出するが、ミドリの返答に変化はなかった。
「お断りします」
「なんでもだぞ。どんな願いでも叶えてやると言っておるんじゃぞ。なのになんで望みを言わん。貴様とて草木ではあるまい。なんらかの望みくらいあろう。どうして願わないのじゃ?」
 その問いかけにミドリは興味なさそうにあくびをかみ殺している。
「我、本当に神なんじゃぞ。本来の力さえ取り戻せば、できないことなどそうそうありはせんぞ」
 あまりにピヨディンゼール
がしつこいので、ミドリはサクッと答える。
「生憎と神などという創作の存在を信じる気にはならないので」
「そんなことない! ちゃんとここに実在しておる!」
 力説するヒヨコの赤い身体をミドリは握りしめた。
「神などいないんですよ。
 少なくとも私の眼前(この世界)には」
 ピヨディンゼールは己を救った少女の瞳に、虚無の闇が広がっていることにようやく気づいた。
 そしてその闇の深さは神すらも恐れさせた。

 ミドリはピヨディンゼールを握ったまま立ち上がり、マドを開ける。
「ピヨちゃん」
「なっ、なんじゃ?」
 名前を略されたことに気づきながらも、圧の強さに反論できない。
 そんなヒヨコにミドリは告げる。
「怪我がないならあとは自分でなんとかしてください。
 怪奇現象(オカルト)は迷惑です」
 そして二回の窓から赤いヒヨコを空へと解き放った。
無論、たとえ赤くともヒヨコに空を飛ぶだけの能力はない。
 神の力を持たぬヒヨコは、重力の鎖をふりほどけず落下していく。
 夕暮れに染まる街並みに、神の悲鳴が木霊するが、それを正確に認識できた者はいなかった。

##3
 翌朝、ミドリがいつものように制服に着替え、登校の準備をしていると、見覚えのある赤いヒヨコがふたたび部屋に現れた。
 ピヨディンゼールことピヨだ。
 頭にアホ毛を生やした赤いヒヨコは窓際にちょこんと座り、ミドリに話しかける。
「凪砂ミドリよ頼む。我が依頼を受けてくれ。
 この世界に我の声を聞けるものは少ないのじゃ。
 我の復活に力を貸してほしいのじゃ。決して悪いようにはせぬ。だからな? なっ?」
 ピヨは必死に頼んでいるが、ミドリはそれに反応することなく、淡々と教科書をカバンに詰めていく。
「不安に思うのも無理はない。だが、神たる我の助力があればいかなる困難をも乗り越えられる。
 物語はハッピーエンドと相場が決まっておるのじゃ。
 なぁミドリ聞いておるか? ミドリ~」
 他に聞こえる者がいないというなら、無視をしても問題ないということである。
 ミドリはカバンを肩にかけると玄関を出て鍵をかけた。
 そしてひとり駅とは反対方向の場所を目指して足を進めた。

 †

「ふむ。ミドリはずいぶん遠方の学び舎までいくのだな。
 この世界には車や電車なう交通機関が充実しているのに何故に使わないのだ」
 ちゃっかりミドリの肩をキープしたピヨが問いかける。
 オカルト話以外なら問題ないのか、あるいは単に暇だったのか、こんどはミドリも答える。
「車を運転するには資格が必要で未成年にそれは取得できない。
 電車は線路の上しか走れず、私の目的とへはかなり迂回して移動することとなるわ」
「だったらバスはどうだ? 電車の走らぬそういう場所には、バスがフォローするものなのだろう?」
 的を射た質問にミドリは少しだけ言いよどむ。
「公共の乗り物は……不快だから」
 それならばとピヨは提案する。
「それなら我が力を貸そう。
 我の魔法を使えば遠方であっても容易く移動可能である。
 これは仕事の報酬とは別の話だから気にすることはないぞ」
 ピヨはそう進めるが、ミドリは歩みを止めようとすらしない。
「学園までは歩いて行けるから問題ない。時間も余裕がある」
「だが無理に苦労をする必要もないだろう。今日は暑いし、お主とて汗をかいておるぞ」
 ミドリはハンカチで汗を拭うとなんでもないように答える。
「登校くらい、不正(オカルト)なしでも問題ないわ」

##4
 学校に到着すると、ミドリはいつも通りに教室へと向かった。
 余裕のある登校を心がけているため、校内に生徒の数は少ない。
 だが、誰もミドリに挨拶をする者はいなかった。ミドリから挨拶することもない。
『友だちおらんのか?』
 肩にとまる赤いヒヨコが問いかけに、ざっくり「そうね」と肯定する。

 学園へのペットの持ち込みは禁止されている。
 故にミドリは、校門を抜ける前に、ピヨを追い払おうとした。
 だがピヨかr魔法で姿を消すことを提案され、了承したのだった。
 校門を抜けてから、幾人かの教員と生徒とすれ違ったが、誰もピヨを気にする様子はなかった。
 本当に見えていないのだろう。
 だが、そのことを逆にミドリの心を不安にさせた。

 歩みを早めると、トイレに駆け込む。
 のぞき込んだ鏡には赤いピヨの姿が映っている。
 ピヨがミドリにだけ見せようとしているのか、彼女にピヨの力が効かないのかはわからない。
 だが、自分意外の誰にも見えず、誰にも聞こえない声出話しかける赤いヒヨコなどあり得ない。
 自分の正常性を信じられなくなり、必死に鏡に映る姿を凝視する。

「大丈夫、私は正常」
 そう繰り返し言い聞かせることで、ミドリは平常心を取り戻していった。

##5
 学校が終わり、行きと同じだけの距離をミドリは歩いて帰る。
 ピヨが何かと話しかけるが、ミドリは応じずに歩いていた。

 家に着くと、出る前に閉めた玄関の鍵が開いていることに気づく。
 ミドリの表情が厳しくなる。
 ピヨからの問いかけも無視し、静かにリビングへと向かう。
 そこには妙齢の女性の姿があった。
「おかえりなさい、ミドリ」
「ただいま帰りましたお母様」
 ミドリは通学帽を脱ぎ頭を下げる。
 彼女の母親――凪砂アオイは愛娘に心配そうに問いかける。

「ミドリ、お祈りはちゃんとしていますか?
 悪魔に語りかけられたりはしていませんか?」
 問いかけるアオイの目は真剣そのものだった。
 ミドリは母親とおなじ虚無を宿した瞳で「大丈夫です」と答えるが、実際なにが大丈夫なのかは口にした本人にもわかってはいない。

「悪魔は常にオマエのことを狙っているの。それに惑わされないためにもお祈りは必要なのよ」
「わかっております」
 そう言って母親の瞳をみつめる。
 そしてその瞳に奇異な赤いヒヨコが写っていないことを確認した。
 つまり凪砂アオイの傾倒する宗教は、彼女の定義するであろう悪魔の魔法を破るのに役に立っていない。
 そのことを確認しながらも、ミドリは淡々と「ハイ」を繰り返しやりすごすのであった。 
 †
 
 凪砂アオイがカルト宗教に傾向しだしたのはミドリを産んでまもなくだった。
 通常ありえない緑が混じり込んだ髪色を悪魔の所業と決めつけ、その対抗策をいろいろと模索した結果だった。
 保険のセールスレディをしながらも、カルト宗教の信者として二足のわらじをはいている。
 休みの日は、布教をしに遠方の家々に宗教の素晴らしさを説いて回る。
 それにはミドリも付き合わされた。
 実際の効果は数値されていないが、子ども連れのほうが神様の素晴らしい話を聞いてもらえるとのことだった。
 信者が増えることで、神は力を増し、その力で娘から不幸を取り除こうとしているのである。
 それが娘(ミドリ)のためであるとアオイは信じてやまない。

 †

 母親の長く、ろくでもない話から解放され、ミドリは自室へともどった。
 制服のままベッドへと突っ伏す。
 遠方の学園に徒歩で通っても疲れを見せなかったミドリが、母親の話を聞いただけで疲労困憊している様子に心配する。
 それとピヨがミドリから感じていた常人との違和感の根源を見た気にもなっていた。

 ピヨがなんと言葉をかけるべきかと考えていると、不意に「いいよ」とのつぶやきが聞こえた。
 つぶやいたのはミドリで間違いなかったが、ピヨには意味がわからなかった。
「何の話だ?」と首を傾げる
 ミドリはベッドに身を沈めたまま「依頼を引き受けてあげるって言ったのよ」
 ピヨは一瞬驚くが、複雑な声色で聞き返す。
「本当にいいのか?」
「構わないわ」
 詳細も聞かないままに了承する。
 そこには『ここではない何処かへ』という宛てのない願望だけがあった。

#第二話
##6
 その世界に転移した瞬間、ミドリの目前に巨大な影が現れた。
 影は尾の生えた二足歩行の怪物で、黒いウロコで覆われた筋肉質の身体をしていた。
 怪物は角の生えた頭をミドリに向けると、ミドリを視界に捉える。
 そしてナイフのような爪の並ぶ手を振りかぶると、息をつくまもなく振り下ろした。

 すかさず身をかがめ、やり過ごすミドリ。

「ぜんぜん楽勝じゃないじゃない」
 愚痴りつつ、転移前にピヨから受けた説明を思い出す。
 ピヨとともに異世界に行き、彼にかけられた三つの封印を解除すること。
 神の助力があれば難しいことではなく、まずは簡単な封印から始めるから、気軽に構えていいという話だった。

 しかしミドリの眼前には最高難易度と思われる脅威が存在していた。
 日頃から強い警戒心を持っていたため、なんとか対処できたが、いきなりこれでは思いやられる。

「グロームデーモン! なんでこんなところに!?」

 驚くピヨに「援護!」と要求する。
 そこでようやく神である赤いヒヨコは動き出した。
 ミドリの身体が光に包まれると、なにか力を得たことを実感する。

 ミドリにはそれが、元から自分の身体に備わっている能力に感じられた。
 使用方法を意識するまでもなく、彼女の手に光が収束したものが剣を形づくった。

 知能が高いのだろう。剣を警戒した黒色の怪物は、その間合いの倍の距離をとった。
 ミドリはその警戒を利用した。
 怪物は距離があれば剣が届かないと思ったのだ。
 しかしミドリが握っているのは剣の形をさせた光の束である。故に形は愚か使い道さえも自由であった。

「撃て(シュート)!」

 ミドリの叫びとともに剣は光弾となり怪物の胸を貫いた。
 大きな風穴が開き、そのまま背後に倒れていく。

「……やった?」

 警戒心を緩めず、グロームデーモンと呼ばれたその怪物に近づく。
 黒いウロコに覆われた身体。長い尾もあり。二足歩行をできるトカゲというイメージだった。しかし顔はトカゲの顔と違い、禍々しい角が生えている。
 悪魔と言われれば、そう思える形だ。

「才能があるとは思ったが、想像以上だったな」
「紙一重よ」

 ピヨの称賛をミドリは否定した。
 事実、最初の攻撃を避け損なっていたら、その場で死んでいただろう。
 それを忘れて楽勝などとは決して思えない。
 状況からして、ピヨは口ほど頼りにもならないことが確認できた。
 しかしピヨはそうではないと彼女の勘違いを正す。

「いや、お前、笑っていたじゃないか。
 厳しい局面で頼もしいものだなと」

 指摘され自分の口に手をあてる。
 たしかに両端が上がっている気がする。

 ミドリに楽しんでいたつもりはなかった。
 だが、これまでにない感情が自分の中に渦巻いているのは実感できた。

「それよりも、これのどこが楽勝なの?」

 ミドリの質問にピヨは周囲を見回す。

「その件だがな……」

 視線の先には、見たことのない植生の木々や、変わった色の空が広がっている。

「どうやら転移に失敗したようじゃ」

「頼もしい神様ね」

「おっ、我を神と認めたか?」

 その問いをミドリは無視した。


##7
「それで、これからどうするの?」
 ミドリはたずねる。
 ピヨはしばし考えて撤退を提案した。

「おぬしにたぐいまれな才能があるのは確かじゃ。
 だが、さすがに最高難易度から挑むのは辛いだろう。
 じゃがなぁ……」
「なにかあるの?」

「転移には大きな力が必要となる。さすがの我も力を使い過ぎた。なので戻ることは可能なのだが、しばらくこちらに来ることができなくなる」
 そうなると封印の解放が遠のくということだった。

「だったらしばらくこちらに居ましょう」
 その言葉には、まだ現実に戻りたくないという願望が含まれていた。
 ピヨはそれを知ってか知らずか、提案を受け入れた。

「まずは街を目指すか。
 このままでは危険が多すぎる」

 ミドリは提案に頷いた。


 ピヨが高所を飛びあたりの地形を観察する。
 背の高い木々で覆われているため、詳細はわからなかったが大体の街の方向はわかった。

「あちらに大きな開けた場所がある。人も集まっているようだ」

 そこで情報集め、装備を整えようということとになった。


##8

「ピヨピヨピヨピヨ!」

 その店に入って程なくして、ミドリの肩に止まる赤いヒヨコが鳴き出した。
 ミドリは事前の打ち合わせ通りピヨを止めると、店員に謝罪した。

「ごめんなさい、この子、敵意に敏感過ぎなの」

 その言葉に熟練の店員はドキリとした。
 敵意こそ向けてはいないが、場違いな少女を本人にバレぬよう観察していたのだ。

「これは失礼しました。
 当店には良からぬことを企む輩が訪れることもあるので、初見のお客様には一目置かせていただくことにしているのです」
 ミドリは「そう」と短く受け流し、「買い取って欲しいものがあるの」と切り出した。
 テーブルに案内されると、店員の見ている前で、魔物からせしめた戦利品、その一部をみせた。

「これは……まさかグロームデーモンの爪ですか!?」
 机に並べられた5つのそれを見て、店員は顔色を変えた。

「よかった。ちゃんともののわかる方のようね」
 ミドリは冷静に褒めた。

「どこでこれを?」
 店員は、自分の鑑定に間違いがないことを確認しながら尋ねる。

「秘密よ。そもそも私が狩ったと言ったら信じてくれるの?」
 ミドリは淡々と言った。
 そんな彼女に店員は真偽の目を向けた。
 年端もいかぬ少女、清潔感があり、着ているものも目新しいデザイン。肩に止まる赤いアホ毛付きヒヨコも目つきが悪い。

 普通の少女ではないのは確かだ。
 だが、グロームデーモンを狩るような冒険者にも見えない。

 その時、ピヨピヨピヨピヨッと、再び赤いヒヨコが鳴き出した。

「失礼、決して敵意を向けたつもりは……」

 慌てて弁解する店員に対し、ミドリは「慣れてるから」と軽く答え、持ち込んだ品にいくらの額をつけるか尋ねた。

##9
 店を出ると、ミドリの肩にとまるピヨが「上手くいったな」とほくそ笑んだ。

 あの場で、ミドリが主導し、ピヨは使い魔のフリをすることは事前の打ち合わせで話し合っていた。
 もちろんピヨは喋れるし、嘘を見抜く以外のこともできる。
 しかしそれほどのスペックの使い魔などかなりレアな存在だ。

 真実を語れば逆に嘘くさくなるし、話題になればピヨをさらおうと企む者も現れるだろう。
 そこで周囲に侮られない程度の能力を装ったのである。
 最もそれは完全ではなかったが……。

 街を歩きながら、ミドリとピヨはさまざまな店を見て回った。
 グロームデーモンの爪を売ったおかげで当面の軍資金はたっぷりである。
 値段交渉はピヨピヨ言うだけのピヨをミドリが翻訳するフリをして行った。
 途中から、ピヨと店員はミドリ抜きで交渉を始め、言葉も通じていないのに商談を成立させていた。
 交渉結果に互いに満足していたようだが、ミドリにはチンプンカンプンだった。

 大金をせしめたことで、ピヨは上機嫌だ。
 屋台で売ってるものならば自由に食べて問題ないと言っている。
 かなりの大金をせしめたようではあるものの、ミドリにそのことがあまりピンと来ていなかった。

「それにしても……。」

 ミドリは周囲を見渡した。異世界の街並みは活気があり、意外と清潔で文化的。ミドリの世界の文化が流入しているため、服装もそこまで奇異には見られない。
 なによりも驚いたのは、そこに住む人々の多様さだ。
 ここでは髪の色が緑であるのも珍しくないし、なんなら角や尻尾を生やした者たちまでいる。
 人種差別という言葉は、ここにはなさそうである。

「それではミドリ、そろそろ次の角を曲がろうか」
 人混みを眺めていた彼女にピヨが提案する。

 そこは活気のない人気のない通りだった。

 そこに入り程なくして、突然現れた男たちがミドリを囲んだ。

「お嬢ちゃん、こんなところに子どもがウロウロしているのはいけないなぁ。
 おじさんたちがお父さんのところまで連れて行ってあげよう」
「ごめんなさい。父はいないの。
 母に知らない男性といるところを見つかるとうるさいので、放っておいてください」
 ミドリは冷静に返答し、その場を後にしようとする。

「おい、待てよ!」
 下らないものを適当に流すような、ミドリの態度が気に入らなかったのだろう。
 男のひとりが強引にミドリの肩に手を伸ばす。
 ミドリは颯爽とその手を交わすと、逆にその手をねじり上げた。

 ミドリが大金をせしめたことが、この手のならず者に知れ渡ることは最初から折り込み済みだった。
 故に彼女はピヨのアドバイスに従い、魔法で身体を強化してから街をふらついていたのである。
 本当に害意があるものがひっかかるのを待ちながら……。

「あなたたちじゃ、相手にならないと思いますよ?」

 一応、年上の男たちに敬語らしきものを使うが、言っているないようは喧嘩を売っているに等しい。

 激高したゴロツキたちは一斉に襲いかかるが、それをミドリは素手でいなしていく。

 小娘ひとりになすすべもなくいなされていく自分らにゴロツキの一人がさらに激高した。
 懐にしまってあったナイフを抜く。

「それは私を殺してでも、お金を奪い取るという決意の表れですか?」
 くだらないものを見る目でミドリは訪ねる。

 男は「殺しはしないさ、オマエが望んでもな!」と下品な笑みを浮かべながら襲いかかる。
 冷静に対処しようとするミドリだったが、不意に割り込む影があった。

 影はこともげもなく、ゴロツキのナイフを防ぎ、相手を制圧してみせた。

「そこまでにしておこうか」
 影は若い男で、その姿を見た男たちは気圧されていた。
 それでもなけなしの自尊心を守ろうと、若者に襲いかかる。
 若者は腰の剣を抜くと、大きな怪我をさせることなくゴロツキらを撃退する。

「ちっ、覚えてやがれ!」
 ゴロツキたちは退散しながら捨て台詞を吐き、路地裏の暗がりに消えていった。

「ありがとうございます」
 ミドリは青年に礼を言う。
 青年は微笑みながらそれに答えた。

 だが、その優しい瞳の奥には濃い警戒の色が宿っていた。

##9
「ありがとうございます」
「どういたしまして。というか、その言葉はゴロツキども(あいつら)からもらうべきだったんだろうな」

 若者はミドリの実力がゴロツキどもを完全に上回っていることに気づいていた。
 そしてゴロツキがナイフを手にしたことで、彼女が容赦の範囲を一段落とそうとしていたことも。

 だがそれでも自分がお礼を言うべきだとミドリは主張した。

「だって、あのまま続けていたら、上手く手加減できるかわからなかったので。それにあのくらいのことで殺してしまったら、さすがに問題になるでしょう?」
 ミドリは冗談めかして言ったつもりだった。
 しかし男の顔は少しだけ引きつっていた。
 それが、十分にありえることだと男は信じてしまったのだ。

 ミドリは冗談に失敗したことに気づくが、それをフォローする術を知らなかった。
 肩にとまるピヨも男が現れてからひとことも口を利こうとしない。
 遅まきながらに、ミドリはピヨが男を警戒していることに気づいた。

 沈黙を良しとしなかったのは男のほうだった。それを崩すように名を名乗る。
「俺はブレイブだ。キミは?」
「ミドリです」

 ブレイブは、ミドリが店を出たあと、怪しい連中が後をつけていったと店の店員から連絡を受け、念のため様子を見てきてほしいと頼まれたのだ。
 店側としては、ミドリを心配すると同時に、自分の店の客が襲われることで、評判が落ちるのを警戒していた。
 それと彼女が本当に自分でグロームデーモンを倒せるほどの実力者なのか確認したかったという。
 その話を笑って受けたブレイブだったが、店員の懸念は正しかった。

 グロームデーモンを倒せるかどうかはわからないが、ミドリが幼い少女の見た目とは裏腹に、尋常ではない実力を秘めていることはヒシヒシと感じられる。

「とりあえず目的は果たしたし、俺はここらで退散することとしよう。なにか困ったことがあったら言ってくれ」
 そう言って立ち去ろうとするブレイブだったが、ミドリは「あのっ」とすぐに引き留めた。

「なに?」
「ひとつお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 ミドリのブレイブへの質問。
 それはここらで評判の良い宿屋の場所であった。


#第三話
##10
 ピヨとともに宿屋に来たミドリは案内された部屋をチェックする。
 受付でブレイブ紹介であることを告げると、料金を割り引いてくれた上に、良い部屋を紹介してくれた。
 部屋にはおかしいところがないどころか、とても清潔に保たれていて、風呂場と浴槽まであった。
「あっ、でも湯船が張ってない。そういえば声をかけろって言ってたっけ」
 受付で聞いた話を思い出す。
 浮かれてすぐにお風呂の準備を頼もうとするが、ピヨがまったをかけた。
 わざわざ他人に頼まなくても、ミドリなら生活魔法をつかうのも訳がないとのことだった。


「魔法ってすごい便利なのね。自分で簡単にお風呂を入れられるだなんて、感動したわ」
 ピヨから教わった魔法は、瞬く間に浴槽を暖かい湯で満たした。
 そこに身体をつけるミドリは、その心地よさに感動していた。

「生活魔法くらいで感動されてもな。むしろ神の力を借り受けられるのだから、そっちをだな……」
 ミドリは足先で湯を蹴り、無粋な話をする赤いヒヨコを黙らせた。

「……まぁいい。それよりもあの男のことだ」
「ブレイブさん?」
 今度あったら、良い宿を教えてくれた礼を言わなければならないと思っていた。
 だがピヨはブレイブこそ警戒すべき相手であると言う。
 ピヨが彼の前でなにもしなかったのも、彼が油断ならぬ人物であるからだ。

「あの男は勇者だ。我を邪神と貶め、封印した者のうちの一人だ」
「じゃ、あの人をどうにかすればあなたの封印は解けるの?」
 そこには殺人の可能性もあるのだが、ミドリに気負った部分はない。

「いいや、あの男は封印とは別で単なる戦力である。危険を冒してまで戦う必要はあるまい」
 なんだかんだと、神の加護とやらがあっても、危険なことは多いようだ。

「だったら、私はなにをすればいいのかしら?」

 ピヨは「そうじゃな……」としばし考え、「冒険者などしてみてはどうじゃ?」と答えた。


##11
 漆黒の毛皮を持つ巨大な狼がミドリに襲いかかる。
 鋭い牙をむき出しにして、凶暴な咆哮を上げるその姿は圧倒的な威圧感を放っていた。
 しかし、ミドリは冷静に対処する。新調した魔法の剣を構え、その一撃で狼を切り払う。

 堅い獣毛と強固な筋肉で覆われた肉体を、少女の手にした剣は容赦なく切り裂く。
 返り血が少女の身体を汚すが、ここしばらくの狩りと訓練で鍛えられたミドリは揺るがない。

「二匹目が来るぞ」
 ピヨから指摘されるまでもなくミドリはその存在に気づいていた。
 不意をついたつもりになっていた、二体目の狼も瞬く間に斬り倒す。

 しかし、その影から襲いかかる三匹目の攻撃までは防げなかった。
 ミドリは回避不可能と判断すると、左腕を犠牲にして急所を守る。
 そして動きを止めた狼の首をまたも一閃し、切り落とした。

「シャドウウルフの群れは、厄介だ。気を抜くなよ」
 ピヨが警告する。
 ミドリは次のシャドウウルフが襲いかかる前に、回復の札を取り出し、傷ついた腕を治療する。
 札の効果が発揮されると、傷はみるみるうちに塞がっていった。

 そして新たに襲いかかる狼をさらに斬り倒す。

---

 ミドリとピヨは、異世界でしばしいの間冒険者をすることを選んだ。

 最難関の迷宮にいきなり挑むことは無謀でも、ミドリにはすでに実力が備わっている。
 この稼ぎのよい土地で、経験と金銭を集めてから他の場所の攻略に入ってもかまわないと判断したのだ。
 他のふたつの攻略が終わってから、あらためてこの地を訪れ迷宮を踏破する予定である。
 そして効率よく稼ぐため、冒険者として仕事を受けているのであった。

---

 シャドウウルフの群れがうねり声をあげながら襲いかかる。

 ミドリは冷静にその動きを捉えながら、一匹、また一匹と撃墜していく。
 時にピヨからの援護をうけながらも、地獄のような血の海を順調に広げていった。


##12
 目的の魔物を狩り、街にもどったミドリとピヨ。
 広場で食事をしているとブレイドが現れ声をかけた。

「こんにちはミドリ」
「こんにちはブレイド」
 ミドリはブレイドに世話になっている。
 宿屋の件以外にも、武器防具の店や、おすすめの魔法の店も彼から教わった。
 スキルを身につけるために冒険者ギルドにも加入する際にも、彼に口利きをしてもらった。
 そのおかげで、誰もが驚くほどの早さで冒険者としての実力をあげている。

 実力を磨き、実績すらも重ねたミドリは、すでにブレイドに次ぐ強さを手に入れたのではないかと有名になっていた。

 彼女の肩にとまる赤いヒヨコの姿をしたピヨディンゼールことピヨは、ブレイブをとても警戒している。
 しかし自分に有用な情報をもたらすブレイブにミドリは好意的である。

 またそれには、ブレイブの振る舞いが紳士的なことも影響していた。

「そういえば、早速治癒の札が役に立ちました」
 ミドリはブレイブに礼を言った。
 ブレイブは自分の教えたものが役に立ったなら幸いだと喜ぶ。それと同時に生じた疑問についてたずねた。

「今のキミに怪我を負わせるとはすごい魔物だ。どんな魔物だったんだ?」
「シャドウウルフです」

 その答えを聞いてブレイブの顔色が変わった。
 シャドウウルフはこのあたりでもかなりの強さを誇る魔物だる。
 さらにやっかいなことに、シャドウウルフは連携が上手く、群れになるとベテラン勢が手を組んでも苦労する危険な存在である。

 そしてブレイブは警告した。
「そいつは運が良かったな。シャドウウルフは群れで活動する。そうなると単体で相手をするよりも危険度が跳ね上がるんだ」
 シャドウウルフが一匹だったからミドリは生きて帰ってこれたのだ。
 彼女に傷を負わせたシャドウウルフの危険度は、そんなものではない。
 彼はそう警告したつもりだった。

 だが事実はちがう。
 そのことをミドリは申し訳なさそうに告げる。

「ですから、その群れに襲われて怪我をしました。
 依頼されたのは別の魔物だったのに、余計な手間をかけてしまいました」

 その言葉に、さすがのブレイブもあきれずにはいられなかった。
「すっかり強くなったな。最初から強かったが」
「ブレイブさんのおかげです」
 事実、ブレイブはミドリに多くのことを教えている。
 冒険者ギルドに入会するメリット。魔法のかかった武具の新調。怪我を治す治癒の札も彼が紹介した魔法雑貨店で購入したものである。
 彼がいなければ、ミドリが強くなるのにもう少し手間取ったことだろう。

「何故、私に良くしてくれるのですか?」
 ミドリはふと疑問に思い尋ねてみた。

「キミを見ていると、妹を思い出すんだ。だから、キミには無事でいてほしい」
 ブレイブは影のある声で言う。

 それを聞いたミドリは、やはりブレイブは良い人なんだなと思った。
 そしてそれに討伐されたピヨの立ち位置を想像する。

 そしてある回答を得た。

 きっとブレイブとの戦いは避けられないだろう。

 それを少しだけ嫌だなと思いつつ、運ばれてきたパフェのイチゴに眉を寄せた。


#第四話
##13
「ところでひとつ頼みがあるんだが、かまわないか?」
 パフェを食べるミドリにブレイブが問いかける。
 それにミドリは「いいですよ」と気軽に答えた。

「内容を聞かないうちにいいのか?」
「いつもお世話になっていますし、なによりもブレイブさんのことを信頼していますから」
 ミドリはあっけらかんと答える。

「そう言われると切り出しにくいな……」
「内容はなんですか?」
 信頼に苦笑するブレイブにミドリがたずねる。
 その答えは、ミドリには想定外なものだった。

「子守だ」
「……?」
 意味がわからずミドリは首を傾げた。

---

 ミドリが冒険者ギルドの指定された部屋に行くと、男女二人ずつ、計四人の冒険者がいた。
 皆若いが、それでもミドリよりは年上である。

 ブレイブから頼まれた子守とは、彼らの護衛である。
 冒険者ギルドには、初めて高難易度の依頼を受けた冒険者たちを熟練冒険者が引率する決まりになっている。
 それを今回はミドリにやって欲しいとのブレイブからの依頼だった。
 ミドリ自身、初めての高難易度依頼の時はブレイブの世話になっている。
 彼の頼みとあれば、引き受けるのもやぶさかではない。

 しかし実力はどうあれ、年端もいかぬ少女であるミドリに引率されたいと思う冒険者などいないのではないかと思われた。

 異世界では緑髪への忌避がないとはいえ、自分より若い者たちが実力があるということを歓迎されることはない。

「あんたがブレイドの紹介の……」
「ミドリよ」
 想定したよりもミドリが幼かったからだろう。
 冒険者たちから戸惑いを感じた。

 彼らはブレイドと縁があり、自分たちの引率は彼に願いたいと事前から打ち合わせていた。
 それがブレイドに急な用事ができたせいで代役が用意されることになったのだ。
 それがミドリである。
 しかも彼らが信奉するブレイブからの紹介なので、表だって反発するわけにもいかなかった。

 その場にいる四人の若手冒険者たちはミドリの姿に動揺した。
「その姿になにか理由があるのか?」とたずねられたのは、魔法による変装を疑われたのである。
 ミドリは自分が見た目通りの年齢であることを告げる。

 それで相手が納得することはなく、戸惑いが大きくなるだけだった。
 それでも実力についてはブレイブ以外にも、ギルドの職員が保証してくれる。

 若手冒険者たちは、ミドリに不満を持ちはしたが、結局は引率でしかない。
 自分たちが問題なく依頼をこなせば彼女の出番ややってこない。
 ギルドの職員が押す以上、実力が低いということもない。であれば足を引っ張られることもないハズである。
 そう言って、自分たちを納得させていた。

 しかし、依頼への同行に不満をもっていたのはミドリも同様だった。
 彼らに同行するということは、ピヨの能力を制限しなければならない。
 ブレイブから頼まれた相手なのだから、守るのはかまわないのだが、まずは彼らの仕事を見守るのが彼女の仕事となる。
 対応は確実に後手にまわることになるし、面倒なことになるのは避けられない。

 参加者五人全員が、無事に依頼を済ませられることを祈っていた。


##14
 ミドリに引率された四人の冒険者は、たいしてつよくなかった。
 彼らが苦戦しているグロームデーモンにはミドリも苦戦したが、それは彼女が初めて戦った魔物だからである。
 装備どころか知識さえもたなかった彼女が倒した魔物に彼らは苦戦している。
 それでもしっかりと四人で連携をとっているので、危ないところはない。
 時間こそかかったが、危険な場面はなく、ミドリの出番もなかった。
「まぁ、ああいう戦いもあるということだ」
 ピヨが周囲に気づかれぬようにささやく。
 ピヨもブレイブほどには彼らを警戒してはいないようだ。

「ブレイブはどうして私に彼らのことを任せたんだと思う?」
 ブレイブは思慮深い相手である。
 自分を心棒してくれている相手ならば、無理をしてでも助けようとするのではないかとミドリは考える。
 それがよりにもよって、護衛初仕事のミドリに代役を頼むなどあり得ない。

「我が推測するに、おぬしのためなのではないか?」
「私の?」

「そう、すでにおぬしを戦闘面で脅かすものはそうはおらん。
 だが、そこまで成長したことで逆に、彼らがしている基本的なことができていない。そのあたりを危惧したのではないだろうか?
 むろんおぬしなら、なにかあっても奴らを守る程度のことは造作もないという信用もあったのだろうがな」

 ミドリは「なるほど」と納得した。
 それが本当に役に立つかはわからないものの、ピヨの加護を受け、いきなりチートモードでゲームを始めたようなミドリには、冒険者として駆けている面が多い。
 これまではパワープレイで乗り切れたが、この先、それらの基本技能が必要になる日がくるかもしれない。
 そう思えば、確かにこの引率は彼女のためのものと思えた。

「あるいは……」
 別案を言いかけたピヨの言葉が止まる。
 そして警戒をミドリにもとめた。

「何か来る。早いぞ」

 ミドリは緊急事態であることを冒険者らに告げると、すぐに自分の後ろに回るよう命令した。


##15
「早く下がって」
 言うも、まだ魔物を認識できていない冒険者たちは戸惑うだけだ。

――私が動いたほうが早い。

 そう判断すると、急接近する魔物の気配に挑みかかる。

 ミドリが茂みに踏み込むと、急接近する魔物と遭遇した。。
 それはティラノサウルスに似た大きな頭を持つ二足歩行の魔物だった。
 それをみた冒険者たちが声をあげた。

「ドラゴン!?」
 ミドリの目にはそれが恐竜に見えたが、この世界ではあれをドラゴンと呼ぶとのことだ。ピヨもそれを肯定している。

 ミドリは魔法の剣を抜き、巨頭のドラゴンに斬りかかる。
 しかし勢いにのったドラゴンはそのままミドリに体当たりをした。
 そのまま斬りかかっても、巨体の勢いまでは殺せない。
 そう判断したミドリは、ドラゴンの頭に手をつくと跳び箱の要領で飛び越えた。

 しかしそれが失敗だったことにすぐに気づいた。
 彼女の背後にはまだ逃げていない冒険者がひとり残っていたのだ。

 ドラゴンは最初からその一匹を狙っていたのだろう。
 女の腕にかぶりついた。
 そのまま腕を食いちぎることなく別の場所に運ぼうとする。
 女を巣穴まで持ち帰られれば、生存して帰れる可能性は皆無となる。
 そう判断したミドリは、即座に女の腕を切り落とした。
 悲鳴を上げる女冒険者。
 されど彼女の仲間には治癒術の使い手がいる。
 死んでさえいなければ、生き延びさせるくらいは簡単だろう。


 ドラゴンは冒険者との戦闘になれていた。
 故に、仲間を失った冒険者が冷静さを欠くことを熟知している。それを利用し、ひとりひとり獲物を狩ることをねらっていた。
 そのことを小さな人間にん防がれたことを不快に思っていた。

 いや、ドラゴンにとってはその少女の姿をした、なにかこそが不快の根源だった。
 故に、本来の活動拠点を離れたこの地にまで出向いたのである。

 ドラゴンは改めてミドリを見据える。
 それにミドリも答えた。

 そして背後にいる冒険者たちに改めて命じた。

「あなたたちは逃げてください。アレは私が倒します」
「だが……」
「アレのやり方を見たでしょう? アレは非常に賢く、弱いところから狙ってくるのです」

 ドラゴンの目からは彼らが弱者であることが明白だという。
 だが彼らの目では、ドラゴンの脅威はわかっても、ミドリと自分たちの差までは理解できていない。

 つまりは自分たちには実力も観察眼もない。そのことを思い知らされると、彼らはようやく撤退指示に従った。

##16
 ドラゴンの攻撃はすさまじかった。
 無数の牙が並ぶアゴ。
 鋭いツメを宿した前腕。
 さらには長大な尾をつかった攻撃である。
 だがそのすべてが、前座にすぎなかった。

 なんとドラゴンはボクサーのようなステップに組み合わせ、瞬間転移の魔法を織り交ぜてきたのである。

 さらに魔法の剣をたたきつけても、その鱗を破ることができない。

 さすがのミドリもその対応は困難を極めた。
 
 それでも持ち前の反射神経で魔法の剣を振るい、その攻撃を防いでいく。

 攻撃にかかるコストは魔法を織り交ぜるドラゴンの方が高い。
 それでも小柄なミドリとどちらの体力が先に尽きるかは賭けに思えた。

 そんな中、ドラゴンが勝負に出た。
 これまでにないほどの魔力の高まりを感じる。
 そして次の瞬間、同時に七匹のドラゴンが現れ、同時にミドリの小さな身体にかみついた。


##17
 強力な魔法同士が干渉し合う、耳障りな音が響いた。
 なんとピヨの作った強力な障壁と、ドラゴンの移動魔法が干渉しあったのだ。

 その余波でミドリは見知らぬ空間に飛ばされていた。
 周囲を見渡すと、そこは巨大な迷宮の一角だった。

「ここはどこかしら?」
 アホ毛をぴょこぴょこさせた赤いヒヨコにたずねるが、
「ピヨ」と首を傾げるだけで回答はなかった。

「わからないのね」
 いつものことだとため息をつこうとするが、すぐにちがうとわかった。

 これまで自分を覆っていた、オーラのようなものが消失していることに気づく。

 あらためてピヨに呼びかけても返事はない。
 まるで普通のひよこのような反応である。

「まさか……?」
 ミドリはある仮説を立てた。

 ここはピヨの力を封じている迷宮なのではないかと。
 ドラゴンは迷宮の守護者で、それ故にピヨの力に反応して自分に襲いかかってきたのではないかと。
 そしてこの場所がピヨの力を封じるというのであれば、自分は無力な少女にすぎないのではないかと……。


##18
 迷宮は古代の神殿のような様式で作られており、壁には精緻な彫刻や古代文字が刻まれていた。
 彫刻はどれも神秘的で、見る者を圧倒するような存在感があった。
 通路の幅は広く、四人くらいの人間が並んで歩ける程度だった。
 石畳で覆われた通路は、長い年月が経っているにも関わらず、手入れが行き届いているように見える。
 苔むしている部分もなく、どこか神聖な雰囲気すら感じられた。

「出口も入口もないわね」
 ピヨの返事がない以上独り言である。しかしなにかのタイミングで返事がくるのではと期待して声を出す。

 ここが迷宮であるなら、封印を解くチャンスである。
 しかしピヨの加護もアドバイスすらない状況でどこまでできるのかわからなかった。

 治癒の札は使えた。
 身体の傷を癒やす。
 この事態は最初から想定しておくべきだったと反省する。
「あの冒険者たちはどうなったのかしら…?」
 おそらくは大丈夫だったろう。ちかくにいなかったので巻き込まれた心配はないだろう。
 すくなくともブレイブへの恩は返したと言える。
 なによりも、自分が生きてかえることが最優先だった。


##19
 ミドリは動く床や、落とし穴、飛び出す矢などのトラップを抜けて進む。
 元来、警戒心の強いかのじょはその手のトラップに敏感だった。
 また一般的な冒険者よりも軽量なことも幸いした。


 さらに進んでいくと宝箱を発見した。
 罠である可能性が高い。
 しかし封印の迷宮に入り口はなかった。
 盗掘対策とは想いにくい。
 ならば攻略に関係あるかもしれない。
 注意して罠を外す。
 なかには巻物が入っていた。

##20

 ミドリはピヨと連れ休憩する。
 いったん休憩。
 迷宮は広く終わりがみえない。
 ミドリは封印されるまえのピヨのことを聞く。
 善悪はその都度の時の権力者が決めるもの。
 ピヨが不要になったので、封印されてしまったのだという。

##21
 最後の試練の間にたどりつく。
 本来はドラゴンとの戦いをここで強いられるハズだった。
 しかし、地上で相打ちじみたことになっているので不在である。

 運がよかった。

 そして封印の石を見つけた。

 これを壊せば終わりである。
 破壊する。

 しかしピヨに力はもどらなかった。

 逆に解放された力がミドリに襲いかかる。


 絶体絶命のミドリ。

 そこへ助けに来る者がいた。

 ブレイブである。


 ブレイブは妹に似たミドリを守ると、ピヨの力を破壊する。

 そうすることでミドリを守った。

 しかし、彼の命もつきようとしている。

「どうして……」
「さぁな」

 冒険者たちから窮地を聞いて、この場にのりこんできたブレイブはここで命を落とした。

 ピヨは力を取り戻し、目級を脱出すると、下の世界にミドリを連れ帰った。


##22
現世への帰還するミドリ。
しかし時間の経過が予定と大幅にずれていた。
母親が激怒。
これは悪魔の使いであると、赤いヒヨコを握りしめて殺す。
さらにミドリを折檻する。
しばらくして疲れた母親が、悪魔の仕業であるとわめきはじめる。

 そんな言葉をミドリは倒れたまま聞いていた。

 そして彼女は願いを口にする。
「ピヨ、世界を滅ぼして」
「あいわかった」
 死んだハズのピヨが、元の姿で応える。
「のこり二つの封印が解けたのち、我はそなたの望みをかならずや叶えよう」

 こうして、ミドリとピヨの物語の第一章は幕を閉じ、世界は終幕へのカウントダウンを始めた。
HiroSAMA

2024年08月11日 23時56分36秒 公開
■この作品の著作権は HiroSAMA さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆使用したお題:
    ゲーム:○ or ×
    神  :○ or ×
    ひよこ:○ or ×
◆キャッチコピー:赤いヒヨコと緑(グリーン)な少女
◆作者コメント:ごめん

2024年08月24日 23時59分24秒
+20点
Re: 2024年08月27日 22時18分41秒
2024年08月24日 16時08分21秒
+10点
Re: 2024年08月27日 22時18分21秒
2024年08月23日 22時37分15秒
0点
Re: 2024年08月27日 22時17分36秒
2024年08月22日 22時27分39秒
+10点
Re: 2024年08月27日 22時16分30秒
2024年08月20日 20時29分58秒
-20点
Re: 2024年08月27日 22時15分37秒
2024年08月19日 00時51分23秒
Re: 2024年08月27日 22時14分30秒
合計 6人 20点

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