ひよこダービー |
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場面1◆プロローグ ピヨトリアと呼ばれる世界がある。 古来よりピヨトリアでは、魔物と呼ばれる存在が人類種の脅威として立ちはだかっていた。 人類種は武器を振るい、魔術を駆使し、技を磨きつつもそれら脅威に立ち向かっていった。 しかし、魔法を扱う魔物に対し、人類の力はどれも小さく、到底太刀打ちできる状況にはなかった。 ――このままでは魔物で世界が満たされてしまう。 危機感を覚えたひと柱の神が、人類種にひとつの知恵を授けた。 それは魔物を仲間とし、その力を利用することである。 神からその手法を学んだ人類種は早速それを実行した。 それは大きな効果をあげ、人類種の助けとなった。 災厄から人類を救い仲間となった魔物を人類種は『フレンド』と呼ぶようにした。 それとは逆に人類の敵対者であり続ける魔物は『エネミー』と呼び区別した。 そしてエネミーを辺境の地へ追いやると、人類種は長年の夢である平和な土地を手に入れることができたのである。 平和を手に入れたあとも、人類種とフレンドの友好関係は続いた。 フレンドの力は戦闘以外でも有効に活用され、良き協力者であり続け、文明の発展に大きく貢献した。 そのことを神に感謝し、人類種は念に一度の大祭を行いこととした。 そのなかで行われる『ヒヨコ』と呼ばれる鳥形のフレンドを走らせ、早さを競うゲームは『競鳥』と呼ばれ、絶大な人気を誇るようになった。 次第に競鳥は浸透し、大祭以外でも行われるようになり、ピヨトリア中の人類種を熱狂させた。 その熱狂の中に、ミミイと呼ばれる幼い魔女の名もあった。 場面2◆誕生 ――ここはどこだ? 気づくと俺は暗闇に捕らわれていた。 光の差し込まないその空間は狭く息苦しく感じる。 どうにか抜け出せないかと壁を調べるが抜け穴の類は見つからない。それどころか身体を動かすこともままならない。 不意に壁から『コツコツ』と微かな振動が伝わってきた。 どうやら外には助けがきているようだ。 振動が小さいのは、こちらの安全を気遣ってのことだろう。 ――助けがくるなら焦ることはないな。 素人が生兵法で手を出しても徒労に終わるか、悪ければ救助者の足をひっぱりかねない。 ――まぁ、面倒ってのもあるけどな。 腹が減っていたこともあり俺は、なにかに違和感を覚えながらも、まぶたを閉じた。 しばらくして目を覚ます……が、いまだ暗く狭い空間からは解放されていなかった。 手際の悪さに腹を立てるも、文句を言う相手をみることもできない。 そういえば、耳障りだったコツコツという振動も、何故だかなくなっている。 ――あれ、ひょっとして諦められた? というか、なんであの振動を救助だと思い込んだのか。 自分の愚かさを呪いつつも、慌ててコツコツと殻(・)をつつき出す。 ソレは堅く、貧弱な力ではいくら経っても壊せそうになかった。 それでも焦燥感は俺を突き動かした。 息が荒くなり、その分寿命が削れていく思いだ。 ――嫌だ、死にたくない。 必死な想いは力尽きる直前に暗闇を打ち破った。 ――やった! 亀裂から差し込んでくる光を広げ、外へと頭を出す。 そこはみすぼらしい小屋の中だった。 ――見覚えはない……よな? 少しでも情報を得ようと、ソコ(・・)から出る。 その際に足を引っかけて転んでしまった。 その拍子に多くのものが目に入った。 ひとつは俺を閉じ込めていた壁は卵の殻だったこと。 もうひとつは、俺自身が黄色い羽毛で包まれた小さなヒヨコであったこと。 ――なんで!? 光の差し込む小屋の中、俺は自分がヒヨコであることに驚愕していた。 黄色い羽毛。 羽の付いた小さな体。 短い足。 どこをどうとってもヒヨコである。 そもそも自分が人間であるという思い込みはあったのに、人間としての記憶がないのは何故なのか……。 ――ひょっとして転生!? 信じがたいけど、そうとしか思えない。 なにより寒気がするのは、この後、自分に待ち受けているだろう鳥生である。 狭いケージに閉じ込められ、卵を産み続ける一生とか冗談ではない。 いや、それならマシなほうで、もしオスだったらそのまま廃棄もありえる。 かつてテレビで見た、選別後のオスヒヨコが廃棄される映像が脳裏をよぎった。 ――頼む、メスであってくれ。 慌てて自らの股間をのぞき込むが、ヒヨコの雌雄は資格が必要になるほど判別しづらい。 それでも必死な想いで凝視しつづけると、お尻の穴のすぐ近くに、わずかな突起物がある……ような気がする。 ――よし、逃げよう。 無力なヒヨコが一匹で生きていけるかは不明だが、ここに残れば待っているのは確実な死。 だったら、行動しないわけにはいかない。 だが、俺が行動を起こすよりも先に音がした。 振り返ると扉がスライドされ、外からの明かりが差し込んでくる。 そこには牧歌的な服を着た少女が立っていた。 幼くも見えるが、利発さと活発さを感じさせる容姿で、なんと髪色は緑だ。 そしてその隙間から、ピョコンと長い耳が伸びている。 ――ひょっとしてエルフ? そして俺は、自分が異世界転生という、希有でありきたりな事象に遭遇しているのだと気づいた。 場面3◆選別 ――いやマジ? ――ホントにホント? ――勘違いしてない? いくら自分に問いかけようと、異世界のヒヨコに転生したという推測を覆す証拠はみつからなかった。 緑髪のエルフ少女は、慣れた手つきで俺の雌雄を確認し、「オスね」とつぶやくとエサ場までつれていく。 エサに群がる兄弟たちに隙間を作ると、「しっかり食べて大きくなるのよ」と俺をそこに放り込んだ。 どうやらオスでもすぐに廃棄というわけではないらしい。 古い小屋の様子からして、生産能力だけを重視した現代的な卵工場などあるわけがないな。 だとすればしばらくは安泰と思って良いだろう。 そのことに安心しかけるも、だからといってここが楽園でないことに気づく。 先に産まれた兄弟たちは貪欲にエサを食べ続け、すでに俺よりも二回りは大きくなっている。 産まれた時間はそんなに変わらないと思うんだが、ここまで差ができるものなんだろうか? 出遅れた俺は、周囲の圧に負けてすぐにエサ場からはじき出されてしまう。 気づいたエルフ少女が、たびたび戻してくれるも、あまり口に運べない。 ――そもそもコレ、美味くないなぁ。 ◆ 卵から孵化し、数日が経過した。 小屋の様子から推測したとおり、俺たちヒヨコは簡素な農場で放牧されていた。 ヒヨコと言っても、俺が考えていたヒヨコとはどうにも様子がちがう。 体毛が黄色のままなのに鶏くらい大きい。顔つきに険があり凶暴さがある。それでいて丸みを帯びた体つきには愛嬌があるのだから、いったいなんなのか。 異世界ヒヨコの体質はホントに謎である。 殻から出るのに出遅れた俺は、先に育った兄弟たちに勝てず、食べ残しのエサでなんとか命をつないでいた。 せめてミミズでもいないかと、大地を削ってみても非力なせいで上手くいかない。 知恵と勇気なんてものは、それを実行するだけの肉体(フィジカル)が備わってこそだ。人類の知恵のいかに無力なことか……。 そんなことを考えていると、また緑髪の少女エルフが現れた。 彼女の名はミミイといって、頻繁に俺たちの様子を見に来ている。 その際に、エサや水の交換。さらには小屋の掃除と、ヒヨコたちの世話もしていってくれた。 食事競争に勝てない俺が、かろうじて生き延びられているのも、ミミイの慈悲によってである。 ミミイはエサに群がる俺たちを見下ろしながら、小さくため息を吐く。 「やっぱり、レアな子はいないか」 理由はわからんけど、彼女にとって俺たちは期待外れだったらしい。 そんなミミイの背後に、のそりと熊のような大男が現れる。 その容貌に恐れおののいた俺だったが、ミミイは親しげに声をかけた。 「ねぇパパ、約束ちゃんと覚えてるわよね?」 「もちろんだよミミイ。 しっかりとヒヨコたちのお世話を頑張ってくれたようだね。 キミの気に入った子をどれでもプレゼントするよ」 この大男はミミイの父親でロギコーという。 娘とまるで似たことがない父親で、耳の形もちがうので血縁があるかは謎だ。 ミミイは俺たちの世話と引き換えに、身柄を要求したらしい。 そしてロギコーは娘の仕事を認め、約束を守ることにしたようである。 ミミイは大玉のスイカくらいある兄弟ヒヨコたちを持ち上げ、その重さや毛艶の良さ、骨格などをしきりにチェックしている。 だが、ロクにエサを食べられていない俺は、そのチェックさえされることはなかった。 「どの子も大きく育ってくれているんだけど……みんな普通なのよねぇ」 俺にはずいぶんと異様なヒヨコに見えるんだが、彼女にとっては普通らしい。 一羽を選びかねているミミイに父親が「本当にそうかな?」と疑問を呈した。 「魔物の強さは身体の大きさだけでは決まらない。 ミミイ、キミにトレーナーとしての資質があるならちゃんと気づけるハズだよ」 父親からの指摘に、ミミイは改めて兄弟たちを吟味する。 だが彼女の結論が覆った様子はない。 彼女の結論が覆ったのは、たまたま近くを歩いていた俺を捉えた瞬間だった。 髪と同色の瞳をまんまるにする。 「この子すごい。でもどうして?」 ――どうしてって、なんかすごいの俺? 「よく見たら、毛色も少し薄いし、実はレアなの?」 そう言って、栄養失調気味な俺を抱きあげる。 「うん。キミに決めた」 「名前はどうするかね?」 「そうね……ピヨ吉。そう、ピヨ吉に決めた」 そして名付けを終えたミミイは、俺を抱え上げ「よろしくねピヨ吉」と、親愛のキスをするのだった。 場面4◆特訓 ピヨ吉の名を得た俺は、これまでと生活を変えることとなった。 身体のデカい兄弟たちから離れ、ミミイと寝食を共にする。 ミミイは就学前なのか、それとも学校というシステムがこの世界にないのか、俺を連れて村はずれの運動場で遊んでいることが多い。 そこで俺は『特訓』とやらをさせられるようになった。 「ピヨ吉、ダッシュ三〇本よ!」 「次は重りを担いでグランド十周! ピョンピョン跳ねながらよ!」 「精神修行も必要ね。滝に打たれなさい!」 他にも火の輪くぐりだの、ロッククライミングだのと、昭和のスポ根アニメのごとき要求が繰り返される。 ミミイに選ばれたことでエサに困ることはなくなったが、これではぜんぜん割に合わない。 ――つき合ってられるか。 そう思った俺は、ミミイの目を盗んで柵をくぐり、村の外へと逃げ出したのだった。 ◆ ――ミミイは何をさせたかったんだ? 一羽(ひとり)で歩きながら考える。 村にはヒヨコの他にもいろんな魔物がいた。 牛型の魔物からミルクを絞ったり、力の強い大型魔物に荷運びや畑を耕させたりもしている。 荷車を引くのもサイに似た魔物で、魔物は当たり前のように労働力として受け入れられていた。 そんな状況で、貧弱な俺(ヒヨコ)を鍛えてどうするつもりだったのか。 ――これからどうするかな。 腹が減ったので、地面をほじってミミズを探す。 他にミミズを狙う者がいないせいか、案外簡単にみつかった。 ちゅるるん♪ 最初はミミズを食うことに抵抗があったが、慣れれば案外美味いもんである。 ――とくにかく、これからは自由だ。のんびり考えよう。 腹が満たされ、その場にごろりと横になる。 ちょうど心地よい風が木々の間を抜け、俺を幸福感に満たして……はくれなかった。 風に乗って背筋が凍るような臭いが運ばれてきたのだ。 村では嗅いだことがない臭いに、ヒヨコ本能が警鐘を打ち鳴らす。 木陰から飛び出した影をかわせたのは、ほとんど偶然だった。 勢いよく飛び出した影は、四つ足で地面に着地すると、すぐにこちらに振り返る。 それはオオカミだった。 普通のオオカミとはちがい、頭部から螺旋状の角が生えている。 針金のような体毛は毒々しい色をしていて、飢えた相貌は瞳は俺を捉えたまま外れない。 ――やばい!? 警鐘は鳴り続けているが対処法がわからない。 一応、俺も普通のヒヨコではないのだが、産まれてひと月かそこらでオオカミに勝てるわけがない。 これまで恵まれない鳥生だったと思っていたけど、野生で生まれるよりはマシだったらしい。 ――今度こそ詰んだ! 兄弟とのエサ争奪戦なんか、ぜんぜん無理ゲーなんかじゃなかった反省。 ――反省したところで、生かすことなんてできないだろうけどな! オオカミはうなり声をあげ、とびかかる隙をうかがっている。 ――なんとかしないと! ――なんとかってどうやって!? 背を向ければその瞬間に襲われる。 避けられたとしても、逃げきるだけの体力なんてない。 それでも生への執着だけは捨てられず、オオカミとにらみ合う。 すると背後から、ごそごそっと音がした。 ――仲間!? オオカミが群れで狩りをする動物だということを思い出す。 そして意識が外れた瞬間、正面のオオカミが駆け出した。 ――もうダメだ! 覚悟を決めるが、鋭い牙が黄色い体毛に届くことはなかった。 飛び出した影が、手にした棒をフルスイングしオオカミにたたきつける。 「ピヨ吉、大丈夫!?」 それはひのきの棒を手にした緑髪のエルフ少女。ミミイだった。 場面5◆戦闘 「ピヨ吉はあたしのフレンドよ。エネミーのごはんになんかさせないんだからね!」 螺旋状の角を生やしたオオカミ型の魔物の前に立ちはだかるミミイ。 俺を守らんと、ひのきの棒を構えてオオカミに向けるが、その身体は小さく震えていた。 助けに来てくれたことはありがたいが、状況は変わっていない。 むしろ被害者が増えた分だけ悪化したとも言える。 ――ミミイが俺のために……。 小さな子に守られるだけじゃ男が廃る。 例えヒヨコでも、絶命する前に一矢むくいなければならない。 俺は一歩前にでるとミミイに『ピヨ』と声をかけた。 意味などないただの鳴き声だ。 ただ、そこ込めた決意は読み取ってくれたのだろう、ミミイは「ピヨ吉……」と感極まった声を漏らす。 攻撃を受ければ、俺の身体なんてひと噛みだろう。 だが、その隙にミミイが一撃を加えれば、オオカミを撃退できるかもしれない。 オオカミと対峙し、その時を待つ。 そんな中、俺の周囲で異変が起きた。 マンガで見るような魔方陣が俺たちの足下に現れ、不思議な光を放ち出したのである。 ――魔法? ミミイが? 背後でなにかしているのを感じているが、これにどんな効果があるのかわからない。 身体に熱いものが巡りはじめるのを感じる。 それとともにミミイの俺を守ろうとする意識が流れ込んできた。 それと一緒に早く術を完成させなければならないという焦燥も。 それをオオカミも感じとったのだろう。魔法が完全な効果を発揮する前に、飛びかかってきた。 次の瞬間ミミイの魔法が完成する。 身体にあふれる爆発的な力があふれ出す。 その力を足に集中させた俺は、動きを鈍らせたオオカミの鼻っ面へと体当たりする。 予想外の反撃に面食らったのだろう、悲痛な鳴き声をあげオオカミは逃げ出した。 脅威を排除できたことにひと安心した俺とミミイだったが、事態はそれで終結しなかった。 オオカミの足下から黒い影のようなものが伸び、完全に拘束したのである。 驚いた様子からして、ミミイの魔法ではない。 オオカミを拘束した者は、木々の影から熊のようにでかい身体とともに姿を現す。 「パパ!」 声の主はミミイの父親であるロギコーだった。 その隣には黒く凛々しいヒヨコの姿があった。 クチバシや羽はあるものの、スラッとした鹿のような形態はぜんぜんヒヨコっぽくない。 漆黒のヒヨコは、ロギコーから命じられると拘束されたオオカミにとどめを刺す。 あのオオカミを拘束している魔法も、黒ヒヨコの仕業なのだろうか? ミミイの魔法が完成する直前、オオカミが動きを鈍らせたので、ギリギリまで俺たちの様子を観察していたのかもしれない。 ミミイは「ノワールもありがとうね」と黒色の体毛にキスをした。 ――俺だって頑張ったのに……。 いや、別に報酬が欲しいってわけじゃないんだけど。 「はいはい、ピヨ吉もすねないでね」 そう行って俺にもキスをする。 ――あれ、俺の考えが伝わってる? 「どうやらフレンド契約は上手くいったようだね」 ロギコーが感心したように言う。 なんでも、魔物と魔術で契約をし、意思疎通できるようにすることをフレンド契約というらしい。 フレンド契約には様々な特典があるらしく、契約者との意思の疎通もそのひとつだそうだ。 ちなみに、俺がまとめて魔法と呼んでいたものは半分まちがいだった。 魔物限定の特殊能力が魔法。人間が呪文詠唱で魔法のような効果を生み出す技術が魔術と分かれるそうだ。 「さすが俺の娘だ。ピヨ吉との意思疎通も上手くいっているようだし、あの土壇場でフレンド契約を成功させるなんて天才だな」 ロギコーは小柄なミミイを抱き上げクルクル回ると、親馬鹿技能を存分に発揮する。 だが、危険な森にひとりで足を踏み入れたことには厳しく怒られた。 無論、それは俺のせいなのだが、それでもひとりで探しに入ったことや、そもそもとして契約前の小さなヒヨコから目を離したことへの注意は避けられない。 ミミイは涙目になりながらも、真摯にそれを受け入れるのだった。 場面6◆デイキョウ 俺とミミイがフレンド契約を行ってから数日が経過していた。 ある程度の意思疎通ができ、ロギコーからの助言もあって特訓ごっこにもいささかの手心が加えられるようになった。 エサについては、あまり改善されていないが……。 俺たちはサイ型のフレンドの引く車に乗り、田園風景の並ぶ街道をゆったりと移動している。 同行者は、御者を務めるロギコー。 そのとなりに操作法を学んでいる娘のミミイ。 荷台には俺ことピヨ吉。 そしてもう一羽、漆黒の体毛に身を包んだスレンダーなヒヨコ、ノワールが乗っている。 ノワールはすでに三歳になったヒヨコだ。 ノワールは強いだけでなく、精神的にも成熟していて俺にいろいろなことを教えてくれた先輩であり兄貴分でもある。 ついでにフレンドについて説明しておく。 この世界の魔物は、人間と契約することで協力しているフレンドと、己の力のみを至上とするエネミーと呼ばれるものに分けられる。 フレンド契約にもいくつかの種類があり、いま車を引いているサイのように、誰も命令にも従う緩いタイプの契約もある。 緩いの分、俺とミミイのような意思疎通はできないし、身体強化などの恩恵も受けられない。 主に労働力として期待されるフレンドはそういう緩い契約で済ませる。ロギコーの牧場のフレンドは大半がそうである。 ちなみにフレンドとの契約者はオーナーもしくはトレーナーと呼ぶ。 ロギコーやミミイのようにオーナー兼トレーナーである者もいるが、調教を他者に任せ労働にのみ使うオーナーも珍しくない。 故にフレンドの調教を行う者をトレーナーと呼ぶのが一般的だ。 「見えてきたぞ」 手綱を握るロギコーがミミイに声をかける。 それにつられて俺とノワールも前方をみた。 「あれがデイキョウなのね」 初めて来たのだろう。ミミイが緑色の瞳を輝かせる。 そこには大都市デイキョウを包む驚くほど巨大な城壁と、そこに集う人々の長い長い列が連なっていた。 ◆ 鎧で身を固めた門番といくつかの質疑を交わし、ロギコーが身分証のようなものを見せると通行の許可がおりる。 そうして、ようやく大きな門をくぐると、石材と木材で形作られた巨大な都市の様子がみてとれた。 デイキョウはこの国ニオンで一番の都市である。 流通の中心地であり、経済の中心地。そこではさまざまな文化が生まれ発展するという。 そして本日は祭りの日である。 普段から多いデイキョウにさらなる人が集まるのだから人混みはとんでもないことになっていた。 道の隅では芸人が技を披露して、観衆からおひねりをあつめている。 串に刺した肉を焼いて売る出店もある。 カラフルな飴を量り売りしている店もある。 街を歩く人々の衣装もハイカラで、村の人たちとはまるでちがって見える。 初めてみる異世界の都市の姿に俺は目を奪われていた。 ――なんかあがってくるな。 気分が高揚してくる。それはミミイも同じらしく、目をキラキラさせていた。 しばらくすると人の多い通りを抜け、裏口のような場所へとたどり着く。 人のざわめきは聞こえていたが、そこに入れる者は限られているらしく、ゴミゴミした様子はない。 その場には、たくさんのヒヨコとそれをつれた子どもたちが集まっていた。 ここが俺とミミイの目的地、競鳥が行われる会場である。 場面7◆競鳥 広場には身なりのよい子どもたちと、色とりどりのヒヨコたちが集まっていた。 大人は運営側の人間だけで、ロギコーもノワールを連れて別の場所へと移動している。 ここで行われるのは競鳥と呼ばれるヒヨコをトラック内を走らせて競争させるゲーム……の子ども部である。 参加者の子どもたちは十二歳以下限定で、子どもたちが無理をしないようにと、ヒヨコも二歳以下限定である。 一歳にもならない俺は非常に不利なのだが、トレーナーであるミミイの強い要望を親馬鹿のロギコーが断るハズもない。 受付にならぶミミイに従い、俺もその隣に立つ。 周囲の視線がこちらに集まっているのを感じた。あざけりを含んだあまり好ましくない視線だ。 ミミイの服装は村人としては上等なものであるが、さすがにデイキョウの子どもたちに比べると垢抜けてはいない。 それでもミミイは可愛いし、優しいトレーナーなのだからバカにされる言われはない……と思ったのだが、ちがった。 どうもバカにされているのは俺らしい。 そりゃ生後一年も経ってないし、身体も小さいからなと思ったが、それだけが原因ではないようだ。 「おい見ろよアレ。どノーマルじゃん」 「信じられない。黄色のヒヨコで参加とか、なに考えてるんだろうな」 「ちっちゃいし、ろくなエサももらえてないんだろ」 「どうせ記念参加なんだから。相手にするなよ」 言われてみれば、俺以外のヒヨコたちは赤や青、緑といった色とりどりの体毛を持っている。 ――そういえばミミイも、俺たちを見てため息をついていたっけ。 懐かしく思っていると、口をへの字に曲げたミミイが俺に厳命する。 「いーいピヨ吉。あいつら全員ぎゃふんと言わしてやんなさい」 確か初戦では実力を隠せって作戦だと思ったんだが? 疑問の瞳を向けるが、真剣なまなざしに曇りはない。 ――可愛いご主人(トレーナー)様の頼みだ。いっちょやってやりますか。 ◆ スタート地点に設置された金属製のゲートに重りを背負わされたヒヨコが入っていく。 重りは子どもひとり分程度の重さで、戦時に運搬用に使われていた名残りらしい。 レースは目の前のゲートが開かれた時に始まるが、まだいささかの余裕がある。 ゲートの後ろにはトレーナーがいて、魔術で身体強化をしたり、額を合わせ指示を出したりしている。 額を合わせることで、意思疎通がより明確になり、作戦が周囲に漏れることもなくなる。 もっとも俺くらいトレーナーの思考を読み取れるヒヨコは珍しいらしいが。 俺たちも額を併せて最終確認をする。 『いーい、赤い子はパワー重視よ。気性の荒い子も多いからラフプレイには注意してね。 青いのはスタミナ重視。ぐいぐい先行して走るけど、終盤での競り合いに自信がない証拠だからペースを乱さないで。 緑のは身軽さが売りだけど、今回は障害物がないからそんなに気にしなくていいわ』 『ちなみに黄色は?』 『……バランス型』 バランス型だからといって問題があるとは思えないが、反応からして長所がなく、全体的に能力が低いって感じなんだろうな。 『でも、ピヨ吉はただの黄色じゃないから大丈夫よ』 それは気休めではなく、信頼の言葉だった。 『ところでスピード重視の色はないのか?』 『競鳥に出るヒヨコにスピードが求められるのは当然でしょ』 確かに。 『それじゃ、あんたをバカにした連中に吠え面かかせてやりなさい』 『口が悪いぞ』 俺はミミイから額を離すと、ゲート入り口へと頭を向ける。 これが開いた瞬間、レース開始だ。 場面8◆初戦 金属がきしむ音がすると、眼前のゲートが開いた。 俊敏に反応した俺は、砂のコースを蹴り前へと出る。 どノーマルと侮っていた黄色いヒヨコが先頭に躍り出たことで、観客がどよめいた。 例外はミミイの父親のロギコーでバカデカい声で、娘の愛鳥(俺)を応援している。 だが、俺の優勢はいつまでも続かない。 体力自慢の青いヒヨコたちがすぐに俺に追いすがってきた。 黄色い雑魚ごときに先頭は譲れないというプライドも影響しているのかも。 だが、これも作戦通りである。 いくら体力自慢とはいえ、必要以上にペースをあげれば自滅は必死。 一時的に先頭をゆずっても、あとで巻き返せばいいだけの話である。 俺は砂のかぶらない位置をキープしつつ、スタートダッシュで乱れた息を整える。 レースは中盤にさしかかり、気の早い差し足勢が動き出した。 赤いヒヨコの気性が荒いのは本当で、場違いな田舎者を排除しようと、身体全体でぶつかってくる。 それに張り合うには俺の身体は小さすぎる。 だが、生まれてからずっとデカい兄弟たちと争っていた俺はには慣れっこの展開だ。相手の呼吸を読み巧みに避ける。 それによりバランスを失った赤いヒヨコは失速。 さらにはそれを避けようとした後続が足並みを崩した。 ――チャンス! これで後続のラストスパートは警戒しなくていい。 俺は先方を走る青いヒヨコたちへと照準を合わせる。 距離は想定したよりも離れている。 だが、ノワールという優秀なヒヨコに比べれば、その足は鈍すぎると言えた。 俺は残された足を解放すると、砂をかく回転を速める。 背後から体勢を立て直した赤ひよこたちの殺気を感じたが恐れるに足りない。 そして俺は前を走る青いヒヨコを抜き去ると、トップでゴールを突き抜けた。 場面9◆勝利 「よくやったわピヨ吉」 勝利をもぎ取った俺は、トレーナーであるミミイの元にもどり褒めてもらう。 だがそれは長続きしなかった。 「でも、これで決勝レースはマークされちゃうね……」 いま頃になって冷静さを取り戻したミミイは、どんよりとする。 体格の小さな俺はどうしても、基本スペックで他のヒヨコたちよりも劣る。 純粋な力比べでは勝機は薄く、レース中に体当たりでもされればあっさりと転倒しかねない。 故に他の連中の隙を突くことで勝率をあげようとずっと前から作戦を練っていたのだ。 それをバカにされた程度のことで台無しにしてしまった。 当然、さっきのレースを見た連中の中には、俺を警戒する連中が出てくるハズだ。 体格で劣るのは明白なので、強いあたりがくることが予想される。 「ごめんねピヨ吉、私のせいで……」 ――別にミミイのせいじゃないさ。俺もあいつらの鼻を明かせてスッキリしたしな。 それに奥の手まで見せた訳じゃないから、なんとしてみせるぜ。 ◆ 俺とミミイは、決勝レースが始まるまで屋台を回ることにした。 俺としてはデイキョウ観光にも行きたかったが、そこまでの余裕はない。競技場まわりの屋台を見て回るのがせいぜいである。 財布は当然ロギコー。 良い匂いをさせる屋台を見つけると、ミミイと一緒に串肉を食べる。 なんの肉かは知らんが、なかなかに上手い。 無性に焼き鳥が恋しくなってくるが、いろんな意味で難しいだろう。 串焼きの肉を楽しんでいると、ミミイが元気を取りもどす。 「このまま一気に優勝するわよ」 子どもの部は参加者が少ないため、次がもう決勝である。 他のトレーナーの身なりの良さからして、誰でも気軽に参加という訳にもいかないのだろう。 そのわりに観客の身なりはよくないので、賭け事でもしているのかもしれない。 そんなことを考えていたら、背後から声がかかった。 「その台詞、聞き捨てなりませんね」 そこに現れたのは、珍しい紫のヒヨコをつれた少年だった。 いや、少年ぽくみえるけど、スカートだし少女かな? 年頃はミミイとおなじくらいで小柄。 口元のホクロがついていて、いまは少年のようでもいずれ美女に化けそうな気がする。 それはともかく、少女は話を続ける。 「あなたのヒヨコは黄色(ベーシック)とはいえ、状況を適切に判断する賢さがある。 うっすらと白の要素も感じるので、そのせいかもしれませんね」 少女は俺を観察しながら言う。 「それでも優勝は僕のパプルンです」 そう言って、紫のヒヨコを自慢げに紹介する。 パプルンと呼ばれたヒヨコはスラッとしていて、三歳のノワールと変わらぬくらい大きい。 体毛はピンクがかった紫で、初めてみる色合いだ。 ミミイから聞いた話では、紫は瞬発力にも持久力にも優れているという。それでいて黄色(ベーシック)とちがい、凡庸で終わるケースの少ないレアカラーだ。 ヒヨコの年齢は熟練の鑑定士が、クチバシやツメの形やツヤで判断されるが、レースに参加できるということは三歳未満であると判断されたのだろう。 「僕の年齢制限さえなければ、すぐにでもメジャー本戦に参加するんです。 子どもの部への参加はその前に箔を付ける前哨戦にすぎません」 キリリとした表情からは自信のほどがうかがえる。 パプルンの落ち着いたたたずまいからして、無根拠ではなさそうだ。 これはふんどしを締めてかからないとな。 「遅れましたが、僕の名はロエス」 「ミミイよ」 火花を散らしながらも、ミミイはロエスから差し出された手を握り返す。 少女同士のライバル関係っていいな。 「ところで……そちらの方、トレーナーのロギコーさんですよね」 ロエスの視線がロギコーに向けられると、それまで堂々としていた挙動がぎこちなくなった。 「ああ、そうだが?」 「あの、私、ファンなんです! 握手をお願いします!」 ロギコーは幼いファンの少女に笑顔で応じる。 となりでは、エルフ耳の愛娘が刺すような視線を向けていた。 場面10◆評価 「実際どう思うの?」 ミミイが父親であるロギコーに、どこか熱を無くした言葉で問いかける。 「あのパプルンってヒヨコは強いだろうな。鍛えているのは間違いないし、魔力も充実している。 たたずまいからして、トレーナーとの関係も良好なのがわかるし、ピヨ吉の強力なライバルになるな」 彼はロエスの連れたヒヨコに高評価を与えたが、ミミイが聞きたかったのはそういったことではないらしい。 「あたしとあの子、どっちが可愛い?」 普段とちがうミミイの視線に、どこか気圧されながらもロギコーはミミイのかわいさを語彙の限り絶賛した。 普段から親馬鹿なロギコーであるが、その言葉には何故か必死さを感じさせる。 それを聞き終え満足そうに微笑むと、いつものミミイにもどるのだった。 ――こわっ! ◆ 昼食を終えると決勝の準備を進める。 「ピヨ吉、次はもっともっと気を引き締めるわよ。アレも解禁しちゃうからね!」 ミミイの言葉に、俺は小さく鳴いて応えた。 ロエスとパプルンのコンビは容易に倒せる相手ではないだろう。 だが、俺たちだって負けてはないハズだ。正面からの力比べじゃとても勝てないが、他のヒヨコも巻き込んだ乱戦にすれば勝機は十分出てくるだろう。 決勝戦が近づくにつれ、広場の熱気はさらに高まっていく。 そんな中、決勝進出者はコースに集まるよう呼び出しを受けた。 場面11◆決勝戦 ついに決勝の時間が訪れた。 決勝進出を決めた十二羽のヒヨコたちが、くじ引きで引き当てたゲートへと入っていく。 七番ゲートに入る俺たちのとなりには、偶然にもボーイッシュな少女ロエスと紫のヒヨコパプルンがいた。 改めてみてもデカい。 ただデカいだけでなく、身体が引き締まっているし、紫の毛艶もいい。 ノワールと比べてもそう遜色はないかもしれない。 「ピヨ吉は頭がよく落ち着いていて良いヒヨコだね。 でも今年の優勝は僕らで決まってる。 申し訳ないが、キミたちは来年に希望をもってくれ」 「今年だって勝つわ」 ゲートに入ってからの私語は禁止されている。 それでもふたりは隣だけに聞こえるよう、絞った声で伝え合う。 観客たちの声援もあり、声が審判に届くことはないだろう。 すべてのヒヨコがゲートに収まる。わずかな沈黙が挟まれ、ゲートが開いた。 各ヒヨコ一斉にゲートから飛び出す。 軽量と反射の良さを生かしたダッシュで俺が先頭を取る。 第一コーナーまではそれをキープし、その後からは青いヒヨコたちに順位を譲っていく。 俺がまえに出たことで、コースを取りそこねた逃げ勢が若干走りにくそうにしている。 たいした妨害にはならないが、肉体面ではこっちの方がふりなのだ。少しでもその差を埋められるように手は打たせてもらう。 ――それでパプルンの野郎は……。 速度をキープしつつ、紫のヒヨコの位置取りを確認する。 そしてゾッとした。 静かに俺の真後ろにつけてやがった。 パプルンの顔色は見えない。 だが相手は実力もあり自信もある。 この位置につけたのは作戦だろう。 ――にゃろめ! 圧力(プレッシャー)を感じつつも、足取りは緩めない。 いや、緩められない。 小段すれば、プルルンのやろうは一気に俺のことを抜き去る気でいやがる。 赤(パワー型)と青(スタミナ型)のいいとこ取りのレアヒヨコ相手に、消耗戦はしたくない。 前を譲ろうとペースを落とすが、パプルンは前に出ようとはしなかった。 ――他の連中は眼中にないってか? 実力者が自分だけに注意を向けていることを、わずらわしくも光栄に思う。 ――どうする? 考えている間にも、終盤の追い込みを得意とする赤いヒヨコたちが距離を詰めてくる。 最終直線であいつらと競い合うことになれば、パプルン以前にあいつらにも負けかねない。 俺としては好位置を維持しつつも、パプルンの隙を見ての反撃に移る気でいた。 俺の小さな身体は向こうとて把握しづらいはず。 それを利用してプレッシャーをかける気でいたのだが、まさか格上からマークされるハメになるとは大誤算もいいところである。 ――どこからでも勝負を仕掛けられるってことか。 引き出しの多いヤツはいいよな。でも、作戦(悪知恵)じゃ負けねぇぜ。 俺は予定よりも早く勝負を仕掛けることを決める。 中盤でスピードを落としたことで、早く前を追いかけなおさなければならない。 体力に不安はあるが、だからどうした。根性でフォローする。 ――根性、根性、ど根性でぇい! 先頭集団との距離が縮む。 ヒヨコとヒヨコの隙間は狭い。 そこに俺は飛び込んでいった。 さすがに身体の大きなパプルンはついてこられない。 俺は作戦がはまり、パプルンのプレッシャーから解放されたことに安堵する。 だが、これで余裕ができた。 ――次は前の連中を捕まえる。 みれば、先頭を走る青いヒヨコは、コーナー出口付近で失速し始めている。 途中でペースを乱したか、それとも最初から無謀を覚悟で勝負を仕掛けたのか……。 ――どっちにしろ、これならちぎれる! 作戦勝ちを確信する。 坂の向こうにあるゴールが近づいてくる。 前を走る逃げヒヨコも近づく。 観客の声援も大きくなる。 そしてそれが最高潮に達したのは、俺が先頭に立ち、それが覆された瞬間だった。 ――えっ? 鳥群を避け、大外から駆け上がってきたパプルンの紫の身体が風となり駆け抜けていく。身体が輝いているようだった。 ――まさか魔法だと!? 競鳥ではレース前に、トレーナーから身体強化の魔術を掛け、身体能力(スペック)を向上させるのは基本技能だ。 しかし、一部の優秀な競鳥たちは、己で魔法を使うことでさらに有利な状況を作り出すのだ。 魔法強化(ブースト)と呼ばれるその手法を、俺は練習中のノワールから教わっていた。 しかしまだ完全な習得には至っていない。 発動はできるが、魔力の消耗が激しすぎて、すぐに力尽きてしまうのだ。 迂闊に発動させれば完走すら怪しくなる。 だが、俺を抜き去った紫色の鳥体が、ゴールを目指して一歩、また一歩と遠ざかっていく。 このままでは逆転することはできない。 ――二着でも健闘じゃないか。他の連中と半分も生きてないんだぞ。 妥協が声となり俺を誘惑してくる。 それを弾き飛ばしたのは、スタート地点から声を張り上げるミミイだった。 声をからしながらも、懸命に俺を応援している。 ――計算がどうした、このくそったれヒヨコがぁ! 魔力強化(ブースト)を発動すると、心臓の鼓動が大きくなった。 身体はさらなる力を得たが、それだけでは走れない。 歩幅が短い分、俺は足の回転数を上げなければならない。 心肺機能の限界が簡単に振り切れる。 すぐに酸素が足りなくなる。 身体は今にもバラバラになりそうだ。 目がかすみ、前を行く紫のヒヨコまでの距離がどれほどなのかわからない。 それでも俺は前を目指した。 必死に前だけを目指し、全力疾走する。 そして一着(トップ)でゴールを突き抜けたのだった。 場面12◆勝者 歓声が会場を包み込む。 だが、ゴールを突き抜けた俺は、力を使い果たして大地に転がり倒れる。 足が止まったせいで、身体の血流だけが動き回ろうとし、身体が爆発してしまいそうだ。 「ピヨ吉!」 慌てて駆け寄るミミイが、俺を抱きしめる。「よくやったわ、優勝よ」と健闘を称えながら、治癒魔術の施された呪符を俺に貼り付けた。 いまにも破裂しそうだった血管は動きを沈め、身体にため込んだ熱も蒸散していくようだ。 「もう、あんたはホント無茶するんだから……」 俺が勝手にした無茶なのに、ミミイが悲しんでいる。 次は心配させないように、楽勝で勝てるようにしないとな。 そんなことを考えていたら「おめでとう」と、祝福の言葉をなげかけられた。 みればパプルンを連れたロエスが立っている。 敗者のクセにパプルンにはまだ余裕がありそうだ。 適正距離が俺よりも長いのかもしれない。 それでも俺の勝利にはまちがいないけどな。 「まさかピヨ吉が魔力強化(ブースト)まで使えるとは思わなかったよ。まだ小さいのに末恐ろしいね。 パプルンにも最初から魔力強化を解禁させておくべきだったよ」 その言葉は、トレーナーである自分の判断ミスで、愛鳥を敗北させてしまったことへの深い後悔がにじんでいた。 無論、ロエスとしても単純に出し惜しんだわけじゃなく、なしでも勝てると判断したからだろう。ならば愛鳥に不必要な負担をかける必要はない。 俺とて、自分が魔力強化を発動してちゃんとゴールまでたどりつけるかは賭けだった。 勝負に勝ったというよりは、運が良かっただけといったほうが近いかもしれない。 レースには勝ったが、実力的にはパプルンのほうが完全に上である。 だが、運も実力のうちだ。 優勝の栄誉を譲る気はない。 ◆ 俺とミミイはロエスとパプルンを誘い、屋台を堪能してまわった。 優勝賞金がたんまりとあるので、軍資金には事欠かない。 地元民であるロエスの紹介で美味しい店をピンポイントで回っていける。 デイキョウにはいろんな地方の美味いものが集まってくるとかで、名物が多すぎるのが名物といった感じなのだとか。そう苦笑しながら説明していた。 そんな感じにデイキョウ観光をしていると、あたりに大きな鐘が鳴り響いた。 「そろそろ時間みたいだね。行こうか」 ロエスの先導で俺たちは競鳥場へと向かう。 そこは俺が走った子ども用のコースとはちがい、巨大な本物の競鳥コースだった。 場面13◆GⅠ 本競技場はなにもかもがちがった。 コースが長く広いだけでなく、芝生に似た植物でで覆われているのだ。 砂とちがってだいぶ走りやすそうである。 小さなコースはほとんどが管理が楽な砂なので、俺も早く一流のコースを走れる身分になりたい。 ちなみに本日のメインレースは『ピヨピヨチャンピヨンシップ』である。 GⅠ(グレードワン)という最高ランクに位置づけられたレースであり、優勝賞金が高額なのはもちろん、多大な名誉を賜ることができる。 むろん参加者は、各地の予選レースを勝ち抜いた強者たちばかりだ。 そしてその中の一羽に、ロギコーの育てたノワールがいる。 先に会場入りしていたロギコーとノワールが姿をみせると、広大な会場が白熱した歓声に揺れた。 娘であるミミイと、そのっ友だちであるロエスも、その勇姿に歓声を送っている。 今回のレースは三歳鳥にとって、一度しか挑戦できない最高峰のレースである。 その中でダントツの一番人気を誇っているのだから、ノワールの人気の高さがうかがえる。 体調もバッチリだし、かなりの期待が持てるだろう。 だが、問題がないわけでもない。 実力があっても、いや、確固たる実力があるからこそ勝てないということもある。 俺がパプルンを下したように、実力以外の部分も強く影響する。 それに周囲から一番警戒されているヒヨコは、一番走り難さを強制されるヒヨコでもある。 いくらノワールとはいえ、一長一短で勝てる展開になるとは思えない。 ◆ 観客席に移った俺たちは、興奮と緊張に巻き込まれつつもレースの開始を待つ。 レース場では色とりどりのヒヨコたちが次々とゲートに入っていく。 レース場の雰囲気は、子ども向けの会場とはだいぶちがった。 椅子などの備品にかけられた費用の高さがうかがえる。儲かってるんだろうな。 また、子ども向け会場は、授業参観のようなほのぼのとした空気があったが、こちらにそおんな温さはない。 まるで真剣師のような緊張感である。 こっちの世界でもギャンブルは人気らしい。 参加者も、いいとこのお子さんが多かった子どもの部に比べて、競鳥に生涯をかけてそうな、どこか常軌を逸していそうな連中が目につく。 その中においても負けない個性を発揮しているロギコーも、やっぱり普通とはちがうんだなーと思った……。 場面14◆レース開始 期待と不安が入り交じる中、ゲートは開かれた。 さすがはGⅠレース。全鳥が乱れることなくゲートを飛び出していく。 さらには出走しているすべてのヒヨコたちが、スタートダッシュから魔力強化(ブースト)を発動させていた。 それも俺やパプルンが発動させたものとは比べものにならないほど強力な魔力強化(ブースト)をだ。 ――すげぇ。 レベルの高いレース展開に俺は釘付けだった。 透き通るような青空のようなヒヨコが一羽先頭を疾走していく。 それを追う漆黒の体毛を持つノワールは、少し距離を開け3~4番手あたりで展開をうかがっている。 パプルンもそうだったが、実力がある連中はレースがどう展開しても、それに併せて足を使える。足りない分を根性で補うしかない身としては、うらやましい限りだ。 ――いずれは俺もあそこで……。 改めて掲げた目標の高さに心がひりつく思いだ。 おなじ想いだったのだろう。レースを見つめるミミイが、無言のまま俺を抱きしめる。 波乱は中盤にさしかかる前から始まった。 スタミナ面で不安を抱える赤いヒヨコたちが、早い段階で勝負を仕掛けてきたのだ。 当然、仕掛けがはやければ最後まで息が続かなくなる。リスクの高い作戦となるが、あまりに先頭集団から離されてしまえば、自慢の末脚を披露することなく敗北だ。悩ましいところだろう。 だが、彼らの目的は他にあった。 今回のピヨピヨチャンピヨンシップの本命鳥は、誰の目から見てもノワールなのは確実。 予選レースですでに格付けが決まっているのだから当然だろう。 そして最初から勝ちを諦めたヒヨコたちは、さまざまな想いから番狂わせをねらっている。 故にノワールの妨害に走るのは当然とも言えた。 単にノワールを目の敵にしているのかもしれない。 誰か別のヒヨコを勝たせるように談合が成立しているのかもしれない。 ひとりのオーナー・トレーナーが複数の所有ヒヨコをひとつのレースに投入することも珍しくはない。 となれば、おなじオーナーの有力鳥が有利にレースを運べるよう、別のヒヨコたちに指示が下っているのは十分あり得るだろう。 早仕掛けをした赤いヒヨコがノワールの黒い身体に接触する。 少々の接触は黙認されるが、あまり強いあたりは失格となりかねない。 それを考慮したうえで、なおかつ仕掛けているのだろう。 ノワールは全体的な能力の高いバランス型である。 さすがにパワー重視の赤ヒヨコ数羽に削られては、後のレース展開に支障が出る。 そのことを心配するが、それは杞憂だった。 ノワールはトリッキーな動きで体当たりさながらに突っ込んできた赤いヒヨコたちを交わしたのだ。 その様子は、魔物の攻撃を回避する勇者さながらである。 「いいぞー! ノワール!」 ミミイやロエス以外にも、大勢のファンがノワールを応援している。 そしてレース終盤が近づくとノワールは集団から抜け出す。 それを逃すまいと、色とりどりのヒヨコたちがあの手この手と襲いかかるが手遅れだった。 ノワールは最終コーナーを抜け出すと、先頭を快走する空色のヒヨコを見据える。 そしてここが勝負所であると魔力強化(ブースト)を再び発動させた。 「ノワール頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!」 ミミイは喉を嗄しながら必死に応援している。 手を組み祈るような姿勢は、少しでも魔力を届けようとしているのかもしれない。 その想いが届いたのかもしれない。 ノワールのスパートはこれまでにない切れ味で、空色のヒヨコを抜き去ると、見事一着でゴールしたのだった。 場面15◆別れ 「やったやったやったー!」 歓声に包まれた客席で、ミミイがロエスとともに歓喜に涙している。 そして自分たちも、いずれあの大舞台に立つのだと、新たに心に決めるのだった。 しばらくして、ノワールの休息が済んだ頃に、優勝トロフィーの授与と、勝利者インタビューが行われる。 声量を大きくする魔術がしかけられたマイクのような道具を通し、トレーナーであるロギコーの声が客席に届けられる。 ロギコーは応援してくれた観客たちに礼を言うと、客席にいる娘に良いところを見せられてよかったとホッとし、観客を笑わせていた。 そして、本日勝ち取ったピヨピヨチャンピヨンシンップと同じ、三歳鳥GⅠの残り二つのレースも優勝し、ノワールを三冠鳥にすることを宣言した。 それは自らに誓いを課すとともに、同年齢のヒヨコを所有するオーナー・トレーナーたちへの宣戦布告でもあった。 夢ある宣言に観客たちはもりあがる。 ミミイは「私たちも目指すわよ」と新たな誓いを胸にした。 ◆ その後、俺とミミイはロギコーとノワールと合流した。 彼らは世話になった人への挨拶回りがあるとかで、戻ってくるには相応の時間がかかった。 「ふたりとも待たせたな。 さて、賞金も入ったし、美味いものでも食いにいくか」 ふとっぱらなロギコーの提案。 レースの結果にかかわらず、今晩はデイキョウで宿を取り、明日も祭りを楽しんでいくことになっていた。村に戻るのは明日を予定している。 滅多に来られぬデイキョウを十分に堪能しよう。 そんなことを考えていた折、突然警報が鳴り響いた。 緊張感を強要する威圧感あるおとが、デイキョウ中に響き渡る。 これはいったい? 「大変だ、魔物が暴れている。 エネミーの侵攻がはじまったぞ!」 誰かが大声でそう言っている。 そしてそれを肯定するように、拡声の魔術具を通した避難誘導の声が伝えられた。 人々は混乱しながらも、その誘導に従い避難区域へと向かう。 そんな中、エネミーが街中に現れた。 落ち着きのあるフレンドとは違う、血に飢えた獣の目がこちらに向けられる。 口蓋からは不潔な唾液を垂れ流していた。 「ノワール!」 ロギコーはフレンドである愛鳥に命じる。するとノワールは魔法を使う。黒い影が大地より伸びるとエネミーの動きを封じた。 すかさず護身用の戦斧を抜いたロギコーは、勢いよく頭をかち割る。 彼は返り血をあびつつも、エネミー討伐を果たした。 「こんなところまでエネミーが入り込んでいるのか……」 ロギコーは苦渋の表情をみせ考え込む。 そして俺を一瞥すると、考えを切り上げミミイの小さな肩をしっかりとつかむ。 「ミミイいいか、よく聞いておくれ。パパはこれからいかねばならないところができた……」 元々フレンドとは人がエネミーに対抗するために与えられた力であると。 そしてトレーナーは人々が窮地に陥った際は、その盾となり剣となりエネミーに立ち向かわねばならないと。 それが人類種にフレンド契約を授けた神様との約束であると……。 そしてミミイにサイ型フレンドで村まで戻るよう指示すると、自らはノワールにまたがる。 そして俺を一瞥すると「娘を頼む」と戦火の中心を目指して駆けだしていった。 場面16◆逃走 宿屋に預けた車とサイ型のフレンドを引き取ると、俺たちはすぐに村を目指して出発した。 不慣れながらもミミイが手綱を握り車をコントロールする。 御者が不慣れでも、ロギコーの調教したフレンドは従順で、移動に不都合はなさそうだ。 デイキョウに群がるエネミーたちは、ちょうど村への道の反対方向からやってくるので脱出には問題なかった。 サイ型の魔物の足はそう速くはない。 されど、大型のフレンドに好んで襲いかかるエネミーは少ない。 結果、俺たちはエネミーと遭遇することなくデイキョウを離れられた。 「これからどうしよう……」 日の落ちかけた道を行きながらミミイが迷う。 父親のことも心配だし、夜道をこのままサイ型のフレンドで進んでもよいものかも迷っている。 当然、村までの道に電灯などなく暗い道を進むのは危険だ。そもそも簡単に付けるような距離ならば、宿を取ったりはしない。 かといって、突然のことすぎて野営の道具なんて準備できてはいない。 道具もなしに幼いミミイに野営など無謀もいいところだ。 ミミイは熟考の結果、車を引くフレンドに無理をさせない程度の速度で進むことを選んだ。 幸い車を引くフレンドは大型だ。このんで大型のフレンドに襲いかかるエネミーはすくない。 皆無ではないが……。 ◆ 夜が更け、それでも俺たちは夜道を進む。 幸いにも月明かりは強く、慎重になら進めないことはなかった。 「うん、この木、大丈夫……」 月明かりに照らされた大樹を確認するミミイ。 それは行きの道でロギコーから教えられた村への目印だった。 ロギコーは娘に甘いが、だからこそ、緊急時の対応策は仕込んである。 幸か不幸かいまはそれが役立っている。 不意に背中にぶわっと汗が噴き出した。 振り返ると、月明かりを遮る巨人がそこに立っていた。 巨人は手にした棍棒をふりあげる。 その一撃はフレンドの引く車を粉砕した。 車から投げ出される俺とミミイ。 俺は急いで戦闘態勢をとる。 サイ型フレンドは、エネミーの恐怖に当てられたのか、そのまま走っていってしまった。 相手は巨大な人型エネミーだった。 人間よりも遙かに大きな身体を、原始人のような腰布をまいただけの服で隠している。 顔つきは鬼のように凶暴で、ファンタジーゲームで言えばオーガのような相手だろうか。 初めてみるエネミーだ。 人型のエネミーは動物型のものよりも遙かに危険という話だが、どう対処するべきか。 逃げるのが最善としても、こいつに背を向けて生きられるのか? 濁った二つの瞳は、ミミイを捕らえたまま放さない。 仮に逃げたところで、こいつは村まで追ってくるんじゃないだろうか? ――だったら殺るしかない。 俺はエネミーの前に立ちはだかった。 場面17◆勇敢 「ピヨ吉、いくよ」 ミミイもやる気らしく、勇敢に声をはりあげる。 「こいつは子ども喰らい(チャイルドイーター)よ。 人間の子どもの肉が大好きなエネミーよ。子どもを見つけると、どこまでもついてくるから、村につれていくわけにはいかないの……」 申し訳なさそうに言う。 それがどうしたっていうんだ。 そんな変態エネミーをここで退治しちまえば、のちのち村が安全になるってもんじゃないか。 俺の心意気が伝わったのか、ミミイが「そうね」と不敵に笑った。 俺はミミイからサバイバル用のナイフを借りると、それをクチバシで加えた。 戦闘用のフレンドなら、クチバシやツメを鋭利に研いでいるんだが、こちとら生まれて一歳の競鳥用のヒヨコである。武器を持つしか攻撃の手段はない。 ミミイは愛用のひのきの棒を装備し、子ども喰いに向ける。 ――ヤツの注意はミミイに集中している。 そのことを逆手にとり、俺は不意打ちを仕掛けた。 ミミイの魔術が完成するまえに飛び出し、攻撃を仕掛ける。 俺が加えたナイフは人型エネミーの足を引き裂いた。 大きな傷ではないが、移動速度が落ちるのは歓迎である。 そして相手が反撃に移るよりも早く飛び退き、ミミイのもとまでもどる。 そして完成したばかりの魔術をその身に受けた。 ミミイの得意な魔術は、体力アップと速度上昇。 いつも通りの魔術が安定して、黄色い肉体をサポートしてくれる。 だが油断することはできなかった。 相手の不意をついて、見事に一撃を加えたが、それだけでしかない。 この不意打ちが決まったのは、俺がミミイの術を受けるまで攻撃してこないとエネミーが思い込んでいたせいである。 つまりこのエネミーは、フレンドとトレーナーの関係を理解している。どこかでトレーナーとフレンドのコンビと遭遇し、それでも生き延びた強者ということである。 ――だからどうしたビビるんじゃねぇ。ピヨ吉。 自分で自分を叱咤する。 どのみちトレーナーであるミミイが狙われているんだ。 彼女を置いて逃げる選択肢はない。 ここでヤツを倒さなければならない。 ナイフ一本では心許ないが、それでもやるしかない。 不意にミミイが口に指をあて口笛を吹いた。 その意図に気づいた俺は、合わせるようにステップを踏み、攻撃をしかける……フリをした。 エネミーはさきほどの口笛を攻撃の合図と誤認。俺が意味ありげにステップを踏み、フェイントをかけたことで、もろにひっかかった。 その隙に、ミミイは手にしたひのきの棒を振りかぶり、地面めがけて振り抜いた。 その先には大きな石ころがある。ひのきの棒で叩かれた石は高速でエネミーの顔面を強襲する。 無論、それだけでエネミーは倒せないが、またも隙が生まれた。 俺は反撃を受けないタイミングを計って、正確にエネミーの関節を狙って攻撃をしかける。 ――なまじ知恵がまわると、こんなせこい手にかかるのさ。 思いながらも攻撃を続ける。 しかし、呼応撃破エネミーの肌を裂くばかりで、肝心の身体を切断することできない。 ――くそっ、まだか!? ヒットアンドウェイを繰り返し、エネミーを責め立てるが、いつまでも勝機は訪れない。 逆に俺を捉えられないと判断した、エネミーが再びミミイを狙う。 慌てて距離をとろうとするミミイだが、エネミーの長い腕が彼女を捉え追うとしていた。 その瞬間、体当たりをし、身代わりとなる。 目当ての子どもをとらえられなかったエネミーは怒りにうち震えていた。 俺を握る手に力を込める。それだけで骨のいくつかがおられ、吐血する。 「ピヨ吉――っ!」 ミミイの悲鳴が夜に響き、俺は加えたナイフを地面に落とした。 場面18◆逆転 俺を捕まえたエネミーが、その手を口元まで運ぶ。 どうやら子ども喰いといえど、それ以外の魔物も喰えるらしい。 ――偏食じゃなくてなによりだな。 そんな憎まれ口を言葉にする余裕もない。 そして逆転の一矢が届いたのは、まさにこの瞬間だった。 巨体を響かせ、サイ型フレンドが駆け寄ってくる。 ミミイは身軽にその背にのると、命じてタックルをした。 相手がオーガもどきの巨体だとしても、サイもどきのフレンドだって十分にデカい。 戦闘用に訓練されていないとはいえ、トレーナーコントロールの下、体当たりをされればたまったものではない。 真っ正面からフレンドの体当たりを受け、よろめいた。 俺を拘束する手の力が弱まる。 俺はそこから抜け出すと、クチバシを武器にエネミーへと襲いかかる。 ミミイが最初に吹いた口笛は、サイ型フレンドを呼び戻すための合図である。 それを使い果たした以上、もう策は残っていない。 俺は残った魔力強化(ブース)を発動させると、全力をもって濁った瞳に遅いかかる。 エネミーの眼球は岩のような肌よりも遙かに柔らかい。 その一点を狙い、攻撃を繰り返す。 そして俺に秘められた獣性はエネミーのそれを上回った。 巨体を地面に倒すと、地響きを起こす。 そして俺とミミイ、サイ型のフレンドは、なんとか朝を迎えることができたのだった……。 場面19◆訃報 村まですぐ近くに来ていた俺たちだったが、疲労困憊で動くことができなかった。 一休みしてから、帰路につくことにし、そうしている間に朝日が昇ってきた。 サイ型フレンドの背にのり、半ば眠りながら村へと帰る。 その姿を偶然みつけた村長がミミイに話を聞く。 村長はデイキョウでの一見を知ると、村の若者を視察に走らせた。 留守を守る母親への連絡は村長に任せ、俺たちはそのまま村長宅で眠らせてもらうこととなった。 レースで使い果たした治癒魔術の呪符をもらい受け、エネミーにやられた傷を治してもらう。 傷が大きく全回復とはいかなかったが、動くくらいなら支障はない。 ◆ 俺たちは泥のように眠った。 あまりに多くのことがありすぎたのだ。無理もない。 初めての大都市。 初めてのレース。 初めてのGⅠ観戦。 屋台の食べ歩きも初めてだった。 ミミイは御者をするのも初めてだったし、夜通しの行軍も初めてだ。 戦闘は初めてじゃなかったが、あんな恐ろしいエネミーと戦ったのは初めてだ。 よくぞ、あれだけ濃密な時を過ごして無事でいられてものだと思う。 俺とミミイが目を覚ますと、となりにはミミイの母親であるレッタスが見下ろしていた。 娘の容態を心配したのか、目元が赤くにじんでいる。 しかし彼女の目元が赤くにじんでいる理由は別にあると知らされる。 「いい、ミミイよく聞いて」 レッタスの声は震えていた。 デイキョウへ向かった村長の使いから連絡が入ったという。 俺たちの証言は本当で、デイキョウは大量のエネミーに襲われ半壊したという。 すでに戦闘を専門とするトレーナーとフレンドたちの手によりそれらのエネミーは壊滅したが、被害は甚大なものだという。 そしてミミイの父親であるロギコーはそこで戦死したとのことだった。 「うそ……」 話を信じられないミミイ。 俺としても、あの強力なノワールとともにいたロギコーがやられるとは信じがたかった。 だがしかし、それからどれほどの時が経過しても、それが誤報であるという連絡は入らなかった。 場面20◆新たな生活 エネミーによるデイキョウ襲撃から二年が経過した。 調査は行われたものの、無数のエネミーが突如デイキョウを襲撃した原因は明確にされてはいない。 あの事件がミミイに与えた影響は計り知れなかった。 父親であるロギコーの死。 心の支えである父親を失ったことも大きかったが、経営の中心人物を失ったことで牧場を手放すことになった。 母親であるレッタスの判断により、牧場を手放したことで、負債をかかえることなくロギコーの残した遺産だけで親子ふたりで生活していける。 牧場は手放すことになったが、家はそのままである。俺と何羽かの兄弟たちはミミイと暮らしをともにしている。 しかしそんな日々も終わろうとしている。 ミミイはデイキョウの学校へ通うことになった。 それまで村の生活には必要ないと、勉強をしてこなかった彼女にとっては、たいへんな決意と言える。 ミミイはデイキョウで下宿先を借り、勉強をしつつ競鳥のトレーナーを目指すこととなる。 もちろん、それには俺もついていく。 その進路に母親であるレッタスは猛反対をした。 競鳥のトレーナーはギャンブラーな側面がある。勝ったときの賞金は大きいし、育てたヒヨコを売りに出しても大もうけができる。 ただし、それには大きな大会で勝つ必要がある。 ロギコーは、ノワールを育てたことでそのギャンブルに逆転することができたが、できなければ牧場を売りに出すことになっていただろう。 そういう危ない橋を娘に渡って欲しくないという気持ちはなんとなくわかる。 だが、結局ミミイは折れなかったのだ。 デイキョウの学校に進学することを条件に、下宿生活とトレーナーの道を渋々ながらも容認してくれた。 これから俺は競鳥をするため、ミミイに連れられデイキョウに行く。 そこには憧れたノワールと同じ、ピヨピヨチャンピヨンシップで勝つこと。 ノワールがなしえなかった三冠鳥になることを目指すのだ。 「行こう、ピヨ吉。 私たちのレースはまだ始まったばかりよ」 俺は大きくなった背にミミイを乗せると、その道を駆け出すのだった。 【第一部 完】 |
HiroSAMA 2024年08月11日 20時09分24秒 公開 ■この作品の著作権は HiroSAMA さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2024年08月25日 23時07分32秒 | |||
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