Clione |
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クリオネ――流氷の天使。 可愛い外見とは裏腹に「バッカルコーン!」が非常に有名であり、そのえげつない捕食風景は一瞬で天使のイメージを反転させてしまう。ぱっくりと二つに割れた頭部から俄かに触手が這い出てくる光景は、グロテスクな印象を与えられるがどこかしら淫靡でもある。 和名、ハダカカメガイというのも何となくエロティック。裸。亀。貝。……あれ、夜の営みかな? なんて連想をしてしまっても無理はないだろう。それを念頭に置けばクリオネと言う名称もアレであり、誰かしらが狙って付けたのではないかと疑いたくなる気持ちもあるのだが――問題はそこじゃない。 巨大なクリオネに教頭が襲われていることである。 「――いやぁあああ! 助けてぇえええ!」 とか叫んでいる。このおっさんのどこからそんな甲高い声が出るのだろうかと興味深いところではあったが、本心を告白すると「なんで教頭なんだ」という不満の方がかなり色濃い。くたびれた中年男が校舎脇で触手に巻き付かれていたからと言って、誰の得にもなりはしない。 「あぁ……教頭先生! 早く、早く助けを!」 と、慌てふためいているのは我が同僚にして学校のマドンナ、養護教諭の柏原先生である。 先月行われた「人気の先生ランキング」では二位以下に圧倒的な大差をつけて優勝した他、文化祭での「学内ミスコンテスト」では参加資格が学生であることだったにも関わらず、本人不在のまま勝手に優勝と決められてしまったほどの美貌と性格の持ち主である。 どうして教頭なんだ……! ……そもそもどうしてこうなった。柏原先生が悲鳴を上げたことだけは覚えているのだが、それ以降の記憶がどうにも曖昧である。何であろうと、数分前の自分には全力で抗議を申し入れたい。どうして柏原先生が襲われるように善処しなかったのだ、と。 いや。 今からでも遅くはない……か? 「いやぁあああ! 食べられるぅううう!」 「ま、牧先生! どうにか教頭先生を助けられないんですか!?」 「くっ……!」 半透明の白い触手が教頭の足と言わず下半身に思い切り巻き付いていて、まるでエロ同人のような有様である。そのまま頭をガジガジと齧られているが、陸の上だからか元々の攻撃力が高が知れているのか、被害と言えば精々カツラが取れてしまった程度だ。 難題である――教頭のことは正直どうでもいいのだが、助けるポーズでも取っておかないければ柏原先生に幻滅されかねない。しかもできれば不慮の事故を装って、彼女の肢体に巻き付かせたいと来ているのだ。 どうする。一体どうすれば――。 「いやぁあああ! ねばねばするぅううう!」 と、逡巡している間にも触手から滲み出た粘液によって教頭の服が溶け始めている。人体へのダメージはないようだが見ている側のダメージは甚大だ。柏原先生は顔を真っ赤に染めているし、自分に至ってはやりきれない悔しさに拳を握りしめるしかない。 どうして教頭なんだ……! 「あ、そうです、牧先生!」 不意に、何かを思いついたかのように柏原先生がこちらを見る。 「クリオネって海に棲んでるじゃないですか! だったら熱湯とかには弱いはずです! それをクリオネにかけて、怯んだところで教頭先生を助け出せれば……!」 「なるほど! でも熱湯なんてどこに……」 と、思い出す。さっきまで自分は、昼食にカップラーメンをいただこうと準備をしていたところだったのだ。三分待って、さぁ食べようという段に柏原先生の悲鳴を聞いたのだ。……急いで職員室から飛び出して、駆け付けてきたらこの惨状だった。 つまり、自分のデスクの上には出来立て熱々の豚骨ラーメンが、ある。 「待っていてください! 今どうにかします!」 柏原先生に言い残して、全力でラーメンを取りに走る。職員室は校舎の二階に位置しているが、幸い、ここからはさほど距離が離れていない。昇降口へ飛び込み、階段を駆け上がると、ものの一分もしないうちにデスクへ辿り着く。しかし熱湯を手に走るのは危険だと思ったので、近場の窓から顔を出す。 丁度真下が地獄絵図だった。都合が良い――走っている最中に降りてきた天啓を試すには絶好の位置取りである。神も柏原先生の媚態が見たいと力を貸してくれているようだった。 プランはこうである。 1.柏原先生が立っている場所とは反対へカップ麺を投げつける。 2.熱さに驚いたクリオネが教頭を解放し、柏原先生の方へ逃げる。 3.攻撃を受けたクリオネは一層過激に、柏原先生を触手する。 これしかない! 「行きますよ、柏原先生!」 ――大胆かつ繊細に、十全の注意を払って投げられたラーメンが宙を舞う。 それは狙った場所へと吸い込まれるようにして、昼食だったものを飛散させる。 クリオネが悲鳴を上げた。 教頭も悲鳴を上げた。 触手が一斉に引っ込み、教頭が地面に投げ捨てられる。 そして。 そしてクリオネは、歓声を上げて可愛らしく飛び跳ねる柏原先生の方へ――! 「――いやぁあああ!」 行かなかった。 怒りのままに再び触手を伸ばし、投げ捨てた教頭を拾い直すとそのままごくりと飲み込んでしまう。飛び跳ねていた柏原先生の表情が硬直する。こちらの表情も硬直する。 半透明の体の中で、教頭が触手に弄ばれる。 クリオネは怒り心頭と言った様子で全裸になった教頭の、股間のあたりを念入りに締め上げている。何故か胸にも一本、二本と触手の先端が伸ばされ、くすぐり始めるという修羅場である。 悲鳴は、もう聞こえない。教頭の口に触手が抜き差しされているからだ。 俺は天井を仰ぐ。ここからの逆転はもうないと察したからだ。 せめて、脳内で柏原先生に変換することにしよう。 しかし、どうにも教頭のイメージが被さって消えてくれない。 涙がこぼれる。 歯を食いしばる。 心の中で叫ぶ。 どうして教頭なんだ……! 一時間後、教頭は飽きたクリオネに無事解放された。 |
瀬海(せうみ) G3b0eLLP4o 2024年04月27日 08時03分13秒 公開 ■この作品の著作権は 瀬海(せうみ) G3b0eLLP4o さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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