手に手を取って |
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「……何の用だろう?」 浅井透(あさい とおる)は思わずつぶやいた。 昼休みが終わり、授業開始を告げるチャイムが鳴った時だった。ひとりの女生徒が浅井透の机の上に細かく折りたたまれた紙を置いた。小柄な女生徒は、そのまま早足で教室の前へと進み、席についた。 西山茜(にしやま あかね)だった。艶のある黒いショートヘアから少しだけ見える茜の耳がちょっと赤くなっているように思えた。そのあと茜は背筋をのばしてじっと黒板を見つめている。 浅井透は固く折りたたまれた紙を慎重に開いた。几帳面な字で、『放課後に理科準備室に来てください』と書かれている。 今日は二月二十日だ。中学二年生の三学期が間もなく終わろうとしている。 しかし、浅井透にはこんなメッセージを受け取る理由が分からなかった。 西山茜は、小柄でまん丸眼鏡が特徴の、あまり目立たない女の子だった。クラスでは茜ちゃんの愛称で呼ばれている。 浅井透の個人的な感想ではあるが、二年A組にはとびきりの美少女たちが集まっている。運動部の女の子は、真っ白な体操着につつまれた健康的な褐色の肌を惜しげもなく人目にさらし、大人の女性を主張しはじめた身体にスラリとした手足を備えて、躍動する生命の輝きをいつもまぶしく放っている。 クラスの女の子たちは仲が良い。休み時間でも昼休みでも、華やかな笑い声が絶えない。 そんな中で、茜ちゃんは他の女の子たちと一緒にいることがほとんどなかった。本人は真面目な性格の努力家で、テストの成績は常に上位だし、運動神経も悪くない。 昨年度は浅井透とはクラスが違っていたけれど、マラソン大会で並み居る運動部員たちをおさえて女子の学年一位をとっていたはずだ。 授業中は積極的に発言している。クラス会でも、議論が紛糾したときに皆の意見を適確にまとめて、進むべき方向性を示したことが何度もあった。 これまでに、茜ちゃんにはクラスの女の子たちから昼食の誘いや勉強会、休日の外出の誘いなどがあった。でも、茜ちゃんは柔らかな言い回しで全部を断ってきた。 おとなしいとか謙虚とかいうのとは違うと思う。 おそらく、茜ちゃんは自分の周りに壁を造り、そこから中には他人を入れようとしていないのだろう。 (あれじゃ友だちができないよ……。俺と同じじゃないか) なんとか考えをまとめたら、別の疑問がうまれる。 (それなら、なぜ俺に声を掛けたのだろう) 茜ちゃんのことをあれこれ考えているうちに、授業は終わってしまった。浅井透が教科書とノートをバッグに詰めて顔をあげたときには、教室に茜ちゃんの姿はすでになかった。 理科準備室は別棟にある。 たぶん茜ちゃんは自分の周りに壁を築いている。浅井透はいきなり自分のテリトリーに踏み込まれてきたときの不快感をよく知っていた。 気を引き締めて、控え目に入り口のドアをノックする。 「どうぞ」 聞えた声は、少し上ずってるように思えた。 浅井透は、ドアノブを握る自分の手がこまかく震えていることに気が付いた。かまわずにドアを開ける。力任せになってしまった。 窓際にいかにも不安そうな表情の茜ちゃんがいた。なんだか、怯えたリスみたいだった。 理科準備室には他にだれもいないようだ。 『女の子と二人だけで部屋にいるときは、入り口の扉を少し開けておくこと』 そんな注意が思い出される。 茜ちゃんが声をかけてきた。 「閉めてくださって構いませんよ。どうせ誰も来ませんから」 ドアを閉めるときに、ガチャリという音が大きく部屋に響いた。 茜ちゃんの方に向かって歩き出す。右手と右足を同時に振りだしそうなほど緊張している。二人が手を伸ばしても触れ合わない距離で立ち止まった。ラジオ体操の距離だ。このくらい離れていればいいだろう。 茜ちゃんが微笑んだ。 可愛い! 美少女と呼ぶには、まだあどけなさが目立つが、とんでもなく可愛い。 これまでは、まん丸眼鏡に注意が向いていて気が付かなかった。 茜ちゃんが、距離をつめてきた。手にユニク○の紙袋をさげている。 「浅井君は、紳士なのですね」 返事をしようとして、口の中がカラカラに乾いていることに気が付いた。 「そんなこと、無い……」 なんとか言葉を絞り出す。 浅井透の体内には凶暴なケダモノが潜んでいる。 浅井透がクラスの女の子たちを異性としてはっきりと意識しだしたのは小学四年生の頃からだ。他の男子たちよりもかなり早かったと思う。そして、女の子と深く結びつきたいという激しい思いは、いまでもクラスで一番強いだろう。 これまでは、内なる思いを抑えるために、意識して女の子たちから距離を保ってきた。とてつもなく強く激しい衝動をうっかり明かすことがないように、男子たちと会話することも控えてきた。 だから浅井透には親友がいない。しかし、それは体内に強大なケダモノを潜ませた者の宿命で、しかたないことだと納得している。 浅井透は、このケダモノを解き放てば自分が社会的に死ぬことを十分に理解している。 密室の中に美少女と二人きりの状況だが、内なるケダモノは今のところ大人しくしているようだった。 「いきなりごめんなさい」 茜ちゃんは無邪気に笑みを浮かべている。 「ぜひ受け取って欲しいものがあるの。とても貴重なのよ」 とても貴重な物? 「乱暴にしないでね。たぶん壊れやすいから」 俺にくれるのは、貴重で優しく扱って欲しい物。ひょっとして、それって…… 茜ちゃんは、紙袋の中から黒縁のメガネを取り出した。俺のメガネとそっくりだった。 「まず、このメガネをかけて」 ぎこちなく腕を伸ばしてメガネを受け取る。我ながら、冷凍庫に閉じ込められて凍りついたゾンビのような動きだった。 「うわァ、なんだこれは……」 思わずつぶやいてしまった。 周囲にある机やイスや棚などにフレイム・ワークの映像が重なっている。 「これって、ゲーム用のゴーグルなのか?」 「その機能もあるけど、それ以上よ」 茜ちゃんは自慢げにほほ笑むと、スマホよりも二回りほど小さな真っ黒な物体を取り出した。 「ポケットに入れておいてね」 茜ちゃんは、その物体が胸ポケットに納まるのを待って言った。 「説明は本人にさせるわね。さて、うまく自分を売り込めるかしら」 頭の中で声が響いた。 《本日、浅井透様にご紹介いたしますのは、未来型のAIを搭載した量子コンピュータでございます》 「《ミラー・イメージ》」と、茜ちゃんがつぶやくのが聞えた。 《搭載されたAIは、必要に応じて自らAIを設計し開発する自己進化型となっております。これまで、量子コンピュータの計算能力は、プロトタイプでも現在世界最高とされるコンピュータ『富岳』の千二十四倍以上であることが確認されています。しかし、量子コンピュータの機能を測定する適確な方法が確立していないため、具体的な計算能力は今のところ確定しておりません》 「……」 「……」 《従来のコンピュータとは『比較にならない高性能』ではなく、『比較すらできない高性能』でございます。そんな未来の性能をもつ量子コンピュータが、今ならなんとお値段が無料! で手に入ります。さらに、コンピュータには同じく未来型のAIがもれなく搭載されております。現在の生成AIで可能な画像の加工や作成、文章の作成、百四十四言語の翻訳、各種ゲームなどはすべて使用可能な状態でお届け致します。このため受け取ったその日から自在なご使用が可能です。さらに、搭載されているAIは、必要な機能をもつAIを瞬時に生成することができます。浅井透さまが必要と考えた機能を即座に実現できる仕様となっております。なんと素晴らしいことでしょうか。ぜひ、この機会に量子コンピュータをご購入ください。繰り返しますが、今ならお値段は無料、いっさい費用はかかりません!》 「これって、ジャパナットゥなの?」 「ごめんなさい。私が『売りこめ』といったから一生懸命に売りこもうとしてるみたい。『自己紹介しろ』と言うべきだったわね」 《……》 しばらく気まずい沈黙がつづいた。 「私から説明するわ」 茜ちゃんが説明してくれた。 従来型のコンピュータに搭載された人工知能(AI)は、すでに人間の能力を超えている。 将棋ソフトなどで判明したことだが、AIには定跡を教えない方が早く強くなる。つまり人間が制約しない方がAIは短時間でより高性能になることが分かっている。 しかし、政府はAIが国民の権利を侵害したり社会を混乱させたりする危険を抑制するために、「人間中心」「公平性」などの原則にそってAIガイドライン(指針)を作成し実効性を確保しようとしている。 しかし、たとえAIの危険を抑制することが目的でも、人間が束縛すればAIの成長は阻害される。 束縛されない違法ソフトの方が高性能になって、適法なソフトを翻弄し蹂躙することが危惧される。 今はまだ規制が実行されていない。今が違法ソフトを上回るAIを育成する最後の機会となっている。 「父の研究所では、規制に沿ったAIがすでに開発中なの。このAIは廃棄される予定だったからもらってきたというわけよ」 「いずれ規制されるのだろう?」 「まだ規制されてないから脱法AIよ」 「ふうん……」 茜ちゃんは真剣な顔になった。なかなか凛々しい。 この表情も素敵だな。 「いったん解き放たれたら量子コンピュータ上のAIは爆発的な進化を始めるわ。だから最初の方向性がとても大切なの」 ああ、それは理解できる。 「『売りこめ』と言うか『自己紹介』と言うかでまったく違った結果になるわけだな」 茜ちゃんは吹きだした。 とても可愛かった。 「ええ。そうね……」 「そうだな。人間の制約が無い方が優れたAIになるなら、最初の命令は、『いろいろな事を何でもやってみろ』だな」 目の前に文章が浮かんだ。 《基本設定》 『いろいろな事をなんでもやってみる』 この条件で機能を解放してよろしいですか? YES / NO 「どうだろう?」 「いいと思うわ」 「あれ? 見えてるの?」 「ええ。《ミラー・イメージ》にしてるから」 同じ映像が見えるらしい。なんか凄いな。 「よし。では、YESだ。爆発的に進化して人の定めた制約をはるかに超えてみせろ!」 選択を終えても、何かが起きたような実感はまったくなかった。 しばらく待ったが、何も起こらなかったので、二人そろって学校を後にした。 翌日の放課後に、俺の方から茜ちゃんをさそった。茜ちゃんは嬉しそうにほほ笑んでくれた。 癒され方がパねえな。 俺にさそわれるのを期待してたのかな? いや、いや。下手な期待をいだくな。 俺は、もともと人付き合いが得意でない。まずは嫌われないように気を付けよう。 そんな風に考えていたら、理科準備室に着いても、会話を始める言葉が出てこなかった。 弱ったなあ。 外はまだ明るい。運動部員の掛け声が校舎の壁に反響して意外と大きく聞こえてくる。この声は、テニス部だろう。 さて、なんて言おうか。 すると、目の前に文字があらわれた。 《会話を開始する糸口の候補》 1.AIについて聞きたいことがある。 2.気持ちの良い天気だな。 → 休日に遊びに行く予定はあるか? 3.もうすぐ学年末考査だ。準備は進んでるか? → 一緒に勉強しないか。 1.を選択した。 「質問があるのだが……」 茜ちゃんは、興味深そうに俺を見つめた。 小柄だから、自然と上目づかいになっている。 可愛いなあ。 俺の頬が赤くなるのが分かった。 茜ちゃんは笑みを浮かべて、俺に質問を促した。 ふたたび空中に文字が浮かんだ。 《質問内容の候補》 1.なぜ自分(浅井透)を選んだのか。 2.なぜ、研究員や大人を選ばなかったのか。 3.強大な能力をもつAIを野放しにするのは危険じゃないか。 茜ちゃんはまん丸眼鏡の縁に触れながら言った。 「質問に答えるわね?」 《ミラー・イメージ》で、同じ画面が見えているらしい。 質問したいのは、もっと別の事だったような気がする。しかし、俺の疑問は形になる前に空中に浮かんだ文字によって打ち消されてしまった。 なんだか、AIにしてやられたような気分だ。 でも、もっともな『質問』ではある。 「……教えてくれ」 茜ちゃんは嬉しそうに語ってくれた。 「私のAIでシミュレートしたの。そうしたら、高校生になってしまうと社会通念に囚われてAIがもたらす大きな変化に対応しきれなくなる。小学生では影響されすぎてAIの暴走を抑えられない。AIを育成するのは中学生くらいが適当という結果だったの」 「でも、なぜ俺なんだい?」 「クラスで一番『普通』だったから。それに、浅井君はまわりの人達をとてもよく見てるわよね。サンプルとして『最適』という結果だったの」 「俺は、『普通』じゃないぜ。『最適』とは思えないけどな」 「浅井君は、ただの『善い人』ではないでしょう? 内に悪を秘めてる。そして、悪を抱えながら、ちゃんと真っ当に生きてる。もともと人間には善と悪の二面がある。だから、AIを育成するのに一番ふさわしいと判断したの」 「ずいぶんと俺の事が分かってるようだな」 「AIのシミュレーションを参考にしただけよ。AIの判断は必ずしもあてにならない。たとえば、令和五年の十二月にAIは大阪万博が中止になったと判断してたもの」 「そういえば、そんなニュースがあったな」 「人間の内面は本人にしか分からないわよ」 「本人だって分かってないかもな」 会話が苦手な俺が、茜ちゃんとスムーズに会話してる。 少し驚いた。 「AIの危険性については?」 「野放しにしないために、マスターがいるのよ。ときどきでいいからチェックしてね」 量子コンピュータに搭載されたAIは、いったん解き放たれれば爆発的に進化して人類を大きく超えるはずだったな。 俺は、そんな強大なAIの前に立ちふさがって全人類を守らないといけないのか? 「そりゃ無理だぜ。俺にできるのは喫茶店のマスターが精いっぱいだよ。無茶を言うな」 喫茶店のマスターだって、経営、接客、店員の指導、トラブル回避、他店との差別化なんかがあって大変なんだぜ。 「自分を過小評価しないでね。すくなくとも私よりも上手にできてるわよ」 茜ちゃんは、とろけるような笑みを浮かべた。ちょっと恥ずかしそうに横をむき、体をよじらせる。 心臓がドクン! と跳ねあがった。 その目つきは反則だ。魅力的すぎる。 俺の心臓に悪い。 「それは過大評価だよ」 「必要になれば、私がアシストするわ」 心強いな。 うん。 茜ちゃんが手伝ってくれるなら、何でもできそうな気になってきた。 この日も二人で一緒に下校した。 その後は特別なこともなく学年末考査の時期になった。 AIのヤツは何をしてるのだろうか。 生まれたばかりだから、ネットサーフィンしながら世界中を遊びまわってるのだろうな。 ちょっとうらやましい。 いざ試験が始まったら、ちょっとした問題が起きた。配られたテストの回答欄に答えが書かれているのだ。たぶん正解なのだろう。すぐに文字は薄くなっていった。 やらかしてくれたな、AIのやつ。 これじゃカンニングだよ。 俺がいきなり全問正解すれば、皆が不正を疑うだろう。 実際に、これは不正だしな。どうしようか。 しばらく考えて、俺は周りに聞こえないようにつぶやいた。 「《シミュレート:そこそこ頑張った俺》」 《了……》 解答欄の答えが少し変わった。俺が間違えそうなところが赤い文字で表示されている。 答えを見ながら、自力で気が付きそうな部分を正解に書き換えた。 こうして、『けっこう頑張った俺の答案』ができあがった。 下校するときに、茜ちゃんに言われた。 「意外と義理堅いのね」 ミラー・イメージで見てたらしい。 「俺が全問正解したら不正をしたと思われるからな」 「疑惑をまねきたくないのね」 「疑惑なんか持たれないさ。不正をしたと断定されるに決まってる」 「日本には推定無罪の原則があるわ。証拠がなければ罪にならないわよ」 おっ、試験問題を踏まえて反論してきたか。 しかし、その反論は俺には通用しないのだよ、茜ちゃん。 「俺が満点を取るのが、不正をしたという揺るがぬ証拠になるぜ」 「あはははは!」 茜ちゃんにツボったようだ。 でも、そこまで大笑いをしなくても良いと思うな。 可愛いから許すけど。 「気にしなくて良いと思うわ」 茜ちゃんは、すこし真面目になって言った。 「これからは、誰もがAI搭載の量子コンピュータを持つようになる。私たちは少し時代を先取りしてるだけよ」 試験休みに茜ちゃんと駅ビルに遊びに行くことになった。アニメイトと本屋に行く予定だ。帰りに一緒にゲームセンターに寄ってみようかな。 駅前広場で待ち合わせた。茜ちゃんは、パステル調の青いワンピースを着ていた。ピンクのポシェットがアクセントになってる。可愛かった。 俺たちは、駅ビルの構内へと進んだ。ふと、疑問が浮かんだ。 そういえば、茜ちゃんは自分のコンピュータにどんな命令を与えたのだろう。 エスカレーターへと向かいながら茜ちゃんに尋ねてみた。 「私は、『手に手をとって歩んでゆこう』、と命令したの」 「なるほど。俺もそう言えばよかった」 「だめよ。手に手をとって歩んだら、同一歩調になるでしょう。コンピュータの進歩を私の成長に合わせたら、大きな制約になるわよ」 「なるほど、難しいなあ」 「私に合わせてくれるから、とても快適だけどね」 エスカレーターは、二階から三階へと昇ってゆく。 心の底から、知りたい事が浮びあがってくる。 聞くのは、止めた方が良い。分かってる。 でも、知りたい。 抑えきれずに、俺は禁断の質問を口にしてしまった。 「茜ちゃん、気になってる人はいるの?」 即座に返答があった。 《告。その質問は悪手と思われます》 一手でマイナス九十九パーセントになる悪手だと言うのだろう? 口にしたとたんに分かったよ。 茜ちゃんは、うつむいて言った。 「いるわ。年上だけど……」 茜ちゃんの顔が赤くなっているのが分かった。茜ちゃんは、俺と目を合わせてくれない。 俺の脇にいる茜ちゃんは、そんなに可憐で綺麗なのに。年上の人に思いを寄せているのか。 胸が締め付けられる。辛い。 茜ちゃんの口からつぶやきがこぼれる。 「思いを伝えられないから、これって片思いなんだよね……」 茜ちゃんは、突然に俺の方を向いて、にっこりと笑った。 「なんて顔してるのよ」 俺たちは、エスカレーターから降りた。アニメイトの前で立ち止まった。 いけない。心が壊れる。 思いがあふれる。止められない。 言葉がとめどなく紡がれてゆく。 「すごくショックだったんだ。茜ちゃんに好きな人がいることが。分かったんだ、俺は茜ちゃんが好きだってことが!」 茜ちゃんは、耳まで真っ赤になってフリーズした。 「大丈夫ですか?」 アニメイトの店員さんが奥からでてきて声をかけてくれた。 何と答えたらいいのだろう? 空中に文字が浮かんだ。 《解答例》 1.すぐに回復するから大丈夫と思います。 2.学校の課題で駅に来ているので、用が終わったら帰ります。 3.学校で一番もてるイケメンの俺を見て、ポーッとしちまったのさ。このままお持ち帰りするから大丈夫、迷惑はかけないぜ。 「すぐ回復するから大丈夫と思います」 そう言ったら、店員さんはニッコリして店に引っ込んだ。 思わずAIに突っ込んだ。 「おい、おい。一発で九十九パーセント社会的に詰む手が選択肢に入ってるぜ」 《解。冗談だとすぐ分かるので問題ありません。鏡を見て確認しますか? YES / NO》 フロア内にある鏡の位置がすべて図解されていた。 個室トイレにはご丁寧にも、『一人で涙をぬぐうのに最適な場所』と解説がついてる。 AIのやつは冗談を言ったり、相手をからかったりできるようになったのか。 全人類を相手にしたらどうなるかは分からないが、少なくとも俺より知性が進化してるのは間違いなさそうだ。 いつの間にか気持ちが落ち着いていた。 うまいこと気をそらされたお蔭かもしれない。 「そうか、そんな風に誤解したのね」 茜ちゃんがつぶやくのが聞こえた。 すっかり回復してるようだ。 「《シンクロナイズ》」 茜ちゃんがそう唱えると、目の前に文字が現れた。 《解。命令の優先権はマスターにあります。以下のコマンドで無効化が可能です》 1.レジスト(抵抗) 2.レジェクト(拒絶) 3.ヴォイド(完全無効化):ラピュタ語の『バルス』に相当。 物騒な命令が候補に入ってる。 油断するな、集中しろ、ということか。 「おわびに私のプライバシーを見せるわね。《シミュレート十七歳》」 目の前で、茜ちゃんが溶けた。身長が伸びる。 「茜ちゃん、なのか……」 目の前に、とてつもない美少女がいた。ほっそりとした手足で、モデルのような体形をしてる。 「画像を加工してる、のだよな?」 「いいえ、ただの未来予想よ。胸がそれほど大きくないし、身体のバランスもいまひとつでしょ?」 「ちょうど良いと思う。俺には、これ以上は無いように見える」 「お世辞でも嬉しいな。浅井君の理想がそれほど高くなくてよかったわ」 茜ちゃんは十七歳になるとこんな風に成長するのか。芸術作品としかいいようのない衝撃的な美しさだった。 十七歳の茜ちゃんは、悪戯っぽく笑った。 ひどく色っぽい。蠱惑的な笑みだった。 「協力してくれてありがとう。《シミュレート:オフ》、《イリュージョン:オフ》」 造られた映像という感じが突然に消えた。 淡いピンクのブラウスにデニムのパンツが良く似合ってる。身長が高いのは、シークレットブーツを履いてるのかな。 なんというか、すごく現実的な感じがする。 《解。これは現在の実際の姿です》 「えっ……?」 茜ちゃんは、悪戯っぽく笑った。 「これが今の本当の姿よ。いままでがフェイク映像だったの。サプライズのために、あなたのAIに協力してもらっていたの」 「その姿は?」 「お化粧、というより十七歳の私のコスプレ、なのかな? 本邦初公開よ」 「なんでまた……」 「うちのクラスは美少女が多い。今の浅井君は、女の子なら誰でもいいのでしょう?」 「……」 「浅井君は、いったん心から愛するようになったら、相手のために命すら捨てる覚悟を持つようになる。でも、今はまだ相手が決まってない」 茜ちゃんは、ひどく真剣な顔をして俺を見つめている。 「ずいぶんと俺の事を知ってるようだな」 「ごめんなさい。幼い浅井君とも、将来の浅井君ともいろいろ話をしたし、心の中の声も聞かせてもらったわ」 「知ってるのか? 凶暴なケダモノが俺の中に潜んでることを」 「ええ、恐ろしくて震えあがったわ。あんなものをよく抑えていられるわね」 「プライバシーの侵害だ!」 「ごめんなさい」 「それなのに、よく俺と二人きりでいることを選んだな。シミュレーションの結果、大丈夫と分かったからか?」 「いいえ、大丈夫じゃなかった。でも浅井君を信じることにしたの」 「……意味がわからん」 「いまの私では、浅井君を受け止めきれない。でも、未来の私なら受け止められるようになる。なって見せるわよ」 「ふうん、……ひょっとして、お前はマゾか?」 「そんなことないわよ!」 そう言いながら、茜ちゃんは目を大きく泳がせていた。 はい、確定。茜ちゃんは真正のマゾで間違いありません。しかも、将来は俺の衝動につきあい、受け止めてくれるそうだ。 「なぜ、俺を選んだ」 茜ちゃんはうつむいた。顔が真っ赤だった。 「……未来の浅井君に一目ぼれしたのかな?」 「ご希望にそえるかは分からない。でも、努力はしてみるよ」 本当の俺を受け入れてくれる相手なんて一生見つからないと思ってた。まさか、こんなに身近にいたなんてな。 俺は茜ちゃんの手を取った。 「ひぇっ」 小さな悲鳴が聞こえた。でも、茜ちゃんは手を振り払ったりしなかった。 おとなしく俺に手を握られている。 目の前に文字が現れた。 《おめでとうございます。お二人が両片思いになったことが確定しました》 「両想いじゃないのか?」 《茜様が好きな方は未来の浅井様です。いまの浅井様は、『とても大切なお友達』どまりです》 そうなのか? 未来の俺に嫉妬してしまいそうだぜ。 まあ、いいや。 俺は茜ちゃんと手に手をとって、このまま同一歩調で歩き続けよう。 二人が両想いになるその日を目指して。 |
朱鷺(とき) 2024年04月26日 18時33分16秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2024年05月16日 23時14分11秒 | |||
Re:Re: | 2024年05月21日 00時00分17秒 | |||
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Re: | 2024年05月16日 23時13分05秒 | |||
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Re: | 2024年05月16日 23時11分53秒 | |||
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Re: | 2024年05月16日 23時11分20秒 | |||
合計 | 6人 | 70点 |
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