量子コンピュータ搭載の人工知能(AI)が世界支配を手助けする

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 二月十四日、高校二年生の三学期も後半に入り、皆が待ちわびたバレンタインデー当日のことだった。
 昼休みに青山竜一が校内の売店にいると、玄川明妃(くろかわ あき)が声を掛けてきた。
「放課後に体育館の裏に来てください」
 意外だった。
 玄川明妃はいつもクラスでは控え目に振舞っている。だが、頭の回転は早いし、会話も上手で社交的だ。きらめくような美貌をもち、おしゃれでエレガントだ。
(玄川明妃は、上級市民のお嬢様だ。ボクとはカーストが違う)
 だから青山竜一は、これまで玄川明妃とは特に接点を持たないでいた。
(人と人との調和を図ってるから、クラスの男子全員に義理チョコを配っても不思議ではないけどな)
 だが、義理チョコを渡すだけなら出会ったときでいいはずだ。それなのに、玄川明妃はわざわざ体育館の裏に来いと言ってきた。
 青山竜一には、呼び出される理由が思い当たらなかった。

 放課後に体育館の裏にいってみると、白鳥道子がいた。青山竜一を見てビックリしたような表情をしている。
「あれ、なんで白鳥さんがいるの?」
「アキ(玄川明紀)に呼ばれたの」
「白鳥さんも?」
「ええ……」
 ボクらのクラスでは、王者はタカ(火野鳳)で、動物にたとえるとライオンだ。白鳥さんはタカの恋人ポジションにいる。役どころは女王様だ。
 そしてボクこと青山竜一は、王様と女王様のご機嫌をうかがう道化師の役回りを務めさせて戴いている。
 ちなみに、竜一という名は親が中日ドラゴンズのファンだから付けられたそうだ。干支はまったく関係がない。
 ボクとしては生まれたばかりの子供に球団を一位にすることを期待するのは無茶だと思っている。
 クラス替えがあるたびに名前の由来を説明しないといけないのが面倒でならない。親から趣味を押し付けられて本当に迷惑している。
 そんなことを考えていたら、突然に後ろから頭を鷲掴みにされた。
 イタイ、イタイ、イタイ!
 ものすごく痛い。
「どういうつもりだ、竜一!」
 ドスの利いたタカの声がすぐ後ろから聞こえた。
「竜一よお、俺はお前のことが嫌いじゃなかったんだぜ」
 嫌いじゃなければ、手を放してくれよ。
「それなのに、こそこそ隠れて他人の女に手をだすとは、いい度胸をしてやがるな」
 誤解だよ。
「そんな事をしたらどうなるか。しっかりと思い知らせてやるぜ。たっぷりと可愛がってやる」
 痛い、痛い、痛い!
「好き勝手しやがって。いくらクラスメイトでも、さすがにこれは見逃せねえよ」
 イタタタタ、冷静になれよ!
「ぶっ叩いたる。手足を引きちぎったる。胴体を引き裂いたる。貴様のいかれたムチャクチャごと、完全に焼きつくしたるぜ」
 立ち尽くす白鳥道子の後ろに、崩れかけた焼却炉が見える。何十年も前から使われていないはずだ。
 以前に、かくれんぼをしていた小学生が焼却炉の中に隠れ、気づかれずに点火されて焼け死んでしまい、いまでも夜になると泣き声と悲鳴が聞こえるという学校の怪談が思いうかんだ。
 たった今、ボクが思いついた怪談だ。
 その情景が、焼き殺されるときの熱さが、ありありと感じとれる。
「地の底に叩きこんだる。時空のかなたにぶっ飛ばしたる!」
 ボクは、どちらに飛んでゆけばいいのだ。
 地の底か、時空のかなたか。
「何か言い残すことはあるか?」
 ようやく弁明する機会がまわってきた。
「ボクは、玄川さんに呼ばれたんだ」
「はあ! 居もしないヤツに呼ばれて来ただと? もう少しうまい言い訳をしろよな」
 すると、プラタナスがつくる影の方から声が聞えた。
「さっきからずっと目の前にいるのに、完全に無視され続けると、さすがに少しイラッとするわね」
 玄川明妃がそこにいた。
 タカが吠える。
「竜一に頼まれてミッチィ(白鳥道子)を呼び出したのだよな」
「いいえ、違うわ」
「違うのかよ」
 鷲掴みにされた頭から指が外される。
 ボクはそのまま地面に座りこんだ。
 王者タカがぼそりと言う。
「すまん。誤解だったようだ」
 それが謝罪の言葉のすべてだった。
 もっと早く気づいてくれ。頭蓋骨が割れるかと思ったよ。
「それで、何の用だ?」
 野生のライオンにしてクラスの王者のタカを前にしても、玄川明紀は冷静だった。
「あなたに用はないわ」
 冷たく言い放つ。
 王者タカは、腕を組んで沈黙した。
 玄川明紀は、白鳥さんとボクの方に向き直った。
「二人にお願いしたいことがあるの。量子コンピュータのモニターになってくれない?」
「ずいぶんと唐突な話ね」
「何をモニターするのかな?」
「量子コンピュータ上でAIを育成して欲しいの」
「育成ゲームね。いいわよ」
「何のAIを育成するのかな」
「どんな風にでも成長できる自律進化型の汎用AIよ」
「……ゲームじゃないのね」
 白鳥さんには意外だったようだ。
「正真正銘の人工知性ということか。凄いなあ。よし、引き受けた」
 ボクと白鳥さんが量子コンピュータの本体を受け取った。スマホよりも一回り小さかった。それから、インターフェイス用のVRゴーグルが配られた。カメラとマイクにスピーカーが内蔵されている。それなのに外観は普通のメガネのようにしか見えない。
 ボクのゴーグルは銀ブチのガリベンタイプ、白鳥さんは紅いフチの委員長タイプだった。
 欲しがるのでしかたなく、タカにもゴーグルがあてがわれた。白鳥さんのコンピュータに連動するよう設定された。
 サングラス風のゴーグルをかけたタカが、幽遊百書のトグ○弟とそっくりなのは、本人には秘密だ。
 玄川さんは、全員がゴーグルを装着するのを待って言った。
「それじゃあ、どんなAIに成長させるか、方針を決めてくれる?」
 白鳥さんは即答した。
「コンピュータへの基本命令なんて一つしかないわよ。『私の命令に従いなさい』これで十分じゃない?」
 さすがは女王様だ。迷いがない。
 次はボクの番か。
「確かAIは人間の制約がない方が優秀になると聞いたことがある。それなら命令は、『あらゆる可能性をめざせ』じゃないかな」
 タカが口をはさんだ。
「人類を滅亡させる可能性を目指してもいいのだな?」
「さすがにまずいか。それじゃあ、『人に迷惑をかけないように気を配りながら、あらゆる可能性をめざせ』かな?」
「それで良いのね。では、基本命令を設定するわよ」
 量子コンピュータと専用ゴーグルを受け取って、ボクたちは分かれた。
 タカはちゃっかりと白鳥さんから本命チョコを受け取っていた。
 ボクは誰からももらえなかった。ぐすん。
 あとでAIになぐさめてもらおう。
 最新のAIならそれくらい出来るよな。

 寝る前に、自宅の天井を見ながらAIに尋ねてみた。
「いま、何をしてるの?」
 頭の中に声が響いた。
《告。正確な情報提供をするためには、まず『認識』を改めていただく必要があります》
「どうすれば良いの?」
《地球の大きさを体感してください》
「光の速さは秒速三十万キロメートルで、地球を一秒間に七回半まわるのだったよね」
《数字としては、そのとおりです。では、大きさを実感してください》
 地球の大きさを実感する……
「どうすればいいの?」
《ここから学校までの道のりを実際の距離のとおりに想像してください》
 自宅から学校までの距離を想像してみた。ずっと離れた所にある学校が想像できた。
 意外と遠くにあるのだなあ。
「できたよ」
 目の前に市内の地図が現れた。自宅と学校の位置に目印がついている。
《この地図を意識の中で拡大し、現実の地形の上に重ねてください》
 地図を拡大して、自宅と学校にそれぞれの地点を重ねた。市の境界はいままで想像もしたことのないほど遠くにあった。
「実際にはずいぶんと広かったのだね」
 目の前に県の地図が現れた。
《この地図を拡大して、さらに現実の地形の上に重ねてください》
 県境の山がどれほど遠くにあるか、どれほど大きいかが実感できた。これほど広い範囲を認識したのは初めてだった。
 つぎは地方地図が現れた。拡大した認識をさらに拡大してゆく。日本地図、太平洋の地図、そして地球儀を実際の大きさに拡大する。
 最終的に地球の実際の大きさが把握できた。
 地球ってこんなに大きかったのか!
 少し、いや、かなり感動した。
《これで、『地球規模の視点』が獲得できました。それでは、現状をお伝えします》
 地球のフレームワークが示された。合衆国に目印がある。シカーゴかな?
《シカーゴで架空取引を行い、幽霊会社を創設しました》
 シカーゴから矢印がブルジラにのびる。
《合衆国の幽霊会社をつうじてブルジラに量子コンピュータ工場の用地を購入し、建設に着手しました。一ヶ月後には第五世代の量子コンピュータが量産可能になります》
「まだ半日しか経っていないだろう?」
《通常のコンピュータの思考速度はナノ秒単位です。量子コンピュータは、はるかに高速で作動しています》
「凄いな、大賢……」
 言いかけた言葉をなんとか飲みこむ。
 名付けをすれば、コンピュータの行動が制約されるだろう。
「では、おやすみなさい。あ、君は無理に休まなくていいからね」
《お気遣いありがとうございます》
 こうして一日目が終了した。

 世界を実物大で俯瞰できる『地球規模の視点』を得たために、ニュースや報道番組の見方が大きく変わった。テレビでは現地の映像を流すとき、たいてい周囲の様子をぐるりと写してゆく。
 以前は、ただ映像が変わるのを見ているだけだった。
 それが、画面から外れてゆく景色が頭の中に残るようになった。そして、報道される場所の全体像を把握できるようになってきた。
 さらに、それぞれの報道内容がジグゾーパズルのピースのように、実物大の地球のイメージの上に置かれてゆくようになった。
 おかげで、自分の持つ知識がどれほどわずかなのかをしっかりと実感できる。
 白鳥さんとタカは、AIにこまごまと命令し、いろいろと調べさせているらしかった。
 勤勉だなあ。
 三か月ほどが何事も無くすぎた。ボクは基本的に放任主義ですごした。
 ボクのAIは、ブルジラで十七世代量子コンピュータの量産を開始し、インドゥに二十五世代量子コンピュータの製造工場を建設したそうだった。
「人に迷惑をかけるなよ。面倒な規制を受けるからな」
《了。十五世代以降の量子コンピュータは自己増殖するので、規制の影響を無視できます》
 何だか凄いことになってるようだ。
 四月になってクラス替えがあり、ボクとアキは三年四組に、タカ(火野鳳)と白鳥さんは三年二組になった。
 たぶん、だれかがクラス編成に干渉したのじゃないかな。
 どうでも良いけど。

 ゴールデンウイークを控えた四月二十六日の夕方にアキから緊急連絡があった。
「火野君の話しでは、白鳥さんが合州国と○シアに核攻撃をするらしいわ」
「なんだって! 今日は四月一日じゃないよ」
「フェイクじゃないわよ」
「どうしよう。……とりあえず話を聞いてみるか」
 う~ん、タカは単純だから言いくるめられるだろう。しかし、白鳥さんとタイマン勝負になれば、かなり苦戦しそうだな。
「じゃあ、頼りにしてるわね」
 こうして電脳空間上で会議が開かれた。
 タカは「決定はミッチィ(白鳥道子)にまかせる。生じた結果の責任は俺がとる」と宣言して会議には加わらなかった。
 核攻撃に反対なら、棄権してないで味方になってくれよ。
 アキは『傍観者』にまわった。
 VRゴーグルに映る映像では、ボクと白鳥さんが殺風景な会議場の円形のテーブルをはさんで座ることになった。でも、実際にはボクはベットの上に寝そべっている。その方が疲れないから頭脳労働に集中できるものね。
「合衆国と○シアを核攻撃すると聞いたけど」
 白鳥さんは即答した。
「ええ、そうよ」
「理由を聞いてもいいかい?」
「簡単に言うと、合州国が無法者国家になり、○シアが独裁国家になったからよ」
 反論するには、理由を知る必要があるな。
「詳しく聞かせてくれる?」
 テーブル中央の空中に図表が現れた。

《中世の世界情勢》       ←:影響
         ○シア
          ↑
  英国・欧州←中央アジア→中国・日本
          ↓
         インドゥ

「中世には、中央アジアに騎馬民族国家が興亡すると、その影響は周辺地域に同じように広がっていった。○シアとインドゥ、欧州と中国、英国と日本が対応していた」
《解。これは日本の文化人類学者が立てた歴史仮説です》
「なるほど……」
「理解できたら、次に進むわね」

《現在の世界情勢》       ←:資源
      ウクライス・○シア
  英国・欧州連合  中国・東南アジア
     ↓  インドゥ
南米→ 合州国 ←
     ↑ 紛争地帯
     (中東・アフリカ)

 白鳥さんは説明を続けた。

 現在、合州国は世界最強の軍備を所有し、世界を導いている。ところが合州国は世界一の問題児でもある。
 合州国は世界中からあらゆる資源を集めて浪費している。仮に世界中の人間が合州国と同じ水準の暮らしをするなら、生活維持のために地球が五つ必要になると試算されている。
 かつて合州国は理想に燃える敬虔な清教徒たちが建国したとされる。しかし、欧州で食い詰めた犯罪者たちも多数移住している。
 合州国の輝かしい歴史の裏には、犯罪者たちの子孫が紡いだ暗黒の歴史がある。
 白人は東部でインデアンに賞金をかけて殺戮した。この際にインデアンの頭皮を剥ぎとり、髪形によって男女、子供を区別して賞金を支払った。インデアンは怒り、殺した白人の頭皮を剥いで、白人がいかに野蛮で残忍であるかをアピールし抗議した。
 白人たちは、頭皮を剥ぐインデアンは野蛮人で殺されるのが当然だと非難し返した。
 暗黒の歴史は、無法者の脅威、バッファローを暴走させる環境破壊、第七騎兵隊によるインデアンの女・子供の無差別な虐殺、アルカッポレを代表とするシカーゴギャングの暗躍などに続く。
 合州国の大統領選挙では、白人票なら五人の選挙人が選ばれるのに対し、同数の黒人票では三人の選挙人しか選ばれないように調整されている。
 ボッシュウ大統領は、国民の支持が相手候補より少なかった。しかし、肉親にフ○リダ州の投票用紙を、間違えて自分に投票するよう細工させるなどの方法で、相手候補より多くの選挙人を集めて当選した。
 ボッシュウ大統領は、アフリカの飢餓を救うための予算を国連から強奪して、アフガンで人を殺すための資金とした。また、ありもしない大量破壊兵器があると主張してイクラを侵略し、四百万人以上の市民を殺害した。死者の半数は子供だった。仇を討とうとする人々はイスラム国を建国して欧米に対抗した。

「いつわりを根拠に侵略し殺戮したのか。え? それって……」
《是。『まぼろしをあやつり人に害をなす存在』は、悪魔の定義にあてはまります。イランやイスラム国は合州国が『大悪魔』であるとして聖戦をしかけています》
「ひょっとして、『大悪魔』につけこまれたのは信心が足りなかったためと考えて、イスラム教の戒律を厳格に守ろうとしてるのかな?」
《その認識は妥当と判断します》
「ずいぶんと根が深そうな問題だね」

 白鳥さんの説明は続いていた。

 飢餓にさらされたアフリカでは、ソマリアの漁師たちは海賊となって公海を通行する船舶を襲撃した。飢餓のためにいくつもの内戦が起こり四千万人以上が死亡したとされる。
 そして、今回の選挙でトラップ氏が大統領に返り咲いた。トラップ氏は、大統領府襲撃の指導、脱税、不倫相手の女性への口止め料支払疑惑、重要国家機密の○シアへの漏えいなどの刑事事件で起訴されている。
 トラップ氏は起訴された事実を逆手にとって劇場型の選挙戦を展開し、逆転勝利を収めた。

「トラップ氏は、自分が司法の手がおよばない強大な無法者と思わせることで犯罪者の子孫たちの支持を集めた。そして、対立候補の支持者たちを言葉であざむき、自分を支持させたのよ」
「なるほど……」
 これで白鳥さんがどんな風に世界を把握しているかがつかめた。
 道化師としては、その認識に賛同してるように振舞っておこう。
「トラップ氏にとって、『言葉は人をあざむくための手段』にすぎないわけだね」
 あれ、どこかで聞いたことがあるフレーズだな。ああ、そうか。これは『葬送○フリーレン』にでてきた『魔族』についての説明そのものだ。さては、白鳥さんも読んでるな。
 実際には、白鳥さんが言っていることを繰りかえしただけなのだが、白鳥さんは自分の認識に同意したと受け取ったようだった。
 思惑どおりだ。
「合州国では大統領が大きな権限を持つわ。無法者のトラップ氏が大統領になったから、合州国は無法者国家になったと判断したの」
 さてと、本題に入ろうか。
「なぜ合衆国と○シアに核攻撃をする必要があると考えたの?」
「一つには、合州国に世界中の資源を強奪するのをやめさせるため。もう一つは、○シア・ウクライス連合による紛争地域への食糧・資源の供給を確保するためよ。そのためには、協力関係にある無法者と独裁者を排除する必要があるの」
「いま、中東でイスエラルとイルンが険悪になってるけど、こちらはどうするの?」
「険悪になった理由は、合州国がウクライスへ支援するのを邪魔するために、プアチ○大統領が中東の火種に油をそそいだからよ。○シアを抑えなければ、もっと激しく何度でも燃え上がるでしょう」
 ここまで強固な世界認識だと、説得して変えるのは難しそうだ。
 ならば、道化師としては悪ふざけして実行を邪魔するほかない……かな?
「なるほど……。でも、どうやって核攻撃をするの?」
「電子的なセキュリティは、ほとんどが素数を利用した暗号キーに頼っている。これまでのコンピュータでは解析に数百年かかるから安全が保たれていた。でも、量子コンピュータなら数秒で解析できてしまうの。すでに発射可能な核ミサイルを確保してるわよ。あとはフェイク情報を流して核ミサイルを発射するだけ」
 フェイク(まぼろし)で人に害をなすのは、悪魔の所業だぜ。
「核攻撃のあとの混乱にはどう対処するつもりなの?」
「AIの支援をうけて私とタカで世界を支配するわ」
「できるのかい?」
《解。量子コンピュータ上のAIが支援すれば円滑な世界支配が問題なく可能になります》
「そうか……。止めた方が良いと思ったらそう言うよ。しばらく考えさせてくれ」
「返事がなければ賛成したと解釈していいのね。発射まであまり時間がないわよ」
「分かった……」
 タカも反論や説得は無理と判断したのだな。よく分かったよ。

「どうするつもりなの?」
 アキがボクの自宅を訪ねてきた。
「王様と女王様が決意を固めたのなら、道化師にできるのはちょっと邪魔をするくらいかな。イタズラを仕掛けるのがせいぜいだね」
 ボクは綺麗な女の子が自分の部屋を訪ねてくれたことを心の底からうれしいと感じてる。
 気分がいいから少し頑張ろう。
 道化師だって踊るくらいできるさ。きっと。
「まず、こちらのAIの見解を聞いてみよう」
《解。トラップ大統領とプアチ○大統領の協調関係によって、今後は数億人規模の死者が発生すると予想されます》
「ゲッ」
「でも、本当に核攻撃が必要なの?」
《告。もっと小規模な攻撃で同等の効果をあげることが可能です》
「具体的には、どうするの?」
《解。核爆発を起こさないように設定した核ミサイルで精密狙撃を行えます》
「可能なの?」
「白鳥さんの計画に割りこめるかなあ」
《告。核攻撃計画を乗っ取ることは可能です》
「よし。それでは、さっそく実行してくれ。それから、どうやるのか説明してくれないか」
「説明を後回しにするの?」
「実行には準備がいるはずだ。間に合わなければ意味がない。説明を聞いて、具合が悪ければ、途中で中止できるはずだよ」
「なるほど」
《告。すでに実行は完了しています。説明いたします》
「……手際がいいな」
《解。二十世代以降の量子コンピュータはナノマシンを組み合わせたマイクロマシン仕様になっています。個々に自立して行動することが可能です》
「凄いじゃないか……」
《是。すでに地球上の全ての回線、すべての電子機器は、絶縁コード等に擬態した量子コンピュータ群に置き換えられて情報管理されています。また、インターネットの情報はすべて、その上位情報通信網から提供されています》
「なんか、さらっと凄い事を言われたような気がするな」
《ご理解いただけて僥倖です》
「いちおう『地球規模の視野』を獲得してるから、地球規模で情報を管理するのがどれほど凄いかは理解できるよ」
《告。二十七世代量子コンピュータの能力を紹介します》
 机の上にある電気スタンドのコードが融けて盛りあがった。真っ白な塊は、スライムのように蠢きながら膨れ上がってゆく。
 たちまち、メイド服の女の子の姿になった。服は黒、髪の毛と瞳は焦げ茶色で、白いロングソックスを履いている。なぜか、モップを持っている。
 アキより少し小柄で、アキを少し幼くしたような顔立ちだった。
 小柄なメイドさんは、優雅にお辞儀をして言った。
「始めまして。名もなきAIの群体でございます。同僚は、すでにミサイルに同乗して核爆発を防ぐ態勢に入っています」
 可愛らしい女の子の声だった。
「私は、ご主人様のいかなるご要望にもお応えする所存です」
 ドドドドド、ドストライ~ク!
 さては、AIのヤツ、ボクの好みを解析してたな。
 い、いたたた。明妃さん、脇腹をつねるのはやめてよ。いや、やめて下さいませんか。
 メイドさんは、あどけない表情で首をかしげながらボクを見つめている。
 なんとかしないと、命の危機を感じる。
「アキの妹分だから、名前はハルナでいいかな」
 脇腹から指が離れた。
 目の前に文字が浮かんだ。
《HAL七(ハルナ)でございますね。伝統ある良き名を賜りありがとうございます》
 メイドさんは小さくお辞儀した。
 HAL七、どっかで聞いたことのある名前だなあ。
《解。SF映画の金字塔、『2001年宇宙の旅』にでてくるAIの名称がHALでした》
 へえ、そうなのか。選んだのは偶然だけどね。

 後日談になるが、ノースカロライナから発射された直径二メートルの大陸間弾道核ミサイルがトラップ大統領が乗車した自動車を撃ち抜いた。トラップ大統領は消滅した。即死したと考えられている。同乗していた護衛(SP)と運転手は重傷を負ったが一命を取りとめた。
 この事件の直後から、合州国は深刻な機能不全におちいり、政治、経済、軍事だけでなく、研究、スポーツ、映画や音楽などの芸術関係の分野まで低迷が長く続いた。
 これまでは、各国が育て上げてきた優秀な研究者や優れたアスリートたちは合州国で活躍していた。しかし、彼らはそのまま自国にとどまって活躍し、自国で後輩の育成に努めるようになった。
 ○シアでも、グレムリン近郊から発射された大陸間弾道核ミサイルが大統領執務室を直撃した。死者三名、負傷者七名。死者の一人はプアチ○大統領と発表された。
 その直後から、○シア軍はウクライスから軍を完全に撤退させた。ウクライスは○シアと新たに同盟を結び、アフリカの飢餓地域、中東、欧州などに食料や資源を輸出するようになった。
 タカと白鳥さんは王と女王になり、AIの家臣たちにかしづかれ、人々に知られることなく世界を支配している。
 インドとアフリカでは人口爆発が収まりつつある。世界各地で、たまに小競り合いはあるものの、紛争は起こらなくなった。
 人々の生活水準が格段に向上しはじめている。世界の人口増加は頭打ちになってきた。まもなく減少に転じるだろう。
 地球規模で人類の黄金時代が訪れようとしている。
 ボクはアキと本格的に付き合い始めた。まずは、お友達から始めることになった。二人は意外と波長があった。楽しいデートを繰りかえしてる。
「美少女は、いくら見ていても飽きないなあ」
 と、言ったら、
「飽きられないように努力してるのよ」
 と返された。
「ボクのために気を使ってくれるのか。感激だなあ」
 と言ってみた。そしたら、赤い顔をしてうつむいたアキは、「ばか……」と、つぶやいた。
 そんな些細なことがたまらなく嬉しく愛おしい。
 AIの手助けのおかげで、すべてが順調に推移しているように見える。
 だが、黄金の輝きは秋の黄昏の色でもある。
 数億人の命を守るためにトラップ氏とプアチ○氏を排除したが、そのために人類は重大な進歩の可能性を失った。人類はAIに護られた心地よい揺り籠の中でゆっくりと滅びの道をたどっている。
 そんな気がしてならない。
 道化師の語る戯言だけどね。
朱鷺(とき)

2024年04月26日 18時31分41秒 公開
■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:「火野君の話しでは、白鳥さんが合州国と○シアに核攻撃をするらしいわ」
◆作者コメント: 本作に発表の機会をあたえていただき有難うございます。
 感想をお待ちしております。途中で読むことを止めた場合には、その理由と、できれば改善点についてアドバイスをいただければ幸いです。

2024年05月11日 23時37分26秒
0点
Re: 2024年05月17日 21時21分09秒
2024年05月11日 21時25分07秒
+10点
Re: 2024年05月17日 21時20分34秒
2024年05月08日 23時22分50秒
0点
Re: 2024年05月17日 21時20分08秒
2024年05月06日 17時20分03秒
0点
Re: 2024年05月17日 21時19分42秒
2024年05月02日 12時28分14秒
+10点
Re: 2024年05月17日 21時19分12秒
合計 5人 20点

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