雨のBOXER |
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しゃぁぁぁぁぁぁ! 豪雨の中、峠道を駆け抜けるポルシェ。リアエンジンリアドライブの特性を生かし、雨の中でもタイヤはグリップを失わない。時折カーブで『故意に』スリップをさせ、まるで滑るようにコーナーをクリアーしていく。 「ツルギ、次、左、松!」 「おう!」 バシ! バシ! 相棒の五十嵐悠(いがらし・ゆう)の指示に、運転手(ドライバー)にして車のオーナーである真船剣(まふね・つるぎ)がハンドルの脇についた翅を引き、ギアを落とす。瞬間、エンジンが高回転の咆哮を上げ、1.5トンもある車体の速度を落とすよう命ずる。 「てめぇ! 今日のお前はコウノトリなんだからな! 義姉さんになんかあったら承知しないぞ!」 スー。尻が左に滑り出す。横Gはあまり感じないが運転手ならわかる、すごいやばい感覚だ。このまま滑り過ぎて谷底に落ちたら……。 「南無!」 ぎゅ。滑ったタイヤが再び路面を掴む。剣がそろそろとアクセルを踏み、再びポルシェは道路を駆けた。 ****** 「お世話になるっす!」 夜は走り屋たちの決闘場(コロシアム)になる美水(みず)ヶ峠は、普段は半島突端の樹ヶ江(きがえ)市と県の中心である桧山(ひやま)市を結ぶバイパスである。その峠からわき道に入り5分も走ればひなびた集落にでる。ここが五十嵐悠の実家であった。この日、剣は悠と一緒に悠の実家を訪れていた。 「よく来たな、剣」 出迎えてくれたのは悠の兄、健(たけし)。もうすぐ30ぐらいのいかにもな青年農家の雰囲気を醸し出している。 「そりゃあ、義姉さんの一大事ですからね」 そう言って剣はチャラそうな笑みを浮かべる。 「ボクの頼み、ボクの頼み!」 剣の横でベリーショートの髪形をした男装の麗人というにふさわしい姿の悠が自分を指さして言う。 「はいはい、悠様の言う通り」 やれやれと言った感じで剣が返す。 「ようこそ、剣君」 そう言っておなかの大きな若い女性が顔を出す。 健の妻、美知子であった。 剣と悠はどちらも医学部五回生。そろそろ卒業論文や医師国家試験の準備を始めるお年頃であった。 「義姉さん、いよいよ明日ですね」 剣はそう言って笑う。美知子はもう臨月で明日から入院の手筈を整えていた。二人はそれに付き添う為に来たのである。今日はここで一泊してみんなで樹ヶ江市側の病院に行く予定。 「まぁ、親父のつてのいい医者なんで。姐さんは安心して任せて下さい」 「剣君には本当に世話になる」 健は剣に頭を下げる。 「しかしまぁ……」 時間は夕方。赤い太陽は雲に覆われて見えない。悠は不安そうに空を見上げた。 「降りそうね……」 ザー。 そして案の定夜は雨だった。女二人は入院準備で大忙しであった。 「スーツケース二個で足りる?」 「おまえ、旅行に行くんじゃねぇぞ?」 「行くようなもんだよ」 あきれ顔の剣に悠がドヤって返す。 「妊婦さんだよ? 着替えも洗濯できないからいっぱい持っていく必要あるし、洗面器や風呂道具洗顔道具、いっぱいあるんだからな」 「剣君、まぁ女どもに任せて一杯やろう」 隣の和室で格闘中の二人を眺めながら健は手酌でビールを飲んでいた。 「すいません、俺下戸ですんで……」 「そうだっけ」 申し訳なさそうに言う剣に仕方ないという顔をした健はグイッとガラスコップの中の琥珀色の液体を飲み干した。 「う!」 おなかを抑える美知子。 「え、まさか?!」 その声にびくッと反応する健。美知子が立ち上がると、足元が血の混じった水たまりになっていた。 「……破水、した、みたい……」 「「「え~!!!」」」 家の中に響き渡る絶叫。 「あわわわわ!!」 慌てて部屋をうろうろする悠。 「落ち着け悠! お前医大生だろうが!!」 健が悠を怒鳴りつけるが。 「孵化すらしてない卵だってば!」 「本職の医者でも産婦人科医以外はこんなもんですよ、出産」 妙に冷めた声で言い放つ剣。 「他人事みたいに言うなぁ! お前らの婚約取り消すよう親父らに言うぞ!!」 「「ええ~!!」」 「あ、あの、おなかも痛い、かも……」 「じじじじ、陣痛?!」 「やばいってば!!」 義姉のピンチに完全にパニックになってる兄妹をよそに、妙に冷静に剣はスマホで119番した。 「119番です。火事ですか、救急ですか?」 「救急です。家族のものが妊娠して今臨月なのですが、破水しました。出血があり陣痛も始まったようです」 「救急車向かわせます……、すみません」 救急司令室の係員は申し訳なさそうな声を上げる。 「今救急車は全車出ております。どちらですか?」 「樹ヶ江市美水南。トンネルから入ったところの集落です」 「今からだと一時間以上かかります」 「!」 剣の顔が曇る。 「わかりました。車があるのでこちらから車を出します」 剣は顔色を悪くしながらスマホを切った。 「おい、剣」 健が険しい顔をして剣の方を掴む。 「おまえ、あの車で向かう気か?! お前ら医者ならば、何とかここで出産とかできないのかよ!」 「先輩」 剣はまっすぐな瞳で義兄の眼を見る。 「俺も悠も医者の卵です。だからこそ、知識が足りない状態でここで出産なんてできません。おまけに義姉さんは破水で血まで出ています。本来ならば救急車で急いで運ぶ必要があります」 「馬鹿やろう!」 健は剣の胸ぐらをつかむ。 「お前がそこの美水が峠で走り回ってるのは知ってる。上り最速だって? お前の腕は認めてやるよ。だけどな」 健は掴む手の反対側の親指でクイっと外を指さした。 「お前の車はなんだ、スーパーカーか?! あんなので運べるわけねえだろ!」 「悠、荷物降ろせ、そして」 「腹はもう括ってるよ」 悠はそう言って親指を立てると雨の中外に出た。 「どういうことだ?」 「俺の車、ポルシェ911」 剣は健の手を払うと胸元を直す。 「俺が買った時の値段で2500万円。世間一般には値段も性能もスーパーカーと言っていいでしょう」 「さすがは真船総合病院の御曹司、ボンボンの車だな」 健は嫌味っぽく剣に言ってやる。 「車は中古、俺が株で稼いだ金突っ込んで買ったもので、親父の金は使ってませんよ。まぁ維持費は親父に一部小遣いという形で出してもらってますが」 剣は苦笑いする。 「ですけど世の中すごいですよ。そんな911も超がつく大金持ちからすればあれも下駄代わりだそうですよ。もっと言えば」 剣はそこで声を区切る。 「ロールスロイスあたりが自家用車ぐらいの金持ちにとってはセカンドカーである軽自動車にあたるのが911だそうですよ、義兄さん」 「それがどうしたって言うんだ!」 「剣、準備できたよ」 がららら、と音がしてずぶ濡れの悠が入ってくる。 「軽自動車は普通四人乗りでしょう。911は大金持ちにとっての軽自動車。つまり」 「……うそだろ?!」 三人が玄関前にでると、そこには黒鉄色の美女が横たわっていた。ポルシェ911、正確には2019年以降に製造されたモデル992と呼ばれる車であった。ポルシェならではの独特のボディーラインが美女を連想させる。その長い運転席側の扉は開かれ、中には……。 「過去も、現在も、恐らくは将来も。911は『四人乗り』です」 「うっそぉ……」 白い皮で貼られたソファーのような後席が、前に倒された運転席シートの奥に見えた。 ****** 「うわー。王様みたい」 ボボボボボボ。黒鉄色の美女が讃美歌(ゴスペル)を奏でる。911が911たる証、水平対向六気筒、3リッターエンジンはリズミカルな燃焼音(ボクサーサウンド)を響かせていた。美知子は二人掛けソファみたいになっている後部座席にちょこんと座り、肩からベルトをしている。 「これ、前のモデルだと中央にドカンとボックスが貫いてて、狭くてしょうがなかったんですよ」 剣は手袋をはめながら説明する。 「ボクが新しい方が座席の真ん中にボックスがこないし、いざとなったら後ろに人積めるよねって、剣に勧めたの」 こちらはカーナビを操作しながら説明する悠。 「義兄さんはあとから来てください」 「わかったが、無理するなよ。美知子、大丈夫か?」 不安そうな顔をする健だったが。 「お腹痛いのは、まだ来てないわ。余裕ありそう」 美知子は余裕げに返した。 「理科大病院に電話しとけ。陣痛始まったので樹ヶ江の市民病院に行くと」 「おっけー」 予定では樹ヶ江市の沖に浮かぶ島にある野分理科大学病院、二人はここの学生である、に入院する予定であったが、事態が事態のためそれをキャンセルし、峠を降りてすぐにある樹ヶ江市民病院に行くことにした。なお剣の実家、真船総合病院はそもそも産婦人科がない。 「行くぜ」 剣はハンドルの右の羽を引く。ギヤを入れ、美女はそろりと発進した。 「初めて乗ったけど、乗り心地いいねぇ」 破水したやばい病状だというのに美知子は暢気に上る車を感じながら言う。 「一応は高級車ですからね。初期型は流石にごつごつした、いかにもレーシングカーですよ」 ポルシェユーザーの集いでたまたま911―この場合1964年より製造された初代911こと901型をさす―、に乗る機会があり、剣はそのクラシックな乗り味を味わったことがあった。そのころに比べ大きく重くなった現代の911を『肥満化』『デブ』などと非難する者もいる。しかし。 「現代の911も、間違いなく狼ですよ。要は転がす人間の腕、ですね」 狭い道を上りながら剣は説明する。 「ボクはこっちの方が良いな。乗り心地もいいし」 悠は剣の意見に賛成する。 「お前、電話忘れてる」 「いけね!」 剣に指摘され、悠は慌てて電話をする。 「すいません、五十嵐と申します。こちらに明日入院予定だった五十嵐美知子ですが、陣痛が始まったので救急の樹ヶ江市民病院に向かいます……、へ?」 「悠、どうした?」 「はい、はい! わかりました……、剣、義姉さんの主治医のセンセ、今日市民病院で診察の日でまだいるからそのまま見てもらえってさ」 「らっき」 どん。992は美水ヶ峠の幹線道路に出る。とはいえ片側一車線のいかにもな走り屋好みの峠道だ。雨脚は強まり、視界は最悪。 「さて、レインアタックか。ナビ頼むぜ」 「うん」 「あの……、剣君?」 ちょっと不安になった美知子は剣に尋ねる。 「今日の荷物、私だよ?」 「今日のポルシェはコウノトリですよ。ご安心ください」 そう言って剣はハンドルの羽を操作し、アクセルを踏んだ。 ****** 「次、左、竹」 「おいしょ」 しゃー!! 雨の中駆け抜けるポルシェ。自動車の理想形、リアエンジンリアドライブの機構は低摩擦度(ミュー)の路面にすら確実に動力を伝える。 「いたっ……、剣君」 「なんすか」 「すごくスピード出てるけど、大丈夫だよね」 「大丈夫です」 美知子の不安を一蹴する剣。 「ですけど、曲がる時きつくないですか?」 「うん、これぐらい平気」 そう、すごい速度が出てるのは後ろから見える運転席のメーターを見てわかるのであって、乗っている美知子はそんなに速度が出てるとは、それが見えてなければわからないのである。 「すごい技術だね」 「ありがとうございます」 「剣! 次、右、松」 「ヘアピンだな」 ばしゅん! 剣はアクセルを緩めギアを落とす。 「この車、オートマじゃないの?」 「ポルシェ・ドッペルリンク・クップリング。PDKというオートマの一種です」 しゃぁぁぁ。ポルシェはこの雨の中、まるで直線を進むかのようにそろりときついコーナーをクリアしてみせた。 「普通ミッションの車って、クラッチ踏んでガチャってレバー操作してギア変えるでしょ? あ次。左、右、左、全部梅」 「あいよ」 悠が美知子にミッションの説明をしながらも剣にナビゲーターとして指示を出す。 「日本車のオートマがそもそもクラッチなくてもギアを変えることができる機構なのに対して、ポルシェのはいちいちクラッチを切ってギアを変えるところまでを自動化した物なんだって」 実はこの説明では間違っているのであるが、本編ではその辺は端折る。 「すごいねぇ。だけどさ、オートマ車はミッション車より遅いって」 「PDKはF1でも使われている技術です。腕次第ですね!」 すぱん! 超高速で対向車とすれ違う。 「いつもの峠なら、山本たちが封鎖してくれてるんだけどな! 怖くて6割ぐらいでしか走れねぇ」 「これで6割ぃ?!」 美知子が剣の言葉に目を丸くする。その時、ポルシェのカーナビが着信アリの表示を出した。 「噂をすれば。山本君?」 電話の主は峠を仕切っている暴走族もしくは珍走団、『伽羅苦死威(きゃらくしぃ)』の頭、山本だった。美水が峠の公道レースで良く世話になっている。 「悠さんすか?」 「ボクらに挑戦者? 今忙しい、あとで」 「知ってますよ」 車内に山本の声が訳知り気に響く。 「警察(マッポ)から電話があって、妊婦運んでる車が峠走っているらしいけどお前の知り合いか、姐さん方の電話教えろって。事情は聞きました。だから今、この雨の中仲間とカッパ着て峠閉鎖してますよ!」 「「え?!」」 意外な援軍に驚く剣と悠。 「今軽トラ通りませんでした?」 「通った」 剣が答える。 「それで最後です。全開走行、行ってください!」 「わかった」 電話を切ると悠はカーナビで音楽を流す。昔はやったユーロビート……。 「ブリンギ・バック・ヘイ、ロックンロォッ!」 「「きゃぁっ!」」 剣はアクセルを一気に踏み込んだ。ぼぉぉぉぉぉ! 水しぶきを上げ、雨の中ボクサーサウンドを響き渡らせる。 「ひぇぇぇ、早い早い早い早い、たたたたた!」 「美知子さん! 外見ちゃダメ、目をつぶって!」 「はいぃぃぃぃ!」 かしゃん、かしゃん! せわしなく剣の手がハンドルの羽、シフトスイッチを動かす。見事なハンドルさばきが美知子にGを感じさせずポルシェの速度を時速3桁に連れて行く。 「電話、直線の時で良かったぁぁぁぁ!」 じゃぁぁぁぁぁ! ドリフトを決めながらきついコーナーを走り抜ける。 「雨限定なら今のペース、すばるちゃんより早い!」 「このままあの鬼畜眼鏡の記録更新してやらぁ!」 「後ろに病人いるの忘れないでぇぇぇぇ!」 「だから姉さんは目をつぶってててぇ!!」 バカな会話をしながら超高速で峠道を駆け抜けるポルシェ。 「真っ赤なポルシェじゃねぇけどな!」 「あんた、そのころ生まれてないでしょ! というか次、左、竹!」 「親父すら生まれてないかもな、よいしょ!」 せわしなくハンドルを動かしながらポルシェはスピードを緩めない。 「剣君、すごいよね。あたしを運んでいるその手で、人も治せる」 「漫画で、外科医の公道レーサーがいましたね。そいつもポルシェ乗りなんですよ」 「へぇ~!」 「2代目ポルシェを魔改造して車検通らない車にしてまで挑むという漫画らしい人でして」 「実際にやっちゃだめだよね……、あたたたた」 剣の説明に笑う美知子。 「じ、陣痛?」 「笑い過ぎた」 「紛らわしい!」 美知子の言葉になぜか悠が怒る。 「しかしあの人、どこでどうやってクラシックポルシェ手に入れたんだろうね、あ、次梅の右」 「もったいないよな、1500万はくだらないもんを切り刻むなよ、と!」 ハンドルを操作しながら剣が答える。 「次、あんたが負けたとこ!」 「やかまし!」 剣の手に汗がにじむ。昔剣が美水ヶ峠で勝負したとき、ここで抜かれた。ゴール直前の左逆バンク……。 「二度と引っかかるか、あぁぁぁぁぁぁ!」 カーブは普通遠心力で車が吹っ飛ばないように外側から内側に向けて緩い坂になっている。これをバンクというのであるが、どうしても公道だと制限速度以上で走らない前提のためこのバンクがないところがある。これを逆バンクと呼ぶのであるが、昔これに気付かず外に吹っ飛んで負けた経験があった。 ポルシェは逆バンクコーナーを通常より早く減速を始め、カウンターを当てながら滑るようにクリアーしようとし……、外に吹っ飛んだ。 かかかかかかか! 嫌な金属音が車内に響き渡る。 「きゃぁぁぁぁぁぁ!」 「あたってるあたってるあたってるあたってる!」 「踏ん張れポルシェぇぇぇぇぇ!」 ガードレールにフレンチ・キスをかましながらも、ポルシェは逆バンクをどうにかクリアーした。 「し、死ぬか思った」 「あほぉ!」 「あたたたたた!」 美知子がおなかを抑えて呻く。 「マジもんの陣痛だ!」 「急ぎなさいよ! もうここから梅しかないけど、山本達、どこから封鎖してるんだろ?!」 そんなことを言ってるうちにまたもカーナビが着信を知らせる。知らない番号だった。 「……でろ」 「はい、真船です」 悠はカーナビを操作して電話に出る。 「警察です。那賀島マーケットからパトカーが先導します。それについて来なさい」 「剣、那賀島マーケットで減速!」 「おっけー!」 ほどなくして、前方に赤い回転灯が見えた。パトカーの後部にある電光掲示板が輝いている。雨の中であったが近づくにつれてどうにか読めた。 『ポルシェへ ついてきてください』 ****** 「で、反省してるかね?」 「もちろんです」 警察署。取調室で剣は警察の説教を受けていた。 パトカー先導で樹ヶ江市民病院に病人と付き添いを放り込んだ後、剣はその足で警察に連れていかれた。当然スピード違反の容疑である。 「野分理科大への電話から那賀島マーケット通過まで、15分30秒ほど。電話が美水ヶ峠頂上付近と聞いたから約22キロを、平均時速85キロだぁ?! 制限速度何キロか知ってる?!」 「50キロ、です……」 交通機動隊の制服を着たおまわりさんが剣を問い詰める。 「妊婦積んで100キロ以上だしたの?! 君は頭おかしくないのかね!」 「医者の卵として」 目を吊り上げたおまわりさん相手に、剣は自信を弁解した。 「破水時に出血が見られました。次の日まで待っていたら母子ともに危険があると判断しました」 「救急だからと言っても、いくら出してもいいってわけじゃない! パトカーも救急車も、緊急時は制限速度プラス20キロまでが許されてるの!!」 「だったら、義姉さんは死んでいいんですか?!」 自分は間違っていない。そう心を奮い立たせて剣は言う。 「……そこだな」 はぁぁぁぁぁぁ。おまわりさんはため息をついた。 「君の行為はだなぁ。『緊急避難』に該当する可能性が高いんだ」 『カルネアデスの板』という話がある。船が沈んで、あなたは流木に捕まって救助を待ってるとする。そこで別の人が自分が助かるためにその流木にしがみつこうとしたが、その流木は一人分の体重しか支えられない。仕方ないのであなたはその人を蹴って流木に捕まらないようにして、やがてその人は溺れて死んだ。さて、あなたは殺人罪に問われるか? というパラドックスである。正解は『無罪』。それは仕方ないと現在の法ではみなされる。これが緊急避難という概念である。 「病院から電話があった。緊急手術になったそうだよ」 「車みりゃわかりますよ」 美知子が座っていた場所は血まみれになっていた。あんな状態で良く笑ったりしていたと思う。 「だから病院から、君の行動は妥当ではないかという意見が来てるよ」 「本当ですか?!」 剣の顔が明るくなる。 「検察に送っても『裁判したら負けるで』て言われるのがオチだな。あんた、どうせ金持ちだからいい弁護士つくだろうしな。今回はまぁ、不起訴にしとくわぁ」 「やった!」 思わず両こぶしを握り締めて腕を振り上げてしまう剣。 「だからと言ってぇ」 びし。おまわりさんは指を突きつける。 「公道レース、認めてるわけじゃねぇからな! 次やったら必ず逮捕して全国ニュースにしてやる!」 「自重しまぁす!」 剣はニヤリとして大声で言った。 「釈放だ。病院行って来い、お・じ・さ・ん!」 おまわりさんはそう言うと、ガチャリと取調室の扉を開けた。 「あざーす!」 男と女、どちらだろう。まだ見ぬ新しい命に胸を躍らせながら、剣は取調室を飛び出した。 |
桝多部とある DABbtUeK6E 2024年04月28日 21時37分44秒 公開 ■この作品の著作権は 桝多部とある DABbtUeK6E さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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