武骨な重機は俺の手足だ

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 注意:作中に殲滅場面が描かれています。

 ここは最前線に近い野営地だ。サイボーグ兵団『殲滅師団スキュラ』が駐屯している。
 かつてここには肥沃な農地が広がっていた。いまは見わたす限りの荒れはてた大地に太陽が無慈悲に照りつけている。
 本日は戦場レポーターが取材にくるそうだ。
 物好きなことだ。
 出迎えるために集合する兵士たちの姿は、屠殺場へ向かう家畜を思わせた。
 激戦が終わり、戦死者も多くでた。すでに主要部隊の移動が開始されている。
 集まった兵士の数は、惨めなほど少なかった。
 整列した兵士たちを太陽が照りつける。サイボーグ兵士たちは整列したまま待ち続けた。
 ほどなくして、地平線のかなたからヘリコプターが姿をあらわした。民間ヘリだった。味方の識別信号を発信している。
 ヘリから降りたったのは若い女性のリポーターだった。女性としては長身だ。簡易野戦服を着ている。紅のショートヘアが印象的だった。
 司令官が歓迎のあいさつをする。
「リポーターのキャスティア嬢だ。彼女に対しては、司令棟と通信室を除くすべての野営地内施設への自由な出入りと、すべての兵士に対するインタビューが許可されている」
 全員が唱和した。
「了解しました!」
「なお、司令棟と通信室への入室に際しては、司令官、参謀長、『天使長』のいずれかから許可を得ることが必須となっている」
 キャスティア嬢は、明瞭な発音で応えた。
 戦場でも聞き取りやすい指揮官の声だった。
「自由な取材活動をご許可いただきありがとうございます。できるだけ皆様の邪魔にならないように努めます」
 解散の合図とともに、全員が中断していた作業を再開した。
 俺は重機、武骨な大型建設機械の整備に戻った。
 しゃがみこんだ俺に影がさした。
 キャスティア嬢が俺の前に立っている。
「お話をうかがってもよろしいですか?」
「ああ、構わないぜ。いまは割とヒマだから、何でも聞いてくれ」
「お名前をうかがっても?」
「製造番号は九十七番、名前はない。皆は『鉱夫』と呼ぶ。『スキュラ』で唯一の工兵隊員だ。一人軍隊というわけだな」
「二けたの製造番号のサイボーグ兵士には初めてお会いしました。戦争が始まった時から戦っていらっしゃるのですね」
「戦闘できなくなったから工兵隊をやってる」
「……この野営地の飛行場は、あなたが一人で作ったのですか?」
「ああ、相棒たちと一緒にな」
 俺は、親指で武骨な重機を示した。
 ローラー走行のブルトーザーが三台、腕の長いショベルカーが二台、低めのクレーン車が二台だ。
「凄いですね。同時に操作するのですか?」
「ああ、こいつらは俺の手足だ。『同調』させれば同時に動かせる。飛行場はブルトーザーを三台ならべて整地した」
「混乱しませんか?」
「自分の手で地面を平らにする。そんな感じで操作できるぜ」
「この重機は、あなたの手足なのですね。
 ……いま音楽を聴いてますか?」
「ああ」
 なるほど。音楽を聴くサイボーグ兵士を目にしたから、最初に俺をインタビューしたのか。
 珍獣あつかいされてるわけだ。
 俺は音源を『外部』に切り替えた。

 永遠に待たねばならぬなら、千の夏を過ごしながら君を待ち続けよう……
 君がもどり、この腕に抱かれ両腕の内でため息をもらす、その時まで……

「……意外ですね。サイボーグ兵士に感情があるなんて、初めて知りました」
「感情なんてないさ。戦闘の邪魔になるからな」
「え? でも……」
「サイボーグ兵士になれば感情は消される。でも、この歌を忘れてはいけない。そんな気がするから聴き続けてる。それだけさ」
「初めて聞いたけど、いい歌ですものね」
「ああ、……」
 キャサリン嬢は、携帯パソコンを操作した。
「映画、『シェルブールの雨傘』の主題歌ですか……。なるほど、主人公と恋人は結ばれて幸せになるのですよね?」
「いや、違う」
「え? でも……」
「主人公が戦場から帰ってみると、恋人は別の男と結婚して暮らしていた。戦争の最中に、愛を貫いて生きてゆくことなどできはしない。本当の戦争とは、そんなものなのさ」
「そうなのですか……
 でも、サイボーグ兵士も人間だって分かりました。それだけでもインタビューに来たかいがあります!」
「間違えちゃいけないよ、お嬢さん」
 誤解は、すみやかに解く必要がある。
「俺たちは、人を殺すために作られた。サイボーグ兵士は、人間の肉体を部品にした殺人兵器なんだ」
「いいえ、サイボーグ兵士は人間ですよ」
「う~ん、口で言っても分からねえか……
 そうだな。体験入隊してもらうのが手っ取り早いのだが」
「さすがに、そこまでの時間はありません」
「そうか、そうだよな。それでは、たとえ話をしようか」
「お願いします」
「アラビアン・ナイトには壺に閉じ込められた魔人の話がある。魔人は自分を解放してくれた者を幸せにすると誓った。しかし、千年たっても助けてくれる者は現われなかった」
 キャスティアは、だまって続きを促した。
「そこで魔人は、助けてくれた者が望む願いをすべて叶えようと考えた。しかし、次の千年が過ぎても魔人を助ける者は現れなかった」
 キャスティアの表情に憂いがうかぶ。
 賢い子だ。この話の先が分かるのだな。
「最後の千年のあいだ、魔人は、閉じ込めた者を恨み、自分を放置した世界を恨み、全てを恨んで、壺を開ける者がいれば、凄まじい苦痛と残虐な拷問の末に殺そうと誓った。すると、壺を開ける者が現れたのさ」
 キャスティアは挑むような目つきで言った。
「なぜ、そのようなお話をするのですか?」
「軍隊の訓練というのは、壮大なイジメだからだよ」
 キャスティアは、表情をひきしめた。
「イジメを受けた子供は、性格が歪み、いろいろな悪影響がでると言われている。
 攻撃的になったり、精神が不安定になったり、まわりの人間に配慮する余裕を無くしたり……」
 キャスティアは、無言だった。
「兵士に必要な資質は何か」
 承服できないという表情をしてるな。
「命令があれば、ためらわずに敵を攻撃できることさ。
 第二次世界大戦中に、戦場で命令されても多くの国の兵士は四割しか敵に発砲できなかった。六割の兵士は、自分が撃ち殺される状況でも、相手が人間だと考えて殺人を忌避したのさ」
 キャスティアは、うなずいた。
「そんな中で、米軍の兵士は九割が相手に向けて銃を撃った。当時の米軍は、単純計算で倍の敵と互角以上に戦うことができた」
 キャスティアは、ふたたびうなずいた。
「兵士の練度を高めるというのは、言い換えると、敵に向けて銃を撃てる兵士の割合を増やすことなのさ。そのために我々は独自の方法を開発した」
「それが兵士のサイボーグ化ですか」
「ああ。サイボーグ兵士になれば、どんな命令でも従うことができる」
「今回、ここで最大の戦闘がありました。詳細を聞かせてもらえますか?」
「かまわないと思う。情報管制はすでに解かれてるからな」
 キャスティアは、地面に座り直した。このまま俺の話を聞き続けるつもりのようだ。
「まず、これを渡しておこう。分からない名称がでてきたら見てくれ」
 俺はキャスティアに師団の構成表を手渡した。

師団名:殲滅師団スキュラ
師団長:通称グレン。「グレンデルを統べる者」
部隊名:
 シルフ:空戦・空輸部隊
 フレイア:遠距離攻撃部隊
 山猫:地上部隊
 鉱夫:工兵隊
 『天使様』:後方支援部隊、補給部隊、医療部隊、通信・情報戦担当部隊の総称

ライバル師団:バーサーカー皆殺し師団
 主力部隊:バイキング、バスター、ブッチャー、ベイオウルフ、ウォーロック

「戦闘は、こんな風に始まった。
『敵に、味方の識別信号が漏れた疑いがある』
 そんな情報が、司令部にもたらされた。
 司令部は即座に識別信号の変更を指示した。
 殲滅師団『スキュラ』のすべての兵士がただちに命令に従った。
 識別信号の変更指示が届けば受信したと返信される。変更が終われば完了したと報告される。すべての兵士から完了の報告があると、新しい識別信号が有効になったことが通達され、一連の作業が終了する。
 識別信号は定期的に変更されている。
 だが、臨時の識別信号の変更は、作戦を中断させるから、めったに行われることがない。
 ライバルのバーサーカー皆殺し師団も、同じ対応をしたはずだ。識別信号を変更しなければ、味方から攻撃されるからな。
 敵も変更を察知して対応するのでは?
 なるほどね。
 敵が対応できないように、変更は高度な暗号を介して即座に行われる。
 敵兵団の識別信号が変更されるときに、傍受したり妨害や偽装できるのは、『スキュラ』の『天使様』くらいのものだ。
 敵には無理だよ。
 識別信号の変更が有効になったことが確認されると、『スキュラ』は、古い識別信号を発信している間抜けな敵部隊に総攻撃を開始した。
 まず、空輸部隊『シルフ』が、空戦部隊の援護を受けながら、地上部隊『山猫』を敵司令部と交戦できる位置まで輸送した。
 当然、輸送中に戦闘が始まる。
 敵に応戦しながら、作戦は順調に進み、敵司令部の前に多数の識別信号が集まり、総攻撃が開始される。
 たまらず、敵は核兵器を使用した。
 核兵器を使用するときには、まず核兵器の登録番号が周囲に発信される。誰が使ったかが明らかにされ、公式に記録される。
 それから、これが肝心な点だが、核爆発のおきたグランド・ゼロの周囲では、核兵器の使用制限が消滅する。原子レベルの破壊がおきるため登録番号を確認できなくなるからだ。
 だから、遠距離攻撃部隊『フレイア』は登録番号を申告せずに核攻撃ができるようになった。もちろん正規に認められた方法ではないぜ。実際の戦場を知らなければ分からない裏技だよ。
 大量のダミーミサイルと、レーダーを無効にするチャフに隠れて、中性子弾頭が敵陣の上空で炸裂した。指向性をもたせた中性子線の束は敵の核兵器を貫き、臨界を越えた敵の核爆弾は、次々と誘爆していった。
 安全装置のついた核爆弾が誘爆するほどの中性子線を浴びせるのに、どれだけの中性子爆弾が必要だったか、だって?
 そんな専門的なことは俺には分からない。
 まあ、こうして敵陣は自分たちの持ち込んだ核の炎に呑まれて、消滅したのさ。
 『山猫』は、逃げてくる敵兵を待ちかまえていたが、現われる敵兵はいなかったそうだ。
 味方をあざむく悪質な敵を殲滅できたので、つづいて敵都市を制圧する作戦が開始された。
 敵の主要都市には、多数の民間人が住んでいる。
 だから、牽制として『山猫』が都市をとりかこんだ。そして、民間人は武器を持たずに投降するように呼びかけが行われた。
 すべての民間人がとどこおりなく都市からの避難を終えてから、総攻撃が開始された。投降が勧告されてから、三日後のことだった。
 核兵器による先制攻撃で、敵の戦闘力はすぐに消滅した。
 さらに、熱核爆弾によるバンカーショットで敵都市の地中には致命的な放射線を放つ分厚いガラス層が形成された。こうして地底深くに作られた敵の司令部は、厳重に封印されたのさ。
 あとから知ったが、ライバルの『バーサーカー皆殺し師団』に生存者はいなかったそうだ。
 気の毒とは、これっぽっちも思わないぜ。
 激しい戦闘だったからな。
 ああ、そういえば、敵都市から生きて脱出できた民間人はいなかったそうだ。
「武器を持つものがいれば、その集団のすべての構成員を敵とみなす」
 そう、なんども言っておいたのに、俺たちの言葉をヤツラは理解できなかったらしい。
 包丁なら首を掻き切ることができるし、果物ナイフは心臓に突き立てることができる。
 どの集団も誰かしらが武器をもっていたから、結局は全員が殺されたそうだ。
 死体を埋める穴は、俺が一人で掘ったよ。
 俺の『機械の手』が大活躍した。
 数えてはいないが、ずいぶんと多かった。
 これで憎悪の連鎖が断ち切られたわけだ。
 生存者がいなければ、憎む者もいなくなるからな。
 良心が痛まないか、だって?
 何度も言ってるだろう。
 サイボーグ兵士に感情はない。
 俺たちは命令に従っただけさ。
 俺たちは、憎悪の連鎖を断ち切って、戦争が続く可能性を摘み取った。仮に誇りを持つことはあっても、悔やむことは決してないぜ」
 キャスティアは、打ちのめされたような表情をしていた。かろうじて質問をしぼりだす。
「『鉱夫』さんはこれからどうするのですか?」
「俺はこの荒れ野に水路と道路を作るよう命じられている。それから、ブルトーザーのローラーの替わりに、タイヤと土を耕す機材がまもなく届くそうだ」
 キャスティアの顔に、笑みが浮かんだ。
「ここでは戦後が始まっているのですね」
「そうだといいな。うれしい、という感情を持てないのが残念だよ」
「私が『鉱夫』さんの分まで喜びます。まかせてください! この地がふたたび豊かな農地になることを祈っています。がんばってくださいね。取材へのご協力ありがとうございました」
 キャスティアは、さっそうとした足取りで去って行った。
朱鷺(とき)

2024年04月28日 09時04分19秒 公開
■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:「これで憎悪の連鎖が断ち切られたわけだ」
◆作者コメント:
 ゴールデンウィーク企画が開催されたことを心からお喜び申し上げます。主催様、運営の皆様、本当にお疲れ様でした。
 本作は、老サイボーグ兵士と戦場リポーターの物語です。
 感想を賜れば幸いです。

2024年05月17日 21時21分42秒
作者レス
2024年05月11日 23時44分29秒
0点
2024年05月11日 23時35分16秒
+10点
2024年05月06日 11時29分36秒
0点
2024年05月05日 21時07分50秒
0点
2024年05月04日 10時44分07秒
0点
合計 5人 10点

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